第11章 開戦

 
 ファマスが蜂起して1週間。宇宙世紀0081年11月13日、連邦政府は正式にファマスの火星独立政府を否認し、これを反乱軍として討伐することを正式に発表した。これにより、ファマス側と地球側の緊張は一機に高まり、ファマスが地球圏に移動させてきた宇宙要塞フォスターTには大規模な部隊が展開し、来るべき連邦軍の攻撃に備えていた。
 火星にあるファマス本部、エンブロウ基地の会議室で連邦政府の宣言を聞いた久瀬中将は黙って頷き、議長席に座るファマス代表、ジェイムズ・サンデッカーに向き直った。
「さて、これで我々は連邦政府と戦争状態に入ったわけですが、サンデッカー提督。以後の迎撃はこのプランどおりでかまいませんかな?」
 久瀬中将の言う迎撃プラントはこうだ。連邦軍の戦略に精通している久瀬中将が部下と共に作成した計画で、連邦軍の艦艇はジオン艦艇と異なり、それほど長大な航続力は無い。よって、連邦軍はまず、地球圏に送り込んだフォスターTを攻撃、占領し、一息入れた後に今度は中継基地であるフォスターUを攻略、ここを橋頭堡として火星にまで攻め入ってくるだろう。ジオン軍の艦艇なら少々の補給艦を伴うだけで火星を直接突く事もできるだろうが、連邦艦の能力ではそれは不可能である。つまり、彼らは飛び石的にこちらの拠点を伝いながら火星にやってくる。我々は2つの要塞で連邦軍を消耗させ、最終的に火星上空のフォボスで決着をつける。というのが、久瀬中将の出した迎撃作戦である。
 この作戦において、最も重要なのは以下にこちらの損害を押えながら、以下に多くの被害を敵に与えるかにある。よって、2つの要塞の司令官は考えられる限りの手段を用いて連邦軍を消耗させることを最大の目標とし、守りきるのが難しいと判断した時点で要塞を放棄、後退する事とする。
 この久瀬中将の作戦案をサンデッカーはほぼそのまま受け入れている。ここで久瀬中将が了解を求めたのは、あくまで指導者はサンデッカーであり、自分は軍事面での指揮官に過ぎないということを周囲に徹底するためだった。
「かまいませんな。大いにやってください」
「分かりました。それでは、早速全軍に警戒を促します。とりあえずはフォスターTの防衛が問題ということになりますが、さし当たっては、現在展開している兵力で問題はないかと思います」
 そこで、久瀬中将は一旦話を切った。会議室に同席している旧連邦、ジオン出身の上級士官達が久瀬に視線を集中させる。ちなみに、ファマスの軍服は青を基調とした色をしている。
「フォスターTの防衛に関して、何か意見のあるものはいるかな?」
 久瀬中将の問いかけに、1人の男が挙手した。アヤウラ大佐だ。かれは、ファマスの決起に際して、それまでの功績により大佐に昇進している。
「まず、久瀬中将にお聞きしたいのですが、連邦軍はカノン級の2番艦を月面都市のエアーズ市のドックで建造していると聞きましたが、事実ですか?」
「事実だ。だが、あれはカノン級といっても、実際にはカノンよりだいぶ劣る艦だ。何と言っても、カノン級は建造コストが高すぎる」
 久瀬中将が遠い目をする。かつて彼は、カノン1隻を建造する予算があれば、1千万の難民に家と暖かい食事を与えられると言って建造に反対したことがある。結局その意見は通らず、カノンは建造されたのだが。
「だが、そんなことを聞いてどうするというのかね?」
「いえ、ただ、面白いことを考え付きまして」
「面白いこと?」
 久瀬中将アヤウラの顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。それを見て、アヤウラはにやりと口元をゆがめた。
「くくくく、いや、その2番艦、欲しくなりまして」
「欲しくなる、どうやって手に入れるというのかね?」
「なに、色々と手はあるものです。私の艦隊はしばらく単独行動を許可していただきたい。きっと、吉報を持ち帰りますよ」
 そう言ってアヤウラは久瀬中将を見、次いでサンデッカーを見た。久瀬中将はサンデッカーと顔を向け合い、ややあってアヤウラに頷いた。
「いいだろう。だが、連邦軍がフォスターTに来るまでには帰ってくるように」
「くくく、分かっていますよ」
 そういうと、アヤウラはもう興味を失ったかのように椅子に深く腰掛けた。
 続いて挙手したのは久瀬中将と共に連邦を離脱した元サイド2駐留軍司令官、ロバート・バウマン少将だった。現在は再編されたファマス第3艦隊の指揮をとっている。
「連邦軍の行動そのものの予想に間違いは無いと思いますが、問題はフォスターTに投入してくる戦力です。確かに我々の戦力は巡洋艦以上の戦闘艦艇だけでも150隻近くになりますが、それでも連邦軍の艦艇数の半分にすらなりません。この少ない戦力を更に分散させれば、かえって各個撃破の好餌となりませんか?」
 バウマンの意見にジオン出身の士官達が大きく頷いた。連邦の物量の恐ろしさを身を持って体験しているだけに、彼らにはバウマンの言うことがよく理解できた。久瀬中将もその質問は予想していたのか、焦った様子も無く答える。
「確かに、連邦軍の物量は脅威だ。だが、その大軍もまともな指揮官に使われてこそだ。星1号作戦のティアンム提督や、名将レビル将軍はこの世には無い。残った連邦軍の将官で脅威となりえるのはジョン・コーウェンぐらいのものだろう。しかし、彼は連邦軍上層部に疎まれている。良識派なだけに、腐りきった上層部とはウマが合わなかったのだろう。よって、彼が出てくることは無い。となれば、連邦軍の討伐艦隊の指揮には、恐らく宇宙艦隊司令長官ワイアット大将自ら出てくるだろう」
 ワイアット大将と聞いて何人かが失笑を漏らす。彼が1年戦争時代のジャブローのモグラを代表する人物の1人であることは、ここにいる全員が承知している。実直なバウマンですら皮肉な笑みを浮かべて問い掛けてくる。
「しかし、あのワイアット大将が自ら出てきますかな? あんなに前線に出でるのを渋っていた人が」
「出てくるさ。なんと言っても、宇宙艦隊司令長官だからな。どんなに嫌がっても、出ないわけにはいかんだろう」
 そう言って久瀬中将も皮肉な笑みを浮かべた。戦争が終わって、単に顕職欲しさに宇宙艦隊司令長官に椅子に座った男だ。相手がその辺に散在するジオン残党ならともかく、これだけの規模の敵が表れたとなれば、文字通り命を賭けて戦うことになる。はたして、あの男がどんな顔をして命令を受領するのか、それを想像すると愉快だった。


