第15章 コロネット作戦

  宇宙世紀0081年、11月20日、秋子達がエアーズ市上空戦を戦った日の翌日に、ルナツーから大艦隊が出撃している。内訳は第1、第4、第5、第6の4個艦隊を主力とし、これに後続として秋子の機動艦隊、更に補給艦や工作艦といった支援艦艇を中心とする支援艦隊が続いている。巡洋艦以上の戦闘艦艇だけでも100隻以上にもなり、支援艦艇を含めた総数は300隻を超す大軍を指揮するのは宇宙艦隊司令長官のワイアット大将。戦力としてはティアンム提督のソロモン攻略艦隊に次ぐほどの戦力で、連邦軍の物量の恐ろしさをまざまざと見せつけている。
 この第1連合艦隊は計画通りに3隊に別れ、フォスターTに向けて進撃するルートに乗っている。だが、この艦隊行は秋子の予想通りに早くも問題が噴出していた。ファマス軍の撒いた高濃度のミノフスキー粒子のおかげで艦隊間の通信が不可能になりかけており、連絡艇を使った連絡すら、ファマス軍の遊撃隊によって捕捉撃破され、艦隊相互の連携はあってなきが如しだった。
 この事態を予想していた秋子は機動艦隊を後方支援艦隊のすぐ傍に置き、ファマス軍の遊撃隊による補給線寸断を阻んでいた。いくらファマス軍が精鋭であり、MSの性能で優越しているといっても、機動艦隊と支援艦隊の護衛部隊をあわせた戦力は圧倒的なもので、襲い掛かってきた遊撃隊はことごとく各個撃破されていた。
 だが、各艦隊随伴の補給艦隊はそういう訳にもいかず、度重なる襲撃で輸送艦を次々と失っていた。
 このような事になったのは、指揮官の能力に問題があった。秋子は1年戦争から最前線で戦ってきた歴戦の指揮官で、部下達は秋子が引き抜いてきた豊富な経験をもつ前線指揮官達だ。それに対して、分散した3艦隊は提督から各指揮官達に至るまでゴップ大将を頂点とする連邦軍主流派に属し、ワイアット大将子飼いの士官たちである。当然ながら実戦の経験は少なく、と言うより、これが初陣というものが多い。海千山千のジオン残党や、久瀬中将派の士官たちに率いられたファマス軍の巧みな攻撃に対処する能力はなく、打つ手打つ手のことごとくが後手に回っていた。
 全体の統制が失われたこの状況で、ワイアット大将はまだ落ち着いていた。
「気にすることはない。所詮は悪あがきに過ぎんよ」
 ワイアットは自軍の優勢を確信していた。情報によれば、フォスターTに展開しているファマスの艦隊は輸送艦まで合わせて50隻程度。要塞の戦力を考えてもこちらの圧勝は動かないところだ。それを信じているからこそ、彼は落ち着いて紅茶を飲んでいた。そこに、彼を不快にさせる通信が飛び込んできた。
「長官、水瀬提督から通信です。全軍の統制回復のため、一度行軍を中止し、艦隊相互の通信を回復するべき。とのことですが」
「・・・ふむ、小心者にも困ったものだ。通信参謀、こう返信してやりたまえ。この作戦の要点は速攻にあり、行軍中止は受け入れられず。貴艦隊も行軍を早められたし」
 ワイアットの返信はカノンに送られ、それを聞かされた秋子は呆れてマイベックを見やった。
「参ったわね。ワイアット長官は通信が途絶した状態で戦えると思ってるらしいわ」
「全くです。我々は帆船時代にいるのではないのですから。もっとも、長官は実戦の経験がありません。ミノフスキー粒子下の戦闘では通信は使用不可能で当然。とでも思っているのかもしれませんな」
 マイベックの推測は事実に近い所をついていた。だが、2人がそれを知るはずもなく、仕方なしに警戒を強めるしかなかった。


 ワイアットの予定ではファマス軍との本格的な戦闘はフォスターT、ないしその周辺宙域で行われる。はずだった。だが、派遣したサラミスE型の情報収集艦はそのことごとくが音信不通となり、撃沈されたものと判断するしかなかった。そして、目と耳を奪われた状態で進む連邦艦隊は、ファマス軍の仕掛けた罠にはまろうとしていた。
 フォスターTの左側から攻撃を仕掛ける予定の第6艦隊は闇夜を提灯で進むかのような状況で宇宙を進み、やがて目の前に多数の光点を見るに至った。
