第34章 フォスターT放棄

 連邦軍、ルナツーを出撃。の報は瞬く間にファマスの通信網を駆け抜けた。そして、それに少し遅れて伝わった戦力はファマス首脳部どころか、一介の兵卒すらも青ざめさせた。あの勇猛をもってなる【ソロモンの悪夢】アナベル・ガトーや【赤い彗星】シャア・アズナブルことキャスバル・ダイクンですら青ざめ、息苦しさに苦しんだほどだ。
 総旗艦ノルマンディーの作戦室は鉛のように重い空気に包まれていた。そんな中でも表面的には冷静さを保っていた久瀬提督は送られてきた敵戦力の一覧をテーブルに投げ出した。そこには潜宙艦G−57の送ってきた詳細な報告が書かれている。

『敵の第1群は戦艦50隻前後、巡洋艦100隻前後を中心とし、多数の小型艦艇を伴う。第2群は戦艦20隻前後、巡洋艦100隻前後、大小空母20隻前後、小型艦艇多数を伴う。両群を合わせた総数はおよそ700隻程と思われる。後続の存在は不明。なお、敵艦隊はかなりの数の新型艦を含む』

 それを前にした久瀬は小さく溜息を吐き、作戦室に並んでいる諸提督を見渡した。

「見た通りだ、これは連邦軍が派遣できる全力と考えていいだろう。その戦力は巡洋艦以上だけでも300隻に達し、さらに後続の可能性があるということだ」
「・・・儂は地球で蜂起し、それなりの損害を連邦に与えたと思っていたのだが・・・」

 デラーズ中将が苦渋に満ちた声を出す。久瀬はそれを咎めるでもなく、むしろ優しいとさえ思える声をかけた。

「デラーズ提督はよくやりましたよ。ただ、連邦の生産力があまりのも隔絶していたということでしょう。まあ、あの戦いが連邦の危機感を煽ったということもあるでしょうが」

 久瀬の予想は当たっていた。連邦政府はこれ以上のジオン残党の動きを押さえるためにもファマスを短期で潰す事を決定したのだ。
 黙りこんだデラーズに変わってバウマン少将が書類を手に立ち上がる。

「我々は先のアヤウラ准将の指導による地球圏侵攻作戦の大敗による痛手を何とか回復しております。さらにアクシズ艦隊の本格的な参入によってどうにか200隻近い艦艇を確保していますが、それでも今回の連邦軍の戦力の1/3でしかありません。これは前回行われた連邦の侵攻を遥かに上回る規模であり、前回の戦略は今回は役に立ちません」

 これは第1、第2連合艦隊の戦力だけであり、これ以外にも巨大な後方支援部隊が存在する事はつかんでいなかった。

「まして相手はあのリビックにエイノー、そして水瀬だ。決して侮れる相手ではない」

 久瀬が後を受ける。挙げられた名前に連邦出身の提督たち、シャーマン少将やキンケード准将、バウマン少将の表情が曇る。反対にジオン出身の提督たちは首を捻った。

「閣下、リビック提督というのはそれほどの人物なのですか?」

 アクシズの将、ユーリー・ハスラー少将が質問をする。
「あの人は1年戦争では目立った活躍はなかったが、老練という言葉がよく似合う宿将だよ。派手さはないがその堅実な用兵は前任者のワイアット大将などとは比較できない程だ」

 室内は再び暗い雰囲気に包まれた。名将に率いられた圧倒的な大軍。しかも彼らは地球圏侵攻作戦やデラーズ紛争でそれなりの実戦経験をつんでいる。そんな軍勢を相手にしなくてはいけない。というのは悪夢としか思えなかった。
 久瀬の隣りに座って事態の成り行きを見守っていたサンデッカーは小さく頷くと、視線を久瀬に向けた。

「こうなっては仕方ありません。フォスターTの戦力は全て引き上げ、フォスターU、ないし火星で決戦、という選択しかないのでは?」
「・・・そうですな、チリアクスには撤収を指示するとしましょう」

 サンデッカーの意見を入れた久瀬はバウマンを見た。

「バウマン、君は後退してくるチリアクスと共にフォスターUを守れ。無理をすることはないが、多少は頑張ってもらいたい」
「それは構いませんが、閣下はどうなさるので?」

 バウマンに問われた久瀬は不敵に笑って見せた。

「決まっている。火星に駐留する全軍に戦闘体制をとらせ、連邦軍と雌雄を決する。君は本隊の準備が整い次第フォスターUを放棄、火星まで後退して来るんだ」

 久瀬の言葉を聞いて場が興奮に包まれた。今までチリアクスやデラーズ、アヤウラ以外の者は哨戒部隊同士の小競り合いを除いて連邦軍と本格的に戦った者はいない。いわば欲求不満だった。それが遂に戦う機会を与えられたのだ。興奮しない方がおかしい。
 ファマスの方針はここに定まった。しかし、同時にいくつかの決定が行われた。その内容は久瀬やサンデッカーといったファマスでも中心的な人物にしか理解できない内容であり、バウマンやキンケードといった高官すらも除いた秘密の会談で行われたのである。
 その室内には久瀬とサンデッカー、キャスバルがいて、なにやら深刻な顔を突きつけていた。

「フォスターTの放棄はいいとして、そこからフォスターUに来るまで、なんとか5日は欲しい」
「ですがどうやって? チリアクスの手持ちの兵力では、ゲリラ戦をやっても直ぐに息切れしますぞ。我が軍の輸送艦事情は深刻なのです」

