第49章  誇りの為に

 ファマス首脳部はフォスターUの戦いの結果に沈痛な表情を浮べていた。久瀬中将は損害のあまりの大きさに顔を顰めている。

「フォスターU守備隊は壊滅、斉藤大佐を含めて6人の指揮官が未帰還、か。フォボスにはまだ100隻ほどが残ってはいるが・・・・・・」

 久瀬は目を閉じ、失った物の大きさに耐えていた。最も信頼できる戦隊指揮官であった斉藤を失った事は補いきれない損失であったし、リシュリュー隊の全艦喪失とエターナル隊の旗艦エターナルが失われたことによる衝撃の大きさはファマス全体を揺るがしている。加えて久瀬中将自身が息子である隆之を失っているのだ。人情からしてもショックを受けるなという方が無理と言うものだろう。
 だが、戦況は久瀬中将に感傷に浸る時間を与えてはくれない。彼は気持ちを切り替えるといよいよ火星にやって来るのが確実な連邦軍をどうやって迎撃するかについて、居並ぶ列席者達に意見を求めた。

「連邦軍が何時出撃してくるかは分からないが、1月も間を明けることはないだろう。我々はいかにしてこの大軍を食いとめるべきかな?」
「それはもう、火星防衛線まで引きつけ、弱った所を全力をあげて迎撃するしかないでしょう」

 アクシズから来ているベルム・ハウエル准将がさっそく作戦案を提示した。将官達の多くに根回しが済んでいるらしくこの意見に頷く者は多かった。久瀬も特にこの意見を跳ね除ける素振りは見せない。補給線が限界まで延びたところで全力で一撃を加え、侵攻軍を撃退するというのは現実的な選択ではある。
 だが、この意見に反対意見を述べるものがいた。

「ナンセンスですな」
「なんだと!?」

 ハウエルが発言した男、アヤウラ・イスタス准将を睨みつける。アヤウラは澄ました顔で久瀬の顔を見やり、発言を求めた。久瀬は少し考えたがそれを許可する。

「アヤウラ准将、発言を許す」
「ありがとうございます」

 恭しく頭を下げてアヤウラは自分の意見を述べた。

「火星で敵が来るのを待つなどというのは自殺も同様です。連邦軍はすでにフォスターUを要しています。ここを拠点として補給物資を蓄えるだけの時間が敵にはあるのです。敵に攻撃時期を選択する自由がある以上、多少の補給線の長さなど問題とはならないでしょう」
「ではどうしろというのだ。まさか打って出て敵を撃破しろなどと言うのではないだろうな?」

 ハウエルの問い掛けにアヤウラは頷いて見せた。

「その通りだ」
「ふざけるな、この兵力差では包囲殲滅されるのがおちだ!」

 ハウエルの怒号が室内を震わせた。他の者も程度の差こそあれアヤウラを非難する視線を向けている。アヤウラに賛同の意思を見せている者はごく稀だ。

「兵力差は6対1以上だ。艦隊決戦など挑んでこの戦力差をどうやって埋めると言うのだ!?」
「そうですな、艦艇数の勝負なら3対1にまでは持ちこめると思いますよ」

 アヤウラの言葉に場の空気が少し変わった。久瀬が無言で続きを促す。

「連邦軍が全軍で行軍する事はまずありません。地球から火星に至るまでの彼らの動きは大軍を2つに分け、前進して来るというものです。恐らくは火星直前で合流する事になるでしょうが、そうなる前に彼らを各個撃破するのです」
「だが、それには敵の動きを正確に把握しなくてはなるまい。どうするのだ?」
「潜宙艦に偵察MSを搭載させて敵の動きを監視させ、逐次報告させさます。こちらからは一切手を出させず、遠くから偵察のみに専念させればそうそう沈められる事もないでしょう」
「ふむ」

 久瀬は胸の前で腕を組み、アヤウラの提案の勝算を考え出した。確かに堅実と言える手であり、時間差をつけての各個撃破戦法も間違ってはいないだろう。敵の分力をこちらの合力で撃破するというのは戦術の基本だ。最大の問題は敵の分力でもこちらの合力を遥かに上回るという事だが、戦力差が縮まるのだからこの作戦を採用する価値は十分にあるだろう。

