第41章  敗北を跳ね除けて・・・

 

 戦場に駆けつけてきたキョウは、友軍の酷いありさまに顔をしかめた。ほとんど一方的に叩かれている。

「北川は、佐祐理さんは何をやってたんだ。奴等に良いようにやらせたのか!?」

 キョウは二人がシェイドMS部隊を相手に奮戦している事など知りようも無かったが、たとえ知っていたとしても憤慨したのは間違い無いだろう。
 飛び交うMSの大半はファマスMSで、連邦機を見かけないという事がキョウに戦況の悪さを教えてくれる。連邦艦隊の方ではアキレウス級戦艦が右側面を穴だらけにされ、完全破壊された姿を晒していた。その隣にはやはり沈められたリアンダー級巡洋艦が見える。暫く戦場を観察していたキョウは、少し離れたところに信じがたい光景を見てしまった。ラザルスが沈んでいく瞬間をだ。

「・・・・・・ラザルスが、ラザルスが、沈む?」

 自分の母艦が沈むというのは、艦載機パイロットにとっては耐え難い事だ。それも完成したばかりで新造艦特有の塗装の臭いがとれていなかったくらいの艦なのに、こんな戦いで沈められたというのだ。あの艦には馴染みの整備兵や気持ちの良いオペレーターが乗っていたのだが、無事に脱出してくれただろうか・・・・・・・

「・・・・・畜生・・・・・・相沢、聞こえるか?」
「ああ、あと少しで到着するぜ」

 祐一のジム・フルバーニアン隊はやや遅れている。さすがのスペースジャバーもMAの圧倒的な加速性能には付いてこれなかったのだ。
 その祐一に、キョウは彼らしくない苦々しい声で状況を伝えた。

「相沢、どうやら俺達の負けらしい。艦隊はボロボロだし・・・・・・ラザルスも沈んちまった」
「おい、冗談だろっ!?」
「冗談で、こんな事言えると思うかっ!」

 キョウは声を荒げて怒鳴りつけた。そしてすぐに自分の失態に気付き、慌てて謝罪した。

「す、すまん。ついカッとなっちまった」
「いや、気にするなって。じゃあ、そろそろ俺達も戦場に到着するぞ」
「ああ、せいぜい頑張ろうぜ!」
「お互いにな!」

 通信を切ったのが合図だった。キョウは愛機をすでに敗走を始めているMS隊の援護に向け、追撃を開始しているファマスMS隊に襲いかかった。キョウの背後に部下の11機が続いている。一丸となってシュツーカやガルバルディβの群れに突入を開始した。

「いいか、2往復だ。上下に2回往復したら離脱するぞ。第一撃後に散開、各小隊毎にかかれ!」
「「了解!」」

 各隊の小隊長が応じ、4機ごとに分かれてキョウの小隊の脇に並び、突入を開始した。キョウは前から戦闘機4機で1個小隊を編成しているが、この編成をMAにもとりいれてみたのだ。MAの運用経験が無い連邦軍では仕方が無いのだが、秋子もシアンもキョウに現場で運用法を確立してくれる事を期待しているのだ。そのとりあえずの答えがこの旧来から続く4機編成のダイヤモンド編隊である。
 12機24門のメガ粒子砲が降り注ぎ、3機のMSが直撃を受けて粉々に消し飛んだ。この一撃で行き足を止められたMS部隊の頭上から更にマイクロミサイルの雨が降り注いでくる。ミサイルコンテナに内蔵された1基あたり16発搭載の多連装マイクロミサイルランチャーから放たれる小型ミサイルは一撃でMSを破壊するほどの威力は無く、射程も短いのだが、近距離から短時間に雨霰と撃ちこめるので命中率はかなり高い。これがミサイルコンテナ1つに1基搭載されているのだ。ハリファックス1機辺り2機のコンテナを積んでいるから、32発。それが12機分纏めて放たれたのだ。回避しろと言うほうが無茶というものだろう。
 このミサイルのシャワーを浴びせ掛けられた浩平達は慌てふためいて悲鳴のような通信を飛ばした。

「うどわああぁぁぁっ!! か、回避回避――っ!!」
「どうやってぇぇぇぇぇぇ――――!!?」

 瑞佳の悲鳴がジャギュアーのコクピットに木霊した。二人とも大急ぎで機体を走らせ、迫るミサイルには両腕の110mm速射砲で応戦している。こういう時は連邦MSの頭部60mmバルカンより、ファマスMSの110mm速射砲の方が使いやすい。
 だが、ミサイルの射程内にいて無傷で済んだのはよほど腕の良いものか、よほど運の良い者に限られた。撃墜機こそ少なかったものの、大半が被弾して大なり小なりの損傷を受けたのだ。これでは追撃どころではない。
 浩平は部隊を後退させることにした。どのみち、戦果は十分過ぎるほどに上げているのだ。

