第51章 苦戦する連邦
周囲から湧き出す様に現れたファマス艦隊に包囲された連邦軍はそれまでの攻勢から一気に守勢へと転落してしまった事で混乱に拍車がかかってしまった。クライフとエニーは自分の艦隊の指揮系統を掌握できず、混乱から容易に立ち直る事ができないでいる。
リビックはいち早く第1艦隊を立てなおすと全軍に非常に分かりやすい命令を下した。
「第2艦隊はこれまで通り正面の主力との戦闘を継続せよ。第1艦隊は第2艦隊の右を、第3艦隊は第2艦隊の左につき、新たに現れた敵を相手取る」
リビックの命令が浸透するのに若干の時間がかかったが、自分の役割をはっきりと定義された事で艦隊の混乱は収まり始めた。
連邦軍の左側面を取ったアヤウラは勇躍して艦橋で喝采を上げていた。
「やったぞ、連邦軍の側面を取った!」
アヤウラの興奮が乗り移ったかのようにエア−を先頭にアヤウラ分艦隊が連邦軍の背後に食いつこうとした。彼らに続く様に次々に艦艇が飛び出してくる。その中にはシェイド部隊を抱えるクルーガーのアサルムの姿もある。その数は20隻にも達した。
だが・・・・・・
「ぬう?」
そのアヤウラの目前で連邦艦隊は整然と回頭し、こちらに艦首を向けながら見事な方陣形を形成したのである。それはエニーの第3艦隊であった。
「全艦方陣形に展開、奴等を殲滅するわ」
自分たちに数倍する大軍が正面に分厚い艦列の壁を作り上げるのを見てアヤウラはしばし二の句が告げなくなり、体を小刻みに振るわせていた。それは恐れから来るものだったのだが、アヤウラはそれを無理やり押さえつけると勢いに身を任せて命令を出した。
「怯むな、なんとしても敵の旗艦を討ち取るのだ。全艦突撃!」
エニーのケントめがけてアクシズ所属艦を主力とする艦隊が連邦艦隊に挑んだが、これを迎え撃ったエニーは圧倒的な兵力差を最大限に生かす命令を出した。
「巡洋艦隊は1個戦隊で敵艦1隻を相手取りなさい。戦艦部隊は状況に応じて適宜砲撃支援を。MS隊は敵機を艦隊に近づけないことを最優先にしなさい!」
数に物を言わせた砲撃を受けたアヤウラ達はまるで強固な壁にぶつかったかのようにたちまち前進を止められてしまった。正面から殺到するビームとミサイルの豪雨に必死の防戦一方に追い込まれてしまう。強力なビームが至近を通過するたび艦は激しく動揺し、椅子に身を固定していないクルーは手近な物に捕まって身を支えなければならなかった。それができなかった者は壁に叩き付けられたリしている。艦橋に仁王立ちしていたアヤウラもそのことが災いして天井に叩きつけられ、反動で床にぶつけられて苦悶の声を漏らしている。無重力なので一度足が浮いたら止まらないのだ。一応ノーマルスーツはマグネットで足が床に付くようになっているのだが、このスイッチを入れていなかった者がこのような目にあいやすい。戦闘時にはマグネットを作動させるのが基本なのだが、これは歩き難くなるので嫌って使わない者も多いのだ。
「か、閣下!?」
慌てて啓介が倒れているアヤウラのもとに駆け寄ったが、アヤウラは自分で半身を起こすとうっとおしそうに啓介を振り払った。
「俺はなんともない。それよりも反撃を・・・・・・」
アヤウラが最後までいい切る前に、それを圧倒する声量でレーダーオペレーターが悲鳴のような声を上げた。
「敵駆逐艦多数が左右に回り込んで来ます!」
「なんだとぉ!?」
叩きつけた腰と背中が痛むのも構わずアヤウラはレーダー画面にかけより、そこに映る無数の艦影は間違い無く連邦艦隊だった。アヤウラはレーダーパネルから目を離すとオペレーターに指示を出した。
「主砲で駆逐艦を追い払えるか?」
「無理です、敵巡洋艦戦隊との砲戦で手一杯です!」
「ではMSだ、MSを出して駆逐艦を蹴散らすんだ!」
アヤウラの命令が下り、各艦は砲戦を行いながら待機させていたMSを発進させた。ゲルググ改に混じって少数のシュツーカやブレッタ、ジャギュアーの姿がある。アヤウラが苦労して回してもらった生産されたばかりのMSだ。そしてこれらからやや距離をとる形でシェイド部隊のヴァルキューレも出てきていた。
これを見た駆逐艦部隊も搭載している一隻当たり2機のMSを出してきた。駆逐艦なので搭載しているのはジム改とボールが中心なのだが、中にはジムカスタムやジムキャノンUの姿もある。ジムUはいないようだ。
双方のMS隊が前に出たために連邦の駆逐艦部隊は突撃を中断してMSが制宙圏を確保するのを待つことにした。MS同士の乱戦の中に飛び込んだりしたらMSに較べて遥かに運動性に劣る駆逐艦ではどうしても不利なのだ。もともと自分の身を守れるだけの十分な装甲も対空砲も持ってはいない。セプテネス級駆逐艦とはレーザー砲とミサイルランチャーに大型推進器を取り付けたような艦なのだ。
