第21章 変革

 宇宙世紀0081年12月2日に行われたフォスターTを巡る戦いで、連邦軍は参加した戦艦28隻、巡洋艦104隻、強襲揚陸艦3隻、戦闘空母1隻、空母13隻、小型戦闘艦艇117隻、その他支援艦艇各種128隻のうち、戦艦22隻、巡洋艦81隻、強襲揚陸艦2隻、小型戦闘艦艇63隻、支援艦艇38隻を失っている。巡洋艦以上の艦の生還率は30パーセント以下という惨状で、しかも生存艦の1/3は直接戦闘に参加していなかった空母が占めている。提督級で生き残ったのは秋子とクライフの2人だけで、ワイアット大将を含めて、参加した将官の大半が戦死している。将兵の生還率は20パーセントを下回るという絶望的な数字に達している。
 当然ながら、MSや戦闘機の損失も大きく、生き残ったのは全体の4割程度でしかない。しかも、その多くが空母に帰艦していたおかげで核攻撃を免れた戦闘機が占めており、MSは9割近い損失を出している。そのうちの半数以上が艦隊と共に核に呑まれ、消えていったものだ。
 この戦いで連邦軍はファマス決起後に宇宙艦隊の保有していた巡洋艦以上の艦艇の実に1/3を失い、熟練パイロットの大半を喪失してしまった。この大損害は1年戦争以降、連邦軍に根を張りつづけていた統合作戦本部長ゴップ大将を中心とする連邦軍主流派にとって致命的なものとなり、彼らは責任をとる形で軍を去ることになった。すでに1年戦争における大損害と、久瀬中将の反乱事件おかげで、軍首脳部の責任追及の声は抑えようも無いほど大きくなっており、そして起死回生を賭けたこの討伐作戦の悲惨な結末を持って、彼らの命運は絶たれてしまったのだ。
 この主流派の辞任事件によって、連邦軍は事実上トップを失うこととなった。なんと言っても、将官級の半数以上が軍を去るか、左遷されてしまったのだから。特に大将級は2人しか残らなかった。
 この影響は各地に波紋し、主流派に属していた佐官や尉官までもが左遷されたり、あるいは更迭されていった。これにより、連邦軍はしばらく身動きが取れなくなり、軍組織の再編成が完了するまでの間はファマスの討伐軍を編成するなど不可能な状況となる。
 このことを秋子たちが知ったのは、12月13日に何とかルナツーに帰還してからのことだった。当然ながら、そのことを聞かされたときはさすがの秋子も驚愕していた。秋子のこのことを説明したのはジャブローにいるジョン・コーウェン中将だった。
「それでは、しばらくは作戦行動は取れないと?」
「うむ、何せ主流派が軒並み一掃されたからな。まあ、もともと連邦軍は将官が多すぎたからな。これを機に全体のバランスが取れるかもしれん」
 こういう事態になったというのに、コーウェンはどこか愉快そうだった。
「次の統合作戦本部長にはユースフ・オンデンドルフ大将が就任することになった。宇宙軍艦隊司令長官はハンフリー・リビック中将が大将に格上げされて就任する予定だ。また、宇宙軍総司令官にはジーン・コリニー大将が内定している。かく言う私も、大将への昇進と、地上軍総司令官への就任が内定しているがね」
 言って苦笑するコーウェンに、秋子は祝福した。
「まあ、それはおめでとうございます」
「余計な仕事が増えるだけだよ。それに、君も出世することになるはずだしな」
「私がですか? ですが、私は敗軍の将ですよ」
 驚く秋子だったが、頭の片隅ではそれを予想してもいた。そして、コーウェンの返事は秋子の様相どおりのものだった。
「今回の大損害をごまかす為には英雄を祭り上げるのが一番簡単だ。というのがコリニー提督の判断らしい。姑息な手段ではあるが、確かに効果はあるだろう。なんと言っても君は、討伐艦隊を殲滅の危機から救った英雄だからな」
「・・・英雄、ですか」
 秋子の表情が曇る。彼女にしてみればたまったものではない。その英雄とやらを作り出すために、どれほどの将兵が犠牲になったと思っているのか!
