43章 スノー・クリスタル

 

 

 6月13日、遂に連邦軍はフォスターUに到達した。その戦力はまさに圧倒的で、要塞司令部のスクリーンは艦艇を示す無数の光点に埋め尽くされていた。

「敵艦隊、総数700隻以上!」
「要塞から3万キロのところで横列に展開しつつ、艦載機を発進させています!」
「むう、やつら、あんな遠くから何をするつもりだ?」

 バウマンが要塞司令部で首を捻っていた。いくらなんでも3万キロも離れていては互いに完全に射程外だ。そんなところで展開しても意味がない。

「我々を、要塞に封じ込めるつもりでしょうか?」
「それはない、連中は少しでも早く地球圏に帰りたいはずだ。ここは無理をしてでも短期決戦を挑んでくるはずなのだが・・・」

 バウマンは理解しがたい、といった顔でスクリーンを睨みつけた。
 はるか遠くで展開している連邦艦隊、その謎は程なく明らかになった。

「提督、前衛部隊から連絡、多数の隕石群が要塞に向けて高速で接近中との事です!」
「なに、隕石だと・・・・・・・・・・そうか、そういう事かっ!」

 唐突にバウマンは理解した。連邦軍が何を目論んでいるのかを。

「食い止めろ、隕石を破壊するんだっ!」
「・・・・・・駄目です、止まりませんっ!」

 そのすぐ直後に振動が司令部を襲った。誰もが咄嗟に何かに掴る。その振動は立て続けに要塞を襲い、誰もが恐怖に顔色を変えた。
 やがて、振動が収まったところでバウマンが被害の集計を出させたが、その結果はバウマンを蒼ざめさせるに十分だった。

「Nフィールドの防衛システムは機能の50パーセントを失った、だと?」
「はい、砲台自体が隕石で潰された事も大きいのですが、これによりNフィールド防空指揮所からの統制システムにもダメージがありまして、実質的な防空火力は激減しました」

 部下からの報告を聞いて愕然とするバウマン。このままでは手も足も出ないまま要塞は無力化されてしまうだろう。だが、それでもまだ艦隊は出せなかった。要塞戦力と一体化してこそ何とか戦えるだろうというほどの兵力差が両者の間にはあるのだから。

「仕方ない、少し遠いがミサイルで応戦しろ。艦隊はまだ動かすな!」


 連邦艦隊はカノンと5隻の採掘用マスドライバーシップを使って次々と隕石を要塞に撃ちこんでいた。

「水瀬提督、要塞から熱源反応多数接近。恐らくミサイルでしょう」
「照準精度は? 危険なら迎撃を」
「・・・5パーセントほどが艦隊への直撃コースにあります。迎撃ミサイルで応戦します」

 艦隊から次々と迎撃ミサイルが発射され、飛来するミサイルの前で無数の子弾を展開する。これが熱源誘導でミサイルを迎撃するわけだが、これは迎撃ミサイルの方がかなり分が悪い。最も今回は数の差があるので問題は無かったが。
 艦隊正面で次々と撃破されるミサイルの輝きに彩られながらもカノンと5隻のマスドライバーシップは攻撃を止めなかった。

「・・・・・・出てきませんな」

 マイベックが若干の苛立ちを感じさせる声で呟く。まだ若いだけに血気にはやる部分が苛立ちを押さえきれないのだろう。そんなマイベックに秋子がいつもののほほんとした声をかける。

「どうやら、この攻撃が艦隊の誘き出しを狙ってる物だと見抜かれたみたいですね。流石にファマスの士官は優秀です」
「まったく、優秀な敵というのは厄介な物ですな」
「あら、マイベックさんは強敵と戦うのに喜びを見出したりしないんですか?」
「私はそんな趣味はありませんよ。スポーツじゃありませんからな、強敵と戦ったからといって鍛えられて、強くなるわけでもないですし」

 マイベックの主張は、職業軍人としては非難される類のものかもしれない。第2連合艦隊を率いているエイノー中将などはマーズの申し子のような人物で、戦うことが自分の人生だと言い切っているくらいだ。いわゆるタカ派なのだが、現在の連邦軍にはそういう人物が多い。リビックのような良識ある職業軍人もいるのだが、どうも一年戦争で曲がりなりにも勝利を収めたことが増長につながっているらしい。

