第55章  巨艦の最後


 火星上陸部隊が地上に橋頭堡を築くと、ブライトの率いる本隊が降下してきた。ペガサス級強襲揚陸艦を主力とする降下部隊が橋頭堡内に降下すると大量の火器や車両を吐き出し始めた。すでに先遣降下隊がそのままエンブロウ基地に向っており、アヴェンジャー攻撃機の援護を受けながらMSと歩兵がファマス地上部隊を蹂躙している。
 エンブロウ基地で戦況を確認していたサンデッカーは押し寄せる連邦部隊の圧力に顔を顰めていた。

「一度降下されたら止めようがないか。分かってはいたのだがな」

 火星には地球に較べて天然の要害というものが少なく、地上部隊を食い止めるには向いていない。崖などは多いが、それくらいの事は連邦軍も熟知している。架橋出来る支援車両は十分揃えているだろうし、少しくらいの幅なら重力の小さい火星ならMSなら楽々と飛び越えてしまう。唯一頼りになるのが定期的に襲ってくる砂嵐だが、これは敵も味方も動きが取れなくなってしまうので余り解決には繋がらない。それに、無理をすれば動けるのだ。

「宇宙の状況は、聞くまでも無さそうだな」
「連邦艦隊は陣形を再編し、外洋に向けて迎撃態勢を取っています。恐らくは久瀬提督が戻ってきたのでしょう」
「・・・・・・間に合わせたとしても、上空の艦隊を撃破する事はかなうまいな」

 仮に撃破できたとしても、我々を助けられるほどの余力はあるまい。とサンデッカーは考えていた。すでに久瀬とは出撃する前に話し合い、こうなった場合の対処を取り決めてある。サンデッカーはその時を待ってひたすら時間を稼ぐ事を考えていた。
 


 火星宙域に展開する連邦艦隊の布陣を確認した久瀬は、敵が自分達を迎え撃つ布陣を敷いている事に眉を顰めた。自分達の接近が知られていたという事だろうか。それとも情報によらずとも自分達の動きを読み切っていたという事なのだろうか。

「敵将は確か、水瀬だったな。オレンジの恐怖の実力は侮れないという事か?」

 久瀬が悩んでいると、距離が詰まった事で入ってくる情報が急激に具体性を増しだした。

「敵艦隊数、およそ40隻が方形に展開中。中央に旗艦と思われる大型艦を確認しました。カノンと思われます」
「進路上に機雷原等は存在しません」
「敵艦隊前方にMS3個大隊ほどが展開しています。これは迎撃機だと思われます」

 敵戦力の具体的な数字がもたらされた事で、久瀬は頭の中で作戦を立て始めた。今回はこちらが攻める側である以上、罠を張る事は出来ない。かと言って迂回コースを取れるほどに推進剤等に余裕があるわけでもない。とれる戦術は非常に限られていた。

「こちらは18隻か。その内6隻はダイモスに向かうと言うから実質12隻。アクシズ隊がダイモスに達すれば我々の戦いも終わる訳だが、さて・・・・・・」

 久瀬はしばし頭の中で悩みながら作戦を立てた。艦隊を横一文字に展開させ、火星に向けて直進させて行く。その艦内ではMS隊が臨戦態勢で待機している。そのまま火星との距離が2万キロになった所で最初の攻撃を加えた。

「全艦第一波ミサイル、撃てぇ!」

 久瀬の命令に従って全艦からミサイルが2斉射される。ミノフスキー粒子を考慮して最初から光学照準しかしていない。火星に向けて放たれた100を超すミサイルはたちまち連邦艦隊の熱源探査によって発見された。

「移動熱源無数に接近。移動速度から、ミサイルと思われます!」
「MS隊を前に。各艦は主砲で応戦。対ミサイル粒子弾を全弾装填しておきなさい!」

 秋子の指示が飛び、全艦が主砲を撃ち始めた。前に出たMS隊が飛来してきたミサイルを撃ち落としていくが、高速のミサイルはMSでは容易に捕捉出来るものではなく、多くがMS隊を突破してしまった。

「くっ、落とせたのは2割くらいですか」

 天野が悔しげに舌打ちしたが、それで気を抜いている暇は無かった。真琴の緊張を孕んだ声がその耳を打ち据える。

「美汐、次が来るよ。数は同じくらい!」
「もうですか!?」

 天野はレーダーに映る無数の光点に驚きを隠せなかった。第一波と第ニ波の間隔が余りにも短かった。敵はこちらの先入観の裏を掻いてきたらしい。

「駄目、迎撃機の展開が間に合わない・・・・・・仕方ありません。体形を組む必要はありません。各機の判断で迎撃しなさい」

 天野の命令を受けて各機がバラバラに迎撃に出始めた。飛来するミサイルにジムが取りついて撃ち落としていくが、落とせた数は第一波よりも少なかった。多くを取り逃してしまった事に誰もが悔しさを隠し切れずにいたが、この第二波に隠されたもう1つの狙いに気付いた者はいなかった。その為、いきなり3機のMSが爆発した時、誰も咄嗟に反応できなかったのである。

「な、何が?」
「ミサイルを食らったのか?」

 一瞬の判断の遅れがその被害を更に拡大してしまった。天野が状況を把握した時には合わせて8機のMSが破壊されていたのである。ようやく天野が敵の存在に気付き、味方を掌握したのだが、その敵というのが問題だった。

