第34章 漆黒(シュバルツ)


 迫り来る無数の光点を見て、誰もが戦慄し、震え上がった。司令官のチリアクスですら指揮官席の肘立てを握り締め、額を流れる汗を拭おうともしていない。

「た、助かった」

 誰ともない呟きが、みんなの心情を如実に表しているといえよう。連邦軍の数はこちらの10倍以上に達している。もし戦っていたら1時間もせずに降伏か殲滅かの選択を強いられていたのは間違いないところだ。まさに、ギリギリの脱出だった。

 脱出していく病院船の一室で、全身に包帯を巻いた痛々しい姿ながらも、鹿沼葉子は時折訪れる訪問客に表情を綻ばせていた。
 今も由衣に浩平、瑞佳と氷上がきている。

「しっかし、まさか氷上が助けを呼んでくるとはなあ」
「何でだい。僕は困ってる人を見捨てたりはしないよ」

 浩平の失礼な台詞に氷上が笑顔のままで文句を言っている。いつもは止める役に回るはずの瑞佳は2人に関わらず、由衣や葉子と話している。

「あの時は本当に怖かったです。久瀬大尉と茜さんが神様に見えました」
「ふふふふ、そうですね。私も死ぬかと思いましたから」
「ふーん、茜ちゃんはともかく、久瀬大尉ってそんなに強かったんだ」
「ええ、私も驚きました」

 瑞佳の感想に茜も頷いている。久瀬は見た感じでがっちりはしているが、軍人としてはやや痩せ方に入り、眼鏡をかけているので傍目には腕っ節が強そうには見えないのだ。まあ、第一印象で久瀬を甘く見た報いは、大抵本人が直ぐに受ける事になるのである。

「そういえば、2人は元気ですか。独房に放り込まれたって聞きましたけど?」
「あ、そうだったんだよ。2人ともまだ独房入りしてるよ。斎藤艦長がいつになく怒ってたらしくて、取調べ後も出られないんだって」
「えええ〜、斎藤艦長の分からずやあ!」
「由衣さん、あまり艦長を悪く言うものではないですよ」
「えう〜」

 葉子に窘められてしょぼくれてしまう由衣を見て、葉子と瑞佳は声を出して笑ってしまった。
 浩平はそんな3人を楽しそうに見ている氷上に、ふと疑問をぶつけてみた。

「氷上、お前がお節介なのは知ってるけど、今回は何でだ?」
「言っただろう。僕は困ってる人を見捨てたりはしないよ。でもまあ、気紛れが大半だけどね」
「・・・・・・まあいいけどな。俺にはお前が何考えてるのか未だに分からん」
「ふふふ、心配しなくてもいいさ。僕は浩平君の友達さ。そして、君の大切な仲間は、僕にとっても大切な人たちなのさ」
「善意で助けてるってか」
「まあね。それが僕の望みでもあるし、使命でもある」

 相変わらずこいつは何を考えてるのか良く分からん。と浩平は思っていたが、これ以上追求はしなかった。どうせ答えが帰って来る訳はないし、もし教えてくれたとしても、それで自分がどうにかなるとも思えない。
 一方で、氷上も自分で自分が良く分からなくなっていた。浩平には気紛れといったが、それだけでは無い気がするのだ。何故かは分からないが、葉子が傷つけられたのを見て、何とかしなくてはと思ってしまったのだ。トルクの言い分ではないが、出来損ないのキメラごときをどうして助ける必要があったのか。
 前にシアンと顔を合わせた時は彼らをただの出来損ないだと思えたはずなのに、今はそう思えない。

『何故だ、どうして今更そんな気になる。折原君はともかく、彼女は僕が護るべき対象じゃないのに・・・・・・』

 僅かに悩む顔で葉子の顔をじっと見つめていると、その視線に気付いた瑞佳が何やらからかうような声で話し掛けてきた。

「氷上君、何葉子さんの顔をじっと見てるのかな〜」
「え、いや、その、何でもないよ」
「何でもないことないでしょう、あんなに真剣な顔で見てたんだもん」
「そ、それは・・・」
「氷上君が真剣な顔してるのは珍しいと思うんだよ〜」

 瑞佳に少しずつ追い詰められていくのを感じた氷上は、困った顔で周りを見たが、いきなり葉子と視線が合ってしまった。

「・・・・・・何か御用ですか?」
「いや、別に用という訳じゃないんだけどね」
「用もないのに人の顔をじろじろ見るのは失礼だと思いますよ」
「・・・・・・はい、すいませんでした」

 淡々と言われて返す言葉もなく、素直に謝ってしまう氷上。理詰めでこられると弱いらしい。そんな氷上の顔を見て4人が声を合わせて笑い出した。それに吊られる形で氷上も笑い出す。これが、彼らの姿なのだろう。


ファマス軍が要塞を放棄したことは派遣された工兵隊からの報告によって分かっていた。また、要塞内には大量の物資が残されており、これだけでもこの要塞を陥落させた意味は大きいという。
 だが、連邦軍首脳部はあまりいい顔をしなかった。確かに要塞の無血占領は朗報であり、主力艦隊は無傷で次の作戦にはいれる。だが、連邦軍高官には軍需産業と繋がりの深い者が多く、単純に勝利を喜んではいられなかった。簡単に言ってしまえば、兵器を使ってくれないと彼らがリベートを貰えなくなるのである。
 そんなジャブローの思惑とは関わりなく、フォスターTに入ったリビック達は次に作戦に入っていた。

