第7章 姉妹
 
 サイド5での戦闘で大きな損害を受けたカノン隊は、負傷者を病院に入れたり損傷の応急修理を行うため、一度立ち寄ったグラナダに再度立ち寄っていた。グラナダの大型ドックに次々と傷ついた艦艇が入港して来るのを見てドックの作業員達は一様に驚愕していた。特に、カノンの損傷が一同の目を引いていた。
 秋子はカノンの周辺に群がる人々を見て嘆息した。
「ここに入港したのは、不味かったかしらね」
「仕方ありません。ここが一番近いんですから」
 参謀長のマイベック・ウェスト中佐が秋子に答える。彼は1年戦争の頃から秋子を補佐してきた人物で、秋子同様、野戦部隊上がりの参謀だった。その為、秋子の信頼は厚く、30歳の若さでこの要職をこなしている。しかし、この時期年齢と階級がつり合わない事は多い。1年戦争で佐官級、尉官級の将校の多くが戦死したため、生き残った者が急速に出世していたからだ。祐一、北川、トルビアックもそれに分類される。シアンに至っては22歳という若さで少佐の地位にいる。これは戦功もあっただろうが、それ以上に上位者が次々に戦死していったことの現れである。
「それで、ワイアット大将は何て言ってるのかしら」
「それが、久瀬中将が艦隊をまとめて残党を討伐に行くと。それで、我が艦隊への増援は送っておいたから後は久瀬中将に聞けということです」
「送っておいた?」
「はい、それが、どうもあれのようですな」
 そう言ってマイベックが艦橋の外を指差す。そこには1隻のコロンブス級輸送艦が停泊していた。そこから多数のコンテナが運び出されている。それを見て秋子は少し安心したように微笑んだ。
「どうやら、一息はつけそうですね」
「はい、それと、新しい大隊長も来ているはずです」
 そう、残念なことに、この艦隊に配属された2人の大隊長は共に先の戦いで戦死している。その後任の大隊長がやって来るはずなのだ。
 2人が話していると、オペレーターが更に報告をよこしてきた。
「グラナダ上空に大艦隊が接近しています。数は推定で100隻以上!」
「「なっ!」」
 2人は驚いたが、すぐにそれが久瀬中将の艦隊だということに思い至り、苦笑する。
「さすがは久瀬中将ですな。行動が早い」
「まったくね、ジャブローのお偉方にあの半分でも行動力があればいいのだけど」
 そう言って秋子は再び溜息をつく。そう、連邦の上層部はジャブローのモグラとまで言われるほど行動力が無い。いつもジャブローの奥で内部抗争を繰り返しているのだ。そんな中にあって、久瀬中将の有能さと行動力は一際際立っており、久瀬を次の宇宙艦隊司令長官にと望む声は多い。ティアンム提督亡き今、久瀬中将は宇宙軍の人望を一身に集めている感がある。と言うより、誰がゴップ提督やワイアット大将を信頼するというのだ。
 そして、待望の人物が艦橋にやってきた。
「お招きいただいて光栄ですな、水瀬准将」
 声をかけられた秋子は微笑んだまま振り向いた。
「そうですか、喜んでいただいて嬉しいですね、シアン少佐」
 そう言われて、シアンは口元に笑みを浮かべた。
「ところで、アルハンブル中尉はどうです。上手くやっていますか?」
「ええ、とっても助かってますよ」
「そうですか」
 シアンは今度こそ満面の笑顔になった。どうやら、自分の元部下を気にかけていたらしい。


 その頃、トルビアックと北川、祐一、名雪、あゆは栞のいる病院に向かっていた。本当は香里も誘いたかったのだが、上陸許可が出ると同時にどこかに行ってしまったのだ。
「それにしても、香里の妹ねえ。なんか、怖いかもな」
「・・・そうだな」
 祐一の呟きにトルビアックが大きく頷く。今まで何度もやり込められているだけに、トルビアックは香里の恐ろしさがよく分かっていた。
 2人が妙なことを話しているのを名雪が聞きとがめた。
「2人とも、あんまり人の悪口を言うもんじゃないよ」
