第54章  激震の赤き荒野


 7月7日、遂に水瀬艦隊は火星圏に侵入してきた。数にして80隻ほどの艦隊だが、主力が不在の現在のファマス残存部隊にしてみれば絶望的な大軍である。もはや残っているのは10隻ほどの旧式巡洋艦ばかりで、それも機関の不調や、損傷が酷すぎて戦闘に耐えられないとされた艦だ。連邦の新鋭艦と戦える戦力ではない。出撃してきたMSもザクシリーズやジム改以前の型のジムばかりで、僅かに生産されたばかりと思われるシュツーカやブレッタが混じっている。秋子でなくとも目を疑うような貧弱な戦力だ。
それでも彼等は立ち向かってきたが、これは自殺以外の何物でもなかった。

 シアンは内線を取ると格納庫に繋いだ。

「相沢、艦隊前方に進出して進路を切り開け。細かい事は任せる」
「分かりました。キョウは出ないんですか?」
「MAを出すような相手じゃないだろ。敵MSを撃破したら、そのまま要塞に取りついて湾口を制圧するんだ」
「分かりました」

 祐一はジム・FBをカタパルトに乗せた。管制室に繋がっているモニターに話し掛ける。

「相沢機、出るぞ」
「進路クリアー、射出3秒前です。幸運を!」
「帰ってくるさ!」

口元を歪めてそれに答え、祐一のジム・FBはカタパルトから打ち出された。急激な加速Gに余裕で耐え、慣性のままに距離を稼いでいく。ここでいきなり推進剤を使うと後で足りなくなる恐れがあるのだ。
慣性飛行を続けていると、周囲に部下達が集まり出した。日頃の訓練の賜物か、瞬く間に攻撃体形を組み上げていく。部下が揃った事を確認した祐一はファマスMS隊に向けて機体を加速させた。それにやや遅れる形で他の部隊も要塞に向かって行く。その眼前には自分達よりも遥かに少数の旧式MS部隊が決死の覚悟で展開していた。
 祐一の率いるMS隊と迎撃に出てきたファマスMS隊が接触したが、この戦いは一方的なものとなった。識別の為に連邦機はファマスカラーである淡いライトグリーンに塗りなおされているが、そのジムやザク、ドムが次々に撃破されてしまう。もう時代は変わったという事を如実に証明する戦いといえただろう。前大戦で活躍した名機とはいえ、所詮は数年前のロートル機なのだ。ファマスでも前線に出すのを危ぶんで後方に回していたくらいである。しかもそれを操るパイロット達は訓練の足りない未熟練兵が主体なのだ。まともな勝負になるはずも無かった。ファマス機は機動性で圧倒され、側面や背後からビームやマシンガンを叩きこまれて次々に四散していった。
 敵を突破した祐一は要塞に取りつくと手近な砲台を破壊しながら宇宙港を目指した。ここを制圧する事が最初の目標なのだ。後ろに10機ほどの部下がついてきている。
 程無くして宇宙港に辿りついた祐一たちだったが、そこには1隻のサラミス改が湾口内に浮き砲台となって陣取っており、数機のMSや砲台群と共に頑張っていた。すでに味方MS隊が攻撃を加えているが、絶え間ない砲火に晒されて苦労しているようだった。

「参ったな、まさか巡洋艦が踏ん張ってるとはね」
「大隊長、我々が突っ込みます、援護してください」

 直属中隊の第3小隊長が提案してきた。祐一は頷く。ジム・FBなら確かに適任だ。

「分かった。だが、艦を沈めるなよ。目的はここの制圧だからな。砲を潰して無力化するなり、降伏させるんだ。待ちがっても爆発させるな」
「分かってます。ビームは使いませんよ」

 祐一はチラリと宇宙港内に視線を向けた。

「援護する。俺達が撃ち始めて3つ数えたら突っ込め」
「背中に当てないで下さいよ」
「俺の腕を信じろよ」
「北川大尉だったら何の心配もしないんですけどねえ」

 その冗談に部下達の笑い声が響き渡った。祐一は少し拗ねた声でぼやいている。

「あいつと較べんでくれ」
「はははは、すいません。それじゃ、いきますよ!」

 第3小隊がスラスターを吹かせ始めたのを見て、祐一はライフルを湾口に向けた。

「火力はMSと砲台に集中しろ。艦は狙うな」
「了解!」
「よし、それじゃ・・・・・・援護射撃!」

 遮蔽物の陰から一斉に身を乗り出した祐一達がマシンガンをフルオートで撃ちまくる。直ぐにこちらに向けて制圧射撃が加えられるが、祐一達は怯まずに撃ちつづける。そして、その砲火の応酬の中を第3小隊の3機のジム・FBが突っ込んでいった。回避運動を一切取らない全速機動で突っ込んだ3機は途中で被弾した1機が落伍したが、残る2機は飛びこんでそれぞれ手近なMSを撃破すると、1機が撃ちまくっている主砲をつぶし、もう1機が対空銃座を足で潰して艦橋にマシンガンを突きつけた。

「降伏しろ。さもないとこのまま弾を撃ちこむぞ!」
「ぐっ、ぬううう・・・・・・」

 艦長は悔しそうに肩を振るわせていたが、顔を俯かせると砲撃を中止させた。どうせ推進器が不調で出航もままならないのだ。ここで意地を張っても部下を無益に死なせる事になると考えたのだろう。
 砲火が止んだのを見て祐一は遮蔽物から身を乗り出し、周囲に問いかけた。

「よし、このまま湾口内部に突入するぞ。弾切れの奴。被弾した奴は艦に戻れ」

 祐一の命令に従って8機のジムUと2機のジムキャノンUが艦に戻って行った。機体を見限ったパイロットも何人かいるらしく、擱座したMSを捨てたパイロットが味方MSの下に集まってくる。
 祐一はそれらをとりあえず部下に任せておいて、自分は直属の部下の方に歩み寄った。

「大丈夫か、動けるか?」
「爆発する心配はなさそうですが、動くのは無理みたいです。機体を捨てます」
「分かった。直ぐに揚陸艦が来るはずだ。お前はそれに乗って先に休んでろ。間違っても白兵戦なんかするなよ。MSパイロットがコクピット意外で死ぬのは俺が許さないからな」
「分かってす。無駄死にはしませんよ」

