第42章  再会する姉妹


 フォスターUに帰還した打撃部隊であったが、その様子はとても勝者のそれではなかった。確かに圧倒的な勝利を収めはした。味方には一隻の戦没艦も出さず、MSの消耗も無視し得るほどに少ない。にも関わらず帰ってきた将兵の顔は決して明るくは無い。その原因は後方に定期的に置いてきたマーカーからもたらされる情報にあった。
 旗艦リシュリューの艦橋で報告を受け取った斉藤は心底疲れ切った顔で副長を見やる。

「・・・・・・なあ、 俺達は何をやってきたんだろうな?」
「敵の精鋭部隊と交戦し、これを徹底的に叩き潰したのですよ、艦長」
「敵の精鋭部隊を撃破して、その結果がこれか」

 斉藤の持っている報告書にはマーカーに捕らえられただけでも大小100隻の艦隊が接近していると言うのだ。マーカーの位置からして到達まであと3日。たった3日しかないのだ。斉藤が絶望するのも無理はない。

「艦隊の修復状況は?」
「工作艦を伴わなかった事が災いしまして、未だどの艦も応急修理で間に合わせているという状態です。MSも補修パーツが底を付きまして、出撃可能数は3割程度です」
「・・・・・・後一回、小競り合いができる程度か。ゲリラ戦なら仕掛けられるな」
「艦長、無茶を言わないでください。心臓に悪いですよ」

 副長が顔色を変えている。それを見て斉藤は苦笑を浮べ、冗談だと言った。このままいけば遠からずフォスターUは戦場になるだろう。それが分かっていてあえて無茶をする理由も無い。

 だが、斉藤が帰還する以前からすでに小競り合いは始まっていた。フォスターUから哨戒艦隊が幾つも出撃し、連邦の偵察部隊とあちこちでぶつかり合っていたのだ。双方とも多くて3〜4隻の巡洋艦同士がぶつかり合う程度のものだが、連邦のほうは巡洋艦に駆逐艦部隊を付けられたので数の上では随分と優位に立つ事が出来ている。もっとも、MSの性能差を考えると決して有利という訳でもなかったりする。
この小艦隊同士の戦いは大規模戦闘の前哨戦とも言えるもので、この消耗に競り勝った方が敵情把握で優位に立つ事が出来るので、両軍ともそれなりの戦力を割いている。ただ、投入した戦力は連邦軍の方が遥かに多かった。艦艇数の差でファマスはそれほど多数の艦を割けなかったのだ。

 次々に届けられる哨戒部隊と連邦部隊の戦闘報告を受けてフォスターU司令部は緊張に包まれていた。遂に来るべき時が来たかという思いがある。
 バウマンは主だった指揮官達を集めて詰めの作業に入っていた。

「連邦艦隊は間違い無くそこまで来ている。この哨戒部隊の戦闘報告の多さがそれを証明している」
「ですが、その総数が報告通りだとすれば・・・・・・」
「数は問題ではない。戦力差は今更気にしても仕方がない」

 戦力差、などというのもおこがましいほどの圧倒的な差が両軍にはある。フォスターUの総力は全部合わせて100隻程度。輸送艦は少数の護衛をつけて撤退させる予定なので実質的な戦力は80隻程度になるだろう。敵は巡洋艦以上だけで300隻を超えるので、艦隊戦では勝負する気にさえならない。だが、ファマスには駆逐艦は存在していないので、駆逐艦を数に加えるのは不公平かもしれない。
だが、この時バウマンは1つの勘違いをしていた。いや、知らなかったと言うべきか。彼は連邦軍の総力を大小合わせて700隻程度と見積もっていたのだが、実はこれは戦闘部隊だけの数で、各艦隊随伴の支援艦隊である第9〜第14艦隊が数に入っていなかったのである。支援艦隊は輸送船と少数の護衛によって構成されているが、この護衛部隊も合わせれば1個艦隊ほどの戦力になるのである。この外にも護衛も含めれば総数400隻近い数になる補給艦隊が後方に控えているのだ。ファマスの戦略は連邦に消耗を強いて撤退に追い込む事なのだが、知らないというのは恐ろしい。ファマス指導部である久瀬中将やサンデッカー代表、キャスバルアクシズ総司令らの判断では、補給線の長さと要塞戦力も加えればどうにか互角や、やや不利という見積もりだったのだ。まさかこれほどの物量を揃えていようとは想像すらしていなかったのである。

