第19章 再会、そして
 
 浩平のジャギュアーと祐一のジムカスタムが激しい機動を繰り返しながら漆黒の宇宙を切り裂いていく。カノン隊とエターナル隊。双方の誇るトップエースが火花を散らしている。
「新型だからって、いい気になるな!」
「ジムのくせに、生意気なんだよ!」
 2人は己がプライドをかけて戦っている。互いに相手がオンタリオコロニーで語り合った相手だとは知らない。もし知っていれば、どういう顔をするだろうか。
 その2人と張り合うように、七瀬が美汐と接近戦中心で戦っていたが、七瀬と美汐では七瀬のほうが腕が良く、美汐は大苦戦していた。だが、時折真琴が牽制をしてくれるので何とか事なきをえている。
「く、何て強さですか」
「はん、北川君と一緒にいた青いジムね。あなたじゃ、私には勝てないわよ!」
 七瀬の言うとおり、機体性能、実力、経験で差をつけられている以上、美汐に勝ち目はなかった。
 だからといって、美汐には助けを求めることもできなかった。助けてくれそうな相手はみんな手一杯の状態だ。時折援護してくれる真琴も、キャノン隊を率いて周囲の全員を援護しており、こちらにばかりかまってられそうもない。名雪はスナイパーだが、今回は接近戦をしている。相手はビットを飛ばしてくるMSだ。こちらは1人で2機を相手にしていて、真琴よりも忙しそうだ。あゆと栞は漆黒のMSを引き受けていて、人外な戦いを繰り広げている。
 このおかげで、真希たちは思う存分動くことができた。こいつらのおかげで連邦のMSは次々と減っている。このまま行けば、いずれ戦線は崩壊するだろう。その事をカノンから予想した秋子は静かに立ち上がった。
「マイベックさん、後をお願いします」
「司令、どちらへ??」
「・・・私が出ます」
「し、司令、それは不味いのでは?」
 マイベックが慌てて押しとどめようとするが、秋子の笑顔に止められてしまった。
「私が行くしかありませんよ。マイベックさんは艦隊の保全を第一に考えてください」
「・・・仕方ありませんな。やってみます」
 マイベックは諦めた。秋子はにっこり微笑むと、艦内電話を格納庫に繋ぐ。
「石橋さん、いますか?」
「はい、何ですか艦長?」
「第2格納庫にあるアサルトガンダムは、使えますか?」
「そりゃあ、いつも整備してますが、て、まさか司令が出るんですか!?」
「はい、準備をお願いします」
「・・・分かりました。3分で出せるようにしておきます」
「お願いしますね」
 電話を切ると、秋子は急いで艦橋を出て行った。それを目で追いながら、マイベックが呟く。
「オレンジの恐怖、復活かな」


