第13章 エアー強奪

 月面都市エアーズ市、月都市としては小さいながらも、住人は多く、平均的なベッドタウンとなっている。ここには連邦軍の造船ドックがあり、そこで働く人たちの多くがこの都市には住んでいた。
 この都市の防衛システムが異常を発見したのはその日の朝、現地時間で午前5時ごろだった。レーダーが突然聞かなくなり、外部との通信も遮断されてしまったのだ。
 つい2年前にも同じ目に会った連邦軍の兵士達は直ちに迎撃体制を整えたが、彼らが気付いたのは少し遅すぎた。レーダーに頼らず、目視による警戒を続けていたにもかかわらず、それの接近に気付いた時、それはもう目の前にきていた。
「潜宙艦5隻、突入してくる!」
 警戒についていたジムのパイロットがあらん限りの声で叫ぶ。それが、彼の最後の言葉となった。潜宙艦の影から飛び出してきた新型MSがビームサーベルでジムを真っ二つにしたのだ。
 そのMS、ファマスの最新鋭MSの1つ、ブレッタに乗るパイロット、ダルカンが先陣を切ってエアーズ市の防衛隊に襲い掛かった。エアーズ市に配備されているMSの大半は旧式のジムやボールで、しかも数は少ない。主流となるのはたくさんいるセイバーフィッシュやトリアエーズだ。ファマスの誇る高性能MSの群れに勝てるわけが無い。
 数少ないジムが懸命にシュツーカに攻撃するが、ビームスプレーガンの射程は短く、より離れたところから撃ってくるシュツーカのマシンガンには対抗できないでいた。中にはビームライフルを装備している機体もあり、ジム隊は火力と機動力で勝るMSに苦戦を強いられていた。ボールに至っては悲しいことに120mm低反動砲ではシュツーカの装甲を一撃で撃ち抜くことができず、2射目を撃つ前にほとんどが撃破されてしまった。
 戦闘機隊は徹底した一撃離脱戦法を取ることでまだ健闘していたが、そう長くは持ちそうも無かった。
MS隊が守備隊をひきつけている間に5隻の潜宙艦はエアーズ市の宇宙軍建艦ドックに強行接舷を仕掛け、ドックに歩兵とミドルMSマーダーが突入していく。それを迎撃するべく連邦の歩兵もドックに集まってきた。
 ノーマルスーツを着てアサルトライフルを持って突入してきたアヤウラは群がる連邦歩兵を見て口元をゆがめた。
「ようし、マーダー隊、撃て!」
 アヤウラの命令に従ってマーダー隊がグレネードのようなものを一斉に撃ち出した。歩兵隊が慌てて物陰に逃げ込むが、放たれたグレネードは爆発による衝撃波の代りに、大量のガスを放出した。
「こ、これは・・・いかん、退け!」
 歩兵の隊長が叫ぶが、それは余りにも遅すぎた。ノーマルスーツを着たジオン兵はともかく、普通の戦闘服しか着ていなかった連邦兵は全員がもがき苦しんで死んでいった。いや、兵士だけではない。ドックで働く従業員達も全てが同様の運命を辿った。それはエアーの乗組員とて例外ではなく、気密ブロックにいた一部の作業員や工兵、乗組員を除いて全員が死亡した。整備の為に全てのハッチを空けていたのが致命傷となったのだ。
 敵兵がことごとく死んだのを見てアヤウラ達はエアーに突入した。急がなければ後続の部隊が来る。いや、すでに駆けつけてきた連邦兵がゲートを確保しようとした部隊と交戦している。ミドルMSと、こちらの兵が全員海兵であるという事がこちらの強みだが、数で行けば連邦兵のほうが圧倒的に多いのは間違いなく、長引けばこちらの負けは確実なのだから。
 エアーの格納庫に突入した真希の隊はそこでいきなり苦戦していた。生き残っていた兵と、運良くジムに乗っていて難を逃れたパイロットが頭部のバルカンで攻撃してきたのだ。海兵隊は60mmバルカンの掃射を浴びて次々と粉々にされていく。真希はとにかく全員を散開させながらミサイルランチャーを持っていた奴にジムを攻撃させた。これ以外の武器ではMSには何の効果も無い。
 放たれたミサイルがジムの頭部に集中し、これを破壊したが、ジムの動きは止まらず今度は足で踏み潰しにかかった。真希が慌てて逃げ出そうとした時、飛び込んできたマーダーが手に持つ超小型ビームサーベルでジムのコクピットを貫き、何とかジムに止めを刺した。
 真希が胸をなでおろすと、マーダーのパイロットが真希を笑っていた。
「どうした、広瀬真希ともあろう奴がびびったのかい」
「やかましい! そんなことより、あんた達はここを確保して頂戴」
「まかせておきなって」
 マーダーのパイロットはそう安受けあいして格納庫の入り口に機体を置いた。
 真希はそれを確認すると生き残った海兵を連れてエアーの艦内に入っていった。
 もう一隊、氷上たちは下部ハッチから進入していた。そこでも生き残った連邦兵の歓迎があったが、こちらは激戦とはならなかった。猛者ぞろいの海兵たちが皆青ざめている。向かってきた連邦兵は皆、何かに押し潰されたかのようにひしゃげ、あるいは内側から爆ぜていた。怯えて立ちすくむ海兵を尻目に氷上は複雑な視線を隣の男に向けていた。男は疲労したのか肩で息をしている。
「大丈夫かい、城島君。力を少し使いすぎだよ」
 氷上の忠告に城島司は疲れた顔に皮肉な笑みを浮かべた。
「そうだな。だが、もう俺にはこれしかないんでね」
 司の返事を聞いて氷上は呆れたように首を振ると艦内に入っていった。


