第27章 総反撃

 

 宇宙暦0082年1月19日、連邦軍宇宙艦隊は補給線が絶たれたファマス軍に対して、反撃を開始した。

 今から2時間前、外洋系艦隊司令部ではアヤウラが屈辱的な決断をしている。

「この要塞を放棄する、作戦は失敗だ。各艦隊は準備出来次第順次発進してくれ」

 アヤウラの決断を受けて各宙域に展開していた艦隊は急いで撤退準備を始めていた。だが、それが完了するより早く連邦艦隊は襲い掛かってきた。

ファマス軍中、最も前に出ていたラクト大佐の第310戦隊の各艦は接近してくる連邦艦隊をレーダーで捕らえて迎撃準備を始めていた。

「来たか、敵との予想接触時間は!?」

「およそ、6分!」

 すばやく返してきたオペレーターの答えに頷くと、マゼラン改級戦艦の広い艦橋に響き渡る声で命令を下した。

「ようし、全艦総力戦用意! 近くに居るエターナル隊に通信、我、敵と遭遇せり」

 命令を受けて通信士が通信機に向かう。

「さあやるぞ! じきにみさき大佐が駆けつける。敵を挟み撃ちにできるぞ!」

「「おう!!」」

 艦橋のオペレーターたちが自信に満ちた表情で頷きあう。部下たちの指揮が上がったのを確認したラクトは小さく頷きながらも自分にだけ聞こえる声で呟いた。

「もっとも、みさき大佐の方も今ごろは・・・」

 ラクトの予感は当たっていた。同じ頃、みさきの第313戦隊ことエターナル隊8隻も迫りくる連邦艦隊を発見していた。

「みさき!」

「うん、いよいよ来たね」

 雪見の緊張した声とは対照的にみさきの声は落ち着き払っていた。そこにオペレーターの金切り声が響く。

「移動熱源無数、2時の方向!!」

「3時方向に囮を射出して!」

 雪見の指示が飛び、各艦から大量の囮が射出される。それにひっかかって連邦軍の長距離ミサイルは進路を変えて囮に向かっていった。エターナル隊の右側で数百の爆発が巻き起こる。

「雪ちゃん、MS隊の発進準備」

 みさきの指示を受けて雪見が艦内放送で指示を飛ばす。その指示を受けてパイロット達がMSに乗り込んだ。

 一方、みさきを攻撃した連邦軍第3艦隊第2分艦隊を率いている矢島中佐は楽しそうに参謀長に言った。

「そうか、第313戦隊か。面白い、噂の川名みさきの実力、見せてもらおう」

 矢島の指揮のもと、2隻のマゼラン改と12隻のサラミス改がエターナル隊を半包囲するかのように広がりだす。後方からはコロンブスから発進してきたMSがやってきた。

 連邦のMS隊を確認したエターナル隊もMSを発進させていく。先陣を切るのはやはりエターナル隊でも屈指の実力を誇るニュータイプコンビだ。

『今度こそ汚名返上なの!』

「みゅー、やられ役なんて言わせない!」 

 ある意味、後のない2人の思いを乗せて2機合わせて8基のビットが飛んでいく。たちまち連邦軍の先方部隊は大混乱に陥った。なにしろサイコミュ兵器の攻撃を受けるなど、初めての者ばかりだ。冷静になれというほうが無理だろう。

「な、なんだ、どこから撃ってきた!」

「スナイパーでも居るのか?」

「後ろからも来たぜ!」

 パイロットたちの悲鳴が通信波に乗って流れる。そこに浩平の率いるMS隊とクラインのMA隊が突入してきたから堪らない。たちまちMS戦のイニシアティブはエターナル隊のものとなった。

 浩平は戦場につくなり動きの鈍いジム改を見つけて照準をつけた。

「まず、一つ!」

 トリガーを押し、ジャギュアーのビームライフルが光を放つ。だが、必中を確信して撃ったにもかかわらず、そのビームは目標を大きくそれた。

「何!?」

 驚いてもう3回撃ってみるが結果は変わらない。ビームは目標を大きく外れている。そのうちに狙われていたジム改が反撃に転じてきた。浩平の射撃がさっぱり当たらないので、新兵か何かと勘違いしたのだろう。マシンガンの弾幕にさらされて慌てて回避運動に入る。幾度かそんなことをしていると、そのジム改が爆発した。かなり慌てた様子で瑞佳のエトワールがやってくる。

「浩平、何やってるんだよ!」

「その文句は整備班に言ってくれ、射線が狂ってやがる!」

「そ、そんな!」

 瑞佳が驚く。浩平は忌々しげに続けた。

「母艦に戻る。瑞佳、援護頼む」

「任されたもん」

 戦場に背を向けて去っていく浩平が狙われないよう、瑞佳が近づいてくる敵を警戒し始める。浩平は瑞佳に感謝はしていたが、同時に整備班の不甲斐なさを罵った。

 その頃、クラインはヴァル・ヴァロに乗って戦場を驀進していた。後方にはビグロUが4機続いている。この合わせて5機のMAは周囲に居るMSを手当たり次第に撃破しながら艦隊に迫っていた。

 そのMA隊に蹴散らされてる味方の不甲斐なさに矢島は舌打ちすると、部下に命じてMS隊にMAを艦砲の射線上に誘い込むように指示した。

 矢島の命令を受けて何機かのジム改がクラインたちの前に現れ、巧みに逃げながら艦隊の射線上にMA隊を引きづり込んだ。突撃を繰り返していたクラインは、いつのまにか自分たちが突出しすぎていることに気づいていなかった。気づいていれば後退していただろう。だが、もう遅い。艦隊の射線上に誘い込まれたクライン隊はたちまち12隻の集中砲火を浴びせられ、3機が直撃を受けて四散し、クラインを含む2機は損傷しながらもかろうじて射線を抜け出した。

 エターナルの格納庫脇の部屋では浩平が整備長と口論を交わしていた。

「この味方殺し野郎!」

「何だと貴様、上官に向かって」

 胸倉をつかんでくる浩平の手を払いのけて整備長が浩平に言い返す。だが、それは帰って浩平の怒りを煽るだけだった。

「うるせえ!いいかげんな整備しやがって。ライフルの照準が12度は狂ってるぞ、この給料泥棒が!」

「何だと?てめえの未熟を人のせいにしやがっぐぅ!・・・」

 整備長は最後まで言うことはできなかった。浩平の右拳が整備長の腹に深く食い込んでいたのだ。

「こいつ、言うに事欠いて何て事言いいやがる」

 右手を抜くと倒れそうになる整備長に更なる一撃を加えようとしたのだが、その右手は雪見に掴まれてしまった。

「やめなさい、折原君!」

「止めないでくれ、雪美さん!」

 なおも殴ろうとする浩平を強引に自分の方に向かせ、言い聞かせる。

「やめなさい、整備長を殴り倒して、その後どうするつもりなの?」

「そ・・・それは・・・」

 浩平が返答に詰まる。いくら浩平が自信家でも、さすがに整備なしで戦い続けられるとは思っていない。そこに、さらに雪美が追い討ちをかけた。

「クライン大尉のMA隊もやられたわ。クライン大尉は無事だけど、3機を失った」

「・・・あいつらが?」

 呆然とする浩平に頷いてみせる。

「この戦いは不味いわ。今は生きて帰ることだけ考えなさい」

 雪美に諌められた浩平は部屋の壁を一回殴りつけると、見を翻らせて格納庫に戻っていった。

「補給急げ、それと照準器の調整だ。左に12度、もう一回出るぞ!」

 

