第2話  大陸からの撤退


2月12日、日本の海鳴基地に1人の若い中佐が基地司令として赴任してきている。海鳴基地は旧日本地区の西部地区に建設された拠点であり、当初はかなりの兵力が駐屯できる一大軍事基地として建設されていたのだが、途中から重要拠点を東京に移すことが決まり、海鳴基地は巨大な設備を無駄に死蔵させる事となっていたのである。
この無駄に巨大な基地の新しい司令、水瀬秋子中佐は基地に降り立つなり、とんでもない発言していた。

「老後を過ごすには良いところですね」

 ここは観光地だけど、さすがに戦時下の軍人のセリフではない。出迎えた基地の幹部たちは一様に困惑した表情を浮べ、新しい司令官をどう迎えれば良いのか悩んでいる風だ。そんな中で大尉の階級章をつけた20代後半の仕官が前に出て、陸軍式の敬礼を施してきた。

「水瀬司令、海鳴基地主席参謀のマイベック・ウェスト大尉です」
「あらあら、そうですか。私は水瀬秋子中佐です。これから暫くお願いしますね」
「は、はあ・・・・・・」

 マイベックは新しい指揮官に早くも落第点をつけていた。こんな頼りない指揮官ではジオンとの戦争を戦っていけるのかという不安が早くも頭の中を占めている。秋子は地上軍中佐として海鳴基地に赴任し、同基地に所属している陸・海・空の三軍の部隊を統括指揮出来る立場にあるのだが、この人物には指揮出来ないかもしれないと思っている。ジオン軍の地球降下が確実という現実を前にして、マイベックは早くも未来に暗い想像を抱いていた。
 もっとも、マイベックを含めてここにいる幹部仕官の全員がジオン軍の実力を正しく認識してはいなかった。宇宙軍が惨敗を喫した事は聞かされていたが、地上でなら負けるはずが無いと考えていたのだ。MSも地上ではたいした働きも出来ないだろうと誰もが考えている。
 もっとも、これはマイベックたちがまだMSと戦った事が無いから言えるセリフであって、各地に橋頭堡確保の為に降下して来ているジオン先遣隊と交戦している部隊からしてみれば、宇宙軍が苦戦したのも頷けるほどの強さをまざまざと見せ付けていたのである。

 マイベックの心配を余所に秋子は翌日から早速軍務を始めていた。秋子は基地に関する資料を確認し、マイベックを伴って基地内を視察して周り、あちこちの不備を見つけてはそれを指摘していったのである。

「マイベック大尉、滑走路が第一しか整備されていませんが、たしかこの基地には全部で4本の滑走路があるはずですね」
「はい、ありますが、第二から第四までは予算の都合で整備されておりません」
「ではすぐに整備してください。戦時下ですから資材を回すようにごり押しすれば何とかなるでしょう」
「ですが、そう簡単には・・・・・・」
「ジオンが降下してきたら、食い止めるのに必要となるのは航空兵力です。戦車では分が悪いでしょう」

 秋子の言葉にマイベックは不満そうな表情を浮べた。マイベックは人型兵器などが地上で大きな威力を発揮出来るとは思えなかったのだ。

「司令は、ジオンが地上でも連邦軍を圧倒できると考えておられるのですか?」
「・・・・・・私はこの目で見て、この肌で感じたんですよ。MSの威力を」

 秋子の視線の先にはルウム戦役で沈んで行く仲間の艦や、撃破されてしまう戦闘機の姿が映っていた。それはいまだジオン軍と交戦した経験を持たないマイベックには分からないのも仕方が無いほどに凄惨で、絶望させられる光景であった、
 基地の誰もが秋子が基地の再整備を声高に唱え、無理にでも資材を回させたことをやり過ぎだと感じていた。倉庫には戦略物資が積み上げられ、滑走路が四本中三本が整備された。航空機用ハンガーも整備され、一個戦闘航空団を楽に収容する事が可能となっている。港も錆付いていたガントリーやドックが整備され、駆逐艦4隻に輸送船12隻しか駐留していないのに充実した湾口設備が復活している。
この海鳴基地でほんの数人だけがこれらが役立つ日が遠くない将来に必ずやってくると確信していた。水瀬秋子中佐や美坂栞伍長といった、ジオンと戦ったことのある軍人たちである。
 そして、その想像は最悪の形で実現する事となった。

 

