第9章 オンタリオ事件
中破したカノンは護衛艦に守られながらサイド6の軍事コロニー、ジブラルタルに来ていた。ここで傷ついた船体を直し、ついでに改装を受けることになっている。それらの作業が終わるまでの間、カノンの乗組員は仕事が無い。いわば、長期休暇が出されたようなものなのだ。加えて、カノンに新しい仲間が加わった。
「皆さん、これから戦闘機隊の指揮をとってくださるキョウ・ユウカ大尉です」
秋子が主要メンバーに紹介する。そう、あの全滅した第12機動戦隊のコア・ブースター隊の隊長だった男だ。カノンに救助されたのはいいが、次の配属が決まらないまま、秋子が貰い受けてしまったのだ。
「ユウカ大尉が来て下さったおかげで、ようやく戦闘機隊がまとまりますね」
秋子は嬉しそうに微笑んでいる。だが、キョウの表情は晴れなかった。
「それでは、自己紹介をお願いしますね」
そう言って秋子が一歩下がる。代りにキョウが前に出てきた。
「キョウ・ユウカ大尉です。キョウと呼んでください」
「・・・・・・」
どうやら、彼はユウカと呼ばれるのが嫌らしい。なんとなく理解できて皆は一様に頷いた。
祐一達は休暇を楽しむべく観光コロニー、オンタリオに来ていた。ここは山あり海あり平原ありと何でもそろったリゾートコロニーで、1年中夏という気候設定になっている。ここに祐一達は遊びに来ているのだ。
いま、広い海を見やって祐一とトルビアックは肩を並べていた。
「海い!!」
「海だあ!」
「おお、俺はこの日を待っていた!!」
「海といえばなんだ? トルク!!」
「ふっ、愚問だ、相沢。海といえば」
「海といえば?」
「水着じゃあああああああっ!!」
「やっぱり気が合うな、トルク!」
「さすがだな、相沢!!」
「「友よ!!」」
ガッシと腕を組み合い頷きあう2人。というか、何をやってるんだか。ちなみに、北川はまだ傷が完治しておらず、今日は海には入れない。
その時、後ろから砂を踏む音が近づいて来た。
「来たかあ♪」
「おお、そのようだ♪」
2人は鼻息も荒く振り向いた。そして、そのまま固まった。
「・・・何をやってるんだ、お前ら?」
来たのはキョウだった。
「うおおおおおっ――!」
「目が、目が腐る――!!」
「ああ、大丈夫かトルク――!」
苦しむトルクを心配する祐一、キョウはこめかみに怒りマークをつけて2人を見やる。
「・・・おい、何でいきなりそこまで言われなくちゃいかんのだ」
だが、2人はキョウの文句も聞かず、お互いを慰めあっていた。
2人が苦しんでいると、ようやく待望の女性陣がやってきた。
「「おお♪」」
「・・・いきなり復活したな・・・」
呆れるキョウなど気にもとめず、2人は女性陣を丹念に見つづけた。名雪は青のビキニを着ている。以外に体つきはスポーティーだ。やはり、学生時代に陸上部にいたおかげだろう。その隣にあゆがいる。こちらは白いワンピースだ。でも、名雪と比べるとどうにも貧相でいけない。
「うぐぅっ! 余計なお世話だよっ!」
「うおっ! どうして俺の考えてることが分かった?」
「祐一、口に出てたよ」
呆れ顔で名雪が突っ込んでくる。
「なに、そうだったのか」
いかん、これからは気をつけよう。
そうしていると、今度は舞に佐祐理、栞がやってきた。祐一とトルビアックの視線が2人に釘付けになる。舞は白のビキニを着ている。佐祐理は花柄のビキニパレオだ。2人とも抜群のプロポーションをしているため、ビキニが非常に良く似合う。祐一とトルビアックがだらしなく見続けていると、舞が2人にチョップを入れてきた。
「ぐおっ」
「ぐはあっ」
強烈な一撃にのけぞる2人。
「な、何をするんだ舞!」
「・・・2人の目がいやらしかったから」
トルビアックの非難に冷静に返す舞。言われてトルビアックは返す言葉も無く黙った。だが、怒っているのは舞だけではなかった。
「トルクさん、祐一さん、私はどうなんですか!?」
「「えっ?」」
言われて2人はようやく栞に気付いた。栞は明るい色を基調としたワンピースを着ている。しかし、2人に比べるとどうしても寂しい。2人にはそっちの趣味は無いからどうしても舞と佐祐理に視線が向いてしまったのだ。
「・・・そんなこと言う人は大嫌いです!」
「「何も言ってない!!」」
「・・・祐一、だから口に出してるって」
「・・・そうなのか?」
少し悲しそうに聞く祐一に名雪とあゆが大きく頷いた。
「相沢、謝ったほうがいいと思うぞ」
「貴様、裏切ったかあっ!」
「・・・ふっ」
祐一の非難にトルビアックは明後日の方を見ながら鼻で笑った。だが、そんな2人に恐るべき災厄が襲い掛かってきた。
「お前ら、少しは手伝えっ!!」
シアンが祐一とトルビアックの頭を思いっきり殴る。その凄まじい一撃をまともに喰らった2人は宙を飛んで灼熱の砂浜に頭から突っ込んだ。
「「熱いいいいいいいいいいっ!!!」」
まあ、日光に焼かれ続けた砂浜だ。そりゃ熱いだろう。2人とも顔を両手で押えてのたうち回っている。
「わ、熱そうだよ〜」
「うぐぅ、ちょっと可哀想かも」
「は、はは、そうですねぇ」
「・・・お兄ちゃん、やりすぎ」
