第91章  アバランチ作戦


 

 ネオジオン軍がアバランチと呼んでいる作戦を準備しているらしい、という情報が連邦宇宙軍情報部から宇宙軍総司令部にもたらされたのはつい最近の事であった。複数のルートから確認が取れ、実際にネオジオン軍に動きがあった事でその情報の正しさが確認されたのだが、それが具体的に何を目的とした作戦なのかが分からないままであった。
 そして、傍受した暗号情報の解読が終るよりも早くネオジオン軍は行動を開始していた。コンペイトウからフォスターUにネオジオン軍が攻勢に出てきたという通信が届いてしまった。ネオジオン軍は計画の立案から驚くべき速さで実行に移してきたのだ。

「何も水瀬提督が居ない時に来なくてもなあ」

 要塞事務総監から肩書きを宇宙軍兵站部本部長へと変えて、宇宙軍の後方勤務全般の総責任者となったランベルツ中将は秋子不在中の宇宙艦隊司令長官代理でもある。実質的には秋子は宇宙軍総司令官をやらされており、宇宙艦隊司令長官も兼任してはいるが実際には彼女が実戦部隊の長として作戦指導をする事は余り無い。そういう仕事はエニーとクライフに任せ、サイド5から援軍を出す際の判断も彼らに任せている。
 2人に対処できる状況を超える場合においては秋子が宇宙艦隊司令長官としてどうするかを判断するが、大抵はそこまでいかずとも2人の権限内で対処できている。だからランベルツも代理とはいっても特にやる事が変わる訳ではなかったのだ。
 だが、ネオジオンが動いてしまった以上はそうも言っていられない。参謀長のジンナ少将にとりあえず宇宙艦隊司令部を預けて状況が変化したら連絡をさせる事にし、一応万が一に備えて第6艦隊司令官のオスマイヤー准将に出撃準備を命じておいた。


 出撃準備を命じられたオスマイヤーは全艦に物資の積み込みと機関の待機運転を命じ、何時でも出撃できるようにしておくようにと命令を出したのだが、この命令がランベルツ中将から出された事に違和感を隠せない様子ではあった。やはり軍政畑の人間が軍令に口を出してくるというのが不愉快に感じてしまうのだろう。
 勿論オスマイヤーもランベルツが秋子の代理である事は理解しているのだが、昔から仲が悪い軍政と軍令の間はそう簡単に埋まる物ではなかった。

「事務屋にあれこれ言われるのはどうにも好かんな」
「ランベルツ中将がお嫌いですか?」
「まさか、彼は良い男だ。これは俺の個人的な事さ」

 個人的な好悪を口に出すなとクライフやエニー辺りが居たら注意されそうであったが、幸いにラーカイラムの艦橋にはそんな上官はいなかったので、部下達が反応に困って顔を見合わせるだけであった。
 だがこの時、コンペイトウのクライフたちは大変な状態に置かれていたのである。





 コンペイトウとペズンを結ぶ対ネオジオンの防衛線、それは多数の哨戒艇が常時哨戒を続け、更に中継基地として100mから数百m程度の小惑星を改造した監視所が置かれている。これらには哨戒に当たっているパブリクや駆逐艦などの補給基地としても機能も求められているので、多少の湾口施設も備えている。
 これらの基地には周囲に設置されている防空衛星や哨戒衛星などの制御機能もあり、この辺り一体の哨戒網を束ねる存在でもあった。その哨戒基地の幾つかで、久しぶりに敵の出現の兆候が観測されていた。

「戦闘衛星が未確認物体を発見、攻撃を行っています」
「攻撃、何処の奴だ?」

 監視所指揮官のミラー少佐がどの衛星かを確認してくる。だがその答えを聞いた時、彼は我が耳を疑ってしまった。

「84番、87、8番、それに92と93、あと……」
「待て待て、誤作動じゃないだろうな?」
「エネルギー反応も検出しています。それにカメラ映像にはガ・ゾウムやドライセンが映っていますし」
「全部敵襲だというのか、これが?」
「哨戒衛星からデータが送られてきています。敵のMSを多数確認、巡洋艦も居ます!」
「ジオンめ、大攻勢に出てきたのか!?」

 幾つか罵声を口にした後で、ミラー少佐はコンペイトウに連絡しろと通信士官に命令した。これがデラーズが発動させたアバランチ作戦の、最初の攻撃となった。そしてこのような攻撃は、すぐに周辺の監視所からも確認されたのである。