「勝利の快感をもう一度っ!」

 と望む声があるのも事実なのだ。
 


 隕石を撃ち尽くしたところでようやく連邦艦隊は前進を開始した。第一連合艦隊を予備戦力とし、秋子の機動艦隊を後衛としてエイノーの指揮する第4艦隊とヘボンの指揮する第5艦隊がゆっくりと要塞に向かっていくさまは巨大な波涛が砂の城を打ち砕くさまにすら似ているが、その城の前にはささやかながらも防波堤が存在していた。艦隊指揮をバウマンから一任されたチリアクス少将率いる艦隊は迫りくる連邦艦隊を食い止めんと展開を完了していた。
 旗艦であるノルマンディー級戦艦ツィタデルの艦橋に立つチリアクスは迫りくる連邦艦隊を見据え、右手を振り上げ、振り下ろした。それを合図にファマス艦隊と要塞の砲火が連邦艦隊に向かって放たれ、それに2秒送れて連邦艦隊も撃ち始めた。両軍の間を無数のビームとミサイルが交差し、対ビーム榴散弾と迎撃ミサイルといった防御兵器がこれを艦に届く前に無力化する。互いにこの段階ではまだMSは出していない。後続距離の関係で出しても戦闘を満足に行えないからだ。
 連邦軍の艦列から予定通りエイノー率いる第4艦隊が前に出てきた。先鋒を務めるエイノーは久しぶりの実戦に興奮を押さえる事が出来ないでいる。なにしろ指揮下の艦艇は駆逐艦も入れれば100隻近くにもなる大軍であり、自分が座乗しているのは連邦でも最新鋭の戦艦であるバーミンガム級4番艦アンソンだ。指揮官としてこの状況を喜ばずに何を喜ぶのかと言いたくなるほどに彼は内心で喝采を叫んでいたのだ。
 数に勝る第4艦隊は数箇所から同じに突撃をかけてファマス艦隊の突き崩しを図ったが、これはチリアクスの必死の防戦に阻まれて思うような戦果を上げられなかった。仕方なくエイノーは陣形を纏めると整然とした砲撃を加えることで圧力をかけることにした。これなら戦いは数の勝負になる。数に勝る第4艦隊が競り勝つのは間違い無い堅実な手だといえる。
 これに対してチリアクスは攻防の性能に優れる連邦系艦艇に第4艦隊との砲戦を行なわせ、快速を武器とするジオン系艦艇で編成した小艦隊を複数同じに動かすという手に出た。MS運用に一日の長を持つジオン将校のチリアクスはムサイやザンジバルを中心とする機動部隊で連邦艦隊に一撃離脱による消耗を強いる作戦にでたのだ。
 エイノーは小規模の快速ジオン艦艇部隊の度重なる襲撃に味方の艦が少しずつ、だが確実に減らされていくのを見て、この部隊の掃討に戦力を回さざるをえなくなった。だが、そうすると正面戦力が足りなくなる。どうしたものかと悩んでいると、予定よりも早く第5艦隊が前進をはじめたと報告が入って口元を緩ませた。

「水瀬め、私の考えを読みおったか」

 リビック長官に一目置かれるだけの事はあると、エイノーは一回りは年少の同僚の顔を思い浮かべながら思った。そして僅かに感謝の念を覚えながらエイノーは目の前の敵に視線を向ける。

「艦隊前進。MS隊を発進させろ!」

 両軍の艦艇が放つビームとミサイルが宙域を沸騰させている。この膨大なエネルギーの坩堝を縫う形で連邦のMSや戦闘機が一気に距離を詰めていく。これを見てファマス側もMSを発進させた。
 ファマスの先鋒はアナベル・ガトー少佐率いるフォスターU前衛MS部隊が勤めていたことが連邦の先鋒部隊の不運だったかもしれない。この部隊は旧デラーズ・フリートの生き残りで編成された部隊で、全員が古参兵というファマスでも指折りの精鋭部隊だ。これを迎え撃った第4艦隊のMS隊は自分達よりも遥かに凄腕のパイロット達にいいように翻弄されていた。