 真希達が暴れている戦場。そこは連邦MSの墓場と化していた。すでに戦線は崩壊し、健在なあゆたちが突出する結果となっている。おかげで、あゆたちはエターナル隊以外に更に通常のMS部隊も相手にしなくてはならず、いよいよ苦戦していた。
「うぐぅ、もう駄目かも」
 涙目で泣き言を言うあゆ。だが、そんなことを言っても茜は手を休めてはくれない。
「いつまで逃げ回るつもりですか?」
 あゆは良くやっている。茜の攻撃をひたすらかわし続けているのだから。だが、おかげで機体の推進剤が限界に達しようとしている。そのことが、あゆに更なる負担となっている。
「うぐぅー、誰か助けに来てー」
 だが、誰も来てくれない。みんな忙しいのだから当然である。
 この時、連邦MS部隊全体に深刻な問題が起こっていた。連邦の艦船はMSの搭載能力を持たないので、MSが着艦して補給を受ける、ということができないのだ。おかげで、どの機体も弾を数えて戦うようになっている。
 それに気づいたクルーガーは攻勢を強めるように全員に命じた。シュツーカやゲルググ、リックドムが追い詰められたジムコマンドやジム改をなぶり殺しにしようと襲い掛かってくる。だが、そんな彼らに怒りの鉄槌のような一撃が襲い掛かった。横殴りに飛んできたビームが3機のシュツーカを捕らえ、四散させる。それに驚いた周囲の機体が咄嗟に回避運動をとるが、今度は正面から飛んできたビームによって打ち抜かれる。
 側面から撃ってきたのはシアンだ。コクピットに郁美を乗せているからかなり狭い。
「遅くなったな。ヘープナー、無事だといいが」
「ごめんなさい、私のせいで」
「いや、天沢少尉のせいじゃないよ。それより、口を閉じてたほうがいい。舌を噛むからな」
 そう言っておいて、シアンはRガンダムをフルに動かし始めた。その機動性はアヤウラの部下達には到底捕らえられるものではなく、驚いているうちに次々と撃破されていった。そのあまりの強さに、同乗している郁美がぽかんとしている。
『こ、ここまで凄かったなんて。私達、とんでもない人と戦ってたのね・・・』
 今にして自分が戦ってきた相手の実力を知り、今まで殺されなかった幸運をかみ締めるのだった。
 突如乱入してきたRガンダムの攻撃で、クルーガーの率いていたMS隊はいきなり大損害を受けていた。
「化け物か、こいつは!?」
 クルーガーの叫びは他の全員の叫びだった。何しろ、あのガルタンですら追いつけないのだから。
 だが、彼らは忘れていた。正面からもう1機、敵が迫っていることを。
 後退に後退を重ねていたヘープナー達はシアンのRガンダムが突入したことで何とか窮地を脱していた。そして、その強さに呆れていた。
「シアン少佐って、本当に人間なのか?」
 ヘープナーが呟く。その時、急速に接近してくる機影をレーダーが捉えた。敵かと思って緊張したが、それはカノンのほうからやってくる。だが、機体のデータには登録されていない機体らしく、照合できない。
 何が来るのかと思っていたら、オレンジ色のガンダムがもの凄い速さでやってきた。そのガンダムから聞き慣れた声が通信に乗って聞こえてきた。
「ヘープナー少尉、無事ですか?」
「・・・水瀬司令!? なんでMSに司令が・・・」
「後は任せて、あなたたちは後退しなさい。カノンで補給をうけられます」
「いや、でも、たった2機では」
「いいから、任せてください」
 そう言って、秋子はヘープナー達を追い越して、戦場に突入していった。
「さてと、久しぶりの実戦ですね。感が鈍ってなければいいんですが」
 そう呟いた秋子の表情は、艦橋で微笑む親しみやすい艦長ではなく、1人の戦士だった。そして、アサルトガンダムが高速でこちらに向かってくるファマスMSに向けて、全身に装備された火器を叩きつけ始めた。アサルトガンダムは戦後にMS−18Eケンプファーを元に開発された強襲型MSで、敵主力に対する面制圧を目的として開発されている。そのため、全身にグレネードラックやミサイルを装備し、さらに右手にビームキャノンを、左腕にはメガガトリングガンが装備され、背中には右肩に突き出す背負い式の4連マシンキャノンを装備している。シールドを装備しない代わりに重装甲を誇り、大推力で戦場を駆け抜けていく。ただ、このような機体なので戦闘可能時間は短く、弾切れも速いという弱点がある。
 このアサルトガンダムの前に立ちはだかった不幸なMSは、その全てが不幸な最期を遂げていた。近付けばグレネードやメガマシンキャノンに殺られ、距離をおけば4連マシンキャノンとビームキャノン、ミサイルが飛んでくるのだ。そして、白兵戦に持ち込んでも秋子は強く、挑んだ者全てが切り伏せられていた。
 このシアンと秋子、2人の超エースは戦場を死神のように駆け回り、追撃してきたファマスMS部隊は自分を守るために必死に戦っていた。
 そして、ようやく真希やガルタン達がシアンと秋子を捉えた。
「もらったわ!」
「へ、堕ちな!」
 真希とガルタンのブレッタがビームライフルを撃つが、シアンは余裕でそれを避けると、戦場にやってきたアサルトガンダムに近付いていった。
「そのガンダムは、秋子さんですか?」
「ええ、久しぶりに出てきちゃいました」
「・・・マイベック中佐、怒ったんじゃないですか?」
「いいえ、気持ちよく送り出してくれましたよ」
 ニコニコ微笑を浮かべる秋子を見て、シアンはマイベックに心の底から同情した。
 2人がほのぼの会話をしていると、2人を囲むように真希、ガルタン、クルーガー、南森、中崎、司が現れた。それを見て2人は同時に微笑むと背中合わせになった。そして、秋子の顔と声が通信波に乗ってその場にいる全ての機体に届いた。
「私は連邦軍准将、水瀬秋子です」
 一瞬、クルーガー達は何を言われているのか分からなかった。ただ、スクリーンに映し出された美人が突然そう名乗ったのだ。そして、徐々にそれが理解されてくると、誰もが驚愕の叫びを上げた。
「何――――!?」
 そんな中で、祐一達と浩平達は違う反応をしていた。
「秋子さん、なんでMSに乗っているんだ!?」
「まさか、オンタリオにいたお姉さんか!?」 
 誰もが驚愕する中、秋子の話は続いていく。
「これより全軍が撤退するまで、私が殿につきます。全ての連邦軍は急いで後退してください。そして、ファマスの皆さん」
 そこで、秋子は一度言葉を切った。にっこりと微笑む。
「カノンMS隊最強を誇るシアン少佐と、オレンジの恐怖と呼ばれた私を相手に勝てる自信がある方は、いらしてください」
 それは、ファマスの全MS部隊に対する挑戦状だった。だが、同時に誰もが足を止めてしまった。シアンの名はともかく、オレンジの恐怖の名はファマスの将兵を怯ませるに十分な知名度があった。
 それでも、何人かの無謀な挑戦者が襲いかかってきた。もっとも、その誰1人として2人に攻撃を掠らせる事もできなかったが。
 秋子の挑戦を受けて、浩平達は戦うのを止めてしまった。
「おい七瀬、あの人はオンタリオのお姉さんだよな?」
「う、うん、間違いないわ」
「みゅ―、お姉さんなの」
「<困ったの>」
「・・・お知りあいですか?」
 唯一、秋子と直接面識のない茜が聞いてくる。
「ああ、俺達がサイド6のオンタリオコロニーでバカンスを楽しんでた時にな。俺達を自分の借りていたロッジに招いてくれたんだ」
「そうなんですか」
「ああ、いい人だったぜ」
 浩平の話にみんなが頷く。だが、茜は秋子とシアンの機体に鋭い視線を投げかけていた。そして、新たに秋子に襲い掛かった機体を見て軽く驚き、そちらに向かっていった。
「お、おい、どうした茜!?」
「・・・シェイドがいます」
「な、まさか・・・」
「いきます」
 そう言い残して、茜はいってしまった。機動性が違うので、イリーズはあっという間に見えなくなってしまった。それを見送って浩平が唸り声を上げる。
「ぬあああ、茜の奴、先走りやがって」
「折原、どうするの?」
「仕方ない。俺と七瀬で茜を連れ戻す。澪と繭、お前達はエターナルに帰れ」
「みゅ―が行くなら、私もいくの」
「<2人だけじゃ危ないの>」
 繭と澪が抗議してきたが、浩平は許さなかった。
「いいから帰れ。この戦いは、もう終わりだ」
「そうね、2人とも帰ったほうがいいわよ。後は任せておきなさい」
 七瀬にまで言われて、2人はすごすごと引き下がった。
「・・・みゅ〜・・・」
「<分かったの>」
「よしよし、物分りのいい奴は好きだぞ」
「馬鹿言ってないで、行くわよ折原!」
 七瀬は浩平を置いて茜を追い始めた。慌てて浩平がその後を追う。それを見送った繭と澪は残った機体を連れてエターナルに退いていった。
 浩平達がこんな話をしていられたのも、祐一達が戦意を失ったからだ。浩平のジャギュアーから距離を取った祐一に名雪のジムスナイパーUが近付いてくる。
「祐一、どうするの?」
「そうだな、秋子さんもああ言ってるし、逃げるか?」
 祐一はどうしたものかと言いたげに名雪を見返す。だが、名雪も困り果てたように情けない声を返してきた。
「手伝いに行きたいけど、もうエネルギーがないよ〜」
「やっぱりな。他はどうだ?」
「うぐぅ、帰れないかもしれない」
「こっちもです〜」
「あうー、流石に弾切れよー」
「私も、機体がぼろぼろです」
 誰もが戦える状態じゃないらしい。全員の状態を確認して祐一が嘆息する。
「まいったな、北川なら、まだ戦えるんだろうけど・・・」
 いてから、祐一は失言に気づいて慌てて話題を変えた。
「い、いや、とりあえず、補給に帰るぞ。そして、急いで戻ってくるんだ!」
 だが、祐一の言葉には誰も答えなかった。誰もが深く、重い沈黙に包まれている。その空気に絶えられなくなりそうになったとき、名雪がポツリと呟いた。
「・・・北川君、帰ってこなかったね・・・」
「名雪・・・」
「あ、御免ね。私より、祐一の方が辛いはずなのに」
 名雪が祐一を気遣って謝ってきた。名雪の言うとおり、祐一はかなりのショックを受けていたが、シアンもトルビアックも北川も佐祐理もいない以上、祐一がカノンMS隊の指揮をとらなくてはならない。だから、祐一の答えは精一杯の空元気に満ちていた。
「大丈夫だって。2人ともきっと生きてるさ」
「・・・祐一」
「さあ、くよくよしてないで帰るぞ」
 祐一は宣言すると、みんなを促そうとするかのようにカノンに向かっていった。他の者も最初躊躇い、次いで1人、また1人と続いていく。そして、最後に栞のRガンダムがフォスターTを見やり、何かを振り切るように大きく機体を翻した。
 それらを後部モニターで確認した祐一は、通信機の送信スイッチをOFFにいて、腹の底からの罵声をたたき出した。