「分かった、アヤウラ准将の作戦案は検討する価値があるだろうな。他に誰か作戦案は無いか?」

 久瀬の求めに応じて幾つかの作戦案が提出された。消極的な案も積極的な案もあったがそのいずれもがアヤウラの作戦案以上の物とは言えず、結局はアヤウラの提案した各個撃破戦法を元にした作戦が立てられる事になった。
 連邦の侵攻ルートはほぼ特定できることから、どのタイミングで仕掛けるかが最大のポイントとなった。フォスターUから火星まではおよそ10日の距離にある。連邦軍がどの辺りで合流するかが問題だが、戦術の常識から考えても火星まで2〜3日の辺りで合流すると久瀬は判断した。そこで久瀬は自ら主力を率いて3日の辺りで連邦艦隊を迎え撃ち、バウマン少将に率いさせた別働隊でもって連邦軍の側面を衝かせるという作戦を考えた。だが、どうやって連邦軍に発見されないように側面に部隊を回すかが問題となった。何しろ宇宙空間は何もないのだ。地球−火星航路の地球側には一年戦争の激戦の名残であるデプリが散乱しているが、それも流石に火星圏までは漂っていない。この問題をどうするかでファマス司令部は知恵を絞り、1つの回答を出した。この辺りには資源小惑星探査の名残である岩塊が密集する小規模な重力安定宙域が幾つも存在するので、ここに艦隊を幾つにも分けて伏せておき、連邦軍を完全な包囲化に引きずり込めば勝機もあるだろうと考えた。
 だが、この作戦では主力が圧倒的優勢を誇る連邦艦隊を支えられるかが問題となった。一体誰がこの主力部隊を率いるというのか。
 この問題に対し、久瀬中将はいともあっさりと答えを述べて見せた。

「誰にも任せん、この仕事は私がやる」

 場をしばしの沈黙が包み、ついで騒然となった。

「そんな、閣下がご自身で出撃なさるというのですか!?」
「いけませんもし閣下の身になにかあったらファマスはどうなるのですか!?」

 ファマスの決起の時から付き従ってきた提督達がこぞって久瀬に反対したが、久瀬は頑として譲ろうとはしなかった。

「この戦いに敗れればファマスの勝利は無い。ならば後の事など気にしても仕方がないだろう。乾坤一擲の勝負を挑もうというのに私が出なくてどうするというのかね?」

 久瀬の言葉に場はシンと静まり返った。久瀬は次の戦いに全てを賭けているらしい。その覚悟に場は静まり返ってしまったのだ。


 会議を終えて参加者が各々の部隊へと散って行った後、会議室には久瀬とアヤウラだけが残されていた。久瀬が最後に退室するのは何時ものことだが、アヤウラが残っているのは珍しいことだ。

「・・・・・・なにか、私に話でもあるのかね、准将?」
「いえね、ただこう思っていたのですよ。この反乱は誰が望んでいたのだろうか。てね」
「私と君ではないのかね?」
「最初はそうでしたが、今は違いますね。私はこんな反乱を望んではいませんでしたよ。私が望んでいたのは連邦の分裂抗争。あなたは自分の手での連邦の健全化。そうでしょう?」
「だからどうだというんだ。こうして失敗した私を笑いたいのか?」
「そんなナンセンスなことに興味はありませんな。私はただ、この反乱で得をしたのは誰だったのだろうか、という疑問を提示してるだけですよ」
「得?」

 久瀬はアヤウラが何が言いたいのかわからずに目を細めている。アヤウラは自嘲気味に薄笑いを浮べると懐から煙草を取り出し、断りもせずに口にくわえて火をつけた。大きく煙を吸いこみ、ゆっくりと吐き出す。

「・・・・・・めずらしいな、スペースノイドの喫煙家というのは」
「は?・・・・・・ああ、そうですな」

 大気汚染に極度にうるさいスペースノイドには煙草を吸う者はほとんどいない。アヤウラは数少ない例外というところだろうか。

「前の戦争に入る前ぐらいうから吸うようになりましてね。アクシズでは得に五月蝿いんで何時も隠れて吸ってますよ。まあ、あんな田舎にいると入手事態が困難なんでそう何時も吸える訳では無かったですがね」
「では、こちらに来てまずやった事は煙草の纏め買いかね?」
「よく分かりましたな。お見事です」