 この連邦軍に対してバウマンは広範な機雷原を作り上げる事で少しでも敵の浸透を阻もうとしていた。機雷は安いので沢山ある。敵の進撃路さえ読む事ができればすこぶるコストパフォーマンスに優れた防御兵器となるのだ。この機雷を使った戦法の第一人者は斉藤なのだが、この機雷の敷設はチリアクスの指導で行われている。フォスターU宙域に敷設される機雷はおよそ200万個にも及ぶが、チリアクスはこれでも少ないと感じていた。

「この数で、連邦を食い止められるだろうか?」

 チリアクスの不安は絶えなかった。

 

 哨戒部隊と偵察部隊の遭遇戦闘が頻発するという状態は、半ば秋子が引き起こしたものであった。不必要なほどに大量の偵察部隊を送りこみ、フォスターU守備隊に物心両面で消耗を強いるのが目的だ。外洋系艦隊司令部を巡る戦いで行われた神経攻撃の焼き直しのような戦術だが、余裕が無いファマス軍にこの攻撃は見た目以上の負担となっている。個々の部隊の技量や兵器の質で負けているので戦術的には敗北を重ねているのだが、戦略的には確実な勝利へと向かっているのだ。

 全体の作戦進行状況を見直した秋子は満足げに頷きながら書類の束を会議室のテーブルの上に置いた。カノンの会議室はかなり広く、50人以上を収容する事ができる。現在この会議室には宇宙艦隊司令長官ハンフリー・リビック大将をはじめ、第2艦隊司令官クライフ・オーエンス少将、第3艦隊司令官エニー・レイナルド少将、第4艦隊司令官ブライアン・エイノー中将、第5艦隊司令官ステファン・ヘボン少将といった顔ぶれが列席し、各艦隊司令部の幕僚なども集まっている。これに秋子の司令部幕僚や戦闘隊隊長のシアン等の姿もある。
 これらの面々を前にして、進行係を努めるマイベックはいささか緊張気味であった。さすがに宇宙艦隊司令長官を前にしては萎縮するのも無理は無い。

「これらの遭遇戦の多さは敵もこちらの動きに神経を尖らせているという証拠となりますが、敵の哨戒網が思っていたよりも厳重で、今のところ纏まった情報は入ってきておりません。ですが、哨戒部隊の数と、これまでに得られた情報を総合しますと、フォスターUには少なく見積もっても70〜80隻程度の艦隊が駐留していると思われます」
「ふむ、よく集めたものじゃな」
「ファマスの総兵力は未だに不明ですが、これだけの戦力を集めた以上、彼らはフォスターUを決戦場と考えている可能性もあります」

 マイベックの推論を聞いてリビックは少し悩んだ。フォスターUで決戦に臨むというならこちらとしては願ってもない事で、総力をあげて叩き潰してやる事が出来る。だが、久瀬中将は自暴自棄な考えとは無縁の人物だ。はたしてフォスターUで決戦など、本当に挑んで来るだろうか。あるいはすでにフォスターUももぬけの殻で、敵は火星まで後退したのではないのか。少なくとも自分ならそうする。軍事的にもそれが考えうる最良の選択だからだ。

「・・・・・・大佐、敵がフォスターUを放棄しようとしておる可能性はないかね?」
「今の所、そう言った動きは報告されておりません。敵がよほど慎重に事を進め、こちらにその動きを全く悟らせないでいる可能性もありますが」

 ファマスの指揮官達は皆優れた能力を持っている。残念だが、味方の将官にファマスの主だった司令官と並びうるような人材は少ない。司令官クラスにこそどうにか人材を揃えているが、中堅どころの質量伴った不足はこの時期に至って更に深刻になってきている。この遠征艦隊で精鋭と呼び得るだけの技量と能力を持つ艦隊は第一艦隊と機動艦隊だけで、他の艦隊はまだまだ訓練不足の感が否めない。

 リビックは今度は秋子に矛先を向けた。

「水瀬、作戦準備はどうなっておる。あと3日しかないぞ?」
「その辺りはお任せください。おおよそのことは終了しております」
「ふむ、残りは?」
「詳しい敵情ですね」

 秋子の表情が少し顰められた。同数では負けるというのがファマスと連邦の部隊の遭遇戦での大体の傾向なので、多数の偵察隊を放っても未帰還になるか、かなりの損失を出している場合が多いのだ。これによる損失は相対比率ではともかく、絶対数ではこちらが確実に負けている。
 リビックは偵察隊の損失は承知しているのでそれ以上は触れず、シアンに顔を向けた。

