第97章  ヤンゴン陥落


 

 ヤンゴンに迫る連邦第5軍、彼らはコラート台地を一気に横断し、途中のティターンズ部隊の抵抗を蹴散らしながら進んでいた。それまで複数の目標の同時攻略を目指して散っていた各方面の師団や旅団が全てヤンゴンを目指して集まりだし、圧倒的な大軍でティターンズの守備隊を押し込んでいる。ティターンズ側もインドシナ半島北部に3個師団を展開させて守っていたのだが、第5軍に続いて第8軍が突入してきた事で限界を超えてしまった。押し寄せてくる大部隊の圧力を支えられずに担当していた戦域を放棄して後退を繰り返している。
 これに続いて西側のネグレイス岬に第3、第5艦隊の支援の下に海兵2個師団が上陸してきた。こちらは複雑な海岸にまず水陸両用MSが砲撃をしながら上陸して上陸ポイントを確保し、揚陸艇で地上部隊を海岸に次々に降ろすというオーソドックスなスタイルで上陸してきている。こんな所には当然ながらティターンズの大規模な守備隊が配置されているわけも無く、僅かに居た監視部隊は敵部隊の上陸を連絡すると転がるように逃げ出している。
 ティターンズとしてはこちらに兵力を配置するというプランはあったのだが、主戦場となるインドシナ戦線が優先されたのでこちらは切り捨てられていたのだ。幾らティターンズでも全ての地域に満遍なく戦力を配置するほどの余裕は無かった。

 抵抗らしい抵抗を受けずに上陸1波の上陸を成功させ、展開を完了して橋頭堡を形成した海兵師団はそのまま内陸へ進出しようとしていたが、そこで彼らはティターンズ空軍の迎撃を受ける事となった。地上部隊をこちらに回す余裕は無いようで、この段階に至ってもまだ追い落とすための陸軍は出てこない。
 上空に現れたダガーフィッシュやジェットコアブースター、フライマンタの編隊に対して洋上の空母からアッシマーとダガーフィッシュが飛び立って応戦する。この迎撃を振り切って爆撃コースに入ってきた機体に対しては揚陸された自走高射砲と地対空ミサイル車両が迎え撃った。携帯型の地対空ミサイルもあるのだが、これはミノフスキー粒子撒布下では命中が期待できない。せいぜい低速で飛ぶヘリコプターを狙うくらいだ。
 ミノフスキー粒子の撒布による索敵妨害が常識化しているこの時代では、低速で進入してくる敵機に対して最も有効なのは進路上に弾幕を形成する高射機関砲になっている。1年戦争の前では半ば絶滅しかけていた兵器であったが、開戦後に重要性が見直されて旧式化している61式戦車の車体を利用した急造の自走高射砲が量産されたくらいだ。
 強力な移動式レーダーの支援を受けた高射砲部隊は移動指揮車の指揮の下、低空から侵入してきたフライマンタ部隊の前方に弾幕を作り上げた。眼前に現れた炎の壁とでも形容するしかない弾幕に恐れをなしたパイロットが機体を翻してコースを外れ、勇敢に突っ込んできた機体が40mm弾を受けて機体を砕かれて墜落していく。
 この弾幕を運良く掻い潜ってきた機体が機首のロケット砲を眼下の部隊に乱射し、懸架してきた1000ポンド爆弾12発を橋頭堡に積み上げられている物資の山目掛けて投下していく。
 しかし、橋頭堡を目にしたパイロット達はそこに展開されている光景に目を丸くしていた。なんと人工物など無かった筈の海岸に何時の間にか埠頭が2本も出来上がり、輸送船が埠頭に横付けして物資を揚陸している。更に沖合いの輸送船からは揚陸艇がピストン輸送で部隊や物資を運んでいた。

「おいおい、連中人工埠頭まで持ち込んでたのかよ!」
「用意の良い連中だぜ、アディ、あれを吹っ飛ばせるか!?」
「無理だな、後ろから敵機が追ってきてる。狙ってたらこっちが落とされるぜ!」

