第26章 七瀬救出作戦

 

 フォスターTから地球圏に伸びる一本の道、それこそがアヤウラたちの生命線である輸送路だ。その輸送路はここ最近になって連邦軍の通商破壊戦によって脅かされていた。ここ5日ほどの間に3つの輸送船団が襲撃され、その都度半数近い損害を出していた。

 そして、今も新たな輸送船団が派遣されていた。内訳はパゾク6隻、パプワ2隻、コロンブス18隻でコロンブスが多いという辺りにファマスにおける久瀬中将に同行してきた連邦部隊の重要性が出ている。これを護衛しているのが旧式のサラミス4隻にやはり旧式のムサイ2隻だ。旗艦はマゼラン改級戦艦のオクラホマで戦艦が護衛についている辺りにファマスがこの船団にかける期待の大きさが伺える。

 船団はミノフスキー粒子を散布しない代わりに奇襲を受けないというメリットをとっていた。各艦のレーダー手が目を皿のようにしてレーダーパネルを睨んでいる。距離的にはすでに8割を過ぎていたが、実際にはここからが本番なのだ。いつどこから戦闘機が突入してくるか、まったく予測できないのだから。

 最初に敵を発見したのは先行していたサラミスのレーダー手だった。レーダーパネルに20を超す数の光点が映し出された時、レーダー手は悲鳴のような声で叫んだ。

「レーダーに機影多数、急速に接近中!!」

「来たか、旗艦に伝えろ、お客さんだ!」

 艦長が急いで指示を飛ばす。そうこうしているうちにサラミスの周囲にいたジムやザクが急いで襲い掛かってきた敵機に向かっていった。

 サラミスが捕らえた敵機、連邦軍の主力戦闘機、コア・イージーとセイバーフィッシュ24機はMSを見ると抱えてきた対艦ミサイルを一斉に撃ち放って一目散に逃げ出した。

 発射された1機辺り2発から3発の対艦ミサイルは一直線に輸送船団に向かって飛んでいき、後退した輸送船団に変わって前進してきた護衛艦隊に阻まれた。

「全艦砲撃開始、フレアー、チャフ弾発射、ミノフスキー粒子散布!!」

 オクラホマの命令を受けて各艦から一斉にフレアー(高熱源体の囮)やチャフ(対レーダー用の電波かく乱幕)が四方に打ち出され、ミノフスキー粒子が散布される。発射されたミサイルは半数以上がフレアーやチャフに騙されて進路を変えたり自爆したが、残る20発ほどが囮を無視して突っ込んできた。これに対して艦隊は一斉に放火を開いた。主砲が、対空機銃が、ミサイルランチャーが一斉に弾を打ち出し、飛来するミサイルを打ち落とそうとする。ここで連邦艦とジオン艦の設計思想の差が冷酷に出てきた。対空機銃を積んでいたサラミスやマゼランは弾幕を張ることでミサイルを防げたが、機銃を持たないムサイはこれを阻止することができず、1隻が3発の直撃を受けて大破した。もう1隻はミノフスキー粒子のおかげでミサイルのレーダーが艦を捕らえる事ができなかったらしく、そのまま脇を通り過ぎていったので無傷ですんだ。

 一方、後方に下がった輸送船団には破局が訪れていた。艦隊が前進したためにMSしか護衛に就いていなかったために、船団は遠距離から接近してくる天敵にまったく気づいていなかった。

 始まりは後方から飛来したメガ粒子ビームだった。直撃を受けてパプワが爆沈してしまう。攻撃されてはじめて彼らは後方から別働隊がきていることに気づいた。後方には砲撃を続けるサラミス改が2隻に突撃してくるセプテネス級駆逐艦5隻、パブリク突撃艇18隻がいた。このうち、駆逐艦というのは突撃艇を大きくした様な艦で、小型の船体に大出力推進器と速射性の高いレーザー砲を搭載している。このレーザー砲というのはメガ粒子砲と比べて威力に劣るが、この艦自体が近距離での戦闘を想定されているため、あまり問題にはならない。また、駆逐艦の特徴として大型のミサイルランチャーと機雷戦能力が上げられる。これらの装備を有効に生かすことで駆逐艦は近距離戦闘では絶大な威力を発揮するのだ。

 もっとも、連邦宇宙軍には駆逐艦という艦種は今まで無く、先のフォスターT会戦時において混戦になると戦艦や巡洋艦では対処できないような場面が多く見られたため、これらに変わって戦況の変化に即座に対応できる即応性の高い艦艇が求められたことにより、急遽建造されたものだ。要求自体は戦前から存在していたので設計だけは行われており、それを若干改修した上で建造されている。また、新鋭艦なので、最初からMSの搭載能力が与えられてもいる。もっとも、艦内に搭載することはできず、艦外にMS用ハンガーを設置するという方法を採用しているが、それでも2機を搭載することが可能である。

 突撃してきた駆逐艦からおのおの2機のMSが発進し、計10機のジム改とエクスカリバーが輸送船団を護るMSに襲い掛かった。迎撃に出てきたのは12機のジムやリックドム、ザクで、ジム改や、ましてエクスカリバーの相手ができる機体ではない。エクスカリバーのコクピットでトルビアックは舌なめずりをすると手近にいるリックドムに襲いかかった。

「さあ、エクスカリバーの実戦テストだ、せいぜい頑張ってくれよ!」

 エクスカリバーの両手に握られている2本の有線ビームサーベルから普通のビームサーベルを上回る大きなビームサーベルが生まれた。リックドムは見たことも無い新型機に慌てたのかかなり遠くからジャイアントバズーカを撃ってくる。トルビアックはそんなリックドムの動きに冷笑を浮かべながら距離を詰めるべく一気に加速させた。ジムキャノンUでは不可能な加速性能に口を噛み締めて耐える。

