第17章 フォスターTの炎

 旗艦ペンシルヴァニアの艦橋でワイアットは笑顔でいた。
「ふふ、どうやら、私の思った通りになりそうだな」
「はい、これで第6艦隊がちゃんと到着していればより完璧な勝利となったのですが」
 部下が残念そうに言う。
「まあ、仕方があるまい。ベリーニ君の処分はこの戦いが終わった後だ」
 余裕を浮かべてワイアットが言う。この時点ではまだ第6艦隊の壊滅は連邦の知るところではない。だが、第6艦隊抜きでも連邦は勝っていた。やはり、物量の力は大きい。
 ワイアットが満足そうにしていると、オペレーターが後方からやってくる部隊を告げた。
「長官、機動艦隊からMS隊、戦闘機隊が出撃しました」
「そうか、これで止めだな」
 ワイアットは指揮官席から立ち上がった。
「全艦突入、一気に要塞の宇宙港を制圧する!」
 この瞬間だけを見るなら、彼には勇将という名が与えられていたことだろう。それほどの迫力を感じさせる指揮ぶりだった。ワイアットの命令で第1艦隊のマゼラン改級を中心とする全艦が長い推進剤の尾を引いて動き出す。その周辺は第1艦隊のMSと、機動艦隊から追いついてきたMSと戦闘機が十重二十重に囲み、圧倒的な戦力でフォスターTに突入していった。
 第1艦隊の突入は戦局を完全に決定した。16隻のマゼラン改とペガサス級強襲揚陸艦グレイファントムを含む33隻の艦艇の砲火は傷ついたファマス艦隊に対処できる物ではなく、新たに400を超すMSや戦闘機の参戦はどうにか膠着状態に持ち込んでいた制宙圏争いを一気に連邦側のものとした。ついでに、カノンから出撃してきたエース部隊はエターナルのエース部隊を押さえ込んでしまっている。
 シアンが出てきたのを敏感に感じ取ったみさきは悲壮な決意を持ってこれを迎え撃った。シアンのジム改は一際いい動きをしており、更にみさきならその力を感じ取れるのですぐに見分けがついた。
「兄さん、来たんだね」
 少し嬉しそうに呟く。そして、ジム改をロックオンした。リヴァークのメガビームランチャーから強力なビームが撃ち出され、シアンのジム改に迫る。だが、シアンは遠距離からの狙撃など喰らうような男ではなく、吹き飛んだのは周囲にいたMSや戦闘機だけだった。
 狙撃をかわされたことでみさきはメガビームランチャーをしまい、代わりにビームサーベルを抜いた。シアンのジム改はすでにビームサーベルをかまえて突進してきている。
「みさきぃぃ――!」
 ジム改とは思えない速さだ。どう考えてもゲルググより速い。一体どういう改造をしているのかとみさきは疑問に思いながらみさきはシアンの攻撃を受け止めた。
「くぅ!」
「残念だけど、そんな機体じゃ私は倒せないよ!」
 そう、みさきの腕はシアンにけっして引けを取らない。となれば、ジム改を改造した機体と、リヴァークでは機体性能に差がありすぎる。シアンはほとんど一方的に押され始めた。
 シアンとみさきが戦ってる頃、そう遠くないところでは茜と舞が戦っていた。
「舞、今度会うときは殺すと言ったはずです!」
「そんなの・・・知らない」
「また人の言ったことを忘れたんですか!」
「・・・かもしれない」
「・・・あなたって人は、本当に何度言っても!」
 イリーズのビームマシンガンが乱射され、舞を襲う。だが、舞はそのビームを全てかわした。逆にジムライフルを撃ちまくる。茜はジムライフルを避けようともせずにビームマシンガンの照準をつける。残念ながら、ジムライフルではイリーズの装甲を撃ち抜くには役不足なのだ。
 イリーズのビームマシンガンがジムカスタムを襲う。舞は必死にこれを避けつづけた。装甲の薄いジムカスタムがこんなものを食らえば一撃でその部位を持っていかれてしまう。超一流同士の戦いともなると、僅かなダメージが致命的な結果をもたらすのだ。
 やがて、中、近距離では勝ち目がないことを悟った舞は、ビームサーベルを抜いて一気に距離をつめにかかった。
 だが、機体性能の差は冷酷だった。舞がどんなに懸命に距離を詰めようとしても、運動性と機動性の双方で勝る機体を相手に、自分の得意とする間合いで戦うことなど、できるはずがなかったのだ。
 舞をロックオンしたことを確認した茜は小さく呟いた。
「さようなら、舞」
 イリーズのビームマシンガンが再びジムカスタムを襲う。この至近距離では舞も全弾を避わす事はできず、右足とシールドを持っていかれた。シールドはともかく、右足を失ったのは致命的だった。MSの機動性は四肢が維持されている状態で完全に発揮される。片足とはいえ、失えば動きがずっと鈍くなるのだ。まして、相手は最強クラスのMSとパイロットだ。被弾して右足が半分無くなったのを知った舞は死を覚悟した。
 右足を失った舞に、茜は侮蔑の声をかけた。
「これ以上は無理です。潔くしてください」
「・・・まだ、死ねない」
「その状態で回避できるとでも?」
「・・・死ねない」
「・・・そうですか、あなたはシェイドとしての最後のプライドすら無くしてしまったんですね」
 イリーズが再びビームマシンガンをかまえる。
「これで、お別れです」
 ビームマシンガンのトリガーを引き絞る。撃ち出されたパルス状のビームがジムカスタムの機体を撃ち砕き、スクラップに変えていく。
「くうううぅぅ!」
 舞がコクピットの中で激しく揺さぶられる。茜は壊れていくジムカスタムをじっと見つめていた。その為、新たな敵に気付くのが遅れた。
 まったく別の方向から撃ちこまれたビームが茜のビームマシンガンを破壊する。ビームマシンガンの誘爆に巻き込まれたイリーズは少なからぬダメージを負ってしまった。