双方のMS隊は編隊を組んだまま真っ向からぶつかり合い、入り乱れた乱戦に突入してしまった。ジム改とゲルググ改が相手のバックを取ろうと激しく機動し、90mm徹甲弾の火線が交叉し合う。連邦軍のMSは数で著しく勝っていたが、アヤウラ分艦隊のパイロットは技量と経験で上回っていた。
このMS戦で最初優位に立ったのはアクシズ軍であった。技量と経験で勝るアクシズパイロット達(これはフォスターTからの生き残りだけに見られる成長)は訓練は十分に積んでいても概要系艦隊司令部を巡る戦い以外ではほとんど実戦の洗礼を浴びていない第3艦隊のパイロット達を翻弄し、ゲルググ改1機あたり2機のジム改を引き受けて戦った。
連邦機は訳も分からない内に背後から、側面からマシンガンを撃ちこまれた。コクピットに直撃を受けたパイロットは飛び込んできた90mm弾に一瞬でミンチへとかえられ、コクピット内を赤く染め上げた。融合炉を直撃された機体は融合炉の誘爆の光に飲まれ、一瞬で蒸発してしまう。
この中でも特に活躍していたのが2機のジャギュアーに乗っている広瀬真希中尉とガルタン・シーゴー中尉、そして6機のヴァルキューレだった。彼らはボールを蹴りつけ、ジム改を切り捨てていく。たった8機なのだが彼らに撃墜された数は30機を下らないだろう。
だが、所詮は多勢に無勢だった。態勢を立て直した連邦軍は数に物を言わせ、アクシズ機を1機づつ包囲して撃墜するという手で巻き返しを図ってきた。確実に数を減らされるこの手の攻撃には流石に対抗手段はなく、程なくして数をすり減らされたアクシズ軍は艦隊まで後退して直援に専念せざるを得なくなった。頼みのシェイド部隊も僅か6機では個々の戦闘には勝てても戦場を勝利に導くことはできず、敵中に孤立する危険に晒されていた。
「美凪ちゃん、私達も下がろうよぉ」
「・・・・・・国崎さんが退こうとしませんから」
国崎のヴァルキューレは最前線に留まってまだ交戦を続けている。美凪達には国崎を残して撤退するという意思は無かったが、ここで絶望的な戦いをした挙句の玉砕も嫌だった。
「うう、どうしたら良いかなぁ、ポテト〜?」
「ピコ〜」
佳乃に問い掛けられたポテトは首(?)を捻って困惑を示して見せた。良いんだろうか、こんなのがコクピットに乗ってても。
こちらのチームに較べると遥かに賢くて物分りの良いリーダーが率いているもう1つのシェイド小隊はさっさと後退を始めていた。
「みさお、一弥、適当に追い散らしたら逃げるわよ」
「了解しました〜」
「でも、あっちの人達はどうしますか?」
一弥はまだ頑張ってる国崎たちとガルタン、広瀬がいた。見捨てるのも少し気がひけた友里は通信機を弄ると5人に声をかけることにした。
「そこの5人、早く退かないと孤立するわよ!」
友里に声をかけられたガルタンと広瀬は相手をしていたジム改小隊を適度に牽制するとタイミングを図って距離をとった。
「聞いたガルタン、私達も逃げるわよ」
「分かった」
ジャギュアーに乗っている2人は機体性能に物を言わせてジム改を振り切って友里達のところまで逃げてきた。これまで多数の敵機を相手取っていた為か、機体には幾つもの弾痕と焼け焦げたような線が走っている。これはビームを回避した時の跡だろうか。
「ふう、数が多すぎるわね。あんた達は大丈夫?」
「ええ、ヴァルキューレは柔じゃないから」
「私は少し疲れました〜」
「右に同じです〜」
「あ、あんた達ね〜」
体力が無いのか根性が無いのか、みさおと一弥は少しバテていた。友里は苦笑するだけで特に叱りはしなかった。相手が多すぎるのは事実だったから。げんにざっと見えるだけでもジム改やボールの数は数十機にのぼっているくらいだ。
そんな中で一向に退こうとしない国崎のヴァルキューレに友里が苛立ち気味の声をかけた。
「ちょっとあんた、何やってるのよ。早く退けって言ってるでしょ!」
「うるさい、俺に構うな!」
「な、なんですってえ!」
友里は拳をコンソールに叩きつけると話す相手を佳乃と美凪に変えた。
「ちょっとあんた達、あの馬鹿引き摺ってきなさいよね。一度ぶん殴ってやるんだから!」
「え、ええとぉ〜、ムキになった往人君は人の話聞かないんだよねぇ〜」
「困った方です」
「困った方ですじゃない、何とかしなさいよ−!!」
すっかりヒートアップしてる友里にガルタンが恐る恐る声をかけた。
「おいおい、余り怒ると広瀬みたいに小皺が増えるぞ」
「私の何処に小皺があるってのよ!?」
「ちょっとガルタン、さっき聞き捨てならないこと言ったわね!」
通信モニターに現れた二人の顔に睨み付けられたガルタンはウッと唸って身を竦めた。