「全機、もう十分だ、これ以上被害が出ないうちにとんずらするぞ!」
「こ、浩平〜、一応指揮官なんだからもう少し言い方ってものを考えようよ〜」
「そうですね、攻めて軍人らしい命令の仕方を覚えて欲しいものです」

 瑞佳と茜にきつい突っ込みをされ、浩平は少したじろいだ。

「な、なんだよ、戦闘中にお行儀良くなんて無理だって」
「浩平は常識が無さ過ぎるの!」
「反省してください」
「・・・・・・ううう、はい、反省します」

 さすがの浩平も瑞佳と茜を同時に相手しては分が悪すぎるようだ。
 ボケながらも浩平達は味方の撤退を援護するべく傷の浅いMSを率いてMAを攻撃し始めた。90mmマシンガンや120mmマシンガンの火線がハリファックスに向けて物凄い弾量を叩きつけるが、そのほとんどが空しく宙を抉っている。ハリファックスの脅威的な速度性能についていけないのだ。
 だが、余裕さえ見せて旋回に入ったハリファックスの1機に連続してビームが突き刺さり、あっという間に爆発四散させてしまった。茜のイリーズが持つビームマシンガンに狙われたのだ。
 茜のイリーズを確認したキョウは全機に警戒を促した。

「全機、あの黒いMSには手を出すな、俺達で勝てる相手じゃない!」

 キョウの支持を受けて意図的にイリーズを避けるように動いているハリファックスに、茜は舌打ちして右肩のビームキャノンの照準器を引っ張り出した。

「・・・・・・さすがに速いですね・・・・・・狙いが定まりません」

 3回撃って、茜は射撃を止めた。エネルギーの無駄遣いだと悟ったのだ。

 

 ハリファックス隊が浩平達に襲いかかった頃には、祐一達も北川達を助けるべく突入してきていた。ジム・フルバーニアン9機がシェイド部隊や久瀬達に襲いかかって行く。

「どうした北川、随分梃子摺ってるじゃないか!」
「うるせえ、茶化す暇があったら手を貸しやがれ!」
「おお、そうだった!」

 軽い挨拶を交し、祐一は愛機を1機のヴァルキューレに向けた。それは、司のヴァルキューレだった。

「片方引き受ける。栞、手を貸してくれ!」
「わ、分かりました!」

 祐一のジム・フルバーニアンが勢いに乗ってヴァルキューレに切りかかる。司も新たな乱入者に気付いたが、その見覚えの無い機体に警戒心を抱いた。

「なんだ、ジムか・・・・・違うのか?」

 圧倒的な速さで迫るそのMSは、赤と白で塗り分けられた機体に白いジムの頭が乗っている。ならジムかとも思うのだが、ただのジムというにはあまりにも速過ぎし、動きも良い。少なくともRガンダムよりは確実に速いのだ。

 祐一はジムライフルの安全装置を外すと、そのヴァルキューレに挑みかかった。

「こっちは新型機のお披露目を肩透かしされて欲求不満なんだ。付き合ってもらうぜ!」

 ヴァルキューレの懐に潜り込もうとしてくるジム・フルバーニアンに、司は90mmマシンガンを叩きこんだ。加速性能はともかく、最高速度はヴァルキューレを凌ぐかもしれない高性能機だ。当たるかどうかは分からないが、牽制くらいにはなるだろうと踏んで撃ったのだ。
 だが、ジム・フルバーニアンは連邦機にあるまじき行動に出た。シールドを前にかざし、弾幕の中を突っ切ってきたのだ。

「なんだとっ!?」

 90mm徹甲弾がシールドと装甲に弾かれ、火花を表面で散らしている。明らかに今までの連邦機とは比較にならない重装甲、もしかしたらジャギュアーやヴァルキューレにも迫るかもしれない、をもっている。

「なんだ、こいつは、ジムタイプじゃないのか!?」

 司は少し狼狽して機体を下がらせた。迂闊に距離を詰めると危険だと思ったのだが、これは意味の無い機動だった。逃げ切れると判断しての機動だったのだが、逆に距離を詰められてしまったのだ。ジムライフルを撃ちまくりながら最高速度でジム・フルバーニアンを突っ込ませた祐一は、格闘距離まで迫ったと判断するとライフルをシールド裏にしまい、ビームサーベルを抜き放った。