 リックドムのパイロットは圧倒的なスピードで迫るエクスカリバーをついに捕らえることができず、そのビームサーベルの一振りで真っ二つにされてしまった。爆発するリックドムを背景にトルビアックは傍にいるジムを目標に定めた。ジムはビームサーベルを抜いてこれに応戦したが、エクスカリバーはビームサーベルごとジムを切り捨ててしまった。ビームサーベルの出力があまりにも違いすぎるのだ。

「いいな、こいつなら、あの黒いMSにも引けを取らない!」

 トルビアックは茜のイリーズの姿を思い浮かべ、今度こそ勝てるという自信をつけていた。その頃には部下のジム改部隊も相手を駆逐しており、輸送船団もパブリクやセプテネスのミサイルやレーザー砲で、あるいはサラミス改の砲撃で全てが沈められていた。

 急を聞いて護衛艦隊が駆けつけてきたときには輸送船団は全滅しており、残骸だけがむなしく漂うだけであった。

 

 

 ファマスに占領された外洋系艦隊司令部。今、ここには重苦しい雰囲気が立ち込めていた。誰もが不必要なほどに殺気立ち、眼をぎらつかせている。皆が疲れきった様子で黙々と軍務を勤めているのだ。

 そんな彼らの神経を掻き毟るかのように今日4度目の警報が鳴り響いた。誰もがうんざりとした顔で走り出す。

 うんざりしているのは兵ばかりではない。司令官であるアヤウラ大佐とその幕僚も同じだった。オペレーターの報告を受けてアヤウラが指揮官用のデスクに拳を叩きつける。

「なんなんだ、あいつら、やる気があるのか!?」

 モニターに映る連邦艦隊に憎悪の視線を向けてアヤウラが怒鳴る。無理もない。この外洋系艦隊司令部は5日前から五月雨指揮に襲い掛かってくる連邦艦隊に応戦を繰り返しており、誰もが睡眠も食事も満足に取れず、疲労しきっているのだ。今日だけでもこれで4度目であり、アヤウラは寝不足で苛ついた気分を隠すことなく命令を飛ばしている。

「とにかく、艦隊を出して追い払わせろ!」

「いま、待機していた艦隊が迎撃に出ます!」

 オペレーターの声も苛立ちを隠し切れないらしく、どこかとげとげしていた。

迎撃に出た艦隊も同じで、ほとんど怒り狂っていた。

「今度こそ殲滅してやる。2度と来ないように思い知らせるんだ!」

「おお!」

 部下たちが司令官の激に応じる。誰もが連邦軍の度重なる襲撃に苛立っているのだ。一方、連邦軍のほうは常に8隻の艦隊で来襲し、長距離ミサイルで攻撃してきている。ひたすらこれを繰り返しているだけなのだが、5日も続けばファマスの将兵にとってはたまらないだろう。

 今日やってきた連邦艦隊はいつものとおり横一文字に並び、一斉にミサイルを撃ち始めた。指揮官のエバンス大佐は両手を組んで出撃してきたファマス艦隊とその後ろに見える外洋系艦隊司令部を見据えている。

「今日で5日か、奴らも大変だな。だが、中途半端で終わるわけには行かんからな」

 口に中でぶつぶつ呟いていると、オペレーターの報告が飛び込んできた。

「艦長、ファマス艦隊がイエローゾーンを突破、レッドゾーンに侵入しつつあり、主砲有効射程まであと200km!」

 報告を聞いたエバンスは頷くと全艦隊に指示を飛ばした。

「よし、全艦主砲発射用意、命令あり次第砲撃を開始せよ。照準は各艦に任せる!」

 この日、連邦艦隊は初めてファマス艦隊とある程度真面目に戦った。この戦いを皮切りに連邦艦隊の圧力は徐々に強まるようになったのだが、今のファマスにはこの状況を打開する力はなかった。

 連邦艦隊を退けたアヤウラは一息ついて椅子に座り込んだ。そこを見計らったかのように通信参謀が一枚の通信用紙を持って近付いてきた。

「大佐、また悪い知らせです」

「今度は何だ?」

 忌々しげに通信参謀を睨みつける。通信参謀は一瞬ひるんだが、すぐに役目を思い出して通信文の内容を伝えた。

「L32宙域で輸送船団が襲撃されました。この攻撃で輸送艦26隻が撃沈されました。また、護衛のMS12機が失われたそうです。この被害により、積んでいた弾薬や食料、推進剤、艦船やMSの補修部品が全て失われました」

 報告を聞いてアヤウラは文字通り青ざめた。

「何だと、それでは、もし今連邦軍の反撃を受けたら、持ちこたえられんではないか!」

「それどころか、撤退すら難しいかもしれません」

 通信参謀の言うことなどアヤウラはとっくに分かっていた。だが、それを見せる訳にもいかず、渋い顔で自分の席に座り込んだ。

「仕方あるまい、とりあえず、フォスターTに追加の物資を請求してくれ。それと、輸送船団の護衛を強化するんだ」

 通信参謀を下がらせるとアヤウラは再び事務仕事を再開した。

 

 

 外洋系艦隊司令部からフォスターTに送られた通信はマイベックが配置していたサラミスE型情報収集艦によって傍受され、マイベックに伝えられていた。このように、アヤウラたちが立案していた補給計画はほぼその全容をマイベックたちに知られており、マイベックは余裕を持ってファマスの補給路を寸断することができた。