「・・誰ですか?」
 茜が撃ってきた方向を見ると、1機のRガンダムが高速で突っ込んできた。
「うぐぅ――!!」
 あゆはイリーズに狙いをつけると続けてビームライフルを撃った。流石のイリーズもビームライフルを喰らえば無事にはすまないので、茜は必至にこのビームを避けた。
「この機体は、エアーズ市の上空で一緒に戦ったガンダムですか」
 そう呟くと、茜はあゆに接近戦を挑んだ。両腕のガトリングガンが唸りを上げてRガンダムに襲い掛かる。あゆはそれを避けながら舞と茜の間に割り込んだ。
「舞さん、無事なの? 舞さん!」
「・・・あゆ?」
「よかった、無事だったよ。まだ動けるんなら、カノンに戻って」
「でも、私は茜と決着を・・・」
「その状態で戦えるの!」
「・・・ううん、ごめん」
 舞のジムカスタムが回れ右をしてカノンのほうに帰っていく。それを見た茜が追おうとしたが、それはあゆが邪魔した。
「うぐぅ、舞さんの所には行かせないよ」
「・・・邪魔です」
 茜とあゆが接近戦での激しい戦いに突入していく。そして、茜は予想外の苦戦を強いられた。
「こんな・・・あの時は、ここまでの強さは無かったはず?」
「うぐぅ、何とかついていけるよ」
 あゆは気付いていなかったが、シアンとの度重なる模擬線と幾度かの澪や氷上との戦闘によって彼女の実力は格段の向上を見せていたのだ。加えて、強敵との戦いが彼女のニュータイプ能力を急激に成長させていた。そして、今やその実力は最高ランクのシェイドとすら何とか戦えるほどのものとなっている。
「これなら、戦えるよ」
「・・・調子に、乗らないでください!」
 茜の声に怒りの響きが混じる。シェイドと互角に戦える人間など、いるはずが無い。その思いが茜にはあり、こうして互角に戦うあゆは彼女には許せない存在だった。


 フォスターTの一角で行われる超人的な戦闘を尻目に、宇宙港の正面では浩平達や久瀬達が絶望的な戦いをしていた。
「くそおぉ、邪魔だ、こいつ!」
 浩平は雑魚ばかりの連邦MSに混じって襲い掛かってきた青いジムに手を焼いていた。いや、浩平だけではない。瑞佳と七瀬も青いジムに苦戦している。クラインのヴァル・ヴァロもガンキャノン部隊のせいで動きを抑えられていた。
 澪と繭のテンペストもすでにビットを使い切っているせいか、ガンダムもどきに苦戦している。
 浩平は周囲を見渡しながらも目の前にいるジムカスタムにビームライフルを撃ちまくっている。だが、そのジムカスタムはよほどの腕なのだろう、巧みにこちらの射撃を避けて撃ち返してくる。
「いいかげんにしろ、ジム風情が!」
 浩平が焦りの声を上げる。だが、それでジムカスタムが消えるわけも無い。
 浩平が焦っているのとは別の理由で祐一も焦っていた。
「何だこのMSは、化け物か!」
 そう、ジャギュアーは実はRガンダムよりも強い。ジムカスタムでは苦戦して当然なのだ。加えて、浩平と祐一は互角とも言える技量を持っている。だが、祐一が焦っているのには別の理由もあった。
 その理由は、後方から飛んでくる正確なビームの狙撃だった。
「う〜、道を開けるんだお〜」
 そう、ジムスナイパーUを与えられた名雪は、あれ以来その天性の狙撃の才能を開花させ、急速に撃墜数を伸ばしていた。名雪に狙われた機体はよほどの実力が無い限りほとんど一発で撃破されている。名雪は特別に用意された狙撃用のビームスナイパーライフルのエネルギーが続く限りスコアを伸ばしているのだ。これを撃ち尽くした後はビームガンに持ち替えての中、近距離戦に切り替えて戦う。この戦闘スタイルによって名雪のスコアは祐一に迫ろうとしていたのだ。
「うおお、このままじゃ名雪に負けてしまうー!」
 祐一は必至になって浩平に攻撃を加えた。その勢いに浩平は徐々に押されていく。
「な、何だこいつは!」
「俺は、これ以上イチゴサンデーの借りを作る訳にはいかねえんだ、破産しちまう!」
 祐一の悩みは切実だった。
 祐一と浩平が戦っている隣では北川と天野が瑞佳、七瀬と激戦を演じていたが、こちらは瑞佳、七瀬のほうが優勢だった。何故なら、北川と天野の機体はジムカスタムだ。これは、ブレッタとなら互角に戦える機体だが、瑞佳と七瀬の機体は雪見と、帰ってきた住井が手を加えた改造機、エトワールとタイラントだ。その性能はジャギュアーを上回っている。このとんでもない機体を相手に北川と天野は良く戦っていた。
「天野、絶対に俺から離れるなよ!」
「は、はい!」
 北川は必至に天野を庇いながらエトワールとタイラントの攻撃をさばいていた。残念ながら、天野の腕ではこの2人のエースパイロットを相手にするのは苦しかった。いや、天野が弱いわけではない。瑞佳と七瀬が強すぎるのだ。まあ、七瀬は接近戦なら茜や舞とすら戦えるほどの腕がある。瑞佳はサイド5以来ニュータイプ能力に急激に覚醒してきている。むしろ、この2人の攻撃を凌げる北川の方がおかしいのだ。
「こいつら、なかなかやるわね」
「でも、いつまでもやり合ってるわけにもいかないもん」
 瑞佳も七瀬も戦闘を長引かせるわけには行かなかった。2人とも推進剤が無く、瑞佳の機体に至っては弾が少ない。
 瑞佳は北川の機体を狙ってビームライフルを撃つ。北川はその射撃を最小の動きでかわしながらジムライフルを撃つが、残念ながらエトワールを傷つけるには程遠かった。だが、瑞佳は北川の動きを見て相手が誰かに気付いた。いや、より正確に言うなら、なんとなく分かってしまったのだ。ただ、それを動きを見て気づいた、と瑞佳が思っているに過ぎない。
