第90章  ジオンの脅威


 

 数隻の輸送船に分乗して大隊規模のMS隊、相沢隊が極東の重要拠点、海鳴基地にやって来た。ここは半月前にティターンズの襲撃を受けて大損害を蒙っており、今も復旧工事が進められている。その際に工廠施設などは最新の物に建て直され、機能を強化する事が決まっていた。
 祐一と北川と名雪は艦橋脇のウィングから基地を見ていたのだが、前に来た時よりもかなり拡張され、倉庫に入りきらない物資がコンテナごと無造作に積み上げられているのを見て仰天してしまっている。

「こりゃ驚いたな、凄い物資量じゃないか。なんか大きな作戦でもあるのか?」
「実は倉庫が壊されて入れる所が無くなっただけだったりしてな」
「ハワイを出る時は東南アジアで大きな作戦があるらしいとは聞いてたけど、その関係じゃないかな。私達もそっちに行くのかもしれないよ」
「東南アジアってことは、ジャングル戦かよ、やりたくねえなあ」

 視界の利かないジャングルでの戦いは突発的な遭遇線になり易く、MSの性能差が出難い。1年戦争で連邦軍がここで頑張れたのもジャングルの持つ特殊な環境がMSという兵器を拒んだ為だ。平地や山岳では威力を発揮したMSも、流石に30mを超す巨木が生い茂るジャングルではMSも車両もまともに進む事が出来ず、無数のトラップと待ち伏せ攻撃で撃破される運命を辿ったのだ。
 ここは攻めるに難く、守るに易しい戦場だ。となれば攻める連邦軍は相当な不利を強いられる事になるのは明らかで、何が楽しくてこんな所に攻め込まなくてはいけないのだと祐一は首を捻ってしまっていた。

 大隊長と副官が艦橋で困った顔をしていた頃、甲板ではあゆと栞が波に揺られてすっかりダウンしてしまっていた。介抱していた香里は何でMSに乗れる人間が船で酔うんだと不思議であったが、青い顔をしてベンチに横になっている2人からは何も聞き出せそうに無かった。

「はい栞、あゆちゃん、水持ってきたわよ」
「うぐぅぅぅ〜〜」
「気が利かないですお姉ちゃん、こういう時はバニラアイスを差し入れるものですよ」

 もはや唸る事しか出来ないあゆは受け取ったコップの水をチビチビと啜りだし、栞は不満そうな顔でコップを受け取っている。香里は船酔いしてる人間が馬鹿言うんじゃないと言い放って船内に戻って行ってしまった。



 海鳴基地では名雪の言った通り、東南アジアでの作戦に備えた準備が進められていた。集積された物資はここで輸送機に積まれ、各地の基地や部隊へと送られていく。その為に飛行場には多数のミデア輸送機が集まっていて、リフトがコンテナを抱えて忙しそうに走り回っていた。
 祐一たちがやってきたのはそんな基地で、余りにも多すぎる荷降ろし作業の為に祐一たちの下船は大分後回しにされてしまった。実に3時間以上も待たされてようやく下船した祐一を待っていたのは、ジープに乗ってやってきたシアンであった。

「よお相沢、すまんな待たせちまって」
「本当ですよ、港に入ったのにずっと船の中だったんですから」

 不満そうな全員を代表して祐一が愚痴をぶつけ、シアンはすまんすまんと謝って一緒にやって来た案内の士官に大体の兵士達を任せ、幹部達はシアンが自ら運転するジープで司令部に運ぶ事にした。
 その途中でシアンは大まかな状況を祐一たちに説明していた。