 ドックに突入して1時間が過ぎた。すでに連邦軍の守備隊の姿は無い。ここに来た者の多くは死に、残りは撤退してしまった。突入した海兵隊に混じっていたパイロットがエアーに搭載されていた少数のジムを起動して加勢した為、歩兵中心の守備隊は蹴散らされてしまったのだ。おかげでアヤウラ達は妨害を気にすることなくエアーの出港準備をすすめていた。
「急げ、いつ環月方面艦隊が襲ってくるかわからんのだ」
 アヤウラが作業をしている兵士を急かす。もっとも、アヤウラの焦りは全員の焦りだった。誰もが上空を連邦艦に押えられ、脱出できなくなるのを恐れている。いつ上空にサラミスやマゼランの見慣れた姿が現れるか、それに怯えながら作業を進めていた。
 アヤウラが焦りを隠し切れずに艦橋を歩き回っていた時、制宙権を押えていたダルカンから報告が来た。
「おい大佐、遂に来やがったぜ」
「・・・来たか、それで、何処の部隊が来た。やはり環月方面艦隊か。それとも、他の月面都市の防衛隊か?」
 アヤウラの問いにダルカンは首を横に振った。
「いや、違う。警戒に出ていたムサイからの報告だと、どうやら1個艦隊規模の艦隊がこちらに向かってるらしい。しかも、そのうちの1隻は途方も無い巨艦だってことだ」
 ダルカンの話を聞いてアヤウラを始めとする艦橋にいた全員が驚愕した。
「ま、まさか・・・」
「ああ、間違いない、戦闘空母カノンだ。あれ以外にこんな化け物はいねえよ」
 ダルカンの声にも焦りが感じられる。それも無理は無いだろう。戦闘空母カノンといえば、1隻で5個戦隊に相当する、とまで言われるほどの戦闘能力を持っているといわれ、全てのジオン将兵の恐怖の的となっているのだから。
 カノン接近は直ちに全員に伝えられ、出港準備をとにかく急ぐように命じた。作業員達の目が血走り、守備にあたっている海兵たちも噴出してくる冷や汗をぬぐっていた。


 アヤウラ達が必至に出港準備をしていた頃、カノンには月からの救援要請が入っていた。
「エアーの建造ドックをファマスの特殊部隊に占拠された、ですって!?」
 話を聞いた秋子が呆れて叫ぶ。隣にいたマイベックもあっけにとられていた。逆にスクリーンに映るエアーズ市の守備隊指揮官は汗をかいて俯いている。
「はい、奴らは5隻の潜宙艦で奇襲をかけてきて、迎撃に出たMSや戦闘機はまだ頑張っていますが、制宙権は敵の手に落ちつつあります」
「それで、ドックの方はどうなっているのです?」
「はあ、奴らはドック内でガスを使用しまして、配置についていた守備兵とエアーの乗組員はほとんど全滅しました。現在は基地の兵を出して攻撃していますが、奴らはエアーの搭載機を持ち出してきまして」
 指揮官の説明を受けて秋子は指揮官席の肘受けに拳を叩きつけた。
「また、ジオンはガスを使ったというのですか!?」
「は、はい。その為ドックは完全に敵の手に落ちてしまい、我々だけではもうどうしようもないのです」
「分かりました。とにかく、後30分持たせなさい。何とか援軍を送ります」
「あ、ありがとうございます」
 指揮官は嬉しそうに敬礼して通信を切った。それにはかまわず、秋子は全艦に戦闘配備を命じる。
「全艦戦闘配備、最大戦速でエアーズ市に急行します。MS隊はあるだけのスペース・ジャバーを使って先行してくいださい。また、コア・イージー隊も同行すること。目的はエアーズ市の制宙権の奪回と、エアー建造ドックを占拠する敵の排除。最悪でもエアーの強奪だけは阻止してください。最悪の場合、撃沈も許可します」
「司令、撃沈は不味いんでは」
 マイベックが進言するが、秋子は命令を撤回しなかった。
「敵の手に渡るよりはましです」
 そう言われては返す言葉も無く、マイベックは各艦隊への指示を伝達していく。秋子は厳しい表情で目の前に映る月を睨んでいた。
 秋子の命令を受けて格納庫では大騒ぎになっていた。シアンがヘルメット片手に部下に指示を飛ばしている。
「北川中隊、アルハンブル中隊、フォックス・ティース隊はスペース・ジャバーを使って俺に続け。ガンダムチームも行け。ユウカ戦闘機大隊も出撃しろ。他の隊はもう少しカノンが月に近付いたら出撃する。ボール第3大隊は乗り捨てられたスペース・ジャバーの回収をしろ。敵の機数は不明だが、短時間でエアーズ市の守備隊を壊滅状態に追い込んでるんだ。十分注意しろ!」
 シアンの支持を受けて北川中隊とアルハンブル中隊、フォックス・ティース隊、それに3機のRガンダムがスペース・ジャバーに乗って左右のカタパルトに移動していく。中央カタパルトからはすでにキョウのコア・イージー隊が出撃している。
 北川はカタパルトにスペース・ジャバーを甲板要員の誘導に従って導いていた。やがて、オペレーターが接続完了を伝えてくる。
「北川中尉、接続完了。発進準備OKです」
「了解、北川機、行ってくる」
 言い終わるのと同時に、体に強烈なGが襲い掛かってきた。カタパルトから打ち出される感触だ。ふとサイドモニターに目をやると、隣のカタパルトからはトルビアックのヘビーガンダムが出てきた。後方のトラファルガー級空母、カウンペンス級軽空母から次々とコア・イージーが飛び上がってくる。全機が機体の下に推進剤を満載したドロップタンクを下げている。もっとも、これらの空母の搭載機はまだ多くがセイバーフィッシュだが。
 合計で200機近いコア・イージーが編隊を組むと流石に壮観で、シアンですらしばし言葉を失った。
 やがて、集合を終えると月を目指して飛んでいった。それを追うようにカノン以下の艦隊も長大な推進剤の尾を引いて月に急いだ。


