44章  戦線突破


 全体の戦局は連邦軍の優勢のまま推移していた。すでに砲火は要塞にも及び、前のフォスターT会戦と同様の状態になっている。違うと言えば、ファマスが退路を確保しようとしていたことだろう。
 退路を確保するべく奮戦しているのはエターナル隊の精鋭たちだった。ここ最強部隊を投入しているあたり、ファマスがここを死守する気がないことを証明している。各MS部隊は浩平の指揮のもとで必死に連邦軍の浸透を阻んでいる。

「澪、繭、ビットの補給と休憩をとって来い!」

 浩平はテンペストに乗る2人のことを心配していた。何しろビットを使うのはかなりの疲労を伴う。浩平はこの強力な武器を持つ2人が倒れる前に休ませようと考えた。戦線を維持するには兵を休ませるタイミングも問題なのだ。
 だが、澪と繭は浩平の指示に反発してきた。

「みゅー!!」
『嫌なの』

 浩平たち以外にはよく分からない表現法だが、慣れてる浩平は小さくため息をついて2人を説得に入った。

「わがまま言うんじゃない、今倒れられたら俺が困る」
「みゅーはまだ元気なの!」
『ここで下がったら、出番がなくなるの!』

 なんだか主張の方向性が間違ってる気がするが・・・とにかく2人は必死だった。元気であることを示すかのようにビットが宙を舞い、近づいていた3機のMSを撃破する。

「まだ元気―!」
『やってみせるの!』
「・・・・・・で、でもな」

 浩平が強く出れないでいると、横から別の声が入ってきた。

「駄目だよ2人とも、浩平を困らせちゃ」

 瑞佳のエトワールが近寄ってきた。瑞佳に言われて2人は少し気おされていた。

「みゅー、瑞佳お姉ちゃん・・・・・・」
『で、でも、まだやれるの』

 粘りをみせる2人。だが、瑞佳に言われるとどうにも逆らい難いのか、声に強さがない。

「うん、でもね、早く帰って、元気になったらもっと活躍できると思うんだよ」
「・・・・・・みゅー・・・・・・」
『・・・・・・うー・・・・・・』
「ね?」

 瑞佳の笑顔に押し切られる形で、2人はしぶしぶエターナルに帰っていった。

「また帰ってくるよー」
『アイ・シャル・リターンなの』

 最後まで宣伝を忘れない2人だった。
 2人を返した瑞佳は浩平のジャギュアーを捕まえた。

「浩平、これ以上は持たないよ」
「長森・・・・・・そう思うか?」

 浩平は少し声を下げた。内容が内容だけにまわりに聞かれたくなかったのだ。

「うん、後一押しされたら、多分崩れるよ。ここにはみさきさんも茜ちゃんもクラインさんもいないもん」

 つまり、超エースが軒並みいないということだ。浩平と瑞佳だけで持たせるのは難しいだろう。だが、彼らに決定権はない。

「・・・・・・もう少し、もう少し持たせてくれ」

 浩平は喉から絞り出すような声で瑞佳に頼んだ。もちろん、瑞佳にそれを断るつもりはない。

「うん、頑張る・・・・・・」
「どうした、長森?」

 瑞佳の様子がおかしいのに気づいた浩平が訝しげな声をかける。瑞佳は真剣そのものの声で答えた。

「気をつけて浩平、なにか、強い人が来るよ」
「強い、カノン隊か?」
「ううん、違うと思う、この感じは、もっと荒々しい・・・・・・」

 瑞佳は知らなかったが、それは主戦場を迂回する形でやってきたティターンズの部隊、リーフだった。藤田浩之を先頭に30機ほどが突入してくる。ちなみに彼らは正規の軍人ではなく、ティターンズ経由で許可をもらった企業の警備部隊だ。

「いいか、目的は戦闘データの収集だ。無茶はするな!」
「でも浩之さん、少し無茶しないといけないみたいですよ」

 姫川琴音が示す先には2機のMSを先頭にこちらとぶつかるコースを進んできている。

「やる気だな、ありゃ」
「ふう、仕方ないね、僕は右に行くから、ヒロは正面を頼むよ」
「おい雅史、勝手に・・・・・・てもう行きやがった!」
「さすがに速いわね、で、どうすんの?」

 綾香が急かしてくる。だが、浩之が決断するよりも早く1機のRガンダムが飛び出した。

「ちょっと、何飛び出してるの、柳川さん!」

 綾香が慌てて静止するが聞く様子はない。

「くくくくく、俺は先頭にいる赤いMSをもらう。他のは好きにしろ」

 後に羅刹の名で恐れられる男、柳川裕也大尉は自らの持つ本能に従って瑞佳を敵と選んだ。しかし、昔はエリートだったのに、今では企業警備部隊の戦技教官か、閑職だねえ。

「やかましいっ!」

 柳川は何かを吹っ切るように機体をさらに加速させた。
 柳川に狙われた瑞佳も、この柳川の危険さには気づいていた。

「なに、この感じ・・・・・・いや、怖いよ」

 瑞佳は柳川の放つ異様な殺気に飲まれていた。なまじ感受性が高いNTだけに、こういう時には弱点となってしまう。瑞佳は戦意を失いかけていた。
 瑞佳が戦意をなくしてことに一番腹を立てたのは当の柳川だった。

