インターミッション2 アヤウラ、恐怖の一日

 星の輝く夜空の下で、アヤウラは数人にまで減ってしまった泊龍と共に必死に逃げていた。
「大佐、駄目です、ウォッカ、アップルジャックからの定時連絡が途絶えました」
「くそ、これで残ったのは俺たちだけか」
 アヤウラは愛用のステツナグナイフを背にしていた木に突き刺して毒ずく。泊龍がビクっとしてこちらを見るが気にしない。何しろ子飼の部下がたったの30分で殲滅されてしまったのだ。
『何でこんな事に・・・』
 原因は分かっている。自分が部下の報告を過小評価したためだ。だが、それでも特殊な訓練を受けた精鋭4人が、いや、それ以前から送り込んできた連中を入れればもう少し増える。
 全ては、アヤウラが裏取引で入手した1つの情報から始まった。


 これは、アヤウラが連邦の新造戦艦エアーを強奪する前に行ったある作戦行動の記録である。1年程前、アヤウラはかねてより連邦の強化人間の研究に興味をもっていた。そして彼は数あるニタ研(ニュータイプ研究所の略称、連邦ではこう呼ばれていた)の研究者の1人、佐波田とコンタクトを取り、数年前にマスコミに情報が流れたために廃棄されてしまった研究を掴んだ。それは、ニュータイプをクローニングによって人工的に増やそうという計画だった。佐波田はこの計画の責任者の1人だった女で、それらの名称などは判明していた。ただ、この研究に関するデータはかなりの量が情報漏れによる混乱から紛失(証拠隠滅工作)したらしく、残された資料は僅かしかない。佐波田はその資料と引き換えにジオンのニュータイプ技術、分けてもサイコミュ兵器の技術を要求してきた。
 この要求に対してアヤウラはかなり悩んだが、結局は承諾した。どのみちグラナダのフラナガン研究所は連邦に押さえられているのであり、エルメスの2号機やビショップなどのNT専用機の実機も鹵獲されている。ここで資料を提供しなくても遠からず彼らがそのレベルに達するのは間違いないのだ。ならば、ここで資料を提供してもそう大きな問題とはならない。と考えたのだ。むしろ連邦の技術開発の進展状況を確かめる方がメリットが大きい。
 この裏取引によってアヤウラは幾つかのものを得た。まず、連邦のサイコミュ技術はアヤウラの想像よりも遥かに低かったこと。この事がアヤウラに資料を提供してしまったことへの後悔を呼んでしまう。彼らは数年もかけてサイコミュの基礎理論にすら手が届いていなかったのだ。
 それに代わってアヤウラの興味を引いたのが強化人間の資料である。連邦はサイコミュ兵器よりもNTそのものに対する研究が進んでいたのだ。その中でも特にアヤウラが注目したのがプロト・ゼロの存在と、佐波田のNT量産計画である。これはオリジナルであるNTの少女、エルシー・トゥエンティーの遺伝子情報からまったく同じクローンを作り出すというもので、最終的に2体の完成体ができたらしい。ただ、エルシーはNTというよりも一種のエスパーで、HGS(高機能遺伝子障害)という聞きなれない病気の病人らしい。アヤウラはこのHGSというものは初めて知った知識であり、今まで自分の情報網に一度としてでてこなかった名称である。それほどの重要機密なのか、それとも別の理由があるのかは分からないが、アヤウラはこのエルシーという少女に興味を持った。
「NTかエスパーか知らないが、面白いな」
 こうなったアヤウラは梃子でも引かない。まあ、この執念の深さが彼の諜報工作員としての成功の秘訣だったのだろうが。
 まずは情報の収集から始めた。だが、この作業がいきなり難航した。なにしろエルシーという名はそれほど極端に珍しいという名ではなく、しかもそのどれもがそんな研究機関に所属、ないし病気にかかっていると思わせるような記録はなかったのだ。アヤウラはさらに調査を続け、このエルシーというのが研究所でつけられたコードネームであることを知り、現在の名がリスティ・槙原であることをつきとめた。彼は直ちにリスティのいる町に諜報員を送り、その身辺を調査させた。
 一ヵ月後、送り込まれた諜報員、泊龍はリスティに関する詳細な報告を送ってよこしてきた。部下が送られてきた報告書を読み上げる。
