第92章  デラーズの牙


 

 ネオジオン動く、この知らせはジャブローの秋子を驚かせはしたが、特に動揺はさせていなかった。対ネオジオン戦線に展開させている戦力だけで十分に拮抗できると考えていたからだ。だから彼女が動揺を見せたのはその後のネオジオン軍がコンペイトウではなく、ペズンを狙っていると知らされた時である。コンペイトウに較べるとペズンの防衛力は落ちる為、ネオジオンが全力で攻撃を仕掛けてきたら持ち堪えられない恐れがあったからだ。
 もしこの時、敵がデラーズだと知っていれば彼女は急いで宇宙に戻っていたかもしれない。デラーズはそれほどに秋子から憎まれ、そして危険視されている相手なのだ。



 連邦軍は遂に予備兵力であった第6艦隊をフォスタ−2から出撃させ、ペズン基地へと向かわせた。ペズン基地からはネオジオンの巡洋艦が姿を見せたという知らせが届き、ネオジオンの攻略目標がペズンであるという確信を誰もが抱いた。
 しかし、急行中の第6艦隊に届けられた続報は彼らの期待していたものではなかった。ペズン基地が確認した敵艦隊は確認されただけで4隻の巡洋艦で、とてもではないが要塞攻略を考えているとは思えない数だ。オスマイヤーはてっきり揚陸艦を含む数十隻の艦隊が迫っていると想像していたので、最初はまさかと疑い、そしてそれはすぐに確信に変わっていった。かつてこれと同じ作戦が実行された事があるのだ。

「これは陽動だ、主力は別の宙域で動いている」
「まだ発見されていないだけかもしれませんが?」
「いや、デラーズ戦役の時に同じ手を使われた事がある。あの時はリビック提督と水瀬提督が嵌められた」
「コロニー落としの時ですか、では今回の相手も?」
「ああ、あの狂った禿頭の仕業だろうよ!」

 あの時は連邦軍の熾烈な反撃を受けてコロニーは破壊されたが、それでも3割ほどの塊が地球に落下して甚大な被害をもたらしたのだ。あの時以来エギーユ・デラーズの名は連邦軍にとっては憎むべき物となり、ファマス戦役においても彼の捜索は優先事項の一つに上げられていた。
 しかし残念ながら彼はアクシズに逃げ切り、連邦軍は彼を捕らえる機会を失ってしまった。そして今、彼は再び連邦に牙を向いてきたのだ。
 だが、問題は彼らが今何処に居るのかだ。デラーズは戦巧者として知られる男であり、今も連邦の打倒を目論んでいる事は疑いようが無い。彼がこれほどの大作戦を強行したとなれば、狙っている物はそれに見合うだけの価値を備えているだろう。問題はそれがなにかということだが、それは今更考えるまでもない。今のネオジオンが現在の戦局を打開する有効な戦術は確かにあるのだから。

「フォスターUに緊急通信だ、奴らの狙いは水瀬提督不在の宇宙軍総司令部に違いない!」

 水瀬秋子が不在で動きに精彩を欠くところをネオジオンは突いてきたのだ。だがそれは当然だろう、自分が向こうの立場でも同じ選択をしたはずだ。今の連邦宇宙軍は秋子が居ない事によって積極的に動けなくなっているのだから。




 オスマイヤー准将からネオジオン軍がサイド5に向かっているという連絡を受け取ったフォスターUからは直ちに多数の哨戒艇や偵察機が発進し、濃密な索敵を開始すると共に迎撃部隊の編成に入ったのだが、今のフォスターUには纏まった艦隊は総予備と言える第1艦隊を除けば1つしか残っていない、ダニガン中将が率いるジオン共和国艦隊だ。他にこれといった人材も無く、纏まった艦隊も残っていないという状況では彼を嫌う連邦軍高官たちも彼に頼るしかなく、ランベルツ中将は彼に第1艦隊から戦艦や巡洋艦を抽出して追加した上で出撃するように命じている。
 ネオジオン艦隊の迎撃を命じられたダニガンは正直言って内心では忸怩たる物を抱えての任務となった。彼にとってアクシズは憎むべき敵であったが、ネオジオンには止む無くアクシズに下った元同僚なども加わっている筈なのだ。彼らと砲火を交えるのはなるべくなら避けたいというのが彼の本音である。しかし居候の身分ではそんな私情を通す事が出来るわけも無く、彼は指揮下の艦艇に出撃用意をさせる事になる。もし断ったりすれば、それは自分だけではなく従って付いて来た部下達の生活さえ脅かす事になるのだから。


 そして連邦軍の数に物を言わせた索敵によってネオジオン艦隊はすぐに発見された。その数は50隻ほどと連邦軍の正規艦隊並の規模を持つ大部隊であり、ネオジオン艦隊の主力部隊であることを伺わせている。おそらく彼らは本国の守りを薄くしてまで戦力を掻き集めているのだろう。その中には例のドロス級空母の姿もあり、投入できるMSの数はかなり多いことが予想されている。
 敵の所在が知れたことで連邦軍はジオン共和国艦隊をフォスターUから出撃させると共に、付近に展開させておいた複数の任務部隊に攻撃を開始させた。これを受けて10隻前後で編成された任務部隊が知らされたネオジオン主力艦隊へと向かい、そして彼らの幾つかはネオジオン艦隊とぶつかる前にネオジオンのMS隊の攻撃を受ける事になった。
 20機前後の集団で連邦の任務部隊に襲いかかってきたネオジオンのMS隊に対して連邦軍の任務部隊は激しい戦いを演じる羽目になった。襲ってきたのはネオジオンの主力MSであるガ・ゾウムばかりであったが、これでもジムVには1対1では苦しい相手だ。ジムVを主力とする任務部隊は彼らに対して全力で戦わなくてはいけなかった。

