第6章  サイド5の死闘(後編)

 

 かつて、サイド5には連邦軍の一大軍事拠点があった。そして、その大半がルウム戦役において壊滅させられ、現在にいにたるも放置されている。そんな中の一つ、オスローにあった拠点は、今はジオンの残党が巣食うゲリラたちの拠点として機能していた。
 そこに巣食っていたジオンの残党、エターナル隊は大急ぎで脱出の準備をすすめていた。その指揮は主に雪見がとっている。こういう時にはみさきは何の役にも立たないからだ。
 エターナルの艦橋で焦りの色を浮かべていたみさきは幾度も雪見をせかしていた。

「雪ちゃん、後どれくらいで終わりそう?」
「後20分と言うところね、もっとも、物資の搬出が精一杯で、とてもここの爆破は出来そうもないわ」
「それはいいよ、でも、なるべく急いでね。敵はもうすぐそこまで来ているから」
「分かったわ。こっちもやれるだけやってみる」
「お願いだよ」

 そう言ってみさきは通信を切る。ついで今度は浩平に繋いだ。

「浩平君、どう、出られそう?」
「ああ、大丈夫。それよりも、後どれくらいかかりそう?」
「あと20分くらいだって雪ちゃんが言ってたよ。それより、浩平君たちはそろそろ出ていてくれる。多分、そろそろ来ると思うから」
「OK、任せておいてくれ。奴らは1機も通さないからさ」
「うん、頼むよ」

 浩平との通信を切る。そして、みさきは艦隊に指示を出した。

「物資の搬入が終わった艦から順次出港、MS隊とともに防衛に当たれ。ミノフスキー粒子、戦闘濃度で散布。総員、有視界戦闘用意!」

 みさきの命令と共に港が慌しくなった。ガイドレーザーが出され、ムサイ後期型が出港していく。その向こうでは増設されたMSカタパルトから次々とMSが発進している。ここからは見えないが、連邦軍が造ったまま残っていた戦闘機用のカタパルトからはガトル戦闘機が発進しているはずだ。まさに、エターナル隊にとって始めての総力戦であり、もしかしたら最後の総力戦になるかもしれない戦いである。エターナル隊の保有しているMSは統一性がなく、新旧混ざっているが、最も多いのはザクUF型だ。ついでザクUF2型が続いている。しかし、中にはゲルググやギャンも混じっているのだ。そして、そんなMSに混じって一際目立っているのが澪と繭の乗っているニュータイプ専用機キケロガだ。元はMSN−01サイコミュ高機動試験ザクだった物を改装した機体で、2門のメガ粒子砲と、ジオングと同様に有線ビーム砲になっている両腕が特徴だ。深雪が何処からか持ち出してきたパーツで組み上げた機体で、深雪と住井以外には整備できる者もいない。
 発進したMS隊をクラインがまとめていく。

「各中隊は余り散開するな。この宇宙港周辺を守ればいい。浩平、七瀬、聞こえたか?」
「聞こえてる、俺の隊は港の上を守る。正面は任せた」
「じゃあ、私は下にいくわ」

 浩平と七瀬がそう言って散っていく。それのそれぞれの部下達が従っていく。それを見届けたクラインは自分の隊を正面に展開させた。さらにガトル隊がそれを支援するかのように続く。クラインとしてはこれで防げるとは思ってないが、何とか足止めだけでもするつもりだった。
 クラインが考え込んでると、繭と澪が近づいてきた。

「みゅー、どうしたの?」
「ああ、繭か、いや、この戦力で何処までやれるかと思ってな」
「大丈夫だよ、私達もいるし」
『そうなの』
「…………」

 お子様コンビに慰められてクラインは少し複雑な気分になった。ちなみに、クラインはニュータイプなので澪とは感応することで話す事が出来る。便利と言えば便利なのだが、はたから見ると怪しいことこの上ない。
 やがて、港からエターナルが出港してきた。後ろには3隻のパゾクが続いている。ようやく夜逃げの準備が整ったのだ。だが、その時、レーダーが接近してくる艦影を捉えた。遂に連邦がやってきたのだ。
 カノン隊接近はエターナルでも気付いていた。みさきはやむなくパゾクを先に逃がすと6隻のムサイを率いてその後ろについた。
 雪見が深い溜息をつく。

「どうやら、そう簡単にはいきそうもないわね」
「うーん、借金取りさんは夜逃げしようとしても追ってくるんだよね。まるで雪ちゃんみたいだよ」
「……ちょっと、それどういう意味」
「忘れたかな、借金の肩に私を散々こき使ったじゃない。何処に逃げてもすぐに捕まえるし」
「あたりまえでしょ!何回踏み倒そうとしたの?あんたは!」
「うー、取立てに来た雪ちゃんは極悪人だったよ」
「あんたねぇー!」

 みさきの言動に雪見が切れる。だが、これはいつもの光景なので別に艦橋のクルーは気にもしていない。オペレーターから報告が入る。

「敵艦隊は大型艦が1隻、それを先頭に8隻が続いています」

 それを聞いた2人は喧嘩を止めて向き直った。

「参ったね。カノンだよ」
「どうするの、多分、向こうの方が数が多いわよ」

 みさきと雪見が思案顔になる。

「……もう1度、茜さんに出てもらうってのはどうかしら?」
「難しいよ、シェイド専用機はパイロットにかかる負担も並じゃないから、多分茜ちゃんはかなり疲れてると思うよ」
 とはいえ、考えてみても他に方法もない。仕方なくみさきが茜を呼ぼうとした時、オペレーターの緊張した声が響いた。
「敵艦隊よりMS隊が発進しました!折原隊、クライン隊が迎撃に向かいます!」
 それを聞いてみさきは厳しい顔になった。