 久瀬の漏らした台詞に、苦い顔でサンデッカーが応じる。久瀬もそれくらいは分かってる頷いてみせる。

「正規艦隊を使ってもゲリラ戦は論外です。連邦軍はジオン軍よりもゲリラ戦に長けていますが、その経験から言ってもきちんとした拠点を持たないゲリラ戦は無駄です」

 意外かもしれないが、通商破壊戦やゲリラ戦術はジオンよりも連邦の方が数枚上手である。これは1年戦争中、ジオンにはMSという決定的なアドバンテージがあったため、好む好まざるに関わらず、MSを持たなかった連邦軍は正面切っての先頭を挑む事ができなかったのだ。このために宇宙軍は暗礁宙域で戦艦や突撃艇、戦闘機、ボールなどを使った待ち伏せ戦法をひたすら採用し、地上では小部隊による浸透戦術やジャングルでの奇襲、輸送ルートに的を絞った徹底的な空爆という戦術によってジオン軍の侵攻を必死に食い止めてきたのだ。
 ジオン軍がこういう戦法を採用するのは、もう敗戦直前になって、現地指揮官が独自に動いた場合で、遂に組織的にこういった戦法が採用される事は無かった。ジオン軍=ゲリラというイメージがあるが、これは戦後の残党達の活動から定着したイメージである。本来のジオン軍は連邦軍と同じ、堂々と大軍を動かして戦う軍隊なのである。
 そんな訳で、現在のファマスには斎藤などの、連邦出身の中堅指揮官しかゲリラ戦の指揮は取れないのだ。だが、彼らは何れもファマス艦隊の中核であり、1人たりとも外す事などはできない。まして、2度と帰って来れない確立の方が遥かに高い任務なのだ。
 だが、ここでキャスバルが意外な提案をしてきた。

「実は、1人適任がいるのですが」
「・・・誰ですか?」
「今謹慎中のアヤウラ准将ですよ」
「・・・・・・・・・・・・」

 アヤウラの名を聞いてサンデッカ―は流石に顔色を変えた。久瀬は沈黙している。

「准将はアクシズでも数少ない不正規戦を研究していた男です。彼にフリーハンドを与えれば、それなりの仕事をすると思いますよ」
「・・・・・・ですが」

 なおも渋るサンデッカ―。それを遮るように久瀬が口を開いた。

「キャスバル殿の提案されたアヤウラ准将の軍務復帰の件ですが、正直言って難しいですな。チリアクスを始めとして、フォスターTの主だった指揮官たちは皆彼の現役復帰を拒んでおります。特に川名みさき大佐は激しく反発しております」
「川名みさき、あの漆黒の悪夢がフォスターTにいるのですか?」
「ええ、チリアクスの評価は高いですよ。彼女1人で1個戦隊の戦力に相当すると言ってきています」

 微笑を浮かべるサンデッカーは好々爺といった顔になる。この辺りはリビックに似ているといえる、この時代に名を残す2人の老将の共通点として見られる特徴である。

「そういう訳でして、アヤウラ准将を現役に復帰させるのは難しいのです。少なくとも前線部隊と行動を共に、というわけにはいかないでしょう。いえ、士官たちだけが反対しているわけではなく、先の地球圏侵攻作戦の惨敗以来、彼の指揮能力に対しては兵卒からさえ疑問の声があがっているのです」

 これは嘘ではない。特に最後の艦隊戦の終盤において全軍を崩壊寸前に追い込んだのはアヤウラの敵前逃亡が原因だと叫ぶ者はかなり多いのだ。もしあそこでみさきと斎藤のどちらかが欠けていれば侵攻部隊は殲滅されていたかもしれないのだから。
 だが、キャスバルは不敵な笑みを浮かべて見せた。

「もちろん、主力と行動を共にさせるわけではありません。あの男には、別の仕事をしてもらいます」
「別の仕事とは?」
「潜宙艦隊を使って、フォスターTに連邦軍を釘付けにさせます。これなら彼の下につくのはアクシズの将兵だけですので、反発も無いでしょう」

 キャスバルの考えにサンデッカーはすぐには賛同しなかった。しばらく何も言わず、しばらく考え込んでいた。彼の頭の中では被害に見合う効果が得られるかどうかが計算されているのだろう。
 しばらくして、サンデッカーは頷いた。

「分かりました。アヤウラ准将の拘束を解きましょう。今は使えるものを眠らせておく余裕はありませんからな」
「有り難うございます」

 キャスバルが頭を下げる。この後も2人はいくつかの事を話し合ったが、何故か久瀬は一言も喋らず、ただ瞑目しているだけだった。


 フォスターT放棄が正式に決定された翌日、それは要塞全体が防衛体制を整えていた矢先の知らせであった。司令部に印旧の知らせが届いた。

「閣下、偵察に出ていた哨戒艇から通信です。「我、敵艦隊を発見せり、位置、チャートbT14、艦艇数は数え切れず」です」
「何だと、514!?」

 チリアクスが椅子を蹴って立ち上がった。チャートbニは予定されている宙域を細分化したもので、b知ることでその宙域を知ることができる。一般的な宙域の把握の仕方である。
 フォスターTでは地球圏からフォスターTまでの宙域を2000の宙域に細分化しており、bェ若くなるほど要塞に近づいていることになる。つまり、bT14はすでに要塞にかなり近づいているということになる。

「それでは、奴らは早ければあと3日でここに来るというのか?」
「いえ、ここまでの侵攻速度を考えますとおそらく2日、下手をすれば明日にも現れかねません」

 チリアクスは足元が崩れていく音を聞いたような気がした。まだ一週間は有ると思っていたのに、予定より5日も早いというのだ。これでは完全な撤収などできるわけがない。チリアクスは決断した。

「兵員の撤収を最優先しろ。戦闘艦にも兵員を載せるんだ。持っていけない物資はできる限り破壊するが、とにかく兵員の撤収を最優先しろ」
「しかし閣下、それでは要塞の防御施設の爆破ができません」
「そんな余裕はない。脱出が全てに優先するのだ。もし敵が来て見ろ、我々に脱出のチャンスなどまったく無くなるのだぞ」

