第23章 奇跡の力、うぐぅ爆誕

 水瀬秋子が死亡せず、病院に収容されて治療を受けているという情報はアヤウラをして苛立たせた。そして、アヤウラは決意した。後で何を言われようと、今ここで水瀬秋子を倒す、と。
 その日の昼頃、病院はいつものように患者でにぎわっていた。などというと妙だが、とりあえず病院は日常と変わらない業務をこなしていた。そして、今日もいつもと変わらない日となるはずであった。
 異状に最初に気づいたのは誰だったのかについてはさまざまな説があるが、多くの者がこう語っている。
「あの日は、なんか嫌な予感がしたんだ」
 事件の後になるとこういったことを言い出す者が多いが、少なくともその内の4人はそう感じていたのは確かだ。
 ICUの前、秋子を見ていることの出来る部屋にはカノンのクルーが心配そうに秋子を見ていた。艦の方はいいのか? と聞かれそうだが、こういう場合は杓子定義で図るものでもないだろう。
 そんな時、シアンとあゆ、栞、トルビアックがほとんど同時に異変を感じ取った。
「何、何なの、この変な感じは?」
 あゆが気持ち悪そうに言うと、栞が胸を押さえ始めた。
「お姉ちゃん、吐きそうです」
「ちょっと栞、どうしたのよ?」
 香里が慌てて栞を支え、トイレに連れて行こうとする。だが、そんな2人をシアンが止めた。
「栞、香里、ちょっと待って」
 2人がシアンのほうを見る。シアンは厳しい顔つきで扉のほうを見ている。
「この澱んだ汚泥のような不快感。アヤウラの殺気だな」
 シアンは腰から拳銃を抜き、安全装置を外した。
「シ、シアンさん、何をしてるんですか!?」
 キョウが驚いてシアンを止めようとするが、シアンはそれを払いのけた。そして、その場にいる全員に命令を下した。
「全員戦闘準備、敵が来るぞ」
「敵!?」
 その場の全員が驚く中、舞だけが冷静に剣を生み出した。
「ああ、恐らく、アヤウラの放ってきたコマンド部隊だろう。奴め、遂に手段を選ばなくなりやがった」
 舌打ちするシアンの言葉を裏付けるかのように、病院内で爆発音が響き、連続した銃声と悲鳴が響き渡った。それを聞いてその場にいる全員が扉のほうを向く。
「これは・・・」
「まさか、病院内で無差別攻撃を・・・?」
 香里と天野の呟きを無視して、シアンは扉から外に駆け出した。舞がそれに続き、慌ててトルビアックとキョウが続く。香里は天野の肩に手を置いた。
「天野さん、ここで秋子さんをお願い。あゆちゃんと栞もここにおいていくわ」
「仕方ないですね。でも、出来るだけここには近づけないでください」
 天野が頷く。あゆと栞は不満そうだったが、行っても足手まといにしかならないのは確実なので何も言えなかった。香里は天野に感謝すると、真琴を連れて扉から飛び出していった。
 3階に上がってこられるルートは5つある。3つの階段と2つのエレベーターだ。キョウとトルビアックはその内の北側の階段に陣取った。
銃を構えた2人は階段の上から踊り場を狙える位置で待ち伏せた。すると、下から各種装備を全身に装備したコマンド兵が5人、2階から3階に上がってこようとしていた。踊り場に出たところで2人が銃を撃ちまくり、不意をついたおかげで3人を倒すことが出来たが、残る2人を踊り場の下に逃がしてしまった。
「ちっ、せっかくうまく不意をつけたのにな」
 舌打ちしながら打ち尽くしたカートリッジを交換する。実のところ、白兵戦闘はトルビアックの苦手とする分野である。いや、大抵のパイロットは苦手としている。何より、拳銃とアサルトライフルでは勝負にならない。カートリッジを交換しているうちに、下から雨のような掃射が加えられてきた。その弾幕にトルビアックが首を竦める。
「これじゃ勝負にならんな。せめて、爆弾でもあればいいんだが・・・」
 そこまで呟いたところで、突然感じた嫌な予感にしたがって慌ててキョウの襟首を掴んでその場を離れて廊下の奥に走った。すると、今までいたところに手榴弾が放り込まれ、爆発した。あそこに留まっていたら殺られていただろう。
「しゃれになんねえな、まったく」
「おいトルク、どうする?」
 キョウが銃を階段側に向けながら聞く。だが、トルビアックにもどうしようもなかった。
 南側の階段には香里と真琴が陣取り、交互に射撃を加えて階段を制圧していた。だが、徐々に不利になっていく。
「あうー、一発撃ったら10発帰ってくるわよう!」
「確かに、これじゃジリ貧ね」
 香里が同感だと応じる。そして、コンパクトを出して階段の下を見ると、まだ10人近くいた。4人くらいは射殺したらしいが、これではきりがない。
 しばらく考え込むと、香里は覚悟を決めた。