 アヤウラ達が突入して2時間、エアーの出撃準備はほぼ整っていた。アヤウラはエアーの艦橋で艦長席に座っていた。
「艦外の海兵隊の収容急げ。収容完了次第、天井のハッチを艦砲で吹き飛ばし、上昇する」
 アヤウラの指示に従って海兵隊が次々とハッチに飛び込んでくる。ジム隊は外で連邦兵を牽制していた。
やがて収容が終わり、エアーの艦砲が天井を向いた。
「主砲撃て!」
アヤウラの命令を受けて、エアーの上部にある大型連装砲3基の砲身が上を向き、メガ粒子砲を発射した。バーミンガムのそれと同等の威力を持つ砲の破壊力はドックの天井くらい簡単に吹き飛ばしてしまう。天井を破ったエアーは残った天井の残骸を船体で吹き飛ばしながら出港した。全長398メートルの巨体が宇宙空間に浮いてくる。それを護衛するかのように5隻の潜宙艦が周囲についた。潜宙艦から更に2機のMSが出てくる。1機はガルタンと同じブレッタだが、もう1機の漆黒のMSは未知の機体だった。
 ブレッタに乗っているのは真希で、漆黒のMSに乗っているのは氷上だ。周辺には14機のMSが展開している。その頭は皆同じ方を見ていた。そちらからは、無数の光点が近付いている。
 エアーの索敵レーダーが接近してくる大軍を捉えた。ムサイ等問題にならないほど高性能な索敵用レーダーを持つエアーは遥か彼方からやってきたカノンMS隊を捉えたのだ。
「新たな敵部隊接近中、MSないし戦闘機。数は・・・お、およそ250機!」
「そんな、馬鹿な!?」
 オペレータの悲鳴のような報告にアヤウラも大声で現実を否定した。しかし、それで敵部隊が消えるわけでもなく、アヤウラは全軍に迎撃準備を命じた。更に、哨戒に出しておいたムサイ5隻を呼び寄せる。これで、戦力は11隻、MSは30機ほどになる。だが、それでも戦力差は8倍近かった。もし、このときアヤウラがこれでも機動艦隊の総力の半分にも満たないと知れば、どういう反応をするだろうか。
 終結したアヤウラ艦隊は月の重力圏を離脱しようとしたが、その前に近付いてくる1機のMSに気付いた。
「大佐、別方向から接近する物体があります」
「何だ、MSか?」
「分かりません。このスピードからすると、MSではなく、シャトルかもしれません」
「いつ頃来る?」
 アヤウラの質問を受けて、オペレーターはしばしコンピューターと格闘し、程なく答えを得た。
「連邦部隊の方が5分ほど早いです」
「そうか、何だ一体?」
 アヤウラは首を捻ったが、1機なら大した問題でもないと考えた。それよりも、迫り来る200を越す大軍の方が問題だ。
そして、月の重力圏を抜ける前に連邦の攻撃隊が上空を押えた。その大軍に流石の真希やガルタンも色を失う。
「な、何よ、何機いるのよ?」
「は、ははは、こいつは、敵に不自由しないぜ」
 流石のガルタンでもこの数が相手では軽口にも張りがない。
 そうするうち、上空を埋め尽くすようなコアイージーが機体を翻して急降下に入り、50機以上のMSがファマスMS隊を押さえにかかる。
 ファマスMS隊は機体性能に勝るシュツーカはともかく、ムサイに搭載されていたのは旧公国軍製のザクやドムだ。流石にこの状態では分が悪すぎる。襲い掛かってくるジムの大軍にパイロットも呑まれていた。その時、1機のMSがファマスMS隊の中から飛び出してきた。
「さあ、僕とこのシェイド用量産MSヴァルキューレのお披露目だよ。みんなで祝ってくれるかな」
 パイロットの氷上は朗らかな笑顔でそういうと、機体を連邦MSに向けた。
 目標とされたジムコマンドのパイロットが慌ててビームガンの照準を合わせようとしたが、遂にロックオンすることさえできず、機体は破壊された。ヴァルキューレは右手にビームグレイブを構えると更に周辺にいた3機のジムコマンドを切り捨て、次の目標に向かっていく。その姿はさながら死神だった。いや、戦士をバルハラへ送る、神の使いヴァルキューレか。
 部下を殺されてトルビアックがヴァルキューレに突っかかった。
「こいつ、ふざけるんじゃねえ!」
「ガンダム? 珍しいね」
 そう言って氷上はグレイブをヘビーガンダムに振り下ろした。トルビアックはかろうじてそれをビームサーベルで受ける。そのまま、2機はしばしの間力比べに入った。
「くそ、何てパワーだ!」
「へえ、流石ガンダム。このヴァルキューレと力比べができるなんてね」
 だが、この勝負は徐々にトルビアックのほうが押されていた。このままでは負ける。そう判断すると、肩のビームキャノンをヴァルキューレに向け、発砲した。だが、この距離で撃ったにもかかわらず、ヴァルキューレはそのビームをかわしていた。
「・・・そんな、馬鹿なことが」
 トルビアックが呆然と呟く。だが、氷上は少し驚いただけだった。
「危ないなー、あんなのが当たったらいくらヴァルキューレでも持たないよ」
 このとき、すでに勝負はついていたのかもしれない。ヴァルキューレはグレイブを右手で構えると、頭部脇の左右胴上部にあるマシンキャノンを撃ちながらヘビーガンダムに突っ込んだ。ヘビーガンダムはマシンキャノンに激しく撃たれながらも何とかビームサーベルで最初の一撃は防いだ。だが、続く斬撃は避わす事ができず、左腕を肘から切り落とされた。次いで頭部を失い、さらに左足も切りつけられて失った。
「う、うわああぁぁぁぁ!」
 トルビアックはその衝撃で体を打ち付けられ、意識が朦朧としていた。
 氷上は抵抗力を失ったヘビーガンダムを見てつまらなそうにグレイブを振上げる。
「もう終わりか。まあ、よく頑張った方だよ」
 そう言って微笑むと、グレイブを振り下ろした。そのとき、振り下ろされる腕にマシンガンが当たり、グレイブは軌道をそれてヘビーガンダムの機体を焦がすだけに終わった。
「敵、何処から?」
 すでに周囲はMS戦になっている。自分がかなりの数を堕としたからだいぶいい勝負になっている。その混戦の中から、10機のMSがこちらに向かってきた。ジムカスタムが2機、ジムコマンド5機、それにガンダムタイプが3機だ。
「へえ、まだ元気なのがいたんだ。なら、次の相手は君達だ」
 そう言って、氷上はグレイブを構えなおすと新たな獲物に向かった。
 ヴァルキューレが来るのを見て北川が怒鳴る。
「全機、散開しろ。相手はそのトルビアックを子ども扱いした奴だ。十分注意しろ」
「うぐぅ、頑張る」
「大丈夫です。信じれば何とかなります」
「まあ、何とかやってみるわ」
「私とトルク中尉を、一緒にしないでください」
 4人がどれぞれに返事をしてくる。返事だけで誰か分かるのが少しおかしかった。だが、北川にはそれを楽しんでいる余裕は無かった。
 氷上のヴァルキューレが迫り、2機のジムコマンドが真っ二つにされる。そして、さらに次の目標を求めて視線をめぐらすと、ジムカスタムが向かってきた。天野が突っ込んできたのだ。
「よくも私の部下を!!」
「よせ天野! 1人でどうにかできる相手じゃない!」
「あの男の部下が、私に指図しないで!」
 天野の叩きつけるような声に、北川は言葉を詰まらせた。その隙に、天野はヴァルキューレに向かっていった。気を取り直した北川が慌てて追おうとしたが、そこにあゆが話し掛けてくる。
「北川君、天野さんを守らなきゃ。あのままじゃ、天野さん死んじゃうよ」