 各任務部隊は敵の襲撃を受けて戦闘中という知らせを送って寄越し、宇宙艦隊司令部を歯噛みさせている。だがその中の1つから驚くべき知らせが届いた。第5任務部隊から未知の大型可変MS、あるいはMAの攻撃を受け、部隊の半数の船を沈められたというものだ。これは強力なビーム兵器、おそらくはハイパーメガ粒子砲を装備していると思われる機体であり、防御スクリーンをぶち抜いて艦にダメージを与えてきたそうだ。またIフィールド、ないしは防御スクリーンを装備しているようでMSのビームライフルでは撃墜は困難を極めたという。
 後にジャムル・フィンと呼ばれる可変MAであった事が判明し、そのコンセプトからエゥーゴのメタス改と同様の兵器である事が分かった。元々は試作段階で放棄されたものだったが、どうやらエゥーゴから得た技術で問題が解決したようで対艦攻撃機として採用されたらしい。戦艦レベルならまだしも、巡洋艦にとっては厄介な敵が現れたと言うべきだろう。




 だがその数はまだ多くは無く、阻止出来なかった幾つかの任務部隊はネオジオン艦隊へと襲い掛かった。ネオジオン艦隊を率いてきたハスラー中将は突撃を繰り返してくる連邦艦隊の姿に焦りを滲ませていたが、それ以上に彼らの勇敢さに驚いていた。

「まるでジオンのような激しい攻撃ぶりだ、連邦にこんな連中が残っていたとは驚きだな」
「ファマスやジオン共和国からの転向組みかもしれません。いずれにせよ少数による散発的なものです、脅威ではないでしょう」
「だが余り被害を受けてはサイド5に届かないぞ」

 襲ってくるのは10隻前後と少数部隊であり、それらが一撃離脱による散発的な攻撃を繰り返すに留まっている。彼らは突撃してくる度に船を失っているのですぐに戦力が枯渇するだろうが、こちらの被害も段々と増えてきている。余りこれが増えてくるとサイド5から出撃してきているだろう連邦艦隊を撃破出来ないかもしれない。

「ガトー少佐のノイエ・ジールは出せるか?」
「出せる筈ですが、ここで使うのですか。あれの稼働時間はMSほど長くはありません?」
「いざとなれば使うしかあるまい。ところで連邦艦隊の動きは分からないのか?」
「未だに分かりません、ですが出て来ている筈です」

 この状況で連邦軍が座してサイド5まで自分たちを進ませるはずが無い。コロニーを守る為には敵をコロニーに近付けてはいけない、それが1年戦争で得られた戦訓なのだから。
 フォスターUには常に第1艦隊が残っていることが確認されており、これが出てくる可能性が大きい。これは連邦軍最大の艦隊であるが、総予備的なものであって決して手強い相手ではないと見られている。最大の障害と考えていた第6艦隊はペズンの囮に引っ掛かった事が分かっているので、障害は排除出来ないほどではないと考えられているのだ。
 しかし、ハスラーたちはこの任務部隊の強さを見誤っていた。秋子はこの小規模な部隊を様々な任務に投入して戦線を支えてきたのであり、精鋭と言うならば彼らは最精鋭部隊なのだ。特にしぶとい事には定評がある。その中でも最強と呼ばれる2つの任務部隊の片割れ、川奈みさき中佐率いる再編成された第3任務部隊の活躍は目覚しく、ネオジオン艦隊に大きな犠牲を強要していた。
 ノルマンディー級戦艦の突撃というのは中々の迫力があり、その砲火力も凄まじい。単艦でこの艦と撃ち合える艦はネオジオンには無いのだ。今も駆け抜け様に1隻のエンドラ級巡洋艦が多数の直撃弾を受けて大破させられ、残骸と化して漂っている。これを追ってザクVやドライセンが追撃を仕掛けたのだが、やたらと動きが良いガンダムmk−Xやゼク・アインに阻まれて逆に撃破されている。

 浩平や瑞佳、澪といったトップエースたちを擁するこの部隊のMS隊は理不尽なまでに強い。というか瑞佳の駆るガンダムmk−Xが出鱈目に強く、追撃してくるザクVが複雑に動くインコムと自機のビームライフルによる3方からのオールレンジ攻撃を受けてあっさりと落とされている体たらくだ。
 インコムはビットやファンネルほど複雑には動けないというのが常識であるが、NTが使うとインコムでもそれなりの動きを見せるのだ。まあ瑞佳ほどのNTにはインコムでは勿体無いので、小型化を推し進めたビットを装備したNT専用機が与えられる予定はあるのだが、残念ながらまだ試作機も組み上がっていない状況だ。
 その強さとガンダムタイプを使っているという事で瑞佳のmk−Xはとにかく目立つようで、ネオジオンのMSは瑞佳を狙って集まってくる傾向があった。どうやらガンダムタイプ撃墜=功績と考えている節があった。まあジオン系ということを考えれば分からないではないのだが。
 おかげで瑞佳にはえらい迷惑な事態となり、群がってくる敵機から必死に逃げ回るという状態になってしまっていた。