「ええい、邪魔だあああああっ!」

 ガトーの駆る青いジャギュアーが立ちはだかるジム改をビームライフルで撃ち抜き、完全破壊する。その背後にはカリウスのシュツーカがピッタリとついてきていた。

「少佐、我々だけが突出しすぎてます。少し下がりましょう」
「カリウス、こんなところで引いていては勝つことはできん!」
「しかし・・・」

 猪突型のガトーに対して、どちらかというと慎重なカリウスはさすがに不安を隠し切れない様子で迫り来る連邦軍を見た。その陣容はかつて、連邦軍の発動したソロモン攻略作戦、「チェンバロ作戦」に参加した兵力を上回るのだ。いかにカリウスが歴戦であろうと、いや、歴戦であるからこそその圧倒的な戦力に恐れを抱かないわけにはいかなかった。

「少佐、我々だけではあの大軍に勝つことなどできません。付近の味方と合流しましょう」
「・・・・・・ちぃ・・・・・・分かった、カリウス」

 ガトーは猪突猛進型だが、決して無謀ではない。部下の進言を受け入れるだけの度量も持ち合わせていた。だからこそ、彼に付き従う者がたくさんいるのだ。
 ガトーとカリウスが引くことで生じた空白は、半瞬後には1個中隊のジム改に埋められてしまった。ファマスは局所の戦闘では確かに連邦に対して優勢、ないしは圧倒していたのだが、全体としては圧倒的多数の連邦MS部隊に半包囲されており、一旦どこかが崩れればたちまち圧倒的劣勢へと崩れ落ちていくのは間違いなかった。

 

 連邦軍総旗艦バーミンガムではリビックが緩やかな包囲を完成させつつある自軍の動きを戦術モニターで確認して賞賛のうめきを漏らした。

「さすがに水瀬だな、まさか、ここまで見事な艦隊運動が行えるとは」
「水瀬提督は通信の重要性を誰よりもよく知っています。その為の中継艦でしょうから」

 参謀長のクルムキン大佐が秋子を賞賛する。秋子はこの作戦のために手持ちの情報収集艦を全て後方に配置し、各艦隊への通信回線の維持に使っていたのだ。ミノフスキー粒子が濃くてもまったく電波が届かないというわけではない。それに、レーザー回線は使うことができる。これは相手の位置が完全に特定できないと使えないのだが、秋子はこれに情報収集艦を専門で当てることで問題を解消していた。各艦隊の旗艦や分艦隊旗艦は混戦から離れたところにいる自分用の情報収集艦に集中していればそれだけで情報を得ることができる。そうすることで各部隊の指揮官たちは自分の直属部隊のみに意識をまわしていればよくなり、各指揮官の負担を軽減する効果があった。
 チリアクスは決して無能ではない。極めて有能な部類に入る指揮官だ。だが、連邦宇宙軍の最良の部分を集めた遠征艦隊の人材と、圧倒的な物量を前にしてはまともな勝負はできなかった。フォスターTでは連邦軍が戦力を分散していたが、今度はまとまって行動しているので正面から相手をするしかなかった。そのせいで戦力差がそのまま出てしまったのだ。もっとも、撃破されているのは連邦軍のほうが多く、依然として質ではファマス軍のほうが勝っていることを証明している。

 

 包囲される危険にはチリアクスも、そしてバウマンも気づいていた。圧倒的多数の敵と正面から戦っているのだ。少々の質の差など数の前には無力である、という軍事的常識が目の前で証明されようとしているが、だからといってそう簡単に引くこともできない。迂闊に下がれば付け込まれて大きな被害を受けるからだ。
 何とか敵を押し返せないか、ファマスの指揮官たち全てが同じ思いでいる中で、橘啓介大佐のエアーを中心としたアクシズ先遣艦隊、いや、今ではアクシズ分艦隊と言うべきか。は、早々と切り札の投入を決意した。

「艦隊は現在の位置に固定、少し早いが、第2波を出すぞ。クルーガー中佐にシェイド部隊の出動を要請しろ!」
「艦長、俺達も行きます!」
「南森中尉、MS部隊の準備は出来てるのか?」
「問題はありません。ガルタンも広瀬も出番はまだかと五月蝿いくらいです」
「まったく、戦場で輝く2人、か。いいだろう、行ってこい」
「了解!」


 要請を受けてクルーガーが乗艦であるアサルムの艦橋を飛び出していく。このアサルムはシェイド部隊を運用できるよう、特別な改装が施されている。現在のアサルムには9機のシェイドMSが配備されており、その戦力は圧倒的なものだった。これに12機の通常MSが配備されている。この全てをクルーガーが指揮していた。
 MSデッキでノーマルスーツを着たクルーガーは、部下の顔を一通り見渡した。

