第32章 大演習

 

 デラーズ・フリートの決起は地球圏が決して安全ではないことを連邦市民に印象付けてしまった。特に軍上層部の衝撃は大きかった。老将リビックを中心に再建された宇宙軍の戦力は量的にはともかく、質的にはワイアット前長官時代を確実に上回っているはずだった。しかし、それでもデラーズ・フリートのとったような艦隊の機動力を最大限に生かした、複合的な戦略には対応しきれなかったのだ。
 これに対抗するには連邦軍内にジオンゲリラを狩り出す専門の部隊を作るしかない、と考えた政治家や高級軍人は多く、この状勢がティターンズの拡大を後押しする結果を招いた。デラーズの決起は確かに連邦の面子を傷つけたが、スペースノイドの地位向上という目的は明らかに失敗していた。ティターンズの拡大はスペースノイドの弾圧を意味しているから。
 だが、このティターンズの拡大に反対する立場にたつ者も多くいた。特に連邦議会の中でも良識派の筆頭に立ち、際限ない軍拡に警鐘を鳴らしつづけてきたアルバート・クリステラ議員はこれがスペースノイドの反抗心を煽り立てるだけだと議会で唱えている。だが、この時期に追い風を受けているのはティターンズを筆頭とする主戦派だ。クリステラ議員の主張は所詮少数派であり、時代の流れを変えることはできなかった。
 一方、軍部の方でもティターンズの拡大を快く思わない者がいる。彼らはティターンズを強化しなくても自分たちがいるということをアピールするために一大演習を計画した。事の中心となったのはリビック長官を筆頭とする派閥で、ジャミトフが纏め上げた軍拡派とは対立する者達である。このリビック派はもともとはコーウェンの派閥だったのだが、コーウェン失脚後はリビックを中心として形を保っている。
 この演習にクライフやエニ―といった辺りは喜んで賛同したが、何故か秋子は乗り気ではなかった。秋子の態度を不審に思ったリビックが秋子に問いただしてくる。

「どうした、何か気に入らんことでもあるのか?」

 リビックの問いかけに、秋子は軽くかぶりを振ってから答えた。

「いえ、ただ、こういうやり方はティターンズと変わらないような気がしまして。理由はどうあれ、武力を背景に威嚇するということですから」
「・・・まあ、言いたい事は分かる。たしかにこいつは威嚇じゃよ、ティターンズと潜伏するテロリストに対するな」

 リビックは秋子の主張に頷いた。

「じゃがな、武力の最大の使い道は威嚇、これが正道じゃよ。武力は行使するものではなく、脅しに使われるものじゃ。これはお前さんも否定せんじゃろう?」
「はい、それは分かるのですが」
「感情では納得できない、か」

 秋子の不安はある意味では最もだった。この手の過剰な軍事ショーが、結果として不満分子を暴発させることは珍しい事ではない。これは歴史上証明可能な事実だ。秋子はその再現を恐れている。
 秋子がこういう事を考えてしまうのは、彼女が政界、財界と深い繋がりを持っているからだろう。生粋の軍人であるクライフやエニ―は良く分からないという顔を向け合わせている。
 だが、リビックとエニー、クライフがやる気になっている以上、秋子1人が反対の立場をとり続ける事もできない。最後には彼女も頷いた。


 連邦軍主力が大規模の演習を計画していることは秋子の予想通りコロニー市民からはあからさまな威嚇とみなされることになってしまった。いまだ再建中のサイド1、2、4、5の住人はこの動きに目を向けている余裕がないからか、これといった騒動はなかったものの、サイド3、6ではこの演習に反対する抗議集会やデモが行われ、駐留している部隊と衝突する場面も見られるほどだった。
 これらの状況を知らされたリビックはさすがに考え込んだ。宇宙艦隊司令長官ともなると政治的配慮も要求されるようになる、リビックにしても辛いところだった。
 だが、演習の中止か続行かで悩むリビックにジャミトフが更なる難題を突きつけてきた。

「ティターンズを今回の演習に参加させたい、だと?」
「はい、ティターンズはまだ編成されて日が浅く、部隊としての纏まりに欠けます。ここは演習にぜひとも参加させてもらい、部隊としての結束を高めたいのですよ」
「・・・・・・じゃが、ティターンズの任務はゲリラを摘発することのはずだ。こんな演習に参加している余裕があるのかね?」

 これはリビックの遠まわしな参加拒否だったが、ジャミトフは意に介さなかった。

「ご安心ください、通常の任務に支障が出ない程度の参加に留めますので」
「・・・・・・・・・」

 さすがに次の台詞が見つからなくなったリビックは、参謀と話してみようと言葉を濁してこの話を打ち切った。そして、目頭を指で抑えて疲れたように小さな呻き声を漏らす。
 それを見て、今まで通信スクリーンから見えない位置にいた参謀長のクルムキン大佐が慰労の言葉をかけてきた。

「難題を突きつけられましたな、長官」
「まったくじゃ、ジャミトフの奴、こちらが断れんのを承知しておる」

 忌々しげだが、どこか力がない。ここ最近のティターンズを中心とする過激派の勢力の拡大が、良識派に属するリビックにひしひしと圧力をかけてきているからだ。これに屈するようなリビックではない。また、リビックの名声は秋子と並んで連邦全体に及んでいる。アースノイドとスペースノイドの別なく人望があるこの2人はまさにジャミトフにとっては目の上のたんこぶであったが、手が出せないのでどうしようもなかった。


 上層部で雲の上の戦いが行われている頃、カノンではちょっとした騒動が起こっていた。シアンが幹部士官を伴って補充兵を迎えに出たときである。
 着艦デッキに降りたランチから降りてきた新米パイロット達に1人1人話し掛けていく。その中の1人、かなりの美人少尉の前に立ち、話し掛けた。

「えーと、千堂瞳少尉、だな?」
「はいっ」
「カノン隊配属を希望した理由は?」
「はい、シアン中佐に憧れているからです」
「・・・・・・・・・」

 シアンは固まってしまった。幾らなんでも顔を僅かに赤くして、照れを見せながら言われては、これをどう取ればいいのか?