 3月1日に降下してきたジオンの第1時降下部隊は瞬く間にヨーロッパと中東を制圧し、その勢力を中央アジアとアフリカへと拡大していった。それに遅れる事10日、11日には北米両沿岸部に第二次降下部隊が降下を果たし、18日にはオーストラリアに降下を果たしている。この内、中央アジアに進軍してきた第1時降下部隊とオーストラリアに降下後、北上を開始した第3次降下部隊はアジアで手を握るべく行動を開始していた。彼らの目的は中国にまで押し込められた連邦部隊を殲滅し、同地域を制圧して資源地帯の制圧を完全なものとする事である。
 これに対して連邦軍はろくな抵抗をする事が出来なかった。実戦経験が無いという問題もあったが、それ以上に問題なのは指揮系統が混乱していた事である。完全に硬直化していた指揮系統は一度崩壊すると建て直しは容易ではない。それ以前に北京にあった連邦軍極東方面軍司令部はジオンの行った少数部隊による軌道上からの降下作戦で制圧されており、各地の軍団司令部なども連邦軍から奪った輸送機やコムサイによる空挺輸送でMSを運ぶ事で難なく制圧を完了している。また、コムサイの一部はミノフスキー粒子を散布する事で一時的とはいえ、通信網を完全に破壊して回っていた。
 これらにより、連邦軍部隊は命令を下す将官がいない、あるいは上層部と連絡が取れないという事態に追いこまれ、ジオン軍にただ追いまくられるだけになってしまったのである。数の上では圧倒しているのであり、組織的な反撃を行えば押し返せる場面も多々あったのだが、部隊間の連携が全く取れない師団は単なる連隊、あるいは大隊の集まりでしかなかったのである。こうして格好撃破された連邦部隊は膨大な戦略物資や兵器をジオン軍に渡すという事態を招き、ジオン軍兵士を歓喜させていたのである。
 勿論全ての部隊がジオン軍に敗退していた訳ではない。連邦部隊の中にだって優秀な指揮官はいるし、機転の利く参謀も居るだろう。中には通信を諦めて全ての連絡を伝令によって行い、何とか連携を回復した連隊だってあるのだ。
 だが、全体として圧倒されていた事には変わりがなく、それらの奮戦は小さな勝利でしかない。優秀な指揮官に率いられた部隊や、錬度の高い部隊は個々に奮戦しながらも撤退を続け、遂には中国沿岸部にまで追い詰められてしまったのである。
 もはや、彼らに助かる術は無いと誰もが考えていた。沿岸部に追い詰められた部隊は一部は朝鮮半島へと逃れたものの、多くは半島の付け根を封鎖されて脱出の道を断たれていたのである。彼らは必死に救援を求める通信を送りつづけたが、それらに対する返事はどの部隊からも送られてはこなかった。ミノフスキー粒子のせいで届いてさえいないのかもしれない。


 この遼東半島に追い詰められた敗残部隊の悲惨なところは将官が一人もいないことだろうか。実30万もの軍勢がこの狭い地域にひしめいているのだが、ある指揮官は味方に見捨てられたという現実に腹を立て、各地の部隊を激しくなじり、ある下士官は絶望の嘆きを漏らしている。
彼らの最上級指揮官は5人の大佐であり、これでは大隊を指揮するのが普通なのだが、そうも言ってられないので彼らが頑張るしかない。だが、彼らに出来ることは限られていた。半島の付け根は封鎖されており、補給も救援も来るかどうかわからないという状況でやれることといったら、戦車や銃重砲を敵に向かって剣山の如く敷き並べ、敵がやってくるのを牽制するぐらいである。それすらも上空からジオンのマークをつけたフライマンタ戦闘爆撃機が爆弾を降らせて来る事を食い止める事は出来ない。制空権などとうの昔に喪失し、対空装備も大半を放棄してしまっているのだから。
 誰もが神を呪い、もはや降伏か戦死以外の選択肢がない事を悟り出したころ、一つの通信を傍受したのである。それを傍受した通信班の下士官は雑音の中に聞こえる暗号を必死に書き取り、それを翻訳した時には思わず歓喜の叫び声を上げていた。
 それを渡されたクラッチレー大佐は思わず天を仰ぎ、「神よ、感謝します」と呟いた後、部下たちを見まわして喜ぶべき通信内容を伝えていた。

「あと5日持ち堪えれば、脱出の為の船団が来るぞ!」

 

 連邦軍が中国大陸沿岸に追い詰められる前、第三次降下作戦が終了した頃、秋子は少数の護衛を伴って東京基地へと足を運んでいた。ここには日本地区軍司令官であるゲイリー・マクダニエル中将がいるのだ。指揮下には陸軍1個軍、3個航空団、それにコロニー落としで壊滅したハワイを脱出してきた太平洋艦隊の一部が駐留している。海鳴基地もそんな部隊の一つである訳だが、秋子はマクダニエルの面会するなりオーストラリアから北上してくるジオン軍の洋上撃破を主張したのである。

「ジオン軍は固有の水上兵力を持ちません。彼らにあるのはオーストラリア艦隊の輸送船くらいでしょう。海軍の艦艇で海上封鎖を行えば洋上で敵を食い止められます!」

 秋子の主張に同調したのは提督を失い、残存部隊の指揮をとっている先任将校の戦艦リンカーンの艦長、サモン・スコーラン中佐である。

「私も賛成します、我が第3艦隊とフィリピンの第7艦隊を出動させれば、やつらの輸送船も輸送機も決して通しはしません」
「・・・・・・・・・」

 マクダニエルは咥えていた葉巻を灰皿に押しつけて消すと、二人に威嚇するような視線を向けた。

「奴等の補給線はもう限界だ、これ以上の戦域拡大はありえんよ」
「閣下、奴等はもともと兵力において劣っています。ここは無茶をしてでも緒戦の勢いで勝ち進みたいはずです」

 秋子は粘った。ここで折れたらアジア全体が危機に追いこまれるのは間違い無いと考えているからこその抵抗なのだが、

「・・・・・・水瀬中佐、暫定的とはいえ第3艦隊は私の指揮下にある。よって、第7艦隊を出撃させるか否かの判断は私がする」
「・・・・・・・・・はい」
「オーストラリアから北上する敵がいたとしても、それは第7艦隊とマドラスのインド艦隊に任せておけば良い。君は極東方面司令部から要請があり次第航空隊を出撃できるよう準備を進めていたまえ。要請のあった2個航空隊と2個航空輸送隊、陸軍1個大隊の海鳴への配備は認める事とする。それに加えて第3艦隊から1個駆逐隊と、輸送船8隻も送る事とした」
「・・・・・・それは、中国大陸への増援を運ぶ為と考えて宜しいのでしょうか?」
「当然だ。極東までやってきて疲れ切ったジオンの馬鹿どもを一気に押し返す。そこから反撃に出るのだからな」