 この時期、マイベックがもっとも多用しているのは空母と戦闘機、そして駆逐艦とジム・マインレイヤーだった。

 これらを多数用意していたマイベックは、自らは空母ヴィクトリアスから指揮をとっており、前線に出ることは無かった。だが、外洋系艦隊司令部からフォスターTに向けて放たれた通信を聞かされたとき、彼は決断した。

「これこそが外洋系艦隊司令部のファマス軍の生命線だ。何があってもこの船団を辿りつかせてはならない!」

 マイベックは近くに展開している戦力を急いで呼び集めた。もともと小規模な部隊を多数配置していたので戦力を集めること自体は簡単で、瞬く間にマイベックの手元には空母3隻、巡洋艦5隻、駆逐艦12隻、突撃艇36隻が集まった。

 戦力を集めたマイベックは信頼する指揮官たちを集めて自分の作戦を説明した。

「ということで、私はこの輸送船団を殲滅し、ファマス軍を干上がらせたい。これに成功すればリビック長官が準備している反抗計画を実行に移せるし、ファマス軍はろくな抵抗もできずに殲滅されるだろう。この作戦について、何か質問はあるか?」

 マイベックは集まった全員を見回した。その視線を受けて香里が口を開いた。

「目的には不満は無いんですけど、問題は護衛の戦力です。この船団がファマスの命綱だって言うのなら、護衛の戦力はそれなりのものでしょう。この戦力で相手ができますか?」

 香里の台詞に居並ぶカノン隊のMS隊指揮官たちが頷く。だが、マイベックはにやりと笑って香里に答えた。

「戦力的には心配ない。こちらには、川澄少尉がいるからな」

「・・・セレスティア、ですか?」

 香里がやや不満そうに聞き返す。マイベックは頷いた。

「そうだ、いままでシェイドMSは我々にとって大きな脅威だった。だが、言い換えればシェイドMSがどれほど恐ろしいかを我々はよく知っている。そうだろう?」

 マイベックの言葉は全員の思いでもあった。いままでカノン隊の前に立ちはだかってきたシェイドMS、イリーズ、ヴァルキューレ、リヴァークはいずれも恐ろしいMSで、これに対抗できたのはごく一部の超エースだけであった。それだけに、これが味方になった時の頼もしさは計り知れない。だが、香里はそれでも不満そうだった。

「不満そうだね、美坂准尉」

 マイベックのやさしそうな声が香里の耳朶を打つ。香里はマイベックから顔をそらした。

「・・・いえ、何でもありません。作戦には従います」

「・・・そうか、ならいいが・・・」

 マイベックは少し心配そうだったが、とりあえずその気持ちを押し込めて作戦のすりあわせを行った。

「今回は正攻法で行く。先鋒はトルビアック、天野、沢渡中隊と川澄隊が勤め、敵のMS隊を押さえ込んでくれ。カウンペンス級軽空母は少数の護衛をつけて暗礁宙域に残す。私はヴィクトリアスで艦隊の指揮をとる。キョウ大尉の戦闘機隊は艦隊と共に行動し、砲撃戦に入ったら突入してくれ」

 マイベックの話に各々が頷いていく。そして、作戦開始を伝えようとしたとき、通信士官が一通の通信文をマイベックに手渡した。それを一読したマイベックは目を見開き、興奮を隠し切れない様子で香里を、栞を、天野を見た。

「皆、いい知らせだぞ!」

「なんですか?」

 天野が首を傾げる。他の者もいつもと違うマイベックに戸惑っていた。だが、マイベックの次の言葉はかつて無い衝撃を持っていた。

「シアンから通信だ。特殊任務成功、北川、倉田両名、および部下たち全員の救出に成功せり、これより帰還する!」

 

 

 宇宙要塞フォスターT、この要塞では今、一つの事件が起ころうとしていた。要塞内を走る通信ラインにハッキングをかけ、メインフレームを掌握した住井はモニターを見ながら呟いた。

「さて、準備は整った。後は頼んだぞ、南、佐織」

 住井のハッキングによって要塞内のセキュリティーは事実上無力化していた。後方拠点としての弛んだ空気がこの事態に気づくのを決定的に遅くし、南と沙織はそうたいした苦労も無くアヤウラの管理するブロックに進入をはたしていた。

「意外と警備兵ていないのね?」

「まあ、普通ならセキュリティーが警備してくれるからな。そもそも、要塞のメインフレームが乗っ取られるなんて誰が考える?」

「なるほど、それはそうね」

 佐織が感心したのか何度も頷いている。実際、住井の協力が無ければここまでは来れなかっただろう。今の住井は要塞内のモニター上なら全知全能だ。かつてのルナツー攻撃の折の要塞のシステムダウンも住井の仕業なのだ。

 途中で3回警備兵に出会ったが、そのことごとくを声を出す暇も無く黙らせていた。日頃はほのぼのとしていても、彼らは一流の工作員なのだ。だが、さすがの2人でも彼らを物陰から見ている視線には気付かなかった。

 フォスターTの中にある訓練場、その広いリノリウムの床の上には、今は1人の人間が藁を巻いた木の棒を前に日本刀を鞘に納めたまま中腰の姿勢でじっと構えていた。その目は猛禽のごとく鋭く、見据えられれば心臓が凍りつくような恐怖を味わうだろう。

 どのようなタイミングか、彼は目を見開き、次の瞬間には刀を抜き払った姿勢になっていた。そして、数秒の間を置いて棒が中央で真っ二つになり、藁がクッションになってはいたが、乾いた音を立てて床に落ちた。

 居合、相手の語の先を制するべく生まれた剣術の一つ。その見事な技を見せた男、久瀬は張り詰めた気を緩め、一息つくと刀を鞘に戻した。久瀬が刀を納めると同じに入り口の方から拍手がした。そちらを見れば葉子が珍しく温かい笑顔を浮かべている。葉子は久瀬の傍まで歩み寄ると落ちた棒を拾い上げた。

