28章 アヤウラ退場
連邦軍を迎え撃ったファマス艦隊はマイベック隊に背後を突かれ、壊滅の危機に直面していた。
「味方は総崩れよ、どうする、みさき?」
「そうだね、逃げるのはまだ早いよ」
エターナルに戻る途中、リヴァークのコクピットからみさきが雪美に答える。必死に逃げようとするファマス艦隊を連邦艦隊が追撃する。ファマス艦隊は次々と砲火に捕らえられて消え去っていった。
誰もが懸命に崩壊しかけている戦線を支えようと悪戦苦闘している中、アヤウラはアクシズ艦隊を纏め始めた。
「これまでだな、退却だ」
「提督、まだ味方が戦闘中です!」
信じられないという顔で啓介がアヤウラに食い下がったが、アヤウラは冷淡だった。
「今は生き残る方が大事だ。それに、ここで貴重な艦隊をすり減らす訳にもいかん」
そう言いきってアヤウラは斎藤を呼び出した。
「斎藤君、全軍を撤退させようと思うのだが、どうかね」
「・・・・・・そうですな、これ以上は無理でしょう」
斎藤は内心の怒りを表に出さないよう、懸命に演技をしながら答えた。だが、アヤウラの次の台詞を聞いてその僅かな理性も吹き飛んでしまった。
「では、君に殿を任せる。本隊が後退する間、時間を稼いでくれ」
「なっ?」
答えを聞くことも無く、アヤウラは通信を一方的に打ち切った。さすがにしばらく二の句がつげない状態だったが、落ち着いてくると激しい怒りが込み上げてきて、スクリーンに向かって激しい罵声を浴びせ掛けた。
「ふざけるな、自分の失敗のつけを俺に押し付ける気かっ!」
滅多なことでは怒りを見せない斎藤が珍しく怒り狂ってるので、部下たちは声をかけることもできなかった。だが、しばらくすると怒りよりも現実に立ちかえってきたのか、瞳に理性の光が戻ってきた。
「・・・川名大佐と、ショウ大佐を呼んでくれ」
混乱したファマス艦隊を立て直す役は斎藤、ショウ、みさきの3人がするしかなくなった。斎藤から話を持ちかけられたみさきは笑顔で頷く。
「斎藤大佐、ショウ大佐、私が時間を稼ぎますから、その間に味方の指揮系統を再編してフォスターTへの撤退をお願いします」
「そんな、1人でなんて無茶だぞ!」
ショウが反対するが、斎藤は小さく頷いた。
「そうか、だが、君はどうするんだ?」
心配そうな表情を浮かべる斎藤に、みさきはややぎこちない笑みを浮かべて見せる。
「大丈夫、あいにく自殺や玉砕は、私の趣味じゃないから」
「・・・うん、わかった。みさき、死ぬなよ」
敬礼を残して斎藤は通信を切った。ショウも時間を無駄にできない以上、しぶしぶと通信を切る。
みさきは艦橋を見回し、やや落ち着いた声で皆を安心させようとした。
「大丈夫だよ、タイミングさえ間違わなければ、十分逃げ切れる」
みさきの科白に雪美を含めた全員が頷く。みさきは彼女らに笑顔で頷き、表情を引き締めると大きな声で命令を下した。
「艦隊を密集させて。敵の中央部に砲火を集中!」
みさきの指示を受けて現在指揮下に入っている14隻が密集する。密度を大きく上げた砲撃が半包囲状態で追撃してくる連邦艦隊の中央に突き刺さり、何隻かが直撃を受けて瞬時に撃沈された。この攻撃で中央の動きが止まり、左右両翼は中央との連携もあってやはり動きが止まってしまった。
これを見たリビックは賞賛と僅かな驚きを含んだ声を出した。
「やるな、実に良いポイントに砲撃を集中してくる」
「あれは、水瀬提督の報告にあった第313戦隊のようです」
参謀長のクルムキン大佐がリビックに教える。リビックは小さく頷き、瞳に悪戯っけな色を浮かべた。
「面白い、両翼を伸ばして包囲陣を展開しろ!」
リビックの指示を受けて連邦艦隊がファマス艦隊の追撃を止め、エターナル隊の包囲にかかる。おかげで斎藤とショウは再編成に専念することができ、なんとか戦場を離脱できそうだった。
だが、連邦軍の全力を引き付けたエターナル隊は安心してなどいられなかった。圧倒的な砲火にさらされ、損害がうなぎのぼりに増えていく。
あまりの被害の多さに雪美が悲鳴をあげた。
「みさき!!」
「まだだよ、もう少し踏みとどまれば、味方はこの宙域を脱出できる!」
物凄い砲火を浴びながらみさきは内心の焦りを懸命に押さえていた。
『斎藤さん、早く、早く脱出して』
