第24章  脇役たちの悪巧み

 秋子が襲われた頃、ファマスの艦隊と連邦の艦隊は各地で小競り合いを繰り返していた。ハンフリー・リビック宇宙艦隊司令長官は外洋系艦隊司令部を占領したファマス艦隊の行動を抑えるべく、月とサイド3にそれぞれ40隻ほどの艦隊を配置し、この間を絶対防衛線として一歩もこちらに踏み込ませない構えを取った。
 これに対し、ファマス艦隊は幾度か突破を試みたのだが、綿密な哨戒網とやたらと配置された偵察衛星の目を掠めることができず、すぐに艦隊がやってきて追い返されていた。   
アヤウラの後を任されていた斎藤はやる気はなかったが適当な仕事ができる人物でもなく、アヤウラが帰ってくるまでの間に着々と拠点の地固めをしていた。アヤウラが帰ってきた頃には外洋系艦隊司令部には大量の物資が積み上げられ、哨戒艇や掃宙艇が多数やってきていた。
 斎藤から引継ぎを受けたアヤウラは斎藤から渡された報告書に目を通して満足そうに頷いた。
「たいした手腕だ。この短時間でよくここまでやってくれたな」
「・・・恐縮です」
 言葉少なく斎藤は答えた。一応2人は同格の大佐なのだが、アヤウラのほうが先任であり、本作戦の指揮官であるという事情を斎藤は考慮して敬語を使っていた。実際のところ、斎藤はこの作戦には反対なので、やる気が無いこと甚だしい。彼が仕事をこなしているのは、単に任務だからに過ぎない。それに、彼も軍人であり、負けるのは嫌なのだ。
 アヤウラをはっきりと嫌っている斎藤は形ばかりの敬礼をすると、アヤウラの前から立ち去った。
 斎藤の出て行った扉を見つめながら、内心でアヤウラは溜息をついた。彼は斎藤という男の手腕に素直に感心していたが、同時にそのような男が自分の敵であると言う現実に疲れを感じたのだ。もし、斎藤が自分の部下なら、どれほど負担が軽減されることか。
 積み上げられた書類の山を見て、もう一度アヤウラは溜息をついた。
 アヤウラの執務室から出てきた斎藤は宇宙港に足を向けた。そこには再編されて新たに8隻編成となったリシュリュー隊が係留されている。整備を受けている自分の旗艦を眺めていると、どこからか聞き慣れた声が聞こえてきた。
「みさきー、どこに行ったのー!」
 声のほうを見て斎藤は口元をほころばせた。声の主であるエターナル隊の副長、深山雪見中佐は斎藤に気がつくと敬礼をしてきた。斎藤も敬礼を返す。
「はははは、深山中佐、また川名大佐が逃げ出したのか?」
「え、ええ、恥ずかしいながら・・・」
 羞恥に顔を赤くして雪見が答える。実の所、事務仕事が嫌いなみさきの逃亡癖はファマスでも有名な話で、その都度雪見がひっ捕まえて連れ戻しているのだ。当然斎藤もそのことを知っており、知ってるからこそ雪見に笑いかけられるのだ。
 赤くなった雪見の様子に思わず小さな笑いを漏らしてしまった斎藤だったが、雪見はそれを見逃さなかった。
「あ、笑いましたね」
「え、あ、気づかれたかな?」
「ええ、はっきりと」
 白い目を向けてくる雪見に斎藤は小さく咳払いをすることでその場をごまかした。
「まあ、君の苦労も分からんでもない。どれ、一つ手伝うとしようか」
「え、いいんですか?」
 思いがけない申し出に雪見は目を輝かせた。
「ああ、今日は訓練もないし、事務仕事もあらかた片付けたからね」
 斎藤の答えを聞いて、雪見は大きく溜息をついた。
「はあ、みさきもそれくらい真面目に仕事をしてくれたら・・・」
「は、ははは、まあ、そんなに落ち込まないで」
 がっくりと頭をたれる雪見を励ましながら2人はみさきを探すべく基地の中を歩き出した。


 雪見と斎藤がみさきを探し回っていた頃、当のみさきは両手に抱えられるだけの食パンを持って浩平の自室に来ていた。部屋の主は上官を歓迎しはしたが、目の前で行われている信じがたい光景に胃が痛くなる思いだった。