「自業自得、と言いたいんですけど・・・」
2人の惨状にさすがに同情したのか、5人が口々にシアンを責める。だが、シアンはそんな5人に事情を説明する。
「当然の報いだ。全く、俺1人にビーチパラソルやマットの設置、さらに荷物運びまでやらせやがって」
「少佐、1人でやってたんですか?」
キョウが驚いてシアンに聞き返す。その声でシアンはキョウに気付いた。シアンの目が細められる。
「・・・大尉、君も何してるのかなあ?」
「・・・あ、いえ、その・・・」
シアンから発せられる怒気に気圧されて1歩、2歩と後ずさる。だが、別に襲い掛かっては来なかった。
「まあ、いいいけどね。もう終わったし」
疲れたような溜息をついてシアンが言う。そこに、先ほどの2人が駆け寄ってきた。
「た、隊長、いきなり何すんですかっ」
「死ぬかと思ったじゃないすか!」
口々にシアンに文句をぶつける。だが、シアンは何も言わずに2人を見返し、含み笑いを始めた。
「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふふふ・・・」
「あ、あの、隊長?」
「ど、どうか、したんすか?」
さすがに不気味だったのだろう。2人が思わず引いたが、シアンは何も答えずに2人に背を向けて荷物の方に戻っていった。
「ど、どうしたんだ、一体?」
祐一が首を捻る。そこに、舞が話し掛けてきた。
「・・・祐一、トルク、元気でね」
「「はいっ!?」」
「・・・お兄ちゃんがああいう笑い方をする時は、いつも本気で怒った時だから」
そう言って、両手で体を抱え込んでブルッと身を震わす。
「・・・2人には、きついお仕置きが待ってる」
「「・・・」」
返す言葉も無い。トルビアックと祐一はお互いに見つめあうと、同時にシアンの背中に目をやった。その目には恐怖の色があった。
祐一とトルビアックに対するお仕置きの準備の為に、シアンは秋子のところに行った。秋子は荷物の置いてあるビーチパラソルの下で座っていた。名雪と同じ青いビキニの上からパーカーを羽織り、サングラスを少し下がり目にかけている。その体はとても18の娘がいるとは思えないほどで、どう見ても20代半ばにしか見えない。スタイルも舞や佐祐理と並んでも見劣りすまい。いや、もしかしたら上回るかも。
海岸を歩けば男どもの視線を独占できるであろう秋子だが、もちろんシアンは秋子を口説くつもりで来たわけではない。いや、決して秋子に魅力を感じなかったわけではないが、その誘惑をすぐに振り切ったのだ。
「すいません、水瀬司令」
「あら、シアンさん、私のことは秋子でいいですよ」
「いや、そういう訳には・・・」
「そうですか・・・じゃあ、命令しちゃいましょう」
「はっ?」
言った意味がわからず、シアンは聞き返した。
「シアンさん、これからは私のことを秋子と呼んでください。これは命令ですよ」
「・・・は?」
さすがにシアンも困惑した。目が点になっている。そんなシアンを見て秋子がおかしそうに笑った。
「うふふふふ、いいですね、シアンさん」
「・・・は、はい・・」
もう、何も考えずに答えてしまう。
「それではシアンさん、言ってみてください」
「・・・あ、秋子さん、で、いいんですか?」
「はい、よく出来ました」
言われてシアンは思いっきり脱力した。秋子は楽しそうに微笑みつづけている。
「はあ、もういいです。それで、実は秋子さんに頼みがあるんですが」
「あら、なんですか?」
「実は、あのジャムを分けていただけますか?」
「あら、シアンさんはあのジャムが気に入ったんですか?」
「いえ、ちょっと料理に使ってみようと思いまして。今、ありますか?」
「ええ、ここに」
そう言って秋子はクーラーボックスからオレンジ色のジャムが詰まったビンを取り出す。何故そんな所にある!? とシアンは思ったが、口にはしなかった。素直に受け取る。
「ありがとうございます。では、ちょっと準備してきますので」
「ええ、期待してますね」
秋子に笑顔で見送られて、シアンは自分達が泊まる予定のロッジに向かった。
ロッジには怪我がまだ治らないので海で遊べない北川と、北川に付き合っている香里がいた。2人は椅子に腰掛けて何かを話していたが、シアンが入ってきたのを見て視線をこちらに向けた。
「あれ、どうしたんです?」
「海に行ったんじゃないんですか?」
「いや、ちょっと用事が出来てな」
シアンお答えを聞いて2人は首を捻った。なにか、シアンの様子がおかしいのだ。そこで、ようやく香里が気付いた。シアンが持っているものに。
「シ、シ、シアンさん・・・その、手にもってるのは・・・」
香里の表情が恐怖に大きく歪む。それで北川も気付いた。そのままの姿勢で固まってしまう。そんな2人を見てシアンはやさしそうに微笑んだ。
「ちょっとな、トルクと相沢とキョウ大尉においしい物でも作ってやろうと思ってね。なんなら、2人も食べるかい?」
シアンに聞かれて2人はブンブンと首を横に振った。それを見てシアンが厨房に消えていく。それを確認して、2人はいそいそとこの危険地帯から姿を消してしまった。