 第6艦隊司令官のベリーニ少将は前方に現れた20隻ほどの艦隊を見て驚きの声を上げた。


「何で奴らがこんなところにいるんだ。奴らは、フォスターTで縮こまっているのではなかったのか!?」
 驚愕の声を上げる。参謀達の指示を求める声にも応じようとしない。前例を踏襲する事しかしたことの無い士官に陥りやすい病気、いわゆる連邦病だ。そして、この空白は連邦軍にとっては非常に痛いものとなった。前方から殺到するビームやミサイルをまともに喰らったのだから。
 目の前で真っ二つに引き裂かれていくサラミスを見てベリーニ少将は硬直した。結局、各戦隊指揮官達が自分の判断で反撃を開始することになった。すでに、この時点で艦隊司令部が役に立たないことを各戦隊の指揮官達は認識してしまったのだ。
 ファマス艦隊を率いてきたチリアクス少将の乗るファマス軍の誇る新造戦艦のノルマンディー級機動戦艦ツィタデルは艦隊の先頭にたって連邦艦隊に放火を浴びせていた。
「ようし、第一撃は成功だ。予定通り、エターナル隊とアリシューザ隊を突入させろ。MS隊突入!」
 チリアクスの命令でファマス艦隊から次々とMS隊が発進していった。本隊はツィタデル以外は全て連邦艦なのでMSを搭載してはいないが、後方に待機していたコロンブス級MS母艦がMSを積んでいる。それらを連邦艦に固定してここまできていたのだ。この点、連邦軍も同じなのだが、こちらのMSはまだ輸送艦の中だった。
 本隊の一翼を担っているリシュリュー隊の旗艦、リシュリューからもMSが発進しようとしていた。リシュリュー隊の艦は全てMSを搭載できるようになっている、数少ない戦隊だった。そのリシュリューに積まれている4機のMS、久瀬のジャギュアーと郁美、晴香、葉子のディバイナー改はデッキで何時でも出撃できる状態でいた。そこに、斎藤からの通信が入ってきた。
「久瀬大尉、チリアクス司令からの出撃命令が出ました。行って下さい」
「了解しました。出撃します」
「天沢少尉、巳間少尉、鹿沼少尉、頼んだぞ」
「大丈夫よ、まかせなさい」
「言われなくたって、やってやるわよ」
「帰ってきたら、リシュリューが沈んでいたなんて事のないよう、お願いします」
 3人が斎藤に返事を返す。何やら、葉子の返事は物騒だったが。
 斎藤や甲板員に見送られて、久瀬たちは出撃していった。そして、他の艦のMS隊と合流すると、真っ直ぐに連邦艦隊に向かっていく。その編成はファマス独自の機体もあるが、多くはジム改や、やや旧式のジムコマンドである。たいして、連邦艦隊から出てきたMSはその全てがジム改とジムコマンドで固められていた。数はこちらの倍くらいはいる。本当はこの数倍はいるのだが、まだ出撃できる状態ではなかった。だが、この大軍を見ても久瀬は全く怯まなかった。
「全機、敵部隊を艦隊に近づけなければいい。無理はするな。天沢、巳間、鹿沼少尉は数を堕とすんだ」
「了解」
 部下達からの威勢のいい返事を聞いて、久瀬は連邦MS部隊に向かっていった。ジャギュアーの性能は今まで乗っていたジムカスタムなど問題とはしない。全ての面でジムカスタムを上回る性能を持つこの新型機に満足しながら、久瀬は目標を定め、ビームライフルのトリガーを引き絞った。ビームが正確にジムコマンドを捉え、撃墜する。1機撃墜の戦果を上げた久瀬は部下の3機を見、ついでまた戦場に戻っていった。
 久瀬が部下を見るのを止めた理由は、心配するのが馬鹿馬鹿しいと感じたからだ。3人は超人的な活躍をしている。1機あたり10機は引き付けて、それを次々と堕としているのだから。
 前方で展開されるMS戦闘が一方的に押されているのを知ったベリーニはいきり立って第2波を出すように命じ、部下からの猛反対を受けていた。
「司令、そんなことをすれば、直衛以外のMSが無くなってしまいます。まだ、多くは準備ができていません」
「それがどうした。敵は正面に全力を投入している。ならば直衛だけ残せば十分ではないか!」
「しかし、もし伏兵などがいれば、どうします?」