「ん、どうかした、浩平君?」
 38枚目の食パンにジャムを塗りつつみさきが聞く。
「あ、いや・・・、なんでもないよ、みさき先輩」
 浩平は引きつりまくった笑顔でみさきに答えた。
 みさきは歯切れの悪い浩平の態度を不審に思ったが、すぐに食パンのほうに注意を戻した。
「うーん、朝はしっかり食べないといけないよね」
「は、ははは、しっかりね・・・」
 この量が朝飯なのか、と浩平は思った。
 浩平が宇宙の神秘に目を奪われていると、扉が開いて瑞佳が入ってきた。
「浩平―、今日の訓練だけどー・・・て、なんでみさきさんがいるんだよ!?」
 驚く瑞佳に浩平が助けを求めるような視線を向けた。そんなことは知らないみさきが瑞佳の疑問に答えた。
「それはもちろん、朝ご飯を食べるためだよ」
「あ、朝ご飯ですかー?」
 呆れて答える瑞佳。その背後から別の声が聞き返した。
「つまり、食堂からパンを強奪したのは貴女なのね?」
「その通り! ・・・てその声は雪ちゃん!!」
 みさきの悲鳴が部屋に響き渡る。瑞佳は雪見の発する怒気に押されて逃げるように道を明けた。瑞佳が退いた空間を通って雪見がみさきに近付いていく。みさきはいやいやと首を振りながら壁際にまでずり下がっていった。
 みさきを壁際に追い詰めた雪見は底冷えのする声でみさきに話し掛けた。
「みさき、言ったはずよね、朝は食パン10枚までだって」
「あ、あ、あ、あ、あ・・・」
 雪見から感じる強大なプレッシャーにみさきが怯える。
「さらに、朝は書類の決裁が終わってから食べましょうって言ったわよね?」
「ゆ、雪ちゃん、お、お、落ち着いて・・・」
 みさきが懸命に雪見を宥めようとするが、この場合、それは逆効果だった。雪見は目じりを吊り上げ、悪鬼の形相でみさきの首根っこを掴んだ。
「あんたって娘はー!! 一体何枚の食パンを持ってったのー!?」
「ほ、ほんの60枚くらいだよ〜」
 がくがくと揺らされながらみさきが答える。もちろん、答えたからって雪見が許すわけがない。
「あーん、聞こえんなー、もう一回言ってみろー!」
 とうとう口調まで変わった。そのあまりに恐ろしい雪見の表情に、浩平と瑞佳はただ部屋の片隅でガタガタと震えることしかできなかった。
 そんな2人に変わって、今まで無視されていた5人目の人物が雪見に声をかけた。
「深山中佐、そんなに首を絞めると、川名大佐が窒息するぞ」
 この状況でも冷静な声を出せる男、斎藤が雪見をやんわりと静止した。雪見は斎藤の声を聞いてはっとなり、慌ててみさきの首から手を離した。
「あ、あはは、斎藤大佐、見てましたか?」
 僅かに引きつった顔で斎藤を見る雪見に、斎藤は笑いを堪えた表情で応じた。
「冷静な指揮ぶりで知られる深山中佐にも、意外と熱い面があると知って驚いたよ」
 斎藤の答えを聞いて浩平と瑞佳が噴出し、みさきが声を出して笑い出した。雪見はというと顔を赤くして慌てている。
「あははははははは、ゆ、雪ちゃん、雪ちゃんって冷静だったんだね!?」
「ぷ、く、く、くくく・・・」
「あは、は、は、は・・・」
 3人が笑うのを聞いて、雪見の中で何かが切れた。雪見の雰囲気が変わったのに気づいたのは唯一笑っていなかった斎藤だった。歴戦の指揮官として戦場で鍛えた勘が危険を感知し、そっと部屋から身を引く。そして、斎藤がいなくなると同時に雪見が怒り狂った。
「あんた達、いつまで笑ってるつもりよ―――!!」
「あー、雪ちゃん許してー!」
「ちょ、ま、待ってください深山さーん!」
「た、助けて―!」
 中から凄まじい破壊音が立て続けに聞こえ、斎藤は含み笑いを漏らしながらその場を後にした。