 マクダニエルは自信ありげに薄く笑った。秋子はマクダニエルの戦略を理解はしたが、それは友軍を犠牲にする事を前提とした戦略であったので、秋子は同意するのを躊躇った。これで秋子とマクダニエルの会見は終わり、秋子は手持ちの戦力の強化の確約を手に海鳴に帰ることになる。
 
 その後、秋子の予想通りジオン軍はオーストラリアから北上し、東南アジアを席巻しながら中東と中央アジアを蹂躙したジオン軍第一次降下部隊と合流するように中国に侵攻してきた。マクダニエルはジオン軍の規模と速度が自分の想像を遥かに越えていたことに驚愕し、これを撃破する決定的なチャンスがすでに失われている事を理解した。こうなっては極東方面軍司令部の命令を待つしかないのだが、何故か極東方面軍司令部からの命令はいつまでたっても来なかった。それどころか、まともな戦況さえ把握できないでいたのだ。
 マクダニエルは東京基地の司令部で苦虫を噛み潰しながら断片的な報告を受け取っていた。

「各地の部隊とは完全に通信が途絶しています」
「偵察機からの報告によりますと、すでに北京は制圧されたようです」
「極東第二軍は敗北した模様。ジオン軍はすでに長紗を突破したという事です」

 マクダニエルはそれらの報告書をなぎ払った。舞いあがった報告書が宙に舞い上がる。

「どういう事だ、すでに極東方面軍は壊滅したとでも言うのか!?」
「分かりません、通信が全く役に立たないのです。僅かに入ってくる情報を纏めるなら、極東方面軍司令部と各軍団司令部は軒並み壊滅し、指揮系統は崩壊しているかと」
「では、極東方面軍で指揮系統を維持しているのはここだけか?」
「そうなるかと」

 参謀が困り果てた表情を浮べている。何処の誰が戦いが始まって僅か数時間で方面軍司令部が壊滅するなどと思うだろうか。
 だが、状況を認識した時にはもう遅かった。マクダニエルが極東方面軍の指揮権を掌握しようかと考え出した時には、すでに破滅の使者がそこまで迫っていたのである。
 それに最初に気付いたのは司令部周辺に展開していた陸軍部隊の見張り員であった。上空を見上げていた彼の目に、高速で迫ってくるミデア輸送機の編隊が映ったのだ。フライマンタに護衛されてやってきたそれらは間違いなく友軍の機体であり、その見張りも特に気にしてはいなかった。
 それがおかしいと感じたのは、その編隊が東京基地周辺の飛行場を目指していない事だ。一直線に東京基地を目指している。そしてなにより、その機体にはいずれも連邦マークが塗り潰され、大きくジオンのマークを描いていたのである。

「ジ、ジオンだあっ!」

 見張り員の叫びを聞いて周囲の兵が空を見上げ、その編隊を確認した。慌てて空を向いていた高射機関砲が旋回し、その編隊に向けて対空砲火を撃ち上げる。だがその火線は少なく、高速で低空を突っ切ろうとする航空機を撃ち落とせるものではなかった。
 ミデア輸送機の中でこの時期としては数少ないザクUS型に乗り、奇襲部隊の指揮を取っているアヤウラ・イスタス大尉が部下たちに目標の最終確認をしていた。

「いいか、私は直属の小隊を率いて本部ビルを襲撃する。第2小隊は飛行場制圧。第3小隊から第6小隊は周辺の敵部隊の掃討を行え。後続が来るまで我々だけで支えなくてはならん。出来る限り粘れ!」
「大丈夫ですよ、連邦にザクをどうにか出来る武器なんかありません」

 部下の1人の言葉に笑い声が通信波を満たした。アヤウラも小さく笑うと、部下が緊張していない事に嬉しさを覚えながらも、同時にこの作戦の成功を確信していた。
 そして、遂に機長から目標が近い事を知らされると、最後の通信を送った。

「これより降下する。各員の奮闘に期待する!」

 言い切ると同時に、アヤウラのザクUSはミデアから落とされていた。続いて部下の2機も降下してくる。他のミデアからも次々とザクが降下していた。フライマンタ部隊は対空砲火陣地を爆撃し、砲台を沈黙させている。
 地上に降り立ったアヤウラは部下を待たずに機体を走らせた。待っていては戦車が集まってきてしまう。そうなる前に司令部ビルを破壊する必要があるのだ。
 すでに辺りは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。降下した部下たちが作戦通りに仕事を進めているかどうかもわからないが、予定通りなら飛行場の一角を制圧し、歩兵1個大隊がザクの支援を受けながら周辺の制圧に乗り出しているはずだ。
 そして、遂にアヤウラは目指す司令部ビルを見つけた。アヤウラは迷うことなく担いできた240mmバズーカを全弾そのビルに叩き込んだ。


 ジオンのMSが降下してきた事を知らされたマクダニエル中将は最初それが理解できなかった。オウムのようにそれを聞き返してしまう。

「なんだと?」
「ジオンのMSが降下してきたのです。すぐにここから退避してください!」

 参謀がマクダニエルを急かし、状況を完全に理解できないながらもマクダニエルは席をたち、作戦司令室から地下の防空壕へと避難を始めたが、すでにその時にはアヤウラのザクUSがバズーカでビルを狙っていたのである。
 最初の着弾を受けたとき、ビルは大きく揺れ、マクダニエルを始めとして日本地区部隊幹部将校の全員をその場に転倒させた。

「な、なんだ!?」
「敵の攻撃です!」
「ば・・・馬鹿な!」

 狼狽して叫ぶマクダニエルだったが、それが彼の最後の言葉となった。続けての衝撃に床と天井が崩れ、彼とその幕僚は悲鳴を上げながら鉄とコンクリートに飲みこまれてしまったのである。