 秋子の気持ちを理解できるコーウェンだったが、これは宇宙軍の人事であって、地上軍総司令官である彼にはどうすることもできなかった。
「辛いだろうが、今は耐えてくれ。それに、悪いことばかりでもない。君が英雄に祭り上げられることによって、君の発言力が著しく強化されることになる。そうすれば、ジャミトフを抑えることができるかもしれん」
 忌々しげなコーウェンの言葉に、秋子は首を傾げた。
「ジャミトフ? たしか、准将でしたね。彼が何か?」
「・・・そうか、君は知らなかったな。実はな、君たちがファマス討伐に向かう前から、各地でジオン残党の活動が活発化していたのだ。そして、コリニー提督は前からジオン残党に対処する専門の部隊の設立を唱えていたのだよ。そして、それがついこの間発足したのだ。ジャミトフを代表とする組織で、ティターンズという」
「そんなものが出来ていたのですか。しかし、それはそれで有効なのではないのですか?」
 秋子の疑問は当然のものだった。問題が起これば、それに対処する専門の部署を創るのは当然のことだ。なのに、どうしてコーウェンはああもティターンズを嫌っているのか。
 秋子の疑問にコーウェンは苦々しさを隠そうともせずに答えた。
「確かに、表向きはジオン残党に対処するための部隊だ。だが、実際にはジャミトフの私兵集団に過ぎんのだ」
「私兵集団?」
 秋子の声にも懐疑的な響きが混じる。連邦軍の軍人である秋子にとって、軍組織を私物化されるのは我慢できない事態であるからだ。
 ここで、ティターンズという組織のことを説明しよう。ティターンズというのは、もともとジャミトフ・ハイマン准将が提唱していたジオン公国軍の残党狩りを行い、そして地球圏の平和を維持する部隊のことで、事実終戦以来、今にたるまでジオン残党の活動は収まる気配を見せず、地球圏のいたるところに潜伏してゲリラ活動を続けていた。中にはMSや戦艦まで保有する連中もおり、これらに対処するために連邦軍はその戦力を維持する必要があったのだ。
 しかし、ゲリラを大軍で追い詰めることが出来ないのは過去の戦訓が証明しており、ジャミトフの主張する専門部隊の設立案には説得力があった。これに理解を示し、積極的に賛同したのがジーン・コリニー大将だったのだが、ゴップ大将をはじめとする連邦軍首脳部は専門部隊の必要性を認めず、2人の進言はことごとく退けられていた。
 この事態に変化が訪れた。ファマスの決起である。このファマスの決起は、連邦政府にジオン残党の実力を思い知らせ、同時に地球圏に残る残党の実力を過大に評価させることになる。もし、地球圏でファマスに同調する残党が一斉に決起したら。その恐怖が、ティターンズの設立を後押しすることになる。そして、フォスターTでの敗戦に伴う首脳部の総辞職が契機となり、宇宙軍のトップに立ったコリニー提督の下、ティターンズは設立されたのだ。
 ティターンズは、地球圏を脅かす公国軍残党を殲滅する精鋭部隊である。という宣伝が行われ、この宣伝によって実力のある将校や、意欲的な若い士官が続々と参入してきた。まだ設立したばかりで、組織としては安定していないが、集まってくる人材の質は高く、このままいけば連邦軍でも最強の精鋭部隊となるのは確実だった。その反面、優れた人材を引き抜かれた他の部隊は弱体化している。
 その一方で、ティターンズに参加できるのはアースノイドのみに限定されていた。これは、任務の性格による配慮と言われているが、実際にはティターンズをエリート部隊にしようと考えるジャミトフの都合である。
 そして、ティターンズはサイド7、1バンチコロニー「グリーンオアシス」を専有し、ここの軍事コロニー化を始めていた。完成の暁には「グリーン・ノア」と改名される予定だ。これらの予算を取り付けるため、地球圏屈指の規模をもつ来栖川財団とMSや戦艦の開発、生産の専属契約を結んでいる。
 これらを説明された秋子ははっきりと嫌悪感を見せていた。
「そういう訳だ。そして、おそらく君にもティターンズ入りを求めてくると思うが、そのときには断固として拒否してほしいのだが、どうかね?」
 コーウェンの口調が切実なものに変わる。どうやら、すでに彼自身も多くの人材を失っているらしい。秋子はしばし考え、いつもの頬に片手を添えるポーズをとった。
「大丈夫ですよ。私は、エリートではありませんから」
「・・・すまないな」
「いえ、いいんですよ。でも、部下がどうなるかまでは、責任がもてませんよ」
「ああ、そこまでは言わん。さし当たって、君の確約が得られれば安心できるからな」
 そのあと、いくつか事務的な話をしてコーウェンからの通信は終わった。話を終えた秋子は艦長席に座って外に視線を向けた。
「私はともかく、祐一さんやトルビアックさんはどうするかしら。もし、行くと言うなら止める事は出来ないでしょうけど」
 自分を納得させようと呟いては見たが、秋子の不安は晴れなかった。