 会議が終了した後、久瀬中将は会議室に残ったサンデッカーと今後について話し合った。
「サンデッカー提督、我々はルビコン川を渡ってしまったわけですが、正直言って、何処まで戦えるとお考えです?」
「久瀬提督、戦う以上、勝つことです。負けることを考えていては、勝てる戦いも勝てなくなる」
 サンデッカーは久瀬中将をたしなめるように言う。だが、久瀬中将はそんなサンデッカーを見返して話を続けた。
「提督、貴方にも分かっているはずだ。確かに我々の元には多くの兵が集まった。これだけの戦力があれば連邦軍と互角に戦うことも不可能ではない。しかし、最終的に勝てると思いますか?」
 久瀬は中将は目の前にある書類に目を落とした。
「ここにある我々ファマスの生産力ですが、これでは連邦軍との戦闘での消耗を補いきれない。いずれ、彼らはここまで来るでしょう」
 言われて、サンデッカーは難しい顔になった。
「そうですな、我々はどこかで大きな勝利を収め、それを武器に連邦に火星の独立を承認させる。それしかないのは分かります。ですが、負けることを考えるのはやはり感心しませんな。戦う以上は、やはりかつ機でいかないと」
「むろん、私とて黙って負けてやるつもりはありませんよ。戦うからには勝つ。その通りです」
 そう言って、久瀬中将は窓際に立った。外には基地の全景と、果てしなく広がる火星の荒野がある。
「そして、この火星に新たな国家を建設し、連邦に自らが常に頂点にいられる訳ではないことを思い出させる。それができなければ、この独立戦争に意味は無い」
 久瀬中将は外を見ながら言う。サンデッカーは何も言わず、目の前で手を組んだまま俯いていた。