「「いや、別にそういう訳じゃ・・・」」
「分かった、2人とも?」
「「は、はい!」」
 言い訳をしようとしたが、名雪の笑顔に背筋が凍った2人は慌てて大きく頷いた。それを見た名雪は笑顔のまま頷いて歩き始めた。その後姿を見ながら2人は名雪の背中に秋子を見た。血は争えない。2人はそう思い、余り名雪を怒らせないほうがいいと心に誓った。
 病院に入ると、名雪の案内で5人は栞の病室に来た。名雪が部屋の扉をノックする。
「は〜〜い、どなたですか?」
「栞ちゃん、入るよ」
 そう言って名雪が扉を開ける。栞が名雪を見て顔を輝かせる。
「名雪さん、来てくれたんですか!」
「うん、久しぶりだね。栞ちゃん」
 名雪も笑顔で返す。その後ろからぞろぞろと4人が入ってきた。それを見て栞が怪訝そうな顔をする。
「あの、そちらの方々は?」
「ああ、私の友達だよ」
「相沢祐一だ、祐一と呼んでくれ。名雪のいとこなんだ」
「俺は北川潤、相沢や水瀬さんの友人だ」
「同じく、トルビアック・アルハンブルだ」
「ボクは月宮あゆだよ」
 4人がそれぞれ簡単な自己紹介をする。栞は笑顔のまま嬉しそうに頷いた。
「そうですか、私は美坂栞です」
「ああ、知ってるぞ、香里の妹なんだよな」
「え、祐一さん、お姉ちゃんを知ってるんですか?」
 栞が驚く。それを見て名雪が少し困った顔をした。
「祐一、そのことは私が教えたんだよ〜」
「あ、名雪、せっかくカッコよく決めようとしたのに」
「お前は何を考えてるんだ?」
 祐一の主張にトルビアックが呆れて突っ込む。一方、北川は栞と別のことを話していた。
「ところで、美坂・・・お姉ちゃんは来なかったか?」
「いいえ、来てませんけど」
「そうか、何処いったんだろうな、あいつ」
 北川が呟く、それを聞いて栞が少し不安そうになった。
「あの、お姉ちゃんがどうかしたんですか?」
「うん、いやな、前にちょっときつい事言っちまってな」
「そうなんですか」
 北川がバツが悪そうに頭を掻く。そう、あの時以来、北川は一言も口をきいてもらえないでいたのだ。もっとも、それは名雪たちも同じだったが。
 北川が口を閉ざしたのを見てあゆが栞に話し掛けた。
「ところで栞ちゃん、昔に秋子さんと一緒に戦ってたって本当?」
「え、あ、はい、そうですけど」
「ふ〜ん、ていうことは、栞ちゃんはボクなんかよりもずっと実戦経験とか多いんだよね」
「はあ、まあ、そうだと思いますが、何でです?」
「退院したら、また軍に戻ってくるの?」
「・・・そうですね、そうしようと思ってます」
 栞の笑顔がかすかに翳る。だが、あゆは気付かなかったようだ。
「なら、いつかは栞ちゃんと並んで宇宙を飛べるかもしれないね」
「はい、そうですね」
 栞とあゆが頷きあう。その微笑ましい光景を見て祐一が感想を漏らした。
「何だ、貧乳コンビの結成か?」
「うぐぅ、何てこと言うんだよ!!」
「そうです、これから大きくなるんです!!」
 2人が顔を真っ赤にして言い返してくる。それを見て祐一は感心して呟いた。
「おお、息もぴったりだ。やはり貧乳コンビで決定だな」
「うぐぅ、そんなの嫌だよ!」
「そんなこと言う人、嫌いです―!」
 あゆと栞が顔を真っ赤にしたまま怒鳴ってくる。それを祐一があやしている光景は妹をからかう兄のようだ。名雪は3人を見てそう思った。
 祐一たちが和んでいる(?)所に看護婦が入ってきて、5人に面会時間の終了を告げた。これから栞は治療を受けるのだ。もっとも、効果があがっているのかどうか、疑問のある治療だが。


 5人が栞に面会をしている頃、香里も病院に来ていた。ただし、病院敷地内のベンチに、だが。そこで書類入れを両手に抱えたままもう2時間も座り続けている。誰かを待っているようだが、その顔は恋人や友達を待つ顔ではない。何かに耐えるような、近寄りがたい雰囲気をみなぎらせている。