「わっわっわ、浩平援護してよ〜」
「いや、さっきからやってるぞ。俺は2機脱落させた」

 ゼク・アインのマシンガンでmk−Xを追っているドライセンとガ・ゾウム1機ずつを損傷させて脱落させている浩平であったが、まだ5機くらいのザクVやガ・ゾウムがmk−Xを追い掛け回している。5機がかりで襲われても逃げ回れるのは瑞佳の凄さを示してはいたが、同時にネオジオンのパイロット達の未熟を示してもいた。彼らの仕事は直衛の筈なのに、逃げる敵機を追撃して艦隊を離れてしまっているのだから。
 深追いしてきたネオジオンのMSの退路を断つために浩平は2個小隊のジムVをネオジオン艦隊との間に割り込ませ、瑞佳を艦隊の火線上を通過するように移動させる。それに釣られたネオジオンMSは放たれた艦砲射撃を受けて足を止められ、そしてようやく自分たちが敵中に孤立している事に気付いたのか慌てて逃げに入ろうとする。だが動きが止まった時点で彼らの命運は尽きていた。襲い掛かってきたジムVやゼク・アインが1機当たりに3機がかりくらいで襲い掛かり、袋叩きにしてしまったのだ。浩平と澪も共同で1機のザクVを中破させて行動不能にしており、鹵獲するという戦果を挙げている。

「よし、全機艦に帰還して次の戦いに備えろ。警戒は艦に残ってる奴らにやらせる」

 浩平はMS隊に艦に戻るように命じ、自分はザクVを澪に任せて自分は動こうとしない瑞佳のmk−Xを捕まえに行った。

「長森、囮役ご苦労さん」
「こ、浩平、わたしそんなの引き受けた覚えないよ〜」
「そこはそれだ、阿吽の呼吸で言わずとも察する所だな」
「無茶苦茶だよそんなの」

 幼馴染の出鱈目な言動には慣れている瑞佳であったが、それでもやっぱりぐったりと疲れてしまうのは人としての限界を示しているのだろうか。名雪と違って怖い面を持たない彼女は相方を制御しきれないようだ。まあその分妹が手綱を握っているのだが。




 ネオジオン艦隊への攻撃を終えて離脱したみさきたちであったが、艦隊の被害の蓄積と物資の消耗が無視出来ないレベルになってきており、再度の攻撃に踏み切るべきかどうかでみさきと雪見で意見が分かれていた。みさきは再度の攻撃を唱えていたが、雪見は無理をせずダニガン艦隊と合流するべきだと主張していたのだ。

「あと1戦するくらいの戦力はあるよ。もう一度攻撃して敵の足を遅くするべきだと思うよ」
「みさき、ここで無理すると全部を失うわよ。前哨戦で磨り潰されるのは得策じゃないわ」
「雪ちゃん、連邦に入ってから考え方が守りになってるよ」
「あの頃と違って戻れば仕切り直しが効くんだもの、当然でしょ。ジオンやファマスの時みたいにこれが最期、なんて無理をする必要は無いわ」

 ジオン時代からの攻撃優先な考えを持つみさきと連邦に入ってから身につけた仕切り直す戦術を唱える雪見。連邦系の参謀などは雪見に賛意を示しているが、ジオン系の参謀はみさきの味方をしている。ただこの悶着は浩平からの連絡によって雪見の意見が採用される形になった。浩平がもうMS隊は使えないと言って来たのだ。

「すんませんみさきさん、MS隊は機体もパイロットも限界です。特に長森は無理させすぎました」
「う〜、それじゃ無理っぽいかな?」
「MSも半分はオーバーホールですね。後方で機体を交換しないと戦力半減かな」
「う〜」

 浩平の報告にみさきはまだ未練がましく唸っていたが、雪見と浩平が揃って後退を進言してきた事で話は決まった。第3任務部隊はフォスターU方向に後退し、支援部隊と合流して補給を受ける事にした。





 延べ8波に及んだ任務部隊の襲撃の後、ハスラー艦隊は遂にフォスターUから出てきた連邦艦隊の存在を察知した。その数は当初の想像よりも多く、60隻を超える大艦隊であるという。それはクラップ級巡洋艦のエレクドラを旗艦とするダニガン艦隊で、戦力的にはほぼ自分たちと拮抗すると考えられている。いや、これまでの戦闘で消耗した自分たちに較べれば勝っているかもしれない。
 これを知ったハスラーは本来の目的であるサイド5への攻撃を優先させる事にし、艦隊の一部を分けてサイド5に直行させる事にした。これの指揮は若干30歳のヨハンソン大佐がとり、12隻の艦艇を持ってサイド5への迂回コースを進む事になる。
 サイド5攻撃に部隊を割いたハスラーは近くで有利に戦えそうな戦場を探し、そこに艦隊を向けた。そこはデブリが漂う危険な宙域であったが、艦艇の数の差を生かしにくいという点ではネオジオンに有利ではある。何しろネオジオンはMSの性能に関しては連邦に勝るという絶対的な自信を持っているのだから。