「あれは、ヴァルキューレ!」

 今まで幾度も自分達の前に現れ、その都度大きな犠牲を支払わせてきた化け物が3機も目の前にいる。だが、言い換えるなら他に敵が見当たらない。第二波ミサイルに混じって接近してきたのだろうが、何故3機しかいないのだろうか。

「どういう事です。まさか、たった3機でクリスタル・スノー1個大隊を含む3個MS大隊に勝てるとでも思っているのですか?」

 そんなふざけた事があるわけが無い。カノン隊最強を誇るシアンと舞、七瀬の3人でも不可能な事だ。確かにこの3人なら下手をすると連邦の標準的な1個MS大隊くらい潰せそうな気もするが、実際には弾と推進剤が持たないだろう。ならばこの3機は何をしに来たのだろうか。
 結果として天野は敵の罠を警戒し、敵を全力で潰すという手を使うのを躊躇ってしまった。天野はアヤウラの目論みに嵌ってしまったといえる。おかげで友里達は命拾いをしていた。

「なんでか分かん無いけど、手を出してこないわね」
「有り難いですね」
「でも、どうするの。戦いが終わるまで逃げ回るの?」

 みさおの問い掛けに友里は少し晴々とした声で答えた。

「それも良いわね。私達の仕事はアヤウラ達がこの戦場を突破するまでの陽動だもの」
「じゃあ、適当に逃げ回りますか?」
「・・・・・・少し、早めに手を上げるわよ。直ぐに機体を捨てた方が良いかもしれない」
「なんでです?」
「気のせいなら良いんだけどね、もしかしたらこの機体には爆薬がしかけられてるかもしれないから」

 友里の脅かすような言い方にみさおと一弥はギョッとした。

「ば、爆薬ですか?」
「アヤウラがこの機体と私達を連邦に渡すっていう事自体が信じられないもの。時限式か無線式かは分からないけど、危険性は高いわ」
「・・・・・・なんか嫌ですね。そういうの」

 一弥は納得しがたい顔をしていた。これまでの友軍から命を狙われるなどと考えるのは受け入れ難いのだろう。だが、アヤウラの性格を考えればその可能性を否定できないのも事実だった。

 MS部隊の動きが鈍った事に久瀬は気付いたが、その理由がどうにもはっきりしなかった。まさかミサイル攻撃でMS部隊が大損害をうけるとも思えない。しかし、好機には違いなかった。

「ミサイル第5波発射。10秒後にアクシズ艦隊は突入せよ。艦隊は本艦を中心にここに固定。アクシズ艦隊の突入を援護する!」

 第5波のミサイル群が放たれ、それに僅かに遅れてグワンバンを中心とする6隻が突入を開始した。それを援護するべく久瀬達が全ての砲を総動員して砲火を叩きこむ。その後先考えない撃ち方に、この戦いが最後である事をはっきりと示していたと言えるだろう。
 天野達が3機のヴァルキューレに気を取られている間隙を付く形でアクシズ艦隊が艦隊特攻をかけてきた。それを援護する形で久瀬率いる艦隊がミサイルとビームを連邦艦隊に浴びせ掛ける。連邦艦隊は久瀬艦隊の砲撃に対応するのに追われ、アクシズ艦隊への牽制が足りなかった事は否めなかっただろう。
 秋子は突入してきたアクシズ艦隊を見てMS隊を出撃させ、艦隊を少し下がらせた。

「距離を詰められると面倒です。MS隊は前に!」
「提督、私も出ます」

 シアンが席から立ち上がるなり、秋子に申し出てきた。秋子は迷うことなく頷く。

「出撃を許可します、シアン中佐」

 秋子の許可を受けてシアンは格納庫に通信を繋いだ。

「石橋さん、ちょっといいか?」
「おう、なんだこの急がし時に!?」
「俺も出る。ザイファの準備をしておいてくれ!」
「へぇ、分かった。5分で出せるようにしてやる!」

 通信をきった石橋はふてぶてしい笑みを浮かべると、ここ最近出番がなかった漆黒の機体に目を向けた。

「まさか、またお前の出番が来るとはな。最後の仕事かもしれんから、最高の状態で送り出してやるぞ」

 石橋はこのMSの由来をよく知っていた。アーセンから聞かされた話は実に滑稽な話であり、この艦隊でシアンや舞を見てなければ一笑に伏すような内容だった。だが、現実に目の前にはふざけた性能のMSが存在しており、シアンや舞でなければまともに操縦する事さえ敵わない。こんな特定のパイロットにしか乗れないなどという欠陥兵器が存在する以上、それを使えるパイロットを人工的に作り出したと言われれば、信じるしかないのだった。
 次々に出撃して行くMS隊を艦橋から見送っていた秋子は、敵の中に圧倒的なプレッシャーを感じ、表情を強張らせた。

「・・・・・・この感じは、あの艦隊から?」

 秋子が敵の中に強力なニュータイプの存在を感じたのと同じように、カノン隊に所属している他のニュータイプ達もそれを感じていた。
 栞はRガンダムの出撃準備中にそれを感じた。

「誰ですっ?」
「どうしたの、栞?」

 急に焦りを見せた妹に香里が驚いている。だが、栞はそれには答えずに通信機を弄ってあゆのセイレーンに繋いだ。

「あゆさん、感じましたか!?」
「栞ちゃんも感じたの?」
「とても大きな力です。シアンさんや秋子さんみたいなやさしい感じじゃない。もっと冷たい感じがします」
「・・・・・・アムロさんなら分かるかも」