 11月23日、カノン隊はルナツーに寄港していた。いま、連邦軍宇宙艦隊の大半がここ、ルナツーに集結しているのだ。カノンがルナツーに帰ってきたとき、すでにルナツーには100隻を超える戦闘用艦艇とそれに倍する支援艦艇が集結しており、ルナツー全体が無数の光点に覆われていた。
「これだけの艦隊が集結するのを見るのは、星1号作戦以来だな」
「ああ、そうだな」
 カノンの窓からルナツーを見た祐一と北川が呟く。呆然としているのは2人だけでなく、その光景を目にした全員が同じようになっている。
 トルビアックもこの光景に圧倒としていた。
「よく、これだけ回復できたもんだな」
 そう、良くこれだけの短期間に回復できたものだ。連邦艦隊は1年戦争が終わった時点で戦力の8割を喪失しており、すでに継戦能力を失いかけていた。あれから2年、そう、2年で連邦軍はかつてを上回る規模にまで回復していたのだ。これだけの事をするのにどれだけの予算が必要だったか。久瀬が反乱を起こしたのも、この軍事予算が全体の半分を占めるような予算を通過させた議会と、それを無理やり通過させた軍部の双方を見限ったからだ。
「なあ、そうは思わないか、舞」
 そう言ってトルビアックは舞の方を見た。だが、舞はトルビアックの話など聞いていなかったらしく、心配そうな顔で何かを見つめていた。何を見ているのかと視線をそちらに向けると、その原因がわかった。
「・・・佐祐理さん」
 そうなのだ。あの日、久瀬と戦って以来、佐祐理はずっと落ち込んだままなのだ。事が事だけに皆も慰めることができず、あの舞ですら遠くから心配そうに見守ることしかできない状態だった。
「なあ舞、佐祐理さんと久瀬大尉って、どんな関係だったんだ? お前なら何か知ってるだろ?」
 トルビアックは佐祐理に聞こえないよう、小さな声で耳打ちする。舞はトルビアックの方を見ないで答えた。
「・・・久瀬と佐祐理は士官学校でも仲が良かった」
「まさか、恋人同士だったとか?」
 トルビアックの台詞に舞は頭を小さく横に振った。
「・・・それは無い。少なくとも、私が見てる限り、そんな感じじゃなかった」
「そ、そうか」
 どうにも会話が続かず、仕方なくトルビアックは周囲に視線を向けた。そこには、あゆと栞の貧乳コンビがなにやら話していた。
「うぐぅ、なんだよそのコンビ名は!」
「そうです、私達だってちゃんとあるんです」
「そうだよね、栞ちゃん」
「そうです、あゆさん」
 手に手を取り合って友情を確かめ合う2人。それを眺めながら、トルビアックは肩をすくめた。
「ふっ、いいか2人とも、そんな台詞はせめてこれくらいになってから言ってくれ」
 そう言って隣にあった胸を指で突っつく。
「・・・それで、言いたい事はそれだけかしら?」
「ああ、とりあえずはな」
 どこか、遠くを見つめながらカッコをつけて言う。
「そう、なら、もう1度病院に行ってきなさい!」
 香里のボディブローが見事に腹に決まる。てちょっと待てい。何で香里のパンチがこんなに威力がある?トルビアックは腹から来る凄まじい衝撃を堪えながら香里を見た。すると、香里の髪がふわりと揺らぎ、瞳が金色に見えた。その光景を最後に、トルビアックの視界は霞の中に消えていった。
 トルビアックは沈んだのを見て舞が香里に聞いてきた。
「・・・使ったの?」
「ええ、少しね」
 香里は怒りと羞恥に顔を赤くしながら答える。
「・・・あまり、使わないほうがいい」
「分かってるわ。でも、セクハラ男にお仕置きするくらいならいいでしょ」
 言われて、舞はトルビアックを見た。
「・・・殺さない程度なら」
「そうね」
 2人の会話にあゆと栞はしきりに首を捻っていた。
「あの、お姉ちゃん、言ってることがよく分からないんですけど」
「栞は知らなくてもいいのよ」
「う〜、そんな事言うお姉ちゃんなんて嫌いです〜」
「はいはい」
 香里が栞にあやされてるのを見てあゆは舞に聞いた。
「あの、舞さん。何を使わないほうがいいの?」
「・・・知らない方がいい」
「・・・うぐぅ・・・」
 あゆも撃沈されてしまった。
 そこに、シアンがやってきた。
「おいおい、4人で何をしてるんだ?」
「あ、シアン少佐〜」
 栞がシアンの傍に駆けて来る。
「お、もうすっかり元気だな、栞は」
「はい、おかげさまで・・・て、違います。そうじゃなくて」
「ああ、そうだったな。何を言い合ってたんだ?」
 シアンが笑顔で栞に効き返す。
「じつは、お姉ちゃんがトルクさんを殴り倒したんですけど」
「ちょっと栞、人聞きの悪い事いわないでよ」
 香里が焦って栞を止めようとする。だが、栞はシアンの後ろに逃げ込んだ。
「えう〜、お姉ちゃんが苛めるです」
「ちょっと、少佐の影に逃げるだなんて卑怯よ」
「ま、まあまあ2人とも、こんな所で喧嘩はよそう」
 さすがに困ってしまい、シアンが2人を諭すように言う。
「でも、少佐・・・」
「まあまあ、で、何で香里はトルクを殴り倒したんだ?」
「え、あ、そうでしたね。その、トルクさんがお姉ちゃんの胸を触って、それでお姉ちゃんがトルクさんをボディブローの一撃で気絶させたんです」
「・・・一撃でか?」
「はい」 
 栞が真顔で返してきたのを見て、シアンは香里を見た。
「香里、使ったな?」
「え、えっと、その・・・」
 珍しく香里が焦っている。だが、シアンがじっと見つめていると観念したのかうな垂れて答えた。
「はい、使いました」
 うな垂れる香里を見てシアンは困った顔になった。が、すぐに小さく笑い出す。
「ふふふ、はっはははは、まあ、トルクが悪いんだから、仕方ないな」
 そう言って香里の肩を軽く叩く。香里は唖然としてシアンを見ていた。
「あの、怒らないんですか」
「どうして怒る必要がある? トルクがセクハラなんかするのが悪い」
「で、でも、私はシェイドの力を・・・」
 香里が言いよどむ。シアンは苦笑して香里に頷いた。
「まあ、余り使わないほうがいいのは確かだが、そんなに気にするな・・・ところで、栞にはまだ話してないのか?」
 シアンは真面目な顔になって香里に話す。香里は素直に頷いた。
「・・・そうか・・・」
 シアンはすこし考え込むような表情になった。すると、栞とあゆが怒って割り込んできた。
「シアンさんもお姉ちゃんも、私達を置いて話を進めないでくださいよ―」
「うぐぅ、そうだよ」
 2人に言われてシアンは困った笑顔を浮かべた。
「あ〜、まあ、そのだな。今はまだ話せないという事だ」
「ええー、そんなのずるいですう」
「そうだよ、気になって夜も寝れないよ」
 2人が口々に文句をいってくる。まあ、予想はついていたが。
「心配するなって、そのうち、嫌でも話すときが来るから」
「ちょっとシアン少佐、何言ってるんですか?」
 香里が少し焦っていう。だが、シアンは香里に真面目な顔で言った。
「香里、多分だが、この戦いの間には、言う時が来る。必ずな」
「それってどういう・・・」
 香里がシアンに聞こうとする途中で、舞が口を開いた。
「茜とみさきのこと?」
「ああ、それもあるが、他にもな」
「?」
 シアンの、どこか寂しげな答えに舞は疑問を持ったが、何も言わなかった。残る3人は2人の会話を聞いて分からないという顔をしている。残念ながら、香里も茜のことは直接には知らない。
「まあ、いい、気にするな。それより、いい知らせがあるぞ」
 シアンは話を切り替えようと入手してきた情報を披露する。案の定、ぞろぞろと人が集まってきた。
「いいか、よく聞け。なんと、このカノンが遂に定数いっぱいの機体を配備されることになった」
「・・・マジすか?」
 祐一が唖然として聞く。シアンが大きく頷くと、爆発的な歓声が響き渡った。
「やったぜ、ようやくこのカノンが本領を発揮する時が来た!」
「ああ、今までかなりスペースが空いてたからな」
 北川の歓喜の声に祐一があわせる。シアンは更に話を続けた。
「更にだ。機体も一部新型に更新される。なんと、あのジム改が大量に配備されることになった。更に、エースパイロットの何人かにはジムカスタムやジムキャノンUが配備されるぞ」
 そう言ってシアンがにやりと祐一、北川、舞を見る。
「お前達3人もジムカスタムだ。まあ、Rガンダムには負けるが、それでもジム系では最高の機体だぞ」
「でも、それじゃジムキャノンUは誰が乗るんです?」
 祐一が疑問を口にする。
「ああ、そいつは新たにやってくる部隊に配備されてるんだ。たしか、天野美汐中尉に沢渡真琴中尉だったな。天野中尉がジムカスタムで、沢渡中尉がジムキャノンUだ。特に、沢渡中尉の隊は部下の全機がガンキャノン量産型だからな。支援部隊としては頼りになるぞ」
「へー、天野中尉に沢渡中尉ですか。どんな人たちなんですか?」
 キョウが興味津々と言う顔できてくる。それを聞いてシアンは一瞬表情を曇らせ、すぐに笑顔を浮かべた。
「1年戦争中に志願したパイロットで、祐一たちみたいに活躍して中尉に登りつめた女性仕官だ。お前らも気をつけないと、トップエースの座を奪われるぞ」
 シアンが居並ぶエースたちを脅す。だが、祐一は堪えた様子も見せず、不敵に笑って見せた。ただ、北川だけがシアンの表情の変化に気づいており、僅かな疑問を浮かべている。
「面白い、奪えるものなら奪ってみろ。という所ですか」
「そうだな。まあ、戦力強化は正直言ってありがたい。実はな、前にオンタリオコロニーを襲った機体、あれの正体が判明した」
 シアンの爆弾発言に場が一気に緊張した。
「あの機体はファマスの主力機で、MDF−02 シュツーカという機体だそうだ。フォスターTに偵察に行った艦隊がこいつと交戦したんだが、残念ながらジムやジムコマンドでは相手にならなかったらしい」
 話を聞いて、パイロット達から声にならない呻き声があがる。
「まあ、そんな訳でジム改が配備されることはありがたい事だ。現在のところ、シュツーカと戦えそうなのはこいつしかないからな」
 さすがに、ジムカスタムやRガンダムは比較対象にはできない。だが、パイロット達は不安そうだった。
「でも、ジム改で本当に戦えますか?」
 パイロットの1人が恐る恐る聞いてくる。そんなこと、分かるわけが無いとシアンは思ったが、口にしたのは別のことだった。
「大丈夫、ジム改ならやれる。何より、数はこっちの方が遥かに多いんだ。正面から物量戦を挑めばすぐにファマスは音を上げるさ」
 これは嘘ではない。いかにファマスの戦力が優れていたとしても、その国力で連邦を上回ってるはずが無いのだ。最悪でも、消耗戦に持ち込めば必ず最終的な勝利はこちらに転がり込んでくる。
 多くなパイロット達も連邦の持つ圧倒的な物量の力は信じているらしく、シアンの言葉に頷いた者は多かった。
 シアンが話を終えて戻ろうと思った時、ふと妙な違和感に気付いた。
「・・・舞、佐祐理はどうしたんだ?」
「・・・あそこ」
 舞が指差す先には、どんよりと落ち込んだ佐祐理が4人用のテーブルに1人で座っていた。
「なんだ、まだ立ち直ってなかったのか?」
「うん、やっぱり、かなりショックだったみたい」
 舞が悲しそうに言う。佐祐理を心配してはいるが、舞も本当は辛かった。久瀬は佐祐理だけでなく、舞にとっても大切な友人なのだから。
「お願い、佐祐理を、助けてあげて」
 そう言って舞がシアンの右手を両手で握ってくる。そんな舞をシアンは優しげに見ていた。だが、そんな2人を見つめる憎悪の視線が合った。
「おのれ隊長〜、グラナダの美人だけでなく、舞にまで手を出してるのか〜」
「何だトルク、そのグラナダの美人というのは?」
 トルビアックの怒りを込めた呟きを聞いた祐一が小声で聞いてくる。
「ああ、実は俺が入院しているとき、窓から公園を見てたら、シアン隊長が18歳くらいの美少女と待ち合わせをしているのを見たんだ」
この心の会話を聞いていた男はほかに2人いた。
「ほう、シアンさんも隅に置けんな」
「それって、つまり二股って事か?」
 北川とキョウが会話に割ってはいる。それを聞いた祐一とトルビアックは飛び上がらんばかりに驚いた。
「2人とも、いつから聞いていたんだ?」
 祐一が驚いて聞く。だが、それでも声は小さかった。
そして4人はトルビアックの見た、シアンがデートをしていた日の事を話した。
「くっそ〜、シアンさんめ〜、1人で幸せになりやがって〜」
「なるほど、俺が入院している間にそんな事が」
「それって、俺が行くとこなくなって宙ぶらりんだった時だよな」
 祐一が悔しさをあらわにし、北川とキョウが頷く。だが、そこで北川は墓穴を掘った。北川の感想を聞いてトルビアックが怒りの視線を北川に向けたのだ。
「そういえば、北川も俺の前でいちゃいちゃしていたよな」
「へっ、何のことだ?」
 本気で分からないといった顔で返す北川。だが、祐一は大きく頷いた。
「そうだ、北川、あの後香里とは何処までいったんだ?」
「ちょ、ちょっと待て。そりゃどういう意味だ?」
「ふっ、惚けなくてもいいぞ。あれだけ親密だったんだ。キスくらいはしたんだろ?」
 祐一がさも当然といった感じで言う。北川は焦りまくって否定した。
「い、いや、そんなことはしてないぞ!」
「・・・本当にしてないのか?」
「当たり前だ―! 美坂は俺を看病してくれてただけだ!」
 北川の小さな声で絶叫するという器用なことをしている。それを聞いて祐一とトルビアック、キョウは北川の肩を叩いた。
「そうか、俺が北川を信じてたぞ」
「そうだよな、俺達を置いては行かないよな」
「北川、俺達は親友だぜ」
 4人が円陣を組んで小声で熱い会話をしている光景は、周囲から見るとかなり怪しいもので、名雪と香里、栞、あゆはそんな4人を見て呆れたように溜息をついていた。
 一方、舞に頼まれたシアンは自販機でジュースを2つ買うと、佐祐理と向かい合うように座った。そして、自分と佐祐理の前にジュースを置いた。
「どうだ、飲まないか?」
「・・・いえ、いりません」
 佐祐理は力なく頭を横に振った。それを見てシアンは自分のジュースを口に運んだ。
「ふむ、美味しいと思うがな」
「・・・美味しくても、いりません」
 シアンはジュースをテーブルに置いた。
「そんなに辛いか、昔の仲間と殺し合うのが?」
「っ!!」
 シアンの放った一言。その一言に、その場にいた全員がシアンの方を見た。誰もが考えないようにしていた事だから。だが、シアンはそんな周囲の動きを気にするでもなく、佐祐理に話を続けた。
「久瀬大尉と戦うのが嫌なら、編成から外してやってもいいぞ。迷いのある奴は、足手まといになる」
 シアンの冷たい言葉に周囲が、特にトルビアック、キョウがいきり立った。
「ちょっと、それは言いすぎなんじゃないですか」
「そうです、少しは佐祐理さんの気持ちも考えてやってください」
 2人がシアンに文句を言ってきたが、シアンはそんなものは聞こえないかのように無視していた。
「どうする? まあ、外して欲しいならなるべく早く言ってくれ。後任の隊長の人選をしなくちゃならんのでな」
「・・・わ、私は・・・」
 佐祐理が必至に反論しようとしたが、感情が先走って言葉が出てこなかった。
「話はそれだけだ。決心がついたら、部屋に来てくれ」
 そう言ってシアンは席を立った。佐祐理は落ち込んでテーブルに置かれたジュースを見つめている。舞が佐祐理の傍で心配そうにしていた。トルビアックとキョウはなにやら頷き合っている。シアンを闇討ちでもするつもりだろうか。
 シアンは佐祐理たちに背を向けたところで立ち止まり、少し考えて口を開いた。
「ただ、1つだけ言うなら、戦場に出れば、久瀬大尉と偶然遭遇する事もあるだろう。その時、銃を向けるも説得を試みるも、それは出会った奴の自由だ」
 シアンの話を聞いて、佐祐理は初めて顔を上げた。
「・・・シアン、さん」
 呆然と、佐祐理が呟く。
「ああ、言っておくが、戦場で敵と会話したことが上官に知られると、スパイ容疑がかけられることもある。また、そのお膳立てを整えた連中も協力者として罪に問われる。その辺りの事は覚悟して置けよ」
 それだけ言うと、シアンは部屋から出て行った。シアンが出て行った後、トルビアックとキョウが佐祐理の所に来た。
「佐祐理さん、大丈夫かい?」
「・・・ええ、大丈夫です」
 トルビアックに聞かれても、佐祐理は呆然としていた。キョウがシアンを罵っている。
「くそっ、シアン少佐の奴、あんな人だとは思わなかったぜ」
 そこに、香里が呆れたような声を出した。
「あのね、あなた達本気で言ってる訳?」
「「おい、それはどういう意味だ?」」
「言った通りよ」
 2人がシアンに向けた怒りの余波を香里に向けるが、香里は肩をすくませて2人を見返した。その香里の裾をあゆが引っ張る。
「うぐぅ、僕にもわかんないよ」
「ごめん香里、私も分からなかった」
「・・・・・・」
 香里は盛大な溜息をついた。香里が呆れかえってると、栞が変わって説明してくれた。
「つまり、シアンさんは佐祐理さんに久瀬大尉をもう1度説得したければ、戦場に来るしかないっていたんです」
「でも、会えるとは限らないだろ?」
 トルビアックが問題点を指摘する。それを聞いて栞も少し悲しそうにとるビアックを見る。その時、名雪とあゆがほとんど同時に納得したように頷いた。
「うぐぅ、ボクわかったよ」
「ああ、そういうことだったんだ」
 2人が納得しているのを見てトルビアックとキョウは顔を見合わせた。香里と栞が盛大に溜息をつく。なにやら、舞までもが呆れた顔をしている。そして、栞の後を次いで祐一が説明してくれた。
「まだ分かんないのか。シアンさんはだな、そうなるように俺達でお膳立てをしろって言ってるんだよ。ただ、ばれると不味いから、他の部隊を近付かせないようにやる必要があるって事だ。分かったか?」
 祐一に説明されてようやく2人も分かったのか、大きく頷いた。それを見て祐一と北川も香里たちのように思い溜息をついた。