一方、包囲していた連邦軍も自軍の包囲陣の不備に気づいた。大きな損害を受けたエバンスの隊が受け持ったエリアが薄すぎるのだ。
「長官、エバンス大佐の隊が薄すぎます。ここはマイベック大佐に援護させた方がよろしいかと」
「ふむ、そうじゃな、そうしてくれ」
リビックの指示を受けてマイベックはエバンス隊の背後にさらにもう一層を作り出そうとした。それを確認した雪美はみさきを呼んだ。
「みさき!」
「うん、ここまでだね」
頷くと、全軍に命令を出した。
「全軍、敵の最も薄いところに集中砲火。一点突破を図るよ、急いで!!」
みさきの命令で全てのMSと艦艇がエバンス隊に襲い掛かった。このときエバンスは5隻の船を残していたが、エターナル隊は14隻もいるのだ。さらにMSはエース揃い。この圧倒的な戦力を叩きつけられてエバンス隊はまともな抵抗もできなかった。
旗艦の艦橋でエバンスは部下に檄を飛ばしていた。
「ひるむな、反撃だ。我が艦隊に退却の文字は無い!!」
この勇猛さがこの男の命取りとなった。激昂する彼が最後に見たのは、浩平のジャギュアーが艦橋に向けて構えたビームライフルの砲口だった。
物量と突進力。この2つに勝ったエターナル隊はエバンス隊を文字通り蹴散らして突破し、連邦艦隊の背後に抜けていった。慌てて急速反転しようとした連邦艦隊だが、今まで勢いがついていただけにすぐには反転できず、その隙にエターナル隊は一目散に逃げていってしまった。
それを見送ったマイベックはしきりに感心し、クライフとエニーは通信でみさきを誉めていた。
「なかなか大した奴がいるな、敵にも」
「そうね、今度会うのが楽しみだわ」
連邦艦隊は追撃を避け、残敵の掃討をすることにした。この一連の戦いでファマス軍は投入した各種合わせて105隻のうち、実に72隻を失い、参加した艦隊指揮官9人のうち、6人が戦死、もしくは重傷という最悪の結果に終わった。この損害の半数は補給路で失われた輸送船であり、この通商破壊戦によって失われた艦艇と物資はファマスにとって今後の戦略そのものに重大な影響を及ぼすであろうほどの量であった。
一連の戦いが終わった後、両軍にはいくつかの事件が起こっていた。
マイベックと合流したシアンたちは素直に再会を喜び合ったが、同時に一つの訃報にも直面した。
「トルクが戻らない!?」
驚きのあまり声が大きくなったシアンに、マイベックは頷いた。
「ああ、出撃していったのは確かだが、その後帰ってこない。トルクの機体は新型機で、先立ってのエターナル隊との交戦でダメージを受けてたからな。それを応急修理をしただけで出撃したから、戦闘中に機体が故障でも起こしたか、あるいは撃墜されたか」
「・・・故障を起こして、その辺を漂流してるか、あるいは捕虜になったか、か」
あえてシアンはトルビアックが戦死したという予想はしなかった。そんなことを考えれば本当にトルビアックは死んでしまう。そんな気がしたのだ。
「とにかく、しばらくは漂流者の捜索が行われる。今はそれに賭けよう」
マイベックの励ましは何処か空しかった。
このあとの捜索でも、遂にトルビアックはおろかエクスカリバーの残骸すらも発見されなかった。
戦場を離脱したファマス艦隊はおのおのでフォスターTに帰還した。無傷の艦は1隻も無く、むしろ大破というような損害を受けた艦が多い。生き残った3人の艦隊指揮官たちは宇宙港で再会を喜び合った。
「みさき、よく無事に帰ったな!」
斎藤がみさきに駆け寄ってきた。そのまま両手でみさきの肩を押さえ、バンバンと音を立てて叩いてくる。みさきはやや顔をしかめたが、少し嬉しそうだった。
「たいしたもんだ。もう2度とあえないと思ってたのにな」
「それは酷いよ、斎藤さん」
「はははははははっ!」
大きな声を上げて笑う斎藤だった。その笑い声を聞きつけてショウも来た。
「おっ、生きて帰ってきたな」
「その声はショウさんだね」
「おう、ショウさんだぞ」
ショウと斎藤が敬礼ではなく握手を交わす。
「お互い、何とか生きて帰ってこれたな」
「そうだね、流石に今回は駄目かと思ったけど」
「まったくだ」
3人は声を上げた笑い出した。そうでもしないと、この戦いで死んでいった部下や同僚の顔が浮かんでくるのだ。
3人が笑っていると、要塞指揮官のチリアクスが歩いてきた。その隣にはアヤウラがついている。