 端的にいうと、チリアクスの判断は正しかった。もし基地の爆破も平行していたら彼らは脱出のチャンスを失っただろう。
 何故連邦軍がそんな異常な速さで行軍できたかというと、彼らは地球圏からフォスターTに向けて直進コースをとっており、しかも地球圏離脱と同時に大気圏脱出用のブースターを使って本来ではありえないような加速をつけていたのだ。これはリビックが橋頭堡であるフォスターTの制圧を確実なものとするため、彼の参謀たちに考えさせた結果だった。これは最初から使い捨ての装備なので、別段惜しくも無い。これを使って両連合艦隊は猛烈な加速を行い、5日という時間を稼いだのだ。
 連邦軍接近の知らせを受けて要塞内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。何しろまだ一週間も有ると思っていたものが、あと2日でここに来るというのだから。
 物資を管理している補給部では要塞内に備蓄されている物資の移送手段に四苦八苦していた。何しろ輸送船が足りない。連邦軍と違って民間船を徴用するという手段が使えないので、船舶を揃えられないのだ。さらに、その僅かな輸送船も兵員の脱出に回されるという。補給部はそれらの事情を鑑み、持ち出す物資に優先順位をつけることにした。

「とにかくMSや戦艦の補修部品を優先しろ。食料や弾薬は向こうでもらえばいい」

 これが補給部の判断だった。事実、これらの補修部品は不足気味だったのだ。
 急ぎ撤収を開始したファマス軍だったが、これはかなりの危険を伴った。何しろ正規の乗組員数を遥かに上回る人数を艦に載せるのだ。食料は持つのか? 酸素は大丈夫なのか? などの問題もあるが、それ以上に問題なのは兵員を乗せるスペースだ。果たして全員乗れるのか? というのが指揮官たちの共通する不安だった。そして、もし撤収後に連邦軍と戦闘になったらどうするのかという問題もある。もし戦闘になれば乗り込んでいる兵員が邪魔で戦闘等できないだろう。
 誰もが無茶だと考える中、ただ撤収準備の作業だけが続いていた。


 そん頃、進撃を続ける連邦艦隊では移動中の時間を利用して連日MS隊の訓練が行われていた。第1連合艦隊の旗艦バーミンガムの艦橋からその様子を眺めていたリビックは満足げに頷きながらも、いささかの不満があった。

「大したものだ。よく訓練されている」
「あれは、カニンガム少佐のD大隊ですね。腕利き揃いの部隊ですよ」

 クルムキン大佐が訓練中の部隊を教えてくれる。D大隊は第1艦隊所属のMS隊で、デュラハン・カニンガム少佐が率いている。その指揮下、とくに直属の小隊にはレベッカ・プルシエンコ曹長、フェイ・マニナリ曹長、セルゲイ・カークイランド准尉といったエースが揃っている。特にセルゲイは凄腕で、赤い死神と呼ばれ恐れられているデュラハンに迫る実力を持っている。
 このD大隊は第1艦隊の主力となるMS大隊であり、その訓練度が高いのは当然としても、問題なのはそのD大隊の相手をしている部隊だった。ジム改が主力であり、隊長のデュラハンだけが赤と白に塗り分けられたジム改を使用しているという大隊に対して、相手は全機がジムクウェル、ないしはグリプス製ジムUだった。これはティターンズだけが装備するMSであり、ティターンズが他の連邦部隊とは違うという意味の一つの証明だった。
 この2つの部隊が模擬戦をやっているのだが、やはり機体性能の差か、はたまたパイロットの差か、勝負は最初からD大隊のほうが不利だった。

「レベッカ、俺に続け。准尉はフェイをつれて左翼を援護しろ。このままじゃ左が崩される!」
「了解、左翼に行きます。フェイ、聞こえたか!?」
「ああ、聞こえたよ准尉」
「じゃあいくぞ」

 セルゲイとフェイが苦戦している左翼の応援に行く。そこを担当している第3中隊はすでに半数を失っているようだ。何機かが真っ赤に染まってその場に止まっている。そのうちの1機がセルゲイに気付いたのだろう。通信を入れてきた。

「おうセルゲイ、敵は頼むぞお」
「あほ、撃墜された奴が喋るんじゃねえよ」
「ははは、まあ、頑張ってくれや」

 そこで通信が切れた。どうやらからかい半分の激励をしたかっただけらしい。セルゲイは舌打ちすると正面を見据えた。相手は1機のジムクウェルを中心として動いているらしく、攻撃の基点に常に白いジムクウェルがいる。
「フェイ、俺はあのジムクウェルを叩くから、お前は回りを頼む」
「O・K、早く仕留めてくれよ」

 フェイが後ろから離れていく。それを確認してセルゲイはジムクウェルに向かっていった。
 セルゲイが狙った相手、というより、今D大隊が相手にしている部隊はは正確にはティターンズのメンバーではない。彼は来栖川財団の私設部隊、リーフから派遣された男で、佐藤雅史という。リーフというのは来栖川の警備組織という名目なのだが、MSや戦艦まで装備する極めて強力な軍組織となっている。はっきり言っては何だが、下手な連邦軍部隊よりも装備、人員共に遥かに充実しているといってもいいだろう。恐らく小規模な紛争程度なら十分対応できるに違いないくらいに。
 そんな彼らが何故この作戦に参加してきたかというと、来栖川がこのリーフに実戦経験を積ませたいと考えたからである。実際、ティターンズとして参加しているサラミス最終型の内、4隻はリーフ所属の艦である。
 雅史は部下たちに指示を出しながらも新たにやってきたセルゲイ達に気付いていた。

「あっちゃあ、まいったな、あいつらデュラハン少佐の直属部隊だよ。う〜ん、まともにやったら僕でも勝てないよね、やっぱ」

 何だか緊張感が感じられない口調だが、これでも彼は焦っていたのだ。仕方なしに親友に通信を入れる。

「浩之、デュラハン少佐の隊が来ちゃったよ。うちの部隊じゃ多分勝てないから誰か回してくれないかな?」
「おいおい、いきなり泣き言かよ」

 呆れているこの男こそ、リーフの中心人物の1人、藤田浩之だ。目つきが悪く、傍目には悪人にしか見えないが、これで意外と部下や同僚からは人望がある。今回はリーフの責任者である来栖川家の令嬢、来栖川芹香からこのリーフ部隊を預かってきている。
 他ならぬ雅史の頼みであり、浩之は少し真面目に考えた。