 あゆの勘は当たっていた。MSデッキで出撃の順番を待っていたアムロはGP−01FBの中でそれを感じていた。

「この感じは、シャアか!」

 幾度も戦い、感じつづけてきた気配を間違えるはずがない。ジオン最強パイロットとまで言われた男が敵の中にいる。
 アムロが驚いていると、あゆと栞が通信を繋いできた。

「「アムロさん」」
「あゆ、栞、2人も感じたか?」
「はい、この気配は一体?」
「この気配には覚えがある。間違いない、シャアだ」

 シャア、その名にあゆと栞は戦慄を隠せなかった。

「シャアって、あの赤い彗星ですか!?」
「そうだ、奴が来たんだ」

 アムロがシャアを感じていたように、キャスバルもまたアムロを感じていた。連邦艦隊に向かうノイエ・ジールの中でキャスバルは驚きと嬉しさを無い混ざった表情を浮かべた。

「この感じは、アムロ・レイか。また戦場で会えるとはな」

 キャスバルに続く形でMS隊が突入していく。それを数倍の連邦MSが迎え撃とうと突入してきたが、そんな雑魚を相手にする気はさらさら無かった。

「邪魔だ」

 ノイエ・ジールからミサイルとビームが立て続けに放たれ、迂闊に距離を詰めてきたジムUやジム改が次々に破壊されてしまう。このMAと始めて相対した彼らはその火力に怯み、慌てて距離を取ろうとしたが、その乱れを今度は突入してきたMSに突かれた。1機の漆黒の大型MSを先頭に突入してきたアクシズMS群は勢いのままに連邦MSに襲いかかり、怯みを見せた部隊を粉砕してしまった。
 その先頭に立つのはトルクのヴァルキューレであった。ビームグレイブとマシンガンを手に手近なMSを次々に破壊していく。クリスタル・スノーマークを付けた機体はそれなりの抵抗を見せ、トルクですら手を焼くものの、撃破されることに変わりは無かった。

「どこだ、何処にいる、隊長は?」

 トルクの眼中にはもはやシアンしかいなかった。たとえ目の前に現れたのが祐一や舞だったとしてもトルクは邪魔としか思わないだろう。
 トルクとは別に連邦部隊を突破しようとしている集団があった。国崎を中心とするシェイド部隊だ。強引に連邦防衛線を食い破ろうと突撃を繰り返す部隊は当然ながら目立ち、サイレンを呼び寄せる事になる。
 シアンの率いるサイレン隊はこの部隊を見つけ、さっそく攻撃に入ろうとした。

「ヴァルキューレか。厄介だな」
「どうします、シアン中佐?」

 郁未がいないので臨時に副官をやっている香里が聞いてきた。シアンは少し悩んでいたが、ふと自分を呼ぶ意思を感じ、口元に苦笑を浮かべた。

「あいつ等の相手はお前達に任せる。俺はMS隊を立て直さなくちゃならん」
「そうですか」
「お前達はヴァルキューレを叩け。分かってると思うが、一人で戦ったりするなよ」

 シアンの命令に従ってサイレン隊がヴァルキューレに向かおうとしたが、アムロだけがそれに従おうとしなかった。

「どうした、アムロ?」
「・・・・・・中佐、僕は・・・・・・」
「ふむ、シャア・アズナブル、か?」
「分かるんですか?」
「俺は一週間戦争から戦い続けてるからな。シャア・アズナブルのいた戦場にも何度かいた事がある。この感じには、覚えがあるしな」

 シアンは溜息をつくと、アムロに頷いて見せた。

「分かった、行って来い」
「ありがとうございます」
「礼は後で、形のあるもので頼むぞ。あゆも行け」

 アムロにからかい口調で応じると、アムロはノイエ・ジールへと向かって行く。残されたサイレン隊はヴァルキューレに向かっていった。

「しかし、北川と佐祐理、天野の手を離れるとこうも乱れるものか。相沢だけでは荷が重かった、という事だな」

 指揮系統を分散させて万が一の時に備えようと思っての処置だったが、結果的には北川達に頼りきりになってしまっていたらしいと悟り、シアンは自分の見込み違いを恥じた。祐一の責任ではない。自分が部下を育てられなかったのが原因なのだ。
 だが、今は反省している時ではない。そんな事は生き残ってからゆっくりすれば良いのだ。まずは各大隊を自分の統制下に置かなくてはならない。とりあえずあらかじめ取り決めておいた信号弾を撃ち上げ、各大隊の大隊長に自分の存在を伝える。そして通信回路を開き、大声を張り上げた。

「いつまで醜態を晒すつもりだ。各大隊長は自分の部下を掌握し、損害を報告せよ!!」

 シアンの怒声に驚いた各大隊長達は慌てふためいて部下の掌握に全力をあげ始めた。シアンは怒らせると後が怖いのだ。実戦で無様な真似をすればすぐさま大隊長を更迭されかねない。実際、地球を出てここに来るまでに機動艦隊では3人の大隊長の首が挿げ替えられているのだ。一時的とはいえ今はシアンの指揮下にある他部隊の隊長達もその事は知っているのか、焦りさえ伺える。
 部下達が指揮系統を立て直していくのを確認しながら、シアンは3機のヴァルキューレに振り回されている天野たちに通信を繋いだ。ミノフスキー粒子のせいでなかなか掴まえられなかったが、必死の努力でなんとか掴まえたのだ。

