第18章 それぞれの想い、それぞれの決意
アヤウラの使用した核ミサイルによって連邦軍はその戦力の大半を失ってしまった。残ったのはクライフの率いていた追撃艦隊20隻ほどに、機動艦隊に残っていた戦闘空母1隻、宇宙空母13隻、サラミス4隻、それに、支援艦隊の護衛に付いていたサラミス6隻だけである。さすがにこの状況では小型戦闘艦艇は戦力に数えられない。あとは核攻撃をかろうじて生き延びた損傷艦が必死に逃げてくるだけだ。全部を集めればそれなりのものだが、兵員は疲れきり、装備は消耗している。加えて、先程の核攻撃で兵士達の士気は完全に撃ち砕かれていた。多くの連邦将兵は勝利の瞬間に蹴倒され、一気に敗北への階段を転がり落ちていく自分達の境遇を信じることができず、呆然としていた。
状況の変化についていけないのはファマス艦隊も同じだった。チリアクスはフォスターTを襲った輝きと、その後の追撃艦隊の撤退を見て呆然としている。
「な、何が起こったんだ?」
「さあ・・・?」
部下達も答えようがなかった。だが、彼らはその輝きには見覚えがあった。1年戦争の初め頃、連邦とジオンが共に大量に投入した最終兵器、核ミサイルだ。その炎が、フォスターTとそこにいた連邦艦隊、そして降伏した友軍を焼き尽くした。それによって連邦は恐らく司令部を失ったのだろう。敵が引いたのもそれで納得できる。とりあえず、状況の確認うんぬんよりも軍人の本能で彼は健在な艦艇に反撃を命じた。
チリアクスの命令に真っ先に反応したのはアリシューザ隊だった。司令官のショウ・コバヤシ少佐が艦橋で仁王立ちし、部下達を叱咤激励している。
「ようし、反撃だ。今まで溜まった借りをまとめて返してやれ!」
ショウのけしかけるような命令は部下達に士気を確かに高めた。兵士達は敗北の瞬間から一気に勝利の栄光を掴めると知り、劇的に士気が高揚していた。そこにショウの号令がかかり、ザンジバル級巡洋艦アリシューザと、2隻のムサイは逃げようとする連邦艦隊に反転逆撃をかけた。
アリシューザ隊の砲撃を背後から受けて連邦艦隊は一気に怯んだ。こうなると崩壊を立て直すのは容易なことではない。クライフのような練達の指揮官でもそうなのだ。混乱した連邦艦隊は見かけだけは派手な砲撃で懸命にファマス艦隊に反撃していたが、その効果は全く無かった。逆に、勢いづいたファマス艦隊の砲火は残酷なまでの正確さで連邦艦隊を捉えていた。
戦局が覆ったのを確認したアヤウラはエアーの艦橋で大笑いしていた。
「クックックックック、フファハッハハァハハァ!!」
「なんだか、危ないわね」
「・・・ああ、気をつけたほうがいぞ」
笑い狂うアヤウラを見て真希とダルカンが小声で囁きあう。それくらいにアヤウラは危なかった。
だが、そこにそのアヤウラすらも凍りつかせる台詞が聞こえてきた。
「君は本当に楽しそうに笑うね。好意に値するよ」
氷上だった。その一言に真希とガルタンは壁際まで後ずさり、オペレーターたちは凍りつく。その全員が心底嫌そうにアヤウラと氷上を見ている。アヤウラは氷上に振り向くと憤怒の形相で怒鳴り散らした。
「氷上ィ! 妙な台詞を吐くんじゃねえ! ますます俺が疑われるだろう!!」
「まあまあ、今更照れなくてもいいのに」
氷上がさわやかな笑顔で怒り狂うアヤウラをなだめる。その氷上とのやり取りに艦橋にいる全員がアヤウラに深い恐れと軽蔑を抱いた。いつものアヤウラならこんな時は迷わず相手を射殺しているのに、氷上に対してはそれがないというのがこの状況に信憑性をもたせている。実のところ、アヤウラはそんなことをしても氷上には無駄だという事を知っており、仕返しが怖いのでやらないだけなのだが、氷上の素性を知らない真希達には単なるホモ同士の痴話喧嘩にしか見えなかった。
「と、とにかく、残った連邦艦隊を殲滅するぞ! アサルムのクルーガーにも伝えろ!」
その場を誤魔化すようにアヤウラが大声で命令する。その指示で真希やガルタンが逃げ出すような勢いで艦橋を出て行くのを見てアヤウラは複雑な思いにとらわれた。
アヤウラの命令を受けたグワジン級戦艦アサルムの艦長兼MS隊隊長のフォーレン・クルーガー大尉(覚えてるかな?第2話くらいに出てたよ)は連れてきた艦隊にMS隊発進を命じた。
「よし、南森、中崎、出るぞ」
「「はい」」
クルーガーが新たに配属された2人を釣れて艦橋を出て行く。
クルーガーが率いてるのは実はファマス艦隊ではなく、アクシズから派遣されてきた艦隊だ。アヤウラ艦隊とアクシズ艦隊から次々とMS隊が発進していく。だが、アクシズ艦隊の主力はゲルググを筆頭とするジオン公国製のMSばかりだった。アクシズのMS開発はファマスに大きく遅れていたのだ。
