第86章  ダカールに吹く風



 

 何時もと変わらない日常、何時もと変わらない景色、ダカールを守るティターンズは連邦軍が迫っている事は知っていたが、前線はまだ離れた場所居であり、自分たちが襲われるのはまだ先のことだと思っていた。その思い込みには強力な一線級の兵器を全て引き抜かれてしまい、ダカールに残っているのは時代遅れの旧式兵器ばかりという現実から目を背けたいという心理的な負担もあった。
 重要施設であるはずのレーダーサイトの防衛にさえハイザックとマラサイが合わせて6機しか居ないのだから。これでもマシな方で、ダカール市街の治安維持にはジム改などが使われている有様なのだ。
 ここには敵は来ない、そう思い込んでいたかった守備隊であったが、遂にダカールにも破局の時が訪れる。レーダーが高高度から降下してくる多数の反応を探知したのだ。

「高高度から降下してくる反応多数、軌道上から降下してくる部隊も探知、迎撃用意!」
「なんだ、戦闘機かMSか!?」
「宇宙から来るのは多分アヴェンジャーかワイバーンだ、高高度から降下してくるのも多分戦闘機だろう。あるいは可変機だな!」

 高高度迎撃用のティン・コッドが降下してくる目標を狙って出撃したようだが、ランデブー出来るかどうかは微妙であった。地球軌道を連邦に押さえられた為に早期警戒が難しくなり、降下に対しては迎撃機による迎撃が困難になっていたのだ。こういう時の為のギャプランなのだが、その全てがキリマンジャロの防空用に集められてしまったのだダカールには1機も配備されてはいない。

 守備隊が銃口を空に向けて少し待った後、赤い光となりながら降下してくるドロップシップのような輝き、それは高度を下げるにつれてアヴェンジャー攻撃機である事が分かってくる。既にダカールの空軍基地には戦闘機の派遣の要請が行っている筈であるが、戦闘機が姿を現す様子は無かった。
 そしてアヴェンジャーは基地配備の高高度用の対空ミサイルの迎撃を掻い潜りながら基地に迫ると、MSの火器の射程外から次々に大型爆弾を投下していった。どうやらレーザー誘導爆弾らしく、アヴェンジャーは上空を暫しの間旋回し続けており、投下された爆弾は位置を少しずつ変えながらレーダーサイトめがけて落ちてくる。
 それを見たMS隊は爆弾を撃ち落そうとマシンガンを向けて撃ちまくり、幾つかの破壊に成功して見せた。だが全てを破壊する事は出来ず、レーダーサイト周辺に次々に着弾して大爆発を起こした。その爆風が去った後には無残に引き裂かれた基地施設と横倒しになったレーダーアンテナが転がっている。この基地が機能を喪失したことは誰の目にも明らかであった。
 そしてアヴェンジャー隊が引き上げにかかった時、空にゴマ粒のような物が姿を現した。連絡を受けた空軍がようやく到着したのだろう。迫るセイバーフィッシュの編隊を見てアヴェンジャー隊は急いで逃げにかかったが、大気圏内では形状から速度を出し難いアヴェンジャーではどんどん距離を詰められてしまい、最後尾の1機がミサイルを受けて撃墜されてしまった。
 その後も更に4機が食われたが、そこで今度は連邦側にも援軍が姿を現した。Zプラスが海上から超低空で侵入してきて、突き上げるようにしてセイバーフィッシュ隊に挑んできた。




 レーダーサイトが叩かれた事はすぐにダカールを守っているティターンズにも伝わったが、ここを守っていたロッシニ中将は特に驚いた様子もなく、まるで予定通りだとでもいうかのように鷹揚に頷いていた。

「そうか、遂に来たか」
「どうしますか、これでは我々は目を塞がれたも同然です」
「どのみちミノフスキー粒子を撒布されれば機能が低下する、そう慌てるような事でも無いさ」
「閣下……」
「それよりも、市民の避難は終ったのかね。レーダーサイトを叩いた以上、間を置かずに敵が来るぞ」
「既に偵察機から連邦軍が南下して来ていると連絡が入っております。すぐに敵は防衛線にぶつかるでしょう」

 地図上に置かれている連邦軍を示すマークは間もなくダカールを守る防衛線に接触する。ここには3重の防衛線が敷かれており、そう簡単には突破できないように準備がなされている。
 既に連邦軍の航空機がダカール周辺に侵入していて、これとティターンズ空軍との戦いが始まっている。ギャプランがあれば最初に降下して来たアヴェンジャーを効果的に迎撃する事も出来たのだが、ダカールには1機も無かった。ティン・コッドが向かったが間に合わなかったようだ。
 自分たちは時間稼ぎのために残された、惨めな捨石に過ぎない。だがそれならそれで良いと中将は考えていた。どうせ捨石にされたのならば、せめて最期くらいは自分たちの好きに戦ってみたい。アーカット中将は敵に奪われそうになったらダカールを完全に破壊しろという命令を出していたが、その命令も無視している。そして民間人も完全に郊外に設けた避難キャンプに移送し、最期の戦いを誇れるものにしようと考えたのだ。
 だが、連邦軍の動きは彼らの考えていたよりも遥かに速かった。ダカール守備隊は持てる装備で準備を整えていたが、この時敵に回っていたのは最悪の連中だったのだから。ダカールの破局は1人の士官が司令部に駆け込んできたときから始まった。