 久瀬のからかいにアヤウラは大袈裟に驚いて見せた。そのまま暫くアヤウラの吹かす煙草の煙だけが部屋の中で動く物だったが、懐から携帯灰皿を取り出して吸殻をしまうと、再びアヤウラが口を開いた。

「アクシズの本格参戦は私の望む所ではなかった。あなた達連邦軍が互いを潰しあってくれさえすればそれでよかったのです。正直申し上げればあなたとサンデッカー代表がここまで頑張るとは想像さえしてませんでした」
「なるほど。我々が君の想像を超えて強くなってしまった為に、焦りを覚えたアクシズ指導部が参戦してしまった。その為に連邦の同士討ちだけでは済まなくなってしまった。それが君の誤算か」
「もう1つありますな。あなたの目的が一部とはいえ達成されてしまった事です。連邦軍上層部が軒並み入れ替わってしまった為に無能な将軍や提督が一掃され、本来なら日の目を見るはずが無かった優れた人材が主役となってしまった」
「リビックに水瀬、クライフ、レイナルド、コーウェン、か」

 久瀬は脳裡に浮かんだ連邦の名将達を思い浮かべてその名を呟いた。

「そういう事です。さて、この反乱の首謀者であるはずの私とあなたが共に不満を感じているこの反乱。さてさて誰が得をしたのでしょうなあ?」
「・・・・・・誰も得などしてないさ。誰もが損をして、誰もが怒りを隠しきれない戦い。それがこのファマス戦役だ」

 久瀬の言葉はこれまでのファマスの戦いの全てを否定するような言葉だったが、アヤウラは苦笑するだけで非難するような事は無かった。彼も同じ意見だったのだろう。
 ひとしきり笑った後、アヤウラは立ちあがった。これで話を終わりだというように。

「さてと、私はまだやらねばならぬ事がありますので、これで失礼いたします」
「・・・・・・アヤウラ准将、最近君の部下たちが色々と熱心に動き回ってる様だね」

 さらりとした久瀬の言葉にアヤウラはこれまでにない反応を示した。ほんの一瞬であったが微かに体が震えたのだ。それを想定していなければ到底気付かなかったであろうほどの極僅かな変化であったが、確かめる意味も込めて問いかけた久瀬にはその変化を察する事ができた。長年魑魅魍魎が蠢く連邦軍中枢にいた事によって養われた目のおかげもあるだろう。
 だが、アヤウラも大した物で動揺を一瞬に押さえ、いつもの平静さを保っていた。

「ええ、もうすぐ作戦ですからね」
「確かにもうすぐ出撃だな。准将、1つ君に聞きたいのだが、君の仕事とは何かね?」
「・・・・・・おっしゃっている意味がよく分かりませんが、私の任務はアクシズ分艦隊を率いて連邦艦隊を撃破することですよ」
「そうだ、君の仕事は連邦軍の撃破だ。くれぐれもその事を忘れんようにな」

 それだけ言うと久瀬はアヤウラから視線を逸らせた。アヤウラはそれ以上久瀬に一瞥する事も無く部屋を後にし、少し離れたところで立ち止まると舌打ちして憎々しげに振り返った。

「食えん男だ。何処まで知っている・・・・・・全てを承知で脅しをかけてきているのか?」

 確かにアヤウラは部下を使ってファマスの技師や技術資料のありかを捜させ、ファマスの敗北が決定的となり、連邦軍が押し寄せるのが目前となった時点でこれらを押さえるつもりでいた。だが、これは誰にも気付かれない内に行なわなくてはならない。アクシズの輸送艦に積みこんで出航させてしまえばもう誰にも手が出せなくなるが、それ以前に発覚すれば確実に妨害を受けてしまう。潔癖症なところがあるキャスバル総帥も自分を糾弾する側に回るかもしれない。
 だが、技師とデータは今後の戦いの為にも絶対に入手しなくてはいけない物だ。いざとなれば多少の妨害など強引に排除してこれらを掻き集める必要があるかもしれない。アヤウラは予定を多少修正する必要がある事を認めた。