「仕方ないなあ。あんまり、使いたくなかったけど」
 そう呟いて、香里は銃を真琴に渡した。渡されたほうは面食らって文句をつけようとしたが、すぐに言葉を失ってしまった。
 香里は目を金色に輝かせ、髪がふわりと不自然に揺らぐ状態、シェイドモードに入った。
「あ、あんた、その姿って、何・・・?」
 真琴が震える声で聞いてくる。香里はどこか寂しげに笑うと、真琴には答えずに階下を見下ろした。そこには銃を構えた兵士が幾人もいる。その内の1人に狙いを定めると、香里は静かに命令した。
「死になさい、内臓ぶちまけて」
 その命令を受けて、狙われた兵士が内側から爆ぜるようにして肉片を飛び散らせて絶命した。その惨状を目の当たりにして兵士達が怯える。その怯えは、別の1人が腹部で捻じ切られて上下に別れて転がるのを見て恐慌に代わった。生き残りが悲鳴をあげて逃げていく。
 大量の肉片が飛び散り、流血が階段を赤く染め上げながら流れを作っていく。それを見て、真琴は口を押さえてうずくまった。幾度か戻した後、真琴は怯えた目で香里を見た。
「あ、あんた、一体何なのよ!?」
「・・・・・・」
 香里は答えなかった。ただ、階下を見下ろしている。そして、不意にその視界がかすみ、その場に倒れてしまった。
「ちょ、ちょっと香里、どうしたのよ!?」
 真琴が慌てて香里を助け起こすが、香里の表情は死人のように青白かった。
 東の階段に行った舞はほとんど一瞬で戦いを終わらせていた。シェイド能力を全開にした舞に追い付けるのはこの場にはシアンしかいない。氷上は病院には来てないだろう。舞が制圧した階段には剣で斬られた死体が10個以上も転がっており、舞はそれを無表情に眺めていた。
 生き残った者は舞に照準をつけるとアサルトライフルやサブマシンガンを撃ちまくった。彼らの予定では、舞は蜂の巣になっているはずだった。だが、舞は持っている剣で銃弾をはじきながらコマンド兵に近づき、1人ずつ斬り殺していった。
「ば、化け物があ!」
 1人のコマンド兵が恐怖に震えながら叫ぶ。無理もあるまい。何処の世界に弾幕を剣で切り払いながら襲い掛かってくる奴がいるというのだ。
 舞は最後の1人まで斬り捨てると、階段の上に出て剣を階段につきたてた。
「はあっ!」
 舞の気合の一声。それと同時に剣が突き刺さった床から一直線にヒビが階下に向けて走り、舞が剣を抜くと、階段は粉々になって崩れ落ちた。階段を破壊したことを確認すると、舞は苦戦しているであろうトルビアックやキョウの救援に向かった。
 階下に襲い掛かったのはシアンだった。エレベーターの一つをワイヤーを切って落とし、もう一方から下に下りたのだ。エレベーターから出てくることはコマンド部隊も予想していたらしく、エレベーターの入り口が開いたとたんに猛烈な弾幕が襲い掛かってきた。だが、彼らにとって不運だったのは、シアンには銃弾がミサイルだったとしても、あまり関係なかったことだ。本気になった最強クラスのシェイドを対人兵器で倒すことは出来ない。彼らはそのことを身をもって実証したのだ。
 マガジン一つが空になるまで撃ちまくったコマンド兵達は、弾幕の中に平然と立っているシアンを見て恐怖を覚えた。銃弾は全てシアンに当たる前に逸らされ、シアンには一発も届いていなかったのだ。
 悠然とエレベーターの箱から出てきたシアンは怯えて下がるコマンド兵をまず見やり、その背後に倒れている看護婦と患者を見て眉を吊り上げた。
「貴様ら、生かしては返さんからな」
 それが、シアンの宣戦布告だった。どこで拾ったのか金属の棒を両手に2本構え、一瞬で間合いを詰めると棒を一閃させた。その一撃を見舞われた兵士は綺麗に両断され、胴で2つに分かれてしまった。剣ではなく、無骨な棒でこんな芸当ができるということは、シアンの筋力と棒を振りぬくスピードが人間を遥かに超えていることを示している。兵士達は対弾、対衝撃用のアーマー・ジャケットの上からの切裂かれ、骨と内臓を砕かれ、即死していった。シアンの一撃は、どうやら大型ポール・ウェポン級の威力があるらしい。
 目を金色に輝かせ、頭髪が揺らいでいる状態のシアンは普段のやさしさを見せることも無く、まるで機械のように冷静にその場にいるコマンド兵を皆殺しにしていった。
 コマンド兵がハンディロケットランチャーを構えて直接照準で撃ってくるが、それですらもシアンには効果がなかった。歩兵携帯火器はシアンには効果がない。ロケットを撃った兵士は近づいてくるシアンを見て恐怖に顔を引き攣らせ、泣いて命乞いをしてきた。だが、シアンはそんな命乞いをする兵士を見ても何の感情を見せず、その頭を蹴り飛ばした。頭を失った兵士は首から血飛沫を上げながら後ろ向きに倒れていく。自ら張り巡らせた障壁によって一滴の返り血も受けていないシアンは、血まみれになった廊下には似つかわしくなかったが、これこそがシェイドの本性なのかもしれなかった。そして、ギレン・ザビが求めた最強の兵士というのもこういう物なのかもしれなかった。