 クライフは当初、何時ものコンペイトウへの攻勢だと思って迎撃体制を取らせていたのだが、すぐにそうではない事が分かった。コンペイトウを中心に展開させている哨戒部隊から次々にネオジオンMSの襲撃を受けたという知らせが届いたのだ。哨戒艇単独の場合はそのまま連絡を絶つことも多い。どういう訳かは分からないが、ネオジオンはこちらの哨戒部隊を狙った攻撃を仕掛けてきたのだ。

「どういう事だ、何でネオジオンがこんな攻撃を仕掛けてくる?」

 受けた被害を纏めたデータを映像に出させたクライフが困惑した声を漏らしている。これまでネオジオンは基本的にこういった地味な目標は狙わず、あくまでも要塞の攻略を狙っていた。それが突然戦い方を変えてきたので頭が切り替えられなかったのだ。
 だが、何時までも困惑はしていられない。参謀がクライフにどうするのか判断を求めてきたので我に返ったクライフは、哨戒艇を引き上げさせて巡洋艦と偵察機による索敵に切り替えるように指示し、更に待機させていた任務部隊に遊撃任務を与えて出撃するように命令した。
 命令を受けた斉藤たちはすぐにコンペイトウ宇宙港を発ったのだが、すぐに彼らはこの出撃が楽なものではない事を悟らされた。ネオジオン軍の襲撃は至る所で起きており、しかもその規模が何処を見ても極めて小規模に留まっている。せいぜいMS2個小隊程度、5,6機のMSによる襲撃ばかりが頻発しているのだ。
 これを把握した斉藤はどうしたものかと悩んだ。この襲撃を止めるにはMSを出している母艦を叩くのが一番であるが、今回はその母艦の姿が見えない。常道で考えればMSは母艦と共に行動し、母艦の攻撃と連携して敵と戦う。MS単独での攻撃には高度なナビゲーション能力が要求されるので、やるには相応のベテランが必要になるので連邦でも余りやらない作戦である。下手をすれば経験を積んだベテランパイロットを無為に宇宙の迷子にして失ってしまうからだ。
 しかし今回のネオジオンはどうやらそういう手に出てきたらしい。余程自軍のパイロットのナビゲーション能力に自身があるのか、それとも多少の遭難による損失は覚悟の上なのかは分からないが、おかげで連邦軍も対応する為に戦力の分散を余儀なくされてしまった。
 斉藤も指揮下の14隻を駆逐隊、巡洋艦戦隊単位に分けて迎撃に振り向けざるを得なかった。それは戦力分散の具を犯す事であったが、敵が分散してしまっていて任務部隊単位では対応し切れない。

「奴ら正気か、MSだけでこんな広範囲に展開させるとは」
「ですが、数はたいしたことはありません。各個撃破していけばすぐに消耗し尽くしますよ」
「敵の数がどれだけだか分からん、甘い読みはするな」

 発見された敵の数はまださほど多いとは言えない。だがア・バオア・クーにおいて確認された戦力は相当な物であり、この程度の数の筈が無いのだ。これは陽動で本当はコンペイトウを狙っているのか、それとも月に行くつもりか、それとも本当にこちらの哨戒部隊を潰して出血を強いるだけが目的なのか。
 いずれにしても、この作戦を立案した奴は相当のギャンブル好きか、でなければただの馬鹿に違いないと斉藤は思っていた。こんな無茶をすればネオジオン軍は戦力を消耗し尽くして、今後の作戦に大きな支障をきたす事になるだろうに。
 そこまで考えて、斉藤はふと疑問を感じて参謀にそれを確認した。

「敵機はガザCやガザDか?」
「いえ、報告ではガザDも多いですが、ガ・ゾウムやドライセン、ザクVといった何時もの機体も多く現れています」
「……となると、グワダン級ではないのか。あれは情報ではガザCやガザDの運用に特化している筈だが。それとも改装したかな」
「索敵機が例のM級巡洋艦の姿も確認しています。敵は巡洋艦も分散させているようです」

 ネオジオンはかなり多数の艦を動かしているのではないか、参謀はそう言うが、斉藤にはどうしても納得できなかった。ネオジオンにはそれだけの艦を動かすだけの余力があるのかどうか、どうしても疑ってしまうのだ。