「いくぜ、ヴァルキューレ!」
「・・・・・・舐めるなあぁ!」

 司はビームグレイブで祐一の挑戦を受けて立った。いくら新型だろうが、ヴァルキューレに接近戦で勝てるはずが無いという計算が働いているのだが、事実それは正しかった。ジェネレーター出力の比較ではこの時期のMSとしては脅威的なジム・フルバーニアンの1860KWに対して、破格とも言える3000KW級のジェネレーターを搭載するヴァルキューレの装備するビーム兵器の威力は絶大だ。シェイドMSはどの機体も強力なジェネレーターを搭載しているが、言い換えるならばシェイドMSの機体サイズはジェネレーターサイズに左右されているのだ。初期の機体であるシェイド・ザクやリヴァークが異常に大型なのも、このサイズが当時の技術的限界だったというだけの話である。
 打ち合ったビームサーベルとビームグレイブの鍔迫り合いは、祐一と司の予想通りビームグレイブが競り勝った。ビームサーベルを形成しているIフィールドを吹き散らされ、ジム・フルバーニアンのビームサーベルが刃を失った。反発力を失ったビームグレイブが勢いのままに振り下ろされるが、狙った攻撃ではないので祐一に容易く避けられてしまった。
 祐一は得意の格闘戦を挑んでみたが、予想通りの結果に舌打ちを隠せなかった。

「・・・・・・まいったな、やっぱ格闘戦は無理か」
「祐一さん、退いてください!」

 栞がジム・ライフルで援護射撃を加えてくれた。天頂方向から打ち下ろされてくる火線に阻まれてヴァルキューレの動きが妨げられた隙に祐一が少し距離を取る。
 ビーム発振器が焼き切れたサーベルの柄を捨てると、ジムライフルを取り出してマガジン1つ撃ち尽くすまで弾をばら撒いた。そのほとんどは避けられるか、重装甲に弾かれたが、中には有効弾もあった。多数の直撃弾の1つが運良く頭部のモノアイに当たり、これを破壊したのだ。祐一にはラッキー、司にはアンラッキ―だった。

「しまった、メインカメラがいかれた!?」

 司は苛立ちを右手コンソールに叩きつけてしまった。その一撃でコンソールが火花を上げたが司は気にも止めない。これ以上の戦闘は無理だと判断した彼は、さっさと戦場からの離脱を図った。

「逃がすか!」

 祐一は追撃に入ろうとしたが、信じがたい光景が視界に飛びこんできた。1機のジャギュアーが部下のジム・フルバーニアンをビームサーベルで真っ二つにしている瞬間だ。祐一は知らなかったが、それは久瀬のジャギュアーだった。

 

「全機撤退だ、急げ!」 

 襲いかかってきたジム・フルバーニアンを一刀のもとに切り伏せ、通信機に向かって怒鳴る。久瀬の指示を受け、次々にMSが撤退を開始していくが、シェイド部隊が彼の命令に従わなかった。

「君達も撤退したまえ!」
「え、ええと、私はその方が良いと思うんですけど・・・・・・」

 唯一久瀬の所まで退いてきたヴァルキューレから、何と少女の声が聞こえてきた。驚いて映像を繋ぐと、サブスクリーンに15歳前後の少女の姿が現れた。

「・・・・・・こんな子供まで、シェイドだというのか」

 久瀬の声に怒りと苛立ちが混じった。彼はみさきや茜たちとは戦友意識意識で結ばれているし、郁美達3人も大切に思っているが、シェイド技術そのものについては許せないものを感じている。おそらくシェイドに関った人間の大半はそう思っているだろう。だが、まさかこんな子供まで実戦に投入されているとは・・・
 有名なアムロ・レイも15歳で実戦に参加しているから別におかしな話ではないのだが、それでもまともな仕官である久瀬には子供を戦場に狩りたてるという発想はなかった。これは追い詰められた状況での非常手段のはずなのだ。

 久瀬はとりあえその考えを振り払うと、そのヴァルキューレの少女に協力を求めた。

「君、あの3機を連れ戻す、手を貸して欲しい!」
「は、はい。分かりました大尉」
「あ、あの、大尉、私達は?」

 由衣が通信に割りこんできた。久瀬は一瞬考えこみ、すぐに彼女等を連れて行くのをやめた。

「由衣達も帰るんだ、僕は彼らを連れ戻したら帰る」
「分かりました、無事に帰ってきてくださいね」
「人の心配より、自分の心配をしたまえ」

 久瀬のジャギュアーが戦場に踊りこんで行く。その後ろにみさおのヴァルキューレが続く。見れば1機は逃げに入っているので、連れ戻すのはまだ戦ってる友里と一弥である。だが、その進路上に2機のジム・フルバーニアンと1機のRガンダムが割りこんできた。久瀬は表情1つ変えることなくそれに挑みかかった。その機動はみさおをも驚かせた。

「た、大尉、無茶ですよ!」
「いいから、付いて来るんだ!」

 久瀬はみさおの動揺した声には取り合わず、3機のMSに挑んだ。たちまち砲火が襲いかかってくるが、回避運動を行わないジャギュアーに当てる事が出来ないでいる。
 Rガンダムに乗っている中崎はその動きを見て相手が相当の凄腕だと感じた。