「シアン中佐、MS隊と戦闘機隊の方はどうかね。特に先日の戦いの損害はかなりのものだという話しだが?」
「はあ、残念ながら第一艦隊は主軸となる精鋭部隊を5割以上、つまり全滅状態まで追いこまれましたので、その再編がまだ完了していません。前の作戦に参加したベテランの内、3割が機体と共に戦死しており、その穴を新兵で埋めている状態です。この新兵を鍛え上げるだけの時間はさすがにありませんでした。また、第2、第3艦隊のMS隊は健在ですが、これらは練成途上のパイロットで無理やり数を間に合わせていますので、戦力的には2戦級です」
「つまり、第一連合艦隊は使い物にならんというわけじゃな?」
「数を考えればそうとも言えませんが、質的には敵より一段以上落ちるのは否めません。ティターンズは精鋭ですが、数が足りませんから」

 つまり、第一連合艦隊は第一艦隊のMS隊が再建されるまで前に出ないほうが良いという事になる。となると、フォスターU攻略の最前線に立つのはエイノーの第2連合艦隊という事になるが、今回の指揮は秋子がとる事になっている。若手の提督に経験を積ませようというリビックなりの考えがあるが、それを受け入れたエイノーの懐の深さもあった。

「それでは、第2連合艦隊の方はどうなのかね?」
「はい、第4、第5艦隊のMS隊はもう少し練成時間が欲しいところですが、やむをえないところでしょう。幸いにして機動艦隊のMS隊と戦闘機隊は健在ですので、これを敵の弱い所に集中投入して防衛線を突破させようかと考えております」
「では、第4、第5艦隊を先鋒に使うのかね?」
「先鋒は第4艦隊に努めてもらおうかと思っています。それで敵の出方を見た後、機動艦隊の艦載機で防衛線を突き崩し、第5艦隊を第4艦隊の後詰として突入させるというのが今回の作戦の概要ですから」
「・・・・・・・・・・・第4艦隊の犠牲が大きくなりすぎはせんかね?」

 リビックの誰何にエイノーが立ちあがった。

「長官、我が艦隊の損害を気にされるのなら、それは無用です。先陣こそ武人の本懐、喜んで勤めさせていただきますぞ」
「エイノー、貴官の敢闘精神は大いに歓迎するが、大損害を出してはその後の作戦も覚束なくなるぞ」
「ですが長官、損害を恐れていては勝利は掴めません」

 しばしリビックとエイノーの視線がぶつかり合う。連邦を代表する宿将と連邦を代表する勇将がしばし無言で睨み合ったが、やがてエイノーの方から視線を逸らせた。やはりリビックは上官であるし、その人間的な大きさには叶わないと感じさせる物がある。
 エイノーが退いた事で、リビックは改めてシアンとマイベックに顔を向けた。

「どうなのかね、第4艦隊の損害を軽減する手立てはあるのかね?」
「・・・・・・MS隊の損害を減らすことに繋がるかどうかは分かりませんが、一応の作戦はあります」
「ほう」

 マイベックの説明を受けたリビックは驚きに顔を強張らせ、秋子を見た。

「なんとも、ケレン味たっぷりな作戦を考えたものじゃな、水瀬」
「あら、長官はこういうのはお嫌いですか?」
「・・・・・・いや、面白いと思うぞ」

 ニヤリ、と子供じみた笑みを浮べ、リビックは大きく頷いた。

 

 哨戒部隊と偵察隊の戦闘は各地で行われていたが、その中の幾つかは最悪の敵と遭遇してしまっていた。その最悪の運命にぶつかってしまった不幸な部隊の1つがここにもいた。サラミス改1隻とセプテネス3隻という小規模な部隊であったが、彼らは20機を超すMSの襲撃を受けていたのである。
 サラミス改のレーダーがその機影を捕らえると同時に搭載していたジム改を発進させたが、迎撃に向かったジム改は誰もが唖然とするほどに次々と撃破されていった。どうやら敵のMS部隊とでは実力が違いすぎるらしい。
 味方MS隊があっという間にボロボロにされていくのを目の当たりにして、サラミスの艦長は絶望の叫びを上げた。

「馬鹿な、幾らなんでもこうも一方的に叩かれるはずが!?」
「艦長、MS隊が突破されました!」

 ジム改の防衛線を抜けてシュツーカが飛び出してくる。その先頭に立つのはバズーカを担いだジャギュアーと見慣れぬ茶色の機体がいて、真っ直ぐにこちらを目指している。

「対空砲火、弾幕を張れ!」

 艦長の悲鳴半歩手前な感じの命令を受けて対空銃座がパルスレーザーの火線を吹き上げた。次々と撃ち上げられるレーザーは高密度の火網を作り上げているが、ジャギュアーと茶色のMSはあっさりと弾幕を突きぬけて懐にまで飛びこんできた。