 基地内で一騒動あったものの、連邦軍の攻勢もなく、今日も外洋系艦隊司令部はおおむね平和だった。リシュリュー隊は全艦整備で動けないものの、今日は面白い訓練が行われていた。ファマスの最強部隊と誉れ高いエターナル隊と、攻撃力には定評があるアリシューザ隊の模擬戦が行われているのだ。双方とも8隻づつの編成であり、エターナル隊は旗艦エターナルほか、ムサイ後期型2隻にサラミス改5隻の編成で、アリシューザ隊は旗艦アリシューザいかムサイ3隻にサラミス改4隻で編成されている。
 先手を取ったのは周囲の予想通りアリシューザに座上するショウ・コバヤシ中佐だった。ショウは艦隊を密集させるとエターナルめがけて突撃を開始したのだ。訓練用の通信用レーザーが放たれ、エターナルに襲い掛かる。だが、みさきはショウの突撃に付き合う気はなかった。エターナルはその加速力を生かしてエターナルの進路上から退いてしまい、変わりに密集したアリシューザ隊の艦艇を包囲状態に置いた。
 状況を悟ったショウはやむなく艦隊を散開させたが、それでも何隻かが中波の判定を受けた。戦力を著しく落としたアリシューザ隊はそれでも諦めずに突撃を繰り返した。アリシューザ隊の突撃は確かに迫力があり、やられたほうは圧迫感を覚えるのだ。
 エターナルの艦橋で突っ込んでくるアリシューザを眺めながら、雪見がみさきに話し掛けた。
「まったく、バカの1つ覚えじゃ在るまいし、突っ込めばいいと思ってるのかしら?」
「でも、あの突進力は凄いよ。気をつけないと、こっちが突き崩されちゃう」
 みさきが雪見の報告をまとめての考えを言う。そんなことを言っていると、オペレーターの報告が響き渡った。
「巡洋艦ソルトレイクシティー、撃沈されました」
 言われて雪見がソルトレイクシティーの方をみる。確かにサラミス改級のソルトレイクシティーが発光信号で沈没のサインを送りながらその場に停止していく。どうやら、誤ってアリシューザ隊の砲火の正面に出てしまったらしい。
 突っ込むだけという芸のない戦法ながら、その攻撃力は確かに侮れなかった。
 しかし、所詮は突っ込むしか取り柄が無いことを看破されてしまい、以後は1隻づつ集中砲火で沈められてしまった。ショウは猛将だったが、言い換えるなら応用の利かない猪武者なのである。攻勢には強いが守勢に回るとからきし弱くなるという弱点をつかれた結果になった。


 外洋系艦隊司令部でみさきたちが頑張っている頃、フォスターTでは住井がMSの整備をしていた。久瀬たちは今回の作戦からは外されており、フォスターTの守備についているのだ。久瀬は後方基地となったフォスターTに敵がくる可能性は小さいと考え、シェイドMSの整備ができる住井を呼び寄せておいたのだ。エターナル隊にはまだ雪見がいるので、さしあたって住井が外れても問題は無い。
 だが、住井は葉子と晴香のディバイナー改の整備をはじめてすぐに文句を並べ始めた。
「何だこの状態は!? まるで整備してないじゃないか!!」
 住井に怒鳴られて葉子と晴香が首をすくめる。なにしろ、ディバイナー改は確かに住井たちがディバイナーを改造した機体なのだが、元となったのはヴァルキューレなのだ。残念ながら、シェイドMSを整備できるほどの実力を持つ整備兵はリシュリュー隊にはいなかったのだ。久瀬もそういう事情で住井を呼んだのだが、一種のマニアである住井には整備不良の機体というのが許せない性質なのだ。
「いや、まあ、僕たちじゃ手が出せないから、住井君を呼んだんだ。そう怒らないでくれ」
 久瀬が住井を宥めるが、住井の不機嫌さは消えそうも無かった。しかし、とりあえず整備ははじめた。
 その手際を見ながら晴香が葉子に小声で話し掛けた。
「住井君って、結構厳しい人だったのね」
「まあ、プロ意識の塊みたいな人みたいですね。技術者に多いタイプです」
 さすがの葉子も今回は引きつった顔で晴香に答えている。2人が小声で話していることを久瀬は感ずいていたが、たしなめて住井に気づかれるのを恐れて何も言わなかった。
