第99章  去りし日々


 

 海鳴基地の演習場を12機のジムVが駆け回っている。地表すれすれをホバーで駆け抜け、あるいは走り回って自分の位置を変え、狙われないように必死に動いている。3機で1個小隊を編成する連邦のオーソドックスな形で動き回っているのだが、その動きには何処か焦りが見えた。まるで肉食獣の接近に気づいた草食獣の群れのように。
 市街地の廃墟を模した、というより戦災で放棄された市街地をそのまま利用した市街地の中でジムVたちは必死に敵と戦っていたのだ。

「おい、誰か見つけたか!?」
「いや、少佐たちの動きが全く掴めねえ。音紋や震動センサーには時々感はあるんだが……」
「気をつけろよ、何処から来るか分からないぞ」

 演習用の模擬ライフルを構えながら3機のジムVがゆっくりと前に進む。それは偵察を任された小隊なのだろうが、相手を恐れているのかかなり慎重な動きになっている。だが、その時いきなり先頭を行く1機が機体腰部に赤いペンキをぶちまけたような着弾跡を付け、コンピューターが致命的損傷を表示して機体を停止させてしまった。

「な、なんだ、何処から撃たれた!?」
「狙撃だ、散れ。遮蔽物の陰に隠れろ!」

 残る11機のジムVが慌てふためいて右往左往を始め、隊長機と思われる機体を含む5機がいち早くビルの陰に身を潜める。だが明らかに動きが鈍い他の6機は逃げ遅れ、更に2機が狙撃に食われてしまった。

「くそっ、水瀬中尉の狙撃は神業だとは聞いてたが、本当に何処から撃ってきたんだ!?」
「射線から狙撃位置の予測を出しました、データ回します!」
「……結構距離があるな、B小隊は狙撃機を落としに行け。C小隊はバックアップ。A小隊は周辺警戒だ。何処から相沢少佐が突っ込んでくるか分からん」

 中隊がビルの陰を伝うように移動を開始する。それは最大の脅威である名雪の狙撃を警戒した動きで当然の判断であったが、祐一たちに襲われる危険が増す接近戦をしやすい場所に押さえ込まれた事も意味している。
 だが、その移動中にB小隊の1機が振動センサーでジムRMを捕らえた。近くを走っているようだ。

「中尉、ジムRM1機を捕らえました。確認できますか?」
「データリンクで確認した、かなり速いな。相沢少佐か、月宮中尉か?」
「どうします中尉、ここで迎え撃ちますか?」
「……どちらも接近戦の名手だ、近付かれる前に姿を見せたところを集中射撃で叩く!」

 近付くセンサー反応から出現ポイントを予測して4機のジムVが待ち伏せる体制をとる。だが、待ち伏せているつもりだったC小隊の1機が横合いから放たれたペイント弾によって頭部を真っ赤に染め上げ、たちまち機体を擱坐させられてしまった。そして格闘距離に1機のジムRMが踏み込んできた。

「ちゅ、中尉!?」
「馬鹿野郎止まるな、動け!」

 懐に入られた部下が狼狽した声を上げるのを聞いてC小隊の隊長が部下に叱責をぶつけたが、それが実を結ぶ事は無く至近距離から叩き込まれたペイント弾によって機体を真っ赤にされてしまう。そして踏み込んできたジムRMにライフルを向けたのだが、そのトリガーを引く前に自分もまた連続した衝撃を受けて機体が停止してしまった。気が付けば最後の部下も祐一の振るったビームサーベルに切り付けられ、撃破されてしまっていた。

「相沢、囮ご苦労さん」
「礼は後でな、まだ5機残ってるぞ」
「いや、3機だな。いま先行した2機が落ちたようだぜ」
「あゆもやるねえ。でもこいつらも情けないって言うか、全員後で腕立て200回だな」
「この後の活躍次第で少しは減らしてやれよな」
「俺やお前やあゆを相手にか?」

 連邦でも指折りのエース3人を相手に新兵に何が出来ると言うのだ。中隊長はベテランだが、連邦軍の標準的なパイロットの域を出てはいない。3倍の数でならともかく、同数で相手が勤まるわけは無かった。