「閣下、大変です。発電所からの電力供給が断たれました。他にも通信基地など、郊外に置かれていた施設が連絡を絶ちました!」
「それだけではありません、高高度から降下してくるガルダ級が確認されました。敵は直接ダカールに降下してくるつもりのようです!」

 その知らせに、中将はまさかという顔で窓を開けて空を見上げた。そこから見上げた空には既にゴマ粒のような物がばら撒かれており、それが何であるかは言われるまでもなく分かっていた。そう、敵は強襲降下作戦を決行してきたのだ。

「まさか、そんな錬度の高い部隊が連邦軍に?」

 降下作戦は高い技量を要求される。いくらSFSが発達したとはいってもまだまだこれを扱うには相応の熟練が要求される。しかもこの敵は少数部隊で敵中に降下してくるなどという無謀な事をしている。敵は余程自分たちの力の自身があるというのだろうか。





 疎らな樹木が広がる大地に場違いな発電所が置かれている。ここはダカールと近隣の都市に電力を供給している施設で、ティターンズの部隊が駐屯して施設を守っている。だが、今この施設に凄まじい轟音が響き渡っていた。
 荒れている大地に物凄い砂煙が上がり、火線が走って発電所を守っていたストライクマラサイの上半身を砕く。4機の陸戦型ゼク・アインが地上をホバーで駆け抜けながら発電所に迫り、警戒しているMS隊を撃破して入り口をぶち破った。
 素早く発電所の扉の前の銃座を潰したソフィ・フラン中尉はマシンガンで更に周囲の陣地を潰してホバー艇の突入路を作り上げる。

「突入部隊はこのまま発電所内の制圧を、MS隊は四方を固めて敵の増援に備えます!」
「了解っと言いたいですけど、大丈夫ですかね。もし敵がこっちに大部隊を回したらひとたまりも無いですよ?」
「ニッキ、余計な事言わないでよ!」

 シャルロッテがニッキに文句を言うが、それは冗談ではすまない可能性を秘めている。祐一の本隊がダカール前面で敵を引きつけている間に少数の特殊部隊が近郊にある重要施設を速やかに制圧し、後の制圧をし易くする手筈になっている。発電所を襲撃したミッドナイト・フェンリル隊以外にも複数の部隊が動いて、通信施設や議事堂などの重要施設を制圧しようとしている。
 祐一たちが立てた作戦は、ある意味彼らが有する最大の利点、質に物を言わせた作戦であった。祐一の指揮下には宇宙から降下してきた部隊の他にも地上軍の掃き溜め的な部隊が集まっている。佐祐理のMS大隊を除けば後は旧ジオン系や素行不良の2線級部隊だと言っても良い。
 だが、彼ら扱い難かったがパイロットとして、あるいは歩兵としての能力は確かだった。そして祐一の下には地上軍最高の装備がある。ゼク・アインを予備機として持っている部隊などこいつらだけだ。
 祐一はそれらの高性能MSをフェンリル隊などに与え、自殺的とも言える強襲任務に投入したのだ。そして彼らは、祐一の期待に良く答えて見せた。1年戦争で実績を積んでいた彼らは少数の兵力を生かした奇襲や遅滞戦闘に長けていて、それぞれの目標を速やかに制圧していたのである。

 MSと歩兵が発電施設をほぼ制圧し終えた頃には中型陸戦艇が到着し、応援の歩兵中隊と装甲車を吐き出して制圧を完全なものとしていた。陸戦艇から降りてきたシュマイザー少佐は発電施設がほぼ無傷なのを見て思っていたよりも上手くいったようだと感じ、満足そうに口元に笑みを浮かべている。

「どうやら、相沢大佐の期待には応えられたようだな」
「ですが少佐、偵察機からこちらに敵部隊が向かっているという情報が来ています、すぐに迎撃に出ないと不味い事になりますぞ」
「そっちは相沢大佐の担当だ。我々が仕事をこなした以上、向こうにもそれなりの働きを期待しようじゃないか」

 少なくとも祐一は自分たちに出来る限りの装備を与えてくれた。これまで与えられてきた任務の中でも危険な方に分類される作戦ではあったが、受けた支援は最善の部類であった。そんな律儀な男ならば、自分の仕事はきちんと果たすだろうとシュマイザーは期待していたのだ。
 しかし、シュマイザーの期待は少しだけ的外れなものであった。確かに本隊は発電所に向かおうとした別働隊にも攻撃を加えてくれたのだが、それを命じていたのは祐一ではなかったのだ。いや、そもそも本隊を率いているのが祐一ではなかった。




 ダカール市を望む丘を盾にするように1隻のビッグトレー級大型陸戦艇が腰を降ろし、周囲を戦車やMSが固めている。これがダカール攻撃部隊の司令部なのだが、この中から全軍に指示を出しているのは祐一ではなく、なんと佐祐理であった。
 佐祐理はビッグトレーの通信機から前線で指揮を取っている北川と回線を繋ぎ、突破できそうかどうかを確認していた。

「北川さん、今の戦力でダカールの防衛線は抜けそうですか?」
「随分色々と頑張ってくれたみたいで、結構梃子摺ってますよ。特に地雷が厄介でして。でもまあ、MSの数は多くないですし何とかなると思いますよ」
「そうですか。必要でしたら予備から部隊を回しますが?」
「いや、今のところは良いです、交代用に残しておいて下さい。ですが、相沢の奴はまだですか?」
「まだみたいですね。全く祐一さんは何時も無茶ばかりして困ります」
「相沢らしいですよ。それに、この任務には最強の部隊が必要だって言ったのは倉田さんですよ?」
「佐祐理は祐一さんに指揮を取って貰うつもりではありませんでしたよ」

