第30章 デラーズフリート


 

 地球連邦宇宙艦隊の主力が外洋系艦隊司令部を中心に活動し、ファマスに対して小規模な攻撃を繰り返していた。まさに、この時期の地球圏は軍事的な空白状態にあり、まとまった戦力は艦艇が引き抜かれて弱体化が著しい地球軌道艦隊と、グリーン・ノアTのティターンズ、サイド6で再編成中の機動艦隊、それにコンペイ島とルナツーに駐留する艦隊ぐらいなもので、しかもそれらはばらばらの位置におり、連携を取るのは難しかった。この軍事的な対応の難しい時期に動き出したのが、今まで沈黙を保ち、ゲリラ戦以外にまとまった軍事行動を見せなかったデラーズ・フリートだった。
 デラーズの演説は最初、連邦軍の首脳部はもとより、連邦政府高官からすらも冷笑を持って迎えられた。いくら主力がいないとはいえ、残党風情が真っ向から連邦に挑戦してきたのだ。およそ正気の沙汰ではなかった。
 だが、この演説から僅か30分後、コロニー再建計画の一環としてコロニー公社が移送していたコロニー、「ムルマイユ」と「ノースランド」がデラーズ・フリートの手により強奪されるという事件が起こった。続く情報で、強奪犯が2基のコロニーのミラーを一枚ずつ破壊したという情報が伝わり、関係者を困惑させた。
 誰もが困惑する中、この事件の真の狙いに気付いたのは、戦力化を急がれるRX−GP−01フルバーニアンの試験運用をしている強襲揚陸艦アルビオンに乗り込んでいる技術者、ニナ・パープルトンだった。彼女はコロニー奪取の真の目的は月へのコロニー落としにあると見抜き、それを伝えられた各地の艦隊は急ぎ出撃した。特にリビック提督の反応は速く、急ぎ第1艦隊を月に向けた。
 だが、この事態にいたってもまだ連邦軍首脳の反応は鈍かった。統合作戦本部長のユースフ・オンデンドルフ元帥は有能な人物であったが、悲しいかな平時の人であり、有事に全軍を率いられる人物ではなかった。また、彼を支える参謀本部には実戦を知らない者が多く、月の価値すら理解していなかった。
 会議室に集まった高級軍人たちはこの事態を余裕を持って眺めていた。

「馬鹿な連中だ。月にコロニーを落としたとて、連邦は小揺るぎもしないものを」

 将校の1人がそう言ってデラーズ・フリートを嘲笑する。列席者の誰もがそれと同種の笑いを浮かべていることが、この会議の性格を物語っていた。

「確かに、第一、奴らに環月方面艦隊を突破できるものか」
「そうだな、それに各地から艦隊が迎撃に向かっている。一日もせずに奴らは殲滅されるよ」

 とたんに場が失笑に満たされる。誰もがデラーズ・フリートを侮り、舐めきっていた。

「ところで、例のアクシズ艦隊の交渉、どうするね?」

 1人が次の課題を提示する。この時点ではまだ連邦はアクシズがファマスに直接的な支援を行っているということを掴んでおらず、ファマスとアクシズは繋がりがないと思っていた。

「期限付きで認めてやればいい。あいつらに構っていられるほど我々は暇ではない」
「宇宙は静かな方がいい」

 この一言が、彼らがあまり宇宙のことに関わりたくないと思っている証明だったかもしれない。かくして、アクシズ艦隊は期限付きで地球圏にとどまることが許され、中立を保つ限り攻撃されないこととなった。

 


「なんだと、それは本当か!?」

 宇宙世紀0082年2月23日。「星の屑」作戦を遂行中のデラーズ・フリート旗艦グワデンの艦橋でコロニー奪取成功の興奮に騒いでいたブリッジに、エギーユ・デラーズ中将のひときわ野太い声が響いた。

「はい。いくつかの情報が裏付けています。シーマ艦隊は連邦に寝返りました」

 その情報を届けた士官は、事が事だけにデラーズの耳元で囁く。一方のデラーズも、周囲への影響を考えて、すぐに冷静を取り繕った。

「しかし、どういう事なのだ?」
「哨戒中の友軍がシーマ艦隊の通信を傍受しました。その際にはミノフスキー粒子の影響ではっきりとした内容は判明しませんでしたが、その後さらに複数の通信が傍受されました。それらによると、シーマ艦隊は連邦に内通し、我らを売り渡すとのことです」

 デラーズとしても、悪評高いシーマを敢えて麾下に組み入れたのである。リスクは大きいが、コロニーの軌道修正など裏取引についてはシーマに一任してある以上、おいそれと手を出すことができないのが余計に歯がゆく、腹立たしい。

「やつの狙いは……?」
「シーマ艦隊の兵力はそれほど多くはありません。おそらく、今しばらくは我が方の味方を装うつもりでは。連邦にも手みやげが欲しいところでしょうから、狙いは閣下でしょう。頃合いを見計らい、本艦を襲うつもりではないかと」
「ふむ、とすれば、今しばらくは黙認し、機を見て叩くのが良いか」
「はい。どのみち、コロニーの軌道変更はシーマ艦隊に任せております。それまでは、こちらとしても手の下しようがありません」

 デラーズは目を閉じ、一旦深く息を吸い込むと、力強く目を開いた。

「よし、コロニーの軌道修正予定時刻まで、シーマ艦隊はこのままに。推進剤への点火を確認後、これを背後より撃つ」
「しかし、誰にその任を?」
「ガトーに任せよう。彼の手元にある戦力ならシーマにも引けは取らぬはずだ」
「はっ! では、ペールギュントに通信を送り、作戦を伝達します」
「うむ。それまでは、シーマに気取られぬようにな。しかし、コロニーを落着軌道に乗せた後では奴らに何が出来ると言うのだ?」
「問題はそこです。何か策でもあるのでしょうか?」

 流石のデラーズも神ならぬ身である。連邦軍の内部対立と、それぞれの思惑など知りえるはずもなかった。

「現状では分からぬか。よし、それでは各部隊に警戒を発しておけ」

 士官は一礼すると、下がっていった。デラーズは目を閉じると、誰に言うともなくつぶやいた。

「シーマめ……、志が無ければこんなものか」

 デラーズも最初はシーマに期待していた。同じジオンの将であり、この作戦でその汚名を晴らさせ、栄光を背負ってアクシズに同行させるつもりでいたのだ。だがそれは都合の良い妄想でしかなかったのだと悟り、デラーズは瞑目していた。