「名雪の狙撃で頭を押さえ込んで、相沢と北川で分断、あゆが孤立したB小隊を各個撃破したか。教科書通りに綺麗に決めてくれるな」
「相変わらず大したものだな。だが、あれでは相手をした奴らが自信喪失しないかシアン?」
「新兵は多少凹ませる位でちょうど良いですよ。しかし、新兵の質は下がる一方ですな」
「仕方が無いさ、教練期間の短縮と、適正試験の基準が引き下げられているからな」
「まあ1年戦争の頃の機体に比べれば操縦も楽になってるから、腕が悪くても何とか動かせるんですがね」

 シアンとマイベックが戦闘記録に目を通しながら、再建中の部隊の惨憺たる有様を嘆いていた。補充兵を加えて再建された部隊が弱いのは当然であるし、連邦軍でも屈指のエースたちに歯が立たないのも当然であるが、問題はその負け方が情けない事だ。せっかく12機という完全な1個中隊を組んでいるのに相互支援がまともに機能していないのだから。
 連邦軍のパイロットは1年戦争、ファマス戦役で消耗し尽くし、その再建途上でグリプス戦争が始まったので厳しい台所事情が続いている。実際のところ、1年くらいは攻勢に出ずにひたすらパイロットの練成をさせて欲しいくらいの状況なのだ。海鳴基地は優秀なパイロットを教官として抱えているおかげで優秀なパイロットを養成してくれる訓練基地となっているが、それでも新兵は新兵だ。

「まあ、戦時に贅沢を言っても始まりませんか。午後からは茜たちの小隊をアグレッサーとした訓練を予定しています」
「ああ、頼んだぞ。コーウェン将軍からも先の作戦で受けたパイロットの補充分を頼み込まれてるからな」
「総司令も頭が痛いでしょうね。そういえば、ジャブローではゴップ大将が幕僚議長とて復帰されたと聞きましたが?」
「ああ、そうらしい。ジャブローも人手不足で形振り構わなくなったようだな」
「でも、旧主流派の復帰は軋轢を呼ぶんじゃないですか?」
「その辺は織り込み済みだろう。宇宙軍の方も同様だろうから、騒いでるだろうな」
「秋子さんも大変でしょうね。まあ宇宙艦隊司令長官の給料分でしょうが」
「やれやれ、今ジャブローやサイド5に居なくて良かったよ」

 マイベックは心底ホッとした顔で肩を下ろし、シアンは遠慮なく大きな声で笑い出した。マイベックも本質は現場の人であり、ジャブローの執務室よりも前線基地に身を置きたがるタイプだ。そういう意味では参謀よりも指揮官向きと言えるだろうが、彼の戦歴が前線指揮よりも参謀や基地司令などの任務を彼に与えてしまっている。1年戦争で秋子に出会ったことが彼の人生を決めてしまったのだろう。




 アグレッサーとしての仕事を終えた祐一たちは機体を格納庫に預けると、格納庫の中で少し疲れた顔を向け合っていた。

「やっと終わったか、シアンさんも人使いが荒いよな」
「午前中ずっと戦いっぱなしだもんね」
「お〜い相沢、水瀬が歩きながら寝そうになってるぞ?」
「大丈夫、だお〜〜」

 いや、寝そうじゃなくて寝ている。祐一はそれを見て頭をガリガリと掻き、仕方無さそうに名雪を起こしにかかろうとしたが、始める前に声をかけられた。

「相沢少佐―――!!」
「うん、誰だ?」

 呼ばれて振り向けば、自分より少し若い、まだ士官学校を出たばかりと思えるパイロットたちが集まってきていた。

「少佐、今日の模擬戦で質問したい事があるのですが」
「ああ、細かい事はそこの月宮中尉に聞いてくれ。俺はこれからこいつを起こすという困難な任務に挑まなくてはいけないからな」
「祐一君、何でボクに押し付けるのさ!?」
「じゃああゆが起こしてくれるか、それなら俺が相手するけど?」
「……うぐぅぅぅ」