「しかし、これだけの作戦を展開するには相応の数の母艦が必要だろう。連中にそれほど多数の艦があるのか?」
「ムサイ級などを含めれば何とかなると思いますが……」
「もしや、例のドロス級が出てきているのではありませんか?」
「ミドロか?」

 ミドロはファマス戦役でネオジオンが投入し、先の地球圏帰還とサイド3侵攻においても姿を見せていた超大型空母、というより移動要塞で、これ1隻で1個艦隊に拮抗しうるとまで言われた事もある化け物のような空母である。搭載機数は200機近くに達しており、これならば確かに今のような作戦も実行できるだろう。何しろ大破したMSを修復できる工廠設備まで中に持っているのだ、MSの運用能力には事欠かない。
 だが、そんな化け物が出てきているとすればこれはネオジオンの総力出撃なのではないか。自分たちだけで対処できるレベルを超えているのではないか。そう考えてしまって斉藤たちは背中に冷たい汗を流したが、すぐに悪い想像を頭を左右に振って打ち消した。

「まあ、まだ姿が確認されたわけじゃない。妙な憶測であれこれ言うのはよそう。今は敵の迎撃をするだけだ」
「は、失礼しました」

 参謀達は斉藤に言われて本来の仕事に戻っていったが、斉藤の表情は晴れなかった。ネオジオンの動きはこちらの予想を超えたものであり、今こうしている間にも新たな襲撃の報告が入っている。偵察に出ている巡洋艦までが襲われている有様だ。

「敵の動いてる範囲が広すぎる。これは正規軍の動きというよりも、ゲリラの戦い方だな。少数の兵で一撃したら素早く逃げて行方を掴ませない。手馴れた相手のようだな」

 ファマス戦役で出会ったアクシズの指揮官たちはこういう手を使わないか、使いたがらなかった。良くも悪くも彼らは正規軍としての戦い方を好んだのだ。だがこの作戦を立案、指揮している人間は違う。ネオジオンの指揮官の性格が変わったのか、あるいはアクシズとは違う考え方をする人間が指揮をしているかだ。
 可能性としてはア・バオア・クーで指揮を取っているチリアクスか、もしくはアヤウラといったところか。それともジオン共和国軍の誰かか。いずれにせよ面倒な事をしてくれたものである。 
 しかし、斉藤は別に悲観してはいなかった。こういう戦いに関しては自分も手馴れているからだ。

「副長、襲撃を受けた部隊と基地の位置から敵の動きを割り出せ。それと索敵機を用意、12本の索敵線を張れ」
「ワイバーンを出しましょう。それと攻撃隊の用意もさせます」
「そうしてくれ、アステロイド・ベルトの片田舎に引っ込んでいた奴らに目に物見せてやる」

 ゲリラ戦では正規軍を相手に何時までも戦える物ではない、最初の奇襲効果を失えば対抗する術など無いという事は軍事上の常識だ。その事を今一度ネオジオンの連中に叩き込んでくれると斉藤は息巻いていた。
 そして大まかに判断された宙域に目掛けて放たれた12機の索敵機は、1時間ほどして敵艦隊発見の知らせを送ってきたのである。

「7番機より報告、敵艦隊捕捉、位置はチャートナンバー587、我が隊から見て2時の方向、俯角8度という所ですか。編成はムサイ級3隻です」
「少ないが、無視する事も無いか。よし、攻撃隊を出して叩かせろ。他の機はそのまま索敵を続行、まだ他にも居るはずだ」

 3隻でも沈めておけばネオジオンには大きな打撃になる、そう判断して斉藤は攻撃隊の出撃を決定した。

 斉藤に狙われた巡洋艦部隊にとってはまさに災厄であっただろう。1隻あたりに積めるだけのMS数、6機のガザDやガ・ゾウムを詰め込んでこんな所までやってきてやらされたのが哨戒艇狩りという張り合いの無い任務だった挙句に、敵に発見されて40機ものMSと戦闘機の混成変態に襲い掛かられたのだ。悪夢としか言いようが無かっただろう。
 とにかく今残っている艦載機をあるだけ出して迎撃させようとしたのだが、出せたのは8機のガザDとガ・ゾウムである。それに対して襲い掛かってきたのは12機のゼク・アインと8機のジムV、そして22機のアヴェンジャー攻撃機であった。
 ガ・ゾウムはゼク・アインに果敢に迎撃に向かっていったのだが、旧型のガザDではジムVの相手がせいぜいで、ゼク・アインに対しては劣勢を強いられてしまった。指揮を取る久瀬大尉は出てきた迎撃機の数が少ないのを見るなり、後ろにいるジムVとアヴェンジャーにムサイに向かえと命じた。