「・・・琴音ちゃんの隊を回す。もう少し頑張ってくれ」
「有り難う、助かるよ」

 そう言って雅史が通信を切った。浩之は通信機をいじって姫川琴音を呼び出した。

「琴音ちゃん、悪いんだけど雅史の援護に行ってくれない?」
「佐藤さんですか、あの人が苦戦しているんですか?」

 琴音は少し驚いているらしい。口調が少しどもっている。

「ああ、どうやら噂のD少佐の直属部隊が動いたらしい。琴音ちゃんは部隊を連れてこいつを叩いてくれ」
「・・・でも・・・分かりました、」

 どこか含んでいるような琴音の言いように浩之が聞き返すが、琴音はどこかいたずらっ子のような笑みを貼り付けたまま通信を切った。すぐ直後に琴音と部下の2機のジムクウェルが雅史の隊の方に向かっていった。
 それを見送った浩之だったが、最後に琴音が言った言葉がどうにも気になっていた。

「何が言いたかったんだろうな、琴音ちゃん」

 ざらつく唇を舐め、周囲を見渡した浩之はしばらくして琴音の躊躇いの意味を知った。

「・・・綾香、聞こえてるか?」
「聞こえてるわよ、何か用?」

 リーフでも最強のパイロットの1人、来栖川綾香を呼び出す。綾香は少し不満そうに通信に応じた。

「どうも、お前の出番が来たみたいだ」
「私の出番、やっと噂のD少佐が来たの?」
「さあな、ちょっと分からん!」

 言うなり浩之はペイントライフルを撃ちまくった。すぐそこまで来ていた赤いジム改が素早く射線から機体をそらし、すぐにまた向かってくる。無駄の無いいい動きだ。明らかに戦いなれている。

「綾香、赤い死神だ!」
「分かてるわよ、あれは任せてもらうわ」
「おい、ちょっと待て!」

 浩之が止めるが綾香はすでに突っ込んでいた。

「綾香、あの馬鹿、1人で戦える相手かよ!」

 綾香の後を追うように自分も機体を加速させるが、それは横合いから飛んできた火線に遮られた。慌てて回避運動を取ると、続けざまに正確な射撃が襲ってくる。

「だあああ、誰だ!」

 浩之は喚き散らしているが、それでのこのこ出てくる馬鹿はそう多くは無いだろう。げんに、レベッカは無理に距離を詰めようとはしていない。

「少佐が来るまで引きつけとけばいいんだから、楽といえば楽よね」

 レベッカは不謹慎な事を呟きながら牽制の銃撃を加えつづけていた。

 デュラハンと一対一で戦おうとした綾香は、その奢りの報いを徹底的に取り立てられていた。細かい起動を切り返しながら距離を詰めてくるジムクウェルを見て、デュラハンは野太い笑みを浮かべる。

「俺と戦う気か? 10年早いと思うがな」

 綾香はその天性の格闘センスによって今まで格闘戦では絶対的な強さを誇ってきた。だが、それはリーフの中でのことであって、経験豊富なエースと戦った事は無い。有り余る才能の上に胡座をかいていた所のある綾香は、この時初めて格の違いというものを思い知らされた。
 綾香の目には無造作とも思える動きで距離を詰めた赤いジム改は、次の瞬間には綾香の視界から消えた。驚愕する暇も無くコクピット内にアラームが鳴り響き、機体の操作にロックがかかる。

「え? な、何があったの?」

 訳がわからず呆然とする綾香。彼女が知るのは後の事となるが、このときデュラハンは無茶苦茶な横移動を見せたのだ。並みのパイロットならGに潰されて失神しているであろう機動を平然とやってのけたデュラハンは、パワーをギリギリまで落とし、機体に傷をつけないレベルまで威力を落したビームサーベルで胴体を切り払ったのだ。

「・・・・・・・・・・・」

 赤いランプが照り付けるコクピットで綾香は屈辱に肩を震わせている。初めての完全な敗北。手も足も出せない、何一つ言う事もできないほどの完璧な敗北が、彼女の自尊心を深く傷つけていた。

その頃には左翼に回した連中は応援に駆けつけた琴音達もろとも全滅し、どの機体も真っ赤に染まっていた。

「思ったより弱かったな」
「機体にばっか頼ってるからさ」

 セルゲイとフェイは以外に脆かったリーフ部隊に情けなさを感じていた。所詮は民間の警備部隊ということか。
 だが、この時の敗北が浩之に、そして綾香に深いしこりとなって残り、リーフが質、量ともなった膨張を始めるきっかけとなる戦いであった。


 フォスターTが脱出に向けて大急ぎで準備している時、20隻の艦隊が入港してきた。宇宙港で作業をしていた者は入港してきた艦隊の異様な姿に手を止めてそちらを見た。入港してきたのは全て潜宙艦だったのだ。その中には泊龍の乗っていたG−57の姿も有る。その潜宙艦隊の中に2隻だけ、潜宙艦とは異なる艦が混じっていた。輸送艦と工作艦を繋ぎ合わせたような姿の船、潜宙艦母艦という艦種に分類される艦だ。また、潜宙艦のうち2隻は異常なほどの巨体で、潜宙艦として最も重要な隠密性を犠牲にしているとしか思えない艦だが、これは連装メガ粒子砲2基を排除し、艦内にMS格納庫を設けた結果だ。おかげで搭載機数は8機に増えたものの、これがどれほど役に立つかはまったくの未知数だった。
 この艦隊が入港し、潜宙艦母艦の1隻から指揮官らしき男が降りてきたのを見た将兵は誰もが表情を歪め、嫌悪の視線を向けていた。潜宙艦から降り立ったのはアヤウラ・イスタス准将、3ヶ月前の大敗北のきっかけを作った男である。
 そのアヤウラを出迎えたチリアクスにも好意的な印象はなく、明らかに何しに来やがったという視線を向けている。

