第46章  追われる者


 フォスターUより撤退したファマス艦隊は斉藤の活躍によってどうにか戦場を後にすることができたが、無傷の艦を探す方が難しいという状態で連邦艦隊を振り切る事はやはり無理であった。
 逃げ去ったファマス艦隊をすぐさま追撃しなかった秋子ではあったが、黙って逃がしてやるつもりも無かったのだ。フォスターUの制圧と同時に健在艦艇による追撃艦隊を組織し、周辺の残敵掃討も兼ねてファマス艦隊を追わせていたのだ。この部隊はフォスターU周辺で行動不能になっていたファマス艦艇やMSを破壊、もしくは拿捕しながらファマス艦隊を捜しまわり、その内の1つがよたよたと逃げて行くファマス残存艦隊を捕捉したのである。
 背後から急速に迫ってくる連邦艦隊に気付いたバウマンは舌打ちして参謀を振りかえった。

「損傷艦の修復状況は?」
「残念ながら、まだ巡航速度を出す事さえ難しい艦が多いです。このままでは逃げる事さえ不可能かと」
「・・・・・・そう、か」

 余りと言えばあまりの状況にバウマンは唸った。戦う事も逃げる事もできないのだ、もはやバウマンは選択を迫られたといっても良い。損傷艦を見捨て、健在艦だけでここから避退するか、それとも総力を上げて一か八かの勝負を挑むかだ。

「・・・・・・現在戦える艦は?」
「第3艦隊の生き残りと、アクシズ艦隊ぐらいですな。あとは各部隊から戦力を引き抜いて臨時に戦隊を組ませるくらいです。数は合わせれば20隻くらいにはなると思いますが」

 この場には40隻近い艦がいるのだが、その内20隻程が大破、もしくは中破という状態なのだ。戦えると数えられた艦も無傷な訳ではない。そんな状態で戦おうというのだから無謀を通り越して呆れるしかないところだろう。勿論本人たちはいたって真剣である。
 この作戦の為に集められたのはバウマンのダンケルクを中心にチリアクスのツィタデルや橘のエアー、クルーガーのアサルム、ハウエルのグワンバンなどで、最強の艦が揃っている。追撃してくる部隊はとりあえず20隻ほどなので戦えば勝てるという気がするのだが、これだけですむはずが無いと誰もが思っていた。
 彼らの予想は不幸な事に当たっていた。ファマス艦隊を発見した連邦艦隊の指揮官は即座に周辺にいる友軍艦隊を呼び寄せる通信を発していた。
 ファマス艦隊は正面に展開した連邦艦隊を前に横列展開を開始した。主力となるのはやはり2隻のノルマンディー級戦艦だろう。バーミンガムとさえ互角の砲撃戦を行える唯一の艦であり、マゼランなどは敵としないほどの攻撃力を持っている。これに較べればエアーやアサルム、グワンバンなどは恐れる程の相手ではない。連邦艦隊はマゼラン改1隻を中心に11隻のサラミス改が展開しており、後方では8隻コロンブス改装MS母艦からMSやボールが次々に発進している。
 バウマンは展開を始めた連邦艦隊の動きに覚悟を決めた。

「敵MSは60機前後、ボールの数は不明!」
「近くに他の連邦艦隊は見当たりませんが、前方の艦隊から発せられた電波を感知しました」
「・・・・・・やる気だな。足の遅くなった艦から乗員を脱出させろ、損傷の激しい艦は放棄して脱出するぞ!」

 横列に並んだ10隻の艦隊が連邦艦隊の前に立ちはだかる。後方では4隻の巡洋艦が脱出してくるランチを回収しているが、これが終わるまで敵を突破させる訳にはいかない。
 この戦いで最初に砲撃を開始したのはダンケルクとツィタデルだった。ここに集まっている艦の中ではもっとも大きな砲力を持つ2隻の砲撃は圧倒的な威力があり、最初に狙われた2隻のサラミス改が僅か数射で直撃を受け、爆散してしまった。まさにノルマンディー級戦艦の高性能をはっきりと証明して見せた戦いと言えるが、先手必勝が通じたのは最初の数斉射だけで、巨大戦艦との砲戦に恐れをなした連邦側がさっさと後退した為にそれ以上の放火は交えなかった。
 戦艦同士が砲戦を避けた以上、戦いの行方はMS戦にかかることになる。艦艇数ではファマスの方が多いが、戦場に出てきているMSの数はファマス側のほうが少ない。しかもその内の半数近くは一年戦争時代のMSだ。それだけ要塞戦での消耗が大きかったという事なんだろうが、これが連邦と互角の戦いを繰り広げてきたファマスの前線部隊の姿かと思うと、その衰退ぶりには哀れとしか言い様がない。少なくともこれまでずっと最前線で戦いつづけてきたクルーガーなどから見れば背筋が寒くなるような編成であった。
 双方のMSは小細工をすることも無く正面からぶつかり合った。隠れる所も無いような宇宙空間での交戦だから仕方がないのだが、正面からぶつかり合ったのではよほどの技量差か機体の性能差がない限り待ってるのは消耗戦だけだ。そんな中でもガトーや広瀬、ガルタンといったエース級は奮戦していたが、その動きには精彩がない。弾痕の目立つ機体では全力を発揮できないのだ。
 技量で勝るがボロボロのMSを使ってるファマスと、技量は劣るが十分な補給と整備を受けている連邦の戦いは押しも押されもしない状態を生み出していた。連邦側はこの膠着状態を引き伸ばそうとしているのが見栄見栄の動きだが、時間は確実に連邦に味方しているのでこの判断は正しい。正しいからこそチリアクスやバウマンの焦りは大きかった。