ジオン艦隊を発見したカノン隊は直ちに攻撃態勢に入った。今まで方形だった陣形を横一文字に変えていく。

 秋子はノーマルスーツを着ながら艦隊に指示を飛ばしていた。

「各艦の間隔は少なめに、砲撃を一点に集中します。MS隊は直援隊を除いて全機敵艦隊に突入。艦隊はMS発進後、援護射撃を30秒行います。MS隊は射線上に入らないように注意しなさい」

 そして、秋子はトルビアックに通信を入れた。

「トルク中尉、分かってると思いますが、貴方の役目は漆黒のMS撃破です。目標が現れたらそちらを最優先してください」
「分かっています。それでは、私は先鋒なので、これで」
「分かりました、気おつけてくださいね」

 秋子がそう言うと、トルビアックは敬礼して通信を切った。そして、誘導員の指示に従って機体をカタパルトに載せていく。管制室から通信が来た。

「中尉、カタパルト接続完了、いつでも行けます」
「分かった、行ってくる」
「無事に帰ってきたら、皆でビールでも呑みましょう」
「ああ、そうだな」

 管制官との会話にトルビアックは口元をほころばせた。緊張が解けていく。そして、機体に衝撃が走った。カタパルトが打ち出されたのだ。打ち出された勢いで機体はかなり加速している。後ろを見れば次々とMS隊が発進してくる。部下達が周辺に集まってきた。

「いいか、自分を見失うなよ。それと、俺が隊を離れた時はヘープナー少尉に中隊を任せる。頼んだぞ」
「任せてください、それよりも、隊長こそ無事に帰ってきてくださいよ。俺は中隊長なんかやりませんからね」
「……ヘープナー、ああ、分かってるさ!」

 トルビアックは部下の励ましに目頭が熱くなった。だが、すぐに気持ちを引き締めるとジオン艦隊に向かっていった。
 トルビアック中隊が出た後、続いて倉田中隊と相沢中隊が順次発進していった。そして、北川中隊が続いていく。北川中隊は先の3中隊と違い、戦闘機やボールを連れて行く事になっており、集合に手間取っていた。流石に苛立って北川が怒鳴る。

「戦闘機隊は上下に展開しろ。ボール隊は後方、各隊はさっさと集合を完了しろ!先行した隊が孤立するぞ!」

 北川の苛立ちも無理はない。自分の中隊はともかく、戦闘機隊とボール隊は明らかに錬度が低い。集合にすらもたつくありさまだ。こんな所で時間を取られて相沢たちが包囲されたらと思うと胃が痛くなってくる。加えて、北川にはもう一つの不安要素があった。香里の様子がおかしいのだ。グラナダを出たあたりから元気がなかったが、先の秋子さんの話を聞いてからはますます塞ぎこんでいる。

「美坂、どうした、大丈夫か?」
「…………」
「美坂
曹長!」

 返事がないので少し強く言い直す。すると、ようやく反応があった。

「……大丈夫よ」
「その声の何処が大丈夫なんだ?」
「大丈夫よ、気にしないで」
「……何を悩んでるのか知らんが、戦闘中に悩みを持ち込むと死ぬぞ」
「……分かってるわ」

 そう言いながらも、香里の声には張りがない。北川は香里を帰還させようかと考え始めた。今までにも、香里のように悩みを抱えて戦場に出た奴を北川は大勢見てきている。そして、そういった奴は多くが帰ってこなかったのだ。いくら腕がいいとはいえ、香里がその仲間入りをしないとはいえない。

「……美坂、今日は戻って休んでろ」
「っく、どういうこと?」

 初めて強い反応が返ってきた。流石にプライドに触れたのだろう。

「今のお前じゃ足手まといになる」
「……なんですって?」
「俺はお前みたいに迷いを抱えて戦場に出てきた奴を何人も知ってるが、そいつらは大抵帰ってこないんだ。おれは、自分の部下からそんな奴を出したくない」
「…………」
「美坂、分かったか」

 香里は答えない、北川がもう一度言おうと口を開きかけた時、セイバー隊とボール隊の隊長から通信が入った。

「遅れてすまん、ようやく集合した」
「こっちもだ、配置は完了した」
「……分かった、それじゃ、行くか」

 そう言って北川は香里を残して部隊を率いて戦場に突入していった。残された香里は悔しそうな、それでいて辛そうな表情で自分を置いていった部隊を見送った。



 突入したトルビアック隊と相沢隊は艦隊を庇うかのように展開してきたMS隊と激しい戦闘を開始した。数はこの時点でなら互角で、戦いは激しいものとなっていく。特に、祐一とトルビアックの戦い振りは激しい。なぜなら、2人とも狙っていた相手を見つけたのだ。