「アヤウラ准将、話はサンデッカー代表から聞いている。命令だから一応協力はするが、この基地を利用できるのはあと2日あるかないかというところだ」
「分かっています。私の仕事はあなた方が脱出した後から始まるんですからね」

 サンデッカーやキャスバルがアヤウラに与えた任務。それは潜宙艦を駆使した遅滞作戦だった。今のファマスで最も有効に潜宙艦を運用できる指揮官はアヤウラであるという事に疑問を挟むものはいないだろうが、アヤウラが前線に帰ってきたという事実を歓迎する者がいないこともまた事実だった。
 とりわけアヤウラに嫌悪の視線を叩きつけているのはみさきとショウの2人だ。すっかり啓介と意気投合していた斎藤は非好意的という程度に留まっている。
橘啓介大佐が艦隊の責任者であるアヤウラに敬礼するためにその嫌悪の視線の中から進み出てきた。

「閣下、お久しぶりです」
「ああ、橘大佐か。私が不在の間、艦隊を任せっぱなしになってしまったな」

 妙に穏やかなアヤウラの声に啓介は背筋に怖気を感じた。いや、啓介だけではない、みさきやショウ、斎藤、チリアクスまでが思わず一歩引いている。

「か、閣下、私に何か落ち度でもありましたか?」

 身に覚えがない啓介は必死に思い起こそうとしていた。だが、アヤウラの答えは誰もが予想すらしていなかったものだった。

「ん、いや、君は良くやっている。私としては感謝しているくらいだ」

 今度こそその場にいる全員が数歩引いた。あのアヤウラが他人に感謝することがあるとは!
 その反応に気分を害したのか、アヤウラの声に不満そうな色が混じる。

「なんだ、私が部下をいたわるのがそんなにおかしいのか?」

 ジロリ、とねめつけるようなアヤウラの視線を受けてみさきとショウは大きく頷き、チリアクスと斎藤は露骨に顔をそらした。返ってきた反応にアヤウラはこめかみに青筋を浮かべて見せた。

「貴様ら、俺を一体なんだと思ってる?」
「極悪人」
「悪魔」
「人でなし」
「地球外生命体」
「凶悪テロリスト」
「血も涙もない冷血漢」

 次々とマシンガンのようにでてくる答えにアヤウラは無意識に右手を腰の拳銃に伸ばしていた。

「貴様ら、よっぽど死にたいようだな」

 声でまじだと分かった彼らは一様に頭を横に振っていた。それを見て少し荒い息をつきながらアヤウラは拳銃をホルスターに戻した。

「まったく、俺だって部下に感謝くらいする。それをどいつもこいつも人を恩知らずみたいに」

 ぶつぶつと文句を並べるアヤウラに、周囲は一様に同じ事を思っていた。
『因果応報って言葉、知ってる?』


 フォスターTから撤退するべく準備をすすめていた宇宙港で、1つの騒動が起こった。アヤウラ潜宙艦隊の兵士の1人が葉子に絡んできたのだ。

「鹿沼葉子、だな?」
「違います」

 あっさりと否定されて困惑しまくる男。葉子はリストを脇に抱えて男を無視して歩き出そうとした。だが、その眼前に男の拳が突き出される。

「嘘はいけないなあ、嘘は」
「・・・忙しいんです。邪魔するなら少し手荒になりますよ?」

 葉子の髪がかすかに揺れる。不可視の力でふっとばすつもりなのだ。

「最後の警告です、邪魔しないでください」
「それがそうもいかないんだよなあ」

 小馬鹿にしたような口調に、葉子は気分を害した。少し強めに力を解放し、男に向けて不可視を発動する。それは予告なしの奇襲であり、次の瞬間には男は壁に叩きつけられている。はずだった。だが、実際には男は未だに立っており、男と葉子の間には時折プラズマが揺れていた。その現象に覚えにある葉子は慌てて距離を取る。

「不可視を不可視で防いだ、そんな事ができるのはA級シェイド以上だけのはずです?」
「そうさ、俺はお前たちのようなできそこないとは違うんでね」
「できそこない・・・・・?」

 その意味を葉子が理解するより速く、男は不可視を開放してきた。反射的に葉子はそれに抵抗したが、圧倒的な力の差に葉子の体は悲鳴をあげた。

「こ、こんな力が・・・貴方は、一体・・・?」

 必死に抵抗する葉子をあざ笑いながら、男は葉子の質問に答えてやった。

「俺か、俺はトルビアック・アルハンブル、真のシェイドさ。貴様らのような不良品とは違う、本来の力を持ったシェイドだ」
「本来の力、まさか、超級シェイド?」

 そこまでが限界だった。葉子の体は不可視の力に引き裂かれ、荷物の山に吹き飛ばされた。その音で周囲が慌てて駆け寄って来る。

「ちょっと葉子さん、どうしたのよ!?」
「よ。葉子さん、しっかりしてください〜!」

 由衣が葉子を抱き起こそうとして、小さな悲鳴を漏らした。葉子の体は全身に傷があり、そこから血が流れ出していたのだ。傷の一つ一つは小さいものの、まるで内側から避けたような傷のつき方に由衣と晴香が蒼ざめる。もちろん後からやってきた宇宙港の作業員たちもその凄惨な姿に息を呑んでいる。
 誰もが固まっている中、血まみれの葉子が息も絶え絶えになりながらゆっくりと半身を起こした。