「迎撃機はアインで引き受ける。ジム隊はアヴェンジャーを護衛して敵艦に向かえ!」

 ゼク・アインが迎撃に出てきたMSを引き受けて立ち向かい、ジムVに護衛されたアヴェンジャーが1機当たり2発搭載しているスピアフィッシュ対艦ミサイルを叩き込むべくムサイの周囲を遊弋して隙を伺っている。狙われた3隻のムサイは5基の主砲と多数設置されている対空機銃でこれを迎え撃ち、牽制の為にビームライフルを手に向かってきたジムVに弾幕を張っている。その弾幕を避けて遠方からジムVがビームを放ったが、それは全て防御スクリーンに阻まれて淡い燐光を見せるだけに終った。

「久瀬大尉、ムサイが防御スクリーンを張っています!」

 ジムVのパイロット達は驚いた。ネオジオンは防御スクリーンを実戦配備出来るほどの技術力を持っていなかったはずで、エゥーゴの技術支援を受けて主力艦に配備され始めた程度であった。それがこんな短期間でムサイにまで配備されたというのだろうか。それを聞かされた久瀬も驚いていたが、エゥーゴのグラナダから持ち出したんだろうとすぐに察しをつけてみせた。
 しかし、それは今この場では大した問題ではない。対艦攻撃の切り札はアヴェンジャーが抱えているスピアフィッシュなので、防御スクリーンを考慮する必要はないからだ。しかしこれからの艦隊戦には大きな影響が出るだろう。これまで艦隊戦となればネオジオン艦隊は防御スクリーンを持たないので一方的に敗北していたが、これからはそうはいかなくなるのだから。
 ジムVが対空砲火を制圧できないのを見たアヴェンジャー隊が業を煮やしたように突撃を開始し、対空砲火がそちらへと向けられる。集中されるビームと高速弾に絡め取られて1機がたちまち木っ端微塵になり、更にもう1機が脱落していく。だがその程度の犠牲は織り込み済みなのか、足を止める様子もなく距離を詰めたアヴェンジャー隊は必中距離にまで踏み込んで次々にスピアフィッシュを放って離脱にかかった。だが離脱中にも更なる光の花を咲かせ、安全圏に脱出できたのは14機にまで減っていた。3割が落とされた計算になる。
 だがその価値はあったようで、3隻のムサイは複数のスピアフィッシュを叩き込まれて原形を失うまでに破壊されていた。攻撃成功を確認した久瀬はアヴェンジャーとジムVに撤退を命じ、ゼク・アイン隊に背後を守らせて自分たちも引き上げにかかった。ムサイを沈めれば残ったMSになどは用は無い。放っておけばいずれ推進剤切れなり故障で動きが止まる。


 久瀬の攻撃は予定通りに成功した。ムサイ3隻撃沈、MS4機撃墜という戦果は立派な物であり、連絡を受けた斉藤もおおいに満足する戦果であったが、状況は久瀬を出す前以上に悪化していた。発見された敵の数は更に増えていたのだ。

「久瀬大尉は良い仕事をしてくれたが、こいつは参ったな。どうする副長?」
「どうすると言われても、これを潰すのは骨ですよ」

 久瀬の出撃後に索敵機が更に1隻ずつの部隊を3つ、3隻の部隊を1つ発見していたのだ。1隻で動いている艦は新鋭艦のM級であり、かなり多数のMSを搭載していると予測されている。だが数は問題ではない、この全てが纏まっても斉藤の艦隊を集結させれば数で圧倒できる程度だからだ。
 問題は分散している事だった。この全てを各個撃破していくのは容易ではない。時間があるならば別だが、今回はどうものんびりとやっていられそうにない。だから斉藤はどうしたものかと悩んでいたのだ。




 斉藤が頭を悩ませている間にも事態は加速度的に悪くなっていた。コンペイトウを中心とする哨戒線は今やズタズタになり、あちこちで小規模な戦闘が頻発していてコンペイトウ司令部の戦術スクリーンが表示しきれない有様だ。
 数え切れない交戦を示す光点を確認してクライフは苛立った声を漏らした。幾らなんでも戦闘範囲が広すぎて対応が追いつかないのだ。