 北川と佐祐理を失ったカノンMS隊は再編成の必要に迫られていた。幸いといっては何だが、フォスターT攻略艦隊のMS隊は壊滅状態となっており、指揮官の数が減っていても割り振りに困るようなことは無かった。シアンは編成表を見ながら、あまりにも山積している問題に頭を悩ませていた。
 残っているパイロットの資料を机において、シアンは疲れた目を手で抑えていた。すると、脇からコーヒーの入ったカップが差し出された。郁美がコーヒーを入れてくれたのだ。
「どうです。進んでますか?」
「ああ、まあ、そこそこね」
 嘘だ。実際にはまったく進んでいない。と、そこでシアンは気づいた。
「・・・天沢少尉、何で君がここにいるんだ?」
 そう、ここはシアンの個室なのだ。そこに、どうして郁美がいて、しかもコーヒーを入れているのか。その疑問には郁美が答えてくれた。
「実は、マイベック中佐にシアン少佐の様子を見てこいと言われまして」
「・・・心配性だな、中佐も」
 シアンはマイベックの気配りの良さに感謝はしたが、すこし過保護だなとも思った。ふと時計に目をやるともう午前7時を指している。もうすぐ、艦内のクルーたちが起き出してくるだろう。
「もうこんな時間か、天沢少尉も早く自習室の戻れ。誰かに見つかると、厄介だぞ」
「あ、そうですね。それじゃあ、私はこれで」
「ああ、気をつけてな」
 郁美が慌てて部屋を出て行く。それを見送って、シアンは郁美の入れてくれたコーヒーに口をつけ、一口すすって顔をしかめた。
「・・・苦いぞ」
 どうしてインスタントコーヒーがここまで苦いのかと思い、シアンは何となく郁美の味覚に疑問を持つのだった。
 実のところ、郁美の存在は周囲に知れ渡っていたが、いまだに正式には紹介されていなかった。大敗北の後であり、クルーの気が落ち着くまで待ったほうが安全との判断だ。その為、郁美は自習室に入れられ、マイベックか秋子の許可がなければ誰も会えないようになっている。自習室の入り口にはMPが常に2人以上つき、進入を図る者を警戒している。もっとも、郁美はシェイドであり、不可視の力を持っていることを考えれば、軍人とはいえ、直接戦闘が専門でない艦艇乗組員が10人くらい束になってかかっても勝てるはずがないのだが。
 8時30分からメインのパイロットを集めてブリーフィングが行われることになっており、シアンも8時には部屋を出て、廊下を歩こうとしたところで突然、物凄い大声が聞こえてきた。
「くおおおおらあああああ!! 起きんかこの寝ぼすけ娘えええええ―――――!!」
 それを聞いて、シアンは思わず頭痛がしてきた頭を抑えた。そして、声のする部屋の前に立つ。どうやら入り口の近くに大きな荷物があり、それに反応して扉が閉じなかったらしい。そして、中では祐一がベッドで寝ている名雪を起こそうと悪戦苦闘していた。
「えええええええいいいいい!! また俺まで遅刻にさせる気かああああ――――!!」
 祐一が悪いわけではないのだが、2人はブリーフィングの遅刻魔だ。その理由が何であるかは全員が分かっているため、誰も何も言わない。最初は注意していたシアンも、最近ではすっかり同情してしまい、祐一が遅刻しても報告書には書かないことにした。
 シアンが見ている前で、祐一は必死に名雪を怒鳴りつけている。しかし、名雪が起きる様子はなかった。
『本当に、起きないんだな』
 思わず心の中で呟く。そして、無駄とは思いつつ祐一に声をかけた。
「おい、朝から大変そうだな」
「はあ、はあ、はあ・・・あ、シアンさん。分かります?」
「ああ、今日も遅刻かな。これは」
 わざと楽しげに言ってみると、とたんに祐一の顔が青ざめる。そして、再び名雪を起こしにかかった。それを見て、シアンは小さく笑いながら部屋を後にした。
 8時30分。ブリーフィングルームには秋子とマイベックを始めとして、メインパイロットと各部署の責任者が揃っていた。残念ながら、名雪と祐一はまだ来ていない。そして、今日はいつものメンバー以外にも、1人新しい参加者がいた。その人物を見て、シアンは驚きを隠せなかった。
「どうやら、祐一さんと名雪はまだみたいね」
 片手を頬に当てるいつものポーズで、秋子は深いため息をついた。名雪のこの寝坊癖は秋子の頭痛の種なのだ。いや、秋子だけでなく、直属の上司であるシアンにとっても頭痛の種なのだが。
「まあ、仕方ありません。始めましょう」
 秋子の言葉を受けて、マイベックが立ち上がる。
「それでは、ブリーフィングを始めるが、まず、最初に紹介をしておこうか」
 そう言って、マイベックが隣に座る女性仕官を紹介しようとしたとき、名雪と祐一が飛び込んできた。
「「遅くなりましたぁ!」」
「・・・・・・」
 マイベックが話の腰を折られて不機嫌そうに2人を見る。それ以外の者は苦笑したり、くすくす笑いをしている。もう、2人の遅刻は朝の風物詩とも言えるものであった。
「名雪、また遅刻したわね」
「お、お母さん」
 微笑む秋子におびえる名雪。秋子から発する怒りのオーラを受けて縮こまってしまったのだ。だが、もっと困ったのは2人の傍にいる者達だった。ほとんどとばっちりのような物だから、たまったものではない。