「連中に伏兵などを置く余裕があるものか。いいから第2波を出すんだ。これは命令だ!」
「・・・・・・」
 部下達はまだ何か言いたげだったが、諦めたようにMS隊に指示を出した。司令部の命令に従って直衛を除く全MSが前方の乱戦に加わるべく突入していった。
 連邦艦隊がMSのカバーを失ったのを見たエターナル隊指揮官川名みさき中佐は全艦に突入を命じると同時に、全MSを出した。エターナルからは折原隊、七瀬隊が出撃していき、茜と澪、繭が続いていく。そして、一際目を引く巨体がエターナルから離れた。クラインの乗る旧公国軍製のMAヴァル・ヴァロだ。じつは、あの後雪見に自分のジャギュアーの改造を熱心に申し込んだのだが、雪見の答えはジャギュアーを諦める代わりに、面白い機体を持ってくるというものだった。クラインはしばし悩み、それに応じた。そしてやってきたのはこのヴァル・ヴァロだったのだ。しかも、雪見と住井による改修によって、火力と機動性、通信、索敵機器に格段の向上を見せている。その性能はほとんど新型機と言ってもいいほどだが、特に呼称などに変化は無い。ファマスでもすでに生産は終わっており、現在はビグロ、ビグロマイヤーを経て完成したビグロUがMAの主力となっている。
 数少なくなったヴァル・ヴァロに乗ったクラインは喜んで出撃していった。それを見送ったみさきは雪見の方を向いた。
「雪ちゃん、全艦突入、連邦艦隊の後方から砲撃するよ」
「了解」
 みさきの命令を受けて雪見が艦隊に指示を送る。この手の細かい作業は雪見の仕事だ。
 一方、ベリーニ少将は後方と右翼に出現した新たな艦隊に驚愕していた。
「なんだと、新たな敵!?」
「はっ、後方から5隻、右から同じく5隻です。双方からMSが接近、その数は双方とも20機以上」
 オペレーターの報告を受けてベリーニは焦ったように指示を飛ばした。
「と、とにかく、すぐにMS隊で迎撃させろ。後方と右翼の戦隊はそちらの艦隊をそちらに振り向け、敵艦隊に対応させろ!」
「司令、それでは直衛機が無くなり、艦隊は丸裸になってしまいます」
「もう1機も無いのか!?」
「はい、先ほど、司令の指示に従って全機投入してしまっています」
 部下の返答を聞いてベリーニは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。今から呼び戻しても間に合わない。そんなことをしているうちに、艦隊の直衛隊は2方向から押し寄せてくるMS隊と交戦を始め、後方と右翼の艦隊は接近してくるジオン艦隊と砲撃戦に突入していた。
 本隊をサポートする形で投入されたもうアリシューザ隊は右翼側面から連邦艦隊に襲い掛かった。ザンジバル級巡洋艦アリシューザに乗るショウ・コバヤシ少佐率いるザンジバル級1隻、ムサイ級巡洋艦4隻の艦隊は連邦艦隊にMSと共に艦隊特攻を仕掛け、連邦艦隊の陣形を崩しにかかったのだ。
 アリシューザ隊を真横に受けた連邦艦隊はこのときすでにかなりの損害を出しており、高速で突入してくる艦隊を食い止めることはできなかった。アリシューザ隊の突入を防ごうと弾幕を張っていたのは僅か4隻のサラミスに過ぎず、全速で突入してくる艦隊を防ぐにはあまりにも少なすぎたのだ。
 アリシューザ隊の突入によって連邦艦隊の右翼は突き崩され、開いた穴からMSに突入されてしまった。こうなると、味方撃ちを覚悟での密集体系での機銃による弾幕射撃しかないのだが、レビル将軍と違い、決断力に欠けるベリーニにはそんな命令は下せなかった。その為、連邦艦隊は個艦での防空戦を余儀なくされ、ファマスMS部隊によって次々と沈められていった。
 右翼が崩壊状態になる頃にはエターナル隊も連邦直衛隊を駆逐し、艦隊後方から襲い掛かってきた。直衛隊が駆逐されたのを見てみさきも艦隊を前進させている。完全な包囲下、それもMS隊を失った状態で戦うという、考えられる限り最悪の状況に追い込まれた連邦艦隊が壊滅するまでにたいした時間はかからなかった。