 そこに、1人の30代前半くらいの男が近づいて来た。
「どうやら、結論は出た様だな?」
「・・・薬は持ってきたの?」
「そう慌てるな。それより、物を確認させてもらおうか?」
「・・・薬が先よ」
「そんなことを主張できる立場だとでも思っているのか?」
「くっ」
 悔しそうに表情をゆがめながら、香里は書類入れを指し出す。それを受け取ったアヤウラは中の書類を取り出してすばやく目を通した。そして満足そうに頷く。
「くくくく、どうやら本物らしいな」
「あたりまえでしょ。それより、薬を早く渡してよ」
 香里がアヤウラに鋭い視線を投げつける。それをアヤウラはあっさりと受け流すと、懐から小さなケースを取り出した。
「これがワクチンのアンプルだ。中の薬剤を注射で打てばいい」
「これで、栞が助かるのね?」
「さあな、それは妹の体力次第だろう」
 そう言ってベンチから立ち上がる。
「さてと、私はこれで失礼するとしよう。まあ、もう2度と会うことは無いだろうが」
「そう願いたいものね」
 香里が一息に吐き捨てる。それを聞いてアヤウラは薄く笑った。
「くくく、嫌われたものだな」
「っ!」
 アヤウラの一言に香里が激発しそうになる。髪が揺らぎ、瞳の色が黒から金色に変わっていく。だが、それを見てもアヤウラは薄笑いを消さなかった。
「いいのか、こんな所で暴れれば、お前はすぐに逮捕されるぞ」
「くっ!」
 アヤウラの呟きに香里の目が黒に戻る。髪も落ち着きを取り戻した。
「そう、それでいい。じゃあさらばだ。妹さんにもよろしく言っておいてくれ・・・そうそう、身の回りに気をつけたほうがいいだろうな」
 そういい残してアヤウラは歩き去っていく。だが、香里はアヤウラの話など聞いてはいなかった。早速そのアンプルを持って病院に走っていった。香里にしてみれば、栞を助けることが最優先される問題であり、アヤウラの事など2の次なのだ。
 だが、香里はこの日、結局栞に会うことはかなわなかった。面会時間を外れていたために、栞が治療に入ってしまったのだ。
「まあ、明日もあるわ」
 そう呟いて香里は自分を納得させる。だが、焦りは晴れなかった。カノンがいつ出港するか分からない今、なるべく早く栞に会いたかった。そのことで頭がいっぱいっだった香里は、自分を見つめる視線に気付いていなかった。


 カノンに帰った祐一達は、そこで秋子に新たな大隊長を紹介された。多くは初対面だったが、トルビアックだけが驚いた顔で見ている。
「紹介するわね、こちらがシアン・ビューフォート少佐、カノンの全搭載機を統一指揮してもらいます」
 秋子に紹介されてシアンが口を開いた。
「シアン・ビューフォートだ。まあ、トルビアックは知ってると思うが、前は第4独立艦隊のMS隊隊長をやっていた。まあ、よろしく頼む」
 シアンが黙ったのを見て、トルビアックが食いつかんばかりに迫ってきた。
「た、隊長!何でカノンに隊長が来たんです。よく司令が許しましたね!?」
「ああ、そのことか。実はな、第4独立艦隊は解散になってな。新たな艦隊に再編されることになったんだ。それで、俺は消耗の激しいこの部隊に回されてきたって訳だ」
 シアンはそう説明する。古巣がなくなってしまったことにトルビアックは軽いショックを受けていたが、すぐに気を取り直した。
「まあ、そういう訳だ。それじゃ、今日はこれで解散していいぞ。詳しい話は明日聞くことにする」
 そういって、何かを思い出したかのようにシアンは秋子に顔を向けた。
「ああそうだ、司令、私は一度街に出てきます。買いたい物がありますので」
「それはかまいませんよ、それと、私のことは秋子で結構です」 
 秋子にののほんといわれてシアンは面食らったが、ややあって小さく笑った。
「なるほど、第8独立艦隊がアットホームな雰囲気だとは聞いていましたが、納得しました」