 4時間もそうしていただろうか、住井がようやく整備の手を休めた。
「ふー、今日はここまでにしておこう」
 機械油やグリスで真っ黒になった手をウェースで拭いながら住井が機体から這い出てくる。その周囲では手伝っていた整備兵たちが疲れきった顔でとぼとぼと歩いている。住井の整備ペースは並ではなく、手伝っていた側のほうが疲れてしまったのだ。
 久瀬が住井の腕に感心していると、トレイに飲み物や食べ物を山積みして由衣がやってきた。
「みなさーん、おやつですよー!」
 軍の整備場でおやつも無いと思うが、整備兵たちは嬉しそうに由衣に群がっていった。それに少し遅れて葉子と晴香が歩いていく。久瀬は苦笑していたが、後ろから住井に肩を叩かれて苦笑を収め、住井と肩を並べて歩いていった。
 久瀬は1口サイズに切られた羊羹を爪楊枝で口に運びながら紅茶を飲んでいる。隣りでは住井がレアチーズを口に運んでいる。
「しかしまあ、この要塞もだいぶ直ったよなあ」
 住井が修理された整備場を見回す。ここは2ヶ月前の戦いで完全破壊されたのだが、今では完全に復旧されていた。
 住井の呟きを聞いて久瀬が失笑を漏らした。
「あ、何か知ってるんですか、大尉?」
「うん、いろいろとね」
「何なんです? 教えてくださいよ」
 住井が興味津々という顔で聞いてくる。久瀬は紅茶を一口啜って話した。
「実はね、アヤウラ大佐の核攻撃はファマス内部でもかなりの反感を買ってね。アクシズの首脳部が謝罪の意味をこめて復旧資材を送ってきたのさ」
「へえー、アクシズがねえ」
「まあ、1年戦争が終わって南極条約が失効したといっても、未だに不文律として扱われているからね。アヤウラ大佐は失効した条約に拘束力は無いっていってるけど、皆はそう思わなかった」
「まあ、そうでしょうね。俺だってあれは腹が立ちましたし。みさきさんたちもかなり怒ってましたから」
「だろうね、川名大佐は結構頑固なところがあるし。深山中佐は潔癖なところがあるからね」
 うんうんと頷いてみせる。そして、新たな羊羹に爪楊枝を刺そうとして違和感を覚えた。
「あれ? おかしいな、まだ四つ在ったはずなんだけど・・・」
 そこで久瀬ははじめて気づいた。いつの間にか自分の隣りにどこかで見たことのある男女が座って羊羹を食べていることに。
 久瀬にジト眼で見られてようやく2人は挨拶した。
「あ、久瀬大尉、こんにちは」
「いや、お久しぶりだろ」」
 2人とも羊羹片手に挨拶のようなものをしてくる。2人の見当はずれな答えに久瀬が思いっきり脱力していると、久瀬の向こうから住井が声をあげた。
「南に沙織じゃないか、何でこんな所にいるんだ!?」
「うん、いや、美味しそうだったから」
「まもちゃんに会いに来たんだよ」
 もふもふと羊羹を食べながら住井に答える。
「はあ、俺に会いに来た? なんでまた」
 佐織の台詞に住井が困惑する。沙織は由衣に貰った紅茶を飲んでから住井に答えた。
「実はねえ、詩子が私たちに連絡をとってきたのよ。それで、住井君に手を貸して貰おうと思って」
 詩子の名を聞いて住井は顔色を変えた。
「詩子が絡んでるのか? てことは、ろくな用事じゃないな」
「さっすがまもちゃん、察しがいいね」
 紅茶を飲み干して受け皿にカップを戻す。そして、少し名残惜しそうにゆっくりと立ち上がった。
「悪いんだけどさあ、少し時間取れるかな?」
「あ、ああ、今日はもうあがろうと思ってたから、別にいいが」
 佐織に押し切られる形で住井が応じる。南は我関せずとばかりに2つ目の羊羹を食べていた。
 住井の私室に場所を移した3人はそこで改めて顔を向け合った。
「それで、詩子が何だって?」
 自分の机からいすを引っ張ってきて背もたれを前にして住井が座る。南と沙織は断りもせずにベッドに腰掛けた。