「どうした、何をしている!」
「長森っ!」

 怒りに任せてエトワールを撃とうとしたRガンダムを浩平のジャギュアーが体当たりで無理やり吹き飛ばした。

「何やってんだ長森、死ぬぞ!」
「・・・・・・・・・・・・・」
「長森、おいっ?」
 返事をしない瑞佳に浩平はもう一度声をかけたが、返って来たのは耳を疑うものだった。
「浩平、私、怖いよ」
「な、何言ってるんだ?」
「あの人、人間じゃないよ・・・・・・うまく言えないけど・・・・・・」

 瑞佳は明らかに怯えていた。自分と一緒に幾度も死線をくぐって来た、歴戦のパイロットである瑞佳が・・・・・・
 浩平は瑞佳が人間じゃないと言う柳川の乗ったRガンダムをしっかりと見据えた。
 浩平が瑞佳を庇うように立ちはだかってるのを見て、柳川は気を変えた。

「いいだろう、獲物はお前にしてやる!」

 Rガンダムのビームライフルがジャギュアーに向けられる。浩平は瑞佳を部下に任せると柳川と対峙した。しばしにらみ合う2人、そして、先に動いたのは柳川だった。北川にも匹敵するであろう正確な射撃が浩平を襲う。だが、正確がゆえにかえってコンピューターでの予測も容易で、浩平はその全てを避けることができた。

「やるな、そうこなくては!」

 柳川はさらに距離を詰めた。距離を詰めることで命中率を上げるつもりだ。それに対して浩平はシールドを前にして突っ込んでくる柳川に体当たりを敢行してきた。ぶつかり合う2機。所詮は僅差で浩平の勝ちと言えた。浩平のシールドは柳川のビームライフルを曲げてしまったのだから。

「・・・・・・いい度胸だ、ますます楽しくなってきた」
「・・・・・・・・・・・・・」

 嬉しそうな柳川に対して、浩平は無言で攻撃を繰り返している。うささか不気味ではあるが、浩平は柳川と五分に張り合っていた。そんな浩平がボソリと一言だけ呟く。

「お前は、長森を怯えさせた・・・・・・俺は、それだけは許さない」

 浩平の声は強くはなかったが、何か、相手を底冷えさせるものがあった。その殺気の鋭さは柳川をして一瞬ひるませるほどに鋭く、鋭利な刃物のような危険さを秘めている。
 ビームサーベルを抜き放ったジャギュアーがRガンダムを切り刻もうと猛烈な攻撃を加えてくる。柳川はそれを捌くので手一杯となってしまった。

「こいつ、怒りに我を忘れたか!」
「絶対に堕としてやる!」

切り結んだ状態で、浩平はビームサーベルの出力を限界まで引き上げた。こんな事をすればビームサーベルの誘導体が焼ききれてしまい、使い物にならなくなってしまうのだが、今の浩平はそんなことは気にしていない。柳川を殺すことだけが望みだった。
 倍ほども太くなった刃がRガンダムのビームサーベルを遂に吹き散らした。そのままRガンダムの右腕を切り落してしまう。

「何だとおっ?」

 慌てて柳川は下がろうとしたが、今の浩平はそんな事を許すほどに甘くもなければ、油断してもなかった。

「殺すと言った!」
「ちぃ、まだまだあ!」

 柳川は気丈にも前に出ようとした。逃げ切れないなら、戦うしかないのだ。
 だが、その決意も不発に終わった。2機のジムUが割り込んできて柳川を救ったのだ。

「柳川さん、早く退いて!」
「こいつは俺たちで!」
「・・・葵、貴之か」

 柳川は自分が助かったことを悟ったが、少し不満そうでもあった。
 退いていく柳川を庇うように立ちはだかった2機のジムUに、浩平は怒りの眼差しを向ける。

「どけえ、邪魔だ!」

 浩平が葵のジムUに斬りつけようとするが、すでにそのビームサーベルの力は弱弱しかった。先の無理がたたっているのだ。加えて貴之の指揮するMS部隊が巧みにこちらの進路を塞いで援護射撃を加えてきている。

「ちっ、こいつら巧い」

 舌打ちして、浩平はビームライフルを放った。その一撃は上手くジム改を捉えたが、それで警戒したのか残りは迂闊に隙を見せようとはしなかった。
 浩平を何とか追い返した葵と貴之だったが、正直言って2人には浩平の相手はきつい。

「さてと、どうしますか、阿部さん?」

 葵が貴之に問い掛けた。彼の指揮能力は柳川も信頼するほどに優れている。

「うーん、あのMSは洒落にならないくらいに強いよ。多分2人掛りでも駄目だろうね」
「じゃあ、このまま数で押し切りますか?」
「それも難しいんじゃないかなあ」

 そう言って、貴之はレーダー画面を見た。そこには、接近してくる十数機の機影が映されていた。


 柳川隊が一進一退の攻防を繰り広げていた頃、浩之率いる本隊もまた苦戦していた。こっちには凄腕の部隊はいなかったのだが、応援に駆けつけてきたのがリシュリュー隊だったのだ。久瀬の指揮を受けた16機のMSに突入されて陣形をかき乱された後は、一対一の接近乱戦になってしまっている。