 

 エターナル隊は苦戦していたが、他の艦隊も大苦戦をしていた。

 ラクト大佐の部隊はやってきた連邦艦隊と総力戦を演じていたが、徐々に自軍不利へと傾いているのを自覚していた。

 追い討ちをかけるように参謀が意見してくる。

「司令、敵味方の損害は絶対数においてはほぼ同レベルですが、もともと敵のほうが数において勝ります。その上・・・」

「我が軍には食い物もなく、士気の低下が著しい、か」

「はっ、このままでは・・・」

 参謀が深刻な表情でラクトを見る。ラクトは困った顔で艦橋の前方に展開する敵艦隊を見詰めていた。

 ラクトとは対照的に、攻撃してきている連邦艦隊のほうはだいぶ余裕があった。

「エバンス大佐、敵はすでに、我が艦隊の包囲下におります」

「おお、全軍に伝えろ、撃てば当たる、攻撃の手を緩めるな。とな」

 エバンスの命令が全艦に飛び、艦隊は少しずつ包囲を狭めようと前進を始めた。

 その後方では斎藤大佐の第305戦隊ことリシュリュー隊がクライフ少将率いる第2艦隊主力に捕まっていた。

 リシュリュー隊のMS部隊は津波のごとく押し寄せてくる連邦MS部隊を懸命に食い止めていたが、いかにファマスでも屈指のMS戦指揮官である久瀬がいても、2人のシェイドを抱えていても、数の劣勢は覆しようもなかった。加えて、敵の方が勢いがある。

「全機、敵機を堕とすよりも、自分が生き残ることを優先しろ!」

 久瀬は懸命に呼びかけ、自身も敵機の攻撃を懸命に避けながら、ごく僅かに生じる隙を突いて味方に援護射撃を行っている。だが、その表情には疲れと焦りしかなかった。

『駄目だ、数が多すぎる』

 久瀬が絶望的な状況で、それでも指揮を投げ出さない中、リシュリューの艦橋では斎藤が副長と青い顔を向け合わせていた。

「敵の追撃を振り切れません、どうします、艦長!」

 副長の質問を受けて斎藤は疲れきった顔を向けた。

「どうするも何も、ここは逃げの一手だ。とにかく全速でフォスターTに逃げ込むんだ」

「はっ」

 言われて再び自分のコンソールに向き直る。斎藤はうつむき加減で呟いた。

「ふー、あらかじめ撤退準備を進めていた我々でもこのありさまか。他の艦隊は駄目かな?」

「なにか、言いましたか?」

 副長が顔を上げる。斎藤は咳払いをすると何でも無いと言って片手を振った。

 斎藤の指示でとにかく反撃しながら必死に逃げつづけた。その行動は敗北主義者とそしる者も居るかもしれないが、少なくとも現在追撃している指揮官は素直に感心していた。

 斎藤を追撃している第2艦隊の旗艦であるバーミンガム級戦艦3番艦エディンバラに座乗するクライフ・オーエンス少将は逃げに徹する斎藤の判断を素直に賞賛していた。

「ほう、最初から逃げに入ったか、戦術的には正しい判断だな」

 だが、感心はしても追撃の手を緩める気はなかった。戦闘はお互いに艦隊同士が全速で動きながらの長距離砲戦で行われているので、互いに決定的なダメージを与えられないままに推移していた。

 撤退の準備が遅れていたクリュ―ゲル中佐の第307戦隊は移動が遅れ、動き出したときにはマイベック率いる通商破壊部隊の圧倒的な戦力に包囲されていた。足の遅い補給艦を護衛していた事が仇となったのだ。

 圧倒的な戦力で包囲したマイベックは降伏勧告をし、じっと待ちつづけた。勧告から30分後、クリューゲル中佐はついに折れた。

空母ヴィクトリアスの艦橋でマイベックは部下から包囲下の艦隊の降伏勧告受諾を聞いて安堵の笑みを浮かべた。さすがに圧倒的な大軍で包囲してからの一方的な殺戮と言っていい戦いは嫌だったらしい。

 

 

 みさきと戦っていた矢島は敵の動きの変化に気づいた。砲撃にわざと密と疎の部分を作り出しているのだ。

「なんだ、何をするつもりだ?」

 矢島にはみさきの考えが読めなかった。だが、しばらくしてようやく気が付いたときには、状況は一気に矢島に不利となっていた。みさきは火力の意図的な不均衡によって連邦MS隊を火力の薄いところに集めたのだ。そのために、連邦艦隊の正面にはいくつかの道が生まれていた。そこに向かって準備していた打撃部隊をたたきつけてきたのだ。

 クラインのヴァル・ヴァロが、茜のイリーズが、澪と繭のテンペストが連邦艦隊に襲い掛かる。これらの機体は圧倒的な火力を所持しており、サラミス改などが狙われればあっという間に撃沈されてしまう。味方の直援隊を突破されてさすがの矢島もあせった。

「味方のMS隊を下がらせろ、あいつらを食い止めるんだ!」

 悲鳴のような命令が通信波に乗り、連邦のMS隊が次々と反転して艦隊に戻っていく。だが、それらが到着する前に2隻のサラミスが血祭りに上げられていた。

 連邦MS隊の後退をオペレーターから聞かされたみさきはにんまりと笑って命令した。

「チャンスだよ。全艦、逃げて!」

「「「はい!」」」

「・・・あんた達ね・・・」

 部下たちがみさきの命令に元気に応じる中、雪美だけが引きつった顔をしていた。まあ、普通軍隊では逃げろというのは禁句なので、雪美の反応はごくあたりまえのものではある。ただ、エターナル隊ではこの種の言葉が禁句となっていないだけのことだ。

 後退を始めた自分たちにあわせるように後退し始めたエターナル隊に矢島は驚いた。

「どういう事だ、奴らは勝ってたんだぞ。何で後退する!?」

「これは、他の宙域の味方を助けにいったか、あるいは我々を誘う罠か」

「・・・そうだな、敵はあの川名みさきだ、深追いは避けるとしよう」

 参謀の意見に矢島も全面的に賛成した。

 