 ジム・FBを捨てたパイロットが祐一に軽く敬礼をして他のパイロットが集まっている所まで歩いて行く。祐一はそいつ等の護衛に1個小隊を残すと更に奥へと進んでいった。
 湾口の奥では歩兵部隊とMSが立て篭もっており、歩兵もミドルMSや対MSミサイルなどで突入してきたMSに激しく抵抗していた。動いてこそ最強兵器たり得るMSもこんな閉鎖空間では思うようには動く事が出来ず、装甲の厚さとシールドで耐え忍ぶハメにおちいっている。
 そこに飛びこんできた祐一は手近な小隊長を捕まえて状況を問い質した。

「どうした、何を梃子摺ってる?」
「大隊長、敵はMSに効果のある武器を手当たり次第に持ち出して抵抗しています」
「たかが歩兵だろうが?」
「そのたかがが思いのほか手強いんです。迂闊に動けば地雷を踏んじまいます」
「地雷?」
「多分、機雷でも埋めてるんでしょうね。おかげで2機が脚部を破壊されて擱座しました」

 なるほど、2機のジムUが倒れている。祐一は思いもよらなかった敵の抵抗にどうしたものかと無い知恵を絞り始めた。

「ああ、こういう時は北川がいれば良い知恵を出してくれるのになあ」

 他力本願な事を言っている祐一だったが、そんな祐一に救いの手というか、思いがけない援軍が来た。こちらに向けて弾を撃ちまくってきたザクUF2が頭部に直撃を受けて仰け反りながら倒れこんだのだ。最初はどうとも思わなかったが、そのまま立て続けに火点がピンポイントで狙撃されていくのを見て背後を見た。こんな事が出来る奴は1人しかいない。

「来てくれたか、名雪!」

 名雪のジムスナイパーUが5機のハイザックを連れて宇宙港の入口に陣取っていた。狙撃用ライフルをこちらに向け、立て続けに弾を叩きこんでいる。

「祐一、射線を邪魔しないようにMSをどかして」
「お、おう、分かった」

 慌てて湾口から下がっていくMS達。射界が開けたところで名雪は目に付く火点を片っ端から潰し始めた。ジムUのマシンガンよりも遥かに貫通力の高い狙撃用ライフルは遮蔽物を貫通して兵器や人員を殺傷している。このままなら敵守備隊を完全に粉砕出来るのではないかと思われたが、突然その射撃が止んでしまった。

「おい、どうした名雪?」
「ご免ね祐一、弾切れだよ」
「おいこら!?」
「あはははは、後はお願いだよ、祐一」

 さっさと狙撃銃をしまって帰ろうとする名雪に祐一はどっと疲れを感じてしまった。何というか、やる気が無くなってしまったのだ。
 もっとも、もう祐一が頑張る必要は無かった。ようやくやってきた揚陸艦が接岸してきて歩兵を吐き出し始めたからだ。上陸した海兵隊は敵の陣地をしらみ潰しにしながら奥へ奥へと入っていく。後は彼らの仕事だった。
 


敵戦力が想像以上に弱体だと悟った秋子はアキリースのブライト中佐を呼び出した。


「ブライト中佐、敵の抵抗は微弱です。護衛部隊と共に衛星軌道に向かってください」
「予定を早めるのですか?」
「ええ、降下作戦の指揮は任せます。私はこのまま軌道上とフォボス、ダイモスを制圧します」
「了解しました」

 ブライトは秋子との通信を終えると指揮下の艦隊に集結を命じた。今のブライトの指揮下には自分のアキリースも含めてグレイファントム級強襲揚陸艦4隻にティターンズから借り受けたサラブレッドとスタリオンの6隻の強襲揚陸艦、秋子から回してもらった6隻のカウンペンス級軽空母と、護衛の戦艦1隻に巡洋艦10隻、降下船40隻がある。この大部隊が火星軌道目指して動き始めたのだ。

「これより火星軌道に突入する。護衛艦、及びMS隊は敵を降下部隊に絶対に近づけるな!」

 降下部隊の周囲に直援機が張りつき、敵機を1機も近寄らせまいと目を光らせる中、降下部隊は火星軌道を目指して直進していった。これを阻むべきファマスの守備兵力は少数の戦闘衛生だけで、MSや戦闘機の姿は無かった。全てがフォボスに向かった秋子の主力部隊の迎撃に忙殺されているのだ。
 戦闘衛星の微弱な抵抗をなんなく排した降下部隊は軌道上に艦隊を置くと、カウンペンス級軽空母部隊から次々にアヴェンジャー攻撃機を発進させた。トラファルガー級空母とは異なり、ドッキングアームで機体を掴まえて発着艦を行うカウンペンス級はサラミス級ベースの小柄な船体ながら、その搭載機数はトラファルガー級に匹敵する程に多い。各空母から36機ずつのアヴェンジャーが発艦していく。アヴェンジャーは追加装備無しで大気圏に突入する能力を持っているのは、この機体の設計が一年戦争当時に開始された為である。母艦から発艦後、単独で大気圏に突入し、ジオン拠点を空爆して味方勢力圏にまで
帰還してくるというコンセプトのもとに造られたからだ。
結果として完成前に一年戦争が終戦を迎えてしまい、時代は戦闘機からMSに移ってしまった為に半ばお蔵入りしていた機体だったが、機動艦隊の活躍が運用法如何では戦闘機もまだまだ活躍できる事を証明した為、時代に対応した設計変更を施した上で量産されたのだ。キョウ・ユウカ大尉の元でもっぱら対艦/要塞攻撃機として運用されていたアヴェンジャーだったが、今回は爆弾倉のみに爆弾を搭載し、外付けの武装は一切付けていない。それは、このアヴェンジャーに与えられた大気圏突入能力を現代戦で最大限に生かす為に必要な事であった。