「やあ、よく無事に戻ったな」
チリアクスに声をかけられて3人は談笑を止めて向き直り、アヤウラを見て顔色を変えた。
「てめえ、よくものこのこ顔が出せるな!!」
ショウが逆上して飛び掛ろうとして、咄嗟に飛びついた斎藤に押さえつけられる。
「は、離してくれ、斎藤さん!!」
「馬鹿、司令官の前で乱闘騒ぎを起こす気か!?」
「この野郎が逃げ出したせいで、俺は3隻をやられたんだ!」
斎藤を振りほどこうとショウが激しくもがく。斎藤は懸命にショウを押さえ込んでいたが、そのせいでもう1人への注意が疎かになった。
2人がもみ合ってる間についっと前に出たみさきはアヤウラに思い切り平手打ちを加えた。みさきにしばかれてアヤウラはまるでヘビー級ボクサーのK・Oパンチでも受けたかのような強烈な衝撃を頬に感じ、そのまま壁に物凄い音を立てて激突した。突然のことの誰もが咄嗟には言葉が出ないでいる。
以外に頑丈なのか、あれだけの攻撃を受けてもアヤウラは立ち上がってきた。その眼は怒りににごり、右手が腰の拳銃に伸びる。
「きき貴様あっ!!」
激昂するアヤウラをみさきは冷ややかなまなざしで見ていた。
「抜いてもいいよ。そんな玩具で私を殺せるとでも思うんなら」
みさきの言葉にアヤウラは拳銃に伸ばした手を止めた。みさきの言うとおり、奇襲でもない限り銃などみさきには通用しない。
銃から手を離したアヤウラにみさきがゆっくりと近づいていく。
「貴方のせいで、死ななくてもいい人達が大勢死んじゃったよ。責任はとってよね」
「何を言ってる。戦争で人間が死ぬのは当然だろうが」
「あそこで貴方が指揮を放り出して敵前逃亡したりしなければ、もう少し多くの人が帰ってこれたよ!」
みさきは本気で怒っていた。このままではみさきは確実にアヤウラを殺すだろう。それを察した斎藤はタックルのような勢いで背後からみさきに組み付いた。ショウは事態についていけないのかぽかんとしている。
「ま、待て、落ち着けみさき!」
「離してよ、斎藤さん。私はあいつを叩かないと収まらないんだよ」
みさきは斎藤を引きづりながら進んでいく。どうやら僅かだが力がもれているらしい。みさきのパワーに斎藤は驚きを隠せなかったが、同時に焦ってもいた。
「だ、誰か、手を貸してくれ!!」
斎藤が助けを求める。それに応じてエターナル隊のエースパイロットたちや雪美、ショウまでもがみさきに組み付いた。
「先輩、落ち着いて!」
「みさきさん、正気に戻ってよ」
「みゅーみゅー!!」
「<暴れるとお腹が空くの!>」
「艦長、冷静になって!」
「駄目です、みさきさん!」
「みさき、止まりなさい!」
「だあ、落ち着け川名!」
「ちょ、私が、つぶれ・・・」
流石にこれだけくっつくとみさきも動きが取れなくなり、アヤウラは内心で大きく安堵の息を吐いた。ちなみに、斎藤は一番下で潰れかけている。
「ふん、川名大佐、上官に対する暴行行為は罪が重いんだぞ、分かってるだろうな?」
やや優越感を含んだアヤウラの言動に、みさきに組み付いてる全員(1名除く)がアヤウラに怒りの目を向ける。いや、宇宙港でアヤウラの言葉を聞いた全員がアヤウラに非好意的な視線を向けている。
チリアクスが一歩前に出てみさきに処罰を伝える。
「川名大佐、上官暴行罪で身柄を拘束する。しばらく独房で反省していてもらおうか」
「「「「「「「「「ど、独房っ!」」」」」」」」」
「ふん、当然だ!」
驚く全員をあざ笑うアヤウラ。だが、チリアクスはアヤウラに対して厳しい顔で別のことを伝えた。
「アヤウラ准将は直ちにエンブロウ基地に戻ってもらう。そこで、今回の敵前逃亡に対する査問会が行われる。すぐに出立の準備をしてもらおうか」
チリアクスの科白が理解できず、アヤウラはしばし硬直した。
「・・・査問会、ですと?」
「そうだ」
アヤウラは口元を僅かに吊り上げ、苦笑した。
「くくくく、お忘れですか。私に対する指揮、命令権はアクシズにある。貴方にはない」
そう、確かにアヤウラはファマスの士官だが、彼に対する指揮権はアクシズにある。ゆえにファマスがアヤウラを使うときは命令ではなく要請なのだ。ゆえに、ファマスにはアヤウラを裁く権限は無い。
だが、次のチリアクスの科白はアヤウラの予想を越えたものだった。
