45章  戦場の魔術師



 崩れだした戦線を支えようと各所で奮戦する部隊がある。アリシューザ隊がすでに2隻を失いながらも戦場を駆け回り、突出してくる連邦艦艇に砲火を浴びせつづけている。エターナル隊が最後尾に留まって撤退する味方を支援している。だが、そんな事をしていれば被害は瞬く間に増大するのは当然で、それまで戦力を維持していた両戦隊も早々と交戦の意思を放棄するしかなくなった。

 遂にバウマンとチリアクスは撤退を決意した。だが、連邦軍の追撃は当然ながら予想されており、誰かが殿として残り、時間を稼がなくてはならない。そしてこの役を任せられる人物はごく限られていた。ファマスでも最精鋭部隊と呼ばれるエターナル隊、リシュリュー隊、アリシューザ隊の3つだ。アクシズ艦隊はさすがにこの手の任務には投入できない。
 これらの指揮官たちで現在も戦う力を残しているのは疑うことなくリシュリュー隊だ。エターナル隊、アリシューザ隊ともに常に最前線の渦中にあり、全艦満身創痍、MSもぼろぼろという状態なのだから。
 バウマンから話を持ちかけられた斉藤はリシュリューの艦橋でさすがに即答するのを躊躇った。無理も無い。

「・・・・・・・・・・・・それは、我々に死ね、と言っていると解釈してもよろしいのですか?」
「・・・・・・否定はできんな、この戦況では」

 バウマンは頷いた。圧倒的多数の連邦艦隊の攻勢を、僅か1個戦隊で支えろというのだ。どう考えても全滅以外の未来があるとは思えない。斉藤が渋るのも当然といえた。
 またしばらく考えた斉藤は、仕方ない、という諦めの表情を浮かべてバウマンを見た。

「分かりました、やらせてもらいます」
「頼む」
「ただし、残るのは各部隊から志願者を募って編成した部隊としてください。私の部隊の中にも、死にたくないと言う者はいるでしょうから」
「・・・・・・そうだな、分かった、直ぐに取り掛かろう」

 バウマンがスクリーンから消えたのを見て、斉藤は皮肉な笑みを貼り付けた顔で副長を見た。その顔に宿っているのは悲壮な決意。それを見て副長は一瞬息を飲んだ。

「そういう訳だ、直ぐに志願者を募ってみてくれ」
「分かりました・・・・・・ですが、もしほとんど残らなかったら?」
「その時はその時だ、何とかするさ」

 この時、斉藤の頭の中には玉砕という文字が浮かんでいた。ただ、できれば志願してほしくない幾人かの顔を思い浮うかべて、斉藤は指揮椅子に深く腰掛けたまま俯いてしまった。
 志願者は思いのほか多く集まった。やはり、というべきか、リシュリュー隊は全員が志願しており、これに各部隊から集まってきた志願者を集めると10隻という思いのほか大きな戦力となった。実に2個戦隊が編成できてしまう。
 これらのリストを受け取った斉藤は副長に今度こそ疲れきった顔で愚痴った。

「まったく、まさかこんなに死にたがる馬鹿が多いとは・・・・・・困ったもんだ」
「それだけ艦長の人望が厚いって事でしょう、名誉に思われた方がいいんじゃないですか?」
「・・・・・・名誉ね・・・・・・そんなのより、もっといい物が沢山あるだろうに」

 斉藤はリストに載っている名前の中に、見知った名前があることに気づいてさらに気を落としていた。そこにはエターナル所属のパイロットたちの名前が幾人もあったのだ。
 だが、次の瞬間にはそれらの感傷を振り切り、指揮官の顔に戻った。

「久瀬大尉を呼んでくれ、MS指揮を大尉に任せる」
「ですが・・・・・・大尉より上位、先任の仕官もいますが?」
「かまわん、能力最優先だ!」

 斉藤がやけっぱちになって怒鳴るように言う。だが、その選択は間違ってはいない。少なくとも久瀬隆之は斉藤の知る限りでは最高のMS部隊指揮官だった。
 一方、MS部隊の指揮を任された久瀬はどうしたもんかと考え、自分直属の3人を見た。

「参ったな、まさかこの時点で僕にこういう役が回ってくるとは思ってなかった」
「大尉の指揮能力はファマス内でも知れ渡ってます。反対する人はそう多くないと思いますが?」

 葉子が冷静に答える。彼女は常に冷静沈着だ。まるで感情をいう物を見せないが、それでも付き合いが長い久瀬たちには彼女の表情の僅かな変化が見て取れる。

「まあ、いいんじゃないですか。大尉の指揮なら死んでも仕方ないと思うし」
「そうですねえ・・・・・・でも死ぬのはやっぱり嫌ですよ!」

 自分に正直な由衣の言葉に久瀬と晴香が笑い出した。葉子も珍しく笑いをかみ殺している。

「あああ、なんですか3人して。そんなに可笑しいですか?」
「いや、可笑しいわけじゃないけどね」
「う――、腹を抑えながら言っても説得力が無いです」

 すっかり由衣は拗ねてしまった。しかしまあ、久瀬の緊張を解きほぐすだけの効果はあったらしい。さっきまでのどこか、覚悟したような緊張感がとれている。

「まあ、そうだな。由衣の言うとおりだ。何とか生き残ろう。皆でな」
「「「はいっ!」」」

 久瀬の科白に、3人は力強く頷いていた。
 しかし、現実は残酷だった。葉子と晴香のディバイナー改はいきなり出撃不可能と整備長に言われたのだ。

「弾痕が目立つし、駆動系の磨耗も大きすぎる。これじゃあとても再出撃なんてできんよ」
「では、予備機を使えということですか?」
「それしかないな、一応準備はしてあるが・・・・・・」