だが、ファマス艦隊にはアヤウラの動きに同調しない者もいた。エターナル隊のみさきなどがそうだ。
「ふざけないでよ。あのタイミングで、しかも正確に宇宙港を狙ったって言うの!?」
雪見が艦橋で吼える。いつもならそれをやんわりとなだめるみさきが今回に限っては何も言わない。その為、雪見は立て続けに文句を立て並べていた。
「どう考えたって妙よ。私達が負けるのを、今まで見ていたとしか思えないわ!」
「・・・・・・」
「ねえ、みさきもそう思うでしょう!」
雪見がみさきを振り返る。だが、みさきは目を閉じたまま、何も答えなかった。
「みさき、聞いてるの!」
雪見が怒鳴る。どうやら、相当頭に血が上っているらしい。雪見の怒声に気づいたのか、みさきがうっすらと目を開ける。
「・・・雪ちゃん?」
「・・・あんた、まさか寝てたんじゃないでしょうね?」
こめかみを震わせて雪見が聞く。だが、みさきはそんなことには答えなかった。
雪見が慌てふためいて聞き返す。みさきは怒りを秘めた視線で雪見を見た。
「雪ちゃん、チリアクス司令に伝えて。エターナル隊は全艦損傷、追撃は不可能なり。これよりフォスターTに残る残敵の掃討任務に当たる」
「・・・みさき?」
「雪ちゃん、早く伝達して」
「わ、分かったわ」
慌てて雪見はオペレーターにそれを伝えた。ここまで怒ったみさきを見るのは彼女も初めてだったのだ。
エターナル隊の通信を受けたチリアクスは特に咎めるようなこともなく、それを受け入れた。実際、追撃に加わった艦艇は全軍の半数にも満たない。多くの艦艇は戦闘に耐えられる状態ではないのだ。
だが、チリアクスは動けるMSの一部をこちらに回すように指示した。全体のMSの数が激減したため、少しでも数をそろえる必要があったのだ。
MSを回すように言われたみさきは思案の末、茜と浩平、七瀬、繭と澪に10機をつけて出すことにした。残りを使ってフォスターTの捜索を行うつもりだ。
みさきの命令で整備と補給を終えた機体が順次発艦していく。そして、連邦艦隊に向かっていく途中で、浩平は茜を捕まえた。
「おい、茜!」
「・・・なんですか、浩平」
「お前、大丈夫なのか。随分と顔色が悪いみたいだが」
「・・・大丈夫です」
「いや、でも・・・」
「本当に、大丈夫です」
そう言って、茜は通信を切ってしまった。白濁するモニターを見て浩平が少し考え込む。そして、七瀬に繋いだ。
「おい、七瀬、ちょっといいか?」
「なに?」
「茜の様子がおかしい。俺は茜についていくから、こいつらはお前が指揮してくれ」
「・・・まあ、いいけど、大丈夫なの?」
「まあ、何とかなるだろ」
「分かったわ、気をつけてね」
「おう、任せておけ」
心配する七瀬に浩平は感謝を込めて答えた。
浩平達と少し離れたところにリシュリュー隊のMS部隊がいた。久瀬が率いる部隊だ。だが、こちらはエターナル隊よりも遥かに危険な状態だった。リシュリュー隊のMSは久瀬と郁美、晴香、葉子の4機だけだが、久瀬と郁美の様子がおかしいのだ。
「ちょっと、郁美、ねえ、聞いてるの?」
「・・・ええ、聞いてるわ、晴香」
郁美の返事はあまりにも弱々しい物だった。
その一方で、葉子も久瀬を励ましていた。
「大尉、あの攻撃で倉田中尉が戦死したとは限らないです。倉田中尉はカノン隊の所属ということですし、なら無事だという可能性のほうが大きいですよ」
「・・・なら・・・良いんだが」
「大尉、気をしっかり持ってください。倉田中尉が生きていたとしても、あなたが死んでしまったら会うことはできないんですよ」
「・・・ああ、分かってはいるんだけど」
葉子がどんなに言葉を尽くしても、久瀬の不安は晴れなかった。久瀬と郁美は、失ってみて初めて分かる引き裂かれるような辛さを味わっているのだ。こればかりは、当事者にしか理解できないものだろう。
チリアクス艦隊とアヤウラ艦隊が連邦軍を追撃する中、秋子は後退して来る艦隊を援護するべく、残存する戦闘艦艇を結集して逆撃を加えようとしていた。
「支援艦隊は空母と共に後退。機動艦隊の戦闘艦艇はカノンを中心に横列に展開、撤退中の艦艇を援護します。出撃するMS、戦闘機は決してカノンの正面に入らないように」
秋子の指示が全艦隊に飛ぶ。いまや、最先任の指揮官となった秋子はこの敗残の艦隊をまとめて引き上げなくてはならないのだ。
「MS、戦闘機は後退して来る損傷艦を援護。艦隊は敵艦隊に砲撃を加え、追撃を食い止めなさい。本艦はここに待機、プロメテウス、発射準備!」
秋子の命令に、艦橋の全員が凍りついた。マイベックが血相を変えて秋子に詰め寄る。
「し、司令、プロメテウスを使うと言うんですか!」
