第1章 幕開け



 宇宙暦0079年、後に一年戦争と呼ばれる戦いが起こった。この戦いは連邦軍の辛勝という形で終わったものの、連邦軍も著しく弱体化しており、各地のジオン残党を狩り出すことはできなかった。そして、その時間はジオン残党に再起するに足るだけの時間を与えてしまっていたのだ。そして0081年の終わり、1つの事件が起こった。


 連邦軍ルナツー基地。連邦の宇宙軍最大の基地であり、一年戦争における連邦軍の反撃の中心となった軍事拠点である。ここには連邦軍の第2、第3艦隊といくつかの独立艦隊が駐留しており、ジオン残党狩りの中心でもあった。
 しかし、今この基地では一年戦争以来の混乱に見舞われていた。基地の戦術コンピューターが何者かのハッキングを受け、まったく機能しなくなってしまったのだ。

「システムの不調はまだ直らんのか」

 中央司令室で高級将校が苦りきった口調で言う。

「駄目です、メインフレームにまで進入されています」
「軍用のフレームにハッキングを許したなんてことがばれたら大事だぞ。仕方がない、とにかくシステムの復帰を急げ」
「しかし、それでは犯人の追跡が難しくなりますが・・・・」

 オペレーターの一人が口篭もる。

「かまわん、とにかく復旧を最優先させろ。ここが眠ってるということは、宇宙で何が起こってもわからんということだからな」

 高級将校はそう言って自分のシートに座り込むと、こんなことをしてくれた見知らぬ相手を心の中で罵りつづけた。


 大変なのは基地中枢だけではなかった。基地の索敵、迎撃システムのすべてが無力化された今、ルナツーの安全は駐留艦隊と配備されている機動兵器にかかる事になったのだから。しかも、ルナツー周辺にはいまだに大戦中に散布されたミノフスキー粒子が残っており、艦艇のレーダーならともかく、MSや航宙機のレーダーはまったく役に立たない。その為、索敵は各艦隊から駆り出されたサラミス1隻にMSや航宙機が数機つくといった編成で行われている。そんな索敵班が幾つもルナツー周辺に展開しているのだ。
 そんな索敵班の一隊、サラミスA級巡洋艦「カサブランカ」を中心とする隊では暢気な会話が行われていた。

「祐一〜、ねむいよ〜」
「馬鹿、名雪、こんなところで寝るんじゃない!」

 眠いと言っているのは水瀬名雪曹長、一年戦争後に軍に入り、母親の水瀬秋子准将の指揮する第8独立艦隊にMSパイロットとして配属されたのだ。もっとも、この人事は秋子さんが職権を乱用して行ったものだということは部下達には公然の秘密となっている。搭乗機はガンキャノン量産型。
 もう一方の叱っている方は相沢祐一中尉、この小隊の隊長であり、一年戦争の半ばあたりから戦場に出ている歴戦のパイロットだ。戦争中からずっと宇宙で戦っており、セイバーフィッシュからボール、ジムと乗り継ぎ、今ではジムコマンドGSに乗っている。一年戦争時には敵機撃墜数58機と敵艦3隻撃沈という戦果を誇り、連邦でも名の知られたエースパイロットとなっている。しかし、指揮官としては最近になって中尉に昇格してこの小隊を与えられたばかりなので、いまだ未知数である。

「うん、がんばるよ」

 名雪がぜんぜん信用できない呟きを返す、すでにその返事からして眠たそうだ。

「仕方ないよ祐一君、もう4時間もこうしてるんだから」

 そう言って名雪をかばったのは月宮あゆ曹長。名雪との同じ時期に軍に入り、この小隊に配属されてきた。名雪同様MSパイロットとしての実力は未知数であるが、現在はやはり名雪同様単なる足手まといでしかない。搭乗機は祐一同様のジムコマンドGS。

「分かってるさあゆ。だがな、いくら何でもMSに乗ってるときに寝るのはまずいだろう」
「うぐぅ、それはそうだけど」

 モニターの中であゆがいじける。それを見て祐一は深くため息をついた。そして、隊長という自分の立場を心の底から呪った。


そんな会話がされているとき、突然カサブランカから通信が入った。

「おい、ほのぼのはそこまでにしておけ。お客さんのご登場だ!」

 その通信に祐一は即座に反応した。

「敵の数は?どっちからくるんだ?」
「数はわかる範囲で12機、3機編成の隊が4つこちらに向かっている。1時の方向だ」
「12機だあ、数が違いすぎるぞ。俺たちだけじゃどうしようもない」

 自分たちの4倍の数を聞いて祐一があまりの戦力差に声をあげる。

「祐一、どうするの」
「うぐぅ、祐一君」

 名雪とあゆも緊張しきった、いや、恐怖に引きつった表情で祐一を見ている。無理もない。彼女たちはこれが初陣なのだから。もっとも、引きつっているのは祐一も同じだ。この二人を連れて12機もの敵を相手にすれば勝負は眼に見えてる。
 カサブランカの艦長も同じことを考えていたのだろう。心なしか顔が青ざめている。

「とにかく、ルナツーには増援を要請した。我々は急いで後退するぞ。お前達は敵を近付けないようにしてくれ」
「難しい注文だな」

 祐一は苦笑しながら呟いたが、もともとそれが任務なのだから仕方がない。

「名雪はカサブランカの前に出てくれ。俺とあゆで後方につく。あゆ、後方の警戒を怠るなよ」
「う、うん。分かったよ」

 笑顔であゆがいうが、どうにも頼りない。このとき、祐一はいざとなったら自分だけで敵をひきつける覚悟を固めていた。


 カサブランカが逃げに移ったのを見たジオンMS隊は特に慌てなかった。先頭を行くゲルググBに一機のリックドムが触れる。

「どうするの浩平、サラミス逃げちゃうよ?」
「心配すんなって長森、俺たちは囮なんだからな。ここであのサラミスを沈めちまうわけにはいかないのさ」

 浩平と呼ばれたパイロットは折原浩平中尉。この陽動部隊の指揮官で、ルウム戦役から戦いつづける歴戦の勇士である。開戦時から幼馴染の長森瑞佳少尉とコンビを組んでおり、いまでは彼の中隊で一個小隊を率いている。二人とも凄腕のパイロットであり、この陽動部隊にもそれなりに腕のいいパイロットが回されている。理由はもちろん、この宙域で派手に暴れて敵の目を引き寄せるためだ。その為にもあのサラミスには派手に知らせてもらわなくてはならない。敵がこの宙域に来た事を。