 別働隊を放った後でハスラーは勇んで迎撃艦隊に向かっていった。損傷艦を後退させ、別働隊に12隻を分けた事でその数を32隻にまで減らしていたが、それでも久しぶりの会戦とあって将兵の士気は高まっていた。何しろネオジオン軍は極端なまでにアグレッシブな軍隊でありながら、これまで大きな戦いをほとんど経験することなく過ごしてきた。その為に将兵には不満が積み重なっていたのだ。
 だが、指揮をとるハスラーは将兵のように浮かれる事は出来なかった。彼はネオジオン将兵の未熟さを良く知っていたので、歴戦の連邦軍を相手に翻弄されはしないかという不安を抱えていたのだ。既に先ほどの襲撃の時にもその兆候は出ており、連邦軍の誘いに乗って深追いした連中が返り討ちにあって戻らなかったというミスが多発している。これまではミスで済んだが、もしそれが次の会戦で拡大して再現すれば致命傷になりかねないのだ。もし自分たちが負ければ、ネオジオンの生産力では立ち直れないだろう。

「……いいか、目的はあくまでも時間稼ぎだ。無理をせず艦隊保全に努めろ。我々の全滅はそのままネオジオンの滅亡に直結するのだ」

 ハスラーは部下達を戒めるつもりで艦隊全てにそう告げたが、それが何処まで効き目があるかは分からない。幕僚の中にも何を気の弱い事を、と言いたげな視線を向けてくる者までが居る。ネオジオンは攻撃が尊ばれて守りは怠惰とされる傾向が顕著であるが、その結果バランスを欠いた人材教育となってしまったらしい。
 昔はこうではなかったのだが、とハスラーは溜息混じりに呟いていた。アクシズという閉鎖され、地球からも遠い世界に閉じ込められた数万人の人々を統率し、秩序を維持する為にはイデオロギーを最大限に活用する以外に術が無かったのだが、そのツケが地球圏に帰ってきてからこうして出てきているのだ。
 だが、ハスラーのあずかり知らぬ事ではあったが、この時出てきている相手はネオジオン艦隊にとって最悪の敵であった。


 
 出撃したダニガン中将は直卒の30隻ほどの艦艇に第1艦隊から加わってきた24隻を加えた艦隊を持ってフォスターUを出撃していたが、途中で合流してきた幾つかの任務部隊を加えてその数を69隻にまで膨れ上がらせていた。一番期待をかけていた川名みさきの部隊はまだ後方で補給と整備を受けているというので出てこられないが、これだけの数があれば負ける事はまずありえない。
 ダニガンはようやく仇敵であるネオジオンと戦うとあって心中では些か複雑な物を抱えてはいた物の、その方針は最初から明確であった。

「敵を徹底的に殲滅する、可能であれば1隻残らず沈めてしまえ」

 これが部下達に彼が与えた命令である。ここでネオジオン艦隊を掃討してしまえばサイド3に残る戦力はほとんど無くなる筈であり、本国を早期に奪還して亡きダルシア首相の墓に花を手向ける事も出来るだろう。
 前回の雪辱を晴らせる、と喜んでいる将兵も多い反面、同胞と戦うのかというジレンマを抱えている者も多く、ジオン共和国艦隊にとっては何とも戦い難い事になりそうであった。まあ同行している連邦軍にはそんな気苦労はないのだが。




 その日の午後4時ごろになると、互いに相手目掛けて直進していた両軍は遂に激突する事となった。自軍に倍する数を持つ連邦軍を前にハスラーは話しが違うと怒鳴って目を剥いて怒りを露にし、ダニガンは勝利を確信する。これだけの兵力差があれば多少の戦術で覆すことなど出来はしない。
 ゆえに初手から戦いは連邦が攻め、ネオジオンが守るという形になった。連邦は艦隊を火力中心の部隊と機動力中心の部隊に分け、火力中心の部隊が真っ向からネオジオン艦隊と撃ち合い、機動力中心の部隊が思い思いの方向から突撃してビームとミサイルを浴びせかけるという数に物を言わせた攻撃を加えようと動き出したのだが、ネオジオンは艦隊戦を避けてMS戦に引きずり込もうとしていた。ドロス級空母のミドロから200を越すMSが出撃し、他の艦からも多数のMSが出てくる。どうやら1隻辺りのMS搭載数ではネオジオンの方が上のようで、MSの数はかなり多い。
 MSに対してはMSをぶつけて対処するのが今の世界の常識だ。ダニガンも定石通りに手持ちのMS隊の半数を出撃させ、残りを第2波として何時でも投入できるように準備させておく。ネオジオンのMSは連戦には向かない稼働率が低い機体ばかりだから、波状攻撃を加えれば出せる機数が瞬く間に減っていく筈なのだ。つまり消耗戦を仕掛ければそれだけで勝利はこちらに転がり込んでくる。
 ただ気になるのは、ネオジオンの戦力が報告を受けていた数よりもかなり少ないということだ。偵察機が撤退して行くネオジオン艦隊を補足しており、これは損傷艦を切り離したのだと判断されている。ゆえに数が少ない事は分かるのだが、それにしても少なすぎる。先行した任務部隊が想像以上に敵をすり減らしていたのだろうか。
 
「まあ、それは上が考える事だな。私の仕事は目の前の敵を片付ける事だけだ」

 敵の全体的な動きを心配するのは上層部の仕事で、現場の指揮官でしかない自分がするべき事では無い。それに何かあってもまだサイド5には多少の戦力があるのだから何とかなるだろう。
 かすかな不安を振り払うと、ダニガンは戦艦部隊に戦場に向けての牽制射撃を命じた。

「MS隊には射線上からの退避を通達しろ。戦艦は全力砲撃で敵艦隊を脅してやれ、間違っても味方MSに当てるなよ!」
「閣下、砲撃は如何ほど行いますか?」
「30秒間撃ちまくらせろ。その後はMS戦だ。MS隊の激突後、突撃隊を持って敵艦隊を突き崩す」