「・・・ああ、ええと、俺の名前は士官学校でも有名なのか?」
「違います、1年戦争で私を助けてくれたのが、当時中尉だった中佐なんです」
「1年戦争で・・・・・・どこで?」
「海鳴です。ちょうどオデッサの少し前くらいに」

 瞳に言われて、シアンは記憶を遡った。オデッサの少し前と言えば、確かに海鳴基地に立ち寄った事がある。ちょうどあの時はジオンの攻撃を受け、俺達も迎撃に出撃したが・・・・・・そうだ、あの時俺は墓参りに行ってて、慌てて基地に戻ったんだった。その時、確かに1人女の子を助けたなあ。ハイスクールの学生らしかったが・・・・・。
 そこまで思い出して、ようやくシアンの頭の中であのときの女の子と、目の前の瞳の姿が重なった。

「おお、思い出した。そうか、あの時の女の子か」
「あの、何の話です、シアンさん?」

 話に付いて来れない祐一が聞いてきた。見れば郁美も、佐祐理も、北川も、天野も、キョウも顔にハテナマークをつけている。

「ああ、俺が1年戦争で戦闘機パイロットをやってた頃なんだが、一度秋子さんのいる海鳴基地に立ち寄った事があるんだわ。その時にジオンの攻撃を受けてな。で、ちょうど基地を離れててた俺は慌てて基地に戻ったんだが、その時この女の子を保護したんだ」
「あの時は死ぬかと思いました」
「しかしまあ、それで俺みたいなパイロットを目指したのか?」

 シアンはちょっと呆れてしまった。まあ、命の恩人に憧れるというのは良くある話だが、MSパイロットというのは半端な気持ちでやられても困るのだ。だが、瞳の次の一言がその場の空気を変質させてしまった。

「違います、シアン中佐に会いたかったからです」
「・・・・・・はあ?」
「私は、あの時助けてくれたパイロットさんに好きって言うためにここに来たんですよ」
「・・・・・・・・・・・(汗)」

 今までほのぼのとしていた空気が、突如として刺々しい、殺気だったものに変わった。シアンは背後から感じる強烈な殺気に背筋が凍り、冷や汗が滝を作っている。周囲にいる祐一達や、新兵達にはたまった物ではないだろう。
 そんな空気に気付いているのか、無視してるのか、瞳の台詞は止まらない。

「中佐は、もう彼女とかいるんですか?」
「・・・え・・・あ・・・う・・い、いる」

 シアンの答えを聞いて、やや殺気が薄れた。だが、瞳は郁美に挑発的な視線を向けた後、シアンににっこりと微笑んだ。

「だったら、横取りしちゃいます」
「・・・・・・は?」
「見ててください、きっと私に振り向かせて見せますから。わたし、結構執念深いんです」

 その場にいる全員が、なにかが軋む音を確かに聞いた。郁美から殺気、というのも生易しいほどの凄まじい怒気が吹き荒れ、新兵達が次々に血の気を失って蒼ざめ、ふらふらしてきている。それを攻める気には、祐一たちはなれなかった。経験のない新兵に、この修羅場は荷が重過ぎるだろう。
 シアンの隣に郁美が立つ。

「・・・千堂少尉、だったわね?」
「はい、そうですが何か?」
「・・・・・・いい度胸だわ」
「・・・そう、貴女が」
「「ふふふふふふふふふふふふ」」

 あまりにも凄惨過ぎる含み笑いが着艦デッキに響く。この異変に気付いた整備兵やランチのパイロットがそそくさと逃げていくのを横目に、佐祐理がそっとシアンの袖を引っ張った。

「シ、シアンさん、何とかしてください」
「今何か言ったら、確実に殺られるぞ」
「このままじゃ私達がもちませんよお」

 佐祐理の言う事も最もだったが、シアンでも死ぬのは怖かった。結局、この修羅場は2人が互いに顔をそむけるまで続く事に為る。


 ティターンズの参加は連邦部隊にさまざまな印象を与えた。純粋に喜んだ者もいれば、あからさまに嫌そうな顔をする者もいる。その最右翼がカノン隊の面々だ。
 このニュースを持ってきたのは毎度の事ながら情報の速い北川だった。食堂でコーヒーを方手にたわいない話をしていた祐一とキョウを見つけると慌てて駆け寄ってくる。

「おい、相沢、キョウ!」
「何だ北川、お前も飲むか?」

 そう言って祐一がコーヒーの紙コップを向ける。

「なんだよ、こんなときにコーヒーなんか飲みたくないぞ」
「まあそう言わずに飲んでみろよ、騙されたと思って」

 そう言って祐一がコーヒーのカップを近づけてくる。仕方なしにそれを受け取った北川はそれを口元に運び、その匂いに気付いた。

「おい相沢、これって・・・」
「ふっふっふ、名雪たちには言うなよ、五月蝿いからな。まして郁美や天野に知られた日には殺されてしまう」

 祐一はニヤリと笑うと紙コップを口に運んだ。琥珀色の液体が喉を熱くする。

「ふう、やっぱ紙コップじゃ少し味気ないよな」
「仕方ないさ、こんな所でグラスを傾けててもし天野に見つかってみろ。またあの妙な方法で酷い目に合わされるぞ」
「言うな、あれはもう思い出したくない」

 キョウの台詞に祐一が顔を顰める。一体何があったのだろうか?

「それで、何の用だ北川?」
「ああ、そうだった。今度の演習なんだが・・・・・・」

 北川の話を聞いて2人は表情を険しくしていった。

「なんだって、ティターンズが参加する?」
「ああ、なんでも、リビック提督に無理言ってねじ込んできたらしいぞ」
「何でそんな事を?」

 キョウと祐一は顔を見合わせ、首を捻った。2人にはティターンズが演習に参加するメリットが見出せなかったのだ。

「あいつらの仕事って、地球圏のジオン狩りだろ?」
「ああ、たしか、そういう振れ込み立ったな。でも、結構無茶やってるらしいぜ、あいつら」
「ああ、そいつは俺も聞いた。なんでも降伏を受け入れないとか、民間人盾に取られても気にせずに攻撃するとか」
「それ本当らしいぜ、なんでも民間の輸送船がゲリラに乗っ取られたことがあったらしいんだけど、ティターンズの奴ら、1回の警告で船ごと殺っちまったらしい」

 祐一とキョウの話は段々やばい物になっていた。ティターンズの暴挙は半ば公然の秘密で、公にするのは何かと不味いのだ。

「おい2人とも、あんまりそんな事言ってると、憲兵にどやされるぞ。さっきからじっとこっちを見てる」

 言われて慌て周囲を見渡すと、確かに中尉の階級章をつけた憲兵が困った顔でこっちを見ている。2人は愛想笑いを浮かべて頭を下げると、中尉は小さく頭を下げて離れていった。
 憲兵が去っていったことでホッと安堵の息をついた2人は改めて北川を見る。