 凄惨さを極める廊下を見ながらシアンはあることに気づいた。アヤウラがいないのだ。そのことを疑問に思ったシアンは、とりあえず生きている兵士を探してその場を後にした。生き残った兵士はすぐに見つかった。なにやら、数人のコマンド兵が若い看護婦や女性を一つに部屋に集めているのを見つけたのだ。悲鳴をあげて抵抗するのをむしろ楽しんでいるようにすら見える。今のシアンはそれを見ても何の感情も湧かなかった。ただ、いい所に情報源がいた、としか思わないのだ。
 センサーには捕らえられても肉眼では捉えられない速さで距離を詰めたシアンは女性を部屋に引っ張り込もうとしている兵士2人の頭をそれぞれ片手で掴み、戦闘ヘルメットごと握りつぶした。スイカを落としたような音を立てて2つの頭が潰れ、その場に倒れる。あまりの恐怖で声も出ない女性や看護婦を無視して、シアンは部屋に押し入った。名かではシアンの予想通り陵辱が行われていたが、シアンはそんなことには構わず、淫行に励んでいた兵士達を片っ端から殴り倒した。
 その場にいた兵士6人を昏倒させると、シアンは連れ込まれていた女性陣に視線を向けた。
「隣の部屋で、静かにしているんだ。俺が行くまで絶対に外に出るんじゃない」
「は、はい!」
 看護婦の1人が慌てて駆け出し、他の者がそれに続く。それを見送ると、シアンは冷たすぎる目で気絶しているコマンド兵を見た。何気に部屋に備え付けられている水道から水を出し、兵士達に引っ掛けて目を覚まさせる。目を覚ました兵士はシアンに対して殺気をみなぎらせたが、片や丸腰で、一方は拳銃を構えている。それを認識した兵士達は一様に黙り込んだ。
「さてと、俺が聞きたいことは1つだ。アヤウラは何処だ?」
 まず、一番左側にいる奴から聞いていく。拳銃突きつけながら。
「さあな、俺は知らねえな」
 兵士が嘲りを浮かべる。それがその兵士の最後の光景となった。シアンはためらい無く引き金を引き、その兵士の頭をざくろに変える。そして、その隣の兵士に移った。
「さて、君はどうかな。知ってるのかな?」
 その兵士は必死に頭を横に振り、次の瞬間には人間だったものに変わった。そのあまりに冷静な殺し方に、訓練を積んだはずのコマンド兵たちが恐怖をあらわにしている。そんな怯える残り4人に、シアンは冷たい目を向けた。次の目標はかなり若い男だ。まだ20にもなるまい。
「さて、君はどうかな。知ってると嬉しいんだが」
「た、助け・・・」
「知ってるのか、知ってないのかだけ答えてもらおうか」
 シアンが銃を押し付ける。シアンの目に射すくめられて、男は素直に話してくれた。
「あ、アヤウラ大佐はエレベーター補修用の縦穴から3階に進入したはずです」
 ようやく答えを得たシアンは苦々しそうに舌打ちすると、男から銃を離した。男が安堵した表情を浮かべる。だが、シアンには4人を解放する気は無かった。何かが4人を襲ったかと思うと、そのまま4人は気を失ってしまう。
「とりあえず、この場は助けてやる」
 そう呟いて、シアンは部屋から消えた。


 銃声と悲鳴が響き渡る病室で、天野とあゆ、栞は不安そうに顔を見合わせていた。一応3人とも銃を持っているが、天野以外はまともに射撃練習などした事は無い。何故天野がそんな事をしていたかというと、シアンを射殺するためだったりする。
「し、し、し、栞ちゃん、だ、だ、大丈夫だよ」
「あゆさん、声がどもってます」
 栞が冷静に指摘してくれる。どうやら、栞の方がこういう時は肝が据わってるらしい。そんな2人をやさしげに見守りながら、天野は勝算の無い銃撃戦を覚悟していた。
 天野の覚悟はすぐに現実のものとなった。部屋の扉が吹き飛び、中に円筒形の物体が放り込まれる。地上戦で使われる家屋破壊弾だ。それを見て天野は2人を庇うようにして押し倒した。とたんに家屋破壊弾が爆発し、部屋に爆風を撒き散らした。部屋が広いことが幸いして相乗効果はなかったが、分厚い複合ガラスは吹き飛び、向こうにいた医師や看護婦は破片を浴びてなぎ倒された。死んではいないだろうが、無傷の者もいまい。
 爆発を確認したアヤウラは部下を伴って部屋に入ってきた。階下の連中は全て囮だった。シアンや舞といった化け物を秋子から引き剥がすための。現にその装備、動きは階下の連中とは明らかに異なっている。
