第25章 新たなる力

 

 秋子が入院をしてはや1ヶ月近くが過ぎた。カノン隊の戦力は否応なしに向上していた。秋子の退院の日も近く、新型艦も加えたカノン隊はティターンズを除けば連邦軍最強部隊となっている。

 そんなカノン隊のMSは一新された。秋子の息のかかった企業、ゴータ・インダストリーから接近戦型の試作MSエクスカリバーが持ち込まれ、トルビアックに与えられた。トルビアックはこの新型機に狂喜し、機種転換訓練と称して、毎日乗りつづけている。また、機体がなかった郁美にはオーガスタ研究所から送られてきた新型MSアレックスUが配備されている。

 そして、シアンと舞には連邦系MSとはかけ離れた姿を持つ高性能機が配備されていた。漆黒のカラーリングを持ち、通常のMSを上回る21メートルの巨体のMS、ザイファとセレスティアだ。シアンがアーセンの元を訪れてからすでに4ヶ月以上。遂に痺れを切らしたアーセンが直接持ってきてくれたのだ。小型輸送船でカノンを訪れたアーセンを見てシアンは素っ頓狂な声をあげている。

「アーセン、何でここに!?」

「・・・大馬鹿もんー!!」

 アーセンの凄まじい怒鳴り声がカノンの甲板に響き渡り、シアンと一緒に来た者達は軒並み耳を押さえて顔をしかめた。ただ、シアンだけが平然としている。

「まったく、1ヶ月半もしたらこいつを取りにこいと言ったのを忘れたのか?」

「・・・あ、忘れてた」

 本気で言ってるシアンにアーセンは顔を押さえて頭痛を堪えた。

「まったく、そういう妙なところでボケてるのは相変わらずだな」

 もういいと言いたそうに片手をふらふらと振ると、貨物船の格納庫を開放し、中に積んであった2機のMSと幾つかのコンテナをカノンに下ろし始めた。そして、2機のMSを前にしてアーセンが説明を始める。

「これがシェイド専用機で、右側の機体がザイファ、お前の機体だ。装甲にはルナチタニウムを使っているから、前に作った2機よりも楽だったな。武装はオーソドックスでビームライフルにシールド、腰アーマーにビームサーベル2本をマウントしてある。あと胸部には胴の全長一杯を使った長砲身マシンキャノンを2基内蔵しておる。他は追加オプションになるが、グレネードラックやミサイルポッド、ダブルビームキャノンなどがある。まあ、基本的に汎用機だな」

「なるほど、ねえ」

 シアンが感心しているのかいないのか分からない表情で頷いていると、後ろから舞が出てきた。

「・・・アーセン、先生?」

 舞に話し掛けられて、アーセンの表情が一気に綻んだ。

「おー、舞ちゃんじゃないか、元気だったか?」

 嬉しそうに舞いに近寄って両肩に手を置く。舞は顔をすこし赤くしたが、いきなり殴り倒さないところを見ると少なくとも嫌いな相手ではないらしい。ただ、トルビアックとキョウの視線にはなにやら毒があったが。

「しかし、まさか舞ちゃんとシアンが一緒におるとはなあ〜、まあ、昔から舞ちゃんはシアンにくっついておったから、可笑しくはないかもな」

「ア、   アーセン、何昔のこと引っ張り出してんだよ」

 シアンが焦りまくった声を出す。その隣では舞が顔を赤くして俯いているし、後ろのほうからは郁美の冷たすぎる視線がシアンの背中に突き刺さっている。ついでに言うなら周囲の男どもの視線も敵意を含んでいた。トルビアックとキョウの視線にいたっては殺気すら感じさせるものだった。

 焦りまくるシアンを見てアーセンは口の端を吊り上げてニヤリと笑う。どうやら、役者が違うらしい。

「まあいいさ、2人のことは後でじっくり聞くとして、セレスティアの説明をしようか」

 完全にイニシアティブを握ったアーセンにシアンは「勝手にしてくれ」と言ってそっぽを向いてしまった。舞はすこし真剣な表情になってアーセンの話に聞き入った。

「セレスティアは舞ちゃんのタイプにあわせて極端な近接型MSにしてある。兵装はジェネレーター直結式の有線ビームサーベルが腕にマウントしてあって、使おうと思えばいつでも手に出せるようなギミックにしてある。あと、予備として腰アーマーにビームサーベルを2本搭載してある。ただ、ある理由でジェネレータ出力を少しでも稼がなくちゃならなかったんで、ザイファみたいなマシンキャノンは省かせてもらった。変わりに頭部60mmバルカンが2門と、バックパックに垂直発射式多連装ミサイルランチャーが2基ある。これと防御力の強化として特殊なシールドがある」