 生き残った少数の艦が降伏した時、ファマス艦隊はMSこそそれなりの数を失ったものの、撃沈されたのは僅かにムサイ1隻という僅かな損害であり、32隻のファマス艦隊が25隻の連邦艦隊を壊滅させられたという事実は、ファマス軍将兵にとって大きな自信となった。司令官のチリアクス少将も安堵の溜息を漏らし、リシュリューの斎藤中佐にお祝いの通信を送った。
「斎藤中佐、君の提案した作戦が図に当たったな」
「ありがとうございます」
 チリアクスに斎藤は敬礼を返した。この連邦軍のフォスターT攻略作戦、作戦名コロネットの大雑把な概要を掴んでいたファマス情報部はこの情報をフォスターTに送り、それを見た斎藤がこの一連の作戦計画を立案したのだ。
この迎撃作戦は一見すると斎藤らしくない投機的なものに見えるが、全体として見ると分散した敵艦隊の通信手段を断ち切り、孤立させた上でそのうちの1つを潰して兵力差を縮めるという、用兵の基本とも言える各個撃破戦術だ。ただ、この作戦に30隻もの戦艦、巡洋艦を投入したため、フォスターTには戦える艦は10隻しか残っていない。もっとも、おかげで戦場に第6艦隊の1.5倍の戦闘艦艇を投入できたのだが。
結果として、斎藤の作戦は予想以上の成果を上げ、ファマス軍は極小の被害で最大の戦果を上げることが出来たのだ。もっとも、この成功には久瀬率いるディバイナー改隊が大きく貢献している。彼女達が主隊に向かってきたMS隊の半数以上を堕としていなければ、この程度の被害ではすまなかっただろう。
「これで、3分された敵艦隊の一角は崩しました。後は、フォスターTでどれだけ頑張れるかです」
「そうだな、君の作戦が成功したんだ。これで負けるわけにはいかないな」
 2人は小さく笑いあった。チリアクスはジオンの将官だった男で、斎藤は連邦の中佐だったのだ。世が世なら2人は艦隊を率いて戦っていたのかも知れず、そう考えると奇妙な光景でもあった。
 笑いを収めたチリアクスは斎藤との通信を切ると、降伏した艦の拿捕の為にサラミス2隻とMS8機を残し、他は急いでフォスターTに帰還させた。これで間に合わなければ自分達はいい笑いものになる。そういう焦りがあった。
 一方、斎藤も焦っていた。情報部から送られてきた敵戦力にあった部隊。そのほとんどは気にするような物ではなかったが、ただ1つ、カノンを中心とする空母艦隊が気にかかった。その艦隊を指揮する水瀬秋准将は久瀬中将ですら警戒するほどの人物で、指揮下の主だった指揮官達も皆歴戦の人物だった。これが前に出てくるようだと苦戦を強いられるかもしれない。斎藤としては、このカノン隊が前に出てこないのを祈るだけだった。
 急いでフォスターTに戻ろうとするエターナルの中で、みさきは雪見を連れて自室の戻っていた。
「みさき、本当にいくの?」
「うん、やっぱり、話しておきたいからね」
 みさきの身を案じる雪見に、みさきは笑顔できっぱりと言った。雪見は何か言おうとして口を開き、ついで重い溜息を吐いた。
「ほんと、こうなったら聞かないわね、あんたは」
「御免ね、雪ちゃん」
「いいわよ、それより、行くならさっさと行きなさい。戦闘前には帰ってくるのよ」
「うん、それじゃ、後よろしくね」
 そういって、みさきの姿はその場から掻き消えた。それを見送った雪見はみさきの部屋から出て、艦橋にあるいていった。
「みさきさんは、行ったんですね?」
「うわっ!」
 艦橋に行こうと歩き出して、いきなり後ろから声をかけられて雪見は飛び上がらんばかりに驚いた。
「お、脅かさないでよ」
「すいません、ちょっと気になった物ですから」
 そう言って、茜は自分の部屋に戻っていった。


 第6艦隊の壊滅を知らぬまま、連邦艦隊はフォスターTに向かって進撃していた。多くの将兵はこれからの戦いを思って暗い気持ちになっている。
 カノンを中心とする艦隊は幾度か襲ってきたファマスの遊撃隊を蹴散らしていたおかげでそれほど悲壮感は無かったが、空元気も無かった。だが、実戦経験の多いカノンのパイロット達は比較的余裕があった。
 祐一は北川と自分の機体を整備していた。特に北川の機体は左半身が新品に変わっており、それらの不具合の調整がまだ終わっていない。祐一は自分の機体の整備が終わると北川をからかっていた。