「まあ、フォスターTを敵が放棄する可能性はある程度予想されておった。儂らはこれを生かして即座に次の作戦に移りたい、と言いたい所なんじゃが、詳しいことは後方参謀に聞いてくれ」

 リビックに促されて後方参謀が立ち上がる。その顔は幾分か蒼ざめていた。

「はあ、その、簡単に申しますと、フォスターUに侵攻するには予定していた推進剤、及び消耗パーツの量が揃うのに最低でも後10日、つまり3便の輸送船団の到着を待たなくてはなりません」

 この報告に場は一気に色めきたった。真っ先に怒りを露にしたのは勇将エイノー中将である。

「どういう事だ、補給は万全と、ルナツーで貴官は保証したではないか!」

 ルナツーにおける作戦会議のとき、彼は秋子の詰問にはっきりと船団の安全を保障しているのだ。それがいきなり輸送計画が狂ったなどと、ふざけているとしか思えない。
 エイノーの剣幕に参謀は思わず半歩引き、苦し紛れの弁解を試みた。

「ご、護衛は十分につけてあったのです。護衛艦にはマゼラン級戦艦まで配備し、多数の巡洋艦、駆逐艦、フリゲートがついていたのです。しかし、船団からの報告によると襲ってきた敵はどうやら潜宙艦らしく、高速艦隊の襲撃を警戒していた護衛部隊は待ち伏せ攻撃をしてきた潜宙艦の奇襲を許してしまったのです」
「潜宙艦だからどうだというのだ、奴らが潜宙艦を所有していることはエアーズ市の戦闘で分かっていた事ではないか!」
「あの時とは違うのです、奴らは少なくとも10隻以上の潜宙艦を輸送路に放ち、こちらを狙っているのです」
「それを何とかするのが護衛の仕事だろうが!!」

 エイノーの拳がテーブルを激しく叩く。その怒りに周囲の者は震え上がったが、秋子がエイノーを諌めた。

「エイノー提督、まだ報告の途中ですし、少し冷静になってください」
「う・・ああ、そうだったな、すまない」

 秋子にたしなめられてエイノーは握っていた拳を解いた。それを確認して秋子は後方参謀に視線で続きを促す。秋子の実力はすでに連邦軍の誰もが認めざるを得ないほどの物になっているのだ。その名声はタカ派のエイノーをすら黙らせるだけの物がある。
 秋子に助けられた後方参謀は幾分落ち着きを取り戻して報告を続けた。

「第1時輸送船団は戦艦ローザンヌを旗艦とする25隻の護衛艦を伴っていましたが、敵潜宙艦隊は巧みに船団を待ち受けて飽和攻撃をかける、あの群狼戦法(ウルフ・パック)を使ってきたらしく、艦隊正面から扇がすぼまるように無数のミサイルが飛来してきたそうです。護衛は弾幕を張ってミサイルを阻止しようとしましたが完全には阻止しきれず、多数の艦が犠牲になったそうです。なお、沈没艦の中にはサラミスD型巡洋艦ペンサコラも含まれています」
「ペンサコラもか」

 参列者から苦痛のうめきがもれる。対潜型のサラミスD型は終戦にともなって需要がなくなり、戦後になっての改装艦がない。そんな訳で対潜型サラミスは貴重な存在なのだが、ペンサコラが沈んだことで護衛艦隊の戦力は一気に低下してしまったことになる。フリゲートも対潜能力を持っているが、巡洋艦の代わりはできないのである。駆逐艦はフリゲートより強力だが潜宙艦との戦闘に必要なレーザー索敵システムを搭載していないので役に立たない。
 レーザー索敵システムと言うのはソナーの原理を応用した索敵システムで、断続的にレーザーを発して、跳ね返ってくるレーザー光で目標の有無を探知するシステムである。原理的には大昔の光センサーと同じで古くから存在していたが、それを極めて大規模に行っているのだ。潜宙艦は黒色ガスというあらゆる電波、光を吸収してしまうガスを展開する。これは黒色をしており、工学センサーによる追跡も困難にしてしまうというたちの悪い防御兵器である。連邦軍はこの黒色ガスに吸収されない波長のレーザー光線を作り出し、これを利用して潜宙艦を探すシステムを作り上げたのだ。たとえ潜宙艦が黒色ガスを展開して待ちうけていたとしてもこのシステムはレーザー光の帰ってくる波長を知ることで黒色ガスの存在を知ることができる。なぜなら、このシステムは同時に複数の波長のレーザーを発しているのだから。
 ただ、このシステムは高価な上に性質上2次元的な索敵しか行えない、減衰するのであまり遠くまではレーザーが届かないという欠点を持っている。その為に艦の前後上下左右に計6基のレーザードームを設置し、各ユニットが半球形の索敵エリアを展開することで死角を無くしているのだ。それでも全方位を索敵するにはレーザー発信機を180度回さなくてならないので、かなりの時間がかかってしまう。
 D型巡洋艦はこれを6基、フリゲートはこれを1基装備している。これはフリゲートが単艦で行動する事はない、という前提のもとに設計されているからだが、それ以上にこのシステムはコストが高過ぎるため、削られたと言うのが正しい。まあ、船体正面に設置されているので、進行方向の半球形の索敵エリアを持っていることになる。
 これはショートレンジレーダーの代わりにも使用できるが、索敵エリアが狭いのであくまで使って使えないこともないというレベルである。
 この滅茶苦茶高価な巡洋艦は当然ながら数が少なく、それだけに輸送船団の主力となる護衛艦として配備されていたのだが、これで早くも1隻失ってしまったのだ。
 リビック達はとりあえず要塞周辺の宙域の確保と、要塞機能の充実のために作業を行うこととし、輸送船団が無事に着くのを期待することにした。だが、彼らの期待は最悪の形で裏切られることになる。