「でも、少しは手を出したほうが良くない。無理をすることはないと思うけど、派手に暴れて見せるのも私たちの仕事だよ」
「・・・そうだな、だが沈めるんじゃないぞ。適当に痛めつけるだけだ。それと、連邦の増援がきたら適当なところで切り上げるんだぞ。こっちは12機しかいないんだからな」
『了解!』

 部下たちの威勢のいい返事が響く。どいつもこいつも戦いたくてうずうずしていたに違いない。我先に突入していく。浩平と瑞佳も遅れまいと加速した。




ルナツー付近に待機していた第8独立艦隊旗艦である戦闘空母「カノン」、ジオンのドロス級と連邦のマゼラン級の特徴を併せ持つ高性能艦である。火力では建造中であるバーミンガムを除けば最強であり、MS運用能力もドロス級の2/3にもなるほどの能力を持っている。本来ならどこかの艦隊旗艦をやっていてもおかしくない艦だが、さまざまな事情でここに回されている。
この艦にのる司令官、水瀬秋子准将は報告を受け取って怪訝な表情を浮かべた。

「確認された敵機は12機、たったのそれだけですか」
「はい、少なくとも他宙域で敵機に遭遇したという報告はありません。また、カサブランカは護衛機とともにこちらに後退中です」

 部下からの報告を受けた秋子は少し考え込むような表情をしたが、直ぐにもとの笑顔に戻った。

「まあ、仕方がないわね。ルナツーに第八独立艦隊は今すぐ敵部隊撃滅に向かうと伝えて。それと、手近な部隊にカサブランカの援護を依頼してください」
「はい、ちょうど後退する方向にMS小隊がいます。その隊に要請をしま・・・・」
「・・・? どうしました?」

 部下の態度を不審に思った秋子が聞き返す。

「・・・いえ、その部隊の所属が第四独立艦隊のものだったものですから、つい・・・」
「第四独立艦隊、ですか・・・」

 その返事に秋子さんの顔も曇る。第四独立艦隊とは苛烈な戦闘で有名であり、ジオン残党を見つければ必ず皆殺しにするということで知られた部隊である。その戦い振りは容赦がなく、民間施設などが傍にあっても躊躇なく攻撃する。また、投降は一切認めていない。そのやり口から味方からすら死神部隊、殺し屋集団、虐殺者と陰口をたたかれている。

「ですが、その隊が一番近いのでしょう。だったら仕方ありません。直ぐに要請してください」

 そう命令すると、秋子はシートに深く座って俯いた。第四独立艦隊には彼女も少なからぬ縁がある。そこの司令官は彼女の知り合いであった。友人というわけではない。むしろその仲は険悪ですらある。エニー・レイナルド大佐という人物で、秋子とは同期である。秋子と彼女の違いはその性格と、生まれ持った才能の差だった。秋子は特に無理をしなくても首席を維持しつづけた。しかし、彼女は普段の努力によって次席の座を得ていたのだ。秋子は特に出世を望んでいなかったし、野心なども持ち合わせてはいなかった、にもかかわらず士官学校主席卒業という肩書きと、その卓越した判断力と感の良さ、そして人を自然と惹きつけてしまう魅力を兼ね備えた彼女は順調すぎるくらいのペースで階段を上っていった。いっぽう、エニーには野心があった。より高い地位を目指す彼女は現場でがむしゃらに働き、その功績で栄達していった。しかし、どんなに努力しても彼女は秋子には勝てなかった。その為秋子に対する彼女のライバル意識、いや、敵愾心は異常なほどであり、事あるごとに彼女はフレンドリーで開放的な雰囲気をもつ第八独立艦隊をアマチュア軍隊と呼んで馬鹿にしていた。実際、第四独立艦隊の戦果はたいしたものであり、上層部との間に作ったパイプによって補給や新兵器の配備を優先的に行ってもらっていたのだ。その戦力は第八独立艦隊を超えているというのは間違いないというのが周囲の評価である。




 要請を受けた第四独立艦隊のMS隊は判断を司令部に任せた。まあ、上司の賢い使い方というものだろう。

「秋子から救援要請ですって?」
「はい、第八から出ていた偵察隊が敵と遭遇して現在後退中だそうです。それで、近くにいるうちのMS隊を援護に回してほしいと」

 副官の報告にエニーは腹立たしげに勢いよくシートから立ち上がった。

「ふん、あの無能なお嬢様は・・・・まいいわ。それで、敵はどれくらいなの?」
「カノンからは12機といってきています。機種は不明」
「たかがジオンの残党、機種が何だろうと変わりはしないわ。シアンにMS1個中隊を連れて出させなさい。連絡をよこしたMS隊はそのまま迎撃に向かわせるように」

 エニーは指示を出すともうそのことは頭から追い払ったかのようにルナツー周辺の全体図に目をやっていた。彼女が探しているのはこんな小規模な敵ではない。もっと大規模な部隊がここに向かってきているはずであり、それを叩こうと考えていたのだ。




 カサブランカはついにジオンMS隊に追いつかれてしまった。後方からねらいをすましたビームが幾つも飛んでくる。カサブランカも反撃してはいるのだが、MSに対してサラミス一隻程度の火力では何ほどの脅威にもならないことはルウム戦役以来の常識である。
 祐一は機体を翻すと迎撃の構えを取った。