 そう言って秋子に敬礼すると、シアンはトルビアックに顔を向けた。
「そうだ、トルビアック、お前もついてこい。いろいろ話も聞きたいしな」
「えー!何で俺が?」
「何だ、嫌なのか?」
「・・・ぜひ同行させてください」
 シアンの笑顔にトルビアックは降参した。どうせ、抵抗したところで無理やり連れて行かれるのだから。だが、トルビアックは1人で泣き寝入りはしなかった。隣にいた北川の手首を掴む。
「隊長、北川中尉も同行したいそうです」
「なっ!!」
「俺は別にかまわないぞ」
 トルビアックの行動に北川は驚き、シアンはあっさり頷いた。
「おい、ちょっと待て、何で俺まで・・・」
 そこまで言って北川は溜息をついた。トルビアックが真剣な目で訴えかけていたのだ。頼む、何も言わずについて来てくれ、と。


 舞と佐祐理は街でショッピングを楽しんでいる。いや、舞はいつも無表情なのでよく分からない。しかし、佐祐理が楽しそうにはしゃいでいた。
「舞、次は何処に行きましょうか?」
「・・・佐祐理の行きたい所でいい・・・」
「もう、舞ったら、さっきからそればかりですよ」
「・・・佐祐理が楽しいところなら、私も楽しいから」
 はたから聞いていると妙な会話だが、2人にとってはこれが普通なのであった。
 佐祐理は少し悩むと、近くにあるレストランに目をつけて舞の手を引いた。
「舞、そろそろ食事にしましょうか?」
「・・・うん」
「あははは〜、それじゃ行きましょうね〜」
 佐祐理に手を引かれて舞もレストランに入っていく。佐祐理が目をつけただけあって、レストランの内装は上品な装飾が目を引き、それでいて決して派手にならない豪華さを持っていた。しかし、それだけに人気があるのか、席は全て埋まっていた。
 そんな中で、一人で食事をとっている男が2人に気づいた。
「おや、あの2人はもしかして」
 入ったはいいが満席なのをしって舞と佐祐理は顔を見合わせた。
「はえ〜、満席ですね」
「うん」
 2人がどうしようかと顔を突きつけて悩んでいたら、ウェイターらしい男が近寄ってきた。
「お客様、どうぞこちらへ」
「はえ、佐祐理達ですか?」
「はい」
 佐祐理の疑問にウェイターが丁寧に答える。しばし2人で顔を見合わせると、頷き合ってウェイターの後についていった。
 ウェイターが案内したのは奥の方の4人が座れる席だった。そこに1人の男が席についている。2人はその男に見覚えが会った。
「「久瀬(さん)」」
「やあ、2人とも。久しぶりだね」
 2人を招いたのは久瀬だった。手振りで席を勧める。2人は素直にそれに従った。
「入り口で2人が困っているのが見えたのでね。迷惑だったかな?」
「いいえ〜、助かりましたよ」
「ありがとう」
 久瀬の好意に2人は素直に礼を言った。久瀬は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「でも驚いたよ。まさか、こんな所で2人に会えるとわね」
「あははは〜、佐祐理も驚きましたよ」
「うん」
 3人の会話は弾んでいた。士官学校の同期生であり、ライバルでもあった3人だ。話題には事欠かない。3人は食事も交えて楽しそうに話しつづけた。あの舞ですら笑顔を浮かべることがあるくらいだ。
 だが、舞の持っていた携帯が突然コールを告げた。舞は携帯を手にとると相手を確かめるが、首をひねると回線を開いた。
「・・・誰」
 舞が誰かを問いただしたが、そこで舞の表情が凍りつく。その舞の顔を見て佐祐理と久瀬が顔を見合わせた。こんな舞を見るのは初めてなのだ。
 やがて、話が終わったのか舞が携帯を切った。そして、突然立ち上がると店から走り出た。
「ま、舞、何処に行くんです!?」
 佐祐理が驚いて立ち上がる。久瀬も立ち上がった。
「倉田さん、川澄さんを追ってくれ。僕は支払いを済ませて追いかけるから」
「は、はい!」