「実は、詩子がどこからかは知らないんだけど、1つの情報を持ってきたのよ」
「情報?」
 佐織が頷く。変わって南が続けた。
「柚木さんが言うには、七瀬さんがこの要塞に捕まってるて言うんだ。それで、連邦と取引して七瀬さんを救出しないかって事なんだ」
「・・・七瀬さんの救出、俺もそうしたいとは思ってたけど、まさかこの要塞にいたとはな、灯台下暗しか」
 住井が親指の爪を噛む。彼自身も調べはしていたのだが、てっきりアヤウラの艦隊に収容されているか、後方のフォスターU、もしくは火星のエンブロウ基地にあるアクシズの施設に移されていると考えていたのだ。
 だが、どうやって詩子がそれを調べたのか。その点が住井には気がかりだったが、さしあたっての問題はその点ではなかった。彼は詩子の性格はともかく、人格は信頼していた。友人を騙すような女性ではない。
「それで、2人は俺に何をして欲しいんだ。俺に手伝えることなら、袖の下無しで話に乗るぞ」
 住井の返事を聞いて2人の表情が明るくなる。
「助かる。住井にやって欲しいのは、フォスターTの警備システムの掌握と、実行の時に備えた偽装工作だ。特に監視カメラとセンサーを騙して欲しい」
「あと、説得を手伝って欲しいのよ」
 2人の話を聞いて住井は南の話には納得したが、佐織の話には片方の眉を吊り上げた。
「説得?」
「ええ、やっぱり、内通者が必要でしょう?」
 佐織が片目をつぶって見せる。住井は相手が誰なのか予想できず、困った顔で南を見た。
「誰なんだ、南?」
 住井の質問を受けて南はにやりと笑った。
「フォスターTに残っているアヤウラの部下、中崎だ。あいつは七瀬さんに惚れてるからな。絶対に話に乗る」
南の話を聞いて住井が膝を叩いた。
「なるほど、あいつがいたか。確かにあいつなら説得に応じるだろうな」
「ああ、あいつのことだ、七瀬さんにいいとこ見せようと張り切るぞ」
 住井と南、浩平、中崎、南森の5人は兵学校時代の顔見知りで、お互いの性格は熟知している。ついでに言うと七瀬と長森、佐織、詩子、広瀬も同期である。もっとも、住井だけは戦争前に姿を消してしまい、再会したのは戦後になってからだが。
 中崎は自分の部隊が事実上占有しているパイロットルームにいつもたむろしていた。アヤウラ艦隊の所属の者に対する風当たりは強く、どこに行っても白眼視されるのだ。当然客などは滅多に無く、それだけにやってきた住井と南は周囲の目を引いた。
「おーい、中崎、いるかー?」
 南の声がパイロットルームに響き渡り、横になっていた中崎が顔を上げる。
「おや、南と住井じゃないか、どうしたんだ、こんな所に?」
 起き上がった中崎が2人に歩み寄って手を差し出す。2人が交互に握手を交わしながら中崎を部屋から誘い出した。
「なあ、中崎、ちょっと話があるんだが、聞いてくれるか?」
「なんだ? お前らが組んでると、なんかやばそうだな」
 南の話を聞いて中崎がちょっと警戒する。それを住井が宥めながらそこからさらに移動していく。いつの間にか3人は人気のまったく無い物置に移動していた。
「ここなら誰にも聞かれる心配は無いぞ」
 住井が保証する。南は小さく頷くと中崎に向き直った。
「実は中崎、お前に折り入って頼みがあるんだが」
「なんだ、厄介事はごめんだぞ」
「いや、厄介ごとなんだが、悪い話じゃない」
 南の台詞に中崎が眉を潜める。
「悪い話じゃない?」
「ああ、お前、七瀬さんに惚れてたよな?」
 住井と南がニヤニヤと笑う。中崎は冷静さを装いながらも頷いた。
「あ、ああ、まあ、そんなこともあったな」
「じつは、七瀬さんにいいところを見せるチャンスがあるんだが・・・」
 住井がわざと要点を避けて中崎を焦らす。中崎は住井の話に痺れを切らした。
「何だ、早く言えよ。七瀬さんがどうかしたのか?」
「ああ、実は、七瀬さんを救出しようと思ってな。お前の力を借りたいんだ」