 振り切った筈のダガーフィッシュたちが自分たちを後ろから急速に距離を詰めてきていたのだ。ダガーフィッシュ隊は空気の薄い中高度に居る分高速を出せるので追いついて来れたようだ。彼らは中、高高度制空戦闘機なので攻撃機である自分たちのように低空で機敏に動き回る事は出来ないが、それでも純粋な戦闘機だ。戦闘攻撃機であるフライマンタでは分が悪い。しかもこちらは爆装していて身重なのだから掴まったら抵抗も出来ないだろう。
 迫り来る死神に掴まってはたまらないとばかりに彼らは目に付く目標、というか落とせば何かに当たるような海岸に向けて1000ポンド爆弾をばら撒き、そこにある物資の山や車両を吹き飛ばして離脱していった。それをダガーフィッシュ隊が追撃しようとしたが、ある程度行った所で諦めて引き返してくる。


 この後更に3度の空襲を受けた艦隊は揚陸部隊に無視出来ない被害を受け、洋上の輸送船1隻も直撃弾を受けて炎上させられるという被害を受けている。それでも揚陸作業は停滞する事は無く、2個師団で3万5千の兵員が上陸に成功した。戦車400両以上にMS48機も揚陸を完了して展開しており、仮に敵の師団が現れても十分に対処可能な状態となった。
 艦隊はこのまま暫くここに留まって残った物資の揚陸と高空支援を継続し、海兵師団は僅かな守備隊を橋頭堡に残すとヤンゴンを目指して東進を開始する。
 ヤンゴン基地司令部はこの2個師団に対して迎撃の為の戦力のやりくりに頭を痛めていた。手持ちの戦力は東と来たから押し寄せてくる連邦第5軍と第8軍を相手にするだけで手一杯であり、予備兵力すら残ってはいない状態なのだ。

「どこかに1個連隊くらい余ってないか。練成途上の部隊でもこの際構わんから」
「司令官、残念ですがそういう部隊もとっくに前線に送っています。それよりも前線に物資を運ぶ輸送機とトラックが不足しています」
「そんな事は分かってる。くそ、前の巡航ミサイルと空襲で輸送手段を叩かれたせいで……」

 連邦軍は第3、第5艦隊からの攻撃でヤンゴンの補給基地としての機能を著しく損ねる事に成功していたが、それが続く激戦でティターンズを苦しめていた。前線部隊は戦場に積み上げていたストックを使い果たしてしまい、ヤンゴンに補給を催促していたのだが、そのヤンゴンには物資はあっても運ぶ手段が無かった。空も連邦が優勢なので飛び立ったミデアが撃墜される事態も起きている。護衛を付けてはいるが、敵はミデアを見つけるとすぐに大量の戦闘機を送り込んでくるのだ。
 戦力を維持出来なくなったヤンゴン基地司令部はマドラスに増援を求めた。特にMSと戦闘機、輸送機を送ってくれと申し入れ、マドラスからは送れる機体を急いで回すと言ってきた。実際マドラスは要請によく応えてくれたようで、五月雨式にMSを積み込んだ輸送機が戦闘機に護衛されてヤンゴンにやってきている。滑走路の状態が悪い事を考慮してか、戦闘機は不整地でも離着陸できるのが売りのジェットコアブースターが多い。

「とにかく、前線にはもう少し持ち堪えるよう厳命しろ。そのうちカルカッタ方面から援軍が来る筈だ」
「間に合えばいいのですが……」
「…………」

 部下の不安げな言葉に司令官も返す言葉が無かった。連邦軍の圧力は刻一刻と強まっており、前線の部隊は崩壊寸前だ。マドラスから纏まった数の援軍が来るとしても、果たしてヤンゴンを救うのに間に合うのだろうかという不安は隠せない。いや、隠す隠せないではなく、間に合わないと言う方が正しいだろう。
 ヤンゴンはガンジス川から先に連邦軍を進ませない為の捨石となる。誰も口には出さないが、ヤンゴンの未来を正確に察していた。自分たちは敵の進撃を少しでも遅らせる為に頑張れるだけ頑張った後、降伏するしかないと。