 

 


同時刻、ガトーはアクシズ艦隊に合流し、新型機を受領していた。

「これはっ!」

 ガトーが驚愕の声を上げる。彼の前には彼の愛機、MS−14Sゲルググと同じ青を基調としたカラーリングのジャギュアーがあった。ガトーの隣りに立つ男がそれを説明してくれた。

「これはファマスで開発された新型機、MDF−05ジャギュアーという機体だ。少佐用のチューニングはすでに済んでいる」
「これを、私に?」
「ああ、我々は連邦との協定で直接戦闘には参加できない。我々にやれることは、これらの機体を送る事と、君たちを回収することだけだ」

 男が表情を曇らせる。彼もまた同朋だけに戦わせるということに忸怩たる思いを抱いているのだろう。ガトーもその心情を察し、ことさら明るい声を出した。

「お気になさらないでください、全てが終わった後、我々を回収していただけるというだけでも感謝に耐えません」
「・・・そう言ってもらうと、すこしは気が楽になる」

 そう言って、2人は笑顔を交し合った。
 しばらくガトーたちが受領する新型機のことを話していると、艦橋にいるはずの副官のキリングス大尉が通信紙を手に駆け寄ってきた。

「閣下、これを」

 受け取った男はしばしそれを読み返し、厳しい表情でそれをガトーに渡した。男の表情の変化を見てガトーもその通信文がただならぬ内容であることを察し、慎重にそれを読んだ。

「何だと!」

 ガトーが手にしている通信文に書かれていたのは、「シーマ艦隊反逆」の報であった。

「やはり、シーマの奴か……デラーズ閣下は何と?」
「はい。コロニーの軌道修正まではどうしてもシーマ艦隊の手が必要ですから、叩くのは推進剤点火後と」
「致し方無しか……しかし、この作戦を邪魔だてはさせぬ!」

 ガトーは通信文を握りつぶすと、男に向かって敬礼した。

「このような事態になり、申し訳ありません。私はこれから獅子心中の虫を駆除してまいりますゆえ、これにて失礼いたします」
「少佐、死に急いだりはしてくれるなよ。我々がこれを運んできたのは君を死なせるためではない。君も、デラーズ中将も必要な人間だ」
「……はっ、必ずや、デラーズ閣下とともにここに帰ってきましょう。それでは、キャスバル閣下」
「ああ、しばしの別れだな」

 ガトーとキャスバルは敬礼を交わして分かれようとしたが、そこにキャスバルの随員の1人が進み出てきた。

「閣下、私を少佐に同行させていただけませんか?」

 あまり抑揚のない、すこし冷たい感じすらある少女がキャスバルに願い出てきた。

「ゼンカ、どういうつもりかは知らないが、これは訓練ではないんだぞ」
「わかっております。ですが、私にはまだ実戦の経験がありません。それに、私を預かれば、少佐も帰らなくてはいけないと考えてくれるでしょう」

 ようするに、彼女は自分を一種の保険にするつもりなのだ。キャスバルはゼンカの考えに軽いショックを受け、ガトーは年端も行かぬ少女の言葉に驚愕した。
 しばらく考えたキャスバルは、ゼンカの視線に耐えかねたのかしぶしぶ頷いた。

「仕方ない、少佐、この娘のこともよろしく頼む」
「は、はあ・・・」

 流石のガトーもいささか動揺を隠し切れず、その返事は困惑気味だった。
 自分の乗艦であるペール・ギュントに向かう途中、ガトーは少女に質問をした。

「君は、幾つになる?」
「今年で14になります。それと、私はゼンカ・イスタスという名がありますよ、ガトー少佐」
「イス……タス……?」

 ゼンカの名を聞き、記憶を刺激されたガトーはしばし考え込み、思い至ったのか驚きの表情を浮かべた。

「君は、あのアヤウラ・イスタスの娘か!?」
「はい、少佐にも何度かお会いしたことがありますよ、覚えていらっしゃいますか?」

 ゼンカに言われ、ガトーは昔を思い出したのか憮然とした。

「そうだったな。あの時、君は私を見るなりいきなり泣き出してリーン殿に泣きついたのだったな」
「子供には、親衛隊服はかなり怖いですよ」

 済ました顔であっさりと言ってくれるゼンカに、ガトーはさらに不満そうになった。

「あの時、君が泣きながら母親に逃げ込んだのを見て、私はかなりショックを受けたのだがね。私はそんなに怖い人相なのかと」
「それは、失礼いたしました」

 ゼンカはぺこりと頭を下げた。ガトーを前にしてここまで言いたいことを言ってのける度胸は父親譲り、将来に期待を持たせる容姿は母親譲り、そして動きの節々から感じられる気品はキャスバルの教育の賜物だろう。末恐ろしいこの少女を、ガトーは何処か頼もしく思っていた。
 ガトーは闘志を新たにすると、再び戦場へ駆けてゆく。
 出撃していく艦隊を見送ったキャスバルは、傍らに立つ艦隊司令官のユーリー・ハスラー少将に話し掛けた。

「少将、帰ってきて欲しいものだな」
「はい、個人的にもデラーズは友人ですから」
 



 

 一方、今や地球圏全ての注目を集めているシーマ中佐はというと、これらの動きを知ることもできず、アナハイム・エレクトロニクスと裏交渉に入っていた。フォン・ブラウン市を人質に取ったこの作戦の成功を、シーマは疑っていなかった。
 やがて、レーザー発信機から一条の光がコロニーに向かい、ややあってコロニーの核パルスエンジンに火がともった。その光を見たとき、シーマは喜びを押さえきれなくなり、彼女の笑い声がリリ・マルレーンの艦橋に響き渡った。ここまでは予定通りだ。後はティターン図の仕掛けた罠にデラーズフリートが飛び込むまで待つだけで良い。


 この事態に追撃していた各艦隊の指揮官たちはパニックに陥った。それはリビックや秋子といった第一級の指揮官たちですら例外ではない。第1艦隊の旗艦、バーミンガムの艦橋にオペレーターの悲鳴が響き渡った。