「敵の増援に気をつけろ。何時来るかしれんぞ!」
「まだ索敵範囲内には確認できません!」

 レーダー主の返答に頷きながらもバウマンは焦りを滲ませていた。

「川名大佐の動きは!?」
「予定位置に到達しました。すでに突入を開始しています!」
「・・・・・・本当に上手くいくのか、川名大佐」

 戦術スクリーンには小部隊が連邦艦隊の側面から食いつこうと突撃していくのが映し出されている。上手く行けば敵を崩せるだろうが、失敗すれば近距離から集中砲火を受けてたちまち殲滅されかねない。ほとんど賭けのような戦い方だった。当然これを聞かされたバウマンは激しく反対したのだが、光を映さないはずのみさきの瞳に見つめられると何故か反対する気が失せてしまったのだ。

 突撃していくエターナルとアリシューザ、そして4隻のムサイは連邦艦隊の側面に襲い掛かった。直前までそれに気付けなかった連邦艦隊はすでに至近距離まで迫っていた6隻のジオン艦に驚愕した。

「なんだと、何故こんなに近づかれるまで分からなかった!?」
「ミノフスキー粒子が濃すぎました!」
「エネルギー反応くらいあっただろう!」
「それが、何の反応もありませんでした。ジェネレーターを待機状態にして慣性航行で側面に回りこんだものと思われます!」
「くそっ、嵌められたって事か!」

 司令は肘掛を殴りつけると敵を食い止めるよう命令を出したが、その命令はあまりにも遅すぎた。砲が側面を向いた時にはすでにエターナルは懐に飛びこんできていたから。

「全砲門の照準を正面のマゼランに集中。一撃で仕留めるよ!」

 みさきの指示を受けてエターナルの全砲門がマゼラン改の艦腹を指向する。だが、そのマゼラン改もエターナルを狙っていた。まず先にエターナルの砲がエネルギーの矛を撃ち出し、半瞬遅れてマゼラン改も主砲を放った。至近距離から放たれたエターナルの砲は狙い過たず全弾がマゼラン改を捕らえてこれに致命傷を与えたが、マゼラン改の砲も3発がエターナルの艦体を捕らえた。あてずっぽうではあったが近かった事が幸いしたのだろう。
 エターナルとほとんど同時にアリシューザも近くのサラミス改に砲撃を集中してこれを沈め、そのまま連邦艦隊を付き抜けようとしていた。ショウは第一撃の戦果に頷くと次の指示を飛ばした。

「よし、第一段階成功だ。MS隊を出せ。僚艦の状況を報告しろ!」
「はっ、MS隊を出します。突入した友軍は2隻が沈んだようです。敵艦隊は旗艦を含めて3隻を撃沈、1隻損傷といったところのようです」
「そうか、まずまずの出来だな」
「それと友軍艦にも1隻の損傷艦が出ていま・・・・・・・・・」

 そこでオペレーターの報告が途絶えた。不審に思ったショウがそちらに目をやると、そのオペレーターは自分の端末を前に固まっていた。驚愕を浮べて何度も目を瞬かせている。どうしたのかと思ってその端末を自分で覗き込み、表示されている情報を確認した。そして、ショウもまた固まってしまった。
 その端末のモニターに表示されていた損傷艦の名は、エターナルだったのだ。


 エターナル艦内ではまさに蜂の巣を突ついたかのような騒ぎになっていた。

「負傷者の救助が終わり次第、被弾ブロック周辺の隔壁を閉鎖して。応急修理より消火を優先。報告は後で良いわ!」
「副長、左舷メガ粒子砲周辺のブロックでプラズマ雲が発生していると報告が!」
「メガ粒子砲が誘爆しかねないって訳か・・・・・・左舷メガ粒子砲と周辺ブロックへのエネルギー供給をカットしなさい!」
「機関室よりジェネレーターが暴走寸前だと言ってきています!」
「・・・・・・な、なんですってぇぇぇ!!」

 雪見はパニック一歩手前の頭で必死に状況を把握しようと努めたが、それは1秒とたたずに終わった。

「て、やばいじゃないそれっ!」
「機関長はもう駄目だって言ってますが・・・・・・」

 どうやらパニックに陥ってしまったらしい雪見は無視することにしたらしいオペレーターは今まで口も開かずにいたみさきに報告をした。みさきはしばらく頭を抱えてパニクッている雪見を見ていたが、小さく溜息をつくとオペレーターに答えた。

「悪いけど、機関室と回線を繋いでくれるかな」
「ちょっと待ってください」

 しばしの格闘の末、どうにか回線が開いた。サブモニターに機関長の姿が映し出される。

「あ・・・・・・艦長?」
「ああ、雪ちゃんは暫く帰って来そうに無いから」

 不思議そうな声を出した機関長の疑問に答えてやり、みさきはジェネレーターの調子を尋ねた。問われた機関長はやや沈んだ声で最悪の答えを返してくる。

「残念ですが艦長、もう手の施しようがありません。あっちこっちからのエネルギーの逆流で伝導管が焼き切れそうな状態です」
「そう、なんだ」

 みさきは目を閉じ、そのまま暫くじっとしていた。掌を握り締め、しばし頭の中で何かに耐えている。元々ガタの来ていた艦だ。前に雪見も言っていたが、本当ならドックに入って本格的なオーバーホールを受けなくてはいけない状態なのだ。車で言うなら整備をほったらかした為に廃車寸前になったようなものなのだ。そんなボロボロの艦が戦艦の砲撃を3発も受けた以上、もはや助からないだろう。
 僅かな黙考の後、みさきは機関長に指示を出した。