「ま、まて、今のはちょっとした言葉の綾というかだな!」
「良い訳は聞かないわ。後できっちり落とし前をつけてあげるから覚悟しなさい」
「名倉さん、私も加えてもらって良いわよね」
「勿論よ広瀬中尉」
なにやら危険な方向で団結してる2人に、通信機でそれとなく聞いていた佳乃と美凪は引き攣った笑顔を浮かべた。
「な、なんだか、怒りの方向が往人君に向かわないうちに無理やり連れて来た方が良いんじゃないかなぁ〜」
「そうですね、後悔先に立たずとも言いますし」
頷きあうと二人は国崎のヴァルキューレを押さえこみにかかった。突然背後から羽交い締めにされた国崎は驚きの声を上げ、2人に文句をつけた。
「うおっ、は、離せ2人とも!」
「駄目だよ、帰るんだよ」
「ピコ〜!」
「ほら往人さん、ポテトにまで窘められてますよ」
「ピコピコ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
ポテトの言葉が分かるのかお前は、という視線をモニターに映る美凪に注ぐ国崎と佳乃であったが、流石に2人と1匹に力技まで使われて窘められてはしょうがないと思ったのか、渋々後退した国崎であった。
アヤウラ達が苦戦している頃、反対側から襲い掛かったチリアクスやみさき、ショウはアヤウラ達以上の苦戦を余儀なくされていた。何しろこちらには第1艦隊の精鋭に加えて佐祐理の大隊がいたのだ。戦力的にはアヤウラ達に遥かに優越するチリアクス隊でも、これには防戦一方に追い込まれてしまった。
旗艦ツィタデルの艦橋で正面から殺到する連邦艦隊の砲撃を見据えていたチリアクスはその圧倒的な砲火力に感嘆していた。
「ふむ、後先考えずに弾を使いまくれる、か。羨ましい限りだ」
今のファマスにはばら撒く様に使えるほどのミサイルは無い。ビームはジェネレーターが動く限りは撃ち続けられるが、艦の整備状態を完全に維持しているとは言い難い。ファマス艦隊は連邦との連戦で常に全力で戦うことを強いられてきたので、艦の整備状態は不完全なのだ。フォスターUでエターナルがジェネレーターの暴走を起したのはその典型だが、どの艦も大なり小なり問題を抱えている。このツィタデルとて、完成してまだ一年もたたない新鋭戦艦なのにあちこちにガタが来ているのだ。
「提督、アリシューザ隊が集中砲火の的にされています」
「ショウがか・・・・・・MS隊は?」
「敵MS隊と交戦していますが、今だ突破できていません」
「そうか」
「そのMS隊ですが、イリーズとエトワールが前に出すぎています。このままでは孤立しかねません」
最強シェイドの1人である茜と急速に力をつけているニュータイプの瑞佳。この2人が第1艦隊のMS隊を蹴散らしていたのだ。だが、余りの強さの為か連邦軍に敬遠されてしまい、この2人の周りだけ奇妙な空白地帯が生まれていたのだ。
「うーん、なんか連邦軍が逃げちゃったねえ、里村さん」
「はい、少しやりすぎたかもしれません」
周囲に漂う残骸は10機を越えるほどで、たった2機に良い様にやられたことが伺える。ただ、この2人が前に出すぎた為に浩平達の援護が及ばなくなっていたのである。
「どうする里村さん、一度戻る?」
「いえ、このまま敵艦隊に突っ込んで何隻か沈めましょう。少しでも艦隊の負担を減らさないと」
「でも、私達だけでいけるかな?」
瑞佳は不安そうだった。浩平が居ないという事がその大きな原因だったろうが、たったの2機であの大艦隊に挑むなど無謀としか思えなかったのだ。だが、茜は自信ありげに微笑んで見せた。
「大丈夫です長森さん、私の後に付いてきてください」
「え、え、え?」
「行きます」
茜がイリーズを加速させた。真っ直ぐに艦隊に向けて突っ込んで行く。瑞佳は吃驚したがすぐにその後を追った。
「ま、待ってよ里村さん、エトワールはイリーズよりも遅いんだよ−!」
「戦闘中です、頑張ってくださいとしか言えません」
「そんな――!?」
泣き言を言う瑞佳であったが、今更引き帰したりはしなかった。茜を置いて帰るという考えは瑞佳には無かったのだ。
直援機を蹴散らして第1艦隊に突っ込んだ茜と瑞佳は手近にいた砲戦型サラミス改に狙いを付けた。
「長森さん、あのサラミスから行きます!」
「了解だよ!」
弾丸のような勢いで突入してきた2機のMSに向けてサラミス改はレーザー機銃と対MSミサイルだけでなく、主砲まで向けて撃ちまくったが、この2機はそんなものは目に入っていないかのように平然と突破すると左右に回りこみ、手持ち武器のビームマシンガンやマシンガンを叩き込みながら離脱した。2機が通過した後には機関部の誘爆に飲まれていくサラミス改の姿があった。
あっという間にMS隊を突破して艦隊に取り付いた2人に浩平達は驚くよりもむしろ呆れてしまっていた。