 ブライトの指示の元、先鋒隊が衛星軌道からゆっくりと火星大気圏に向かって行く。この時、綿密に編隊を組み上げ、完成させることが重要となる。バラバラに突入するとお互いの突入時の衝撃波が干渉しあって機体のバランスを崩し、燃え尽きてしまうかもしれないからだ。降下部隊を率いる軽空母ベローウッド戦闘隊指揮官マーマデューク・パトル大尉は部下を纏めながら編隊を降下突入コースに導いていく。

「全機、編隊を崩すな。降下まであと5分だ!」

 部下の訓練度が高いので皆しっかり付いて来てるが、もしここに敵機が突入してきたらと思うと胃が痛くなる。降下直前で動く事が出来ないアヴェンジャー隊は良い鴨でしかない。周囲を直援機が固めてくれていると分かってはいても、心臓に悪い瞬間である。
 やがて、アヴェンジャーの上にMSが1機づつ取りつき始めた。これがアヴェンジャーが設計変更によって得た能力で、MS1機を載せて降下することが出来るのだ。SFSとしての能力を持っている事になる。
 準備が整った降下部隊は次々に大気圏に突入して行った。次々と火星の大気に触れて真っ赤な流星と化して落ちて行くアヴェンジャーとMS部隊。それにやや遅れて降下船の第1陣もシャトル型の機体を大気圏に躍らせて行く。こちらは基地制圧用の歩兵や戦闘車両を搭載している。
 こういった降下部隊を阻止する事はいかなMSといえども不可能だ。高高度域での迎撃は戦闘機の独壇場なのである。たとえSFSに乗っても空力特性の関係で高高度まで昇ることは出来ない。だが、ファマスには連邦のティン・コッドやダガーフィッシュのような高高度制空戦闘機は無く、成層圏高射砲だけが降下部隊を出迎える事が出来たのである。
 成層圏高射砲の対空砲火に3機のアヴェンジャーがよろめき、そのまま摩擦熱で燃え尽きてしまったが、残りは火星大気圏を抜け、赤き火星の大地を目指したのである。

 この時、降下部隊を出迎えたファマス部隊の抵抗は連邦軍が当初予想していたよりも随分と弱々しい物だった。弾が不足しているとかでは無く、迎撃に出てくる部隊が少なすぎるのだ。降下部隊の指揮官たちは余りに簡単に橋頭堡を形成できたことに安堵するよりも何かの罠ではないかと訝しがり、ことさら慎重に部隊を展開させていった。だが、第2陣が降下してきても敵の抵抗はさして強化されることもなく、連邦部隊はファマスの戦力が本当にこの程度だと判断せざるを得なかった。

 

 じつは、連邦部隊が感じた違和感の原因はファマスの内部にあった。エンブロウ基地では今、規模こそ小さいが激しい戦闘が行われていたのである。
 事の起こりは、連邦部隊が火星上空に達した時だった。エンブロウ基地内で幾つもの爆発が起こったのだ。基地の部隊はこの対処に追われ、爆破犯人の目的通りに踊らされてしまったのである。
 アヤウラの命令で動いていた龍の兵士達はファマスの技術者達をアクシズに連れて行けという命令を受けており、龍の兵士達は連邦軍が火星に達したのをみて遂に強行手段に訴えたのである。複数箇所で同時に爆発を起し、基地の警備部隊をそれらの対処に奔走させる。技術者達が住む研究棟の警備が薄くなったのを見計らって攻撃を加え、アクシズ行きを拒んでいる技術者達を誘拐同然に連れ去ってしまおうというのだ。
 だが、龍の兵士達も覚悟していたことだが、ファマスの兵士達は随分減っているものの、やはりキャスバルの命令で残っていた親衛隊の兵士達は動いていなかった。数は大した人数ではないので、龍の兵士達は親衛隊の兵士達には死んでもらおうと考えた。後で問題となる可能性があるが、全滅してしまえば死人に口無しだ。
 龍の中でも破壊工作や強襲に特化されている『鵬』のリーダーであるズリル・シャローン少佐は部下たちに攻撃を指示した。

 親衛隊の兵士達は突然の奇襲に多くの犠牲を出してしまった。数と装備が違う上に奇襲を受けた事による不利は覆すことが出来ず、研究楝入口を巡る戦いは早々に決着が付いた。親衛隊とファマス警備兵達は入口より撤退し、玄関ホールでの戦闘に持ちこむことにしたのだ。これは龍側にかなりの負担を強いることとなった。場所が狭く、重火器を使えない上に、スペースの関係で一度に戦闘に参加できる人数には限りがあるのだ。加えて火星の施設は苛酷な環境に耐えるため、地球などの施設よりも遥かに頑丈に作られており、歩兵で運べる程度の武器で外壁を破ることは不可能に近い。窓などは存在しているが、今は防護壁が降ろされている。更に幾重もの隔壁が存在し、侵入者を阻むのだ。もともとは空気の流出を防ぐ為の措置だったのだが、敵の侵入に対しても有効に機能したのは守る側にとってはありがたいことだった。
 逆に言えば攻める側にとってこれほど攻め難い場所も無い。何処から侵入しても直ぐに空気漏れ防止用の強固な隔壁にぶつかってしまい、破るのにそれなりの装備を必要とする。ミサイルのような兵器でここをぶち破ることは可能だが、もし隔壁の向こうにターゲットがいたらと思うとそれも出来ない。目的は技術者の拉致であって殺害ではないのだ。
 
ズリルは余りに強固なエンブロウ基地の施設に悪態を付いた。

「くそっ、ここは要塞か!」
「コロニーとは違う意味で強度を要求されるのが火星の施設です。仕方ありません」
「・・・・・・話には聞いていたが、ここまで頑丈に出来ているとはな」