 
 アヤウラが司令部ビルを崩壊させるのに少し遅れて2機の僚機が追いついてきた。120mmマシンガンで手当たり次第に辺りを破壊している。

「隊長、1人で突出しないでくださいよ、戦車に待ち伏せされたらどうする気ですか」
「お前等が遅いんだ。それよりもマシンガンを貸せ、バズーカが空になった!」
「了解!」

 部下の1機が腰に下げていたマシンガンを外してアヤウラのザクに手渡す。この辺りは日本地区の軍事と経済の中心であり、回りは全て戦略目標と言っても良い。マシンガンをばら撒いても弾の無駄にはならないのだ。


 だが、アヤウラの部下たちは大苦戦を強いられていた。いくらザクが現行の兵器系列を覆してしまうほどに画期的な新兵器だとはいえ、地上兵器である以上戦車や重砲、対戦車砲やミサイルキャリアーの攻撃に晒される運命にある。ましてザクUF型の装甲は陸戦主力兵器としては致命的に薄いのだ。現在開発中のザクUJ型のような装甲を持たないため、多少の至近弾で傷付き、直撃を受けて容易に各座してしまう。もともとザクとは宇宙戦艦と戦うべく作られた兵器であり、艦砲を防ぐ手段が皆無である以上、回避の為に少しでも運動性を上げるべく装甲は犠牲にされていたのだ。攻勢でならさほど問題とならなかったこの弱点も、こういった防御戦では多いに問題となった。ビルなどを遮蔽として応戦するものの、動き回れないMSは大きな的でしかないのだ。
 MSの足元ではジオン海兵隊の歩兵部隊が瓦礫で遮蔽を取りながら必死に連邦守備隊と交戦している。ミデア輸送機で運ばれた歩兵で、対戦車砲やミサイルランチャー、重機関銃までしか持ちこめず、数も1個大体程度と少ないものの、こういう任務のために訓練されてきた海兵隊はよく連邦部隊と戦い、制圧した飛行場周辺を確保しつづけていた。
 これに対して遅れ馳せながらも個々の部隊単位で態勢を立て直した連邦部隊がこの制圧部隊に襲いかかってきた。もともと数の差は比較するのも馬鹿馬鹿しいほどであり、空軍の出動もあって地上のジオン兵力は急速に消耗し始めた。頼みのザク部隊も地上からは61式戦車が150mm砲をつるべ打ちにしてくるし、空からはフライマンタが1000ポンド級と思われる爆弾を振らせ、対地ロケット弾で攻撃してくる。
 もう降伏か全滅しか未来が無いはずのこのジオン軍は、何故かそれでもあきらめずに抵抗を続けていた。攻撃を加えている部隊の隊長たちが一体何を考えているのかと疑問に感じ出した時、その答えがようやく得られた。新たな航空機が多数上空に現れたのだ。その全てがジオンマークを描いている。間違い無く敵に拿捕された連邦機だった。
 それを見上げた東京基地守備隊を預かっていた指揮官が血相を変えて部下を振りかえった。

「なんだあれは!?」
「ジオンの戦闘機部隊ですな。数はそこそこという所でしょうか」
「そんな事はどうでもいい。まさか、MSの増援が来るんじゃないだろうな!?」

 そんな事、当たり前だろうと言ってやりたかったが、彼はそれを口にはしなかった。今まで優勢だった味方もこれで突き崩されるだろうという半ば確信に近い予想が彼にはあり、もはや彼の頭の中には敵を撃破するという事よりも、どうやって味方をここから脱出させるかという方向に傾いていた。東京を死守できずとも、日本地区にはまだ海鳴基地があるのだ。そこで反撃の態勢を整えれば、もう一戦くらいは出来るかもしれない。


 降下してきた増援部隊は40機近いMSを保有する、極東方面まで進出してきた部隊としてはかなりの大部隊であった。歩兵も2個連隊は伴っている。地上の連邦軍は数においては確かに圧倒していたのだが、司令部を失った事とMSの威力の前に遂に東京基地から叩き出される事になってしまった。アヤウラの奇襲攻撃から僅かに4時間後の出来事である。
 敗北した連邦部隊は南の海鳴基地を目指して撤退して行った。唯一無傷といっても良い海軍は、結局地上軍の乱戦に効果的な支援を行う機会も無く、東京基地にあった物資を輸送船に積めるだけ積めこみ、残りを艦砲射撃で破壊して去って行った。やはり海鳴基地を目指したのだ。

 

 東京基地を制圧したジオン軍指揮官、クルーゲ准将は今回の作戦におけるアヤウラ大尉率いるコマンド部隊『龍』の活躍を高く評価し、隊長のアヤウラ大尉に自ら勲章を手渡していた。

「ご苦労だった大尉、君の活躍でアジア地区最後の重要拠点を陥とす事が出来た」
「いえ、部下たちの献身のおかげです」
「しかし、流石は総帥直属の部隊だな。士気といい、技量といい、文句の付け様が無い」

 クルーゲは手放しの誉めようだが、ある意味これは当然だとも言える。『龍』には四つのチームが存在し、その全てが数あるコマンド部隊養成所から選りすぐられた精鋭なのだ。士気や技量が高いのは当然である。

「所で閣下、南にある海鳴基地はどうされますか?」

 アヤウラの腹積もりでは、この基地は建設途上で放棄された小さな基地なので、急いで攻略する必要を感じてはいなかった。アジアの攻略が終わった後、余力を持って攻略部隊を送れば良いだろうぐらいに考えていたのだ。
 クルーゲも同じように考えていたらしい。今すぐに攻略部隊を派遣する必要を感じていなかったのだ。