 住井の話に、中崎は困惑した。
「七瀬さんを助けるって、彼女連邦軍の捕虜にでもなったのか?」
 中崎の言葉に住井と南は顔を見合わせ、次いで中崎に聞き返した。
「中崎、お前七瀬さんがどうなったのか、知らないのか?」
「七瀬さんだろ、たしか、あの戦いで取調べと訓戒処分を受けたあと、エターナル隊と一緒に前線に出たんじゃないのか?」
 中崎の話を聞いて2人は納得したように頷いた。
「そうか、何も聞かされてないのか」
「・・・なんだ、七瀬さんに何かあったのか?」
 中崎の顔に不安の色が浮かぶ。しばらく考えた後、意を決して南が話し始めた。
「実は、七瀬さんはあの戦いの後、お前の上司のアヤウラ大佐に捕らえられて、拷問を受けてるんだ」
「・・・・・・」
「アヤウラは連邦の水瀬秋子少将を憎んでいる。今まで大きな失敗をしたことがないエリートだからな、自分を負かした相手を許せないんだ。だから、あの時水瀬提督がMSで出撃してきたとき、彼女を殺す最大のチャンスを妨害した七瀬さんが許せないのさ」
 南と住井の目の前で中崎が肩を振るわせ始めた。どうしたのかと2人がいぶかしげな視線を向けてると、中崎が雄たけびを上げて部屋を飛び出そうとしたので、慌てて2人掛りで後ろから羽交い絞めにした。
「ま、待て中崎!」
「落ち着け!」
「は、離せー! 七瀬さんを助け出すんだー!」
 3人はしばらくもみ合い、やがて2人掛りだった住井と南が中崎を押さえ込むことで一応の勝利を見た。
2人は中崎を落ち着かせると用件の続きを話し始めた。
「俺たちは七瀬さんを助け出す。それで、お前に協力して欲しいんだ」
「それはさっき聞いた。具体的にはどうすりゃいいんだ?」
「ああ、お前には脱出用の船とMSを準備して欲しい。ここに残ってるアヤウラ大佐の部下は皆お前より格下だから、何とかなるだろ?」
 南の話に、中崎は少し考え込んだ。
「用意できることはできるが、遠くに行けるような大型の船は無理だぞ。軒並み侵攻部隊への物資の輸送に使われてる。俺が準備できるのはせいぜい哨戒艇くらいだ」
「いや、それでも十分だ。あとは、向こうから迎えを寄越させればいい」
 南の言葉に中崎だけでなく、住井までが驚きの目を向けた。
「なんだ、迎えって?」
 住井の質問に、南は小さく笑って余裕を見せる。
「連邦軍に迎えに来てもらうのさ」
 南の爆弾発言に2人は驚愕した。
「「れ、連邦軍―!!」」
「ああ、実は詩子の奴、連邦軍にもそれなりのコネがあるらしいんだ。それで、何とか話をつけられるって」
 南の説明に2人は顔を見合わせた。

 サイド6の住んでいる詩子は鼻歌を歌いながら荷物の整理をしていた。
「ルンルン、ひっさしぶりの宇宙旅行〜♪」
 これからかなり危険な裏工作に出かけようとしているのに、とてもそんなことを感じさせない詩子だった。これから彼女がやろうとしているの危険な橋を渡る、というようなレベルではない。だが、彼女は自分の命を平然とルーレットのチップにできる女だった。
 ボストンバッグに必要な荷物を詰め込んだ詩子は、その足でコロニーの工場ブロックに向かった。鼻歌を歌いながら歩く彼女は据えた匂いのする工場ブロックには似つかわしくなかったが、詩子は気にしたふうでもなく歩いていく。
 のほほんとしているが、詩子は気づいていた。自分を追跡してくる者達に。
『ふーん、あれで気配を消してるつもりなんだ。ま、誰が送ってきたのかは見当がつくけど、私もなめられたもんよねえ』
 追ってくる気配の数を大体数えた詩子はそいつらのことを完全に無視した。障害とはならないと判断したのだ。
 やがて、詩子は一つのビルの地下に入っていった。昔は何かの事務所だったのだろう。入り口の扉には「貸し店舗」の張り紙がある。詩子は扉をノックもせずに開け、中に入っていった。