 祐一の出してきた選択にあゆは屈した。一度寝付いた名雪を起こすというのはとんでもない重労働であることは周知の事で、過去にこれに挑んで成功したのは祐一を除けば秋子と香里だけだ。
 仕方なくあゆが新兵たちの話し相手になる為に彼らの前に出ようとしたが、質問攻めを受けたあゆは困り果て、縋るような目で北川の腕を掴んだ。

「うぐぅ、北川君〜」
「むぐ、分かった、分かったからそんな目で見ないでくれ。俺が悪者になった気分にさせられる」

 童顔で可愛いあゆに下から涙目で見上げられて懇願されたら、断れる男はそう多くはあるまい。祐一なら迷わず一撃くれて振り払うだろうが、北川はそこまで悪人でも無情でもなかった。




 この後も更に集まってきた新兵に集られながら祐一たちはPXに移動し、昼食を取ることにした。食事の乗ったトレイをもって適当なテーブルに着き、新兵たちの質問に適当に答えながら食事を口に運んでいる。まあ答えているのは主に北川と名雪なのだが。特に名雪は部下に対する接し方が上手かった。

「だからね、狙撃ってのは意外に難しいんだよ。特にさっきみたいな障害物だらけの戦場だと、射線が通らないから」
「でも、中尉は平気で当ててきましたけど?」
「それは君たちの移動が下手だからだよ、移動の仕方を知ってる隊長機とかは撃墜されて無いでしょう」

 名雪は狙撃され難くなる方法を新兵たちに語っていた。狙撃手から見て狙い難い動き方や状況などを語り、あの場所ではどう動けば良かったのかを手振りを交えながら説明している。連邦軍でも最高のスナイパーの教えは彼らの役に立つ事だろう。
 そんな事を考えながら箸を動かしていた祐一に、北川がお前も何か話せと促してきた。

「相沢、接近戦のエキスパートとして何か言う事は無いのか?」
「接近戦ならあゆが居るだろ?」
「あゆちゃんのは人外過ぎてあまり参考にならないと思うぞ。アレを実践できるのはアムロとかだろ」
「……そう言われるとそうだな」

 NTの強さは祐一たちのような経験の積み重ねから来る強さとは違う。あれは天才の類で、凡人が真似出来るものではないだろう。自分でもあゆのようなふざけた動きは出来ないのだから。
 そう言われては反論も出来ず、祐一は渋々新兵たちの相手をする事になった。とはいえ、祐一の言っている事も新兵にはかなり困難な事ばかりなのだが。NTほどではないがやはり2度の戦争を潜り抜けたベテランの持つ技術というのは普通の人間とは違うのだ。

「とにかく戦いでは相手を先に見つけろ、先手を取れればかなり有利になる。そしてなるべく格闘戦は避ける事だ、MS戦でも大半は砲撃戦で決まるからな」
「じゃあ、何故少佐は格闘戦を仕掛けるんですか?」
「俺だって何時も格闘戦を仕掛けてる訳じゃないさ、今回は北川と名雪が居るから思い切って前に出れるだけだ。そもそも俺の接近を許すという時点でお前らの後方支援が役に立ってないって事なんだぞ」
「も、申し訳ありません」

 祐一が前衛として迷わず飛び出せるのは北川と名雪の支援に絶対の信頼を置いているからだ。逆に言えば後方支援がアテにならなければ前衛が思い切って戦えないのだ。言ってしまえば部隊としての錬度が低いという事で、それを理解させるために祐一たちがわざわざ相手をさせられている。
 だが、これまでの連邦軍のMS戦術は小隊を基本とするもので、中隊、大隊は戦闘が始まるまでの隊形でしかない。ファマス戦役でクリスタル・スノー隊が大隊での集団戦術を用いた事が革新的だと言われた所以もそこに理由がある。まあかつてのジオンや今のネオジオン、ティターンズなどは2機編成による相互支援隊形が主で、大規模集団戦術などを軸に据えようという連邦が変わっているのであるが。
 ファマス戦役後に連邦でもMSの運用法の模索が再び行われるようになったのだが、それはまだ統一した結論を得るには至っておらず、各地の部隊がそれぞれに独自の運用法をしているのが実情だ。海鳴基地では宇宙軍で有効性が認められつつある天野大隊で採用された編成が採用され、それに基づいて訓練が行われているのだが、やはりまだ機能しているとは言い難かった。だから祐一が相手をした部隊が上手くやれなかったのも無理の無い事だろう。