「放っておけば良い。どうせ日本攻略はアジア制圧の中では助攻にすぎん。それに、まだ中国大陸制圧も完了していないのだから、こちらに回す兵力は出てこないだろう」

 クルーゲはそう考えており、事実こちらに回す兵力などジオン軍にはなかった。いや、すでに補給線は伸び切り、これ以上の戦線拡大にはジオンの国力が耐えられない。すでに攻勢終末点を超えているという者もいるくらいだ。これは、あまりにもジオン軍の進軍速度が速過ぎた為に補給計画が追いつかなくなってしまった事が原因なのだが、今回のアヤウラの奇襲作戦もたんに正面から東京基地を攻めるのが難しかったからに他ならない。仮に現在東京にある戦力で攻略作戦を発動しても、稼動状態のザクが僅かに14機ではどうしようもない。なにより弾薬が無い。攻めるどころか防衛さえ覚束ないのだ。
 だが、後に多くの戦史評論家や歴史家たちが彼らの判断を厳しく非難する事になる。この時点では海鳴基地もまた逃げ込んできた将兵の収容で手一杯であり、とても戦闘可能な状態には無かったのである。連邦軍でも屈指の指揮官である水瀬秋子と一年戦争における海鳴基地が果たした役割の大きさを考えれば、たとえ東京基地の全兵士を使い捨てにしてでも攻撃するべきだったというのだ。
 だが、それは酷というものである。前線に立つ指揮官にそこまでの無茶を要求するのは難しいのだ。まして余力に極端に乏しいジオン軍の指揮官であるから、戦力保持に思考が傾くのは仕方の無い事であろう。
 だが、ここで足を止めてしまった事が、結果として極東連邦軍の命脈を絶つ絶好の機会を失わせたのである。

 

 東京基地の壊滅と、日本地区司令部の全滅を聞かされた秋子は余勢をかってジオン軍が南下して来ることを恐れ、基地に第一級警戒態勢を敷いてこれを待ち構えた。3個航空隊はスクランブル態勢に置かれ、2個大隊の歩兵は基地の北部に向けて防衛線を敷いた。
 だが、結局この準備は無駄に終わる事になる。ジオン軍は時折偵察隊や偵察機を送りこんでくるぐらいで、本格的な攻勢には出なかったのである。そして、第3艦隊が海鳴基地に入ったとき、秋子は独自の判断で作戦を実行する事を決意したのである。
 海鳴基地の司令部には第3艦隊の司令官代理や撤退してきた部隊の指揮官たち、海鳴基地の主要幹部が集まり、今後の事に付いて話し合おうとしたのだが、秋子の最初の発言が場をざわめかせた。

「海鳴基地の総力を挙げて中国大陸に追い詰められた友軍を救出します」

 それを聞かされた一同はしばし呆然とし、ついで騒然となった。マイベックが立ちあがって秋子に非難の篭った質問をぶつける。

「司令、この基地の戦力でどうやって中国大陸の友軍を救出するというのです。確かに輸送機や輸送船は十分な数があるかも知れませんが、相手は極東方面軍を敗走させたほどの敵なんですよ!」
「南方にいる25個師団、100万の将兵の回収は第7艦隊にやってもらいます。北部に逃れた部隊はシベリア方面で再編後、カナダで再編中の北米軍残存部隊に拾ってもらいます。私たちは朝鮮半島と遼東半島にいる友軍を救出します」
「ですが、ジオン軍はどうやって押さえるんです。この基地には3個航空隊しかないんですよ?」
「東京基地から撤退してきた飛行隊を再編し、不足を補います。全部あわせれば1個航空団くらいにはなるでしょう。それに海軍のヒマラヤ級空母もありますから、局地的な優勢は確保できるはずです。あとは海軍の艦砲で沿岸に迫る敵を制圧、地上部隊を投入してこれを押し返します」

 秋子はスコーラン中佐を見やり、これが可能かどうかを問い掛けた。

「スコーラン中佐、出来ますか?」
「唯一の心配点は砲弾が持つかどうかですが、やれと言われれば我々は行きますよ、水瀬中佐」
「空軍も同様です、友軍を見捨てる訳にはいきません」

 現在海鳴基地にいる空軍士官で最高位にあるゲイガー中佐も頷いた。実戦部隊を率いる指揮官のうち二人が揃って作戦実行に同意したのだ。もはや発動を躊躇う要素は無かった。

「私も地上部隊を率いてミデア輸送機に同乗します。基地のほうはマイベック大尉、あなたに一任しますよ」
「ちょっ、待ってください司令。いくらなんでも司令自らが出撃する必要は無いでしょう。ここで基地全体の指揮をしてください!」

 マイベックは慌てふためいたが、秋子は頭を左右に振った。

「全軍の士気が下がっています。ここは海鳴基地司令の私自らが前線に立つ事で兵の士気を鼓舞する必要があります」
「ですが、もし中佐が戦死でもしたら、海鳴基地の士気系統が混乱します。あなたは極東で唯一健在な基地の司令官なんですよ!」
「・・・・・・大尉」

 秋子はマイベックの意見を正論だと理解はしていたが、今は受け入れる訳にはいかなかった。秋子はマイベックを諭すように語りかけた。

「大尉、覚えておきなさい。安全な後方の壁の向うから命令をするだけでは兵はついてこないのです。特にこういう状況下では」
「で、ですが・・・・・・」
「命令ですよ、大尉」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 こうまで言われては反対し続ける事も出来ない。しぶしぶながらもマイベックは頷いた。これで反対者が居なくなった司令部の方針は完全に固まった事になる。秋子は急いで準備をするように指示を出すと、ゲイガー中佐に航空隊の再編を少しでも早く終わらせるように求めた。また、マイベックには地上部隊の再編成を任せている。
 こうして、極東軍の一大脱出作戦が開始されたのである。