「名雪とあゆはカサブランカを守れ。俺が時間を稼ぐ」
「そんな、いくらなんでも1機じゃ無理だよ」
「そうだよ祐一君。3機いっしょのほうが絶対に安全だよ」

 あゆや名雪が反対する。二人にしてみれば1機で12機と戦うなど無謀以外の何者でもない。だが、祐一にとって見れば、むしろ名雪やあゆを後方に下げたほうが気兼ねなく戦えるのでむしろありがたいのである。もっとも、実戦経験のない二人には分からないかもしれないが。

「いいから、二人はここにいてくれ。それに、全員行ったらカサブランカはどうするんだよ」
「だけど」
「大丈夫だって、それにもう少しで助けがくるはずだ。二人はそいつらと一緒に来てくれればいい」

 そう言うと祐一は圧倒的多数の敵に向かって一気に加速していった。

「うぐぅ、祐一君・・・」
「あゆちゃん、ここは祐一の言うとおりにしようよ」

 泣き出しそうなあゆに名雪が語りかける。名雪のほうも追いかけたいのだろうが、それ以上に今の自分が足手まといでしかないということもわかっていた。
 二人はカサブランカの両脇につくと味方の方に向かった。その後方では祐一が敵と接触したのだろか、幾つもの光が生まれていた。


 祐一は目の前に展開するMS隊がきれいに散開するのを見て舌打ちした。こいつら、相当のベテランだ。見たところ敵の戦力はゲルググが3機、リックドムが3機、それにザクUの後期生産型が6機だ。こっちはジムコマンドGSが1機。これで勝てるといえるほど祐一は自惚れてはいなかった。

「だからといって、はいそうですかと逃げるわけにもいかないんだよな」

 そう呟くと、スラスターを吹かせて目の前のゲルググに向かっていく。こいつが隊長機だと判断したのだ。頭をつぶせば全体が乱れるという、一発逆転的な考えを祐一は持っていた。
 祐一に狙われた浩平は突っ込んでくるジムコマンドを見て冷静にビームライフルを構えた。彼にしてみればジムコマンドなど格下の相手でしかなく、さっさと片付けてサラミスを追わなくてはならないのだ。だが、ライフルの照準をつけようとしたところでいきなりジムコマンドが照準から消えた。

「なんだと!」

 驚くと同時に機体を蛇行させる。すると、いままで自分がいたところに向けて上方からビームが降り注いでくる。浩平は敵を侮ったことを後悔すると、部下の全機に注意を促した。

「気をつけろ。こいつ、かなりできるぞ」
「浩平、大丈夫だった」

 瑞佳のリックドムが心配そうによってくる。

「ああ、なんとかな。長森は俺を援護してくれ」
「分かったよ」

 浩平の頼みに瑞佳は笑顔で応じる。それを聞いた浩平は小癪なジムコマンドに向けて機体を突進させた。機動性ならこのゲルググBに追いつける機種はいない。たとえガンダムだろうと、この機体は振り切ることができる。油断させしなければジムコマンドなどに負けるはずはないのだ。
 祐一も次々と迫ってくるリックドムやザクをかわしながら時折に反撃を加えている。もっとも、牽制が目的なので照準も甘く、全部余裕で回避されていたが。
 もっとも、祐一は特に焦りは感じていなかった。このくらいの敵なら逃げに徹していれば何とかなるという自信があった。だが、その淡い希望も次の瞬間には打ち砕かれてしまった。遅れてやってきた高機動型ゲルググの正確な射撃を受けて慌てて回避したとき、そのゲルググのパイロットが自分に劣らないエースだと気づいたのだ。

「何だってこんな時にこんな奴がくるんだ。こっちはもうギリギリだってのに」

 この新たな敵を罵ると自分の機体を激しく蛇行させていく。とにかく敵の攻撃を回避することに専念することにしたのだ。もっとも、いつまで推進剤が持つかは分からないが。
 一方、自分の狙撃を難なくかわされた事で浩平はショックを受けていた。絶対の自信を持って行った狙撃だけに、まさかかわされるとは思っていなかったのだ。そして、次の瞬間にはうれしそうな表情に変わった。

「おもしろい、連邦のパイロットにしてはずいぶんとやるようだ。」

 それはMSパイロットとしての本能であったかもしれない。久しく無かった強敵を前にして気分が高揚してきたのだ。

「ここは俺の小隊で何とかする。長森は残りを連れてサラミスを追ってくれ。だが無理はするなよ。適当なところで切り上げてくればいい」
「だけど浩平、ほんとに大丈夫?」

 長森の心配はいつものことだが、少しは信用してほしいものだ。そんなことだからお袋さんなんてあだ名をもらうんだが、本人に自覚がないから何を言っても無駄だろう。いや、もしかしたら喜ぶかもしれない。なんせ長森だからな。
 浩平がそんな不埒なことを考えているとも知らずに瑞佳はなおも心配そうな表情で語りかけてくる。

「・・・浩平・・・?」
「・・・ああ、何でもない。それより長森、早くしないと追いつけなくなるぞ」
「う、うん。じゃあ、行ってくるよ」

 なおも顔に?マークを浮かべながらも、瑞佳は3個小隊を連れてサラミスの後を追った。
 それを確認した浩平は部下の2人にジムコマンドを逃がさないように包囲するよう指示すると、自分のゲルググBを一気に加速した。
 9機がカサブランカの方に行こうとしているのに気付いた祐一はそれを止めようとしたが、襲い掛かってくる3機のゲルググに邪魔されて思うように動けなかった。