 相手はノーマルスーツを着ているからガス等も通用しない。ズリルは渋々損害覚悟の攻撃を決意した。

「目の前の防衛線を強行突破するぞ」
「分かりました。援護はどうしますか?」
「ハンドキャノンを使って構わん」

 今まで投入しなかった重火器の使用をズリルは認めた。幾人かが右肩に対戦車ライフルのような物を担ぎ上げ、守備隊に向ける。火を吹いたそれは容易く遮蔽物ごと守備隊を打砕いた。戦車は無理だが、装甲車くらいなら一撃で粉砕できる砲に込められた徹甲榴弾が炸裂し、装甲車を粉砕できる破壊力が歩兵を吹き飛ばしていく。軽火器しか持っていなかった守備隊は重火器が投入された途端に抵抗できなくなってしまった。
 守備隊を粉砕した龍は閉じられている隔壁をレーザートーチで焼き切りながら進んで行った。時間はかかるが他にどうしようもない。それでもなんとか非難していた十数人の技術者を捕らえることに成功する。
 そして、何気なく時間を確かめたズリエは舌打ちすると身を翻した。

「時間だ、撤収する」


 龍の兵士達の暴挙は直ぐにサンデーカーの知るところとなった。サンデッカーはアヤウラが何か企んでいると知ってはいたが、まさかここまでふざけた行動に出てくれるとは思っていなかったのだ。
 基地守備隊の指揮官は直ぐに鎮圧の部隊を出したが、恐らくは間に合わないだろう。

「ふむ、奴等の狙いが技術者たちであることは間違い無いが、どうやってそれを宇宙に上げるつもりだ?」
「何処かにシャトルでも準備しているのでしょうか?」
「火星上に我々の知らないシャトルベースがあると?」
「可能性の問題ですが」

 参謀の言葉はやや苦しそうだった。火星上は自分たちが完全に押さえているという自信があるだけにそんな施設は無いと考えたいのだが、新たに聞こえてきた爆音が聞こえてきた。

「なんだ、今度は何処が爆発した?」

 サンデッカーが通信機で状況を問いかけたが、帰って来た答えはサンデッカーを驚愕させる物だった。

「第3ドックに不穏分子が侵入。天蓋を吹き飛ばしました!」
「第3ドックだと。そうか、奴等は艤装中のバルジを使うつもりか!」

 完全にしてやられたとサンデッカーは感じた。バルジはまだ艤装途中ではあるものの、航行自体に問題は無い。ミノフスキークラフトの搭載も完了している。確かにあれなら火星からの脱出も可能であった。

「直ぐに部隊を出せ、バルジを沈めても構わん!」
「無理です、すでに連邦降下部隊の第1陣が展開を始めています。対艦、対MS装備は全てこれの迎撃に当てられています!」
「砲台はどうだ?」
「これも迎撃部隊の支援で手一杯です!」

 龍の脱出を阻止する手段が存在しないという事がわかり、サンデッカーは悔しそうに唇を噛み締めた。

「アヤウラめ、ファマスの最後に泥を塗るつもりか」

 アヤウラがジオンの事しか考えていないことはサンデッカーにも分かっていた。ファマスの参加者達にアクシズへの脱出を勧めはしたが、あくまで自由意思による脱出に止め、強制はしなかった。これがアヤウラには気にいらなったらしく、再三にわたってアクシズへ全員を連れて行くことを主張したのだ。それが駄目ならジオン出身者だけでもアクシズに連れて行くと言い張っていたのだが、サンデッカーも久瀬もこれを受け入れず、キャスバルも反対こそしなかったが良い顔はしていなった。
 だが、アヤウラは諦めていなかったのだろう。この攻撃がそれを証明している。彼は同胞を裏切ってでも自分たちの戦力を強化する道を選んだのだ。合理的といえば合理的だろう。敗北が確定しているファマスに残しておいても仕方がないのであり、いずれ連邦に接収されるだけだ。それくらいなら自分たちがアクシズに持ちかえって捲土重来を果たすための手駒とする。合理的判断としては確かに間違ってはいない。だが、道義的には最悪の選択である。
確かにアヤウラの部下たちはバルジとファマスで開発されていた多くの技術成果と協力を拒んでいた技術者を手に火星の地表から脱出しようとしていたが、それを見上げるファマスの将兵にはアクシズへの憎しみが確かに芽生えていたのである。この時の裏切り者に対する憎悪が、後にアクシズを祟ることとなる。

 

 上昇してくるバルジの姿はブライトのアキリースからも確認されていたが、これを阻止するのはいささか難しかった。

「狙える艦はミサイルを発射。奴を大気圏に叩き落せ!」
「やってはみますが、敵は火星大気圏ギリギリをダイモス方向に脱出しようとしています。光学照準では目標の位置が歪められますよ」
「やらないよりは良い。まぐれ当りということもある!」
「分かりました」

 砲術班長は部下に目標を指示し、各種所元がランチャーに入力されていく。アキリースの他にも6隻の艦がバルジを狙って照準を定めている。こんなに暢気に照準を調整していられるのも、すでに軌道上の制宙圏をほぼ手中に収めているからだ。軌道上を制圧するのに十分な戦力があるというよりも、抵抗する敵戦力が少ないせいなのだが。
 およそ10秒かけて慎重に照準を付けられたミサイルは正確にバルジに向かって行ったが、やはりその多くが当初の軌道を逸れて抜けて行ってしまった。それでも1割ほどがミノフスキー粒子の妨害と重力の影響を掻い潜ってバルジに襲いかかった。この1割のミサイルをバルジ積まれていたアヤウラの部下が奪ってきたMSが迎撃に飛び出し、次々に撃墜していった。彼等の努力は大半のミサイルを打砕いたが、それでも全てを防ぐことは出来ず3発のミサイルを受けてしまった。ムサイなら沈みかねないダメージを受けながらバルジはその不沈振りを見せつけ、航行だけを見るならダメージを受けたようには見えなかった。よほどダメージコントロール能力が高いのか、辺り所が良かったのだろう。

 悠々とアキリースから離れて行くバルジの姿をブライトは歯噛みしながら見ているしかなかった。

「出せるMSは無いのか。あのノルマンディー級戦艦を行かせるな!」
「降下用を除けば直援機しか本艦隊にはありません。艦隊を裸にするつもりですか!?」
「くそっ、見逃すしかないのか」

 このバルジに乗っている連中が起してくれた混乱のおかげで降下部隊は容易く橋頭堡を築く事が出来たのだから、もしこの戦いを眺める第3者がいたらブライトの言葉は恩知らずとの謗りを免れなかっただろう。 