 連邦軍とヤンゴンのティターンズが激しい戦いを演じていた頃、アッサム地方では小規模な戦いが起きていた。撤退中のビューフォート旅団をティターンズのMS中隊が追撃してきて、殿として残った精鋭部隊と激突していた。このティターンズはモンシアが率いる宇宙から降りてきた部隊で、キリマンジャロで受領した後期型バーザムに装備改変をした装備優良部隊だ。だがそれでもシアンたちの装備に較べると流石に見劣りする。彼らを本気で叩きたければグーファーを持って来るべきであったろうが、地上軍は宇宙から降りてきた彼らに虎の子のグーファーを支給する事は無かったのだ。


 降下してきたバーザム部隊は地上に降りたと同時に散開し、遮蔽物で遮蔽を取りながらビームを放ってくる。使っているライフルはマラサイと同型のボウワ社製ビームライフルのようで、取り回しの悪い専用ライフルは地上では使っていないようだ。
 敵はゼク・アインの使うマシンガンの威力を良く知っているようで、中々距離を詰めては来ない。バーザムはこの時代の主力MSとしては重装甲で知られているが、それでもゼク・アインのマシンガンを受ければ無事ではすまない。まあ最新のMSは装甲を犠牲にしてでも機動性と対ビーム防御を重視する傾向があるので、重装甲路線のバーザム系やゼク系が一昔前の設計だと言えるだろう。
 これに対してシアンは接近戦ですぐにケリをつけるかと考えたのだが、北川と茜が間髪入れずに反対してきた。

「何考えてんですシアンさん、無理せず時間稼ぎした方が良いでしょう?」
「義兄さん、もう腕も錆付いてるくせに威勢の良い事言わないで下さい」
「……いや、そりゃ現役時代に較べれば錆付いてるが、まだまだ相沢には負けないつもりだぞ?」
「いいえ、今の腕とジムVでは相沢少佐にも負けかねませんね」

 シアンのパイロットとしての腕前がピークに達していたのは教導隊の隊長をしていた頃で、戦技教導官として教導隊のパイロット達の指導もしていた。あの頃のシアンは本当に強く、茜も幾度か挑んだ事があるが一度も勝てなかった。
 しかし、それも左遷されて海鳴基地に送られるまでであった。海鳴基地に送られたシアンは余程そこが居心地が良かったのだろう。子煩悩な駄目親父と化した彼は引き抜いてきた久瀬中尉を副官という名の事務官に据えて実務全般を押し付け、余り仕事をしない不良軍人ライフを満喫していたのだ。
 当然ながらMSに乗る機会も激減し、彼の技量は教導団時代と較べると見る影も無いほどに低下してしまっていた。今の彼はもう茜はおろか祐一にも苦戦しかねない程度にまで弱くなっていたりする。それでもまだ十分凄腕ではあるのだが、昔のような超人レベルの強さは翳っていた。それでも海鳴ではアッシマーでギャプランを叩き落したりしてたから茜が酷評するほど弱体化してるとも言えないだろう。
 その相沢少佐はというと、こちらはシアンの意見に乗り気になっていた。


「ううむ、俺も突っ込みたいんだけど。シアンさん一緒に行きますか?」
「さすが相沢だな、話が分かる」
「2人とも、その辺にしといた方がいいよ。里村が切れそうさね」

 シーマ大尉が盛り上がってる2人にそっと水をさした。言われてそちらを見れば茜のジムVから何やら強烈な殺気がひしひしと伝わってくるような、そんなオーラを感じさせている。まずい、あれは本当に切れそうになっている。そう察した2人は黙り込むと黙々と敵に射撃を加える事にした。怒った茜は怖いのだ。
 こういう状況で一番強いのはやはり名雪だろう。彼女はスナイパーなので距離を置いた戦いでは誰よりも脅威となる。使っている火器もマシンガンではなく、地上で受け取った実体弾型の狙撃用ライフルだ。スマートガンは大きすぎて取り回しが悪かったので、これは名雪がとても喜んでいた。フランスでは長大な砲身を必死に持ち運んでいたせいで右腕部分が酷い事になり、ジャブローでは丸ごと交換する羽目になったくらいだ。
 新型ライフルは射出用の装薬と磁気加速コイルを併用したハイブリット砲で、久しぶりに開発された磁気加速砲だ。1年戦争では陸戦ジムがレールガンモドキを装備していたくらいで、その後は普及もせず細々と研究が続くだけで実用型は出なかった。名雪のこれも実用を目指して作られた試作品の1つでしかない。
 地上でも長射程を誇り、火薬砲では不可能な弾速を叩きだすこのライフルはまさに名雪向きであったが、試作品ゆえに何時壊れるかという不安は拭えないのが欠点だろう。