 久瀬に言われて佐祐理も店を駆け出て行く。他の客や店の者が唖然とする中で、久瀬はカウンターに向かって歩いていった。


 トルビアックと北川を連れたシアンは楽しそうにティーカップを眺めていた。その様子を見て北川がトルビアックに耳打ちする。
「なあ、シアン少佐ってこういう趣味があるのか?」
「ああ、この人はティーセットというか、お茶全般がとても好きでな。ティーカップのコレクションは凄まじい量になってるぞ」
「良くそこまで知ってるな」
 感心して北川が言うと、トルビアックはどこか寂しげに息を吐いた。
「前に、聞かされたからな。コレクションの由来を一つ一つ、丁寧にな・・・」
「・・・そ、そうか」
 トルビアックの悟ったかのような表情に北川はそれ以上聞くのを避けた。何故か、聞いてはいけない気がしたのだ。
 シアンはそのまま3時間もティーカップを選びつづけ、そのうちの気に入った一セットを購入して満足そうだった。付き合わされた2人は逆にこの世の終わりでも来たかのように暗い表情をしている。しかも、男の買い物に付き合わされたのだ。嬉しい訳はないだろう。最初は喜んでいたシアンも、2人の様子にさすがに良心が咎めたのか、2人に喫茶店でおごっていた。
「いや、悪かったな2人とも」
「・・・いえ、まあ、いいですけど」
「・・・もう少し、早く終えてください」
 2人は疲れた表情のまま小さな声で呟くように言う。それを聞いてシアンは困った笑顔で2人を交互に見やる。
「まあ、何だ。久しぶりだったもんでな」
「「俺たちも久しぶりの休暇だったんです」」
 シアンの言い訳はかえってやぶへびだった。もはや下手に声をかけないほうがいいと判断したシアンは仕方なく視線を外に向けた。そこに、シアンは妙な物を見た。
「??」
 シアンの視線の先にいるのは、緩やかなウェーブのかかった髪をもつなかなかの美少女だ。だが、シアンが見ているのはその後ろだった。目立たないようにしているが、正確にその少女の後をつけている。その動きは決して素人ではない。
 シアンが訝しげに見ていると、北川が声をあげた。
「あれ、美坂じゃないか。何やってたんだ、あいつ?」
「・・・あの、ウェーブのかかった髪の女の子か?」
「え、はい」
「知り合いか?」
「いや、俺の中隊のパイロットですけど、それが、何か?」
 シアンの真剣な目に見据えられて北川は思わず素直に返した。だが、シアンはすぐに北川から視線を外して香里に向けた。そのまま視線を外さずに喋る。
「2人とも、その美坂とかいう娘を連れてカノンに行け。そして、俺が行くまで美坂を部屋から出すな」
「た、隊長、一体何を」
「いいから早く行け、拳銃の安全装置は外しておけよ」
 トルビアックのうろたえぶりも意に介さず、シアンは言葉を続ける。拳銃という単語を聞いて北川とトルビアックも表情を引き締めた。
「どういうことですか?」
「彼女、誰かに尾行されてる。あの動きは素人じゃない」
「えっ!!」
「分かったなら早くいけ!」
シアンに怒鳴られて2人は飛び上がるように立ち上がり、急いで喫茶店を出て行った。それを見送ったシアンはレシートよりも多目に金を置くと、自分も喫茶店を後にした。
 喫茶店を出たシアンは改めて周囲を見回した。よく見れば他にも何人かそれらしいのがいる。そのうちの1人、一番人目に付きそうもない所にいる男に目をつけるとシアンはそちらに歩いていった。
 男は人気のないビルの3階の踊り場にいた。脇に小さなふくらみがあるのは恐らく拳銃だろう。男はシアンが階段を上ってくると、外に向けていた視線を戻して持っていた新聞に目を移した。
 踊り場まで出たシアンは男に声をかけた。
「ご苦労様です」
 シアンに声をかけられた男は訝しげにシアンを見た。その一瞬、シアンは男の鳩尾に一撃を入れて気絶させた。そのままシアンは男の懐を探る。すると、とんでもない物が見つかった。