 伝えることを伝えたシアンは自室でこれからを考えていた。正確には、これから起こるであろう、シェイド同士の激しい戦いを。
 味方にいるのは俺と舞、そして香里しかいない。それに対して、ファマスには茜とみさき、そして天沢少尉にその仲間が2人、そして、オンタリオに現れた俺を倒すために作られたという男、氷上シュン。
 ここまでまとめて、シアンは郁美たちの事が引っかかった。あの時、天沢少尉が乗っていた機体、それはジムタイプのシェイド用の機体だった。ジオン軍がジムタイプのMSを開発するはずが無い。ならどうしてジムタイプの機体が存在するのか。まさか、久瀬中将はシェイドの技術を入手して上で、それの完成を待ってこの反乱を起こしたのか。それとも、誰かがシェイドの技術を久瀬中将に渡したのか。
 悩んだ挙句、シアンはベッドに体を投げ出した。どう悩んだって答えが出るわけではない、という結論に達したのだ。
「だが、このままじゃ絶対に負ける。茜はイリーズに乗り、多分みさきもリヴァークを持っている。それに対して、俺のザイファはアーセンが返してくれないし、舞のセレスティアは行方不明、おまけに天沢少尉達のジムタイプが3機か」
 呟いてみて、改めて現実を認識させられたシアンは空しくなってしまった。まったく、どうしてこんなに悪いことばかり続くのか。