「どういうことだ、あゆちゃん!」
「今の天野さんからは、悲しみしか感じられないんだよ。そんなんじゃ、天野さんが死んじゃうんだよ!」
 あゆの話はかなり突拍子もないものだったが、北川は信じた。シアンからあゆがニュータイプだと聞かされていたし、今までもあゆの予感は当たっていたからだ。
 みれば、天野はすぐに追い詰められてしまい、もう防戦一方になっている。
「いくぞ!」
 北川がジムライフルを唸らせる。90mmの徹甲弾が唸りを上げてヴァルキューレに襲い掛かる。そのうちの何発かは機体を捕らえて火花を散らせたが、装甲を貫くにはいたっていない。だが、氷上の注意を引き、天野を逃がすには十分なものだった。
「僕に当てた? ただの人間が、この僕に!?」
 どうやら、プライドを傷つけられたらしい。氷上の笑顔が消える。
「許さないよ。殺してあげる」
 氷上が殺気立つ間に、北川は天野の前に出た。
「天野中尉、下がれ、君では無理だ!」
「ふざけないで! 私は、まだやれます!」
「いいかげんにしろ! お前の我侭で、皆を危険にさらす気か!?」
 北川は天野を怒鳴りつけた。だが、その一瞬は、氷上を相手にしている状態では、まさに致命的な一瞬だった。
 気づいたときには、ヴァルキューレがビムグレイブを振り上げて迫っていた。北川は何とかかわそうとしたが、反応は間に合ったが機体は間に合わなかった。それでもかろうじて致命傷は避けたが、グレイブに焼かれて左腕と左足の左側半分を失ってしまった。だが、北川はその被害を無視して更にマシンガンを打ちつづけた。流石にこの距離なら有効弾が出て、ヴァルキューレの左腕から煙が出る。
「へ。や、やったか、な・・」
 北川は頭から血を流しながら呟いた。ジムカスタムはガンダムより防御が弱い。これだけのダメージを受ければコクピットとて無事ではなく、コクピットの左側のモニターが爆ぜ、スパークが散っていた。どうやら、この爆発で体を激しく打ちつけたらしい。
 怒った氷上がグレイブで止めを刺そうとしたが、それはあゆのタックルで防がれた。ヴァルキューレがタックルに弾き飛ばされる。機体を立て直した時には、ジムカスタムの前には2機のガンダムが立ちふさがり、1機のガンダムが動かないジムカスタムを抱えていた。
「北川君、北川君、返事をして北川君!」
 香里の悲鳴のような呼び声がジムカスタムのコクピットに響く。それを聞いて、北川は機体をチェックした。
「・・・左半身は完全に駄目。ジムライフルもこの状態じゃ照準が期待できん」
「北川君、生きてるの。ねえ、返事をしてよ!」
 香里の声が悲痛になっていく。それを聞いて、北川は何とか機体を動かした。
「大丈夫だ、心配させてすまん」
「北川君!・・・無事なのね?」
 香里の声が少し落ち着く。
「ああ、なんとかな。だが、これじゃ戦闘は無理だ。俺は退かせてもらう。天野、戦域を出るまで護衛してくれ」
「分かったわ。こいつは、私達に任せておいて」
「うぐぅ、北川君の仇だよ」
「そうです、許しません」
「・・・私は・・・」
「・・・2人とも、まだ死んでないって」
 余りの言葉に北川がぼやく。だが、すぐに小さく笑った。
「ははは、まあ、いいさ・・・なあ美坂」
「ん、何よ?」
「・・・死ぬんじゃないぞ」
「えっ!」
 香里が上ずった声を上げる。北川は何も言わず、生きているスラスターを吹かして戦場からさがっていった。天野のジムカスタムと部下のジムコマンド2機が護衛についている。
 北川が下がるのを香里は頬を少し赤くして見送った。その様子にあゆと栞がうらやましそうな声を上げる。
「うぐぅ、香里さんだけなの?」
「お姉ちゃんだけですか、やっぱり」
「ちょ、ちょっと2人とも、何言ってるのよ!」
 香里が赤い顔を更に赤くしている。そんな香里を見て2人はひやかした。
「香里さん、顔が赤いよ」
「よかったですねえ〜、お姉ちゃん」
「・・・・・・」
 もはや何も言わず、ただ赤くなる香里。2人はそんな香里を見て笑っていた。
 氷上はなにやら相談しているらしい3機を見て(まさか、ラブラブ話とは思うまい)少し警戒していた。
「あの3機、何か企んでるのかな?」
 少し嬉しそうに呟く。だが、いつまでたっても動かないのでこちらから仕掛けることにした。
「どうしたんだい。ガンダム!」
 切りつける氷上。だが、その一撃はあゆに阻まれた。
「うぐぅ、これ以上、好きにはさせないよ」
「この感じは、まさか、君は・・・」
 あゆのもつ力に驚く氷上。そして、ライフルを構えるもう1機のガンダムにも気付いた。
「まさか、ニュータイプが2人も!?」
「もらいました!」
 栞がビームライフルを撃つ。氷上はそれを何とかかわしたが、動揺は隠せなかった。
「まさかね、ニュータイプが2人もいるなんて、浩平君たちが勝てないわけだよ」
 小さく呟く。その額には汗が浮かんでいた。そこに、もう1機のガンダムがビームサーベルで斬りかかって来る。
「でも、馬鹿にしてもらっちゃ困るんだよ」
 氷上もビームグレイブで迎え撃った。機体をすばやく動かす。いかにニュータイプとて、反応速度はともかく、激しい機動ならシェイドのほうが有利になる。そう思っての行動だったが、目の前のガンダムは氷上の速さについてきた。
「なんだって?」 
「舐めないでよね。私だってシェイドなのよ!」
 香里が気合を入れようと怒鳴る。香里は気付いていた。この機体がシェイド専用機だということに。そして、このままこの動きを続ければ、相手より先に自分の体が持たないことも知っていた。何より、機体が持たない。
 2人のシェイドの戦いにあゆと栞は驚いていた。無茶苦茶な速さだ。とても自分達ではあんな風には動けない。だが、その戦いはすぐに先が見えた。だんだんと、目に見えて香里の動きが遅くなってきたのだ。
 香里は自分の機体をチェックしながら顔をしかめていた。
「駆動系のロスが大きすぎるか。それに、体がもう限界、これ以上は無理」
 そうは言っても、それで目の前のMSが消えてくれるわけではない。むしろ、こちらの動きが鈍ったのに気付いたのだろう。かさにかかって攻めてきた。
 実際、氷上は気付いていた。目の前のパイロットが香里であることに。
「美坂香里さんだね。まあ、不良品にしてはよくやったけど、もう限界みたいだね」
 氷上の攻撃が激しさを増す。あゆと栞が懸命に氷上を牽制しようとするが、氷上は2人には重すぎる相手だった。
「うぐぅ、このままじゃ香里さんが・・・」
 あゆの目の前で香里のRガンダムがグレイブを受けそこねて切りつけられる。その時、栞があゆに警告を飛ばしてきた。
「あゆさん、避けてください!」
「えっ?」
 何を避けるのか分からないが、とりあえず機体を下げる。すると、目の前を強力なビームが通過していった。そのままビームは氷上のヴァルキューレを襲う。氷上は驚いてそれを避けた。
「何だ、何処からの砲撃?」
氷上が火点らしき方に注意を向ける。すると、そちら側から1機の漆黒のMS、イリーズが現れた。
 それを見て氷上の顔が驚愕に歪む。
「あれは、まさかイリーズ。里村茜さんか」
 氷上は自分に確認するように呟くと機体をそちらに向けた。もう、こんな紛い物に関わっていられる状況ではない。全力で戦う必要のある相手が出てきたのだから。