「ちっ、下手に動けば堕とされるのを知ってやがるな」

 だが、ふとジャギュアーの機体に描かれた305に01の数字を見つけ、凍り付きかけた。

「305戦隊の01って、まさか、久瀬大尉かよ、おい!?」

 中崎の悲鳴がコクピットに木霊したが、気付くのが僅かに遅かった。久瀬は高速で行った移動射撃を確実に3機に当てて戦闘力を削ぐと、そのまま3機を突っ切った。続いてみさおも突破して行く。
 中崎は機体の態勢を何とか立て直したが、機体状態は戦闘継続が危ぶまれるほどに酷かった。

「参ったな、こりゃ」

 これじゃ戦えないと判断した中崎は、戦闘が終わって静かになってるほうに機体を誘導して行った。


 中崎達を突破した久瀬とみさおは北川と香里と2機のジム・フルバーニアンを相手取ってる由衣と、佐祐理と3機のジム・フルバーニアンを相手取ってる一弥を助けに入った。

「数が多いな・・・・・・君は向こうのRガンダムを頼む。僕はこっちを連れ帰る。分かってると思うが、敵を堕とす事は考えるな」
「はいっ!」

 元気の良い返事を返してみさおが離れて行った。それを確認すると、久瀬も愛機を目標へと向ける。

「堕とす必要はなくても、多少は傷付けてやらなくちゃいけないかな」

 
その頃、誰にも予想できなかった再開が起こっていた。考えうる最悪の形で、二人は出会ってしまっていた。
 佐祐理がジムカスタムを懸命に動き回らせているが、どうしても全ての面でヴァルキューレの方が高性能な上に、パイロットの技量にも差があるので押されている。腕は劣っていても機体性能に勝るジム・フルバーニアンの方が健闘しているかもしれない。

「ま、参りましたね〜、さすがに佐祐理じゃ手におえません」

 さすがに弱音が漏れてしまう。たった4機でシェイドを相手にするなど無謀の極みと言われても仕方の無い現状ではあるが、仕方ないとも言える。佐祐理が戦わなければ誰が戦うのか、と言われれば誰も答えられまい。それに、天野の方がもっと無謀な事をしている。
 距離を詰められないよう必死に動き回っていた佐祐理であったが、機動性、運動性ともに劣っているジムカスタムでは逃げ回るにも限界がある。遂にヴァルキューレに格闘距離まで詰められてしまった。

「くうっ」

 仕方なくバックパックからビームサーベルを抜き、横薙ぎに振られてきたビームグレイブを受けとめた。そして、すぐにそれが無茶である事を悟った。

「ビ、ビームサーベルが持ちませんっ!」

 ビームサーベルの発振器がたちまち悲鳴を上げている。このままでは遠からず焼き付いてしまうのは間違い無い。
 だが、この近距離なだけに飛びこんできた敵機の声を聞いた時、佐祐理は一瞬耳を疑った。

「そろそろ終わりですっ!」
「・・・・・・・・・え?」

 聞き覚えのある声。もう何年も聞いていなかったが、決して忘れる事のできなかった声。もう二度と聞こえるはずの無い、声。
 佐祐理は、記憶の中からその声の主の名を掘り起こしていた。

「・・・・・・一弥?」

 佐祐理が呟いた名は、自分が小学校の頃に病院の事故で死んでしまった弟の名だ。最も、あの事件はジオン系テロリストの無差別テロという見方もあったが。
 もう随分前に死んでしまった弟の声を聞いてしまった佐祐理は、戦闘中だというのに混乱に我を忘れかけていた。

「嘘・・・・・・ですよ・・・・・・だって一弥は・・・・・・あの時に・・・・・・でも死体は見つからなかった・・・・・・?」

 分からなかった。目の前の敵機から弟の声がするのか。どうして死んだはずの弟が自分と戦っているのか。何故、生きてるのか。
その隙を見逃すような一弥ではない。振るわれたビームグレイブはビームサーベルを握っているジムカスタムの右腕を切り落とした。

「これで、もう武器は無いっ!」
「・・・・・・あ・・・・・・?」

 機体を襲った衝撃に我に返った佐祐理は、ビームサーベルを握っていた右腕が爆発と共に消えていくのを見た。その衝撃で機体が流されている。

「そんな、こんなミスをしちゃうなんて・・・・・・」

 自責の念が佐祐理を襲う。完全に自分のミスだ。この距離でビームサーベルを失ったのは致命的だ。だが、佐祐理を助けに3機のジム・フルバーニアンがヴァルキューレをジムカスタムの間に弾幕を作り上げてくれたおかげでどうにか後退する事が出来た。すかさず3機のジム・フルバーニアンが集まってくる。