 

 エバンスと戦っていたラクトは流石に限界を感じていた。参謀も焦りを隠せないように上申してくる。

「司令、すでに我が方は3隻を失い、残る5隻も全てが損傷しています。降伏か、逃亡かを選ぶしかありません」

「不名誉な2者択一だな、うん?」

 ラクトの冗談に参謀は真剣な表情で答えた。ラクトも頷き、正面を見据える。

「降伏は性にあわん、逃げるとしよう」

「はっ!」

 ラクトの指示を受けて参謀が通信仕官に駆け寄る」

「艦隊を密集させろ。MS隊は正面に、全軍で紡錘陣形を取れ。敵の包囲陣の一角を、突き崩すんだ!」

 ラクトの命令を受けて生き残った艦艇やMSが集まってくる。そして、真正面に向けて突入を開始した。

「放火を集中しろ、撃って撃って撃ちまくれ!」

 ラクトのけしかけるような命令に呼応してあらん限りの砲火を叩きつける。それに対してエバンスは敵が最後の足掻きに出たのを見抜いた。

「怯むな、敵は最後の足掻きだ!」

 だが、この局面ではラクトの闘志がエバンスを上回った。突入してくる艦隊の攻撃で直線上にいた2隻のサラミスが多数の直撃を受けて爆沈したのを見てラクトが怒鳴った。

「今だ!」

「ぬう!」

 突入してくるファマス艦隊の勢いにエバンスが無意識に半歩引いた。ラクトの闘志が乗り移ったかのようにファマス艦隊は連邦艦隊の包囲を噛み砕き、突破に成功しようとしていた。そんな中で、ラクトのマゼラン改は最後まで敵中に残って突破を援護しており、ぎりぎりにところで自分も脱出を図った。

「よし、脱出する。最後のミサイルを全弾発射しろ!」

 艦のミサイル発射管が次々とミサイルを打ち出していく。だが、運悪くその発射管にビームが突き刺さり、装填されていたミサイルの誘爆を引き起こした。その衝撃にラクトは自分を支えることができず、思いっきり壁にたたきつけられ、さらに反動で床に転がった。その衝撃で脳震盪を起こしかけたが、必死に意識を繋ぎとめて近くに倒れている参謀を見る。

「参謀・・・味方は・・・脱出・・・したか?」

「さ・・3隻は何とか・・・」

「そ、そうか」

 そこまでが限界だった。ラクトの意識はそのまま闇に飲み込まれていき、その数秒後に艦橋を炎が薙ぎ払った。そして、彼のマゼラン改は3つに引き裂かれるように引き裂かれて沈んでいった。

 比較的速く逃げ出すことができ、今まで逃げ切っていたクルーガ―のアクシズ艦隊だったが、後少しというところでエニ―率いる第2艦隊主力に捕まってしまった。クルーガ―は幕僚の悲鳴を聞いて艦橋から外を見やり、そこに連邦軍のサラミス改の姿を見て驚愕した。

「くぅ、なんてすばやい」

「まるで、疾風だ」

 クルーガ―と幕僚が驚愕している中で、連邦艦隊の旗艦ケントの艦橋でエニーが冷笑と苦笑を同時に浮かべていた。

「いけないわね、少し速度を落としなさい、距離を持たないと攻撃もできないわ」

 エニーの指示を受けて第2艦隊の速度が落ちる。そして、ある程度開いたところで砲撃が開始された。背後から次々と飛来する砲火にアクシズ艦隊は次々と被弾、沈んでいく。その砲火は旗艦のグワジン級戦艦アサルムをも捕らえ、艦橋近くに被弾した一撃で艦橋の内部構造物が破損し、その破片がクルーガ―を直撃した。

 吹き飛ばされた指揮官に参謀が駆け寄る。

「司令、クルーガー少佐!」

 参謀の呼びかけにクルーガーは薄目を開け、参謀を見た。

「参謀長、君に・・・指揮権を、委ねる・・うふ!」

 最後の義務を果たして、クルーガーは血を噴出して気を失った。

 アクシズ艦隊同様さっさと逃げ出していた第308戦隊も同じ頃にバスク率いるティターンズの追撃を受け、わき目も振らずに逃げに徹していた。

 そして、矢島艦隊を叩いて逃げ出したエターナル隊の前には新たな敵が立ちはだかっていた。

「前方に新たな敵!」

 索敵班の悲鳴が艦橋に響き渡る。その声にみさきと雪美は目を疑った。すでにみさきは力を解放している。その金色の目には数え切れないほどの光点が映し出されていた。

「敵戦力、わが方のおよそ5倍!」

「敵司令官、マイベック大佐の名で、降伏を勧告してきています」

 みさきは天井を見上げて思わず本音を出した。

「私達だけだったら、それもいいんだけどなあ」

 言った後で思わず後ろを振り返ると、雪美以下幕僚全員が呆れた目でこちらを見ていた。その視線に耐えかねてみさきは下を向いて頭を掻く事でごまかした。

 地球圏の外れにある小惑星の傍ではファマスの第303戦隊がなんと火星側からやってきた連邦艦隊の猛攻を受けて完全に立ち往生していた。

 303戦隊の旗艦ノエシュタットは小惑星を盾にして懸命に反撃していたが、徐々に自軍が追い込まれていくのを押さえることはできなかった。そのうちに隣で砲撃していたムサイが右舷に直撃を受け、反動で左に流されることでノエシュタットに寄ってきてしまった。慌ててそれを回避しようとしたのだが距離が近すぎたために間に合わず、衝突した2隻は慣性に流されるまま小惑星に激突して爆発、四散していった。

 

 

 第303戦隊同様、小惑星やゴミが散乱する宙域に逃げ込んだ第312戦隊だったが、すでに3隻にまで撃ち減らされていた。旗艦ノースカロイナはまだ健在だったが、すでに時間の問題だろう。交戦しているのはブレックス・フォーラ大佐の艦隊である。

 戦闘が開始されてすでに1日、すでにミサイルもビームエネルギーも底をついている312戦隊には戦闘力といえるものはもう残っていなかった。

 司令官コナリー大佐は青ざめた顔で副官に問い掛けた。

「後どれぐらい戦えそうだ?」

「・・・残念ながら、戦おうにももう弾がありません。MS隊もほとんど全滅状態です」

「そうか・・」

 司令官の答えに続いて、乾いた銃声が響いた。驚いて艦橋にいる全員が司令官を見ると、コナリー大佐は拳銃自殺をした後だった。副官は大佐を慌てて抱き起こし、ついで辛そうに顔をしかめた後、床に寝かして目を閉じさせた後、敬礼をした。