「コロニー、核パルスエンジンに点火!」
「何だと!? それで、コロニーはどこに行くというのだ!?」
「この推進方向ですと、地球に向かいます!」

 オペレーターの出した答えを聞いて、リビックは驚愕のあまり膝から力が抜けた。

「は、図られたか」

 リビックが指揮官用の椅子に力なく崩れ落ちる。ここまで無理やり間に合わせたために各艦の推進剤は欠乏していた。あくまで月周辺で一戦やることしか考えていなかったのだ。それは秋子も同じで、カノンが整備のためドッグ入りしていたため、急遽アキレウス級戦艦のレオニダスに乗って艦隊の指揮をとっていたのだが、やはり無理な加速が祟って推進剤が切れかけていた。足の短いサラミスやマゼランは同行していない。結果として追撃してきた艦隊の大半が推進剤切れで立ち往生という事態になった。

「動ける艦は急いで追いなさい! MSは届きませんか!?」

 秋子が艦橋で次々に指示を出す。だが、全ては遅かった。月軌道を離れた追撃艦隊はなんと13隻に過ぎなかったのだ。
 この事態を知ったサイド6の居残り部隊は急遽準備を整え、コロニー阻止に向かって出撃していった。いまや、コロニーを阻止できる位置にいるのは地球軌道艦隊とこのサイド6残存艦隊、そしてラビアンローズのアルビオンに限られてしまった。

 

 

 


 連邦艦隊を出し抜いたことで歓喜していたシーマだったが、その笑いも長くは続かなかった。

「シーマ様、後方より未確認の熱源多数、急速に接近中!」

 シーマの副官を務めるデトローフ・ロッセルが叫ぶ。

「連邦か!?」
「いえ、識別信号ですと、味方の艦隊です」
「なんだと。この宙域は我々の担当のはずだが?」

 コロニーの軌道変更後、デラーズの本隊はシーマ艦隊より先行し、コロニーの露払いをすることになっている。

「識別でました。巡洋艦ペール・ギュント。ガトー少佐の隊です!」
「ガトーの、まさかっ!?」

 一年戦争以来、シーマは幾つもの修羅場をくぐっている。その戦場で鍛え上げられた勘が危険を告げていた。

「ペール・ギュント発砲、後続艦も砲撃してきます!!」
「ちい、感ずかれたのかい!」
「シーマ様、敵はMSを出しました!」

 艦内は騒然となる。もとより海兵隊の面々は、おおむね自分たちのこれからの行動を熟知していた。それだけに、デラーズ艦隊への露見は少なからず憂慮されていたのである。そして、それは現実の物となった。

「私はMSで出る! MS隊は牽制しつつ、全艦最大戦速で宙域を離脱! ティターンズ艦隊に逃げ込め!」
「了解! MSデッキ、シーマ様のMSを! 各艦に離脱を伝達しろ!」

 シーマ艦隊は一転、慌ただしい戦闘準備に追われることとなった。決起したデラーズ軍にとっては貴重な海兵隊戦力だが、実兵力はわずかである。それだけに、効果的な一撃こそが臨まれていたのだが、デラーズとシーマ、おのおのの思惑は綻びを生じ、崩れつつあった。

「左舷被弾、だんだん正確になってきています!」
「ちっ、やってくれるね」

 苦々しく呟くと、シーマは愛機のゲルググFsを駆って宇宙に飛び出した。すでに戦場となった後衛ではシーマのMS隊とガトーのMS隊が激しい戦いを繰り広げている。そんな中に混じって1機の巨大なMAがいた。

「なんだい、あれは?」

 シーマが知るはずもなかった。それはアクシズで開発されたAMX−001グスタフという、強力なMAなのだから。性能的にはノイエ・ジールのちょうど半分くらいになる。乗っているのはゼンカ・イスタス、キャスバルことシャア・アズナブルも認める腕前の持ち主である。

 シーマ率いるMS隊はガトーの鬼気迫る追撃に対し果敢な牽制を行った。結果、艦隊の過半数は脱出に成功したものの、貴重な戦力を失うことになったのである。


  地球連邦軍最大の宇宙拠点ルナツー。その奥深くの一室から、宇宙を掌の上で弄ぶ男達がいる。しかし、彼らの思惑通りに運んでいた情勢は激変しつつあった。

「緊急入電! シーマ艦隊、デラーズ艦隊と交戦の模様!」
「なんだと!」
「続報入りました! シーマ艦隊は、コロニーの軌道修正直後にデラーズ艦隊と交戦状態に入った模様。追撃を振り切ったものの、戦力は大幅に低下したと言っています。ティターンズ艦隊との合流を求めています!」

 ごく限られた者のみが入ることを許される作戦室で、錯綜する情報が伝えるもの、それは、シーマの内通の露見であった。

「提督、些か早過ぎますな」

 鋭い眼光を持った初老の男、名をジャミトフ・ハイマンという。この部屋の一派のトップであるジーン・コリニー提督の懐刀として、今回の一連の事件の裏で暗躍していた。彼ら一派は連邦軍内における発言力の増大、あわよくば全権の掌握を目的としていたが、悪く言えば同床異夢、突き詰めれば個人の野心の集合体でもあったのである。ジャミトフ准将も、むろんその一人であった。

「予定に狂いが出るのではないか?」

 中央の椅子に端座してつぶやくコリニー提督に対し、何を分かり切ったことを、と心の内でつぶやきつつ、

「そのようですな。デラーズ・フリートの戦力は二分されましたが、肝心のデラーズ艦隊は無傷のままです。少々厄介なことになるかもしれません」

 現在、地球上空を守っているのはジャミトフのティターンズとコーウェンの地球軌道艦隊だ。これに大急ぎで駆けつけている機動艦隊の一部と激減した月からの追撃艦隊がある。だが、これでは事態の収拾はコーウェンの手に一任されてしまう。なんとしてもコーウェンより先に事態の主導権をもぎ取る必要があった。

「提督、バスクを前に出しましょう」
「なに?」

 突然の提案に、コリニー提督の顔色が変わった。

「このままではコーウェン将軍に主導権を持っていかれます。ここは、将軍よりも早く戦場の主導権を抑えなくてはなりません。そうでなくては、この騒動を起こした意味がなくなります」

 有無を言わさぬ口調で畳み掛けてくるジャミトフに、提督はしばし黙考した。

「……仕方あるまい、バスク大佐に攻撃命令を出せ」

 すでに主導権はジャミトフの手に移っていた。

 

 