「やれやれ、よりによって連邦情報局とはね。まさか、身内に狙われるとは、何やったんだ。あの美坂って娘は?」
 手にとった身分証明を兼ねる手帳を見てシアンが頭を掻く。そして、男に手帳を返すとシアンは急いで近くの公衆電話を探した。


 シアンに言われて香里を追った北川たちだったが、香里に追いつくまでに周囲から感じる視線に気づいていた。シアンの言っていた尾行のものだろう。香里に追いついた北川は香里に声をかけた。
「おい、美坂!」
 呼ばれた香里は一瞬体を震わすと振り向いた。
「・・・北川君?」
「美坂、今すぐにカノンに帰るぞ」
 振り向いた香里に北川が小声で話し掛ける。トルビアックは周囲にそれとなく気を配っていた。その2人の様子に香里は不安そうな表情になる。
「な、何よ、どうしたのよ2人とも?」
「いいから、カノンに帰るぞ。それと、周囲に気をつけろ。変な奴らにつけられてる」
 北川が香里をせかす。香里は思わず周囲をうかがい、ようやくそれに気付いた。
「そんな、私が今まで気付かなかったなんて」
「おい、急げ」
 驚いている香里を横目にトルビアックが北川を急がせた。どうやら、事態は切迫しているらしい。それを聞いて香里と北川も頷く。
「香里、何があったのかは後で聞かせてもらうぞ」
「・・・・・・」
 北川の問いかけに香里は答えない。ただ、辛そうに小さなケースを抱きしめている。だが、北川はそれにかまわずに香里の腕を掴んで走り出した。
 気付かれたことを悟ったのだろう。今まで隠そうとしていた周囲の気配が一斉に動き出した。北川とトルビアックが懐に手を入れる。残念ながら、香里は丸腰だ。
3人は仕方なく裏路地を駆け抜けることにした。表通りなら銃撃はないかもしれないが、身を隠す場所がない。裏通りはその逆になる。実際に、正面にスーツ姿の男が2人、道を塞ぐように立っている。
「止まれ!」
「やなこった」
 スーツの男の命令口調に北川が律儀に答える。もっとも、蹴りを入れた後で、だが。それを見たもう片方が銃を北川に向けたが、それはトルビアックに叩き落とされた。苦痛のうめきをあげる男の顎に北川の肘が入り、男は仰向けに倒れた。だが、これで次からは問答無用で撃ってくるだろう。3人の緊張は更に増した。
 そして、すぐに次が現れた。今度はこちらを見るなり問答無用で撃ってくる。トルビアックはビルの影で遮蔽を取ると、追跡者に向けて2発撃った。そして身を隠すとまた撃ってくる。音が単発なところを考えると、相手もどうやら拳銃らしい。
「北川、お前は、美坂を連れて先に行け。俺がここでしばらく食い止める」
「おい、無茶言うなよ!」
 トルビアックに北川が反論する。だが、トルビアックはそんな北川を怒鳴りつけた。
「いいから早く行け!いつまでもいると俺も逃げられん!!」
「・・・・・・」
 なおも北川は渋っていたが、やがて小さく頷くと香里を連れて走り出した。それを確認したトルビアックは改めて相手を確認する。いつの間にやら数が増えている。
「あらら〜、参ったね。かっこつけなきゃ良かったかな」
 などとぼやきつつもセミ・オートで二連射する。
「まあ、頑張るとしますか!」


 トルビアックが食い止めているのか、襲い掛かってくる追跡者は少なかった。といっても、すでに6人が襲い掛かってきていたが。しかし、北川と香里は何とかドックの近くまで来ていた。
「はあ、はあ、はあ、後少しだな」
「え、ええ、そうね」
 ビルの裏側に積んである箱の陰に隠れながら頷きあう。2人とも息が切れていた。特に香里は今にも倒れそうだ。北川は銃のカートリッジを抜いて弾丸を詰め替えた。すでにもう2回分撃ち尽くしている。だが、安心するのはまだ早かった。走ろうと2人が立ち上がった瞬間、物陰から飛び出してきた男が銃を速射してきたのだ。
「っ!」