昼、遊びつかれた若者達が食事を求めて荷物が置いてある所に集まってきた。そこには当然秋子と、バーベキューを焼いているシアンがいた。何故か香里と北川も手伝っている。
帰ってきた祐一とトルビアック、キョウの視線ははみんなを出迎えようと立ち上がった秋子に釘付けになった。
『これが、18になる娘がいる女性の体ですか・・・』
『う、嘘だ。絶対に何かが間違ってる・・・』
『・・・司令、貴方は一体、今何歳なんですか?』
3者3様に馬鹿なことを考えている。まあ、気持ちは分からなくも無いが。
「名雪さん・・・あの3人、どうしようか?」
「埋めちゃおうか」
「私も賛成です」
あゆ、名雪、栞が物騒な相談をしている。しかし、シアンがそれをさえぎった。
「埋めるのはかまわんが、先に飯にしてくれ」
そう言って皆の前に焼けた串を並べていく。それを見て皆の顔が輝いた。
「うわあ、おいしそうですね〜」
「・・・おいしい」
すでに佐祐理と舞が食べ始めていた。それを見て他の全員も串を手にとる。だが、何故か祐一とトルク、キョウの分は無かった。
「「「あ、あの〜、俺の分は?」」」
3人に聞かれてシアンは荷物の方に置いてあったサンドイッチを持ってきた。
「ほれ、お前達の分だ」
「「「・・・何故にサンドイッチ?」」」
訳がわからず3人が首を捻る。だが、それを見た北川と香里が小さく悲鳴をあげて離れていく。それを見た祐一は引きつりまくった笑顔でシアンに聞いた。
「・・・あの〜、これは一体、なんですか?」
聞かれたシアンははっきりと答えた。
「見て分からんか? サンドイッチだ」
「いや、そうじゃなくて・・・」
なおも食い下がろうとする祐一を見て、シアンは小さく笑った。
「ふふ、教えてやろう。これは俺の特製サンドイッチだ。俺がお前達の為に様々な材料を使用して作った。残さずに食べるんだぞ」
「何でそんなものを?」
さすがにトルビアックもげんなりして答える。何が楽しくて男の作ったサンドイッチなどをこんな所で食べなくてはならないのだ。だが、次の言葉が3人を、いや、全員を凍りつかせた。
「ちなみに、この中にはあのジャムを使ったものが5つ入っている」
「「「・・・・・・」」」
その瞬間、時が止まった。周囲から全ての音が消えうせたのだ。次いで、祐一とトルビアックの絶叫が響き渡った。
「「ええええええ〜〜〜〜〜っ!!!」」
「何です。そのあのジャムって?」
ただ1人、あのジャムを味わっていないキョウが不思議そうに周囲を見回す。だが、誰もキョウの話など聞いていなかった。特に、祐一とトルビアックは必死だった。
「し、し、シアン少佐、俺たちに死ねということですか。それは?」
「ほう、よく言ったな相沢、聞こえても知らんぞ」
シアンのぼそぼそ声に祐一は壊れた自動人形のようなぎこちない動作で秋子を見た。幸い、秋子には聞こえなかったらしい。
「で、ですが、そんな悪魔に魂を売るようなこと、よくしましたね」
「お仕置きだからな」
固まった祐一の変わりにトルビアックがシアンを非難する。だが、シアンの一言が舞の警告を思い起こさせた。
(・・・2人には、きついお仕置きが待っている)
「・・・こういう事かい」
ようやく理解できたトルビアックはガクリと頭を垂れた。あきらめたのだ。
そして、3人の前に18のサンドイッチが並んだ。このうち5つに悪魔が潜んでいる。祐一とトルビアックは敵に対する以上の緊張を持ってこのピンチに望んでいた。だが、もう1人の戦友はその恐怖を知らないため、すっとサンドイッチを手に取り、口に運んだ。
「・・・なかなか美味しい卵サンドだぞ」
美味しそうに食べている。それを見て、祐一とトルビアックは気付いた。これはロシアンルーレットだと。ならば、まだ確率が低いうちに6つ食べれば生き残れる確率が高い。
「うおおおおお――!」
「食べてやる、食べてやるぞ――!」
そう言って2人は同時にサンドイッチを掴み、口に運んだ。
「・・・ハムサンドか・・・」
心から安堵して祐一が呟く。だが、トルビアックは違ったらしい。
「・・・ぐぶおおおおおおぉぉ!」
どうやら外れだったようだ。机に突っ伏して小さく痙攣している。それを見てキョウが引きつりまくった表情で祐一を見た。
「・・・こうなる、訳か?」
キョウの問いかけに祐一は無言で頷いた。
この狂気の宴は3人がお互いを牽制しあったまま続き、最終的に祐一とキョウが1つづつ、トルビアックが3つを食べた。このダメージで3人は白目をむいて突っ伏している。特に3つを食べたトルビアックはひどく、口から不健康そうな液体を流しながらピクリともしない。
祐一が真っ先に目を覚ました。やはり、馴れだろう。だが、すぐにおかしいことに気付いた。どうして砂浜がこんなに近いんだ。それに、どうして体が動かんのだ。この疑問は頭をめぐらすことで解決した。頭だけ残して砂に埋められていたのだ。
「は、はははは、はははははは・・・・」
犯人も判明した。目の前の砂にこう書いてあったのだ。
「砂に埋もれて反省しなさい、名雪、あゆ、栞」