「大丈夫ですか、倉田大尉」
「え、ええ・・・・・・助かりました・・・・・・」

 礼を返しはしたものの、佐祐理の声には全く張りがなかった。ジム・フルバーニアンのパイロットたちはそれは死ぬ寸前まで追い込まれた事による緊張から来ているのだと考えたが、実際には違っていた。

『一弥、どうして彼方が生きてるの、どうして佐祐理の敵になるの?』

 彼女はシェイドについて詳しくは知らない。まさか一弥がシェイドの実験体として攫われていたのだなどとは想像もつかないでいたのだ。

 一弥の方は後一歩で堕とせたはずの隊長機に残念そうな視線を送っているが、別にこれといった動揺は見せていなかった。どうやら佐祐理の声は聞こえなかったらしい。

「うーん、もうちょっとだったのになあ。まあ、もう一度頑張れば良いか」

 そう独り言を呟くと、再び戦いに赴こうとしたのだが、それより早く久瀬のジャギュアーが通信を繋いで静止を呼びかけてきた。

「そこのヴァルキューレのパイロット、すぐに撤退しろ!」
「え、撤退ですか?」
「そうだ、命令を聞いてなかったのか?」
「あ、あれ、おかしいな・・・・?」

 一弥は戸惑った。そんな通信は聞こえなかった筈なのだが、と首を捻っている。久瀬はう動きを止めたジャギュアーに苛立たしげな視線を向けると、その肩を掴んだ。

「早く撤退するんだ、こんな所で孤立したいのか!?」
「あ・・・・・ は、はいっ」

 幸いにして相手は手を出してくる様子がない。ヴァルキューレだけでも厄介だったのに、更にジャギュアーまで加わっては勝ち目が無いと考えたのだろう。

 

 一弥に較べると友里は遥かに辛い戦いを強いられていた。北川と香里が絶妙なコンビネーションを見せて友里を追い詰めていたのだ。
 友里は予想外に手ごわいジムUとRガンダムに手を焼いていた。格闘戦を巧みに避けながら次々と直撃弾を送りこんでくるので少しずつ機体にダメージが蓄積してきたのだ。

「不味いわね・・・・・・大した攻撃じゃないけどこれだけ当てられると・・・・」

 スラスターとアポジモーターの推力が徐々に落ち、更に各部の駆動系にまで影響が出始めたのだ。これではジリ貧になるのは間違い無い。どうにかするにはあのうるさいコンビを突き崩す事だが・・・・・・

「・・・・・・あっちのRガンダムの方が相手にしやすそうね」

 相手を見定めると、由衣はRガンダムに襲いかかった。慌てて北川が阻もうとするが、機動性に差がありすぎて上手くいかない。

「すまねえ美坂、行かせちまった!」
「大丈夫よ、任せて!」

 香里もまた他のパイロットたちと同じく、格闘戦を出来る限り避けようと考えた。ひたすら90mmマシンガンが使える距離を保ち続け、その為に移動を続けていく。友里は香里のRガンダムをひたすら追いつづけたが、遂にはそれを諦めるしかなかった。

「くそっ、すばしっこい奴!」

 舌打ちすると両腕の110mm速射砲で弾幕を張りながらやや距離をとった。香里はこれを何発か浴びたが、強固なルナチタニウム装甲はこの程度の攻撃など容易く弾き返してしまう。
 距離をとった友里の天頂方向から猛烈な火線が降り注いできた。北川が2機のジム・フルバーニアンを連れて襲いかかってきたのだ。回避運動をとる間もなく続けて命中弾を受け、友里のヴァルキューレの機体が揺らいで行く。そして、遂に打撃に耐え切れなくなって頭部が破壊された。メインカメラとせんさーの大半を失って索敵機能をなくした友里は狼狽した声を上げた。

「メインカメラが・・・・・・・サブカメラも駄目なの!?」

 加えてレーダーも壊れたらしく、何の反応も帰ってこない。これでは戦う所の話ではなかった。急いで逃げなくてはいけないのだが、今自分がどういう状態なのかさえも分からないでは逃げようがない。
 後は直撃を受けて機体が破壊されるのを待つのみだろう。流石にこれではどうしようもないと諦めた友里だったが、襲ってきた衝撃は直撃弾のそれではなく、何かが機体を掴んだ衝撃であった。

「何よ、捕虜にしようって言うの?」

 友里は少し戸惑ったが、どれも良いかという気もしていた。少なくとも捕虜になるならば殺される事はないだろう。
 だが、接触通信によって飛びこんできた音声は、彼女の聞きなれたものであった。