「『龍』の連中に出していおた命令を変更する必要があるな」

 アヤウラの悪い予感は当たっていた。久瀬の指示でアヤウラの狙っていた技師や技術データにはそれと分かる護衛が付けられる事になったのだ。しかもその中にはキャスバルの指示で動いている親衛隊の兵士達までがいたのだ。この事から見てもアヤウラの行動が全て独断先行である事が伺える。いかに龍が精鋭だといっても武装した警備兵が守る宿舎や研究所から技術者やデータを強奪するのは難しい。場合によってはこれらを実力で排除してでもデータの回収を行おうと考えているのだ。具体的な方法は龍の兵士達に委ねられている。だが、キャスバルの直属である親衛隊とぶつかれば反乱者とされてしまう可能性が高く、龍の兵士達にしてみれば余計な責任を押し付けられただけとしか思えなかった。
 

 出撃準備を整えるファマス主力艦隊にあって、一際目を引くのはやはりファマスの象徴とも言うべき4隻のノルマンディー級戦艦とドロス級2番艦ミドロだろう。ペガサス級の汎用性とグワジン級に撃ち勝てる砲火力とMS運用能力を持つ最強の戦艦は現在までに久瀬のノルマンディー以外にもバウマンのダンケルクやチリアクスのツィタデルがあるが、このノルマンディー級の四番艦が実戦配備されようとしている。これまでの3隻は司令官に配備されており、アプディールと命名された四番艦も将官級に渡されるものと思われていたのだが、周囲の予想に反してこの艦を渡されたのは機動巡洋艦エターナルを失った川名みさき大佐であった。また、ミドロはキシリアの機動攻撃軍に配備されていたドロス級空母で、ア・バオア・クー会戦時には月軌道で突撃宇宙軍主力とともにあった艦である。結果としてア・バオア・クーでの消耗戦から逃れる事ができたミドロは突撃宇宙軍主力と共にアクシズに脱出したのだが、途中で袂を分かって火星ジオン軍に合流したという数奇な運命を辿った艦である。
 フォボスに帰還するなり司令官執務室に呼び出しを受けたみさきは疲れた体を引き摺って久瀬中将の前に現れていた。久瀬は久しぶりに見るみさきが酷くやつれている事に驚いた。同行してきた深山雪見中佐も補佐というよりは倒れない様支える為にいるかのようだ。

「一体どうしたというのかね大佐?」
「いえ、連戦の疲れが出ているだけです」

 言葉少くなにみさきは答えたが、どう見てもそれだけのことでここまで疲労するとは思えない。だが、久瀬はそれ以上追求する事はしなかった。今は戦時であり、戦況は優秀な艦長に暇を出せるほど楽なものではない。

「川名大佐、エターナルを失ったことは残念だったが、今の戦況は君に楽をさせてやれるほどの余裕は無い。君は新たな艦に乗り、戦隊を率いてもらうぞ」
「新たな、艦ですか?」

 みさきは首を捻った。今のファマスに自分゚回せるような艦があっただろうか。すでにみさきは新たな旗艦としてムサイ級巡洋艦のトロンプを考えていたのだが、これは嬉しい誤算だった。

「何を回していただけるのでしょうか。やはりマゼラン級ですか?」

 どう考えてもこの辺りだろうとしか思えない。だが、久瀬の答えはある意味みさきの意表をついていた。

「あいにくだが、君に回せるようなマゼラン級は無いな」
「では、何を回して頂けるのでしょうか?」

 みさきに変わって雪見が問いかけた。まさかサラミスではないでしょうねと表情が無言で語っている。久瀬は雪見の顔を一瞥した後、たっぷりと勿体つけてから切り出した。

「川名大佐、君には我が軍の新鋭戦艦に乗り込んでもらう」
「新鋭戦艦?」
「ま、まさか、ノルマンディー級戦艦ですか!?」

 よく分かっていないみさきに変わって雪見が驚いた。ファマスの最新鋭戦艦と言えばノルマンディー級しかなく、まさか自分たちにファマスの最強戦艦が回されてくるとは思っていなかったのだ。
 久瀬は頷くと表情を少し曇らせた。

「本当なら斉藤に渡すはずだったのだが、残念ながら彼はいない。彼がいないのなら、私としては君以外にこの艦を預ける相手が浮かばなかっただけのことだ」
「斉藤大佐の艦に私が、ですか」
「不満かね?」
「・・・・・・いえ、光栄に思います。斉藤大佐は同僚として尊敬できる人物でしたし、誰よりも頼れる戦友でした」