 第2輸送船団、符号Q2船団はコロンブス20隻と50基の輸送用球形コンテナで編成され、これを戦艦1、巡洋艦4、駆逐艦6、フリゲート181で護衛している。なかなか警戒厳重な船団であるが、これを狙う狼たちには羊を守る牧羊犬以上のものには映っていなかった。
 潜宙艦G−44を中心に集まった8隻の潜宙艦は鶴翼に展開し、船団の進路に立ちはだかっていた。

「ふん、新たな獲物か、まったくここは獲物に不自由せん所だな」

 黒色ガスとダミー隕石で巧みに隠蔽された隠れ家から船団を光学センサーで確認した艦長は舌なめずりをして獲物を見詰めた。彼らにはコロンブスが極上の獲物に見えるのだ。
 スクリーンから目を離した艦長はチャート図に目を落とす。

「攻撃は奴らが機雷に触雷後、ミサイル2射、そのあとMSで止めを刺す。第1射は護衛艦を狙え、2射目で船団を屠る。あとは各艦の自由にして構わん」

 レーザー通信で各艦に伝達される。そして、艦首に6基装備されている大型ミサイル発射管にミサイルが装填されていく。そしてじっと息を潜めていると、護衛の駆逐艦一隻が艦首に物凄い光を作り出した。敷設されていた機雷に触れたのだ。爆発は艦首のミサイル庫の誘爆をを引き起こし、その駆逐艦は最初の爆発に続いた爆発に飲み込まれるように消えていった。

「よし、攻撃開始!」

 G−44がミサイルを打ち出す。ほぼ同時期に僚艦も次々とミサイルを打ち出した。一直線にミサイルが船団に向かっていく。連邦艦隊はそのミサイルを見るなりすぐさま反応した。直援のジムコマンドやボールが、護衛艦が弾幕を張ってミサイルを撃ち落としていく。だが、至近距離からの飽和攻撃を防ぎきることはあまりにも難しい。濃密な弾幕を掻い潜ってミサイルがフリゲートを、駆逐艦を捕らえて次々と撃破していく。この最初のミサイルで7隻のフリゲートと2隻の駆逐艦が撃沈され、2隻の巡洋艦が大破に追い込まれた。防御の弱いフリゲートや駆逐艦は大型ミサイルを受ければひとたまりもない。たちまち削られてしまった護衛艦の弾幕の穴を狙って第2射が打ち込まれる。飛来したミサイルを再び弾幕が出迎えたが、今度の弾幕は明らかに薄かった。結果として多くのミサイルが弾幕を潜り抜け、輸送船に次々と着弾した。大きな船体だけにコロンブスはなかなか完全破壊されない船だが、それでも複数の大型ミサイルの直撃を受ければ持ちはしない。たちまち13隻のコロンブスが撃沈、あるいは損傷した。
 大混乱に陥った船団を確認して艦長は凄惨な笑みを浮かべた。

「さてと、舞台は整った、後はお前たちの仕事だ」

 艦長が艦橋の左右に設置された剥き出しのMSハンガーに固定されているはずのMSに話し掛ける。

「ああ、こっちでも確認した。後は任せてもらおうか」
「まだ向こうの方が数が多い、死ぬんじゃねえぞ、トルク」
「・・・ふん、行って来る」

 MSデッキからヴァルキューレとシュツーカが飛び出していく。他の艦からも次々とMSが飛び出してきた。特に潜宙MS母艦からは8機のガルバルディβが飛び出してくる。合計18機のMSが船団に向かっていった。これには20を越すMSと50機近いボールが壁となって立ちはだかる。圧倒的な大軍だったが、トルクは僅かに口元をゆがめただけだった。

「数は力っていうけどな」

 ヴァルキューレがビームライフルを構える。

「流石にもうジムコマンドやボールじゃ数に数えれないぜ!」

 ヴァルキューレのビームライフルがビームを放ち、ジムコマンドが1機破壊される。それを合図に戦場は互いに編隊を解いて一気に混戦に移っていった。

「ば、化物かっ!?」

 ジムコマンド隊の隊長が絶望の叫びを上げる。戦闘開始から僅か5分で部下たちは半数にまで打ち減らされてしまった。それも半数程度の敵を相手に。いや、正確にはたった1機のMSにだ。
 トルクのヴァルキューレがジムコマンドやボールを次々と叩き潰していく。すでにその戦いはもはや戦闘と言うよりも一方的な虐殺の様相を呈していた。

「つまらん、俺と戦えるような奴はいないのか?」

 ビームグレイブの一振りでボールを真っ二つにし、そのそばにいたジムコマンドを捕まえてコクピットに110mm速射砲を叩き込む。その背後からビームサーベルを振りかぶったジムコマンドが襲い掛かってきたがトルクは持っていたジムコマンドを振り回してそれに叩きつけた。姿勢を崩したジムコマンドは慌てて下がろうとしたが、パイロットが最後に見たのはヴァルキューレの足だった。そのジムコマンドのコクピットを蹴り潰したトルクはつまらなそうに自分を遠巻きにしているジムコマンドやボールを見ていた。