「特殊なシールド?」

 アーセンの説明に舞が疑問を持つ。アーセンは頷いた。

「そうだ、こいつは俺の傑作といえるシールドでな、シールドにIフィールド発生器が仕込んである。限界まで小型化したからシールド表面位しか効果がないが、ビームライフルだろうがビームサーベルだろうが弾いてくれるぞ。ただ、ジェネレーターに負担がかかるんで、そんなに長時間は発生させられん。必要になったら起動してくれ。まあ、こいつのせいでビームライフルを装備できなくなったんだけどな」

 そう言って大笑いするアーセンを、舞は大粒の汗をかいてジト目で見た。

「つまり、この機体は中距離以上の戦闘力は無いって事?」

「いや、別にマシンガンでも装備して出ればいいと思うぞ。一応連邦軍の規格に合わせた機体だからな」

 どこか投げやりなアーセンの答えに、舞は深深とため息をついた。あの舞にため息をつかせるあたり、アーセンという男は只者ではない。

 そんなアーセンに皆が毒気を抜かれていると、貨物船の格納庫からあゆの声が響いてきた。

「おじさーん、これ何―!?」

 あゆの声に振り返ったアーセンは、あゆが指指してるものを見て不適に笑って見せた。

「お嬢ちゃん、なかなか目が高いな。そいつは今、アナハイムが開発してる新型ガンダムに導入してるまったく新しい構造で、ムーバブル・フレームって言うんだ。まあ、人間の骨格や筋肉に当たるもんだと思ってくれればいい」

 自慢げに言うアーセンに、あゆがしきりに感心しながら、ふと首を捻った。

「でも、何でアナハイムの最新MSの技術がこんな所にあるの?」

 それを聞かれて、アーセンの笑顔が引きつった。なにやら、汗がだらだらと流れている。それを見て祐一がつっこんだ。

「ひょっとして、盗んだのか?」

「ひ、人聞きの悪いことを言うんじゃない。ただ、情報屋から買ったデータをもとに作り上げただけだ」

「・・・つまり、善意の第3者だといいたいわけか?」

 祐一の更なるつっこみに、アーセンは視線を外して口笛を吹き始めた。

「あゆじゃないんだから、そういうことはよくないと思うぞ?」

「うぐぅ、どういう意味だよ!」

 祐一のぼやきにあゆが反応する。それを聞いて祐一は目を細めた。

「ほう、言わんと分からんかな?」

「・・・うぐぅ」

 あゆは沈黙してしまった。逆にアーセンは生き返った。

「まあ、細かいことは捨て置いてだな」

「何処が細かい?」

 トルビアックの呟きを完全に無視してアーセンが続けた。

「こいつは画期的な新構造だ。こいつを核にしてMSを組み上げれば、革新的な機体になるだろうな」

 アーセンの言葉を聞いて、あゆがアーセンのすそを掴んだ。

「うん、どうしたお嬢ちゃん?」

「あの、今僕が設計してる新型機があるんだけど、それにこれ使えないかな?」

 あゆの言葉に、アーセンは興味を示した。

「ほう、そいつは面白そうだ。どれ、見せてもらおうかな」

「うん、こっちだよ!」

 あゆがアーセンを引っ張っていく。それを見送った一同はシアンに視線を向けた。

「シアンさん、いいんですか、カノンの中に入って行っちゃいましたけど?」

 祐一の抗議にシアンは肩をすくめた。

「まあ、いいんじゃないか。アーセンにはこの艦に乗り込んでもらうつもりだし」

 シアンの言葉にその場にいる全員が絶叫を上げた。特に祐一とトルビアック、キョウの反応は凄かった。

「な、何であんな変なおっさんを?」

「そうです、納得いきません」

「あんなのが来たら、ますますカノンが変人集団になっちゃいますよ」

 キョウの不穏当な発言に制裁が加えられたりしたが、とりあえずシアンは気にしなかった。ただ、淡々と事実だけを述べる。

「あいつしか、シェイドMSを整備できる奴はいない。こいつを理解できるのは、あいつしかいないだろうからな」

 シアンの言葉に全員が沈黙した。何しろこいつは連邦系どころかジオン系のMSともかけ離れているのだ。いわば、ハンドメイド機である。そんな機体を整備できる整備兵はいないだろう。

 一方、あゆに連れられたアーセンはコンピューターから引き出された設計図を見てしきりに感心していた。

「こいつは凄い、本当にお嬢ちゃん1人で設計したのか?」

「う、うん、いつか、自分だけのMSを造ってみたくって」

 あゆの答えを聞いて、アーセンはあゆの目を見た。

『この娘は、俺が昔無くしてしまった物を持ってる』

 それは、夢を失ってしまった者の慟哭であったのかもしれない。そして、アーセンはあゆの頭に手を置き、そっとなでてやった。あゆはくすぐったそうに苦笑いしたが、文句は言わなかった。