 幾らなんでも総指揮官自ら前に出てどうするのかと佐祐理は憤っていたが、北川にしてみれば祐一では仕方が無いという心境であった。元々じっとしていられるような性格ではないのだ。秋子やシアンといった人々は祐一の天賦のカリスマ性に期待しているようだが、やはり性格的にシアンのポジションは難しかったのではなかろうかと思わずにはいられない。
 だが、北川はこの作戦そのものには余り不安を抱いてはいなかった。確かに無謀な計画ではあったが、何とかなるのではないかという気がしていたのだ。何しろあの幸運の女神に愛されている男、祐一が飛び込んでいったのだから。

「いや、幸運を当てにしてる時点で俺も指揮官失格なのか?」
「何を言ってるんです北川さん?」
「いや、なんでも無いっすよ。それじゃ、そろそろ美坂と突撃をかけるんでこの辺で」

 北川が通信を切り、佐祐理はふうっとため息を漏らして戦域図に視線を落とした。北川は多数のMS隊を上手く指揮して敵の防衛ラインを複数箇所で破ろうとしている。その動きは実に巧みであり、逆に敵のMS隊の突出を誘って十字砲火に引き込むなどという芸当まで見せている。
 そして発電所などへ向かおうとした敵部隊には空軍による空襲が行われ、これを撤退させる事に成功してもいた。もし撤退しないようなら作戦計画を変更してZプラス隊を投入するつもりでいたのだが、幸いにしてこれは使わなくて済んだ。

「今のところ順調、という所ですね。後は祐一さんによる議事堂や大統領府などの行政区画の制圧と、情報部に要請していた現地ゲリラの来援を待つだけです」
「ですが、相沢大佐はともかく、ゲリラは本当に来るのでしょうか。来たとしてもかえって混乱が拡大するだけなのでは?」
「その危険性はありますけど、他に手も無いですから。情報部のバイエルライン少佐が太鼓判を押していますし、信じるしかありません」

 実のところ佐祐理も余り信用しているわけではないのだが、流石に指揮官自らがそんな事を言うわけにもいかず、自分でも信じていない事をさも信じているかのように装って部下たちに告げていた。彼女は一弥を巡る過去のせいで自分の内心を隠して嘘をつくことが上手かったのだ。一弥との再会でその二面性も少しずつ失われていたのだが、まだその影は消えてはいない。
 そして、遂に佐祐理たちが待っていた知らせが届いた。

「アウドムラ、弾道コースでダカール上空に降下してきます!」
「ようやく来ましたか、MS隊は?」
「まだ出ていません、予定高度になれば出ると思います」
「分かりました、北川さんにも伝えてください!」

 遂に祐一が降下してきた。これでダカール市内に祐一たちが降下すれば防衛隊は混乱し、北川たちの突入で防衛線を一気に突き崩せる筈だ。幾らティターンズが強靭な防御線を構築していたとしても、背後に大部隊が降下すれば動揺は避けられないだろうから。




 この時、弾道コースで一気に降下してきたアウドムラからは次々にMSを載せたベースジャバーや車両、物資を搭載したドダイ改が出撃し、ダカール市内へと降下を開始していた。ストライカーとジムVの混成大隊が議事堂や大統領府といった行政区画に次々に降下し、守備隊のMSや戦車を一蹴してこのブロックの制圧を開始している。更にMSに続いて降下したドダイ改から装甲車と歩兵が降りて施設の制圧を始めている。
 祐一のG−9は大統領府の正面に陣取り、制圧した大統領府の中に司令部を設けて状況の把握に努めていた。

「目標としていた重要施設の制圧は完了、敵の抵抗は弱体化しています」
「重火器はMS頼みか、俺たちと同じだな」
「主力は全て本隊の迎撃に向けられていたんでしょう。こちらに残っていたのもジム改やハイザックといった旧式ばかりでしたから」
「人手不足と装備不足は何処でも同じか、世知辛いねえ」

 今の時代、MSが主力の座に座ったせいでそれ以外の装備も時代に合わせた変化が起きている。歩兵も対MS兵器を持つようになったが余りアテにはならず、今の時代では歩兵はMSが蹂躙した後の制圧などにしか用いられなくなっている。MSの装備する対人兵器の発達も歩兵の活躍する場を狭めてしまった。
 だから何処の勢力でも歩兵の規模は縮小される傾向にあった。連邦軍でさえその例外ではなく、1年戦争で深刻な人材不足に陥っている状況下では歩兵の充実など出来る筈も無い。MSとその支援兵器の発達の影には広範囲に展開できて陸空に対応でき、しかも1人で動かせる兵器が時代に合っていた、という事情もあった。
 だがそれでもやはり歩兵にしか出来ない仕事というものも多く、各地での武装ゲリラを制圧出来なかった理由として投入できる地上兵力の少なさがあった。ゲリラを掃討するには歩兵による虱潰しの制圧作戦が必要なのだ。

 人手不足はティターンズも同じであったようだと知って祐一はやれやれと肩を落とした。もっと大規模な部隊が居ると思っていたのだが、思っていたより敵にも余裕が無かったようだ。