「君を査問会にかけることと、その後の処罰はアクシズから一任された。残存のアクシズ艦隊も火星に帰還し、新たな指揮官の下で再編されることになる」
「・・・な、なんだとっ!!?」
アヤウラの眼が怒りと驚愕に見開かれる。その両脇を後ろから憲兵が押さえ、チリアクスが手のひらを返すとアヤウラをエアーとは別の艦に強引に連れて行った。
それを横目で見送ったチリアクスは小さく「屑がっ」と吐き捨て、組み付かれているみさきに柔らかい視線を投げかけた。
「そういうわけだ、怒りを抑えてくれないかな、川名大佐?」
「・・・はい、分かりました」
アヤウラが査問会で正式に裁かれると言うなら、みさきにも不満は無かった。周囲の者がみさきから離れたところを見計らって憲兵がみさきの両脇に立つ。
「おい、何のつもりだ!?」
浩平がその憲兵に食って掛かるが、みさきがやんわりと制した。
「駄目だよ浩平君、私はこれから独房行きなんだから」
「でも、先輩」
「仕方ないよ、上官を叩いたのは事実だからね」
浩平を黙らせると、チリアクスと斎藤に頷いて見せ、憲兵に促されるままに歩いていった。みさきを見送ったチリアクスは斎藤に声をかける。
「斎藤大佐、残存艦隊は君たち3人の元で再編成することになる。とりあえずコバヤシ大佐や深山中佐と協力して進めておいてくれ。まあ、しばらくは動きようも無いし、今連邦軍に出でてこられたらここを引き払って逃げ出すしかないけどな」
チリアクスの判断に斎藤は大きく頷いた。チリアクスは少し満足げに笑い、斎藤の肩を叩いた。
「それでな、私は要塞のことに専念するから、君は艦隊の総指揮をとってくれ」
「はっ、しかし、川名大佐の方が先任ですが?」
「構わん、私は艦隊指揮官としては君が最も優れていると考えている。自信をもて」
「は、はあ・・・」
まだ不安そうな斎藤だったが、とりあえず頷いて見せた。
アヤウラが去り、クルーが―が重態と言う状態に、指揮官を欠いたアクシズ艦隊は混乱していた。アヤウラは自分に権限を集中させすぎていたのだ。一応参謀長の橘啓介大佐が艦隊をまとめていたが、まだ着任したばかりの彼に対する将兵の信頼は薄く、統率に苦労していた。おかげで、アヤウラがいた頃には絶対にありえないことも起こっていた。
辛うじて帰還した艦隊のクルーは全員に休暇が与えられており、浩平達もみんなで連れ立って要塞内の娯楽施設を回っていた。ここは重力ブロックなので、誰もが久しぶりに感じる1Gの重力に苦笑している。
「なんだか、体が重いねえ」
瑞佳がにへらーと浩平に笑いかける。浩平も苦笑して頷いた。その隣ではクラインが首を左右に曲げており、繭と澪が走り回っている。茜はというとすでに怪しげなワッフル屋に足を運んでいた。これらの店を運営しているのも軍人なのだが、できる限り普通の街並みが再現されている。永久要塞に駐留する将兵の精神的なストレスを和らげると言う意味でも、これらの施設は有効だった。
もふもふとワッフルを頬張る茜は何時になく幸せそうで、浩平がみんなを代表して話し掛けた。
「なあ、おいしいのかそれ?」
「はい、とってもおいしいです」
ワッフルにかじりつく茜は本当に幸せそうだった。だが、他の者にはどうしても信じられなかった。なぜなら、彼女の持っているワッフル、「蜂蜜練乳入りワッフル」は、茜にしか食べられないほどに甘すぎるお菓子だからだ。というか、どうしてそんな物が並んでいるのだろう。需要があるのだろうか? 浩平の悩みは結構根が深かった。
かれらが引きつった笑顔を浮かべていると、久瀬たちがやってきて声をかけてきた。
「お、帰ってきたんだ」
「あ、久瀬さん、ただいまっす」
久瀬に浩平が軽く手を上げて挨拶を送る。久瀬の後ろには晴香や葉子、由衣もいた。
「あれ、茜さん何を食べてるんですか?」
由衣が茜の食べてるワッフルに興味を示した。茜は由衣に目をやり、持っている袋からワッフルをいくつか出す。
「どうです、食べますか」
「え、くれるんですか〜」
「有り難うございます」
「へー、おいしそうね」
「これは、すまないな」
4人は一つずつ受け取った。浩平達はなぜか止めず、じっと4人を見ている。そして、4人がそれを口に運び、3人が硬直した。
「あ、甘すぎる」