「北川の馬鹿野郎!! 俺に全部押し付けて、1人で逝きやがって!!」

 そして、コンソールに右拳をあらん限りの力で叩きつけた。
「香里はどうするんだ!! 栞は!! ええ、北川ああああああ!!!」
 祐一の罵声は、途中から嗚咽を含んだ物となっていった。そして、祐一の慟哭はカノンに着艦体制に入るまで続いた。


 シアンと秋子を前にして、誰もが攻撃を躊躇していた。最初は挑む者もいたのだが、その全員が全く相手にならなかったのを見せ付けられて、誰もがびびってしまったのだ。
 そんな中で、クルーガーとガルタンの2人がモニター越しに顔を突きつけていた。
「なあ、どうするんだ。隊長さん」
「このままだと、誰も2人には手をだせんだろうな」
 クルーガーがしかめっ面になる。部下の不甲斐なさを嘆いているのだ。だが、自分でも勝てるかどうかわからない。目の前の2機のガンダムはそれほど強かった。ファマスの最新鋭MSジャギュアーが頼りなくすら思える。それでも自分は隊長なのだ。部下が前に出れないなら、自分が先頭にたつしかない。
 やむなく、クルーガーは信頼しているかどうかはともかく、腕のいい奴らに声をかけた。
「真希、南森、中崎、お前達でRガンダムを押さえ込め。俺とガルタンでオレンジの悪夢を倒す」
「ちょ、ちょっと待ってよ。3人であの化け物を押さえ込めって言うの!?」
「大尉、それはちょっと難しいですよ」
「自殺は御免だな」
 3人が口々に文句を言ってくるが、クルーガーは取り合わない。
「文句は後で聞いてやる。さっさと行け!」
 クルーガーの命令を受けて、3人はしぶしぶシアンのRガンダムに挑みかかった。だが、3機以外にも動いた機体があった。司のヴァルキューレだ。
 シアンは襲い掛かってきた4機を冷静に観察し、そして眉を潜めた。うち3機はエースと呼ぶにはやや非力、といった程度の腕だ。3機いると厄介だが、恐れる相手でもない。だが、最後の1機にシアンの注意は集中した。漆黒のカラーリングを持ち、ビームグレイブを構えて向かってくる機体に。
「この加速力と色。そして雰囲気。まさか、新手のシェイドか!」
 シアンは先手を取るべく、ビームライフルを連射した。ヴァルキューレを狙ったのだが、全て回避されてしまう。それを見て、シアンはこれがシェイドだということを確信した。
 シアンの確信を、郁美が証明してくれた。
「あれは、ヴァルキューレ!」
「知ってるのか、天沢少尉?」
「はい、あれは、シェイド用の量産型MSヴァルキューレです」
「量産機、あれが?」
「間違ありません。私の乗ってたディバイナーは、ヴァルキューレを連邦軍の技術で改装した機体ですから」
 郁美の説明を受けて、シアンは渋い顔をした。
「参ったな、シェイド用のMSが相手となると、手加減できないから、また機体の駆動系が焼きついちまう。敵の数が多いんだから、ここで戦闘不能は不味いんだがな」
 シアンの悩みをよそに、真希達は攻撃を開始した。3人の乗るブレッタが次々とマシンガンを撃ってくる。これは威力は低いが、速射性が高く、命中率はきわめて高い。相手がシアンでなければ特に問題はなかっただろうが、今回は相手が悪すぎた。もっとも、シアンの方もそれほどの余裕を持って回避したわけではない。3人も凄腕であり、その射撃はたいしたものなのだ。何より、シアンは常にヴァルキューレに注意を払っているので、3人に構っていられないという事情がある。
 そして、司のヴァルキューレが斬りかかって来た。シアンはそれをビームサーベルで受けたが、すぐに不利を悟って距離をとった。
「何だあれは、強すぎるぞ!」
「気をつけて、あのビームグレイブは、半端な出力じゃないです!」
「そういうことは先に言ってくれ!」
 ビームグレイブを巧みに受け流しながら、シアンは郁美に喚いた。そこに、ヴァルキューレからの接触通信が飛び込んできた。
「お前が、シアン・ビューフォートか」
「・・・誰だ、君は?」
「おれは城島司。お前を殺すように命じられてきた」
「俺を、殺すため?・・・そうか、貴様はアヤウラの部下か!」
「わかってるなら話が早い。さあ、死んでもらおうか」
 ヴァルキューレが右腕で大きくビームグレイブを振りかぶり、そして大振りに叩きつけてくる。シアンは咄嗟にそれを避けたが、それは牽制だった。気付いた時には、ヴァルキューレの頭部の両脇にあるマシンキャノンが火を吹いていた。流石に回避することができず、機体に大きなダメージを負ってしまった。
「不味い、殺られる!」
「終わりだな」
「仕方ない!」
 シアンが叫ぶのと同時に、司がビームグレイブを振り下ろした。だが、それはRガンダムに届く前に、黒いもやのような物に阻まれていた。
「な、何だ、これは!」
 司が事態の変化に驚き、慌ててRガンダムから距離を取る。そして、そのもやが欠きえた。Rガンダムの中でシアンが辛そうに激しく呼吸を繰り返し、郁美が心配そうに声をかけてくる。
「少佐、大丈夫ですか!?」
「・・・ああ・・・疲れた・・・だけだ」
 シアンは郁美を安心させようと答えたが、その返事は今にも死にそうなほどに掠れたものだった。
「でも、今のは一体?」
「・・・あれは・・・俺の力だ」
「・・・力?」
「そうだ・・・シェイドの持つ・・・力だ」
「でも、私はあんな事出来ませんよ?」
「・・・そう・・・なのか?」
「はい」
 郁美の返事を聞いて、シアンはどういうことかと考えようとして、すぐに放棄した。疲れが酷くて、そんなことを考える気にならない。ただ、呼吸を整えようと荒い息を繰り返す。
 司は距離をとったままシアンを睨んでいたが、先程の現象を警戒して、手を出せないでいた。そんな2機を真希、南森、中崎が遠巻きにしていた。3人とも、目の前の化け物同士のような戦いにやる気を殺がれていた。