「おいおい、2機で艦隊に取り付いちまったよ」
「ど−する、浩平?」
「(私達も突っ込むの!)」
「いや、突っ込むといってもだな・・・・・・」
浩平の眼前には数えるのも嫌になるくらいのMSやボールが展開し、こちらに銃口を向けている。浩平にしてみれば突破させないのが精一杯でとてもではないが攻勢に出ることなど考えられなかった。
何とかしないといけないとは思うのだが、何ともならないというのが現実だった。
「瑞佳おね−ちゃんを助けるの!」
繭が4基のビットを同時に動かしてジム改やジムUを瞬時に3機撃墜した。サイコミュ兵器を躱せるのはニュータイプやシェイドくらいのものだろう。あるいはデュラハンのような天才パイロットか。
浩平達とは別の意味で苦戦しているのがクライン率いるMA隊の姿もあった。機動力に物を言わせて徹底した一撃離脱戦法を採用するクライン隊であったが、元々高速大火力を生かした短期決戦を前提に開発されていたMAをこのような消耗戦に投入すること事態が間違っていたとしか思えないほどの消耗を重ねている。攻撃開始から僅か30分でクラインは16機いたビグロUを3隻の巡洋艦と8隻の駆逐艦、11機のMSと引き換えに半数の8機にまで撃ち減らされていた。
クライン自信はニュータイプがゆえの反応速度と勘の良さに助けられて今だ直撃弾を受けてはいなかったが、部下たちの機体にはかなり弾痕やビームによる融解の後が目立つようになっている。
「参ったな、何処を見ても敵だらけじゃないか」
一撃離脱をかけても離脱した先に更に敵機がひしめいている、という悪夢のような状態にさすがのクラインも疲れを隠せない。そして更にクラインの心労を加速させる敵が天頂方向から降り注いできた。
上空監視レーダーが急速に接近してくる何かを捕らえ、警報を発する。
「上だと、ミサイルか?」
だが、それにしては反応がでかすぎるし、熱源反応も大き過ぎる。それが敵機だと悟るのにクラインは一瞬の時間を要した。
「MSじゃないな。この加速、MAか!」
機体を無理に上方へと向け、牽制のメガ粒子砲をぶっ放したが、それと入れ違いに敵機からもメガ粒子砲が撃ち返されてきた。自分の砲撃も適当に撃ったから当たるはずも無かったが、相手の砲撃も自分が急激に進路を変えたために的を外したらしかった。
クラインは迫り来る敵機を目視で確認した。自分たちがやったフォスターT襲撃時以来、連邦軍が投入してくるようになった戦闘機を大きくしたような機体、ハリファックスだ。ジオンMAを参考に、Gアーマーやコアブースターの発展型のような感じで作られたと思われる機体である。
その主兵装である2門のメガ粒子砲は小型ながらも強力なもので、ヴァル・ヴァロの主砲にもさほどひけを取らない威力を持っている。
「面白い、MA同士、勝負と行こうじゃないか!」
相手がどう考えてるかは全く無視しての台詞だが、クラインは喜び勇んでハリファックスに挑みかかった。ハリファックスの方もこれを受けて立ったのか、ミサイルコンテナからマイクロミサイルを撃ってくる。16発のミサイルをヴァル・ヴァロは加速力で一気に振り切って見せた。2発に捕まったものの分厚い装甲が食い止めてしまう。
ミサイルが躱された事に焦ったのか、ハリファックスは機体を右に向け、一度距離を取ろうとした。だが、クラインはそんな事をさせるつもりはなく、ヴァル・ヴァロを衝突コースに持っていった。
「な、ぶつけるつもりか!?」
ハリファックスのパイロットが驚きの声を上げたが、クラインはコースを変えようとはせず、2機は掠める様にぶつかり合った。ヴァル・ヴァロは多少装甲に傷がついたくらいだったが、ハリファックスは左側のミサイルコンテナに大きな切り込みが入り、すぐに誘爆の光に飲まれてしまった。理不尽なまでの重装甲を持つヴァル・ヴァロだからこそできる荒業であった。
少しずつ押されていくこの戦況にチリアクスは苦々しく口元を引き締め、戦術コンピューターが映し出す戦況を睨み付けている。
「まずい、な」
数の差はどうしようもないとしても、徐々にこちらが包囲されようとしているのはいただけない。肝心のMS戦は戦はどうにか持ち堪えているようだが、艦隊戦は一方的な状態に雪崩れ込みつつある。
この戦況を打開しようとさまざまな方法を検討してはいるものの、どれも上手くいくとは思えなかった。
そんなチリアクスのもとに、みさきから1つの提案がもたらされた。
「何、みさきが自由に動いても良いか、だと?」
「はっ、みさき大佐はこのまま砲戦を続けても勝算は無いと。それよりも敵艦隊に殴り込みをかけ、機動戦を挑むべきだと」