「長森、無駄撃ちするなよ!」
「浩平に言われたくないよ〜」

 サラミス改の対空砲火を抜けた浩平のジャギュアーと瑞佳のエトワールはサラミス改の艦橋手前で左右に分かれ、担いできたリックドム用のジャイアントバズを次々に叩きこんでいった。2機合計で8発ものバズーカ弾を叩きこまれたサラミス改はたちまち爆発に引き裂かれ、一人も脱出する暇もなく四散していった。

「よし、後は駆逐艦だ!」

 浩平はジャギュアーを駆逐艦に向けようとしたが、すでに駆逐艦は一隻残らず沈められた後であった。浩平に続いて突破してきた茜のイリーズがビームマシンガンで1隻を仕留め、残る2隻は澪と繭のテンペストが繰り出したビットの餌食になっていた。

「何が後はですか、浩平?」

 茜に問われて浩平は振り上げた拳のやり場に困ってしまった。何となく白けた空気が漂うコクピットに仲間達の容赦ない言葉が叩きこまれていく。

「浩平、なにボケっとそんな所に漂ってるの?」
「はやく帰ろうよ―」
『見せ場を無くした寂しさが漂ってるの』

 仲間達のセリフに浩平はがっくりと肩を落としたのであった。

 斉藤艦隊から分離して偵察隊の狩り出しをしていたエターナル隊であったが、みさきは疲れた顔で窓の外を流れる星を見て、視線を艦橋内に戻した。自分の席に座って仕事に打ち込んでいるレーダー担当やナビゲーター達の顔にも疲労の色は濃い。

「敵偵察艦隊の殲滅を完了。巡洋艦1隻、駆逐艦3隻撃沈、MS9機撃墜」
「味方の損害はジャムチャフスキー曹長機が被弾して中破した以外は軽微です」
「曹長は無事なの?」
「自力で生還しています。曹長自身は無傷だそうです」
「なら良いよ」

 味方の損害がMS1機で1個戦隊を潰したのなら上々の戦果だ。僅かに愁眉を開いてみさきは指揮官席の背もたれに体を預けた。先のフォスターUに対する攻撃以来連戦を強いられており、いいかげん将兵の疲労と物資の消耗が限界に達しようとしている。指揮官であるみさきの心労と重圧は凄まじいものになっていた。

『斉藤さんはムサイ2隻とあるだけの物資を回してくれたけど、もう限界だね』

 疲労の色が濃くなり、ともすればふらついてしまうのだが、それでもみさきは表面平然と指揮を取りつづけている。指揮官としては気弱な姿を見せられないという心構えからなのだが、それでも浮いた隈を隠す事は出来ず、見ている部下達は内心で何時か倒れるんじゃないかとヒヤヒヤしていたのである。
 そのみさきの元にみさきに代わって残された物資を調べていた雪見から連絡が入った。

「みさき、大体の調査が終わったわ」
「そう、あとどれだけ戦えそう?」
「上手く切り詰めれば今ぐらいの戦闘を2回はこなせるわ。でも、もし例のカノン隊クラスとぶつかったら物資切れで押し切られかねないわね」
「う――、さっきだって弾数数えながら戦ってたのに〜」
「仕方ないわね、これでもう3回目の遭遇戦よ。いいかげん艦にもガタが来てるし、正直オーバーホールして欲しいくらいだわ」

 斉藤はファマス最強部隊であるエターナル隊だからこそ任せたのだろうが、流石にもう限界だというのが本音だった。1隻の補給艦も伴わないで連戦をするのはやはり無謀なのだ。
 疲れた頭で考えたみさきは、すぐにこれ以上の戦闘を断念した。

「分かったよ、もう帰ろうか、雪ちゃん」
「そうね、それが良いと思うわ」

 雪見も賛成した事で偵察部隊狩りを切り上げる事を決めたみさきだったが、長距離レーダー担当オペレーターが急を告げる大声を上げた。

「艦長、別の敵影です!」
「・・・・・もう、一体どれだけの敵がいるんだよー!」

 肘掛を殴りつけて、みさきは帰ってきた浩平達に再出撃を命じた。
 第一戦闘配備の警報が鳴り響いた事で、パイロットルームで疲れた体を休めていた浩平達が顔を上げた。

「おいおい、またかよ」
「浩平、愚痴言ってないで行こうよ。出遅れちゃうよ」
「分かってるよ、でもなあ・・・・・・」

 立て続けの戦闘に浩平ですら音を上げたいくらいなのだ。このくらいの愚痴は仕方がないだろう。だが、浩平よりも遥かに深刻な状態の仲間がいた。横になっていた澪と繭が体を起こしたのだが、その時バランスを崩して澪が床に落ちてしまったのだ。なまじ重力ブロックなだけにこういう時は不便かもしれない。