 ジャブローから宇宙に上がったコーウェンは臨時に旗艦に定めたマゼラン改級戦艦ネルソンの艦橋で全体の状況を掌握しようとしていた。

「現在、終結を完了しているのは30隻ほどです。あと20隻ほどは集まると思いますが・・・・」
「ふむ・・・それでは、デラーズフリートを圧倒しえる、とまではいかんな」
「はい、それと、切り札と考えていたソーラー・システムUはどうも間に合いそうもありません」

 あまりにも芳しくない状況にコーウェンは頭痛がしてきた。つい半年前まで、この地球軌道には巡洋艦以上の艦艇が100隻以上も配備されていたというのに、現在ではかき集めても50隻に満たない。しかも精鋭が引き抜かれており、実質上の戦力は30%程度というのが実態だ。デラーズが突破できると考えたのも無理はあるまい。

「コロニー落着まで、あと12時間です」
「3時間だ、それで阻止限界点を超えてしまう!」

 幕僚の考えをテーブルを叩いてコーウェンが訂正する。

「阻止……限界点?」

 幕僚が聞きなれない単語に困惑する。それを見てコーウェンの部下が機器を操作し、幕僚に説明した。

「このラインです、ここを超えたら、コロニーほどの質量をもつ物体をとめる術はありません」

 モニターに映し出された地球と、その周辺に描かれた一本の線に幕僚たちが注目する。

「それでは、集結を待っている時間的余裕はありませんな」
「うむ、万が一に備え、コロニーを阻止する手立ては準備してあるが、最善手は阻止限界点前でコロニーを止めることだ。後続には各個にコロニーに向かうように指示し、我々はこれより地球軌道を離れ、コロニー阻止に向かう」

コーウェンの決断により、集結途上の地球軌道艦隊33隻は一斉に駆動炎を吹き上げた。目標は地球に向かってくるコロニーの阻止とデラーズ・フリートの殲滅である。




 サイド6を発進したロバート・ディル・オスマイヤー准将率いる機動艦隊の一部は何とか追いつける、という計算を立てて急いでいた。もっとも、新鋭のアキレウス級戦艦やリアンダー級巡洋艦は軒並み秋子が持っていってしまったので、今彼が率いてるのは準備ができていたマゼラン級2隻、サラミス級各種10隻、コロンブス級6隻、カウンペンス級軽空母3隻だけだ。後はドックで整備を受けてたり、補給待ちの状態だ。時間をかけられないオスマイヤーは動ける艦艇にMSを積み込むと急いで出向した。

「急げ、コロニーを地球に落とすわけにはいかん!」

 旗艦のコンゴウの艦橋でオスマイヤーが焦った声を上げる。それに触発されて各艦が増速した。
 MSを運んでいる3隻のコロンブスの中では各部隊の隊長たちが事態の重要性をパイロットたちに伝えていた。そんな中に、七瀬だけがぽつんと愛機を見上げていた。
 彼女はカノン隊に受け入れられてこれが始めての戦いとなる。かつての同胞と戦うという事態にいささかの気後れがあるのだろう。そんな彼女が乗るのはかつてトルクが乗っていた白兵戦専用機エクスカリバーの3号機だ。正確に言うと2号機なのだが、1号機とまったく変わらぬ武装だったので七瀬が激怒し、送られてきた2号機を住井が全面改修したのだ。これにより、遠近両方で戦えるようになったことで新しい機体名称エクスカリバーVの名が与えられている。

「……ジオン……ファマス。そして連邦、か」

 もしかしたら、自分は節操のない女なのかもしれない。あるいは、本当に戦いが好きなのかも。3つの勢力を渡り歩き、常に戦いつづけている彼女の悩みは深かった。
 七瀬が深刻そうに悩んでいると、いきなり背後からすこし強めに背中を叩かれた。ついさっきまで1人の世界に入っていた七瀬は突然叩かれて飛び上がらんばかりに驚き、激しく上下する胸を押さえて後ろを見た。

「どうしたの、七瀬さん?」
「な、な、な、中崎君!?」

 背中を叩いたのは自分と一緒にファマスを抜けたパイロット、中崎だった。

「もう戦闘準備だし、隊長がそんなに落ち込んでたら士気に影響するよ」

 どうやら彼なりに気を使ってくれてたらしい。中崎の配慮に内心で感謝しながら七瀬は中崎の胸を軽く押した。

「……そうね、私は隊長だものね!!」

 声を張り上げて気合を入れると、七瀬は中崎に背を向け、ヘルメットをかぶった。中崎はすこし驚き、きょとんとしていたのだが、すぐに我を取り戻して七瀬に駆け寄った。

「それで、やれそうかい?」
「あたりまえでしょ。七瀬なのよ、あたし!」

 振り向いた七瀬の表情は何処か誇らしげな、晴れ晴れとしたものだった。

 


 シーマ艦隊を追い払ったガトーは、休む間もなく次の敵に対処していた。月から追撃を続行している第1艦隊の13隻のサラミス改がコロニーに追いついてきたため、これと激しい戦いを演じている。
 しかし、所詮はサラミス改が13隻、MSの数は知れている。対するガトーはファマス製MSで固められた部隊を率いて戦っているのだ。技量と数と質で引き離されている連邦艦隊が殲滅されるのに、さほどの時間は必要とされなかった。
 ビームライフルの直撃を受けて核融合の光の中に消えていくサラミス改を見て、ガトーは安堵の声を漏らした。

「これで、月からの追撃は片付けたな」

 一仕事を終えたという安堵感がガトーを包む。ガトーほどの実力者であってもこの一瞬の気の緩みは隠せない。
 だが、まだ終わってはいなかった。レーダーが新たな機影を捕らえる。それを素早く確認したガトーは、スクリーンに表示されたデータに首を捻った。

「……MSが6機、戦艦が1隻か。しかし、このデータに無い機体は何だ?」

 ガトーの機体に登録されていない反応が2つ、こちらに迫っていた。
 ラビアンローズを出発したアルビオン隊は、単身デラーズフリート部隊に突入していく。この弱体な戦力で、彼らは防衛線に食らいついた。


「ほう、兵を貸せと言うのか。失敗した貴様が?」
「ああ。我々も何か手土産を持ち込まないと格好がつかないだろう?」

 デラーズ軍を裏切ったものの、予定外の露見で当初の予定を狂わせ、戦力を大幅に失ったシーマ艦隊。シーマは焦る心を懸命に抑え、表面的には不遜な態度を維持しながらバスクと交渉していた。