 これだけ数の差があれば戦力を好き放題に使えるなあ、などとジオン時代には考える事も出来なかった優越感を感じながら、ダニガンは艦隊に指示を出す。ダニガンの指示を受けてマゼラン級戦艦4個戦隊16隻が前に出て、一斉に砲門を開いてネオジオン艦隊に全力射撃を浴びせかける。その光景は少し後方から見ていたダニガンですら度肝を抜かれるような迫力であり、大鑑巨砲主義を信奉する人間の気持ちが理解出来てしまうほどの興奮を与えてくれた。
 これはダニガンだけではなく、彼の幕僚達も同様のようで多数の戦艦を揃えての一斉射撃というものの迫力に完全に度肝を抜かれている。勿論見た目が派手なだけで実際にはそう簡単には当たらないのだが、それでも相手を脅す効果は十分であるし、命中率が悪くても何発かは当たっている。
 そして全力射撃に遅れる事10秒ほどしてネオジオン艦隊から放たれた反撃のビームが連邦艦隊を襲ったが、その全てが防御スクリーンの干渉を受けて逸らされ、艦の後方へと流れていってしまう。ジオン側には防御スクリーンを抜かれて直撃の閃光を発している艦が出ている事を考えると砲力の差が大きいのか、あるいはネオジオンの防御スクリーンの強度が連邦に劣るのか。

「閣下、砲撃によって敵巡洋艦4隻が脱落、ほか数隻が被弾損傷しましたぞ」
「まあこんな物か。次はMS戦だ、対空戦闘用意!」

 砲撃戦が終ればMS同士の戦いが始まる。艦隊は砲撃ではなく対空砲を用いた防空陣形へと陣形を切り替え、MS隊が前へと出て行く。このMS隊の指揮を任されているのは昇進した七瀬留美大尉であった。これまでも小規模なMS部隊を率いて戦場を駆け回っていた彼女であったが、遂にその能力を認められて大規模な部隊を任されるになっていたのだ。まあ真相は部下の統率に苦労していた天野が責任を分散させる為に使える人材を引き上げただけなのだが。
 七瀬らファマス系士官の重用には連邦内部から異論が無いではなかったのだが、他に人材がいないという内部事情がそれを可能としていた。有事という状況が政治的な問題を有耶無耶にしてしまっていたのだ。
 七瀬は自分のゼク・ツヴァイを先頭に置いて向かってくるネオジオンMS隊を見据えながら各機に指示を出していた。

「各小隊は支援隊形を作りながら展開、敵の方が性能が良いんだから1対1は絶対に仕掛けないで。ジムVとザクVは名前が似てても性能はかなり違うから!」
「七瀬大尉、あんまり笑えないですよそれ?」
「煩いわね、相沢少佐や折原みたいな突っ込み入れるんじゃないわよ!」

 全く、指揮官が馬鹿だと部下にも伝染するのか、などとぶつくさ言い続ける隊長に部下達が笑いを堪えている。それを通信機越しに感じ取った七瀬がますます不機嫌そうになっていたが、今は何を言っても裏目に出ると分かっているのか口に出しては何も言わなかった。そして距離が詰まってきたのを見て各部隊に散開を命じた。
 この頃になると宇宙軍では天野大隊が使っていた4機1個小隊という形が他の部隊にも採用されるようになっており、ジムV3機にジムキャノンV1機で1個小隊を組むという形が定着してきている。祐一が居ない間に天野が進めた改革の1つであっったが、4個小隊で1個中隊を組めるほどにはMSもパイロットも不足しているので大半は3個小隊で1個中隊を編成するという形に留まっている。連邦のMS隊は中隊単位で動く事が多いので天野にはまだ不満の残る状況であった。
 散開したジムVとゼク・アイン隊に合わせるようにネオジオンのMS隊も散開しだす。こちらは2機で1個小隊を作っているのか、かなり少ない数で広範囲にに広く展開している。
 それは1年戦争末期のジオン公国軍が使っていた編成で、MSの機動力を重視した攻撃的な物ではあったのだが、使う側にかなり高い技量が要求されるという問題がある。ジオン公国ではこの考えを更に推し進め、NTパイロットによる単機編成も作られるようになっていた。少数精鋭もそこまで行ったらやりすぎだと言われそうであったが、実際ララァ・スン少尉の駆るエルメスにはベテランの駆るリックドムでさえ追随できず、シャア・アズナブル大佐のゲルググですら足手纏いだった事を考えると仕方の無い事かもしれない。それほどにNT専用機に乗ったNTは強かったのだ。
 MSの性能差を考えれば少数編成で大量の戦術単位を揃える手は有効かもしれないが、それも優秀なパイロットが揃っていればこそだ。ネオジオンにはそれほどパイロットに余裕があるのだろうか。任務部隊からの報告では敵の技量は低いとあったのだが。