「厄介なのは僕か巳間少尉、鹿沼少尉に任せろ。無理して早死する事はないぞ!」
「おう!!」

 久瀬の指示を受けて部下たちは思い思いに相手を求めて突っ込んでいった。そんな中で、健気に久瀬の尻にくっついていくシュツーカがいた。

「大尉〜、私はどうすればいいでしょう〜」
「・・・・・・ああ、由衣はとりあえず僕と一緒に来なさい。1人じゃまだ危ないだろうからね」

 なんだか遠足の引率者のような気分になった久瀬だったが、由衣は嬉しそうに大きく頷いていた。

「はい、頼りにしてますからね」
「・・・・・・はあ」

 ため息をつく久瀬、そんな彼を差し置いて晴香と葉子がリーフの中心人物たちに襲い掛かっていた。

「晴香さん、私が隊長機を堕とします。あなたは隣のジムをお願いします」
「O・K、ちゃっちゃと片付けましょ」

 頷きあって2人は狙い定めた標的に向かっていた。当然その動きに気づいたリーフのMSが邪魔しようと割って入るが、その全てがろくな抵抗もできずに撃墜されてしまった。初陣の相手がこんな化け物だというのも不幸な話である。
 リーフの防御をあっさりと突破した2人は狙った目標、浩之と綾香に襲い掛かった。

「すいませんが、これでお別れです!」
「舐めんなあ!」

 葉子の放ったマシンガンの弾幕を避けて浩之もマシンガンを放ってくる。だが、90mmマシンガンでは葉子のディバイナー改の装甲を撃ち抜くのは困難だ。葉子は避けるそぶりも見せずに距離を詰める。

「その程度では、堕ちはしません」

 ビームサーベルを抜いて浩之のマシンガンを破壊する。マシンガンを失った浩之はジムUを慌てて後退させた。

「だああ、こいつ強い!」
「逃げますか・・・・・・ですが!」

 逃げるジムUに葉子は容赦なく両腕の110mm速射砲で追い討ちをかける。至近距離から放たれる徹甲弾にジムUの装甲が悲鳴をあげた。ジムUの装甲はジムとは異なり、チタン・セラミック複合材に換装されているが、その厚さは水準以上のものではない。この猛威を余裕で持ちこたえるとはいかなかった。

「があああああああっ!」
「これで、終わりですね」

 どこまでも冷静な葉子の判断だったが、それは少し早かった。別のジムUが3機がかりで葉子に襲い掛かってきたのだ。

「これ以上、浩之ちゃんを好きにはさせない!」
「藤田さん、早く逃げてください!」
「悪いけど、ヒロは殺らせないよ」

 あかり、琴音、雅史が助けに来たのだ。しかし、この時点ですでに浩之のジムUは戦闘力を完全に喪失していた。

「す、すまねえ、後頼むわ」

 浩之は3人に礼を言うと踵を返して逃げていく。だが、葉子はまだ諦めてはいなかった。

「3機ぐらい・・・突破して見せます!」

 ディバイナー改のもつマシンガンが唸りを上げ、琴音のジムUに降り注いだが琴音は上手くそれを避けて反撃に出た。

「少しくらい強いからって!」
「一対三で、勝てると思わないで」

 雅史とあかりが左右に回り込んできた。同時に三方からこられてさすがの葉子も行き足を止めてしまう。
 追いかけれないことを悟った葉子は、小さくため息をつくと、新しい3機に意識を集中した。

「いいでしょう、身の程を教えてあげます」

 葉子が浩之を叩きのめした頃には綾香と晴香の勝負も終わろうとしていた。舞や七瀬と並ぶ格闘戦のセンスを持つ綾香だが、この時点ではまだ綾香には実戦の経験が決定的に不足していた。経験の差は才能を補うことができる。綾香は晴香に遠近双方で押されまくっていた。

「ちょっとお、こいつ無茶苦茶よ!」

 ビームサーベルで散々切り結びながら、綾香は愚痴た。何しろ自分の攻撃を全て見透かしたかのように先手先手で動いてくるのだ。いいかげん嫌になるのも無理はない。もっとも、綾香の攻撃がやや型にはまったもので、晴香に読みやすいものだったという現実もあったのだが。
 なおもしばらく切り結んで、段々と綾香の動きが目に見えて鈍くなってきた。ジムUの駆動部がディバイナー改のパワーに悲鳴をあげだしている。そのことを悟った綾香は舌打ちしたが、今すぐ仕切り直すというわけにもいかなかった。そうするにはあまりも相手が強すぎる。

「こっちも急いでんのよ。さっさと諦めなさい!」
「ふざけんじゃないわよっ!」

 お互いに猫系で気が強いので、白黒付かないと気がすまない所がある。おかげで戦いはさらに白熱の度合いを増していった。だが、それはまさに最後の輝きだった。綾香の機体はすでに限界を超えている。ディバイナ―改の一撃を受け止めるたび、機体の異常を示す表示が増えていく。いかに強気の綾香といえども、これ以上の戦いは無理だと認めるしかなかった。


  
 戦場で何故か存在する空白地帯。連邦とファマスのエース同士がぶつかり合っている戦場だ。ここに加われるのは超エース級の技量を持つだけであり、クリスタルスノーのマークをつけたパイロットですら援護にはいれない為に、そこはまるで聖域のようであった。シアン対トルク、みさき対あゆ、舞対茜といった余人の介入を許さない戦いがそこでは繰り広げられている。

「参ったね、数を堕とさないといけないのに・・・・・・」

 唇を噛み、苦々しげな声を漏らすみさき。戦術家として確かな見識を持つ彼女は決闘の決着を付ける事よりも戦場全体を勝利に導く事を考えてしまう。だが、あゆのセイレーンに邪魔をされてここに拘束されてしまっている。