「いいか、俺たちは敵MS隊を切り開き、味方のMS隊が敵艦隊に突入できるようにするのが仕事だ。1機でも多く堕とせ、いいな!」
「はっ!(おー)」

 部下たちが答える中で、シェイドパイロットたちはクルーガーの訓示を完全に無視していた。いや、みさおや一弥、新しく加わってきた霧島佳乃、遠野美凪といった、比較的真面目なあたりは一応答えているのだが、他の不真面目、あるいは忠誠心に疑問が残る、命令を聞く気がない奴らは最初から聞いてすらいなかった。
 クルーガーは自分を無視しているトルビアック、氷上、国崎、司、友里を凄い目で睨みつけたが、シェイドパイロットを威嚇するのは不可能に近い。結局、クルーガーはこいつらを無視して出撃を命じた。
 アクシズ分艦隊から次々とMS隊が発進していく。何故か通常MS部隊はシュツーカでは無く、アクシズから送られてきたゲルググ改を装備していた。フォスターUに待機しているグワンザンからアクシズ艦隊の指揮を取っているベルム・ハウエル准将が分艦隊に配備されているMSにまで口を出し、アクシズから運んできたゲルググ改に機種改変させたのである。もはやファマス製の高性能MSに慣れてしまった分艦隊のパイロットたちは性能で著しく劣るゲルググ改への搭乗を拒否し、部下たちの陳情を受けて啓介はこの命令に激しく反発したのだが階級差は如何ともしがたく、「ここにアヤウラ准将がいれば、こんな馬鹿な決定は通らなかっただろうに」と漏らしている。
 この部隊の先頭にたつシェイドMS隊は思い思いに散ると手当たり次第に連邦MSを堕としまくっていった。

「ふふふふふふ、出てこい隊長、あんたを倒して、舞を俺のものにしてみせる」

 トルクがなにやら妙な妄想を抱きつつ動き回るジム改をシールドの先端で突き刺し、そのままスクラップにかえてしまう。


 トルクの希望が叶えられるかどうかは秋子の判断次第だが、秋子はまだ手持ちのカードを切る気はなかった。変わりにカノンと、その周囲にいる奇妙な艦を前に出した。サラミスの下部にコロンブスをくっ付けたような、なんとも不恰好な艦だ。サラミス部分の艦首が何やら巨大な円筒形になっている。まるで巨大な砲艦のようだ。

「正面の味方をどかしなさい、砲撃の邪魔になります。プロメテウスでまとめてなぎ払いますよ」

 秋子の指示でカノンの前に展開していた艦艇やMS、航宙機が逃げ散るようにどいていく。おかげでカノンの正面はがら空きになってしまったが、この連邦軍の動きを不審に思ったのか、そこをついてくる奴はいなかった。
 だが、フォスターT会戦を生き抜いた者は、カノンの艦隊下部に設置されているプロメテウス砲がエネルギーを溜めているのに気づいて慌てて逃げ始めた。突然の動きで陣形が乱れ、指揮官たちの叱責が飛ぶ。

「何を考えてる、勝手に戦列を離れるな!」
「貴様、敵前逃亡だぞ!」

 プロメテウスを知らない多くの指揮官たちは部下を怒鳴りつけていたが、帰ってきたのはほとんど悲鳴だった。

「そんなこと言ってる場合じゃないです、すぐに逃げないと。あの光に飲まれたら終わりですよ!」
「あの、光?」

 何人かの指揮官たちが間抜けな呟きを漏らしたのに少し遅れて、チリアクスの命令が飛んだ。

「急いで散開しろ、個艦単位で分かれるんだ。的を絞らせるな!!」

 チリアクスのツィタデルも急いでその場から移動を始める。やはり動きが速かったのはフォスターTでプロメテウスを見ている艦長やパイロットたちで、他の艦やMSは僅かに動きが遅れていた。その遅れが戦場では致命的な結果をもたらしてしまう。

「本艦のプロメテウスは発射準備完了、プロメテウス砲艦はあと20秒ほどです!」
「各艦の照準は正面、横一列で同時攻撃します。発射後、MS隊第2波と航宙機部隊の残りを投入、艦隊はここから支援を続行します!」