「機関長、あと5分でジェネレーターを停止させて」
「・・・・・・艦長、それは」
「エターナルを・・・・・・放棄するよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 機関長は何も言わず、敬礼を残してサブモニターから消えた。
 みさきは艦長席から立ちあがると雪見を呼んだ。

「雪ちゃん、そろそろ帰って来た?」
「まあ・・・・・・言いたいことはいろいろあるけど、今は良いわ。何?」
「総員退艦だよ。すべてのエアロックと隔壁を手動に切り替えて、退艦の指揮をお願い。私はMS隊を指揮するから」
「・・・・・・分かった、わ」

 雪見は組んでいた両手を解くとオペレーターたちに目を向けた。

「聞いてたでしょ、艦長命令よ。総員退艦を伝達して」
「で、ですが・・・・・・」

 命令の伝達を渋るオペレーターたちだったが、雪見にジロリと睨まれて怯えたように首を竦めた。艦長はみさきだが、支配者は雪見なのだ。

「急ぎなさい。もうこの艦は持たないわ」
「・・・・・・・・・・・・」

 がっくりと肩を落としてオペレーターたちが艦内放送を始めた。雪見はそれらを確認するとアリシューザに通信を繋げさせた。暫く待っているとメインモニターにショウの姿が映し出される。ショウは通信が繋がった事に安心したのか、安堵の息を吐いていた。

「良かった、無事だったのか」
「はい、乗員は無事です。でも、エターナルはもう・・・・・・」
「そう・・・か。わかった。乗員の方はオスムに救助させよう」
「すいません」
「君たちも早く退艦しろ。今は敵も混乱してるが、何時攻撃してくるか分からんぞ」

 みさきの指揮する突撃隊は狙った通りの効果を上げ、連邦艦隊は大きな損害を出して大混乱に陥っている。そこを急進してきたツィタデルやダンケルク、エアーなどの主力艦がが1隻づつ砲撃を加えて仕留めているのだ。

「分かっています。みさきはMSで出ると言ってましたから、後の指揮はコバヤシ大佐にお願いします」
「了解した」

 敬礼を交して通信を切ると、雪見は艦橋内の作業に意識を戻した。と言ってもすでに作業の大半は終了しているらしく、オペレーターたちは万が一に備えて暗号帳を焼いたり通信記録を削除したりしている。
 だが、気を抜いたところにレーダー主が大きな声を上げた。

「新たな敵、急速に接近してきます。MSか戦闘機と思われる小型物体が約50機の集団を組んで迫っています」
「・・・・・・MSか戦闘機だけ、ですって?」

 雪見は首を捻った。MSや戦闘機は航続距離の関係上、母艦無しには作戦行動はできない。それができたなら一年戦争の終盤、ソロモンやア・バオア・クーで連邦軍はあれほどの損害を出しはしなかった。艦隊はMSを要塞まで到達出来る距離まで運ぶ為に要塞砲の射程に踏みこまざるをえなかったのだ。
 つまり、母艦無しにはMSや戦闘機が現れるはずがないのである。いや、戦闘を考えなければ戦闘機なら可能だろうが、MSには不可能だ。この常識を覆す為に後に可変MSが開発されるのだが、この時代にはそんな便利な物は無い。あるとすればスペース・ジャバーを積極的に運用する事だが、そんな物を積極的に運用してるのはまだ機動艦隊ぐらいのものだ。この戦術が一般化するのはまだ遥か先の事であり、その意味ではこのスペース・ジャバーを使ったMSの迅速な広域展開戦術を第8独立艦隊時代から研究し、機動艦隊で確立させた北川は、MSの集団戦法を研究して確立したシアンとともに戦術上の先駆者と言えただろう。
 不気味に迫り来る新手は一体どういう敵なのか。その正体はもうす味方部隊が接触する事で明らかになるだろう。


 接近していたのは秋子があらかじめ待機させていたMS輸送艦部隊から発進したMS隊であった。先の攻略戦で戦った部隊から健在機をまとめて再編したもので、言うなれば寄せ集め部隊ではあったがそれなりに強力な部隊である。
 この時近づいていたのはスペース・ジャバーに乗ったMS部隊で、第2艦隊のスコールズ少佐が率いている。大半はジム改やジムU、ジムキャノンUだが、Rガンダム1機とセイレーンの姿もあった。

「そろそろ戦闘宙域だ、武装の確認をしておけ。安全装置を外すのを忘れるな」

 スコールズ少佐の注意が全機に飛ぶ。それを受けてあゆと栞も最終確認を行った。

「サイレン05、問題無いです」
「サイレン03、チェック完了」

 同じカノン隊の中でなら名前でも通じるのだが、他の部隊と行動する時はきちんとコールサインを使う2人であった。

 戦闘宙域に突入した彼らはすぐに味方が不利である事を悟った。味方が優勢なら敵が迎撃機を向けてくるはずが無いからだ。見事な動きで迫り来るシュツーカやゲルググ、リックドムを見てスコールズは鋭い声で命令した。

「全機攻撃開始!」

 その命令にすぐさま反応したのはやはり機動艦隊から回されてきたMS隊であった。あゆと栞を先頭に敵の一群に向かっていく。たちまち戦いは乱戦の様相を呈してしまった。無数の火線が飛び交う戦場において一際目立っているのがあゆのセイレーンと栞のRガンダムだ。2機とも特徴的な概観をしているだけに目立ってしまい、周囲から絶え間無く銃火を浴びせられている。だが、高性能機に乗ったシェイドやNTを倒すのは極めて困難なのである。