「その気持ちを忘れなければ、こいつは絶対に完成する。いや、俺が必ず完成させて見せる」

 アーセンは力強く約束した。あゆはすこし驚いていたが、すぐに嬉しそうに頷く。こうして、歴史に残る名機を完成させる計画がスタートしたのだ。

 

 

 1月12日、秋子の退院の日だ。この日は誰もが仕事を放り出して秋子を迎えに来ていた。カノンのクルーだけでなく、僚艦の乗組員までが来ている事が、秋子の人望を証明していた。もっとも、秋子の回復速度は異常とも言えるもので、医学的にはありえないことだったので、なおしばらくは病院で検査を受けるらしいが。

 病院の前で皆が騒いでいると、祐一と名雪に付き添われた秋子がロビーから出てきた。出てきたところで爆発的な歓声が上がり、我も我もと花束や贈り物を渡していく。秋子はそれらに囲まれて幸せそうに微笑んでいた。

「あらあら、皆さんありがとう」

 この騒ぎは周辺の住民を驚かせていたが、カノン隊のお祭り騒ぎは収まりそうもない。彼らはこのままカノンのメインデッキを利用したパーティー会場で「水瀬司令全快祝い」を行う予定なのだ。

 カノンに帰ってみると、さらに出迎えで賑わっていた。多くのクルーがそこでパーティーの準備をすすめており、すでにそこはきらびやかに飾り立てられ、MSはインテリアと化していた。石橋整備長がタキシードなんか着て一礼している。

「水瀬司令、お帰りなさい」

 それを見て眼をぱちくりさせていた秋子は、右手で口元を隠してくすくす笑いながら答えた。

「ただいま、石橋さん。でも、それはちょっとやりすぎじゃないんですか?」

「どうせやるなら、これぐらいやらなくては」

 石橋がニヤリと笑う。そして、右手を軽く上げて指を鳴らした。すると、壁に掛けてあった幕がサーと音を立てて開き、そこに隠れていた軍楽隊が演奏を始めた。どうやら、ジブラルタルの駐留部隊の中にも秋子のシンパはいたらしい。

「さあ、今日は思いっきり楽しみましょう!」

 石橋の声に周囲が応じ、会場はそのままお祭り騒ぎへとなだれ込んでいった。中央ではダンスが踊られ、丸テーブルには普段は目にしない料理が積み上げられ、重力ブロックに特設された遊戯会場ではさまざまな遊具が並んでいる。

 秋子はこのパーティーの主役なのであっちこっちに引っ張りだこになっていたが、その表情は終始笑顔だった。

 そんな秋子を見て祐一が名雪に語りかけた。

「良かったな、すっかり元気になって」

「うん、本当に」

 名雪が目頭をぬぐう。祐一はそんな名雪を素直に可愛いと思い、自然と名雪の肩を抱き寄せていた。それに驚いた名雪が小さく悲鳴をあげる。

「きゃっ、ゆ、祐一?」

 そこまで言って、名雪は口をつぐんだ。そのまま体を祐一に預ける。祐一は自分がやった行動がいかに恥ずかしいかようやく理解していたが、手を離そうとは思わなかった。

 トルビアックは祐一と名雪を遠目に見てすこしむかついていた。

『あいつら、いつの間にあんなに親密になったんだ?』

 舞に豪快に振られてはや1ヶ月が過ぎ、未だに懲りずにアタックを繰り返しては撃退されているトルビアックの目には、祐一と名雪の姿はうらやましいを通り越して憎悪をかき立てられる光景でしかなかった。

 テーブルに並べられた料理を次々と制覇しているのは舞だ。いつもなら佐祐理がいるのだが、フォスターTで彼女を失った舞は一時期極端に落ち込み、他人との接触を拒否していたのだが、祐一たちの不断の努力で今ではすっかり昔の元気を取り戻していた。ただ、未だに1人でいようとするのだが。