「荷降しが遅れたのは湾口施設がこっ酷く叩かれたからだよ。あれでクレーンなんかがかなりやられちまってな、まだ再建が終ってないんだ。おかげで手間取ってしょうがない」

 湾口の荷揚げ、降し能力は軍港の機能として極めて重要な能力の1つだ。これが高ければそれだけ迅速に輸送船団を運用する事ができるので、よく整備された軍港というものの戦略的な価値は極めて高い。極東方面軍の全部隊の補給を一手に引き受けられたのもこの充実した湾口施設と空港施設のおかげなのだ。まあそれだけにここが叩かれると影響の大きさも洒落にならないのだが。
 先のティターンズの攻撃を受けて衛星軌道の哨戒部隊を増やし、早期警戒能力も強化しているので先のような襲撃を許す事はもう無いのだが、それでもまた襲われたらどうしようという不安は残っているのか、基地の警備体制は祐一たちから見ても厳重なものとなっている。
 そしてシアンに案内された基地司令部の会議室では、極東軍の今後の動きを決めるべく各地から参謀や司令官などが集まっていた。極東方面軍司令官のアビサイト中将は奪還されたタンユワン基地からジャブローで行われている会議に出ているので、今はこの場には居ない。変わって参謀長のイブリン少将が会議を取り仕切っていた。
 イブリンは入ってきたシアンと祐一たちをチラリと一瞥すると、気にした様子も無くそのまま話を続けている。シアンはその反応に苦笑いし、そしてマイベックの招きに従って全員を近くの椅子へと案内した。

「これはジャブローからの情報だが、上はマドラスを攻略するつもりらしい。極東軍と太平洋軍に恐らく出動命令が出されるだろう」
「でも参謀長、極東軍はティターンズを叩き出したばかりでまだ建て直し中です。今動けってのは無茶じゃないですか?」
「その通りです、MSも車両もボロボロで大半が整備中ですし、補給も積み上がっていません。それに前線の師団はもうくたびれていますから交代させて休養を取らせないと使い物になりません」

 極東軍はティターンズとシナをめぐる戦いに勝利を収めたが、それまで頑張っていた師団は長い戦いで人員も装備も消耗していて後方に下げて再建する必要がある。まあ装備は整備すれば使えるようになるが、人員はそうもいかない。まず休ませないといけないし、長い事前線に居たので再訓練しないといけない。
 だが交代する為の師団葉すぐには来ない。安全なジャブローで編成中の部隊はあるがすぐには来れそうも無い。欧州やアフリカから下げられた部隊もまだ再建途上だ。
 つまり新たな作戦を発動するにはどうしても準備期間が足りないのだ。せめて後2ヶ月、できれば3ヶ月くらいは準備期間が欲しいというのが彼らの本音なのだ。だがジャブローの会議の結論次第ではこのまま進軍しろと言われるかもしれない、とイブリン少将は全員に告げ、集まっていた人々は一様に暗い顔になってしまっていた。
 そしてその中から、インドシナ半島の入り口であるハノイに進軍している第8軍を預かっているオラフ・ティンセン少将が発言を求めた。

「まあ行けと言われれば行くまでだが、我々は何処まで進めば良いのです参謀長。インドシナ半島の制圧を目指すのか、一気にカルカッタ辺りまで突くのか、その辺りをはっきりして頂きたいのだが?」

 目標が決まらなければ作戦の立てようも無い、まずは目標をはっきりとしてくれと言うティンセン少将に誰もが頷いてイブリン少将を見るが、イブリンもそれに困り果てた顔をしてしまっていた。

「それが、ジャブローの方でもまだその辺りがはっきりと決まらないらしい。各方面軍の交渉が上手く纏まっていないようなんでね」
「それはまた、随分と行き当たりばったりな事ですな」

 ティンセンが皮肉たっぷりに返したが、言われたイブリンの方も同感だと言わんばかりに大きく頷いていた。

「それがな、どうも今回の作戦は政府のゴリ押しで決まったものらしい。コーウェン将軍達は北米攻略を考えていたらしいが、それは中止になったらしい」
「つまり上層部が政府の圧力に屈したというわけですか?」
「軍部は失点続きで信用を無くしてるからな、コーウェン将軍も強く出れなかったんだろう。何しろファマスに続いてティターンズのクーデターまで起きて、そのどちらも早期鎮圧に失敗したんだからな」

 それを言われたらコーウェンでなくても反対出来なかったかもしれない。目の前の連中もその事を言われた途端にバツが悪そうな顔で視線をそらせてしまっている辺り、誰もがそれは言わないでくれと思っているのだろう。
 もっとも祐一たちにしてみればそんなの見抜けなかった上層部のせいだと言いたかったりするのだが。自分たち下っ端は言われた事をするだけの立場なんだからそこまで責任もてるかと思っている。
 そして祐一は北川に顔を寄せると、小さな声で話し掛けた。