「そうです」
「し、しかし、あれを使うと、10分はエネルギー兵器が仕えなくなります。それに、艦が損傷する危険性もあります」
「かまいません!」
叩きつけるような秋子の声に、マイベックは怯んで身を引いた。マイベックが静止できなくなったので、秋子の指示はつつがなく実行に移される。
「各部署に通達、これよりプロメテウス発射準備に入る。全エネルギーをカット、総員、衝撃に備えよ」
艦内放送で流された指示に従って艦内は次々と電力が失われていく。そして、カノンの下部に半格納式に搭載されていた超大型砲、プロメテウスがロックを外され、格納状態を解かれた。ゆっくりと巨大な砲身が艦隊から離れ、下部に巨大な砲が現れる。
「プロメテウス、発射体制になりました。エネルギー充填開始します」
カノンのジェネレーターが唸りをあげ、膨大なエネルギーがプロメテウス砲に集まっていく。その為、カノンの周囲ではエネルギーが飽和状態になり、時折砲身にプラズマが走っていた。
そして、エネルギー充填が完了する。
「エネルギー充填完了!」
「目標、エアーを捕捉できますか?」
「可能ですが、それだと後退して来る友軍を巻き込んでしまいます」
「・・・仕方ありません、友軍を避けて、敵をなるべく多く巻き込むように狙ってください」
「了解、方向修正、確認。照準、固定。砲撃準備、よし!」
「プロメテウス、発射!!」
秋子が振上げた右手を振り下ろす。秋子の命令に従って、カノンから全てを焼き尽くす光の柱が撃ち出された。
カノンを中心として10隻の各種サラミスが横一文字に展開していく。それを見てアヤウラは最初冷笑し、次いで妙な違和感に捉えられた。
「奴ら、一体何をする気だ?」
そう、連邦艦隊はカノンを中心に展開し、サラミスが砲撃してきているのだが、さっきからカノンは一発も撃ってこないのだ。連邦艦隊の中でも最強の火力を持っているはずのカノンがどうして発砲しないのか。アヤウラが理解に苦しむ、といった表情で考えていると、オペレーターの悲鳴のような報告が響いた。
「敵戦闘空母に高エネルギー反応を確認!!」
「なんだ、砲撃か?」
「分かりません。ですが、これが砲撃だとするなら、ビグザム以上のビーム砲です!」
「な、何だと!」
「目標のエネルギー、なおも上昇中!」
オペレーターの報告が状況を教えている。やがて、カノンの下部から強烈な光があふれ、その光はアクシズから送られてきたばかりのムサイ4隻を飲み込んだ。
カノンから撃ち出されたプロメテウスはアヤウラ艦隊を襲い、ムサイ4隻を蒸発させ、その周辺にいたムサイ2隻とザンジバル2隻を大破させてしまった。更に、アヤウラ艦隊から出撃していったMS隊の一部が巻きこまれ、機体は蒸発し、あるいは余波で損傷していた。
プロメテウスによって射線上の全てを焼き尽くされたアヤウラは、驚愕のあまり席を立ったまま呆然と立ち尽くしていた。いや、アヤウラばかりではない。敵と味方、その全てが信じられないものでも見たかのように呆然としている。あの氷上ですら、ぽかんと口を開けて光が通り過ぎた空間を眺めやっている。
やがて、アヤウラの低く、それでいて心底おかしそうな笑い声が聞こえ始め、遂にはお笑いを始めた。
「クファハハハックックックック、ハァァッハッハッハッハッハッハ!!」
「アヤウラ、大丈夫かい?」
流石に氷上も心配になったのか、恐る恐る聞いてくる。だが、アヤウラは狂ったわけではなかった。現に、その瞳には暗い炎がある。
「フッフフ、フ、フ・・・くっそおおおおおおおおおお!!」
アヤウラは感情をあらわにして怒り狂った。
「許さん、許さんぞ、水瀬秋子。よくも俺の勝利を2度ならず、3度まで邪魔してくれたなあ!!」
ジオン秘密警察のエリートだったアヤウラにとって、ここまで思い通りにならない相手は始めてだった。美坂香里を連邦軍の手で抹殺する計画は奴の為に後一歩のところで水泡に帰した。エアーズ市上空では奴が来たために慌てて脱出する羽目になった。そして、今度だ。核ミサイルで連邦艦隊を一掃し、もはや残敵掃討といった段階で、したたかな逆撃をこうむったのだ。自分の勝利のイメージは大きく崩れ、奴の名将としてのイメージが確立することになる。
このままだと、連邦に新たな英雄が誕生してしまう。英雄を作るだけならいいが、実力が伴った奴がそうなると厄介なことこの上ない。1年戦争のレビルがそうだった。
「ここで奴を逃がすわけにはいかんな。全艦、敵戦闘空母をなんとしても沈めろ!」