「澪、大丈夫か!?」

 慌てて浩平が抱え起こしたが、その顔色は土気色でとても戦闘に出れるような状態ではない。繭のほうも倒れはしなかったものの、やはり顔色は酷かった。サイコミュを使っているだけに二人の疲労はもはや限界に達していたのだ。

『だ、大丈夫なの』
「・・・・・・この状況で画用紙が出せるなら、確かに大丈夫かもな」

 プルプルと画用紙を掲げる澪を、浩平はジト目で見ていた。
 だがしかし、そんな二人の出撃は当然ながら艦長権限でみさきが許可しなかった。この状態で連れて行っても足手纏いにしかならないのは確実なので、むしろ居ない方が良いのだ。
 MSデッキに駆け込んできた浩平達は自分たちの機体に取りつくと整備兵達に手短に機体の状態を聞いたが、それはどれも芳しいものではなかった。

「なんだって!?」
「右腕の駆動系の反応が鈍くなっています。せめて時間さえあれば交換も出来たんですが、30分も貰えないんでは・・・・・・・」
「じゃあ、格闘戦は無理か?」
「やらないで下さい。あと、右腕の110mm速射砲も使えないと思ってください。ジャイアントバズも予備の弾はありません」
「おいおい、無い物ずくしだな、こりゃ」
「120mmザクマシンガンならありますが、そっちのが良いですか?」
「よせやい」

 整備兵の提案に浩平は苦笑いを浮べた。ザクUの主兵装である120mmマシンガンはもはやこの時代では使えない武器と言っても良い。ジム改にならそれなりの効果があるだろうが、ジムUやジムカスタム、ジムキャノンUの装甲にはよほど近づかない限り弾かれてしまう。とてもじゃないが頼る気にはなれなかった。
 仕方なく予備として90mmマシンガンを選ぶと、ジャイアントバズに4発の弾を込めて機体をカタパルトへと移動させた。

「折原機、出るぞ!」
「了解、クライン大尉の隊は出遅れそうです。気をつけてください」
「ちっ、しゃあねえな」

 ジャイアントバズを担いだジャギュアーが飛び出してくると、その周りにエトワールやブレッタ、シュツーカが集まり出した。その数8機。

「これだけかよ。まともにやりあったら危ないかもな」
「浩平、茜は?」
「まだイリーズの整備が終わってない。出るのは無理そうだ」
「そう」
「折原大尉、どうやら先手を打たれたみたいです!」

 部下の声に慌ててレーダーを確認すると、10を超す光点が高速で迫ってくるのが見れた。どうやら完全にこちらの位置を把握されているらしい。

「参ったな、ミノフスキー粒子の濃度が薄くなってるのか」
「大尉、移動熱源多数接近!」
「なんだって、まさかミサイルか!?」

 その通りだった。敵艦隊が居ると思われる方向から数え切れないほどの対艦ミサイルが飛来してきている。ミノフスキー粒子が薄いのを見てレーダーホーミングしてきたらしい。

「まじいぞ、今から散布しても間にあわねえ!」
「浩平、迎撃するよ!」

 瑞佳が飛んできたミサイルにマシンガンを叩きこんで破壊した。他の機体もミサイルを撃ち落とそうと向かって行ったが、ミサイル群から離れるように
Rガンダム1機とジム改11機が襲いかかってきた。これには流石の浩平も驚きの声を上げてしまう。

「なんだと、まだこんなに居たのか!?」
「大尉、別の隊が艦隊に向かっています!」
「くっそお〜!」

 どうやら嵌められたらしいと悟り、浩平は歯を噛み鳴らして悔しがった。たちまちジム改部隊との激しい乱戦に巻き込まれてしまったので援護に回る事も出来ない。加えてこいつ等は今までの偵察隊よりも腕が良いらしく、なかなか弾に当たってはくれなかった。


 ミサイルとMS部隊の攻撃を受けたエターナル隊は窮地に追い込まれていた。みさきも流石に余裕を失い、席から立ちあがって指示を飛ばしている。

「ミサイルには砲撃と迎撃ミサイルで対処。回避運動用意して!」
「敵ミサイル、更に接近。本艦を10発がロックオンしました!」

 オペレーターの悲鳴のような報告が入る。飛来したミサイルが目標を捕らえる為に発したレーダー波にエターナルが捕らえられたのだ。スクリーンに映し出されるミサイル群が三派に分かれ、うち一群がエターナルへと向かってくる。

「MSは何をしてるの!?」
「折原隊は敵MS隊と交戦中です。クライン隊はまだ出れません。直援隊は3機しか残っていません!」
「・・・・・・茜ちゃんはもう出たの?」
「いえ、まだ整備中です!」