「そんな弾には当たらないよ!」
「このくらいの攻撃で堕とされるようじゃサイレンは名乗れません!」

 訓練では同じサイレンのパイロットたちや祐一や北川に相手をしてもらっている2人だ。多少の銃弾のシャワーぐらいではビビリもしない。ファマス部隊に打ち込まれる槍の切先となった2人は敵機と交叉した一瞬にその敵機にビームライフルを叩き込み、これを破壊した。

「みんな、続いて来て!」

 あゆの指示に引かれて8機のMSが開いた穴に飛びこみ、これを広げにかかった。ファマスのMSもこれを押し返そうとするのだが、所狭しと暴れまわるあゆと栞の為に逆に手痛い打撃をこうむっている有様だ。

「全機下がれ、エターナル隊やアクシズ隊と合流するんだ!」

 被害に堪りかねた指揮官が部隊を後退させようとするが、後ろを見せたとたんに撃墜される機が続出している。もはや勢いの差としか言いようが無いが、敵前から部隊を後退させる事の難しさでもあった。
 多大な損害を受けながらも迎撃隊は連邦部隊から離れていく。スコールズはこれを追撃させたが、ある程度追ったところでいきなり横殴りの攻撃に晒されてしまった。

「何がっ?」
「隊長、9時の方向からMA5機、来ます!」
「MAだと!?」

 高速を利して回り込んで来たらしいヴァルヴァロやビグロUをレーダーに捕らえてスコールズは焦った声を上げた。MAの機動性、火力、防御力はMSの比ではない。MSでは対抗は難しいのだ。
 だが、この僅かな焦りの時間がスコールズの最後の命取りとなった。

「あれが指揮官機か!」

 肩に3本の線を描いたジムUを見て、クラインは狙いをそれに定めた。機首に装備されているメガ粒子砲のカバーが開き、エネルギーを充填した砲身が露出する。その標的は指揮官のジムU。

「まず1機ぃ!!」

 戦艦の艦砲級の攻撃力を持つメガ粒子砲が放たれ、正確に指揮官機を貫く。生まれた光芒を見てクラインは会心の笑みを浮かべた。

「これで混乱するはずだ。艦長、仕事はこなしましたよ」

 スロットルを一杯まで開け、機体を限界まで加速させて行く。プラズマリーダーを外して取りつけたマイクロミサイルランチャーからミサイルがばら撒かれ、慌てた連邦機が回避する為に散って行く。その群れの中をクラインたちは一気に駆け抜けた。

 あゆと栞もその5機には気付いていたが、全速を発揮したMAのスピードはマッハ10を超える。近距離からMSが狙えるような相手ではなかった。

「栞ちゃん、狙えそう?」
「あの速さじゃ無理ですよ。それよりも、新手が来ますよ、1時半です!」
「敵?」

 あゆはレーダーを確かめた。ミノフスキー粒子の影響ではっきりとはしないが、確かにMSらしい光点が幾つも迫ってくる。

「・・・・・・多い、ね」
「あゆさん、味方が!」

 MAが駆け抜けたあとのMS隊は混乱の極みにあった。さすがにカノン隊のMSはあゆたちの周りに集まっていたが、指揮官機を失った為に統制を失ってしまった為に混成部隊の弱みがもろに出てしまっている。

「月宮准尉、我々は、どうしますか?」

 ジムキャノンUの1機がセイレーンに手を当てて話しかけてきた。一応この中ではあゆが最高位なのだ。
 だが、指示を求められたあゆは怯みをみせ、焦り混じりの声を出した。

「・・・・・・・・・うぐぅ、どうしようか?」
「いや、私に聞かれても」

 部下が困惑した声を出しているが、あゆはパイロット過程を卒業しただけの現場上がり准士官なので士官としての心構えが無い。経験も浅いので判断材料も持っていない。祐一や北川、天野とは違うのだ。
 だが、困ってるあゆに別に通信が入ってきた。

「あゆさん、やっぱりこういう時は美人の切れ者参謀に意見を求めるものではないでしょうか?」
「・・・・・・美人の切れ者って、香里さんとか佐祐理さん?」

 その場にいる誰もが同じ事を思ったが、栞だけは違ったようだった。

「何を言ってるんですか、目の前に1人いるじゃないですか!」
「目の前って、もしかして栞ちゃんの事?」
「なんですか、その一応聞いてみような言い方は!?」
「う、ううん、別に深い意味は無いんだけど」

 慌てて栞の追及をかわそうとするあゆだったが、いろんな意味で百戦錬磨の栞を煙に巻くのはあゆでは無理だった。

「いいえ、この事はあとできっちりと説明してもらわないと」
「うぐぅ」
「まあそれよりも、今は迎撃を優先しましょう。追求する為にも生き残らなくちゃいけませんから」
「・・・・・・なんだか複雑だよ」

 ぼやく様に漏らしたあゆの呟きを聞いてパイロットたちがしばしば爆笑に包まれる。この状況下で涙浮べて笑い転げている仲間にあゆは困惑混じりにウグウグと唸っていた。
 だがそれも敵機が交戦圏に入ってくるまでの事であった。機内に響き渡る警告音に誰もが表情を引き締める。