「なあ北川、もし本当にすぐに南に行けって言われたら、どうなると思う。お前昔はこの辺りで仕事してたんだろ?」
「機体の現地対応改装が間に合えば良いんだけどなあ。ジャングルは歩き難いし、足がすぐ泥に取られてとにかく動き難いんだ。ホバーで動けるMSも木が邪魔して上手く動けないから、MSが入るような所じゃないと思った方が良い」

 北川の話を聞いた祐一は心底嫌そうな顔をしていたが、まあジャングルに突っ込まなければ良いのだと自分に言い聞かせるようにして何度も頷いていた。しかし、それが空しい努力であった事を彼はすぐに知る事になる。
 イブリン少将はもしこの作戦が発動した場合、何と彼は極東軍は総力を上げてインドシナ半島に進軍、ここを守るティターンズと一戦交える事になると告げてきたのだ。それを聞いた全員が参謀長に一斉に白い目を向け、冷たい視線に晒されたイブリンは居心地が悪そうに身じろぎしていた。

「ま、まあ、まだ決まった訳ではないからそう怒るな。それに太平洋軍も参加するだろうし、他から援軍も来るはずだから」
「……準備不足で始めた作戦が上手くいくと思うのですか参謀長?」
「私に言われてもどうにもならんよ、司令官が上手く時間を稼いでくれる事を祈るしかあるまい」
「余り楽しい未来は期待できそうにないですな」

 第8軍の作戦参謀であるモンベイ中佐が憂鬱そうに呟いた。それを隣にいる参謀が窘めているが、誰も同じ気持ちなのだろう。シアンも呆れた顔でマイベックと顔を見合わせている。

「准将、どう思いますかね?」
「まあ命令とあれば行くしかないだろうが、犠牲が大きくなるだろうな。あそこはスキップしてアンダマン諸島を経由して海路からカルカッタを狙った方が良い様な気がするのだが」

 海軍力では連邦がティターンズをはるかに上回っている。その優位を生かしてインドシナやマレーとインドとの間を断ち切り、インドシナとマレーを枯死させた方が楽なのではないだろうかとマイベックは思っていたが、上層部がそれは難しいと判断したのかもしれない。
 いずれにしても、もし作戦発動となっても自分たちが前線に出る可能性は低いだろうとマイベックは思っていた。海鳴基地の部隊はあくまでもこの基地の守備隊であり、外地で戦うような部隊ではないからだ。まあ過去に幾度か出動した事はあるが、基本的には外に出向く部隊ではない。
 だが、祐一たちがシアンの指揮下に回されてきたという事を考えると、シアンを海鳴から引き抜いて新たな打撃部隊を編成する計画があるのかもしれないとは思っていた。秋子は幾度となく自分を宇宙に引き抜くと言っており、そのための条件か何かで祐一たちを回した事は想像に難くない。

「やはりやる気なのかな?」
「何か言いましたか、准将?」
「いや、なんでもない。これから忙しくなりそうだなと思ってね」

 出来ればこっちからは行きたくない、そう考えながら、マイベックはイブリンの話に耳を傾けていた。やりたくはないが、多分やる事になると予想しながら。


 祐一たちが会議に連れて行かれた頃、香里は祐一の変わりに大隊の装備を指定された倉庫に運び込ませ、合わせて将兵をあてがわれた宿舎へと移動させていた。大隊が突然やってきても問題なく受け入れられる宿泊施設も驚きであったが、香里は海鳴基地の工廠施設に驚いていた。そこではMS整備や修理だけではなく、本格的な改修も受ける事が出来たのだ。実際、この基地では陸戦用のジムVG型を更に北東アジア向けの小改修を施すという作業が行われており、極東軍の戦力向上を行っている。更に後送されてきたジムUにジムVへの改修も行われているようで、工場の中には整備ベッドに固定された大量のジムUが並べられていて、そのうち何機かは分解されて改修キットの組み込みが行われている。

「凄いわね、前に来た時よりも更に設備が拡張されてる」
「まあ前に来た時は空き地だらけだったもんね。でも、地上軍ってMSが沢山あるんですねえ」
「うぐぅ、宇宙の方にも回して欲しいよね」
「あのね、今更ジムUやジム改で何するのよ。せいぜい後方で作業用にでもするしかないわよ?」