 そして広く散開しながら激突した両軍は、たちまち激しい乱戦に突入してしまった。双方とも数が多いので消耗戦の様相を呈するのは何時もの事であったが、今回はネオジオン側のNT専用機がかなり大きく物を言っていた。未だに連邦にはこれに対抗しうる兵器は出現していないので、量産型のキュベレイやゲーマルクに対しては損害無視の物量作戦以外に対策が無い状況なのだ。まああゆとか瑞佳とかの人類の規格外な連中はサシで勝てたりもするのだが。
 ゲーマルクの放ってくるマザーファンネルユニットからチルドファンネルが飛び出し、連邦のMSに襲い掛かってくる。ゲーマルクは火器の塊であるが、大量のファンネルを扱えるという点でも恐ろしい存在なのだ。しかもキュベレイと違ってNT能力の低いパイロットでも操れるので配備数が増えてきている。
 これに対して連邦はゼク・アインやジムV多数で一度に襲い掛かって飽和攻撃で仕留めようとするのだが、全身に装備されているビーム砲が洒落にならない弾幕を作っているので近づくのも容易ではない。だが落とさない事には被害が拡大する一方なので、彼らは犠牲を覚悟した肉薄を行ってビームライフルやマシンガン、バズーカを叩き込んでいく。しかしこのレベルのMSになると装甲も頑丈で、ゼク・アインの大型マシンガンでさえ立て続けに当てないと撃破出来ないという理不尽な防御力を持っている。ましてジムVが持っている連邦の標準的ビームライフルであるボウワ社製のライフルでは威力不足でこのクラスの重MSには効果が薄いのが泣き所だ。
 七瀬のゼク・ツヴァイは連邦製としては珍しい強力な重MSであったが、その使い難さと整備性の悪さからすでに生産が中止されている。なにより運用できる艦が一部の大型艦のみに限られるという制限が嫌われている。連邦の艦艇の格納庫は標準的な18m級MSの運用を考えて作られているので、ゼク・ツヴァイは大きすぎて巡洋艦だと運用が大変なのだ。
 キュベレイを狙った七瀬が迫るファンネル2基を両腕のマシンガンを乱射することで撃墜し、距離を詰めて行く。運動性能と速度性能ではゼク・ツヴァイはジ・Oと並ぶ最高の第2世代MSの1つであり、MSとしての基本性能では今1つなキュベレイなど問題ではない。ファンネルさえ何とかできればキュベレイはちょっと動きが良いだけの火力不足のMSに成り下がる。
 ファンネルやビットといったサイコミュ兵器にはファマス戦役の頃から馴染みのある七瀬だ、この手の兵器を見ても今更驚きはしないし、対処法も知っている。NTのようにファンネルの動きを感じ取って正確に叩き落す等という芸当は出来ないが、この手の兵器に対する恐怖心を持っていないというだけでも大きな力となる。サイコミュ兵器は奇襲効果を失えば火力の貧弱な移動砲台に過ぎず、直撃を受けても当たり所が悪くなければ1発で落とされるという不安も少ない。しかもゼク・ツヴァイは過剰なほどの重装甲MSなのでファンネルのレーザー砲なんてほとんど脅威とはならない。後に登場する筒型の新型ファンネルにはそうも言ってられなくなるのだが、それが出てくるのはまだ先の話だ。
 ファンネルを撃墜し、あるいは無視して一気に距離を詰めた七瀬はマシンガンで相手の右腕を吹き飛ばし、距離を詰めたところで隠し腕が持ち出したビームサーベルで胴体を両断して撃墜した。




 双方のMS同士が激しく激突し、艦隊が次の動きを考えていた頃、連邦の高速部隊が左右から回りこむ形でネオジオン艦隊を潰すべく移動していた。これは高速の駆逐艦と巡洋艦で編成された部隊で、特に突撃艇として使える旧型のセプテネス級駆逐艦と足が長くて速いリアンダー級巡洋艦、そしてアキレウス級巡洋戦艦が主体で編成されている。ファマス戦役時代に活躍した艦が高速部隊として使われるのは、そのままファマス戦役では巡航性能と速度性能が重視されていた事の現われであったろう。その為にアキレウス級戦艦は中途半端だと言われて戦後は巡洋戦艦に格下げされて外洋艦隊に配備される事になったのだが。
 シドレ准将率いる右翼部隊とカーン准将率いる左翼部隊に別れていたのだが、この時シドレ大佐の隊はとてつもない不幸に見舞われていた。ネオジオン艦隊にミサイルを叩きつけてやると意気込んでいた彼らは、その途中で2機のノイエ・ジールに襲われたのだ。

「沈めえっ!」

 雄叫びを上げてノイエ・ジールから続けてメガ粒子砲が放たれ、真上から防御スクリーンの弱い所を抜けてリアンダー級の船体を刺し貫いていく。大きな被害を受けた巡洋艦は身悶えしたように大きく震え、やがて小さな爆発を起こしながら3つに折れてしまった。
 それに遅れる事数秒して、隣に居た駆逐艦が同じようにビームに貫かれて爆散してしまう。そして2機のノイエ・ジールが真下へと駆け抜けていった。それを追って艦隊からの砲撃が襲い掛かったのだが、メガ粒子砲ではIフィールドに守られたノイエ・ジールに致命傷を与えるのは難しい。まあ何発も撃ち込めばそのうちIフィールドジェネレーターが焼き切れるのでそれまで頑張ればいいのだが、それまでにどれだけの被害が出るか予想もつかないのだ。
 シドレ准将は砲撃を手中して奴を叩けと檄を飛ばし、多くの砲撃が2機のノイエ・ジールを捕らえている。燐光に包まれているノイエ・ジールの中ではパイロットがシェイカーの中に放り込まれたかのように振り回されていたが、ガトーはビームを何発か回避して強引に近くにサラミスとの距離を詰めてビームを撃ちまくってこれを沈めてしまう。