「でも歩兵が足りないという問題は変わってないんだからなあ、さてどうしたもんか」
「MSや戦車を全て撃破して降伏を勧告すれば、投降してくるのではないですか?」
「そうだと楽なんだけどなあ。とりあえず、その方向で掃討を進めてくれ。名雪はもう位置についたか?」
「はい、高所に陣取って狙撃を開始しています。おかげで敵に目立った動きはありません」

 名雪はこの時、狙撃用ライフルを手にしたゼク・アインでダカールを見渡せる高所に移動していた。スマートガンは大気での減衰が大きいのだが、ここでは更に砂塵などもあって更に減衰するため、長距離ビームは威力が足りないという問題が出ていた。そこで名雪は実弾型の狙撃用ライフルをジャブローから取り寄せて今回の戦いに間に合わせていたのだ。
 護衛と共に高所を押さえた名雪はダカール市内の大半を射程内に捉える事が出来たが、ミノフスキー粒子の影響で超長距離射撃は外す可能性が大きい。だから確信のもてない距離の射撃は控えるようにしていたが、それでも周辺のMSの動きを制圧する事は可能であった。何しろ姿を晒した機体が次から次へと頭や足を撃ち抜かれて大地に転がっていくのだから。機体を爆発させかねない胴体への直撃は避けている。
 名雪の射撃の範囲内からティターンズの車両やMSは撤退する動きを見せていた。どうやら市内のティターンズには名雪に反撃できる効果的な火器の用意はなかったようだ。砲撃による反撃も無いことから、流石の彼らも大統領府や議会の破壊は躊躇っているのかもしれない。
 ティターンズは名雪の攻撃が届きにくい港の方に部隊を集め、再編成を図っていた。ハイザックやジム改ばかりなのが彼らの窮状を物語っていたが、とにかく敵の本隊が来る前に内の敵を叩かねばならないのだ。幸いにして敵に増援は無いが、こちらは待っていれば前線から部隊が戻ってくる。




 味方の展開が順調なのを確かめた祐一は、信号弾を上げて次の段階に移行するように合図を出させた。その合図を見て連邦軍の他の部隊が一斉に動き出す。佐祐理の指示を受けた北川がそれまでの敵の防衛ラインに張り付いて戦力を削り取る戦術から一転して突破を目論んだ戦術に切り替え、装甲の分厚いゼク・アインを中心とした突入部隊を編成し、一箇所に叩きつける。後方に居たガンタンクやジムキャノンの砲撃も突破を目論むポイントに集中され、狙われたポイントに過剰なまでの火力を叩きつけている。
 そして海からは別の敵が襲撃を仕掛けてきた。港の外で警戒配置についていた駆逐艦が水中用MSを捉えて攻撃を開始したのだが、それに少し遅れて外洋から大量の対地ミサイルが発射された。発射されたミサイルは港の上空で無数の子弾をばら撒き、辺り一帯を耕しだした。こちらに逃げていた地上部隊は慌てて退避にかかり、MSや対空車両が対地ミサイルの迎撃を始める。

「畜生、奴ら潜水艦まで持ってきてたのか。海軍の奴らは何してやがったんだ!?」

 降り注ぐ子弾のシャワーから逃げ回りながら兵士の1人が頼りにならない海軍を罵っていたが、それは海軍の状況を見れば言い過ぎというものであったろう。元々ティターンズに味方した海軍は極めて少なく、ダカールにはたった4隻しかいなかったのだ。しかも僅かに配備されたザクマリナーは連邦軍の水中用MSに歯が立たないようで、次々に撃破されている。
 そして水中から次々に姿を現したのは、ある意味驚きの機体であった。かつてジオン軍で活躍したアッガイやゴッグ、ズゴックといった機体はジオン残党から接収したものであろうが、それらに混じってメタスに似た機体とジムVに似た機体が姿を現したのだ。
 メタスに似た機体はエゥーゴがカラバの為に開発し、少数とはいえ送り込んでいたメタス・マリナーを連邦軍が接収したもので、ジムVは一部を改良して水中用として作られたオプションを組み込まれた水陸両用機アクアジムVである。
 連邦海軍としては強力で深く潜れるメタス・マリナーの量産を希望したのだが露各期の量産など簡単に出来る筈も無く、それまでのジオン軍のMSM系列機やザク・マリナーなどを参考に、メタスマリナーから得られたデータを急遽加えてアクアジムVを組み上げたのだ。その形状は水中用としては理想形とは程遠いものであったが、それでも従来のジムUベースのアクアジムなどより優れており、旧ジオンのMSM系MSには勝てる程度の性能は確保している。急造品としては上手くいった方だろう。
 水中をゴッグが暴れまわり、上陸したズゴックがバイスクロウで施設を破壊し、戦車や装甲車を容赦なく破壊していく。そしてアクアジムVがサブロックガンからマシンガンに持ち替えて、あるいは対人用の粒散弾頭を装填したミサイルランチャーを担いで逃げ惑う敵兵を掃討して回っている。
 