「今更だが、ふむ、まあ、やってみるがいい。一個戦隊を預ける。せいぜい、働くことだな」
「有難い。期待には応えるつもりだ!」

 寝返った者に最前線での任務にあたらせ、忠誠心を図るのは常套手段である。寝返った者は、受け入れられる為には必死で働かざるを得ない。なまじ、悪評高いシーマ艦隊だけに、遅かれ早かれそのような役を押しつけられるのは目に見えていた。それならば、機先を制してせめて自らの裁量で戦える状況を作るべきであった。
 実際の所、シーマとしては本気で生き残りの瀬戸際に立っていることを熟知しており、これほど他人の為に必死になって働くというのは彼女の人生でもそう多くは無い。

「大佐、あの者、信じても宜しいのですか?」

 シーマ艦隊が先行していく光景を眺めつつ、バスクの傍らの副官が尋ねる。

「ふん、奴は所詮裏切り者よ。だが、それだけに必死になって働くだろう。もし果たせぬなら、その時はその時だ。我々の懐が痛むわけではない」

 そう言って浮かべた笑みはある種の危険な考えを隠そうともしていなかった。それを感じ取った副官は心中穏やかではなかったのである。

 


「どけええええええっ!!」

 コウ・ウラキ少尉のGP−01FBが物凄い加速で第1防衛ラインに襲い掛かる。これに立ち向かうのはデラーズ・フリートが装備しているザクUF型やF2型、リックドムといった旧ジオン公国製のMSだ。性能面では最新型のガンダムであるフルバーニアンと戦える機体ではない。だが、それらに混じって現れるシュツーカは厄介だった。
 コウに続いてアレックスUやジムカスタム、ジムキャノンUが戦場に踊りこんでいく。すこし離れてアルビオンが続いている。明らかに突破を図っていた。

「もう少しで、第一線を抜けられる!」

 アレックスUがザクUF2をビームライフルで打ち抜く。

「クリス、バーニィ、このまま戦場を抜けるぞ!」
「アムロ、出すぎよ!」

 クリスのジムカスタムがすこし後方でジムライフルを撃ちまくっている。その背後を固めているのはバーニィのジムキャノンUだ。

「クリス、正面来るぞ!」
「えっ!?」

 一瞬の隙を突かれてドラッツェが突っ込んでくる。すでにビームサーベルを構えられており、明らかに必殺の間合いだった。
「しまったっ!」
「クリス!!」
 バーニィが威嚇射撃を撃つが、当てずぽうで撃ったので相手は回避行動すらとろうとしなかった。間に合わないことを悟ったクリスは思わず目を瞑ったが、ドラッツェはクリスを切裂く前に追いついて来たバニングのジムカスタムに蜂の巣にされていた。

「大丈夫か、クリス?」
「バ、バニング大尉、助かりました〜」
「クリス、こういう混戦の時にはああいったニアミスが多い、注意しろ」
「すいません」

 クリス達は行き足を止められてしまったので、当然の結果としてアムロとコウは突出しすぎることになった。2人が気付いた時には本隊との距離が開きすぎており、背後はザクUF2やリックドムの大軍に塞がれようとしている。

「まずいな、ウラキ少尉、一度下がるぞ!」
「中尉、そんな事をしてたらコロニーがっ!」
「これでは無理だ、バニング大尉たちが止められてる!」

 アムロの言うとおり、背後では懸命に追いつこうとしているものの、数倍のMSに苦戦するバニング達の姿があった。それを見て熱くなっていたコウも一気に冷めたのか、機体を翻して後退を始めた。しかし、それを黙って見逃してくれるほどデラーズ・フリートのパイロットたちは甘くなかった。

「逃がすな、ここで仕留める!」

 ヴァル・ヴァロに乗るケリィ・レズナー大尉が部下たちをけし掛ける。いよいよ激しさを増す攻撃にコウは唇をかんだ。

「くそっ、熱くなりすぎたって事か!」

 120mmマシンガンの弾丸が装甲を叩き、リックドムのバズーカが激しい衝撃と共に機体を揺るがす。GP−01FBの強靭な装甲といえどもこれでは長くは持たないことは確実だった。

「もらったぞ、ガンダム!」

 ケリィのヴァル・ヴァロが正面に来る。その強力なメガ粒子砲で止めを刺す気なのだろう。コウは狙われていることを悟って咄嗟にスティックを大きく倒した。次の瞬間にはメガ粒子の光が放たれ、半瞬先までガンダムがいた空間を貫いていった。ケリィはかわされたことに舌打ちしながらも勢いを緩めず、そのままガンダムの脇を高速で抜けていった。このまま戦場を駆け抜け、ターンしてまた攻撃する気なのだ。だが、彼の突撃はこれが最後だった。
 実際のところアムロとバニングという2人のエースパイロットを抱えていても、デラーズ・フリートの防衛線を突破することはできないでいた。たった6機のMSでは数が少なすぎるのだ。この状況を打破するには強力な増援がいる。だが、どこにそんなものがあると言うのだ。
 しかし、神は彼らを見捨てていなかった。

「シナプス艦長、後方より移動熱源多数接近!!」
「何だと、敵の新手か!?」

 シナプスが艦長席から立ち上がる。だが、それは杞憂だった。後方から飛来したビームとミサイルはアルビオンを無視して戦場へと飛来していったのだ。

「……援軍、なのか?」
「艦長、後方の艦隊の識別確認、友軍です!」

 サイド6から急ぎ追って来た艦隊が何とか到着したのだ。スペース・ジャバーに乗ったMSが次々に戦場に向かっていく。ケリィは襲い掛かってきた新手に目を剥き、ついで罵声を上げた。

「くそっ、援軍が来たのか!」

 ガンダムを仕留めるチャンスを失ったことへの怒りが手伝い、ケリィは新たな敵に向かっていった。
 自分たちに向かってくるMS部隊を見て七瀬は唇を舐めた。

「来たわね、香里と栞は艦隊のカバーに入って。美汐と真琴は私と一緒に突っ込むわよ。中崎君はあのヴァル・ヴァロをお願い!」
「ちょっと待て、俺があいつの相手をするのか!」