たぶん、3人以外にも手を貸した奴がいるだろう。見れば左右にはトルビアックとキョウが頭だけ残して埋まっている。それを見ておかしくなったが、だんだん近付いて来る音を耳にして顔色が変わった。
「・・・て、満ち潮が近いじゃねえかっ!」
ほとんど絶叫に近い。無理もあるまい。もう1メートルも無いところまで波がきていたのだから。このままいけば後30分もしないうちに3人は波の下だろう。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て―い!」
もはやパニクっている。すぐ傍で祐一が絶叫しているのに、左右の2人は全く目を覚まさなかった。ある意味たいしたものだが、そのほうが幸せかもしれない。
祐一が助けを求めて叫んでいると、街の方から人の声が近づいて来た。そちらに目をやると、自分と同じくらいの、どこかひねくれた感じのする男と、お嬢様系の女の子が歩いてくる。
「浩平君、誰か叫んでるよ?」
「ああ、誰か埋まってるからな」
「ふーん、そうなんだ。楽しそうかな」
「あんなに騒いでるんだから、楽しいんじゃないかな」
「・・・この状況の何処が楽しいんじゃい!!」
2人の会話を聞いて祐一が周囲を揺るがすような怒声を発する。さすがに驚いたのか、2人も近づいていった。
「やっぱり助けて欲しいみたいだよ」
「うーん、でもなあ、男を助けても嬉しくないしなあ」
心底嫌そうに言う浩平。それに思わず言い返そうとしたが、それより先に人が集まってきた。
「浩平―、何やってるの?」
「なに、また馬鹿なことしてるわけ?」
「みゅ――!」
「<何してるの?>」
「おい浩平、もうすぐ日が暮れるぞ」
祐一がそちらに目をやると、自分と同じくらいの女の子が2人、年下の女の子が2人、それに20過ぎくらいの男が歩いてきた。
「いや、ここに人柱が3つ埋まってるもんでな」
「人柱?」
「・・・人柱じゃないです」
もうどうでも良くなってきたが、このままだと溺死してしまうので祐一は新たにやってきた人たちに助けを求めた。
「すいませんが、掘り出してくれませんか?」
「あ、そ、そうだね。留美ちゃん、繭ちゃん、澪ちゃん、掘り出してあげよう」
「ま、見捨てるのもなんだしね」
「みゅ―、分かった」
「<そうだね>」
祐一は助かったと思った。だが、その希望はすぐに打ち破られた。
「・・・う、ううう・・・」
ようやくトルビアックが目を覚ましたのだ。
「む、俺は一体・・・ん? なんだ・・・て、おお!」
「気が付いたかトルク・・・て、何喜んでるんだ、お前?」
そう言って祐一はトルビアックの視線を追ってみる。すると、助けようと屈んでいた、女の子のスカートの中が丸見えなのに気付いた。
「・・・おお!」
「? 何を喜んでる・・・の・・・」
目の前の女の子が2人の視線に気づいて慌てて立ち上がり、スカートの裾を押えた。顔が真っ赤になっている。
「ど、何処見てるんだよ!」
「おい、どうしたんだ長森?」
「う、ううん、なんでもない・・・」
「??」
瑞佳は顔を更に赤くして引きつった笑顔で返す。それを聞いて浩平は怪訝そうな顔になったが、気付いた七瀬が埋まってる2人を思いっきり踏みつけた。ちなみに彼女はキュロットなので見られる心配は無い。
「ちょっと、何処を見ているのかしら、お二人さん?」
「「い、いいえ、何処も見ていません」」
七瀬に睨まれて2人はふるふると頭を横に振った。だが、七瀬には通じなかった。
「ふうん、で、何か言い残したいことは、ある?」
「「・・・私が悪うございました。どうかお許しください」」
とたんに卑屈になって謝る2人。それを見て七瀬が肩をすくめた。
「なんか、この2人と話してると、折原の相手をしてるみたいだわ」
「・・・おい、俺をこんな覗き魔と一緒にしないでくれ」
「浩平、前に私の着替えを覗いたもん」
浩平の反論に瑞佳が突っ込む。それを聞いて回りの女性が一斉に1歩引いた。
「お、おい、俺がいつ覗いたんだ?」
「2ヶ月前、私の部屋に入ってきたもん」
「あれは俺が悪いんじゃねえ!」
浩平は大きく否定したが、間違ってはいない。あの時、浩平は瑞佳に呼ばれて瑞佳の部屋に行ってみたら、瑞佳が着替え中だっただけだ。ちなみに、鍵は開いていた。だが、周囲は浩平を全く信じていなかった。
「折原、見苦しいわよ」
「みゅー、みゅー」
「<潔くするの>」
「浩平、やっぱりお前と長森は、そういう関係だったのか」
「浩平君、見損なったよ」
若干1名、妙なことを言ったが、まあ浩平が周囲にどう思われているかがこれで分かるだろう。
「・・・信じてくれよ〜」
浩平が滂沱の涙を流して懇願する。それを見て祐一は浩平に妙な近親感を覚えた。
「なんだか、他人とは思えん奴だな」
「お前に俺の気持ちが分かるかー!」
浩平は祐一に向けて怒鳴りつけたが、祐一は真剣だった。
「いや、分かるぞ。周囲が徒党を組んで追い詰めて来るんだ。そして、最後には悪くないのに謝ることになる・・・俺もそうだからな」
「・・・お前、名前は?」
「相沢祐一だ」
「そうか・・・おれは折原浩平だ」
「そうか、お前も苦労してるんだろうな」
「ああ、お前もな」