 敬礼を解いた副官は全軍に降伏の指示を下し、この宙域の戦いは終わった。

 この時点でまともに連邦艦隊と戦っているのは第313戦隊ことエターナル隊だけとなった。いや、エターナル隊とて無傷ではない。無傷なのはアヤウラ率いるエアー隊だけである。

 エターナルから離れられないでいるみさきだったが、さすがに疲労と消耗は限界に達していた。もちろんみさきだけでなく、誰もが限界に来ているのだが。

 それに対してマイベックの方はずいぶん余裕があった。相手は4分の1以下の数であり、しかも大して戦っていない。さらに補給は十分に受けている。勝敗は戦う前から分かりきっていた。

「艦隊を4つの集団に分けろ。それぞれが順番に一斉射撃を繰り返して敵に消耗を強いる」

 マイベックの命令で艦隊が4つに分かれそれぞれが順番で砲撃を加え始めた。これなら1隊が砲撃する間にのこる3隊は照準を調整したりすることができる。これに対してエターナル隊は常に全力の戦闘を強いられた。これではすぐに物資を消耗し尽くしてしまう。

 不利なのは艦隊戦ばかりではなく、MS戦でも圧倒的な不利を強いられていた。茜のイリーズまでもが押さえ込まれているのだ。

 茜は襲い掛かってきた漆黒のMSに驚愕を隠せないでいた。

「何ですか、この機体は!」

 茜は必死に機体を操って襲い掛かってくるビームサーベルを凌いでいたのだが、ビームサーベルの格が違いすぎてまともに相手はできなかった。

「こんなのと接近戦なんてできますか!」

 思わず叫んで距離をとり、そのまま抜き打ちでビームマシンガンを撃ちまくった。この距離なら避ける事も防御することもできない。そう確信しての攻撃だった。だが、絶対の自信をもって放った一撃も、相手のMSの持つシールドにはじかれてしまった。

「はじかれた!? ビームバリア、嘘でしょう?」

 茜は自分の目を疑い、次いで確信した。間違いない、これはイリーズの兄弟機だ。そしてこの極端な接近戦思想。そして、Iフィールドを展開できるほどの強力なジェネレーター、この機体に乗ってるのは・・・

「舞、ですね」

茜は相手の正体を正確に見抜いた。そして、茜らしくなく嬉しそうな笑みを浮かべて見せた。

「ようやく、あなたは自分の機体に巡り合ったんですね」

 その顔に浮かぶのは歓喜。リヴァークに乗ったみさきを除けば自分と互角に戦える相手はいない。そのような状況に戦士として不満を持っていた茜だったが、ここにきて初めて自分と正面から互角に戦ってくれる相手と出会ったのだ。その表情は普段の彼女からは考えられないほどに輝いていた。

 全体の動きは確実にマイベックに有利に進んでいた。それでも個々の戦いではエターナル隊のパイロットたちは善戦していた。

 浩平と瑞佳は奇妙なMSと交戦していた。両手に大きなビームサーベルをもつMSで、今までの連邦製MSとは明らかに異なった設計思想で造られた機体だ。だが、その機体を見て瑞佳はただ一言、感想を漏らした。

「何あれ、変なMS」

 乗っている本人が聞けば目をむいて怒り狂うであろう感想だったが、それは乗っている当人を除く全員の本音だった。

「見つけたぞ、ファマスの新型!」

 トルビアックはエクスカリバーの高性能を実証するべく、ファマスでも最高の性能を持つ高性能機、ジャギュアーを探していたのだ。この機体を倒せばエクスカリバーはこの時代を代表する最高の機体と言えるはずであり、それだけにトルビアックの執念は凄かった。だが、彼は一つだけ見落としていたことがあった。エクスカリバーには有線ビームサーベル以外には、頭部両脇のバルカンしか武装がないということを。

 トルビアックは舞に近づきたくてエクスカリバーを搭乗機に選んだのかもしれない。だが、近接戦闘専門のMSなど、相手がまともなパイロットならただの的でしかない。何故なら、こちらが相手との距離を詰めている間、相手は好きなようにこちらを狙えるのだから。

 突進してくるエクスカリバーに対して、浩平と瑞佳は冷静にライフルの照準を合わせ、トリガーを引いた。2本のビームがエクスカリバーへの直撃コースを突き進んでくる。トルクはそれを感じて咄嗟に回避をしようとしたが、片方に捕まって右足を打ち抜かれてしまった。

「しまった、やられたか!」

 ビームライフルに右足を破壊されてコクピットがアラームに満たされる。だが、エクスカリバーは止まらなかった。高出力ジェネレーターが生み出す巨大な光の刃。それはエクスカリバーのもつ鋭い牙だった。近接戦闘の間合いに入ればエクスカリバーに勝てるMSは極僅かしかいない。七瀬のタイラントなら互角以上に戦えただろう。だが、ジャギュアーもエトワールも汎用機だった。

 浩平のジャギュアーがエクスカリバーに比べると悲しいほどに小さなビームサーベルを手に取る。そして両者のサーベルが接触したとたん、反発を支えられずにジャギュアーが弾き飛ばされた。サーベルを形成するIフィールドと呼ばれる磁場が互いに干渉しあった結果だ。

 弾き飛ばされた浩平を庇うように瑞佳がビームライフルでトルビアックを牽制する。その隙に浩平は何とか機体を立て直したが、機体の状態は浩平を青ざめさせた。

「右腕マニュピレーター破損、肘も駄目、ジェネレーターも出力20%ダウンか。洒落になんねえな」

 浩平は相手の機体のもつビームサーベルの破壊力に戦慄を覚えた。まともに受けることもできないビームサーベル。そんなもので接近戦をやったら機体が持たない。

「瑞佳、こいつに近づくな。七瀬のタイラントでもないと相手にならん」

 浩平は瑞佳に警告を送りながら、自分も大きく下がった。

 だが、この時トルビアックのエクスカリバーのも異変が起きていた。機体の右腕が動かなくなったのだ。

「何だってんだ、こんな時に」

 舌打ちしながらも、トルビアックは機体を翻して逃げに入った。こういう時はこの機体の卓越した機動性がものを言い、2人が追撃するまもなくエクスカリバーは逃げ去ってしまった。

 

 

 運良く敵と接触せず、無事に安全圏まで逃げ切ったアヤウラ艦隊は、フォスターTと月との中間宙域、ベータ28で補給艦隊とそれを護衛してきていたショウの第311戦隊と合流した。そこで初めて詳細な状況報告を補給艦隊とともに着任した参謀長、橘啓介から受け取った。