「お久しぶり―」
 無茶苦茶軽い詩子の挨拶に、部屋にいる人間は誰もが引きつった表情を浮かべた。ただ1人、奥の壁にもたれている男を除いて。
「まったく、相変わらずだな、詩子」
「何よその嫌そうな挨拶は?」
 口を尖らせる詩子を手で制しておいて、男は壁から離れた。
「お互い忙しい身だ。仕事はさっさと済ませよう」
「私は最近仕事がなくて暇なんだけどね」
「・・・・・・」
 反論する言葉を捜して男が天井を見やる。だが、すぐにそんなことをしている場合じゃないことを思い出して詩子に向き直った。
「そんな事はいい。それより、ビジネスの話だ」
「そうね、それじゃまず、この間の情報料を払っとくわ」
 詩子が持ってきたボストンバックをおいて中からカードを取り出す。
「はい、無記名のカード。言われた通り20万入れてあるわ」
 男はそれを受け取り、部下に渡した。受け取った部下は携帯端末にカードを通して金額を確認すると頷いた。
 それを見た男がとたんに笑顔になる。
「結構、お互いに信頼関係を維持しなくちゃいかんな」
「ふう、信頼関係、ねえ」
 詩子のため息混じりの声が男に脂汗をかかせた。
「まあいいわ、それで、頼んでおいた方はどうなってるの?」
「ああ、そのことだが、かなりやばい事になってるみたいだ。
 男が真剣な表情で話し出す。
「お前の頼みだから調べてみたが、ティターンズには来栖川以外にもいくつかのパイプがあるらしい。そこから信じられないほどの金が流れてやがる。こう言っちゃ何だが、連邦軍の一部隊って、レベルじゃねえな」
「・・・それって、どう言う事?」
「つまり、今のティターンズ位の部隊をもう5つは造れるくらいの金が流れてるんだよ」
 男の話に詩子は額を右手で押さえた。
「うーん、もしかして、私ってば聞いちゃいけない情報を聞いちゃったのかも」
「それを言うなら、俺たちだってやばい橋を渡ってるんだぜ」
 男が肩をすくめる。詩子は少し悪いことをしたかな、という罪悪感にとらわれたが、すぐに気を持ち直すと笑顔に戻った。
「ま、いいわ、また来るから続いて調べておいて」
「・・・簡単に言ってくれるなあ」
 心底嫌そうに応じる男に一瞥をくれて詩子は外に出た。すでに追ってきた男たちの気配はない。それを察した詩子はうっすらと笑みを浮かべるとその場を後にした。
 男たちがどうなったのかは、後に明らかになった。このビルを中心に8人の男の死体が発見されたのだ。ただ、誰もが転落死、あるいは張っていたピアノ線に首をはねられ、ある者は原因不明の爆発によって吹き飛ばされた。
 このことを聞かされた男は寒気に体を震わせ、小さく呟いた。
「さすがは、デス・トラップだな」
 デス・トラップ、かつて、ジオン特殊任務部隊にいた頃の詩子の二つ名。その名が示すとおり、彼女の作る罠は確実な死を与える。彼女に狙われて生きている者は少ない。


後書き
ジム改 てな訳で、今回は脇役扱いされてる人たちに焦点を当ててみました。
詩子  はーい、みんなの恋人、詩子ちゃんだよ〜。
ジム改 みんなの、て事は、誰か1人の恋人じゃないわけだな。
詩子  ああ、何か言った?
ジム改 いえ、何でもありません。
詩子  知ってる、余計な口は寿命を縮めるんだって。
ジム改 ・・・・・・・・・ごめんなさい。
詩子  あははははは、ところで、私ってお金持ちなの?
ジム改 なんで?
詩子  だって、ビジネスとか言ってぽんと大金だしてるじゃん。
ジム改 そりゃまあ、君の請け負う仕事には非合法なのも多いからねえ。依頼料も半端じ
        ゃない
詩子  やっぱりお金持ちなんだ。
ジム改 でも、中には茜のように安い金で無茶言ってくる奴もいる。まあ、結局は君がこういう仕事を好
        きでやってるってことだね。
詩子  危険な女ってやつね。
ジム改 そうそう。