 そんな舞の肩を香里が叩いた。驚いた舞が骨付き肉を咥えながら香里を見る。

「あなた、そんなにがっつくと喉に詰まらすわよ」

「ふぉんふぁふぉふぉふぁい」

「・・・せめて、口の中のものを飲み込んでから文句を言ってよ」

 香里の言葉を聞いて舞がしばらく口を動かし、飲み込んでからもう一度口を開いた。

「そんなことない」

「・・・・・・」

 思わず額を抑える香里。そんな香里の袖を栞が引っ張った。

「お姉ちゃん、向こうでトランポリンやってます。行きましょう!」

「はあ、トランポリン?」

 香里が妹の提案に戸惑うが、栞はかまわずに舞も誘った。

「舞さんもどうです、一緒に行きませんか?」

「・・・私は・・」

 舞が悩む素振りを見せると、栞がたたみ込むような勢いで続けた。

「真琴さんや天野さんもいますよ」

「でも・・・」

「やぱり、こういう事は人数が多いほうが面白いです」

「・・・・・・」

「楽しいですよ」

 栞の得意技、上目使い45度の視線に舞が断り切れなくなって頷く。それを見て栞が嬉しそうに姉を見た。

「舞さんもああ言ってますし、お姉ちゃんもいいですよね?」

「え、ええ、私はいいけど」

 栞の勢いにすっかり押されている香里。栞は舞と香里の手を握るとトランポリンの方に引っ張っていった。

 トランポリンでは妙な戦いが始まっていた。酒瓶を片手にマイベックが同じくトランポリンに入ってくる男どもを蹴り出していたのだ。挑戦者はすでに3人目になっていたが、どうやらマイベックの方が優勢らしい。

 3人が見ていると、その3人目の挑戦者もマイベックに敗北して蹴り出されてしまった。

「どうした、もういないのかー?」

 すっかり酒の回ったマイベックが陽気に挑戦者を募る。トランポリンを囲んでいた者たちが顔を見合わせていると、舞が進み出た。

「私が行く」

「おっ、次は川澄少尉か?」

 マイベックはトランポリンで跳ねながら酒瓶を舞に掲げて見せる。

「俺に勝ったら、この秘蔵の白ワインをやるぞ」

「その約束、忘れないでね」

 舞がトランポリンに飛び込む。そのまま激しい戦いが始まった。香里と栞は舞の強さを知っているから舞の勝利を思い浮かべたが、予想外に舞は苦戦していた。トランポリンという不安定な足場が剣士である舞にとって不利な状況を作り出していたのだ。それに対して、マイベックは明らかにこういった戦いに慣れていた。器用に顔にあたるのを避けたマイベックの攻撃が舞を捕らえ、舞は幾度も外に飛び出しかけてはすんでで体を戻していた。