結局、いつもと同じか。チリアクスは芸が無い自分たちの戦い方に苦笑を浮かべたが、すぐに晴々とした顔になった。何を悩んでいたのだろうか。高速で戦場を駆け回り、連邦軍を引っ掻き回す事こそ自分たちの戦い方ではなかったか。
「みさきとショウに伝達、これより各戦隊の判断で各個に敵艦隊に突撃せよ」
これを受けたみさきとショウは話が意を得たとばかりに頷き、同時に命令を下している。
「「全艦突撃、我に続け!」」
みさきのアプディールとショウのアリシューザを先頭に2つの戦隊が敵艦隊に向かって突撃を開始した。 連邦艦隊に突入するにはMS同士の乱戦を突っ切らなくてはならないのだが、これは味方のMSが護衛をする事で何とかするしかない。突撃を開始した艦隊に早くも連邦機が群がってくるがこれをファマスMSが必死に食い止めていく。
いきなり第1戦速で突撃してきたファマス艦隊に連邦軍の先鋒部隊は動揺し、敵の動きに砲の照準が追いつかなくなってしまう。
これを見たショウはニヤリと笑った。
「チャンスだ、あいつ等いきなりこっちが動いたから対応できてないぞ。このまま直進しろ!」
「か、艦長、それは余りに無謀です!」
副長のトップ大尉がショウを止めようとするが、ショウは自信満万の表情で断言してみせた。
「大丈夫だ、弾は当たらない!」
「何の根拠があるんですかぁ!?」
「それを言われると辛いんだが、とにかく弾は当たらない。そんな気がするんだ」
「そんなあやふやな勘に戦隊乗組員の命を預けろって言うんですか!?」
トップは信じられ無いという言葉をかろうじて飲みこんだ。これまでずっと信頼してきたこの上官が、ここに来て精神に異常をきたしたとでも言うのだろうか。ショウはこれまでその能力を実績によって証明してきた勇将のはずだったが、実は勘や希望的観測を頼りに戦う精神主義者という側面があったのだろうか。
だが、その時生と同じ命令をみさきも下している事をトップは知らなかった。ただ、こちらはみさきの能力を良く知る雪見がいる事と、みさきの指示が何時も何の根拠があってのことか分からないというのは何時もの事なので、部下たちが疑問を差し挟まなかったのでこちらはなんの問題も生じてはいなかった。
主砲を撃ちまくりながら前進するアリシューザであったが、いきなりショウの鋭い命令に艦橋が再び不穏な空気に包まれた。
「右に回避しろ!」
「は?」
操舵主が咄嗟に反応できず、間の抜けた返事を返したが、すぐにその意味を理解して慌てて復唱し、操舵を動かした。
「右に進路変更します!」
アリシューザの艦体が右に流れて行く。するとそれまでアリシューザが居た所を6本のビームが貫いて行ったのだ。
「て、敵弾、回避しました・・・・・・」
オペレーターが信じられない、と顔で主張しながら報告した。
「か、艦長、どうして・・・・・・?」
「さあな、言っただろ、そんな気がするって」
トップの問いにショウは苦笑しながら答えた。自分でもどうして分かったのか説明がつかないらしい。誰もがどう反応したら良いのか分からず戸惑っていると、またショウが回避を指示してきた。
「下方に回避、急げ!」
「りょ、了解!」
アリシューザが今度は下に進路を変える。するとまた今度はミサイルとビームの集中攻撃が貫いていった。もう間違い無い、理由は分からないが、ショウには危険が察知出来るのだ。
そんな回りの反応などお構いなしにショウはフムと腕を組んで深刻な声を漏らした。
「二度も狙われたか。こいつは照準を合わせられてるな。更に加速出来るか?」
「あ、そ、それは可能ですが、機関がどうなるか・・・・・・」
「後の事は後で考えれば良いさ。まずは今を切り抜けることだ」
ショウの判断で機関部の無理を承知で最大戦速にまで加速させた。整備不良のエンジンが無気味な音を立てるが無視して頑張らせている。おかげでアリシューザは更に加速を見せ、遂に連邦軍の艦列に殴り込みをかける事に成功した。艦列に突入してきたファマス艦隊は周囲に向けて主砲を撃ちまくりながら真っ直ぐに突っ切ろうとしている。どちらを向いても敵だらけなので撃てば当たるというふざけた状態である。ショウはやや引き攣った笑い声を上げた。
「フ、フハハハハハ、こいつは良いぞ、どっちを向いても敵ばかりだ!」
「狙いを付ける必要も無い、とにかく撃てば敵に当たるぞ!」
負けじとトップも声を張り上げて部下をけしかけた。突入してきたチベ級重巡1隻、ムサイ級後期型3隻が手当たり次第に主砲を撃ちまくり、ミサイルを叩きこんでいく。艦隊の護衛をしながら突入してきた少数のMSは艦隊の直援機とぶつかり合い、艦艇の合間を縫っての接近戦を繰り広げている。