「くそ、邪魔だ!」

 祐一は焦りの声をあげたが、それで敵が消えてくれるわけでもない。隊長機らしいゲルググB型が主に攻撃してきて、後ろのゲルググA型2機が逃がすまいと牽制してくる。そのためここに拘束されてしまっているのだ。
 祐一のジムコマンドの動きに焦りを見た浩平はビームナギナタを抜いて切りかかった。

「どうした、お前の実力はその程度か!?」

 切りかかられた祐一もビームサーベルで応戦する。何回か打ち合ったところで一度距離をとり、呼吸を整える。

「まいったな、こりゃ気を抜いて遣り合える相手じゃない・・・名雪、あゆ、死ぬんじゃないぞ」

 目の前のゲルググBに集中することにした祐一はサーベルを一振りして浩平に切り込んでいった。




浩平たちが戦っているころ、ルナツー近くの暗礁宙域には10隻もの艦艇が終結していた。この艦隊を率いているのはアヤウラ・イスタス中佐。チベ級重巡洋艦ザイドリッツを旗艦とし、ムサイ級各型あわせて5隻を指揮下に収めている。今回はさらに5隻の艦が合流しており、2.5個戦隊の戦力となっている。
アヤウラは予定通りの戦力がそろったことに満足していた。これだけあれば、ジオン残党にルナツーを攻めるだけの戦力は無いと思っている連邦の馬鹿どもに一泡吹かせてやれる。それを考えるととても愉快な気持ちになった。
そこに、別行動をとっているザンジバル級巡洋艦エターナルから1個戦隊相当の戦力が陽動にひっかかって別方向に引き出されたとい報告が入った。情報どおりなら第一、第三艦隊は動かないはずであり、こちらは多くとも3個戦隊程度の戦力を相手に戦って見せればいいということになっている。そのうち1個戦隊が抜けたのだからかなり楽になったといえる。
 もはや、作戦開始を躊躇する理由はなかった。

「全艦に伝えろ。これより我々はルナツーに嫌がらせに向かう。少しでも多くの損害を与えてやれ。ただし、後方で動かない奴らに手を出す必要はない。迎撃に出てきた奴だけを相手にしろとな」

 その命令を待っていたかのように暗礁宙域から次々と艦艇が飛び出していく。そして、それを追い越すように50機近い数のMSが推進剤の尾を引きながらルナツーに向けて駆け出した。


 ルナツーに展開している第四、第六独立艦隊はいきなり出現したジオン艦隊に直ぐに砲火を開かなかった。敵がいることは分かっていたのだが、まさか2個戦隊規模の敵だとは考えていなかったのだ。その一瞬の隙が命取りとなり、両艦隊はジオンの先制攻撃を許してしまった。
 襲いくるメガ粒子砲やミサイルを受けて半数の艦が損傷し、3隻のサラミスが轟音とともに爆散していく。ついでMS隊が艦隊に突入しようとしたが、これは艦隊のMS隊に阻止された。
 一応の危機を脱したエニーは全艦に回避行動をとりつつ反撃するように支持するとルナツーにいる第2、第3艦隊に応援を要請したが、通信に応じた第2艦隊司令久瀬中将に拒否されてしまった。

「残念だが、こちらの戦力を割くわけにはいかんな」
「何故ですか。そちらにはルナツー直衛艦隊も含めれば20個戦隊以上もの戦力があるんですよ。こちらに1個戦隊くらい回してくれても問題はないはずです」
「レイナルド君、この戦力はルナツーを守るため、そしてまだどこかに潜んでいるだろうジオン残党を叩き潰すための戦力だ。無駄に消耗してしまうわけにいかんよ。それに、君たちのほうが数が多いのだ。十分勝てるだろう」
「しかし、たいした差ではありません。それに、先制を許したためにこちらには勢いがありません」
「それは君の責任だよ、レイナルド君。何とかしたまえ」

 そう言うと久瀬中将は通信を切った。そして、冷ややかに戦闘状況を示すスクリーンを眺めやる。

「さてと、いよいよ賽は投げられたわけか。はたして、私は正しいのかな。レビル将軍、貴方ならなんと言いますかな」

 そう呟いてから不意に久瀬中将はおかしくなった。いまさらこんなことを考えてどうなるというのだ。もう引き返せるわけでもない。全ては、結果が証明してくれるだろう。


 奇襲を許した連邦艦隊はその戦力をいきなりすり減らしていた。せっかく艦隊が体制を整えてもMS隊同士の乱戦が艦隊の周辺で行われており、艦隊の火力を十分に発揮できないでいたのだ。迂闊に撃てば味方を巻き込んでしまう。残念ながら味方のMSパイロットの腕はジオンに比べてかなり劣っている。それに対してジオン艦隊は平気で砲撃を加えてくる。味方のMS隊が砲火の射線上に入ってきたりはしない、そう確信しているようだ。
 この状況にエニーは激しく苛立っていた。もともと短気なところのある女性だ。こんな受身の戦いが好きなわけがない。だが、まだ味方を巻き込んでの砲撃を命令するほど熱くはなっていなかった。

「シアンの隊はどこのあたりにいるの?」
「カサブランカに向けて急行していますが、呼び戻せば20分ほどでこれるでしょう。呼び戻しますか」
「そうして頂戴、まったく、あんな旧式機にここまでてこずるなんて」
「仕方ありません、こちらはほとんどが新兵です。向こうは多くが一年戦争上がりでしょうから」
 それくらいのことはエニーにも分かっていた。ただ、分かっていても悔しいには変わりないのだ。
「とにかく、シアンを急いで呼び戻して。それと、艦隊の前方からMS隊をどけなさい。艦隊戦に入るわよ」