 だが、このまま戦いが膠着したままでは自分たちは置いて行かれてしまう。最低でもシアンや祐一といった高級士官は逃がさないと今後に差し支えてしまう。誰もがそれを気にしていたが、誰もそれを口に使用とはしない。そして、ついにシーマ大尉がそれを言い出した。

「中佐、あんたはそろそろ退いた方が良いよ。こんな所で死んだらマイベック司令や郁未に恨まれちまう」
「馬鹿言うな、俺だけで退けるか」
「じゃあ私が残るからさ、他の奴らを連れて行きなよ」
「……大尉、悪いが俺たちのモットーは誰も置き去りにしないだ。これまでがどうだったかは知らんが、俺の部下でいるうちは俺のやり方に従ってもらうぞ」

 シーマの戦い方は自分を捨てているような印象を与える。彼女と一緒に戦った経験がある茜たちはまるで死に場所を求めているようだと評した事があるが、確かにそうなのかもしれない。しかし、デラーズ戦役や1年戦争の頃は何があっても生き残ろうとするような人物だったと聞いているのだが、何が彼女の考えを変えてしまったのだろうか。

 


 暫くの間、距離を取ったまま射撃戦を続けていた。だが互いに決定打を欠き、互いに無駄弾を消費している。この状況は時間稼ぎという彼らの目的を考えれば願ったり適ったりのものであったが、彼らは互いにこういう戦いを嫌う爆弾を抱えていた。
ティターンズはまずモンシアが爆発した。

「あああ、まだるっこしい。前に出て勝負をかけるぞアデル!」
「駄目ですよ大尉、飛び出したらあっという間にスクラップです。このまま援軍が来るのを待った方が良いですよ」
「そんなの何時になるか分からねえだろ!」

 アデルに窘められたモンシアはまだギャアギャアと喚いていたが、まだ1人で暴走して突っ込むほど自棄にはなっていなかった。
 だが、モンシアの爆発に触発されて次の爆弾が爆発してしまった。祐一を狙う男、ジェリド中尉が飛び出そうとしてエマとマゥアーに押さえられている。

「あそこに相沢が居るんだ、折角のチャンスを捨てるつもりかお前ら!」
「駄目よジェリド、今飛び出したらあのマシンガンで撃たれて終わりだって分からないの!?」
「ええい、離せマゥアー!」
「2人とも、遊んでないで前を見て。1機飛び出してきたわよ!」

 揉み合っている2人のバーザムに向けてエマの叱責が飛び、2人は慌てて正面にカメラを向ける。すると確かに1機のガンダムタイプの新型が隠れていた遮蔽物を飛び出して高速で接近してきていた。

「あいつは、ガンダムか?」
「新型ね。でも概観はmk−Xというより、RX−78に近い。ジャブロー製という事しか分からないわね」

 MSに限らず、あらゆる工業製品は作られた工場や企業によって特徴が出る。同じ機体であったとしてもその差は出るのだ。グリプス製のマラサイとキリマンジャロ製のマラサイは同じマラサイでも外観上にさえ違いがある。
 ジャブロー系の機体は総じて野暮ったく、無骨な印象を持つようになる傾向がある。1年戦争で作られたジャブロー製MS、ガンダム系からジムに至るまでの機体がそれだ。オーガスタ系のジムコマンドなどはジャブロー系と較べるとシャープな印象があり、ガンダムmk−Xやギャプランにもそれは受け継がれている。
 これに当て嵌めると、目の前のガンダムはジャブロー系の機体になる。だがジャブローは1年戦争以来ガンダムタイプのMSどころか新型機の開発も停滞していた筈なのだが、何時の間にあんな機体を作っていたのだろうか。

「右肩のG−9、あれがあの機体の名前なのかしら。それに胸部のマークは宇宙軍第1艦隊の1番機……って、まさか?」

 G−9を拡大したエマが映像から読み取ったマーキングを口にして、それが意味する事を察した。宇宙軍第1艦隊は水瀬秋子の直属であり、そこの1番機は隊長である相沢祐一機の事だ。ジェリドが探していた相手は今こちらに突っ込んできていたのだ。