「ゆ、友里さーん、生きてますよね!?」
「・・・・・・その声、みさお?」
「ああ良かった、生きてましたあ。今連れ帰りますからね!」
「連れ帰るって、何言ってるのよあなた、私なんか置いて行きなさい!」
「大丈夫です、私だけじゃありませんから」
「私だけじゃない?」
「後で説明してあげますから、早く機体を捨てて出てきてください!」
「え、ええ」

 何だか分からないが、どうやら外は安全であるらしい。ハッチを開放して外に出てみると、辺りにいた敵機の姿が無く、変わりに見なれたヴァルキューレの機体がある。そして少し離れた所では激しい戦いが行われていた。

「あれは?」
「久瀬大尉です。友里さんの為に時間を稼いでくれてるんですから、早く行きましょう 向こうで一弥君も待ってます!」
「あれが、久瀬大尉・・・・・・」

 多数の敵機を相手に獅子奮迅の戦い振りを見せる久瀬のジャギュアーに、友里は美しささえ感じてしまっていた。

 

 友里を助けるべく北川達の攻勢を一手に引き受けた久瀬だったが、正直言って悲鳴を上げていた。

「くそっ、さっきの連中よりも上手いな。特にジムUとRガンダムは・・・・・サイレントか言うやつらか?」

 久瀬は知らなかったが、それは北川と香里だ。佐祐理より強いと感じるのも無理は無い。特に北川は無駄弾を全く撃たないので言葉にできない怖さがある。ひたすら移動を繰り返し、時折牽制射撃を加えているので自分も直撃を受ける危険は少ないのだが、一発撃ったら十発帰って来るという状態では何時まで無傷でいられるか分からない。

北川たちは北川たちでようやく厄介な相手から戦闘力を奪ったと思ったら、また凄腕が現れたのだ。愉快ではない。

「美坂、包囲する。回り込んでくれ!」
「簡単に言わないでよ、このジャギュアーったら機動に全然隙が無いのよ!」
「そこを何とかしてくれ、さっきから相沢の部下たちが弾を食らってるんだ!」

 見れば一緒に戦っていた2機のジム・フルバーニアンに弾痕が目立つようになっている。ジャギュアーの放った弾を受けたのだろう。堕ちはしないだろうが、帰ったら整備兵が泣くかもしれない。

「分かったわ、やってみる」
「おお、頼むぞ!」

 北川の射撃のペースが上げられた。照準が甘くなるのを覚悟でジャギュアーの動きを封じようと撃ちまくる。鐵鋼弾のシャワーの射竦められて逃げ場所を制限されたジャギュアーの側面から香里が迫って行く。

「良いわよ北川君、もう少し頑張って」
「それは残弾に聞いてくれ!」

 ばら撒かれる徹甲弾の火線に北川が引き攣った顔で応じる。残弾を示すカウンターが恐ろしい速さで回っていく様は、北川には耐え難いものだ。


 久瀬は回りこんできている香里に気付いていたが、それを阻止する手段が無かった。ライフルは一丁しかないのだ。このままでは堕とされると分かってはいたが打つ手が無い。香里もそう思ったからこそ大胆に動いているのだが、まだ油断するのは早過ぎた。

「もうすぐで包囲できるわね」

 薄く笑うと、香里はライフルをジャギュアーに向けた。だがその直後にいきなり機体のすぐ傍を巨大なビームが走りぬけて行った。エネルギー余波を受けてシールドが溶け、そのまま左腕も動かなくなってしまう。

「な、何よこれは!?」
「逃げろ美坂、艦砲射撃だ!」
「か、艦砲ですって!?」

 驚いた事に、リシュリューの砲が久瀬の退路を確保するべく砲撃を開始していたのだ。次々に襲い来る戦艦のメガ粒子砲は凄まじい威力がある。それはRガンダムが至近弾だけで戦闘不能に追い込まれた事からも分かる。滅多に当たるものではないと分かっているが、まぐれ当たりどころか掠っただけでも終わりにされてしまうのだ。久瀬を追っている所ではなかった。

「仕方ねえ、全機、離脱しろ!」
「ちょっと北川君!?」
「美坂、今は言う通りにしろ。こんな所でこれ以上死人を出すわけにはいかねえんだ!」

 北川に押し切られる形で仕方なく香里もビームの弾幕から離れて行く。おかげで久瀬は戦場から離脱する事が出来た。北川たちと十分な距離を開け、みさおや一弥と合流する。

「久瀬大尉、無事でしたか!」
「ああ、かなり危なかったが、なんとかね。そっちはどうだったんだ?」
「ええ、機体は駄目でしたが、友里さんは助けられました」
「何、機体はまた作ればいい。パイロットの方が遥かに・・・・・・・」