 そこで、整備長は言い難そうに口を閉ざした。無理も無い。何しろ予備機というのは主力となっているシュツーカにすら劣る旧式機、ゲルググ・マリーネなのだ。シュツーカを予備としてとっておく余裕などファマスには無い。ひどい艦になるとザクやドムが予備機となっている艦まである。リシュリューはましな方だろう。
 ゲルググ・マリーネを渡された葉子と晴香はなんとも言えない、複雑な顔をしていた。由衣は今までどおりシュツーカD型に乗れるので別にどうということも無い。久瀬も同じだが、こちらはビームライフルを使えなくなり、マシンガンで出撃しなくてはいけなかった。これはどの部隊も同じで、すでにシュツーカを維持できない部隊は多数に上っている。ましてや数が少ないブレッタやジャギュアーに至っては機体の一部をシュツーカのパーツで補った姿で出て来るものまでがいた。すでにこの時、ファマスは限界を超えていたのかもしれない。


 ファマスが撤退を開始したことを悟った秋子は追撃が無用であることを全軍に伝えた。下手に深追いして痛手を被るのを恐れたからだが、たちまち反対が沸き起こった。その急先鋒に立ったのは猛将、エイノー少将だ。

「何故だ水瀬少将、ここで追撃すれば、一気に奴らを殲滅できるではないか!」
「エイノー提督、今は戦果の拡大よりも、制圧した要塞の確保を優先させるべきです。下手に手を出して怪我をすることは無いと思いますが」

 秋子はやんわりと応じたが、熱くなっているエイノーはそんなことでは収まらなかった。

「奴らの戦力はこちらの数分の一だ。一気に押しつぶせる!」
「ですが・・・・・・」
「貴官が行きたくないというならかまわん、わしに艦隊をよこせ。直ぐに片付けて戻ってきてやる!」
「提督・・・・・・」

 秋子には何もいえなかった。エイノーは彼女にとっては上官なのだ、加えて人望も厚い。秋子もエイノーの持つ一本気な所が嫌いではなかった。

「わしの第4艦隊とヘボン少将の第5艦隊でケリをつけてくる。君は長官たちと要塞を制圧していたまえ」
「・・・・・・分かりました、お気をつけて」
「残党狩りだ、心配するな」

 豪快に言い切ってエイノーは通信をきった。秋子は複雑な顔つきでスクリーンを見ていたが、直ぐに諦めたのか傍らに立つマイベックに指示を出した。

「マイベックさん、本艦はここに固定、これより漂流者の捜索、負傷者の救助を開始します。敵味方の別なくやってください」
「それは直ぐにでも行わせますが、よろしいのですか、エイノー提督に任せて?」

 マイベックは顔に不安を貼り付けている。

「エイノー提督の戦術家としての実力を疑うわけではありませんが、もし例のエターナル隊やリシュリュー隊が残って反撃してくるようなことになったら・・・・・・」

 自分たちと幾度も戦火を交えてきたこの両部隊の戦闘能力は明らかにファマスの中でも隔絶している。彼らは少ない戦力と乏しい物資で敵に多大なダメージを与える術に長けている。両部隊とも連邦軍との戦いの中で経験した、多数と戦い勝利するという無茶なことを繰り返すうちに巧くなったのだろう。
 だが、それは同時にそういう事ができる指揮官に恵まれていたからだとも言える。この2つの部隊には少数を多数で撃破し、僅かな物資を使い伸ばして戦闘を継続できる、そんな人物がいるのだ。

「念のため、幾つか部隊を出しますか?」
「そうですね、今動ける部隊は?」

 秋子に問われてマイベックはしばし考え込み、答えを出した。

「キョウの戦闘機部隊と、北川、相沢大隊なら大丈夫でしょう。サイレンの方はシアンに聞いてみないとなんとも」
「分かりました、早速出してください」

 秋子はこれで大丈夫だろうと思っていたが、事態は秋子の想像を遥かに越えて早く動いていた。
 オペレーターがいきなり声をあげる。

「て、提督、追撃していった艦隊が!」

 その声に反応してマイベックと秋子はエイノーたちが追っていった方角を見た。そこには、幾つもの輝きが宇宙を彩っていた。

 

 追撃を始めたエイノーの第4艦隊とヘボンの第5艦隊はまさにファマスの残存艦隊を射程に捕らえようとしていた。
 会心の笑みを浮かべてエイノーが右手をあげ、口が「ファイア」の形に開かれそうになった瞬間、いきなりその足元が大きく揺れた。エイノーは慌てて指揮席の肘掛にしがみ付く事で難を逃れたが、立っていた何人かはその振動で体を飛ばされ、激しく打ち付けられていた。