 マラサイのビームライフルならG−9の装甲で耐えられる、そう踏んだ祐一は思い切って前に出て敵に圧力をかける。すぐに飛んできたビームが右肩の装甲を直撃するが、RX−78から続くガンダムの系譜に属する機体だ。地上で減衰したビームでは装甲を撃ちぬく事などできず、空しく装甲表面を焦がすだけに終っている。何発も当たればいずれ貫通しようが、その前に距離を詰めてきた祐一の射撃が1機のバーザムを捕らえ、遮蔽から出ていた頭部を一撃で残骸に変えてしまう。
 そしてそのまま足を止めず、ホバーで機体を左右に振りながらビームサーベルの間合いにまで踏み込もうとしていた。これだけ激しく機体を動かしながらその射撃もまた侮れず、近距離でならシアンとも戦えるとまで言われた実力を見せてくれている。
 距離を詰めてくる祐一のG−9に近くのバーザムが攻撃を集中しようとしたが、それは名雪の狙撃と後ろに続いてきた北川に阻まれた。祐一を狙おうとしたバーザムの至近を砲弾が貫いていき、撃たれたパイロットは慌てて機体を遮蔽の陰に隠す。名雪が後方から祐一を狙おうとした機体を狙撃していたのだ。初弾を外した名雪は残念そうな顔をした後、位置を変えて違う敵を狙いだす。
 名雪の牽制の下を北川のゼク・アインが続き、祐一を狙って上半身を見せたバーザム1機に素早くマシンガンを向けて弾を送り込んだ。上半身に大口径砲弾を受けたバーザムは数発までは何とか装甲が持ちこたえてくれたが、連続して撃ちこまれたために耐え切れず、重半身を砕かれて破壊されてしまった。
 素早く1機を仕留めた北川はそのまま祐一の後ろに続きながら、いきなり飛び出した相棒に文句をぶつけてやった。

「おい相沢、いきなり飛び出すってのはちょっと無策すぎないか。せめて一言くらい合図しろよ!」
「言ったらお前ら止めるだろ?」
「当たり前だ、何考えてんだお前は!?」
「あんな所に隠れてじっとしてるのは性に合わないんだよ。やっぱり俺のスタイルは前に出て叩き潰すって感じだろ」
「その後ろを守らされる俺の身にもなりやがれ!」
「いやいや、言わなくてもお前なら来てくれると信じてたのさ」
「たくっ、調子の良い事言いやがって」

 北川の突っ込みに切り返しながらも祐一は相手との距離を詰め、スカート左側に装備されていたミサイル3発を発射する。それは狙っていた敵機の近くに着弾し、舞い上がった土砂と砂塵が暫しの間視界を遮る。バーザムのパイロットはすぐに危険を察して退こうとしたのだが、彼が動くよりも早くG−9は土砂のカーテンを突き破って姿を現し、手にしていたビームサーベルを展開させて上段から一気に振り下ろし、バーザムの右肩から胴体中央辺りまで切り裂いてしまった。
 相手に致命傷を与えた祐一は誘爆を心配してすぐにその場を離れたが、バーザムは小さな爆発を一度起こした後、黒煙を上げながら仰向けに倒れただけですんでいる。
 祐一が距離を詰めて接近戦を仕掛け、北川が少し後ろから支援しながら付いて行く。このスタイルは初代カノンの頃から続く2人の戦闘スタイルであり、相手がシアンやあゆ、アムロであっても互角以上に戦う事を可能とするタッグだった。それは久しぶりであっても健在なようで、北川の射撃は突っ込んでいく祐一の背中と左右を完璧にカバーしていた。
 この2人に襲い掛かられたバーザムのパイロットは不幸としか言い様が無かった。接近戦限定ならアムロとも戦える祐一が脇目も振らずに突っ込んできて、そのまま格闘戦を仕掛けてくるのだから、一撃目を受け止めるだけでも簡単な事ではない。彼の斬撃を3度まで凌げれば一流のパイロットの証と言えるが、大抵の場合は2撃目を凌げずにぶった切られるか銃撃を受けて落とされてしまう。