 一方、クルーガーとガルタンは秋子に攻撃をしていたのだが、こちらはいい勝負をしていた。クルーガーのジャギュアーとガルタンのブレッタが巧みに連携して秋子のアサルトガンダムを追い詰めようとし、そしてその都度振り切られていた。
 背負い式の4連マシンキャノンでガルタンのブレッタを牽制しながら、秋子は少し困っていた。
「困りましたね、この人達、かなりの腕です」
 その表情からはぜんぜん困っているようには見えないが、実はかなり困っているのだ。
 そして、クルーガーとガルタンも焦っていた。特に、ガルタンの方は怒りに飲み込まれかけている。
「ちっくしょおー、何だこいつは!」
「落ち着けガルタン、熱くなれば奴の思う壺だぞ!」
「うるせえ、2人がかりで負けたなんて事になってみろ。一生の恥だぞ!」
 そう怒鳴って、ガルタンはビームライフルを立て続けに撃ちまくる。だが、冷静さを欠いたその攻撃は、秋子にとって容易に避けられる物だった。そして、反対に秋子のマシンキャノンは的確にブレッタを捉え、機体を削り落としていく。ジャギュアーと異なり、ブレッタの装甲はチタン・セラミック複合材なので、耐弾性に劣る。ブレッタは大きな損害を受け、動きが著しく鈍った。
 仕方なく、クルーガーが前に出る。
「下がれガルタン、その状態では無理だ!」
「ふざけるな、俺は、まだやれる!」
「エースの誇りがあるなら、引き際くらいわきまえろ!」
 クルーガーの叱責を受けて、ガルタンは、仕方なく引き下がった。負けを認めるというのは耐えがたいが、引き際すら見極められないとまで言われては、従うしかなかったのだ。それだけが、彼の矜持を守る道だった。
 ガルタンが退いたことで、クルーガーは秋子と1対1で対峙することになった。流石のクルーガーも緊張のあまり息苦しさを覚え、何度もノーマルスーツの上から首のあたりをいじる。ただ向かい合っているだけで、とんでもない威圧感があるのだ。
 先に動いたのは秋子だった。アサルトガンダムの強力な武装を生かしてたて続けに撃ってくる。クルーガーは必死にそれを回避しつづけたが、今まで牽制してくれていたガルタンがいなくなったことで、その攻撃の密度は著しく上がっていた。回避しきれずに何発かの直撃弾を受けてしまう。
「くそっ、化け物が!」
 クルーガーが秋子を罵るが、それで事体が変わるわけではない。徐々に被弾数が増え、それに比例してクルーガーの動きは鈍っていった。
「そろそろ、終わりですね」
 秋子はもはや、クルーガーが限界に来ていることを悟っていた。このまま押し切ろうと攻勢を強めようとして、不意にロックオンのアラームが響き渡った。
「あら、新手ですね」
 相変わらず微笑を浮かべて、秋子は急激に機体を後退させた。その直後、今までいた空間を立て続けにビームが貫いていく。そして、ビームトマホークを構えた機体がアサルトガンダムに襲い掛かった。何とかビームサーベルで受け止めた秋子だったが、すぐに退いた。
「・・・このMS、パイロット、強いですね」
 秋子から微笑みが消える。空になったグレネードラックや、メガマシンキャノンをパージした。そして、ビームサーベルの出力を上げる。それを見て、七瀬も凄みのある笑みを浮かべた。
「さっすがオレンジの恐怖、思い切りがいいわ」
 そして、自分もビームグレイブを構えなおした。
「いざ、勝負!」
 タイラントがビームトマホークで連撃を叩き込んでくる。秋子はそれを真っ向から受けてたった。ビームの干渉波が周囲にプラズマを撒き散らし、メガ粒子の余波が互いの機体を焼いていく。その凄まじい戦いぶりにクルーガーもダルカンも肝を冷やした。
 一旦2人は距離をとり、互いに体制を整えた。
「私とここまでやれるなんて、いい腕です」
「あの人、こんなに強かったのね。私とここまでやりあえた人は、初めてだわ」
 秋子に感心させた七瀬を誉めるべきか、七瀬と互角に斬り合える秋子が凄いのか。難しいところだ。七瀬は近接戦闘なら浩平やクラインすら圧倒するほどの腕を持っている。サイド5では舞と互角に戦ったほどだ。そういう意味では、秋子が互角に戦っているのを誉めるべきなのかもしれない。
 2人が互いの技量に感心し、また斬りあおうとしたところで、邪魔が入った。クルーガーが部下を連れて回り込んでいたのだ。予想外の攻撃を受けた秋子は慌てて回避しようとしたが、クルーガーのビームライフルの直撃を受け、右腕を半ばから失ってしまった。
「くっ!」
「もらった!」
 クルーガーが勝利を確信して第2撃を撃とうとして、横合いからタイラントの投げたビームライフルをまともに受け、頭部のモノアイが割れてしまった。
「な、何をする!」
 クルーガーが怒りの声をあげるが、七瀬はそれ以上の怒声を叩きつけてきた。
「やかましい、人の勝負に水をさすんじゃないわよ!!」
「き、貴様、上官に向かって・・・」
 クルーガーが反論しようとしたが、七瀬の迫力に飲まれ、たちまち萎んでしまった。七瀬はまだ怒っていたが、クルーガーから視線を外すと、秋子に話し掛けた。
「お久しぶり、ですか」
「・・・あら、オンタリオで一緒になった人ですね」
「ええ、七瀬留美といいます」
「あらあら、ご丁寧にありがとう。私は水瀬秋子です」
 ニコニコと返してくる秋子。それを見て、七瀬は怒気が薄れていくのを感じた。
「はー、何か、もうどうでも良くなってきたわ」
「あら、そうですか」
「ええ、追う気は無いから、行ってください」
「そうですか、御免なさいね」
「いいですよ。それより、今度あったら、決着を着けさせて貰いますよ」
「まあ、努力はしますよ」
 秋子は機体を翻すと、後退した艦隊の方に向かって行った。それを見送った七瀬に、クルーガーとガルタンが詰め寄ってくる。
「貴様、敵を逃がすなどということをして、ただで済むと思っているのか!」
「てめえ、獲物を横取りしやがって」
 2人の怒りの視線を向けられても、七瀬は全く怯まなかった。
「うるさいわね。2機がかりで負けてたくせに、あたしが戦ってる時に横から手を出しておいて、恥ずかしくないわけ?」
 七瀬の怒りの視線に、2人は射すくめられてしまった。彼らは知らなかったが、怒った時の七瀬は浩平やクラインですら迷わず逃げ出すほどの迫力があるのだ。闘将の二つ名は伊達ではない。もっとも、本人の前でこの2つ名を言えば、目を覆わんばかりの惨劇が待っているのだが。
「前から言おうと思ってたけど、アヤウラ大佐の部隊はやり方が汚すぎるのよね。あんた達はそれでいいかもしれないけど、私たちまであんた達の同類と思われるのは我慢ならないわ!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・ふんっ!」
 2人が何も言い返さないのを見て、七瀬はつまらなそうにその場を離れていった。だが、この時の七瀬とクルーガーの対立が、尾を引くことになる。