「今度、参謀長に着任しました橘啓介大佐です。よろしく、准将」

「着任を許可する。しかし、准将とは?」

 アヤウラが不思議そうに聞く。啓介は持っていた書類入れから一通の辞令を取り出した。

「今度、アヤウラ大佐は准将に昇進されることになりました。それで、私が着任するときに渡してくれと言われまして」

「そうか、ありがたく受け取っておくとしよう」

 アヤウラは辞令を受け取った。そして、啓介はすぐにもう一つのことを離し始めた。

「それでは閣下、最初の仕事に入らせていただきます。まず、現在の戦況ですが、すでに第303、307、312戦隊は通信途絶。アクシズ派遣艦隊のクルーガ―中佐、ああ、私の着任にあわせて彼も中佐になりました。が重症。第310戦隊のラクト大佐は戦死。両戦隊とも、半数以上の艦を失ったと報告が入っています。第305,308戦隊はかろうじて敵の追撃を振り切ったようですが、やはり、3割近い犠牲を出しています。みさき大佐の第313戦隊は健在ですが、アルファ12宙域で足止めを受けて、すでに3時間が経過しました。我々は、完全にしてやられたのです。このうえは、一刻も早くフォスターTまで撤退させるべきです。閣下、ご決断を」

 啓介が着任早々、いきなり難題を突きつけてきた。啓介に言われてアヤウラはしばし考え込み、そして決断した。

「全軍をこの宙域に終結させろ」

「閣下!」

 啓介が声を上げる。だが、アヤウラは啓介を威嚇するように椅子から立ち上がった。

「このまま引き下がるわけにはいかんのだ。全軍をこの宙域に終結、これは命令だ!」

 

 

 激戦のさなかで通信を受け取ったみさきは通信文を握りつぶして嘆息した。

「簡単に言ってくれるなあ〜」

「でもみさき、やらないと敵中に孤立するわよ」

 雪美が口を挟む。みさきはしぶしぶ頷き、全艦に撤退を命令した。

 今まで隙を見せなかった敵が、突然急速後退を始めたのを見て連邦の艦長たちは思わず追撃をためらった。

「どうしたんでしょう、敵は?」

 部下の問いかけに、マイベックは少し考えてから答えた。

「恐らく、急な撤退命令でも出たんだろう。何処かで集結するつもりか、それとも要塞まで下がる気か・・・」

「なるほど。いずれにしても、追撃はしましょう」

「・・・そうだな、だが、ほどほどで止めておくように」

 旗艦の支持を受けて各艦は追撃を開始した。この撤退で今まで喪失艦を出さなかったエターナル隊は、2隻を撃沈されていた。

 

 

 ファマス軍が集結を開始したことはリビックの知るところとなった。アヤウラはできるだけ密かに集結させようとしていたのだが、リビックが張り巡らせていた偵察艦の索敵網を誤魔化すことはできなかったのだ。

 リビックは複数の情報収集艦から寄せられたファマス艦隊の動向を元に、ファマス艦隊のおおよその集結宙域を割り出した。

「間違いない、奴らはフォスターTと地球の中間宙域に集まっておる。敵艦隊の軌道がそれを証明してる」

 リビックは確信をもって断言し、全軍をファマス艦隊の集結宙域に向けた。

 

 

 指定された宙域に集まったファマス艦隊はそこで補給を受け、何とか一息ついていた。みさきも多少の余裕を浮かべて斎藤と話している。

「貴官が無事でよかった。他の奴らは遂に帰ってこんかったからな」

「308のアップルトン大佐がいますよ」

 みさきがやんわりと訂正する。斎藤もそれを聞いて苦笑した。

「それに、その言葉は、まだ、早いです」

「・・・ふう、そうだったな。まだ、終わったわけではないな。それでは、フォスターTなり火星なりで、再会できる事を楽しみに」

 そう言って敬礼し、斎藤は通信を切った。みさきも敬礼を返し、すぐに自分の席に座り込む。そこに、雪美が食事を乗せたトレイを持ってきた。乗っている流動食を見てみさきは目をそらした。

「みさき、少しは食べないと体に響くわよ」

「・・・今は食欲が無いよ」

 みさきの返事に、雪美はやれやれとため息をついた。

「まったく。好き嫌い言ってられる状況なの? みんなも飲んでるんだから、我慢しなさい」

「・・・でも、これは人間の飲み物じゃないよ」

 雪美の持ってきたトレイ、そこにはアクシズからやってきた艦隊に同行していた輸送船に詰まれていた食料が乗せられている。アヤウラが艦隊将兵に開放したのだが、それは普通の人間には飲めるものではなかった。それは・・・

「まあね、どろり濃厚ピーチってなによ。どろり濃厚野菜ミックス? ・・・なによ、このどろり濃厚メッ○ールってのは?」

 空腹時のみさきですら拒否するどろり濃厚シリーズ。これを主食とするアクシズの住人はどういう神経をしているのか。しかも結構バリエーシュンが豊富。

 雪美の呆れたような声に、みさきは小さな声で笑った。そして、一時の平和を引き裂く警報が艦内に響き渡る。警報に続いてオペレーターの報告が届いた。

「敵艦隊補足、艦数不明、正面に展開して接近中!!」

 オペレーターのヒステリックな叫びに、みさきは厳しい表情で頷いた。

「雪ちゃん、戦闘準備!」

「ええ!!」

 雪美が艦内放送で戦闘配備を命令する。そして、程なくして肉眼で連邦艦隊異を捕らえられるようになった。1部隊が10隻前後で編成され、合計で8つの集団を形成している。その左側には40隻近い数の艦隊が高速で移動している。こちらも数では引けを取らないだろうが、敵は勢いに乗っているのに、こちらは負けこんでいる。

 しかし、みさきに負けるつもりは無かった。

「雪ちゃん、指揮をお願い。私はMSで出るよ」

「分かってるわよ。1機でも多く堕として頂戴」

 そう言ってみさきを送り出すと、雪美は迫り来る連邦艦隊に集中した。

「全艦、砲撃開始!!」

 雪美が戦闘の口火を切った。第313戦隊が砲撃を開始し、それにつられて他の艦隊も砲撃を開始した。それに少し送れて連邦艦隊も砲撃を開始する。両軍合わせて100隻以上の数が撃ちあうという、史上稀に見る純粋な大規模艦隊決戦が始まったのだ。

 両軍の砲火の間を縫うように双方のMSが、戦闘機が激しい戦闘を繰り広げる。その中でも特にものをいってるのがアヤウラの持ち駒であるシェイド部隊だった。この戦場にアヤウラが投入しているシェイドは実に5人にもなる。彼らのヴァルキューレはその名のとおり、戦士たちを死地へと連れ去ろうとしていた。

 アヤウラの下にいるシェイド達、城島司、倉田一弥、折原みさお、名倉友理の4人の第2世代シェイドと、遂に高槻の努力が実を結んだ完成品、第3世代シェイドの国崎往人の5人は、圧倒的な数で攻め寄せてくる連邦MS部隊に獅子奮迅の活躍を見せていた。