「それで、なんでティターンズが参加するんだ?」

 キョウの問いかけに、北川は小さく肩をすくめて見せた。

「詳しいことは知らないが、まあ、建前はともかく、面白くないてのが本音だろうな」
「面白くない?」
「今度の演習はリビック提督を中心に、まあ穏健派が中心になってる大演習だ。宣伝効果も大きいからな。ティターンズにしてみりゃ、自分たちの影響力が落ちるんじゃないかって、気が気じゃないんだろ」

 北川の話は、政治に疎い2人にとっては信じられない話だった。ただの見栄でティターンズは演習に参加すると言ってるのだから。
 北川は考え込んでいる2人に苦笑を浮かべると、1人席を立った。

「まあ、俺はもう少し詳しいことを調べてみるわ」
「ああ、頼む」

 祐一は離れていく北川の背中に声をかけた。北川は振り返らずに片手を挙げて答えると、食堂から去っていった。

「・・・さてと、もう一杯いくか、キョウ」
「おお、でも、これが最後だぞ」
「分かってるって」

 祐一は紙コップにブランデーを注ぐと、それを口に運んだ。

「うーん、やっぱ仕事中の一杯は格別だねえ」
「仕事中に飲酒ですか、そんな方々にはお仕置きが必要ですね」
「「・・・・・・・・・・・・・・・(汗)」」

 いきなり聞こえてきた第3者の声。2人は背中に氷を入れられたかのような気分で声のした方を向いた。

「・・・居たんですか、天野さん」
「はい、つい先ほど、シアン中佐にお二人を連れてくるように言われましたので」

 口調は穏やかだが、2人はいよいよ脂汗を流して小さく震えだしていた。

「さて、お二人共、お覚悟はよろしいですか?」

 軍服のポケットに手を入れ、そこから2枚の紙切れを取り出す天野。

「ま、まて、落ち着いて話し合おう」
「そそ、そうだ、先にシアンさんのところに行こう、な?」

 2人は必死に天野をなだめようとしたが、天野は小さくため息をつくと紙切れを2人に向け、小さく何かを呟いた。すると、紙切れがその場でいきなり燃えあがり、次の瞬間には燃え尽きてしまった。そのとたん、2人はいきなり痙攣しだした。

「な、な、な、な、な・・・・」
「し、し、痺れる〜〜〜」
「ふう、お二人共、いつになったら真面目にお仕事をしてくださるんでしょう」

 ふう、とため息をつく天野に、祐一が余計なことを言った。

「天野、あんまりため息ばかりついてると、ますますおばさん臭くなってくぞ」 
 ますます、という所が止めだった。天野のこめかみに血管が浮き出る。無言でもう一枚の符を取り出し、祐一の額に貼り付ける。

「うおおおおおお、さ、寒いぞお。まるで冷凍庫で昼寝してるかのようにぃ!」

 のた打ち回ってるが、痺れてるので妙な動きになっている・・・・・・まだ余裕があるかもしれない。

「・・・相沢、どうしてお前はいつも一言多いんだ?」

 ようやく痺れが取れてきたキョウの呟きに答える余裕は、今の祐一には無かった。


 それから20分後になってようやく天野に連れられて祐一とキョウが作戦室に集まってきた。中には佐祐理と北川がいた。
 入り口が開く音に室内の全員がそちらを向く。

「相沢大尉と、キョウ大尉を連れてきました」
「おお、ご苦労さ・・・・・・どうした、なんだか体調が悪そうだが?」

 シアンは入ってきた祐一とキョウを見てさすがに驚いた。2人とも脂汗を掻いて、祐一に至っては真っ青なのだから。

「あ、い、いえ、気にしないでください」
「ちょっと、地獄を見てきただけです」
「?」

 シアンはまだ納得いかないという顔をしていたが、とりあえずは説明を方を優先した。

「まあいい、それでは、今回の演習の概要と編成を説明する前に、君達に戦術士官を紹介しよう」

 シアンに促されて警備兵が部屋から出て行き、しばらくして1人の男を連れて戻ってきた。そいつを見て北川が椅子を蹴って立ち上がり、驚愕の声を上げた。

「ああああ―――っ! バイエルライン中尉――っ!?」
「なんだ、知り合いか北川?」

 自分が紹介する前に相手の名前を言われてしまったシアンは少し寂しそうだったが、とりあえず皆に言って聞かせる。

「紹介しよう、情報部からうちに左遷されてきたフリッツ・バイエルライン少佐だ」
「誰が左遷かあああああっ!!」

 物凄い音を立ててシアンの頭に剛拳が振り下ろされる。なんとも気持ちのいい音を立ててそれはシアンの頭を直撃し、シアンは蹲って苦悶の声を漏らしている。バイエルラインはさらなる一撃を加えようとしたが、それは駆け寄ってきた部下が2人がかりで羽交い絞めにする事で防ぐ事ができた。

「しょ、少佐、落ち着いてください」
「ここは情報部じゃないんですから、流石に始末書じゃすみません」
「ええ――い、分かっておる、手を離せ!」

 言われて部下達が恐る恐る開放する。バイエルラインは軍服の上着を直すと、呆然としている祐一、北川、佐祐理、天野、キョウに胸を張った。

「私が君達に戦術を指導する事になった、フリッツ・バイエルライン少佐だ。君達の大まかなデータはそこで蹲ってるシアン中佐から受け取ってはおる。そのパイロットとしての技量にはまったくもって文句の付けようも無い。今すぐ解散させて各地の訓練校に送り込み、教官をやらせたいほどだ!」
「・・・・・・・・・」
「だが、正直言ってその戦術指揮能力には疑問を抱かずにはおられん。倉田大尉以外は士官学校もまともに出ていないような連中だから仕方ないかもしれんが、それで満足するわけにはいかない。私の仕事は、君達にまともな戦術眼を与える事だ。分かったか!?」
「「「「「はい」」」」」
「返事が小さいっ! やる気はあるのかあっ!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「まだまだだっ!!!」
「「「「「はいいいいっ!!!」」」」」

「よおおし、今日からお前達を私が一人前の軍人にしてやる。そのための教育カリキュラムはすでに完成しておる。私がお前達に求める事は、私の要求する全てを完璧にマスターする事だ。よって、今度の演習以降、しばらくはお前達の所属は私の下に移動する!」
「「「「「はいっ!!!」」」」」