シアンと4人の戦いは膠着状態に陥っていた。シアンが逃げに専念するようになったおかげで、4人の攻撃は掠りもしなくなってしまったのだ。さすがの司も、実力差がある相手に逃げに徹した戦い方をされるとどうしようもないらしい。だが、一番かわいそうなのは、Rガンダムに同乗している郁美だった。シアンの反応速度で動いているので、コクピットはさながらシェイカーのように激しくゆれている。おかげで、郁美は全身をコクピットの突起物に打ち付けていた。
「少尉、体は大丈夫か!」
 シアンが心配して聞いてくるが、郁美に答えるだけの余裕は無かった。舌を噛まないように歯を食いしばって、必死にシートにしがみついている。おかげでシアンの邪魔になっているのだが、それを気にする余裕は無いようだ。
 しばらくそんな事を続けていると、シアンは近づいてくる新たな気配に気づいた。
「この感じ、まさか、茜か!?」
 シアンは茜の接近を感じ取って恐怖した。今でさえ逃げ回るのがやっとなのだ。もしここで茜が攻撃してきたら、確実に負ける。それが分かるだけに、シアンは必死にここから逃げ出す手段を考えだした。
 結局のところ、シアンの努力は意味が無かった。茜には、シアンを攻撃する気など無かったのだ。茜は司のヴァルキューレを見つけると、わき目も振らずにそれに向かっていった。
「そこのシェイドMS、回線をつないでください!」
 茜の通信は司のヴァルキューレに届いた。茜の声を聞いて司が動揺する。
「・・・茜、か?」
 司の声を聞いて、茜は呆然となった。まるで、幽霊の声を聞いたように。
「・・・その・・・声、司、ですか?」
「・・・やはり、茜か」
「・・・司、貴方、生きて・・・」
 感激のあまり涙を流す茜。だが、司の声は冷たかった。
「茜、よくも俺の前に顔を出せたな」
「・・・え・・・」
 茜は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「あの時、俺を裏切っておいて、どういう神経をしているんだか!」
「つ、司、何を言ってるんですか!?」
「うるさい! 2度と俺の前に姿を見せてみろ。殺してやるからな!」
 そう怒鳴りつけて、司は機体を翻してエアーに帰って行った。その後姿を呆然と見送る茜。
 2人のやり取りを聞いて、中崎が話し掛けてきた。実は、浩平と中崎、南森は兵学校の同期生なのだ。
「おい、折原。一体、何があったんだ?」
「俺に聞くなよ。でも、茜のあの態度、どうもいろいろありそうだな」
 そこまで言って、浩平はシアンのことを思い出した。
「そういえば、あのガンダムはどうした?」
「「あ!」」
 慌てて3人が振り返ると、そこにはRガンダムの姿は無かった。
「「「し、しまった。逃げられた〜!」」」
 皆で状況を忘れるからである。