男達は、分かり合えたのだ。
そこに、ようやく名雪たちが助けにやってきた。
「祐一〜、ごめ〜ん」
「うぐぅ〜、祐一く〜ん」
「祐一さん、まだ生きてますか〜」
どうやら、今まで本気で忘れていたらしい。3人の声を聞いて祐一のこめかみに怒りマークが浮いている。
「・・・あいつら・・・」
「お前も大変だな」
祐一の境遇に浩平が本気で同情していた。
名雪たちが走ってくるのを見て澪がみさきの影に隠れた。
「澪ちゃん、どうかしたの」
『あの人、前に戦った人なの』
澪がみさきにそう伝える。だが、悲しいかなみさきは目が見えないので、誰といわれても確認できない。みさきが困っていると向こうから声をかけてきた。
「あ、ひょっとして、グラナダの食堂にいた人達ですか?」
「あ、もしかして、名雪さん?」
瑞佳が驚いて声をあげる。それを聞いて名雪が嬉しそうに瑞佳に近づいていった。
「やっぱり、瑞佳さんだったよ。でも、こんな所で何してるんですか?」
「私達は、ここに埋まってる人たちを掘り出してあげようとしてたんだよ」
「そうだったんだ」
どうやら、2人は気が合うらしい。2人が楽しそうに話していると、下のほうから苦しそうな声が聞こえてきた。
「な、な、名雪、遊んでないで助けてくれ」
「え、あ、ゆ、祐一〜」
みれば、祐一は波を浴びてアップアップしていた。いや、祐一だけでなく、トルビアックとキョウも溺れかけている。
慌てて全員は3人を掘り出した。そして、そのまま全員で祐一たちの泊まっているロッジに押しかけている。
「まあまあ、にぎやかで楽しいわね」
そう言って秋子は了承した。まさか、相手がサイド5で戦った相手だとは思わず、すっかり打ち解けている。
「そうなんだ。名雪さんと祐一君は幼馴染なんだ」
「うん、祐一って、いつも悪戯ばかりするんだよ」
「はー、男の子って、皆そうなのかなあ」
名雪と瑞佳が互いの境遇について話し合っている。中央では祐一とトルビアック、北川、浩平の4人が馬鹿なことを言い合って騒いでいる。窓際では七瀬と佐祐理、香里が楽しそうに談笑している。クラインはキョウとグラスを交し合っている。秋子の座っているソファーの傍では栞とあゆが澪、繭と話している。澪とあゆはちょっとぎこちないが、まあ仕方ないだろう。
そして、舞とみさきはロッジの外に出ていた。時間はもう夜で、風が少し冷たい。そんな中でみさきは舞に話し掛けた。
「久しぶりだね、舞ちゃん」
「・・・うん」
舞は少し警戒しているのか、いつでも動ける態勢でいる。そんな舞の様子にみさきはおかしそうに笑った。
「大丈夫だよ、こんな所で戦ったりしないから」
「・・・そう、ね」
みさきは舞の傍まできた。
「茜ちゃんとは、もう話したかな?」
「・・・茜が何処に居るのか、知ってるの?」
「終戦以来、私と一緒にいたからね」
「・・・じゃあ、サイド5で戦った敵の中に、みさきも居たの?」
「うーん、あそこに居たのは、私の艦隊だったんだよ」
みさきは、舞の勘違いを正した。それを聞いて舞が少し驚く。
「みさき、出世したんだ」
「まあ、出世って言えば、出世だね」
そう言ってみさきは空を見上げた。
「うーん、いい風だよ」
「・・・みさきは、どうしてジオンの為に戦うの」
「・・・私は、皆のためだよ」
「みさきと一緒に来た人たちのこと?」
「うん、みんないい人ばっかりだよ」
みさきが嬉しそうにいう。だが、舞は辛そうに俯いた。
「わたしは、みさきとも、茜とも戦いたくない」
「・・・舞ちゃん・・・」
みさきは舞に向き直った。舞は悲しそうにみさきを見ている。
「私も舞ちゃんとは戦いたくないよ。でも、私はみんなを見捨てられないよ。舞ちゃんなら、名雪ちゃんや祐一君を見捨てることが出来る?」
「・・・ううん、私はみんなを裏切れない」
舞が辛そうに答える。それを聞いてみさきは大きく頷いた。
「うん、それでいいと思うよ」
みさきは舞を抱き寄せた。
「舞ちゃん、茜ちゃんは舞ちゃんを探してるよ。もし会えたら、じっくり話し合ってみなよ。茜ちゃんだって、本当は戦いたくないんだから」
自分が話し合えといったとは言わず、舞をやさしく諭した。舞が涙目になる。
「で、でも、茜は私を許さないかもしれない」
「・・・そうだね、でも、話し合ってからでも遅くは無いはずだよ」
みさきは子供をあやすかのようにやさしく舞に話し掛ける。舞はみさきに小さく頷いた。
しばらくして、みさきは舞から離れた。舞もみさきから離れる。みさきは笑顔で舞にロッジに戻るように言う。舞は頷いてロッジに戻っていった。
舞が戻ったのを足音で確かめたみさきは、表情を引き締めて真っ暗な海岸に視線を向けた。
「誰、そこにいるのは?」
「おや、分かっちゃったかな」
答えたのは自分と同じくらいの青年だった。
「気配は消したつもりだったんだけどね。さすがは<心眼>の川名みさき」
「!? 誰なの?」
思わずみさきは一歩引いた。青年はおかしそうに笑う。
「あははははは、僕は氷上シュン、シェイドの1人だよ」
「・・・私の知らないシェイドがいるって言うの?そんなの、信じられないよ」