 エニーはいつまでたっても不機嫌だった。だが、もっとたまらないのは艦橋のクルーたちだろう。いつ怒りの矛先が自分に向くかもしれないのだから。




「・・・引き返せ、だと?」

 救援に向かう途中で、突如戻ってこいといわれたシアンは不機嫌そうに答えた。
「そうだ、こちらは今ジオンの艦隊と交戦している。向こうのほうが数も技量も上だ。残念だがな」
「ふう、戻るのはいいが、先行しているアルハンブル中尉の隊はどうする。そのまま行かせていいのか」
「ああ、そっちはかまわん、とにかく、おまえは直ぐに戻ってくれ」
「分かった、そちらに向かおう」

 そう言って通信を切ると、前方にいるはずの自分の部下に向けて指示を送った。

「アルハンブル中尉、聞こえるか?」
「少佐ですか、聞こえます」
「こっちは野暮用ができた。半分はそっちに行かせるからおまえが指揮しろ。俺は残りを連れて艦隊に戻る」
「ええ! ちょっと少佐、待ってください。俺に中隊の指揮をとれって言われても」
「泣き言は帰ってから3分だけ聞いてやる。お前はさっさと行って片付けて来い」

 そう言うとシアンは一方的に通信を切ると半数を率いて今まで向かっていた方向と逆の進路を取った。
 一方、通信を切られた方は文字通り頭を抱えていた。この男はトルビアック・アルハンブル中尉といい、連邦軍でも屈指のトップエースである。外見も凛々しい、と言うにはやや迫力にかけるが、まあ軍人と分かるだけの雰囲気はもっている。しかし、その性格にはかなりの問題があった。温厚で人情家という、軍人にはとても向かない性格をしているのだ。しかも生まれ持った星回りが悪いのか、彼の配属先はなぜか激戦区ばかりであった。そう、彼はあの一週間戦争やルウム戦役、オデッサ作戦、星一号作戦から始まるソロモン戦、ア・バオア・クー戦のすべてに参加しているのだ。そして、そのすべてに生き残ったのだから大したものである。しかし、そんな長い戦歴にあって、部下を指揮したということは一度もなく(戦争中は下士官だったのだから当然だが)、最近になって初めて小隊長になれたのだ。そんなトルビアックに中隊が指揮できる自信はなく、激しく落ち込んでいた。

「どうしろってんだ。俺にできるわけないじゃないか、俺はただのパイロットなんだぜ」

 その落ち込みようを見かねたのか部下の2人が話し掛けてきた。

「だ、大丈夫ですよ隊長。隊長は大まかなことを指示すればいいんですから」
「そうですよ、あとは自分たちで勝手にやりますよ。きっと」

 その励ます声にも張りがない。自分達が本心からそう思っているのではないことはばればれだった。だが、落ち込んでいたトルビアックはそのことにすら気づかず、ただ感動していた。

「お前たち、俺はいい部下を持ったよなあ」

 そう言って一人感動するトルビアックをみて2人は同時に小さなため息をついた。まったく、ほんとにこの人があの「黒い雷」なのかね。
 だが、3人がそんなことを言っていられるのも僅かな時間でしかなかった。進行方向に幾つもの光が瞬いた。実践馴れしたものならいやと言うほど目にした光、戦闘の輝きだ。

「さてと、幌馬車がお待ちだ。騎兵隊参上と行くか!」
「「は!!」」

 トルビアックの檄のもと、3機はスロットルを戦闘速度まで一気に持っていった。


 襲われている名雪たちはそれでも良くやっていると言えた。あゆは意外と実戦向きなのか、訓練の時よりも遥かに動きがいい。もっとも、かわすのが上手いだけで一度も反撃していないのだが。コクピットには「うぐぅー!!」という悲鳴が響きつづけている。これでも3機の敵をひきつけているのだから十分に役割を果たしていると言えるだろう。
 名雪はというと、普段のボケた姿からは想像もできないような正確な射撃を加えてリックドムやザクを寄せ付けないでいる。狙撃主としての天性の才能があったのだろう。
瑞佳は量産型ガンキャノンの正確な砲撃を前にサラミスを攻めあぐねていた。

「どうしよう、まさかこんなパイロットだとは思わなかったよ。浩平がくる前にサラミスに何発か当てて引き上げようと思ってたのに」

 そうは言っても予定が多少狂っただけのことであり、所詮は1対6である。全力でかかれば直ぐにかたづけられる相手である。瑞佳はまずこの量産型ガンキャノンを叩くことにした。

「みんな、まずあのガンキャノンから落とすよ。サラミスはその・・!!」

 一瞬、何かが頭をよぎった、とでもいうか、何かを感じた瑞佳はとっさに自分のリックドムを上昇させた。次の瞬間、今まで自分がいた所を強力なビームが貫いていた。

「新手、そんな、速いよ」

そう呟くとすばやく新しい敵を確認した。2機はどこにでもいるジムだ。これは問題ない。瑞佳の注意は先頭を行く1機に注がれた。

「・・・ガンダム・・・」

 恐怖の混じった声、瑞佳はこの機体を良く知っていた。忘れもしない。ソロモンで自分の乗るザク改を撃墜したのがあの有名な「白い悪魔」、アムロ・レイのRX−78−2ガンダムだったのだ。あの時の恐怖は今でも忘れていない。浩平が誘爆寸前の機体から連れ出してくれなければあそこで戦死していただろう。
 目の前のガンダムはあの時のガンダムとは違う。機体は黒を基調としたカラーリングで、右肩に大口径のビーム砲を載せている。瑞佳は知らなかったが、この機体はFA-78−2ヘビーガンダム、フルアーマー化計画の過程で生まれた機体の一つだ。見た目は鈍そうだが、意外と運動性が良く、格闘戦にも優れている。ただ、試作機のために量産型はなく、計画自体も廃棄されたため、試作された数機だけしかない貴重な機体だ。非常に高性能だが、予備パーツがほとんどないのが泣き所という、ガンダム系共通の問題を抱えている。
 自分の砲撃をかわされたトルビアックは驚いたが、直ぐに気を取り直すと頑張っている味方と通信回線を開き話し掛けようとしたが、先に向こうから悲鳴が響いてきた。