「リスティ・槙原、旧姓リスティ・シンクレア・クロフォードは2年程前に海鳴町の丘の上にあるさざなみ寮のオーナー、槙原愛と槙原耕介両氏の養女となっています。現在は高校2年生となり、風芽丘高校に在学中。校内でも評判の美人だということです。HGS患者の能力に関しては不明ですが、リスティは同町内にある海鳴病院に通院しています。また、同病院には例のクローンと思われる少女が2名、それぞれフィリス、セルフィと名乗っています。どうやら現在は海鳴病院とさざなみ寮を往復しているようですが、親権は一応海鳴病院のドクター・矢沢にあるようです。
 これとは別にもう1人、さざなみ寮には海鳴病院に定期的に通っている少女、仁村知佳がおり、やはりドクター・矢沢の検診を受けているそうです。これら4名が恐らくはHGS患者ではないかと泊龍は言ってきています」
 部下の報告を一通り聞き終わったアヤウラは小さく頷き、しばらくして苛立たしげに机を叩いた。
「それで、今までの失敗の原因は何だ。俺は泊龍に失敗の原因を突き止めろといったのだ。奴らの近況報告を聞きたかったわけじゃない!?」
「はっ、そ、それが、泊龍の報告によりますと、この町で騒ぎを起こしてはいけないということですが・・・その・・・理由が・・」
 歯切れの悪い部下の物言いにアヤウラはますます怒りを露にする。
「いいからさっさと言え、泊龍はなんと言ってよこしたんだ!!」
「は、はい、それが、派遣した工作員は皆、町の住人によって捕縛、当局に引き渡されたそうです」
「・・・住人に?」
「はい、なんでも、1人目は千堂瞳という大学生に痴漢と勘違いされて一撃の元にのされ、2人目は目標を追跡中、変質者扱いされて長身の男に叩き伏せられ、3人目は例のさざなみ寮を監視していたところ、気付かないうちに包囲されてしまい、泥棒と勘違いされて叩き伏せられてしまいました。4人目は・・・」
「・・・もういい、聞きたくない・・・」
 アヤウラは頭痛のする頭を押さえて部下の報告を止めさせた。
「つまり何か、特殊な訓練を十分に積んだ精鋭の工作員がたかだか大学生の女性や通りすがりの大男、果ては寮の住人に不覚を取ったというわけか?」
「それどころか、5人目は小学6年生の少女に敗北しています」
 あまりにも情けない部下の報告にアヤウラは泣きたくなった。
『俺の部下は小学生以下か?』
 もはやどういう顔をすればいいのか分からなくなったアヤウラは、怒りのあまり報告書を引き裂いた。
「ええい、この大馬鹿共が、こうなったら俺が直接陣頭指揮をとる!!」
 あまりの不甲斐なさにもう部下には任せて置けない事をアヤウラは悟った。ただ、この決断が彼の人生有数の悲惨な一夜を経験させることになる。


 海鳴、旧日本地区にあるのどかな港町で、近くには連邦軍海鳴基地がある。ここにはかつて秋子が司令官として赴任しており、1年戦争のほぼ全期間をここで戦っている。後に栞や香里が訪れたのもやっぱりこの基地だった。
 1年戦争の被害が比較的小さかったこの町は早くから復興が進められ、現在では日本地区でも有数の居住地域となっている。まあ、日本地区自体に人がそんなにいないので自慢にはならないが。近くの連邦軍基地は被害が軽かったこともあって戦後はこの地区の拠点となり、規模がそれなりに拡張されている。戦争前には小規模な海軍に中規模な空軍と陸軍が駐留しており、後には陸戦試作MSを得てMS関係の施設を増設したものの、規模としては並みの域を出なかった基地だったのだが、現在では空母を含む艦隊規模の海軍が駐留できる港湾設備と、大規模な空軍基地、陸軍が駐留する一大軍事拠点となっている。のだが、この辺りは再建されたハワイの太平洋艦隊主力のおかげでジオン残党の活動は殆どないので、基地の規模の割には実際の戦力はかなり少ない。かわりに充実した設備を生かした訓練校として活用されている有様だ。ここの基地司令も言わば窓際なので、殆ど退役前の余生を潰すためにここにいるような大佐が赴任している。
 この基地に今、5人ほどの危険な集団が訪れていた。たった数人の少女をさらう為に。だが、惨劇はまさにここから始まる。
 海鳴港に降り立ったアヤウラは海から吹きつける潮風に僅かに顔を綻ばせた。
「いい所じゃないか、観光地というやつか?」