 みさきの言葉に久瀬は表情を緩め、大きく頷いた。

「連邦との決戦は近い。消耗した308戦隊の戦力はなんとか補充をおこうな。君はできる限りこれを使える様にしてくれ」
「分かりました」

 みさきと雪見は久瀬に見事な敬礼を施した。2人がこれまで接点が無かったファマスの総司令を上官として認めた瞬間であった。

 

 ファマスで最も実戦経験豊富なフォスターT駐留艦隊。正式にはファマス第2艦隊とよばれるチリアクス少将率いる艦隊は編成時には40隻以上の戦艦、巡洋艦を保有し、補助艦艇を含めた総数80隻を誇っていたが、度重なる戦闘とフォスターUでの大敗北の為にその戦力を僅か戦艦3隻、巡洋艦5隻にまで減らしていた。指揮官も司令官のチリアクスの他にはみさきとショウの3人しか残ってはいない。フォボスでは消耗した第3艦隊と共に補充を受けたが戦力は14隻でしかない。MSも当初はシュツーカ、ブレッタ、ジャギュアーにガルバルディβ、ケンプファーF型、ゲルググA型、M型で編成されていたのに、今ではこれらが定数を大きく割り込んだ為にリックドム系列機、ザク系列機、ジム改以前のジム系列機が半数以上を占めている。これが連邦軍に多大な損害を与えつづけ、ファマスの恐ろしさを連邦に味あわせつづけた最強部隊の最後の姿であったが、率いているチリアクス達は特に悲観したりする事は無かった。

「今まで相手より多数で戦えた事なんてなかったんだ。まあ、いつもの事さ」

 この一言が、今までの彼と彼の部下たちの戦いを如実に物語っていただろう。有利な状況などありはしなかった。状況は最悪が当たり前。敵の数がこちらの倍ぐらいですめば恩の字。そんな絶望的な戦いを続けてきた彼らにしてみれば今の状況は無しろマシといえるかもしれない。
 チリアクスの呟きを聞いたみさきとショウは苦笑しつつも頷いている。2人とも補充によって4隻を率いる事となり、その戦力化に余念が無い。初期からの大ベテランが少なくなった今でも両戦隊はファマスの最強部隊であり、象徴だからだ。

「ですが、どうするんです。次の戦いでは第2艦隊として一翼をになう訳ですが、正直この数でやれる自信はあるんですか?」
「なあに、これまでの戦いで小規模部隊を使った機動戦術には随分慣れたからな。なまじ数が少ない方がやりやすい」
「あんまり自慢にならないと思うんですけど?」

 情けないセリフを自慢げに口にするチリアクスにみさきが少し頬を引きつらせながらも律儀につっこむ。だが、少し苦笑気味なのがその内心を証明しているだろう。久瀬の総指揮を受けるとはいっても、やはり数隻程度の戦力で自由に動けるほうが気が楽で良い。
 現在第2艦隊は艦隊としての訓練を放棄しており、その努力の全てを戦隊ごとのものにしている。少ない時間を少しでも有効に使おうという目論見があってのことだが、艦隊運動は高度な技量を要求されるので最低でも数ヶ月に及ぶ訓練を積まなくて身に付かないのだ。ましてみさきのアプディールは竣工から1ヶ月そこそこ、兵員の訓練どころか慣熟航海さえ満足に行なわれていないのだ。みさきとしては残り僅かな時間だけでも使えるだけ使いこんで艦を馴らさなくてはいけないのだ。


 チリアクスとの打ち合わせやら補給物資の分配交渉などで忙しいみさきに変わって第308戦隊の訓練を取りしきっているのは雪見である。みさきよりも厳しくて容赦が無く、サボりを見逃さない彼女はまるで新兵養成所の鬼軍曹の如く徹底的に部下をしごき続けていた。

「遅い、まだまだ使い物にもならないわ!」

 通信機に向かって苛立った怒声を叩きつける雪見。彼女の怒声が響く度に各艦の艦長や艦橋クルー達はビクつき、身を竦めている。再編されてまだ2日の308戦隊だが、生き残りの者は言うまでも無く、新たに補充された将兵も雪見の恐ろしさを骨身に染みて理解するようになっていた。それはMS隊も例外ではない。
 戦術スクリーンを見ていた雪見はいきなりこめかみに青筋を走らせたかと思うとマイクを引っ掴んで怒鳴りつけた。