「無視できるほど甘い相手じゃない。あゆちゃんも、あのMSも」

 パイロットとしてはまだまだあゆはみさきには遠く及ばない。一年戦争末期に実戦投入されたリヴァークとファマス戦役に投入されたMSでも間違い無く最強の機体であるセイレーンの間には絶対的な技術格差が存在しているのに、みさきはあゆと互角の勝負をしているのだ。言い換えるなら二人の技量の差を機体性能が埋めているのだ。
 みさきが焦るのとは対照的にあゆには余裕があった。もともとサイレンの仕事はみさきのような化け物パイロットを拘束する事なので、みさきを足止めしていられれば良いのである。後は数の差で押し切るのを待てば良い。
 だが、今のあゆのには1つだけ深刻な問題があった。

「うぐぅ、ビームライフルのエネルギーがあと4発しかないよ」

 困った顔で呟くあゆ。いままで互角だったのに、ここで弾切れになったらたちまち押し切られかねないだけに、これは深刻な問題であった。

「シアンさんか舞さんか、祐一君でも北川君でもいいから、誰か早く来てよ〜!」

 泣き言になにやら酷いセリフが混じってる気がするが、あゆは真剣であった。
 
 

 あゆとみさきのような決着の見えない戦いはシアン対トルク、舞対茜にも言えた。互いに決定打に欠ける為にどうしても戦いが長引いてしまう。だが、全体の流れは確実に連邦有利に進んでおり、それはすなわち戦場の支配権を連邦が握りつつある事の証しでもあった。
 祐一大隊と北川大隊はファマス部隊の抵抗を粉砕しながらフォスターUまで後少しというところまで来ていた。クリスタル・スノー隊の活躍は連邦軍最強の名に恥じないもので
ファマス防衛線にじりじりと食い込んでいく。この攻撃に対処する為にバウマンは要塞駐留の予備軍から28MS連隊と第211戦隊を送り出してこの攻撃に対処した。第28MS連隊はMS144機を所有するフォスターU所属の部隊で、定数こそ満たしているが旧式機ばかりの弱体部隊である。その主力はリックドムやザクUFZ、FUといった一年戦争のジオン軍で使用された機体で、いわば二戦級部隊であり、これまで前線に出てこなかったのも当然の部隊であった。こんな部隊を投入しなくてはならないほどにバウマンは追い詰められていたのだ。サラミス改4隻で編成される第211戦隊を付けたのはせめてもの良心が咎めたという事だろうか。
 だが、機動艦隊からここまで食い込んできた4個MS大隊、いわゆるクリスタル・スノー隊は通常3個中隊、36機で1個大隊となる連邦の編成から外れた編成を採用しており、4個中隊48機で1個大隊となっている。この為、第28MS連隊は200機近いMSと正面からぶつかる事になったのである。これに更にキョウの戦闘機隊も200機ほどが続いており、これにはMAも含まれている。
 正面に展開してきたMS部隊を見て部隊の先頭に立つ祐一はしばし言葉を失ってしまった。まさか、この戦場でこんなMS部隊が出てくるとは・・・・・・。

「おいおい、なんかのジョークか。それとも罠か?」
「隊長、どうします。我々だけでも相手が出来そうですが?」

 僚機を努めているトニー准尉が気の毒そうな声で話しかけてきた。祐一と同じくジム・FBに乗る優秀なパイロットだが、やや自信過剰なところがある。もっとも、それは祐一にも言える事なのだが。

「そうだな、確かにやれそうだ」

 祐一もその提案に乗り気になっていた。3倍の敵を撃破するという事に挑戦するのも面白いと考えてしまったのだ。
 だが、その2人の通信に幾つかの通信が割りこんできた。

「何を馬鹿な事を言ってるんですか、相沢さん!?」
「あはは〜、後でシアンさんに告げ口しちゃいますよ〜?」
「祐一、またそういう無茶しようって言うの――!」
「げっ、聞こえてたのか?」

 天野と佐祐理と名雪が次々に叱咤してきたので祐一は焦った声を上げてしまった。彼女等は怒らせるととても怖いのだ。特にシアンに告げ口をされるのはまずい。機動艦隊では無謀な行動をとった指揮官(分隊長以上)にはお仕置きとして『謎ジャムの刑』という罰則が課せられるのだ。これはシアンとマイベックと石橋が考えた隊内規則なのだが、当人たちの想像をはるかに超えて恐れられていたのである。最初は多くの者が馬鹿にしていたのだが、いざ刑に服した各隊の隊長や艦長、司令や参謀たちはそのあまりの威力に次々と医務室送りとなり、以後2度とこれを食べるのはご免だと誰もが言っている。『謎ジャムの刑』、それは機動艦隊の中では極刑に相当する意味を持っていたのである。
 さすがにヤバイと顔を青褪めさせている祐一に苦笑混じりの北川の嗜める声が通信機から投げかけられた。

「おーいお前等、その辺りで止めて置け。そろそろエンゲージするぞ」

 北川の隊が一歩前に出る。どうやら先鋒を努めるつもりらしい。北川が動いたので祐一もお仕事をはじめた。

「それじゃ、俺と北川の隊で正面から当たる。佐祐理さんと天野は左右に回りこんで包囲してくれ。狙撃中隊は個々の判断で狙撃を開始、味方撃ちを避けろよ!」

 それに答えて次々にMS隊が動き出す。連邦の最新鋭機で編成されたクリスタル・スノー隊の移動速度は旧式機のザクやドムを引き離しているので、佐祐理や美汐の部隊の移動を食い止める術は無い。そして、正面からは祐一と北川の隊が押し寄せてきていた。その先頭に立つのは祐一率いるジム・FB隊だが、第1撃を放ったのは祐一ではなかった。まさに祐一が照準を付けている時、いきなり照準サイトの中のMSが複数の直撃弾に貫かれ、誘爆の光に飲まれてしまった。それを見て祐一の口元に引き攣った笑いが浮かぶ。