 まあ、考えても仕方がないと気持ちを切り替えたブライトは正面スクリーンに映し出されている降下部隊の戦況を改めて確認してみた。基地守備隊の抵抗はあるものの、考えていたほど熾烈なものではなく、降下部隊はほとんど無傷で降下に成功し、部隊を展開させている。第1波だけでは橋頭堡を確保出来るかどうかさえ危ぶんでいたのだが、やってみればうまくいってしまっている。

「降下部隊の第2波を投入しろ。橋頭堡を完全な物にした後、本隊の降下に入る!」

 この命令を出したとき、ブライトは火星を陥とせると確信していた。

 

 ブライトが軌道上を制圧し、火星に部隊を降下させている頃には秋子率いる本隊もフォボス基地に取りつき、陸戦隊を上陸させて内部の征圧を始めていた。要塞攻略戦にしろ基地攻略戦にしろ、最後は歩兵の仕事なのだ。例外は制圧を考えず、ただ破壊だけを目指した場合で、これならありったけのMSで破壊し尽くしてしまえばいい。だが、この手もフォボスのような強固な永久要塞には通じず、歩兵を内部に送りこむしかない。結局最後は歩兵が戦うようになっているのだ。

 突入した陸戦隊は守備隊と衝突したが、この時先鋒となったのはコンバット・ドレスを着たアーマード・トルーパーだった。このコンバットドレスというのはノーマルスーツに装甲を施した対弾スーツで、コストを度外視して開発された突入部隊用の装備である。さすがにハンドキャノン等の重火器には耐えられないが、歩兵の持つアサルトライフルぐらいの弾など簡単に弾いてしまう。要塞守備隊は始めて見るこの部隊に銃火を集中したが、弾幕の中を平然と突っ切ってくる見慣れない歩兵部隊に驚愕した。

「何だあれは!?」
「畜生、弾を弾きやがる!」
「こいつじゃ駄目だ、対物ライフルを持ってこい!」

だが、重火器を揃えるよりも早く敵は突入してきた。アーマード・トルーパー隊は守備隊の抵抗を力で粉砕し、味方の突破口を切り開いて見せた。こういう戦いをする為に開発されたコンバットドレスであり、その性能は実戦で如何無く発揮されていた。
敵の歩兵をまるで気にしないかの如く前進を止めないアーマード・トルーパー隊に続いて通常装備の海兵隊も突入してきた。主抵抗線を破られているファマス守備隊は下がりながら防御戦闘を行うしかないのだが、数と火力の差でほとんど一方的に押しこまれていたのだ。
 突入隊の指揮をとっているバンデグリフト大佐は、地の利を差し引いても味方が優勢に戦いを進めていることを確信していた。

「どうやら上手くいってるな。反応炉と司令室、管制室の制圧に向かった部隊はどうなっている?」
「反応炉と管制室に向かったチームは順調に進んでいますが、流石に司令室の守りは固いようで、攻めあぐねています」
「そうか」

 バンデグリフトは古いフォボスの地図を指で叩きながらじっと考えていた。この地図には無い坑道やゲートがあちこちに存在しており、余り頼りになる地図ではないのだが、無いよりはマシ、という言葉もあるのだ。

「仕方ないな、予備から1個中隊を回して投入しろ。司令部を制圧すれば戦いは終わる」
「分かりました」

 参謀が臨時司令部とした第1宇宙港の管制室から出て行く。バンデグリフトは通信兵の傍によると問いかけた。

「カノンに通信波繋がるか?」
「電波状態が悪いですが、なんとか出来ます」
「では伝えてくれ。要塞の制圧はほぼ順調なり」
「分かりました」


 カノンの艦橋では祐一に指揮を押し付けたシアンが名目上に置かれている自分用の席に座り、暇そうにしていた。なら前線に出ろよと言われそうだが、一応これでも考えあっての事である。
 暇そうなシアンの事など気にするような余裕は勿論誰にもありはせず、全員がシアンをいないものとして扱っていた。オペレーター達が届けられる報告を次々に秋子に伝えていく。

「フォボス周辺の敵勢力の掃討を完了しました」
「全ての宇宙港を制圧しました。現在海兵隊が要塞内に突入しているということです」
「ブライト中佐より報告、ノルマンディー級戦艦1隻がダイモス基地に脱出したということです」

 概ね届けられる報告は自軍有利を伝える物ばかりだ。秋子も気楽に構えていられる。

「そうですか、ではフォボスの制圧を終え次第、ダイモスに艦隊を回します」
「提督、フォボスの制圧には最小限の艦艇を残し、今すぐ全力でダイモスを討った方が良いのではないのですか?」
「このままアクシズに脱出されては後顧の憂いとなる。と言いたいんですね?」
「はい、ノルマンディー級がアクシズに渡れば、厄介なことになります。それに、偵察機からの報告ではダイモスにファマス、いや、アクシズ艦隊が集結しているという報告もあります」
「言いたいことは分かりますが、今は駄目です」
「・・・・・・提督は、ファマス主力が間に合うとお考えなのですね」
「間に合いますよ。必ず久瀬提督はここに来ます」

 確信を持って断言する秋子の自信が何処にあるのかとマイベックは思ったが、それを直接口にはしなかった。変わりに沙織の方を見る。

「稲木君、敵主力の位置についての最新情報はないのかね?」
「残念ですが、妨害が激しくて、配置してきた偵察衛星が役に立ってません」

 そうは言うものの、沙織は内心では確信とも言えるもう1つの答えを持っていた。すでに全ての衛星が破壊されており、ファマス艦隊は直ぐそこまで戻ってきているという可能性があることを。
 秋子は司令部にあって何処か浮いた雰囲気を持つバイエルラインに問いかけた。

「バイエルライン少佐はどう思います?」
「それは、ダイモスの部隊についてでしょうか? それともファマス主力艦隊についてでしょうか?」
「勿論、ファマス主力艦隊の動向です」