「いたな、あの時のゲルググ。うけた借りはのしをつけて返してやる!」

 そう言って祐一は浩平のゲルググBに向かって突っかかっていく。浩平も祐一に気付いたのか、一直線に向かってくる。

「面白い、あの時のジムコマンドか!」
「覚悟しろ!」

 2機はもてる技術を尽くして戦った。ある時は教科書どおりに、ある時は目を見張るような見事な機動を、ある時は乱暴に蹴りやパンチを放った。双方とも腕は伯仲しており、決着は容易につきそうになかった。
 トルビアックの方は更に凄まじかった。高機動型ギャンとヘビーガンダムは目立つ。双方とも相手を確認すると同時にトルビアックは肩のビーム砲を、クラインはビームマシンガンを放ち、互いにそれを回避する。哀れなのはその傍にいた機体で、1機のリックドムがビーム砲の直撃を受けて爆発し、1機のジムコマンドが全身を撃ち抜かれて四散する。なまじ持っている武器が強力なだけに2人の戦いは凄まじく、周囲を巻き込んで激戦を繰り広げた。
 しかし、この2人の戦いはトルビアックの方がやや不利だった。トルビアックはどちらかと言うと接近戦を得意とする。しかし、ヘビーガンダムは武装を見ても分かる通り砲撃戦用の機体だ。対するクラインの高機動型ギャンは明らかに接近戦に向いている。双方の腕前が同じだとすると、この機体の特性の差は大きく響いてくる。加えて、どうやらトルビアックよりもクラインの方が腕がいいらしい。まあ、クライン大尉はニュータイプだから無理もないのだが。
 4人の超エースの戦いに周囲は唖然とした雰囲気に包まれた。だが、その瞬間は連邦MSパイロットにとって致命的だったといえる。唖然とした直後、2機のMSがビームに打ち抜かれて爆発してしまったのだ。慌てた連邦パイロットは攻撃してきた敵を探したが、ビーム兵器を持つ敵など見当たらない。何機かのゲルググはいるが、そのビームライフルにはあれほどの威力はない。連邦パイロット達が困惑していると、また2機のジムが撃破された。多くのパイロットには分からなかったが、名雪とあゆはそれに気付いた。

「見えた、そこだよ!」
「うぐぅ、不意打ちは許さないよ!」

 名雪が240ミリキャノンで、あゆがビームガンで見えた何かを撃つ。すると、当たったのか何かが爆発した。

「やったよ、落とした」

 名雪が安堵して言う。だが、あゆの声がそれを裏切った。

「違うよ!名雪さん!」
「にゅ!?」
「あれで終わりじゃないよ!」

 そう叫ぶとあゆはビームガンを立て続けに撃つ。すると、あゆが撃ちまくった方角からメガ粒子砲が4発、撃ち返されてきた。

「うにゅー!」
「うぐぅ〜!」

 2人は咄嗟に回避したが、周辺の仲間はそうもいかず、1機のジムがやられて2機が損傷した。

「な、何なの、戦艦?」
「うぐぅ、かも知れない」

 名雪とあゆがそう予想する。まあ、MSが4門のメガ粒子砲を撃てるとは普通は思わない。だが、姿を見せたのは確かにMSだった。見たこともないMSだ。ジムよりも少し大きい。内1機の左腕がないところを見ると、さっきの射撃はこれに当たったのかもしれない。
 2人は知らなかったが、これは澪と繭の乗るキケロガだ。キケロガは砲撃戦用の機体で、接近されると弱いという弱点がある。その為、遠くから有線ビーム砲で攻撃していたのだが、勘のいい名雪とあゆからしたたかな反撃を食らって繭が片方の有線ビーム砲を失ってしまった。
 しかし、これは名雪とあゆにとって最悪の状態とも言える。2人は知らないからどうしようもないが、2人のニュータイプの参戦は連邦にとってはなはだ不利な条件である。

「みゅー、ゴー!」
(いくの!)

 繭と澪の思考制御に乗って2機の両腕が機体から離れ、3つの腕が迫ってくる。それを見た名雪とあゆはびっくりして大きく下がった。だが、それを見逃す2人ではなかった。

「逃がさないよ!」
(覚悟するの!)

 ちなみに、澪の声はスケッチブックではなく、頭で考えてる声です。『』は頭で考えてる台詞で、スケッチブックは「<>」で書いてあります。2人の有線ビーム砲が名雪とあゆに迫る。だが、それは第3者の介入で邪魔された。1機のジムがビームサーベルで澪の有線ビーム砲のワイヤーを切ったのだ。

(なんなの!?)

 澪が慌ててもう片方を呼び戻す。それを見て繭も仕方なく呼び戻した。
 いっぽう、名雪とあゆは駆けつけてきたジムを見て歓喜の声をあげた。

「「北川君!!」」
「よう、遅くなってすまんな。ぎりぎりセーフってところか?」

 北川が少しカッコをつけて2人に謝る。それを聞いて2人はおかしそうに微笑んだ。

「そうだね、少し遅刻かな」
「うん、デートだったらもう帰ってるよね」
「おいおい、それは無いだろう?」
「そうだね、イチゴサンデーで許してあげるよ」
「ボクは鯛焼きだよ!」
「……へいへい、分かりましたよ」

 2人の楽しそうな返事に北川は苦笑して頷いた。実際、遅れた自分が悪いのだから、これですむなら安い物だ。そのとき、名雪の不安そうな声が聞こえてきた。

「ところで北川君、香里はどうしたの?」
「……ああ、美坂だったら、カノンに帰した」
「カノンに、どうして?」
「なんだか、あいつは悩んでるみたいだったからな。戦場につれてきたら戦死しかねない、と思ってな。残るよう命令した」
「……そう、北川君がそう思ったんなら、多分正しいよ」

 名雪は北川の判断を信じることにした。実際、名雪から見ても最近の香里はどこかおかしかった。時々ひどく辛そうにするし、何かに怯えるように振り向いたりする。まるで、誰かに追われているみたいに。
 そこまで考えた時、北川の緊張した声が名雪を現実に引き戻した。