「みんな、迎撃準備。生き残りの艦が撤退を終えるまで時間を稼ぐよ!」
「たったの10機で、ですか?」

 苦笑まじりの呆れ声で尋ねてくる部下に、あゆははっきりと答えた。

「大丈夫、ボク達ならできるよ。それにボク達が戦えばきっと他の人達も戦いに加わってくると思う。みんな軍人さんなんだよ」
「そりゃそうですがね」

 やれやれといった感じの返事が返ってくるが、別に否定的な雰囲気は無い。そして栞がサブスクリーンに出てきた。

「それじゃああゆさん、命令をどうぞ!」
「・・・・・・うん、全機、迎撃開始!」
「了解!!」

 わざとらしい敬礼を残して栞がサブモニターから消える。それを合図に10機のMSが散開しながら向かってくるファマスMS隊を迎え撃つべく動き出した。

 

 あゆたちに襲いかかったのはエターナル隊を主力とするMS隊であった。その先頭に立ってるのはやはりと言うか浩平に瑞佳だったが、この時瑞佳は連邦部隊から感じる陽気な雰囲気に戸惑いを感じていた。

「何、どうして隊長機を堕とされて、あれだけ混乱してるのに、あんなに穏やかでいられるの?」
「どうした瑞佳?」
「浩平、おかしいよ。あの部隊から陽気な気配を感じるの」
「よ、陽気って・・・・・・状況が分かってないのかあいつら?」
「さあ・・・・・・でも、気を付けた方が良いと思うよ」

 瑞佳の声に初めて警戒の色が混じる。

「あの中に、あゆちゃんと栞ちゃんの気配を感じるよ」
「・・・・・・・・・・・・・月宮あゆ、あのみさきさんと五分に渡り合った「天駆けるうぐぅ」か」

 浩平はヘルメットのバイザーを下ろし、額の汗を拭った。茜のイリーズもみさきのリヴァークも先の戦いでの消耗が激しくて戦闘に耐える状態ではない以上、あれの相手は自分か瑞佳がしなくてはならない。


    だが、はたしてあれに勝てるのか?


 浩平はみさきと本気で戦ったことは無いが、その凄まじい強さはこれまでの戦闘で見せ付けられている。あのみさきの乗ったリヴァークと五分に戦うような化け物を相手に、はたして自分達が勝てるのか。いや、戦えるのか?

「せめて、ここに七瀬がいてくれればな」
「浩平、無いものねだりはやめようよ」

 気遣わしげな声をかけてくる瑞佳に浩平は少し気を落ちつけた。

「そうだな、数に物を言わせて押し切るとするか」
「うん、落ち込んでるなんて浩平らしくないもん」
「おいコラ、そりゃ一体どういう意味だ?」
「あ、そ、それじゃ先に行くね、浩平」
「あ、こらまて、長森!」

 自分を置いて部下を連れて突入していく瑞佳のエトワールの姿に悪態をつきつつ浩平も自分のジャギュアーを加速させた。

「・・・・・・でも、みさきさんMSで出たって話しだよな。まだエターナルにMSが残ってたのか?」

 被弾機を輸送艦に移したエターナルには予備機など無いはずなのだが、と浩平は思ったが、軽く頭を振ってそれを頭の中から追い出した。今は考えてる暇は無い。もしみさきが出たならいずれ合流してくるだろう。

 この時、ジャギュアーのレーダーには捕らえられてはいなかったが、MSの一団が戦場を迂回しながら密かに連邦部隊の背後に回りこんでいたのである。それがどういう意味を持つのか、今はまだ分からない。

 

 あゆたちが敵と交戦したという情報はすでにカノンにもたらされていたが、秋子はこの報告に悩んだ。

「参りましたね、まさか追跡艦隊が壊滅していたなんて」
「月宮准尉たちの到着が遅かったとは考えにくいですな。恐らく敵がまだそれなりの余力を残していたということでしょう」

 傍らに立つマイベックも表情が硬い。あゆは機動艦隊どころか、第8独立艦隊時代からずっとともに戦ってきた戦友なのだ。あの頃は寄り合いだった為にマイベックも若い兵士達の面倒を見ていたことがあり、特にあゆは娘のように可愛がっていた。

「戦力を分散させた事が裏目に出ましたか。やはり駆逐艦に捜させて主力は纏まったまま行動させるべきでした」
「今は応援が間に合うよう祈るだけです。信じましょう」

 捜索隊が敵を発見したという段階ですでに応援として高速艦隊が出撃している。あゆたちの救援にはなんとか間に合うはずだ。今の2人に出きることは無事を祈る事くらいであった。

 

 浩平は連邦部隊から跳び出してきた1機のMSに自然と注意を向けた。それはまるで2枚の翼を持っているような姿をしている。それ以外は普通のMSなのだが、その2枚の翼が一番目を引いている。しかもかなり速い。

「速いな・・・・・・しかもどこかリヴァークやイリーズみたいな威圧感を感じさせる」
「あれはあゆちゃんだよ」
「・・・・・・あれは俺と長森で相手をするしかないだろうな。良いか長森?」
「良いよ。私もそうしようと思ってたし」
「じゃあ決まりだ、他の連中はそれ以外の奴を頼む」

 指示を残して浩平と瑞佳が部隊から離れる。対するあゆも2人の存在に、いや、瑞佳の存在に気付いた。

「この感じはサイド5やオンタリオで会った人・・・・・・確か長森さんだったね」

お互いに強力なNTだ。その存在は互いを自然と引き寄せてしまう。セイレーンとエトワールは距離を置いてたちまち銃撃戦に突入していった。浩平のジャギュアーがそれに追随しようとするがめまぐるしく動き回る2機のMSにはまともに付いて行く事が出来ない。