「おーい、どうだ、もう終わりそうかー?」
「うるせー、ヒマなら手伝え!」
 北川の怒鳴り声に祐一は肩をすくめた。
「すまんな。俺もヒマじゃないんだよ」
 そんな祐一に背後から重くて硬いものがぶつかってきた。その痛さにうずくまってしまう。痛む背中を抑えながら犯人を確かめる。どうやら、修理用のパーツをあゆ荷台が運んできて、進行方向に自分がいたらしい。
「あ、祐一君。丁度よかったよ、そっち持って」
「・・・そん前に、何か言う事はないかな?」
 ジト目で祐一に睨まれてあゆは困ったように笑った。
「え、え〜と・・・」
「えーと?」
「うぐぅ・・・御免なさい」
 あゆが謝る。だが、その直後に後ろから冷たすぎる声が聞こえてきた。
「相沢さん、邪魔です」
「うおっ!」
 驚いて振り向くと、つなぎを着た天野が油に汚れながら立っていた。
「相沢さん、手伝う気が無いんでしたらどっかに行って下さい。邪魔ですから」
「何を言う。今から手伝おうと思っていたところだ」
「・・・なら、お願いします」
 そう言うと、天野はあゆの押してきた荷台を一緒に押していった。
「うぐぅ、御免ね天野さん」
「いえ、かまいません」
 謝るあゆに天野は無表情に応じた。そのまま2人は持ってきたパーツで修理を再開する。2人の修理の手際のよさは祐一から見ても凄いもので、北川のジムカスタムが短時間で修復されたのも納得がいく。だが、祐一には1つだけ腑に落ちないことが合った。
「なあ、何であゆがこんなに手際がいいんだ?」
「うぐぅ、ボク、こう見えてもカノンのメカニックに登録されてるんだよ」
 そうなのだ。信じがたいことだが、あゆはカノンのメカニックの中でも屈指の実力を持っており、なんとMSの設計すらできるほどの知識をもっている。
「やっぱり信じられんよな」
「うぐぅ、祐一君の意地悪」
 祐一があゆと話していると、天野が整備用のハッチから顔を出した。
「相沢さん、邪魔するなら帰ってください」
「いや、邪魔する気は無いんだが・・・」
 天野に言われて落ち着きを無くす祐一。そんな祐一を見て天野は更に続けた。
「相沢さんの話に付き合いながら修理をしろと言うのですか。そんな酷なことは無いでしょう」
「・・・はい、すいませんでした」
 天野と口論しても負けるだけ。それを悟った祐一は素直に引き下がることにした。どのみち、まだやることはあるのだから。
 祐一が去ったあと、北川は天野に話し掛けた。
「なあ、天野。どうして修理を手伝ってくれるんだ?」
「北川さんには、月での借りがありますから」
 天野はにこりともせずに返してきた。その態度に北川は呆れたが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「なあ、もう一つ聞きたいんだが?」
「何ですか、手短にお願いします」
 答えながらも、手は休めない。
「シアンさんを、どうしてあんなに憎んでるんだ? シアンさんは、別に恨んでるわけじゃなさそうだけど」
 北川の質問に、天野は手を止めた。そして、北川を見返す。
「・・・あなたには、関係ないことです」
「関係ないってことは・・・」
 反論しようとして、途中で北川は言葉を失った。天野の目には薄い涙が浮かび、じっとこちらを見つめているのだ。いわゆるいい人である北川は、こういうのに弱い。追及する気をそがれた北川は、しぶしぶと自分の持ち場に戻っていった。
 整備が終わっている面子の何人かは食堂にいた。そこでは、名雪と香里が深刻な顔で目の前に置かれた瓶を凝視していた。
「うにゅ―――・・・」
「・・・な、なんで・・・」
 2人が戦慄して見ている瓶。それはオレンジ色をした物体が詰まっていた。そう、謎ジャムだ。何故そんな危険物が食堂のテーブルの上、それも2人の目の前にあるのか。それは、先ほどまでここにいた秋子が2人に食べるように言って置いていったのだ。もちろん、秋子さんに悪意があった訳ではない。彼女は純粋に、娘とその親友の為に良かれと思って置いていったのだ。だが、それを喜ぶかどうかは本人次第。その見本のような光景がここにあった。