「さてと、お喋りはここまでだ。来るぞ!」

 北川はそう全員の注意を促すと機体を僅かに横に滑らせながら手に持つ90mmマシンガンを撃った。ほぼ同時にさっきまで北川がいた個所をザクマシンガンの火線が貫いていく。次いで北川の火線に捕らえられて1機のザクUF2が撃破された。その動きと射撃の正確さに名雪とあゆは驚いた。よく祐一と北川は比較されるが、1年戦争の戦果や普段の目立ち方から祐一の方が優れたパイロットだと評価する者は多い。名雪とあゆもそう思っていた。しかし、違うのだ。祐一は確かに目立つ。そのMS操縦テクニックは確かに北川を上回っているだろう。だが、北川は目立たないだけで、その実力は決して祐一に劣るものではないのだ。北川には敵の攻撃を最小の動きで回避するだけのテクニックと、確実に相手に命中させる射撃のセンスがある。北川の射撃には無駄弾がほとんど無いのだ。
前に祐一が言っていたことを名雪は思い出した。

「もし、俺がジオンの軍人だったとしたら、北川とだけは絶対にやりあいたくない」

 そう、祐一も北川君のことをそう言っていた。祐一だけは周囲の評価に流されず、北川君の実力を正しく知っていたのだ。2人が今まで一緒に戦い、ずっと親友でいられた訳が名雪にはなんとなく分かった気がした。
 名雪が素直に感心しているうちに、北川は更に1機のリックドムと3機のガトルを血祭りにあげ、目標を2機のキケロガに絞った。

「さてと、あれが噂のニュータイプ専用機って奴か。あんな妙な武装持ってる奴は見たことが無いからな」

 北川は聞きかじった話から相手の正体を推察する。そして少し考えた後、名雪とあゆを呼び出した。

「水瀬さん、あゆちゃん、片方を頼む。俺が左の奴に仕掛けてみる」
「でも、大丈夫?」
「うぐぅ、あの2機、強そうだよ」

 2人は心配そうに聞いてくる。

「心配すんなって、でも、どうしても心配なら頑張って押さえてくれよ。特に、背後に回られるのだけは防いでくれ」
「「分かったよ」」

 2人の返事を聞いて北川は2機のキケロガに向かっていった。一方、澪と繭は突っ込んでくるジムを見て少し慌てた。なぜなら、2人の機体には接近戦用の武装といえるのはヒートホークしかないのだ。ジムのビームサーベルと切りあえる代物ではない。偶然ではあったが、北川は相手の弱点をついたのだ。
 2機がなにやら戸惑っていることに気付いた北川は素早く照準を繭のキケロガに合わせると逃げる予想位置まで含めた射撃を加えた。銃撃に気付いた繭は素早く機体を動かしたが、北川の経験に裏付けられた射撃は第1撃を回避したキケロガに突き刺さった。

「みゅ―――!」

 続けざまに来る衝撃に繭が悲鳴をあげる。繭にとって、初めて食らう本格的な攻撃なのだ。今までは遠くからちまちまやっていたから敵と正面向き合って戦ったことの無い繭の弱点である。

(繭ちゃん!)

 澪が援護に回ろうとするが、それはあゆと名雪の連携プレーに阻止されている。あゆが澪に接近戦を仕掛け、澪があゆを避けていこうとすれば名雪が立て続けに砲撃して進路を塞ぐ。それにてこずってる内にまたあゆが食い下がって来るという感じだ。
 北川は2人が巧みにもう1機を押さえ込んでくれていることに感謝した。正直、ここまで上手くやってくれるとは思ってなかったのだ。おかげで、こっちの方はもうすぐけりがつきそうだった。

「さてと、そろそろ終わりにしようか」

 そう言って北川はもう反撃力を無くしたキケロガに銃を向け、連射を加える。繭は泣きながらそれを回避しようとしたが、先ほど北川から受けた多数の直撃弾のせいで各部のスラスターに大きなダメージがあり、四肢も思うように動かない状態ではまともな回避運動が出来るはずもなく、立て続けに直撃弾を受けた。

「みゅ―――!!」

 直撃弾が遂に右足の装甲を打ち抜き、右足を爆発させる。その衝撃で繭のキケロガは大きくのけぞった。もうほとんど撃たれるがままである。いくらキケロガが重装甲でもこれではもつ筈が無い。だが、そこで北川の射撃がやんだ。弾切れを起したのだ。急いでマガジンを交換する。だが、交換し終わったところで繭に助けが来た。ジャイアント・バズが北川に向けて打ち込まれ、北川は慌ててそれを回避した。

「繭ちゃん、大丈夫!」
「えっ、えぐっ、えぐっ、瑞佳お姉ちゃん、怖かったよう〜〜!」
「もう大丈夫だから、ここは私に任せて繭ちゃんは下がって」
「えぐっ、えぐっ、うん」

 繭が素直に引いていく。それを確認した瑞佳は北川に向き直った。

「よくも繭ちゃんを苛めたね。許さないもん!」
 珍しく本気で怒った瑞佳はジャイアント・バズを北川に向ける。それを回避した北川は小刻みな連射を瑞佳のリックドムに加えたが、これはたやすく回避されてしまった。
「やるな、動きがいい。さっきの奴より厄介か?」

 感心して北川は呟く。実戦を幾度もくぐり抜けたベテランにしか出来ない的確な機動を見せるリックドムは今度は左手に持つマシンガンを撃って来る。ジャイアント・バズの弾を温存するつもりだろうが、連射できるだけ北川にはこっちの方が厄介だった。ジムの装甲はリックドムより薄く、マシンガンを喰らえば無事にはすまない。
 北川と瑞佳が好勝負をやっている頃、あゆは奇妙な感覚にとらわれていた。

「なに、何なの。また変な感じがする。誰かの声が聞こえるような」

 あゆはその声に耳を傾ける。すると、だんだんとはっきりと聞こえてきた。

(お願い、どいてなの!)
「うぐぅっ、だれ、誰なの君は?」
(え、貴女こそ誰なの?)