 この祐一の突貫を最初唖然とした顔で見送ったシアンであったが、我に帰るとどうしたもんかなと茜に問いかけた。

「ああ、茜君、俺よりも先に突っ込んだ馬鹿が居るが、どうするかね?」
「……どいつもこいつも、馬鹿ばっかり」

 何でこんなのばっかり周りに居るんだろうと茜は頭痛を堪えながら思ったが、やがて何かがブチっと音を立てて千切れ飛び、無言でジムVを立ち上がらせた。

「もういいです、ええ勝負に出てやりますとも。やればいいんでしょやれば!」
「あ、茜さん?」
「何をしてるんですか皆さん、突撃ですよ!」

 ああ、壊れたんだな。シアンは突然 暴走を始めた茜の姿に天野の姿を見てしまった。やっぱりこの手のタイプは溜め込んだ後の爆発が怖い。祐一に突入されて混乱をきたしたティターンズのMS隊に向かって茜のジムVがホバーで突撃を開始し、一緒にいたシーマが唖然とした顔で見送っている。

「え、ええと、どうすりゃ良いんだい中佐?」
「まあ、行くしかないでしょ。あゆとシーマ大尉は俺と一緒に来い。他の連中は今の位置から援護、敵の頭を押さえろ」
「あのお、私達も行っちゃ駄目ですか。祐一さんじゃありませんがこんな所でせせこましく撃ちあうのはなんか嫌です」
「栞、いいからあんたはそこでせせこましく撃ってなさい」

 栞のmk−Xが前に出ようとしたが、香里のゼク・アインに掴まれて遮蔽物の陰に戻されてしまった。



 前に出て暴れていた祐一と北川に続いてシアンと茜、あゆも出てくる。それを見てアデルが一旦下がるように全員に指示したが、それを無視して前に出たパイロットがいた。ジェリドのバーザムだ。彼は至近距離で右手のビームライフルを放ったがG−9には当たらず、近くの小岩を吹き飛ばすだけに終った。しかしそのまま更に距離を詰めて左手に持ったビームサーベルを振るってきたが、それを祐一は前に出てシールドで左腕を押さえることで封じた。

「今のはやばかったな、思い切りの良い奴だ」
「相沢ぁ、今度こそ落としてやる!」
「うん、俺を知ってるのか?」

 接触回線で相手の声が聞こえてきたが、どうやら向こうはこっちを知っているらしい。しかもどうやら自分を狙っていたようだ。何か恨まれているのだろうか。そこまで考えて、そういえば前にもこんな事があったなあと思い出した。確かフランスで仕掛けてきた、ジェリド・メサと言ったか。声も似ているから多分同じ人物だろう。

「俺は男に絡まれる趣味は無いんだけどなあ」
「相沢、何遊んでんだ!?」
「いや、こいつ結構良い腕だよ。気を抜ける相手じゃないって」

 北川に怒られて祐一は困った表情を浮かべた。ジェリドという男はまだ荒削りだが、かなり良いセンスを持っている。フランスで一度、そして今回の戦いで祐一はそれをはっきりと感じていた。このまま成長すれば自分にも引けをとらない凄腕になるのではないだろうか。
 だが確かに何時までも相手をしてやる暇は無い。祐一はG−9のパワーを生かしてバーザムを押し返し、そのままシールドチャージで弾き飛ばした。圧倒的なパワー差を見せ付けられたジェリドは歯軋りして悔しがり、再度斬りつけようと距離を測ろうとするが、その背後から2機のバーザムが祐一と北川にビームを放ってきた。

「ジェリド、モンシア大尉たちが下がっているわ、早く下がりなさい!」
「ジェリド中尉、1人だけ前に出すぎです!」
「マゥアー、それにエマか、邪魔をするな!」
「このままじゃ死ぬと言ってるのよ!」

 自分たちより明らかに格上の相手を自分たちより沢山相手にするなど正気の沙汰ではない。そんなのは単なる自殺だ。
 しかし、マゥアーたちが助けに駆けつけるよりも先にジェリドのバーザムが落とされてしまった。祐一とビームサーベルで斬り合いをしていたジェリドのバーザムに右側から迫ってきたあゆのmk−Xがビームサーベルでバーザムの右腕を切り落とし、そのままチャージをかけてバーザムを吹き飛ばしてしまった。