 だが、秋子の怒りはすぐに解け、2人は心から安堵して自分の席についた。そして、マイベックが再び口を開く。
「・・・それでは、紹介しよう。天沢郁美少尉だ」
 マイベックの紹介を受けて、郁美が立ち上がる。だが、郁美に向けられる視線は興味半分、怒り半分といったところだ。
 発言を求めて、トルビアックが挙手し、マイベックがそれを許す。
「聞きたいことがあります。どうして秋子さんは敵のパイロットを受け入れたんですか?」
 実は、パイロットたちは秋子の事を秋子さんと呼ぶ。これは、秋子がそれでいいと常々言っているからで、マイベックですらもう諦めており、それを容認していた。
「かつては同じ連邦軍ですよ」
「しかし、こいつらのおかげで、我々がどんな目にあったか」
 トルビアックの怒りの根は深かった。彼の部下はヘープナーを含めて、2人しか残らなかったのだ。部下を殺された怒りを彼は郁美に向けていた。トルビアックの刺すような視線を受けて、郁美が俯く。
 秋子はトルビアックに聞き返した。
「トルビアックさんは、ファマスに参加した将兵を皆殺しにしなければ、気がすみませんか?」
「い、いや、そんなことはありませんが」
 予想だにしなかった質問を受けて、トルビアックは狼狽した。秋子はまじめな表情になって続ける。
「もし、敵の将兵を皆殺しにしなければ気がすまないというなら、そんな人は私の部下にはいりません」
 その言葉はトルビアックに対してだけでなく、その場にいる全員に対しての言葉だった。秋子の視線を向けられて真琴と美汐、祐一、舞、香里、栞が身を強張らせた。秋子は反応した6人を見渡す。
「どうします?」
 6人は秋子を見返すことが出来ず、俯いてしまった。6人が黙ったのをみて、秋子が郁美を促す。
「それでは天沢少尉、自己紹介をどうぞ」
 秋子が座るのと入れ替わりに、郁美が立ち上がる。
「・・・天沢郁美少尉です。ファマスでは、斎藤中佐のリシュリューに所属し、久瀬大尉の指揮下にいました」
 久瀬の名を聞いて、舞が驚きの表情で顔を上げる。
「・・・久瀬の隊にいたの?」
「・・・はい」
「そう」
 それっきり、舞は口を開こうとせず、代わりに香里が口を開いた。
「あなた、どうして投降したの? あの状況なら、どう考えてもファマスのほうが優勢だったのに」
「それは、アヤウラ大佐の核攻撃のせいです」
 もちろん嘘だ。これは、シアンと郁美があらかじめ打ち合わせておいた台詞で、追求が激しいようならシアンが加勢することになっている。
 郁美の言葉に、香里と舞が思わず席を立ち、秋子とマイベックが顔を見合わせた。他の者は4人の様子に驚いている。
「アヤウラ、まさか、あいつがあれをやったって言うの?」
「はい、アヤウラ大佐は、連邦軍の新造戦艦エアーを奪取した後、どこから入手したのか持ってきていた核ミサイルを使用したんです。ただ、大佐があのタイミングで帰ってきたことに、斎藤中佐と久瀬大尉は疑問を持っていましたけど」
 郁美の説明を受けて、舞がテーブルに拳を叩きつけ、香里が怒りに肩を震わせている。秋子とマイベックの様子もただ事ではなかった。
「分かった。私は郁美を受け入れる」
 舞が秋子を見て言う。それを聞いて秋子は満足そうに頷き、祐一たちは舞を驚きの目で見た。
「どういうことだ、舞?」
「敵はアヤウラ。郁美を憎むのは筋違いだから」
 舞の返事は祐一たちをいっそう困惑させたが、ただ1人、香里だけが頷いた。
「そうね、確かに、川澄さんの言うとおりかもしれない」
「香里!」
 信じられないと言いたそうな顔で祐一が香里を見る。その香里の目には、暗い怒りの炎が燃えていた。
「アヤウラが、あいつのせいなのね」
「か、香里?」
 なにやら危ない空気を漂わせる香里に、近くにいた祐一と名雪は思わず身を引いた。
「ゆ、祐一〜、香里が怖いよ〜」
「俺に言われても困る」
そう言って、祐一は助けを求めるべく栞を見やり、絶望した。なにやら、栞までもが同じような目をしている。
「そうですか、アヤウラという人が、北川さんの敵なんですね」
「し、栞まで壊れてる」
「ひょっとして、栞ちゃんも北川君のことが好きだったのかな」
 名雪、よく気づいたね。
 だが、2人が美坂姉妹に構っているうちに、反対側でも同じようなことが起こっていた。
「み、美汐〜」
「ふふふ、アヤウラ大佐、ですか。また、私の恋路を邪魔するんですね」
 天野の爆弾発言にシアンを始めとするパイロット連中が驚愕する。まさか、天野までもが北川狙いだったとは。だが、またとは一体。その疑問を抱いた者を代表して、トルビアックが恐る恐る聞いた。
「お、おい天野、またって何なんだ?」
「ふふふ、ウィロックを送り込んだのはアヤウラ大佐だと、シアン少佐が教えてくれましたから」
 別に、アヤウラが天野の恋路を邪魔しようと思ってやったわけではないだろうが、偶然というのはあるものだ。しかし、アヤウラ大佐を恨む奴がどんどん増えていくなあ。