 カノンがルナツーに係留されている頃、秋子とマイベックは作戦会議に出席していた。だが、会議とはいっても、作戦は上層部がすでに決定していたらしく、やっていることは単なる確認でしかなかった。その中で、秋子の役割も伝えられた。
「機動艦隊、ですか?」
 聞きなれない単語に秋子が首を捻る。その回答を予想していたのか、ワイアットは嫌な顔もせずに説明してくれた。
「そう、機動艦隊だ。水瀬准将の第8独立艦隊に各艦隊か抽出した空母と護衛艦で編成される。水瀬准将の報告にもあったが、第12機動戦隊は敵の新型機になすすべも無く全滅させられたということだったね。これはつまり、航宙機がもう戦力として意味を無くしつつあるということだ。この戦訓を重視し、我が軍は機動戦隊を全て解散し、空母も艦隊編成から外すことにしたのだ。それで、この浮いてしまった空母を1つにまとめ、新たに強力な艦隊として再編成する。それが、機動艦隊だ」
 ワイアットは言葉を取り繕っているが、早い話が二戦級部隊の寄せ集めだ。唯一の救いは、ワイアットが言っているほどにはまだ航宙機の威力は失われていないということか。だが、次に発表された作戦案を見て秋子は思わずテーブルを叩いて立ち上がった。
「長官、この作戦はどういう理由で作成されたのか、説明してください!」
「し、司令、落ち着いて」
 マイベックが秋子の服の裾を引っ張って座るように促す。仕方なく、秋子は座った。一方、言われたワイアットは不愉快そうに参謀を促した。参謀の1人が立ち上がって説明を始める。
 秋子が怒った作戦案とはこうだ。まず、第4艦隊が正面から、第5巻隊が右翼から、第6艦隊が左翼から突入する。そして、3艦隊が敵と接触し、敵の守備隊が3分されたところで主力となる第1艦隊が第4艦隊後方から突入、第4艦隊と共に目の前の敵を殲滅、次いでフォスターTに上陸する。
 ここまでは良い。もっとも、こちらの都合どおりに動いてくれるとは限らないが。問題なのはこの後だ。作戦に先立ち、各艦隊は敵の哨戒部隊を潰し、敵の目を潰す。この点に秋子は難色を示しているのだ。だが、参謀達は秋子の心配を無用のものと断言した。
「心配は無用です。この戦法はティアンム提督がソロモン戦で有効性を実証してくれています。本作戦でも敵の哨戒網に穴をあけ、敵がこちらの動きを掴めないうちに作戦開始位置に到達して見せますよ」
 参謀達の甘い予測に秋子は呆れたが、だからといって引き下がるわけには行かなかった。
「ですが、あの時とは状況が違います。今度の相手は、連邦軍の作戦に詳しい久瀬中将なのです。恐らく、こちらの作戦を見抜いているでしょう」
「では、どうすれば良いというのかね?」
 ワイアットがいらだたしげに秋子に聞く。
「はい、私なら兵力を分散することはしません。正面から敵を圧倒する大軍を持って押し
潰します。こちらの方が回復力に勝る以上、最悪でも消耗戦に持ち込めばいずれ彼らは戦えなくなります」
 秋子の作戦案は連邦の圧倒的な国力に物をいわせた、いわゆる物量作戦である。確実に勝てる戦法だが、面白みが無い戦法でもある。やはりというか、ワイアットとその幕僚達は冷笑した。
「水瀬君、確かに君の作戦は堅実だ。だが、その作戦には優雅さが無いな。戦いとはもっと知的にやるものだ」
 ワイアットの返答を聞いて秋子は絶句した。この人は何を考えてるのか。予想だにしなかった答えにもう何もいう気がなくなった秋子は自分の席に座り込んだ。秋子が何も言わなくなったので以後の会議はスムーズに進んでいった。少なくとも、ワイアットたちにとってはスムーズに進んでいった。
 結局、作戦は最初提出されたものがそのまま採用され、秋子の機動艦隊は最後尾で後方支援艦隊の護衛を兼ねることになった。名目上は前線に出れる艦隊ではないということで、実際にそうなのだが、後方からMSや航宙機を出して本体を援護することとされた。しかし、本当は秋子がコーウェン将軍の派閥、要するに連邦軍良識派に属している為、目障りなのだ。
 作戦鍵が終わった後、カノンに帰ろうとした秋子は後ろから呼び止められた。誰かと思って振り向いてみると、1人の中年の将官が笑顔で歩いてきた。秋子はその将官を見て秋子も嬉しそうに微笑む。隣にいたマイベックもにこやかに敬礼した。
「やあ、久しぶりですな、水瀬提督、マイベック中佐」
「ええ、本当にお久しぶりですね、クライフ大佐。あ、今はクライフ提督でしたね」
「ははははは、つい10日ほど前に昇進しまして。しかし、また貴女と共に戦えるとは思いませんでしたな」
 秋子とマイベックに話し掛けてきたのはクライフ・オーエンス准将。1年戦争時代に秋子と共に戦った男で、秋子にとっては信頼できる戦友の1人といえる人物だ。
「私は、この作戦では第1艦隊でワイアット長官の下で分艦隊を率いることになりました。まあ、気は進みませんが」
 苦笑いを浮かべてクライフが言う。秋子も困った笑顔で返した。
「しかし、貴女は大した人だ。今の状況下で、あそこまでワイアット長官に食いついた奴はいませんからね。見ていてスカッとしました。上官を誹謗するのは気が引けますが」
「ふふふふ、そうですね。でも、見てないところで小さく言うのなら、かまわないんじゃないんですか?」
 秋子の台詞に3人は声を出して笑いあった。
 笑いが収まったところで、クライフは秋子とマイベックに敬礼をした。
「それでは、私はこれで、一応、艦隊司令なものですから。マイベック中佐、これからも頼むぞ」
「大丈夫ですよ、私はそう簡単には死にません。それより、あなたこそ気をつけて」
 そういって、秋子は右手を差し出した。クライフは一瞬戸惑い、次いで笑顔を浮かべて手を握り返した。秋子はクライフを先任の仕官としてではなく、友人として送りたかったのだ。クライフにもそれがわかったから手を握り返した。このあたり、宇宙艦隊を牛耳っているワイアット大将の派閥には見られない気さくさだ。あの苦しい戦いを共に戦ってきたという連帯感が3人を包んでいる。今の連邦には少なくなってしまった、数少ない実戦部隊上がりの高級将校だけに見られる連帯感だ。
 クライフはマイベックとも握手を交した後、自分の艦隊の停泊している宇宙港に向かっていった。それを見送った秋子とマイベックもカノンに戻っていった。