「な、何だ、直撃を受けたのか!?」

 エイノーの疑問に、部下の1人が直ぐに答えた。

「違います、これは恐らく機雷でしょう」
「機雷だと、まさか、こんなところで使えば奴らだって無事には・・・・・・」

 機雷の散布は普通、戦闘前に行われる。いわゆる待ち伏せ兵器なので、こういった激しい機動を行う戦いでは使いようが無いのだ。だが、エイノーの前に立ちはだかった斎藤、そして久瀬はまだ連邦が装備していない未知の新兵器、機動機雷をばら撒いたのだ。これはミノフスキー粒子が散布された状態、つまり戦場ではレーダーやセンサーが無力化され、近距離でしか役立たないという点に着目した兵器で、本来なら自力で移動することは出来ない機雷に推進器とセンサーを取り付け、センサーが設定された存在を探知するとそれに向かっていくというものだ。単純だがこういった戦場では意外に効果がある。この時機雷が待ち構えていたのは艦から漏れるガス反応だ。どんなにステルス性を上げてもこれだけは絶対に消すことは出来ない。機雷は艦艇やMSが噴射している推進剤に向かってつき進み、艦艇に当たったのだ。ただ、対艦機雷でも威力はミサイルよりも低いので、巡洋艦以上の艦艇を1発で沈めることは難しい。
 こんな、物凄く地味で効果がはっきりしない武器を斉藤は大量にそろえており、久瀬は更にマイナーなジム・マインレイヤーとザク・マインレイヤーを使って敷設していたのだ。久瀬が即興で作り上げた機雷源は誰もが驚くほどの的確さで連邦艦隊に牙を向いた。最初に触雷した駆逐艦が艦首を吹っ飛ばされてその場に停止する。艦内では必死の消火作業が行われていることだろう。次いで今度はサラミス改が艦首を吹き飛ばされ、よろめいた所で更に右舷も食い破られた。そのままミサイルランチャーの弾薬庫にでも引火したのか、中央から引き裂かれるように爆発し、四散していく。
 同様の悲劇はそこら中で見られた。無理に前進してきたリアンダーが艦橋を吹き飛ばされ、よろめいて他の艦と衝突しそうになる。上甲板に大穴を開けられたマゼラン改が速度を落として消火に専念する。立て続けに3発も触雷したサラミス改に駆逐艦2隻が横付けし、生存者を移乗させる。艦長が艦を見限ったようだ。

 この機雷による待ち伏せは大成功を収め、エイノーとヘボンは艦隊に前進中止を命令するしかなかった。続いてMSとボールが前に出て掃宙を始める。たかが機雷、されど機雷。これはエイノーのような軍のエリートコースを邁進していた仕官には発想できない戦法だった。まさか艦隊戦の、それも残敵掃討という段階でこんな戦法を使ってくるとは。
 連邦艦隊の動きが止まったのを見て、斉藤は副長と顔を見合わせた後、右手を振り上げ、振り下ろした。

「撃て!」

 10隻から多数の砲火が襲い掛かり、先頭にいた5隻が同時に何発もの命中弾を受けて瞬時に爆発してしまう。エイノーは歯噛みして沈められていく自分の艦隊を見ているしかなかった。迂闊に回避運動を取ろうものなら触雷しかねない。今の連邦艦隊にできることは、対ビーム粒散弾による防御しかなかった。
 一方的に砲撃を加えているリシュリューの艦橋で、副長が斉藤に笑顔を向けていた。

「やりましたな、敵は動くことも出来ないようです」
「まずは成功、か。だが、そういつまでも続かんだろう。これだけビームや破片が飛んでるんだ。機雷も直ぐに吹き飛んでしまう」
「しかし、時間は稼ぎました。もう少し頑張れば我々の仕事も終わりです」
「・・・・・・あとは、久瀬大尉がどれだけ粘ってくれるか、だな」


 この時、久瀬率いるMS隊は驚異的な粘りを見せた。数倍する敵を相手に僅かずつ後退しながら戦線を維持しつづけている。これは機動防御と呼ばれる遅滞戦法だった。後退、迂回、逆包囲、殲滅というサイクルを繰り返し、敵に損害を与えながら徐々に引いていく。これを完成させたのは旧世紀の機甲師団を率いた軍人であったと言われているが、現在にもその後継者はいたのだ。
 MSがMSを食い止め、MAが敵の戦列を突き崩す。その中にはジャギュアーの姿もあればビグロUもいる。なんとグスタフまでが参加していたのだ。

「折原隊は後退、ガトー隊は前進、敵の突出部を突き崩せ。僕はここでしばらく食い止める。MA隊はしばらく待機」

 矢継ぎ早に指示を飛ばす久瀬。その姿は北川や佐祐理にも引けを取らないどころか、上回るのではと思わせるほどの指揮ぶりで、各部隊はそれぞれがいつもの実力以上の力を発揮していた。優秀な指揮官に率いられた弱兵は、無能な指揮官に率いられた強兵を駆逐してしまうことが戦場では時折起こる。これは、人材と言う要素が兵器の質を、兵士の質を補うことができる、という例だが、こういう事ができる指揮官を人はこう呼ぶ。名将と。
 こういう意味では久瀬は間違いなく名将だった。彼に与えられた部隊はファマスの最精鋭であり、それを縦横無尽に動かすことで彼はささやかな防波堤を、連邦軍という途方もない大津波を防ぐ強固なものとしていた。数において10分の1以下の寡兵で戦線を支えるその姿は、多くのファマス、連邦将兵に敵味方を超えた畏怖と尊敬の念さえ生じさせている。

 この戦いの後、久瀬はそれまでのファマス戦役中において見せつけた尋常ならざる前線指揮能力から「戦場の魔術師」の異名を貰う事になる。

 

 だが、久瀬と斉藤の戦い振りは一匹の獅子をたたき起こしてしまった。二人の奮闘は確かに凄かったが、少々凄すぎた。このあまりの事態にとうとうエイノーが本気を出してしまう。

「残敵掃討などと侮ったのが間違いだったな。全MSを出せ、前衛艦隊と本隊は後退して陣形を再編、後衛艦隊は機雷源近くまで前進、支援砲撃を開始しろ。あわせて水瀬に援軍を要請しろ。全力を持って奴らを叩き潰す」