 報告の全てがお先真っ暗なものばかりで嫌になる。
 この直後、エターナルが立て続けの衝撃波に激しく打ち据えられ、乗っているクルー達は何かに掴まらなければ体を支えられなくなった。咄嗟に掴まれなかったクルーは慣性のままに宙を飛ばされ、何かに激突している。

「敵ミサイル、全弾破壊しました!」

 オペレーターがこの状況でも自らの責務を果たしている。エターナルは対空機銃で弾幕を張れるのでどうにかミサイルを防げたのだ。
だが、後方に居るムサイはそうもいかなかった。ムサイは対空機銃を積んでいないので弾幕が張れないのだ。ファマスに所属しているムサイは全て外洋系艦隊司令部を巡る戦いの後、ドックで対空機銃を増設されていたがそれでも弾幕を張るには力不足な火力でしかない。襲い来るミサイルを全てを撃ち落す事は出来なかった。1隻は5発ものミサイルを受けてそのまま爆発四散してしまった。もう1隻は巧みな繰艦で多くに宙を切らせたが、それでも2発に掴まってしまった。
 その瞬間をモニター越しに見ていた艦橋クルー達は顔色を失ってしまった。

「・・・・・・タウンゼント爆沈、リュッツォー大破、しました」
「浩平君たちを呼び戻して直援に専念させて。リュッツォーは生存者を救出したら放棄して。急いでここから撤退するよ」

 もはや勝ち目がないと判断したみさきはここから逃げ出すことにした。艦長席から立ちあがり、力をゆっくりと解放していく。

「雪ちゃんを艦橋に呼んで。私はリヴァークで出るよ!」

 

 エターナル隊を窮地に追い込んでいたのは偵察隊の中でも一際大きな戦力を持つ打撃部隊、第13独立艦隊だった。旗艦アキリースはグレイファントム型強襲揚陸艦の1隻で、同型艦は3隻ある。この第13独立艦隊の指揮官であるブライト・ノア少佐は友軍を殲滅したこの部隊を叩き潰そうと奇襲をしかけてきたのだ。

「ミサイル第3波、準備は良いか?」
「準備は出来てますが、ミノフスキー粒子の濃度が上がってます。命中は期待できませんよ艦長」
「そうか、MS隊はどうなった?」
「敵MS隊の後退に付けこんで突入していますが、敵艦奇襲部隊は通信が途絶しています」
「通信途絶だと、全滅したとでも言うのか!?」

 ブライトは馬鹿なと否定したかったが、悲しいかな彼はこういう事が出来そうな敵というものに幾度も遭遇している。シャア・アズナブルや仲間だったアムロ・レイのようなパイロットなら1機で9機を殲滅出来るかもしれないと思ってしまうのだ。

「・・・・・・無理をしても仕方がないか。ムサイ2隻は仕留めたんだ。良しとしよう」

 大怪我をする前に引き上げることにしたブライトは、新たな指示を出した。

「ミサイル第3波を発射。MS部隊を収容後、現宙域から撤退する!」


 結果論になるが、ブライトの判断は正しかった。エターナルから出撃したリヴァークは9機のジム改を迎え撃ち、これを叩きのめしていた。リヴァークを相手にして大損害を出したジム改部隊は慌てて逃げ出そうとしたのだが、そこにクラインのMA部隊がやってきてその部隊に止めをさしていたのだ。もし攻撃を強行していたらこの部隊との戦闘は避けられず、かなりの被害を出した事は疑いない。
 結果としてブライトの歴戦の艦長としての勘が第13独立艦隊を救った事になり、アキリーズとサラミス最終型5隻はMS隊を収容すると速やかに撤退して行ったのである。これを追撃しようとしたクラインはMSと入れ替わるように飛来してきたミサイル群への対処に追われてしまい、これを取り逃している。
 早々と追撃を諦めてエターナルの傍に留まっていたみさきは、連邦艦隊の鮮やかな引際に素直に感嘆していた。

「歴戦の指揮官みたいだね。勝ち逃げされたよ」

 損害を見れば自分たちの負けたのだが、不思議と敵を憎いとは感じなかった。軍人_救いがたい一面と言ってしまえばそれまでだが、みさきは敵の逃げっぷりに素直に感心していたのだ。この時、もし相手があの「木馬」の通称で呼ばれ、ジオン軍の将兵から恐怖の象徴のように見られていたホワイトベースの艦長であったブライト・ノア少佐だと知ればどんな顔をしただろうか。

 

 損害比率だけを見れば連邦の惨敗であったが、全体の戦力比率を見るなら必ずしもそうとは言えない結果でこの前哨戦は終結したといえる。ファマスは哨戒部隊にエターナル隊を含め、かなり強力な部隊を送りこんできたが、連邦側も機動艦隊から一部部隊を割くなどして紹介部隊狩りを行っており、これに捕捉されて潰された哨戒部隊も決して少ない数ではなかったのだ。