アヤウラの命令を受けて残った12隻が連邦艦隊に向かっていこうとしたところで、彼らはその行き足を止められた。損傷した連邦艦を守るかのようにカノンと10隻のサラミスが前進してきて砲撃を開始したのだ。そして、損傷艦に工作艦が取り付いていき、損傷艦を船体に固定していく。どうやら連邦軍には、そして秋子には損傷艦を見捨てる気はないらしかった。
その戦友愛の発露、とでも言うかのような光景に、アヤウラは苦い物でも食べたかのように顔をしかめる。
「ふん、連邦が、今更正義ぶる気か」
そして、視線に力をこめた。
「なら、一緒に死ぬが良い!」
アヤウラの希望が受け入れられるかはどうかは、カノンにどれだけの稼動機が残っているかにかかっていた。だが、その肝心のMS隊がいきなり大ピンチに陥っている。先程の核攻撃によって、主力が消滅した時、フォスターTに入っていた北川隊、倉田隊との通信が途絶えてしまったのだ。核の爆発にMSが耐えられるはずがない。2人の生存は絶望視されていた。
そして、そのことが幾人かを激しく打ちのめし、再起不能状態に追い込んでいた。
「お姉ちゃん、しっかりしてください!」
栞が必死に香里に声をかけている。だが、香里は俯いたまま答えなかった。北川の死が香里にとって耐えがたい衝撃となり、そのショックで一時的な自閉症に陥っているのだ。
「香里〜、こっちを向いてよ〜」
「香里さん、まだ北川さんが死んだと決まったわけじゃないんですから」
「うぐぅ、そうだよね」
「・・・・・・」
名雪が、美汐が、あゆが香里の気を引こうとしているが、残念ながら効果はなかった。
その向こうでは、舞がシアンに押さえ込まれていた。
「落ち着け舞! そんな壊れたジムカスタムでどうする気だ!」
「佐祐理を、佐祐理を探してくる!」
舞は損傷しているジムカスタムに乗り込もうとしたところを、気づいたシアンに押さえ込まれてたのだ。もっとも、シアンより先に気づいて飛び掛った奴はみんな返り討ちに合ってその辺に浮かんでいた。目が金色に光っている状態の舞を止められるのは、シアンしかいないのだ。
「離してお兄ちゃん、離さないなら・・・」
「離さないなら、どうするんだ」
「・・・離さないなら、お兄ちゃんでも容赦しない!」
そう言って、舞は剣を出した。舞の持つシェイド能力の1つ、物質化だ。この能力を使うことで、舞は自分がはっきりと思い描ける、簡単な物を作り出すことができる。そして、舞は常人には到底不可能な速さでシアンに襲い掛かった。舞の持つもう1つの能力、超人化だ。この力を発現すると、一時的に銃弾を避けたり、剣で弾いたりできるようになる。また、素手で鋼鉄の板をぶち抜けるほどのパワーと肉体強度も得る。もともと、シェイドの体は驚異的な反応速度と強度を持っているが、それが更にパワーアップするのだ。だが、この能力は茜、シアン、氷上も持っている。つまり、第1世代ならみさき外は全員使えるのだ。
シアンも瞳を金色にして舞を迎撃する。肉眼では捉えられないような物凄い速さで二人は動き、その勝負は一瞬で決まった。舞の剣をシアンが持っていたMSの装甲の一部(無重力だから可能な技)で受け止め、舞が止まったところにシアンの強烈な肘入ったことが止めとなった。お互いに圧倒的な破壊力があるだけに、決まれば一撃で勝負がついてしまう。だが、それ以上にシアンの動きは明らかに何らかの訓練を積んだ者特有の流れを感じさせるものだった。
力なく漂う舞を抱えると、シアンはデッキに下りた。
そこで、ようやく周囲の連中が駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫なんですか?」
トルビアックが血相を変えて聞いてくる。
「ああ、俺は大丈夫だ」
シアンが答えると、トルビアックは首を大きく横に振った。
「隊長じゃなくて、舞です」
「俺はどうでもいのか?」
「まあ、今は」
断言されてシアンは寂しそうだったが、しばらく考えると、舞をトルビアックに渡した。
「トルク、とりあえず舞を頼むわ。部屋に運んでくれ」
「え、でも、俺も出撃が」
驚くトルビアックの肩をシアンが押える。
「いいから、連れて行くんだ。後のことはヘープナー少尉に任せろ」
「は、はい!」
トルビアックは飛ぶような勢いで格納庫から出て行った。それを確認したシアンはヘープナー少尉を見た。
「ヘープナー、できるな」
「自信はありませんが、やってみます」
「すまんな。まあ、無理はするな」
「分かってます。ここまで来て、無駄死にはごめんですから」
「良い返事だ。それじゃ、任せたぞ」
ヘープナーに後を任せると、もう1人の茫然自失している奴の元に行った。
「栞、香里の様子はどうだ」
「あ、シアンさん。それが、何度呼びかけても駄目なんです。まるで、聞こえてないみたいで」