 エイノーの指示が直ちに通信網を駆け巡り、混乱をきたしていた各艦は急いで後退していく。損傷艦には危険を犯して工作艦が取り付き、戦場外へと運んでいく。そうはさせまいと斉藤は砲撃を工作艦に向けようとしたが、後退していく連邦艦隊と入れ替わるように前に出てきた艦隊の整然とした砲撃にさらされ、そちらに応戦せざるを得なくなった。
 態勢を立て直しだした連邦軍に斉藤は舌打ちして副長を見る。

「やはりエイノー提督だな、本気で俺たちを潰す気になったらしい」
「名誉なことですな」
「なら、せいぜい足掻くとするか。砲撃を集中させろ。MS隊を見捨てるな! 1個戦隊を陽動部隊として側面に回すように見せかけろ!」

 副長は肩をすくめて見せた。それを見て斎藤が口元を綻ばせる。

「連邦艦隊からMSの発進を確認、第2波のようです!」

 オペレーターの報告を聞いて、斉藤は戦術スクリーンを見た。双方の陣形などが映し出されたスクリーンには連邦艦隊から幾つ者集団が飛び出してMS同士の乱戦に加わろうとしているの様子が見て取れる。

「・・・・・・不味いな」
「大尉に後退するように言いますか?」

 副長の進言に斉藤は少し考え、そして首を横に振った。

「直ぐに後退させるのは無理だろう。下手に動かすと全体の均衡が崩れる」
「しかし、このままでは嬲り殺しです!」
「・・・・・・・・・・・・・」

 副長の悲痛な声に、斉藤は答えることが出来なかった。答える術を持たなかったのだ。

 

 久瀬率いるMS隊はいよいよ窮地に追い込まれていた。ただでさえ戦力差があったのに、第2波の投入で部隊の連携は徐々に崩れだしている。それでもまだ懸命に指揮を取っている辺りが久瀬の性格だろう。

「各隊は各々の判断で行動しろ。なるべく単機行動はするな、的にされる!」
「た、大尉、こんな状況では不可能です!」

 部下のガルバルディβのパイロットが悲鳴のような文句を言ってくる。実際、戦況はもはや一方的な状態になりかけている。まだ辛うじて抵抗できているが、すでにそれは蝋燭の最後の瞬きにも等しい。久瀬でなければ指揮系統を維持する事すらできなかっただろう。
 そんな中でも気を吐いている奴はいた。

「今畜生っ!」

 浩平のジャギュアーが放った90mmマシンガンの徹甲弾がジム改の装甲を穿ち、宇宙を彩る光に変える。その向こうでは瑞佳のエトワールがビームライフルで2機のジム改を葬っていた。

「瑞佳、まだ生きてるな」
「浩平こそ!」

 2人は背を合わせるようにして必死に群がる敵機を堕とし続けている。もう撃墜数は数えるのをやめた。予備の弾装も使いきっている。だが、これだけ堕としても敵が減ったようには見えなかった。

「くそ、毎度毎度、一体何機いやがるんだこいつらは!」
「1,2,3、いっぱいだよ」
「妙なボケかますんじゃない!」
「ううう、なんとなく言いたかったんだもん」

 夫婦漫才をかましてる辺り、まだ余裕があるのかもしれない。

 久瀬は攻勢防御戦術を放棄する事にした。この数の差では下手に迂回させれば逆包囲されてしまいかねない。悔しげに顔を歪めながら命令を各部隊の隊長に伝える。

「全部隊、艦隊正面まで後退しろ。今の線は放棄する!」
「なんだとっ!?」
「久瀬、まだ斉藤大佐は引いて良いとは言ってないぞ!?」

 ガト―とクラインが非難がましい声を上げるが、久瀬は有無を言わさない口調で二人を押さえこみにかかった。

「MS部隊の指揮権は僕にある。これは命令だ!」
「ぐ、ぬぅ・・・・・・」
「くそっ、分かったよ!」

 内心の怒りを押さえこむガトーと仕方なく命令に従ったクライン。久瀬は二人の隊が引きはじめたのを確認すると自分も後退にかかった。通信機を自分の隊とまだ残っている浩平に繋ぐ。

「我々も撤退する。すまないが葉子と晴香は僕と一緒に殿についてくれ!」
「大尉、葉子さんがいません!」

 由衣の悲鳴のような通信が飛びこんできた。それが意味するところを悟って久瀬も通信機に怒鳴りつける。

「堕とされたのか!?」
「分かりません、気が付いたらいなかったんです!」
「晴香はどうした!?」
「晴香さんは敵を食い止めるので手一杯です。とても探しになんて行けません!」

 久瀬は急いで葉子を探したが、この乱戦では何処にいるかなど分かるはずも無い。全体の指揮に気を回しすぎた為に部下の把握が疎かになっていたことを認めるしかなかった。

「何てことだ、こんなミスをするなんて・・・・・・」
「大尉、どうしますか!?」

 由衣は泣きそうな声を出しているが、久瀬には探しに行く事はできなかった。この状況で指揮官が指揮を放り出して部下を探しに行く事などできるはずが無い。しばしの沈黙の後、久瀬は感情を押し殺して由衣に命令した。