「はわわわ〜、舞さん、頑張ってください〜」

「参謀長って、強かったのね」

 栞がなにやらチケットのようなものを握り締めて悔しそうに呟く。香里は栞が握り締めているものを見て栞に問いただした。

「栞、それ、何?」

「これ、トトカルチョの券ですよ。舞さんを5枚買ったの」

 栞の答えを聞いて香里は驚いて周囲を見渡した。見れば、誰もが同じ同じような券を握り締めている。

「誰がそんなもの売ってるのよ!?」

「え? あそこですけど」

 栞が指差す先には、天野がどこからかテーブルを持ってきて券をさばいていた。1口2ドルでオッズは2対3でマイベック有利だ。

「天野さん、貴女何やってるの?」

 香里の疲れた声に天野が顔をあげる。

「ああ、香里さん。見ての通りトトカルチョです。どうです、貴女も買いませんか?」

 そう言って、棒を出して背中のボードを示す。

「現在のところマイベック参謀長が3連勝をしています。緒戦では参謀長には5倍のオッズがつけられてましたが、意外な実力に現在ではここまで下がっています」

 天野の的確な説明を聞いて、香里は頭痛を堪えるように再び額を抑えた。

 香里が苦しんでいると、背後でどよめきが起こった。舞の一撃を受けてマイベックがトランポリンから蹴り出されたのだ。

「ちっくしょう、またすっちまった!」

「ようし、負けを取り戻したぜ!」

 宙を外れ券が舞い、勝利を掴んだものが即席の換金所に駆け込む。換金所には艦橋のオペレーターが素早く処理をしていた。

「わあ、凄いです舞さん!」

「私はトランポリンを制する者だから」

 栞の歓声に舞は妙な答え方をした。蹴り出されたマイベックは立ち上がると栞の隣りに立った。

「ははは、負けてしまったな」

「参謀長も強かった」

「そういつは、光栄だな」

 舞の言葉ににやりと笑うマイベック。そして、新たな勝者となった舞に最初の挑戦者が挑んだ。

「あうー、今度は私よー!」

「・・・負けない」

 こうして、舞と真琴の戦いが始まった。

 中央ではダンスが行われていたが、そこではキョウが女性兵士と踊っていた。キョウは意外にこういうことに慣れているらしく、そのダンスは堂に入ったものだった。

 曲が一巡して今まで踊っていた女性から離れたキョウは、少し疲れたのかテーブルのほうにやってきた。そこに置いてあるシャンパンのグラスを取って口に運ぶ。

「ふう、うまい」

 シャンパンを飲んで一息ついたキョウはは、新たな相手を求めて視線をさまよわせた。すると、見慣れない女性に気づいた。

「うん、どこの誰だ?」

 その女性士官はワインを飲みながら男と話している。

「ははははは、南君たら顔赤―い」

「おい沙織、飲みすぎだぞ」

「南君〜、君も固いね〜?」

「だああ、柚木も飲みすぎだあー!」

 南が絡んで来る酔っ払い2人から逃げ出す。詩子と沙織はそれを見送ると顔を見合わせてくすりと笑い、ワイングラスを軽く合わせるとそれを飲み干した。

 キョウはそっちの女性士官を次の相手に見定めると、グラスを片手に歩み寄っていった。

「すいませんが、お名前は?」

「え、私?」

 突然話し掛けられて佐織が自分を指差す。キョウは頷いた。

「私は稲木沙織だけど、なんか用?」

「いや、俺と踊ってくれないかと思って」

「お、踊るって、私できないよー!」

 佐織が真っ赤になって首をぶんぶん振るが、横からニヤニヤと笑う詩子が肩を叩いた。

「いいじゃない、踊ってきなさいよ」

「ああ、詩子ちゃん裏切ったなあ」

「さあ、あ、私はお邪魔みたいだからここで失礼するよ〜」

「あ、ちょ、待ちなさいよ〜」

 佐織の助けを求める声を無視して、詩子はニコニコ笑顔のまま人並みに消えていった。孤立無援となった沙織は引きつりまくった笑顔でキョウを見る。

「えっと〜、わたし、こういう事はやったことがないんですけどお」

「大丈夫、俺がばっちりサポートするから」

「は、はあ・・・」

 沙織はついに折れて右手を差し出す。キョウがその手を取って中央の輪へと誘導していった。

 1人で会場を彷徨う南は、困った表情で周囲を見渡していた。何しろ、斎藤の部下である彼にとってここは敵地なのだから。用事がなければこんなところはさっさとおさらばしたい所だろう。

 しかし、と南は思った。

『何でこの艦隊の連中はこんなに明るいんだ。司令官が現場に復帰してきただけでまるでお祭り騒ぎだ。これが噂の水瀬提督の人徳だってのか』

 南は自分の所の司令官連中を思い浮かべた。確かにファマスには優秀な指揮官が多い。久瀬提督やバウマン提督などはそのもっとも足る例だろう。だが、果たしてここまで一兵士の人望を集められるだろうか。ここにいる者は高級士官から下級兵士までが無礼講で司令官復帰を祝っている。

 南は、ファマスの堅苦しい雰囲気がどうにも馴染めなかったので、この艦のアットホームな空気に素直に馴染んでいた。

 沙織を見捨てた詩子はいつのまにかトランポリンの方に来ていた。

「あうー、ここで印籠を渡してやるわよー!」

「知らんわ! 第一、印籠って何だ!?」

「え、ええと、それは〜」

 どうやら、よく知らないで使ったらしい。ついでに言うと、印籠ではなく引導よ。詩子は買った券を見て呟いた。

「買う相手、間違えたかな」

 詩子の手には真琴に賭けた券が4枚握られていた。天野の予想を聞いて買ったのだが、果たしてそれが正しかったのかどうか。

 そうこうしているうちに戦いが始まったが、詩子の不安をよそに真琴は強かった。なにしろ、不安定なはずのトランポリンの上でちょこまかちょこまかと移動し、トルビアックはまともに真琴を捕らえることすらできないのだ。そのうちに真琴の体当たりがトルビアックに決まり、彼は外に弾き出されてしまった。

 周囲から真琴への拍手喝采が起こり、真琴がトランポリンで跳ねながらそれに答えていた。そんな中で、詩子は胴元の所に行った。

「やっほー、あなたの予想通りになったよ。たいしたもんね」

「いえ、たまには勝たせないと、私の身が危ないですから」

 さらりと恐ろしいことを言う辺り、只者ではない。詩子はこめかみから一筋の汗を流しながら更に聞いた。

「ところで、カノンのMS隊にシアン・ビューフォートって人がいるはずなんだが、どこにいるか知らない?」

 詩子の問いかけを聞いて、天野は視線を少し険しくした。

「シアン少佐に、何か御用ですか?」

「う〜ん、ちょっとね」

 詩子は言葉を濁した。内心ではまずい相手に聞いたかなと後悔している。だが、天野はそれ以上追求することはせず、ダンスをしている辺りを指差した。

「多分、あの辺りか、壁際だと思います」

「そうか、ありがとう」

 詩子は天野に自分の持っていた券に紙幣をつけてテーブルに置くと、そのまま天野の指差したほうに歩いていった。天野はしばし詩子の贈り物を見ていたが、とりあえずそれを机にしまうと、商売を再開した。

 

 