「信じる、信じないは君の自由さ。ただ、僕は君とシアン・ビューフォートを倒すために作られた事は教えておくよ」
笑顔を崩さないで氷上が言う。みさきは今度こそ驚いた。
「シアン兄さんや私を倒すため? まさか、FARGOがまだ生きているの」
「そういうこと。ああ、心配しなくてもいよ。今日は戦いに来たわけじゃないからね」
「・・・じゃあ、何の用でここに?」
「アヤウラ中佐はここにいるカノン隊の主要メンバーを殺そうとしている。特に、司令官の水瀬秋子をね」
「・・・暗殺を狙ってるの?」
みさきが聞くと氷上は肩をすくめた。
「MSでコロニーを襲撃するつもりさ」
「どうして、そんなことを? コマンド部隊を送り込んだ方が確実なのに」
「普通の相手ならね。でも、水瀬秋子はニュータイプじゃないかと彼は疑ってる。それに、彼女には川澄舞に美坂香里の2人のシェイドがいる。コマンド部隊なんか何百人送ったって成功するはずが無いさ」
氷上の話を聞いてみさきは頷いた。
「なるほどね。だから、アヤウラ中佐はMSで吹き飛ばしてしまおうとしている」
「そういうこと。でも、それでもし君が巻き込まれて死んだりしたら、僕の存在理由がなくなってしまうんだよ。それは困るからね。こうして教えに来てあげたわけだ」
その時、コロニーに警報が響き渡った。あの戦争で幾度となく聞かされた音。敵襲を告げる警報だ。
「どうやら、来たらしいね」
氷上が空を見上げて呟く。みさきは踵を返すとロッジに戻っていった。それを見送って氷上も引き返そうとして、ロッジの近くの茂みからこちらを見つめる瞳に気付いた。しばらくそれを見返していたが、やがて一礼して氷上は夜の闇に消えていった。
氷上が立ち去った後、茂みの中からシアンが出てきた。
「氷上シュン、か。FARGOが生きてるとか言ってたな。まさか、あの計画を受け継いだ奴がいたのか?」
シアンは自分がジオンから逃亡する原因となった計画、ラスト・バタリオンを思い出して身を震わせた。
サイド6、オンタリオコロニーに1つの小惑星が近づいていた。別に珍しくも無い。オンタリオコロニーの防衛システムはこの漂流物を完治すると自動的にこれに向けてミサイルを放った。ミサイルは狙い過たず命中し、小惑星は破壊された。だが、破壊された小惑星から何かが飛び出してきた。それは、ジオンの潜宙艦だった。
「ミノフスキー粒子を散布しろ。MS隊、コロニーの穴から中に入れ!」
アヤウラが指示を飛ばす間に潜宙艦の主砲がコロニーの河の部分を向いた。
「撃て!」
アヤウラが命令する。それに従って2基の連装メガ粒子砲から4本のメガ粒子ビームが撃ち出され、コロニーの河に大きな穴をあけた。そこから凄い勢いで空気が漏れてくる。
「よし、真希の小隊を出せ。必ずカノンのメンバーを殺してこい」
アヤウラの言われて広瀬真希の率いる3機の見たことも無いMSが出撃し、コロニーに侵入していく。
「あーあ、私、こういう任務って好きじゃないのよねー」
真希は誰にも聞かれないのを確認してからぼやき始めた。
「まあ、これも仕事だからしょうがないけどさ」
ぶつぶつ言いながら真希はすばやくコロニー内を検索し、事前に調べておいた秋子たちのいるロッジを目指した。3機はコロニーの空を飛び、目標の近くに降下していく。地上はパニックになっており、非難していく人々でごった返している。
真希は下を見てめんどくさそうに呟いた。
「邪魔よねえ。少し歩きやすくしようか?」
「隊長、そんなことしてる時間は無いですよ」
「んな事分かってるわよ。さっさと片付けて逃げ出すわよ」
部下に答えて真希は目標を探す。情報どおりなら目標はこのあたりにいる筈なのだ。しばらくモニターで探していると、それらしい人物を見つけた。
「ビンゴ! 水瀬秋子を見つけたわ」
勝ち誇って秋子に近づこうとした時、レーダーが近付いて来る物体を発見した。
「何よ、この忙しい時に」
接近してきたのは、コロニー防衛隊の戦闘機トリアエーズと、ジムだった。先頭のジムが高速で接近してくる
「あうー、これ以上好きにはさせないわよー!」
「何よ、子供なの?」
通信機から飛び込んできた声を聞いて真希が驚く。だが、そのジムの動きはなかなかのものだった。
「やるじゃない。でもね、ジムじゃこのシュツ―カの相手は出来ないわよ」
そう言って真希は機体をジムに突進させていく。真琴はマシンガンを撃ったが真希はシールドでそれを防いだ。
「あう―、なんなのよ、このザクは?」
「落ち着いて真琴、これはザクじゃありませんよ」
追いついてきたジムがマシンガンを撃ちまくる。さすがに真希も2機からの弾幕に突進するわけにはいかず、牽制を放ちながら一旦下がった。
「くそっ! 2機がかりとは卑怯じゃない!」
「卑怯だなんて、失礼な人ですね」
「っ!?」
どうやら、独り言を傍受されたらしい。相手が文句を言ってきた。それを聞いて真希はカッとなった。
「ふざけるんじゃないわよっ!!」
真希はシールド裏からシュツルムファウストを取るとジムに向けて撃った。白煙を引いて炸裂弾が2機に襲い掛かる。2人は慌てて大きく下がりながらシールドを前に構えた。物凄い爆発の衝撃が機体を揺さぶる。