バイエルラインがドスの聞いた声で祐一たちに返事をさせているのを見て、復活してきたシアンが愉快そうな声をかけてきた。

「相変わらずのスパルタぶりだな、さすが『鋼鉄のフリッツ』だ」
「ふん、『絶対者』などという大仰な名前を持ってる奴に言われたくはないな」

 2人の間にしばらくの沈黙が走り、同時に緊張を解いた。

「まあ、今は仕事中だ。お互い口喧嘩している時間は無い」
「そうだな、私もお前のおかげで暇ではないからな」

 バイエルラインの皮肉に、シアンは少し気おされた。

「し、仕方ないだろう、お前以外にこいつらを任せられなかったんだから」
「そうやって、お前に付きあわされる俺の身にもなってみろ!」
「うううう、そんなに怒らなくても・・・」
「これくらい言われて当然のはずだ!!」

 もう、何も言えなくなったシアンであった。

 バイエルラインがシアンと共に立ち去った後、残された連中は一斉に北川を見た。

「北川、お前、あの少佐を知ってるのか?」
「鋼鉄のフリッツの名前は私も聞いたことがあります。なんでも物凄い人だそうですよ」
「・・・・・・あの人と会ったのは1年戦争の時さ。俺が空軍のパイロット候補生だった時の教官だった。あの時は、中尉だったよ」
「物凄い人でしたね、あのシアンさんを殴っちゃうんですから」
「しっかし、空軍上がりにしちゃ随分固いな」

 キョウが首を捻ると、北川が笑って頭を左右に振った。

「あの人は空軍じゃないよ。あの頃は戦車将校だった」
「何で戦車乗る人がパイロット候補生を訓練するんだ?」
「・・・・・・あの人は、何でか知らないけど、戦車隊から追い出されそうだったんだ。それで、一時的に任されたのが空軍の訓練教官だった」
「何でそういう人事になるんだ?」

 北川の話に4人は首を傾げたが、当の北川にも裏の事情がわからない以上、これ以上詮索する事はできなかった。

 

 数日後、遂に連邦宇宙軍大演習が開始される。シアンは各指揮官をブリーフィングルームに集め、作戦内容を説明していた。

「さて、説明を続けるが、今回の演習では俺は艦に残る。MS隊の総指揮は相沢、お前が採ることになる」

 祐一はシアンの台詞を聞いて椅子を蹴って立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待ってください。何で俺が?」
「なんだ、指揮をとる自信が無いのか?」

 返ってきた答えは、どこかからかうような響きを持っていた。

「べ、別に自信が無いとか、そういう訳じゃなくて、何で俺なのかって事です?」
「北川や佐祐理の方が妥当だ。て言いたいんだな、お前は?」

 シアンは目を閉じて少し考え込むと、北川と佐祐理、天野を見た。

「北川、佐祐理、天野、お前たちにはそれぞれ4個中隊を預ける。いいな」

 4個中隊といえば1個大隊だ。普通なら指揮官は少佐から中佐がなるものだが、北川と佐祐理は大尉、天野に至っては中尉だ。こんな若い連中に大隊を任せるというのだから、シアンの考えはまともではない。
 当然ながら、周囲から反発が起こった。機動艦隊に属する艦艇に乗っている、MS部隊指揮官たちだ。1隻には大体1個小隊が乗り込んでいるので、4隻1個戦隊で1個中隊のMSを運用している計算になる。
 こういった中隊の指揮官は普通は大尉か中尉がなるものなので、これらの士官たちが不満を持ったのだ。

「何故です、倉田大尉や北川大尉はまだ分かりますが、なぜ天野中尉の指揮を受けなくてはいかんのです!?」

 中尉の階級章をつける30代半ばほどの男が気色ばんでいる。じつは、この時期の連邦軍の中隊長クラスには中尉が多い。1年戦争と、ファマスとの戦いで中級仕官が払底してしまっているのだ。これが末期症状を示してくると軍曹とかが指揮するようになってきて、大隊を少尉や准尉が纏めるなんて状態になってくる。
 天野が大隊を指揮するということに納得がいかない部下たちに、シアンは冷たい視線を投げかけた。

「何故天野が指揮をとるのかって? この中の中尉で最も実戦経験が多いのが天野だからだ」

 シアンに言われて文句をいった男は口をつぐんだ。ぜんぜんそうは見えないが、これでも天野は1年戦争のほぼ全期間を戦い抜いた歴戦のパイロットなのだ。ついでに言うなら、シアンも普段は気さくで砕けたところのある親しみやすい隊長さんだが、必要なら幾らでもこういう冷たい空気を漂わせた指揮官になれる。はっきり言って、この目をしたシアンに言い返すだけの度胸を持つ奴はほとんどいない。

「文句があるなら天野に勝るだけの自信があるんだろうな。あるなら大隊を任せてやってもいいが・・・」

 そこで言葉を切り、シアンは一堂を見渡した。誰もがその視線を受け止められずに顔を逸らせてしまう。少なくともこの機動艦隊では実力優先がほぼ完全に貫かれており、何かを言うには実力で示さなくてはいけないのだ。
 誰も文句を言わないのを見て、改めてシアンは天野を見た。

「そういう事で、いいな、天野」
「・・・・は、はい」

 どうにも気乗りしない様子だったが、天野はとりあえず頷いた。

「あとは、相沢に1個大隊を率いてもらう。これが指揮大隊だ。また、サイレンのメンバーのうち、七瀬中尉、川澄中尉、月宮准尉の3人は今回は留守番だ。残ったメンバーは美坂香里准尉の指揮で、遊撃の位置に置く」

 これには佐祐理と祐一、北川から疑問の声があがった。

「何で3人を外すんですか。3人がいたほうが確実に勝てると思うんですけど?」

 佐祐理の質問は当然のものだろう。サイレンでもシアンと並んで最強と歌われる3人がそろって外されるのだから。だが、シアンの答えは冗談めいたものだった。

「決まってる、こいつらが出てくると、演習にならん」
「「「・・・・・・・・・」」」

 答えを聞いてその場にいる誰もが固まってしまった。だが、直ぐにそこかしこからくぐもった笑い声が聞こえ始め、直ぐに笑い声が部屋中に爆発していた。

「あはっははっはははははは、シ、シアンさん、それって、かなり酷いこと言ってますよ〜」
「ふっ、だが事実だ。この3人だけで2個MS中隊分の戦力になるからな」

 笑いをこらえた声で言っているが、これは事実だ。セイレーンに乗ったあゆ、セレスティアに乗る舞、エクスカリバーVに乗る七瀬、パイロットが地球圏でも上から数えて何番目というレベルなら、機体も上から数えて何番目、という性能を持っているのだ。ジム改やジムUに乗る一般兵なんかにそうそう負けるわけがない。
 会議は笑い声で締めくくられてしまったが、これがカノン隊の気質だと言ってしまえばそれまでだった。皆が出て行って静かになった会議室で1人、ぽつんと椅子に腰掛けていたシアンは、改めて部下たちの名簿を見た。