「・・・見事なものですね、巻かれた藁の断面が一つも潰れていない」

「ははははは、君に誉められるとは、光栄だな」

 少し照れながら久瀬が応じる。実の所、葉子は感情に起伏が少なく、周囲からは冷たい女だと思われている。そんな彼女だから、誰かを誉めるということは極めて珍しく、そのことを知っている久瀬だからこそ素直に受け取っているのだ。

 だが、すぐに彼女は表情を引き締めた。

「南さんと稲城さんがアヤウラ大佐の管理区画に進入しました」

 葉子の話に、久瀬は顔を拭っていたタオルを顔から離した。

「どうやら、住井さんがサポートしているらしく、要塞のセキュリティーは完全に麻痺しています。しかも、チェックする部署も完全に惑わされているらしく、誰も異常に気付いていません」

「・・・2人は、何の為にそんな所に進入したんだ? 斎藤大佐からは何も聞いてないが」

 久瀬が指揮官の顔で葉子に聞く。葉子はしばし考え、考えをまとめてから答えた。

「恐らく、七瀬さんの救出だと思います。今の所、アヤウラ大佐は地球圏に行ってますが、帰ってこれば確実に処刑されるでしょう。2人はその前に七瀬さんを要塞から脱出させるつもりだと思います」

「だが、彼らはどこに行くつもりなんだ。この要塞には長距離を移動できる船は無い?」

「それは、たぶん連邦軍と取引をしたのでしょう」

「取引?」

 久瀬が肩眉を動かして疑問を示す。

「はい、フォスターTには先の戦闘で捕らえられた捕虜が収監されています。2人は彼らを脱走させ、連邦軍に引き渡す代わりに、自分たちの回収を求めたのでしょう」

「何故そう思う」

「現在の所、連邦軍以外に2人を受け入れてくれる組織はありません。また、これが一番確実な手段でもあります」

 葉子の説明を受けて久瀬はなるほどと呟いて頷いたが、それ以上は興味を示さなかった。久瀬は2人の邪魔も、手助けもするつもりは無いらしい。だが、葉子はそんな上司の背中を押す必要を感じていた。

「この要塞に捕らわれている捕虜の中に北川中尉と倉田中尉という人がいます」

 葉子の言葉に混じっていた名前に久瀬は驚愕の表情を見せた。

「鹿沼少尉、今、誰が捕まってると言った?」

「北川中尉と、倉田中尉です」

 葉子は内心で成功を喜びながらも、表面はポーカーフェイスのまま答えた。久瀬はそんな葉子の内心に気を回す余裕は無く、必死にこの状況をどうするかで考え込み、しばらくして決然と顔を上げた。

「鹿沼少尉、巳間少尉を呼んでくれ。2人を影ながら手助けする」

「はい、分かりました」

 小さく頭を下げて立ち去ろうとする葉子の背中に、久瀬は声をかけた。

「君が他人のことをそんなに気にかけるのは珍しいね」

 葉子は立ち止まり、頭だけ久瀬のほうに向けた。

「・・・友達を見捨てるわけには行きません。七瀬さん、南さん、稲城さん、皆、大切な友達です」

 どこか誇らしげな葉子の答えに、久瀬は微笑を持って答えた。

 

 

 捕虜の収容されているブロックで、最初に異変に気付いたのは佐祐理だった。今まで部屋の前に感じていた人の気配が、突然消えたのだ。不安そうに扉のほうを見ていると、小さな電子音と共に扉が開き、2人のファマス士官が入ってきた。

 佐祐理は倒れている北川の変わりに2人の前に立ちはだかった。

「北川中尉はもう尋問には耐えられません。これ以上の尋問には、佐祐理が応じます」

 毅然と言い放った佐祐理に2人は顔を見合わせ、次いでおかしそうに笑いを堪えた。

「くくくくく、なるほど、連邦士官らしくない真面目な人だな」

「え、ええ、大尉が惚れるはずだわ」

 2人が笑いを堪えるのに苦労しているのを部屋にいる全員が奇妙な目で見ていた。その視線に気づいた2人は小さく咳払いして場をごまかすと、佐祐理に話し掛けた。

「倉田中尉だね、俺たちはある人の頼みで貴女たちを助けに来たんだ。セキュリティーは今の所黙らせてるから、急いで来てくれ」

 南の言葉に佐祐理はきょとんとした顔をし、次いで驚いたのか大きく口を開けた。

「ふえええええ〜佐祐理たちを助けにですかあ〜?」

「あ、ああ、そうだ」

 今のは驚いていたのか? と思ったがとりあえず南は佐祐理に答えた。佐祐理はとりあえず部屋を見渡し、部下たちに急いで部屋を出るように伝えた。部下たちは顔を見合わせ、次いで小さく頷きあう。

部屋を出た者には沙織が持ってきていたジオン用の拳銃を渡していく。そして、最後に北川が部下に抱えられて部屋から出てきたのをみて南が佐祐理に声をかけた。

「ところで、ちょっと寄り道をするから、何人か貸してくれないか?」

「はえ、どこにですか?」

「ここにはもう1人、七瀬留美准尉という人が捕まってるんだ。俺たちは七瀬さんを助けるのが俺たちの本来の目的で、倉田さんを助けるのはついでだったんだけどね」

 片目をつぶって白状した南に、佐祐理は花のような笑顔を向けると軽く胸を叩いた。

「あはは〜、分かりました、佐祐理と、後誰か2人ついてきてください」

 佐祐理に言われて元気そうな兵士2人が前に出る。だが、南は少し慌てて佐祐理を押しとどめようとした。

「おいおい、こいつは荒事になる。女の子が行くような所じゃない」

「あははは〜、大丈夫です。佐祐理は格闘技もできますから〜」

「・・・なんで?」

「お父様が、淑女の嗜みと仰って色々な事を習わせて下さいましたから」

「・・・・・・」

 格闘技って、淑女の嗜みなのか? 南は金持ちの考えることは分からん。と頭痛のする頭で思った。

 七瀬の捕まっている部屋に南たちが向かっている間に沙織たちは他の捕虜たちを救出していた。ここの見取り図を入手している2人にとっては障害はなきに等しく、アヤウラ配下の警備兵たちは全員が奇襲を受けて反撃することもできずに打ち倒されていた。