「祐一君、時間かけすぎだよ!」
「あゆ?」
「敵が下がったよ、ボクたちも下がろう。急がないと本当に置いていかれちゃうよ!」
「もうそんな時間か、しょうがないな、分かったあゆ」

 あゆに言われて祐一も退こうとしたが、右腕を落とされたジェリドが懲りずにまた突っかかってきた。

「逃がすか、今度こそケリをつけてやる!」

 だが、立ち上がって向かってこようとしたところでいきなり頭部が吹き飛ばされた。それに続いて各所が吹き飛ばされ、一瞬で残骸に変えられたバーザムが大地に転がって止まる。その射撃は祐一の後ろから迫っていた北川のものであった。
 ジェリドが落とされたのを見たマゥアーは激昂して祐一たちに手を出そうとしたが、それはさすがにエマに止められていた。これ以上被害を拡大させるべきではない、今飛び込んでも死ぬだけだと。
 その説得にマゥアーが歯噛みして自分を押さえつけていると、モンシアから一度退くぞという命令が送られてきて、彼女たちはジェリド機の残骸を気にしながら後退を開始した。
 ティターンズが撤退していくのを見て、北川がこちらも退こうと祐一とあゆを誘った。

「退くぞ相沢、あゆちゃん、シアンさんたちがほかの敵を押さえてくれてる」
「おっし、それじゃ逃げるとするか」
「逃げ足の速さなら僕たちは宇宙一だねホント」

 前に出てきたシアンや茜の援護を受けながら3人は一目散に逃げていった。その鮮やかさはいっそ天晴れと言いたくなるほどで、見ていたモンシアたちが追撃するタイミングを失ってしまったほどだ。

「い、行っちまったぞおい。向こうのが圧倒的に優勢だったのに、何でだ?」
「多分、脱出手段があるんでしょう。それとの合流を優先したんじゃないかと」
「それじゃどうする、追撃するか?」
「これだけの被害を受けてですか。動けるのは何機だと思ってるんです?」
「だよなあ」

 短時間の戦闘で15機いたバーザムは8機にまで減らされてしまった。その中で戦闘可能なのは自分たちを入れても5機でしかない。これで追撃をかけたりすれば間違いなく全滅してしまうだろう。悔しいが、自分たちでは彼らと戦うには力が足りなかったらしい。いや、せめて地上軍がもっと協力的だったら。

「マドラスは、俺たちを遣い捨てる気だったのかも知れねえな」
「かもしれませんね、我々だけで叩けと言われましたし」

 まあ、宇宙軍の自分たちはここでは余所者、そう考えれば別におかしな話ではない。余所者は使い潰し易いのだ。
 仕方なくモンシアたちは暫くここにとどまり、敵が完全に去ったことを確かめてから生存者の捜索を行うことにした。残念だがベイトの借りを返すのはまだ先になるらしい。




 戦場を離脱した祐一たちは、その途中で迎えに来たと思われるドダイ改部隊と遭遇した。彼らは地上を駆けるジムVやゼク・アインを見つけると降下してきて、彼らの前にきれいに着地した。

「ビューフォート中佐、お迎えに上がりました」
「ご苦労さん、撤退はどうなってる?」
「もう少し先でガルダとアウドムラが拾っていきました。自分たちは中佐たちを迎えに行くように言われた部隊です。お急ぎください、すぐに出発しますから」
「そうか……ところで装備はどうした?」
「すいません、人とMSを最優先で回収しろということでしたので、それ以外のかさばる装備や物資は捨てていきました」

 まあそうだろうとシアンも思っていたので、それに対しては何も言わず黙ってジムVどドダイ改の上に乗せた。しかし、結局自分たちは何のためにここに来たのだろうかと思わずにはいられない。こんなところまで来て少しだけ戦い、大量の物資と装備を消費してむなしく海鳴に引き返さなくてはならないとは。
 全ては準備不足のままに作戦を強行させた政府の責任だと言いたいが、この作戦終了後に責任を取らされるのは恐らくバルバゴリ中将だろう。大統領が責任を取るとは思えないからだ。だが、そうなると中将がスケープゴートにされるであろう。誰かが責任を取らなければケジメガつかない。