「ちょっと折原君、フォーメーションの変更に入るタイミングが遅いわよ。艦隊の運動に付いてくるタイミングもずれてる。それじゃ敵に簡単に突破されるわ!」
「とは言っても、補充兵が半分以上なんだぜ。これでもよくやってるよ!」
「そこを何とかするのがあなたの仕事でしょうが!!」

 無茶な要求をする雪見に浩平が反論したが、それはすぐに雪見の殺気さえ篭った怒声に吹き散らされてしまった。迫力の差とでも言うのか、浩平はなにも言い返す事ができずに項垂れてしまった。

「長森〜、何とか言ってやってくれよ〜」
「わっわっわ、浩平、なんでそこで私に振るんだよ−!?」

 いきなり助けを求められて瑞佳は慌てふためいたが、すでに308戦隊、エターナル隊のMS隊事実上のbQであり、澪や繭にも絶大な信頼を寄せられる身だ。助けを求められるのも無理は無いだろう。
 2人が責任の押し付け合いをしている隣ではクラインがMA隊を率いて編隊飛行の訓練をしているのだが、こちらにも雪見の叱咤の声が響いていた。

「クライン大尉、攻撃体形を組むのが遅すぎるわ。あと2秒縮めなさい!」
「2、2秒って、そりゃ無茶ってもんだ雪美さん!」
「文句は次の戦いで生き残ってからゆっくりと聞いてあげるわ。さっさとやりなさい」
「お、鬼――っ!!」

 艦橋に仁王立ちしながら次々に部下を怒鳴りつける雪見。まさにエターナル隊の真の支配者という乗組員達の言葉を裏付けるような姿であった。


 雪見は怒鳴りまくっているが、これでもファマス部隊の中ではかなり優秀な部隊なのである。アクシズからやってきた部隊はフォスターUでの大損害を見ても分かるとおり技量が低い。これはアクシズに脱出した部隊の多くが経験の浅い新兵や未訓練兵であったためで、アクシズ全体を見渡しても一年戦争生え抜きのベテランなどは滅多にいないのだ。そのベテランを掻き集めて編成されていたのがアヤウラの率いていたアクシズ先遣艦隊だったのだが、これもフォスターTから続く戦いですっかり消耗しきっている。つまりアクシズの戦力はファマス戦役勃発時に較べて著しく弱体化してしまっているのだ。アヤウラが「本意ではない」と愚痴るのも無理の無い話であろう。
 そのアヤウラだが、ようやく先遣艦隊、いまでは分艦隊だが、の指揮官に復帰していた。久しぶりにエア−に足を踏み入れたアヤウラはエア−のクルー達に歓呼の声で迎えられ、戸惑いを見せていた。自慢ではないがアヤウラは部下に人望が無い。そのことをよく知っているだけにどうして自分が歓迎されるのかさっぱり分からないのだ。わざわざ格納庫まで出迎えに来たらしい啓介がアヤウラに敬礼をしている。

「閣下、お待ちしておりました」
「あ、ああ、久しぶりだな、大佐」
「閣下が帰ってきてくれるのを分艦隊の全将兵が心待ちにしていましたよ」

 啓介の賛辞を聞いてアヤウラは背筋が寒くなった。嬉しいというよりもなにか裏があるのではと勘ぐってしまったのだ。

「・・・・・・あー、橘大佐、私の不在中に何か変わった事は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 アヤウラの言葉を聞いて場はシュンと静まり返ってしまった。いきなりの変化に流石のアヤウラも戸惑いを隠せない。

「閣下、格納庫の中をよく見てください。お気付きになりませんか?」
「格納庫?」

 言われてアヤウラは格納庫の中を見渡した。別にいつもと変わっている様には見受けられない。雑然と置かれたコンテナや部品。並べられている整備中のMS。そして油に塗れた整備兵達。

「なにか違うか?」
「よく見てください。MSが問題なんです!」

 言われてアヤウラは並べられているMSを改めて確認し、愕然とした。

「ゲ、ゲルググ改だと?」
「はい、ゲルググ改です」
「何でこんなガラクタを使ってるんだ。シュツーカはどうした。今の補給事情は確かに知っているが、1機も回されて来ない筈が無いぞ!?」