「逃げられると思うなよ」

 往人が肉食獣の笑みを浮かべて迫り来るジム改の大軍を見据えている。その隣では司がなにやらぶつぶつ呟いている。どうにもフォスターTでの戦い以降、精神的に不安定になっている。

 2人から少し離れた辺りでは一弥とみさお、友里が手ごわいMSと交戦していた。3人が戦っている相手、祐一と名雪、郁美は彼らにとっては馴染みとなってきたMSに気を引き締めていた。

「祐一、名雪、ヴァルキューレ3機がこっちに来るわ。気をつけて!」

「分かってる! 名雪は後ろで援護してくれ」

「祐一、気をつけてね」

 モニターの中で名雪が心配そうにこっちを見ている。祐一は笑顔で頷いて見せると、改めて敵に視線を移した。

 祐一には友里が襲い掛かってきた。ヴェルキューレの強さは身にしみて分かってる祐一は、ジムカスタムでこいつとの接近戦だけは避けたがった。

「お前なんかとまともに戦うなんて冗談じゃねえ!」

「ちょっと、ちゃんと相手をしなさいよね!」

 祐一がちょこまかちょこまか逃げ回るので友里も攻めあぐねていた。何しろ四方八方から流れ弾が飛んでくるのだ。ちょっとでも警戒心を緩めれば直後にはガラクタに変わっているだろう。

2人の超エースがやりあってるとき、その隣では郁美のアレックスUと2機のヴァルキューレが激しくやりあっていた。本来なら1人で2人を押さえられるはずが無いのだが、不幸にしてみさおも一弥もこれが初陣であり、歴戦の勇士である郁美は何とか2人と互角の戦いを演じていた。

「私は楽に勝てる戦いの方がいいのに―!!」

 必死に機体を操りながら郁美が泣き言を言う。それを傍受したのか、2人が言い返してきた。

「こっちだって忙しいんです!」

「いいかげんに止まってよ〜」

 相手の泣き言を聞いて、郁美は驚きのあまり一瞬止まってしまった。そこを一弥に突かれたが、かろうじてそれを回避する。

「今の声・・・、何よ、子供なの!?」

 まさか戦ってる相手が子供だとは思わず、郁美は反撃するのに若干の躊躇いを感じるようになってしまった。おかげでこちらの勝負も長引くことになる。

 そんな彼らとは明らかに一線を画した、凄まじい戦いの火蓋も切って落とされようとしていた。そう、最強のシェイドであるシアンとみさきだ。リヴァークとザイファ、時代の影を代表する凶悪なMS同士が激しく激突する。その戦いは周囲を容赦なく巻き込み、何時の間にか2人の周りにはMSも戦闘機も、1機も残ってはいなかった。

 驚異的な戦闘能力を発揮しているザイファに、みさきは普段なら絶対に使わないレベルの力を解放していた。

 ザイファのビームライフルが立て続けに撃ち出され、リヴァークの機体に直撃しそうになるが、その全ては機体に当たる前に黒いもやのようなものに弾かれ、メガ粒子を吹き散らすだけに終わった。

 みさきの人間離れした戦い振りにシアンが感嘆の声を漏らす。

「さすがみさき、障壁を連続使用できるとはな・・・」

 自分なら絶対に不可能な芸当に、シアンは少し恐怖した。

 みさきは連続して力を行使しながら、不適に微笑んでいる。

「兄さん、兄さんも本気でこないと、私には勝てないよ」

 聞こえるはずの無い呟き。だが、シアンはみさきの呟きを感じ取っていた。すでに両者はMSだけでなく、精神レベルでの戦闘も始めているのだ。

「いいだろう、後のことなど知ったことか!」

 シアンが今までの枷を全て取り払う。そして、限度を無視した力の解放を始めた。それを感じ取ってみさきが歓喜する。

「この力、私に迫るほどのこの力。待ってたよ、私と同じラインに立ってくれる相手を!」

 シェイドの持つ闘争本能に素直になったみさきとシアン。その力は戦場そのものにすら影響を及ぼし始めた。

 最初にそれを感じ取ったのは戦場で戦っているニュータイプやシェイドだった。戦場の一角で急激に拡大する殺気。そして今まで感じたことも無いプレッシャー。誰もがそれを無視することはかなわなかった。

 今まで戦っていたあゆが、トルビアックが、栞が、香里が、郁美が、瑞佳が、澪が、繭が、クラインが、一弥が、みさおが、友里が、司が、往人が、動きを止めて一様に同じ方向を見る。

「・・・何、今の?」

「殺されたかと思った・・」

「こ・・・こ・怖いです」

「殺気? でもこんな・・・」

「・・・シアンさん? それに、みさきさん?」

「みさきさん、駄目だよ、戻って・・・」

「<何なの!>」

「みゅ、みゅ〜〜」

「お、おい・・・」

「誰ですか、一体?」

「・・やだよ、こんなの」

「こんな力、だれが・・・」

「・・・くっ、頭が・・・なんだ?」

「・・・なんだ、この純粋な殺意は?」

 誰にも分からないその力を、茜と舞はすぐに理解した。

「いけない、みさきさん、兄さん、力を押さえて!」

「・・・駄目、このままじゃ2人とも、暴走する!」

 茜と舞は戦いなどほっぽり出してそちらに向かった。すでにそのころには普通の兵士たちもその異常な力の広がりを感じていた。誰もが動揺し、一時的に戦いが止まっている。そんな中で、あゆと茜、舞には確かに見えた。リヴァークとザイファ、この2機から影のようなものが出ているのを。

 2機はほとんど同時に動いた。リヴァークのメガビームランチャーが、ザイファのビームライフルが交差し、互いに障壁に弾かれて霧散する。ビームが効果ないとみるや、シアンは距離を詰めて胸部のマシンキャノンを撃ちまくった。その弾幕の中をリヴァークが突き進み、ビームサーベルを抜いて接近戦を仕掛ける。シアンが至近距離からビームライフルを撃つが、みさきは超人的な反応速度でこれをかわした。そしてみさきはビームサーベルを振るったが、それはシアンが投げつけてきたビームライフルに阻まれた。切られたビームライフルが爆発し、一時的にみさきが視界を失う。そこを突くように爆発の中からザイファがビームサーベルを抜いて切りかかってきた。咄嗟にそれを受けて見せたが、ザイファは勢いに乗って機体ごとぶつかってくる。このチャージでみさきは吹っ飛ばされ、大きく後ろに下がったが、ザイファの機体にもビームによる焦げあとがあった。ぶつかったときにビームサーベルが触れたのだろう。すでに2機の動きは一般の兵士たちには斯界に捉えることすら困難なほどに無茶なレベルに達していた。