「かっ、は・・・・晴香さん、逃げ・・てくださ・・い・・」

 全身から血を滴らせながら晴香を庇おうとする葉子だったが、どう見てもその姿は半死人のそれであり、闘うことなど考えられない。

「なに言ってるの葉子さん、そんな状態で戦えるわけないじゃない!」
「駄目・・です・・・貴女じゃ・・・彼には・・・」

 そこまで言って、葉子の体が宙に待った。無重力だからそのまま天井に流れていく。あとには腕を一振りした姿のトルクがいた。

「不良品がいつまでもでしゃばるもんじゃない」

 その言葉に晴香がかっとなった。気品あるシャムネコを連想させる顔立ちを怒りに歪め、髪を揺らして力を解放する。

「あんた、死ぬ覚悟はできてるんでしょうね!?」

 だが、晴香の凍りつくような殺気を受けてもトルクは平然としていた。

「やれるもんもんならやってみな、できそこないの下等生物が」
「ッ! ふざけるんじゃない!」

 無作為に解放された力が吹き荒れ、トルクを襲う。だが、その暴風雨のような力の放流の中にあってもトルクは傷1つ付かず平然としている。もっとも、この異常としか表現できない事態を理解できたのは由衣ただ1人だったが。

「は、晴香さん、いけません、こんな人目のあるところで力を使っちゃ!」

 由衣は晴香の服の裾を掴んで懸命に止めさせようとしたが、晴香は聞く耳持たなかった。

「由衣は黙ってなさい、葉子さんを殺られたのよ、これを黙ってられる分けないでしょっ!!」
「まだ死んでませんよ〜〜!」

 泣きつかんばかりに晴香に縋る由衣だったが、晴香は相手にせずトルクを攻撃しつづけた。だが、やがてその力が弱まりだした。晴香の体力が限界に達したのだ。しばらくすると荒れ狂っていた力が急速に弱まり、完全に消え去ってしまう。

「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」

 肩で荒い息をする晴香と、静かな顔でそれを見下すトルク、そして、恐怖に満ちた顔で2人を見守る作業員たちと小さく震えている由衣。

「そ、そんな、晴香さんの全力攻撃を受けて、無傷なんて・・・」
「そんなに驚くなよ、当然の結果だからな」

 無造作に一歩踏み出してくるトルク、もはや晴香に動く力はなく、荒い息をしながら立ち尽くしている。いや、無重力だからその姿勢でいられるだけで、地球やコロニーならとっくにぶっ倒れているほどの疲労だ。ただ1人、由衣だけが晴香の傍らでガタガタ震えていた。
 そんな由衣にトルクはいやらしい笑みを浮かべて歩み寄った。

「絶望的な力の差を前にした気分はどうだ、怖いか、悔しいか、うん?」
「あ・・あ・・あ・・・あ・・・」
『助けて、誰か、郁美さん、久瀬さん、斎藤艦長・・・』

 声に出せず、ただ頭の中で助けを呼ぶ由衣の姿にトルクは嗜虐的な興味を覚え、右手を由衣に伸ばした。だが、触れる直前に乾いた音が響き渡り、その手の甲に一条の光が突き刺さった。右手に走る激痛に思わずトルクは手を引いて腕を押さえる。右手には銃創ができていた。
 怒りと激痛に表情を歪ませてトルクが飛んできた方を見ると、連邦軍の正式拳銃を構えた久瀬と、目を金色に輝かせている茜がいた。

「・・・久瀬大尉と、里村茜か」

 手近に浮いていた金属片を久瀬に投げ返したが、久瀬は超高速で飛来する金属片を持っている拳銃でたやすく弾いて見せた。それを見たトルクは僅かに目を細め、右手からあふれる血を舐めとった。そこで始めて気付いたのだが、久瀬とトルクの距離は優に30メートル以上離れている。こんな距離を拳銃で撃って当てたという事実にトルクは少しだけ感心した。

「やってくれたな、ただの人間が」
「・・・何故君がここにいる、アルハンブル中尉?」

 理解できない、と言いたげに久瀬が聞いてくる。トルクは苦笑を浮かべると2人に歩み寄った。

「いろいろあってね、宇宙を漂流しているところをアヤウラに拾われた。それと、今は大尉さ」
「それで、なんで鹿沼少尉と巳間少尉にあんなことをした」

 久瀬は愛刀「焔」を持ってこなかったことを悔やんだ。間違いなく、トルクは自分たちと戦うつもりだ。
 トルクは久瀬の問いかけにしばし考え、肩をすくめて答えた。

「まあ、力試しという奴だ、あと、紛い物の存在が許せないっていうのもある」
「紛い物?」
「ああ、シェイドって言うのは俺たちS級以上をさす名称だ。こんなよわっちい連中がシェイドを名乗るなんて事は許されない」

 久瀬はトルクが何を言いたいのかを理解した。歪んだ自尊心。大きすぎる力を持った者が陥る道の1つだ。久瀬は仕方なくもっていた拳銃を構え直した。一方、茜は両腕を小さく開いた。

「・・・貴方は、危険すぎます」

 茜が一気にトルクとの距離を詰め、無造作に拳を繰り出す。トルクはその拳を流して胴体に一撃を加えようと考えたが、すぐにそれが甘かったことを思い知らされた。流そうと構えた左腕に引き裂かれるような痛みが走り、それに引きづられる形で吹き飛ばされたのだ。何とか空中で姿勢を直したトルクは天井に足を突き、左腕を見た。左腕はまるで剃刀で切り刻まれたかのような惨状で、しばらく使い物になりそうもない。
 トルクの憎しみを込めた視線を受けながら、茜は両手を開いた。

「不可視の力の流れを自在に操る。これが私の特殊能力。本来なら拡散型である不可視を自由に変化させられます」

 不可視の力をコントロールすることは並大抵のことではできない。事実、不可視の力を不可視で防げるのはA級シェイドかそれ以上の者だけだし、不可視の力を破壊以外に使うには才能のほかにも大変な修練が必要となる。郁美や茜は訓練によって傷口の血管をつなぎ合わせるなどといったことや、細胞を活性化させて治癒力を高めるといった極めて高い精度を要求する作業や、肉体能力を不可視のサポートを受けることで劇的に高めるといった応用ができるようになったが、こんな不可視の破壊力を手に集中するなどという芸当はできない。不可視の力は精度を上げれば上げるほど力が弱くなるものなのだ。さらに、複数の使い方を併用するとその難易度は一気に跳ね上がる。茜がやったことは、破壊力の一点集中、持続という2つのことを同時に、しかも高いパワーで行っているのだ。