「撤退する。由衣も早く撤退するんだ」
「で、でも、それじゃ葉子さんは?」
「この状況で探す事などできない、撤退するんだ!」

 強い声で命令されて怯えたのか、通信機から怯んだ気配が伝わってくる。そして、小さな声で復唱してきた。

「分かりました、撤退します」
「以後はリシュリューの直援の任務を命じる。分かったな」
「・・・・・・はい」

 後退して行く由衣のシュツーカDを後方監視モニターで確認すると、久瀬は自分もゆっくりと後退を始めた。殿なので味方の状況を確認しながら下がっているのだ。

 
久瀬に見捨てられた形になった葉子であったが、彼女は主戦場から離れた辺りで連邦機を相手に苦戦を強いられていた。

「はっはっはっは・・・・・・はあっ、グッ・・・・・・」

 被弾した様子も無いのに、葉子の呼吸は酷く乱れていた。顔には脂汗が幾つも筋を作り、顔色は病人のように青白い。

「クッ・・・・・・まさか、こんな時に切れるなんて・・・・・・!」

 葉子は全身を襲う苦痛と嘔吐感、眩暈に苦しめられていた。それは葉子が服用している戦闘薬の副作用だった。効果があるときは普通に行動できるが、一度切れるとこのような危険な状態に置かれてしまう。

「はあっはあっはあっ」

 振るえる手でコクピットに持ってきた薬入れから錠剤を取り出そうとするが、焦っているせいか巧くいかない。この時、彼女の動きは完全に止まっていた。戦場で動くのをやめるというのはすなわち死を意味している。
 1機のジムUが葉子のゲルググ・マリーネにマシンガンの照準を合わせていた。彼の目には、葉子の動きは新兵か、さもなくば被弾した機体に見えているだろう。
 弾丸が葉子のゲルググ・マリーネに降り注いだが、それは何故か葉子の機体には一発も着弾しはしなかった。

「・・・・・・え?」

 すでに死を覚悟していた葉子は流石に驚いた。目の前に真っ黒な大型のMSがいるのだから。

「ヴァルキューレ?」
「まったく、君はこんな所で何をしてるんだい?」

 通信機から飛び込んできた声は怒っているような、どこか戸惑っているような声だった。そして、葉子はその声に聞き覚えが合った。

「氷上・・・・・・シュン・・・・・・さん」

 氷上はそれに答えなかった。ビームグレイブが走り、射撃してきたジムUを真っ二つにする。
 氷上は分からなかった。どうして自分があんな行動をしたのか。ただ、彼女が死ぬのを望まない自分がいたのだ。
 氷上は苦笑するしかなかった。

「彼女を助けてよかったのかな、僕は・・・・・・」

 シュンが望んだ事だよ

「うん、そうなんだ。確かに僕は彼女の死を望まなかった。だけど・・・・・・僕が関わってしまって良かったのかな?」

 シュンは嬉しくないの。葉子が生きてて?

「何でなんだろうね、僕が人間に友情を感じてるなんて」

 私は嬉しいよ。葉子も私を感じられる人だもの

 その声はシュンと常に共にあった。その声はシュンを最もよく知っていた。その声はシュンの欲しがっているものを知っていた。

「僕は、折原君と、みんなと関ってきたうちに、変わってしまったのかな?」

 氷上はそう呟くと、再びビームグレイブを振り回した。また1機のMSが光と変わっていく。

「人はまだ戦っている。僕もだ。君はなんとも思わないのか?」

 私は・・・・・・あなたたちに手は出せない。知ってるでしょ

 声が悲しそうなものに変わったのに気付き、氷上は失言を悟った。

「ご免、言っちゃいけない事だったね」

 ううん、仕方ない事だよ。それが私だもの。

 それを最後に、気配は消えた。
 氷上はそれを感じていたが、声には出さなかった。彼女は帰っていったのだ。ということが分かっていたから。
 今はただ、葉子の盾となって敵を食い止めるのみ。この時、始めて氷上はそれまでの復讐心や義務感ではなく、仲間を守るという気持ちを持って戦っていた。
 氷上は目を閉じ、操縦桿を握り直した。

「悪いけど、今は手加減してられないんだ」

そのビームグレイブが一振りされる度に1機のMSが切り裂かれ、光の玉へと変わっていく。勿論連邦機も反撃しているのだが、銃撃はかわされ、格闘戦では勝負にさえならない。
 いつしか氷上の周りに連邦機の姿は無くなっていた。

「怖がらせちゃったかな・・・・・・まあ、無理ないか」

 いつもの笑顔を浮かべると、遠巻きにしているジムやボールをただ眺めていた。その姿に先ほどまでの、あまりにも凄惨な殺戮の舞台を演出していたとは思えないほどにさわやかで、親しみやすいものだった。

 

 友軍が十分戦場から遠のいたと判断した斉藤は、逐次殿部隊も撤退させ始めた。自分の部隊を最後まで戦場に留まらせ、集まってくれた他部隊の艦を優先的に退かせていく。
 MS隊も久瀬の判断で撤退を始めていた。浩平の指揮で強引に背後を切り開き、一部のMSが戦場を強行突破していく。浩平自信も乱戦から飛び出したが、久瀬たちが後に続いてこない事に気付いて振り返った。

「久瀬、何やってるんだ。速く来い!」
「残念だけど、ちょっとそうもいかないみたいだ」

 返ってきた答えに浩平は愕然とする。

「お前、まさか最初からこうするつもりで残ったのか!」
「誰かが残らなくちゃいけなかった。それよりも早く行くんだ、厄介なのが来た!」

 久瀬の答えに浩平は慌てて周囲を確かめた。すると、戦場を迂回するように別の一群がこちらに押し寄せている。その中に一際巨大な姿を見て取ったためか、浩平を思わず息を呑んだ。

「カノン・・・・・・か?」
「そういう事だ。さあ、分かったら早く行ってくれ。僕たちは精一杯ここで時間を稼いだら、降伏するさ」
「久瀬!」
「行くんだ、君の仕事は皆を連れ帰る事だ!」