 天野の予想通りと言うか、シアンは郁美とダンスを踊っていた。以外にシアンはこういうことにも慣れているらしく、慣れない郁美をリードしていた。

「ちょ、速いですよ、シアンさん」

「ははは、君もももうすこしやればうまくいくようになるよ。さっきよりはずいぶん速く動けるようになった」

 シアンはそう言って焦りまくる郁美を軽く引っ張った。引っ張られて郁美が前のめりになった所をうまく抱きとめてそのままターンをする。周囲から見れば見とれるほどの2人だが、実際にはシアンの1人舞台だった。

 やがて、郁美がダウンしてしまったのでシアンは郁身を抱えて壁際に仮設されたベンチで休んでいた。

「はあ〜、疲れた」

「はははは、まあ、慣れない内はそんなものだ」

 疲れてぐったりとしている郁美を横目にシアンはどこからか持ってきた料理を口に運んでいた。それをおいしそうに頬張ってるシアンを見て郁美がむくれた。

「むー、私の分はないんですか?」

「・・・あ、忘れてた」

 フォークを片手にボケた答えを返す。それを聞いて郁美が情けない顔でシアンを見てきた。それを見てシアンは居心地悪そうに手に持った料理の皿を見つめ、しぶしぶ自分と郁身の間に置いた。郁美が嬉しそうに盛ってある料理の山からソーセージをつまんで口に運ぶ。

「うーん、おいしい」

「そいつはよかった」

 本当に嬉しそうに料理をつまむ郁美を見てシアンは持ってきていたアップルジュースを口に運んだ。ここにはなにやらほわほわ空間が形成されていて、周囲の者が異変に気づいてそれとなく席を外した。1人身の悲しいところだろう。

 そんな2人に、新たな皿が差し出された。

「よかったら、これもどうぞ」

「わっ、ありがとう」

 満面の笑顔で郁美がそれを受け取る。だが、シアンは皿を差し出した女性に驚いていた。

「お前は・・・」

「久し振りですね、シアンさん」

「・・・・・・・・・・ああ、柚木か」

「今の間は何ですかあ!?(泣)」

 詩子の悲しそうな問い掛けに、シアンは苦笑いをするしかなかった。はあ、と大きな溜息をつくと、詩子は頭を左右に小さく振った。

「いいんだ、どうせ私なんて、いつもこんな扱いなんだ」

「えっと、柚木さん、だっけ? そんなに深刻にならなくても」

 郁美が落ち込む詩子を慰めようと必死に考えを巡らしたが、どうにもいい考えが浮かばず、困った顔でシアンのほうを見た。

 シアンは最初警戒していたが、2人のやり取りにすっかり毒気を抜かれてしまい、一息ついて続きを促した。シアンに言われてようやく帰ってきた詩子が用件を伝える。

「実は、シアンさんにお願いがあって来たの」

「お願い? 軍艦に潜入する危険を冒してか?」

 シアンが眉を潜める。詩子は大きく頷いた。

「うん、もちろん、シアンさんにも意味のない話じゃないよ」

「ふーん、俺にも関係がある。ね」

「実は、カノンのMS隊の指揮官に、北川潤中尉と、倉田佐祐理中尉という人がいるよね?」

 詩子の目に探るような色が宿る。こちらの意表をつこうと考えるときの彼のくせだ。

「ああ、だが、2人はフォスターTの戦いで核攻撃に巻き込まれて戦死しているが?」

 シアンの声にやや怒りが混じる。あの事件は未だにシアンを含め、カノン隊の将兵すべての心にしこりとなって残っていた。だが、詩子はそんなシアンの葛藤に気づかないかのようににやりと笑った。