 祐一たちの降下に続いて海中からの攻撃を受けたティターンズは混乱をきたし、統制の取れた動きが出来なくなっていた。だが司令部からの指揮系統が崩壊したからといって反撃が不可能になったわけではなく、個々の部隊で立て直しを図り、反撃に転じる部隊も出てきている。祐一は奇襲で敵の混乱を誘い、そのまま勢いで押し切ろうと考えていたのだが、それを許すほどティターンズも無能揃いではない。
 小規模とはいえ体勢を立て直した連中が前に出てくるようになれば、自然と連邦軍の攻勢も鈍化してくる。奇襲による勝利など長続きするものではない。ジム改やハイザックとはいえ地上ではゴッグやズゴックより強い、アクアジムVも水中用に様々なオプションを追加したり構造の変化で重量が増加しており、地上では原型機のような動きは望むべくも無い。
 海中から突入してきた別働隊が押し戻されているという報告を受けた祐一はどうしたものかと胸の前で腕を組んで考え込んだ。

「もうちょっとやれると思ってたんだが、敵もどうして立ち直りが早いなあ」
「敵にも出来る指揮官は居るという事ですな。それで、どうします隊長?」
「やれやれ、海中部隊の方はシナプス将軍に無理言って回して貰ったんだけどなあ。まあ仕方が無い、後は情報部が大丈夫って言ってたアフリカのゲリラに期待するか」
「そんな他力本願で良いんですか。もし来なかったら我々は全滅ですよ?」
「その時はその時さ、最期の手は考えてある。お前たちは目の前の事態に対処してろ」

 そう言って祐一は部屋から出て行くと、廊下の窓から戦場の方を見た。そこからは市街地に黒煙が上がり、MSや戦闘車両、歩兵がぶつかり合う市街戦が行われているのが見て取れた。

「もし駄目なら、ガンタンクとビッグトレーの砲撃で敵を市街地ごと吹き飛ばす、か。出来ればやりたくないんだがな」

 自分たちと共に降下したMSの数は2個中隊程度、とてもではないが市街で戦闘などさせられない。MS隊の活躍に期待するだけだ。




 この時市街地で戦っていたのはあゆと栞のMK−Xを中心とするゼク・アイン部隊であった。出てくるハイザックやジム改を次々に蹴散らしていた2人は易々と市街の奥へと進んでいたのだが、そこで2人は奇妙な事に気付いていた。

「栞ちゃん、気付いてるかな?」
「市街地に民間人の姿が無いことですか?」
「うん、光学、熱源、動体のどのセンサーにも引っかからないんだ。ビルの中にも人が居ないみたいだし、ひょっとしてティターンズはダカールの人たちを非難させていたのかな?」
「ティターンズがそんな事するわけ無い、と言いたいですが、ティターンズの全員がバスク・オムみたいな人じゃないでしょうしねえ」

 市街戦になる事を想定してダカール市民をティターンズが予め避難させていたとすれば、ダカールを守っている将軍は意外と立派な人格者なのかもしれない。あるいは単純に民間人が居ては戦い難いと考えたかだ。
 どちらであっても民間人が居ないというのは戦いやすい。あゆと栞は敵の指揮官に感謝しつつ、更に前に出て行った。民間人を考慮しなくて良くなった以上、自分たちの動きを妨げる要因は激減したのだから。




 ダカールを望む砂丘の上、かつては緑豊かな丘であっただろう場所に1台の装甲ジープが停車した。その後部席には対MSミサイルに右手を置きながら半立ちの姿勢で1人の浅黒い肌の男が双眼鏡で市街地の様子を確かめている。その隣ではやや痩せ型の男が腕を組みながら市街地を眺めている。

「いきなりダカールに直接降下したのか、誰だかは知らんが大胆な指揮官だな」
「情報部からの話では何と言っていたんだ?」
「確か相沢大佐とか言ってたな。まだ30にもならない若造だって話だ」
「相沢……そうか、水瀬の秘蔵っ子か。という事は攻撃しているのは水瀬の直属部隊ということだな。なるほど、それであんな無茶な作戦をな」
「知っているのかい、ミスター?」
「ああ、宇宙軍のエース部隊だよ。連邦軍の中でも指折りの精鋭部隊の1つだ。彼らならあんな作戦をやれるだろうな」

 かつて機動艦隊と呼ばれていた頃から彼らの強さは連邦軍だけではなく、敵隊勢力からも恐れられていた。雪の結晶をマークとする死神たち、クリスタル・スノー隊。戦後は所属していたパイロットたちは連邦軍再建の為の各地に散り、教官や指揮官になったり、ベテランとして各地の部隊の戦力補強に使われていった。
 グリプス戦争が始まる前になるとクリスタル・スノーと呼べるのは秋子の直属にあった天野大隊1つにまで減ってしまう。だが秋子の指揮下のMS隊は精鋭であるという伝統は受け継がれ、緊急展開軍と名を変えた後になってもその徹底した訓練は維持され続け、全体的な技量の低下は避けられなかったが、なおティターンズと並ぶ精鋭と呼ばれ続けたのだ。
 その精鋭たちがダカールに降下し、市街戦を繰り広げている。だがならば何故ゲリラのまで助けを求めるのか、その理由が良く分からなかった。

「……まあ良いか、それじゃ行くとしようかガリッグ」
「ああ、急がねえと街が更地になっちまいそうだからな。しかし、向こうさんはこっちを撃ったりしねえんだろうな?」
「その時は私も一緒に吹き飛んでるだろうな」
「なるほど、ちげえねえ」