 あゆの目にははっきりと見えていた。目の前のキケロガの操縦席に座る澪の姿が。ちなみに、ここでのあゆと澪の会話は精神感応によるもので、言葉が届いているわけではありません。あゆは話していますが、澪は会話しているように感じるだけです。ニュータイプの特権ですね。

「うぐぅ、ボクはあゆ、月宮あゆだよ」
(私は上月澪なの)
「澪ちゃんか、よろしくね」
(う〜、戦闘中によろしくじゃないと思うの)
「あ、そうだね」

 2人の動きが止まったのを見て名雪は射撃を止めた。

「あゆちゃん、どうしたのあゆちゃん!」

 名雪はあゆを呼ぶがあゆからの返事は無い、いや、通信機からは確かにあゆの声が聞こえる。ただ、名雪に対してのものではない。誰か、別の人と話しているようだ。

「あゆちゃん、誰と話してるの?」

 心配そうに名雪が呟く。だが、あゆは答えを返さなかった。



 祐一たちが激戦を繰り広げている頃、秋子とみさきの戦いも始まっていた。

「「撃て!!」」

 双方がほとんど同時に同じ命令をする。ジオンと連邦、双方の艦隊から続けてビームとミサイルが発射され、敵艦隊に向けて飛んでいく。ミノフスキー粒子のせいで照準は直接照準しかなく、その為に両艦隊の距離はお互いが目視できるまでに近づいていた。その周辺ではMS隊同士の戦いが行われている。特に、連邦艦隊の上で行われている戦いは激しかった。ジムとザク改が熾烈な戦いを演じていたのだ。

「舐めないでよね、七瀬なのよ、あたし!」

 そう怒鳴って七瀬がマシンガンを撃つ。それを舞のジムが巧みに避けながら接近していく。舞はビームサーベルの間合いまで近づこうとしているのだ。だが、七瀬の巧みな射撃と素早い動きに近付けないでいる。

「……やる、このままじゃ不利かも」

 舞は冷静に状況を考える。目の前のザク改は相当の腕だ。逃がしてもくれないだろうし、つけ込む隙も見つからない。かといってこのままじゃいずれ直撃を食らう。しばらく考えた舞は佐祐理に通信を入れた。

「佐祐理、今大丈夫?」
「あははは〜、舞ですか、こっちは何とかなりますよ〜」

 どうやら佐祐理の方は勝ってるらしい。

「そう、なら、援護して。こっちは手間取ってる」
「はえ〜、舞が手間取るような相手なんですか?分かりました。すぐに行きますね」

 そう言って佐祐理は通信を切った。舞も目の前のザク改に集中する。だが、この時はさすがの舞も気付いていなかった。実は、相手も接近戦の名手だということに。
 七瀬はマシンガンの弾が少なくなってきたのに気付いて舌打ちした。

「まいったな。まだ戦艦が残ってるのに、ここでシュツルムファウスト使うわけにもいかないしなぁ」

 そう言って七瀬は周囲を見渡した。どうやら全体として押されているらしい。まあ、無理も無い。こっちの方が数が少ないんだから。「だけど」と言って七瀬は目の前のジムを見据える。

「何なのよこいつは?さっきから邪魔ばかりしてくれて」

 そう、目の前にいるジムはさっきから巧みに動いて自分を艦隊に行かせまいとしている。相手も相当のエースだというのは分かるのだが、だからといって邪魔されて楽しいわけがない。
 ここで援軍を呼べたら楽になるのだが、残念ながら七瀬には浩平やクラインと異なり、後ろを任せられるような部下はいない。

「ま、しゃあないかな。やるしかないのよね」

 普段は乙女を自称しながら、ぜんぜん乙女らしくない台詞を吐いて七瀬はスロットルを押し込む。機体が加速されて急速にジムとの距離を詰めた。
 舞の方もそれは願ったりかなったりだ。2人の考えは奇妙な一致を見て、互いに距離を詰めあった。

「墜ちなさい!!」
「……墜とす!」

 2人は互いにヒートホークとビームサーベルを抜き、斬りかかった。この斬りあいは一瞬でけりがついた。舞のビームサーベルが七瀬のヒートホークを真っ二つにしたのだ。

「駄目だった!」

 敗北を悟った七瀬は急いで退こうとしたが、それを黙って見過ごす舞ではない。

「これで、終わらせる」

 小さく呟くと舞はビームサーベルを構えて間合いを詰めにかかる。牽制に頭部バルカンを打ち込み、七瀬の動きを封じる。袈裟懸けに切り下ろしたビームサーベルがザク改をとあえて右腕を切り落とした。だが、そこで邪魔が入った。遠くから立て続けにビームが撃ち込まれてきたのだ。慌ててそれを回避する舞。

「……誰?」

 舞はビームを撃ち込んできた方角を見やる。そして、そこにいたMSを見て愕然とした。

「やっぱり、シェイドMS」 

 舞は驚きから立ち直ると通信回線を開いた。茜は通信回線が繋がったことを不審に思った。この周波数を知っているのは自分か、特に近しい者だけのはず。どうするか少しだけ悩み、そして回線を開いた。

「誰ですか?」
「私、茜……」
「まさか、舞なんですか!?」

 茜が驚愕に顔を引きつらせる。そして、その表情が怒りに変わる。

「舞、どうして貴女が連邦軍にいるのです?」
「……私は、ジオンを許せないから。私達をこんな体にした、ジオンが」
「言いたい事はわかります。でも、私は連邦を許せません」
「茜、復讐を誓っても、司は帰ってこない」
「っ!!」