「名雪だな、俺の狙ってた奴を横取りしやがったか」

 見えていた訳ではないが、それは確かに名雪の狙撃だった。近くの岩塊に機体を固定し、ハイザック5機に周囲を警戒させた名雪はジムスナイパーUに狙撃用ライフルを構えさせ、慎重に狙いを付けていたのだ。

「まず1機、あと2機は堕としたいところだけど、もう乱戦になっちゃう、よね」

 高精度の光学照準器を光学センサーに重ね合わせ、慎重に戦場を見据えるその視線には獲物を狙う冷徹な鈍い光が見て取れる。いつものぽけぽけとした名雪ではなく、一撃で敵を屠る『美貌の死神』と呼ばれる名雪が表に出ている。

 名雪がいち早く敵を堕としたのを見て狙撃中隊の隊長であるディック・アレン中尉は小さく口笛を吹いた。

「水瀬か、流石に美貌の死神なんて名前で呼ばれるだけはあるってことか。まさかこの距離で5発撃って3発当てるなんてな」

 高度な中距離での光学狙撃能力を持つジムスナイパーUでもこの距離で正確な狙撃を行うのは容易ではない。まして今は大規模戦闘の真っ最中であり、条件は限りなく悪い。この条件で1機を堕とした名雪の腕は驚異的なものだといえる。

「まあ、俺も1機堕としてみせんと、隊長の肩書きが泣くよな」

 操縦席の横から照準スコープを引っ張り出して、その照準に意識を集中した。

名雪の狙撃からほとんど時を置かずに相沢・北川大隊と第22MS連隊は衝突した。数こそ連邦側の方が劣っていたがMSの性能、指揮官の実力、個々の兵士の技量で勝るため、この戦いは最初から一方的な展開を見せていた。ザクUの持つ旧式の120mmマシンガンではジムUやジムカスタム、ジムキャノンUの装甲には全くの役不足で、僅かにリックドムのジャイアントバズだけが有効な火器であった。
だが、弾数が少ないうえに命中率の悪いジャイアントバズでは機動性と運動性に勝る敵をまともに捕らえる事もかなわない。
勝敗が決するのに10分と必要とはしなかった。

 巧みに回避運動を続けるザクUF2を祐一は慌てずに追いかけている。どう動いても自分を振り切る事は出来ない事が分かっているので落ちついて狙いを付ける。祐一に狙われているザクは狂ったようにザクマシンガンを撃ちまくっているが、そのほとんどは空しく宙を抉るだけだ。ろくに回避運動もとっていない祐一を捕らえられないのだから、そのザクのパイロットはよほど慌てているのだろう。たまに機体に直撃の振動がくるが、120mmマシンガンではジム・FBの装甲を貫くのは不可能にも近い。それがわかっている祐一は慌てることなくじっくりと照準を定め、弾を送りこんだ。最初の1連射がザクを捕らえて大きくの仰け反らせると、続けて弾を送りこんでこれをたちまちスクラップへと変えてしまった。

「ふう、これでスコア1機追加、と」

 こんな旧式を堕としても自慢にはならないという気持ちもあったが、戦果は戦果だ。それにスコアが更新されるのは悪い気はしない。
 そんな祐一の背後から1機のリックドムがヒートサーベルを手に一直線に襲いかかってきた。すり抜けざまに斬りつけようというのだろう。
 後方監視レーダーがけたたましい警報を発し、後方監視モニターに迫り来るリックドムが映されている。祐一は機体を無理に横滑りさせるとその一撃を避けて見せた。

「格闘戦ってのはなあ、相手を見てから挑みやがれ!」

 バックパックからビームサーベルを抜くと、あっという間に距離を詰めてそのリックドムをぶった切った。

 あっさりと第28MS連隊の抵抗を粉砕し、わずかな生き残りを追い散らした祐一達はフォスターUまでもう少しという所で前進を止めた。さっきの戦いで祐一大隊と北川大隊は補給に帰らなくてはいけない機体が多数でてきてしまったのだ。脅威度こそ低い部隊だったが、始末する為に弾と推進剤を使う事だけは避けられなかったからだ。

「相沢〜、俺の方はもう無理だ。一旦帰らせてもらうぜ」
「こっちもだな、ジム・FBはともかく、ジムUやジムキャノンUは弾と推進剤切れだ」
「じゃあ、後は佐祐理さんと天野とキョウに任せて、俺達は一度帰ろうや」

 北川の提案に祐一も迷うことなく頷いた。弾切れのMSはただの人形だからだ。だが、祐一は良い顔をしなかった。

「だけど、2人の隊だけで大丈夫か? まだまだ敵は多いんだぜ」
「ふええ、祐一さんは佐祐理たちを信じてくれないんですか?」

 佐祐理の少し悲しそうな声が通信に割りこんできた。

「さ、佐祐理さん、そういうわけじゃなくて!」
「いえ、良いんです。そうですよね、佐祐理たちなんて祐一さんから見れば経験の浅い新米ですから。信用なんてできませんよね」

 通信機から悲しみを堪えた重い声が響いてくる。この通信を聞いている者には祐一が佐祐理を泣かしているように聞こえるだろう。由々しき事態であった。
 ちなみに佐祐理嬢、現在笑顔で演技中。

「だああああ、分かったよ、後はお任せします佐祐理さん」
「はい、任されちゃいます」
「・・・・・・・もしかして嵌められた?」
「あははは〜」

 祐一は悔しそうに小さな声で唸っていたが、言ってしまった以上は仕方がない。後を佐祐理と天野に任せて引き上げにかかろうとした。
 だが、帰ろうと反転したところで連邦艦隊の方から多数のMS部隊がこちらにやってくるを見て思わず機体を止めた。