 中崎が焦りまくった声を出す。まあ、ジムカスタムとヴァル・ヴァロでは性能に差がありすぎる。彼の不安も分からないではない。

「なによ中崎君、できないって言うの?」
「あたりまえだろ。いくらなんでも俺1機じゃ」
「大丈夫よ、中崎君なら」

 はっきりと断言する七瀬に中崎は気勢を削がれ、やがて諦めたようにヴァル・ヴァロに向かっていった。
 中崎が行ったのを見て香里と栞も離れていった。自然と七瀬の背後には天野と真琴が来ることになる。背後に来た所で天野のジムカスタムがエクスカリバーVに触ってきた。

「七瀬さん、一つ聞いてもいいですか?」
「何、手短にね」
「はい、如何して中崎さんをMAに。栞さんか香里さんのほうが良かったのでは?」
「ふうん、美汐は知らないのね?」
「?」
「中崎君はね、強いわよ。私が安心して後ろを任せられるぐらい」
「まさか、あの人がそんなに!?」

 天野が信じられない、といった顔で驚く。まあ、無理もないが。だが、七瀬は自信ありげに呟いた。

「大丈夫よ、信じてるから。ね、中崎君」


 ガトーが部下を連れて戦場にやってきた時には、第1線は崩壊しかけていた。数はさほどではないが、よほどの精鋭部隊なのだろう。すでにここに居た筈のMS部隊はほとんど殲滅されかかっている。

「おのれ、連邦風情が・・・」

 ガトーが怒りの混じった声を出す。

「カリウス、お前はゼンカを守れ。私は奴らを蹴散らしてくる」
「少佐、危険です!」
「案ずるな、私は連邦の雑魚になど遅れはとらぬ」

 ガトーのジャギュアーが加速していく。それに続いてアクシズから送られたシュツーカが続いていく。それに取り残される形でグスタフとカリウスのシュツーカがいた。

「ゼンカさん、我々はどうしますか?」
「・・・MSはガトーさんに任せましょう。私たちは艦隊を攻撃します。カリウスさんはグスタフに掴まっていてください」
「わかりました」

 カリウスが機体に掴ったのを確認すると、ゼンカは戦場を迂回しながら追いついて来た艦隊に向かっていった。
 第1線を突破しようと襲い掛かっているのは七瀬に率いられた部隊である。サイレンの居残りである中崎や香里、栞が参加しているので質的にはかなり高い部隊で、旧式機中心のデラーズ・フリートを圧倒していた。

「邪魔するんじゃないわよ、死にたくなかったらね」

 七瀬のエクスカリバーVが悪鬼となって戦場をかけていく。そんな彼女が新たな敵部隊を目にした時の衝撃は並ではなかった。

「・・・あれは、ジャギュアー?」

 彼女には見慣れたファマス最強のMS、ジャギュアー。その性能はエクスカリバーVをもってしても侮れるものではない。加えて、彼女にはそのカラーリングが気になっていた。ジオン系のエースパイロットは機体を自分のパーソナルカラーに塗る習慣がある。もし自分の予想が当たっていれば、あの機体に乗ってるのは・・・

「退けえい、我が行く手をさえぎる者には、死あるのみだ!!」

 青いジャギュアーが突出していたジム改をビームライフルで打ち抜く。仲間を簡単に撃ち落したジャギュアーの出現に周囲のジムがやや距離を取る中で、七瀬だけが前に出て行った。
立て続けに撃ち出される徹甲弾にガトーが前進を止められる。

「ぬおっ!? 何奴!」

 突然現れた見慣れぬ機体にガトーが警戒心も露に身構える。だが、通信波に乗って聞こえた声はガトーを驚愕させるものだった。

「その機体、まさかガトー?」
「その声、もしや七瀬留美か?」

 ガトーと七瀬、2人はソロモンで僚友として戦っていた。ガトーはソロモンに派遣されていた親衛隊の1人として、七瀬は突撃宇宙軍のエースとして。お互いに立場は違ったものの、その技量に2人は敬意を払っていた。だが、今2人は敵として向かいあっている。

「七瀬、まさか君が連邦に寝返るとはな」
「いろいろあってね、ファマスにはいられなくなっちゃったのよ」
「恥知らずな裏切り者の戯言など、聞く耳もたんっ!」

 ガトーがビームライフルを立て続けに撃ち込んでくる。七瀬は咄嗟に機体を蛇行させて射線から機体を外した。

「やってくれるじゃない、いいわ、勝負しましょう!!」
「……ふっ、勝てるつもりか!」

 ガトーがシールドを構えなおす。それに反応して七瀬も右腕にマウントされているビームキャノンを構えた。

「いくわよ、ガトーッ!!」

 エクスカリバーVのビームキャノンが高速粒子を叩き出し、ジャギュアーがそれを回避したのが合図となった。

「おおおおおおおおおっ!!」
「ぬああああああああっ!!」

 白と青、2機のMSはもつれ合うように激しい戦いに身を躍らせていった。戦いはすぐに両者の機体の特徴が出た。機体性能で勝るジャギュアーと、火力で勝るエクスカリバーVの戦いはもっぱらな七瀬が撃ちまくり、ガトーがそれを避けながら時折反撃するという形になっている。何しろ七瀬の機体にはビームキャノンのほか、両肩にガトリングガンが備え付けられ、頭部には60mmバルカン、胴体上部にはマシンキャノンが二門、さらに両足にはミサイルが内蔵されていた。これに加えて左腕にはメガビームサーベルがあり、腰には2本のビームサーベルを持っている。アサルトガンダムほどではないが、凄まじい火力だ。これに対してガトーのジャギュアーは確かにカスタム機だが、火力が上がっている訳ではない。

「くう、なんという火力だ」

 火力は力、という古くからの法則がここでも適用されていた。この法則はガトーのようなエースでも覆せない巨大な壁だったのだ。


七瀬とガトーが死闘を演じている頃、少し離れたところではヴァル・ヴァロとジムカスタムが激しい戦いを演じていた。

「ちい、さすがMAだけあって速いか」

 中崎が虚空を貫く火線を見て悔しそうに呟く。だが、文句を言いながらもすでにそれなりの命中弾を送り込んでいた。ケリィは突然現れた強敵に舌を巻いている。

「この俺をここまで追い詰めるのか、ジム風情が、この俺を!」

 ヴァル・ヴァロの性能ならジムカスタム1機など敵ではない。それがこうも苦戦しているのだ。これはもう腕の差としか言えなかった。

「まったく、俺は面倒は嫌だっていうのが信条なのに」

 ぶつくさ言いながら弾装を交換する。

「……あと60発か、そろそろ勝負といこうじゃないか、ヴァル・ヴァロさん」

 スティックを大きく倒し、機体を急激に加速させる。北川や久瀬ほどではないが、彼もまた隠れた射撃の名手なのだ。その能力はバランスが良く、これで指揮能力があれば2人と並んだかもしれない人材である。だが悲しいかな、かれは指揮官としては2流だったため、カノン隊では指揮官にはなれなかった。
 一方、ケリィも決着を望んでいた。