 秋子の答えにバイエルラインは少し考えてから答えた。

「ファマス主力艦隊は計算上ではそろそろ到着する頃です。もっとも、この計算は相当無理した上でのもので、1戦交えた艦隊が果たしてそこまで無理をするかと言われると、しないと考えます」
「では、バイエルライン少佐もファマス艦隊は来ない、と思うんですね」
「私なら、火星は見限ってアクシズに行きますね。ダイモスの部隊と何処かで落ち合えば問題は無いでしょう」
「私も同感ですね。負けると分かってる戦いをあえて挑むほど久瀬提督は莫迦ではないでしょう」

 マイベックもバイエルラインの意見に賛成した。秋子は2人の正しさを認めていたが、あえてもう一人の意見を求めた。

「シアン中佐はどう思います?」
「はぁ・・・・・・私は、来ると思いますね」
「何故だ。来ても殲滅されるだけだぞ」

 バイエルラインの睨みつけるような視線に晒されながらも、シアンは平然としていた。

「バイエルライン、お前は1つ重大な事を忘れているぞ」
「なんだ?」
「久瀬提督がアクシズに行くと思うか?」

 シアンの問い掛けにバイエルラインははっとし、次いで渋面を作った。言い返したいが反論できない時、彼はこういう顔になる。バイエルラインが何も言ってこないのを確認すると、シアンは秋子に向き直った。

「私は来ると思います。久瀬提督はファマスの指導者ですから」
「・・・・・・ファマスが滅びる時、提督も一緒に滅びるだろうと言うんですね?」
「こう言っては失礼かもしれませんが、久瀬提督は責任感が強く、昔気質な所があると聞いています。反乱を起して、負けたから逃げるという選択はしないのではないでしょうか」

 シアンの答えに、秋子は頷いた。

「艦隊は迎撃態勢を取らせます。MS隊を前面に散開、配置はシアン中佐に任せます」
「分かりました、今出している部隊は戻して補給をしましょう」
「お願いします」

 秋子の了解を得たシアンはさっそく出撃させていた部隊を戻した。変わりにフォボス制圧の支援部隊と迎撃配置の為のMSを出した。
 戻ってきた祐一達は愛機を整備兵に任せていく。

「弾薬と推進剤の補給を頼む。あと、右足のスラスターが少し咳き込むな」
「分かりました、見ておきます」

 祐一はヘルメットを降ろすと大きく背を伸ばした。コクピットの中は狭くて体が痛くなるのだ。

「やれやれ、まあ、今回は敵が少なかったから楽だったな」

 何とも勤勉さの欠片も無いことを口走っていると、ジムスナイパーUが格納庫に入ってくるのが見えた。肩に書かれたイチゴのマークが名雪であることを教えている。祐一がジムスナイパーUから出てきた名雪に手を振ると、名雪は嬉しそうに装甲を蹴ってこっちに飛んで来た。

「祐一、大丈夫だった?」
「俺が死ぬもんかよ。まともに戦っても無いさ」
「私もだよ。スナイパーの仕事は無かったな」

 2人で談笑していると、格納庫に天野大隊出撃の知らせが響き渡った。甲板要員達が慌しく動き出し、帰還機を除けて進路を確保しようとしている。

「天野の隊が出るのか。でも、もう敵なんかいねえぞ?」
「私も見なかったな。何処に行くんだろうね?」

 2人が首を捻ってると、背後からその答えが与えられた。

「上はファマスの主力が来ると考えてるみたいです」
「うおっ、いたのか天野!?」

 驚いて振り向くと、そこには天野美汐中尉が仏頂面で立っていた。

「まったく、この急がしい時にイチャイチャと」
「いや、そこはそれ、戦場という荒んだ世界から帰って来たんだから、こうやって日常を噛み締めるんだよ」
「それは分かります。ですが、私のような1人身の前でされると迷惑です」
「・・・・・・天野中尉、ひょっとして羨ましいんじゃ?」

 名雪のボソリと呟かれたツッコミに天野はビクッと体を震わせた。それを見た祐一の顔に邪な笑みが浮かぶ。

「そうかそうか、天野もようやくそういう事を気にするようになったのか。北川も香里になびいてるみたいだし、早くお前も別の相手を探して・・・・・」
「まだ決まった訳じゃありません!」
「おぶぅ!」

 天野の見事なボディブローが祐一に決まり、祐一は体をくの字に曲げてふわふわと格納庫を漂い始めた。

「わ、祐一を浮かせちゃったよ」
「はあ、はあ、全く、何てこと言い出しますかね、この人は」

 天野は顔を真っ赤にして荒い息をついていた。名雪は珍しい天野の様子を楽しそうに見ていたが、ふと緩んでいた顔を引き締めた。

「天野中尉」
「はい、何ですか水瀬准尉?」

 私的な場ではともかく、戦闘配備中は階級を意識した呼び名になる。だが、名雪を見た天野ははっと息を飲んだ。そこに居た名雪は何時ものぽけぽけした様子は欠片もなく、真摯な光を眼差しに秘めた、凛とした表情の名雪が居たのだ。前に祐一が言っていた「名雪はボケが抜けると物凄い美人なんだ」という意味がはっきりと理解出来るほど美しさがそこにはあった。
 名雪は驚いている天野を諭すように語りかけた。

「この戦いが終わったら、本当に考えた方が良いよ」
「・・・・・・・・・・北川さんを諦めろと言うんですか?」
「私は祐一に一度降られちゃってね。その時は諦めようとしたんだけど、やっぱり諦められなくて、再会するのに7年もかかっちゃったんだ」
「それは知っていますが」
「・・・・・・美汐ちゃんは、北川君が振り向いてくれると思う?」

 名雪が今度は名前で呼んできた。これは、私的な台詞だということだろう。

「名雪さん、私が香里さんに劣ると言いたいんですか?」
「ううん、そういう事じゃないよ。私が言ってるのは、北川君が美汐ちゃんを見てないって事だよ」

 ギリッと音を立てて美汐が歯を噛み締めた。顔が悔しげに歪む。

「その様子だと、分かってたみたいだね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「今すぐ決めなくても良いけど、考えた方が良いと思うよ。これは先輩からのアドバイス」
「・・・・・・・・・・・何の先輩なんですか?」
「うーん、そうだね、報われない恋を待ち続けた先輩かな。私は祐一を捕まえるのに7年もかかったからね。美汐ちゃんは、待てる?」
「私は・・・・・・・・・・」