 よほど訓練されているのだろう。飛び込んだコマンド兵たちは抵抗するものがいないことを確認すると、すぐさま秋子を抹殺するべく奥の部屋に向かっていった。
 部屋に入ったアヤウラは、倒れている天野と栞、あゆを見つけて歩み寄り、あゆの腕を掴んで引き釣りあげた。
「くくく、誰かと思えば、あの里村茜と互角に戦ったという月宮あゆではないか」
 あゆの全身をなめまわすように見ながら、アヤウラは玩具を見つけた子供のように楽しげな笑顔を浮かべた。だが、いきなり後ろから肩をつかまれ、後ろに引きずり倒された。怒鳴ろうとする間もなく自分を引っ張った男、城島司が目を金色に輝かせ、力を全開で発揮する。
 司が全力で力を振るうほどの相手、アヤウラはそれを予想して生唾を飲み込んだ。
「テレポートか・・とう・・・いや、シアン・ビューフォート」
 そう、倒れている天野と栞を庇うかのように立ちはだかっている男こそ、アヤウラが最も恐れていた相手の1人、シアン・ビューフォートだった。奥の部屋に向かったコマンド兵たちは全員床に倒れている。
「アヤウラ、5年ぶりだな」
 シアンがアヤウラに話し掛けてくる。司の全力の不可視の力を防ぎながら余裕を見せるこの男の力に、アヤウラは内心でとてつもない恐怖を覚えた。
「シアン・ビューフォート、ジオンを売った裏切り者め」
「貴様は相変わらずの変悪人のようだな。ついてく部下が気の毒だ」
 シアンが1歩前に出てくる。それと反対にアヤウラは一歩下がった。そして、アヤウラが後ろに回した手でサインを送ると、今まで後ろに控えていた少女が前に出てきた。
「シアン・ビューフォート、覚悟!」
 その少女の目が金色に輝く。それを見てシアンは動揺したが、それほど苦戦はしなかった。2人掛かりとはいえ、別にそれほど大きな力は持っていないらしく、その力の圧力はたいしたものではなかった。
 シアンが余裕で2人の攻撃を凌いでいるのを見て取ったアヤウラは、残っているコマンド兵に命じて倒れている2人とICUの中の秋子を銃で撃たせた。シアンはコマンド兵の動きに気づき、慌てて障壁を拡大した。おかげで今まで余裕だった戦いが、とたんに苦しいものに変わってしまう。シェイド能力をここまで使いこなせるのはシアンを除けばみさきくらいだ(氷上も出来るかもしれない)が、こんな事をすれば疲労は劇的に大きくなる。一気に劣勢に立たされたシアンを見て、アヤウラは楽しそうに笑った。
「どうだシアン、新しく送られてきたシェイド、折原操は? なかなかのもんだろ」
「き、貴様・・・どれだけ人を弄べば気が済むんだ?」
 苦しそうにシアンが聞く。アヤウラはさらに楽しそうになった。
「ははははは、決まっている。俺の目的は、あくまでジオンの最終的勝利だ。知ってるだろう?」
「・・・その為なら、何人犠牲にしようと構わない、てことか」
「そうまでは言わんがな、今の連邦政府の支配は間違ってるというのが俺の考え方でね。連邦の考えが世界の考えという今の体制が俺には気に入らない、だから打倒しようとしている。その過程で犠牲が出るのは仕方がないさ」
 アヤウラはすこし自分の台詞に酔っていた。おかげで、自分が時間を無駄遣いしていることに気づいてなかった。
 後ろからコマンド兵が駆け寄ってくる。
「大佐、時間をかけ過ぎました。囮に気づかれたみたいです」
「・・・何だと、ここまできてか?」
 アヤウラは唇を噛んだ。だが、すぐに気持ちを切り替えると撤収に入る。彼は確かに狂っているかもしれないが、不幸にしてこういう男に限って無能ではない。アヤウラは引き際は心得ていた。ただ、彼は変なところでしつこかった。シアンに向けてにやりと笑うと、捕まえていたあゆの首筋に銃タイプの圧入型注射器を押し当てる。
「シアン、こいつが何か、知ってるか?」
「・・・? 何だ?」
 シアンが疑問符を浮かべる。アヤウラは嘲笑を浮かべると説明してやった。
「これは、高槻が開発した最新型のシェイド化薬だよ。これ一本でシェイド化が始まる。まったく、技術の進歩というのは恐ろしい」
 やれやれと頭を横に振る。だが、シアンの顔色は変わった。
「ま、待て、アヤウラ!」
「待てないな、それじゃ、あゆ君のことは任せるよ」
 そう言って、アヤウラはトリガーを引いた。薬品があゆの中に押し込まれていく。あゆは苦しげに顔を青くしていたが、全て注入されると元に戻った。アヤウラはあゆを捨てると、シアンと戦っている2人に声をかけた。
「司、みさお、もういい、退くぞ。これ以上ここにいると、ロスト体に襲われかねん」