 適当な事を言い出した妹とあゆに突っ込みを入れて、香里は必要書類をシアンの事務室へと持っていった。そこでは副官として現役復帰した郁未・A・ビューフォート中尉がいて、会議に行っている旦那に代わって事務仕事をしていた。郁未は入ってきた香里たちを見ると表情を綻ばせてペンを止め、歩み寄って懐かしい旧友達の肩を抱きしめていた。

「久しぶりね香里、それにあゆちゃん、栞ちゃんも、元気だった、て言うのは愚問かしら?」
「そうね、この娘達は何処に行ってもピンピンしてるわよ」

 郁未と香里は不満そうな2人を置いてけぼりにして笑いあい、そして郁未は香里から渡された書類にざっと目を通していった。

「ふうん、ストライカーとゼク・アインで出来た完全編成の1個大隊か。4個中隊48機の重編成とは豪勢ね。地上じゃジムVウォ揃えるのも大変だって言うのに」
「ジャブローでゼク・アインの生産が始まってるから、暫く待ってれば来るわよ」
「そうだと良いんだけどね。うちの人でもジムVをセッティングの調整でチューニングしただけの機体なんだもの、宝の持ち腐れよね」
「シアンさんならジムVでも十分って気がしますけどね」
「あの人の強さは反則だよ、ルール違反だよね」

 ワイワイと言い合いながらも書類に目を通す事は止めず、全てに目を通し終えた郁未はそれをデスクの棚の1つに放り込んで大きく背を伸ばした。

「折角来たんだし、少し外にでましょうか。私も少し休みたかったし」
「え、でも、仕事中じゃないの?」
「大丈夫よ、今は何処の部署も慌しくて予定通りに休みを取るなんて出来ないから、手が開いた時に個人個人で休みを取るって事になってるの。丁度良いから、街に出ましょ。翠屋に案内するわ」
「どうやって行くんです、車かヘリでも出てるんですか?」

 海鳴基地は海鳴市街に近いが、歩いて行くには少し遠い。車でも出るのかヘリでも出すのかと栞が聞くと、郁未は港から連絡船が出てると教えてくれた。

「港から直接市街を繋ぐ連絡船が出てるのよ、これを使えば10分くらいで往復できるわ。この基地には沢山の人が来るから、交通手段として作ったの」
「へえ、便利ですねえ。でも船かあ……」
「えぅ〜〜」
「2人とも、どうかしたの?」

 何だか急に落ち込んでしまったあゆと栞に、郁未はどうしたのかと香里を見たが、香里は苦笑するだけで答えてはくれなかった。





 ジャブローでは未だに会議が続いていた。次の作戦目標が定まった事で各地の戦力配置の見直しや優先して立て直す方面の決定、割り振る資材の分配などで激しく遣り合っていたのだ。
 秋子も宇宙軍を代表して主張を続けているが、やはり連邦政府がまず地上優先という方針を明確に打ち出した事で宇宙軍の優先度は低くなってしまった。秋子は必至に頑張って艦艇の調達計画だけは維持する事を約束させたが、それらを生かして攻勢に出るだけの物資を回して貰う事は出来なかった。それどころかフォスターUで生産されている物資の一部を供出させられる事を約束させられたのである。そう、敵地に突入しなくてはいけない極東軍に対する軌道上からの物資投下をさせられる事になったのだ。
 この要請を受けた秋子はそれを拒否する事は出来なかった。宇宙軍としてはまず優先するのは消耗した艦隊戦力の立て直しと旧式化が著しいサラミスとマゼランの代替であり、攻勢が遅れるのはこの際止むを得ない。

 だが、この会議の最中に秋子は宇宙軍を任せているランベルツ中将からの緊急報告を受け取る事になる。フォスターUからの緊急通信だと言われて渡された書類に目を通した秋子は、その形の良い眉を顰めてしまった。