「まさか、北川君!?」
 瑞佳の動きが鈍る。その隙を見逃すような北川ではなく、瑞佳は北川のジムライフルを立て続けに浴びてしまった。いくらエトワールの防御力が高くても、貫通力の高いジムライフルの銃弾を立て続けに浴びれば無事ではすまない。大きく傷ついたエトワールは衝撃で後ろに吹き飛ばされてしまった。
「瑞佳!?」
 七瀬が戦うのを止めてエトワールのカバーに入る。瑞佳は無事だったが、エトワールの損傷は大きかった。
「瑞佳、大丈夫!」
「う、うん、何とか」
 瑞佳が力なく答える。それを見て七瀬は北川のジムカスタムを睨みつけた。
「よくも瑞佳を!」
「待って、留美ちゃん」
 飛び掛ろうとする七瀬を瑞佳が止める。
「何よ瑞佳、どうかしたの?」
「あのジムに乗ってるのは、北川君だよ。ほら、オンタリオコロニーのロッジで一緒に騒いでたでしょう」
 言われて七瀬はようやく思い出した。
「ちょっと、どうして分かったのよ!」
「サイド5で、一度戦ったことがあるんだよ」
「そ、そうだったの」
 七瀬が北川のジムカスタムを見て困ったように間合いを取る。流石に、一度とはいえ一緒に遊んだ相手と戦うのは気持ちのいいものではない。
「ひょっとして、このやたら腕のいい連中って、みんなあそこにいた人達じゃないの?」
「う〜、かも知れないよ」
 七瀬の思いつきに、瑞佳も困ったように頷く。だが、北川は2人に気付かずに攻撃してきた。
 北川の射撃を避けるのは容易なことではない。祐一やトルビアックですら、北川に狙われれば逃げ切れないのだ。長距離の狙撃なら名雪に1歩譲るだろうが、中、近距離なら北川の射撃を避わす事はできない。七瀬のタイラントは近距離戦に特化しており、その装甲はエトワールをも上回る。この設計思想はかつてジオン軍が完成させたMS−15ギャンと同じものだが、その性能はギャンや高機動型ギャンを明らかに上回っている。
 七瀬は仕方なくビームトマホークを構えた。
「だからって、ここで負けるわけにもいかないのよ!」
 タイラントのビームトマホークが北川に襲い掛かる。その一撃をかろうじてビームサーベルで受け止めたが、ジムカスタムのビームサーベルとビームトマホークでは出力が違いすぎるらしく、危うくビームサーベルごと切られるところだった。
「や、やばかった」
「北川さん、大丈夫ですか!?」
「ああ、ちょっとやばかったけどな」
 北川はタイラントとの接近戦は避ける事にした。どう考えても、相手にならない。2人は七瀬と距離をとった。
「いいか天野、残念だが向こうの方が強い。俺が仕掛けるから、お前は援護してくれ」
「そんな、1人では無茶です」
「天野じゃ無理だ。それに、ここでお前を死なせるわけにもいかん」
「は?」
「トルクから全部聞いたよ。帰ったら、シアンさんともう1度話し合ってみろよ。2人が仲直りするのを見るのが、今の俺の目標なんだよ」
「・・・それは」
 天野は答えられなかった。だが、北川はあえて天野の態度を無視した。
「じゃあ、楽しみにしてるからな!」
「ちょ、ちょっと北川さん!?」
 北川が1人で勝手に話を進めているので、天野は慌てふためいた。もちろん、北川は全部承知の上でやっているのだ。
 北川のジムカスタムが七瀬に迫る。そして、七瀬はこういう思い切りのいい相手が大好きだった。
「気に入ったわ。来なさい、相手をしてあげる!」
「いくぜ!!」
 2人が至近距離で白兵武器と近接射撃武器を駆使して激しいドッグファイトを演じる。そのあまりの速さに天野は驚嘆し、次いで唇をかみ締めた。
「あんな男の部下を援護・・・したくはありませんが・・・」
 ジムライフルを構え、慎重に照準をつける。
「ここで北川さんを見捨てるのは、人として不出来ということになります!」
 トリガーを引き絞った。ジムライフルが唸り、多数の高速徹甲弾がタイラントに襲い掛かった。七瀬は天野の動きに気を払っており、その射撃も警戒していたのだが、北川の攻撃のせいで充分な回避運動ができず、何発か食らってしまった。この一撃で七瀬は舌打ちしてすこし下がった。
 北川たちの戦っている隣のエリアでは澪と繭が一方的に叩かれていた。美坂姉妹のRガンダムはテンペストより弱いのだが、ビットを使い切ったテンペストの戦闘力と、双方の技量差が戦いを決定付けていた。何より、香里はシェイドなのだ。
「みゅー!」
「<強すぎるのー!>」
 そう、香里は2人をほとんど一方的に叩きつづけている。そのあまりの強さにただでさえ出番の無い栞は更に目立たなくなっていた。
「えう〜、そんな事言う作者は嫌いです〜」
「栞、忙しいんだから手伝ってよね!」
「う〜、お姉ちゃんばっかり目立ってずるいです〜」
 だが、ニュータイプの栞ですら舌を巻くほど、香里は強かった。はっきり言って、訓練の時よりもずっと強い。
「お姉ちゃん、何をそんなに焦ってるんですか?」
「決まってるでしょ。さっさと片付けてみんなを助けに行くのよ!」
 香里の攻撃はますます激しさを増している。そのおかげで繭と澪は逃げ回るだけだった。
「みゅー、前もこんな扱いだった」
「<えぐ、えぐ、惨めなの〜>」
 いや、別に君達が弱いって訳じゃないんだけどね。
 だが、そんな香里を栞の一言が止めてしまった。
「ああ、お姉ちゃんは北川さんを助けに行きたかったんですね」
「ち、ち、ち、違うわよ! 私は別に北川君なんて」
「ふ〜ん、そうですか」
 栞が疑わしげな視線を向ける。香里はそんな妹の態度に更に焦りまくっていた。