 2人が戦慄しているところに、栞と真琴がやってきた。
「あ、名雪さんにお姉ちゃんですー」
「あう、何してるの?」
 瓶を前にして振るえている2人を不思議そうに見やり、ついでその瓶に目をやった。栞がそれを手にもってみる。
「これは・・・ジャムですね」
「あう〜♪、美味しそう」
 真琴が早速トーストを食堂から持ってくる。それを見て香里が止めに入った。
「ま、待ちなさい、栞」
「はい、どうかしましたか、お姉ちゃん?」
 栞が姉を見る。その手は休まずにトーストにジャムを塗っていた。
「し、栞、そのジャムは駄目よ。よしなさい」
「このジャムがどうかしたんですか?」
 トーストにジャムを塗り終わって聞く。
「それは、謎ジャムといって、カノン艦内でも最凶の呪われた破壊兵器よ」
「またまた、お姉ちゃんってば大げさですよー」
 そう言ってトーストを口に運ぶ。真琴も嬉しそうにトーストにかぶりついた。そして、その姿勢のまま2人は硬直した。
「し、栞、ひょっとして、大丈夫とか?」
 香里が心配そうに栞の肩を叩く。すると、栞は笑顔のままテーブルの下に崩れ落ちていった。真琴はテーブルに突っ伏して口から魂が出ている。
「栞、ちょっと、目を覚ましなさい、栞ったら―!」
 香里が栞の体を抱えて懸命に呼びかける。それを見て名雪が呟いた。
「また2人、お母さんのジャムの犠牲になったよ」


 艦隊の姿を一望できる後部の展望室。そこには佐祐理と舞がいた。2人は佐祐理が厨房で作ってきたサンドイッチを食べている。ここは2人のお気に入りの場所なのだ。
「ここで食べるのも久しぶりですね〜」
「・・・うん・・・」
 佐祐理の嬉しそうな声に舞が真顔で応じる。しかし、慣れた者なら舞が喜んでいるのが分かっただろう。佐祐理がこんな風に自然に笑えるようになったのは最近のことであり、それまでは作り笑顔を浮かべることはあっても、自然に笑うことなどできなかったのだ。だから、舞にはそんな佐祐理を見ているのが楽しかったのだ。
 黙々と食べ続ける舞に、楽しそうに笑顔で話しつづける佐祐理。どこか殺風景な展望室も、そこだけが華やいでいた。
 だが、そんな展望室の一角では熾烈な戦いが続いていた。
「まさか、貴様が舞狙いだったとはな」
「上官を貴様呼ばわりとは、いい度胸だ」
 そこでは、トルビアックが綺麗に包装された箱を抱えて姿勢を低くしている。そして、その2メートルほど横にはやはり綺麗にラッピングされた小さな箱を持つキョウがいた。2人はもうすぐ始まるであろう一大決戦を前にして、舞にプレゼントを渡しておこうと考え、ここに来たのだが、同じことを考えていたもう1人と鉢合わせてしまったのだ。
 2人とも互いを牽制しあったまま一歩も動くことができず、ここでじっとしているのだ。こうして、展望室には華やかな場所と、どす黒い瘴気が渦巻く危険な場所の2種類が生まれていた。
「・・・・・・」
「はえ、どうしたんですか、舞?」
 何やら食べるのを止めて鋭い視線を展望室の一角に投げかける舞を不審に思って佐祐理が問い掛ける。
「・・・ううん、なんでもない」
「そうですか?」
 舞の返事に佐祐理は?マークを浮かべていたが、舞がまた食事を再開したのを見て佐祐理も会話を再開した。
 佐祐理は気付いていなかったが、舞はトルビアックやキョウの放つ瘴気に気付いていた。そして、視線を投げかけられた2人は慌てて展望室の外に転がり出たのだ。
「ま、まさかこの距離で気付かれるとは」
「ああ、やはり舞の感覚は尋常じゃないな」
 息を切らせて頷きあう2人。そのまま壁に背をつけて座り込む。
「なあ、これどうする?」
「ああ、そうだな・・・」
 2人はお互いに自分の持ち物を見て考え込み、ついで重い溜息を吐いた。もう、渡すタイミングを外したのは分かりきっていた。
 しばらく考えつづけた2人は、仕方なくメッセージガードをつけて展望室の入り口にプレゼントを置いていった。舞が拾ってくれることを願いながら。