 そして、南と佐祐理は七瀬の捕らえられている部屋にたどり着いた。扉には電子ロックがかけられており、どうやら住井でも開けられなかったらしく、扉はきっちり閉じていた。

「参ったな、コードブレーカーはあるけど、俺じゃこんな難しいのは解除できんぞ」

 南が頭を抱えていると、佐祐理が横からコードブレーカーを取り上げた。驚いて南が佐祐理を見ると、佐祐理は笑顔で電子ロックに向かい合った。

「任せてください、佐祐理はこういう事もできますから」

「・・・やっぱり、淑女の嗜みなのか?」

「あははは〜、そうですよ〜」

 電子ロックの配線にテキパキとコードを直結させ、コードブレーカーで解除コードを探していく。3人が息を飲んで見つめていると、あっさりとコードブレーカーが軽やかな電子音を立て、乾いた音と共に扉が開いた。唖然としている3人に佐祐理は誇らしげな笑顔を向けた。

「あははは〜、こういう事にはコツがあるんですよ〜」

 あっさりと言ってくれる佐祐理に、南は工作員としての自信が打ち砕かれていくのを感じていた。

 部屋に入った4人はそこで七瀬を見つけたが、七瀬はかなり酷く痛めつけられ、天井から両手をワイアーで縛り上げられた状態で吊るされていた。ワイアーが腕に食い込み、皮膚が破れて出血している。全身にも無数の痣ができ、かなり腫れ上がっていた。ただ、僅かに上下する胸がかろうじて彼女の生存を伝えている。

「七瀬さん、無事か!?」

 慌てて南が駆け寄って七瀬をおろす。2息ほど遅れて佐祐理たちも駆け寄った。南が懸命に呼びかけても七瀬はまったく目を覚まさなかったが、とりあえず生きていることは確実なので、南は七瀬に自分の上着を着せて背負った。

 南が七瀬を背負って打ち合わせていた合流場所に着く頃には沙織たちも仕事を終えていた。あわせて40名ほどの捕虜を救出した2人は急いで宇宙港に向かった。すでに住井もそちらに向かっているはずで、もういつばれてもおかしくは無い。ただ、2人がいぶかしんでいる事がある。何故、未だに1人の警備兵にも遭遇しないのか? いくら住井が警報を切っているとはいっても、通常の警備は行われている筈だ。なのに、今までアヤウラ配下の兵以外には一度も遭遇していない。その答えは、彼らが大きなフロアに出たときに明らかになった。

 南と沙織を先頭に宇宙港まで後少しという所まで来た彼らの前に、2人の人間が立ちはだかっていた。2人を見て南と沙織は驚きと戸惑いを顔に出して立ち止まった。そして、それは後から来る佐祐理にしても同じだった。

「久瀬大尉(さん)」

「・・・南君、稲城さん、君たちがやっているのは、立派な反逆行為だ。分かっているんだろうね?」

 大振りの刀を右手に下げたまま久瀬が聞いてくる。その視線は2人が思わず気圧されるほど鋭く、強いものだった。いや、その背後にいる連邦兵たちも同様に気圧されている。そんな中で1人だけ前に進み出るものがいた。

「久瀬さん、佐祐理たちを通してくれませんか?」

「・・・・・・倉田さん、脱走しようとしている捕虜を見逃せというんですか?」

 久瀬の声はあまりにも冷たかった。まるで感情というものを感じさせない、氷のような声だ。佐祐理は背後から感じる気配が不安から絶望へと変化していくのを感じ取り、手を強く握り締めた。