 新兵たちと別れて午後の演習の様子を見る為に移動指揮車に顔を出していた祐一たちは、香里を中心として茜、栞、由衣の4機を相手に同じように12機編成の中隊がぶつかろうとしている。その動きを見ていた祐一は、やはり香里たちの動きの良さが際立っていた。得に茜と由衣の動きの良さには目を見張るものがある。

「流石は地上軍のパイロットは慣れてるな、香里と栞が少し遅れてるぜ」
「向こうの方が重力慣れしてるからな、仕方ないさ」

 2人で感心している間に茜機が待ち伏せで1機を仕留め、そのまま後退していく。それに引き摺られるように相手のMS隊が前に出て、開けた場所に出たところでミサイルのシャワーを浴びてしまった。左右に散っていた栞と由衣が面制圧用のクラスター弾頭ロケットシステムを使用したらしい。
 上空から降り注ぐ無数の子弾を浴びたジムV隊は行動不能にこそ陥らなかったが大きなダメージを受け、動きが鈍ったところをライフルを手に接近戦を仕掛けてきた香里と茜に蹴散らされていった。

「ああ、綺麗に罠に嵌っちゃったね」
「あれって、やっぱり香里さんの作戦かなあ」
「多分ね、香里は指揮すると待ちが多いから」

 菜雪とあゆが戦術モニターを見ながら綺麗に相手の数を減らしていく香里と茜の動きに感心しつつ、制圧砲撃を終えた栞と由衣が左右から回り込んできているのを見て酷いよねえと笑いながら言っていた。既に香里と茜にボロボロにされているのに、更に左右から押し込んで止めを刺す気なのだ。

「でも、香里さんたちは名雪さんみたいなスナイパーが居ないからやっぱり相手の動きを押さえ切れてないね。逃げられたらジムVの方が速いから長引くかもしれないよ」
「そうだね、栞ちゃんも由衣ちゃんも狙撃が得意ってタイプじゃないし。頭を押さえないと跳躍で逃げられるしね」

 祐一たちが相手を圧倒できた理由の1つに名雪の狙撃がある。名雪の狙撃が怖くて相手は跳躍どころかビルから頭を出す事も出来ず、索敵や移動に著しい制限を受けていた。音紋と振動センサーに頼り切っていたのも光学による索敵が難しかったからだ。名雪の援護のおかげで他の3機は自由に動き回る事が可能となり、常に主導権を握る事が出来たのだ。
 一応香里と茜が前衛型、栞と由衣が後衛型とタイプによる分け方はされているが、全員バランス型と言ったほうが良いこのチームだと相手に行動の自由を許してしまうらしい。それが手間取っている理由だろう。
 だが多少手間取っているだけで、負けるような事は無い。そろそろケリも着くだろうという頃合になって、あゆが祐一に問いかけた。

「ところで祐一君、ボクたちはこれからどうするの。またインドに行くのかな?」
「いや、マイベック准将の話だとまだ未定らしい。宇宙に戻るってのはもう少し先になるみたいだけどな」

 例えもう一度インドに行くとしても、それはずっと先に話だろう。自分がマイベックに頼まれたのは海鳴に送り込まれてくる大量のパイロットたちの練成で、次の作戦におけるMS隊に配属されると聞かされている。
 この海鳴だけでも集められているパイロットの数は2個連隊規模だ。他の訓練基地でも同様の事が行われているとすれば、次の作戦はとてつもない規模の物となるだろう。