「長森の奴、あんなに速かったか?」

 浩平は今までいっしょに戦ってきた瑞佳の動きに付いて行けない事を不思議に思っていた。エトワールの性能はジャギュアーを上回っているとはいえ、これまでの2人の技量は概ね互角だったはず、そう思っていた。だが、実際には違ったのだ。今まで自分と一緒に戦っていた瑞佳だが、その実力は知らない内に浩平を上回っていたのだ。今までは浩平とコンビを組んでいた為にそこまでの力を発揮する必要も無く、瑞佳自信も自分の現在の膣力に気付いてなかっただろう。だが今、月宮あゆという強力なNTとの出会いが瑞佳の力を完全に引き出しているらしい。
 浩平が呆然と見ている先では瑞佳とあゆが超人的な戦いを繰り広げている。まるで噂に聞く白い悪魔と赤い彗星の戦いのように。強いて両者を分ける差があるとすれば、セイレーンはビームライフルを持っているのに、エトワールはマシンガンであることだろうか。

「これって決定的な差だよ――っ!!」

 瑞佳が悲鳴を上げながら懸命にあゆの放つビームを回避しつづける。時折マシンガンで反撃してるが相手の理不尽なまでの重装甲には牽制にすらなっていない気がする。そもそもまともに狙っていない射撃が当たるはずも無く、あゆは回避運動さえして無かったりする。

「このままじゃ殺られちゃうよ―、浩平助けて―っ!!」
「助けて欲しいなら届く距離まで来やがれ!!」

 追いつけない浩平は瑞佳の求めに青筋浮べて怒鳴り返した。だが瑞佳は言われてようやく気付いたかのようにきょとんとした答えを返してきた。

「あれ、なんでそんなに離れてるの、浩平?」
「お前が速すぎるんだよ!」
「えー、私のせいなの!?」
「お前のせいだ、俺が今決めた!」
「横暴だよ――!」

 ぎゃあぎゃあ言いながらもあっという間に浩平の所まで戻ってきた瑞佳。その半瞬後にはもういつもの浩平前衛、瑞佳後衛のフォーメーションを組んでいるのだ。もはや考える必要もないほどに慣れているのだろう。
 2人がフォーメーションを組んだその威圧感にあゆは動きを止めた。

「うぐぅ、な、なんだか凄く強そう」

 NT能力というよりは祐一に苛められ続けたという過酷な体験からくる勘というべきか、あゆはなんとなく2人が手強い事を察してしまった。
 戦いは浩平が動く事から再開された。無造作にセイレーンとの距離を詰めてくるジャギュアーにあゆはビームライフルを向けたが、ジャギュアーから少し外れたところに移動していたエトワールからの突然の銃撃に晒されて射撃のタイミングを逸してしまった。機体を貫くような一撃こそ無いが、絶え間無く襲いかかる衝撃に照準がぶれてしまう。
 瑞佳の援護を受けた浩平はセイレーンとの距離を詰めると近接戦闘に入った。あゆも瑞佳の銃撃に晒されながらもジャギュアーに向けてビームライフルを幾度か放ったが、正確に狙われていない為に浩平は容易にそれを回避することが出来た。
 そして、浩平は見事としか言いようが無いほどの僅かな回避運動を取っただけでセイレーンの懐まで飛びこんできた。

「この動き、祐一君みたいだよ」

 焦った顔でライフルを撃ち放つがそれは空しく宙を抉るのみ。更にジャギャーに気を取られているうちに今度はエトワールが近づいてきて銃撃を加えてきた。あっちを見ればこっちが手を出してくるという状況にあゆは数の暴力と言う事場の意味を理解した。

「栞ちゃんに片方任せるんだったよ、1人じゃ相手しきれない!」

 もうやけくそでマシンキャノンをばら撒くが、多少の命中弾ではジャギュアーもエトワールも堕ちることはない。むしろ逆にジャギュアーが一気に距離を詰めてきた。右手に持つジオン製のMMP−80型90mmマシンガンがセイレーンめがけて近距離から銃弾を撃ち放つ。
流石にこの距離では全てを回避することが出来ず、あゆはシールドを前に出してこれに対応した。無数の火花がシールド表面で散っていく。これで防ぎ切れなかった弾が機体の各所に直撃して火花を上げた。

「ううう、このままじゃまずいよ」

 あゆは巧みに自分の動きを制限してくる2人の連携攻撃に焦り出していたが、攻撃している2人もセイレーンの理不尽なまでの重装甲に文句の1つも言いたい気分となっていた。

「なんでこれだけぶちこんだのに平然と動けるんだよ、化け物かこいつは!」

 浩平はライフルの残弾が残り少ない事を確かめて舌打ちし、距離を詰めて格闘戦を挑む事にした。いきなり距離を詰めてきた浩平の動きにあゆは反応が一瞬遅れてしまう。

「もうこんな所まで!?」

 慌てて腰のビームサーベルを抜こうとしたが、それより速くジャギュアーのシールドがセイレーンの右肩に突き込まれ、ビームサーベルを抜けなくなってしまう。

「しまったっ!」
「動作が鈍いんだよ!」

 浩平の怒鳴り声とともにシールドのマウントされている左腕側の110mm速射砲が徹甲弾を立て続けに右肩部に撃ち込んだ。全く照準など付けていないが、ゼロ距離射撃なので全弾が右肩の装甲に吸いこまれ、激しい火花を散らしている。幾ら重装甲だといっても同一箇所にこれだけ撃ち込まれては耐えられるはずも無く、引き裂かれた右肩装甲から駆動部に飛び込んだ徹甲弾が遂に右肩を完全に破壊してしまった。内部で炸裂した徹甲弾が右肩を本体から強制的に引き離してしまう。
 右肩で起こった爆発の衝撃にあゆはコクピットの中で激しく振りまわされた。

「ウグゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 シェイドでなければ到底持ち堪えられなかったであろう衝撃にあゆは目を回しかけたが、ふらつきながらもどうにか意識を保つ事に成功した。メインモニターを見ればジャギュアーが少し離れている。どうやら爆発に巻きこまれて飛ばされたらしい。
あゆは頭を振って正気を取り戻すと機体の状態を確かめた。

「・・・・・・右肩への電力供給をカット、他の部位の被害は・・・・・・大したことないね。右腕と一緒にライフルも無くしちゃった。まずいよね」

 笑えない状態だ。さしあたって爆発の危険は無いが、目の前の2人を相手取れるような状態ではない。今すぐ戦闘を中止して引き上げなくてはいけないだろう。

「・・・・・・スピード勝負なら負けないと思うけど」

 何となく、小さい頃に祐一に食い逃げ呼ばわりされていた事を思い出してしまい、あゆは苦笑を浮べた。
 そして、意を決するといきなり機体を反転させ、スラスターを限界まで開いた。突然の急激な加速に巨大なGが襲いかかり、あゆの体が悲鳴を上げる。

「うぐ・・・・ぅぅぅ・・・」

 耐えがたいGの中であゆは機体を操作し、戦闘離脱の基本的な手順の全てを実行した。定石の回避運動にばら撒かれたありったけのフレアー。一瞬の時間さえ稼げればセイレーンの加速性能はたちまち戦場から離脱してしまう。その一瞬を稼げれば良いのだ。

 浩平と瑞佳は止めを刺そうと追撃に入ったが、ばら撒かれたフレアーの閃光に光学センサーがダウンしてしまった。至近距離でのあまりの光量に光学センサーが一時的に焼きついてしまったのだ。こうなってはどうしようもなく、回復するまでの数秒間は手の出しようが無い。そしてセンサーが回復した後にはセイレーンの姿は無かった。

「逃げた、か」
「よく勝てたね、私達」

 浩平も瑞佳も信じられない思いだった。あのみさきでさえ苦戦したあゆに勝ったのだから。
 しかし、これは2人が知っているはずもない事であったが、あゆには2人に決定的に劣る点があったのだ。一年戦争の生き残りである2人とは異なり、あゆには絶対的に経験が足りないのだ。格闘戦は経験の差が決定的な差となる。あゆは反応は速かったがその後の判断が2人に較べて致命的に遅すぎたのだ。ビームサーベルを抜くタイミングも、回避運動を行うタイミングも浩平などから見ればワンテンポ遅いと映ってしまう。
みさきとは距離を置いた射撃戦闘がメインだったからこの欠点があまりでなかったのだが、格闘戦をした途端にこの欠点が出てしまったのだ。訓練などで祐一や北川のコンビにあゆが勝てない訳もここにある。北川の射撃に邪魔されながら祐一の攻撃を凌げるほどあゆは経験豊富ではないのだ。下手をすれば1対1でも遅れを取りかねない。

 

 あゆが浩平達に負けた頃には戦いの趨勢も決しようとしていた。栞を中心としてカノン隊のMSを主力として戦っていた連邦部隊だったが、後方に回り込んできたみさき率いる少数のMS隊が現れた事で一気に劣勢に傾いてしまった。背後を遮断された事で浮き足立った連邦MS隊は連携を欠き、瞬く間に数を減らされてしまったのだ。
 栞はカノン隊のMSを連れて退路を切り開こうとしていたが、正面に立ちはだかっている青いMSに苦戦を強いられていた。

「私が直接相手をします。皆は援護に徹して、絶対に前に出ないでください!」
「栞、だが1人では」
「ああいうのの相手はサイレンの仕事です!」

 だが、栞は自分達の前に立ちはだかっているMSに見覚えがあった。フォスターTで北川たちと戦っていたエクスカリバーと同じ格闘戦型の重MSだ。有線型のビームトマホークを受けられるのはエクスカリバーかセレスティアくらいだろう。

「でも、あれは七瀬さんの機体のはずです。一体誰が?」

 栞に分かるはずも無かったが、それに乗っているのはみさきだった。リヴァークが使えないと知ったみさきは七瀬が不在の為に乗り手が無かったタイラントに乗ってきたのだ。七瀬専用というだけあって普通のパイロットでは使いこなせないほどにチューンがしてある。

 みさきは自分には少し使いづらいタイラントの操縦系に苦笑いを浮べながらも栞のRガンダムを見ていた。

「Rガンダムかあ。もうロートル機だけど、それでも厄介だよねえ。あれを堕とせば決着がつくかもしれないけっどっ!?」

 突然感じた恐ろしいまでの存在感にみさきは振り返った。

「なに、この感じは・・・・・・NTだと思うけど、これほどのプレッシャーを感じさせるなんて」

 目の前のRガンダムもNT特有の念を感じるが、背後にいるそれは桁外れてるとしか言い様が無い。瑞佳やトルビアックどころか、下手をすればあゆ以上かもしれない。彼女の知る限りそんな化け物は1人しかいない。噂に聞く連邦軍のエース・・・・・・

「まさか、白い悪魔、アムロ・レイなの」

 じっと背後を見ている。未だにレーダーにも捕らえられてはいないが、みさきにははっきりとそれが見えていた。迫り来るアムロのGP−01FBの姿が。

 