『いけない、このままじゃ、せっかく南さんや稲城さんが助けにきてくれたのに』

 佐祐理はしばし考え、そして決意を秘めた瞳で久瀬と葉子を見た。佐祐理から感じる気迫に葉子が思わず僅かに身を引く。

「久瀬さん、佐祐理が残りますから、ここを通してくれませんか?」

「・・・あなたが犠牲になる、と?」

「はい、だから他の人たちは」

 フム、と呟いて久瀬は一瞬考え込、直ぐに鋭い視線で後ろを見やり、改めて佐祐理を見た。

「あなたはいつもそうですね。自分だけが犠牲になれば、ですか」

「・・・・・・・・・」

「残念ですが、あなた1人が残られても問題が解決する訳ではありませんよ」

「・・・そんな・・・久瀬さん・・・」

「もう一度言います、そんな考え方では、誰も救えませんよ。部下の人たちも納得はしてないみたいですし」

 自分の力で体を支えられなくなって膝を屈してしまう。そんな佐祐理を見据えたまま久瀬は刀を納め、南と沙織を見た。

「・・・さて、2人は宇宙港に用があるのかな?」

「「そ、そうでーす」」

 ハモッて答えてしまう2人。相当焦っているらしい。だが、久瀬は頷いただけで2人から視線をそらし、葉子を見た。

「鹿沼少尉、行こうか」

「そうですね、そろそろ溜まった書類を何とかしていただかないと」

 さらりときつい事をいう葉子に、久瀬は心底嫌そうな目を向けた。だが、すぐに優しげな目になり、うな垂れている佐祐理の方を振り向いた。

「警備兵はしばらくは起きないだろう。はやく行くといい。仲間が待ってるのだろう?」

「・・・え!?」

 佐祐理が驚いて顔を上げると、すでに久瀬は佐祐理に背を向け、フロアを出て行ってしまった。それを呆然と見送った佐祐理の肩を沙織が叩いた。

「行きましょう、せっかくの好意、無駄にしちゃ悪いでしょ」

「・・・はい、そうですね」

 目じりに浮かんだ涙を拭うと心の中で久瀬に頭を下げた。

『ありがとうございます、久瀬さん』

 佐祐理に感謝されているとも知らず、久瀬は晴香の下を訪れていた。

「やあ、ご苦労さん」

「超過勤務ご苦労様です」

 久瀬が微笑を浮かべて、葉子が生真面目に晴香の労をねぎらう。そう、この辺り一体の警備兵を黙らせたのは晴香なのだ。おかげで晴香は自力で立ち上がれないほどに疲れきり、由衣の介抱を受けている。

「さ、さ、さすがに、疲れたわ」

 心底疲れきった、とめいいっぱい言いたそうな目で2人を見る。その視線を受けて久瀬は頭を掻き、葉子は白々しく視線をそらした。由衣は3人のやり取りに小さく笑っていた。

 宇宙港に乗り込んだ南たちは、そこで中崎の準備していた高速貨物船に乗り込んだ。本来は長距離を移動するための船ではないが、今回は連邦艦隊の所までたどり着ければいいいので足を重視したのだ。積荷はMSが2機で、いざという時はこれで戦うしかない。

 全員が乗り込んだ時点で住井が船を発進させた。この時点で管制室には異変を気取られただろうが、もうかまっている暇は無い。安全など無視して全速で要塞から距離を取る。だが、すぐにレーダーを見ていた南が情けない声をあげた。

「おい、MSが追ってくるぞ!」

「いまさら泣き言を言うな! とにかく、逃げれるだけ逃げるんだ!」

 南に怒鳴り返して住井が目の前の宇宙を見つめる。そこには、自分たちを受け入れてくれる艦隊がいるはずなのだ。

 一方、後部格納庫ではブレッタとシュツーカが1機ずつ起動していた。ブレッタには中崎、シュツーカには佐祐理が乗っている。だが、南森は初めてシュツーカに乗る佐祐理を心配していた。

「おい、大丈夫か、そいつに乗るのは初めてだろ?」

「はい、でも、何とかなりますよ。基本は一緒でしょうから」

 中崎の心配をよそに、佐祐理はシュツーカに一通りの動作をさせていた。その動きは最初こそぎこちなかったものの、すぐにスムーズなものになった。

「・・マジかよ・・・」

「あはは〜、大体コツは掴めましたよ」

 モニターの中で佐祐理がガッツポーズを作って見せる。その姿を見て中崎は頭を抱えてしまった。

 追撃してきたのは要塞駐留部隊のアクト・ザク部隊1個中隊だった。たった1隻の貨物船に12機も向けてくる辺り、フォスターTの守備隊もかなり暇らしい。

 貨物船から出撃した2機がアクト・ザクに向かっていく。だが、いくらエース級が2人いるとはいえ、たった2機でどこまで支えられるか。住井たちは信号弾を上げながらただ祈ることしかできなかった。

 

 

 住井たちの祈りは届いていた。回収に来た艦隊の旗艦、アルビオンの艦橋でエイパー・シナプス大佐がMSに出撃を命じていた。

「シアン少佐、君はカノン隊のMSを連れて先行してくれ。次いで、バニング隊を出す」

「分かりました。でも、バニング大尉の出番はないかもしれませんよ」

 珍しく強気なシアンの言葉に後ろにいたパイロットたちがくすくす笑っているが、シナプスは口元を歪めただけで通信を切った。シアンはモニターを切り替え、眼前の宇宙に注意を向けた。すでにカタパルトは定位置についている。隣りのカタパルトには郁美のアレックスUが見える。それらを見回して、シアンはオペレーターの声を待った。

「シアン少佐、カタパルト接続完了、行けます」

「よし、行ってくる!」

 シアンが応じると同じにカタパルトが打ち出され、ザイファが高速で飛び出していく。その直後に今度はアレックスUが打ち出された。

 シアンは郁美を置いていくつもりだった。最初から全てのスラスターを吹かし、MA並みの加速で信号弾のほうに向かっていった。それを見送ってシナプスが驚く。

「凄まじい速さだな。あれが、ゴータ・インダストリーの新型の性能か」

 秋子によってゴータ・インダストリーの新型機にされてしまったザイファだったが、シアンにはそんなことはどうでもよかった。彼は機体の圧倒的な加速性能に酔っていた。ジム改どころか、Rガンダムですら味わえなかったGに思わず顔をしかめ、ついで楽しそうに笑い出す。

「凄いな、こいつがシェイドの為に作られた機体か」

 直進を続けながら心底愉快そうに独り言を言う。初めて自分を満足させてくれる機体の登場に彼は幸せだった。

 アルビオンを飛び立って数分、ようやく目指す目標を捕らえることができた。機体の通信機をいじって急速に距離を詰めてくる貨物船に通信を入れる。

「おい、南君に、稲城さんの貨物船か?」

だが、返ってきた声はシアンの予想外のものだった。

「その声、シアンさん!?」

「・・・その声、住井か? 何でそんな所にいるんだ?」

「話は後で! それより、中崎と倉田さんが後ろで頑張ってるんだ。早く行って助けてやってくれ!」

「ああ、任せとけ!」

 お互いに正対していたザイファと貨物船はすれ違い、そしてすぐに離れていく。そして、

進行方向では住井の言っていた通りMS戦がおこなわれていた。

 シアンは多少の距離をものともせずにビームライフルの照準を合わせると、トリガーを引き絞った。ライフルから放たれたビームが長い尾を引いて目標とされたアクト・ザクを捕らえる。味方が殺られたことでようやくアクト・ザク隊もシアンの接近に気付いたのか、動きが乱れ始めた。