 そう言って、久瀬は一方的に通信を切ってしまった。こちらから幾ら呼びかけても答える様子はない。

「久瀬、おい、久瀬! くっそおぉ!」

 最後に通信機を叩きつけると、浩平はジャギュアーを戦場外へと向けた。戦場にリシュリュー隊のMSを残して全機戦場から離脱していく。これでここに残ったのはリシュリュー隊と、逃げ遅れた被弾機だけとなった。と言っても、すでに無傷の機体などはいない。残った機体を見まわして久瀬は眉を潜めた。その中にヴァルキューレが、氷上の機があったのだ。傍に葉子のディバイナー改がいるのを見て、どうやら彼が連れてきてくれたらしいと判断した。

「なにをしている、ヴァルキューレの加速なら逃げ切れるだろう!?」
「・・・・・・すまないね、君たちを見捨てる事ができるほど、僕は器用じゃなかったらしいよ」
「・・・・・・・・・・・・・」

 それを聞いた久瀬は説得を諦めた。そんなことに割いている時間もない。最後にもう一度だけ後方監視モニターに目をやり、撤退していく浩平達の姿を見る。

「・・・・・・後は頼むよ、折原君」

 久瀬は後方監視モニターから視線を戻すと、残る全MSを艦隊まで後退させた。

 

 艦隊の方もすでに戦闘力を残してはいなかった。相次ぐ被弾に2隻が沈み、残るは2隻のみとなっている。

「艦長、右舷に直撃!」
「32番の隔壁を閉じろ!」

 旗艦リシュリューもすでに数え切れない直撃を受け、反撃している砲は上部と左舷の2基4門のみとなっている。もはや、沈没は時間の問題だろう。

「副長、下がらせた連中はどうだ!?」
「時間から考えて、そろそろ頃合かと!」

 副長は額から血を流しているが、それを拭う暇もなく再び被害に対処していた。斉藤は副長の答えを聞くと、通信機を手にとった。

「通信士、後方のカノンに繋げ、降伏を申し入れる、と」
「艦長!?」

 副長が驚いて声を上げるが、斉藤はそれを手で制した。

「言いたい事は分かるが、もう十分だろう。味方が戦場から離脱できたのだ。これ以上部下を死なせるべきではない」

 斉藤は副長を黙らせると、改めて通信を送らせた。
 通信を受け取った秋子は頷くと、マイベックに武装解除の手続きをとらせると共に、全軍に戦闘中止を伝えさせた。エイノーには自分から直接伝える。

「エイノー提督、敵は降伏を申し入れてきました」
「なんだと、それで、貴官は受け入れたのか?」
「はい、南極条約に従うなら、彼らは正当な捕虜となる権利がありますから」
「・・・・・・反乱軍に権利、かね」
「ここで彼らを殺すのは、連邦軍の名誉を傷つけますし、条約違反です。それに・・・・・・」
「それに?」 

 聞き返したエイノーは、秋子の視線に含まれる言いようのない圧迫感、殺気を感じ、身体を硬直させた。

「私は、ジオンとは違います」

 秋子が何を思ってその台詞を言ったのか、それは分からなかったが、エイノーは素直に頷くと全軍に戦闘を中止させた。

 

 秋子は降伏した捕虜をマイベックに任せ、自分は斉藤と直接面会していた。斉藤は肩から腕を吊り、頭に包帯を巻いていたものの、それ以外は特に外傷もなく、毅然とした態度で秋子の前にやってきた。秋子は斉藤にソファーに座るよう進め、斉藤がそれに応じたのを確認するとコーヒーを斉藤の前に滑らせた。

「どうぞ、こんな物しかありませんけど」
「・・・・・・いえ、構いません」

 斉藤はそうは言ったが、口をつけようとはしなかった。秋子は自分で入れたコーヒーを啜ると、斉藤に話し掛けた。

「それで斉藤・・・・・・大佐ですか?」
「ええ、ファマスでは大佐となっていました」
「では斉藤大佐。あなたの艦隊は南極条約に基づき、武装を解除しています。士官は兵とは別に尋問を行わせていただきます。よろしいですね」
「降伏した身では逆らう事も出来ませんな。ただ、部下の身の安全だけは保障していただきたい」
「それは確約します。捕虜に虐待を加えた者がいれば、容赦なく厳罰を与えるとすでに通達してあります。これは私個人の判断ではなく、宇宙艦隊司令長官から全軍に通達されているものです」

 これは上辺だけの言葉ではない。この後、秋子は捕虜に拷問を加えた憲兵3人を降格処分にした上で、2週間の営巣入りしているのだ。名目上は軍規違反で、確かに軍規には捕虜への虐待を禁じる事が明記されている。
 秋子は前から気になっている事を斉藤に尋ねてみた。

「大佐、一つお聞きしたいのですが、久瀬中将はまだ戦われるおつもりなのですか? すでに勝算は無い筈です」

 秋子の質問は斉藤も予想していたが、それだけに返答が躊躇われた。正直に言うなら彼もすでに負けが決定していると考えている。仮にこれ以降、全ての戦いで自軍に倍する損害を相手に与えていったとしても、自分たちが一兵残らず戦死してなお連邦軍は半数近くが残る計算になる。
 これで勝てると思えるほど、斉藤は楽天的でもなければ無能でもなかった。
 だが、斉藤は力なく頭を左右に振った。

「正直なところ、私にも中将が何を考えておられるのか、分かりかねています。ジオン残党と手を結んでいる以上、降伏できないのかもしれませんが・・・・・・」
「そうですか」