 ガリッグと呼ばれた指導者らしき男は頷いて大笑いし、ライフルを高く掲げて突入の指示を出した。それを合図に砂丘の向こうから大量のジープや改造されたトラックなどが姿を現し、土煙を上げてダカール市外へと突入を開始した。その中には連邦軍や旧ジオンの車両もあり、1年戦争の遺棄兵器を彼らがそのまま鹵獲していることが分かる。だが、僅かではあるが最新の車両も含まれている辺りに連邦軍の軍事支援の影が見て取れた。

 ゲリラの突入が開始されたことはすぐに名雪のカメラに捕らえられ、それが祐一に伝達されて全軍に伝えられた。その命令はゲリラとは戦うな、なるべく関わるなである。どうせゲリラと連携作戦など出来るわけも無いので、互いに関わらずに戦った方がマシだと考えたのだ。
 実際にゲリラの方も連邦軍と連携して戦おうな度という考えは持っておらず、別々の集団としてティターンズに攻撃を加えている。ただゲリラにはまともな対MS火器は無いので、MS隊にはゲリラの支援が命じられていた。


 だが、突入してきたゲリラは祐一たちの想像を超える動きを見せた。彼らの大半は素人に毛が生えた程度のものではあったが、何故か訓練された物を感じさせる動きを見せていたのだ。そしてその中に混じって明らかに専門的な訓練を積んだと思われる集団さえいた。彼らはボロボロではあったが連邦軍の野戦服のような物を着ており、もしかしたらティターンズの攻撃を受けて敗退した部隊の生き残りなのかもしれない。
 そのゲリラたちを望遠カメラの映像で見ていた名雪は、改造されたジープの荷台から50口径を撃ちまくっている男を見てあれっと首を傾げてしまった。その人物に見覚えがあった気がしたのだ。

「今の人……まさか、そんな訳無いよねえ」

 そんな事はありえないと思ったが、それでも気になった名雪は映像を拡大してコンピューター画像を修正させてみた所、やはりその人物が自分の知っている人間だという事を悟ってしまった。その人はよくTVにも出ていたし、母である秋子の知人でもあったから。

「倉田議員が何でこんな所に〜〜!?」

 そう、その人はずっと行方不明になっていた倉田幸三議員その人であった。生きていたのは朗報であるが、何故彼はゲリラに加わったまま連邦に戻ってこなかったのだろうか。ゲリラと連邦軍が繋がっていたのは明らかなのだから、ゲリラを経由してジャブローに戻る事も出来ただろうに。




 祐一たちの降下でダカール市内に援軍を出さざるをえなくなったティターンズの防衛線は崩壊しかけていた。ただでさえ苦戦したいたところに後方に敵が降下したと聞かされ、そちらの対応に戦力を引き抜かれてしまったのだ。士気の低下と戦力の不足はもはや隠しようもなかった。
 そしてそれは戦っていた北川にも敏感に感じ取れた。既に一線は抜けて二線の突破を試みていたのだが、敵の抵抗が思ったほど激しく無い事に気付いたのだ。

「何だ、何だか妙に脆いぞ。美坂、そっちはどうだ?」
「こっちもよ、一線に主力を集めてたのかしら」
「なら良いんだが、なんかの罠かもしれないぞ。ちと倉田さんに確かめて貰うか」

 北川は通信で後方のビッグトレーにいる佐祐理を呼び出すと、敵の抵抗が妙に弱いことを告げて調べて欲しいと頼んだ。それを受けて佐祐理は上空を飛んでいる空軍機に敵の様子を撮影して転送して欲しいと頼み、少し待って偵察機のカメラからの映像が届いた。それを見た佐祐理は戦闘開始前の敵の状況と比較して、後方に控えていた予備部隊が激減しているのが分かった。
 北川との戦いに投入されたにしては減り方が多すぎると考えて佐祐理は祐一と連絡を取り、ダカールの方に敵の増援が回っていないかと確認を取った所、あゆたちがダカール市外からやって来たバーザムやマラサイと交戦しているという事が分かった。

「これで分かりました、敵はこちらから市内に予備を回したんです」
「それで正面が薄くなったのですね。予備が足りなくて開いた穴を埋められなくなった」
「ならチャンスです、一度崩せばもう立て直しが出来ません。私たちも前に出ますよ、全軍出撃です!」

 敵にはもう予備は無い、それを確信した佐祐理は残っていたMSと戦闘車両全てを投入して一気に防衛線を抜く手に出た。この防衛線を突破し、ダカールに居る祐一たちに合流するのがこの作戦の要点であり、遅れれば遅れるほど彼らが撃破されてしまう確率が高まるのだ。だから少しでも早くここを抜ける必要性があったのだ。
 



 キリマンジャロを攻略しようとアフリカ東部を南下している連邦軍アフリカ方面軍の指揮を取っていたシナプス少将は、西岸を南下していた祐一たちからダカール市内への降下に成功したという知らせを受けて、無茶な事をするものだと驚いていた。

「敵に占領されているダカールの中へ強襲降下したのか、無茶をする連中だな」
「彼らはストライカーやゼク・アイン、ジムVを大量に保有しています。これだけの装備があればあながち無茶とは言えないのでは無いでしょうか?」