栞は助けを求めるようにシアンの傍によってきた。その顔は不安に染まっている。
「そうか、参ったな。こっちは再起するのに時間がかかるぞ」
シアンは額を押さえた。
「しかたない。とりあえず、香里はそこからどかせろ。落ち着くまで1人にしてやれ」
「え、でも、お姉ちゃんを1人にしておくのは・・・」
「今は1人にしてやれ。残念だが、こればっかりは自分で立ち直るしかないんだ」
「・・・はい」
しぶしぶ、という感じで栞は頷いた。そんな栞の肩に手を置いて、シアンは声を潜めた。
「すまんな、本当はお前も辛いんだろ」
「・・・え!」
栞が驚く。そんな栞に、シアンは暖かい視線を向けた。
「お前も北川に惚れてたんだろ」
「な、そ、そんなこと・・・」
「香里に遠慮して、隠してたみたいだけどな」
「・・・気づいてたんですか?」
「ああ、まあ、一応上官だからな」
「お姉ちゃんは、今まで私のせいで苦労してきましたから、そんなお姉ちゃんがようやく私から解放されて、初めて人を好きになったんです。邪魔なんてできません」
栞の返事には悲しみと、暖かさがあった。そんな栞にシアンは素直に感心したが、同時に初恋がいきなり悲恋だったという運命に同情した。
その時、艦内に警報が響き渡り、次いで秋子の声が響き渡る。
「これより本艦は支援部隊護衛の任務を離れ、友軍を救出するために戦闘行動に入ります。全MSは直ちに出撃してください。なお、プロメテウスを使用するので、本艦より前には決して出ないように」
秋子の命令を聞いて、格納庫の中がにわかに活気付いた。シアンも慌ててあゆを捕まえる。
「あゆ、香里のRガンダムは出れるか?」
「え、出れるけど、香里さん出撃しないんでしょう?」
「いや、香里の代わりに俺が乗る」
「え! でも、勝手にそんなことして、怒られないかな」
「責任は全て俺が取る!」
シアンの剣幕にあゆは慌てて頷くと香里のRガンダムに駆け寄っていった。それを確認すると、シアンは中破している自分のジム改からディスクを取り出した。
「こいつをRガンダムで使うのか。大丈夫かな」
シアンが取り出したのは、ジム改で調整していたシェイド機用の動作データだ。このプログラムを使うと、機体の動きは不安定なほど機敏になる。生半可なパイロットでは人間のほうが持たないほどの無茶苦茶な機動が可能となるが、シェイドならばこれでも問題なく動かせる。逆にいうなら、これは機体の能力を100%引き出すためのプログラムということになる。言い換えるなら、機体の遊びが全くなくなるのだ。
ディスクを取り出すと、シアンはRガンダムに向かった。Rガンダムにはあゆが弾薬を補給している。
「あゆ、行けるか!」
「もうちょと待って、弾薬の補給が終わってないから」
あゆの言うとおり、残った補給はガトリングガンの弾だけだった。
しばらく待つと、補給が終了し、あゆが下りてきた。
「補給は完了だよ!」
「ああ、ご苦労さん。後で鯛焼き奢ってやるぞ」
あゆの頭を軽く叩いてコクピットに飛んでいく。コクピットはシアン用に調整されており、シートとのバランスも完璧だった。
「流石だな。あいつ、軍を首になってもメカニックで食っていけるぞ」
「うぐぅ、首になんかならないもん!」
突然、通信機からあゆの怒った声が響いてきた。
「・・・あゆ、通信機を入れっぱなしで帰ったな」
「うぐぅ・・・」
シアンの冷静なつっこみに、あゆは返す言葉もなかった。
「まあいいさ。それより、俺はあゆと栞を連れて行動する」
「えー、シアンさんが隊長になるんですか!」
「うぐぅ、ボクついていける自信ない」
とたんにあゆと栞が泣き言を言う。まあ、今までの訓練を考えれば当然だろう。あゆと栞、香里はジム改相手にRガンダム3機がかりで勝てなかったのだから。だが、シアンは考えを変える気はなかった。
「まあそう言うな。お前達以外に、俺についてこれる奴はいないんだから」
「それって、ボクたちを認めてるってこと?」
「ほ、本当ですか?」
「嘘言ってどうなるの。本当だよ」
シアンの一言が2人にはよほど嬉しかったらしい。なにやら大騒ぎしている。
「うぐぅ、やったよ!」
「これで少しは自信が持てました―!」
どうやら、シアンに徹底的にやられていたのがよほど堪えていたらしい。
シアンが機体をカタパルトに乗せるころには、すでに多くの機体が出撃していた。しかし、多くが被弾の後を見せ、先の戦闘の熾烈さを物語っている。
「・・・シアン・ビューフォート、出る」
艦橋に伝えて、シアン機はカタパルトから打ち出された。
プロメテウスが放たれた後、カノン隊と追撃艦隊はようやく合流した。秋子はクライフの無事を知ってほっとしたが、同時に追撃艦隊の残存艦の少なさと、その全てが被弾しているのを知って唇をかんだ。