 だが、このプレゼントに気付いたのは舞ではなく、佐祐理だった。
「あら、舞、これ」
「・・・なに?」
 2人は展望室の入り口に置いてあった2つの箱を手に取る。1つは手に乗るくらいの小さな箱。もう1つは両手で抱えるくらいの大きな箱だった。
「あ、メッセージカードがついてるよ」
「メッセージカード?」
 佐祐理が箱についていた2つ折りの便箋のような物を舞いに渡す。2枚あった便箋を舞いはその場で開いて読み、しばし考え込んだ。
「何が書いてあったんですか、舞?」
 佐祐理が便箋を覗き込む。そこには、こう書かれていた。
「好きです、付き合ってください」
「・・・・・・」
「あははは〜、トルクさんにキョウさんですね〜」
 佐祐理が楽しそうに舞に笑いかける。そこに舞のチョップが決まった。
「・・・笑い事じゃない」
「う〜、でも、どうするんですか、これ?」
「・・・・・・」
 傍目には分からないが、佐祐理には舞が困っているのが分かった。舞はこういうことに慣れていないのだ。いや、佐祐理も実は慣れていない。舞は美人だが、その近寄りがたい雰囲気のせいで声をかけてくる男はいなかった。佐祐理は父親が連邦議員だという理由で、周囲からは高嶺の花だといわれていた。
 舞はしばらく悩んだ後、とりあえず2つの箱を持って歩き出した。
「舞、どうするんですか?」
「・・・もったいないから」
 どうやら、貰える物はもらっておこうという気になったらしい。佐祐理はちょっと戸惑ったが、とりあえず何も言わなかった。


 皆がそれぞれに過ごしている中、シアンは自室で椅子に座り、フォトスタンドを見ていた。そこには、まだ幼い舞やみさき、茜と一緒に映った自分がいた。FARGOにいたとき、みんなで撮ったたった1枚の写真。全てを捨てて逃げ出した自分が、唯一捨てられなかった物だ。
「みさき、茜、お前達と戦うのか」
 2人が生きていることに嬉しさを覚えながらも、同時に敵味方に分かれて戦わねばならないという状況に憤りもあった。もちろん、2人が悪いわけではない。悪いのは自分だ、全てを捨てて逃げ出した自分が悪いのだ。
 激しい後悔に打ちのめされながら、シアンはブランデーを注いだグラスを傾けた。熱い琥珀色の液体が喉を流れていく。
 そんな状態でも、シアンの中にある指揮官としての自分は冷静に戦術を立てていた。敵にはみさきと茜、それに天沢少尉たち3人がいる。それに、あの氷上シュンという男、奴も出てくるかもしれない。それに対して、こちらは俺と舞、それに香里だけだ。1人で1人を引き受けるとしても、3人はフリーにしてしまう。せめて、あゆと栞がもう少し成長すれば任せることもできるんだが。
 シアンはシェイドやニュータイプを自由に戦わせることの危険性をよく知っていた。シェイドが3人も自由に暴れまわれば、連邦のMS隊は大きな打撃を受けることになる。こちらの方が戦力的には圧倒しているはずだから、数で押し切れるかもしれないが、被害はとてつもない物になるだろう。もしかすれば、被害は50パーセントを超えるかもしれない。
 ブランデーを傾けながら、シアンはみさきと茜の身を案じる自分と、どうすれば2人を倒せるかと考える自分に苛立っていた。
 シアンが1人深刻に悩んでいると、突然部屋の中に別の気配が現れた。
「う〜ん、お酒臭いよ〜」
「・・・突然来ておいて、随分無礼な客だな」
 苦笑しながら振り向くと、顔をしかめるみさきがいた。
「よく、ここに来れたな?」
「もうだいぶ近かったから。それに、兄さんの力を追うのは簡単だったし」
 みさきが笑顔を浮かべてシアンのベッドに腰掛ける。その瞳は金色に輝いていた。
「流石に5年も経つと、兄さんの顔つきも変わってるね」
「そういうみさきだって、すっかり大人になってるぞ。あの頃は、まだ子供子供していたけどな」
「う〜、そんなこと無いよ〜」
 みさきが拗ねて反論してくる。そのしぐさがシアンには微笑ましかった。
「それで、何の用事でここに来たんだ?」