「天野、いつまでヴァルキューレと遊んでいるな。こっちに戻って戦線を立て直せ!」
「遊んでいる訳ではありません。そもそもヴァルキューレは中佐の管轄でしょう!」
「それについては後で幾らでも愚痴を聞いてやる。今は戻ってこい!」
「ですが、この3機を野放しにするのも・・・・・・」
「その時は俺が何とかするさ。それに、さっきから見てるとその3機には戦意が無さそうだ。まともに戦おうとしてない」

 シアンはその3機がなぜ逃げ回っているのかが理解できなかった。これまでシェイドが逃げ回るという姿を見たことが無いからだ。シアンが知る由もなかったが、この時3人は投降を考えていたのである。
 天野達が戦場へと踵を返した事で、シアンはなんとか一息つく事が出来た。すでに祐一の隊を中心とした部隊がファマスMS隊の正面に立ちはだかって前進を阻んでおり、これに天野の隊が加われば押し返す事も可能となるだろう。エターナル隊が出てきていないのが気になるが、来ていないのならありがたいことではある。
 だが、この気を抜いた一瞬がシアンの最大の失敗の1つとなる。不意に感じた殺気に慌ててザイファを動かしたが間に合わず、バックパックの近くに直撃を受けてしまった。直撃の振動が機体を激しく揺さぶる。

「チイィィィィィ!!」

 舌打ちしながらも機体の状態を確認したシアンは青褪めた。バックパックにあるメインスラスター4基のうち2基が完全に融解し、使い物にならなくなってしまっている。さらに腰に食らった為に下半身の反応が鈍い。

「不味いな、この状態でこいつを相手取るのは・・・・・・」

 シアンは憎々しげに自分を背後から撃った敵を見据えた。そこには1機の漆黒のMS、ヴァルキューレがいた。

「トルク、か」
「隊長、久しぶりだなあ」
「ちっ、すっかり闘争本能に飲まれてやがる。目を覚まさせるのは骨だぞ」

 傷付いたMSで何処までやれるかと考えながら、シアンはビームライフルを構えた。続けて放たれたビームを急激な機動で回避するヴァルキューレにシアンは舌打ちを隠せない。

「やるな。腕を上げている」
「当たり前だ。いつまでも昔のままと思ったか!」

 ビームを回避しながらトルクは間合いを詰め、左腕の110mm速射砲をばら撒いてきた。機動性を著しく殺されているザイファではこの全てを回避する事は敵わず、直撃の火花が機体を彩っていく。その衝撃が機体を揺さぶり、少しづつダメージを蓄積させていった。

「まずい、か。1人じゃ無理があるな」

 1人ではトルクには勝てない事を認めたシアンは、急いで味方を呼び集め始めた。1人で勝てないならみんなであたれ。これがシアンの身上である。卑怯と言われようがせこいと言われようが、勝てば官軍なのだ。

 

 カノンでは予想外に味方MS隊が苦戦を強いられている事に誰もが驚きを隠せなかった。カノン艦橋ではオペレーター達が味方の苦境を伝えている。

「敵大型MA、迎撃機を突破します!」
「味方MS隊、苦戦しています」
「敵艦隊、このままだと後5分でここに到達します!」

 秋子は敵の攻撃力に自分の考えが甘かった事を認めざるを得なかった。全ての計算を狂わせたのがあの大型MAの攻撃力だと分かってはいたが、十分食い止められると考えていたのだ。結局あれ1機に艦隊を掻き乱され、カノンでさえ数隻の護衛艦を伴っているだけという状態なのだ。現在のノイエ・ジールはキョウの率いるハリファックス隊が相手をしていた。連邦軍にノイエ・ジールに追随できる機動性を持つのはハリファックスしかなく、秋子は不利を承知でキョウにこのMAを堕とす事を命じていたのである。そして、ハリファックス隊はノイエ・ジール1機に消耗を重ねる事になったのだ。

「Iフィールドバリアですか。ここまで厄介なものだったなんて」
「提督、どうしますか?」

 マイベックの問い掛けに秋子は毅然と指示を飛ばした。

「あれはサイレンに任せます。敵艦隊の戦力は?」

 秋子の問い掛けに敵戦力の分析をしていた南が艦名を並べ始めた。

「グワジン級1隻、グワンザン級戦艦1隻、エア−級戦艦1隻、ムサイ級3隻が突入してきます。その後方にノルマンディー級戦艦2隻、マゼラン級戦艦3隻、サラミス級5隻、ムサイ級2隻です。細かい種別は不明」
「戦艦が随分多いですね」
「それだけ生存性が高かったって事でしょう。数の割には砲撃力が高いのも頷けます」

 マイベックの言葉に一応頷きながらも、秋子は一番気になっていることを尋ねた。

「ミドロは、ドロス級空母の姿はありませんか?」
「索敵レンジ内には発見できません」
「・・・・・・艦隊を2つに分けたか、機関の不調で遺棄したかですか」
「恐らくは直接アクシズに向ったのでしょう。貴重な大型空母です。無為に失いたくはないでしょうからな」

 マイベックの推測は正鵠をいていた。確かにミドロはアクシズ行きの艦隊の中にその姿があったのである。
 秋子達がミドロの所在に思いを馳せている間にも敵艦隊はビームとミサイルの雨の中を掻い潜りながら連邦艦隊との反航戦を終えようとしていた。途中で1隻のムサイが落伍して滅多打ちにされて沈められたが、残る5隻はダイモスへと突破できるかと思われた。だが、エア−だけが故意としか思えない程にカノンの近寄り、砲火を交えていたのである。
 エア−の艦橋に立つ啓介はカノンの巨体に気後れを見せながら砲撃を命じ、格納庫に連絡を取った。