「ネオジオンに攻勢に出る動きがある?」
「水瀬、どういうことだね?」 

 コーウェンが何事かと問い、秋子は報告の内容を全員に聞かせた。ネオジオンに動きが見られると聞かされた参加者達にも動揺が走り、どうするのかと秋子を見る。

「ネオジオンへの対応はクライフ提督に任せています。ネオジオンの動きには現有戦力で十分に対応可能だと思いますから、すぐにどうこうという事は無いでしょう。対応し切れなければフォスターUの第6艦隊が応援に向かう筈ですし」
「分かった。それではそちらの対応はクライフ中将とランベルツ中将に任せ、我々は会議を続けるとしようか。それでは次の議題は大西洋艦隊からどれだけの戦力を引き抜けるかを話し合おうか」

 宇宙の事は宇宙に居る者に任せれば良いと誰もが考えているのだろう、参加者達はすぐに意識を会議の議題へと戻してしまった。秋子は流石に気にしていたのだが、クライフとランベルツに任せておけば大丈夫だろうと考えて余り真剣に考えてはいなかった。





 海鳴の極東軍のように各地の連邦軍は次の作戦の噂で持ちきりであったが、この時困った事に宇宙でも問題が持ち上がっていた。コンペイトウを拠点とする対ネオジオン戦線は開戦した頃を除けば概ね平穏を保っており、ア・バオア・クーと名称を戻した旧ドリル要塞から飛来してくる長距離ミサイル攻撃とガザEによる空襲が定期的にやってくる程度であった。
 だが、そこに遂に変化が訪れた。ア・バオア・クーのネオジオン軍に動きがある事が偵察部隊からの報告によって明らかとなり、撮影された映像によって艦艇の数が増えている事が確認されたのだ。
 この情報を受け取ったクライフ・オーエンス中将はこれをネオジオンの攻勢の前兆であると考えて哨戒部隊の数を増やし、コンペイトウとペズンに駐留している艦隊に何時でも出られるよう準備しておくようにと命令を出している。
 これらの指示を出した後、クライフはネオジオンに何があったのかと考えていた。

「何で連中は今になって動き出したのだ。これまでサイド3に引き篭もって動かなかったのに?」
「情報部からだと、スパイやレジスタンスからネオジオンの主力艦がコア3に集まっているという報告が来ているそうです。ドック入りしていた艦も出てきているそうです」
「それに新造艦も出てきているようです。M級というエンドラ級の後継艦だそうで、ネオジオンにしては速いペースで建造されているそうです」
「M級巡洋艦についてはエゥーゴからの情報で詳細が判明している。アナハイムが設計したムサイ級の発展型だそうだ。うちのクラップ級のライバルのような船だそうだ」

 参謀の1人が端末を操作してネオジオンの新型艦を表示させる。それは確かに従来のジオン系のフォルムとは異なっており、むしろティターンズのアレキサンドリア級重巡に近いと言える。
 その性能は標準的なサイズのMSを常用8機搭載可能で主砲は4基8門を装備するという強力なもので、左右に張り出した大型の推進機関と巨大な放熱板によって高い巡航性能を有する。この機関配置や放熱板は連邦のカイラム級戦艦やクラップ級と同じ特徴であり、この艦が技術的に連邦寄りの艦である事を教えている。つまりM級はジオン艦のMS空母的な船体に連邦艦の砲撃力と巡航性能を組み込んだ、極めて野心的な艦なのだ。しかもこれで船体は160mとムサイ級の7割程度のサイズに収まっており、ゴブリンなどと同じく少ない資源で数を揃えられる艦を欲しがったネオジオンの要求に合致した艦でもある。連邦に引き渡されていたら駆逐艦に分類されていたかもしれない程に小さな艦だ。
 しかし、その性能は凄いがこの情報を精査した連邦軍はM級巡洋艦を余り高くは評価していなかった。小型の船体に無理に武装や格納庫を追加している為にバランスが悪く、戦訓に対応して改修する余裕にも乏しい。しかもあのサイズでは居住性も最悪で、長距離航行には全く向かないと考えられる。つまりバランスが最悪で連邦軍では使い所が無い船なのだ。かつて連邦もファマス戦役でアキレウス級戦艦という同様のコンセプトの艦を建造した事があったが、やはりバランスが悪すぎて戦力にならなかった。その反省を踏まえて連邦は船体サイズを飛躍的に大型化したカイラム級戦艦を建造したのだから。