久瀬が目に涙を浮かべて浩平達を見る。
「なんなのよ、これ?」
晴香が形容しがたい表情をする。
「はう〜、血糖値が劇上しそうです〜」
由衣も泣きそうな顔でワッフルを見詰めている。
だが、葉子は違った。
「おいしいです」
「「「「「「「「なにいいいいっ!!!」」」」」」」」
茜以外の全員の絶叫が響き渡る。
「ほ、本当においしいの、葉子さん?」
恐る恐る、といった感じで瑞佳が聞く。
「はい、とってもおいしいです」
どうやらマジらしい。と悟った全員は言葉を失った。ただ1人、茜だけが葉子に話し掛けた。
「この豊かな味わいが分かりますか?」
「もちろんです、茜さん」
目と目で通じ合う2人に、浩平達は戦慄を覚えずに入られなかった。
『この2人って・・・』
それぞれに思い思いの場所に散った浩平達。浩平は何をするでもなくぼんやりと歩いていた。前の戦いでだいぶ破壊されたこの街も今ではすっかり復旧している。それらをなんとなく眺めていると、通りの人ごみの方から大きな声が聞こえてきた。
「そこの人、どいてどいてっ〜〜!!」
何処かで聞いたような声を上げて少女が突っ込んでくる。まさに奇襲だった。浩平は回避することもできずの少女の体当たりを受け、豪快に転がってしまう。
「ぐおおぉぉぉぉぉ・・・」
「うゅ〜〜〜(泣)」
直撃を受けて浩平が腹を押さえ、少女は頭を抑えてぺたんと座り込んでいる。
「な、何なんだ・・・」
「はっ、そうだったよ」
少女は腹を抑えてうずくまってる浩平の腕を掴んで走り出した。腹に致命的な打撃を受けた状態で無理やり全力疾走させられた浩平は地獄の苦しみを味わっている。
「ちょちょ、は、はらが、痛い・・・」
「うゅ〜〜〜!」
苦しそうな浩平を無視して少女は走りまくった。どれだけ走っただろうか、気が付けば2人は公園のブロックにまで来ていた。
そこでようやく呼吸を整えた浩平は、改めて少女を見た。なかなか可愛い少女だ。普通に街ですれ違えば10人中8人くらいは振り返るだろう。ミニスカートから伸びる健康的な足が眩しい。なにやら大事そうに紙袋を抱えている。
「うゅ〜、危なかった」
「・・・危なかったのは俺の方だ」
浩平がつっこむと、少女はややすまなそうに僅かに俯き、上目づかいでこっちを見てくる。その威力に浩平は自分の理性が揺らぐのをはっきりと感じた。
『い、いかん、落ち着け、落ち着くんだ』
懸命に理性を回復させる浩平。だが、そんな浩平の心の葛藤に気づかない少女は上目づかいのまま首をかしげる。そのかわいらしい仕草に浩平は自分がどんどん情けない人間に思えてきた。
「あの、一つ食べませんか?」
「はあ、はあ、はあ・・・え・」
見れば少女は浩平に向かってコロッケを差し出している。何故コロッケ? と思ったが、浩平はそれを受け取って口に運んだ。茜の悪魔のワッフルとは違い、ジャガイモ主体のふんわりとした味わいが口に広がっていく。
「なかなかおいしいな」
「そうでしょう」
少女は嬉しそうだ。2人は近くのベンチに腰掛けてもふもふとコロッケを食べていた。お互いに1つを食べ終えると、浩平は少女に当然の疑問を投げかけた。
「で、何で俺を引きずって逃げてたんだ?」
「・・・うゅ〜、それは、話すと長くなるんです」
「気にするな、時間はある」
「とっても深い意味がるんです」
「大丈夫だ」
さわやかに食い下がってくる浩平に、観念したのか少女は小さくため息を吐いて白状した。
「話すと巻き込んじゃうから、話したくなかったんだけど・・・」
「安心しろ、もう十分巻き込まれている」
「・・・それが、ちょっと病室から逃げ出して、係りの人に追われてたんです〜・・・」
「・・・・・・」
浩平は、開いた口がふさがらなかった。
「・・・まてい、つまり君は病人なのか?」
「病人って訳じゃなくて、ちょっとした検査なんです。でも、私病院嫌いだし」
少女はしんみりとして俯いてしまう。そんな殊勝な態度をとられると浩平は強く出られない。というか、理由の如何にかかわらず守ってやりたくなってしまうのだ。
「分かった、引き渡したりしないよ。その様子からすると、街で遊びたかったんだろ?」
「え・・・、は、はい」
少女が頷く。浩平はやれやれ、という感じで立ち上がり、少女に右手を差し出した。
「いこうぜ、案内してやるよ」