 この大決戦前の僅かな時に、1つの小さな事件が起きていた。それは戦局に影響を与えるような事件では無く、誰も気にもしないような事件ではあったが、確かに何かが変わった事件であった。
 久瀬はある疑問を解消するべく、部下を伴ってアサルムを訪れていた。名目は次の作戦に備えてパイロット同士でミーティングをしたいというものだが、本当の狙いは別の所にあった。
 何故か厳しい表情の久瀬に、付いてきた3人は困惑していた。

「ねえ、どうしたのよ今日の大尉は。妙に怖い顔じゃない」
「・・・・・・先の戦い以来、何か悩んでいるようでしたが、それが関係しているのかもしれません」

 晴香と葉子が顔を寄せ合って小声で話し合っている。当然それは久瀬にも聞こえているはずだが、振り向きもせずに真っ直ぐブリーフィングルームに向かっている。そこには久瀬が頼んでおいたパイロット達が居るはずだからだ。
 そしてブリーフィングルームの傍まで来た時、久瀬は足を止めて振り返り、付いてきている由衣を見た。

「・・・・・・由衣、これから君に合って貰いたい人が居るんだ」
「はい、私にですか?」

 まさか自分が関係しているとは思っていなかったのか、由衣はポカーンと口を開けて驚いている。

「ああ、前の作戦の時、少し気になる名前を耳にしたものでね」
「気になる名前、ですか?」
「ああ、名倉、友里と言ったかな」

 言葉の形を持った衝撃とでも言うのだろうか。由衣はその場で完全に固まってしまっていた。実に3分ほどの間彼女は完全に動きを止めており、再起動まで久瀬は待つ羽目になったのである。

「・・・・・・え、え、まさか、ここにお姉ちゃんが居ると?」
「やはり、君の姉さんの名前か。聞き覚えがあったからそうじゃないかと思ったんだが」
「ここに、お姉ちゃんが居る・・・・・・」

 由衣は信じられないと言いたそうに何度も目を瞬いている。

「まあ、本人かどうかはまだ分からない。だからこうして確かめに来たわけなんだが」

 小さく肩を竦め、久瀬は前に向き直った。

「入るよ、覚悟は良いかい?」
「あ、え、ええと、それは・・・・・・・ああああ〜」

 なにやら通路で頭を抱えて悶えている由衣の姿は滑稽を通り越してなんだかヤバゲな感じさえした。同行していた晴香と葉子は慌てて辺りを見まわし、見ている人がいない事を確かめている。

「ちょ、ちょっと由衣、恥ずかしいからこんな所で悶えないでよ」
「由衣さん、妖しい踊りは時と場所をわきまえてください」

 珍しく葉子まで焦りを浮べている。流石にこの状態の由衣の仲間と思われるのはいろいろと問題があるらしい。
 それでも暫く愉快な踊りを踊っていた由衣だったが、ようやく落ちついたのか踊るのをやめた。もしかしたら疲れただけかもしれない。

「・・・・・・もう良いかな?」
「は、はい、良いです」

 そんなにガチガチで何処が大丈夫なんだと思わないでもなかったが、これ以上引き伸ばすと恥かきそうなので突っ込まなかった。一歩踏み出してブリーフィングルームの扉を開ける。中には友里にみさおと一弥、それに何故か氷上までがいた。

「・・・・・・氷上君、君を呼んだ覚えはないのだが?」
「何か君が面白そうな事を考えてるみたいなんでね。観客として参加させてもらおうかと思って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 久瀬はジロリと氷上を睨みつけたが、氷上は涼しい顔でそれを受け流していた。この手仮面笑顔には無駄だと悟ると、久瀬は仕方なく中に踏み入っていった。

「名倉友里少尉、実は確認したい事があるのだが、良いかい?」
「は、あたしにですか。何です?」

 友里はまさか久瀬が自分に用があるとは思っておらず、突然のことに少々驚いていた。

「いや、別に対した事ではないさ。君は、サイド3に家族がいる時いたのだが」
「え、ええ、いますよ」
「弟か妹は、いるかい?」
「はあ、妹がいます。由衣と言ってあたしの1つ下です」