「奴らは何を考えている、こんな小規模な戦いを頻発させる事に何の意味があるんだ?」
「損害は確実に向こうの方が多いはずです。こちらは被弾機を母艦が回収すれば済みますが、向こうはそれが出来ない。被弾機の多くは喪失している筈です」
「その通りだ、こんな闘い方をしていたら多くの機体とパイロットを失うだけだ。それなのに何故奴らはこんな戦いを強行しているんだ?」

 少数のMSだけで駆逐隊や巡洋艦に襲い掛かるなど自殺行為もいいところだ。それを強行しても犠牲ばかり大きくて釣り合う様な戦果など得られる筈も無い。こんな分の悪い消耗戦を仕掛ける事に一体何の意味があるというのだ。
 だがネオジオン軍は今もこうして攻撃を続けていて、コンペイトウの戦力ではカバーしきれないほどに戦域を拡大し続けている。このままでは遠からずこちらの対応能力を超えてしまう事は確実だ。
 しかし、サイド5に援軍を求める事は躊躇われた。サイド5の第6艦隊は唯一フリーハンドで動かせる纏まった機動戦力であり、これを出してしまうと連邦軍は途端に窮屈になってしまうのだ。

「敵の艦艇の位置は掴めないのか?」
「これまでに5隻のムサイとチベ級1隻、それに例のM級1隻を発見して撃沈しておりますが、他にも未発見の艦が居るでしょうな」
「当然だ、この規模の攻撃だぞ」
「しかし、これは完全に敵の術中に嵌ったと言わざるをえませんな。まさかこういう手でこちらを混乱させようとするとは」
「この全てが陽動で、本命はあくまでもコンペイトウの攻略にあると言うのかね?」
「はい、この攻撃への対応でこちらは全ての任務部隊を送り出しており、残っているのは第2艦隊のみです。これを動かせばコンペイトウは裸同然ですから」
「待て待て、こちらの戦力をすり減らす為に分散した部隊に大部隊をぶつけてくる可能性もあるんだぞ」

 敵の狙いがあくまでもコンペイトウだとすれば、この一連の攻撃はコンペイトウをがら空きにする為の一連の作戦だという事になるが、もし狙いが迎撃に出てくる部隊を各個撃破する事にあれば分散している偵察隊や任務部隊が格好の餌食になりかねない。
 今までネオジオンがこういう手に出てきたことはなかった。だから流石のクライフもどう対応したらいいか迷っていたのだ。これがティターンズであればこれは陽動で、コンペイトウ攻略に主力を残しているだろう。エゥーゴならば狙いは第2艦隊を要塞から引きずり出して艦隊戦を挑む事だろう。
 だが今回のネオジオンは余りにもらしくない手を使っている。それがクライフに対応を難しくさせていた。



 この状況で更にクライフを追い詰める報告が飛び込んできた。コンペイトウとペズンの中間宙域に10隻ほどのネオジオン艦隊が姿を現し、防衛線を抜けてサイド5方向に向かっていると哨戒に出ているリアンダー級巡洋艦が知らせてきたのだ。
 これを聞いたクライフは迷った。コンペイトウの第2艦隊を出すべきか、それともペズン駐留艦隊を動かすべきか。前はコンペイトウに第6艦隊も常駐していたので、こういう時は第6艦隊を振り向ければよかった。だが今は第6艦隊はサイド5に下げられ、ネオジオンとティターンズの両戦線に状況に応じて投入される予備戦力となっている。これはティターンズ方面で幾度も作戦が行われた為にこちらに回されていた第4、第5艦隊が消耗している事への対処であったが、ネオジオン戦線を甘く見ていたという謗りは免れないだろう。
 そしてクライフが悩んでいる間にも続報が舞い込んできた。更にコンペイトウの近くにやはり10隻前後の艦隊が発見され、コンペイトウを突く動きを見せているというのだ。
 狙いはやはりコンペイトウなのか、これは全てコンペイトウを手薄にする為の陽動作戦なのかとクライフは疑った、だが第2艦隊を本当に動かして良いのかという不安も残る。第2艦隊を動かせばコンペイトウに残るのは小規模な駐留艦隊と基地配備MSだけとなるからだ。
 だが10隻のネオジオン艦となると無視できない更にその周辺にも1隻、2隻という単位で艦隊が動いているから、同数の戦力では恐らく圧倒される事になる。同数では連邦はネオジオンに対して不利だからだ。出すなら第2艦隊の、それも半数以上を出さなくてはいけないだろう。