「じゃあ、今のは?」
「不可視の力を両手に集めました。今は手加減しましたが、次は本気で行きます」

 静かな茜の言葉に、トルクは心底おか-しそうな笑い声を上げた。

「くはははははははははっ、いい、いいぞ、さすが里村茜、俺と同格だけのことはある」
「同格・・・まさか、あなたも・・・」
「そうさ、俺もS級シェイドだ。最新型のな」

 トルクの言葉に茜が目に見えて動揺する。まさか、S級シェイドが新たに生まれるなんて。という思いがあるのだろう。否定したくても現にA級シェイドである葉子がぼろぼろにされている。茜にもシェイドに勝てるのはシェイドだけ、という先入観があるのでトルクはS級シェイドであるという事実につながってしまうのだ。
 そして、茜の目の前でトルクが超級シェイドである事の証明、特殊能力が発現していた。ずたずたになり、きちんとした処置をほどこされても一ヶ月は動かせないはずの左腕が、見る間に治っていくのだ。幾らシェイドの治癒力が並みの人間と比べれば桁外れに高いとはいっても、これは異常である。
 緊張が高まる中、トルクと茜の隣に久瀬が立った。

「久瀬さん?」

 茜が戸惑った声を上げる。それはトルクも同じらしく、勢いをそがれて不機嫌そうになる。久瀬は連邦正式拳銃の弾装を確認し、どこから持ち出したのか鉄パイプを脇に抱えていた。

「里村さん、1人じゃきついだろう。手を貸すよ?」
「・・・貴方なら分かるはずですよ。シェイド同士の白兵戦に、普通の人間は手を出すだけ無駄だという事を」
「大切な部下をここまで痛めつけられたからね、隊長として落とし前をつけたい」
「・・・できるつもりですか?」

 茜の声に苛立ちが見える。だが、久瀬は落ち着き払った声で肯定して見せた。

「ああ、さっきから見てたが、あれくらいならどうにかなりそうだ。それに・・・」
「それに?」
「里村さん、君はの動きは素人だ。それじゃ勝てないよ。多分アルハンブル中尉は何かの格闘技を学んでる。それもかなりの凄腕だよ」
「何でそんな事が分かるんですか?」

 茜の質問に、久瀬は長い棒を軽く振り回して答えた。

「分かるさ、僕も幾つかの道を極めた男だからね」

 茜に答えた久瀬はトルクに向かって一瞬、物凄い殺気を叩きつけた。茜とトルクは久瀬の殺気を以前に感じたことがあった。前回行われた外洋系会戦において、みさきと戦った時のシアンが発した殺気と同質、同等のものだったのだ。

「久瀬・・さん・・・貴方は・・・」

 茜は震えた。久瀬の殺気はシアンのそれほどに強くはなく、心臓を掴れるような、殺すことに慣れきった殺気ではなかったが、白刃の下に晒されているような恐怖を感じさせる。それは茜をして恐怖に竦ませるほどの鋭さだった。
 一方、トルクは久瀬の殺気の正体に気付いていた。

『こいつは殺気じゃない、剣気だ。だがこれだけの剣気を持つとは、生半可の腕じゃないな。でも、それなら何で拳銃なんだ?』

 トルクもまた柔術の達人であり、剣術家と戦った事もある。だが、いままでにこれだけの剣気を持つ相手と戦ったことはない。実力の見えない久瀬にトルクは少し真剣さを増した。
  
「久瀬大尉、言っておくが鉄パイプや拳銃一丁じゃ俺には無駄だぜ」
「そんな事は分かってるさ。シェイドの速さは大体知ってるからね」

 それを知っててそんな物で戦うつもりか、この男は。トルビアックだけでなく、茜も呆れた顔をしている。
 その時、久瀬の持つ鉄パイプからかすかに光が漏れたように見えた。目の錯覚かと思ったが、じっと見てると久瀬が棒を動かすたびかすかに光が散っている。

「永全不動八門一派・鎮帝御門流・破魔一刀流皆伝、久瀬貴之、参る!」

 久瀬の姿が一瞬消えた、と思わせるような速さで一気に距離を詰めてくる。そして、迷いを感じさせぬ袈裟懸けの素早い振り下ろし。受けることも流すことも危険すぎると考えたトルクは迷わず後ろに飛んだ。トルクもS級シェイドの例に漏れず超人化能力を持っている。その速さは普通の人間など足元にも及ばないはずだったが、かわしきったと思っていた久瀬の一撃は後一歩というところで直撃するところだった。間違いなく久瀬の動きは能力を開放したトルクよりも速い。

「・・・ふざけるなよ、シェイドよりも速い人間がいるっていうのか?」

怒りが大きすぎて逆に静かな声で問い掛けてくる。久瀬はそれには答えず、片手で拳銃を2発撃ったが、拳銃を片手で、しかも激しく動きながら移動目標を撃って当たるはずが無く、弾丸はトルクの影を捉えることすらなくあさっての方向に飛んでいった。

「我が流派の相手は人間のみにあらず、禁裏の守護を任されし技を甘く見られては困る」

 鉄パイプを上段に構える。この姿勢から後先考えないとしか思えない渾身の一刀を叩きつけてくる。トルクはこの剣の弱点を見抜いていた。

『一刀に全てをかける技、なら、それさえかわせば死に体になる。その一瞬に組み付き、腕を砕く』

 トルクはわざと半歩を踏み出した。それを見て久瀬が動きかけた瞬間、その場の全ての動きを止めるような怒声が響き渡った。

「何をやってるのかっ!!」

 声に込められた力強さに久瀬の行き足が止まり、茜とトルクは声のしたほうを見た。声を出したのは斎藤だった。その隣には氷上がいる。どうやらこいつが呼んできたようだ。
 斎藤が歩いてくるとそれにあわせるかのように人ごみが綺麗に割れ、戦っていた3人の前に立ち、苦虫を纏めて噛み潰したような顔で睨みつける。