連邦の艦隊を突き抜けて行くアリシューザ隊を背後から撃とうと連邦艦の何隻かが後部砲塔で狙いを付けようとしていたが、アリシューザ隊に続いて続いて突入してきたエターナル隊の攻撃を受けて次々に沈んでいった。何しろ先頭に立っているのはノルマンディー級戦艦のアプディールであり、その砲撃力はバーミンガム級に匹敵するのだ。サラミスなど束になっても勝てる相手ではない。アプディールはその圧倒的な砲撃力で立ちはだかる砲戦型サラミス改4隻を撃沈し、突破口を自ら切り開いて見せた。
「雪ちゃん、私達も行くよ!」
「言われなくてもそのつもりよ!」
アプディールを先頭に2隻のサラミスと1隻のムサイが突入して行く。2個戦隊に突っ込まれた事で第1艦隊はその陣形を掻き乱されてしまった。
自軍が崩されるのを冷静に観察していたリビックは感心しながらも低く唸った。
「むううう、やられたのう」
「あの数で突入してくるとは。自暴自棄になったのでしょうか?」
「自暴自棄という動きではないじゃろう。明らかに統制の取れた軍事行動じゃよ」
アリシューザ隊に続いて突入してきたエターナル隊が自分の艦隊を蹂躙している。チリアクスの本隊もこれに続く動きを見せており、第1艦隊は苦境に立たされていると言えた。
「クリスタル・スノー隊はどうしておる?」
「倉田大隊のみが残っています、敵MS隊を良く食い止めてくれていますが、その為か敬遠されている様です」
「強すぎる相手は避けて通れか。まあ、言うほど楽ではないんだがの」
結果としてスキップされてしまった倉田大隊は味方に邪魔されて思う様に動く事が出来ず、半ば遊兵と化そうとしていた。
「邪魔なんですよ−、退いてください−!」
右往左往している味方MSや艦艇に妨害されて敵を追撃できないでいる佐祐理達であった。すでに自分たちの位置さえ把握しきれてはいない。精鋭と名高いクリスタル・スノー隊としては珍しい醜態であった。
だが、おかげでみさき達は救われた。もし倉田大隊とまともにぶつかっていたら大きな損害を出した挙句、MSを失った裸の艦隊で突入するハメになっていたかもしれないのだ。
だが、みさきもショウもチリアクスも優れた指揮官だったが、老練という言葉の大言のような名将リビック大将の相手をするには役不足だったといえる。リビックは混乱し切った艦隊全てに戦域から後退を命じ、自らの直率艦隊をもってアリシューザ隊とエターナル隊を食い止めにかかった。マゼラン級戦艦とアキレウス級戦艦で編成された直率艦隊の砲撃力は圧倒的なもので、右側から猛烈なエネルギーの束を叩き付けられたアリシューザ隊はたちまちその行き足を止められてしまった。
「この攻撃・・・・・・連邦の老将か」
リビックの存在を察したショウは頭の中で勝算を計算したが、敵艦隊の陣容を聞いてすぐに計算機を叩き壊した。どう足掻いても勝負出来る相手ではない。
「逃げるぞ。あんな艦隊相手に真っ向から勝負出来るか!」
「同感ですっ!」
ショウの命令に悲鳴混じりに同意したトップ。アリシューザは一旦止まった行き足を再び上げると急いでリビックの前から逃げ出しにかかった。このまま側面に回りこんで再度突撃をかけるつもりなのだ。そのショウの動きを察したみさきが危険を承知でリビックの挑戦を受けて立つ。
「全艦敵艦隊に30秒間全力射撃。30秒撃ったら回避運動に入って!」
「反応が遅れたら命取りよ。みんな気合入れなさい!」
4隻で全ての砲が焼きつかんばかりに撃ちまくった。ミサイルも後先考えずに使いまくっている。このおかげでリビック直率艦隊は一時的とは言えその動きを拘束されてしまった。さらに遅れてやってきたチリアクスの本隊が左側面から砲撃を加えてきたため、そちらにも対処せざるを得なくなってしまう。
「よし、後はショウが奴等の右側面に回りこんでくれれば包囲陣形が完成する!」
チリアクスは連邦総旗艦を仕留められるかもしれない期待に胸を躍らせていた。上手くすればこれで選曲が変わるかも知れない。だが、それは少し期待のしすぎであった。
「閣下、アリシューザ隊が連邦軍に捕まりました!」
「何、どういう事だ?」
「駆逐艦に襲われたようです。アリシューザ隊は群がってくる駆逐艦の対処に追われて足を止められてしまいました!」
高速で走りまわれる駆逐艦部隊が機動力を生かして走り回るアリシューザ隊を掴まえ、接近して大型ミサイルを叩き込んで来たのだ。これには流石のショウも舌打ちしながらも反撃を命じるしかなかった。駆逐艦は脆いので一撃当たれば簡単に沈めることが出来るのだが、その攻撃力は戦艦にさえ大損害を与えられるのだ。懐に飛びこまれると不味いことになってしまう。アリシューザと3隻のムサイ級後期型は自分の身を守るために全力をあげざるを得なくなっていた。