「ネオジオンはサイド3からそんなに離れた所で戦う気はない、という事なのかな。これはどう見ても迎撃用の重武装艦だ」
「ですが、今回の敵の中にはこの型が多数含まれていますが?」
「ア・バオア・クーの映像から判断された敵の艦隊の大半はこの新型とムサイ級、そしてチベ級です。サダラーン級やエンドラ級の姿はありません」
「ネオジオンはアクシズ製の艦艇は参加させていないということか、どういうつもりだ?」
「コア3にも艦隊が集結しているとありますから、そちらは本国に残っているのではありませんか?」

 敵の戦力に疑問を口にしたクライフに参謀がサイド3に残っているのだろうと言い、それが一番無難な考えでもある。クライフもそれは否定しなかったが、それでもやはり疑問は残る。どうして敵はアクシズ製の艦艇を後方に下げてしまったのだろうかと。

「……とにかく、この事はフォスターUに送れ。こちらで考えるより向こうに任せた方が答えがでるだろう」

 こんな最前線基地よりも後方の司令部に任せた方が正しい判断が下せる筈であった。ただ1つ気になることがあるとすれば、今のフォスターUには連邦宇宙軍の大黒柱である秋子がジャブローに行っていて不在だという点であった。残った連中で果たしてネオジオンの動きに対応できるのか、クライフには甚だ心許なかった。

 だが敵がこちらの都合に合わせてくれるわけもなく、オスマイヤーは指揮下の部隊でネオジオンの動きに対応できるように準備に入るだけであった。コンペイトウ所属艦隊もそれぞれに物資の積み込みを開始し、出撃準備を始めていた。
 その中で最強を誇るのが斉藤率いる第68任務部隊で、かつては秋子直属の任務部隊指揮官として活躍した彼も今ではコンペイトウ駐留の艦隊指揮官の1人として新たな任務部隊を率いている。と言っても部隊ナンバーが変わっただけで指揮下の艦艇には大きな変化が無いのだが。

「いきなり出撃か、大きな戦いは久しぶりだな」
「確かにそうですな、ここ暫く大きな戦いもなくて平穏でしたから」

 斉藤の呟きに副長が頷いている。ここ最近のコンペイトウは最前線とは思えぬほどに穏やかな状態で、すっかり穏やかな空気が流れるようになっていたのだ。何しろ連邦軍の基本方針はまずティターンズを叩き潰す事であったので、コンペイトウには迎撃は出来ても侵攻は認められていなかった。だから敵が来なければ彼らには余り仕事はなかったのだ。

「しかし、なぜ今頃になってネオジオンは動き出したのでしょうな。聞いた話ではネオジオンは連邦よりも国内の反攻勢力に対応する方が先だという事でしたがね?」
「さあな。あるいは国外の敵に目を向かせて国内の混乱を鎮めようとしているのかも知れんぞ。まあそんなことは我々の考えるような事ではないがな、我々の仕事は出てきた敵を迎え撃つ事だけだ」
「それはそうですが……」

 敵の思惑次第では面倒な事になるのではないか、そう心配する副長の声を斉藤は無視し続けた。彼の気にならない訳ではないが、そんな事を気にしても自分に何がどうこう出来る訳でもない。自分は一介の任務部隊指揮官に過ぎないのだから。
 そして斉藤は話を変えるために副長に部隊の事を問いかけた。

「ところで、MS隊の様子はどうなっている?」
「訓練の為に散っていた連中も戻ってきて、1個中隊に再編成されていますよ。全く、幾らベテラン不足だって言ってもうちの部隊をアグレッサー代わりに使わなくても良いと思うんですけどね」
「仕方が無いさ、クリスタル・スノーや教導団はサイド5で新兵教練に使われているからな」