 舞の言葉に激発したのか、イリーズの持つビームマシンガンからビームが撃ち出される。それは舞のジムを掠めて言った。

「それは言わないでください」
「……ごめん、でも、茜」
「もう、話すことはありません。この場は見逃しましょう。しかし、次はありません」
「……茜」



 舞と茜が接触している時、カノンでは秋子が新たな指示を飛ばしていた。

「どういう訳かは知りませんが、漆黒のMSは動きを止めています。このチャンスを逃すわけにはいきません。全艦、対MSミサイルを漆黒のMSに向けて発射!」
「しかし、川澄曹長のジムは!」
「距離はかなりあります。大丈夫!」
「了解!!」

 秋子の指示がすばやく伝達され、全艦から一斉にミサイルが発射される。100を超すミサイルの雨にさすがの茜も焦った。何より、舞に気をとられていて気付くのが遅れたのが致命的だった。

「く、こんな事で……」

 必死に近寄ってくるミサイルを回避し、あるいは撃ち落していくが、2発につかまって左腕を持っていかれた。
 衝撃に機体をゆすぶられながらも茜はビームマシンガンを連邦艦隊に向けて撃ち放った。狙われたのはカノンと両脇のマゼランとサラミスで、正確に降り注いだビームの雨にマゼランとサラミスが船体を打ち抜かれて轟沈し、カノンも船体右舷に6発の直撃を受けて中破した。何より、この被害でMSカタパルトが1基使えなくなってしまったのが痛い。
 秋子は艦橋で受けた被害に唇をかみ締めていた。

「戦艦リットリオ撃沈、フレーザー大佐戦死!」
「巡洋艦サバンナ、同じく撃沈!」
「本艦の右舷前部は大破、隔壁損傷、負傷者多数!」
「く、やむをえません。全艦に退却を指示しなさい。それと、出撃している全機に分かるように信号弾を打ち上げなさい!」

 秋子の命令で信号弾が打ち上げられる。それを見た連邦のMSや戦闘機は一斉に後退を始めた。それは、あちこちで戦っているエース達も同様だった。
 信号弾を認めた祐一は浩平のゲルググBと鍔迫り合いをやっているビームサーベルを自分から勢いよく引いて見せた。思わずつんのめる形になった浩平だが、すぐに機体を立て直して、やや拍子抜けした。目の前のジムコマンドは距離を置いてビームサーベルの刃を消していたのだ。

「おい、どういうつもりだ!」
「すまないな、撤退なんだ。悪く思うな」

 そう言って祐一は戦場を離脱していった。浩平はそれを黙って見送っていた。
 ほぼ同じ宙域で戦っていたトルビアックも祐一と同じように距離をおいた。もっとも、こっちは祐一のように一言話したりせず、目くらましを使って逃げ出したが。
 北川チームと澪、瑞佳チームの戦いは信号弾を見るまでもなく終わろうとしていた。瑞佳と北川は互角の勝負をしていたが、もう一方の澪があゆ、名雪コンビに押しまくられていたのだ。この為、途中から瑞佳は澪のサポートをしながら戦う羽目になり、結果瑞佳も追い詰められ始めたのだ。
 だが、この長期戦に北川達の戦力も限界に達していた。特に名雪の240ミリキャノンの弾が尽きてしまい、マシンガンによる支援しか行えないでいる。加えて、味方が後退を始めているのでこのままでは孤立の恐れがあった。北川はこれ以上の交戦をあきらめて退却しようと考えた。その時、ボール2機に支援されたジム5機が間に割り込んできた。それを見て、北川は警告の叫びをあげた。

「馬鹿やろう!こんな所に来るんじゃねえ!!」

 だが、それは遅すぎた。澪の機体はまだ戦闘力を残しており、キケロガの猛烈な火力が3機のジムを一瞬にして血祭りにあげた。次いで、瑞佳が砲撃してくるボールの1機をジムに向かって蹴りつけ、それを喰らったジムは誘爆を起してボールもろとも四散した。北川はかろうじて爆風を避けると、残ったジムとボールを庇うように前に出ると瑞佳に向けて牽制を加える。瑞佳にはそれが牽制だと分かっていたが、無視できるほど甘い物ではなく、大きく下がるしかなかった。向こうではあゆと澪が激戦を繰り広げている。

「うぐぅ――!もう、いいかげんにしてよ――!」
(そっちこそ、墜ちなさいなの!)

 あゆと澪は北川と瑞佳とは別の世界で戦っているような気もする。何故なら、2人にはすでにMSが見えておらず、お互いの姿のイメージに向けて攻撃をしていたのだから。あゆにはどうしてMSではなく、澪の姿が見えるのか不思議だったが、戦うのに夢中だったので悩まずにすんだ。もし悩んでいたら殺られていただろう。
 北川は引き上げるためにあゆに通信を入れた。
「あゆちゃん、あゆちゃん! 引き上げるぞ、
あゆちゃん!」

 北川の呼びかけはあゆにも聞こえていた。あゆは一瞬躊躇したが、すぐに踵を返した。

「……澪ちゃん、また会おうね」
(えっ!)