「なんだ、何処の部隊だ?」
「ありゃ第1艦隊の連中だな」

 祐一の疑問に北川が答えてくれた。それは第1艦隊のMS部隊で、ジム改とボール改の混成部隊だった。その数は200機以上。6個MS大隊といったところか。何故後方で予備部隊として待機してるはずの第1艦隊の部隊が出てきているのかは一介のMS隊敷指揮官に過ぎない2人が知る由もなかったが、これは秋子がリビックに要請して出撃させた部隊だった。祐一達の進撃速度が他の艦隊の部隊に比してあまりにも速過ぎたために孤立する恐れありと見た秋子が予備部隊を投入して祐一達の突破した宙域に送りこんできたのだ。本当は機動艦隊のMS隊を出したかったのだが(機動艦隊は祐一達の4個MS大隊とユウカ戦闘機隊、通称クリスタル・スノー隊以外にも400機程のMSや戦闘機を保有している)、機動艦隊のMS隊は直援機と整備不良で出られない機体を除けば大半がすでに出払っていて、回せる部隊が手元になかったのだ。

「あれだけいるなら問題ないな」
「ああ、俺達はさっさと帰って補給して戻ってこようぜ」
「そうだな」

 祐一大隊と北川大隊が後退するのに合わせるかのように第1艦隊のMS部隊が前進して来た事で戦力的な不足を補った佐祐理たちは要塞に向けて進撃を開始した。祐一達が帰ってくる前にせめて橋頭堡だけでも確保しておこうというのが狙いだ。これには橋頭堡さえ築けばあとは祐一と北川が要塞を陥落させてくれると信じているからだ。

 第1艦隊MS部隊と合流した佐祐理たちは他の連邦部隊に先駆けてフォスターUに上陸しようとしていた。狙うのはNセクターの第3宇宙港だ。これを阻もうと要塞駐留のMS隊が迎撃に飛び出し、砲台が弾幕を張り巡らせる。ファマスの必死の抵抗に突入してきた部隊の被害はうなぎ上りに増えていた。

「流石に頑強ですね。このままじゃ崩せませんか」

 佐祐理は破壊された浮遊砲台の残骸を盾にしながら要塞宇宙港の前面の防御陣地に篭っているファマスのMSに向けて時折身を乗り出して反撃を加えているのだが敵はシャワーの様に撃ちまくっているのでそうそう反撃する事ができないでいる。再度身を乗り出そうとしたが、佐祐理の隣でがんばっていたジムカスタムが右肩に直撃を受けて仰け反ったのを見て慌てて頭を下げた。
 どうしたものかと困っていると、通信機から元気の良い声が飛びこんできた。

「佐祐理―、今援護するから、砲撃が終わったら飛び出して―!」
「真琴さんですか!」

 ジムキャノンU隊を率いて真琴が駆けつけてきた。第1艦隊のボール改部隊も加わっている。

「全機制圧砲撃開始。防御陣地を耕すつもりでやるわよ!」

 整然と並んだ12機のジムキャノンUがビームを、ボール改部隊が150mm砲弾を雨霰と撃ちこみ、更にボール改の機体横のハードポイントに取り付けられたランチャーから続けざまにミサイルが放たれる。圧倒的な火力を叩き込まれた防御陣地だったが、頑強に造られた陣地はよくこの攻撃を持ち堪え、身を隠しているMS部隊を守っている。このまま砲撃が終わるまで持ち堪えられるかと思われたが、最後の最後になって意外な伏兵が襲いかかってきた。
 制圧砲撃が終わったのを見計らって佐祐理たちが飛び出そうとしたが、それをおし止める通信が飛びこんできた。

「ちょっと待った佐祐理さん、仕上げは俺達にまかせな!」
「え、その声はキョウさん?」

 見上げればハリファックス隊とダガーフィッシュ隊、コアイージー隊がファマスの防衛線の一角を突き崩していた。MAと戦闘機が抉じ開けた穴から次々とアヴェンジャー攻撃機が飛びこんでくるのが見える。その機体下部には大型のミサイルを2つも抱えていた。
 MS隊のパイロットが見上げる中でアヴェンジャーが急降下の要領で防御陣地に迫ると次々にミサイルを放って反転していく。時折対空砲火に捕らえられて被弾する機体もあるが、迎撃機や対空砲火に晒される事を前提に設計されているアヴェンジャーは航宙機としては破格の防御装甲を持っており、多少の命中弾で破壊されたり動けなくなったりするような事はない。被弾して動きが鈍くなった機体はあるが、破壊された機体は少なかった。
 悲惨なのは防御陣地に篭っていたMS部隊の方だ。アヴェンジャーが放ったのは連邦軍が開発した航宙機搭載用対要塞ミサイル、スピアフィッシュだ。小惑星を利用した砲台などの極めて頑丈な目標を破壊できるよう開発されたこのミサイルは絶大な破壊力をもっており、岩隗を利用した程度の塹壕など容易く粉砕してしまう。ただ、あまりに大きい為にアヴェンジャーほどの機体でも機内に格納する事ができず、機外に取り付けて運搬するしかないというのが大問題である。ここに来るまでにこのスピアフィッシュミサイルに命中弾や破片を浴びて誘爆の光に飲まれた機体は決して少なくは無い。また、その重量からアヴェンジャーの機動性と運動性と航続距離を激減させてしまう。
 だが、苦労して運んできた甲斐は確かにあった。スピアフィッシュは確実に陣地を直撃し、そこにいたシュツーカやブレッタを陣地ごと粉砕してしまったのだ。それを見た佐祐理は機体を立ちあがらせ、部下に命令を飛ばした。