 カノンに戻った秋子を待っていたのは、コーウェン将軍からの通信だった。
 コーウェンの姿をスクリーンに見た秋子は慌てて敬礼をした。
「コ、コーウェン将軍、一体どうして・・・」
「やあ、水瀬提督、久しぶりだね」
 コーウェンは敬礼を返しながら命令を伝えた。
「じつは、前から月面都市エアーズ市で建造していた新造戦艦、エアーがそろそろ完熟航海を終える。それで、君の艦隊に配備されることになったのだ」
「エアー、ですか。しかし、エアーは確かカノンの2番艦ではなかったのですか? なら空母なのでは」
 秋子は疑問を口にする。コーウェンが頷いた。
「その予定だったのだが、カノン級はコストが高すぎてね。結局、建造中のバーミンガム級戦艦の4番艦をベースに、カノン級の運用データを取り入れて建造した艦となった。一応、カノン級となってはいるが、実際にはまったく別の艦だよ」
「性能は、どのようなものですか?」
「ああ、通常の火力はカノン以上だ。マゼラン級など遥かに上回っているな。MS搭載能力はカノンのざっと1/3、36機を搭載できる。まあ、足手まといにはならんよ」
 コーウェンの説明に秋子は嬉しそうに頷いた。強力な新造艦が入るのだ。嬉しくて当然である。
「ありがとうございます。コーウェン将軍」
「私にできるのはこのくらいだ。それより、エアーは完熟航海終了と同時に編入されることになっている。そこで、君達は一足先に月に行き、そこでエアーを編入後、本隊の到着を待ってくれたまえ」
 そういって、コーウェンは通信を切った。秋子は艦長席に座ると嬉しそうにマイベックを見た。
「よかったですね、参謀長」
「ええ、しかし、我々の所に来るということは、エアーの戦闘力も宝の持ち腐れですね」
 マイベックは上層部の理解の無さを嘆いた。本当なら、このカノンこそ艦隊の先頭に立って敵と戦うべきなのだ。バーミンガムがまだ完熟航海中である以上、現在の連邦軍にカノンを上回る火力を持つ艦艇は無い。いや、カノンの巨大な船体に搭載された高出力ジェネレーターにものを言わせた超兵器、プロメテウスを考えればバーミンガムですら問題にならない。にもかかわらず、カノンは後方支援に回されたのだ。
 マイベックがワイアットの無理解をなじっているのを秋子がやんわりと止めた。
「マイベックさん、あんまり長官の陰口を叩いてると、長官が怒鳴り込んでくるかもしれませんよ」
「司令、冗談にしましても、もう少しましな冗談を言ってください。ここに長官が来るなんて、考えただけでウンザリします」
 本当にウンザリした顔でマイベックが言う。それを見て秋子は困ってしまい、艦橋のクルー達は笑いをかみ殺していた。