 反対派のうち、4人までもが受け入れたことで、残る3人もしぶしぶ頷いた。こうして、郁美はカノン隊に受け入れられることになる。もちろん、上層部へ報告はおこなったが、たかが一介の少尉の身柄を気にかける者はいなかった。
 郁美はシアン直属となり、ガンダムチームに加えられた。というより、郁美の能力を発揮させられる機体など、現段階ではRガンダムしかないのだ。だが、郁美に機体が渡されるのは、再編成が終了した後、補給が行われてからという事になる。それまではシアンの副官的な役割を与えられ、事務処理を手伝うことになる。


 ルナツーに帰還した秋子は、乗組員に上陸を許可すると、そのままマイベックとクライフ、エニーを伴って司令室に向かった。そこには、次期宇宙艦隊総司令官であり、最年長の将官であるハンフリー・リビック中将がいた。リビックをみて4人が敬礼をすると、リビックも敬礼を返してきた。そして、現場のたたき上げといったいかつい顔をほころばせて近づいてくる。
「水瀬、クライフ、よく無事に帰ってきたな」
「リビック提督こそ、相変わらずご壮健で何よりです」
「なんの、まだまだ若い者には負けんわい。しかし、ワイアット長官以下、出撃していった連中はお前たち以外、誰も帰ってこんかったなあ」
 すこし寂しそうに呟くリビックに秋子とクライフも頷いた。事実上、連邦軍宇宙艦隊は指揮系統を失い、当分の間は反撃に出る力などない。艦艇だけは討伐艦隊と同規模の艦隊をもう2回編成するくらいが地球圏に残っているが、実際にはそんなことは出来ない。この計算は、各サイドの駐留艦隊や要塞駐留艦隊、さらには地球を守るための地球軌道艦隊まで動員しての数字だ。実際に動かせるのは再建中の第2、第3艦隊を除けば、ルナツーに残った第7、第8、第9の3艦隊だが、これは打撃艦隊というより、占領地の確保などに使われる二線級の艦隊である。まして、これ以下の番号の艦隊はMSの輸送や航路護衛用の艦隊であり、分類では後方支援艦隊である。第11〜14までの艦隊はMS部隊を満載してフォスターT会戦に参加してもいる。
 改めて失われた艦隊の貴重さを思い返し、秋子とクライフは胸を痛くした。だが、悲嘆にくれていることは出来なかった。秋子はリビックに最も重要な用件を切り出した。
「それで、次の遠征までにはどれくらいかかるんでしょうか?」
「うむ、これはとりあえず、ジャブローの混乱が収まってみんとなんとも言えんが、儂の考えでは速くて3ヶ月といった所だとおもっとる」
「3ヶ月ですか、そんなに早く戦力を揃えられるとは思いませんが?」
 マイベックが連邦軍の戦力配置を思い出しながら意見を言う。エニーも頷いた。
「そうです。3ヶ月では新造艦も揃いませんし、何より兵員の訓練が追いつきません」
「それに、MSの問題もあります。残念ながら、ジム改はシュツーカに勝てません」
マイベックが最大の問題を提示する。そう、フォスターT会戦で連邦軍のジム改はファマスのシュツーカやガルバルディβに対抗できなかったのだ。このことが連邦軍の苦戦の原因の一つとなっている。
 だが、リビックは2人の不安そうな顔を見て、ニヤリトと笑った。
「そのことなら心配はいらん。すでに第4次艦隊再建計画は発動された。バーミンガム級戦艦も3番艦まで完成し、すでに訓練に入っている。また、ペガサス級強襲揚陸艦の6番艦スタリオンと7番艦アルビオンも完成間近じゃ。これにサラミス改やマゼラン改が続々と就役するでな。戦力は何とかなるはずじゃ。まあ、訓練は現存する艦に協力してもらって、先に始めるしかないがな」
 リビックの話を聞いてエニーは愁眉を開いたが、秋子とマイベック、クライフの表情ははれなかった。
「うん、どうした、不満か?」
「サラミス改と、マゼラン改は役に立たないかもしれません」
 秋子の言葉にマイベックとクライフが同感と言いたげに頷いた。
「正直に言って、MS搭載能力を持たない艦艇は、もはや現代戦には対応できません。フォスターTでも、途中からMSが補給切れで前線から遥か後方のコロンブスに戻るという事態が起こっていましたから」
 秋子の説明を受けて、リビックは渋い顔になった。
「言いたい事は分かる。儂も現行艦の更なる改装を求めておるし、その為の予算も獲得できそうなのだが、3ヵ月後には間に合わんじゃろう」
 リビックの答えを聞いて秋子とマイベック、クライフは目に見えて失望したが、エニーはそんな3人を明るい声で励ました。
「何、大丈夫よ。ファマスだって主力は久瀬中将に同行したサラミスやマゼランだもの。条件的には互角じゃない」
 だが、エニーの励ましも3人には効果がなく、どんよりと暗い空気が流れていた。その空気を換えようとするかのようにリビックが咳払いをする。
「ああ、まあ、なんだな。実はな、水瀬には一つ頼み事があってな」
「は、何でしょう?」
 突然のリビックの言葉に秋子が意表をつかれる。
「今回の戦いで得た戦訓を生かしてルナツーの工廠で艦艇の改装やMSの改造をおこなおうと思うてな。お前さんにそれらの改装案をまとめてほしいんじゃよ」