 秋子の指示からおよそ20秒後、宇宙を六本の光の柱が貫いた。メガ粒子砲と違い、大口径レーザービーム砲であるプロメテウスはIフィールドで弾く事は出来ず、純粋な装甲防御か、対ビームコーティングなどで対処するしかない兵器だ。エネルギー消費と破壊力の対比ではメガ粒子砲に負けるものの、防御がほぼ不可能な上に大きさから来る絶大な破壊力と直進性の良さから、現行の艦載砲としては最強の兵装である。後に登場するハイパーメガ粒子砲をも上回るこの武器を続けて撃ちこまれたファマス艦隊の被害は大きかった。
逃げ送れたファマスの艦艇が8隻蒸発し、それに倍する艦が何らかの損傷をこうむった。加えて、MS部隊が中隊単位で消滅してしまった。この被害はファマスの守備兵力から考えるとまさに致命的なもので、失われた損害を補うことはできなかった。
 プロメテウスの使用によってファマス艦隊を突き崩した連邦軍は、この機を逃すまいとその傷口を広げにかかった。高速の駆逐艦が突入し、速射性の高いレーザー砲で、ランチャーから放たれるミサイルでファマスのムサイやサラミスの艦体に次々と穴を穿ち、砲塔を吹き飛ばしていく。さながらシャチに襲われる鯨のような有様だ。これを食い止めるべき直衛のMSはあまりにも数が少なかった。戦場を高速で駆け回る駆逐艦を追い回すには絶対数が足りず、迂闊に深追いした機体は待ち構えていた連邦MSの餌食となってしまっている。

 

 ファマスの前衛が崩れたのを見て秋子は待機させていた第2派に出撃準備をさせた。その指示を受けてシアンが格納庫で部下達に最後の指示を飛ばしている。

「相沢と北川の隊を先鋒に、天野と佐祐理はそれに続け。アレン中尉は狙撃中隊を率いて戦域外で自由にしてもらって構わない。要塞ってのは取り付いてしまうのが攻略のセオリーだ。それを忘れるな!」
「シアンさんはどうするんです?」

 逆さまの状態で祐一が問い掛けてきた。

「俺はサイレンを引き連れて敵のシェイド部隊の相手をする。お前たちには近寄らせんから安心しろ」
「そうですか、そいつは助かります」

 北川がホッとした表情を見せた。もはや機動艦隊のパイロット達にとってシェイドをどうやって押さえこむかは最優先課題となっている。それだけ恐れられているという事だ。先の斎藤達の奇襲攻撃でもシェイド部隊やニュータイプ舞台を自由に動かされた為にとんでもない犠牲を支払うはめになった。

「よし、それでは作戦開始だ。相沢と北川はカタパルトデッキで待機。アレン中尉も準備を急いでくれ」
「「「了解」」」

 敬礼を残して3人がシアンの前から去っていく。それを皮きりに他のパイロット達も自分の機へと向かって行った。
 後に残されたシアンはまだ残っている七瀬に目を向ける。

「七瀬、恐らくサイレンの指揮はお前に任せる事になると思う。理由は分かるな」
「・・・・・・みさきさん、ですね」
「ああ、多分あいつも俺を狙ってるはずだからな」

 シアンと七瀬は共にみさきとは深い縁がある。戦時でなければ友人として付き合っていたはずなのだ。いや、いまでも2人には憎むべき敵という認識は無い。そう思えないという方が正しいだろう。

「俺でもあいつを相手にするのはしんどいからな。その時は頼むぞ」
「・・・・・・分かりました」

 仕方がない、とは言えなかった。

 七瀬と分かれたシアンは自分の愛機であるザイファの前へと来た。整備兵たちが慌しく機体のチェックをしているのを眺めていると、すぐ上をアムロが通っているのに気付いた。

「よおアムロ中尉、どうだ、気分は?」
「はははは、流石に出撃前の緊張感は無くなりませんね。胃が痛いです」
「俺もだよ。正直気が重い」

 ははははは、と声を出して笑うシアンの隣に降り立ったアムロが少し真剣な顔になる。

「中佐、中佐はどうして戦うんです?」
「うん、いきなり変な事を聞くな。出撃前に聞くような事じゃないぞ、それは」
「分かってます。ですが、帰ってから聞けるという保証もありません」
「まあ、そうだがね」