 咄嗟に北川は香里を突き倒した。おかげで香里は銃弾を避けられたが、北川はまともに銃弾を喰らってしまい、右肩と左わき腹に1発ずつ受けた。どうやら2発とも貫通したらしく、両側から血が流れ出している。特にわき腹の傷は深く、すぐに止血しないと危なそうだ。
「北川君!!」
 香里が叫ぶ。北川は香里の無事な姿を見て安心したように引きつった笑顔を浮かべると、そのまま香里に覆い被さるように崩れ落ちた。
「北川君、北川君、ねえ、しっかりしてよ、ねえったら!!」
 香里の呼びかけに北川は答えない。ただ荒い息をついているだけだ。そこに、先ほど銃撃した男が近づいて来た。よく見れば、後ろにもう1人いる。
「美坂香里、貴様を連行する。おとなしくついて来てもらおう」
 男が香里に命令口調で言う。だが、香里はそれに答えず、ただ北川を抱きしめたまま、俯いて肩を震わせていた。返事がないのを警戒したのか、男が銃を突きつけながら近付いて来る。そのとき、ようやく香里が口を開いた。
「・・・北川君を撃ったのは、あなた?」
「? そうだが」
「そう」
「しかし、馬鹿な男だ。貴様を庇わなければ死なずにすんだものを」
 言葉に嘲りをこめて男が言い捨てる。それを聞いて、香里の中で最後のたがが外れた。
「・・・・なさい・・・」
「ん、何か言ったか?」
 香里の呟きを捕らえて男が聞き返す。そして、ようやく上げた香里の顔には、2つの金色の輝きがあった。それを見て男が驚く。だが、香里はそんなことは気にせず、男に<命令>した。
「死になさい!!」
 その瞬間、男は体を内側から爆ぜるようにして死んだ。それに驚いたもう1人の男が慌てて銃を向けるが、その男は背後からの斬撃に切り伏せられた。そこには、舞が立っていた。その表情は驚愕に歪んでいる。
 そこに、トルビアックが追いついてきた。どうやら銃声を聞きつけてきたらしい。香里と舞を見て安堵した表情を浮かべるが、香里に抱き抱えられるようにして倒れている北川を見て色を失った。慌てて駆け寄ってくる。
「北川、おい,北川!」
 トルビアックが肩を揺すろうとして肩に触れ、生暖かい感触に思わず手を引っ込めた。手には血がべっとりとついている。それを見て慌てて北川を見直すと、肩とわき腹からひどく出血しているのが分かった。
「北川、やられたのか?」
「私を、庇って、撃たれたのよ」
 トルビアックの質問に香里が泣きながら答える。すでに瞳の色は黒に戻っていた。そこに、舞が屈んで北川の服を剣で切り裂き、傷を確認すると、ポケットからシップのような物を取り出して傷口に貼り付けた。
「とりあえず、これで止血は出来る」
「じゃあ、北川君は助かるの?」
 香里の表情に僅かだが輝きが戻る。だが、舞は首を横に振った。
「出血を止めただけ。すぐに手当てしないと危ない」
「・・・そう」
 香里の表情が再び曇る。トルビアックは香里から北川を受け取ると地面に横にした。
「とりあえず、北川はここから動かせん。舞、すまんがカノンに連絡して・・・」
 そこまで言って、トルビアックは絶句した。目の前の光景が信じられなかった。舞が、香里に剣を突きつけているのだ。
「ま、舞、何を・・・?」
「香里、正直に答えて」
 トルビアックの言葉に耳を貸さず、舞は香里に話し掛けた。
「・・・何を、かしら」
「・・・さっきの金色の目、貴女は、シェイドなの?」
「なっ!」
 舞の言葉にトルビアックが驚いて香里を見る。香里は舞を見返した。
「なぜ、それを知ってるのかしら?」
「・・・アヤウラから、連絡があった。香里から、失われたシェイドのデータを受け取ったって」
 舞の声に怒りが混じり始める。その様子に、トルビアックは呆然と2人を眺めやった。
 香里は舞から視線をそらせた。
「そう、でも、だからどうだって言うのよ?」
「香里がシェイドなら、あの辛さを知っているはず。香里は、あの悲劇を繰り返すつもりなの?」