 一方、突然攻撃がやんだことに澪と繭は不思議そうに顔見合わせていた。
「みゅー、どうしたのかな?」
「<分かんないの、でも・・・>」
「でも?」
「<なんだか、楽しそうなの>」
 澪にはじゃれあう姉妹の姿が見えていた。澪の見える物に気付いたのか、繭も2人のほうを見て、呟いた。
「みゅー、お母さん、元気かな」
「<・・・もう、何年も会ってないの・・・>」
 2人のじゃれあう姿に澪と繭は寂しそうに顔を伏せた。2人とも、ニュータイプの素質を見出されてフラナガン機関にスカウト(実際には誘拐同然)、親とは会っていない。そのことを思い出して、2人はホームシックに駆られたのだ。
 クラインの率いるMA部隊はその火力を生かしてMSや戦闘機を蹴散らそうとしていたのだが、真琴とトルビアックのコンビプレーが徐々にMA部隊を追い詰めていた。真琴とトルビアックのジムキャノンUのビームキャノンは一撃でビグロUを破壊する威力があり、ガンキャノン量産型のキャノン砲は真琴の指示でMA隊の移動する先を狙った見込み射撃を繰り返すことで巧みにビグロUを堕としていた。
 クラインのヴァル・ヴァロには体当たりという戦法もあり、多くのMSを葬っていたが、流石に限界になっていた。
「ちっくしょう! これじゃ機体がもたねえ!」
 度重なる戦闘がヴァル・ヴァロの重装甲をも引き裂こうとしていた。すでに推進器も何基か止まっており、推力が衰えている。
 砲撃を続けるトルビアックは少し調子に乗っていた。
「ようし、このまま押し捲れー!」
「あうー、いっくわよー!」
 なにやら、妙に息が合っていた。まあ、合わないよりはいいのだが。やっぱりこの2人、戦いになると燃えるのね。


 エターナル隊が守っているゲートはカノン隊の猛攻を何とか食い止めていたが、第1艦隊が突入してきたゲートは破られかけていた。そこにはリシュリュー隊を中心とする艦隊が防衛線を築いていたのだが、第1艦隊の戦艦群の砲撃と、キョウの率いる戦闘機隊の持ってきた大型ミサイルを急接近して撃ちこみ、そのまま全速で逃げ出すという通り魔紛いの戦法によって被害が積み重なり、すでに抵抗力を失いかけていた。
 斎藤は傷ついた戦艦リシュリューの艦橋で艦の被害と戦況の2つへの対処に追われていた。
「傷ついた艦は後方に下げろ。MS隊はなんとしても敵機を近づけるな!」
「艦長、上部第二砲塔に直撃、誘爆の危険があります!」
「くそ、被害ブロック周辺から兵員を退去させろ。退去後、ブロックごと切り離せ!」
 オペレーターの報告に斎藤が顔をゆがめる。また火力が落ちたのだ。そこに、今度は医務室から内線が来た。
「艦長、もう医務室は負傷者で一杯です。士官室を救護室代わりに使わせてください」
「今はそれどころじゃないんだ。勝手にやってくれ!」
 斎藤は叩きつけるように内線を切った。そして、砲撃管制官に目標を指示する。
「砲撃を正面のマゼランに集中しろ。少しでも数を減らすんだ!」
「やってますよ!」
 砲撃管制官が怒鳴り返す。皆が殺気立つ中で、副長が声をかけてきた。
「艦長、残念ですが、そろそろ限界です。余力があるうちに、撤退を始めないと」
「・・・だが、まだ撤退命令は出ていない」
「どうせそろそろ出しますよ。久瀬提督とサンデッカー代表も玉砕は避けろといっていたではありませんか」
「・・・・・・」
「連邦には、こちらに数倍する被害を与えています。これ以上ここに留まる必要はないはずです」
「・・・分かった。とりあえず、司令部に意見を具申してみよう」
 斎藤は副長の進言を容れ、要塞の司令部に通信を繋いだ。司令部も火事場のような状態だったが、チリアクスは通信に応じてくれた。
「どうした、斎藤中佐?」
「チリアクス司令、残念ですが、このあたりが限界のようです」
「君も、そう思うか?」
「はい、まだ戦えるうちに、撤退するべきだと思います」
「・・・分かった、各部隊への指示はこちらで出す。君は指揮下の健在艦を連れて突破口を開いてくれ」
「分かりました。やってみます」
 斎藤は物分りのいい上官に感謝しながら、副長に指示を飛ばした。
「副長、動ける艦を集めてくれ。被害の大きい艦は総員退去の後、艦隊特攻に使う!」
「艦隊特攻とは、また派手ですな」
 副長が肩をすくめる。斎藤は小さく笑って見せた。
「もう逃げるんだ。無茶でも何でもやってみるべきだろう」
「そうですな」
 副長は艦隊通信網を使って連絡のつく艦隊に話を通す。その間に、斎藤は久瀬を呼び出した。
「久瀬大尉、無事ですか?」
「斎藤中佐? まあ、今は何とか」
「それは良かった。それより、フォスターTの放棄が決定されました。すいませんが、艦隊の脱出のための道を切り開いてくれますか?」
「また、随分と無茶なことを言ってくれますね」
 久瀬の声が苦衷に満ちた物に変わる。それが斎藤に久瀬の状況を教えていた。
「・・・すいません」
「謝らないでください。まあ、できるだけ頑張ってみます」
 そう言って久瀬との通信は切れた。斎藤はしばし身動ぎもしなかったが、副長に肩を叩かれて振り向いた。
「いい青年ですな、久瀬大尉は」
「副長・・・」
 斎藤は副長をまじまじと見た。この副長は、久瀬のことを嫌っていたのだ。何故なら、自分も同格の大尉だったから。
「まあ、帰ってきたら今までの非礼は詫びる事にしましょう」
「ああ、帰ってきて欲しいものだが」
「大丈夫ですよ。それよりも、我々が死んだら、大尉の努力が無駄になります」
「・・・そうだな、こうなったら、意地でも全員を無事に連れ帰ってやる!」