「・・・くだらん、こんな戦いは実にくだらん。まるで楽しくない」

 もはやトルクにやる気は無かった。最初は血に酔っていたのだが、それもいい加減飽きてきたのだ。
 トルクが護衛機を引き付けている間に残りのMSが輸送船やコンテナを破壊していく。もともと民間輸送船を艦隊随伴型として再設計して建造されたコロンブスは巨大な船体を持ち、多少の装甲もあるのでなかなかに頑丈なのだが、ニッケルの薄い膜を持つだけのコンテナは防御力など無いのでマシンガンの一撃でたやすく破壊されてしまう。
この輸送用球形コンテナというのは、ニッケル質の隕石の中を刳り貫き、中に氷を詰める。そのあとソーラーミラーで照射することで中の氷を融解、蒸発させることで一気に膨張させ、ニッケルの薄い膜を持つ球形の入れ物を作るのだ。あとは中に物資を詰め込み、移動用の推進器を取り付ければ即席のコンテナ船になるというなんともお手軽で安価な輸送手段である。ただ、防御力は絶無なので運用は絶対制宙圏下か十分な護衛がつけられる場合に限られる。ちなみに、このコンテナは艦艇には数えられてはおらず、輸送計画の担当者だけがその総数を把握している。
 しばらくすると、後方の潜宙艦から通信が飛んできた。

「タイムリミットだ。そろそろ引き上げないと哨戒中の部隊が襲ってくるぞ」
「ああ、そろそろ戻る」

 すでに戦う気のないトルクはさっさと母艦に引き上げていった。船団の護衛はすでに戦意を喪失しており、これを追撃しようとするものは1人もいなかった。
 この12分後、アキレウス級戦艦ペルーンを旗艦とする哨戒部隊が戦場に到着したのだが、そこには輸送船やコンテナの残骸が無数に漂い、生き残った輸送船と護衛艦が必死に救助活動を行っていた。


 連邦軍がフォスターTに入ってから5日、すでに失われた輸送船は60隻を越え、コンテナの数は計り知れない。護衛艦隊の被害も馬鹿にならず、すでに戦艦1、巡洋艦6を含む34隻が沈められていたのだ。
 この事態に連邦軍は、とりわけリビックは本気で潜宙艦隊の掃討に乗り出した。今までは哨戒部隊を編成して要塞近辺を哨戒するだけだったが、5日目に入って遂に宇宙港付近に停泊していたマゼラン改級戦艦ヒペリオンがミサイル4発を受けて撃沈されたことで怒り心頭に達してしまったのだ。
 アヤウラはフォスターTに潜入して戦艦を撃沈したG−12の艦長の功績に勲章を贈って報い、その功績を褒め称えたが、この一件がもたらした影響を考えればとても褒め称えてなどいられなかっただろう。
 最初は潜宙艦G−17から始まった。隕石群に身を隠して通りかかる艦艇を待っていたのだが、いきなりそこに多数のメガ粒子砲が撃ち込まれてきたのだ。

「な、なんだ、どこから撃ってきたんだ!?」
「分かりません、ミノフスキー粒子は戦闘濃度です!」

 激昂する艦長にオペレーターが叫ぶ。だが、実際にメガ粒子砲、恐らくは戦艦クラスの物が次々と撃ちこまれ、周囲の隕石を破壊していく。このままでは遠からず直撃を受けるだろう。潜宙艦が戦艦の主砲を受ければ一撃で完全破壊されてしまう。艦長は決断した。

「黒色ガス散布、フレアー、デコイ全弾放出、進路反転180度!」
「了解!」

 G−17は逃げに入ったが、砲撃は収まるどころかますます正確さを増していた。艦長は混乱する頭で懸命に考えつづけた。

『何故だ、何故こちらの位置が特定できる?』

 そんな事を考えているうちに遂に至近距離をビームが通過した。衝撃で艦が大きく振動する。

「至近弾通過、左舷MSハンガーが脱落しました!」
「くそっ!」
「艦長、もう、投降するしかないんでは?」

 副長が近くの手摺に体を固定して言ってくる。艦長は副長の意見にしばし迷い、なおも悪あがきを試みた。

「進路2時の方向に、艦尾ミサイル扇状発射!」
「しかし、これでは照準が・・・」
「構わん、牽制だ!」

 艦尾から振動が来る。艦尾にある4基の発射管から大型ミサイルが打ち出されたのだろう。

「よし、進路11時、最大戦速!」
「了解!」

 再び進路を変える。これで振り切れるかどうかは分からないが、艦長にとっては最後の賭けだった。だが、所詮はそれも空しい足掻きでしかなかった。更なる砲撃が飛来し、2発が艦を直撃した。直撃弾が艦を引き裂き、一瞬にして完全に破壊してしまう。潜宙艦という兵器の特徴である防御力の欠如がはっきりと現れた瞬間である。
 潜宙艦G−17を追い掛け回した連邦艦隊だったが、潜宙艦を直接追跡していたのはサラミスE型情報収集艦から飛び立ったEWAC型ジム3機が潜宙艦を捕らえ、これによる観測データを元にした砲撃を行っていたのだ。砲兵隊や海軍の行う曲射という技術の応用で、弾着観測機を飛ばして行う射撃法だが、第1次世界大戦頃から行われている古い戦法だが命中精度は高く、信頼の置ける砲撃方法である。

 

 これを皮切りに次々と潜宙艦は失われていった。もともと20隻程度であり、連邦軍が
本格的に掃討に乗り出せば狩りだされるのは時間の問題だったのだ。もちろんん潜宙艦もただやられているわけではない。ある艦は機雷を散布した宙域に自艦を囮として連邦艦隊を誘い込み、大きな損害を与えたこともある。だが、それでも全体の劣勢は覆しようもなく、奮戦は奮戦で、勝利には結びつかなかった。
攻撃開始から8日、すでにアヤウラの手元にある潜宙艦は12隻にまで減っていた。たったの3日で8隻が失われたのだ。そしていま、新たな報告が届けられる。