「下手をすりゃ、オデッサ並みの作戦になるのか?」
「祐一君?」

 なにやら深刻そうな顔をする祐一に、あゆは戸惑った声を漏らしてしまった。このお気楽な男が深刻な顔をする時は、大抵碌でも無い事が起きる時だからだ。
 あゆの声で自分がらしくもない顔をしていた事に気づいたのか、慌てて苦笑いを取り繕った。

「いや、大した事じゃない。気にすんな」
「でも……」
「あゆが気にするような事じゃないって、必要になったら俺が教えてやるからよ。それに、まだ次の作戦の話は聞いてないってのは本当だぜ」
「う、うん、分かったよ」

 納得はしていないようだったが、これ以上聞く事ではないと思ったのだろう。あゆは素直に引いてくれた。そのあゆの配慮に感謝しつつ、祐一は視線をモニターに戻した。すでに戦いは決着が付きそうになっており、茜のジムRMが隊長機を仕留めようとしていた。





 ジャブロー内部で起きた大きな変化は、宇宙にも影響を与えていた。ジーン・コリニー大将が宇宙軍総司令官としてジャブローに司令部を構えた事で秋子からようやく肩書きが1つ消え、宇宙艦隊司令長官としての仕事に専念する事になったのだ。
 肩の荷が下りた秋子がまず最初に手をつけたことは、コリニー復帰に対する不満を押さえつける事とティターンズに対する反抗作戦の立案であった。これまでエニー・レイナルド中将に任せっきりであったティターンズ戦線であるが、ようやく受身から攻めに転じる事にしたのだ。
 反抗作戦の当面の目標として秋子が掲げたのはサイド6の奪還であった。10億の市民を抱え、ティターンズの重要な人材供給源となっているここを奪還すればティターンズの兵力増強を止められるだけでなく、ルナツー攻略に向けた足場を得る事も出来る。
 フォスターUの会議でサイド6奪還を前提とした作戦計画の立案を参謀たちに命じ、合わせてフォスターUに駐留する艦隊に侵攻作戦を考えた訓練を始めるように命じている。

「今回の作戦は宇宙軍単独、出来れば他の戦線に負担をかけないようフォスターUの部隊だけで遂行したいと考えています。特にネオジオン戦線からの戦力抽出は許可できません」
「そうなりますと、第1、第6艦隊にジオン共和国艦隊だけでサイド6を攻略すると?」
「それが理想です。どうしても困難であればティターンズ戦線から引き抜く事も考慮しますが、出来ればそれらは温存しておきたいのです」

 それが意味する所を悟ったのか、ジンナ参謀長が欲張りすぎではないかと苦言を呈してきた。

「提督、ルナツーの兵力を引きずり出してティターンズの予備兵力も潰すおつもりですか?」
「そこまでいければ大成功ですね。予備を無くせばエニーも楽になるでしょうし」
「そう上手くいきますかな、下手をすればこちらが深手を負わされます。フォスターUの兵力は我々にとっても予備兵力ですからな」

 もし負ければ予備を失うのはこちらだ、それを危惧するジンナ参謀長の意見を秋子はその可能性は否定しないと頷いた。だが、数ではこちらが勝ること、回復力でも勝っている事を理由に最悪相打ちに終わっても此方が有利になると答えた。

「消耗が同レベルなら、次の戦いでは此方がはるかに有利になります。ティターンズの回復力は私たちには及びません」
「ですが、MSの性能面では此方がやや不利です。特に第3世代MSに対する対抗馬がわが軍にはありませんし」
「確かに、Zプラスの調達も順調とは言えませんしな」