「うぐぅ――!! うぐぅっ!うぐぅ――!!」
「・・・・・・うぐぅ?」

 この意味不明な叫びに、トルビアックはこのパイロットはもう手遅れだったかと物騒な考えをした。まさか、これがあゆの口癖だとは思うまい。思う奴がいるとしたらよほど変な奴だろう。
 とりあえずあゆの叫びを無視することにすると、先ほど自分の射撃をかわしたリックドムにビームライフルを連射する。これがたやすく回避されるのを見てトルビアックは舌打ちした。

「くそっ、避けられたか」

 ジオンならともかく、連邦には異名を持つパイロットは少ない。その数少ない一人である自分の射撃を立て続けに回避されたことで自尊心を少なからず傷つけられた。もっとも、そんなことはトルビアックの勝手で、瑞佳の知ったことではない。瑞佳にしてみれば当たればそれでおしまいなのだ。ましてや、自分の持つジャイアント・バズとガンダムのビームライフルでは得物が違いすぎる。

「でも、ここで負けるわけにはいかないの!」

 声を張り上げて機体を激しく蛇行させてガンダムとの距離を詰めようとする。トルビアックも瑞佳が接近戦を狙っていることに気づき、それに乗った。彼も射撃戦よりは格闘戦のほうが得意なのだ。リックドムがヒートソードを抜いたのを見て自分もビームサーベルを出す。瑞佳のリックドムが勢いに任せてガンダムの脇をすり抜けざまに切り払おうとするのに合わせて、トルビアックはビームサーベルでなぎ払った。この一撃でトルビアックのヘビーガンダムは右肩に傷をつけられ、さらに肩のビームキャノンを半ばから焼き切られた。これに対して、瑞佳のリックドムは右腕とヒートソードを失い、さらに左腕も肘から下を持っていかれた。あきらかに瑞佳の方が分が悪かった。

「駄目だったかあ。やれると思ったんだけどなあ」

 もはや絶体絶命だというのに、瑞佳はのんびりと自分の状況を観察していた。もはや自分に反撃する力はない。後はガンダムの反撃を受けて塵に変わるだけだ。不思議と恐怖は感じない。むしろ、自分の最後の相手がガンダムだということに僅かな満足感を覚えていた。
 瑞佳のリックドムが止まったのを見たトルビアックは止めを刺そうとビームサーベルを振りかぶろうとして、右腕の異常に気づいた。

「動かない!さっき斬られたときか」

 舌打ちすると左手に持ち替えていたビームライフルをリックドムに向ける。

「これで終わりだ」
「隊長!新手です!!」

 部下の悲鳴のような声に慌ててレーダーを確かめる。こいつらとは別方向から1機、異常な速さで近づいてくる機影がある。そこまで確認したとき、機内に激しいアラームが鳴り響いた。敵にロックオンされたのだ。

「ちい!」

 慌てて回避運動をとろうとしたが遅かった。強力なビームが傷ついた右腕を直撃し、ルナ・チタニウム製の装甲を貫いて腕を破壊する。さらに3回の射撃がきたがこれは回避した。

「何だ、いったい」

 その答えは直ぐに出た。目の前に物凄い高速で迫るギャンを見つけたのだ。

「高機動型ギャンだと、また珍しいものを。だが、ギャンにあんな装備があったか」

 そう、ギャンは格闘戦に主眼が置かれた機体だ。だが、目の前のギャンは右腕に大型のビームライフルを持っている。それがゲルググMの指揮官機が装備するものだとはさすがに分からない。そのギャンは近くまでくるとライフルを背中に回し、変わりにビームランスを取り出すと、瑞佳のリックドムとヘビーガンダムとの間に割り込んだ

「長森少尉!生きてるか長森少尉!」

 接触通信で飛び込んでくる怒鳴り声に、瑞佳は現実に引き戻された。

「・・・クライン大尉?どうしてここに」
「川名艦長にお前たちの撤退を援護するように言われたんだ。もうすぐ敵の艦隊が来る。エターナルに引き上げるぞ」 
「あ、は、はい!」

 クラインに言われて瑞佳は慌てて時機の状況をチェックした。両腕を失った以外にこれといった損傷はない。帰るぶんには問題はないだろう。

「機体は大丈夫。帰れるよ」
「よし、ならば少尉は他の機体を連れて先に行け。私が殿につく」
「分かりました。大尉もご無事で」

 そう言って瑞佳は機体を翻した。そして撤退の発行信号を打ち上げる。それを見た他の8機も一斉に逃げに移った。
 そうはさせまいと2機のジムが追いすがろうとしたが、たちまち1機が背後からビームランスに串刺しにされ、そのまま爆発してしまう。

「通すわけにはいかんのでな」

 物凄い速さだ。ゲルググよりもあきらかに速い。
「さっきのリックドムといい、このギャンといい、何で今日はこうも強い奴ばかり来るんだ。今日は厄日か?」

 またしてもぼやいている。しかもこのギャンは確実にさっきのリックドムより強い。はたして傷ついたこのヘビーガンダムで勝てるかどうか。
 トルビアックとは別の意味でクラインも焦っていた。すでに後続の6機のMSが直ぐそこまで来ており、さらに1個戦隊相当の艦隊も迫っているのだ。これ以上ここに留まっても自分はどんどん不利になるばかりで、しかも助けが来る可能性はない。目の前のガンダムをどうやって振り切るか。クラインは真剣に悩んだ。だが、目の前のガンダムに気を取られて、彼は一つの失敗を犯した。ここにはまだ3機のMSがいるのだ。