 

 4月5日、戦線に膠着の兆しが見え、折角追い詰めた連邦軍を一気に海に追い落とす力を失いつつあったジオン軍であったが、それでも最後の力を振り絞って攻勢に出た。ここで敵を殲滅できれば後顧の憂いが無くなり、戦力を他方面に回せるようになるからである。
 だが、連邦部隊をもはや沿岸部に追い詰め、敵に降伏か全滅かの選択権を与えようかどうかと試案する段階で、彼らは連邦部隊の猛反撃を受けたのである。まだ夜も明けぬ薄暗い空からフライマンタ戦闘爆撃機やデプ・ロッグ重爆撃機が爆弾の雨を降らせ、旧式のフライアロー戦闘機が地上掃射を行って行く。辺りには損傷した車両やMSが散乱し、対空砲火のか火線が航空機を捕らえる度、空中で木端微塵に打砕く。
 この空襲は30分ほどで止んだものの、ジオン軍に向う暫く侵攻を躊躇わせるだけの損害を与える事が出来た。今まで攻める一方だったジオン軍には、何時の間にか敵が奇襲をし掛けて来るという考えが欠落してしまっていたのである。

 これは秋子がしかけた先制パンチであった。海鳴基地から飛来した攻撃隊であり、距離を考えればそうそう反復攻撃するとはいかないが、ジオン軍の出鼻をくじく効果を期待してのものなので一度に多数の機体を投入すれば良い。
 秋子は輸送船団を海上から旅順に入航させると、まず海鳴から輸送してきた2個大隊を展開させ、撤退してきた部隊の中で比較的形を保っている部隊と旅順正面を守らせると共に、海鳴基地からの徹底した空爆を指示した。およそ20分後に上空をフライマンタやフライアロ―、デプ・ロッグが過ぎて行くのが見えた。その編隊を見上げていると、1機のフライマンタが翼を振ってバンクをしているのが見えた。そのフライマンタの垂直尾翼に描かれているアイスクリームのマークを見て秋子は笑顔を浮べた。

「生きて帰りなさいね、栞ちゃん」

 
 数波に渡る空襲で攻めこむタイミングを失ったジオン軍は体制を整えるのに実に2日を要したのだが、これは実に致命的な遅れとなった。彼らが再び進撃を開始したとき、半島の先端にある旅順にある港には50隻を超える軍艦や輸送船が入港し、敗残兵たちを次々に乗船させていたからだ。しかも何隻もの船影が沖合いにあり、そのうちの幾つかがこちらに向かっているところを見ると、すでにピストン輸送は開始されているらしかった。
 これを見たジオン軍指揮官は直ちに旅順への進撃を開始するように命じたが、ここに行くには狭い賄賂を通らなくてはならないのである。秋子はここの地形に目をつけ、ジオン軍に痛撃を与える事を画策していた。80機のザクを先頭に鹵獲した戦車や装甲車、補充降下部隊によってもたらされたマゼラアタック戦車も多数見られる。また、ザクの中には陸戦用に改装され、装甲も強化されたザクUJ型の姿も数機確認できる。これに2万の歩兵が半島に突入してきたのだが、これらは秋子の用意した罠の中に自ら飛び込む形となってしまった。
 それが聞こえた時、ジオン軍将兵はそれが何なのか分からなかった。地球について豊富な知識を持つある仕官などは「雷とかいう現象か?」と空を見上げたが、そこには薄雲がかかっているだけでとても雷が鳴りそうには見えない。
 誰もが不思議に思っていたとき、物凄い轟音と共に何かが地面に落下し、辺りの全てを吹き飛ばしてしまった。しかも1箇所ではない。複数同時にだ。誰も何が起きたか分からず、しばし動きが止まってしまう。一体何が起きたのか・・・・・・
 それをある程度でも理解できたのはジオン砲兵隊に属する士官たちだった。

「大口径の榴弾だ、間違いねえ」

 だが、こんな出鱈目な威力を持つ重砲が存在するのだろうか? 着弾点には直径200メートル以上の大穴が開き、傍にあった全てを吹き飛ばしている。着弾点近くに居たのであろう戦車が無残な姿で横転し、装甲車がただの鉄屑へと変わっている。
 その士官たちの疑問に答えるかのように新たな砲声が轟いた。今度は聞き間違えるはずも無い、それは海上から聞こえて居たのだ。沖合いに目を向けた彼らは、およそ2万メートルの沖合いに浮かぶ2隻の巨大な軍艦を目にした。連邦海軍の誇る主力戦艦の2隻「リンカーン」と「チャーチル」だ。排水量は実に15万tを超え、22インチ砲を3連装で4基装備している。2隻あわせて24門の22インチ砲弾が30秒おきに正確に自分たちの頭上に降り注いできているのだ。
 吹き飛んでいるのはザクも例外ではなかった。重装甲を誇るJ型だけは50メートルも離れていれば何とか持ち堪えているが、装甲の薄いF型は至近弾一発で容易く機体を分解され、脆い腕や足を引き千切られている。
 より悲惨なのは歩兵たちで、何の遮蔽物も無い所で次々に落下する砲弾の衝撃波で吹き飛ばされ、原型を留めない姿で宙に舞い上げられ、地面にばら撒かれている。
 前線指揮官が愛機のS型ザクのコクピットから悲鳴混じりの撤退要請を飛ばしている。

「これ以上の前進は不可能です、撤退許可をください!!」
「駄目だ、奴等を逃がす訳にはいかない!」
「ですが、このままではこちらが先に全滅してしまいます!」

 後方の司令部では次々に寄せられる被害報告に誰もが青くなっていた。失ったMSだけでもすでに20機を超している。戦車や歩兵部隊にいたってはもう連絡さえ途絶した部隊が幾つもあるくらいだ。