「・・・・・・演習、か・・・・」

 今まで俺は俺の持つ全てを部下に教え込んできた。サディステックな訓練とまで言われてきたがな。だけどまあ、この数ヶ月で入ってきた補充兵たちもどうにか合格点をやれる腕にはなった。明日はどうなるか、楽しみだな。


 翌日、遂にルナツー宙域に集まった連邦軍は、ブルー集団とレッド集団に分かれて艦隊戦演習をすることになった。ブルーは第1艦隊と第2艦隊、ティターンズで編成され、レッドは第3艦隊と機動艦隊で編成されていた。ブルーの総指揮はリビックが、レッドの総指揮は秋子がとっている。形としては侵攻してきたレッドをブルーが迎撃するというものだったが、実戦色を強くするために双方の作戦行動は最初から秘密とされている。
 この演習に望むにあたり、秋子は機動艦隊の全ての艦艇、起動兵器、将兵に新たな部隊章を送っていた。それは雪の結晶を模した、今までに無い不思議なマークだった。

「これがカノン隊の新しい部隊章、クリスタル・スノーです」

 後に、連邦軍最強の代名詞となり、見るもの全て、敵に絶望と敗北感を、味方に勇気と勝利の確信を与える紋章、最強の白き軍団、クリスタル・スノーの誕生であった。
 演習の開始を知らせる信号弾が上がったのを確認した秋子はさっそく艦隊を前進させた。

「ではシアンさん、MS部隊の総指揮は任せますね」
「・・・どうも、艦橋に残って後方から指示を飛ばすというのは、変な気分ですが、任せてもらいましょう」

 秋子からMS部隊の総指揮を任されたシアンはさっそく祐一を呼び出した。

「相沢大尉、聞こえるか?」
「はい、なんでしょう?」
「作戦開始だ、予定通り威力偵察をかけろ。細かい事はお前に任せる」
「わ、分かりました」

 祐一の声に過度の緊張を感じたシアンは勤めて明るい声を出した。

「相沢、そう難しく考えるな。こいつは演習だ。失敗しても誰も死んだりはせんよ。気楽にやれ」
「・・・分かりました」

 そう答えて祐一は通信を切ってしまった。シアンは自分の端末を切り替えると小さくため息をつき、目頭を軽く抑えた。

「・・・・・・まだ分かってないな、あいつは」
「祐一さんですか?」
「ええ、指揮官の責任は重い。そいつは間違いないんですが、変に気負うと、かえって部下を死なせることになる」
「祐一さんは中隊規模の指揮しかとったことがありませんから」
「それに、北川や佐祐理ほど自分に指揮能力がないことも良く自覚してます。それがかえって気負いになってるんでしょうね」

 そこで言葉を切り、少し考えてからまた喋りだした。

「・・・・・・現場で部隊を掌握するのは中隊長の仕事です。ですが、部隊の総指揮官に必要なのは細かな指揮能力じゃない。部下を引っ張っていく人格です、指揮能力だけじゃ部下は付いてきません。相沢には自然と人が付いていく、あいつのそういう所を私は評価したんです」

 シアンそれっきり黙りこみ、スクリーンを見つめることにした。ただ、秋子は黙り込んだシアンの横顔を一瞥した後、なにやら嬉しそうにニコニコとしていた。代わりに今度はバイエルラインがシアンの隣に立ってきた。

「お前にしては考えてるな」
「・・・・・・どう思う、この作戦を」
「水瀬提督が名将だと言われる訳を再確認させてもらった。ミノフスキー粒子をこういう方法で散布しての作戦、驚かせてもらった」

 バイエルラインはにこりともしていないが、彼が本気で感心しているのがシアンには分かった。彼の知る限り、この男はおべっかやジョークを口にはしない。


 祐一は威力偵察に北川の直属中隊を差し向けていた。北川は部下を小隊レベルで展開し、ブルー側の戦闘哨戒エリアにちょっかいをかけ始めた。ブルー側の哨戒部隊のうち、これに気付いた部隊が直ちに迎撃に向かったが、ここでの数分の模擬戦闘で北川の中隊は1機の損失も出さずにあっさりと迎撃に出てきた哨戒部隊を殲滅してしまっていた。これは北川中隊の戦闘力が高いというよりも、遭遇したMS部隊の練度が低すぎるのが原因だった。  
北川たちが判定撃破したのは実に18機、6個小隊にも及んだが、その全てが小隊単位で、しかも一部隊ずつ襲い掛かってきたのだ。あまりにもあっけないブルー哨戒部隊に北川は拍子抜けしたが、これが今の連邦軍の平均的な部隊である。先のフォスターT会戦において失われた多くの熟練兵の穴は新兵や訓練兵、老兵で賄われている。この間のアヤウラとの戦闘や、デラーズとの戦いで多少は実戦経験を積んだものの、まだまだ精兵とはいえないレベルでしかない。
とりあえず、戦闘哨戒部隊との戦闘に一応の勝利を見た北川は事の顛末を祐一に伝えることにした。

「相沢、とりあえずは勝ったぞ」
「ご苦労さん、それで、どこが弱そうだ?」

 祐一の問いかけに北川はどう答えたものかしばらく悩み、気がすすまなそうに答えた。

「このまま俺がいるところから突破できそうだぞ」
「なんだ、そこが弱いのか?」
「いや、何というか、これなら多分どこも弱い」
「はぁ?」

 北川の答えに、祐一はずいぶんと間抜けな声を出した。

「いや、何て言うか、こいつら弱い、というか、弱すぎるぞ」
「そんなに弱いのか?」
「ああ、もう20機近くも堕とした」
「・・・・・・お前の隊より多いぞ」
「ああ、でも本当だぞ。とにかく来てくれ。俺はもう少し突っ込んでみる」
「無理するなよ」
「ああ、分かってる」