 後方参謀が些か嫉妬交じりの意見を口にする。それを聞いたシナプスはその参謀を一瞥したあと、困った顔で全員を見回した。

「まあ彼らの装備を羨んでも仕方が無いだろう。今はそんなことより、ダカールが危ないと知ったティターンズがどうう動くかだ。その後の動きは掴めているのか?」
「偵察機を飛ばして敵の動向を探らせていますが、キリマンジャロを守るティターンズには特に動きは見られません。どうも敵はダカールを守るつもりが無かったようですな。相沢大佐たちが突入する前にも相当数の部隊がダカールから移動した事が確認されておりますし」
「陽動にはならなかった、という事か。残念だったな」
「思いますに、むしろ我々がダカールという餌に釣られたのではないでしょうか。ダカールに配置されている戦力は明らかに中途半端ですし、どう考えても相沢大佐の部隊をぶつける必要はありませんでした」
「最精鋭部隊を囮に使ってしまった、こちらが嵌められたということか」
「そして敵は掻き集めた精鋭部隊を持ってキリマンジャロ周辺の要害を利用して防衛線を築きました。もはや、力づくの突破は叶いますまい」

 自分たちに手持ち戦力では正面からキリマンジャロを攻略する事は難しい。こちらの方が数では勝っているが、圧倒すると言うほどではない。装備の差を考えればそんなに大きな差だとも言えないだろう。
 しかも持久戦に持ち込めばこちらが不利になる。キリマンジャロは宇宙開拓時代から拡張を続けられ、マスドライバーや生産、開発施設まで有する恒久基地となっている。ジャブローほど出鱈目な基地ではないが、そう簡単に叩ける相手でもなかった。何よりキリマンジャロには巨大な宇宙港があり、宇宙から補給を届けることも可能なのだ。現在の地球軌道の制宙圏争いは連邦軍が優勢だとはいえ、まだ完全に押さえた訳では無い。いまだ本国艦隊と拠点となる軌道基地は再建されていないのだ。
 このキリマンジャロを包囲して干上がらせるというのは容易ではない。連邦軍も先の欧州戦で大きな打撃を受けており、キリマンジャロを包囲しようとすれば逆にこちらが自滅しかねない。キリマンジャロ基地は巨大であり、ここを守るティターンズの勢力圏はなお広大な物だ。しかもインド、中東方面からの攻撃も考慮しなくてはならず、その全てを相手にする力はアフリカ方面軍には無かった。

「……エチオピアまで前進してジブチを落としたかったが、難しそうだな」
「残念ですが、消耗戦になったら補給が続きません。一度後退し、旧エジプト辺りで守りに入るべきでは無いでしょうか」
「そうです、敵も旧スーダン領を超えてくる事は無いでしょうし」

 ジャブローに溜め込んであった物資は欧州での反撃でかなりの量を使ってしまった。あのまま一息にここまで押し込んできたが、そろそろ補給線が伸びすぎていたのだ。勢いだけで前進するのもそろそろ限界であり、この辺りで体勢を立て直す時期だろうと参謀たちは口々に進言してきた。
 参謀たちの意見を一通り聞き終えたシナプスは腕組みをすると、暫く考えさせてくれと言って彼らを下がらせた。




 ダカールを巡る戦いは終焉に向かっていた。防衛線を突破されたティターンズ残存部隊は各地で分断されており、各個撃破の末に降伏する部隊が続出していた。どうやら手機構が不可能と判断した時点で降伏するように命じられていたらしい。
 突入してきた北川はそのまま市内に突入したのだが、佐祐理は彼らの対応に追われて突入するどころではなくなってしまった。降伏してきたティターンズの兵士たちを捕虜として拘束しなくてはいけないのだが、その数が多すぎて手に負えない事態になってしまっている。
 祐一も自らG−9リンクスに乗って前に出ていたのだが、こちらでは既に彼の仕事は残っていなかった。敵MS隊の掃討はあゆと栞が率いていたMS隊によってほとんど完了していたのだ。祐一は擱座しているジム改やジムU、ハイザックの群れを数えながら意外に抵抗が弱かったなあと漏らしていた。

「思ってたより早く片付いたな、もっと梃子摺ると予想してたんだけどな」
「梃子摺ったよ、祐一君が出てくるのが遅すぎるんだよ!」
「おおあゆ、お仕事ご苦労さん」

 祐一の独り言に文句を言い返しながらあゆのmk−Xがやって来た。機体にはかなりの被弾の跡があり、ティターンズの抵抗の激しさを教えてくれている。あゆの話では敵は装備こそ劣悪であったが、都市の遮蔽を生かした徹底的な待ち伏せを行うことでかなり激しく抵抗していたらしい。
 ただ市街地を焦土にする考えは無かったようで、歩兵を積極的に使ったビル1つ1つを奪い合うような戦いはしてこなかった。おかげで双方の死者は想像していたよりも遥かに少なくて済んだのだ。

「敵の司令官殿に感謝だな、血みどろの消耗戦をしなくて済んだ」
「それがねえ、ここの守備隊って連邦軍からの転向組ばっかりみたいだよ。ティターンズの制服を着た人も数えるくらいしか居ないんだ」
「ティターンズにしてみれば連邦からの転向組なんて2線級部隊って事なのかもな。まあ今はそれより、敵の残りだな。今はどうなってる?」
「栞ちゃんたちが包囲して降伏勧告してるよ。まあ司令部以外はほとんど降伏しちゃったみたいだし、残敵掃討もすぐに済みそうだよ」
「そうか、じゃあ俺は栞の方に行って来るかな。降伏した敵の司令官殿に会わなくちゃいかんだろうし」
「そっか、じゃあボクは佐祐理さんたちを迎えに行くよ。佐祐理さんが来てくれないと何も進まないからね」
「おおそうだな……て、そりゃどういう意味だあゆあゆ!?」
「あははは、じゃあね〜〜」