 天野は黙りこんだ。答えを言うのが怖かったのだ。そして、内心では北川を振り向かせる事が出来ないのも分かっている。彼の目はずっと香里を見ていたのだから。そして、それは栞も分かってるはずだ。
 名雪は考えこんでしまった天野の肩を軽く叩くと、艦内に行ってしまった。天野はそれを見送った姿勢のまま、甲板要員に呼ばれるまで動こうとしなかった。

 

 秋子の判断は正しかった。ファマス主力(といっても多くの脱落艦を出しており、僅か30隻足らずであったが)は、火星まであと1時間という所にまで迫っていたのである。ジ・エッジからの距離を考えると脅威的な進軍速度だ。よほど後先考えずに急いで来たのだろう。
 偵察に出したESMジムが火星の戦いを久瀬の元に届けたが、最大望遠で撮影されている映像は電波障害もあって荒いが、なんとか我慢できるものだ。その映像を見た久瀬は目に見えて肩を落とした。すでに火星周辺での戦いは終結しているらしく、要塞周辺以外に戦闘の光は見えない。火星のエンブロウ基地やオリンポス基地の周辺で見られる光は、すでに上陸部隊が降下して陸戦を始めているという事なのだろう。

「間に合わなかった、か」

 別段悔しげでもなく、淡々と呟いた。頭の中ではこうなると分かっていたのだろう。あの様子ではフォボスにも陸戦隊が上陸しているに違いない。どうやら帰る所も無くなったらしい。

「・・・・・・終わった、な」
「閣下?」

 参謀達が怪訝そうに自分の上司を見る。久瀬は自虐的な笑みを浮かべ、参謀達を見回した。

「参謀長、全軍に、戦場からの離脱を許可してくれ」
「閣下、それは!」

 驚き、いきりたつ参謀長を久瀬は片手を上げることで制した。

「残念だが、我々は負けた。このまま火星に突入しても、待っているのは玉砕意外には有得ない。ここまで従ってくれた将兵にそんな無益な戦いを強いることは私にはできんよ」
「・・・・・・・・・・・」

 参謀達は黙りこんだ。内心の葛藤はあるが、久瀬に反論することができなかったのだ。仮に総力をあげて突入しても、幾ばくかの敵を道連れに殲滅されるのは目に見えている。まして、相手にはカノンすらいる。質と数の双方で引き離され、更に本拠地を失ったことで士気まで下がっているという最悪の状態で戦うのだ。勝てるなどという幻想は抱けなかった。


 ノルマンディーから全軍に発せられた通信を受けて、艦隊は2つに分かれ始めた。アクシズに脱出する艦隊と、久瀬と共に火星に向かい、投降する側にである。久瀬自信は今回の戦いの責任をとることをすでに決めており、投降して自らをスケープゴートにして他に類を及ぼさないように尽力するつもりであった。軍人は死んで責任をとるというタイプがいる。それは軍人なりの美学には沿うだろうが、生きて事後の処分を受けるというのも、また責任の取り方なのだ。
 アクシズ行きを希望したのは言うまでも無く旧ジオン系の部隊だ。デラーズ・フリートやジオン残党などが参加している。逆に残っているのは久瀬と共に連邦から離反した部隊や、初期からファマスに参加し、ファマス首脳部に敬意を抱いているジオン残党達だ。その中にはエターナル隊も含まれている。ショウやチリアクスは共に行くことを望み、みさきに再三に渡って本位を促したのだがみさきは頷かなかった。

「もう4年も戦ってる。そろそろ疲れたよ」

 みさきはショウ達にこう言い残している。もう疲れた。その言葉はショウとチリアクスに言い知れぬ衝撃を与えている。そう遠くない未来、果たして自分達はみさきのように疲れたりはしないだろうか。

 だが、何故かアクシズ艦隊は久瀬達に同行していた。キャスバルは火星にいる連邦軍に一撃し、ダイモスの艦隊と合流してアクシズを目指すといっている。表向きの理由はこれで正しい。問題なのは、キャスバルがこの戦いを私的な理由で起そうとしている事だ。キャスバルは火星の連邦軍の中にアムロの気配を感じており、アムロと一戦交えるという個人的な欲求を優先させていた。アクシズという組織の指導者としては誉められた行為ではなかったが、ジオン残党にはそういう行為を許容する空気があるのもまた事実だった。
 この部隊にはアヤウラのエア−も参加している。大人しくアクシズに帰りたまえと言うキャスバルに一歩も退かず、強引に参加してきたのだ。アヤウラには火星にいかなくてはいけない理由が2つあった。1つは自分の部下達の仕事の成果の確認。もう1つはカノン撃沈の最後のチャンスを掴む為だった。
 エア−の艦橋でアヤウラは部下の指揮官達に1つの命令を与えている。

「いいか、何があってもカノンだけは沈めるんだ」
「カノンを、ですかい?」

 ガルタンが顔を顰めた。できればあの厄介な相手とはもう殺りあいたくなかったのだ。もはやファマスの部隊の中には機動艦隊、とりわけカノン隊の名を聞くだけで緊張を隠せなくなるほどにコンプレックスが染みついている。戦う前から敵に飲まれていたと言ってもいい。なにしろカノン隊はファマスとの戦闘において、幾つかの例外を除けば戦術的に敗北した事は一度もないのだ。逆にこれと交戦したファマス部隊は例外なく大損害を受けている。唯一決定的な敗北を喫しているフォスターT攻略戦とて、機動艦隊は偶然に助けられたとはいえ軽微な損害で撤退しているのだ。
 だが、アヤウラには別の意味があった。このカノン隊の活躍の記録は、自分の敗北の記録でもある。まだ試験編制中だったシェイド部隊をアクシズから呼び寄せ、実戦に投入してさえ勝利できなかったのだ。更に言うならカノンに乗る水瀬秋子が連邦軍の再建に大きな役割を果たした事を加えても良い。何もかもがアヤウラにとって許せる事ではない。
 アヤウラの内心の葛藤が顔に出たためか、ガルタンは一瞬肩を振るわせた。それほどに禍禍しい相を浮かべていたのだ。