 アヤウラの指示を受けて2人が力の解放を止めて急いで部屋を後にする。シアンが慌てて後を追おうとしたが、そこに手榴弾が5個ほど放り込まれたのを見て慌てて防御した。自分だけならともかく、倒れている奴も守らなくてはならないのだ。爆発が収まってシアンがようやく後を追おうとした時にはアヤウラも2人のシェイドも姿を消している。すでに修理溝に入られてしまったらしい。しばらくすると修理溝そのものが爆発を起こし、追跡も不可能になってしまった。つくづく用意周到な奴だ。
 全員が部屋に帰ってくると、シアンは事情を説明した。あゆは目を覚ます気配も無く、昏睡状態になっている。
「シアンさん、あゆさんはどうなるんです?」
 栞が不安そうに聞いてくる。シアンは気が進まなそうにシェイドのことを説明する。シアンの話を聞いて皆は驚いたが、一方で納得してもいた。なるほど、だから3人は化け物のように強かったのか、と。
 そして、シアンはロスト体についても説明した。
「ロスト体っていうのは、簡単にいえば生まれる別人格、ドッペルに乗っ取られるということだ。こうなるともうあゆじゃなくなる。ただ周囲にあるものを破壊しまくる化け物だ」
 シアンが厳しい目つきであゆを見ている。全ては、あゆにかかっていた。はたして、あゆがドッペルを取り込めるか、それとも取り込まれてしまうか。
 皆が深刻そうな顔で見ていると、あゆが突然身動ぎし始めた。何か呟いている。
「あゆ、しっかりするんだ、あゆ!」
 トルビアックが呼びかける。すると、いきなりあゆの目が開き、立ち上がった。
「うぐぅ、鯛焼き無いの?」
 起きていきなりの台詞に場の空気が固まる。トルビアックがなんだか馬鹿ばかしい気持ちになりながら答えた。
「・・・ねえよ」
「ちっ、使えねえ奴」
「んだとおー、てめえ、今なんて言ったー!」
 トルビアックが激発したが、次の瞬間異変に気づいた。おかしい、何かがおかしい、あゆの何かが違う。そこまで考えて、あゆをもう一度じっくりと見た。凹凸の無い体、うぐぅな顔、赤一色に染まった目、包丁、て包丁!?
「な、何だあゆ、その包丁は!?」
「決まってるよ、トルク君を滅殺するんだよ(ニヤソ)」
 にっこり笑顔で言う。だが、その笑顔はニヤリでは無く、ニヤソとでも表現できるものだった。慌ててトルビアックが逃げ出す。シアンと舞、香里はあゆの変化に気づいていた。
「その目、その包丁、貴様、あゆのドッペルだな!?」
「失礼だな、ドッペルだ何て。ボクはつくみやあゆだよ」
 すこし違うだけじゃねえか。と幾人かが突っ込みたそうだったが、とりあえず黙っていた。だが、シアンと舞、香里は真剣だった。
「貴様がドッペルなら、今ここで俺達が始末する!」
 シアンが拳を固め、舞が剣を構え、香里が銃を向ける。だが、あゆは特に気にした風でもなかった。
「君達、強いの?」
「強かったら、どうする?」
 シアンの問いかけに、あゆは嬉しそうに笑った。
「ボクは地上最強の生物と戦いたいんだ。でも、今のボクじゃまだ勝てないから、少しでも強い人と戦って経験値を上げたいんだよ。だから、ボクと戦ってよ」
 あゆの挑戦を受けて、シアンと舞、香里は顔を見合わせた。一様に困惑の色がある。
「なあ、ドッペルって、こんな性格だったっけ?」
「・・・ドッペルは、人それぞれ・・・」
「何て言ったらいいのかしらね」
 3人が疲れていると、横から天野が口をはさんできた。
「あのう、貴女がツクミヤさんだとすると、あゆさんはどうなったんでしょう?」
「ああ、私の中にいるよ。もし勝てたら、出してあげてもいいかな」
 あゆの言葉に、いきなり舞が斬りかかった。だが、舞の長剣はすんでのところであゆの包丁に受け止められている。あゆは歓喜の表情で舞を見る。
「凄い、強いね!」
「・・・貴女も、やる」
 そのまま舞とあゆは激しい斬りあいにはいるが、舞のほうがリーチが長い分有利だった。徐々にあゆが追い詰められていく。舞が勝利を確信したとき、いきなりあゆの左手が出た。目が輝く。
「まだだよ!」
 あゆの左手が光り、床を打った。衝撃波が駆け抜け、舞と後ろのメンバーを襲う。舞は自分の剣で衝撃波を切り裂き、後ろに来たのはシアンの腕の一振りで消えた。
 舞は剣を構えなおすと、また斬り込んだ。今度は充分なためをしての打ち込みだったのであゆも受けきることが出来ず、押されて体制をくずした。周囲がやったと思うまもなく舞の剣が一閃し、あゆの首に迫る。だが、あゆはこの時、誰も予想できない行動に出た。
「なめんじゃねえよ、このボケナスがっ!!」
 あゆの拳が唸り、横薙ぎにきた舞の剣を叩き折った。あまりの事に舞が驚愕する。その一瞬を付かれた舞は鮎の一撃をまともにうけ、後ろに吹き飛ばされた。
「弱い、弱すぎるよ!」
 あゆが文句を言う。そして、右手の人差し指でびしぃとシアンを指差した。
「そこの人、今度は君がぼくと戦ってよ」