 通信を打ち切ると、北川は隊を前進させ始めた。6個小隊も叩けばしばらくは敵もいないと判断したのだ。

「よおし、少し広がれ、戦闘哨戒を続けるぞ。相沢たちが来る前にもう少し先に進む」
『了解っ』

 北川を先頭に彼らは再び前進を再開した。


 北川を先頭に祐一率いるMS部隊は第2艦隊の艦列を目にして躍り上がりそうになった。

「やったぞ、第2艦隊主力だ」
「相沢さん、上下からきましたよ。結構多いです」

 天野に言われて祐一は周囲を確認した。確かにこちらを上下から挟み込むようにこちらに向かってきている。

「北川は上、佐祐理さんは下を頼む。俺と天野で艦隊を叩く」
「分かった、一機も通さないから好きにやれよ」
「分かりました〜、後はお任せします」

 北川と佐祐理の指揮する大隊が上下に分かれ、迎撃に来た直援機と交戦に入るが、明らかにその数はこちらが上回っていた。使っている機材は双方とも同じであり、数と技量で勝る機動艦隊のMS部隊の優勢は誰の目にも明らかだった。
 MS部隊を北川と佐祐理に任せた祐一と天野は対空砲火を打ち上げてくる艦隊に襲いかかった。演習ではMSは模擬弾を、艦艇は照準用レーザーを使って命中を判定するのだが、対空砲火というものはよほど訓練しないと当たらないのである。まして今迫ってくるのは最強の精鋭たちなのだ。不断に位置を変えながら距離を詰めてくる。

「畜生、ちょこまかと動きやがって」

 決して5秒以上直進しない、スピードも落とさないその動きは自分たちが普段標的にしている第2艦隊のMSでは決して見られない熟練の動きだ。防空を担当する士官は歯軋りして悔しがったが、対空銃座を操作する銃手たちには荷が重過ぎる相手だった。
 艦隊が祐一たちに蹂躙されている時、北川と佐祐理は自分の大隊を率いて数で劣る直援MS部隊を迎え撃っている。

「言いかお前ら、1機で突っ込むなよ。3機一組の連携を忘れるな!」
「分かってますよ」
「死にかけるほど訓練しましたからね」

 北川の命令に部下の2人の中隊長が苦笑交じりに答える。そして、北川の短い、だが鋭い命令が飛んだ。

「散開っ!」

 それが合図だった。一斉に花が開くように広がっていく機動艦隊のMSの動きの鮮やかさに迎撃機のパイロットたちはしばし声を失ってしまう。その一瞬の自失の空隙を突くように散っていったMS隊が今度は窄まるように一斉に襲い掛かってきた。この散開から包囲、そして一斉攻撃という一連の戦法はカノン隊の特徴的な戦法である。もともとは腕の悪さを包囲効果による弾量の集中によって補うのが目的の戦法だったのだが、パイロットの技量が向上するに連れて集中される砲火の命中率も向上しており、今ではこの第一撃で相手の数を減らし、陣形を崩すという目的で使用されるようになっている。今回も四方から自分たちを包み込むように集中してくる模擬弾を浴びて外側にいたジム改やジムUがたちまち赤く染め上げられ、コンピューターが機体破壊を告げて強制的に機体のコントロールを奪う。こうなるとパイロットにすることはなく、母艦からの解除コードが転送されてくるまで休んでいるしかない。
 撃墜信号を発して動きを止めた機体は3割にもなっていた。迎撃機の隊長は被害の多さに唖然としたが、直ぐに下すべき命令を下した。

「固まるな、散れ!」

 命令するなり自分の愛機のジムカスタムを上昇させる。急激なGが体を襲い、シートに押し付けていく。しばらくそんな機動を続けてようやくスピードを落とすと改めて戦場を観察し、そして絶句した。

「・・・馬鹿な・・・こうも一方的に・・・」

 そこでは一方的な戦いが繰り広げられていた。数と技量で勝る敵に挑むのは勇気ではなく無謀だ、と言う人がいたが、それを証明するかのような戦いが繰り広げられていた。1機のジム改を3機のジム改が追い回して真っ赤に染め上げていく。カノンのMS隊はひたすらそれを繰り返している。ほとんど袋叩きだが、これがカノン隊の強さだった。
 北川は第2艦隊のジムがあらかた動かなくなったのを確認して佐祐理に通信を繋いだ。

「倉田さ〜ん、こっちは大体片付いたけど、そっちはどう?」
「あははは〜、北川さんですか。こっちももう終わりですよ〜」

どうやら第2艦隊の直援隊はろくな抵抗もできなかったらしい。
 
 北川を先頭に行われたこの攻撃は連邦軍第2艦隊を側面から錐のように防衛線を突き破って襲撃した。この襲撃で側面から4個大隊を超える大軍に襲われたために、クライフは艦隊を立て直すこともできず、旗艦エディンバラも判定撃沈とされる大失態をやらかしてしまう。結局のところ、機動艦隊のMS部隊は弾が尽きるまで暴れまわっていったのだ。
 第2艦隊が壊滅するまで第1艦隊の救援がこなかったのはキョウの戦闘機部隊のせいだった。いくらMSのほうが強力だといっても、航宙機の方が機動性や航続距離で見る限りは遥かに勝っているのだ。これは質量と総推力の比率が違うということもあるが、構造上全ての推進器を後ろに回す航宙機の方が全身に分散させているMSよりも早いのは当然だった。この欠点を克服するために後に可変MSという、第3世代MSが誕生するほどである。
 この戦闘機部隊はミノフスキー粒子の詰まったタンクを抱えた大量のパブリク突撃艇を護衛して第1艦隊と第2艦隊の間にミノフスキー粒子を散布して回っていたのだ。

「しっかし、シアンさんも無茶言うよなあ。もし見つかったらかなり危ないぜ」

 キョウは自分のコアブースターを旋回させながらミノフスキー粒子を散布しているパブリクを見守っていた。第1艦隊と第2艦隊の通信をパブリクと戦闘機隊を使って遮断し、孤立した第2艦隊を各個撃破する。というプランをマイベックとシアンが打ち立て、投入する時期を考えていた戦闘機部隊と突撃艇部隊をこの通信封鎖作戦に投入することにしたのだ。
 キョウはようやく配備された主力戦闘機セイバーフィッシュに変わる次期主力戦闘機、FF―S4ダガ―フィッシュを使ってMS部隊との戦闘を楽しみにしていたのだが、その最初の仕事はこんな裏方の護衛任務だと思うと、さすがに情けなかった。

「あ〜あ、やっとこいつで暴れられると思ったんだけどなあ。また出番はなしか」

 視界内に見えるたくさんの戦闘機、セイバーフィッシュ、コア・イージーS、ダガ―フィッシュ、ダガーフィッシュと同時に配備された大気圏突入、サブ・フライト・システム能力まで有する多目的重攻撃機、アヴェンジャーを見て、キョウはまたしてもため息をついた。