「司令、2つ星のG−23からの定時連絡ありません、喪失は確実と思われます」

 参謀のバッセルマン中佐が持ってきた報告にアヤウラはしばし顔を伏せ、ボソリと呟いた。

「・・・そうか、バーデンも逝ったか」

 アヤウラは前大戦から一緒に戦ってきた戦友とも言える艦長の戦死にしばし黙祷をささげた。
 そして、報告を持ってきたバッセルマンが通信文を机に叩きつける。

「司令、こうなることは最初から分かっていたのです。この作戦はどう考えても!!」
「そう、始めから無茶だということは分かっていた。だが、これ以外に手段は無いのだ。フォスターTに連邦軍を釘付けにする手段はな」

 アヤウラが窓の外を見る。そこには2隻の潜宙艦母艦にドッキングして補給を受ける3隻の潜宙艦の姿があった。

「貴重な潜宙艦がすでに9隻も沈められたか。この犠牲の代償は僅か数日という時間、空しいものだな」

 すでに見ることは無い9隻の潜宙艦を思い浮かべてアヤウラは言い知れぬ寂しさを覚えた。そんなアヤウラにノックも無しに入室してきた男がそんなアヤウラを嘲笑った。

「ほーう、残酷無比、悪事の生き字引とまで言われたあんたでも、部下が死ぬと悲しむのか?」

 トルクが入り口でアヤウラに皮肉な感想を浴びせる。アヤウラはそんなトルクを一瞥するとまた外に目を向けた。代わりにバッセルマンがトルクに文句を浴びせる。

「貴様、閣下を侮辱する気か!?」
「侮辱? 俺は事実を言ってるだけだが?」
「貴様あぁぁぁぁ!!」

 バッセルマンの手が腰の拳銃に伸びる。だが、その銃はホルスターから抜かれることは無かった。銃が抜かれるより早くトルクの手がバッセルマンの喉に伸び、そのまま吊り上げたのだ。

「・・・ヵ・・・ぁ・・・・・」
「どうした、早く抜いてみろよ」
「・・・ぁ・・・ぁ・・・・」

 段々と顔色が悪化していく。このままではこの男が遠からず窒息死することは明らかだった。だが、その手はアヤウラに掴れた。

「・・・・・・」

 静かな殺気の篭った目でトルクを見るアヤウラ。トルクはそんなアヤウラを訝しげに見詰め、ややあって手を離した。とたんに開放された男が必死に酸素を取り込もうと荒い息をつく。
 アヤウラはトルクになおも殺気の篭った視線を向けながら口を開く。

「アルハンブル大尉、貴様が戦場でどれだけ暴れようが知ったことではないが、いいか、今度俺の部下に手を出したらただでは済まさんぞ」
「へえ、どうなるって言うんだ?」

 トルクがおもむろにまだ回復していないバッセルマンの腹に蹴りを入れる。軍用ブーツの固いつまさきが半ばまで埋まり、バッセルマンは体をくの字に折り曲げて壁に叩きつけられた。次の瞬間、アヤウラの右手が閃き、トルクは咄嗟に身を反らした。半瞬前までトルクの頭があった空間を閃光が切裂いた。いつの間にかアヤウラの右手には一振りのナイフが握られていた。

「へえ、有名なナイフ使いの技って訳だ」

 アヤウラはそれには答えず、腰からジオンの軍用拳銃を取り出した。それを見てトルクの顔が嘲笑うかのように歪む。

「あんた、正気か? 俺にそんなものが通用するとでも?」
「・・・・・・・・・」

 無言で拳銃を構え、セミオートで2発撃った。だが、撃たれると分かっていてそう簡単に当たるわけがない。加えて、アヤウラの射撃の技量は前に戦った久瀬と比べると稚拙だった。
 余裕で射撃を避けて見せたトルクに、今度はアヤウラの左腕が唸り、トルクに斬りつける。トルクは冷笑をもってそれを見詰め、向かってくるアヤウラの左腕を掴んだ。このまま砕いてやる。そう考えて力を込めたが、次の瞬間腹部に物凄い痛みを感じて咄嗟にアヤウラを突き飛ばした。突き飛ばされたアヤウラは無様に床に転がったが、その顔は明らかに愉悦に歪んでいた。そんなアヤウラをトルクが憎憎しげに見る。

「・・・そうか、最初のは囮か」

 トルクの腹部、恐らくは腎臓の辺りに深深とナイフが突き刺さっている。そこから流れ出る血が下半身を染め、足元に溜りを作る。アヤウラは起き上がるとトルクを嘲笑した。

「口ほどでもなかったな、大尉。その傷では助からんぞ」
「もう一本隠してた訳か・・・なるほどね」

 トルクは確かに強い、それはアヤウラも認めているが、その動きは道場の域を出ていなかった。彼は人を殺せる技を持った素人だったのだ。
 だが、アヤウラはまだトルクという男の、いや、シェイドの持つ多様な特殊能力を甘く見ていた。アヤウラの見ている前でナイフを抜いたトルクがニヤリと笑って見せたのだ。