「中将もこんな作戦をやらされて、運が無かったな」

 中将と面識があるわけではないが、シアンは太平洋方面軍司令官に同情してしまった。こんな作戦の責任を取らされることになれば、かなり不名誉な最期を遂げることになる。中将もこんな形で軍人生活を終えるとは思っていなかっただろうに、可哀想なことだ。




 その頃、大破したバーザムからはコクピットハッチを強制開放してジェリド中尉が這い出してきていた。どうやら直撃弾を受けながらもコクピットは無事だったらしい。

「畜生、俺はこんな所では死なんぞ、死んでたまるか」

 こいつは不死身か、と思うほどのしぶとさを発揮してジェリドは擱坐したバーザムから這い出し、コクピットから引っ張り出してきたサバイバルキットのドリンクを取り出して喉を潤した。そして乱暴に口を拭うと、祐一たちが去って行った方向を睨み付けた。

「くそっ、悔しいが今の俺じゃあいつらには敵わないか。だが見ていろカクリコン、俺はあいつを超えるパイロットになってみせるからな」

 諦めない男、ジェリド・メサは祐一を超えるパイロットになってやることを亡き友に誓っていた。そしてそれは、祐一の評価を信じるのならば決してありえない話でもない。実際、彼はパイロットになってまだ経験が浅いのだから。





 シアンたちが脱出した後も連邦軍のヤンゴンへの攻勢は続いた。途中で北方から侵攻していた第8軍の横合いから西進してきたティターンズ師団が襲い掛かり、その動きを止められる自体も起きたのだが、それ以外には大きなトラブルも無く、6月29日にはヤンゴンは白旗を掲げて降伏した。連邦の作戦発動から実に2週間にわたってヤンゴンは持ち堪えたことになり、ヤンゴンを守っていたティターンズは超人的な奮戦を見せたことが伺える。実際主力となった第5軍はティターンズ3個師団を壊滅状態に追い込んだものの、自分たちも指揮下の4個師団全てが再編成を必要とする状態にまで追い込まれてしまっている。しかも壊滅させた3個師団のうち2個師団ほどは第8軍の足が止められた事で出来た間隙を抜けて西方に脱出してしまい、降伏に追い込めたのは1個師団分でしかない。
 もっとも、ヤンゴンを攻略したからといって彼らの仕事が終わるわけではない。いまだにシンドシナ半島南部やマレー半島には多数の敵が残っており、こちらの掃討もしなくてはいけないからだ。そちらの仕事は南下してきた第8軍が担当し、ヤンゴンからシャン高原にかけての防衛線を傷付いた第5軍が守るという事になるだろう。ここを守りながら後方からの増援を待ち、戦力を立て直さなくてはならない。
 政府の要請で開始された作戦は、こうして得た物とは釣り合わないほどに膨大な損害を受けて終結した。




後書き

ジム改 連邦軍は目標のはるか手前で止まってしまいました。
栞   3個師団の守備隊を相手に1個軍がボロボロですか。
ジム改 作戦が読まれて待ち伏せを受けたからねえ。
栞   しかも私たちは作戦変更のせいで完全に遊兵化、敵にも無視されて影が薄かったです。
ジム改 主戦場から遠く離れてたからしょうがない。
栞   でもなんか不満です、何しに来たんですか私たち?
ジム改 ダッカに嫌がらせに行ったんだな。
栞   旅団規模の部隊が何もせずに帰るなんて、なんか情けないです。
ジム改 しょうがないさ、お前らは長期間戦えるだけの物資を持ってきてなかったし。
栞   やっぱり宇宙から300機くらいで一斉にマドラスに降下すればよかったんですよ。
ジム改 無茶言うな。
栞   ううう、それでは次回、作戦の頓挫を受けて連邦軍は攻勢を中止し、東南アジア全域の支配権確立を目指した残的掃討戦に移ります。私たちは海鳴に帰り、今後の指示を仰ぐことに。だがこの作戦の失敗を受けて、連邦軍内部では変化が起きようとしていた。次回「コーウェンの決断」で会いましょう。