 あゆに別れの挨拶をされて澪は戸惑った。その為、あゆを追撃するのも忘れて呆然としていた。
 あゆが引いたのを見て北川も引くことにした。幸い、目の前のリックドムももう戦う気はなさそうだ。そう判断すると、北川は慎重にその場から下がり始めた。
 北川が引きにかかったのを見て瑞佳はほっとした。もう、機体が限界に来ていたのだ。すでに右足の間接は焼きついて使い物にならない。その時、通信が入った。

「おい、リックドムのパイロット」
「……誰なの?」
「目の前のジムのパイロット、北川だ」
「……その、北川さんが何の用?」
「いや、俺とここまでやりあえるパイロットの名前を聞いておきたくてな」
「……私は、長森瑞佳だよ」
「そうか、次に会う時にこそ決着をつけさせてもらうぜ」
「あんまり、そういう趣味はないんだけど……」
「……こういうのって、かっこいいと思わないか?」
「あんまり、思いたくないもん」

 瑞佳にそう言われて北川は寂しそうに俯いた。

「そ、そうか、じゃあ、俺はこれで」
「あ、さようなら」

 なにやら、和んだ雰囲気で2人は別れた。先ほどの会話にすっかり毒気を抜かれた瑞佳は北川を追う気にもならなかった。


 連邦軍が戦場を離脱した後にはエターナル隊の生き残りが残されていた。幸いにして艦隊の被害は少なかったものの、MS隊と戦闘機隊の損失は大きく、後一撃受けたら全滅は免れないと思われた。

「はあ〜、ノックアウトだよ、雪ちゃん」

 雪見から被害の集計を聞かされてみさきは天井を仰いでそう漏らした。もう、艦隊もMSも整備なしに戦うことは不可能な状態だ。だが、残っている物資を全部使っても、戦力を再建するのは不可能だ。

「そうね、特に意外だったのは、エース達が軒並み傷物にされたことね。今までこんなことは無かったわ」

 雪見もそう言って嘆息する。七瀬のザク改と瑞佳のリックドムはともかく、クラインの高機動型ギャン、浩平の高機動型ゲルググ、澪と繭のキケロガはパーツの余裕が全くない。特に繭のキケロガはもう直せそうも無いほどに壊れている。今までは腕で敵を圧倒してきていたのでこんなことは無かったのだが。

「あのカノン隊はそれだけ強いって事だよ。澪ちゃんの話だと、ニュータイプもいたそうだからね」
「ニュータイプって、まさか!?」
「さすがに白い悪魔じゃないよ。でも、私も強いプレッシャーを感じていたから。それも複数ね」

 みさきが少し真面目になって言う。それを見て雪見も表情を引き締めた。

「それって、カノンにはニュータイプが何人かいるって事?」
「うん、まだ覚醒してないかもしれないかもしれないけど。その素質を持った人が何人も乗ってるのは確かだよ」

 みさきはそう言ったが、実はより真実に近い推測を持っていた。
 澪ちゃんが出会ったニュータイプ、物凄く強い力を感じた。澪ちゃんや繭ちゃんよりも遥かに強い力を持ったニュータイプ。それに、あのカノンからも2つ、それにカノンの傍にも1つ大きな力を感じた。一つは昔、地球で感じた力、恐らくはあのオレンジ色のガンダムに乗ってた人。でも、後の2つは……。

「……みさき、みさき!」
「あ、なに、雪ちゃん?」
「何?じゃ無いわよ。茜ちゃんが来たわよ」

 雪見が呆れ顔でみさきを見る。その隣には辛そうな表情の茜がいた。もっとも、みさきは目が見えないから表情までは分からないが。

「どうしたの茜ちゃん?」
「……みさきさん、気付いているんでしょう?」
「茜ちゃんは誤魔化せないね」

 苦笑してみさきが言う。

「うん、カノンの傍にあった強い力だね。使ってなかったからよく分からなかったけど、あれは、私達と同じだった」
「舞、に会いました……」
「そう、あれは舞ちゃんだったんだ。それで、どうだった?」
「次に会ったら、殺します」
「なっ!?」

 茜に言葉に雪見が絶句する。みさきは厳しい表情になった。しばらく瞑目する。

「……みさきさん?」
「茜ちゃん、本気で言ってるの?」
「みさきさん、分かっているはずです」
「……そうだね」

 そう言うと、みさきは目を開いた。瞳の色が黒から金色に変わっている。

「茜ちゃん、もう一度話し合ってみて。結論を急ぐべきじゃないよ」
「…………」
「死んじゃった人は2度と帰ってこない。茜ちゃんが1番知ってることだと思うけどな」

 茜が沈黙する。雪見は黙って聞いていた。

「茜ちゃん。自由行動を許すよ。もう一度、舞ちゃんと話し合ってみて。戦うのは、いつでも出来るんだから」
「……そうかも、知れませんね」
「うん、きっとそうだよ」

 茜が小さく頷く。それを見てみさきは満足そうに微笑んだ。そこに、誰かが入ってきた。

「なら、あいつはどうする?」
「す、住井君!どうしてここに!?」

 現れたのはエターナルのメカニック、住井だった。雪見に驚いた口調で聞かれて住井は肩をすくめた。

「おいおい、俺はさっきから何度も声をかけたんだがな。誰も気付いてなかったのか?」
「「「うん(はい)」」」

 3人同時に頷かれて住井は壁にのの字を書きつづけた。

「ようやくの登場なのに、いきなりこの扱いかよ」
「「「冗談だよ(です)」」」

 3人同時に笑いながら慰める。それを聞いて住井も復活した。

「まあ、それはいいとして、どうするんだ、イリーズ? 持ってくのか?」
「て、住井君、もう直したの!?」

 雪見が驚いて住井に聞き返す。住井は頷いた。

「ああ、予備パーツはかなりの数を自作していたからな。片腕くらいならすぐに修理できたぞ。でも、周りからはかなり怪しまれたからな。さすがに今回は密かに修理するのは無理だった」
「……まあ、仕方ないね」

 みさきがしぶしぶ頷く。実際、エターナルの格納庫には損傷機があちこちに転がっている状態なのだ。とてもではないが、イリーズを隠しておけるところなど無い。そこまで考えて、みさきはあることに気付いた。