 そう言われて、香里は唇をかんで俯いた。そして、舞が剣を振り上げる。
「・・・許さないから!」
 舞がそう怒鳴って剣を振り下ろす。香里は目をつぶって来るであろう衝撃に備えた。だが、予想した衝撃はなく、代りに誰かの苦痛を耐えるかのような呻き声が聞こえてきた。香里が恐る恐る目を開けると、香里を庇うかのように香里の前に飛び出したトルビアックの右肩に剣が食い込んでいた。幸いに鍔元だったおかげか、そのまま切り裂くことだけは避けられたようだが、それでも傷はかなり深い。下手をすれば致命傷だ。
 舞は自分の剣を伝ってくる血を手に滴らせたまま、震える目でトルビアックを見ていた。トルビアックは厳しい目で舞を見返す。
「舞、仲間を斬り付けちゃいけないな」
「ト、ト、トルク」
 舞の震えが全身に広がっていく。トルクは辛そうに顔を歪めながら、なおも言葉をつむいだ。
「いいか、香里は仲間だ。分かったな、舞」
「う、うん」
「・・・そ、そうか・・・」
 そこまでが限界だったのか、トルビアックは崩れ落ちた。肩から剣が抜ける。そこから血が吹き出てきた。返り血が舞にかかったが、舞はそんなことは気にも止めずに膝を突いた。
「トルク?」
 舞は信じられないように呟く。手から剣が落ちたが、落ちる前にそれは音もなく消え去った。そこに、そうやく佐祐理が追いついてくる。
「ま、舞〜、何処ですか〜」
 佐祐理がやってくる。しかし、そこで足を止めた。無理もない。見たことのない男と北川、トルビアックが血を流して倒れていて、香里と舞が返り血を浴びて真っ赤になっているのだから。
「ま、舞、一体、何があったんですか?」
「・・・佐祐理、私・・」
 舞が泣きそうな顔で佐祐理を見る。しかし、佐祐理も何も言えなくなっていた。この惨状と、舞の今にも壊れてしまいそうな弱々しい姿に頭がついていかないのだ。
 そこに、久瀬がやってきた。どうやら、どこかで無人タクシーを拾ってきたらしい。久瀬もこの惨状を見て絶句する。そして、最後の当事者も現れた。
「おいおい、何があったんだ、これは?」
 シアンが呆れた口調で周囲を見回す。舞が驚愕に顔をゆがめてシアンを見るが、シアンはそれを抑えた。
「川澄少尉、今は2人の手当てが先だ。誰か、車を探してきてくれ」
「それなら、僕の乗ってきたタクシーがあります」
 シアンの求めに久瀬が応じる。シアンは久瀬を見て首をひねった。
「ああ、ええと、誰かな」
「ああ、僕は久瀬隆之大尉です。貴方はシアン・ビューフォート少佐ですね」
「そうだが、何故知ってるのかは聞かないでおこう。今は2人のほうが優先だからな」
 そう言ってシアンがトルビアックを担ぎ上げる。
「すまんが久瀬大尉、北川中尉を頼めるかな」
「ああ、はい」
 シアンに言われて久瀬が香里から北川を受け取る。北川を担ぐと久瀬は先頭に立って歩き始めた。タクシーはすぐ傍にあり、6人はいささか定員オーバーながらも何とかタクシーに乗り込んだ。シアンが近くの病院に向かうように指示する。無人タクシーはインプットされている地図を検索し、グラナダ総合病院を弾き出した。


後書き
ジム改 さてと、ようやくメインキャラの大半が出終わったな
栞   酷いです。私、まだ何にもしてないんですよ!
ジム改 おお、誰かと思えばもうすぐ両親に会える栞ちゃん
栞   そんなことを言う人は地球の敵です! いきなりヒロイン殺してどうするつもりですか!
ジム改 いきなり地球の敵かい。それに、誰がヒロインだって?
栞   もちろん私です
ジム改 それはないな
栞   何でですか?
ジム改 ヒロインは最低でも男キャラとつりあいが取れる身長とそれなりのスタイルを必要とするのだよ
栞   そんなこという人大嫌いです――!!
    栞、泣きながらランナウェイ
ジム改 ああ、行っちゃったよ、数少ない出番なのに。さて、次回、「亡霊たち」にこう御期待