距離をとって仕切りなおした2人は、またビームサーベルを構えてぶつかり合った。

「おおおおおおおおおおおおっ!!」

「ああああああああああああっ!!」

 激しい雄たけびを上げて両者がぶつかり合う。その表情は喜びに満たされていた。そう、飢えが満たされる喜び。2人には今まで持てる力の全てを使わせてくれる相手はいなかった。だが、今は違う。この殺人的なMSと、自分と互角の力を持つ敵を得たのだ。それが兄妹同然に育った相手であったとしても、今の2人には問題ない。シェイドの本能に忠実になった2人は、お互いを敵としてしか認識していなかった。

「さすがだみさき。だが、勝つのは俺だ!」

 ザイファが無茶な直角機動を繰り返してみさきの砲撃をかわしながら距離を詰める。 普通で考えればパイロットはあの世行きな機動だが、シアンは平然と強烈なGに耐えていた。みさきもメガビームランチャーを捨て、接近戦オンリーを覚悟する。

 だが、ここに妨害が入った。この2人についていくことのできる2人、舞と茜だ。

「舞、兄さんを頼みます。私はみさきさんを押さえ込みます!」

「1人で大丈夫?」

「・・・やるだけです!」

 茜はビームマシンガンを撃ちまくった。狙い過たずビームがリヴァークに降り注ぐ。確実に死角から攻撃されたのに、みさきはその全てを回避するか、障壁で弾いた。

「茜ちゃん、邪魔しないで。今、いいところなんだから」

「みさきさん、正気に戻ってください!」

 茜は続けざまにビームを撃ちつづける。みさきは余裕を持ってそれを回避しており、茜は焦りを強くした。

『まさか、完全覚醒したシェイドがここまで強いなんて・・・』

 MSのビームを自分の力で弾く。そんな芸当は自分には不可能だ。

 舞の方も似たような状況だった。メガビームサーベルをかざして斬りつけても、シアンは悠々とそれを回避しつづけている。

「舞、もうよせ。今俺が戦いたいのはみさきだけだ」

「・・・止めてみせる・・・」

 そう言いながらも、舞は沸き起こる恐怖を必死に押さえつけていた。シアンと戦えば絶対に勝てない。舞の理性の部分は冷静にその事実を認めていたのだから。

 1対1では勝てない。それは茜と舞の共通の認識だ。2人は声にこそ出さないが、友に助けを求めていた。この状況で、4人の戦いに介入できる仲間を。だが、そんな余裕のある奴がこの状況でいるはずも無く、4人の戦いは徐々に戦場そのものを巻き込み始めた。

 セレスティアのメガビームサーベルが横なぎに振るわれ、ザイファの変わりに3機のMSが切り払われる。その向こうでは茜がビームマシンガンを乱れ撃ち、その全てがリヴァークを捕らえられず、変わりにその辺にいたMSが何機か吹き飛ばされる。

シアンとみさきは舞と茜の攻撃を笑顔で防いでいた。シェイドの力を完全に発揮した2人には未だにシェイドの力を押さえ込んでいる2人の攻撃は余裕を持って対処できるものでしかない。

「舞、いい加減にしないとお仕置きだぞ!」

「・・・お兄ちゃんが正気に戻るまでは、私が相手をする」

 立て続けに繰り出される斬撃を余裕で回避しながらも、シアンは気持ちを切り替えた。わがままな妹にはお仕置きが必要だ。そう決めると、シアンは近くにいたファマスのサラミス改に目をつけた。高速でサラミス改の懐に入り込み、機関部をビームサーベルで切裂いた。たちまち機関部の誘爆が起こり、そのまま大爆発を起こす。この爆発に巻き込まれてセレスティアは大きく揺さぶられた。サラミス改の破片が襲い掛かり、機体を激しく叩く。

「くっ、めくらましのつもり?」

 素早く周囲に注意を向ける。そして、爆発が収まったとたんに1機のガルヴァルディβが舞に向かって飛んできた。反射的にそれを切り捨ててしまったが、その一瞬だけ動きが止まってしまい、その一瞬にシアンは襲い掛かってきた。

「しまった! これも囮!」

 もう遅い、セレスティアは完全に動ききっており、体制が立て直せない。その僅かな時間にザイファの蹴りが舞を襲った。何とかシールドで受けたものの、その一撃で左腕がいかれ、さらにつづくマシンキャノンの連続射撃に叩きのめされた。

「くうううっ!」

 必死に機体を操って大きくさがる。シアンはあえてそれを追わず、不敵に笑って見せた。だが、そこに新手が現れた。

「うぐぅ―――!!」

 あゆのRガンダムが天頂方向から急降下してくる。完全に不意を突かれたシアンは降り注ぐビームに左足を半ば削られてしまった。

「あゆかあああああ!!」

 意外な敵に急いで回避運動に入る。だが、そこにさらにもう1人が体当たりをかましてきた。

「アレックスU、天沢少尉か!」

 ぶつかってきた機体を確認して怒りの声を上げる。だが、続く郁美の行動はシアンの予想を越えるものだった。なんと彼女はコクピットから出てきて、こちらに乗り込んできたのだ。外部から強制的にコクピットを開けられ、郁美が中に入ってくる。

「何のつもりだ、少尉!」

「シアンさんこそ、いつまでみんなに迷惑かけるつもりですかっ!!」

 郁美の拳がシアンの鳩尾に決まった。まさかいきなり殴られるとは思ってなかったシアンはまともにその一撃を受け、危うく気が飛びかける。

「な、なにを・・・」

 苦しそうに声を出すが、郁美はコクピットを閉じて与圧を確認すると、シアンのヘルメットを脱がしてさらに頬を数回張った。シェイドのパワーで叩かれたので頚椎が損傷したかと思わせるような衝撃がある。あまりの威力にふらふらしたシアンの頭を両手で挟みこむようにして押さえた郁美は、少し心配そうな声で聞いてきた。

「どうです、正気に戻りました?」

「・・・ああ、落ち着いたけど、なんとなくあの世が見えた気がする・・・」

 どうやら正気に戻ったらしい。だが、両側の頬が腫れてるのはなんだか情けない。郁美は安堵のため息をつくと、シアン抱きついてきた。

「ほんとにもう、心配したんですよ」

「・・・ああ、すまなかったな」

 シアンも郁美を軽く抱き寄せ、ヘルメット越しに頭をなでてやった。

 2人がなんとなく自分だけの世界に入っているころにはみさきの方も何とか正気に戻ろうとしていた。シアンの気が薄れたことと、機転を利かせた瑞佳が雪美にみさきを叱せたおかげだ。