 カノンに配備されてきた新しい部隊をシアンは複雑な表情で迎えていた。その後ろから北川がシアンに話し掛けてくる。
「シアンさん、天野中尉と沢渡中尉って、もしかして噂のフォックス・ティースじゃないんですか?」
「何だ、知っていたのか」
「まあ、あの噂は有名ですから」
 北川の顔に嫌悪感が映る。フォックス・ティースとは、悪名高い第4独立艦隊に所属していた部隊で、大戦中はエニーの元で苛烈な戦闘をしていたことで知られる部隊である。現在は天野美汐中尉と、沢渡真琴中尉が指揮をとっている。
 そんな部隊に北川が好印象を持つはずがない。シアンも苦い表情だが、北川とは少し違い、なにやら悩んでいるように見える。
 そして、ジムキャノンUとジムカスタムを先頭に2個中隊24機のMSが格納庫に入ってきた。先頭のジムカスタムからパイロットが降り立ち、こちらに歩いてくる。そして、シアンを見て顔色を変えた。
「・・・あなたは!」
「久しぶりだな、天野」
 驚く天野に、シアンは片手をあげて見せた。だが、天野は好意的な印象はなく、むしろ明らかな敵意を向けてきている。そして、後ろから駆けて来る者がいた。
「あー、あんたはー!」
 フォックス・ティースの副隊長、沢渡真琴中尉だ。彼女もシアンに明らかな敵意、いや、殺気を向けてきている。
「あんた、よく美汐の前に顔を出せたわね!」
 真琴がシアンに食って掛かる。だが、それを天野が制した。
「よしなさい、真琴」
「でも、美汐!」
「いいから、下がっていなさい」
「あ、あううー」
 気の強い真琴も美汐には弱いらしく、すごすごと後ろに下がった。
「申し訳ありません、フォックス・ティース隊、着任しました」
「ご苦労、着任を許可する」
 天野の敬礼に、シアンも返した。そして、天野は手を下ろして部下のほうに戻ろうと踵を返したとき、足を止めてシアンを振り返った。
「またあなたに会えるとは思いませんでした」
「・・・天野・・・」
「・・・次は、外しません」
 そう言って、天野は歩いていった。
 それを見送ったシアンもまた、艦内に戻っていったが、後ろから追いついてきた北川が問い掛けてきた。
「シアンさん、さっき言ってたのは何のことですか?」
「・・・気にするな。俺と、天野の問題だ」
「だけど、今の彼女の言葉、あれは、まさか・・・」
 北川はなおも食い下がったが、シアンはただ、首を振るだけだった。