「あたれえぇー!」

 量産型ガンキャノンのキャノン砲がギャンを狙って立て続けに咆哮した。動きが鈍ったところを名雪が砲撃したのだ。
 その砲撃を感じたクラインは慌ててそれを回避する。何とか初弾をかわすと、急いで閃光弾をばら撒いた。クラインはこの瞬間をこの場を離脱するチャンスとして利用することにしたのだ。名雪とトルビアックはばら撒かれた閃光弾に目を背け、一時的に全てのモニターがブラックアウトしている。全ての機能が回復したとき、ギャンは星の光にまぎれてしまい、推進剤の光すら見えなかった。

「逃げたの?ううん、助かったなのかな?」

 名雪が呟く。

「多分、助かったんだと思うよ」

 あゆが答える。二人とも全身に汗をかいている。初めての実戦を彼女たちは生き残ったのだ。

「そうだ、祐一は?」
「そういえば、まだ帰ってきてないよ!」
「もしかして祐一・・・」
「うぐぅ、祐一君なら大丈夫だよ・・・きっと・・・」

 二人の頭に不吉な考えがよぎる。いくら消そうとしてもそれは消えなかった。

「わたし、祐一を探してくる!」
「駄目だよ名雪さん。1人じゃ危ないよ」
「でも、でも・・・」

 名雪が泣きそうな顔で何かを言おうとしたが、それは言葉にはならなかった。

「だから、ボクも一緒に・・・」
「お前達が行っても助けにはならないと思うぜ」

 聞き慣れた声が通信に割り込んでくる。
「北川君!!」
「うぐぅ、北川君、どこ?」
「お前達の後ろだ。もう直ぐ追いつく」

 言われて後ろを見ると、確かに3つの光がだんだんと大きくなり、やがてスペース・ジャバーに乗った3機のジムになった。

「相沢は俺が助けてくる。2人はカノンに帰れ」
「北川君、祐一を絶対に見つけてきてね」
「北川君、絶対だよ」

 名雪とあゆが真剣な顔で念を押す。その2人に北川は親指を立てて見せた。
 3機が飛び去っていくのを見て、名雪は損傷したヘビーガンダムに近づいた。

「あの、大丈夫ですか?」
「・・・やっぱり、今日は厄日だな・・・」
「はい?」

 訳のわからないことを言われて名雪は混乱した。

「リックドムに機体を傷物にされるし、1機のギャンに負けるし、挙句にせっかく頑張って助けに着たのに忘れ去られるし・・・」

 なおもぶつぶつ言うトルビアックに名雪が声をかけられずにいると、後ろからあゆが肩をつかんだ。

「駄目だよ名雪さん。こういう時はそっとしておいてあげるものだよ」
「そうなのかな」
「目立てなかったっていうのは、名雪さんが思っているより辛いんだよ」

 なにか、悟ったような表情であゆが言う。昔何かあったのだろうか。結局、名雪とあゆ、そしてトルビアックの部下は秋子達が駆けつけるまで遠巻きにトルビアックを眺めるだけで、誰も声をかけようとはしなかった。


 名雪達が危機を脱したころ、祐一達の戦いも終わろうとしていた。祐一のジムコマンドは致命傷こそ何とか避けているものの、無数の至近弾に機体はぼろぼろになっていた。祐一が弱いわけではない。エース級を含む3機のゲルググを相手にここまでもったのだからその技量は賞賛に値する。しかし、これ以上は無理だろう。もう機体の各部が損傷し、推力は2/3ぐらいにまで落ちている。シールドはすでになく、ビームガンのエネルギーはすでに尽きた。もう反撃することも回避することもできそうにない。
 ここまで追い詰めた浩平は止めを刺す段階で躊躇した。ここで倒すのが惜しい気がしたのだ。こいつとはもう一度、互角の条件でやりあってみたい。そう、戦士としての部分が訴えているのだ。
 何か言い訳はないものかと考えていると、瑞佳達の行った方角から3機、近づいてくる機影が見えた。連邦の援軍が到着したのだ。これを見みた浩平は部下の2機に引き上げを命じた。
 祐一も近づいてくる機影には気づいた。そのおかげなのか、3機のゲルググが自分から離れていく。どうやら助かったらしい。そう考えたら全身から激しい疲労を感じた。今まで夢中で気づかなかったが、3対1と言う戦いを長時間続けていたのだ。疲労しないほうがおかしい。やがて、ヘルメットのレシーバーから聞き慣れた声が聞こえてきた。

「相沢、もう死んだか?」
「・・・おい、いきなり死亡の確認か?」
「冗談だ、どうやら無事らしいが、機体はほとんどスクラップだな。よくもったもんだ」

 そう言ってスペース・ジャバーを祐一の機体に寄せると、そのままスペース・ジャバーに固定する。

「とりあえず、このまま帰るぞ。ジオンの艦隊が別のエリアから攻撃してるらしいからな。お前を回収したらカノンもそっちに行くことになってる」
「そうか、すまんが頼む」

 そう言うと、祐一は目を閉じて眠りだした。当分は起きないだろう。北川は祐一が寝たのを確認するとカノンの方に向かって飛んでいった。

 カサブランカと合流した秋子は名雪から直接報告を受けている。

「そう、ゲルググやギャンまで持ってきたの、ジオン軍が」
「そうなんだよお母さん。私も結構危なかったんだよ」
「うぐぅ、ボクも」

 名雪がのほほんと、あゆが涙目でそれぞれに感想を口にする。秋子は二人の話を微笑みながら聞いていた。もはや艦橋にいるクルーは慣れっこになっていたので気にもしないが、外見だけを見るならとても真面目に聞いているようには見えない。
 その時、4機のジムがスペース・ジャバーに乗って帰還してきた。