 アヤウラの問い掛けに啓介は僅かに表情を曇らせた。どうやら事情があるらしい。

「アクシズから来たベルム・ハウエル准将が全ての装備をアクシズ式で統一してしまったんです。おかげでアクシズ系の部隊はシュツーカはおろか、ガルバルディβやケンプファー改さえ持っていないんです」

 アヤウラはあまりのことに眩暈を覚えてしまった。冗談ではない。ゲルググ改ではジム改と戦うのが精一杯で、とてもではないがジムUやジムカスタムが全体の半数を占める連邦軍に通用する機体ではない。

「・・・・・・どうやら、私のいない間に随分と状況が変わったようだな」
「はい、しかもハウエル准将はご丁寧にも補給部のほうにシュツーカ系列機の支給は不要と言いきってしまってまして。申請しても1機も回しては貰えないのです」
「馬鹿げた話だな。どうせまた連邦の技術が使われている機体は使いたく無いとかいう精神論からなのだろうが」
「そのようです。幸いと言いますか、閣下の直率であったアサルム隊はこの命令を受けていませんのでこの部隊だけはシュツーカやブレッタ、ジャギュアーを装備していますが」

 啓介は力なく頭を左右に振った。その程度の戦力では焼け石に水だというのだ。実際、フォスターUを巡る戦いでアクシズ艦隊の中でまともに連邦軍と戦えたのはこのアサルム隊だけだったのである。

「分かった。まずは何とかシュツーカを回してもらうよう交渉しよう。とにかくこの絶望的な状況を何とかしなくては」

 まずは補給事情の改善だが、ほかならぬ友軍からの妨害が確実だという事を考えると頭の痛い話だ。相手が格下ならともかく、よりにもよってアクシズ内のザビ派の中心人物であるハウエル准将が相手だ。そう簡単にはいかないだろう。

 アヤウラにとっての懸案はもう1つあった。MSという問題はあったが、ある意味より厄介な問題といえるのはこちらである。シェイド達の起こす問題が今や深刻な問題となっているのだ。
 復帰早々いきなり呼び出されたアヤウラは食堂に入るなり喧嘩を起している集団に割って入った。

「やめんかぁ!」

 流石に准将の一喝は効果があったのか、場の喧騒は小さくなった。しかし喧騒の原因と思われる喧嘩は収まっていない。喧嘩をしているのは多部隊の兵士達と目付きの悪い長身の男だ。アヤウラはとりあえず考えるのは後にして両者の間に割って入ろうとしたが、入った途端に叩き付けられた不可視の力を浴びて吹き飛ばされ、相手の兵士達もろともテーブルを巻き込みながら床に叩き付けられた。

「おや?」

背中を強打して声が出せないで悶えているアヤウラに気付いたのか、国崎往人は攻撃するのを止めた。

「なにをしているのだ、アヤウラ准将?」
「き、貴様が喧嘩をしていると聞いたからこうして体をはって止めに来たのだろうが!!」

 まだ背中が痛むのか顔を顰めながら起きあがってくる。

「それで、今日の原因は何だ?」
「・・・・・・こいつらは俺の芸を侮辱しやがった」
「また、あの訳の分からん人形劇か?」

 国崎はよく分からない趣味を持っており、人形を自分の不可視の力(本人は法力と言って譲らない)を使った人形劇に没頭しており、日々その技を磨く事に余念がないのだ。だが、この芸に妙なプライドを持つせいか、馬鹿にされたりすると凄く怒るのである。だが、その人形劇はアヤウラから見てもくだらないとしか思えないほどにつまらなかった(その事を素直に口にしたアヤウラと啓介は直後に国崎の怒りの一撃を受けて吹き飛ばされ、医務室送りになっている)ので、いざこざを起した相手の兵士達を咎めるのもどうにも気が引けるのだ。
 これで何度目の説教かと頭の中で数えていたアヤウラだったが、視界内で平然と飯を食っている見知った顔を2つ見つけ、青筋を浮かべてしまった。

「・・・・・・そこの2人、暢気に飯を食ってないで止めたらどうなんだ?」

 アヤウラの殺気混じりの声を受けた2人、遠野美凪と霧島佳乃は食事の手を止めると不思議そうにアヤウラの方を見た。

「往人君を止めるなんて無理だよぉ〜」
「・・・・・・ご飯は静かに食べる物ですから」
「ピコ〜」

 ランクとしてはCランクなので2人がかりでもAランクシェイドの国崎を止められる訳がないのだが、アヤウラはそんな事も忘れて2人に文句を言い続けている。ちなみに最後のは無視している。相手にされなくなった国崎はさっさと自分の席に戻ると食べかけのラーメンセットを食べ出した。