 カノン隊が出港準備を整えている頃、フォスターTを出発していくファマス艦隊があった。旗艦と思われるチベ級巡洋艦を先頭に5隻のムサイと2隻のパゾク、そして5隻の潜宙艦が同行している。チベ級巡洋艦ザイドリッツの艦橋でアヤウラが正面を見据えていた。後ろには4人の男女が控えている。氷上シュンと広瀬真希と後1人、新たにアクシズから派遣されてきた補充要員で、ガルタン・シーゴーという男だ。MSパイロットとしての腕を買われて派遣さてきたのだが、いかんせんクルーガーに比べると粗野な野蛮人という印象がある。もう1人の男、こちらは白衣を纏った陰険そうな男だ。高槻という名で、シェイドの研究を担当するFARGOの開発主任だ。
 ここにクルーガーが入ればアヤウラの直属の部下が揃うのだが、クルーガーは今、アクシズに戻って増援を要請している。戻る頃には恐らくフォスターTの戦いは終わっているだろう。
 アヤウラは高槻に声をかけた。
「高槻、今回連れて行くあの男、本当に役に立つのだろうな?」
 アヤウラの瞳が危険な光を放つ。その瞳に見据えられた高槻は息苦しそうにしながらも答えた。
「はい、調整は完了しています。ただ、指示されたほどの力は発揮させるのはあの男では無理でした。やはり、CLASS−A以上でないと、不可視を完全にコントロールすることはできません。あの男の力は、せいぜいCLASS−Bですから、CLASS−Dの指揮官機としては使えるでしょうが、さすがに第1世代のCLASS−S、ないしSSには対抗できません」
 高槻の弁解するような返答を聞いてアヤウラは小さく頷いた。
「そうだろうな。まあ、今回の任務に第1世代や第2世代の妨害があるとも思えんし、大丈夫だろう」
 アヤウラの返事を聞いて高槻は安堵の表情を浮かべた。アヤウラは高槻の顔を一瞥した後、氷上と広瀬に向き直った。
「2人には突入部隊の指揮をとってもらう。この作戦はスピードが命だ。あらゆる手段を使ってエアーを制圧、次いで出港させる。特に氷上、お前には今回連れてきた強化試験体を加えるから、頼んだぞ」 
 言われて真希は憮然と、氷上は露骨に顔をしかめた。
「まあ、やれって言うならやるけどさ。どうもあたしは、こういうやり方は好きじゃないな」
「・・・まあ、君がそう言うなら、やらせてもらうよ」
 2人の返事を聞いてアヤウラはしばしの間2人を見つめ、視線をガルタンに向けた。
「ガルタン中尉。君は艦隊と共にエアーズ市上空の制宙権を確保してくれ。恐らく、連邦の防衛隊と交戦することになるだろう。最悪、環月方面艦隊が出てくる可能性もある」
 アヤウラの話を聞いてガルタンは凄みのある笑みを浮かべた。
「ここに来れば戦いに不自由しないと聞いて来たが、どうやら大佐は期待を裏切らない人間らしいな。もちろん、喜んでやらせてもらうぜ」
 ガルタンの返事にアヤウラは満足げに頷いた。それから再び宇宙に視線を向ける。
「・・・あれから、もう3年になるんだな」
「は、何がですか?」
 アヤウラの呟きを聞いて高槻が聞き返す。
「ジオン公国が、独立戦争を始めてから、もう3年になるのだ」
 アヤウラの答えを聞いて艦橋にいた者、氷上を除く、は全員無念の表情になった。
「あの日、我々は連邦に戦いを挑んだ。あれから3年、我々はまだ戦いつづけている。これから3年後、我々はまだ戦っているのかな?」
 アヤウラの呟きに答えられる者はいなかった。



人物
ジェイムズ・サンデッカー 58歳 男性 中将
 旧ジオン公国軍火星駐留軍司令官、現在はファマス代表となっている。有能な人物で、その人柄と人望、指揮能力と行政能力を買われて火星駐留軍を統括する役を任されていた。戦後は火星駐留軍と逃亡してきた兵力を纏め上げ、アクシズに次ぐ戦力を維持しつづけた。
 火星軍は独自の研究、開発、生産施設を持ち、戦後もMSや艦艇の開発を続けており、現在は旧公国軍を上回る性能を持つ兵器を完成させながら時を待っていた。そして、アクシズの支援と、連邦軍の久瀬中将の共闘の約束も取り付けることで再起に向けての準備をすすめた。ファマスの実戦部隊を取り仕切ったのが久瀬中将なら、ファマスを連邦に対抗できるだけの組織として作り上げ、維持してきたのは彼の功績である。サンデッカーと久瀬、この2人の名将が揃い、絶妙のコンビとなったことがファマスを生んだのであり、このどちらかが欠けてもファマス戦役は起こらなかったと言われている。

ロバート・バウマン 43歳 男性 少将
 ファマス第3艦隊司令官。実直な性格で、戦闘では粘り強い戦いを見せる。久瀬中将が信頼する提督で、彼が欠けたことが連邦軍の人材不足をより加速したことは間違いない。ファマス戦役の全期間を通じて活躍する名将である。

クライフ・オーエンス 39歳 男性 准将
 連邦軍第1艦隊で分艦隊を率いている。任務は誠実にこなす男で、艦隊指揮官としては連邦でも屈指の能力を持ち、秋子をして「あの人に任せれば大丈夫です」と言わしめた。実直で生真面目なのだが、意外と融通が利き、大抵のことは多目に見てくれる。

高槻 26歳 男性 研究主任
 かつてFARGOで研究員をしていた男で、アーセンの部下だった。性格は陰険なサディストで、他人をいたぶるのを楽しむという下衆だが、こんな男でも一応は天才であり、アーセンがいなくなった後もシェイドの研究を継続できたのはこの男の功績である。アヤウラも本心では軽蔑しているのだが、その才能は有益であり、自分の側近の1人としている。

ガルタン・シーゴー 32歳 男性 中尉
 アクシズからアヤウラの元に派遣されてきたMSパイロットで、パイロットとしては天才。しかし、多くのジオンエースとは異なり、彼はいわゆる血に飢えた野獣であり、戦争の大儀や軍人の誇りよりも敵兵に流す血や爆発する敵機の光に価値を見出している。このような性格のため、どの部隊でも敬遠されてきたが、アヤウラは彼のMSパイロットとしての実力を認め、自分のところに引き取ってきた。


後書き

ジム改   ようやくみっちゃん、まこぴー、本格参入。
みっちゃん だれがみっちゃんですか、て、何で名前がすでにみっちゃんなんですか!?
ジム改   気にするな。それよりどうだね、ようやくカノン隊入りだが。
みっちゃん 今まで私を出さなかったこと事態が間違ってたんですよ。
ジム改   (脇役のくせにその自身は何処から沸いてくるんだ?)
みっちゃん それで、遂に連邦軍の鬼才、ギレンの野望では使えない奴ベスト3に入るワイアット長官の出番なわけですが、この人何しに出てきたんです?
ジム改   読者様の心を鷲掴みにするため。
みっちゃん そういう役ならもっと適任者が山ほどいる気がしますが?
ジム改   何を言うんだ、ワイアット長官は個人的にはデラーズ紛争を穏便に済ませようとした理性的な提督だと評価してるんだぞ。まあ、実戦部隊の指揮官ていうには経験不足な気もするが。
みっちゃん 誰が考えても不足してます。