 斉藤指揮下の部隊には海鳴から引き抜いた久瀬大尉率いるMS隊があり、秋子の直属指揮下にある天野大隊、所謂クリスタル・スノーのエースたちを肩を並べる凄腕部隊として知られている。それだけにクライフから戦闘に出ない時はアグレッサーとして他の部隊の訓練に付き合ってやってくれと頼まれており、今ではそれがすっかり当たり前となっていた。
 今ではそちらの方が主な任務となっている感もあり、斉藤の第68任務部隊の艦艇も前のように航路警戒や遊撃任務に出る事も少なく、港の中で新しく補充されてきた新兵達を乗せて訓練をする練習艦のような仕事が増えている。このノルマンディーも多くの新兵を迎えては送り出すという日々を続けていて、斉藤も志願してきた大卒者を短期教育で仕立て上げた即席士官候補生たちを大勢見てきた。士官の枯渇が深刻な連邦では大学を出ている者を短期間で教育して後方勤務全般に回すという1年戦争の頃に多用した手を使って形振り構わぬ軍の再建を行っているのだ。


 斉藤が気にしていたMS隊はというと、指揮官の久瀬大尉の下で部隊としての形を取り戻そうとしていた。久瀬は片腕と頼む鹿沼葉子中尉と共にノルマンディーの格納庫に居て、送られてきたばかりの新品のゼク・アインを受領していた所なのだ。

「ゼク・アインか。もっと沢山回してくれればありがたいんだけどな」
「仕方が無いでしょうね、アインはティターンズ戦線に優先されています」
「こっちはジムVで頑張れってのは酷いと思うけどね」

 久瀬は眼鏡の位置を直すと、さてどうしたものかと背後に並んでいる部下達を見回した。ノルマンディーには常用で24機のMSが配備されており、その全てがゼク・アインで統一されている。優秀な部隊に優秀な機体をという上層部の判断であり、そしてそれは正しいのだが、少数のゼク・アインでは戦力として使い辛いという問題がある。
 そして久瀬は指揮下のパイロット達を見た。前まで共に居た、折角鍛え上げたパイロット達は他の艦のMS隊隊長などに栄転して送り出してしまったのだ。自分が鍛え上げた部下が立派に成長して巣立って行くのは嬉しい事であるが、やはり一抹の寂しさも感じてしまう。それにベテランが抜けた穴は何時も新人で埋められるのでまた最初からやり直しになってしまうのだ。
 右手で髪を掻き毟った久瀬は少し困った笑顔浮かべて葉子を見てぼやいてしまった。

「やはり、パイロットはベテランであって欲しいね。出撃前になると何時も不安になる」
「それは何処の部隊も同じですから、諦めてください」
 
 久瀬の愚痴を一言で切って捨てて、葉子はボードに挟んだ書類を提示してサインを求めた。それに目を通した久瀬はペンでサインを入れ、そして少し肩を落とした。

「まあ、弾薬や補充部品に困らないのは連邦の良い所だね」
「それに困るようになったら敗戦決定ですよ、大尉」

 ファマス戦役の頃を思い出したのか、葉子も少し力の無い声で答えた。あの戦いは本当に酷く、終盤では補給物資に苦しんでいた。まあ連邦軍の攻撃がそれだけ熾烈だったのだが。





 そのア・バオア・クーでは集結したネオジオン艦隊を前に、指揮を任されているチリアクス中将と橘准将はどうにも不満そうな顔を浮かべていた。2人はそれぞれにチベ改級を旗艦としてコンペイトウに向かう事になっているのだが、彼らはこの作戦のあり方に強い不満を抱えていたのだ。

「何とも妙な作戦だな、何でこんな手の込んだ事をしなくてはいかんのだ?」
「デラーズ閣下の作戦ですから、仕方が無いでしょうな。参謀総長は手の込んだ事が好きですから」
「だが、何処かで1つ狂えば全てが終る事になる。リスクが大きすぎると思うがな」
「キャスバル総帥が許可した作戦です、仕方がありますまい。我々は全力で作戦を成功させるだけです」