「あ・・・はいっ!」
少女は最初信じられない、という顔をし、次いで嬉しそうに表情を輝かせた。ぴょんとベンチから跳ねるようにして立ち上がり、浩平の横に並ぶ。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は折原浩平だ」
すると、少女は少し驚いた。
「うわあ、偶然てあるものなんですねえ」
「なにが?」
「だって、私、折原みさおって言うんですよ」
折原みさお、その名に浩平は足を止めた。まさか、そんなはずが無い、だって、みさおは4年前に死んだんだから。
「折原、みさお?」
「はい、そうです」
花のような笑顔で頷く。浩平はみさおに自分の妹の面影を重ね、なにやら言い知れぬ懐かしさに包まれた。
「行こう、浩平さん」
「・・・ああ、そうだな」
みさおに手を引かれ、浩平は街に繰り出していった。
街に出た浩平とみさおはいろんな店に入った。ファーストフードの店ではみさおがハンバーガーを前に悩み、苦笑しながら浩平が食べ方を教えたやった。
デパートでは子供のようにはしゃいで走り回るみさおを捕まえるのに奔走した。
そして、みさおは今度はゲームセンターの前で足を止めた。
「わあ、浩平さん、ここはどんな所なんですか?」
「うん、なんだ、ゲーセンも知らないのか?」
やれやれ、一体どこのお姫様なんだ、この娘は。と内心で笑いながら、浩平はみさおと一緒に中に入っていった。中に入ったみさおは物凄い喧騒に耳を抑えて顔をしかめた。
「うゅ〜、凄い音です〜」
「ははははは、すぐに慣れるよ」
笑いながら浩平はゲーセン内を見渡す。おいてあるのはどれも1世代、2世代前の機種ばかりだ。どれもすでにかなりの凄腕になっている。
多数が並んでいるゲーム機の中で、みさおが興味を引かれたのはクレーンゲームだった。その中にあるカメレオンのぬいぐるみに視線を注いでいる。
浩平はみさおの見ているカメレオンを見て、おもむろに財布からコインを出してスロットに入れる。
「あのカメレオンが気に入ったのかい?」
「え、あ、はい、とっても」
内心を見透かされてみさおが恥かしそうに顔を赤らめる。浩平は慎重にクレーンを操り、カメレオンの上にクレーンを導いた。2人がじっと見守る中、クレーンが降りてカメレオンを掴んだ。それが円筒にまで運ばれ、落ちる。浩平はゲーム機からカメレオンを取り出すとみさおに渡した。
「ほれ、やるぞ」
「わああ、凄いです、浩平さん!」
カメレオンを手に喜ぶみさおを笑顔で見ながら、内心で浩平はコイン1枚で取れたことを驚いていた。
2人でしばらく街を回っていたのだが、やがて浩平の持ち時間がきてしまい、帰らなくてはならなかった。
「じゃあな、また会えたら遊ぼうぜ」
「はい、今日はとっても楽しかったです」
2人はしばらく向かい合い、互いに笑顔で分かれた。この時から、浩平はみさおのことが何かと気になるようになる。
浩平がみさおと遊んでいた頃、もう1つの出会いがあった。いや、再会というべきか。茜が葉子とワッフルを食べていると、男から声をかけられたのだ。
「・・・茜・・・」
「え?」
茜が声のした方を向き、絶句する。葉子は不思議そうに2人を見た。
「・・・司?」
「ああ、久しぶりだな」
司が現れたことで茜は葉子から見ても明らかに落ち着きを失っていた。2人の関係は葉子には分からなかったが、立ち入ってはならない気がした。
「茜さん、私は1人で回りますから」
「え、あ、すいません、葉子さん」
「いえ、茜さんなら何があっても大丈夫でしょうから心配はしません」
まあ、S級シェイドですからねえ。
司は葉子の科白にやや表情を引きつらせたが、何も言わなかった。
葉子が去ったことで2人っきりになった茜と司。最初に口を開いたのは茜だった。
「どうして、私に会いに来たんですか?」
聞かれたほうはばつが悪そうに頭を掻いている。
「・・・少し、歩かないか?」
「・・・はい」
2人は若干の距離をとって歩く2人。恋人同士と見えないことも無かったが、俯く茜と、どこかとげとげしい空気をただよわせる司ではデートとはいえないだろう。
どれだけ歩いただろうか、司が口を開いた。
「茜、お前は本当に俺をソロモンで見捨てていないのか」
「・・・はい、あなたが、ソロモンにこれるはずがない」