「ここをどこだと思っている。一刻の猶予も無いこの時期に、こんな所で内輪もめなどとはっ!!」

 斎藤に視線を向けられた順に背筋を正す3人。特に根が真面目な久瀬はだらだらと汗を流している。トルクと茜は見た目には良く分からないが、頬を流れる一筋の汗が2人の内心の焦りを如実に教えている。
 斎藤はまだ怒りが収まらないようだったが、3人から視線を外すと背後を振り返った。

「誰か、直ぐに軍医を呼べ。鹿沼少尉が重傷だ!」
「は、はい!」

 斎藤に言われて弾かれるように何人かが走っていく。次いで斎藤は憲兵を見た。

「憲兵、3人を拘束しろ。あとで私が直接話を聞くまで独房に放り込んでおけ。もし抵抗するようなら手荒にしても構わん!」

 憲兵は慌てて3人に取り付き、拘束具をかけて連れて行こうとした。だが、そこでトルクが抵抗を示した。

「邪魔だ、俺に障るな」
「貴様、おとなしくせんか!」
 
 憲兵が3人がかりで取り押さえようとするが、トルクは容易く3人を振り払ってしまう。憲兵では何人かかってもトルクにはたいした意味が無いのだ。
 仲間が次々に振り払われるのを見て1人が腰の拳銃に手を伸ばしたが、それを氷上が制した。

「僕が止めるよ」
「だが、1人でどうにかなる相手じゃないぞ」
「まあ、任せておいてくれないかな」

 ウインクを残して氷上はトルクに近づいていく。そして、暴れるトルクの腕を掴んだ。

「いい加減にするんだ、アルハンブル大尉」
「・・・・・・誰だ、お前は?」
「僕は氷上シュン。アヤウラ君の心の友さ」
「だからどうした、俺は好きにやらせてもらう!」

 トルクは氷上に捕まれている腕を引っ張ったが、氷上に捕まれた腕はびくともしなかった。トルクの顔に僅かな驚きが混じる。

「・・・お前、何だ?」
「なんだって良いだろう。君はちょっと五月蝿すぎるよ。鹿沼さんに大怪我させたし、こんな所で騒ぎを起こすし」
「・・・・・・・・」

 トルクは氷上から感じる威圧感にかすかな震えを覚えた。何かが違う。こいつは、何かが違う。

「しばらく独房で大人しくしててくれないか?」

 口調こそ大人しいものの、有無を言わせぬ何かを感じたトルクは、小さく頷いて見せた。それを見て氷上は威圧感を引っ込めると、憲兵に人好きのする笑顔を向ける。

「分かってくれたみたいだから、連れてってくれるかな」
「・・・あ、わ、分かった」

 呆然としていた憲兵達は、氷上に言われてようやく自分の仕事を思い出したのか、慌ててトルクに拘束具を掛けていく。今度はトルクも抵抗しなかった。
 トルクが連行されていくのを確認して、斎藤は氷上に礼を言った。

「助かったよ氷上少尉、あのまま放っておいたら大変な事になってた」
「いえ、僕も騒ぎを起こされたくなかっただけです」

 謙遜しているように聞こえるが、本当は氷上にも良く分かってなかった。どうしてこの戦いを斎藤に教えたのか。ただ、血を流して倒れている葉子を見て、何とかしなくては、という気がしたのだ。

『どうして僕は、面識も無い鹿沼少尉を助けようなんて思ったんだ。僕は・・・・・・』

 斎藤の感謝の言葉に形ばかりの返答を行いながら、氷上は自分の行動の意味を必死に考えていた。


機体解説

潜宙艦母艦
兵装  連装機銃×4
<解説>
 潜宙艦に補給や整備、簡単な修理を行う能力を持った艦艇で、工作艦と補給艦の能力を併せ持っている。潜宙艦のように潜宙する能力は持っていないが、高度な通信設備を持ち、潜宙艦隊を統括指揮する事が可能である。潜宙艦が拠点の無い所で活動している場合は、まずこの艦が出てきていると考えて間違いない。

潜宙MS母艦
兵装  大型ミサイル発射管×4
MS搭載数8機
<解説>
 この戦いにおける戦訓を反映させた大型潜宙艦で、固定武装を減らしてMSの搭載数、運用能力を向上させた型。この頃からMSを戦場にいかに多数投入するかが戦局を決定するという考えが定着化し、空母という艦種が宇宙軍において重要な位置を占めるようになっている。この艦もその流れに乗って建造された物だが、8機という運用能力は戦力としてはやや疑問を感じるところではある。



後書き
ジム改 ううむ、アヤウラ復活。
浩平  アヤウラが少しだけ真人間に更正してるぞ?
ジム改 おお、誰かと思ったら最近出番のない浩平君ではないか。
浩平  ドやかましい。出番がないのは俺のせいじゃねえ!
ジム改 まあ、わしのせいだけどね。
浩平  あと、久瀬大尉って人間か? 
ジム改 あいつは人間だぞ。NTでもなければ強化人間でもない。
浩平  そうかあ? (疑いの眼差し)
ジム改 ほ、ホントだって。まあそれよりも、今回は珍しくファマスオンリーだったなあ。
浩平  でも、俺も出てないぞ?
ジム改 気にするな。ところで、祐一はどこに行ったのだ?
浩平  ふっ、あいつなら今ごろ永遠の世界でイチゴサンデーを永遠に奢りつづけているさ。
ジム改 ・・・・・・お前がやったんかい!
浩平  はっはっは、これからの後書きは俺のもんだあ!
ジム改 こいつ、実力行使に出やがった。

 

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