「・・・・・・伸びてる」

 彼の命とも言えるラーメンはすっかり伸びきっていた。

 

 7月4日、ファマス艦隊に所属する、あるいは協力する全軍に出動命令が発せられた。攻撃目標は連邦軍宇宙艦隊司令長官リビック大将直率の第1連合艦隊。攻撃に参加するのはファマスの第1、第2、第3艦隊とアクシズ艦隊で、艦艇数108隻、MS2600機がその全てである。このうち、戦力を引き抜かれて弱体化したとはいえ、まだまだ60隻を有するファマス第1艦隊を総司令官久瀬中将が率い、これにチリアクス少将が率いる第2艦隊、バウマン少将が率いる第3艦隊とキャスバルが率いるアクシズ艦隊が続く事になる。MSも物資も十分とは言えず、参加兵力の4割はファマス決起後に加わってきた寄せ集めの集団である。
この戦力で圧倒的な大軍を相手取るのかと思うと背筋が寒くなるが、これが現在の地球連邦政府に反旗を翻した者達の大半である。素直に降伏すれば良いと思う者もいただろう。チリアクスと共に転戦してきた第3艦隊生え抜きの将兵達などは「もう飽きるほど戦った。後は戦後をどうするかだよな」などと言いあい、たとえ降伏となっても素直に応じただろうが、アクシズの将兵や、これまで戦えなかった第1艦隊の将兵などは納得しないだろう。旧デラーズ・フリートの将兵などは反乱を起して戦争を継続しかねない。
 総旗艦ノルマンディーの艦橋にある司令官用の椅子に腰掛け、フォボスの宇宙港から出航して艦列を整えて行く自分の艦隊を眺めながら、自分の愚かしい意地を自嘲していた。

「戦わずに降伏する事はできない、か。私も軍人なのだな」

 戦わずに武器を置けと言われて素直に納得する軍人は多くない。だから戦争というのはどちらかが叩き潰されるまで続くのだが、この顕著な例がジオン公国の最後であっただろう。ジオン公国はア・バオア・クー会戦直後にジオン公国副首相であったダルシア・バハロが本国防衛隊司令を説得し、ザビ派の幹部達を拘束してジオン共和国を立ち上げ、連邦と休戦協定を結んだのだが、ジオン残党軍の中からはこの休戦に従わず、武器を持って各地に潜伏して交戦を続けたのである。
 ジオン残党はこのジオン共和国を売国奴の作った国家と言って激しく敵視しているが、ダルシア首相はデギン公王の遺志にのっとって行ったのであり、決して問題のある行動ではない。後の連邦との休戦協定の条項を見れば彼が安易に連邦に妥協はしていないどころか、明らかに外交上で大きな勝利を収めている事が分かるのだが、ジオン残党軍には休戦したというだけで許せないらしい。
 久瀬はジオン残党と自分は違うと考えているが、戦わずに屈服する事はできないと考えている点では同類であった。ただ1つ彼らと久瀬の違いがあるとすれば、戦いの終わり方を考えているかどうかであっただろう。名将と名高いデラーズ中将やキャスバルでさえも連邦との戦いをどうやって終わらせるかは考えてはいないだろう。だが、久瀬と、そしてサンデッカー代表はこの戦いの幕引きをきちんと考えていた。それが明らかとなるのはもう少し後の事となる。

 そしてファマス艦隊の出撃から3日後、ファマス戦役における最大の艦隊決戦となるジ・エッジ会戦が開始された。



後書き
ジム改 遂に最後の戦いの幕が開く。一年戦争を共に戦った戦友の対決の時が目前に!
栞   本当にこれで最後なんですかあ?
ジム改 な、なんだ、その疑わしげな目は?
栞   べつにぃ、他意は無いですよぉ。
ジム改 思いっきり疑わしいのだが?
栞   それはあなたの目がどんよりと曇ってるからですよ。
ジム改 言いきりやがったよ。
栞   でも、ファマス戦役が終わったら平和になるんですかねえ。
ジム改 なると思う?
栞   思わないから言ってるんですよお〜。


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