『こんなに新型機揃ってるのに・・・』

 だが、キョウの忍耐の時間は意外な形で終わることになる。

 その頃、第2艦隊壊滅を知らぬままにリビックの第1艦隊とティターンズはエニーの第3艦隊との交戦域に入ろうとしていた。

「ふむ、カノンはおらんおじゃな?」
「はい、正面に展開しているのは第3艦隊だけの模様です」

 参謀がファイルを片手にリビックに答える。リビックは小さく唸り声を上げると傍らのクルムキン准将を見た。

「水瀬はどういうつもりかな、准将?」
「まさか第3艦隊だけで我々を押さえられるとは思ってないでしょうが・・・」

 クルムキンも頭を悩ましていた。だが切れ者といわれる彼にもまさかこの短時間で第2艦隊が壊滅され、機動艦隊が自分たちの右側に回りこんでいるなどとは思いもよらなかったのだ。
 一方、エニーの方は気楽だった。彼女の下にはすでに第2艦隊を無力化した機動艦隊が第1艦隊とティターンズの右側面に回りこんでこちらに向かっていることが伝わっていたのだ。

「さてと、私の仕事はしばらくここで持ちこたえること、ね」

 エニーは第1艦隊の大軍を見据えて乾く唇を舐めた。

「MS隊は艦隊防空に専念させなさい。あと2時間粘ればこちらの勝ちよ!」

 エニーが艦隊に檄を飛ばす。実際のところ、第1艦隊とティターンズの連合艦隊は第3艦隊の倍以上あり、攻勢になど出られるはずもなかったのだが。
 当然ながらリビックは短期決戦を狙った。

「第3艦隊はこちらの半数以下じゃ、ここは一気に押し切り、水瀬の機動艦隊を第2艦隊とともに叩く」

 リビックは機動艦隊の技量を警戒していた。同数兵力で戦えば負ける、というのがリビックの判断だったのだ。
 互いの思惑が一致したためか、戦いは最初からリビックが攻め、エニーが守るという形で進んでいった。艦艇は模擬弾の代わりに照準用レーザーを照射し、命中をコンピューターが判定するので、見た目にはかなり地味なものとなる。それらのレーザー光を縫う形で第1艦隊とティターンズのMS部隊が第3艦隊に接近し、それを第3艦隊のMSが迎え撃っている。
 MS同士の乱戦が行われている中で、一際目立っているのはやはりティターンズのMS隊だ。特にジムカスタムをベースに設計されたジムクウェルを多数装備しているのでジム改やジムUで編制された第3艦隊のMS隊にはおおむね優勢な戦いを展開できる。加えて、ティターンズのパイロットは強かった。

「ははははははっ、戦争を教えてやるっ」

 特にこのお方がやたらと強かった。ティターンズMS隊の小隊長をしているヤザン・ゲーブル中尉が先頭に立って次々と向かってくるジム改を真っ赤に染め上げていく。そんなわけでティターンズのMS隊は士気がかなり高かった。
 自分の部下が第3艦隊を押しているのを確認したバスク大佐はアレキサンドリアの艦橋でほくそえんでいた。

「ふふふ、いかにリビック長官が我々に敵意を持っていても、こうも実力差を見せられれば何も言えまい」

 バスクにとってはこの演習は連邦内での勢力争いの場であった。ここでティターンズの強さを見せ付け、宇宙軍内でのティターンズの権威を高める。
 だが、それは右側から横槍によって打ち砕かれた。

「大佐、方位2時30分、仰角12度方向から高速移動物体多数接近っ」
「何だと、まさか・・・・」

 バスクは自らレーダースクリーンを覗き込んだ。確かに高速で何かが迫ってくる。数は数え切れない。

「まさか、敵か?」
「ですが、第2艦隊はどうしたのでしょう」
「今はそんなことよりも、奴らを片付けることを考えろ!」

 レーダー主を怒鳴りつけるとバスクはMS隊を大急ぎで呼び戻した。


 ティターンズに襲い掛かってきたのはキョウの率いる戦闘機部隊だった。機動艦隊主力よりもこちらに近かった上に、巡航速度が速いので完全に先行する形になってしまったのだ。
 僅かな直援機がこちらに向かってくるのを見てキョウは部下に指示を飛ばした。

「MSは俺の部隊が片付ける。他の隊はこのまま艦隊に向かえ。アレキサンドリアは絶対に沈めろ!」
「「「「はっ」」」」

 指揮下にある5つの飛行隊長から返事が返ってくる。それを聞いてキョウは自分の率いている飛行隊をMSにむけた。キョウの飛行隊は全機がダガーフィッシュ、またはコア・イージーSなので対MS戦に向いているのだ。

「いいかお前ら、敵は少ない、訓練どおりに飽和攻撃をかけるぞ。ギリギリまで近づけ!」

 これはシアンが1年戦争で使っていた戦法で、MSに対して正面を向け、最大速力で突っ込み、すれ違いざまに持てる全ての武器を叩き込んでそのまま背後に抜けていくというものだ。相対面積を最小にできるので撃墜されにくく、至近距離から武器を撃ちこめるので命中率も高いという優れた戦法だが、実行するにはかなりの技量が要求される。MSに向かって突っ込んでいく度胸もそうだが、すれ違う寸前にミサイルや機銃を確実に命中させるのはかなり難しいのだ。
 カノン戦闘機隊はこれをチームプレイで十二分にやれるぐらいに鍛え上げられているので、全機が真っ直ぐにMSに突っ込んでいった。
 これに対してティターンズのパイロットはたかが戦闘機が、という侮りこそあったものの、果敢に圧倒的多数の戦闘機に挑んできた。その結果、たいした戦果も上げぬままに全滅させられてしまっている。いくら戦闘機といえども、数を揃えてこられたらMSでも負けてしまう、ということだ。
 戦闘機の攻撃に2度目は無い、早撃ち早逃げこそMS時代の戦闘機乗りの正しい姿だ。これがキョウの戦術理論である。ゆえに対艦攻撃も一撃だけに留めるつもりでいた。
 これに対してバスクは個艦防御を命じるしかなかった。たちまち全ての艦が対空砲火の弾幕を張り巡らす。
キョウの部下たちは対艦ミサイルを抱えた身重の機体で果敢にこの弾幕に飛び込んでいった。小隊単位で目標を定め、一直線に突っ込んでいく。途中で何機かが火線に捕らえられてやむなく反転、斜線から機体を外していくが、大半は突っ込んできて艦艇に模擬ミサイルを叩き込んでいった。ミノフスキー粒子のせいで誘導装置は気休め程度の精度しか持たないので、各艦は艦長の命じるままに回避行動を開始する。何隻かはよほど腕のいい艦長が指揮しているのか、巧みに全てのミサイルに宙を切らせたが、大半は直撃を受けて判定中破、あるいはそれ以上の被害を受けている。目立つせいか、特に集中的に狙われたアレキサンドリアは24機に狙われ、15発を食らってしまった。判定撃沈だ。
バスクは自分の乗艦が撃沈されたということに憤怒の形相を浮かべていた。