 連邦軍がMS隊の回収を終えた頃には、チリアクス艦隊とアヤウラ艦隊が迫っていた。カノンに戻った秋子は全速で後退を命じると共に、1隻だけ残っていたサラミスD型(対潜型のこと)に機雷の散布を命じた。サラミスDの船体後部に設けられた機雷散布用のゲートから大量の機雷が出てきてファマス艦隊の前に立ちはだかる。これに対し、アヤウラとチリアクスは砲撃による排除を命じた。掃海艇による除去は確実だが、時間がかかる。それよりも、艦艇の砲で吹飛ばしてしまおうと考えたのだ。おかげでファマス艦隊の足が止まり、秋子たちはどうにか距離をとる事ができた。
 ようやく一息ついた秋子はマイベックに視線をむけた。
「各艦の状況はどうですか?」
「良くはありませんな。殿に残った艦のうち、2隻が失われ、他の艦も大なり小なり損傷しています。本艦も大きな損害はありませんが、兵装の損傷は多く、戦闘力は半分程度です。また、逃がした艦隊のほうもかなり酷いらしく、航行不能になって放棄した艦が何隻もあります。また、工作艦に曳航されて戦場を離脱した戦艦ネバダが、融合炉の異状によって爆発しています。この際、曳航していた工作艦も巻き添えになりました」
「ネバダがですか」
「はい、さらに、艦載機も全体の7割以上が未帰還となりました。本艦に限ってみても、北川隊、倉田隊の全滅を含めて、半数近くが帰ってきません」
 マイベックの表情が苦渋に満ちたものになる。これではまるで、ルウム戦役の再現ではないか。と思っているのだ。秋子も同じことを思っているのか、沈痛な表情で俯く。だが、戦況はそんな2人をほっておいてはくれなかった。
 オペレーターの悲鳴が艦橋に響き渡る。
「敵艦隊、機雷源を突破しました!!」
「!!」
 秋子とマイベックがスクリーンを見上げると、機雷源に道を切り開いたファマス艦隊がこちらに向かってきていた。
「どうやら、ここまでのようですね」
 秋子がどこか諦めた口調で言う。それを聞いて、艦橋にいる全員が秋子を見た。
「・・・司令、それは」
 マイベックが何か言おうとして、そのまま尻すぼみになってしまった。この状況で何を言おうとも、気休めにもならないことを理解しているのだ。だが、秋子はマイベックをやさしく見返した。
「マイベックさん、戦闘に必要ない乗組員を、急いで退艦させてください」
「・・・司令、どうななるつもりですか?」
「この艦を使って、少しでも時間を稼ぎます。後の指揮は、クライフ准将に任せます」
 秋子の説明を受けて、マイベックは覚悟を決めた。
「・・・志願者を募ります」
「お願いします」
 マイベックが艦内通信機に歩みより、よく響く声で全乗組員に話し始めた。
「全員、落ち着いて聞いてくれ。これより本艦は、敵艦隊から友軍を逃がすため、殿を務めなくてはならん。ただ、全員は必要ではない。よって、残りたい者は名乗り出てくれ。退艦を望むものは格納庫にいけば、ランチが準備してあるから、それに乗ってくれ。なお、パイロット、ならびに整備兵は全員退艦するように。機体が使えるものは、それに乗っていっていくこと。以上だ」
 それだけ言って、マイベックは通信を切り、秋子を見た。
「こんなもので、よろしいですかな?」
「ええ、上出来でしたよ」
 マイベックを誉めながら、秋子は格納庫に艦内電話をつないだ。
「石橋さん、さっきの放送は聞きましたね」
「・・・はい」
「では、あるだけのランチの準備をお願いします」
「・・・司令は、どうなさるおつもりですか?」
 何かを押し殺すような声で聞いてくる。
「もちろん、残ります。私は艦長でもありますから」
 それを承知の上で明るく答える秋子。2人の間に短い沈黙が流れた。そして、石橋の事務的な声が聞こえてきた。
「分かりました。直ちに準備をします」
「すいません。面倒を押し付けるみたいで」
「いえ、構いません。それでは」
 石橋は受話器を戻し、呆然と立ちすくむ部下やパイロットたちに向き直った。
「退艦準備だ。急いでランチの準備をしろ!」
「は、はい!」
 命令されて整備兵たちが慌てて格納してあるランチを引っ張り出しに行く。パイロットたちは自分の機体に乗り込んでいった。もっとも、その多くは被弾しており、補給も完了してなかったが。
 部下たちが忙しく動き回るのを見て、自分も何かしようと歩き出した石橋は、もう一度格納庫を見回した。自分が働いてきた場所を、その目に焼き付けようとして。


 ランチが発進準備を終えた頃には、ファマス艦隊はすぐそこまで迫っていた。秋子は残った人員で艦を反転させ、迎撃体制をとった。そして、自分以外誰もいなくなった艦橋を見渡す。
「・・・結構、広かったんですね。ここも」
 一人感慨にふけっていると、後部の着艦デッキを映し出していたスクリーンに、ランチが出て行くのが映し出された。秋子は立ち上がると、それに向かって敬礼を送る。おそらく、ランチの乗員も皆、こちらに敬礼を返していることだろう。
 敬礼を解くと、秋子は気になっていたことを確認するため、祐一に通信をつないだ。しばらく待って、祐一が出る。
「・・・秋子さん」
「祐一さん、名雪は、カノンを離れたでしょうか?」
「ええ、言われたとおり、眠らせてランチに放り込みましたよ。でも、これでよかったんですか?」
「仕方ありません。全員戦死よりはましですから・・・それに、子供を守るのは、親の義務です」
「・・・それは・・・」
「祐一さん、一番辛い仕事を任せて、御免なさいね。でも、あの子には祐一さんから謝っておいてください」
 そういって、通信が切れる。祐一は慌てて呼び出そうとし、通信機にかけた指を止めた。そして、ゆっくりとその指を離す。
「・・・もう、何を言えってんだ」
 それは、自分への八つ当たりだった。そのまま祐一はランチを護衛して味方の艦隊を追いかけていく。祐一だけが辛いわけではない。誰もが辛いのだ。その為、彼らとはまったく別の方向から近づいてくる無数の光点に気づいた者はいなかった。