「すいません。預かった艦隊を失ってしまいました」
「いえ、あの状況から、よく無事に帰ってきてくれました。貴方だからこそ、全滅を避けられたんですよ」
「ははは、そう言ってもらうと、気が楽になります」
クライフが力なく笑う。その心中には、多くの部下を失ったという重みがのしかかっているのだろう。
「クライフ提督、後は任せてください。貴方は、支援艦隊を率いて後退の指揮をお願いします」
「それでは水瀬提督が殿につくと言われるのですか!?」
「ええ、もう健在な艦隊は私の艦隊だけですから」
「しかし、危険すぎます!」
「分かっています。でも、やるしかありません」
「・・・・・・」
「クライフさん、残った艦隊をお願いします。無事に連れ帰ってやってください」
「・・・分かりました。どうかご無事で」
「大丈夫ですよ。かならず、帰ってみせます」
秋子は笑顔を崩さない。その笑顔には誰をも魅了する魅力と、不思議な安心感があった。クライフはまだ心配そうだったが、敬礼をして通信を切った。
クライフとの通信を終えた秋子は、接近してくるファマスの艦隊を見据え、張りのある声で命令を下した。
「全艦、砲撃開始! 敵艦隊の接近を阻止します!」
秋子の命令に従ってサラミス10隻が一斉に砲撃を開始する。残念ながらまだ機能が回復しないカノンはミサイルでしか攻撃できないが。
艦隊同士の砲撃戦の中を両軍のMS部隊が突入していく。その横を通り過ぎて戦闘機隊がファマス艦隊に襲いかかろうとしていた。戦闘機隊を率いるキョウは全機に大型対艦ミサイルを装備させ、艦船だけに狙いを絞らせていた。
「いいか、MSにはかまうな! 俺達の狙いは、あくまで艦艇だけだ!」
キョウの指示が電波に乗って部下を叱咤する。戦闘機隊は大きな弧を描きながらアヤウラ艦隊に突入していった。
乱戦に突入したMS隊はファマス軍のやや有利のまま推移していた。何故やや有利かというと、シアンが徹底した3機一体戦法を採らせた為に、ファマス軍は局地的な敗北を繰り返していたのだ。いくらシュツーカやガルバルディβが強くても、3機がかりで来られれば勝ち目はない。更に、カノンのエース部隊が猛威を振るっていた。
「北川君の仇だよ!」
名雪のビームが戦場を抜けようと飛び出してきたファマスMSを正確に撃ち落していく。名雪は1人混戦には加わらず、ここでスナイパーに徹するようにシアンに言われていたのだ。名雪はシアンの期待どおりの働きを見せ、ファマスMSは未だに連邦艦隊に手を出せないでいる。
だが、それでも全体の戦況は少しずつファマスMS隊が押していた。やはり、平均的な技量が上回っているので、数に圧倒的な差がないと連邦MSでは苦しいのだ。
そんな中で、シアンとあゆ、栞は鬼神のような働きをしていた。3機のRガンダムが通った後にはファマスMSの残骸だけが漂っている。そんな中で、突然部下から悲鳴のような通信が飛び込んできた。
「シ、シアン少佐、た、助けてください!」
「どうしたヘープナー、何があった!」
「やたらと強い連中が現れて、こっちはもう半数しか残っていません!」
「分かった、そっちに行くから、何とか持ちこたえろ!」
「急いでください!」
ヘープナーの救いを求める通信に答えるべく、進路を変えようとしたところでシアンは動きを止めた。
「うぐぅ?」
「シアンさん、どうかしましたか?」
「・・・すまんが、2人で行ってくれ」
「「え!」」
「おれは、あいつらの相手をしてくる」
「「あいつら?」」
シアンの見ているほうを2人も見る。そこには、4機のMSがかなりの高速で戦線を突破しようとしていた。
「分かったよ。気をつけてね」
「シアンさん、先に行ってます」
「ああ、2人こそ、死ぬんじゃないぞ」
2人に返事を返すと、シアンはRガンダムをそちらに向けた。その4機のうち、3機には見覚えがあったのだ。ファマスの結成宣言の時、サイド6で天沢少尉達の乗っていた機体。
「君なのか、天沢少尉」
1人呟くと、ビームライフルを4機の進路の先に放った。その射撃で4機は行き足を止められ、次いでこっちに気づいた。
久瀬は上から打ち下ろされてきたビームに慌てて機体を翻しながら、今撃ってきた敵を捜し求め、すぐにそれを見つけた。
「あいつは、Rガンダムか。カノン隊の奴だな」
敵を確認すると、久瀬はそちらに進路を変更した。
「予定変更だ。まず、あいつを堕とす」
「・・・はい」
「ちょっと郁美、しっかりしなさいよ」
「そうですよ、郁美さん」
郁美はまだ、ショックから立ち直っていなかった。