「な、何をやっておるのか!!」

 直援機を削って前線に投入したのは大佐です、と、誰もが思っていたが、それを口に出せるものはいなかった。ただ、艦橋でバスクが喚き散らすのにじっと耐えている。こういう時、ティターンズは可哀想だと思う。
 慌ててティターンズのMS部隊が戻ってきたときにはすでにキョウたちの戦闘機隊の姿はなく、変わりに漆黒の宇宙から湧き出すようにして数え切れないMSが迫っていた。


 演習の結果は観戦していた政治家や軍高官の予想を大きく裏切る形で終結していた。戦力的に優越していたはずのブルーがレッドの各個撃破戦術の前に完敗を喫したからだ。作戦を立てた秋子はエニーに時間稼ぎを頼んだだけで、後の全ては自分でやってしまった。おかげで第2艦隊は第1艦隊が気付くまもなく殲滅されてしまい、そのまま機動艦隊に側面を疲れるという失態を犯した。あとは典型的な半包囲からの殲滅戦である。政府と軍高官が地球圏最強の部隊と思っていたティターンズは第3艦隊にはそれなりの働きを見せたものの、機動艦隊との戦いではろくな抵抗が出来なかった。MSの質が劣っているわけではない。ただ数と、パイロットの技量が完全にティターンズを上回っていただけだ。

「こ、こんなものは数で押しただけだ。あんな戦い方なら誰だって勝てる!」

 1人の軍高官がそう言って列席者を見渡すが、帰ってきたのは少数の侮蔑の視線だけだった。多くの者は顔を逸らし、関わらないようにしている。

「数を揃えるのが勝利の大前提だ、というのが軍部の口癖ではなかったのかね?」

 皮肉を交えて軍高官を睨んでいるのはジョン・バウアー。連邦政府の高官で、軍部にそれなりの影響力をもっている男である。

「そ、それは・・・・・・ですが、ちゃんと正面から戦えばティターンズは絶対に負けませんぞ!」
「ティターンズの相手はジオン残党、つまりゲリラだ。不正規戦専門の部隊があっさりと奇襲を許してどうするのかね?」

 声こそ穏やかだが、その眼ははっきりとこう言っていた。ジャミトフの私兵の実力など、この程度に過ぎん。と。

 この演習の結果、連邦内部での勢力バランスに変更が加えられた。予定されていたティターンズの権限の大幅な拡大は見送られ、残党に対処するために最低限の権限が与えられるに留まってしまう。これがジャミトフから見れば到底受け入れられる内容ではなかったが、連邦内部で着々と影響力を高めている秋子やリビックを相手に無理を通す事はできない。

 連邦内部で、時代の流れが確かに変わっていくのを、幾人かは感じていた。それがどういう結果をもたらすのかを予想できる者は、この時点では1人もいなかったが。



人物紹介

フリッツ・バイエルライン 31歳 男性  少佐
 連邦軍情報部将校で、元は戦車将校だった。「鋼鉄のフリッツ」の異名を持ち、その苛烈な性格と行動力は上層部に煙たがられているものの、その手腕自体は必要とされており、功績に比べて出世が遅れてはいるものの、さまざまなミッションに投入されている。一部では「永遠の大尉」などと揶揄される事もあるが、言われる度にその拳が唸っていたらしい。シアンとは腐れ縁のような物があるらしく、年が離れている割には友人関係を保っている。


機体解説

FF−S4 ダガーフィッシュ
兵装 ビームガン×2
   30ミリ機銃×6
   本体ハードポイント×4
<説明>
 セイバーフィッシュの正当な後継機。機種に機銃6門と、機体上部にコア・ブースターのようなビームガンを2門搭載している。これにセイバーフィッシュのように本体にさまざまなオプションを取り付ける事で使用目的を変えることができる。通常はセイバーフィッシュと同じミサイルランチャー付きのブースターユニットが付けられている。MS時代の戦闘機という設計思想で作られたこの機体は、一撃離脱を徹底して行う事を前提に設計されているため、洒落にならない加速性能を持っているのが特長。

FAT−2 アヴェンジャー
兵装 ビームガン
   多目的12連ミサイルランチャー×2
<説明>
 大気圏に対する強襲降下、地上制圧を目的とした重攻撃機。大気圏突入を考慮して作られた流線型のボディは空気抵抗を少しでも減らすような工夫がなされ、更に機体全面を覆う耐熱装甲が確実な降下を約束している。SFSとしての機能もあり、MS1機、もしくは物資を載せての降下も可能となっている。降下後は地上の敵を粉砕するために大量のミサイルと、機体下部にある爆弾倉には10トンの爆弾を抱えることができるが、対戦闘機戦闘力は低く、制空戦闘機の護衛を必要としている。


後書き
ジム改 さあ、演習間に挟んで、いよいよ連邦軍の全力出撃の時が近づきました。
祐一  テレビで言うなら、半クール折り返す頃か?
ジム改 そうとも言うな。ストーリーも半ばを越えたから、そろそろ何人かにはストーリー的な決着がつくだろう。
祐一  俺としては折原との決着が気になるんだが。
ジム改 大丈夫だ。見せ場は幾らでもある。
祐一  本当か(疑いの目)
ジム改 本当だって。何しろ終盤に向かうんだからな。
祐一  ところで、そういえばあいつらはどこにいったんだ?
ジム改 あいつらって?
祐一  ほら、アヤウラとその部下連中?
ジム改 アヤウラ君は今謹慎中。部下は啓介の指揮でフォスターTにいるぞ。
祐一  フォスターTかあ、前は酷い目にあったからなあ。
ジム改 まあ、少しくらい苦労しないと。
祐一  ・・・・・・少し?
ジム改 そ、それでは、またお会いしましょう!
祐一  こら、誤魔化して逃げるんじゃねええ!!

 


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