「これ以上時間をかけられんのでな、そろそろ終わりにさせてもらうぞ」

 ヴァル・ヴァロが再び直線的な機動を始める。これは回避を考えての動きではなく、明らかに分厚い装甲にものを言わせた体当たり攻撃である。ケリィはジムライフルの徹甲弾にヴァル・ヴァロの装甲が十分持ちこたえられると考えたのだ。
 戦いはケリィが突っ込み、中崎がそれを迎え撃つという形で終焉を迎えようとしていた。中崎はジムライフルを弾装が空になるまで撃ちまくったが、ヴァル・ヴァロの装甲は辛うじてこれに持ち堪えて見せた。

「もらったぞ、俺の勝ちだ!」
「やばいっ!」

 咄嗟に機体を捻ることで辛うじて中崎機は直撃を免れたが、甲高い金属音を立ててジムライフルごと右腕を持っていかれてしまった。

「ふっ、いい反応だが、次もかわせるかな?」

 ヴァル・ヴァロを旋回させてケリィが肉食獣の笑みを浮かべる。反対に中崎は次はかわせないと直感で理解していた。

「まじいな、こいつは当たる」

 逃げられないと悟った中崎は左腕からシールドを外し、バックパックからビームサーベルを抜き放った。まだ戦意を失わない中崎に、ケリィは感心した目を向ける。

「ほおう、まだやる気か、いい覚悟だ」

 ヴァル・ヴァロがさらに加速する。MAは横には動けないので、被弾を減らすにはスピードを出すしかない。そういう意味ではヴァル・ヴァロは現行の機体では最高の機動性を持つ機体の一つだった。
 だが、このときケリィは一つのミスを犯していた。今は乱戦の最中であり、いつまでも一対一で戦えるはずがなかった。中崎の苦戦を見て取った1機のジムキャノンUが旋回に入ったヴァル・ヴァロを狙い打つ。

「いっけえぇぇぇぇっ!!」

 真琴の雄たけびが響き渡り、2門のビームキャノンからビームが撃ち出された。いくら高速のヴァル・ヴァロといえども旋回中は動きが鈍くなる。この瞬間がMAの最も脆い時である。その一瞬を狙えるのが真琴の才能であり、彼女が乱戦に強いといわれる所以であった。
 2本のビームは狙い過たずヴァル・ヴァロに突き刺さった。ビーム砲の直撃を受けてヴァル・ヴァロの装甲が一気に融解する。

「ぐぬううう、しまった、俺としたことが・・」

 悔恨のうめきをもらすケリィ、機体はたちまち中破した。急いでケリィは機体の損傷ブロックや実態弾を切り離す。おかげで何とか誘爆だけは防いだものの、戦闘能力はもはや残ってはいない。いや、機体を艦まで持ち帰れるかどうかすら怪しかった。
 そのまま慣性に任せて戦場を離脱していくケリィを横目に真琴は中崎を回収に向かった。

「ちょっと、大丈夫?」
「ああ、かなりやばかったけどな」
「まったく、七瀬があんたは大丈夫って行くから任せたのに、情けないわねえ」
「・・・面目ない」

 言い返す言葉もない中崎だった。しかし、ここで中崎を責めるのは酷かもしれない。中崎が相手にしていたのはガトーも信頼する名パイロット、ケリィ・レズナーだったのだから。

 


人物紹介

エギーユ・デラーズ 男性 中将 50代位?
 ア・バオア・クーから自分の艦隊を率いて脱出し、破壊されたコロニーの残骸を拠点に活動を続けてきた男。非常に優秀な戦術家だが、目的のためには周りを顧みない危険さもある。ギレン・ザビの信奉者で、彼の唱える理想を絶対のものと受け取っているためか、アクシズ行きを拒んで地球圏に残ってしまった。
 部下からの人望が厚く、今まで組織を維持してきた指導力は無視できないものだが、絶対的な兵力不足と、旧式機中心の編成は補うことはできなかった。

アナベル・ガト― 男性 少佐 20代後半?
 ジオン親衛隊出身で、ドズル・ザビに仕えていた。デラーズとはたぶん親衛隊がギレン、キシリア、ドズルに分割される前の知り合いだったのだろう。ソロモンで圧倒的な活躍を見せ、8隻の艦艇を撃沈したことからソロモンの悪夢と呼ばれ、恐れられている。ただ、親衛隊という性格上、ソロモン戦以前はあまり前線には出ていなかったと思われる。
 デラーズ・フリートではMS隊を指揮して活躍するが、決死の覚悟で追撃してくる連邦軍の猛攻を支えきる事はできなかった。

ケリィ・レズナー 男性 大尉 30前後?
 ガトーの戦友で、片腕ながらもヴァル・ヴァロを操れる猛者。フォン・ブラウンで燻っていたが、デラーズの協力の下にヴァル・ヴァロを修復し、この戦いに参戦した。理想よりも自分の戦いにケリをつけるためにこの戦いに身を投じている。フォン・ブラウンにラトーラという女性を待たせていたりする。

マイベック・ウェスト 男性 大佐 30歳
 秋子が地球で海鳴基地指令をやっていた頃からの参謀長。秋子と違ってゲリラ戦や謀略に長けており、時としては自ら艦隊を率いる事まである。カノン隊の中では秋子に代わって細かい仕事を受け持っており、暴走しがちな若者を戒める役目を自らに課している。だが、たまにストレスから自分が逆上する事も。秋子にとっては欠くことのできない右腕である。