「あら、北川さんが帰ってきたみたいね。祐一さんも一緒なのかしら」

 頬に片手を当てていう。これは秋子の癖なので誰も気にもとめない。だが、二人にはそんなことはどうでも良かった。秋子の話を聞くと慌てて艦橋を飛び出していった。

「あらあら、そんなに急いで、転んでも知りませんよ」

 頬に手を当てたポーズのままにこやかに言う。ふいに、その正面に人が現れた。

「あの、そろそろ私の報告をしてもよろしいでしょうか?」
「あら、トルビアック中尉、そんなに遠慮しなくてもいいんですよ」
「いえ、そういう訳にもいかないでしょう」

 トルビアックは萎えていくやる気を必死に奮い起こしながら言葉を続けた。

「私が遭遇したリックドムとギャンはどちらもかなりの実力をもっていました。特に後からきたギャン、こいつは私が遭遇した中でもかなり手ごわい敵でした。おかげで私は部下を一人失ったんです」
「そうですか、中尉が手ごわいと言うくらいですから、相当な相手なのでしょうね。それにもう1機、注意しなくてはならない相手がいるようです」
「もう1機?」
「はい、うちに所属している祐一さん・・・いえ、相沢中尉をご存知ですか?」
「はい、第8のエースでしたね。なかなかの腕だと聞いてます」
「そう、それなら話が早いわ。その相沢中尉が3機のゲルググに完敗しました。いえ、正確には1機の高機動型ゲルググに、かしらね」

 その言葉にトルビアックは愕然とした。もはや熟練兵の大半を失い、その質は著しく低下したと思われていたジオン残党に、まだこれだけの錬度を持つ部隊があったとは。しかもパイロットだけではなく、MSもいい物を揃えている。リックドムはともかく、ゲルググやギャンまでもっているのだから。

「相沢中尉が負けたということは、ルナツーにはあの部隊を相手にできるMS隊はありませんね。数で押すしかないか」
「そうでもないんですが・・・」
「は、何かいい案でも?」

 トルビアックが怪訝そうな顔になる。

「いえ、何でもありません。それよりも、このまま私達は仕掛けてきた敵艦隊に向かいます。中尉も同行してください。どうせ目的宙域は一緒でしょうから」

 秋子の提案をトルビアックは快諾した。どうせ機体も損傷しているし、推進剤もない。このままカノンで直してもらったほうが都合がいいのだ。それに、トルビアックはなんとなくここの雰囲気が気に入っており、もう少しここに居たいと思っていたのだ。



キャラクター紹介

水瀬秋子 ?歳 女性 准将
 第8独立艦隊、通称カノン隊の司令官。温厚でやさしく、部下からの人望も厚いという理想的な指揮官。1年戦争時代はMSに乗って戦っており、エースパイロットとして活躍していた。周囲からとても好かれているが、唯一謎ジャムを作るという点で恐れられている。

相沢祐一 18歳 男性 中尉
 秋子の甥でMS小隊の隊長。その後人材難からどんどん出世していくことに。1年戦争から戦ってきた歴戦のパイロットで、秋子の最も信頼する人物でもある。実力は折り紙突きで運も良く、超エースと呼べるだけの戦果も上げており、周囲に少しは名前を知られている。


水瀬名雪 18歳 女性 曹長
 秋子の娘で祐一のいとこ。実戦は経験しておらず、新兵としてこの戦いに望んでいる。普段から異常な睡眠欲を持っており、暇があれば寝ている。それを起すのはたいてい祐一の役目で、いつも戦場のような状態になっている。実は精密射撃に天性の才能があり、カノン隊では数少ない狙撃主として活躍することになる。


月宮あゆ 18歳 女性 曹長
 祐一の幼馴染で鯛焼きをこよなく愛するうぐぅ娘。名雪同様新兵だが、作戦中に寝ないので多少はまし。両親とは死別していて現在は秋子が引き取っている。名雪とは仲が良く、よく一緒に行動している。祐一のことが好きなのだが、遂に言い出せなかった。実はニュータイプの素質があり、戦いを通じて急速に目覚めていく。


北川潤 18歳 男性 中尉
 祐一の親友で共に1年戦争を戦い抜いてきた。祐一同様秋子が最も信頼するパイロットで、その実力は祐一とほぼ拮抗している。しかし、祐一に比べて目立つ功績はなく、周囲には知られていない。基本的にいい人で、その性格のために割を食うことも多い。


トルビアック・アルハンブル 23歳 男性 中尉
 1年戦争の全期間を通じて戦い続けた連邦のトップエースの1人。「黒い雷」の異名を持ち、黒いMSを駆って戦場を駆け抜けている。彼は運がないのか常に激戦区に配属されており、そのおかげで今日まで伝えられるほどの戦果を上げることができたのだ。最初は第4独立艦隊に配属されていたが、後にカノン隊に移り、祐一達と共に活躍を続けていく。ニュータイプの素質があり、戦いを通じて覚醒していく。
 トルビアックと祐一、北川の3人を指して3馬鹿トリオと呼ばれる。(命名、美坂香里)


久瀬中将 45歳 男性 中将
 連邦軍高官としては珍しい良識的な人物で、確かな判断力と優れた指揮能力で実戦部隊に高い人気がある。連邦のスペースノイドに対する弾圧的な政策に反対していたが、そのおかげで周囲からは煙たがられている。レビル将軍を尊敬しており、「将軍が生きていれば」というのが口癖になっている。また、彼には今年で18歳になる息子がおり、連邦軍の大尉としてMSに乗っている。



後書き

祐一  納得がいかーん!
ジム改 何だ?いきなり暴れおって?
祐一  何で俺が浩平に負けるのだ―!
ジム改 仕方在るまい。お前の機体はジムコマンドなのだから。浩平は高機動型ギャンだからな。性能が違う
祐一  だからってう
??  ふふふ、私の出番が少ないんだよ
ジム改 うん、今誰か何か言ったか?
祐一  いや、何も言ってないが
ジム改 おかしいな
??  危なかったよ。でも、もうすぐ私の時代がくるんだよ

次へ 前へ ガンダム外伝TOPへ