「私が、ですか?」
「ああ、お前さんは頭がいいし、部下からの人望もある。指し当たって、案さえ出してくれれば後はこちらでやるでな、訓練はそれからやってくれればいい」
 リビックの頼みを受けた秋子はさすがに面食らっていたが、とりあえずはそれを受け入れた。秋子の了承を得たりビックは、今度はエニーとクライフを見る。
「そうそう、エニーとクライフは再建される第2、第3艦隊を率いてもらうぞ。2人とも司令官就任にあわせて少将に昇進が内定しておる」
「少将、私がですか!?」
「だって、まだ准将になったばかりですよ!?」
 エニーとクライフが驚きの声をあげるが、リビックは楽しそうに笑うだけで答えようとはしなかった。
「あと、マイベック中佐も大佐に昇進が決まっておる。今日中に辞令が出るじゃろう」
「大佐、ですか。嬉しいような、嬉しくないような」
 マイベックはマイベックで複雑そうだ。
 このリビックの約束は後に現実のものとなり、数日後には3人はそれぞれ昇進していた。そして、エニーとクライフは再建されつつある第2、第3艦隊にそれぞれ司令官としてそれぞれが任地に赴任していった。一方、秋子は自分の艦隊からアンケートを募り、どのような艦艇を望むか、また、どのようなMSを部下たちが望むかを調べ上げ、それに自分なりの見解を沿えて提出した。秋子の提出した改装案は直ちに実行に移され、ルナツーのドックは忙しそうに稼動し始めた。また、秋子自身の直属艦隊はリビックの肝いりで最優先で編成されたので、すでに秋子自身の手で訓練を始めていた。
 こうして、連邦は徐々にその反撃体制を整えつつあった。しかも、その質はかつての連邦軍とは明らかに一線を画すものであり、後にファマスはフォスターTで大勝利を収めたことによって、自らの命運を短くしてしまった。といわれるようになるほどの充実振りであった。


 連邦が再建に向けて忍耐の時を過ごしている頃、ファマスの最前線基地であるフォスターTでは作戦会議が行われていた。議題は今後の動きであり、このままフォスターTにこもって堅守するべきと主張する一派と、打って出て弱体化した連邦軍に止めを刺すべしとする一派に分かれていた。慎重派はみさきや斎藤といった人々で、積極派はアヤウラを中心とするアクシズ勢であった。これをまとめるべきチリアクス提督は慎重派に同調する気なのだが、アヤウラ一派の政治的な影響力もあり、その意見を完全に無視することも出来なかった。
 意見はもっぱら、斎藤とアヤウラがぶつけ合っていた。
「我々は確かに連邦軍を追い返した。だが、あれは核を使うという非常の手段を用いてこその勝利だ。あれがファマスの実力などと誤解してほしくはない!」
「ふん、臆病風に吹かれたのか、斎藤大佐?」
「何だと、貴様、もう一遍言ってみろ!」
 アヤウラの挑発に斎藤が逆上してテーブルに両手を叩きつけるが、隣に座っていた川名大佐に軍服の袖をつかまれたのでどうにか落ち着きを取り戻した。
 アヤウラはそんな斎藤を一瞥すると、今度はみさきに矛先を向けた。
「ところで、川名大佐はどうして出兵に反対するのですかな?」
 それを聞いてみさきは狙われていると直感したが、特に怯む様子は見せなかった。
「斎藤大佐と同じです。私たちの戦力で逆侵攻など、無謀すぎます」
「連邦軍は戦力の1/3を失った状態だ。多くの将帥を失い、指揮系統も混乱している。今攻め込めば奴らに更なる出血を強いることが出来るんだぞ」
「消耗しているのはこちらも同じです。しかも、私たちは失った戦力の再建にかかる時間は最低半年はかかります。ですが、連邦は3ヶ月もあれば再侵攻できるでしょう」
 みさきの説明に慎重派に組している全員が大きく頷いた。1年戦争は連邦の物量がジオンの技術力に打ち勝ったと言う者が多い。実際にはそれだけではなく、MS関係以外における総合的な技術格差や、レビル将軍を始めとする前線指揮官の能力、戦略や戦術の立案能力などといった総合力で連邦が勝っていたためである。残念ながら、ジオンは遂に終戦までザビ家兄弟間の不仲を解消することができず、ギレンの本土防衛隊、キシリアの突撃宇宙軍、ドズルの宇宙攻撃軍に大きく三分割された状態だったのだ。これに対して連邦は戦力を集中することができ、言わばジオンは各個撃破の見本のような最期を遂げたのだ。もちろん連邦とジオンの生産力があまりにも隔絶していたのも事実であった。そして、今の連邦とファマスの実力差は、連邦とジオンの差以上に開いているのだ。
 そのことはアヤウラも承知している。それでもアヤウラは強硬姿勢を崩さなかった。
「だからこそ、混乱が収まらない今のうちに少しでも損害を与え、連中の戦力再建を遅らせる必要があるのだ。一隻のサラミスでも多く沈めておけば、それだけ奴らの反抗は遅れる。そうすれば、ファマスの戦力も再建できるだろうし、我がアクシズからの増援も届くだろう」
「しかし、今の連邦は先に戦った連邦軍とは違います。あの水瀬秋子を始め、優れた指揮官に率いられています」