 イリーズの襲来はエアーの艦橋にも響いていた。正確に言うなら、機体を確認したアヤウラが叫んだのだが。
「何であいつがこんな所に!?」
「大佐、何機か向かわせますか?」
 オペレーターが聞いてくる。アヤウラはそのオペレーターを怒鳴りつけた。
「ふざけるな。あんな化け物と戦える奴なんか、氷上しかいない!」
「す、すいません。それでは、氷上さんに伝えます」
「いや、どうせもう向かってるだろう。それより、主砲をエアーズ市に向けろ」
「は?」
 アヤウラの命令にオペレーターが困惑した顔になる。
「何をしている。エアーズ市を砲撃する」
 不敵に笑うアヤウラにオペレーターは戦慄した。
「し、しかし、それは明らかな・・・」
「あきらかな、何だ?」
 アヤウラの目が危険な色を放つ。それを見てオペレーターは黙り込んだ。
 アヤウラの指示に従ってエアーの右舷を志向できる4基の連装砲と1基の単装砲が動き、エアーズ市の方を向いた。


 乱戦の中でシアンは近付いてくる茜に気付いていた。
「この感じは、間違いないな。あゆたちの方に向かっている・・・あゆたちの傍にも1つ、強い奴がいるか」
 シアンは周囲に気を配りながら主なパイロットの動きを探り、茜の狙いをそれとなく掴んだ。ちなみに、近くには真琴がいて、時折こちらの隙を伺っている。そのとき、更に危険な予感が走り抜けた。
「なんだ、この不快感?!」
 急いで光学センサーでエアーを確認し、その主砲がエアーズ市を狙おうとしているのを見た。
「沢渡中尉、ここを頼む!」
「ちょ、ちょっとあんた、いきなり何ふざけた事いってんのよ?」
 真琴が驚く。シアンは説明するのももどかしく、あゆたちの方に向かった。それを見た真琴はジムキャノンUで追おうとしたが、迫ってくるザク改に邪魔をされた。
「あー、もう。あんた邪魔よ!」
 ジムキャノンUの両肩のビームキャノンからビームを撃ち、そのザク改を撃ち砕く。そんなことをしてるうちにシアンは行ってしまった。
「あうぅ、もう、何て無責任な奴なのよ!」
 まあ、真琴の気持ちも分かるが、愚痴を言ったところでどうなるものでもない。仕方なく、真琴は隊をまとめて敵部隊を押し始めた。
 真琴に指揮を押し付けたシアンは現場に急行していたが、エアーの主砲はエネルギーのチャージをはじめようとしていた。
 氷上は冷静に茜を迎えた。もはやあゆ達など眼中には無い。栞と香里はそんな氷上の動きをいぶかしんでいたが、あゆは接近してくる力に気付いていた。
「栞ちゃん、香里さん、何か来るよ!」
「え、何がです?」
「あゆちゃん?」
 2人とも不思議そうだったが、あゆは切迫した表情で氷上と同じ方向を見据えていた。やがて、栞もそれを感じた。
「あゆさん、これは!」
「栞ちゃんも感じた。なにか、とんでもない人が来るよ」
 あゆと栞が警戒してビームライフルを構える。
「2人とも?」
 香里だけがまだ分かっていなかった。
「香里さん、トルクさんを回収して下がって。その機体じゃこれ以上戦うのは無理だよ」
「あゆちゃん、でも、2人じゃ」
「お姉ちゃん、お願いします」
「栞まで・・・」
 香里はなおも食い下がろうとしたが、2人の真剣な表情に黙り込んだ。そして、トルビアックを大破したヘビーガンダムから回収すると、ゆっくりと後方にさがっていった。
 それを確認したあゆと栞は、にっこりと頷き合うとやってきた最強のMSを見据えた。
「栞ちゃん、やれそう?」
「あゆさんこそ、大丈夫ですか?」
 2人は緊張に引きつった笑顔で目の前を見ていた。そこには、2機の漆黒のMSが退治している。茜のイリーズと、氷上のヴァルキューレだ。
 氷上は目の前にいるイリーズを見て額に汗を浮かべていた。通信回線を開く。通信はすぐに繋がり、茜が現れた。
「誰ですか、貴方は?」
「僕は氷上シュン、君は里村茜さんだね」
「・・・どうして、私のことを知っているのです?」
 茜のポーカーフェイスが揺らぐ。
「それは知っているさ。ぼくは、君の弟だからね」
「・・・・・・」
 茜は思いっきり疑わしげな視線を向けていた。氷上の笑顔が引きつる。
「あ、信じてないね?」
「はい」
 即答する茜。氷上はしばし沈黙して、咳を1つすると元の笑顔に戻った。
「まあ、信じられないのは無理ないさ。だて、僕はFARGOで作られた第3世代シェイドと同じ時期に作られた第1世代シェイドだからね」
 氷上の話を聞いて、今度こそ茜の顔色が変わった。
「ま、まさか、そんなことが・・・」
 茜が信じられないというように頭をゆっくりと横に振る。その顔には怯えすらあった。
「FARGOが、生きている」
 自分で確認するようにゆっくりと呟く。やがて、ゆっくりと茜は氷上に向き直った。
「それで、貴方は何を望んでいるんです?」
「分かっているんだろ。ぼくは、ラスト・バタリオンの指揮ユニットさ。そして、川名みさきとシアン・ビューフォート、この最強の2人を倒すのが僕の望み」
 氷上の答えを聞いて、茜は迷わずビームマシンガンを撃ちまくった。氷上がかろうじてそれを避ける。
「いきなり危ないなあ」
「貴方は、みさきさんを、シアン兄さんを殺すために生まれたというんですか!?」
 茜が珍しく大声で聞く。氷上は臆した様子も無く答えた。
「そうさ、僕はあの2人を殺すために作られた、FARGOの最高傑作さ」
 この氷上の一言が引き金となり、2人のシェイドは激しい戦いを始めた。氷上にも今までのような余裕は全く無い。シェイド機のもつ凄まじい機動性を生かした戦いを繰り広げる。そのあまりの速さにあゆも栞もついて行くのがやっとだった。
「うぐぅ、栞ちゃん、どうする?」
「えっとぉ、先ほどの話からすると、私達は後から来た女の人の味方をした方がいいと思います」
「うん、僕もそう思うよ」
 2人は意見の一致を確認すると、氷上のヴァルキューレを狙ってビームライフルを撃った。
 茜と戦っていた氷上は徐々に焦りの色が濃くなってきていた。
「くっ、やっぱり、ヴァルキューレじゃイリーズの相手は厳しいのかな」
 氷上の乗るヴァルキューレは第3世代用であり、第1世代用に造られた個人用スペシャル機のイリーズとは基本性能が違う。氷上が苦戦しているところに、今度はあゆと栞がビームライフルで攻撃してきた。
「あの2人か!」
 氷上の声に怒りが混じる。ただでさえ苦しいこの状態で更に2人のニュータイプの加勢。この状況で余裕を見せれるほど氷上は場数を踏んではいなかった。
 2人の加勢は茜にとっても予想外だったが、とりあえず敵対はしないらしいと分かると、2人のことは頭から消し去った。いまは、目の前のシェイドを片付けることだ。
 3機のMSは協力して氷上を追い詰め始めた。大苦戦を強いられた氷上は必至に機体を動かしていたが、そんな状況でも新たに近付いてくる強い力に気付いた。
「この感じ、まさか、川澄舞に、水瀬秋子か!」
 彼方からやってくる無数の光点。機動艦隊がようやく到着したのだ。艦隊の周囲に数百機の戦闘機やMSが展開している。その様子に全てのファマス将兵は驚愕した。
「ま、まだ、あんなに敵が・・・」
 誰かが絶望したように呟く。それを聞いて氷上は自分の状況を思い出した。
「冗談じゃない。これで更に川澄舞や水瀬秋子なんか相手にできるもんか」
 そういうと、氷上は急いで逃げにかかった。ありったけの閃光弾をばら撒いていく。追撃しようとした茜たちの前で閃光弾がはじけ、3人はあまりの眩しさに目をつぶった。光が消えた時にはヴァルキューレはエアーの方に逃げ去っていた。3人は慌てて追おうとしたが、その時、エアーズ市の天蓋が爆発した。