「残念だったな、俺はこのくらいじゃ殺せない」

 アヤウラは目を見張った。自分の見ている前ですでにトルクの出血は止まっていたのだ。

「馬鹿な、致命傷のはずだ、あそこを刺されて死なないはずが無い」

 自分の常識を覆されてアヤウラは動揺を隠し切れなかった。そんなアヤウラにトルクはにこやかに説明してやった。

「驚くなよ。シェイドは誰もが特殊な能力を持っている。俺はそれが異常な回復力、いや、再生能力だっただけさ」

 にこやかに歩き出し、アヤウラの手を取って血塗られたナイフを手渡し、包み込むようにして軽く握らせてやる。そしてトルクはニヤリとアヤウラの顔を一瞥した後、背を向けて部屋を後にした。アヤウラはしばしの間身動ぎもせずに立ち尽くした後、自分のナイフを確認するように何度も握りなおした後、それを机の上にほうった。そして机にある内線で軍医を呼んだ。
 しばらくすると軍医がやってきてバッセルマンの手当てを始める。バッセルマンは苦しそうだったが意識はあり、アヤウラに話し掛けてきた。

「閣下、あの男は強化人間だということですが、あまりに強化しすぎたのではありませんか?」
「・・・仕方あるまい、裏切られたら手がつけられん」
「ですが、あれでは危険すぎます。下手をすれば味方も攻撃しかねません」
「・・・・・・」

 アヤウラにはそれを否定することはできなかった。
 バッセルマンが手当てのために退室した後、ようやく1人になれたアヤウラは自分の机からフォトスタンドを取り出すと、それに話し掛けた。

「シェイド、か。もしかしたら私はとんでもない愚か者かもしれないな。過去に数え切れないほどにいた、分不相応の力で滅びていった馬鹿者の列に俺も加わるのかもしれん」

 フォトスタンドの中で微笑んでいる妻と娘に懺悔するかのように話し掛ける。今、アヤウラの中で自分が求めてきた【力】と【信念】という物への迷いが芽生えていた。


 G−44を中心とする潜宙艦隊は数少なくなった潜宙艦から6隻と潜宙MS母艦2隻を引き連れて連邦軍の大規模な輸送船団を待ち構えた。彼らは運良く傍受した連邦軍の輸送船団の存在と航路を掴み、こうして待ち構えていたのだ。潜宙艦隊はそれぞれが暗礁やダミー隕石に身を潜め、息を潜めて船団が通りかかるのを待ちつづけた。
 だが、いつまでたっても船団はやって来なかった。いい加減に各艦のクルーが焦りを隠し切れなくなり、いつ来るのかで好き勝手な憶測が飛び交い始める。やがてそれは各艦の艦長や幹部将校にも見られ始めた。

「艦長、もしかして敵は航路を変えたのでは?」

 G−44の艦橋で先任将校が艦長に不安を口にする。最近は連邦軍の哨戒が厳しく、下手をしなくても発見されかねない。もし発見されればたちまちMSや航宙機が押っ取り刀で駆けつけてくるに違いない。あまり一ヶ所に留まっているのは危険極まりないのだ。
 艦長も流石に危機感に焦りを押さえられなくなってきた時、遂に待望の報告が見張り塔から届いた。

「来ました、船団です!」
「ようし、来たかあ!」

 艦長が歓声を上げて光学センサーに飛びつく。50万倍に拡大された映像の中に荒い画像ながらもはっきりとコロンブス級輸送艦やコンテナ船、護衛のサラミスなどが映し出されている。
 だが、その前方ではいまいましい光景があった。宝石のような輝きが幾つも生まれているのだ。そこは機雷が敷設してある宙域であり、船団の前方に掃宙部隊が展開しているのは間違いない。
 しばらく観察していると、掃宙具を展開して進む掃宙艦や、頭部の低反動砲を40mm四連装速射砲に変更したボールが機雷を次々に始末しているのが見れた。掃宙具にひっかっかって爆発する機雷や、速射砲によって破壊される機雷が視界を彩っている。どうやら、機雷による混乱は望めそうもないらしい。
 艦長は手順を変えることにした。

「あと5分で攻撃開始。以後の手順はいつもどおりだ」
「了解!」

 ようやく焦りから開放されたためか、オペレーターたちの声は軽い。誰もがきびきび動いており、あっという間に準備が整ってしまった。
 やがて、攻撃予定時間に達した。G−44を含む全艦から一斉にミサイルが発射されていく。潜宙艦の乗組員にとっては最高の瞬間である。
 船団に襲い掛かる多数のミサイルだったが、これはなんと船団の前に現れた猛烈な火線に絡めとられた。圧倒的な砲火に次々とミサイルが被弾、爆発していく。その光景に各艦の艦長たちは唖然とした。
 それはミサイルを追う形で飛び出したMS隊にとっても同様だった。立ちはだかるサラミスを見て何人かが毒ずく。

「畜生、サラミスC型ばかりだ!」

 対空型と呼ばれるこのサラミスはMSの脅威に対抗するべく全身に多数の機銃やミサイルをハリネズミの様に所狭しと備え付けた艦隊防空の要となる艦である。それが10隻も展開して弾幕を張っているのだ。その光景は生き残ったパイロットに言わせれば「宇宙に張られた炎の鉄条網」とまで言わせるほどの濃密な火網を作り出していた。
 ファマスのMSがあまりに濃い弾幕に飛び込むのを躊躇っていると、回り込んでいた連邦のMSが迫ってきた。仕方なくファマスのMSもこれに向かっていく。数で負けてさえいなければファマスのMS隊は機体性能とパイロットの腕において全体的に上回っているのでまず勝つことができる。彼らはこの時も多少の余裕を持ってこれに向かっていった。
 そんな中でトルクのワルキューレはつまらなそうに混戦から離れたところに漂っていた。今のトルクは相手がエース級でないとやる気が起きないのだ。

「ふぁぁぁぁぁぁ、退屈だ、こんな事いつまで続けるんだか」

 心底退屈そうに大欠伸をする。すでにモニターは混戦を示す多数の光に包まれているのだが、今の彼はそんなものでは心が騒がない。
 だが、状況はトルクの希望に添った方向に向かっていった。