 敵部隊の動揺は戦っていた佐祐理や中崎にもすぐに分かった。

「あれ、どうしたんでしょうねー?」

「・・・増援でも来るのか?」

 マイナス思考な中崎の答えに、さすがの佐祐理もいつもの笑顔を引きつらせた。

「は、ははは、それはちょっと勘弁して欲しいですね」

 いずれにしても安心できるような状況ではなく、2人は的が動きを鈍らせているうちにとばかりに逃げに入った。そして、後からアクト・ザク隊がおってこないのを不思議に思いながら加速しだす。すると、いきなり2人の進行方向からビームが飛来し、後方で戸惑っていたアクト・ザクの1機を打ち抜き、爆発させた。

「・・・どうやら、味方みたいですねー」

「ああ、南の言ってた連邦軍の迎えだろう」

 中崎の予想を裏付けるかのように2機の通信機から声が流れてきた。

「佐祐理、生きてるかー?」

「・・・その声、ひょっとして、少佐ですか?」

「ああ、シアン少佐だぞ!」

 2人にザイファが合流する。その威容に中崎は驚いていた。

「真っ黒なMS、連邦が、こんな機体を作ってたなんて」

 中崎の驚きにシアンは思わず失笑してしまった。だが、すぐに気を取り直すと未だに途惑っているアクト・ザク隊に注意を向けた。

「ここに長居は無用だ、さっさと逃げるぞ!」

「はい!」

「まあ、そうだよな」

 頷いて2人がシアンの来たほうに飛び去っていく。次いでシアンもその場を後にした。ただ、シアンにはどうにも気にかかっていることがあった。

『なんで、追って来たのがたったの12機なんだ? こちらの増援がきたことを知れば、援軍を出すはずなのに?』

 シアンの疑問に答えられる人物は、この場にはいなかった。

 北川たちを回収したアルビオン隊は直ちに反転、地球圏に進路を取った。ここに至るまで彼らにはついに追っ手が来ることは無かった。

 アルビオンに収容された北川たちは歓呼の嵐で迎えられた。と言っても、衰弱の激しい北川は気がついてはいたものの、起き上がれる状態ではなかった。特に、状況が予断を許さない七瀬は貨物船にあった医療ベッドで移送されている。

 貨物船から担架に載せられて出てきた北川にノーマルスーツのままの姿で祐一と名雪が駆け寄ってくる。

「「北川(君)!」」

 聴きなれた声に北川は頭を動かし、2人を見た。

「・・・よお、2人とも、生きてまた会えるとは思わなかったな」

「ああ、お前、死にぞこなったな」

「ぐす、えぐ、北川君・・・」

 祐一が満面の笑顔で、名雪が涙を見せて北川の脇に立つ。特に祐一と北川はお互いに皮肉な笑顔を向け合っている。だが、やってきた軍医がすぐに北川を連れて行ってしまったのでそれ以上の会話はできなかった。

 入れ違いに2人に前にやってきたのは佐祐理と中崎だった。最初、ファマスのMSに乗ってきた2人に艦内の緊張は一気に高まったのだが、シアンが2人の身柄を保証したので事なきを得ている。

 佐祐理に気付いて祐一と名雪が駆け寄っていった。佐祐理も2人を見て目を輝かせている。

「祐一さん、名雪さん!」

 佐祐理が祐一の胸に飛び込んでいく。それを受け止めて祐一はバランスを崩して転んでしまったが、そんなことはお構いなしに佐祐理は祐一の胸に顔を埋めていた。

「ゆういちさあん・・・、よかった、またみんなに会えました」

「ああ、俺たちも佐祐理さんはフォスターTで死んだと思ってたからな。こうして会えるとは思ってなかった」

 抱きとめた佐祐理の髪をなでながら祐一が答える。その光景は恋人の再会みたいで、傍にいた名雪はちょっと不満そうだった。少なくとも、祐一は傍から発せられる怒気をひしひしと感じており、内心で冷や汗を掻いていたのだ。