「止むを得ないだろうな、モーフ准将に艦隊を預けて出撃させよう。司令部直属艦隊を除く全艦を持って発見されたネオジオン艦隊を殲滅するんだ」

 コンペイトウ防衛線を抜かれる訳にはいかない、ティターンズとのケリがつくまでこのラインから内側にネオジオンを踏み込ませないのがクライフの仕事だからだ。それを考えれば罠と承知で部隊を出すのも致し方あるまい。

「それと、フォスターUに援軍を要請しろ。こうなったらこちらも全力で迎え撃つぞ!」

 こうなれば全力で相手をしてやるまで、その覚悟を決めてクライフは投入できる全部隊を動かす事を決定した。何時もならこういう時の判断は秋子に任せるのだが、今秋子は地上に居てフォスターUには居ない。居るのは軍政畑一本でのし上がってきたランベルツ中将であり、緊急時に急場を任せるにはどうにも頼りない。ここはこちらから回して貰う戦力を指定した方が良いと考えたのだ。





 この時、ネオジオン軍を指揮していたチリアクス中将は各部隊から寄越されてくる戦果と被害を集計して眩暈を起こしそうになっていた。明らかにこちらの方が分が悪いのだ。あまりの被害の大きさにチリアクスは隣に居る橘に不満をぶつけていた。

「このままではこちらが消耗するばかりではないか。本当にこのまま続けるのか?」
「デラーズ参謀総長閣下のご命令ですから、仕方が無いでしょう。兵士達には気の毒としか言えないのが残念ですが」

 最初こそ奇襲効果もあって戦果を稼げていたが、今では連邦もこちらが分散している事に気付いたようで対応した動きを見せている。おかげで今ではこちらが各個撃破される事が増えている有様だ。
 だがそれ以上に厄介なのが、帰還に時間がかかるということだ。このおかげで期間中に損傷した機体が自爆したり、負傷したパイロットが助からないというケースが多数報告されている。はっきり言って直接戦闘による被害よりもこういった二次被害の方が多いという状況なのだ。
 更に故障機が続出している。元々ギャンブルの要素がある索敵攻撃を多用しているのだから当然と言えるが、長距離攻撃を加えて同じ距離を戻ってくるのだ。消費する推進剤の量も洒落にならないが、機体が傷んで修理しなくてはいけないMSが続出しているのだ。
 普通なら一度作戦に参加すればMSは整備兵に預けられて整備を受ける。元々MSに限らず、兵器というのは壊れ易い物だ。特にMSに連戦をさせるというのは相当な無理を強いる事になる。それを繰り返しているのだから無理もないだろう。

「このままでは私の手持ちの戦力はスクラップになってしまうぞ。我々は連邦軍ではないのだ、この損害を埋めるのにどれだけかかると思っているんだ?」
「埋められれば良いのですがな。しかし、我が軍のMSは思っていたより壊れ易いのかもしれません」
「仕方があるまい、我が軍のMSは連邦の物ほど頑丈には出来ていない」

 ネオジオンは短期決戦型の軍隊だ。電撃作戦によって目標を短期間に陥落させるための装備を持っている。こんな消耗戦をやる為の軍隊ではないのだ。それを何を考えているのかデラーズは消耗戦に投入してしまった。結果として分かりきった事ではあったが、チリアクスの指揮下の艦隊はあっという間にボロボロになってしまっている。ここで壊れたMSは持ち帰って全て工廠送りが決定しているのだが、ネオジオンの回復力は連邦やティターンズに較べると哀しいほどに劣っている。この再建が何時終るのか見当もつかない。
 チリアクスも橘も作戦の全貌を聞かされてはいるのだが、本当にこんな作戦を強行する必要があるのかと疑問を隠せないでいる。部下達が無為に失われているとしか思えないこの状況では尚更の事だ。
 そしてチリアクスは、ここで言ってはいけない事を口にしてしまった。

「まさかデラーズ総長は、邪魔なファマス上がりをここで磨り潰すつもりではなかろうな?」
「閣下、それは冗談でも口になさらない方が」
「あ、ああ、すまん。口が滑ったな」