 ティターンズの第3世代MSの存在は連邦にとって頭の痛い問題だ。ガブスレイ、ギャプラン、メッサーラ、ハンムラビといった可変MSとMAは今なお脅威であり、ジムVやゼク・アインでは対処し切れない強敵となっている。これに対する対抗馬としては連邦で生産が始まっているZプラスがあるのだが、やはり高コストが災いして調達が進んでいない。各戦線に十分な数を配置するには程遠く、最前線に優先的に割り振られているために後方のサイド5には纏まった数は無かった。僅かに教導部隊が訓練用に少数機を保有しているくらいだ。可変MSはMSパイロットと戦闘機パイロットという2つのスキルを同時に要求する面倒な兵器なので、教導部隊の苦労は大変なものとなっている。
 実はZプラス以前にも連邦は少数のガブスレイを保有して運用していた。特にリビック提督直属の第1艦隊は纏まった数を保有しており、対エゥーゴ戦などに投入している。残念ながらそれはグリプス戦争の開戦と同時に生産拠点であるルナツーがティターンズに押さえられてしまったため、部品の枯渇と共に使えなくなってしまった。今連邦軍で可変MSといえばZプラスとアッシマー、そしてメタスの3種類に限られている。このうち宇宙軍ではZプラス1本に絞られていた。メタス系はMS時の機体の脆弱さが嫌われたのだ。 
 ただコスト的には極めて安価という事もあり、発展型の研究は行われていた。連邦宇宙軍は秋子の第3世代MS軽視もあって開発が大きく遅れており、エゥーゴの技術をそのまま取り入れるしかなかったのが残念ではあったが。




 秋子が求めたサイド6奪還の計画は早速ジャブローへと送られ、そこで実行するかどうかの検討が行われる事となった。連邦政府としては景気の良い勝利が欲しかったので秋子の提案は渡りに船であったのだが、問題はそれが宇宙での戦いだという事だろう。連邦内の有力者の間ではサイド6よりも地球上の重要拠点の攻略の方が印象が強く、政府は地球上における奪還作戦を求めていたのだ。
 そういう意味では今度こそマドラスを攻略するか、今更ながら北米侵攻作戦を際発動する事が政府の希望に叶う。実際に大統領などはそれを求め、クリステラや倉田などの新たな長官たちに窘められたりしていた。
 だが、この政府側からの圧力は大統領スタッフに名を連ねる事になったゴップ大将が上手く流してもいた。

「大統領、残念ながら現在の連邦地上軍は新たな作戦の為に準備を行う時期でありますので、仮に地上で大規模な軍事行動を起こすとしても早くて3ヶ月後になりますぞ?」
「地上では無理だから宇宙で我慢しておけ、という事かね?」
「サイド6の奪還作戦も十分に政治的な効果が期待できると思われますが?」
「大統領、今は軍事的勝利よりも奪還した欧州やアフリカ北部の再建が優先ですぞ。経済基盤のダメージはかなり深刻ですからな」

 他のスタッフからも口を出されて大統領は不満を隠しきれないながらもそれ以上文句を言う事はしなくなった。コーウェンと違ってどれだけ強く言っても暖簾に腕押しの感があるゴップを相手にしたので疲れたのもあるだろう。官僚型のゴップは役人や政治家の相手には慣れているので、コーウェンには無い粘りと我慢強さを備えているから。
 その後も政府側の無理押しをやんわりと断り、あるいは数字と理論を立て並べて困難であることを納得させたゴップは、疲れを表情に出さずに連邦軍総司令部に顔を出してきた。幕僚議長の訪問を受けたコーウェンは吃驚して出迎えに出たのだが、ゴップはそこまで仰々しくする事は無いと言ってコーウェンと一緒に総司令用のオフィスに戻り、備え付けのソファーに腰を下ろした。

「やれやれ、楽な仕事とは思っていなかったが、相当に好き勝手やらせていたようだなジョン?」
「申し訳無い、政治家というのはどうも苦手でして」
「ああ、そうだろうな。何しろ君は融通の利かない現場型人間の見本だからな」
「耳が痛いです。しかし、これで何故提督を呼び戻したかがお分かりになったでしょう?」
「ああ、こんなに大変なら断っておけば良かったかな。これではコリニー君の方も大変だろう」
「ええ、宇宙艦隊総司令部のスタッフから立て直していますから。何しろこれまでは水瀬が1人で宇宙軍全てを支えていましたからな」
「水瀬君か、彼女は本当に怪物だな、レビル将軍を思い出すよ」
「しかし、いきなり動くとは思いませんでしたな」