完全な包囲を形成できなかったチリアクス艦隊はリビック直率艦隊にジリジリと押され始めた。初期の勢いを失ったエターナル隊も流石にこの圧力を食い止めることは出来ず、後退を余儀なくされている。ショウのアリシューザ隊が取り残されないようにタイミングを合わせながら引いている辺りにみさきの力量が見て取れるが、攻勢から守勢へと追い込まれたことで、戦いの勢いは連邦軍に移ってしまっていた。
悪いことは重なるもので、態勢を立て直した巡洋艦部隊が戦場に戻ってきてしまった。再び圧倒的な砲火に晒され、防戦一方に追い込まれるチリアクス艦隊。今度は緒戦と違って勢いは連邦軍にあったので、ファマス艦隊の状況は最悪と言って良かった。加えてさっきの無理で弾が無い。
「不味いわね、幾らなんでも今度は不味いわよ」
「そうだねえ、ちょっと不味いよねえ」
のほほんとしているが、珍しくこめかみを脂汗が伝っている辺りで内心の動揺が見て取れる。すでに積み重なった被害は洒落にならないレベルに達しているのだ。この最悪の状態を打開するには何か、それこそ奇蹟が必要となる。
今の所その奇蹟をもたらしてくれそうなのは連邦第2艦隊と交戦している久瀬中将の第1艦隊だが、これが間に合うかどうかは微妙な所だと言えるだろう。そもそも、第1艦隊が敗北する可能性だってありえるのだから。
このみさきの悪い予感は当たっていた。この時久瀬の第1艦隊もクライフ率いる連邦第2艦隊の攻勢を受けとめるので精一杯だったのである。キャスバルのノイエ・ジールも最初こそ連邦軍の意表を突いたこともあって多大な戦果を上げたが、以降は連邦軍のレーザーとミサイルを主体とした集中攻撃を受けており、積み重なったダメージと共にその戦闘力を低下させていた。
加えて、こちらでは北川と七瀬達が暴れていたのだ。この北川大隊がノイエ・ジールの損害を著しく増大させていた。
「いいか、絶対あいつの正面に回るな、正面に出たら死ぬぞ!」
北川はノイエ・ジールの武装が正面に集中されていることを逆手に取り、側面に回りこみながらジムU・ATの有り余る武器を叩き込む戦法を取っていた。手持ち武器もわざわざバズーカを担ぎ、ノイエ・ジールの推進器などを狙いながら攻撃を繰り返している。相手があまりにも速いので攻撃のチャンスは一瞬しかないことが多いのだが、北川たちは最初から当たれば儲けとばかりに武器をばら撒く戦法を使っていたので、多少速かろうが問題ではなかった。むしろ的がでかいだけに当たりやすい。
この下手な鉄砲数撃ちゃ当たる方式で攻めてくる連邦軍に、キャスバルはかなり苛立っていた。もともと敵の攻撃は躱せばいいと考えるタイプなのだ。
「ええい、ちょこまかとうるさい奴等だ!」
偏向メガ粒子砲で側面を撃ち、ワイヤークロ−で飛びまわるMSを狙うのだが、これがちょこまかと動き回るMSにはなかなか当たらない。北川大隊のパイロットが凄腕のせいもあるだろうが、やはりノイエ・ジールは対艦兵器なのだ。MSのような小さな目標を相手にするようには作られていない。キャスバルが稀代のパイロットでもこればかりはどうしようもなかった。
ただ、キャスバルの活躍のおかげで第2艦隊は40隻以上もの艦艇を沈められており、ノイエ・ジールの受けた損害と引き換えにしてもお釣りが来るだけの戦果は上げていた。
このノイエ・ジールとの戦いにサイレンのパイロット達は参加していない。彼女等が参加していればノイエ・ジールに致命傷を与えることが出来ていただろうが、この時彼女等は強力な敵を相手取っていたのである。ファマス第1艦隊はシェイドパイロットのトルクと司を温存していたのであるが、これの相手を舞と七瀬はしていたのである。
エクスカリバーVとセレスティアが2機のヴァルキューレを相手取っている。この戦いはほぼ互角のものだったが、この事がトルクに違和感を与えている。
「城島の奴、あんなに強かったか?」
そう、CLASS―Bシェイドである城島司の戦闘力は香里と同じくらいなのである。その司が一対一で舞や七瀬と渡り合っている。トルクがおかしいと感じるのも無理は無かった。
この時、司のパートナーがみさきや茜でなかった事が、後に起こる巨大な悲劇を呼びこんでしまう。もし2人であったなら、すぐに司を始末していたであろうから。
少しずつ追い込まれていくファマス艦隊。それを追い詰めている連邦艦隊の誰もがあと一息でこの戦いの勝利を掴む事が出来るだろうと思っていた。リビックのような人物にしてさえもそうだったのである。
「どうやら勝ったな」
「はい、包囲された時は流石に焦りましたが、すでに敵にその時の勢いはありません。後は時間の問題でしょう」
すでに連邦宇宙艦隊総司令部には楽観ムードが漂っている。これなら第2連合艦隊の増援を待つまでも無く敵を殲滅させる事が出来る、と誰もが思っていた。