 エアーの主砲が旋回したのを見て、シアンは単身、敵艦隊に突入していた。エアーから上がってきたジム隊が迎撃してきたが、そんなものはシアンの相手ではなく、迎撃機はあっという間に全滅させられてしまった。だが、彼らはエアーが砲撃するまでの貴重な時間を稼ぎ出した。シアンが見ている前でエアーの主砲が1基、ビームをエアーズ市に向けて撃ちこんだ。エアーズ市に限らず、都市の外壁は艦砲射撃に耐えられるような設計はしていない。主砲の直撃を受けたエアーズ市の天蓋には巨大な穴が2つ開いていた。
「や、や、やりやがった・・・」
 呆然と呟く。それは敵味方のパイロットも同じだったらしく、誰もが動きを止めていた。やがて、戦場にいる全ての者に通信が入ってくる。
「私はエアー強奪部隊の指揮官だ。もし、我々の脱出をこれ以上妨害する気なら、エアーズ市に対する砲撃を続行する。私が本気であることは先ほどの砲撃で証明させてもらった。連邦指揮官の理性ある行動を期待する」
 接近してきていた艦隊の動きが止まった。秋子が全軍に停止を命じたのだろう。非戦闘員を巻き込む戦いを極端に嫌う秋子のことだ。恐らくは艦橋で激怒しているだろう。
 アヤウラの通信を聞いてシアンは血がにじむほどに唇をかみ締めた。このような卑劣な手段を使うアヤウラと、それを阻止できなかった自分の両方が許せず、体が小刻みに震えている。
 そこに、部下のジムコマンドが近付いてきた。
「あの、どうしますか?」
 一瞬、シアンは激発しかけたが、すんでのところで踏みとどまった。
「・・・どうしようもない。全機後退する。以後、水瀬司令の指示があるまで攻撃は控える」
「は、はい、分かりました!」
 部下が慌てて去っていく。どうやら、怒りが顔に出ていたらしい。そのことに気付くと頭が冷えた。
「まったく、俺としたことが」
 ヘルメットの頭を小突くと、改めて全体の状況を確認した。どうやら、ファマスのMS隊は艦隊と合流する気らしい。味方も月の重力圏から離れつつある。そんな中に、いつまでも動かない機体に気付いた。
「・・・茜に、あゆ達か・・・」
 小さく呟くと、シアンはそちらに機体を向けた。
 あゆと栞は茜のイリーズと何をするでもなく向かい合っている。互いにどうするか決めかねているのだ。
 茜は目の前のガンダムのパイロットがニュータイプだということには気付いていた。そうでもなければ、自分達についてくることなどできない。
「・・・ニュータイプが2人、ですか」
 どうしたものかと首を捻っていると、通信機が飛び出しのコールをした。不信げにそれを見る茜。
「・・・最近、この回線を知ってる人が多いです」
 そう呟いて回線を開いた。そして、モニターに映った人物を見て言葉を失った。
「久しぶりだな、茜」
「・・・シアン兄さん・・・」
 まるで、幽霊でも見たかのように茜の顔が蒼白になる。シアンは別の意味で困った顔をしていた。
「まあ、何て言うか。元気そうでよかった」
「・・・・・・」
「みさきは、何処にいるか知らないかな」
「・・・・・・」
「・・・茜・・・」
 シアンが小さく名前を呼ぶ。やがて、茜は小刻みに体を振るわせ始めた。
「・・・嫌・・です」
「茜」
「・・・置いていって、やっと忘れられたと思ったら帰ってくるなんて、そんなの、嫌です」
「・・・・・・」
「兄さんも・・・司も・・・皆、私を置いていってしまいます」
「・・・・・・」
「もう、待つのは嫌なんです!」
 イリーズのビームマシンガンがシアンのジム改に狙いをつける。シアンはそれを黙ってみていた。
「私も、みさきさんも、舞も、皆兄さんが好きでした。辛い日々でしたが、兄さんが居たから私達は頑張ってこれたんです。なのに、兄さんは突然居なくなってしまった」
「・・・・・・」
 茜の糾弾をシアンは黙って受け止めていた。
「なんで、誰も彼も私を置いていってしまうんです?」
「・・・舞にも、同じ事を言われたよ」
「・・え・・?」
 思わず聞き返す茜。シアンの言葉の持つ衝撃が大きすぎたのだ。
「舞に言われたんだ。どうして置いて行ったの? てな」
 答えるシアン。
「それじゃあ、兄さんは舞と一緒にいるんですか?」
「ああ、最近になって俺もカノンに配属されてな。そこで舞に会った。茜と会ったということも聞いたよ」
「・・・そうですか」
 茜の両目が閉じられる。そして、ビームマシンガンを下げた。
「私は戻ることにします。エターナルに」
「・・・カノンに来る気はないか?」
「すいません。エターナルには、皆が居るんです」
 茜は小さく笑った。それを見てシアンは少し驚いたが、こちらもすぐに笑顔になった。
「そうか、帰ったら、みさきによろしく言っといてくれ」
「はい、それじゃあ、失礼します」
 イリーズは機体を翻すとカノンから離れた方に飛び去った。
「あ、逃げちゃうよー」
「追わなくて、いいんですか?」
 あゆと栞が言ってくるが、シアンは頭を軽く振って2人を止めた。
「いいんだ。それより、カノンに帰るぞ」
 シアンは機体をカノンに向けて加速した。2人が慌てて追ってくる。彼らは、これからエアーズ市の天蓋の応急修理を手伝うことになり、そこに漂う市街地の残骸を見てあゆと栞は戦争の辛さを思い知ることになる。