 友里はどうしてくぜがそんな事を聞いてくるのかさっぱり分からなかったが、久瀬にはしかるべき理由があるらしい。なにやら小さく頷くと背後を振りかえった。

「という事だ、入ってきなさい由衣」
「え!?」

 友里は目を見開いて驚きを露にした。久瀬の言葉に促されるように入ってきた少女は、自分の知っている姿よりだいぶ成長していたが、間違いなく自分の妹だったからだ。

「ゆ、由衣、どうしてこんな所に!?」
「どうしてって、その、お姉ちゃんを探しに・・・・・・」

 しどろもどろに答える由衣の頬をいきなり友里の右手が張った。室内に大きな音が響き、全員がビクッと身を引いている。

「あんた、一体何考えてんのよ。ここがどれだけ危険なところか知らない訳じゃないでしょ!!」
「わ、分かってるよ。私だってリシュリュー隊のパイロットなんだから」
「パイロットって・・・・・・」

 友里は絶句してしまっていた。まさか妹がファマスでパイロットをやっているとは思わなかったのだろう。友里が絶句した事でようやく口を挟む余裕ができたのか、久瀬が由衣の隣に立った。

「まあ、そう怒らないでやってくれないかな。由衣だって君が心配で飛び出してきたのだから」
「・・・・・・何処の世界に戦争の真っ只中に妹に来て欲しいなんて思う姉がいるんですか?」
「確かにそうだが、ここまで探しに来た由衣の気持ちも分かってやってくれないか。由衣はその為にFARGOにまで潜入したのだからね」
「・・・・・・何考えてるのよ、あんたは」

 友里は心底呆れた様子で、自分の座っていた椅子にドサリと腰を下ろした。

「お姉ちゃん、私・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 口篭もってしまう由衣を友里は見ようともしない。ただ俯き、黙りこんでいる。由衣は姉の態度にどうしたら良いのか分からず、ただおろおろとしている。何故か久瀬は今度は口を挟もうとしないし、氷上は面白そうに見ているだけだ。他の4人はどうして良いか分からずにいる。
 やがて、大きく息を吐き出すと友里は顔を上げ、右手で髪を掻き揚げた。

「ああもう、何であんたはそう馬鹿なのよ!」
「ば、馬鹿って・・・・・・そりゃお姉ちゃんに較べれば頭は悪いけど・・・・・・」
「まったく、まさかここまで馬鹿で向う見ずだとは流石に思わなかったわ」
「・・・・・・・う〜」

 姉の容赦無い言葉に由衣はすっかり拗ねてしまった。だけど反論する事も出来ないのでただ唸るしか出来ないのだ。
 だが、先ほどまでの剣呑な雰囲気はもう無かった。相変わらず不機嫌ではあるのだが、友里はちゃんと由衣を見ている。

『どうやら、落ち着いたようだな』

 久瀬は友里が妹が目の前にいるという現実を受け入れるのに四苦八苦している事を分かっていたので、あえて声をかけないでいたのだ。時としては待つ事も必要だという事を知っていたからだ。


 もう首を突っ込む必要は無さそうだと悟り、久瀬はそっと由衣の傍から見を引いた。もう2人にしても大丈夫だろう。2人から離れた久瀬に氷上が近づいてくる。

「結構お節介な人なんだね、久瀬大尉は」
「・・・・・・気まぐれだよ」
「お人よしの気まぐれかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 久瀬はジロリと氷上の顔を睨んだ。氷上は少しおどけた様子で肩を竦め、降参の意を露にする。

「でもまあ、離れ離れだった姉妹が再会できたんだ。これは感動するべき光景だと思うよ」
「・・・・・・ああ、そうだな」

 半眼で妹をからかう友里と、それに文句を立て並べる由衣の姿を見て、久瀬はわずかに表情を綻ばせた。これで由衣が危険をおかしてまで軍に来た事が報われたのだ。

 

 この3日後、フォスターUに未曾有の大軍が襲いかかってきた。

 


後書き
ジム改 タイトルを前の予告とは変えてしまった。
浩平  タイトルがなんだ、俺の出番があったからそれで良いのだ。
ジム改 おお、そういえば随分久しぶりに君が出てたな。
浩平  それを言うなよ〜、大体どうしてファマス屈指のエースである俺の出番が少ないんだ!?
ジム改 そ、それは・・・・・・昔から言うではないか。真打は最後の登場するものだと。
浩平  真打〜?(疑惑の眼差し)
ジム改 そこで疑ってはいかんな。これから君は忙しくなるというのに。
浩平  マジで?
ジム改 当たり前ではないか。久々の大規模戦闘が始まるのだぞ。これまでの小競り合いとは違う、まさに決戦なんだぞ。
浩平  おお、なんだか凄そうだ。
ジム改 うむ、確かに凄いぞ。何しろ遂に・・・・・・
浩平  遂に?
ジム改 いや、やっぱやめた。
浩平  コラ、途中で止めるな。気になるだろうが!
ジム改 気にするな、では皆さん、次回こそ「スノー・クリスタル」でお会いしましょう。

 

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