 シアンはアムロの物言いに苦笑を浮べながらもそれに答えてやった。

「俺が戦う理由は、最初は復讐だった」
「復讐?」
「ああ、俺は子供の頃にジオンに攫われて、ある実験に使われた事があるんだ。でまあそこから脱走した後は連邦軍に入り、こうしてジオンと戦う道を選んだ訳だ」
「でもそれはもう果たされた訳でしょう。今は何故なんです?」
「そうだなあ、こう言うと幻滅するかもしれないが、軍に居れば食うに困る心配だけはしなくて済んだからかな。幸い大尉という階級にもあったし、出世の道も多少は開けていたからね」

 苦笑しながら答えたシアンだったが、それは決しておかしな話ではなかった。一年戦争終結後、世界は戦後の復興に向けて動き出した訳なのだが、終戦時の世界は再建にどれだけの時間がかかるのかというほどに破壊され尽くしていた。当然ながら社会も混乱し、経済も疲弊している。そんな状況では現在の職を手放したがらないのも当然だったのである。アムロにもそれくらいは理解できた。

「中佐は、僕と同じですよね?」
「ニュータイプという事かな」
「はい」
「そう言われるなら、確かにそうだな。水瀬提督や栞、あゆも同じと言う事になる。だが、それがどうかしたか?」
「・・・・・・・ニュータイプ同士が出会うという事は、不幸を呼ぶものなんでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 シアンは黙ってしまった。アムロの顔には深い悲しみがある。それが何に起因する物なのかシアンは知らなかったが、何を言いたいのかは察する事ができた。

「分かり合えても、人は戦わなくてはならないんでしょうか。後には悲惨な結末しか待っていないと分かってるのに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんで僕達はこんな力を持ってしまったんでしょうね。こんな力がなければ、出会う事も無かったのに」
「・・・・・・・なあ、アムロ、結論を出すのはまだ早いんじゃないか?」

 シアンは砕けた笑顔を覗かせながら話し出した。

「そりゃ、お前は不幸な出会いを経験したかもしれない。だけどニュータイプの全てがそうとは限らないだろ。現に栞もあゆもこの力で悩むような事は無いぞ」
「それは、あの2人がまだそういう出会いをして無いからですよ」
「ニュータイプ同士が出会うと不幸になる、か」

 シアンは格納庫の中を見た。栞が自分のRガンダムの前で香里と何かを話しているのが見える。香里が時折苦笑しているところからすると帰って来たら何をするかとでも話しているのだろう。

「アムロ、お前はこの艦隊をどう思う?」
「どうって、底抜けに明るい雰囲気の艦隊ですね。落ち込んだりしないというか、まあ司令の影響なんでしょうけど」
「ああ、ここに居る連中は本当に面白い奴等だよ。お前さんのそんな考えを根底から覆しかねないほどにな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「アムロ、お前も相沢達と同年代だ。もう少しあいつ等と付き合って色々やってみろ。多分色々と考え方が変わるぞ」
「・・・・・・・・・・そうですか?」
「ああ、そうだよ。まあこいつは年長者としての忠告だがね」

 そこまで言ったところで整備兵がシアンを呼び出した。どうやら機体のチェックが終わったらしい。

「さてと、俺は行くとするか。中尉も死ぬんじゃないぞ」
「心配ですか?」
「馬鹿やろう」

 軽くヘルメットを小突いてやると、シアンは機体に向けて床を蹴った。

 

 そして、遂に連邦軍はMSの第2波を投入してきた。今度はシアン率いる機動艦隊主力、カノン隊も含まれていた。連邦軍の水準を遥かに凌ぐエース部隊、全員が教官レベルとまで言われる技量を持つ、シアンの偏執的なまでの訓練が生み出した宇宙の荒鷲たち。後に最強の代名詞として連邦、ジオン双方から畏怖と尊敬を集めるようになるクリスタル・スノーの部隊章の伝説が生まれようとしていた。