「流石に5年前に使った機体では対応もされてしまっているか。ウォルフ、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫ですガトー少佐、まだ行けます!」
「余り無理をするな、貴重なノイエ・ジールを失う危険は犯したくはない」

 ネオジオンの生産力ではノイエ・ジールを補充する事は恐らく出来ない。この作戦では総帥用のノイエ・ジールUを除く3機のノイエ・ジールが投入されていて、こちら側にはそのうちの2機が投入されている。連邦にはこれに対抗する為のGレイヤーがあるはずなのだが、まだこの場には姿を現してはいないようだ。
 しかし、この戦いの中でガトーは彼らしくなく迷いを見せていた。この戦いに彼は意義を見出せなかったのだ。

「デラーズ閣下、貴方はアクシズの中で変わってしまわれたのか。同胞を使い捨てにするような作戦を実行なさるとは、何を考えておられるのか?」

 ガトーは愚直ではあるが、決して馬鹿ではない。ネオジオンの中で何が起きているのか位は察する事が出来るし、作戦の裏の事情を勘ぐる事もする。そのガトーの目からはデラーズがネオジオン建国から更に異常な行動に走っているように見えたのだ。この作戦もその1つで、どう考えてもデラーズはネオジオンの為に作戦を立てているとは思えない節がある。
 ネオジオン内部に流れるある噂、それはガトーも耳にした事がある如何わしい話。アクシズにはグレミー・トトという騎士の称号を与えられた新米の大尉が居るのだが、彼がザビ家の血筋であり、デラーズは彼に忠誠を誓っているという物だ。その為に彼はネオジオンの為ではなく、グレミーを新たなジオンのTOPに据える為に動いているというのだ。
 ガトーは最初その噂を一笑に付していた。彼もグレミー・トトは知っていたが、まだ尻の殻も取れないような青二才の若造だというのが彼の抱いた感想であり、デラーズが忠誠を誓うような相手にはとても思えなかったのだ。
 だが現実は彼の思っていたものとは違い、デラーズは噂の通りに別の何かの為に戦争指導をしているとしか思えなかった。最初かデラーズを信じていたガトーも、今ではその噂を否定できなくなっている。そう、デラーズがグレミーの為に戦っているのだと。
 そう疑いを抱いて以来、疎遠になってきていたデラーズとの関係は更に冷え込んだ。自分は亡きドズルの忘れ形見であるミネバを守ると決めた身であり、グレミーに肩入れしてミネバの失脚を目論むであろうデラーズは彼にとって敵とまでは言わないが、警戒するべき相手となったのだ。

 しかし、今はそんな事を考えているような状況ではない。ガトーは頭を振って迷いを振り払うと、更に近くの艦を狙って攻撃を仕掛けようとした。だがこの時既に連邦は多数のMSを呼び戻してノイエ・ジールにぶつけようとしている。これには強力なマシンガンを持つゼク・アインが中心となっており、旧式のノイエ・ジールに対して連邦の準備がどれだけ有効であるかを試す機会になりそうであった。
 そして更に連邦には奥の手があった。ノイエ・ジール出現の知らせを受けたダニガンは後方に置いてある空母部隊から大型MS隊の出撃を決定したのだ。そう、Gレイヤー隊が動き出したのである。





 ダニガンとハスラーが激突していた頃、ようやく連邦もサイド5に迫る12隻の艦隊を補足する事に成功した。主戦場から離れていた為に発見が遅れたのだ。既にダニガンに対して増援部隊を送り出してしまっていた宇宙艦隊司令部は驚愕し、フォスターU要塞司令部は駐留艦隊に迎撃準備の緊急指令を発している。
 ジンナ参謀長は慌てて残っている第1艦隊の艦艇に集結を命じると共に出撃させていたダニガンへの増援を呼び戻そうとしたが、これはランベルツ中将によって止められた。

「待て参謀長、今呼び戻しても間に合わんぞ」
「ではどうするのですか。敵は12隻ですが新鋭艦で編成されています、搭載機も恐らく新型で固められているでしょう。それに対して手持ちの戦力の大半は型落ちなのですよ」

 ジンナの悲痛な声で行われた抗議は正鵠を射ていた。出現したネオジオン艦隊は8隻のエンドラ級巡洋艦と4隻のM級巡洋艦で攻勢されており、搭載機は100機前後と見積もられる。これに対してサイド5を守るフォスターU駐留艦隊の大半は旧型のサラミスが占め、その数も10隻程度である。サイド5の防衛はフォスターUに常時配備されている第1艦隊と第6艦隊に頼ればいいという考えで、フォスターUやオスローには防衛用の兵力はそれほど多くは配備されていなかったのだ。配備部隊の大半は教育部隊や後方部隊なのだ。
 だが今は違う、第6艦隊は無く、第1艦隊も大半の艦艇を各戦線に送ってしまっている状態でほとんど船が残っていない。第1艦隊に残っていたのは総旗艦のカノンを除けば護衛用のマエストラーレ級駆逐艦4隻とサラミス4隻、フォレスタル級護衛空母2隻だけだ。後は全て送り出してしまった。
 基地配備のMS隊は確かに多かったが、その大半は訓練用に使われている旧式のジムUやジム改、作業用のボールであり、実戦に使えるMSは限られている。ただカノン配属の天野大隊やオスロー所属の教導団が使えるのは強みだと言えるが。
 だが焦って目上の者に対する配慮さえ忘れてしまっているジンナに対して、ランベルツ中将は冷静であった。かれはジンナに落ち着くように言うと、机の引き出しから一通の封筒を取り出してジンナの方へとつっと滑らせてきたのだ。