 斎藤の目に光が宿る。それを見て副長も安心したように艦内の被害をまとめる仕事にかかった。それを横目に、斎藤は医務室を呼び出した。なかなか繋がらないのが、医務室も戦場であることを教えている。
「はい、何ですか?」
「斎藤だ、さっきは怒鳴ってすまなかった。それで、死傷者はどれくらいだ?」
「気にしてませんよ。しかし、死者は21人。負傷者は53人、内23人が重症です」
「そうか、とりあえず、もうすぐ戦闘も終わる。生きてる奴は何とか助けてやってくれ」
「全力を尽くしますよ」
 軍医の言葉を斎藤は信じるしかなかった。


 斎藤の頼みを受けて久瀬率いるMS部隊は正面の敵を追い散らしにかかった。ここに配備されているディバイナー改部隊はエターナル隊のような妨害を受けていないので、戦場を駆ける死神と化していた。だが、それでも対処しきれないほどに敵はおおく、力押しでは物量戦には勝てないという事実をまざまざと見せ付けている。
 堕としても堕としてもやってくる連邦MS隊に流石に疲れを隠せない郁美たち。あの葉子ですら肩で息をしている。
「このお、何機いるのよ一体!」
 晴香のディバイナー改がシールドを突き出してジムコマンドの頭部を撃ち砕いた。のけぞったところに速射砲を叩き込んでスクラップに変えてしまう。 
「ほんとに、しつこいんだから」
「し、しかたありません、向こうも必至ですから」
「あんた、本当にマイペースねえ」
 晴香が呆れたように言う。いつもなら葉子は言い返すのだが、今日に限っては何も言い返さない。それだけの余裕が無いのだ。
 新たに押し寄せてくる敵MSや戦闘機を前に緊張を走らせたとき、久瀬から通信が入ってきた。
「3人とも、まだ無事か?」
「大尉、無事かは無いでしょう」
「流石に、冗談に聞こえませんね」
「死んでたら化けて出てやるぅ」
「そんだけ文句が言えるなら、大丈夫だな」
 久瀬の声に笑いが混じる。
「司令部が要塞の放棄を決めた。これから僕達は味方の艦隊を逃がすために戦うことになる」
 久瀬の話は3人に衝撃を与えた。
「撤退、ですか?」
 郁美が信じられない、と言いたそうに聞いてくる。久瀬には3人の気持ちが分かっていたが、あえて厳しい口調になった。
「これは命令だ。退路を確保しろ!」
 久瀬に怒鳴られて3人が沈黙する。動揺しているのがはっきりと分かったが、久瀬からは何も言わなかった。やがて、ぽつぽつと返事をしてくる。
「・・・分かりました」
「・・・しかた、ありません」
「・・・やればいいんでしょう」
 明らかに不満を抱えた声だ。だが、久瀬は心の中で3人に詫びながら、自らも突破口を開くべく突入していった。そして、戦いつづける久瀬に新しいMS部隊が襲い掛かってきた。久瀬はその中の指揮官機らしいジムカスタムに狙いをつけると、ジャギュアーを一気に加速させた。
 佐祐理は、自分を狙ってくるジャギュアーに気づいた。
「こちらを狙ってますか。舞がいないから、佐祐理が頑張らないといけないですね」
 いつもなら、こういう強そうなのは舞が引き受けて、佐祐理は全体の指揮に専念しているのだが、今日は舞がいないので佐祐理が受けてたった。ジムライフルの火線がジャギュアーに迫る。そのジャギュアーはシールドで弾を防ぎながら距離を詰めてきた。
「何て無茶な!」
 どちらかと言うと、正道をいく指揮官である佐祐理から見て、この行動は信じられない物だった。もっとも、久瀬にしてみれば、ジャギュアーの装甲なら、盾を構えていればジムライフルでは致命傷は受けない。と踏んでの行動だったのだが。
「もらった!」
 久瀬はファマスMSの標準装備となっている両腕の110ミリ速射砲を近距離から撃ちまくった。この速射砲は射程が短いが、その分至近距離から狙うので命中率が高く、装甲貫通力も高いという優れものだ。
 佐祐理はシールドで機体を守ろうとしたが、この距離ではシールドの方が持たず、シールドを破壊されてしまった。
「きゃああああ!!」
 シールドを破壊された時の衝撃に佐祐理は悲鳴をあげる。そして、至近距離にいた為に、佐祐理の悲鳴は通信波に乗って、久瀬のジャギュアーにも響いた。
「な、ま、まさか、倉田さんか!?」
 久瀬は構えたビームライフルをシールド裏にしまい、ジムカスタムに組み付いた。
「倉田さん、倉田さんだね!?」
「・・・あ、ひょっとして、久瀬さんですか?」
 佐祐理がふらつく頭で何とか久瀬の声を聞き取る。
「やっぱり、倉田さんか」
 久瀬がほっと溜息をつく。そして、その声に怒りが混じった。
「どうして僕の前に出てきたんだ。今度会えば、殺すと言ったはずだ!」
「・・・もう一度、もう一度話がしたかったんですよ」
「・・・・・・」
「もう、どうして、何て聞きません。でも、1つだけ答えて欲しいことがあるんです」
「・・・・・・」
「戦いが終わったら、また昔みたいに、3人でお弁当を食べれますか?」
「・・・僕は、生きて帰れるか分からない」
「・・・生きてたら、でかまいませんから」
 佐祐理の声が悲しそうなものになる。それを聞いた久瀬は考え、そして本心を口にした。
「・・・ああ、必ず、食べるよ」
 それが、久瀬に言える、精一杯の言葉だった。だが、佐祐理はその答えに満足したらしい。声が少し明るくなった。
「あははは、約束ですよー」
「・・・ぷ、くくく、倉田さんはそっちの方がらしくて良いよ」
「はえ〜、そうですか?」
「ああ、その方が僕も倉田さんと話してる。って感じるな」
「はぁー、そうですか」