 茜は暗礁内に待機していた商船に機体を固定した。そして商船に入っていく。中では住井が飲み物を準備して待っていた。
「よう、お疲れ。それで、出撃したかいはあったのか?」
「・・・一応は、ありました」
 茜が言葉少なく答える。それだけならいつもの事だが、住井は茜がおかしいことに気付いた。
「何があったんだ?」
「・・・あなたは、ごまかせませんね」
 そう言って、茜は艦橋の助手席に座った。
「シアン兄さんに、会いました。」
「・・・まさか、シアンさんが、生きていたのか?」
「はい・・・そして、兄さんとみさきさんを殺すために生まれた、と自称するシェイドにも」
 住井が持っていたジュースを握りつぶした。
「・・・汚いです」
 茜が顔をしかめる。住井はエアコンを起動して漂う液体を吸い込ませると、自分の手についたジュースをタオルで拭いた。
「シアンさんとみさきさんを殺すだって? そんなこと、できるわけが無い」
 住井の台詞に茜は頷いた。
「彼、氷上シュンは、新型のシェイド専用機に乗っていました。あんなものを造れるのは、貴方と雪見さんを除けば、アーセン博士と巳間さん、そして、高槻しかいません」
「ああ、そうだな。でも、巳間さんは確か、CALSS−AとCから3人を連れて逃亡したよな。アーセン博士は行方不明。高槻も戦争の混乱で行方不明だ」
「そうです。でも、巳間さんやアーセン博士が兄さんやみさきさんを殺そうとするはずがありません。となると・・・」
「高槻、か。あの下衆野郎、生きていたのか」
 住井が怒りも顕にして言う。茜も同感だとばかりに頷いている。
「それに、あの強奪犯のリーダーの声、FARGOで聞いたことがあります」
「FARGOで?」
「はい、あの時、エアーズ市を砲撃した後に通信してきた声は間違いありません」
 茜が心底嫌そうな顔で言う。どうやら、茜はFARGOGが嫌いらしい。住井も似たような顔をしているが、頭を振って気分を変えると、住井は操縦席に座った。
「それで、これからどうする?」
「・・・エターナルに帰りましょう。詩子のほうは、ある程度のことが分かれば知らせてくれます」
「そうか、なら、帰るとしますか」
 住井は商船を発進させた。目的地はフォスターT、エターナル隊が待っている宇宙要塞である。