 本国の決定には逆らえない、橘はそう言ってチリアクスの不満を宥めたが、チリアクスの不満は収まりそうも無かった。元々ネオジオンでは冷遇されている男であったが、それだけに蓄積されているストレスは想像に難くない物がある。
 それでもこれまでは真面目に任務をこなしていたのだが、デラーズと折り合いが悪いせいもあってか今回は特にその不満が表に出ているようだ。何が楽しくて1年戦争型の旧式艦とまだ未知数の新型艦ばかりでコンペイトウに挑ませるなど無茶もいいところだ。そしてそういう無茶な作戦に投入されるのは何時も自分たちファマス上がりばかりで、アクシズ上がりの連中の盾として使われている。今回もそんな任務の1つだ。元は同じジオン公国軍なのにどうしてこんな差別を受けるのか、という不満は確実にファマス系の将兵の間に広まっており、ネオジオン内に深い亀裂を生み出している。ファマス系将兵の中にはサイド3内の旧ジオン共和国軍将兵と結託してレジスタンスに力を貸している者もいるという噂までがある。
 そんな中での大規模な兵力動員など危険すぎはしないか。チリアクスはネオジオンを裏切るという考えは持っていなかったので、今回の作戦がサイド3内に多数存在すると思われるレジスタンスに活動の自由を与えるだけになるのではないのか。その危険性がどうしても気になって仕方が無かった。

「正面には連邦軍を迎え、内には数え切れない反政府組織、か。これで対外戦争を継続するなど正気の沙汰ではないな」

 このままではジオンは連邦と雌雄を決する前に自滅してしまう。そう危惧するチリアクスではあったが、自分には何も出来ないと分かってしまうだけにどうしようもなかった。自分に出来る事はコンペイトウの敵戦力を釘付けにする事だけなのだ。

「それでは橘君、行くとするか。デラーズ閣下ご自慢の作戦の成功を祈りながら、な」
「提督、少し皮肉はお控えになられた方が」
「今更旗色は誤魔化せんさ。そういえば、貴官はサイド3に家族が居るのだろう。会いにはいかないのかね。なんなら、この作戦が終ったら休暇をだそうか?」

 チリアクスは話題を変えようとして興味本位の親切心からそんな事を切り出してみたが、言われた橘は何故かがっくりと肩を落とし、背中に哀愁を漂わせるようになってしまった。

「ど、どうかしたかね、橘君?」
「いえ、娘が居るんですがね。その、前にサイド3に帰還した際に会いに行ったのですが、預けていた義姉に今更どの面下げて来たんだと怒鳴られて蹴り出されまして……」
「それは、何とも……」
「僕が悪いんじゃないのに、仕事が忙しくて仕方なく預けてただけなのに。そりゃ便りの1つも出さなかったのは悪いと思いますけどね、小惑星帯にから手紙出しても届かないでしょう?」
「あ、ああ、そうだな」

 どうやら自分は聞いてはいけない事を聞いてしまったらしい。そう思いながらチリアクスは橘啓介の泣き言に延々と相槌を打ち続けてる羽目になってしまった。後ろに控えていた参謀達は巻き込まれたくないので声をかけず、成り行きをじっと見守っている。中々に優秀な部下達のようだ。




後書き

ジム改 連邦軍は次の作戦に向けて準備中。
栞   あんまり危機感無いですね。
ジム改 戦力的にはネオジオンの全軍よりもクライフの戦力のほうが上だからね。
栞   ですが、クライフさんは焦ってるみたいですけど?
ジム改 数では圧倒してるけど、質では負けてるからね。特に第4世代のゲーマルクは強過ぎる。
栞   連邦にはゲーマルクに勝てるMSは無いんですか?
ジム改 Gレイヤーなんかの怪物を除けば無いよ、ゼク・ツヴァイでも役不足だから。
栞   どういう化け物ですか?
ジム改 ゲーマルクは小型サイコガンダムみたいなもんで、大量のファンネルとビーム砲を持ってるのだ。
栞   でも動きは鈍いんじゃないんですか?
ジム改 まあ速いとは言えないが、火力が凄すぎて近づくのも難しいぞ。サイコガンダム級だから。
栞   貧乏な勢力の癖に生意気です。
ジム改 まあNT専用だから数は少ないけどね。
栞   それでは次回、コンペイトウに現れるチリアクス艦隊、迎撃の為に出撃するコンペイトウ駐留艦隊。双方が中間宙域で激しくぶつかりあい、長い戦いが始まる。この戦いを見てサイド5では第6艦隊を応援に出すべきではないかという意見が出始める。そして、コア3ではデラーズ率いるもう一つの艦隊が動き出そうとしていた。次回「アバランチ作戦」でお会いしましょう。