「読みたまえ、万が一の時に備えて水瀬提督が私に残した命令書だ」
「間、万が一に備えて残した命令書?」
「ああ、自分が不在の間にもし対処しきれないような緊急事態を迎えた時、この中にある指示を実行しろと言い残されてな。つくづく自分は平時の人材だという事を思い知らされた気分だよ」

 天井を仰ぎ見てフウっと息を吐き出すランベルツ中将を呆けた顔で見ていたジンナは、差し出された封書の中から書類を取り出してそれに目を通し、そして徐々にその手が震えだすのを感じていた。

「中将、これは……?」
「既に命令は伝達してある。全く、抜け目の無い御仁だとは思わないか参謀長?」

 秋子が残した命令書、そこにはこう書かれていたのだ。現有戦力で支え切れないと宇宙軍総司令官代理が判断した時点で、収監中のエゥーゴ将兵の中から志願者を募り、戦力化する事を認める。これはすなわち、アムロたちにエゥーゴ製のMSを与えて戦力化する事を許可する物であった。
 秋子はいずれエゥーゴからの投降兵たちを戦力化する事を考えていたのだろう。これはそのための大義名分作りにもなり、同時に現在の状況をひっくり返せる起死回生の戦力となる。頭の中でエゥーゴ部隊を加えた戦力の再計算を終えたジンナのか顔に徐々に希望の色が浮かび、そして納得したようにランベルツに敬礼をして司令部に戻ると言い残して宇宙軍総司令部オフィスから出て行ってしまった。
 彼が出て行った後、ランベルツは副官にコーヒーを淹れるように頼んで視線をもう一度机の上の命令書に落とし、使える物は何でも使おうとする秋子の抜け目の無さに改めて感心させられてしまっていた。なるほど、1年戦争であのレビル将軍から一目置かれるわけだ。と納得し、そして彼は頭の中を事後処理のことへと切り替える。エゥーゴの将兵に装備を与えて戦場に繰り込んだとなれば、またじゃブローがあれこれ言ってくるのは確実なので、そちらへの対応を用意しておかなくてはいけない。こういった官僚的な分野こそが彼の本領なのだ。



機体解説

AMX−004G キュベレイ
武装 ビームガン兼用ビームサーベル×2
   ビームカノン×2
   ファンネル×30
<解説>
 ネオジオンが投入しているキュベレイの量産型。最初のファンネル運用型MSであり絶大な戦闘能力を誇るが、操縦系に至るまでサイコミュに頼っている為かNT能力の高いパイロットで無いと動かせないという欠陥を抱えている。
 試作機よりも大幅に性能が強化されており、戦闘能力は凄まじいの一言に尽きるのだが、ゲーマルクなどの登場によってその価値を低下させている。


AMX−015 ゲーマルク
武装 ビームライフル×2
2連装ビームランチャー×2
   ハイパーメガ粒子砲
   メガ粒子砲×2
   3連装メガ粒子砲×2
   2連装メガ粒子砲×2
   3連装グレネードランチャー×2
   ビームカノン×2
   ビームサーベル×2
   マザーファンネル×2(チルドファンネル14基ずつ)
<解説>
 ティターンズの量産型サイコガンダムと双璧をなす究極の移動砲台的なMS。そのコンセプトからゾックやビグザムの系列に属すると思われるNT専用MS。キュベレイに較べるとかなり改良が進んでおり、NT能力の低いパイロットでも使用する事が可能となっている。
 これが大量に投入されていれば連邦といえども無事には済まなかったであろうが、その製造コストは恐ろしいもので、大量生産など望むべくも無かった。また火力以外の能力はこの時代の水準に届いているという程度であり、接近されると脆い面を持つ。


AMA−01 ジャムル・フィン
武装 ハイメガキャノン
   ビーム砲×2
   6連装ミサイルランチャー×2
<解説>
 ネオジオンが投入した簡易可変MA。元々は試作段階で放棄されていたプランであったが、エゥーゴから可変MSのデータを得た事で使い道が生まれ、メガブースターを装着した巡航形態を標準として再設計された機体。可変するといってもMSとは呼べない姿であり、着陸用の脚部と簡易マニュピレーターが出てくるという感じになっている。
 構造をMA形態重視にしたことで強度が増した事で実用性が向上した。現在では主に拠点防衛用の小型艇代わりに使われている。



後書き

ジム改 連邦軍、遂に奥の手を解禁。
栞   用意周到というより、貧乏性って気が?
ジム改 気にすんな。
栞   でも、ノイエ・ジール量産してたんですか?
ジム改 いや、増加試作ってとこだな。その後ノイエUが1機作られた。
栞   これって結局何の役に立ったんですかね?
ジム改 一応うちではノイエからゾディ・アックとノイエUに別れた事になってるから無駄にはなってないぞ。
栞   あるんですかあのガンシップ?
ジム改 量産型の方だけどな。あれは要塞なんかで魚雷艇みたいに使うと便利そうだ。
栞   艦隊には随伴しないんですか?
ジム改 正直、試作機のコンセプトを考えると攻撃機としては使えないと思う。大気圏突入能力も不要だ。
栞   寂しいですねえ。
ジム改 ちなみに連邦にはプロメテウス砲艦というゾディアックの艦隊随伴型のような船があるけどな。
栞   あれは金持ちの特権でしょうに。