「あううっ――!!」
「だ、大丈夫ですか、真琴?」
「う、うん、美汐こそ、大丈夫?」
「・・・ちょっと、左腕のマニュピレーターがいかれましたね」
自分の機体をチェックして美夕が愛機の損傷を見つける。爆発の衝撃を受け止めた際、シールドを持っていた左手が壊れたのだ。
2人がダメージから立ち直らないうちに真希がビームサーベルを抜いて襲い掛かってきた。
「な、何でザクがビームサーベルをー」
「ですから真琴、あれはザクではありませんよ」
慌てる真琴をたしなめる美夕。だが、そんな2人に容赦なく真希が襲い掛かった。
「遅いのよっ!」
真希のビームサーベルが真琴を捕らえそうになるが、真琴はシールドを犠牲にしてそれを避けた。シュツーカが至近距離にいるのを見て頭部のバルカンを放つ。至近距離からなら頭部バルカンも大きな威力がある。真希のシュツーカはこのバルカン攻撃でだいぶ大きな傷を受けた。真希が怒って更に攻撃を加えようとしたとき、新たな敵がやってきた。
「今度は何よ?」
少しうんざり気味に真希が機体を後退させながら新手を確認する。新手は新型のジムが1個小隊だった。
「何よ、またジムなの?」
真希は少し馬鹿にして言う。無理も無い。このシュツーカは多くの面でゲルググを上回る性能を持っている。ジム系列機など問題にもならない。はずだった。だが、その新手の3機の新型のジムは真希にも捕らえられないような動きで自分の死角に入ってきた。
「な、何よ、こいつは!」
慌ててジムを探すが、見つけたときにはすでに照準をつけられた後だった。高速で撃ち出される徹甲弾が機体を激しく打ち付ける。このままでは危ないと判断した真希は部下を呼んだが、答えたのは1人だけだった。すでに1機は撃破されてしまったのだ。
「く、く、くそおおおおっ!!」
真希は大きな声で叫ぶと、生き残った部下と共にコロニーから脱出した。真希の目の前のジムはそれを追わず、構えていた銃を下げた。他の2機がよってくる。
「いいんですか、逃がしてしまって?」
「いいわよ、どうせ、もう悪さも出来ないでしょ」
「・・・まあ、郁美がそういうんなら、いいけどさ」
「・・・春香さんもそう言うなら、私もそうします」
「あんた、たまには自分を出したら? 周りがどうとかじゃなくてさ」
「晴香さんは、もう少し人の話を聞いたほうがいいと思います」
「何ですって―!」
「2人ともそこまで、葉子さんもあんまり晴香をからかわないの」
「私は真面目に言ってるのですが」
「・・・・・・」
「・・・そ、そうなの。まあ、いいけど」
「良くなーい!」
晴香が郁美に食って掛かる。だが、そんな3人に新たな通信が割り込んできた。
「3人とも、いいかげんにしておけ」
「あ、久瀬大尉」
「ご、御免」
「すいませんでした」
「いや、分かればいいよ。それより、コロニーの穴を塞ぐのを手伝ってくれないか」
久瀬が小型船を操縦して穴の方に向かっていく。その小型船から作業用のジムが飛び出した。
「郁美さん、晴香さん、葉子さん、早く手伝ってくださいよ―」
3人の通信モニターに自分達より少し幼い感じの少女が映った。
「あ、ご免ね由衣、すぐ手伝うから、て・・・」
「何であんたが乗ってるわけ」
「由衣さん、いつの間にMSを動かせるようになったんですか?」
「へへ―、久瀬大尉に教えてもらったんです♪」
3人に聞かれて由衣は嬉しそうに答えた。久瀬は黙って船体から作業用のアームを延ばした。だが、3人は久瀬を問い詰めた。
「ちょっと大尉、いつの間にそんなことをしたんです?」
「大尉、どうして由衣だけに」
「大尉、公私混同はいけません」
「・・・僕が悪いのか・・・」
「「「はいっ!」」」
3人にはっきりと言われて久瀬は何も言えなくなった。その後、久瀬は嬉しそうな由衣と追及してくる3人の間で幾度も溜息をつくのだった。それでも作業はきちんとやったのだから大したものかもしれない。
コロニーの外にいたアヤウラは脱出してきた真希たちを回収すると急いで戦場からの離脱を図った。すでにコロニー防衛隊の艦隊が出てきている。
「ここまでだ、脱出するぞ! 潜宙しろ!」
アヤウラの指示で潜宙艦から黒色ガスが展開し、連邦艦隊は潜宙艦を見失ってしまった。残念ながら、コロニー駐留艦隊には対潜艦は配備されていない。
この襲撃でオンタリオコロニーは1000人近い犠牲者を出した。その多くがあいた穴から吸い出されたらしく、遺体すら見つかっていない。更に、連邦の軍事コロニー、ジブラルタルも宇宙港で爆発があり、襲撃者の別働隊による破壊活動と見られている。この爆発は入港しているカノンを狙ったものと考えられているが、幸いカノンに被害は無かった。ただ、港が塞がれてしまい、しばらく出入りが出来なくなってしまった。
サイド6を脱出したアヤウラは真希の報告を受けて頭を捻った。
「お前でも捉えられないほどに素早い敵? ジムでか」
「ええ、ジムの新型だったけど、間違いないわ」
「ふむ、ニュータイプじゃあるまいし」
真希とアヤウラが難しい顔で考え込んでると、明るい声が聞こえてきた。