「別に戦いを止めに来たわけじゃないよ。ただ、戦う前に一度会っておきたかったんだよ」
「会っておきたかった?」
「うん、まさか、兄さんが生きてるとは思わなかったから。戦う前に、せめて話がしたかったんだよ」
 嬉しそうに言うみさきの髪をシアンはそっとなでてやった。みさきはくすぐったそうだったが、止めはしなかった。
「いいのか、戦う前にそんなことをして。後で辛くなるぞ」
「大丈夫だよ。私達が、そう簡単に死ぬと思う? あの地獄の日々を生き抜いたんだよ」
 みさきの表情が翳る。その記憶はシアンを含めた4人ができれば2度と思い出したくない記憶だった。
「・・・・・・」
「あ、御免なさい、怒った?」
 シアンが辛そうに顔を歪めたので、みさきはシアンが怒ったのかと思ったが、シアンは力なく首を横に振った。
「いや、怒ってはいないよ。ただ、あの日々を思い出してな」
「・・・うん」
 みさきも暗い表情になる。シェイドのみが負うべき咎とでも言うのか、舞や茜もこんな表情をすることがある。
 しばらく俯いていた2人だが、やおらシアンが立ち上がり、戸棚からグラスを持ってきた。
「どうだ、みさきも飲んでみないか?」
「わたし、お酒はあまり飲まないよ〜」
 みさきが困ったように言う。それを聞いてシアンは笑いながら2つのグラスにブランデーを注ぎ、1つをみさきに渡した。
「まあ、そう言わずに呑んでみろ。高い酒だから、ちょっと強いけどな」
「う、うん」
 みさきはグラスに半分ほど満たされた琥珀色の液体に目をやり(目が金色のときは、みさきも目が見える)、それを口に運んだ。
「・・・どうだ?」
「お、おいしい」
 一口飲んでみさきが驚く。それを聞いてシアンはまた笑い出した。
「ははははは、酒の味が分かるようなら、もう大人だな」
「もう、子ども扱いしないでよ」
「ははは、すまん」
 そう言いながらシアンはグラスを傾けていく。その時、部屋に警報が響き渡った。それを聞いてシアンはみさきを見た。みさきもこちらを見つめている。
「・・・どうやら、ここまでだな」
「そうだね、もう帰らなくちゃ」
 みさきがベッドから立ち上がる。シアンはみさきに残ったブランデーのボトルを渡した。
「持っていけ」
「いいの、貰っちゃっても」
「ああ、また、そのうち呑みたいな」
「・・うん!」
 シアンの言葉にみさきがうれしそうに頷いた。そして、シアンと距離をとる。
「じゃあ、もう行くね」
「ああ、茜によろしくな」
 シアンも一歩下がった。だが、突然みさきが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あれ、郁美ちゃんにはいいのかな?」
「・・・なんで天沢少尉が出てくるんだ?」
「・・・もしかして、気付いてないとか?」
 みさきが聞くと、シアンは首を捻った。それを見てみさきは呆れたように重く、深い溜息をついた。
「本当、兄さんの鈍さは犯罪的だね」
「何のことなんだ、一体?」
「もういいよ、自分で考えて」
 呆れるみさきの声が部屋に響き渡り、みさきの姿は唐突に消え去った。後に残されたシアンは訳が分からないという顔でもう一度呟いた。
「なにが、鈍いんだ?」



後書き
ジム改 ようやくファマスと連邦の総力戦の開始だ!
浩平  むう、遂に俺が目立つ日が来たか
ジム改 は? 何でお前が目立つんだ?
浩平  決まっている、MS戦と言えば主人公が目立つ、というのが常識だからだ!
ジム改 ・・・なるほど、確かにそうかもしれんが、何でその条件でお前が目立つんだ?
浩平  何でって、俺は主人公の1人だろ?
ジム改 (哀れむような視線)
浩平  な、何だその目は
ジム改 君の出番って、あとどれだけだったかなあ、と思ってね
浩平  うおおおおお、俺に出番をおおお!!!
ジム改 なんか哀れだなあ。まあいいや、それでは次回、いよいよフォスターTでの戦いが始まります。
        はたして勝つのはどちらなのか、恋人達の行方は、エアーを盗んだアヤウラはどうしたのか、次
        回、「要塞攻防戦」に御期待ください