「その原因を作ったのは君の部下だそうじゃないか、川名大佐」
 アヤウラが嘲りを隠そうともせずに言う。言われてみさきは危うく激発しかけたが、何とか自制した。
「・・・それは、七瀬曹長から詳しい報告を受けてませんから、何とも言えません」
「そうかね、まあ、彼女の取調べはこちらで行う予定だ。事情が分かればそちらにも教えよう」
「・・・彼女は、いつ頃釈放されるのでしょうか?」
「さあな、噂によると、七瀬曹長はかなりの強情者らしいからな。いつになるのやら」
 楽しげに答えるアヤウラに、みさきは心の底から嫌悪感を覚えた。
 みさきが黙ったのをみてアヤウラが慎重派一同を見渡す。
「それで、他に反対者はいないのかね?」
 アヤウラに対して誰もがはっきりとした敵意を向けていたが、誰も何も言えなかった。その全員の様子に満足そうに頷くと、チリアクスに話し掛ける。
「それでは提督、大方の方針は固まったようですが、提督はどうお考えですか?」
 アヤウラの問いかけにチリアクスはしばし沈黙し、やがてうなだれるように頷いた。それをみてアヤウラがさらに上機嫌になる。
「どうやら逆侵攻ということでまとまったようですな。それでは、作戦の立案に移りたいと思います」
 もはや、会議の主導権はアヤウラに握られていた。これに対抗するべき2人のうち、斎藤は肩を震わせて屈辱に耐え、みさきは七瀬を人質にとられたようなものなので手の出しようがなかった。
 こうして、地球圏への攻撃が決定された。この作戦は表向きにはアヤウラの主張どおりだが、実際にはアヤウラの個人的な復讐心から生まれたものだった。かれは、秋子に手玉に取られた屈辱を忘れてはおらず、秋子を倒す一念に燃えていたのだ。
 会議を終えたアヤウラは、その足でフォスターTに仮設された捕虜収容施設に赴き、その中の一室に足を踏み入れた。そこでは、全裸にされた七瀬がほとんど中世ヨーロッパで行われていたような責め苦を受けていた。
 鎖で締め上げられ、苦悶の表情を浮かべる七瀬に歩み寄ると、右手で顎をつかみ、無理やりこちらを向かせる。
「貴様のせいで、水瀬秋子を仕留める機会を逸したのだ。五体満足ですむと思うなよ」
 殺意を感じさせるアヤウラの声に尋問官たちは文字通り青ざめたが、七瀬は憔悴しきった目でアヤウラを見あげ、次いで可笑しそうに笑い出した。
「ふふ、ふふふ、ははははは」
「・・・何が可笑しい?」
 とたんに不機嫌になるアヤウラ。
「だって・・・貴方・・・怖がってるじゃない」
「・・・何だと?」
 アヤウラの表情が怒りにゆがむ。それを見て、七瀬はさらに可笑しそうに笑った。
「分からない?・・・貴方が・・・怒ってるのは・・・私にじゃなくて・・・自分が・・・勝てなかった・・・からだってことが」
七瀬の指摘に、アヤウラは逆上してその腹に蹴りを入れた。2つに折れて苦痛の声を漏らす七瀬。姿勢が下がったところにアヤウラはさらに蹴りを入れつづけた。
 どれほど蹴っただろうか。気がつけば、七瀬は小刻みに痙攣を繰り返していた。慌てて体を調べ、過去の経験に照らし合わせて死ぬことはないと判断すると、すこし安堵して七瀬から離れた。
「おい、こいつの手当てをしてやれ」
「は? しかし・・・」
 尋問官が困惑する。アヤウラは苛立たしげに説明した。
「こいつに死なれると、人質としての用をなさんだろうが。生きていてこそ、人質としての価値があるのだからな」
 そう言って、アヤウラは扉から出て行った。
 七瀬の尋問室を後にしたアヤウラは、次いで先の戦いで捕虜になった連中の尋問を見に行った。ちょうど部屋では尋問が行われている最中だった。さすがにこちらでは拷問等は行われていないが、それでもなかなかの迫力を感じさせる。
 アヤウラは知らなかったが、今尋問を受けているのは北川だった。取調べ自体は捉えられた全員が行われているが、以後の尋問は彼が一手に引き受けていた。というのも、取調べを行おうと尋問官が北川たちを収容している部屋に来たとき、北川が自分の階級を告げ、自分が最先任仕官だから、尋問の全ては俺が引き受けると言ったためだ。おかげで、佐祐理を含めて2人の中隊のパイロットたちは無事だが、北川は酷い有様になっていた。
「それで、貴様の部隊の戦力はどのくらい残っているんだ!?」
「さあねえ、爆発の後、どうなったのか俺にもわかんないからなあ。母艦も無事だかどうか?」
「貴様!!」
 尋問官が北川を殴りつける。吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる北川。彼の体にはこうして出来た傷がもう数え切れないほどあった。
 そして、殴った尋問官がため息をついて這いつくばる北川を見る。
「まったく、強情な奴だな、貴様は」
 その呆れたような声に、北川は口元をゆがめて答えた。だが、その顔は腫れ上がっており、尋問官には引き攣ったようにしか見えなかった。
「まあいい、今はこれ以上聞いても答えんだろうからな」