キャスバル・レム・ダイクン 男性 大佐 21歳
 アクシズの大佐で、先遣艦隊を含む全軍の指揮をとっている。あのジオン・ズム・ダイクンの息子で、かつてはシャア・アズナブルを名乗っていた。彼の持つニュータイプ能力は決して高くないが、戦術家、戦略家として際立った才能を見せ、更に思想家、理想主義者としても知られている。その天性のカリスマと溢れる才能で事実上アクシズを取りまとめている人物である。
 彼の最終目標は人類全体が宇宙に出て、ニュータイプとして覚醒する事であり、そのような世界が来る事を願っている。ただ、戦争という手段を用いた急進的なものではなく、時間をかけた人類の覚醒を待つという考えなので、彼自身は地球圏の戦争に巻き込まれる事を快くは思っていない。
 良くも悪くも真面目で純粋な男である。

ユーリー・ハスラー 男性 少将 50代?
 アクシズ艦隊の司令官で、デラーズの友人。ジオンの軍人には珍しく、リベラル系な人。艦隊指揮官としてはアクシズでも最高の人材で、派閥争いの激しいアクシズ内では珍しく中立を保っている。
 勇将というよりは知将で、今回のファマスの決起には好意的ではあるが、まだ早いという感を拭えないでいる。

アムロ・レイ 男性 16歳 中尉
 白い悪魔として、あまりにも有名な男。1年戦争中は内向的で根暗だったが、今では男らしい一面を持つようになった。ニュータイプということで連邦軍から警戒されているが、ファマス戦役の勃発に伴って再び表舞台に。
 最強ニュータイプの一人で、その実力は舞と互角か、それ以上のものを持っている。ただ、今の時点では機体性能の差で勝つのは難しい。本作品最強パイロットの1人。

クリスチーナ・マッケンジー 女性 中尉 20歳くらい
 愛称はクリス、元はアレックスのテストパイロットだったが、現在は実戦部隊に配属されている。それでも配属先は実験部隊のアルビオン隊であった。実力は決して低くは無いが、同僚のアムロと並ぶとかなり弱く見えてしまう。
 バーニィとはほわほわな関係を維持していたりする。

バーナード・ワイズマン 男性 曹長 20歳くらい
 通称バーニィ、元ジオンのパイロットだったが、戦後になって連邦軍に移った。核ミサイルを阻止しようとした行為を高く評価されたのか、当時より出世している。
 クリスとの戦いで瀕死の重傷を負った彼は病院で一命を取り留め、リハビリの後に実験部隊に配属された。パイロットとしては経験不足ながらも優れたセンスを持ち、戦術家としては光るものを持っている。特にサイクロプス隊の先輩に教えられたゲリラ的な戦術は非常に高く評価できるところではある。
 某スパロボのようなザクマニアではない。なお、彼が生きてるのは小説版設定から。

コウ・ウラキ 男性 少尉 19歳 
 士官学校でたての少尉殿。だが、そのパイロットとしてのセンスは並ならぬものがある。GP−01FBのテストパイロットとしてバニングの指導の元、技量を磨いていたが、なし崩し的に実戦に投入されてしまった。ニナ・パープルトンといい仲になっている。

チャック・キース 男性 少尉 19歳
 コウの同期で、おちゃらけた性格のパイロット。ムードメーカー的な存在で、明るいところは好感を持たれているが、パイロットとしてはやや疑問が残る所がある。それでも射撃のセンスはあるので、ジムキャノンUに乗っている。

 


機体解説

GP−01FB ガンダム試作一号機・フルバーニアン
兵装 ビームライフル(十手つき)
   ビームサーベル×2
   頭部60mmバルカン×2
<説明>
 現在の連邦軍最強のMSの一つで、アナハイムで開発された。ムーバブル・フレーム構造をもち、ルナチタニウム製の装甲で覆われた本機はあらゆる面で卓越した性能を持つが、試作機なので何かと問題点も多い。
超特急で開発を押し進めたため、とりあえず宇宙用パーツを優先的に組み上げて見せたが、いまだ性能は安定していない。本来なら83年半ばに完成予定の機体なのだから無理もないのだが。
アナハイムでは本機のデータをもとに直系の量産型の開発が進められている。

AMX−001 グスタフ
兵装 偏向メガ粒子砲4門
   有線クローアーム×2
   メガ粒子砲×2
   対MSミサイル・ランチャー×8
<説明>
 アクシズで開発された試作MA。ノイエ・ジールの試作機だが、その性能は圧倒的なものがある。ただ、防御面にはやや問題点を残している機体で、ビーム砲の直撃を受ければ破壊されてしまう。
 本来なら実戦に投入される予定ではなかったのだが、ゼンカたっての希望で実戦に投入されることになった。この実戦データが後継機の開発を急がせる結果を生んでいる。

GTS−03 エクスカリバーV
兵装 有線メガビームサーベル
   ビームキャノン
   ビームサーベル×2
   マシンキャノン×2
   頭部60mmバルカン×2
   ミサイルランチャー×2
<説明>
 ゴータ・インダストリーの試作攻撃型MSエクスカリバーUを七瀬の注文に従って住井が改造した機体。本来ならやってはいけないことだが、ゴータは秋子の影響力が強い企業なので、この無理が押し通ってしまった。結果としてこの改造は大成功に終わり、機体の総合性能が劇的に改善されている。特に長距離砲撃ができるビームキャノンの装備はエクスカリバーの弱点を補ってくれる装備である。
 七瀬はこの機体に満足し、以後は彼女の愛機として活躍していく事になる。



後書き
ジム改 遂に始まったデラーズ戦役。果たしてコロニーは落ちるのか?
浩平  最近俺達の出番が無いぞ?
ジム改 ファマスは火星だからねえ。今は地球が舞台なの。
浩平  うううむ、これはもう一度地球侵攻作戦をやるしか。
ジム改 どうやって、ファマスにそれだけの戦力はないぞ。
浩平  早く俺がメインの外伝を書け!
ジム改 いや、秋子さんと北川の1年戦争物はあるけど、お前の話は無いよ。
浩平  ・・・・・・・・・ちくしょおおおおおっ!
ジム改 いや、そこで叫ばれても困る。でもまあ、大人気のガトーさん登場で、ますます影が薄くなるねえ。
浩平  こうなったら、俺がガトーより強い事を証明してやるうっ。
ジム改 ガトーとか、どうかなあ。あいつは七瀬とおおむね五分だから、運次第でどうなるかって所だな。
浩平  主役が勝つのがこの世界の鉄則だ。
ジム改 俺の話ではそうとは限らなかったりして。