「いいか、今回は敵を完全に叩き潰す。一機でも多く堕とせ!」

 シアンの激が全軍に伝わり、各部隊は思い思いの方向からファマスに襲い掛かっていった。カノン隊のパイロットはシアンから徹底的に叩き込まれた3機一体の集団戦法を得意としており、この時もその隊形で動いていた。3機一個小隊で1機の敵を叩き、12機1個中隊で死角をカバーしあう。その為に各小隊、中隊の指揮官は特に厳しい訓練を受け、どんな状態でも自分の部下を把握できるように努めている。他の連邦軍部隊が密集した状態でファマス艦隊に向かっていくのを尻目に、カノン隊は綺麗に散開して円を小さくするかのようにファマスMS部隊に牙を剥いた。
 真っ先に狙われたのは前に出ていたガトーの部隊だ。この隊は腕がいいのだが、さすがにカノン隊を相手にすると勝手が違った。こいつらはあらゆる状況を利用して攻めてくる。太陽の位置、爆発の光、各種の欺瞞装置、味方と連携してのチームプレイ、あらゆる個人技を駆使して歴戦のパイロットたちを追い込んでいく。それまで戦っていた連邦軍とは比較にならないほどによく訓練された部隊なのだ。
 カリウスは3機のジムUに狙われてひたすら逃げ回っていた。

「こいつら、連邦とはおもえん程に腕がいい!」

 カリウスが驚いていると、1機がビームサーベルでの白兵戦を挑んできた。向うから白兵戦を仕掛けてくるということは、腕によほど自信があるということだ。カリウスもビームサーベルを抜きはなったが、不意に背中が寒くなってすぐに機体を下がらせた。その直後に、今までいた所をマシンガンの火線が貫いていく。最初の白兵戦を挑もうとした機体は囮だったのだ。カリウスは自分の直感に感謝して、敵の凄さに生唾を飲み込んだ。
 カノン隊と交戦した部隊は次々と戦線を突破されていた。一流の腕を持ったエースたちがチームプレイで攻めてくるのだ。抜けない方がおかしい。だが、彼らがここまで戦えるのには訳があった。本来なら巨大な障害となるはずのファマスエース部隊のうち、リシュリュー隊とエターナル隊の一部が後方に回っているので、全体の負担が軽かった。すでにガトー率いる前衛MSが連戦を強いられており、弾薬と推進剤の残りを数えながらの戦闘を強いられている事も一躍買っている。秋子が波状攻撃をかけたのも、敵に物資の消耗を強いる狙いがあったのだ。現に先鋒を務めたMS隊は第2波と入れ替わるように後退している。

 ガトーの前衛MS隊が踏み躙られそうになった時、ようやくファマス側の増援が戦場に突入してきた。今度はアクシズ隊が主力らしく、ゲルググ改が多い。ただ、その中に少数のガザB改が混じっているところを見る限りでは戦力には疑問が残る。もともとアクシズ隊はアヤウラが率いていた先遣隊を除けば実戦経験が全く無い新兵や一年戦争で投入された学徒動員兵の生き残りが大半であり、これを少数の熟練兵や古参兵が率いているというありさまである。その人材不足は連邦よりも遥かに深刻であった。
 シアンはやってくる気配に気づいていた。巨大な複数の力、間違いなく強力なシェイドが近づいている

「サイレン隊は俺に続け、以後の指揮は相沢に委ねる!」

 シアンがサイレンのメンバーを引き連れて前に出た。それに応じるかのようにファマスMS隊からも見慣れた機体が姿を見せる。もはや見なれたシュツーカこそ少ないが、できれば見たくない機体が先頭に立っている。

「ヴァルキューレに、ジャギュアーか・・・・・・茜とみさきもいるな」

シアンはみさきの相手をするべくリヴァークに向かおうとしたが、そこの一機のヴァルキューレが割り込んできた。

「見つけたぞ、隊長!」
「・・・・・・トルク、か?」

 郁未や北川の話でトルクがシェイドとなってファマスに参加していることは知っていたが、こうして目の前に現れるとどうにも信じられないという思いがあった。

「トルク、何を血迷った!?」
「俺は隊長を倒して舞を手に入れるんだ!」
「馬鹿野郎、そんなことでお前は!」

 ザイファとヴァルキューレが接近戦で激しい機動を繰り返す。周囲の普通の人間には何がなんだかわからないレベルの戦いを繰り広げる2人。それと似たような戦いはあと2つ起こっていた。舞と茜、あゆとみさきの戦いだ。

「うぐぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 戦場に木霊するうぐぅの叫び。これを傍受したファマスのパイロットたちは軽い恐慌状態に陥った。