「2人は生きてるよ」

 詩子の台詞に、シアンは持っていたコップを握りつぶした。乾いた音が周囲に響いたが、幸いに気づいた者はいないらしい。

「実は、2人とその部下たちは要塞の中枢近くにいたらしくて、核攻撃後も無傷で済んでるの。あの後降伏したんで、今はフォスターTに捕虜として収監されてるよ」

「・・・2人が・・・そうか」

 シアンの声には深い安堵があった。表情が緩み、さっきまでの苦渋に満ちた表情が嘘のようだ。

「だが、それを知らせる為に来た訳ではないだろう? 交換条件は何だ?」

「さっすが、シアンさんは話が早い。実は、仕事を頼まれたんだけど、役に立ちそうなつてがシアンさんしかいなくってさあ」

「まさか、俺に手伝え、なんて言うんじゃないだろうな?」

 さすがに少し驚く。だが、詩子は顔の前で手をふるふると振った。

「そんなことは言いわないよ。ただ、私たち助け出した後、脱出した私たちを回収してほしいの」

「回収? 艦隊を出せと言うことか?」

「そう。フォスターTと月の中間地点まで進出してくれれば、後はこちらで実行するから」

 自信たっぷりな詩子に、シアンは疑問をぶつけた。

「だけど、お前にできるのか? 潜入工作はともかく、破壊活動は専門じゃないだろう?」

「その点は大丈夫。専門家2人の協力を得てるし、内通者もいるから」

「内通者!?」

 詩子から出た言葉にシアンが驚く。だが、しばらく考え込み、顔を上げたときには笑みを浮かべていた。

「分かった。何とかやってみよう。細かい打ち合わせはパーティー終了後と言うことでいいな?」

「私はかまわないけど、何で?」

 詩子が小さく首を傾げる。シアンは詩子の肩を叩くと、会場を指差した。

「せっかくのパーティーだ。お前も楽しんでいけよ。全部終わったら、秋子さんに合わせるから」

 シアンは親しげに詩子の肩を叩くと、郁美を連れてパーティーの輪に戻っていった。

 パーティーも終盤に差し掛かった頃、最後を何で飾るかで石橋がトルビアックや祐一といったこの手のイベントに強い連中を集めて相談していた。しかし、何をやるかはすぐに決まったのだが、どうやってやらせるかで悩んでいた。何しろ、その頼みこむ相手が天野なのだ。

 みんなを代表して祐一が天野に頼んだのだが、帰ってきたのは冷たい答えだった。

「私に神楽舞を踊れと言うのですか。こんな所で?」

「あ、ああ」

 天野の視線は冷たいを通り越して吹雪となった。

「相沢さんは私に宴会で神聖な舞を踊れと言うんですね。そんな酷な事はないでしょう」

 こちらをじっと見つめる天野の視線を受けきれずに祐一は視線をそらした。だが、援軍は予想外の方向から現れた。

「あら、私も見てみたいですよ。美汐ちゃんの神楽舞」

 のほほんとした雰囲気をまとった無敵の女性、秋子さんだった。さすがの天野も相手が秋子では分が悪いらしく、その笑顔に押されていた。

「で、でも、式服も在りませんし・・・」

「大丈夫ですよ。私の持っているものを貸してあげますから。サイズも合うはずですよ」

 何故そんなものを持ってるんだ、秋子さん? 誰もがそう思ったが口には出さず、ただ天野を連れて行くのを見送るだけだった。

 式服に着替えた天野を見て多くの者が感嘆の声をあげた。式服自体の意味は分からなかったが、天野の纏っている荘厳な雰囲気が周囲を圧倒したのだ。やがて、天野が中央に立つと艦内放送のスピーカーから聞きなれない音楽が聞こえてきた。天野がそれにあわせて静かに舞いだす。それは今の時代では旧日本地区に僅かに生き残っているに過ぎない古代宗教の儀式であり、理解できたのはごく一部の人間だけだった。もっとも、そのうちの何人かは明らかに間違った知識だったが。

 

 

 パーティーが終わり、片付けが始まった頃になってシアンは秋子に3人を引き合わせた。秋子はシアンの様子を察して会議室に移った。同行者はマイベック1人に限定されている。

「それで、話と言うのは何ですか?」

 秋子に促されてシアンが詩子に聞かされた話を秋子に伝えた。シアンの話を聞いて秋子とマイベックの顔が驚愕の形に変わっていく。

「北川さんと佐祐理さんを助け出す、ですか。確かにそれが本当なら協力は惜しみませんが、でも何故です?」

 秋子の疑問は当然だろう。いくら仲間を助けるためとはいえ、捕虜の脱出を手助けするなど、正気の沙汰ではない。まして、2人が捕らわれているのは要塞なのだ。

 秋子の疑問には沙織が答えた。

「アヤウラに捕まっているのは私たちの大切な友人です。でも、捕まえられた相手が問題でした」

沙織が一瞬嫌悪に顔をゆがめる。

「七瀬さんを捕まえたのは、アヤウラ・イスタスという男です。かつて秘密警察で辣腕を振るったサディストで、相手を苦しめることに喜びすら見出しています。あいつに捕まったと言うことは、いつ殺されてもおかしくはないのです」

 まるで苦いものでも口に含んでいるかのような表情で沙織が秋子にアヤウラの人柄を説明する。秋子は黙って瞑目したままそれを聞いていたが、沙織が話し終わっても秋子は眼を開かず、何かを考えていた。