「閣下、カノンと再接近します。回収限界までは8分。忘れないで下さい」
「分かっている。もし私が帰れなくとも、お前はエア−を持って帰れ」
「・・・・・・了解しました」

 啓介は少し悩んだものの、どうせ回収限界点をこえたら回収は不可能なのだと割り切り、砲火の応酬が繰り広げられる眼前を見つめた。

 破局は、突然に訪れた。カノンの直衛をしていたリアンダー級巡洋艦のリパブールが多数の直撃弾を浴びて進路を外れ、カノン側に寄ってきたのである。カノンは慌てて回避したが、運の悪いことにリパブールはカノンの間近で爆発し、その衝撃はと破片でカノンも傷付いてしまった。艦が激しく揺さぶられ、誰もがその衝撃に冷静さを欠いてしまうその一瞬をついてエア−が距離を詰めてくる。そしてカノンの索敵レーダーが回復した時には、エア−はもう直ぐそこに迫っていたのである。
 カノンの方ではエア−が迫ってくることに慌てふためいていた。

「撃て、撃ちまくれ。エア−を近づけるな!」
「駄目です、先ほどの衝撃で照準が狂ってます。これでは狙いが付きません!」
「撃てる砲だけで良い。撃て!」

 マイベックが血相を変えて指示を出す中で、秋子は内線を取ると格納庫に繋いだ。

「石橋さん、出せるMSを緊急発進させて迎撃をさせてください」
「出せるMSですか。分かりました!」

 石橋は内線を置くと格納庫にいる部下達に指示をだした。

「スクランブルだ。出せるMSにパイロットを乗せて出せ!」
「ういっす!!」

 忙しさが更に殺人的に増した格納庫の中で、1人だけ暇そうにしているパイロットスーツ姿の女性士官の姿があった。郁未だ。シアンから出撃するなと言われている彼女は、仕方なく万が一に備えて格納庫で待機していたのだ。だが、どうやらその万が一が起きたらしい。郁未は内線を取ると艦橋に繋いだ。

「艦橋、聞こえますか?」
「なんだ、こっちは今忙しいんだ?」
「何が起きてるんです? 随分騒がしくなったみたいですが?」
「敵に接近されてる。近接防御戦闘だ」
「何ですって!?」

 郁未は内線を切ると石橋に向けて飛んだ。石橋は指示を飛ばしながら歩いていたが、自分のほうに流れてくる郁未を見て訝しげな顔になった。

「どうした、お前さんは出ないと聞いてるが?」
「そんな事言ってる場合じゃありません。出せる機体は全部出さなくちゃ」
「いや、だがシアンから出すなって言われてるしな」
「カノンが沈められたら、身重もなにも無いです!」

 郁未は出撃する気満々のようだが、石橋はそう簡単に頷いてはくれなかった。郁未にしても相手が石橋では我を通し難い。その人柄で石橋は整備班とパイロット達から絶大な信頼を寄せられており、シアンでさえ石橋には頭が上がらないからだ。

「・・・・・・無理をすれば流産するかもしれないんだぞ。そうなればシアンだってショックだろう」
「分かってますけど、帰ってくる場所を守るのが私の役目です」

暫く悩んでいた石橋だったが、被弾の衝撃が艦を揺るがした時、遂に決断した。

「分かった、責任は俺が取る。アレックスUに乗れ」
「ありがとうございます!」
「だが、無理はするなよ。お前だけの体じゃないんだからな」

石橋らしくない思いやりのある言葉に、郁未は照れ笑いを浮かべた。
 

 内線を切った秋子は珍しく焦りを浮かべている。その視線の先にはエア−があるが、秋子はエア−を見てはいない。その先にある自分に対する憎悪の元を見ていた。

「誰かは知りませんが、この悪意、気に障りますね」

 秋子の内心とは関わりなく、事態は最悪の方向へと進んで行く。エア−の砲火がカノンに突き刺さり、対ビームコーティングと磁気シールドが多くの吹き散らすものの、有効弾が装甲を貫いて被害を与えてきている。

「一番砲塔旋回不能。左舷第2機銃群全壊!」
「左舷MSカタパルト被弾。使用不能!」
「艦首ミサイルランチャー近くに被弾。誘爆の可能性あり!」
「艦首部要員を急ぎ退避させろ。退避後、隔壁を閉鎖して消化剤を充填!」

 なまじ巨体なだけに距離を詰められると良い様に的にされてしまうのがカノンの弱点だ。しかも戦闘空母なので防御力にも不安がある。本格戦艦と真っ向から撃ち合うのは不利なのである。
 エア−も次々に被弾しているのだが、カノンに較べれば状況は多少はマシであった。十分に距離が詰まったのを確信した啓介は格納庫の解放を指示する。

「MS隊を発進させろ。近接戦闘に入る。対空銃座は弾幕を絶やすな!」

 エア−のカタパルトは被弾によって使えなくなっているので、エア−のMSは格納庫から飛び出すとスラスターを吹かせて飛び出して行った。その中にはアヤウラのブレッタの姿もある。