「ニュータイプじゃないさ」
「・・・どうして分かる、氷上」
「分かるさ、僕の同類だからね」
氷上の言葉にアヤウラは椅子から立ち上がった。
「ま、まさか、連邦にいるはずが・・・」
「忘れたのかい。君が殺したシェイド研究者の1人、連邦に亡命した巳間良祐の事を」
「・・・奴か、なるほど、確か、終戦前に量産型を3体連れて脱走したんだったな」
アヤウラが思い出すように言う。
「そうだったな。奴め、妹を巻き込むのは御免だなどと抜かして、妹、確か巳間晴香だったな。それと、天沢郁美、鹿沼葉子か。この3体を連れて脱走した。あの3体の為に俺は手持ちの最精鋭のコマンド部隊を全滅させられた。これだけの犠牲を払って始末できたのは奴1人だけだったからな」
いまいましげに呟くアヤウラに氷上が笑顔で頷く。
「そう、その3人が生きていたのさ。でも、君も大変だよね」
「・・・何がだ」
「だって、巳間良祐は行方不明って事になってるからね。もし、巳間晴香が事実を知ったら、どうするかな」
「・・・ふん」
アヤウラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。だが、その心中は恐怖に引きつっていた。巳間晴香は俺のことを知らないはずだが、もし真相が知られれば、あの力が俺に向けて放たれる。なまじその威力を良く知っているだけに、アヤウラは深刻に悩んだ。
その心中を見抜いたのか、氷上がアヤウラを安心させるかのように笑いかける。
「大丈夫だよ、君は僕が守って見せるから」
「・・・・・・・」
「君は、僕にとって大切な人だからね」
隣で聞いていた真希が心底嫌そうな顔で一歩引いた。今まで話の内容が分からないので不機嫌そうだったのだが、今の台詞は彼女の感性をマイナス方向に刺激したのだ。
「ちょ、ちょっと待て、妙なことを言うんじゃない」
アヤウラが珍しく慌てて氷上に言う。だが、氷上は涼しげな笑顔を受けべたまま歩いていってしまった。後には嫌そうにアヤウラを横目で見る真希と、呆然と立ち尽くすアヤウラが残された。
人物紹介
氷上シュン 18歳くらい 男性 階級不明
アヤウラと共に行動するシェイド。シアンやみさきも知らない男だが、シェイドであることは確かなようだ。どうにもつかみ所の無い性格をしており、アヤウラですら扱いに困っている。どうやら、シアンやみさきを倒すために作られたと言っており、本人もとりあえずそれを目標にしているらしい。アヤウラの味方のようだが、襲撃計画を事前にみさきに教えるなど、不審な行動が目立つ。その立場は、部下というより協力者らしい。
沢渡真琴 17歳 女性 中尉
サイド6のコロニー防衛隊に所属しているエースパイロットの1人で、チーム・フォックス・ティースの副長。腕前は確かだが、激しやすい性格の為に罠などに陥りやすいという弱点を持つ。天性の射撃センスを持つが、名雪のような精密射撃ではなく、乱戦時などの咄嗟的な方面に強い。年は若いが、意外に部下からは信頼されている。
天野美汐 17歳 女性 中尉
真琴の親友で戦前から共に戦ってきたエースパイロットの1人。チーム・フォックス・ティースの隊長。真琴と違い万能型で、どんな局面にも冷静に対処できる。また、人の話を聞かない傾向のある真琴を操ることのできる数少ない人物でもある。性格は冷静沈着で、余り目立つようなことはしない。また、実家が神社な為か、宗教的な行動をすることがある(正月に神楽舞を舞ったりする)。意外なことに、メカニックとしても優れた技量を発揮する。
実は、戦争中はシアンと一緒に第4独立艦隊にいたという経歴があり、そのときのトラブルが元でシアンに殺意を持っている。
広瀬真希 18歳 女性 少尉
アヤウラの要するエースパイロットの1人。今まではクルーガーしかいなかったのだが、戦力補強のためにアクシズから派遣されてきた。実力はあるのだが、かなりの負けず嫌いで、相手を見下す癖がある。そのためか、部下からの信頼は薄い。
巳間晴香 18歳 女性 少尉
郁美、葉子と共に小隊を組んでいるエースパイロット。残念ながら、その実力は2人よりも一段落ちるが、それでも超エースと呼べるだけの実力をもっている。久瀬中将の直属の部下で、久瀬隆之大尉の隊に配属されている。また、晴香は兄を探しているのだが、未だに見つかっていない。
鹿沼葉子 19歳 女性 少尉
3人組の仲では最年長で、1番冷静な人物。余り感情を表に出さないが、決して冷酷というわけではない。3人の中では久瀬の副官的な役割をもち、久瀬に意見を求められるのも葉子が1番多い。実力的には郁美に少し劣り、ナンバー2といったところ。
名倉由衣 17歳 女性 軍曹待遇
久瀬大尉が面倒を見ている軍属で、専ら彼の秘書的な役割を持っている。彼女は姉を探しており、その道筋で郁美たちに出会った。彼女の姉、友里はかつて、郁美たちがいたジオンのシェイド研究機関FARGOで郁美たちと共にいた女性で、郁美たちの脱出計画には加わっていなかった。敗戦と共にFARGOも消滅し、姉の消息も途絶えてしまったのだが、彼女はそれでも諦めず、今も姉を探している。