 沙織たちが不安になった頃になってようやく秋子は眼を開いた。

「分かりました、手を貸しましょう」

「水瀬提督・・・ありがとうございます」

 沙織が秋子に深深と頭を下げた。秋子はにっこり笑うと、マイベックに視線を向けた。

「マイベックさん、この計画、貴方に一任してもよろしいかしら?」

「・・・そうですな、やってやれない事は在りませんが、結構な大作戦になりますぞ」

 マイベックが参謀の顔で秋子の注意を促す。秋子もそれは承知しているのだろう。黙って続きを促した。

「まず、外洋系艦隊司令部にいる敵の眼を別の方向に向けさせなくてはなりません。その為には陽動作戦が必要です」

「それなら、リビック長官が実施している封じ込め作戦で十分ではありませんか?」

 秋子が自分の考えを口にする。

「あれはあれで有効ですが、それ以上に派手にやらせます。私としては、敵の補給線を寸断する作戦を実行し、敵の司令官に心理的余裕を無くさせようと思います」

 マイベックが備え付けの紙に簡単に構想を書きとめてその場にいる全員に示していく。

「そして、小規模な艦隊を五月雨式に送り、適当に交戦して敵の疲労と消耗を増大させます。いわゆる神経攻撃をかけます。可能なら後方に大規模な予備戦力を置き、万が一敵が本気で迎撃に出てきたときに備えます。これを繰り返すことでファマスの警戒心に綻びを生じさせ、その間に小規模な部隊を送り、北川中尉と倉田中尉を回収するのです」

 マイベックの作戦はその場にいる全員を納得させるものだったが、実行するにはそれなりの人材を必要とする。シアンがその点に疑問を述べると、マイベックはこともなげに答えた。

「この作戦を立てたのは私だ。だから、私が指揮をするよ。まあ、できるなら神経攻撃の方はリビック長官にお願いして、私は補給線寸断作戦に集中したいところですが」

 そう言ってちらりと秋子を見る。秋子もマイベックの意図を察して頷いた。

「分かりました、そちらの方は、私からお願いしておきます」

「頼みます。それと、この作戦の本隊となる回収部隊の編成ですが、あまり大規模な艦隊は無理です。せいぜい1個戦隊といった所でしょう。よって、これにはできる限り精鋭で編成します。問題は艦艇と人員の選別ですが・・・」

 マイベックはいくつかの艦名と人名を書き並べた。

「最近完成した新造艦ですが、ペガサス級強襲揚陸艦アルビオンを旗艦とし、これにほぼ同じ性能を持つ準同型艦のスタリオン、それに新造の機動巡洋艦リアンダー級2隻を加えた高速部隊で行きましょう。残念ですが、サラミスやマゼランでは航続力が足りませんから」

 続いて、人員を伝える。

「指揮官は何人か候補がいますが、アルビオンのシナプス艦長がいいでしょう。実直な人柄で、その堅実な指揮振りには定評があります。また、うちからはシアン少佐は当然として、ほかに誰を連れて行くかですが・・・」

 マイベックに視線で促されて、シアンは連れていきたい者を上げた。

「天沢少尉に、相沢、それに名雪ですか。これ以上引き抜くと訓練や陽動作戦のほうで困るでしょうから」

「でも3人だけで大丈夫ですか?」

 秋子の心配そうな声を、シアンは嬉しくも在ったが無用であることを伝えた。

「なに、大丈夫ですよ。ザイファも在りますから」

 そこに、南と沙織が自分たちの持っている情報を披露した。

「連邦軍だけじゃないですよ、要塞内にも協力者はいますから」

「七瀬さん、意外と人気あるのよねえ〜」

 沙織の声はどこか羨ましそうだった。まあ、メインヒロインと脇役の差かな。

「中崎が七瀬さんに惚れてまして、説得は容易でしたよ」

「エース級のパイロットですから、頼りになりますよ。ただ、脱出後は連邦が受け入れてくれるという保証が必要ですけど」

「了承」

 南と沙織の要求に秋子はカノン名物1秒了承で答えた。

「その人に限らず、この作戦に協力してくれる人はみんな受け入れてあげますよ」

 こうして、カノン隊と南たちの七瀬・北川・佐祐理救出作戦は発動した。この作戦はこの時点ではさほど大きな意味を持つとは考えられていなかったが、結果として戦局に大きな影響を与えることになる。

 


 

後書き

ジム改 という訳で、南、佐織がようやく本格的に出てきました。

郁美  ねえ、一つ聞いてもいい?

ジム改 うん、何かな?

郁美  私って、シアンさんの恋人なんだよね?

ジム改 多分。

郁美  多分って何よ。なんか私って、シアンさんに名前で呼ばれた記憶が無いんだけど?

ジム改 うむ、一度も呼ばせていない。

郁美  断言するなあ! 

ジム改 仕方あるまいが。それに、一応主役は祐一君なのだよ。

郁美  あれ、シアンさんと北川君じゃないの?

ジム改 違うぞ、なんとなく皆勘違いしてるけど、一応祐一が主役だ!

郁美  あんなに影が薄いのに?

祐一  皆嫌いだ〜〜〜(涙)

ジム改 ・・・・・・・・・・・・・・・

郁美  ・・・・・・・・・・・・・・・