 久瀬は話の途中である事に気付いた。前から幾度も由衣に聞かされていた名前をみさおが言ったのだ。

「みさお、君の助けた人は誰だい?」
「あ、ちょっと待ってください、今変わりますから」

 通信機の向こうで何かごそごそと音がし、別の女性の声が通信機から流れてきた。

「変わりました、名倉友里少尉です」
「・・・・・・名倉友里・・・・・・間違い無い」
「あの、なにがですか、大尉?」
「いや、それが・・・・・・」

 突如としてコクピットにロックオンのアラームが響き渡った。咄嗟にスティックを一杯まで引き、メインスラスターを限界まで開いた。急激な上昇に全身の血が下半身へと押しやられ、気が遠くなっていくのも構わずにその機動を暫く続けた。すると、それまでいたところを無数の火線が貫いていくのを後方監視モニターが捕らえた。
 みさおと一弥が驚き、その攻撃を加えてきた相手を見た。それは、1機のジム・フルバーニアンだった。
 襲いかかってきたのは祐一のジム・フルバーニアンだった。

「よくも俺の部下をおおおおっ!!」

 目の前で部下を堕とされた事に逆上した祐一が久瀬を追って来ていたのだ。ジムライフルがフルオートで弾を吐き出しつづけ、無理な機動を続けていた久瀬のジャギュアーに次々と吸いこまれ、直撃の火花をあげさせている。

「くっ、まだ諦めてなかったのか・・・・・・」
「大尉、援護します!」
「1機で来るなんてっ!」

 みさおと一弥のヴァルキューレが祐一に向けて集中砲火を叩き込んだ。だが、祐一はそれらを小刻みな機動によって大した直撃を受ける事も無く二人の火線から離脱してしまった。

「は、速いよっ!」

 みさおが驚きの声を上げ、一弥がビームグレイブを持ち出してそれを追いかける。

「何なんだよ、あのジムはっ!」

 2機が追いかけて来るのを無視して祐一は久瀬に襲いかかった。久瀬も相手が無視できない実力の持ち主だと悟ったのか、逃げるよりはと向かっていく。

「・・・・・・・早く片付けないと、逃げられなくなるな」

 90mmマシンガンを撃ちまくったが、祐一のジム・フルバーニアンは出鱈目な機動でことごとく無駄弾に終わらせている。このままだと接近戦をするしかないかと左手にそっとビームサーベルを掴ませておいたが、そのおかげで何とか命拾いをする事が出来た。
 いきなり視界からジム・フルバーニアンが消えたのだ。驚いて当たりを見回そうとした時にはすぐ傍に迫っている。

「ば、馬鹿な、一体どうやって!?」

 久瀬には信じられなかったが、祐一は急激な横移動によってジャギュアーの光学センサーを一瞬振り切ったのだ。相当な経験と技量が要求される機動だが、祐一はそれが出来るパイロットなのだ。

「堕ちやがれ!」
「くぅ!」

 ほとんど零距離射撃でジムライフルの引き金を引き絞ろうとしたが、それより速くジャギュアーのシールドの影から飛び出してきたビームサーベルにライフルを切られてしまった。急いで後退しながら牽制に頭部60mmバルカンを撃ちまくるが、ジャギュアーも怯まずに90mmマシンガンを撃ち返してきた。
 後退しながら祐一はそのジャギュアーを睨みつけた。

「ちぃぃ、できるっ!」

 せっかく距離を詰めたのに、また振り出しに戻ってしまった。しかも悪い事に、どうやら相手にはお迎えがきたらしい。逃げて行く艦隊の方から幾つもの推進剤の帯びがこちらへと向かってくるのが見える。祐一としては潮時を悟らざるを得なかった。

「く・・・く・・・くそぉおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 機体を翻し、スピードにものを言わせて久瀬たちから離れて行く。久瀬達はそれをやや拍子抜けして見守っているが、その答えはすぐにやってきた。

「大丈夫ですか、久瀬大尉」
「その声は、里村さんか」

 見れば茜のイリーズが3機のガルバルディβと2機のブレッタを伴ってやってきている。どうやらさっきのジムはこれを見て引き上げたらしかった。久瀬は安心したのかスティックから手を離し、ヘルメットのバイザーを開いて瞼を強く押した。

「・・・・・・終わったかな、この作戦も」

 久瀬の想像は当たっていた。今度の戦果に満足した斉藤は、これ以上傷を広げないうちに引き上げる決断をしたのだ。言うなれば、勝ち逃げできるのだから、勝ち逃げしようと言うのだろう。実際、この戦いでファマスが失ったMSは僅か20機そこそこだったのである。これは連邦側の三分の一以下であったのだ。

 

 戦場に帰りついたシアン達は予想を遥かに越える被害の大きさに呆然としていた。自力航行が出来なくなり、来援した艦艇に曳航してもらうリアンダーの姿がある。退艦命令が出されたのか、駆逐艦が取り付き、懸命の救助活動が行われているアキレウス級戦艦の姿もある。飛びまわっているMSや内火艇はどうやら漂流者を捜索しているようだ。