 とんでもない事を口にした上官に橘が釘を刺してくる。だがそういう噂は昔からずっとあったのだ。コンペイトウとの間の戦いにファマス上がりの将兵を多く送り込み、連邦とぶつからせて消耗させる事を狙っているのではないのかという噂は。勿論それは根拠があるものではなかったが、それは消耗に消耗を重ねているファマス出身者たちのみならず、ダイクン派やカーン派、ザビ派の将兵の間でも噂されている事であった。デラーズはザビ派の影響力を増す為にファマス上がりを意図的に消耗させているのだと。
 チリアクスは現在こそネオジオンに属してはいるが、彼の内心ではキャスバルやミネバに対する忠誠心よりもファマス上がりの将兵に対する義務感の方が強いので、当然の事ながらこの待遇に対する不満が蓄積されている。既に彼の中ではこのままネオジオンにいるよりも、艦隊とア・バオア・クーを手土産に連邦に寝返った方がまだマシなのではないのか、という考えさえあるのだ。何しろ投降したジオン共和国軍や、ファマス残党軍などは今では連邦でそれなりに良い扱いを受けているらしいので、敵側にいる斉藤たちに連絡を取るという手もあるのだから。
 だがそれは今ではない。今やるべき事は1人でも多くの部下を生還させる為の努力だ。

「……ハスラー提督の艦隊はまだなのか?」
「そろそろの筈です、連邦が上手く引っかかってくれればいいのですが」
「上手く乗ってくれても、向こうには連邦第4艦隊がいる。返り討ちにあう可能性のほうが高いんだがな」

 少々ギャンブル性が高すぎるのではないのか。もしハスラーの艦隊が返り討ちにあったりすればネオジオン艦隊の戦力は激減する事になる。そんな投機性の高い作戦を立案したデラーズもデラーズであるが、許可を出した総帥も総帥だ、とチリアクスは思っていた。




 しかし、チリアクスも知らない真の目的がこの作戦の裏にはあった。参謀本部から全体の動きを見守っていたデラーズは、チリアクスが予想以上に頑張っている事に上機嫌な様子で、彼にしては珍しくチリアクスの手際を賞賛していたりする。

「チリアクスめ、思っていたよりも頑張っている様だな。これでソロモンから第2艦隊を引きずり出すところまで行けば、連邦はサイド5から第6艦隊を出さざるをえなくなる」
「ですが、陽動部隊の消耗が大きすぎます。これでは例えこの作戦を成功させても、今後の作戦への支障が予想されますが?」

 トワニング中将がデラーズにそう注意を促したが、デラーズは余裕の態度を崩さなかった。彼の計画ではこの程度の損害は最初から織り込み済みだというのだ。それを聞いたトワニングの顔に一瞬嫌悪の色が浮かんだが、それは目にも留まらぬ短さだったので誰の目にも留まることは無かった。もっとも、仮にデラーズが気付いたとしても彼は気にもしなかっただろうが。

「心配するな、次の作戦ではチリアクスたちを使う予定は無い」
「次ぎの陽動は本国の隊を動かすおつもりですか?」
「そのつもりだ。ならばこの作戦でチリアクスらを消耗させても不都合はあるまい?」
「……そういう事でしたら、その通りですな」

 そういう問題ではないと言いたかったが、それが自分の失脚に繋がる事くらいは容易に想像できるので、そんな事を口にしたりはしない。デラーズは前線部隊の将兵に人望がある名将であったが、同時にギレンの親衛隊長として必要な苛烈さと冷酷さを併せ持っている人間でもある。必要と判断すれば部下を切り捨てられる男なのだ。

 そんな事を話していると、すぐに続報が飛び込んできた。ソロモンに駐留していた第2艦隊の主力と思われる大艦隊が出港したというのだ。目的は間違いなく周辺に居る陽動艦隊の掃討だろう。上手く誘い出されてくれた事にデラーズは愉快そうに笑みを浮かべ、そして参謀の1人にアクシズを動かすように伝えろと指示して送り出した。

「トワニング、今のところは順調そのものだな」
「これでペズン駐留艦隊が動こうとするのをアクシズを持って牽制し、ハスラー提督率いる主力がペズンに向かって見せる訳ですな」
「しかし、連邦の動きは思っていた以上に鈍いな。水瀬秋子の不在が余程効いているということなのだろうが……」