「司令、突入部隊の戦力の損失が30%を超えました!」

 オペレーターの報告に司令官の表情が引き攣る。ジオン軍の補給事情は絶望的に悪く、この大損害を埋めるにはどれほどの時間がかかるか分かったものではない。いや、下手をすれば損害の大きさを理由に更迭されるかもしれない。
 一度その恐怖に囚われると、振り払うのは容易ではない。司令官は大損害を出した上での作戦失敗を恐れ、各部隊の指揮官たちにとんでもない命令を下した。

「全軍突撃しろ。連邦軍の隊列に割り込めば砲撃はこない!」
「司令、それはあまりにも無謀です!」

 参謀の一人が止めに入ったが、司令官はそれを入れる気は無かった。

「これは命令だ、直ちに突撃を命じたまえ。乱戦に突入したら予備も全て注ぎ込むんだ!」

 司令官権限を盾に命令を押しつけてきた司令官に部下たちは誰もが反感を抱いたが、軍人の本能がそれを上回った。
 かくして突入部隊は自殺しろと言われているも同じような命令を受け、砲弾の雨の中を敵に向かって突っ込んでいったのである。


 この突撃を目の当たりにした秋子はジオン軍のこの動きを勇猛ゆえのものか、それとも単なる自棄かの判断にしばし迷った。61式戦車部隊やミサイルキャリアー部隊、砲兵隊に攻撃開始を命ずるかどうかしばし躊躇うが、それも一瞬の事であった。指揮車の通信機から全車に命令を飛ばした。

「全軍、攻撃開始。敵を港に近づけてはいけません!」

 61式戦車の150mm砲が、ミサイルキャリアーのミサイルが、重砲の200ミリ砲が次々に放たれ、必死に走ってくるMSに、戦車に、装甲車に容赦無く降り注ぎ、直撃弾の火花を散らしている。機動戦術をとれないMSはデカイ的でしかないという事実がここに証明されたと言えるかもしれない。


 時間的には一時間にも満たない戦いであったが、その凄まじさは筆舌に尽くしがたかった。ジオン軍は最終的に投入した戦力の実に6割を喪失し、残る大半にも大なり小なりの損害を出して後退を余儀なくされていた。ジオン軍が後退した後にはMSや戦車、装甲車の残骸が転がり、取り残された負傷者たちがそこかしらで苦痛の呻き声を上げている。
 秋子は海軍に補給を受けさせている間、戦車部隊の護衛を受けながらこれらの負傷者の回収を行わせていた。また、車両を呼び寄せてMSの残骸の回収も行わせている。
 ジープでMSの残骸のあるところまで来た秋子だったが、その姿に流石に呆気に取られていた。

「これは・・・・・・バラバラですねえ」
「それはそうです、あの猛砲撃の中にあったんですから」
「回収した機体で、使えそうなのはありますか?」
「簡単な修理で使えそうなザクが6機、あとはパーツを繋ぎ合わせて何機か組み上げられるかもしれません」
「そうですか」
「ですが、よろしいのですか。ザクの回収はともかく、敵の負傷者の収容まで行わなくても良かったのでは?」
「負傷者の扱いは南極条約で決められています。彼らには回収されて手当てを受ける権利があるのですよ」

 捕虜の扱いや負傷者の手当ては南極条約で定められた両軍の義務の一つで、戦争における枠組の一つである。憎悪がこの条約を無視させてしまう事がよく起こるが、指揮官自ら条約を無視するということは出来ない。そんな事になれば戦争は際限無く悲惨さを増し、無秩序な破壊だけが拡大されていく事になってしまう。

 鹵獲されたザクを輸送船に積み込み、最後に秋子達が輸送船に乗りこんだのは実に3日後の事であり、膨大な物資や装備を放棄して撤退したのである。海軍が弾薬の尽きるまで砲弾やミサイルを叩き込んでこれらを破壊したが、全てを破壊する事はできず、相当量がジオン軍に渡る事は避けられなかった。
 だが、この撤退の時、秋子は軍と一緒に逃げてきた避難民も収容したのであるが、その数は200万に満たなかったのである。悲しいが多くは取り残されてしまったらしい。この時は戦火に巻き込まれない事を祈って撤退したのであるが、中国にあった都市の大半がジオン軍の徹底した破壊を受け、多くの民間人が虐殺されてしまったのである。ジオン軍はヨーロッパや北米、アフリカや中東で同じ事をしているが、それがアジアの各地でも再現されたのである。ある都市は多数の気化爆弾を投下されて消滅し、別の都市はMS部隊の蹂躙を受け、徹底的な破壊を受けている。これらに共通する事は、ジオン軍が非戦闘員が巻き込まれるという事を全く考慮していないという事である。というより、非戦闘員を狙ったとしか思えない攻撃も数え切れないほどに起こっている。
1週間戦争で40億人以上を虐殺したジオン軍であるから別におかしな話しではないが、それでも多くの連邦軍士官には理解できない事であった。何故彼らはここまで徹底的に残酷なことが出来るのだろうか。
これは終戦後の事になるが、多くのジオン軍将兵はこの殺戮になにも感じず受け入れていたわけではない。正気の人間ならこんな虐殺に関れば自責の念に押しつぶされても可笑しくないのだ。実際、コロニー落しに関った将兵の中にはかなりの自殺者や前線志願者が出ているし、毒ガス攻撃に参加した将兵も同様である。この傾向はジオン国民全体に広がっており、自分たちが歴史上最大の大量殺戮者であり、許されない大罪人であるという認識に苦しめられていたのである。
ジオン公国は最初、この虐殺の事実を国民に伏せていたことからも、彼らがこの所業を歴史上最大の罪だと認識し、国民に知られれば士気と国家の威信の低下を招くのは避けられないと判断していた事の証であったろう。当然ながらこれほどの事件が秘匿しきれるはずがなく、事実は帰還してきた将兵などの口から漏れ出て、遂に国民に知られることとなってしまったのである。
 だが、今の時点ではそんな事情を秋子が知り得るはずも無く、ただジオン軍の残虐さに怒りを覚えるだけだったのである。各地の連邦軍がその場に踏みとどまってジオン軍を食い止める事が出来たのも、この憎悪にかきたてられた士気の高さが根底にあったのは間違い無いだろう。