秋子は通信を切った。これ以上話せば、余計に辛くなる。そう自分を納得させると、艦長席に腰を下ろして命令を下した。
「全砲門を開け。これより、砲撃戦に入ります!」
 秋子の命令を受けてカノンに装備されているプロメテウスを除く全ての砲が動き出す。すでに、艦内の隔壁は締め切ってある。被害に対処する人員を残す必要は無い。だが、いくら仕事が減ったとはいえ、全ての指示を秋子1人で行わなくてはならないため、どうしても運用に支障をきたしていた。
 オペレーターの仕事の重要性を改めて認識しなおしていた秋子の耳に、ドアが開閉する乾いた音が聞こえてきた。驚いて振り向くと、ランチで脱出したはずのオペレーターたちが艦橋に入ってきていた。
「貴方たち、どうしてこんなところにいるの!?」
 秋子の叱責交じりの質問を浴びせ掛けられて、誰もが顔を見合わせ、苦笑いしながら答えた。
「皆で残るって決めたんです」
「志願者は残っていいんでしょう?」
「ここは、俺たちの仕事場ですよ」
 皆が口々に言う。そして、その背後から秋子が最も信頼する人物が顔を出した。
「ま、そういうことです。司令」
「・・・マイベックさん、貴方まで」
 呆然と呟く秋子。そんな秋子に、マイベックははにかんだ笑顔を見せた。
「水臭いですよ、司令。私たちは1年戦争からずっとコンビで来たんですよ。それなのに、今になって司令をおいて逃げろだなんて」
「・・・・・・」
「それに、私は水瀬少将という、望んでも得られる物ではない稀代の名将の部下をやってきたんです。おかげで、今更他の提督の下についても、やっていく気にはなれませんよ」
 いけしゃあしゃあと言うマイベックに、帰ってきてくれたオペレーターたちに、秋子は思わず頭を下げてしまった。
「皆さん、ありがとう」
 そんな秋子にその場の全員がおだやかな視線を向け、そして自分のシートに戻っていった。マイベックも秋子の傍らに歩み寄る。
「さあ司令、ファマスの奴らに、カノンがどれほど恐ろしい艦であるか、思い知らせてやりましょう!」
「ええ、やりましょうか!」
 マイベックらしくない果敢な進言に秋子も乗った。そして、2人の勢いはオペレーターを通じて艦内に蔓延していった。半ば狂騒とも言えるような熱気に包まれた砲主たちは今までの鬱憤を晴らすかのように砲を撃ちまくる。もう後を気にしなくてもいいので、最初から全力射撃を続けていた。
 この砲撃を受けてファマス艦隊はその足を止めてしまった。連邦艦隊の方向から猛烈な砲撃が加えられ、先行していたムサイがたちまち3発の直撃を受けて撃沈してしまう。その威力に艦隊は慌てて散開した。
 突然の砲撃に驚いたアヤウラは、すぐにその正体を悟った。
「この威力の砲撃、間違いない、カノンだ」
 忌々しげなアヤウラの呟きを聞いて、オペレーターたちは自分にとばっちりがこないように心の中で祈った。
 アヤウラの怒りはともかく、後先を考えないカノンの砲撃は凄まじかった。ビームもミサイルも使い果たすつもりらしく、まるで数個戦隊が砲撃しているかのような威力がある。しかもその一撃一撃が強力で、ムサイやサラミスなどが喰らえばひとたまりも無い。
 カノンの砲撃に業を煮やしたアヤウラは、艦隊を大きく散開させ、鶴翼の陣形をとろうと試みた。だがそれも秋子の予想の範囲内だった。アヤウラ艦隊の動きを看破した秋子は、鶴翼の左側に回りながら、そちらに来る艦に砲火を集中した。狙われたチベは立て続けに直撃を受け、そのまま爆発していった。カノンは最後の時になって初めてその卓越した機動性を発揮している、なんとも皮肉な話だった。
 だがこの戦果も、結局のところ大勢を覆すにはいたらず、1隻対30隻以上という現実の前に、カノンの被害はうなぎのぼりに増え、それに反比例して反撃力は低下していった。秋子の元に次々と被害報告が届く。すでに稼動している砲は1/3も残ってはいない。だが、この状況でも、秋子の表情は穏やかだった。まるで一仕事終えたかのような満足感が漂っている。
「マイベックさん、これだけやれば、クライフさんたちは逃げ切れますよね?」
「ええ、きっと、逃げ切れますよ」
 マイベクも満足げに頷く。そして、艦橋にいるオペレーターたちもまた、頷きあっていた。この時、すでにカノンの長距離レーダーは失われており、接近する艦隊には気づいていなかった。
 エアーの艦橋で次々と被弾していくカノンを眺めていたアヤウラは、この上ないほど上機嫌だった。
「これであの忌々しい艦ともおさらばだな。水瀬秋子も始末できるし、今日は人生の記念日だな」
 どこまでも上機嫌なアヤウラだった。だが、そんなアヤウラの機嫌をたちまち損ねる報告が飛び込んできた。
「か、艦長!」
「うん、どうかしたかね?」
 普段から考えると、気持ち悪いほど穏やかな声で聞き返す。だが、その答えは驚くべきものだった。
「2時の方向から新たな艦隊が急速に接近してきます。総数約40隻!」
「・・・・・・」
 さすがのアヤウラも、一瞬思考が停止した。オペレータの報告を理解するのに1分近い時間を必要とし、理解できたときには、新たな連邦艦隊はすぐそこまで迫っていた。