「・・・おれが、か?」
 シアンが少し悩む。そして、やれやれと呟くと棒を拾ってあゆの前に立った。
「とりあえず、舞の分は返させてもらうぞ」
「そうでなくっちゃいけないよ」
 嬉しそうなあゆとは対照的に、シアンは何処か辛そうだった。なにやら悩んでいるようにも感じる。
「まさか、こいつを俺が使うことになるとはな、兄さん」
 小さく呟き、剣を腰だめに構えた。
「俺の技、受けられるかな?」
 シアンは物凄く鋭い突きを繰り出した。それをあゆが辛うじて弾く。しばらくそんな応酬が続き、ややしてシアンの動きが微妙に変わった。突きの軌道が僅かにそれ,あたかもあゆの防御をすり抜けたかのような錯覚すら起こさせた。次の瞬間,あゆの眼前には棒の先端が突きつけられていた。たあゆは呆然と切っ先を見やり、ついで笑いだした。
「あはははははは、強いね。何て技なの,いまの?」
「・・・昔ある人に教わった技で、貫という」
 シアンが面白くなさそうに言う。あゆは感心していたが,すぐに残念そうに目を細めた。
「いいもの見せてもらったよ。まだ戦いたかったけど,仕方ないね」
「・・・俺は、疲れたけどな」
「僕がいいんだからいんだよ。さあ、後はこの体を返すだけだね」
 そう言って、あゆは皆を見渡した。
「なかなか楽しかったよ。もしまた会えたら、また戦ってほしいな」
 そう言い残して、あゆは目を閉じた。あゆの体が崩れ落ちる。それをとっさに香里が支えたが、あゆはどうやら寝ているらしかった。それを確認して香里がほっとしていると、割れたガラスの向こうから悲鳴が響き渡った。
「た、大変ですー! 患者の状態が危険値に達しています!」
「な、なんだと!!」
 傷の浅い看護婦が計器を調べて悲鳴をあげ、起き上がった聖が状態を確認しようと秋子に近づくが、どうやら肩にガラスが刺さっているらしく、苦痛に顔をしかめていた。


 あゆは自分が空の上にいるのに気づいた。空には大きな月が浮かんでいる。
「ここは、僕はどうしてこんな所にいるの?」
「それは、お前が自分で来たからじゃ」
 あゆが声のしたほうを見ると、翼を背中に生やした少女がいた。
「君は、誰?」
「余は神奈備命じゃ、貴殿の名は?」
 あゆが、神奈の言葉が何語なのかに首を捻りながらも、とりあえず質問の意味は分かったので答えた。
「ボクは月宮あゆ。ねえ、ここは何処なの?」
「ここは黄泉と現世の狭間。貴殿のような生者が来るところではない。帰るがよい」
「でも、帰り方が分からない」
 あゆが涙目で神奈を見上げる。それを聞いて神奈は楽しげに笑った。
「なるほど、帰り方が分からぬか、それでは帰れぬな」
「うぐぅ、笑い事じゃないよ」
 さすがにあゆがむくれる。神奈は笑いを治めると笑顔であゆを見た。
「いや、なかなかに楽しい奴、こんな気分は久しくなかったこと、気に入ったぞ」
 そう言うと、あゆの手に自分の手をかぶせるように当てた。
「これは礼じゃ。お主なら間違うこともあるまい」
「これは、なんなの?」
 あゆが光る手を不思議そうに見つめる。神奈は悲しそうな顔で言った。
「余がまだ、現世にいた頃に持っていた力じゃ。ほんの僅かな可能性を爆発させる力、不可能を可能にする力じゃ、願いを形とする力じゃ。人は、奇跡と呼んでおったがの」
「奇跡・・・」
 あゆが呆然と呟く。
「この力は軽軽しく使えるものではないが、お主が心から願ったとき、きっと力を貸してくれよう。忘れるな、お主こそ、我ら翼人の後継者なのじゃからな」
「じゃあ、僕が祈れば、死にかけてる人も助けられるの!?」
 あゆの目に希望の光が輝く。神奈は頷いた。
「うむ、その者に生きるという意思があり、なおかつお主が真摯に願えばな。ただ、言っておくがこれはあくまで可能性を爆発させるもの。その者に生きる意思がなければ最初から可能性はないのじゃ。忘れる出ないぞ、諦めたものに、奇跡は起きないのじゃ」
 神奈の言葉は、あゆに重く響いた。あゆが神妙な顔になったのを見て、神奈が安心させようとしてか笑顔を作る。
「まあ、くどくどと細かいことを言うのはよそう。おぬしはもう帰るのじゃ。そして、余の分まで生きてくれ」
「・・・それ、どういうこと?」
 あゆが聞くと、だんだん神奈の姿が薄れていった。
「余は、もうこの世の住人ではない。高槻と申す愚物の手にかかり、今は人を狂わせる邪法の技の一部として利用されておる」
「・・・邪法って何?」
 はたして、あゆは言葉の意味が理解できたのだろうか。どうやら、神奈は良い方にとったらしい。
「余を手にかけた者たちは、シェイドとか言う魔物を生み出すための技と言うておった」
神奈の姿はどんどん薄れていく。