「地球で戦死してたから、か」
司が呟くように言う。はっとして茜が顔を上げると、司は困り果てた顔をしていた。
「正直、俺にも分からない。俺の記憶はお前がソロモンで俺をだました、となってる。だが、昔みさきさんと一緒に戦ってた奴に話を聞くと、どいつもこいつも俺が地球で戦死したと言う。どっちが正しいのか俺には分からない」
そう言って、司は茜の目を真正面から見据えた。
「俺はお前に対する恨みを忘れられない。俺の記憶が間違ってると分かってはいるんだが、どうにもな・・・・・・」
「・・・・・・」
「俺は、中学校の頃に担任だった紗江子先生が好きだった。だけど、俺の学校はテロかなんかで爆破されたんだ。それに巻き込まれて先生は死んだ。俺はそれが許せなかった。そんな俺に話を持ちかけてきたのがアヤウラだった」
司の過去を始めて聞かされた茜は、じっと話に耳を傾けている。
「それで俺はシェイドになった。そして、連邦軍と戦った。別に誰が憎かったわけでもない。ただ、俺はこんな世界が嫌だった。学校が破壊されて、何百という人間が犠牲になってもニュースで数分報道されるだけ。誰もが翌日には忘れ去ってしまう。そんな世界を俺は憎んだ。先生のいない世界に俺は何の未練も無かった。だから、俺はシェイドになったんだ」
「世界に復讐するために?」
「そう、俺にはもうそれしかなかった。いや、それしか考えられなくなっていた。もしかしたら他の道もあったかもしれない。だけど、俺にはもうそれしか考えられなくなってたんだ」
司は茜に背を向けた。
「これが、俺の戦う理由だ。もう、あの頃には戻れないし、戻る気も無い。だが・・・」
司はそこでいったん言葉を切り、少し悩んでから口を開いた。
「もし、俺が狂ったときは、お前がとどめをさしてくれ」
「・・・な、何を言ってるんです?」
茜は司の言ってる事が理解できず、怒ったような声を出した。だが、司は悲しげに笑っている。
「もしもの為って奴さ・・・・俺はお前とは違うんだ・・・・・・不安定でな」
それだけ言い残して、司は人ごみに消えていった。茜はそれを追いかけることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。「不安定でな」という言葉の意味を知っているからこそ、茜は追うことができなかった。
独房にぶち込まれたみさきは退屈そうだった。チリアクスの話では3日もすれば出られるということだが、それまではこうしてぼんやりしていなくてはならない。
退屈のあまり大きく欠伸をしていると、看守が扉を叩いた。
「川名大佐、面会です」
「面会、雪ちゃんかな?」
みさきは面会者を雪美と予想していた。だが、その予想は半分だけ当たっていた。面会に来たのは雪見と、あと斎藤がきていたのだ。
「雪ちゃん、それに斎藤さん」
「みさきが退屈してるんじゃないかと思ってね」
雪美がみさきと向かい合うように座る。斎藤が看守に目配せすると、看守がそっと部屋から出て行った。
「まったく、チリアクス提督が貴方を独房にぶち込むって言ったときは驚いたわ」
「ま、まあね。そういえばさ、浩平君たちはどうしてる。何か問題起こしたりしてない?」
「今のところそんな話は聞いてないけど」
2人の話はどうしても部下たちの方に傾いてしまう。まあ、みさきは研究所暮らしが長かったから仕方ないかもしれないが。
雪美が話し終わったところで今度は斎藤が話し掛けた。
「ところでみさき、実はちょっと面白い話があるんだが」
「なんですか?」
みさきが聞き返すと、斎藤は何故か周囲をざっと確認してから話し始めた。
「実はな、捕虜なんかの収容区画が連邦の工作員に襲撃されたという事件。あれは私の差し金なんだ」
「な、ちょっと斎藤さん、それはどういう事です?」
みさきが小声で怒鳴るという器用なことをする。斎藤は人の悪い笑みを浮かべた。
「部下にいろいろ調べさせててね。あのままじゃ七瀬曹長が危険だと分かったから、救出作戦をやらせた」
「でも、それじゃ斎藤さんが危なくなるんじゃ」
「なあに、いまさら旗色を誤魔化すことはできんし、アヤウラに取り入る気も無いしな。なにより、七瀬曹長を見捨てるのは気が引けたし、その部下ってのが彼女の知り合いでね。ほっといても勝手に動いてただろうな」