仕方がなく、久瀬は郁美抜きでRガンダムを仕留めることにした。だが、久瀬は知らなかった。相手がシアンであるということを。そして、シアンがどれほど恐ろしい相手であるのかを。
Rガンダムとジャギュアーなら性能はほとんど全ての面でこちらが勝っている。そのことを良く知っている久瀬は、最初から積極的に攻撃を加え、次の瞬間には激しい衝撃に打ちのめされていた。久瀬が狙いつけようとしたとしたとたんにRガンダムが照準から消え、次いでガトリングガンから打ち出された高速徹甲弾が機体を襲ったのだ。ジャギュアーの装甲がガンダリウムβでなければ蜂の巣だったろう。
後ろに弾き飛ばされるジャギュアーに変わって、2機のディバイナー改が前に出た。
「よくも久瀬大尉を!」
「5体満足では帰しません」
晴香と葉子が怒りに燃えて襲い掛かってくる。だが、この場合は相手が悪かった。怒っていたのは彼女達だけではなかったのだ。
「サイド6のジムもどきか!」
シアンも怒りに我を忘れていた。そして、この場合、晴香と葉子のほうが遥かに不利だった。確かに2人はシェイドだし、機体もシェイド専用機だ。だが、シアンは最強のシェイドであり、ニュータイプに覚醒すらしている。ついでに言うなら、実戦経験は比べ物にならない。2人は確かに速かったが、シアンから見ればただ速いだけで、その動きを予想するのは簡単だった。何より、ついさっきみさきと戦ったシアンには、2人の動きは大した物には映らなかった。
「そんな腕で俺に挑んできただと? ふざけるんじゃない!」
Rガンダムの蹴りが晴香を襲い、次いでビームサーベルが頭を切り落とした。
「きゃあああああ!!」
晴香の悲鳴が響き渡る。それを聞いてようやく郁美が我に返った。
「晴香! どうかしたの!?」
慌ててモニターを確認すると、晴香のディバイナー改が頭をやられて漂い、葉子のディバイナー改も苦戦していた。久瀬のジャギュアーは全身に弾痕を刻まれ、動きが鈍くなっている。
ようやく事態を悟った郁美は葉子を助けるべく、ビームライフルをRガンダムに向けて放つ。その一撃でシアンは動きを止められ、舌打ちして体勢を整えた。
「もう1機いたのか・・・て、あの機体は、まさか」
シアンは、新たなディバイナー改から感じる気配に覚えがあった。
「まさか、天沢少尉か?」
相手が知人だと知って、シアンは反撃を躊躇した。彼も人間であり、知り合いをためらわず殺すなどという事はできない。やむを得ず、シアンは郁美のディバイナー改に組み付きにかかった。もちろん、ディバイナー改も逃げようとするのだが、全ての制御を外されたRガンダムの機動性はディバイナー改に迫る。まあ、全ての制御を外した、いわば暴走状態でようやく迫るという程度の性能なのかといわれれば、それまでだが。
郁美は必死に回避を繰り返していたが、やがて掴まってしまった。
「くっ、離しなさいよ!」
「少尉! 天沢少尉だな!」
「・・・え?」
郁美は目を丸くした。とたんに抵抗しなくなる。
「そ、その声は、ひょっとしてシアン少佐ですか?」
「ああ、全く、こんな所で再会するとはな」
シアンが苦笑する。それを聞いて郁美も笑い出した。そんな2人に、葉子が近付いてくる。
「郁美さん、いきなり敵と和まないでください」
「あ、葉子さん、ごめんなさい」
「・・・そのガンダムの方が、シアン少佐ですか?」
葉子の質問に郁美が顔を赤くする。それを見て、葉子は2人から距離を取った。
「葉子さん?」
「私は2人の様子を見ています。邪魔者は近づけませんから、ゆっくりどうぞ」
微笑む葉子に、郁美は真っ赤になって喚き散らしたが、葉子は取り合わずに行ってしまった。
2人は近くのサラミスの残骸に機体を固定すると、コクピットを出て直接顔を合わせた。郁美がシアンの胸に飛び込んでいく。シアンは驚いたが、郁美の体を受け止めていた。
「シアン少佐、無事で、無事でよかった・・・」
郁美が涙を目尻にためて言う。それを聞いて、シアンは困り果ててしまった。
「まあ、心配してくれるのは嬉しいんだが、泣く事ないだろう?」
それを聞いて、郁美の体がびくっと震えた。そして、シアンはなにやら恐ろしいほどの殺気を感じ、腕の中の郁美を見た。郁美はシアンの方を見ずに冷たい声で聞いてきた。
「少佐、もしかして、この期に及んでまだ気づかない。何て言うんじゃないでしょうね?」
「・・・何を?」
このときシアンは、自分の死刑執行書にサインしていた。怒りに瞳を金色に染めた郁美がシアンを睨みつける。
「シアン少佐の、馬鹿―!!」
避けることも、防ぐこともできず、シアンは内側から襲い来る衝撃に叩きのめされた。