「ひょっとして、私のリヴァークも?」
「ああ、格納庫の片隅に固定してあるぜ。さすがに偽装してる暇も無かったからな」

 今ごろ格納庫では見たことも無いMSに人がたかっていることだろう。その光景を思い浮かべてみさきは溜息をついた。

「ま、まあ、しょうがないよ。それで、どうするの、茜ちゃん?」

 みさきに聞かれて茜はしばし考え込んだ。

「……必要になるかもしれません。持っていきます」
「そう、なら、MSが積める位の貨物船を使うといいよ。何人か連れて行っていいからさ」
「……大丈夫です。と言いたいですが、そうですね……それでは、住井さんをお借りします」
「へ、俺か?」
「はい、場合によっては何らかの工作が必要になるかもしれません。その為には、貴方が必要なんです」
「へいへい、分かりましたよ。じゃあ、俺は準備をしてくるぜ」

 そう言って住井は3人の前から去っていった。それを見送って3人は同時に微笑んだ。

「ほんと、住井君には助けられてばかりね」
「うん、さっきもあんなこと言って、場を和ませてくれたしね。ほんとはさっき来たばかりのくせに」
「住井さんは、いい人ですから」

 3人は笑顔で囁きあう。住井を含めて、この4人には深いつながりがある。因縁と言ってもいい。だが、その繋がりは同時に4人にとってもっとも忌まわしい記憶なのだ。それだけに、この4人の間には誰も入り込めない何かがあった。
 みさきは茜の貨物船を分離すると、艦隊をサイド2があった暗礁宙域に向けた。そこでほとぼりを冷ました後、目的地である火星を目指す気なのだ。ついでに、同宙域にあるサイド6で必要な物資を買い込む必要もあった。後にみさきは、この判断を後々までも悔いることになる。サイド6で起こった悲劇、オンタリオ事件である。



人物紹介

住井 18歳 男性 中尉
 茜同様、みさきが連れてきたメカニックマン。その方面には天才的な能力を発揮し、家電製品からMSまで修理する。そればかりか、MSの設計すらこなす何でもできる男である。実は、シェイド計画に関わっていた人間の1人で、シェイド専用機の開発に携わっていた。



機体解説

MS−06FZ ザクU改
兵装 120mmザクマシンガン 又は280mmバズーカ
   ヒートホーク
   シュツルムファウスト
   対MSハンドグレネイド
<説明>
 通称ザク改。ザクUの最終生産型で、F2型以上にバーニアが強化され、ゲルググやリックドムと共同作戦がとりやすくなっている。ただ、その為に推進剤の消費が激しくなり、戦闘可能時間は大幅に短くなっている。ようやくジムと戦えるくらいになったが、ヒートホークではビームサーベルは受けられないので、やっぱり勝てない。この機体は統合整備計画で設計された機体なので、生産性と整備性が高く、貧乏なジオンにとってありがたいMSでもある。

SYD−02 イリーズ
兵装 ビームマシンガン
   右肩固定メガビームランチャー
   110ミリ速射砲X2
   ビームサーベルX2
   シールド
<説明>
 シェイド計画で生まれたシェイド専用機。異常ともいえる高性能を持ち、現存するいかなるMSをも圧倒する。しかし、その性能は特定のパイロットが乗った時にのみ発揮され、一般のパイロットでは乗りこなすことは不可能という破綻した条件の元に達成されている。  
その機動性はMAのそれを上回り、それでいて従来のMSでは考えられない運動性を持ち、ガンダム以上の防御装甲をあわせ持つ。こんな無茶苦茶な性能を達成したMSがこの機体である。言うなれば、シェイドはこの機体に乗るために作られたのだ。そして、このMSイリーズに登録されているパイロットこそ里村茜である。
 なお、1年戦争末期の技術でこの性能を達成したため、機体は通常のMSサイズを大きく超えてしまい、23メートルの大型MSとなっている。また、茜が乗った時に最大の性能が発揮されるよう、調整されている。



後書き

ジム改 さて、前回は連邦艦をやったから、今度はジオンにしようかね
北川  ふっふっふ、相沢より目立ってるぜ!
ジム改 そんなに嬉しいのかね?
北川  ああ、ようやく俺も日のあたる場所に出れるんだ(涙)
ジム改 でも、パイロットとしてみると君は祐一君より弱いよ
北川  そうなのか?
ジム改 うむ、まあ、指揮なんかも含めた総合力ならお前のほうが上なんだが、祐一は接近戦に強いからな
北川  でもいいんだ、目立っていれば!
ジム改 まあ、本人がいいと言うなら何も言うまい
北川  で、今回の説明は?
ジム改 そうだった。えー、ジオン軍はグワジン級戦艦を頭にチベ級重巡洋艦、ザンジバル級機動巡洋艦、ムサイ級軽巡洋艦で構成されています。これにパプワ、パゾクといった輸送船や、ドロス級みたいな空母が入ります。
北川  ドロスってあれだろ、カノンの設計材料の・・・
ジム改 Gジェネじゃねえんだが。まあ、そんな感じだな。ただ、カノンが純粋な戦闘空母なのに対して、こっちはむしろ移動要塞だ。なんたってMSの生産設備まで持ってるくらいだからな
北川  カノンには無いのか?
ジム改 ねえよ。まあ、MSの開発能力なら若干はあるんだけどな
北川  そんなの、何に使うんだ?
ジム改 MSの改造をしたり、新型機を設計したりするのさ。まあ、じきにこの能力が役に立つ日が来るとだけ言っておこう。
北川  後書きで伏線張るなよ
ジム改 うるしゃい!