 そう言って取り調べの記録を見る。そこには、彼が聞き出そうとしていたおおよそのことが書かれていた。普通に考えればこの尋問は成功といえるのだが、彼の気分は優れなかった。彼にしてみれば、これだけの時間をかけて、得られたのがたったのこれだけというのが情けなかったのだ。北川は、実に3日に及ぶ尋問を受けつづけており、遂に尋問官を根負けさせたのだ。
 その様子を見ていたアヤウラは、連邦にも骨のある奴がいると感心しながら部屋を後にした。
 尋問が終わった北川は元の部屋に戻された。一応、簡単な手当ては受けたものの、部屋に帰ってきた北川の姿は酷いもので、パイロットたちは我先に北川の元に集まってきた。
 佐祐理が慌てて北川を抱き起こすと、北川は腫れた瞼のせいで薄くしか開かない目で佐祐理を見た。
「や、やあ、倉田さん。どうやら、無事みたいだな」
 その北川の言葉に、佐祐理は涙を見せた。
「ば、馬鹿です、北川さんは。こんな無茶して、死んだらどうするんですか!」
 佐祐理に叱責されて、北川はすこし困ったように目を閉じ、次いで集まってきた部下や、倉田中隊のパイロットを見た。誰もが心配そうに自分を見つめ、涙ぐんでいる者までいる。そして、最後に涙を流す佐祐理を見た。落ちてくる雫が顔にかかり、暖かい流れを作っている。
「・・・心配させちゃったかな。皆に?」
 北川の言葉に、全員が大きく頷いた。それを見て、安堵した北川は今まで張り詰めていたものが途切れ、佐祐理の腕に抱かれたまま気絶してしまった。無理もない。もうかれこれ3日も不眠不休で尋問を受けていたのだから。
 自分たちの身代わりとなって責め苦に耐えつづけた上官に、パイロットたちは感謝と尊敬のない混ざった眼差しを向けていた。


 そして、フォスターTから次々と艦隊が出撃していった。その中には七瀬を欠いたエターナル隊や、リシュリュー隊の姿もあった。要塞守備に必要な最低限の兵力だけを残した、まさに全力出撃である。そして、最後にアヤウラ率いるアクシズ艦隊が出撃していった。エアーの艦橋でファマス艦隊が出撃していくさまを眺めてアヤウラは満足そうに笑顔を浮かべている。
「くくくく、連邦の雑魚ども、見ているがいい。我々を暗黒の果てに追いやった恨み、晴らさせてもらうぞ」
 どこまでも楽しげなアヤウラの様子に、後ろで控えていたクルーガーが水を差した。
「大佐、すこしよろしいでしょう?」
「うん、どうしたクルーガー?」
 アヤウラは最も信頼する幕僚を見やる。
「実は、すこし気になることがあるのです」
「気になること?」
「はい、じつは、あの氷上という男、なにやらいろいろと動き回っているようですが、本当に信用できるのでしょうか?」
 クルーガーの不安は、アヤウラの不安でもあった。氷上シュン、彼はアヤウラの擁する最強のパイロットであるが、彼はアヤウラの部下ではない。あくまで協力者なのだ。しかも、その正体は高槻がシェイド強化実験で見た事があると言ってはいたが、記録上には氷上という名は存在していない、謎に満ちた男である。ただ、その力からして、シェイドであることは間違いないのだが。
「氷上、か。まあ、奴が何をしようと、戦局が動くとは思えんがな。そうだ、シェイドで思い出したが、あれから高槻は何をしている?」
「はい、高槻博士でしたら、調整の完了した量産型シェイドを連れて、こちらに向かっております。数日後にはフォスターTに到着するでしょう」
 クルーガーの答えに、アヤウラは鷹揚に頷いた。
 こうして、連邦とファマスは再び矛を交えようとしていた。再建途上の連邦軍はファマスの出撃をまだ知らない。


後書き
ジム改 そんな訳でファマス編もいよいよ激戦となってきました。果たして連邦軍は迫り来るファマス軍
        を食い止められるのか。秋子たちの活躍はいかに?
祐一  というか、俺の活躍は無いのか?
ジム改 ・・・ああ、いや、別に無いことは無いんだが・・・
祐一  なんだよ、俺の活躍は無いのかあ? せっかく北川がいなくなって、ようやく俺の出番が増える
        と思ってたのに。
ジム改 いや、出番は増えるんだが、その・・・
祐一  だからその引きは何なんだよ、気になるじゃねえか!
ジム改 いや、たぶんMS戦はしばらく起こらないと思うし、そうなると君もかっこいい活躍シーンとか
        は少なくなると思ってさ。
祐一  何でだよ、向うが攻めてくるなら受けてたつのが俺達だろ?
ジム改 ・・・いやねえ、こういうシチュエーションではやっぱり今まで今ひとつ影の薄かった皆さんを
        出すべきかなあと思ってさ。
祐一  影の薄い皆さん?
ジム改 天野とか、真琴とか、そのあたりの面子の活躍シーンがほしい、という要望もあるのだよ。
祐一  ・・・まあ、仕方ないか。
ジム改 そんな訳で、これから何話かMS戦ではなく、カノン隊の立ち直るお話になります。派手な戦闘
        シーンを期待してた人にはすいませんが、ご了承ください。では〜