 祐一たちが感動の再会をしている場所から少し離れたところではシアンと郁美が南たちと話していた。

「シアン少佐、出迎えありがとうございます」

 南がシアンに敬礼してくる。シアンもそれに敬礼で答えた。

「いや、君たちこそよくやってくれた。要塞からの脱出なんて、そう簡単にできるものじゃない」

 シアンの賛辞を、南と沙織は困った笑顔で受け止めた。

「いえ、今回の最大の功労者は俺たちじゃなく、住井と久瀬大尉ですよ」

「・・・久瀬大尉が?」

 郁美が割り込んでくる。沙織は郁美を見て嬉しそうな笑顔になった。

「郁美、やっぱり生きてたのね」

「え? あ、そうか、佐織は事情を知らなかったっけ」

「何の話だ。それに、2人は知り合いなのか?」

 シアンが聞くと、2人は小さく頷いた。

「ええ、佐織だけじゃなく、南君も住井君も知り合いですよ」

「俺たちは、斎藤大佐のリシュリュー隊の所属でしたから」

「俺はエターナル隊だったけどね」

 南が後を受け、住井が補足をいれて肩をすくめる。だが、すぐに5人とも笑い出してしまった。しばらく笑いつづけ、やがて息が切れてきたのか笑いが途切れた。

 そして、シアンが改まった口調で3人を促した。

「来てくれ、シナプス艦長に引き合わせる」

「分かりました」

 南が答えて3人が歩き出した時、ようやくシアンはあることを思い出した。

「そういえば、佐祐理と一緒に戦ってたパイロットはどうしたんだ?」

 言われて3人はあっと声を上げて顔を見合わせ、周囲を見渡した。すると、1人で寂しそうにしている中崎の姿を見つけた。

 シアンから4人を紹介されたシナプスは気難しそうな外見とは裏腹に意外と気さくなところを見せてくれた。

「艦長、彼らが今回協力してくれたファマス士官たちです」

「ああ、水瀬提督から話は聞いている。そうか、君たちが」

 そう言ってシナプスは艦長席から降りて4人に歩み寄る。

「私がアルビオン艦長のエイパー・シナプス大佐だ。君たちのことは水瀬提督から頼まれている。まあ、安心してくれたまえ」

 4人に向かって自己紹介をした後、シアンのほうを向く。

「とりあえず、彼らには個室を与える。そして、艦内を移動する時は扉の前に待機させている者が同行する。ということでいいかな。少佐?」

「ええ、それでいと思います。お前たちもカノンに着くまで位は辛抱できるよな?」

 シアンに聞かれて4人は特に問題なく受け入れた。実際、彼らは敵軍からの投降者であり、捕虜よりはましという立場しか主張できない身分なのだ。それを考えれば、これはかなりよい待遇だと言える。文句があるはずも無かった。

 4人が受け入れたのを見てシナプスが衛兵を呼んで4人を部屋に案内するように命じた。衛兵に促されて4人は素直についていく。それを見送ってシナプスはシアンに話し掛けた。

「ところで少佐、実は吉報がある」

「吉報、ですか?」

「ああ、マイベック大佐がファマスの地球攻撃軍の大輸送船団を殲滅したそうだ。これで、彼らは生命線を絶たれたことになる。それで、この気に乗じてリビック提督が外洋系艦隊司令部の奪還をするそうだ。我々もこの作戦に参加し、後退してくるファマス艦隊の退路を遮断することになる」

 シナプスの話を聞いてシアンは興奮を隠し切れなくなった。

「いよいよですか」

「うむ、これで地球圏からファマスの勢力をたたきだせる。そして、あとは火星攻略だ。それでこの戦争も終わる」

 自信に満ちたシナプスの言葉にシアンはいささか顔を曇らせた。

「・・・そうなら、いいんですが」

「うん、少佐は我々がまた前回のような敗北を喫すると思っているのかね?」

「いえ、そうではないんです。ファマスには勝利できるでしょう。ただ、ファマスに勝利して、それで本当に平和が来るのかと思いまして」

「少佐、何が言いたいのかね?」

 歯切れの悪いシアンの物言いにシナプスがやや声を荒げる。シアンはなおも迷っていたが、意を決して口を開いた。

「ティターンズとアクシズ、この2つが、果たしてこのまま大人しくしているかどうか」

「・・・なるほど、だが、アクシズはともかく、ティターンズは連邦軍だ。何をそこまで心配している?」

「ティターンズの軍事的膨張は留まる所を知りません。たかが一部隊がコロニー1つを占有して軍事コロニー化し、さらにはサイド3からコロニー2基を徴収して新たな軍事拠点を建設しています。いくら通常の部隊の指揮系統から切り離された特殊部隊とはいえ、あまりに好き勝手しすぎています」

「・・・君の考えすぎだろう。確かにティターンズは急進的だが、連邦軍全体を相手にできるような戦力は無い」

 シアンの警戒心は今の段階では度が過ぎると言えるものだった。だからこそシナプスもシアンの不安を無用のものとして片付けている。

 シアンに予知能力があったわけではないだろうが、ティターンズの中心人物であるジャミトフ・ハイマンは連邦政府そのものを見限っていたのは事実である。そして、かれは地球を再生させるために地球に住む人類そのものの抹殺までを手段として考えており、その為には地球圏の支配権を自分が握り、一種の軍事独裁体制を確立することが必要だと考えていた。

 


 

人物紹介

 

エイパー・シナプス 40代後半 男性 大佐

 強襲揚陸艦アルビオンの艦長を務める優秀な軍人。コーウェン将軍の派閥に属しており、秋子との面識もある。外見は実質剛健で気難しい軍人といった感じなのだが、実際には柔軟な思考ができ、突発的な事態にも対応できる。軍人と言う枠にはまっているが、それだけに政治に関わりをもとうとはせず、常に前線勤務を続けている。

 

サウス・バニング 30代後半? 男性 大尉

 アルビオンMS隊隊長、1年戦争時代には結構知られたエースパイロットで、「地獄の第4小隊」を率いていた。かつての部下たちがティターンズに参入していく中で彼だけは連邦軍に留まり、新たな部下を率いている。彼の部下たちはテストパイロット上りなのでどんなMSにもすぐに慣れるという利点がある。ただ、新兵を抱えているのが玉に傷だった。

 


 

後書き

ジム改 遂に連邦軍の反撃開始。

祐一  最近出番の無い主人公の祐一だ。

ジム改 なんだか哀れだねえ、祐一くん。

祐一  じゃかあしい! 大体なんだ、この展開は? 久瀬がどうしてこんなに目立ってる!!

ジム改 このSSでは彼は理性と良心の人なの。

祐一  俺は?

ジム改 一応主人公、漢道の追求に生涯を捧げてるな。

祐一  何だ、その漢道というのは?

ジム改 世に言う、男のロマンを追及する道のことだ。

祐一  何だそりゃああああああっ!