「これほどとはな」
「・・・・・・お兄ちゃん、ラザルスの姿がない」
「ああ、どうやら、沈められたらしい」
「う、うぐぅ・・・・・・みんな、大丈夫かな」
「大丈夫よあゆ、みんなあんなに強いんだもの」

 シアンもさっきからラザルスの姿を探しているのだ。噛み締めた口の中に鉄の味が広がっている。私事ではあるが、郁美を残してきた事を激しく後悔しているのだ。良かれと思って残してきたが、こんな事になるとは・・・・・・
 シアン達が仲間達の生存を知るのは、指定されたサラミスに着艦して教えられてからであった。

 

 この敗戦によって連邦軍が受けた損害は甚大なものであった。結局沈没したもの、損傷が激しくて放棄されたものを合わせれば喪失艦は空母1隻、戦艦2隻、巡洋艦5隻、駆逐艦7隻にもなる。これは1個艦隊を喪失したにも等しいほどの損害だ。加えて全艦が損傷しており、判定大破という艦も多いのだ。更にMSの損失は全体の60%以上に登っている。特に第1艦隊のMS隊は壊滅しており、第一艦隊は精鋭パイロットの大半を失ってしまった。これらの損害により、第一連合艦隊でまともに機能するのは第2艦隊のみとなったわけで、第一連合艦隊が戦力として著しく弱体化してしまった事を示している。
 この大損害を纏めたレポートを読み終えた遠征艦隊首脳達は誰もが沈痛な顔付きで俯き、あるいは怒りを露にしている。特にエイノ―少将の怒りは激しい。

「これはどういう事だ、各艦隊から精鋭を抽出した最精鋭部隊を編成しておきながら惨敗もいいところではないか!」

 エイノーがギロリとエニーの顔を睨みつけた。敗軍の将であるエニーはそれに対して言い返す言葉もなく、ただ俯いて譴責に耐えている。戦争は結果が全てだ。どんな言い訳を考えようが、敗北という事実を拭う事は出来ない。
 今回ばかりは秋子も何も言わなかった。エニーは最高の部隊を率いていたのであり、あの布陣で敗北した以上どうにも弁護しようが無かったのだ。

 部下たちがエニーに非難を集中している中で、リビックは沈黙を保っていた。彼にはエニーを更迭する意思は無かったが、この戦力の大量損失は流石に笑って済ませられない。いずれエニーに叱るべく処分を下す必要があるだろうが、それはこれからの功績次第で帳消しにも出来るだろう。
 いずれにせよ、リビックにはそれ以前にやらなければいけない仕事があった。リビックが顔を上げたのを見て場の全員が口を紡ぐ。

「・・・・・・レイナルド少将の責任追及は後ですればよい。儂等には別の仕事がある」
「それは?」
「決まっておる、フォスターUを陥とすんじゃ」

 ヘボン少将の質問に、リビックは何をわかりきった事をと言いたそうに答えた。それを聞いて全員の顔に驚きと喜びが走る。

「では、遂に!」
「ようやく忍耐から解放されるぞ」
「ファマスの奴等に身の程を教えてやるわ」

 騒ぎ出した提督たちを見まわした後、リビックは更にもう一つのことを伝えた。

「前にも布告したとおり、今回の作戦は水瀬少将に作戦指揮を任せる。水瀬少将、良いな?」
「分かっています。作戦計画はすでに仕上がっております」

 秋子の答えにリビックは頷き、席から立ち上がって会議室を揺るがす大声で作戦の発動を宣言した。

「これより、フォスターU攻略作戦を発動する。各員の奮闘を期待するものであるっ!!」

 エニーの敗戦は確かに痛かったが、それは連邦軍全体の規模から見れば微々たる物でしかない。進行作戦を中止する理由は何処にも見つからなかった。
 こうして、再び大軍が動き出す。次なる目標を目指して。それをファマスは食い止める事が出来るのだろうか。

 



後書き

ジム改  ううーん、やっと終わったなあ。

栞    今日は皆さん、栞でーす!。

ジム改  ・・・・・・どったの、いきなり宣伝なんかして?

栞    だって、私の出番凄く少ないんですよ。こういう所で稼いでおかなくてどうするんですか。!

ジム改  それは、わしのせいなのか?

栞    あなた以外の誰のせいだって言うんですか!?

ジム改  いや、それを言われると厳しいのだが・・・・・・・

栞    だからせめて後書きくらいでは目立つんです。では次回予告、秋子さんが連邦艦隊 の指揮をとることに。果たして私の出番はあるんでしょうか、第42章「スノー・クリスタル」にご期待ください!

ジム改  俺のセリフ・・・・

 

次へ>  <前へ>  <ガンダム外伝TOPへ>