「そうそう、もし会えたらでよいが、裏葉という者に会えたなら、一言礼を言っておいてくれ。そして、神奈ががすまなかったと言っていたと伝えてくれ」
 神奈はほとんど消えかけている。あゆはとっさに神奈に手を伸ばしたが、神奈は笑っているだけで握り返しては来なかった。
「楽しかったぞ、死してなおこのような気持ちになれるとは、余は幸せ者じゃ」
 それがあゆの聞いた、神奈の最後の言葉だった。


 皆が見守っていると、あゆがゆっくりと目を開いた。
「あゆちゃん!」
 あゆを抱き上げていた香里があゆの名を呼ぶ。あゆは香里を見上げた。
「香里さん、僕、夢を見ていたよ」
「ええ、ええ、夢でもなんでもいいわよ。貴女が目を覚ましてくれたら」
 香里の目から涙が零れ落ちる。あゆが周囲を見渡すと、栞や真琴も泣いていた。天野とキョウも肩を震わせている。舞にいたってはシアンに腕にしがみついて泣きじゃくっている。それをトルビアックがすこし殺気のこもった目で見ているので、シアンが落ちつかなげに視線を天井に向けている。
「皆、おはよう」
 そう言って、あゆは立ち上がった。ふと右手に違和感を感じて見てみると、何でか右手に包丁を握っていた。
「この包丁、なんだか、懐かしいような、不思議な感じがする」
 それを聞いて、その場にいる全員が硬直した。泣きじゃくっていた舞までもが泣き止んであゆのほうを見る。
「なんていうか、こう、力が溢れるみたいな」
 あゆの目が怪しい光を帯びる。
「皆、滅殺だよ」
あゆの言葉を聞いて周囲が青ざめる。
「あゆ、こっちに戻って来い!!」
 トルビアックが慌てて怒鳴ると、あゆが不思議そうにトルビアックを見た。
「え、どうしたのトルク君、そんなに慌てて?」
「・・・いや、なんでもないなら、いいんだ」
「? 変なトルク君」
 あゆは首をかしげながら立ち上がり、秋子のほうに歩いていった。全員がその後ろを見送って囁きあう。
「ねえ、もしかしてあの包丁で止めを刺す気じゃ」
「でも、あのあゆさんは元のあゆさんに体を返すって言ってましたし」
「もしかして、今のあゆがドッペルって奴じゃないのか?」
「それなら、俺達にも襲い掛かってきてるよ」
「ふーむ、わからんな」
 皆が囁き会ってるうちに、あゆは秋子の傍に来て右手を両手で包むようにとった。聖や動ける看護婦が怪訝そうにあゆを見る中で、あゆは一筋の涙を流した。
「秋子さん、お願いだよ、目を覚まして。僕、またお母さんがいなくなるのはやだよう」
 あゆの願いに答えるかのように、秋子の体が一瞬光った。皆が驚いていると、看護婦が大きな声をあげた。
「そんな、値がすべて正常値に戻っていきます!」
「な、なんだと、そんな馬鹿な!?」
 聖が信じられないと言いたそうに秋子を見ると、秋子が薄めを開けた。しばらく視線をさまよわした秋子は、あゆを見つけると弱々しく微笑んだ。
「・・・あゆ・・ちゃん・・ありが・・・とう・・・」
「ううん、そんな事ない、そんな事ないよ、秋子さん」
 あゆは涙を堪えることをせず、秋子に抱きついた。秋子は一瞬顔をしかめたが、すぐにやさしげな笑顔を浮かべると、右手であゆの頭をなでてやった。
 聖は目の前で起きた奇跡に驚き、信じたくないのか何度の頭を横に振っている。シアンは秋子に抱きついてないているあゆを見て呟いた。
「これが、あゆの能力なのか?」
 シアンの呟きは誰にも聴かれることはなかった。だが、この力こそ、あゆの最強の力であり、敵対勢力を最後まで苦しめつづけるカノン隊の最大の武器だった。
 病院が襲撃され、病院にいた患者や看護婦の多くが死亡した事件は大々的に取り上げられ、ファマスに対する風当たりはますます強くなった。そんな中で、病院を守るべく戦ったカノン隊のメンバーは英雄のように扱われ、サイド6の市長から感謝状を送られたほどだ。
 また、秋子の状態は日に日に良くなり、医師の聖をして奇跡だと言わしめるほどの回復振りを示した。この奇跡は秋子だけでなく、その病院に収容されていた他の患者にも見受けられていた。回復不可能と思われていた病人や障害者が次々と回復に向かっていたのだ。まさに、病院の中に奇跡が吹き荒れたといえる。
 秋子の暗殺に失敗し、コロニー市民の反発を買い、しかもあゆは生き残ったという。アヤウラは考えられる限り最悪の事態に頭を抱えながら外陽系艦隊司令部に逃げ戻った。まさか、あゆがロスト体にもならず、生き残るとは思わなかったのだ。確率数百分の一の勝負にあゆは打ち勝ったのだ。


 秋子は日に日に回復していき、10日もすると車椅子で病院の外に出られるようになった。まぶしい日差しを受けて目を細めていると、後ろから車椅子を押してくれている祐一と、いつも付き添っている名雪の楽しげな笑い声が聞こえてくる。何があったのかは秋子には分からないが、自分が倒れていた間に2人の絆は深まったらしい。