「突撃だ。カノンに取りついて、これを撃沈するぞ!」

 物凄い弾幕の中をカノンから出てきたMSが向ってくる。この状態では味方撃ちの危険性の方が高いのではと思えるような密度の対空砲火を撃ち上げるカノンに取り付こうと四苦八苦している部下達はこの迎撃機に襲われて次々にカノンから引き剥がされてしまっている。それでもアヤウラが率いる数機のMSが弾幕を突破してカノンに取りついた。すぐさま持っている武器を手近な目標に向けて叩きこんでいく。流石のカノンも自分の上に乗っかっているMSまでは用意に攻撃できない。中には運悪く対空銃座の射界内に降りてしまい、全身に銃撃を受けて蜂の巣にされる機体も出たが、多くの機体はカノンに大損害を与える事に成功していた。
 エア−がカノンから離れて行く。かなり弾を食らったようだが、機関は無事らしく、最大戦速を維持している。
 アヤウラはやるだけやったと判断した。

「よし、もう撤退だな」

 肩から信号弾を撃ち上げ、撤退を指示する。それを見た部下達がさっさと逃げ出そうとしたのだが、いきなりその内の1機がビームに貫かれて爆発した。

「ちっ、運の無い奴だ」

 アヤウラはそれを流れ弾だと思ったのだが、続けて部下達の悲鳴が響き渡った事がそれを否定していた。

「か、閣下、ガンダムタイプが出てきました!」
「なんだと、まさかっ!?」

 慌てて光学センサーを操作し、それを確認する。間違い無い。アレックスUだ。このクラスに乗っているとなれば、よほどの腕を持つエースに違いない。

「何で今頃になってこんな化け物が出てきやがる!?」

 冗談ではない。まともに殺り合えるような相手ではない。アヤウラは急ぎ逃げに入った。戦おうとするだけ無駄だと考えたのだ。アヤウラに付き従うように次々にMSがカノンから離れて行くが、それをアレックスUが追いかけて3機を撃墜してしまった。更に対空砲火の追い討ちを受けて1機が四散してしまう。

「このお、逃げられると思わないで!」
「待て、天沢少尉、深追いするな!」

 アヤウラを追いかけようとした郁未を管制官の声が止めた。

「艦の直援に戻れ。それと、外部から艦の状況を教えてくれ」

 艦橋の方では誰もが切羽詰った顔をしていた。あちこちで誘爆が続いており、その対処指示に追われていたのだ。艦長のデヴィソン大佐が矢継ぎ早に指示を出すのを見ながら、秋子は艦内図に示される被害状況から、決断する時が来たと判断していた。

 

 激戦区のまさにど真ん中で行なわれている凄まじい戦いがあった。緑色の悪魔、ノイエ・ジールとアムロのGP−01FBが激突しているのだ。

「シャア、なんでお前がファマスに手を貸している!?」
「連邦と戦う者どうし、手を合わせただけの事だ!」
「一年戦争はもう終わったんだ。お前は、あの悲劇を繰り返すつもりなのか!」
「私はザビ家とは違う。世界支配などは望んでいない!」

 ノイエ・ジールのビームが戦場を貫いていくが、GP−01FBには掠りもしない。機動性では負けていても、運動性ではノイエの比ではない。一年戦争最強のエース同時の戦いに割り込める者などいないかと思われたが、凄まじい機動性でノイエ・ジールに取り付こうとしているMSがあった。

「うぐううぅぅぅぅぅぅ!」
「何だ、この叫び声は!?」

 突如頭に飛びこんできた女性の声のようなものにキャスバルは驚いて機体を捻らせた。その直ぐ傍をバズーカ弾頭が通過していく。そして1機の翼を持つMSが目前を通過して行った。確実にGP−01FBよりも速いそのMSにキャスバルは目を見張った。

「何だ、あのMSは・・・・・・乗っているのは女か?」
「好きにはやらせないよ。僕だってサイレンなんだから!」
「あゆ、無理はするな!」

 アムロとあゆがノイエ・ジールに迫る。この2機にはノイエ・ジールを堕とせるだけの火力は無いが、しつこく付き纏うことで推進剤を無駄遣いさせるのが狙いだ。MAはその常として戦闘行動時間が短いので、長期戦に持ちこめば撤退に追いこめるのだ。

「シャア、こんな事を続けて何になる。お前ほどの男が、どうして力だけで物事を変えようとするんだ!?」
「私には私の考えというものがある。腐った連邦の駒として動くお前に、私を非難する資格があるのか!」
「セイラさんも言っていただろう、ニュータイプの独善的な世直しが受け入れられると思うのか。第2のザビ家を生むだけだぞ!」
「世直しが出来ると思うほど、自惚れてはいないつもりだ。アムロ。だが、間違っている事をしているつもりは無い!」
「間違っていないだと!?」
「連邦の腐敗は、誰かが正さねばならんのだ。奴等がやって来たことを思い出してみろ!」
「確かに不満はある。だが、お前の考えがスペースノイドの意思じゃないだろう。力による変革は、新たな対立を生むだけだ!」
「なら、お前が愚か者どもを導いてみろ!」

 激突しあう力と意思の戦いに、あゆは言葉にできぬ怒りを感じていた。子供っぽい怒りと言われるかもしれないが、あゆにはシャアの言うことを自分勝手な理屈だと考えていたのだ。