「ア、アルハンブル大尉!」
「・・・何だ、五月蝿いぞ?」
「こ、こいつら今までの連邦軍じゃないんです! やたらと腕がいい!」
「腕がいい?」

 初めて興味を引かれ、戦場の様子を拡大して表示する。そこを飛び交っているのは見慣れたジム改と、最近配備が始まったジムUがいるようだ。トルクはしばしそれらの機体を見詰め、求めていた答えを見つけると機体を大きく加速させた。自分は付ける機会がなかったが、最近になって古巣が使い出した部隊マーク。

「おい、そいつらはお前らの手におえる相手じゃないぞ」
「はっ? で、でも、こいつらは連邦軍・・・」
「連邦だから弱いなんてのは迷信だ、連邦にだって凄腕はいるし、優秀な指揮官だっている。変な妄想は捨てるんだな」
「・・・・・・」

 相手は答えなかった。変にギレン・ザビの影響を受けた兵士はこんな風に何の確証も無く連邦は軟弱な無能者の集団だと考えているから始末におえない。トルクにとってはそんな愚かなジオン兵士と、遠くにいるこの妄想集団の元締めであるアヤウラは嘲笑の対象でしかない。もっとも、彼に言わせればデラーズやガトーのような現実の見えない理想信奉者も同類なのだが。

「そいつらは連邦最強のカノン隊だ。左肩の【クリスタル・スノー】が見えないのか?」
「・・・カノン隊、あの・・・」

 相手のパイロットの声に恐怖が混じる。トルクはそれ以上そのパイロットに関わることはせず、自分の相手を捜し求めた。

「さあ、カノン隊ならあいつらが居る筈だ。隊長機はどこだ?」

 しばらく戦場を飛び回ったトルクは、目指す極上の獲物を見つけた。ガンダムタイプのMS、トルクはそれを見て目を輝かせた。
 トルクが狙ったのは郁美のアレックスUだった。本来なら彼女はシアンの副官としてカノン隊にいるのだが、秋子の要請を受けてマイベックが立案した潜宙艦の誘い出し作戦の為に特別にサイレンから派遣されたのだ。実際、この部隊を率いているのはカノン隊の副艦隊司令官であるロバート・ディル・オスマイヤー准将で、先のデラーズ紛争における指揮振りを秋子に評価されて正式に副艦隊司令官を任されたのだ。さらにMS隊も当然カノン隊のMS隊が投入されている。カノン隊のMS、航宙機のパイロットは連邦軍全体でみても群を抜く技量を持っており、シアンが優れた部隊指揮官であることを証明している。さらにはカノン隊でも最強を誇るカノン直属部隊から倉田大隊と北川大隊の一部、それに七瀬率いるサイレンの一部が回されている。
 これだけの精鋭部隊をそろえた上で、マイベックは輸送船団の情報をわざとリークした。国内に残るスパイを騙すために本当に船団を編成して物資を積み込んでいるのだ。もしこれが襲撃を受けて大損害でも受ければマイベックはたちまち左遷されてしまうだろう。だが、アヤウラはマイベックの手に乗ってきた。この輸送船団を殲滅して連邦軍に大打撃を与えようとしたのだ。実際、護衛部隊は今までよりの多少多いくらいで、それほどの脅威とは映らなかったのだ。だが、待ち構えていたのは数こそ少ないものの、強力な精鋭部隊であった。アヤウラはマイベックの張り巡らした罠にまんまと引っかかってしまったのだ。
 マイベックが自分の首までかけて実行した作戦の成果ははっきりと現れていた。ファマスのMS隊は数と技量で勝る敵を相手に完全に圧倒されている。いや、MS隊だけではない。潜宙艦隊も貧弱な連装砲塔で圧倒的に強力な連邦艦隊と砲火を交えている。いくら潜宙艦が岩塊で遮蔽を取り、細長い船体を持つことで正面投影面積を極限しているといっても、いつまでも持ち堪えられるはずが無いのだ。
 そんな中で、トルクは郁美に襲い掛かった。トルクはアレックスUを見てそれが郁美であることを悟った。

「郁美か、面白い!」
「何よ、ヴァルキューレですって!?」

 郁美が急いで距離をとろうとするが、NTが乗ることを前提に設計されたアレックスUとシェイド専用機であるヴァルキューレでは加速率も最大速度も大きく違う。郁美は抵抗が無駄であることを悟ると僅かな距離の差を生かしてライフルを立て続けに撃ちまくった。

「なるほど、噂に聞く『漆黒(シュバルツ)』って奴ね」

 郁美はヘルメットのバイザーを下ろした。

「誰だか知らないけど、私には勝てないわよ!」

 郁美の判断は彼女の頭で行われた計算に基づいている。つまり、自分を上回るシェイド、S級、SS級シェイドはシアン達4人しかいないという前提に。第5の超級シェイドの存在などは彼女の想像の埒外にあった。だからこそ、彼女はこの勝負を受けてたったのだ。
 トルクはそこそこの正確さで向かってくるビームを余裕で回避していた。強化される前でもなんとなくかわせていたものが、今ではきちんと理解して回避している。それも郁美の射撃を。

「ふふふふふ、いい、いいぞ郁美、流石はサイレンだ」


 七瀬が戦場を一条の閃光となって駆け抜ける。この場に自分を止められるものは存在しない。そう思わせるような直線的な動きだ。そんな七瀬に狙われた不幸なガルヴァルディβが必死にマシンガンを叩き込んでくるが、七瀬はそんな攻撃は意に介さずに切り込んだ。