「は、はあ・・・」
「それに、あいつの鼻を明かしてやることもできた。少なくとも、私はすっきりしたよ」
珍しく楽しそうに笑う斎藤に、みさきは少し引いていた。
アクシズ艦隊のパイロットがたむろしているガンルームに一弥と友里が入ってきた。どうやらいままで検査を受けていたらしい。
「ふう、本当に面倒ね、この検査って」
「仕方ありませんよ、定期検査は義務なんですから」
生真面目な一弥にあっさりと返されて、友里は少し不機嫌そうに一弥を見た。
「ふーん、真面目なのね、一弥君は」
「な、なに言ってるんですかっ」
こういう事には慣れてないのだろう、一弥は顔を赤くして少し大きな声を出した。
「ふふふふふ」
本当に楽しそうな含み笑いをする友里に付き合ってられず、一弥は小走りにその場から逃げ出してしまった。友里は一弥のそんな初々しい反応を楽しんではいたのだが、同時に僅かな寂しさも覚えていた。
『あの娘、今ごろどうしてるかな』
もうずいぶん前に別れてしまった妹を思い出してしまい、やや気分が沈んでしまった。とりあえず気分を変えようと自動販売機に歩み寄ってみたら、その傍でなにやら緑色の怪しげな物体をしげしげと眺めているみさおを見つけた。
「・・・なにやってんの、みさおちゃん?」
「えっ、あ、友里さん」
話し掛けられたみさおは怪しげな物体から視線を友里に移した。
「なにそれ?」
「あ、これですか。親切な人にもらったんです。カメレオンって言うんです」
「・・・カメレオン、ねえ」
そう言われてみればそう見えないこともない、という人形を見て、友里はこれをくれたという相手のセンスを疑っていた。
「ふふふふふ、可愛いですよねえ」
友里がそんなことを考えているとも知らず、みさおはカメレオンモドキを手にとって嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
奇妙なことに、すぐにも再侵攻してくるだろうと思っていた連邦軍は何故かさっぱり動かなかった。ファマスの各提督たちは戦力の再建中などだろうと判断していたが、それを確かめることはできなかった。
人物紹介
折原みさお 15歳 女性 少尉
第2世代シェイドで、安定性が非常に高いのが特徴。その分能力的にはやや劣っており、クラスCに分類されている。何故か浩平の病死した妹と同姓同名で、おまけに年もそれくらいときているが、妹とはまったく関係が無い、らしい。結構元気で積極的な少女である。
倉田一弥 15歳 男性 少尉
第2世代シェイドで、みさおと同じくらいの能力を持つ。何故か病死したはずの佐祐理の弟と同姓同名で、やっぱり年も近いのだが、やはり関係はまったく無い、らしい(笑)。
少々内気で純なところがあり、甘いマスクも加わって女性に非常に人気がある。本人はとても迷惑がってるのだが。
名倉友里 19歳 女性 少尉
第2世代シェイドで、一弥やみさおに比べるとやや不安定なところがある。意外と頭もいいらしく、シェイド部隊の指揮をとることもある。何故か一弥やみさおといっしょに行動することが多く、2人の姉的な役割を果たしており、本人もそれを自然に受け入れている所がある。サイド3に妹を残してきており、そのことをいつも気にしている。
後書き
ジム改 ふう、やっと艦隊戦が終わったぞ。
栞 ジム改さん、質問があります!
ジム改 おおう、どうしたの栞ちゃん、そんな怖い顔して?
栞 私の出番が無いのはどういう訳なんですかあっ!!
ジム改 だって、君中途半端に強いから出てきても影が薄いんだもん。
栞 酷いです、作者の陰謀です、ご都合主義です!
ジム改 いいじゃないか、君なんてまだマシだよ。広瀬真希って人覚えてる?
栞 は、誰ですか、それ?
ジム改 いや、本当に。
栞 ・・・・・・・・・・・・・・・
ジム改 ・・・・・・・・・・・・・・・
栞 そ、それでは次回、やっと帰ってきた北川さんに、私の愛が届きます。
ジム改 ・・・・・・・・・愛?
栞 そうです、愛です。ラブです。
ジム改 ・・・・・・・・・・・
栞 何で黙るんですか?
ジム改 ・・・・・・・・・・・・
栞 何で顔を逸らすんですかあっ
ジム改 『脱兎』
栞 ああ、逃げましたねっ、何を隠してるんですかあ!!