 佐祐理がどこか拍子抜けした声で答える。そんな佐祐理の声に久瀬はどこか安らいだ気持ちになりながら、佐祐理の機体を解放した。
「・・・久瀬さん?」
「僕たちは今からここを引き上げる。妨害をしないなら、こちらからは手を出さないよ」
「・・・はい、また会いましょうね」
「ああ、また、ね」
 そう言って、久瀬は宇宙港の正面に展開する連邦部隊に向かっていった。それを見送った佐祐理は、久瀬の忠告どおり、部下を集合させると宇宙港から少し距離をとった。

 MS隊が体を張って正面に道を切り開いたのを見て、斎藤は裂帛の気迫を込めて命令した。
「全艦突入、MS隊があけた穴を拡大するぞっ!」
 リシュリュー指揮下の艦艇が残る砲を総動員して包囲網の切れ目を目指した。ただ、3隻のサラミスが単独でまったく違う方向を目指している。それらのサラミスは砲撃を行うでもなく、ただ全速で連邦艦隊の艦列に踊りこんできた。おそらくは不要な電力を全てカットしてあるのだろう、命中弾を送り込んでもさっぱり爆発する様子が無い。やがて、艦列に踊りこんだそれらの艦は次々と機関部あたりから引き裂かれるように爆発、四散した。その衝撃波は周囲の艦艇やMS、航宙機を巻きこみ、周辺に大きすぎる損害を与えている。斎藤の狙った艦隊特攻の成果だ。この3隻の自沈によって連邦の艦列は乱れ、生じた混乱に乗じる形で斎藤艦隊は宇宙港正面の宙域を確保することに成功したのだった。
 ファマスの戦い方が変わったのに最初に気づいたのはトルビアックだった。今まで真琴の部隊と一緒にヴァル・ヴァロやビグロUを砲撃していたのだが、他の連中より比較的余裕があったというのが気づいた理由だった。いつもならシアンや北川が気づくのだが、今回は流石にそんな余裕は無い。シアンはみさきと人外な戦いを繰り広げてるし、北川は七瀬と死闘を演じている。
 そんな訳で、トルビアックは砲撃の手を一時休めて敵の動きを監察した。今まで守りに徹していたMS部隊がいきなり積極的に攻撃してきている。更に、艦隊の砲撃が一点に集中している。
「こいつはひょっとして、逃げに入ったか?」
 トルビアックは更に冷静に動きを観察した。そして、それは確信に変わった。
「ファマス軍は逃げに入ったぞ!」
 トルビアックの声が通信波に乗って周囲の連邦軍に伝わる。それを聞いて連邦軍は意図的としか思えないくらい簡単に包囲を解き始めた。どうやら、勝ったと知って多くの者がこれ以上戦う気をなくしたらしい。
 そして、それはカノン隊のパイロットにも当てはまった。この時点で戦闘力を残しているのはトルビアックと真琴のジムキャノンUと、美汐と2人がかりで七瀬と戦っていた北川、それに、中隊指揮官として指揮をとりつづけていた佐祐理のジムカスタムくらいの物だ。舞は機体が大破してカノンに帰ってるし、祐一と美汐はぼろぼろになっている。シアンとあゆ、香里、栞、名雪は戦おうにも弾も推進剤も残ってなかった。
 祐一は自然と浩平と距離をとった。すでに2人とも機体がぼろぼろであり、互いに相手が引いてくれる事を期待していたのだ。北川は天野を守ってやはり後退した。七瀬にしても戦う気があんまり無かったのであっさりと見逃している。香里と栞は澪と繭相手に延々と戦いつづけ、互い打つ手がなくなってしまったので、自然と身を引いた。
 そして、人外の戦いをしていたあゆと茜、シアンとみさきの戦いも終わっていた。すでに両者とも戦闘力を失っていたのだ。茜にとっては不本意だったが、あゆは茜と互角の勝負をしていた。
 シアンはみさきに話し掛けた。
「みさき、もうこのあたりでいいだろう」
「兄さん、ニュータイプ能力で話されると疲れるんだけど」
 そう、シアンはニュータイプ能力を持ってるが、みさきはシェイド能力で擬似ニュータイプと化しているだけなので、みさきの疲労はかなりの物になる。
「ファマスは撤退を始めたぞ、お前ももう帰れ。部下には責任があるんだろう?」
「・・・うん、でも、いいの?」
「何が?」
「ここで私を逃がすと、また戦うことになるよ?」
「・・・まあ、それはまたその時考えるさ」
 シアンの返事を聞いてみさきは苦笑した。
「まったく、兄さんらしいね。分かったよ」
 そう言って、みさきは機体を翻した。
「また、会おうね。兄さん」
「・・・ああ、そうだな」
 みさきは茜の機体に近寄った。
「茜ちゃん、もう終わりだよ」
「みさきさん、ここで逃げろと?」
「もう全軍が撤退に入ってるよ。これ以上ここにいると、私達孤立しちゃうよ」
「・・・そうですね、分かりました」
 不承不承、という感じで茜が頷く。そして、2人は全速で宇宙港に飛び去った。
 シアンはそれを見届けると、あゆのRガンダムを捕まえた。
「あゆ、よく頑張ったな」
 シアンが労いの言葉をかける。だが、あゆからの返事は無かった。
「あゆ?」
 シアンが映像を繋ぐと、あゆはコクピットの中ですっかり目を回していた。
「うぐぅぅぅぅぅ・・・・・」
「やれやれ、せっかく誉めたのにな」
 呆れてシアンはあゆを見た。だが、すぐに小さく笑い出す。シアン自身も緊張しつづけていたのだ。その糸が切れたため、可笑しさがこみ上げて来たのだろう。
 シアン達が戦いを終えたころには、ファマス艦隊も脱出にかかっていた。連邦艦隊もそれを阻止しようと攻撃をしていたのだが、その火力は明らかに衰えていた。すでに、どいつもこいつも宇宙港に入ることしか頭にないらしい。まあ、そのおかげで生き残っていたファマス艦隊の大半が脱出に成功したのだが。僅かに何隻かが砲火に捉えられて航行不能になり、連邦軍に投降している。