だが、突如飛びこんできた緊急通信が彼らの余裕を凍りつかせる事になる。通信兵が後方に位置している支援艦隊からの救援要請を報告してきたのだ。
「ちょ、長官、支援艦隊司令のカラガン少将から緊急通信です。「我、敵艦隊の攻撃を受けつつあり。至急来援を請う」!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
しばし誰もが言葉を失ってしまう。カラガン少将は支援艦隊である第9、第10、第11艦隊の中でも最先任である第9艦隊司令官だ。艦の数は戦闘部隊に劣らないが、その大半は補給艦や補給艦改装のMS母艦だ。巡洋艦など数えるほどしか残ってはおらず、戦艦は1隻もいない。フリゲートだけは沢山あるがこれは対艦戦闘では何の役にも立たない。もしここに戦艦を含む有力な部隊が襲いかかれば一方的な虐殺が展開される事になるだろう。それだけではない。補助空母を失えば今現在戦っているMSが補給も整備も受けることが出来なくなり、戦力とならなくなってしまうのだ。MS母艦機能を持つ戦闘艦はまだ決して多くは無い。
MSや戦闘機はその戦闘力を保持する為にたえず補給と整備を受けつづけなくてはならない。今のような数時間から数日にも及ぶ大会戦ともなれば帰還する回数は数十回から百回以上にも及ぶのが普通だ。そのMSを支えるべき母艦が失われるなどという事態になれば、下手をすれば動けなくなったMSの大群が漂う中での敗北などという恥以外の何物でもない敗北を喫するかもしれないのだ。
顔を青褪めさせたリビックは直ぐにエニーの第3艦隊に支援艦隊に救援に向かうよう指示し、クライフと自分とで戦線を縮小しつつ後退することを決定した。敵前からの一方的な急速撤退であり、無駄な損害を覚悟しなくてはならないだろう。
「久瀬、次から次へと小賢しい事をしてくれるな」
リビックは久瀬の手腕に感心したが、このまま良いようにやらせるつもりも無かった。指揮官席から立ちあがると、リビックは何時もの好々爺ぶりをどこかに捨て去さり、猛々しく命令しはじめた。
「第1艦隊と2艦隊は交互に後退と援護を繰り返しつつ最初の交戦域まで後退する。小惑星帯より出た後は陣形を再編しつつ反撃に転じるぞ!」
いきなり大きな声で命令をし始めたリビックにバーミンガムの艦橋クルーはしばし呆気に取られたが、我に返ると大急ぎでリビックの指示を伝達し始めた。第2艦隊が退くと第1艦隊が全力で反撃し、第2艦隊が十分に下がると今度は第1艦隊が退いていく。この繰り返しで連邦艦隊は隙を見せることなくファマス艦隊を振り切ろうとしていた。
後退して行く連邦軍が隙を見せたら直ぐにでも手痛い一撃をくれてやろうと考えていた久瀬だったが、全く隙を見せず、整然と後退していく連邦艦隊に舌打ちするしかなかった。
「くそ、付け込む隙がない」
久瀬だけではない。アヤウラもチリアクスも防御を固めながら後退していく連邦艦隊に遂に手を出す事が出来なかったのである。結局連邦軍は損害らしい損害を出さずに後退を成功させ、小惑星帯から広い宇宙に出る事が出来たのである。第1、第2艦隊が布陣した宙域の後方では支援艦隊とファマス軍の戦闘が行なわれており、爆発の光が絶えることなく宇宙を彩っている。
支援艦隊を襲ったのは旧デラーズ・フリートであった。グワデンを中心にムサイ級各種合わせて8隻を率いている。この部隊に対して連邦軍は巡洋艦15隻と駆逐艦40隻で迎え撃った。一見すると連邦軍の方が有利そうだったが、ここにあるのは全て第一線での使用に耐えないと判断されて後方に回されていた改装のされていない初期型のサラミスだった為、MSを搭載していなかった。駆逐艦部隊はMSを搭載していたがその多くはファマス戦役初期において連邦軍の主力を担い、大きな損害を出したジムコマンドGSであった。この機体では2機がかりでもシュツーカ1機に歯がたたない事はすでにフォスターT攻略戦、連邦軍宇宙艦隊が記録的な損害を出したあの戦いで嫌というほど思い知らされている。ましてこの機体を操っているのは一年戦争生え抜きの古参兵だけで編成されたデラーズ・フリートのパイロット達である。戦力差は開いている事はあっても縮まっている事はないだろう。
これらを踏まえ、カラガン少将は悲壮な覚悟で巡洋艦サンフランシスコからグワデンの巨体を見据え、攻撃命令を出した。巡洋艦が砲撃を加え、駆逐艦とMSが敵わぬまでも一矢報いんと突撃してくる。これには補給を終えたばかりのMS部隊も加わっていたので数だけは多かったが、頼みのジムUやジムカスタムの数は少なかった。
そしてリビックの予想した通り、この護衛部隊はデラーズ・フリートを食い止められなかったのである。