「・・・・・・中尉、言いたいことは分かるが、これは命令だ」
「わ、分かりました」
「これは、あいつ等との因縁にケリをつける最後の機会なのだ。私の指揮下にある全戦力をあれにぶつける。私もブレッタで出撃するぞ」
「なっ、閣下、それは!」

 クルーガーが驚愕した声を上げた。

「無茶です閣下。ここ暫くMSの操縦などしていないではないですか!」
「一年戦争ではMSパイロットとして頑張っていたんだ。ブレッタの操縦訓練も終えている」
「ですが、もし閣下の身に何かあったら!」
「艦隊の指揮は橘に任せる。あいつなら私よりも上手く艦隊を操れるだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・」

 クルーガーは諦め混じりの溜息をついた。こうなるとこの上官は意地でも決定を覆さないと分かっているから。

「・・・・・・第2中隊を閣下の護衛に付けます。なるべく混戦には巻きこまれないで下さい」
「分かっている。私とてこれが初陣という訳ではない」

 アヤウラの答えにクルーガーは今度こそ肩を落とした。すでに頭の中では部隊編成の偏向が行なわれている。何処でもそうだが、最後に苦労するのは現場なのだ。
 アヤウラの参加が決まり、作戦室にグッタリした空気が流れ出した時、招かれざる客が作戦室に入ってきた。

「准将、敵部隊を撹乱したいのですか?」
「入室を許可した覚えは無いぞ。高槻?」

 ギロリとアヤウラに睨まれた高槻はわざとらしく肩を竦めて見せた。

「失礼。ですが、1つ提案がありまして」
「提案だと?」
「はい、アサルムに乗っている3人の試作シェイドですが、あれを使えば敵部隊に相当の混乱を起せるのではありませんかな?」
「馬鹿な、そんな事をしたらあの3人は!?」

 ガルタンが椅子を蹴って高槻に詰め寄ろうとし、あわてて広瀬が取り押さえる。

「落ちつきなさいガルタン!」
「離せ、こいつが何を言ってるか分かるだろうが!」
「そ、それは・・・・・・」

 広瀬もそれについては反論できなかった。幾らシェイドが強いと言ってもたった3機で連邦艦隊に突っ込ませたりすればまともな戦闘になどなるわけがない。確かに陽動くらいにはなるだろうが、それも一時的なものだ。何より、戦友を捨て駒のように使えなどと、言語道断の戦術である。3人の試作シェイド、名倉友里、倉田一弥、折原みさおは少なくとも戦闘班の面々には立派な戦友なのである。
 だが、アヤウラの反応は違った。

「試作シェイド3人を捨て駒に使えというのか?」
「ええ、もうすでにシェイドは完成形に達しています。試作品に用はありません」
「・・・・・・なるほどな」

 アヤウラは目を閉じてしばし考えこみ、小さく頷いた。

「いいだろう。あの3人に先鋒を任せよう」
「閣下!」

 流石にこれにはクルーガーも黙ってはいられなくなった。シェイド部隊を預かるのは自分なのだ。

「あの3人は試作型とはいえ十分戦力になります。それを捨て駒に使うなど!」
「落ちつけクルーガー、誰も死ぬまで戦えとは言っていない」

 アヤウラは激発しかけたクルーガーを窘めると、一堂を見渡した。

「3人には時間を稼いだら好きに身を処分させる。連邦に降伏しようが死ぬまで戦おうが、勝手にさせれば良い」
「シェイドを連邦に渡すと仰るのですか?」
「すでにリシュリュー隊と共にA級シェイドとC級シェイド、それにS級シェイドが連邦に渡っている。たかだかB級3人を手放すぐらい、惜しくはない。あのカノンと引き換えならな」

 アヤウラは自分の執念の為ならシェイドさえ切り捨てると言うのだろうか。そこまでカノンを執拗に狙う理由が部下達には理解できない。だからアヤウラの命令にどうしても反発を感じてしまう。

 誰もがアヤウラの狂気地味たしつこさに顔を顰めていた時、高槻の不思議そうな声が響き渡った。

「S級シェイド? 未帰還となった里村茜の事ですかな?」
「何を言っている。氷上シュンの事だ。君が送りこんできたんだろうが」

 アヤウラの意外そうな問い掛けに、高槻は一瞬目にみえて顔を強張らせた。それはアヤウラが始めてみる顔であった。高槻の顔に浮かんだのは、間違い無く驚愕と恐怖。

「氷上シュンですと?」
「あ、ああ、そうだが」
「そ、そうでしたな、はは・・・・・・私としたことが、うっかりしていました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それでは、これで失礼します」

 高槻は一礼すると作戦室から出ていった。アヤウラにはそれがまるで逃げ出すように見えた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 前からアヤウラの内心で首をもたげていた事。高槻は何かを隠している。前からそう思って裏を洗わせていたのだが、一向に何も出てこないのだ。勘ぐりすぎたかと思いもしたが、今またその疑いが再燃していた。しかも今度は確信を持って。そして、氷上は高槻の送り込んできたシェイドではないという事も。

「・・・・・・気に入らんな」

 誰にも聞かれる事のない呟きをアヤウラは漏らした。

 


後書き
ジム改 遂に最後の決戦場、火星です。
香里  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ジム改 おや、何で香里さんがいるの?
香里  あなたが新しい相方を探してたから派遣されてきたのよ。
ジム改 うおおお、何故にメリケンサックなど装備してなさる?
香里  気にしなくて良いわ。それよりも、なんだかごたごたしてるわね。
ジム改 沈む船から逃げようとしてる人たちがいるからねえ。
香里  私は影も無いわね。
ジム改 いやあ、香里さんの出番はもう少し先だよ。
香里  中途半端だから出しても役に立たない、とかじゃないわよね?
ジム改 ギクッ
香里  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ジム改 くっ、さすが姉。妹より勘が良いな。
香里  まあそれはいいわ。で、後どれくらいで終わるのよ?
ジム改 火星の戦いは後2話くらいかな。


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