 こうしてファスターTは陥落した。ワイアット大将は主力を連れて要塞に入港し、クライフの分艦隊と機動艦隊から急行してきた艦隊がファマス残存艦隊を追撃している。そして、まだ健在なMSの一部はフォスターTの中を捜索し、残敵掃討をしていた。
 カノン隊の部隊で残敵掃討の為に残っていたのは北川中隊と倉田中隊だった。これには訳がある。シアンが、指揮能力に優れた順に選んだのだ。まあ、2人の機体の状態が比較的良好だったというのもあるが。
 こうして、北川と佐祐理は慎重に要塞の中心を目指して前進していた。
「佐祐理さん、敵は居たかい?」
「いいえ、一人も見かけません」
 しかしながら、2人は未だに1人のファマス兵にも、1機のMSにも遭遇していなかった。
 2人が要塞を探索しているころには、ワイアット大将の旗艦、ペンシルヴァニアは宇宙港に入り、係留作業をしていた。
 ワイアットは上機嫌で部下達を見やっている。
「諸君、我々は遂にフォスターTを陥落させた。損害は大きかったが、ほぼ予定通りだ」
「そうですな。しかし、損害が大きすぎます。フォスターUへの侵攻は第2連合艦隊の到着を待って、ということになりそうです」
 部下がワイアットに答える。それを聞いてワイアットは渋面を作った。
「どうにかならんか? あまり遅れるのは好ましくないが」
「残念ですが、健在な戦闘艦は出撃させてきた内の3割ほどです。あと3割ほどが損傷しており、4割が失われております」
「・・・そんなにか?」
「はい」
 部下から改めて被害の詳細を聞かされてワイアットは青ざめた。ただでさせ、1年戦争の大損害と久瀬中将の反乱で軍部の権威は失墜しかけているのだ。ここで更なる損害を受ければ現在の軍上層部は辞任を余儀なくされ、軍主流派は力を失ってしまう。それはすなわち、ワイアットの失脚にも繋がるのだ。
 ワイアットが悩んでいると、オペレーターからの報告が入ってきた。
「司令、外に出ている艦隊から報告です。第6艦隊と思われる艦隊が接近してくると」
「・・・ようやくきたのか」
 ワイアットの声には怒りが合った。だが、すぐに上機嫌に戻る。
「まあいい。ベリーニ君には到着が遅れた責任をとってもらえばいいのだからな」
 ワイアットの言葉に部下達は震え上がった。ワイアットは、この大損害の責任を戦闘に間に合わなかったベリーニに着せようと考えているのだ。
 要塞の外でのんびりと警戒をしていたサラミスが接近してくる艦隊を捉えていたが、誰も警戒していなかった。それが遅れていた第6艦隊だと聞かされていたからだ。
 そのサラミスのレーダー手は、第6艦隊から15の熱源が放たれ、こちらに向かってくるのに気づいた。
「艦長、移動熱源が接近してきます。数は15」
「気にするな、どうせ第6艦隊からこっちに来るMSや航宙機だろう。おおかた、ベリーニ少将がワイアット長官に言い訳でもしに来たんじゃないか」
 その言葉に艦橋にいる全員が笑った。そして、その笑いが彼らの最後の光景となった。


 フォスターTに向かっている機動艦隊の動きは随分のんびりしたものだった。戦闘が終わったという安心感もあるが、支援艦隊を抱えているというのが最大の理由だ。病院船はフル運転で負傷者を収容し、工作艦は損傷した艦艇を抱えている。艦隊の周囲ではランチやMSが必至になって生存者の救助に駆けずり回っていた。
 そんな時、カノンのレーダーが接近してくる艦隊を捉えた。
「水瀬司令、10時の方向から接近してくる艦隊があります。数は約30隻」
「10時、ですか?」
 秋子は不審に思ってマイベックを見た。マイベックも悩んでいたが、とりあえず自分なりの推測を口にする。
「遅れていた、第6艦隊ではないでしょうか?」
「なら、いいのですが」
 秋子は納得できない、という顔で考えている。そして、パイロットルームのシアンを呼び出した。
「シアンさん、居ますか?」
「水瀬司令、何か御用ですか?」
「第6艦隊らしき艦隊が10時の方向から接近しています。すいませんが、行って確認してくれますか?」
「通信で確認できないんですか?」
「それが、ミノフスキー粒子が濃すぎて、レーザー通信すら曲げられてしまうんです」
「・・・分かりました、行ってきます」
 そう言ってシアンは通信を切った。秋子は不安そうに近付いてくる光点を見やる。
「司令、何をそんなに警戒されているのです?」
「・・・どうも、嫌な予感がするのです」
「予感、ですか」
「ええ、何と言うか、あの艦隊からどす黒い澱みのようなものを感じるのです」
 秋子の答えにマイベックはあっけに取られた。昔から秋子はこういうことを言うのだが、どうもマイベックには理解できない。ただ、秋子がこういう事を言い出すと、決まってろくなことが起きないのは確かだ。マイベックは経験から危険を察知すると、カノンの主砲を何時でも撃てるようにしておけと指示を飛ばした。
 秋子に言われてシアンはジム改に乗ってカノンを出発した。お供はトルビアックに名雪だ。
「隊長―、何で俺が行かなくちゃいかんのですか?」
 トルビアックは不平たらたらである。まあ、疲れているから仕方ないだろう。だが、疲れてるのはシアンも同じなので、流石に苛立った。
「やかましい、文句は秋子さんに言え!」
「う〜、お母さんに文句を言っちゃ駄目だお〜」
 シアンの声に名雪がえらく間延びした声で答える。
「おい、名雪、どうかしたのか?」
「・・・く〜」
「て、寝てるんじゃない―!」