 2人の笑い声をBGMに秋子が気持ちよさそうにしていると、向こうからマイベックが歩いてきた。毎日、こうやって仕事を抜け出してくるのが彼の日課だ。
「司令、どうやらずいぶんと調子がよろしいようですな」
 嬉しそうなマイベックの声に、秋子は頷いた。
「ええ、だいぶね。それで、艦隊のほうはどうです。使い物になりそうですか?」
 秋子の問いに、マイベックは満足そうに大きく頷く。
「司令が襲われたことで皆が奮起しております。おかげで、異常とも言える速さで上達していますよ」
「そうですか、それでは、いつでも出撃できますか?」
 秋子の問いにマイベックは顔色を変えたが、表情を改めると咳払いをして話した。
「あと一月はほしいですな。それだけあれば、カノン隊を連邦でも最強部隊に育てて見せます」
「分かりました。期待してますよ」
「あと、シアンが休暇を願い出ています」
「休暇ですか?」
「はい、何でも、地球に下りたいとか」
「地球にですか、何でこんな時期に?」
「何でも、知人の墓参りに行きたいとか」
「墓参りですか・・・あ、そういうことですか。分かりました。許可します」
 秋子の言葉を受けてマイベックは敬礼してきた道を引き返していく。それを見送って、名雪は秋子に聞いた。
「お母さん、シアンさんのお墓参りって、何か知ってるの?」
「ええ、あの人の墓参りというなら、止めることはできませんよ。私の分もいっしょにしてきてもらうことにします」
「?」
 秋子の言っていることは名雪にはどうも理解できなかったが、どうやらその相手は2人にとって共通の知りあいらしい。
「ねえ、お母さんは艦隊の準備が出来たらすぐに出撃する気なの?」
「ええ、外洋系艦隊司令部は放っては置けませんから。それに、最近の海賊事件の頻度が気になります。多分、ファマスの艦隊が襲撃しているのでしょう」
「じゃあ、根拠地を一気に叩いて禍根を断つ、と考えてるんですか?」
 祐一の正確な洞察に、秋子は感心した。
「祐一さん、成長しましたね。よくそういう所まで考えが届くようになりました」
「シアンさんに鍛えられていますから。北川と佐祐理さんを欠いた今、お前とトルク、真琴を鍛えるしかないって言って」
 言い換えるなら、天野とキョウは再教育の必要がないということになる。すこし複雑そうな顔で考え組む祐一を見て、水瀬親子は顔を見合わせて微笑んだ。
「そういえば、あゆちゃんはあれからどうなったの。ちゃんと力を使いこなせているのかしら?」
 心配そうな秋子に、祐一と名雪は首を横に振った。
「駄目です。あれからシアンさんと舞、香里が暇を見ては教えているんですが、どうもそういう力がないみたいなんです」
「でも、あの包丁を出すことは出来るんだよね」
 そう、あゆは舞が剣を作り出すように包丁を生み出すことが出来る。最も、あゆはこれだけだが。さらに、あゆには不可視の力すらないらしい。一体、あゆにどんな力があるのか、シアンにすらさっぱり分からなかった。ただ、あの包丁を持つと、妙に攻撃的になり、「滅殺だよ」と言って襲い掛かってくるのだ。戦闘時には非常に効果的だが、戦闘以外では厄介なことこの上ない。この前もいつものようにあゆが体当たりをかましてきたが、その時も包丁を構えていた。もし避けるのが遅かったら串刺しにされていただろう。
 話を一通り聞いた秋子は、困ってるのかどうか分からないが右手を頬に当ててため息をついた。
「仕方ないわね、あゆちゃんのほうは、帰ってから何とかしましょう」
「出来るの、お母さん!?」
 名雪が驚くが、秋子は笑顔のまま頷いた。
「ええ、任せておいて」
 断言する秋子に、2人は顔を見合わせて同じことを思った。
『秋子さん(お母さん)て、一体、何者?』



後書き
ジム改 ううむ、風邪を引いてしまった。
あゆ  うぐぅぅぅぅぅぅ!
ジム改 皆さんも風邪には気をつけてくださいね、今年のは厄介ですよ。
あゆ  うぐぅぅぅぅぅ!
ジム改 さっきからうぐうぐと五月蝿いねえ。
あゆ  ぼくはいつからカノソになったんだよ!
ジム改 何を言う、シェイド化とはそういう事だぞ!
あゆ  ・・・・・・じゃあシアンさんとか舞さんとか香里さんも?
ジム改 もちろん、暴走したらああなる。
あゆ  ひどいや、ぼくはシェイドなんかになりたくなかったのに!
ジム改 ふっ、まあ、シナリオの流れという奴だ、気にするな。
あゆ  どうやっても気になるよおー!
ジム改 それでは皆さん、また次のお話で。
あゆ  無視しないでよ!