 祐一が気付いてあゆを問い詰めようとするよりも早く彼女はさっさと北へと移動して行ってしまった。それを見送った祐一は悔しそうにブツブツと文句を言っていたが、何時までもそこに居ても仕方が無いのであゆの言っていた栞が包囲してる敵の司令部に向かう事にした。
 だが、祐一が到着した頃には既に敵は降伏した後であった。栞は機体から降りて敵の士官と話をしているようで、接近してくるG−9を見て存在を知らせるように手を振っている。祐一もそれを見て近くに機体を止めると、地上に降りて栞の傍に来た。

「ご苦労さん、もう降伏したのか?」
「はい。ああ、こちらが降伏を申し入れてきた参謀長のスミス少将です」
「参謀長って、司令官殿はどうされたんです?」

 祐一の不思議そうな問い掛けに、栞とスミス少将は顔を伏せた。そしてスミス少将の案内に従って司令部となっている建物に入った祐一は、司令官用のオフィスで頭を撃ち抜いた将官の遺体を目にするのだった。

「……自殺、ですか」
「将兵に道を誤らせてしまった責任を取るとおっしゃって、ご自身の拳銃で」

 責任感が強すぎる男だったのか、それとも法廷に経つ勇気がなかったのかは今となっては分からない。祐一は遺体に対して短い敬礼をした後、中将の遺体を丁重に扱えと命じて司令部を後にした。
 司令部から出た祐一は外に出たところで大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。なんともやりきれない気持ちになってしまったのだ。隣にやって来た栞も余り気分は良く無さそうである。

「余り考えないようにしてたが、敵も連邦軍だったんだよなあ」
「市民を逃がしたのは連邦軍人としての義務感でしょうか?」
「多分な。宇宙じゃコロニー市民を平気で巻き込むような連中だったけど、地上じゃ違うのかな?」
「多分、宇宙ではそんなに沢山は寝返らなかったせいじゃないかと思いますよ。地上ではかなりの数の部隊が寝返ったと聞きますから、宇宙ほどティターンズらしくないんでしょう」
「そうなのかもな。でも、何でティターンズはここに援軍を出さなかったんだ。それに監視用の部隊も居ないし」
「それは確かに変ですよねえ」

 ティターンズはそんなにここの部隊を信頼していたのか、それとも何かの罠なのか。

「栞、ダカール市街地の捜索はどうなってる?」
「敗残兵の捜索は進めていますけど、やっぱり人手が足りないです。特に爆発物を捜索している工兵隊が」
「まあ、仕方が無いか。司令部の考えを無視して動いてるティターンズ部隊が居ると思ったんだけどな」

 ダカールを連邦軍の手に渡すくらいならば爆破してしまえ、と考えるのではないかと祐一は思ったのだが、対処しようにも出来ない状況ではどうしようもなかった。とりあえず市内の安全が確認されるまでは市民はそのまま避難キャンプに留まってもらい、時間をかけて捜索をするしかなかった。それにダカールを奪還したと知ればジャブローも応援を寄越すだろうという読みもある。
 さて、これからどうしたもんかと考えながら祐一がG−9に戻ろうとした時、自分を呼ぶ声を聞いて足を止めた。自分を呼んだのはゲリラのメンバーらしい、やや白髪交じりの黒髪の東洋系の人物であった。

「俺に何か用かい?」
「ああ、済まないが指揮官に会わせてくれんかな。私は倉田幸三、連邦上院議員だ」

 だが、そう名乗った男を前にして祐一がまず取った行動は、部下に命じて軍医を呼んで頭がまともかどうかを確認させる事であった。どうやら祐一は議員の顔を知らなかったらしい。





後書き

ジム改 ダカール陥落。
栞   意外に脆かったですねえ。
ジム改 連邦軍がジオン共和国軍とかを2線級部隊と見てるようにティターンズも連邦からの転向組みを格下に置いているのだ。
栞   ネオジオンもジオン共和国の部隊を下っ端にしてますしねえ。
ジム改 結局何処も似たような事してるんだよなあ。
栞   ジオン共和国って何気に一番報われて無い人達のような。
ジム改 まあ、あいつらはどう転んでもねえ。
栞   でもダカールを落としたのは良いですけど、この後どうするんです?
ジム改 本隊が止まったからどうにも出来ないな、ダカールで止まるしかない。
栞   地上は補給が大変です。
ジム改 宇宙だとお互いに余り拠点から離れないからねえ。
栞   何しろガンダムの船ってあんまり長期間行動する事を考えて無いですから仕方ありません。
ジム改 ファマス戦役の時なんてかなり大変だったからなあ。
栞   一歩進むごとに次の補給船団待ちでしたからねえ。
ジム改 それでは次回、アフリカ中部への侵攻を断念して後退する連邦軍。祐一たちもダカール周辺の制圧を地上軍の師団に任せ、ベルファーストまで後退する事に。そこで祐一は秋子と連絡を取り、これからどうするのかを話し合う事に。次回「海鳴へ」
栞   ところで、ジェリド中尉は何処に居るんですか?
ジム改 生きてればキリマンジャロかと。