全てが終わった時、シアンはぼろぼろになっていた。途中から防御していたので致命傷は負っていないが、それでもけっこう大きなダメージを受けている。郁美が疲れきるのを見て、力を体の治癒に振り向ける。そうしないと、帰った時に何を言われるか分かったもんじゃない。
郁美が落ち着くのを待って、シアンは聞いてみた。
「それで、何に気づいてないんだ?」
「・・・はー、何でなんだろーな」
郁美が盛大に溜息をつく。
「もういいです。素直に言いますから」
「ああ、頼む。流石に次は危ないから」
シアンのちょっと本音な台詞にジト目になりながら、郁美は言った。
「私、シアン少佐のことが好きです。ルナツーで会った時から、ずっと」
「・・・はい?」
「だから、私は少佐のことが好きです。もう、これ以上恥かかせないでください」
郁美がそっぽをむく。シアンはしばし放心していたが、やがて郁美を抱き寄せた。郁美は驚いたが、すぐにシアンに身を任せた。
「何て言うか、すまなかったな。今まで気づかなくて」
「本当です。ここまで鈍感なのは、ある意味犯罪ですよ」
「・・・人のことは言えんなあ、俺も」
「は? 何がです」
「いや、こっちのことだから、気にしないでくれ」
2人が抱き合ってるのをモニターで覗き見していた3人は、どこかくすぐったそうに顔を綻ばせていた。
「あの人のおかげで、郁美もようやくちゃんと笑えるようになったわね」
「はい、FARGOを脱走してから、いつも辛そうでしたから」
2人は郁美が負っていた心の傷を知っている。いや、FARGOの出身者は誰もが傷を負っている。葉子は随分昔に母親に殺されかけているし、晴香はレベルが低かったために恥辱の洗礼を受けた。FARGOでは、心の傷の大きさがそのまま力の大きさに比例すると考えられていたのだ。そして、郁美はそこで、初恋の相手を失っているのだ。名も知らぬ相手だったが、彼の犠牲がなければ自分達はFARGOを脱出できなかったのだ。
それ以来、郁美は一見変わっていなかったが、付き合いの長かった葉子や晴香には、郁美の笑顔が、どこか空虚な物に感じられたのだ。
久瀬は2人に近付くと、郁美のディバイナー改を引き剥がした。それを見て郁美が通信をつなぐ。
「久瀬大尉、何をする気ですか?」
だが、久瀬はそれには答えず、シアンに話し掛けた。
「シアン少佐、天沢少尉を頼みます。機体に入っていてください」
「大尉、何をする気なんだ?」
「天沢少尉は、戦闘で撃墜された。そういう事にしておきます」
「・・・大尉」
郁美が驚きのあまり呆然としている。シアンは郁美を抱えてRガンダムのコクピットに入った。それを確認した久瀬は、ディバイナー改をビームライフルで撃って破壊した。爆発が近くにいる4機を照らし出す。
爆発が収まると、久瀬はシアンと郁美に向き直った。
「シアン少佐、天沢少尉を頼みます」
「大尉、いいのか?」
「はい、帰る場所があるのだから、帰れば良いんです」
「・・・君は、いいのか。なんなら、3人も一緒に」
シアンの誘いを、3人は躊躇うことなく断った。
「僕は、父1人を悪者にはできません」
「私もね。それに、まだ目的を果してないし」
「お気持ちは嬉しいです。でも、恩義を仇では返せません」
3人の返事を聞いて、シアンは説得を諦めたが、郁美は辛そうだった。
「大尉、晴香、葉子さん。本当に、いいの?」
「ああ、行くといい」
「もう、昔のことなんて忘れて、自分らしく生きなさいよ」
「郁美さん、お幸せに」
「みんな・・・」
郁美が涙を見せる。言いたい事があるのに言葉にならない、そんな感じだ。郁美が泣いている間に、3人は機体を翻して帰っていった。
ファマスのエース部隊は、カノンのエース部隊と激しい戦いを演じていたが、その勝負はかなりカノン隊のほうが不利だった。北川と佐祐理は未帰還、シアンは郁美たちと出会っているし、香里は戦闘不能、舞はカノンで寝ている。トルビアックもそれに付き添ってるので、カノン隊はエース6人を欠いた状態で戦わねばならないのだ。
これに対して、エターナル隊はMA部隊を率いるようになったクラインに代わって、浩平が部隊を率いている。これは別に問題はない。今回はクラインと瑞佳は機体の損傷が激しく、予備機に乗り換えてフォスターTの掃討に当たっている。2人を欠いた状態ならカノン隊の方が優勢なのだが、今回はアヤウラの配下のエース部隊がいる。幸いに氷上は出てきていないが、それでもガルタン、真希、クルーガー、南森、中崎の5人のエースの存在は脅威だった。そして何より、第2世代シェイドの城島司の駆るヴァルキューレがいる。こいつと茜のイリーズに対抗できるのはあゆしかいない。栞では司の相手は何とかできるかもしれないが、茜の相手にはなれない。
茜と司、もう1つの再会が起ころうとしていた。