 新たな連邦艦隊の旗艦、マゼラン改級戦艦ルイジアナの艦橋で、エニー・レイナルド准将がよく響く声で命令を発した。
「全艦、全速。敵艦隊との間に割り込み、カノンを庇いつつ戦場を離脱する。急げ!」
 エニーの命令に従い、戦艦8隻、巡洋艦32隻が高速で戦場に突入してくる。この新たな艦隊の出現にチリアクスは戦闘を断念した。
「いかん、全艦反転、急速離脱!」
 チリアクスの命令を受けて追撃していたファマス艦隊が一斉に艦を反転させて逃げにかかる。
 アヤウラも逃げねばならないと頭では理解しているのだが、こみ上げてくる激情を押させきれず、艦長席の脇にあるコンソールにこぶしを叩きつけて怒鳴った。
「くそう、俺たちも反転だ。これ以上やってられるか!!」
 アヤウラの怒り狂ったような声に部下たちは慌てて全艦に指示を伝える。そんな部下たちを気にもとめずに、アヤウラはさらに怒鳴りつづけた。
「なぜだ!? なぜ後一歩というところでカノンも、水瀬秋子も片付けられんのだ!?」
 背後で多数の連邦艦隊に護衛されて逃げていくカノンの後姿を見て、アヤウラはしばらくの間怒りつづけた。


 窮地を脱した秋子たちはエニーからの通信を受けていた。
「エニー、まさか貴女が来てくれるなんて・・・」
「ふん、別に貴女を助けにきたわけじゃないわ。こっとにとっては予定の行動だっただけよ」
 信じられないと言った感じで言う秋子に、エニーは冷たく答えた。
「しかし、また派手にやられたわね。生還率20パーセント以下かしら?」
「・・・ええ、ワイアット長官も戦死したわ」
「そう、まあ、起きちゃたことは仕方ないわよね。後のことは私がやっておくから、あんたはとっとと寝なさい。お嬢様には、あの激戦は辛かったんじゃない?」
 どこか小ばかにした口調で言い放つ。それを聞いてマイベック以下、艦橋にいたものが殺気立つが、秋子が眼で制した。そして、エニーに笑顔を向ける。
「ええ、そうさせてもらうわ」
「・・・」
 エニーは、一瞬何かを言おうとして口をつむぎ、次いで秋子から視線を外した。
「まあ、野戦指揮官上がりにしては、立派な艦隊指揮官ぶりだったわ。あそこで殿につくなんて、なかなかできるもんじゃない」
「・・・エニー?」
「べ、別に誉めてるんじゃないわよ。あれくらい、指揮官としては当然だもの」
 慌てて取り繕うエニーの仕草に、秋子は思わず吹き出してしまった。それを見て憮然とするエニー。
「ま、まあいいわ。それじゃ、ゆっくり休みなさいね、秋子」
「ええ、ありがとう」
 エニーと秋子は敬礼しあって通信を切った。そして、嬉しそうにマイベックを振り返ると、マイベックは信じられないと言いたそうに頭を振っていた。
「まさか、あのエニー大佐、いや、准将が司令を誉めるとは思いませんでしたな」
「ええ、彼女も、ようやく私を認めてくれたみたいですね」
 嬉しそうに微笑む秋子。
「それでは、私は少し休ませてもらいます。後のことは頼みます」
「はい、任せてください」
 マイベックが請け負い、秋子は自室に引き下がった。
 こうして、後に第1次フォスターT会戦と呼ばれる戦いは終結した。この戦いで連邦軍が受けた損害は甚大なものだったが、結果としてこの戦いがもたらした影響は、連邦とファマスにとって、そしてアヤウラにとってまったく予想しない状況を生み出してしまう。後世の歴史家たちは皆が口をそろえて断言する。この戦いこそが、一つの時代の始まりだったのだと。


人物紹介

中崎勉 18歳 男性 中尉
 アヤウラの指揮する先遣艦隊に配属されたパイロットで、比較的凄腕の古参兵。のはずなのだが、カノン隊やエターナル隊にはこのくらいのパイロットは何人もいるのでいまいち強いという感じがしない。実力的には天野と同じくらいか。ただ、射撃の腕前は一流。

南森大介 18歳 男性 中尉
 中崎と同期のパイロットで、似たり寄ったりの実力を持つ。やはり中崎同様目だった活躍が無く、どうにも三流というイメージを払拭できない不幸なキャラ。

 

機体解説

アサルトガンダム
兵装 ビームキャノン
   メガガトリングガン
   4連マシンキャノン
   6連グレネードラック×2
   多連装近距離用ミサイルランチャー×2
   3連グレネードポッド×2
   垂直ミサイルセル×4
   ビームサーベル×2
   頭部60mmバルカン×2

<説明>
 秋子が戦後になって開発された機体を譲り受けたもの。全身武器の塊で圧倒的な制圧能力を持っているが、武器の大半が実弾兵装のために継戦能力に欠け、それなりのパイロットが乗らないとその威力を発揮できない。
 なお、この機体は石橋の手で秋子用のスペシャルチューニングを施されている。


後書き
ジム改 はっはっはっ、北川と佐祐理さんがいなくなってしまった。
あゆ  うぐぅ、どうするんだよ、これじゃ読者様に申し訳が立たないよ。
ジム改 まあ確かに、北川はともかく佐祐理さんは不味いかもしれん
あゆ  でも本当に死んじゃったのかなあ?
ジム改 さあ、今の段階じゃ分からないねえ
あゆ  それで、これからどうなるの?僕たち負けちゃったよ?
ジム改 うむ、ここからファマスの反撃が始まるのだ。アヤウラさん大喜び
あゆ  ・・・ぼく、あの人嫌い
ジム改 そりゃまあ、好きと言われたら逆に困るんだが・・・