 あゆたちが死闘を演じているというのに、シアンはカノンで暢気に書類の山と格闘をしていた。事務整理が苦手という訳ではないが、得意という訳ではないのだ。

「ふう、流石に大規模作戦の後は仕事が多いなあ。戦死者のリストに機体の補給申請、片付けても片付けても終わりゃしない」
「・・・・・・中佐、戦死者のリストを作りながらそんな軽口叩かないで下さい」
「・・・・・・不謹慎だと思うかい、少尉」

 顔を上げて副官の郁未を見るシアン。郁未は呆れた顔で頷いて見せた。

「第一、良いんですか、私達も行かなくて?」
「なあに、応援には北川にアムロの隊と香里を出したし、念の為第2艦隊から精鋭を出してもらってる。北川に任せておけば俺より上手くやるさ」
「そうですか」

 郁未は納得していないようだが、とりあえずそれ以上は追求してこなかった。代わりに持ってきた紅茶をシアンのデスクに置いてニッコリと笑った。

「まあ、一息入れてください。あまり根を詰めすぎると参っちゃいますよ」
「あ、ああ、すまんな」

 シアンはペンを置くと郁未の淹れてくれた紅茶を口にした。昔はとても飲めたものではなかったが、努力の成果か最近はまあ飲めるというレベルにはなってきている。

「ふむ、努力の成果が感じられるね」
「それはどうも」

 嬉しそうに微笑む郁未。シアンはうんうんと頷きながら紅茶をもう一口啜った。そんなシアンを見ていた郁未の顔が僅かに曇る。

「でも中佐、ここ最近は本当に仕事のし過ぎですよ」
「そうかい?」
「はい、顔色も悪いですし、なにか悩み事でもあるんですか?」
「・・・・・・いや、悩み事って訳ではないんだがね」

 シアンはカップをソーサーに戻すと作成しているリストに目を通した。

「今日の戦闘で、うちの艦隊のパイロットは戦死者38名、重傷者16名を出してる。重傷者は病院船に移したから助かるが、戦死者はもう帰ってこない。たった1日で1個大隊分の人数が失われたよ。クリスタル・スノーも6人の欠員をだした。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「折角鍛え上げた技術も死んでしまえば全て失われてしまう。この中の何人かだってもう少し技量を上げればクリスタル・スノーマークを付けられたはずなんだ。はずだったんだ」

 シアンは無表情にリストの顔写真を見ている。郁未はその顔に上官というよりも、教官のようだと感じた。シアにとってこの艦隊のパイロット達は部下というよりも生徒なのかもしれない。

 シアンの執務室を後にした郁未は窓から広がっている宇宙を見ながら今の連邦軍の現状に思いをはせていた。

「長引いた戦役のせいでただでさえ少なかった熟練兵を更に大量損失してしまってるけど、多くの未熟練兵が実戦を経験する事で全体の技量を底上げしてきている。でも、大ベテランと呼べる人が決定的に少ないのは間違い無いのよね」

 連邦宇宙軍の最精鋭部隊と呼ばれる機動艦隊。そのMS隊の中でも最強のクリスタル・スノー隊は所属する全員が教官レベルとまで言われる程の技量を持ち、他の部隊や訓練校から指揮官や教官として招きたいと度重なる要請があるくらいなのだ。恐らく、この戦役が終わればクリスタル・スノー隊のパイロット達は各地の連邦部隊に散らされ、消耗した連邦軍再建の中心となるはずだ。
 そうなれば確実に引き抜かれるであろう大隊長やサイレン隊のパイロット達を思い浮かべ、郁未は寂しそうに顔を伏せた。

「もしまた戦争があったとしても、これだけの面子はもう揃わないだろうなあ」

 なんだか湿っぽくなってしまった思考を追い出そうと軽く頭を振り、小脇に抱えている書類入れを抱えなおしてまた歩き出した。シアンの副官となってもう半年以上になる。最初は投降者であった郁美の身分保証の為に無理に慣れない仕事をシアンは押しつけたのだが、何時の間にか郁未はすっかり副官らしくなっていた。元々頭は良かったし、要領も良い娘だ。副官としての素養はあったのだろう。
 この戦役が終わったら自分はどうすれば良いのか、とこれまで幾度も考えてきたが、ここ最近はずっと同じ答えばかりが出ている。空いている左手でそっと腹部を触りながら、郁未はこのことを何時伝えるかを考えては苦笑しているのだ。もしこの事を伝えたら、あの人はどういう顔をするのだろうかと想像して。


後書き
ジム改 実は浩平と瑞佳は強かったのだぁ!
栞   何をいきなり張り切ってるんですか?
ジム改 今までどうにも影が薄く、ともすれば二流とさえ思われていた浩平と瑞佳だが、
    その実力はあゆさえ撃破できるほどに強かったのだ!
栞   瑞佳さんは人が良いだけに割を食ってますからねえ。
ジム改 全くだ、実力が伴わないから目立てない訳じゃないんだ。
栞   なにか言いたいことでもあるんですか?
ジム改 いや、なんでも無いよ〜。
栞   あ、なんですかその厭らしい目は!
ジム改 べッつに〜。「君がNTなのに目立たないのは弱いからだ」なんて言ってないよ。
栞   誰が雑魚ですかあ!!
ジム改 ふ、ではサシで戦って浩平や瑞佳に勝てると?
栞   ・・・・・・では次回予告、漆黒の悪夢と白い悪魔がぶつかり合う戦場で健気に
    がんばる1人の美少女にご期待下さい。
ジム改 そんなタイトルじゃないんですけど(汗)

 

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