 

 中国大陸からの撤兵を成功させた秋子は、この功績で大佐に昇進する事になり、極東唯一の拠点となり、著しく戦力を強化された海鳴基地に展開する全軍の指揮権を掌握する事になった。これからオデッサ作戦の発動する11月までの間、秋子は必死にこの海鳴基地を守り切る事になるのだが、それはたゆまない消耗の連続であり、神経をすり減らすような地獄の戦場であったのだ。

 

 この海鳴基地にはじめてジオン軍が攻撃を加えてきたのは5月半ば、実に一ヶ月以上も先の事であったのだが、これはようやくジオン軍にも取りこぼしていた基地を攻略する余裕ができた事を表している。
 だが、最初の攻撃が開始される少し前、海鳴基地の近くの海上に1機のHLVが降下したのである。ジオン軍の予定にも連邦軍の予定にも無いそのHLVからはたった1機の黒いザクが揚陸艇に乗って闇夜に紛れるように飛び出してきたのである。
 そのパイロットはウェーブを描く豊かな髪を掻き揚げると、疲労の色が濃い顔で目前に広がる陸地を見やった。

「・・・・・・このザクを手土産にすれば、連邦軍に受け入れてもらえるとは思うけど・・・・・・話しの分かる相手だと良いわね」

 徐々に迫ってくる陸地を見ながら、その若い女性パイロットはこれからに不安を隠せずにいた。彼女が何を考えているのか、どうしてここに来たのかはこれから明らかになっていく事だろう。



機体解説
フライアロー
 カナード翼を採用した複合デルタ翼機で、三発エンジンで複座の制空戦闘機。中核戦闘機構想以前に設計された旧式機である。ミノフスキー粒子によってレーダーが無力化された一年戦争においてはホーミングミサイルを使った空戦を前提にしていたフライアローはその本領を発揮する事が出来ず、中核戦闘機構想によって開発されたセイバーフィッシュやティン・コッドに逐次改編されていった。

デプ・ロッグ
 連邦軍の保有する最大の爆撃機で、さまざまな作戦に投入されている。動きが鈍く戦闘機の護衛は必須であるのだが、ジオン軍の進撃を絨毯爆撃によって著しく阻害し、戦争当初は数少ないMSを食い止められる機体であった。
 本機の最大の見せ場はオデッサ作戦で、大量に投入されたデプ・ロッグの大編隊がジオン軍の基地を絨毯爆撃で跡形も無く消滅させてしまう事さえあったという。

プレジデント級戦艦
 連邦政府の歴代大統領の名前を冠した地球連邦海軍の主力戦艦。22インチ砲を3連装4基搭載し、対空対艦各種ミサイルで武装したまさしく浮かぶ砲台である。だが、その存在意義は地上軍の宇宙軍に対する見栄でしかなかったのが実情であった。それが、レーダーが無力化された一年戦争において一躍存在意義を得たのは皮肉というしかない。第2次世界大戦レベル以前まで引き戻された戦場が、結果として大鑑巨砲主義に僅かばかりの復活の時を与えてしまったのだから。

MS−06S ザクU
 ザクUシリーズの指揮官用カスタム機。基本性能が30%ほど引き上げられており、ベテランパイロットの実力を十分引き出せる機体となっている。だが、武装はそのままなので攻撃力に差があるわけではない。似たようなコンセプトの機体にFS型があるが、決定的な差があるというほどではない。

ミサイルキャリアー
 連邦軍で多数運用されているミサイル発射筒を装備した車両。支援車両なので装甲などは施されていないが、ミサイルの制圧能力は凄まじい物がある。ミノフスキー粒子によって誘導兵器としての価値を大きく減じたミサイルであるが、ロケット弾のように運用することは可能であり、計算さえしっかり行えば絶大な破壊力を発揮する事が出来る。

ミデア
 搭載量200tを誇る連邦軍の主力輸送機。大西洋を横断できる航続力にVTOL能力を併せ持ち、どんな所にでも物資を運ぶ画期的な輸送機である。その活躍は語り草となって残り、ある連邦軍の将軍は戦後、連邦を勝利に導いた兵器としてミデアを上げているほどである。



後書き
ジム改 遂に時は来た。何故かアヤウラが出てるが、彼はこういう作戦もやってたのだとご理解ください。
秋子  うふふふ、なんだか随分と時代錯誤な兵器が沢山出てますね。
ジム改 戦艦とかかな?
秋子  ええ、この時代にあんなのあるんですか?
ジム改 冷静に考えると無いはずなのだが、わしが出したかったから出したの。
秋子  ・・・・・・・・・・・・・(汗)
ジム改 それに、やっぱり船は海の上でしょう。
秋子  ・・・趣味丸出しですね。
ジム改 良いじゃないの。では次回、何時になるか分からないけど海鳴に彼女たちが現れます。そして修復され、連邦マークをつけたザクがジオンのザクと激しいMSを繰り広げるのであった。期待しないでくださいね。
秋子  相変わらず後ろ向きですね。

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