 秋子は落胆しなかった、半ば予想していた事だからだ。ただ、後一つ、どうしても聞いておかなくてはならないことがあった。

「斉藤大佐、あなたはシェイドを知っていますね」
「はい、天沢少尉や鹿沼少尉、巳間少尉ですね」
「そうです。そこで疑問があるのですが、どうやってファマスはあれだけ多数のシェイドを戦線に投入できたのですか? ファマスにはシェイドの研究を行っている機関があるのですか?」
「・・・・・・違います、私の部下と、みさき大佐たち以外のシェイドは、すべてアクシズから派遣されてきた連中です」
「アクシズ、ですか?」

 斉藤の答えは秋子の想像どおりのものだった。やはりアクシズの援助を受けていたのだ。だが、そうなるとアクシズはシェイドをすでに実用レベルで完成させていることになる。
 もしシェイドが量産されるようなら、アクシズはこのうえない脅威となるだろう。
 そのとき、斉藤が苦笑を浮かべた。

「心配なさらずとも大丈夫だと思いますよ、提督」
「はい、何がですか?」
「アクシズ、まあ、アヤウラが投入してきたシェイドは少数ですし、天沢少尉や鹿沼少尉より弱いようでしたから」
「アクシズもそれほど大量のシェイドを投入はできないと?」
「よほど強化が難しいのでしょう。聞いた話ですが、シェイドは強化、調整の課程でその大半が死ぬか発狂してしまうと言う事ですから」

 斉藤の話によると、シェイドというのは現在でも数百人に一人しか適性ある者が見つからないのだという。そのために多くの犠牲者を出し、現在完成したシェイドは無数の屍の上に辛うじて完成した奇跡のようなものだと言う。
 これが本当なら、アクシズはそれほど多くのシェイドを造る事はできないだろう。そんなことを無理にすればアクシズの住人に不満が高まるだろうし、何よりもそんな非人道的な実験を繰り返していると言うだけで反発は免れられないだろうから。

 斉藤を退室させた後で、秋子は前からわだかまっている疑問を改めて考えてみた。

「ジオンが戦前から行っていたシェイドの研究。ニュータイプの軍事利用、アクシズに終結した残党に流れている資金や物資、これだけの事を全て残党の力だけで行えるとは思えない。誰が支援してると言うの。これだけの技術を、資金や物資を、一体誰が・・・・・・」

 そして、久瀬の反乱を連邦軍情報部に気付かせなかった、あるいは情報部の動きを封じていた何かが、この世界にはある。
 秋子自身が政界、財界に強いパイプを持ち、その気になればかなりの影響力を行使する事ができるし、常に大量の情報を独自のルートから得ている。だが、そのルートの何れも、久瀬の反乱を確信させるような情報は送ってこなかった。もちろん今で考えれば予兆と思われる情報は数え切れないほどにある。だが、それと確信させる要素は遂に無かったのだ。
 情報を読み間違えた、という事もできるが、それだけでは説明できない何かの存在を、秋子はこのとき確信していた。

 

 カノンMS隊総隊長として、シアンは幾人かのパイロットを部屋に呼んでいた。随員は郁未に祐一の2人。
 しばらく待っていると、憲兵に連れられて5人のパイロットがブリーフィング・ルームに連れられてくる。全員がノーマルスーツに身を包み、彼らが戦場から直接ここにつれてこられた事を教えている。
 シアンが頷くと、憲兵達は敬礼を残して部屋から出て行った。

「まあ、そんな所に突っ立ってないで、座りなさい、君達」

 シアンが椅子を勧めると、彼らは手近にある椅子を引いて腰を下ろした。全員が座るのを確認して、シアンが改めて口を開く。

「さてと、これでようやく落ち着いて話ができるな、久瀬大尉」
「・・・・・・・・・・・・・」
「黙して語らずか。まあ、今日は別に機密の話をするわけじゃないから、そう固くなられても困るんだが」

 シアンは困った顔になったが、久瀬は真剣そのものの顔でシアンを見ている。仕方なくシアンは隣に座っている、アルカイックスマイルを浮かべる男に視線を向けた。

「直接会うのは初めてだったかな?」
「そうだと思うよ」

捕虜とも思えない答え方に祐一が僅かに顔色を変えたが、シアンは気にした様子もなく話を続けた。

「氷上シュン、だったな、たしか。オンタリオでは俺達を殺すと言ってたが?」
「あの時はそう思ってたけど、今はどうでも良くなったよ」
「どうでも良くなった?」
「・・・・・・友人に気勢を殺がれた事と、君達の強さに負けたって所かな」

 氷上の、何処かさばさばとした言い方にシアンは眉を顰めた。

「俺達の強さ?」
「今を生きようとする者の必死の強さは、凄いのさ」

 氷上の瞳はあまりにも深かった。先が知れないとでも言うのか、まるで長いときを生きてきた老人のような深さがある。見た目は自分より若いだろうに、何故こんな眼ができるのか。

 結局、氷上はそれ以上答えようとはしなかった。久瀬も頑なに口を閉ざし、何の情報も言おうとしない。連邦軍士官学校の教育の成果が出ていると喜べばいいのだろうか。シアンは溜息をつくと、
 不意に、シアンは視界がぼやけるのを感じた。

『なんだ、疲れたかな?』

 疲れた、というのとは様子が違う。いつの間にか目の前には青空が広がっている。地球で見慣れた、青い空だ。足元には白い雲が広がり、ここが数千メートルの高空であることが分かる。