「くおおらああああ!! なにやってるのみさきい!!」

 憤怒の形相で雪美がみさきを怒鳴りつける。怒鳴られたみさきは暴走状態から一気に正気に引き戻された。

「ひっ、ゆ、雪ちゃん!!」

「あんたねえ、このくそ忙しいときに手間取らすんじゃないわよ! 罰としてしばらく食事量を減らすからね!」

「え――!! ひ、非道だよ、雪ちゃん」

「じゃかましい! 減らされたくなかったらきびきび働きなさい!!」

「は、はいっ!」

 あわててみさきは連邦艦隊へと向かっていった。それを呆然と見送る茜達。ただ、瑞佳だけが真実をついた呟きをもらした。

「みさきさん、もう遺伝子レベルで雪美さんに服従してるんだよ・・・」

 などとほのぼのやっているのだが、実際のところ4人が暴れまわった影響は計り知れないものがあった。4人が通った後には無数の残骸が漂い、動くものは無い。そんな奴らが戦場を縦横無尽に駆け回ったため、両軍に大きな損害が出ていた。特にファマス軍の損害は大きく、事実上戦場にされた第308戦隊はせっかく再編して戦力を補充したのに、結果として殲滅されかかったのである。最強クラスのシェイドが無差別に暴れまわるとどうなるか、というテーマの答えがここにあった。

 308戦隊が崩壊したことでファマス艦隊の戦列に穴があいた。そこにエバンス大佐の艦隊が突入し、ファマス軍の分断を図ったのだが、これは雪美の巧みな弾幕射撃に阻まれてしまう。エバンス大佐は床を蹴って悔しがったが、突進を続けても被害が増すだけなので諦めて後退した。

 一方、アヤウラとショウは正面に展開するエニーを中心とする連邦第2艦隊の整然とした砲火にさらされ、打ち続く消耗戦に必死に耐えていた。雪美の方も実は五十歩百歩で、斎藤との連携で懸命に戦線を維持しようとしているのだが、やはりクライフを中心とする連邦第3艦隊に徐々に追い込まれている。

 戦線の少し後方で戦況を見ていたリビックは近年まれに見る好勝負に目を細めた。

「よくやるではないか、どちらも・・・」

 リビックの表情にはまだ余裕があった。こちらにはまだ自分の本営艦隊があるし、何よりもうすぐマイベックが来る。

 MSを出した後、戦場を大きく迂回していたマイベックは、遂にファマス艦隊の背後に出た。必死に戦うファマス艦隊には背後から迫る新手に気付いた様子もない。おかげで、マイベックの攻撃は完全な奇襲となった。

「全艦全速、敵の背後を襲う!」

 マイベックの命令を受けて全艦が駆動炎を吹き上げて加速していく。その砲火がファマス艦隊にたたきつけられたとき、初めてファマス艦隊の将兵はマイベック艦隊に気付いた。

 エターナルのレーダー手が驚いた声を上げる。

「背後より新たな敵艦隊出現! 数、お、およそ40隻!!」

「40隻!」

「そんな馬鹿な!」

 部下たちが混乱する中、雪美は唇をかみ締めた。

 宇宙世紀0082年1月19日23時19分、勝敗は決した。


 

登場人物

 

橘啓介  30代半ば? 男性 大佐

アクシズからやってきたアヤウラ待望の参謀長。噂によるとサイド3に娘がいるとかいないとか。能力は確かで、暴走しがちな上官にブレーキをかけられる数少ない人物。笑顔で策謀を巡らせることができる恐るべき面をもっていますが、アヤウラとは異なり、条約等を無視した無差別な手段などは使おうとしません。何か思うところがあったのか、斎藤とは奇妙な友情を築いています。

 

矢島忠広 28歳 男性 中佐

 連邦軍の若手エリートで、1年戦争を生き抜いた猛者。巧遅よりも拙速を尊び、スピードを何よりも重視する用兵から迅雷の異名を持つ勇将で、ファマス戦役ではクライフ少将の下で奮迅の働きをしている。後にティターンズに移籍することになる。

 


機体解説

 

ザイファ

兵装 ビームライフル×1

   ビームサーベル×2

   長砲身マシンキャノン×2

   シールド

<説明>

 シアン専用機で最新型のシェイドMS。攻撃力は並だがバランスが良く、茜のイリーズと同じ汎用機に分類されている。そのパワーは凄まじく、機動性はMAすら引き離すほど。おまけに豊富な追加オプションを持っている。技術的に数年の開きがあるためにイリーズやザイファよりも小型でありながら、それ以上の性能を達成している。ただ、このシリーズのMSにしてはやや火力不足なのが玉に傷。

 

セレスティア

兵装 有線メガビームサーベル×1

   ビームサーベル×2

   Iフィールド・シールド

<説明>

 舞専用の攻撃型MS。近接戦では敵なしの強力すぎる有線メガビームサーベルは圧倒的な武器で、現行のどんなMSも鍔迫り合いを行うことはできません。ただ、長射程武器を一切持たないので、ジム用のマシンガンなどを持っていく必要があります。この弱点を補うために装備されたのがIフィールド・シールドで、シールドに限定的なIフィールド発生器を内蔵することで最強の盾となっています。ただ、この為にジェネレーターの余裕が無くなり、他のビーム兵器が一切装備できなくなったことは重大な欠点となりました。

 

 エクスカリバー

兵装 有線メガビームサーベル×2

   頭部60mmバルカン×2

<説明>

 ゴータ・インダストリーが開発した試作型攻撃用MS。セレスティア以上の超近接用MSで、手が届く範囲に敵がいなければ何もできないという致命的な欠陥を持つ。この欠点を補うためにMA並みの加速力と、優れた運動性を与えられ、ルナチタニウム製の装甲を装備しているのだが、やはり欠陥機と言うほか無い機体である。

 


後書き

ジム改 今回は戦闘オンリーだあ!

祐一  なんか、ファマスがけちょんけちょんになってるぞ。

ジム改 今回は某銀河の戦いのあれがそのまんまきてます。

祐一  ・・・・・・。

ジム改 果たしてアヤウラはどうなるのか。エターナル隊は脱出できるのか。

祐一  ところで、秋子さんはどこ行ったんだ?

ジム改 カノンでまだ療養中。

祐一  ううむ・・・・ところで?

ジム改 何だ?

祐一  シアンさんや舞やトルクは新型機を貰ったわけだが、俺は?

ジム改 ・・・・・・・・・

祐一  なあ、俺の新型機は?

ジム改 欲しいの?

祐一  それは、まあ、主役が折り返し点で新型に乗るのは常識だろうし。

ジム改 ・・・・・・一応、ジムUやハイザックでも新型だよな(ぼそ)

祐一  え、何だって?

ジム改 気にするな、それでは次回にご期待ください。

祐一  ・・・期待してる人いるのか?

ジム改 いると思いたい。