「奴だ、宇宙かけるうぐぅだ!」
「冗談じゃねえ、あんな奴と殺りあえるかよ!」

 動きからしてすでに逃げ腰になっている。そんな彼らを差し置いてみさきのリヴァークがあゆを迎え撃つ。

「あゆちゃん、手加減はしないよ」
「みさきさん、来たの!?」

 2人の怪物が戦場を駆け抜ける。だが、戦いが始まってすぐにみさきは悟った。自分が押されていることを。

「嘘、兄さん以外に私を追い詰める相手がいるの?」

 みさきは信じられない思いで機体を動かしつづけたが、これはみさきの技量というよりも、機体の性能差のせいだった。1年戦争末期に実戦投入されたリヴァークと、現在の技術で組み上げられたセイレーンでは圧倒的な技術格差が存在する。みさきが苦戦するのも当然と言えた。
 もう一方の雄、茜と舞の戦いは相変わらず互角だった。セレスティアのメガビームサーベルが宙を斬り、イリーズのビームマシンガンの弾幕がIフィールドバリアに散らされる。互いに得意とする距離を保とうとして激しい機動を繰り返しているので、2人は文字通り戦場を駆け巡っていた。

「・・・・・・千日手、ですね。これじゃ」

 茜が疲れたような顔で呟く。舞と茜の実力差はほとんどない上に、機体の性格がまったく異なってるのでどうにも決め手にかけるのだ。ただ、強いて言うなら茜の方が不利だった。茜のビームマシンガンは舞のIフィールド・シールドに致命傷を与えられないが、舞のメガビームサーベルは捉えられれば確実にイリーズを破壊できるからだ。
 一方で舞も茜を捕らえられないことを悟っていた。もっとも、内心では茜と戦いたくはないので、この状態は舞にとっては好都合だとも言える。

「・・・茜・・・いつまでこんな事・・・」

 体が機械的に機体を動かす中で、舞は自分と茜が戦うわけを考えていた。


 そんな彼らを、氷上は悲しみを秘めた目で見ていた。ただ1人戦場から離れ、6人の最強のシェイドたちの戦いを見ている。

「君たちは、どこまでも殺しあうのかい。神奈の残した力をそういうふうにしか使えない・・・・・・」
「仕方ないよ、知ってるでしょ。あの子達はまだ未熟なんだよ」

 狭いコクピットの中で、氷上に答える少女。

「そう、だからこそ僕は最初は彼らを殺す気だった」
「何でそうしなかったの、簡単でしょう?」

 少女の問いに、氷上はあまりにも深い悲しみを宿した目を見せた。だが口元は戸惑いに歪められている。

「・・・・・・・・」

 少女は氷上とは対照的に笑顔だった。

「・・・・・・僕はもう一度待ってみたいと思うよ。彼らが、未来をその手で掴み取るのを。無駄かもしれないけどね」

 氷上の声は闇を見てきた者だけがもつ何かがあった。コクピットの沈んだ空気を察した少女は何かを言おうとして口を開き、諦めたかのようにその場から去っていった。


 


機体解説
プロメテウス砲艦
兵装  :プロメテウス砲×1
     単装メガ粒子砲×2
     対空連装レーザー機銃×6
<解説>
 プロメテウス砲を運用する為にサラミス級を改装して完成させた大型砲艦。だが、サラミスのジェネレーターではプロメテウス砲の運用は不可能であったため、艦体下部に追加の大型ジェネレーターを取り付けて必要エネルギーを賄っている。当然ながら運動性は最悪であり、通常火力も自衛ができる程度しか施されてはいない。しかし、プロメテウス砲を使えるというメリットは大きく、このような大規模戦闘における大口径エネルギー兵器の有用性を自ら実証した艦でもある。

 


後書き
ジム改:遂にフォスターU会戦が始まってしまいました。
栞  :最近出番の無い不幸な栞ちゃんです。
ジム改:登場するなりいきなりそれかい。
栞  :だって酷いじゃないですか。私の出番は何処なんです!?
ジム改:香里や名雪や天野だって出番は少ないんだけどなあ〜。
栞  :お姉ちゃんはどうせ後で出てきますから良いですが、私には出番があるという保証がないんです!
ジム改:ぐう・・・・
栞  :てな訳で次回はぜひとも私の活躍シーンを!
ジム改:栞の好敵手・・・・・・繭や澪とか?
栞  :接点は?
ジム改:体形とか・・・・・・
栞  :キイィィィィィ、私だって少しは成長してるんですう!!

栞、ジム改を徹底的に撲殺後、足音も高く後書きを後にしてしまった。残された死体は何も語ることなく、ただ空しく放置されているようだ。


 

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