 名雪は寝ながら付いてきていた。どうやって寝ながら操縦しているのかが謎だったが、名雪が起きないので答えは永遠の謎かもしれない。
「・・・相沢の言うとおり、怒鳴ったぐらいじゃ起きんようだな」
「祐一、酷いお〜」
「・・・・・・」
 流石のシアンも、寝言で文句を返されたのは初めてだった。しかし、とりあえずついてくる分には問題なさそうなので、シアンはほっておくことにした。
 しばらく行くと、第6艦隊から何かが飛んでくるのが見えた。
「何だ?」
 シアンは最初、それがMSか何かだと思った。だが、すぐに激しい悪寒が駆け抜けた。
「な、何だ、この感じは?」
「隊長!」
 シアンが不思議に思っていると、トルビアックが悲鳴のような声でシアンを呼んだ。
「な、なんか、悪寒みたいな物を感じませんか?」
「・・・トルク、まさかお前」
 シアンはトルビアックにニュータイプの素質を見た。だが、すぐに気持ちを切り替えて悪寒の元に集中する。しばらく考えていたが、その正体を察した時、シアンは思わず叫んでいた。
「貴様か、この邪悪な気配は、アヤウラ・イスタス!」
 相手を悟ると同時に、シアンは飛んでくる物体の正体にも気づいた。
「まさか、核ミサイルか!?」
「か、核ミサイル!」
 トルビアックが絶叫する。慌ててシアンは名雪を起こしにかかった。
「名雪、あの核ミサイルを撃て!」
「うにゅー、イチゴジャム美味しい」
 名雪は起きなかった。業を煮やしたシアンは祐一から聞かされていた禁断の手段に訴えることにした。
「名雪、今すぐ起きんと口の中に謎ジャムを詰め込むぞ!」
「それだけは嫌だよ!」
 名雪は一発で起きた。そして、涙声で文句を言ってくる。
「シアンさん、酷いよー」
「ええい、文句は後でいくらでも聞いてやる。イチゴサンデーも腹いっぱい奢ってやるから、あのミサイルを撃ち落せ!」
「え、う、うん」
 言われて名雪はこちらに向けて飛んでくるミサイルを全て撃ち落した。すると、そのミサイルは直径数百メートルの光の玉となった。
「・・・や、やっぱりか」
「こ、こ、こ」
「凄い・・・」
 輝く3つの光を見て3人がかすれた声で呟く。だが、その直後、彼らはフォスターTを焼く12の光を目にする。


 フォスターTに取り付いていた艦隊では接近してくるのがミサイルと気づいて慌てていた。ワイアットは接近してくるのが第6艦隊ではなく、敵の新手だと聞かされて驚く。
「何だと、敵の新手!?」
「はい、すぐに迎撃の準備をします」
「うむ、殲滅してしまえ」
 ワイアットの発言は大言壮語とは言えない。何故なら、敵の艦隊は多くても30隻程度という報告がきていたからだ。だが、それがワイアットの最後の言葉となった。
 宇宙港とその周辺に突き刺さった12のミサイルは、全てがきちんと爆発した。その輝きは1つ当たり数千の命を要求し、フォスターTに取り付いていた艦隊は全てこの光に呑まれ、消滅していった。
 この衝撃は、要塞に入っていた部隊にも影響を及ぼした。要塞中枢に入っていた北川中隊と倉田中隊はこの衝撃に巻き込まれた。
「な、何ですか、一体!!」
「くそ、全機、落盤に気をつけろ。佐祐理さんも、姿勢を維持するんだ!」
 北川の指示が飛ぶが、すこし遅かった。彼らは、衝撃で崩れだした壁に呑まれていった。
 全ての光が収まった後には、無残にも溶け崩れた宇宙港と、消し飛んでしまった連邦艦隊の残骸だけが漂っていた。
 ファマス艦隊を追撃していたクライフは、フォスターTを襲った悲劇の正体に気づいた。
「や、奴ら、核を使いやがった」
「司令、どうしますか!?」
 部下達が恐慌を起こしかけている。無理も無い。ついさっきまで健在だった主力艦隊が、一瞬にして全滅してしまったのだから。
 もはや、追撃などしている状態ではない。そう判断したクライフは全艦にカノンのいる宙域まで後退するように指示した。


後書き
ジム改  ううむ、遂に使ってしまった
みさき  ほんとだよ、いいの、核なんか使って?
ジム改  まあ、核兵器って無茶苦茶強力ってイメージがあるけど、実際にはガンダム世界じゃ必ずしも
          最終兵器とはいえないんだよなあ
みさき  そうなの?
ジム改  うむ、実はガンダム世界でよく使われるミノフスキー粒子なんだが、こいつには電磁場や放射
          線を吸収する性質があってな、核爆発による2時災害である電波障害や電磁場による機器の損
          壊といった被害が無いのだ。つまり、最初から放射線などに晒されることが前提の宇宙船やM
          Sには直接効果範囲にいないと何の効果もないのだ
みさき  じゃあ、今回はどうして大損害なの?
ジム改  うむ、あれはアヤウラが宇宙港に連邦軍が入港するのを待ってから、宇宙港を狙って撃ったか
          らだ。この世界ではミノフスキー粒子のせいで誘導装置が役に立たんからな、下手に誘導する
          よりも、計算で軌道を割り出せる固定目標を狙ったほうが確実なのだ
みさき  つまり、連邦軍が宇宙港に集まってたから被害が大きくなったってこと?
ジム改  そういうこと。ちなみにカノン隊のほうは光学照準で狙ったものだよ。つまりついで
みさき  でも、アヤウラは何処から核を持ってきたの?
ジム改  世の中にはいろいろと悪いことを考える人がいるの。そういう人から裏取引で入手した。
みさき  わ、悪人だよ
ジム改  何をいまさら・・・
ジム改  えー、では次回「それぞれの思い、それぞれの決意」お楽しみに
みさき  またね〜