 仕事が減った事で秋子も反撃に出ることを決めたのだろうが、まさかサイド6の奪還などと言い出すとは思っていなかった。宇宙軍にはそれだけの戦力の余裕があるのだろうか。ティターンズも宇宙にはそれなりの大部隊を配置しているはずなのだが。
 
「サイド6にティターンズがどれだけの戦力を配置しているのか、情報は揃っているのかね?」
「最新の情報では戦艦が2隻に巡洋艦が2隻、駆逐艦が12隻、MSが1個大隊規模です。まあ実際に侵攻すれば周辺で活動中の部隊が集まってくるでしょうから、この数では済まないでしょうが」
「水瀬君はこの戦力を叩ける自信があるわけか、お手並み拝見というところだな」
「そうですな、是非成功して欲しいものです。上手く行ってくれればルナツー奪還への道が開けますからな」
「そういう事だな。まあその頃には地上でも反攻に出たいものだよ。何か材料が無ければ大統領を納得させられんからな」
「それに関しては、現在各地の基地で部隊の練成を進めております。3ヵ月後には纏まった数のMS隊を揃えられるでしょう」

 海鳴基地をはじめとする訓練基地では大規模なMS部隊の練成が進められていて、連隊規模のMS部隊を複数編成する方向で再建が進められている。コーウェンとしてはこの戦力を北米の重要拠点、キャリフォルニアベースの奪還に振り向けようと考えているのだ。
 幸いにしてMSの数は揃えられるので、パイロットさえ養成出来れば作戦の発動は可能なのだ。

「とにかく、大統領を満足させるためにもサイド6の攻略はぜひとも成功させて欲しい。その為に必要な事があればこちらに回しても構わんからな」
「是非そうさせて頂きましょう、官僚どもの相手は提督の専門分野ですからな。ですが、1つ大きな問題があります」
「何かね?」
「サイド6の市民です。もしティターンズがサイド6のコロニーを盾に闘うようなまねをしてくれば、戦力で圧倒したとしてもこちらは著しい不利を強いられます。まさかコロニーを無視した無制限攻撃を行うわけにもいきますまい?」
「それはそうだな。なるほど、30バンチ事件を起こしたティターンズならやりかねんか」

 ジャミトフならばそこまではすまいが、バスクならやるだろう。奴ならばスペースノイドを10億人殺しても意には介さないだろうから。
 最悪、サイド6市民に億単位の犠牲が出るかもしれない。その可能性を考えて2人はどうしたものかと同時に天井を仰いでしまった。一度に億単位の人命が失われるなど、1週間戦争以来の惨事になってしまうからだ。例え奪還に成功しても、それは悲劇の代名詞となってしまうだろう。秋子には何が何でも完璧な勝利を掴み取ってもらわなくてはいけなかった。




後書き

ジム改 秋子さんが足枷を外して遂に動き出しました。
栞   元々戦力的には圧倒してましたから、攻めに出れば勝ち目があるのは当然ですよね。
ジム改 まあ普通にやればサイド6の守備隊くらいは数で押し潰せるな。
栞   でも、サイド6を盾になんてしますかね。ティターンズなら打って出てきそうな気がします。
ジム改 その辺は指揮官の性格次第だな、エイノー提督なら打って出てくるけど。
栞   バスクとかジャマイカンならコロニー内に引きずり込んできますか。
ジム改 まあ外洋で戦うとなると、ルナツーとグリプスの戦力を丸ごと引き抜く必要があるけどな。
栞   それは無理でしょう。
ジム改 数が足りないなら質で補うしかないなあ。
栞   一体何を出す気なんですか?
ジム改 大丈夫だ、トンデモ兵器担当はネオジオンだから。
栞   ネオジオンも因果な立ち位置ですね、確かにトンデモMSが多いですけど。
ジム改 では次回、連邦宇宙軍が攻勢に出ようとしていることに感づいたティターンズはその意図を挫くべく準備を始める。それは久しぶりに生起しようとする宇宙での大規模な戦いで、それはそれまで微妙に保たれた3軍の勢力図を書き換える危険を孕んでいた。次回「震える宇宙」で会いましょう。