「どういう事だ、これは?」
 
 驚いて辺りを見まわせば、周囲の光景もやはり変わってしまっている。郁未も祐一も消え去っている。その代わりに1人の少女が傍らに立っていた。白いワンピースを着た、10歳くらいの少女だ。

「女の子、だと?」

 流石に呆気に取られたが、見てるとその少女は何かを伝えようと真剣に話しかけているらしいことに気づいた。だが、傍らにいるのに声は聞こえない。

「なんだ、何を言っている?」

 読唇術でも使えるなら理解できただろうが、あいにくシアンはそういう技術を持ってはいない。なおも少女はしばらくまくし立てているようだったが、遂に諦めたのか、はたまた疲れたのか、がっくりと肩を落とした。それと同時に周囲の空がぼやけ、再びもといたブリーフィング・ルームに帰って来た。

『なんだ、今のは一体?』

 先ほどの怪現象に体を強張らせてしまう。頬を伝う汗は内心の焦りを示していただろう。
 そんなシアンの様子を不審に思ったのか、郁未が話しかけてきた。

「あの、中佐、どうかしましたか?」
「あ、い、いや、何でも無い」

 少し慌てて顔を上げると、改めて氷上を見る。氷上は相変わらず笑顔を浮べているだけだったが、先ほどの体験の後ではどうもこの笑顔に裏があるような気がしてならない。
 自分をじっと見ているシアンに氷上が僅かに首を傾げた。

「僕の顔に何かついてるかい?」
「・・・・・・いや、何でも無い。この様子ではどうせ何を聞いてもはぐらかすだけだなと思ってな」

 シアンの言葉に氷上は初めて苦笑を浮べた。それを見てシアンは小さく溜息をつき、隣に立つ郁未を見る。

「とりあえず、独房にでも監禁しておいてくれ。手続きが済み次第憲兵隊に引き渡す」
「・・・・・・はい」

 郁未は複雑そうであった。氷上は別として、今でこそ敵味方に分かれているが、かつては生死を共にした親友たちである。独房に放りこむのも憲兵に引き渡すのも気が進まないのは当然だった。
 シアンも郁未の心情は理解できるのだろう。口調が気遣わしげなものになる。

「天沢少尉、捕虜を独房に入れたら休んで良いぞ。今日は疲れただろう」
「え、いえ、別にそんなことは・・・・・・」

 無いと言おうとしたが、その肩を祐一が軽く叩いた。その顔はなにやらニタニタと笑っている。郁未もそれを見てシアンの言いたい事を察すると、わざとらしく敬礼をして見せた。

「はっ、天沢少尉、これより捕虜5名を連行します!」
「ああ、行ってこい」

 表面冷静に、内心は肩を竦めてシアンは郁未を促した。嬉しそうに5人を連れてブリーフィングルームを後にする郁未の背中を見送ったシアンはいままでの堅い表情を崩し、だらけた様子で椅子に深く腰を沈めた。

「やれやれ、これで一区切りかな」
「お優しい事ですね、シアンさん」
「・・・・・・良いじゃないか、もうこの戦役も終わる。後は何時終わるかだからな」

 シアンの漏らした言葉に祐一は目を見開いて驚愕を露にした。まだ火星の戦いがあるのだ。もう一度大きな戦いがあるのにもう終わったとシアンは言うのだ。

「終わったって・・・・・・」
「終わりさ。どう足掻こうともうファマスに逆転のチャンスは無い。奴等の奮戦は戦役終結を遅らせるかもしれないが、逆転させる事は不可能だ。もし逆転できるとしたらこの戦いで決定的な打撃を俺達に与える事ができたときだったんだが、それも無駄に終わったからな」

 シアンは目を閉じると、付け加えるように一言漏らした。

「もっとも、奴等がまだとんでもない奥の手を隠してるって言うなら、どんでん返しもあるかもな」

 シアンの言葉は、祐一には不吉ななにかを感じさせた。

 

 シアンの予想はある意味当たっていた。だが、それはファマスの切り札ではなかった。その切り札はアクシズからもたらされていたのだ。アクシズ主力艦隊の旗艦グワンバンの艦内で組み上げられていたアクシズの象徴ともいえる機体が完成したのだ。濃緑色に塗装された巨大なMAを見上げ、キャスバルが感慨深げに感想を漏らした。

「遂に完成したのだな」
「はい、これはまさに究極のMAですよ。連邦軍なんかどれだけやってこようが敵ではありません!」

 興奮気味に語る技師の言葉も、この機体を前にしては過剰とは言えないかもしれない。キャスバルは自分の機体となる史上空前の性能を持つ巨大MA「ノイエ・ジール」を改めて見上げ、口元を緩ませていた。

 


後書き
ジム改 斉藤達、リシュリュー隊の戦いが今日終わりました。
栞   良いですよね、後は寝てるだけですよ。
ジム改 いや、葉子達はともかく、斉藤や久瀬は厳しい尋問が待ってるんだが。
栞   でも良いじゃないですか。もう戦わなくて良いんですよ。
ジム改 まあそうだな。もう戦死の恐怖も無く、突然の敵襲に怯える事も無いからな。
栞   それに較べて私達はどうです、まだ火星に行かなくちゃならないんですよ。
ジム改 勝ち続けるっていうのも大変だねえ。
栞   おまけに最後のあれはなんですか!
ジム改 ノイエ・ジールのことかね?
栞   そうです、なんでここまできてあんな化け物が出てくるんですか!?
ジム改 クライマックスだから。
栞   うちにはライバルは無いんですか!?
ジム改 無い(きっぱり)
栞   ・・・・・・えう〜〜〜〜〜(泣)

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