人物紹介

城島司 18歳 男性 中尉
 FARGOの生み出した第2世代型のシェイドで、強化によってCALSS−B級の能力を持っている。だが、度重なる強化を受けたことによってさまざまな障害をもっており、その能力は不安定である。また、命令に従うように記憶をいじられており、茜を自分を見捨てた裏切り者だと思っている。

機体解説

MDF−02 シュツーカ
兵装 90mmマシンガン 又はビームライフル
   ビームサーベル×2
   110mm速射砲×2
   シュツルムファウスト×2
   シールド
<説明>
 ファマスが完成させたMS、ザク系の機体で、久瀬を通じて連邦の技術も使用されている。ザク系列機ということでオーソドックスな機体だが、コストパフォーマンスが高く、全体の性能も高いレベルでバランスが取れている。いわゆる重装甲、高機動、大火力という兵器の要求する3要素を現状で最も満たした機体である。だが、武装は従来のジオン系の装備の流用品である。この機体に連邦軍が対抗するには、ジムUやハイザックの開発を待たなくてはならない。

MDF−03 ブレッタ
兵装 90mmマシンガン 又はビームライフル
   ビームサーベル×2
   110mm速射砲
   シールド
<説明>
 シュツーカの改良型で、全体の性能を向上させている。特に機動性の向上は目覚しく、シュツーカを完全に引き離している。非常に高性能だが、その分高価で、量産された数は少ない。だが、熟練兵に優先的に配備されたため、その戦果は多い。

SYD−121 ヴァルキューレ
兵装 ビームライフル
   ビームグレイブ
   ビームサーベル
   マシンキャノン×2
<説明>
 量産型のシェイド用MSで、この時代のMSとしては異常な高性能を誇る。そのパワーはガンダムタイプを押し切れるほどで、その装甲は90mmマシンガンの弾丸をまったく受け付けない。そして、その機動性はRガンダムですら勝負できないほどである。ただ、あくまでこの機体はシェイドと呼ばれるパイロットの為のものであり、この高性能もシェイドパイロットが乗ってこそのものである。

エアー
全長 398メートル
兵装 連装メガ粒子砲×4
   メガ粒子砲副砲×4
   レーザー砲×8
   12連装ミサイルランチャー×2
搭載機数:54機
<説明>
 バーミンガム級戦艦の4番艦を急遽、MS母艦として改装したもの。その為、火力はバーミンガム級と比べてだいぶ劣っているが、1個大隊のMSを運用する能力を持ち、総合性能では圧倒している。船体の左右に上下で計4基のMSカタパルとを装備している。
 元々、軍部はカノン級の2番艦を要求していたのだが、予算の都合でこのような形となった。だが、それでも強力な戦艦で、総合的な完成度ではカノンを超えているかもしれない。


後書き
ジム改  後書きです
アヤウラ 何で俺がトップを飾るんだ?
ジム改  そりゃあ、今回はあんたが一番活躍してたからねえ。このシリーズ最大の悪役だし。
アヤウラ お前のせいだろうが! 大体、何で俺があんなに悪役なんだ? 
ジム改  決まってる、他に適当な奴がいなかったからだ。
アヤウラ 納得できん、悪役なら久瀬が適任だろうが!
ジム改  俺は脇役びいきの男なの。よって、普通なら目にしない脇役たちが随所で活躍することになるのだよ。
アヤウラ ・・・・・まあいい、一応目立ってるしな。それで、俺はこのまま悪役街道を驀進するのか?
ジム改  さあ、まだ考えてないけど。
アヤウラ なら考え直せ、今なら間に合う
ジム改  ふむ、どうしようかな・・・ところで、ちょっと質問があるんだが?
アヤウラ 何だ?
ジム改  君と氷上君はただならぬ関係ではないかという疑惑があるのだが?
アヤウラ ・・・・・
ジム改  ・・・・・