 つまり今の連邦宇宙軍は水瀬秋子という大黒柱に頼りきっているということなのだろう。まあそれも無理ないのかもしれない、連邦宇宙軍の優秀な将官の大半はファマスとティターンズに消え、残っている歴戦の将官などは数えるほどしか残っていない。その中で大将は今では秋子だけである。
 前まではそうではなく、宇宙軍将兵の人望は秋子とリビックの2人に分かれていた。だが今は秋子しかおらず、それが余計に彼女に対する過剰な期待と依存という形になって現れているのだ。
 だが、それは別に連邦だけに限った話ではない。ティターンズはジャミトフの人望によって纏まっている組織であるし、ネオジオンもミネバというザビ家の遺児を中心に結束しているに過ぎない。ティターンズやネオジオンに較べればまだ連邦の方がマシだと言えるだろう。

「さてと、後はハスラーに期待するとしようか。私は席を外す、後は頼むぞトワニング」
「閣下、どちらへ?」

 まだ作戦中ですぞ、と声をかけたトワニングであったが、デラーズは不敵な笑みを浮かべるだけでそれに答えようとはせず、作戦室から出て行ってしまった。残されたトワニングはどうしたら良いのかと途方にくれた顔をしている。ジオン内部でこんな内輪揉めを続けていては、1年戦争の二の舞になるのではないか、内輪揉めの果てにザビ家が自滅して行くのを目の当たりにしていたトワニングとしては、今の状況が何時かきた道に思えてならなかったのだ。




 コンペイトウに向けて艦隊を向けていたオスマイヤーであったが、その途中でいきなりフォスターUからペズンに向かうように通信が届いた。敵の新たな艦隊が出現し、ペズン基地に向かっているのが発見されたというのだ。その数は30隻に達しており、しかもサダラーン級戦艦やエンドラ級巡洋艦で編成されているという。これは所在が分からなかったコア3に集結していた艦隊に違いなかった。
 この発見を受けてフォスターUのジンナ参謀長と幕僚達は敵の狙いはコンペイトウの戦力を陽動部隊で拘束した上でペズン基地を攻略し、サイド5への道を開く事だと判断したのだ。だから急いでランベルツ中将に進言して第6艦隊をペズン基地に向ける事にしたのだ。
 命令を受けたオスマイヤーはそういう事ならばと艦隊進路をペズン基地へと向けたのだが、間に合うとは思えなかった。敵の位置は自分たちよりもペズンに近いのだ。ペズン基地の駐屯軍で自分たちの到着まで持ち堪えてくれれば良いのだが、果たして持つだろうか。いや、それ以前にもし敵の戦力が発見されて物以外にも居たら、最悪自分たちは陥落したペズン基地とネオジオンの別働隊に挟まれて逆に叩き潰されかねない。

「こういう時、水瀬提督が居てくれたらな。考えるのはあの人の仕事だったんだが」

 大黒柱が欠けるとはこういう事か、とオスマイヤーはしみじみと感じていた。だが居ない以上は仕方が無い、自分たちで考えて戦うしかないのだ。オスマイヤーは両手で頬を叩くと、全軍にペズンに急げと檄を飛ばした。




後書き

ジム改 連邦軍微妙に苦戦。
栞   余力を残してるのに、苦戦してますねえ。
ジム改 今回のはネオジオン戦法じゃなくてデラーズ戦法だから、クライフたちも読めないのだ。
栞   というか、皆さん秋子さんに頼りすぎですよ。
ジム改 しょうがなかろう、もはや余人を持って変えられない人材と化してるし。
栞   人材の層が薄すぎますよ、リビック提督の幕僚はどうしたんです?
ジム改 クルムキン准将たちなら元気にジャブローとかフォスターUに居るぞ。
栞   なのにこの様ですか?
ジム改 使える人材は何処でも不足しているのだよ。
栞   今ここに久瀬中将やバウマン少将なんかのファマスの提督が居たらと思いますねえ。
ジム改 久瀬中将が居たら彼が宇宙軍総司令官になってるよ。
栞   それでは次回、ペズンに襲い掛かるネオジオン艦隊と迎撃に出るペズン駐屯軍、コンペイトウにもア・バオア・クーからの長距離攻撃機が襲い掛かり、第6艦隊がペズンに急ぐ。でも、ペズンを襲っていた艦隊は。次回「デラーズの牙」で会いましょう。