「ふざけないでよ。人の迷惑も考えないで!」
「あゆ、お前は割りこむな!」

 いきなり飛びこんできた怒りの声にアムロとシャアは戸惑った。だがあゆは叱られたくらいで退く気にはなれなかった。

「なんだよ。自分勝手なことばかり言って!」
「自分勝手だと!?」
「君みたいに自分の都合を力で押しつける人がいるから、戦争が無くならないんだ!」
「地球に住む連中は、自分たちの事しか考えていない。これまでの弾圧の歴史を思い返してみろ!」
「君だって同じじゃないか。自分が正しいと思って、周りの事なんか考えても無い!」
「連邦は、スペースノイドから人としての当然の権利である自治権さえ制限している。奴等は宇宙をAD世紀の植民地くらいにしか見てはいないのだ!」
「ボクは特に不満なんか感じてなかった。毎日をのんびりと過ごして、回りのみんなと鯛焼きがあればそれで満足だった。こんな戦争が無ければ、ずっとのんびりと暮せたのに!」
「ふざけるな。そんな欲求と、スペースノイドの理想を較べられるか!」
「小さな幸せで満足しちゃいけないの。そういうものを壊してまで欲しがる理想に意味なんて無いよ!」
「それは子供の理屈だ。私はより大きなものを見ている!」
「じゃあ、君は誰かを幸せに出来るの!?」

 あゆの問い掛けに、キャスバルは答える事が出来なかった。誰かを幸せにする事。果たしてそれが自分に出来るのかと問われても、それに答える事が出来なかったのだ。いや、そもそも自分にはそれほど大切な相手がいない。
 あゆの問い掛けに文字通り絶句してしまったキャスバルは戸惑いを隠し切れず、動きに明らかな動揺が見られた。アムロもまたあゆの言葉に考えさせられている。自分は誰かを幸せになど出来るのだろうか。今までそんな事考えた事も無かった。ただ流されるままに戦い続け、今日に至っているのだ。
 シアンなら、給料と郁未を守る為と答えただろう。祐一なら仲間の為と答えるだろう。あゆもそうに違いない。小さいと言えばそれまでだが、自分の友人を守る為に戦うあゆは、目的の見出せない自分や戦う為に理想を語るシャアなどよりも余程正道を歩んでいるのではないだろうか。
 あゆは自分の言葉がキャスバルやアムロにどれだけの衝撃を与えたのか理解していなかった。ただ、キャスバルから戦意が失われた事は理解していた。近づいて来るセイレーンから逃げるようにノイエ・ジールが少しづつ下がっていく。信じられない事だが、キャスバルはあゆに気圧されていたのだ。
 そして、遂に耐えられなくなったキャスバルは機体を翻すと加速性能にものを言わせて戦場から離脱して行ってしまった。直線に動かれてはあゆやアムロに追う術は無い。

「・・・・・・に、逃げちゃったね」
「ああ、逃げたな」

 呆然としてるあゆと、どこか疲れを感じさせるアムロは戦火が収まりかけている宇宙で動く事もせず、ノイエ・ジールが去って行った方角をじっと見続けていた。

 

 戦場の戦火は突撃してきた艦隊が連邦艦隊を突破した事で急速に下火になりつつあった。久瀬中将が前進してこない事もあったが、お互いにもう戦う気が失せ始めているのだ。そして、この戦いの最後を締めくくる1戦が終わろうとしていた。
 トルクのヴァルキューレとシアンのザイファが戦場で火花を散らしている。腕はシアンのほうが勝っていたが、機体の損傷が大きくトルクに押されている。おかげで最初はトルクの方が優勢だったのだが、戦場の支配権が連邦に移るにつれて次々に援軍が駆けつけるようになり、逆に苦境に立たされていたのだ。

「くそっ、後から後から湧いてきやがる!」

 ビームグレイブを振り回すトルクに纏わりつくように香里と栞のRガンダムが近接戦闘を挑んでくる。距離を取ろうとすれば名雪の狙撃が飛んでくるし、祐一の率いるジム・FB隊も駆けつけてきた。流石にこの数相手に攻勢に出る事は出来ず、トルクのヴァルキューレは嬲り殺しにされるかのように無数の直撃弾に翻弄され、動きが鈍きなっていったのである。
 そして、その幕を引いたのはシアンだった。祐一と格闘戦を演じていたトルクの背後に回ったシアンはビームサーベルで頭部を切り裂いたのだ。メインカメラを失ったヴァルキューレは更に切りつけられ、右腕とバックパックを失ってしまう。そして、最後にシアンが問いかけた。

「トルク、お前の負けだ。投降しろ」
「た、隊長・・・・・・」
「それとも、負けが認められないほど、お前は情けない奴か、トルク?」

 シアンの言葉にトルクは肩を落とした。もう、負けたのだ。
 ハッチを開けて出てきたトルクの姿に、シアンはホッと安堵の息を漏らした。なんだかんだ言っても、シアンは自分に付いて来ていた部下を殺すのが忍びなかったのだ。偽善と言われるかもしれないが、人間やはり顔を知ってる相手を殺すのは良い気がしない。

 

 シアンとトルクの戦いが終わったのとほぼ時を同じくして、連邦艦隊に衝撃を与える命令が出されていた。デヴィソン艦長が必死に対処指示を出し、乗員が消火と応急修理に励んでいる姿を誇らしく思いながらも、秋子は遂に立ち上がり、艦長に命令を伝えた。