「でえええええええい!」

 圧倒的な出力で生み出されたメガビームサーベルをガルヴァルディβがビームサーベルで受け止める。だが、メガビームサーベルは相手のか弱いビームサーベルを吹き散らして本体を切裂いた。圧倒的な出力差に押し切られてしまったのだ。

「ようし、スコアは貰ったわ」

 とりあえず1機を落とした七瀬は周囲を見渡し、苦戦している味方の援護に向かった。なんのかの言っても彼女は指揮官としての立場は忘れていないのだ。
 主戦場では北川と佐祐理の苦心の包囲網が完成しようとしていた。

「211中隊は天井を塞げ、212、左の2機を逃がすなよ。213はそのまま押さえ込め。214、底を固めろ。各隊のボールは後方支援だ。絶対に前に出るなよ」

 ジムカスタムを動かしながら各部隊に指示を飛ばす。北川の戦場における管制能力は群を抜いていた。実際、北川の部隊はカノン隊のMS隊の中でも佐祐理と並んで生還率が高いのだ。これまでの激戦でも彼の部隊の戦場における被撃墜機はトータルして5機で、戦死者は2名という成績を残している。これは彼の指揮官としての有能振りを何よりも雄弁に物語っていた。
 そうこうしているうちに突然敵MSの動きが止まった。明らかに立ち往生したという感じだ。それを見て北川は成功を確信した。それを裏付ける通信が佐祐理から飛び込んでくる。
「あははは〜、北川さん、袋の口は閉じましたよお」
「サンキュー、佐祐理さん。後は仕上げだね」
「はい、でもやり過ぎないでくださいね」
「はいはい、分かってますよ」

 釘をさされた北川は苦笑しながら全機に命令した。

「ようし、全機一斉に撃て、ただし、最初は当てるなよ」
「了解!」

 部下たちから威勢のいい声が返り、猛烈な火線が包囲下の敵MSに向けて放たれた。ただし、その火線は1つも目標を捕らえていなかったが。
 とりあえずの威嚇を終えると、北川は光通信で敵MSに話し掛けた。

「投降しろ、もうお前たちに返る場所は無い。無駄死にはするな!」

 完全な重囲下での降伏勧告。ファマスの、いや、アヤウラの部下たちに動揺が走っていく。戦士としてのプライドが降伏を拒否するものの、軍人としての常識が降伏を促している。そんな中で揺れ動く彼らに北川はさらに揺さぶりをかけた。

「もう止めておけ、お前たちを捨て駒にしたファマス上層部にこれ以上忠誠をささげるような価値があるのか? 命をかけるほどの価値があるのか?」

 北川の揺さぶりにパイロット達がいよいよ動揺する。捨て駒、この言葉が彼らの心を動かしているのだ。別にキャスバルや久瀬にそういう考えがあったかどうかは定かではないが、少なくとも末端の将兵にはそういった思いがあるだろう。ついでに言うなら、彼らの指揮官であるアヤウラは末端の兵士にはとにかく人望が無いという、あの有名なマ・クベ大佐と悪い意味でよく似た欠点を抱えているのだ。
 しばらく砲火が交わされぬまま時が流れ、ついに1機が投降信号を出してきた。それで他の者も戦意を失ったのか、程なくして包囲された全機が投降してきた。これでアヤウラ潜宙艦隊は保有するMSの大半を喪失した計算になる。事実上、潜宙艦隊は壊滅したといえよう。
 だが、勝負はまだ終わっていなかった。北川達が武装解除をしていた頃、1人で強敵と戦う女性がいた。


 どんどん距離を詰めるヴァルキューレに郁美は焦りを隠しきれなくなってきた。

「ちょっと、何なのよこいつは!?」

 自分の攻撃をたやすく避けつづけるヴァルキューレに郁美は罵り声を上げた。このまま近づかれれば接近戦になってしまう。そうすれば戦闘はヴァルキューレ有利になってしまう。それだけはなんとしても避けたい一心の郁美だったが、相手がトルクでは接近戦を望んでくるのも無理は無いだろう。
 そして、遂にヴァルキューレのビームグレイブがアレックスUを捕らえた。

「もらった!」
「くっ、こいつ!」

 バックパックからビームサーベルを抜き、ヴァルキューレのビームグレイブを受け止める。その鍔迫り合いは明らかにヴァルキューレが有利だった。
 その時、郁美の通信機に信じられない音声が入ってきた。

「どうした郁美、もっと頑張ってくれよ?」
「・・・・・・・・・ちょっと、何の冗談よ?」

 郁美はまるで幽霊でも見たかのように蒼ざめた。

「何で・・・・・・何であんたがそこにいるのよ、トルクっ!?」

 郁美の悲痛な叫びが、通信波に乗って宇宙に木霊した。

 



後書き
ジム改  アヤウラが珍しく大活躍しております。
アヤウラ 何が珍しくだ。これが俺の実力だ。
ジム改  でも、連峰軍の反撃を受けたら脆かったね。
アヤウラ 数が違いすぎるだろうが。数が!
ジム改  まあ、潜宙艦にしても潜水艦にしても、所詮は補助兵器だからねえ。
アヤウラ 何を言うか。潜宙艦を揃えれば正規の艦隊を壊滅させる事も夢じゃないぞ!
ジム改  無理だって。
アヤウラ ぐぬうううう、見ておれ、いつか潜宙艦隊の実力を思い知らせてくれる!
ジム改  だから、もうそんなに残ってないんだってば・・・

 

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