「あははは〜、全機突撃ですよ。キョウさんたちの援護を無駄にしちゃいけませんっ!!」
『おおお――――っ!!』

 あっちこちの窪みや防御施設の残骸の影から部下のジムカスタムや第1艦隊のジム改、ボール改が飛び出し、宇宙港に向けて突撃していく。防御陣地からは生き残りが反撃を加えてきたがその攻撃は明らかに衰えており、恐れるほどのものではない。暫くすると先頭に立って突っ込んでいたヘープナー中隊(トルクの部下だったが、トルクがいなくなってからは佐祐理の下に配置換えになってた)から通信が来た。

「倉田大尉。宇宙港に突入成功しました。現在制圧中です!」
「よくやりました。無理はせず、入口を確保を考えていてくださいね」
「分かってますよ。他の艦隊じゃともかく、うちでは無茶な事をしても誉めてはもらえませんからね」

 ヘープナーのジョークに佐祐理は戦場でありながら声を出して笑ってしまった。戦場で何を馬鹿な事をと言われるかもしれないが、この救いがたいまでのお気楽さ、恐らくは秋子を筆頭とする艦隊の中心人物たちの性格が伝染してしまったのだろう、どんな苦境でもユーモアと余裕だけは失わない、それが機動艦隊の、カノン隊の家風なのだ。このお気楽さを失わない限り自分たちは絶対に負けない。彼らはそう信じていた。

 佐祐理たちが宇宙港制圧に専念していられたのは天野たちが押し寄せる敵部隊を食い止めていたからだ。第1艦隊の部隊を加えたとはいえ、押し寄せる敵は強力だった。補給に戻っていたガトーたちがこちらに押し寄せてきたのだ。他にも次々に手近な部隊が押し寄せている。
 天野は破壊した浮遊砲台や艦艇の残骸を盾にしながら必死にこれと戦っていたが、徐々に後退してしまうのはどうしようもなかった。

「後から後から、まるで蟻ですね」

 大破したムサイの影でジムライフルの弾装を交換しながら天野は愚痴を漏らした。そして飛びだしざまに撃てる目標に3連射を叩きこむ。それは狙い過たず目標のシュツーカに吸いこまれて直撃の火花を上げた。このくらいでは撃墜はできないだろうが、動きが鈍れば誰かが止めを刺してくれるだろう。
 だが、その天野の前に最悪の敵が現れた。自分の部下を目の前で短時間の交戦で撃破した青いジャギュアー。天野は知らなかったが、それはガトーの機体だった。

「あれが、指揮官機か!」

 ガトーは天野を見つけると真っ直ぐこれに向かって突っ込んできた。背後に3機のブレッタが続いている。天野は周囲にいた6機を集めてこれを迎え撃つ事にしたが、内心ではジャギュアーを相手にするには力不足だと感じてもいた。
 ガトーは最初から天野だけを狙っているので、3機のブレッタは6機のジムUを相手にしようとしたが相手はクリスタル・スノー隊である。この部隊を2倍の数相手取ろうなどと言うのはただの無謀でしかなかった。3機のブレッタは露払いに出た途端に1機が撃ち落とされてしまった。そのまま3機のジムUがこれを相手取ってしまったので、ガトーは天野も含めて4機のジムUを相手にする羽目になった。

「4機か、そのくらいでえぇぇぇ!!」

 自分の部下を手玉に取ったジムU部隊にガトーは敢然と挑みかかった。天野はジャギュアーと接近戦をするつもりは最初から無いので、さっさと距離をとって射撃戦に持ちこもうとした。

「無理に格闘戦をする必要はありません。包囲しながら銃撃で仕留めます!」

 だが、この時天野はジャギュアーの理不尽なまでに強靭な装甲を呪いたくなった。なんとこのジャギュアーはシールドを構えながらジムライフルの集中砲火の中を突っ切ってきたのだ。数え切れない直撃弾を弾き返しながら突き進むその姿に天野は気圧されるように機体を下がらせていた。

 

 秋子の総指揮を受けた連邦軍は緩やかにフォスターUの半包囲を完成させようとしていた。すでにファマス軍は当初2000機以上いたMSを半数にまですり減らされ、要塞にまで下がっての防戦を行っている。加えてつい先ほど、第3宇宙港が完全に敵の手に落ちたという報告も届けられている。バウマンは苦しい台所から精鋭の第22MS連隊に近くにいた独立大隊を幾つか付けてこれに差し向けたが、敵がよほど強力なのか芳しい報告は送られてこない。もはや決着は誰の目にも明らかだった。事ここに至って遂にバウマンは撤退を決意した。

「もはやここまでだ、直ちに要塞を放棄、後方に脱出するぞ!」

 バウマンの命令を受けて要塞に残されていた兵力が飛び出していく。そこにはゼンカの乗るグスタフの姿もあった。
 ファマスが逃げに入ったことを悟った秋子は指揮席から立ち上がり、全軍に最後の号令を発した。