「艦長、もう良いでしょう」
「提督?」
「もうカノンは助かりません。総員退艦を命じてください」

 秋子の命令に艦橋にいる誰もが驚愕を浮かべた。

「提督、まだ沈むと決まった訳では!」
「艦長、私とて前大戦では艦長として艦を指揮し、そして失った事があります。艦が致命傷を被ったかどうかくらい分かりますよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 デヴィソンは押し黙った。秋子が歴戦の名艦長であるという事は否定しようが無い事実だったし、自分もカノンを助けるのは無理だろうと考えていたのだ。ただ、これほどの艦を沈めるのは自分のプライドが許せなかったのだ。
だが、艦隊司令官である秋子の命令とあっては如何ともしがたかった。デヴィソンはしばし顔を俯かせ、肩を振るわせて激情に耐えていたが、なんとか自分を納得させると秋子に敬礼し、マイクを取ると艦内に通信を繋げさせた。

「艦長より全乗組員へ命令。総員退艦。繰り返す、総員退艦せよ。各部署の責任者は乗員を1人残らず退去させろ!」

 それだけ言うと、デヴィソンはマイクを戻し、秋子に向き直った。

「艦は私が預かります。提督はリオ・グランデに移乗してください。指揮系統は最後まで保全されなくてはなりません」
「・・・・・・分かっているとは思いますが、艦と運命を共にしようなどとおもってはないでしょうね?」
「それは・・・・・・・」

 艦と共に沈もうかと考えていたのを見抜かれ、デヴィソンは口篭もった。その態度を見て秋子の視線が鋭さを増す。

「艦と共に沈むのは船乗りの美徳には適うかもしれませんが、艦長1人を育てるのに一体どれだけの時間が必要だと思っているのです。全ての艦長が艦と運命を共にしていたら、軍は空洞化してしまいます。後に残される者の苦労も考えなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「総員の退艦を確認後、必ずあなたもリオ・グランデに来るのです。これは機動艦隊司令長官としての命令です」
「・・・・・・・・・・・・・・了解しました、提督」

 デヴィソンは姿勢を正すと、もう一度秋子に敬礼を施した。秋子はデヴィソンに頷いて見せると、艦隊司令部要員を連れて艦橋を後にした。

 

 シアン達の最後のMS戦の終了が決着となった。MSの戦いが終わった事を確認した久瀬はカノンに戦闘中止を申し入れたのである。しかし、カノンにはすでに秋子はいなかったので、デヴィソンは通信をリオ・グランデに回している。久瀬からの申し出を受けた秋子は驚きを隠せずにいた。スクリーンに映っているのは間違い無く久瀬本人であるが、何故突然そんな事を申し入れてくるのか分からなかったのだ。

「久瀬提督、何故、今になって降伏を。 今まではともかく、この戦いに何の意味が合ったんですか?」
「そうだな。アクシズ艦隊への最後の義理を果たした、とでも言っておこうか。それよりも、出来れば通信妨害を解除するか、こちらの通信を中継してもらいたいのだがね」
「何故ですか?」
「エンブロウ基地のサンデッカー代表に、終わったと伝えなくてはいけないのでね。速ければそれだけ死なずにすむ者も居るだろう」

 秋子は頷くと、久瀬の通信を情報収集艦を経由させてエンブロウ基地に繋がせた。エンブロウ基地の作戦司令室でその通信を受け取ったサンデッカーはメインモニターにそれを映させた。

「サンデッカー代表、我が宇宙艦隊は戦闘を停止しました」
「・・・・・・そうですか。地上でも連邦の地上部隊に押されている。どうせそう長くは持たなかったでしょう」
「水瀬は信頼出来る相手です。彼女なら降伏した後の将兵を虐待するような事はしないでしょう」

サンデッカーは久瀬の言葉に頷くと、全軍に戦闘中止を命令した。それにやや遅れて秋子も戦闘中止を伝達する。0081年11月13日から始まったファマス戦役は、0082年7月7日にファマスの降伏を持って終結した。実に、8ヶ月にも及ぶ長い戦いであった。

 


人物紹介
デヴィソン 大佐  42歳  男性
 秋子が少将に昇進し、機動艦隊司令官となって艦長を兼任できなくなったためにカノン艦長として赴任してきた人物。艦長としての手腕は非常に優れており、年がほとんど変わらない秋子にも隔意無く従っていた。いささか古風な所があり、機動艦隊内に漂う穏やか過ぎる空気を余り好ましく思っていない。ある意味普通の軍人である。
 秋子から艦長に望まれた程の能力を持っているだけの事はあり、この巨艦を実に上手く操ってきていた。いささか規律にうるさい所はあったものの、実直で飾らない人柄は乗組員からは好意的に見られており、人望は高い。機動艦隊内ではマイベックと共に綱紀を正すのに奮闘していた事もあり、マイベックとはウマがあっていた。


後書き
ジム改 遂にカノンも沈んでしまいました。
栞   私のお気に入りの画集が灰です〜。
ジム改 ・・・・・・何故にここにいるのかね、栞ちゃん?
栞   何を言ってるんですか。私はパートナーですよ?
ジム改 香里はどうしたんだ?
栞   お姉ちゃんですか。さあ、どうしたんでしょうねえ。
ジム改 ・・・・・・・・・・・・・・・。
栞   お姉ちゃんったら、脇役は脇役らしくしてれば良いのに。
ジム改 なにをしたんだ、お前は!?
栞   やですねえ。私がお姉ちゃんに何をするって言うんですか?
ジム改 薬とか、薬とか、薬とか。
栞   私はジャンキーじゃありませんよ。
ジム改 ・・・・・・・・・・まあいい。では次回、カノンの最後と、ファマス戦役の幕引きが行なわれます。
栞   やっと終戦ですよ。私達もこれでバラバラです〜(泣)
ジム改 大円団、とはいかないねえ。



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