「全軍に通達、『直ちに要塞に突入、全艦、我に続け』!」

 秋子の命令を受けてカノンが艦列から飛び出す。攻勢時には指揮官自らが先頭に立つべきだ、というのは地球上が戦場の全てだった時代から受け継がれる指揮官の理想の一つだ。だが、実際にこれを実行に移すのは用意ではない。現実問題として軍の先頭集団と行動を共にすれば真っ先に戦死する可能性がある。司令部は最後まで統制を維持する義務があるので、前線に出ることを上層部から禁じられることまであるのだ。事実、ジオン軍は1年戦争の緒戦である一週間戦争、それに続くルウム戦役でジオン宇宙攻撃軍と突撃機動軍の艦隊指揮官やMS部隊指揮官たちの多くが自ら先頭にたち、結果として集中砲火を浴びることになり、真っ先に戦死してしまっているのだ。このあまりの消耗率の高さに以後は軍命令で指揮官が先頭に立つことを厳禁しなくてはならなくなってしまった。この大量消耗はジオン軍に深刻な人材難をもたらしており、少尉クラスで中隊を率いる、などという
無茶をしなくてはいけなくなっていた。
 指揮官先頭とはそれほどに無茶なことなのだが、秋子はあえてそれに踏み切った。もっとも彼女は無謀ではない。カノンの持つ卓越した防御力を信じての命令だ。
 カノンが突出してくるのを見たファマスの艦長たちが、この千載一遇のチャンスを見逃すわけが無かった。連邦軍のカノン、そして艦長水瀬秋子、この組み合わせは今ではファマスにとって恐怖の代名詞なのだ。

「あの化け物に照準を向けろ、絶対に沈めるんだ!」
「分かってますよ!」

 何隻もの艦が照準をカノンに合わせる。そして、放たれた砲火は十数隻分はあっただろう。途中で遮っていたMSや戦闘機が残らず蒸発し、原子に還元していく。誰もがカノンが吹き飛ぶ姿を想像したが、その想像は最悪の形で裏切られてしまった。
 飛来したビームはカノンから撃ち出された対ビーム榴散弾に多くが無力化されてしまったが、さらにその迎撃を潜り抜けたビームの半数以上がカノンに当たる直前でいきなり軌道を変え、反れながら背後に抜けていった。残りはカノンに命中したものの、その多くがカノンの装甲表面で吹き散らされるように弾かれてしまった。

「何だとおっ!!」

 それを見たムサイの艦長が驚愕の叫び声をあげる。まさか、ビームの直撃に耐えられるとは思っていなかった。というか、普通は考えない。だが現実にカノンは集中された砲火の大半を弾き返し、僅かな有効弾が左舷MSデッキを半壊させ、上部甲板に設置されていた主砲一基を使用不能に陥らせている。たったこれだけの損害しか出していないのだ。
 これとは逆にカノンの乗組員の方は多くがその場に座り込み、あるいは頭を抱えた姿勢で固まっていた。いや、カノンのクルーだけではない。あまりの事態に一時的に戦場そのものが止まっていた。砲火が止み、爆発の光も無い。
 カノン艦橋でも同様で、オペレーターたちは頭を抱えて目を閉じており、マイベックも顔を庇うように腕を上げている。そんな中で秋子だけがニコニコと微笑んでいた。

「・・・・・・た、助かった・・・のか?」

 マイベックの呟きが妙にはっきりと響き渡る。

「ええ、助かりましたよ。強磁性体を艦体に貼り付けての磁気シールド、艦体全面に施した特殊コーティング。艦政本部の勝利ですね」

 カノンの卓越した防御力を信じていた秋子のニコニコ笑顔が、この時ばかりは悪魔の微笑みに見えた、と後にマイベックは語っている。
 だが、この事実は見た者全てに強烈な印象を与えた。それは畏怖と、憧れ。この時、カノンは全ての将兵から絶対に敵に回してはいけない相手と認識されたのだ。
 そして、遂にファマス艦隊は崩れた。先ほどカノンが見せた信じがたい芸当に、ファマスの将兵たちの士気が挫けたのだ。
 だが、戦いはまだ終わってはいなかった。

 


機体解説
RB−81 ボール改
兵装  150mmライフル砲
    作業アーム×2
    ハードポイント×2
<解説>
 ボールの再設計機。軍用に一から設計をやり直した為に全ての面で一年戦争時代のボールを上回る性能を見せるようになった。さすがに一対一でMSと戦える兵器ではないが、支援機として、簡易に運用できる戦闘ポッドとしては期待以上の成功を収めており、大量生産されている。
 何故この時代にボールなどをと思うかもしれないが、広大な地球圏の全てにMSとそれを運用できるMS母艦を配備できる訳も無く、比較的安全な宙域などにはこれで間に合わせている。整備が簡単でパイロットの要請に手間がかからないという事と、小型艦艇でも数機を搭載できるという利点は本機の寿命を意外と引き伸ばし、グリプス戦争においてもしぶとく活躍を続けていた。


後書き
ジム改 フォスターUはあっさりと決着がついてしまいましたなあ。
栞   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ジム改 おや、どうしたの栞ちゃん?
栞   ・・・・・・出番。
ジム改 は?
栞   だから私の出番はどうしたんですかぁぁぁ!!
ジム改 グハァ! くう、姉譲りのフリッカージャブとは・・・・・・
栞   これはどういう事です、前回言いましたよね、私の出番があるって!
ジム改 いや、そんな事を言った覚えは無いのだが、つうか前回俺殺されてたような気が?
栞   アレくらいで死ぬなんて体が弱いです。
ジム改 いや、あれだけやられて生きてろと言われても・・・
栞   でも、すぐに再生するのは凄いです。
ジム改 そ、そお?
栞   まるでゾンビですね。
ジム改 ・・・・・・・シクシク。


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