 少し気分良く部下を振り返ると、部下たちは始めての船旅にすっかり船酔いしており、だらしなく港のベンチや備え付けの椅子などに座り込み、あるいは床に伸びていた。宇宙出身者で構成されているアヤウラの特殊部隊の数少ない弱点の1つ、地球の自然に慣れていないという点が浮き彫りになっていた。まあ、所詮はコロニーで訓練を積んだ連中だから、地球の自然現象に振り回されるのも無理はないかもしれない。
 港で部下と別れたアヤウラは、自らは先に潜入させていた諜報員の泊龍とともに目標に向かっていた。そして、日が暮れた頃になって連絡が入る。
「隊長、こちらウィスキー、鳥篭に到着、これより監視に入ります」
「分かった、合図は俺が出すから、勝手に先走るなよ」
「了解」
 通信が切れる。ちなみに2人は物々しい通信機ではなく、民間の携帯電話を使って会話をしている。この方が人目につかないのだ。
 しばらくしてアヤウラは送り込んでいたメンバーの残り、ウォッカ、ラム、アップルジャックが揃ったのを確認して行動を起こした。
「いいか、合流地点は神社だ。ターゲットを確保後、速やかにここに集結しろ。分かってると思うができる限り銃は使うな。連邦軍が動くと厄介だ」
「分かっています、そんなヘマはしませんよ」
「こんなミッション、銃なんていりませんて」
 各チームの指揮官たちが苦笑混じりに言い返してくる。だが、それから僅か5分後、アヤウラは早くも計画が大きな修正を強いられることを知った。さざなみ寮のほうから押さえられた発射音が響いてきたのだ。明らかに消音器を取り付けた拳銃の発射音である。自分の指示をあっさりと無視してくれた部下には後できつく言っておかねば。と心の中でなじると、アヤウラは泊龍を連れて寮の様子をうかがった。山の方から見えるのはごく一部だったが、不思議なことに以後の動きが見られない。部下が銃を使ったのならとっくに制圧を完了して、今ごろは連絡でも来ていていいはずだ。
「どういう事だ、何でこんなに静かなんだ?」
 アヤウラの呟きはすぐに裏切られた。今度は何かが空気を切裂くような音がした。明らかに部下の誰かが投擲を行ったのだ。続いて金属通しがぶつかり合う甲高い音。そしてそれに続く奇妙な声も聞こえてきた。
「神咲一刀流 真威楓陣刃!!!」
 それに続いて一瞬、まばゆい光が走ったかと思うと、それっきり物音が聞こえなくなった。
「な、なんなんだ、一体?」
 多目的双眼のスターライトスコープをオンにし、望遠率を調整して物音がしていた方を見ると、部下が倒れているではないか。しかも相手はまだ20ぐらいの女性のようだ。右手に大ぶりの刀を下げているが、まさかこれで歴戦の修練者である部下を倒した訳ではあるまい。ましてや、このうちの何人かは特殊な武術にも精通しているのだ。万が一にも負ける気遣いはない、はずだったのだ。
 しばらく見ていると、刀から怪しい光が立ち上り、それが女性の姿をとった。年の程は20代前半であろうか、見慣れない奇妙な服装である。だが、そんな事より問題なのはその女性が明らかに宙に浮いていることだ。
『何だあれは、どうして浮いてるんだ、いや、それよりもいったいどこから出てきたんだ!?』
 混乱の極みに達してしまったアヤウラの視界の中では2人の女性がなにやら話し込んでいる。とりあえずアヤウラはこの2人を始末することにした。
「おい、狙撃はできるな?」
「いつでモできマすガ、殺るんでスカ?」
 泊龍は気がすすまなそうだった、何かのポリシーでもあるのだろう。もちろんアヤウラはそんな事は知ったこっちゃない。
「いいからあの女2人をやれ」
「ハア、分カりましタ」
 しぶしぶ狙撃銃を構える。だが、次の瞬間泊龍が驚愕して銃を下ろした。
「どうした?」
「・・・見てまシタ、こっちヲ」
 呆然と呟く泊龍の話を聞いて、アヤウラは即座に決断した。
「逃げるぞ!!」
 何故かは分からないが、アヤウラは自分の直感が逃げろといってることに気付いた。それも普通の感じ方ではない。全ての感覚が「ニゲロニゲロー、ニゲロニゲロー、ドアヲアケローッ!!」と絶叫していたのだ。


 結果としていうならアヤウラの直感は正しかった。この時残っていたのはアヤウラのパブと、ウォッカ、アップルジャックの3人だが、すでに3人ともその所在を探り当てられていたのだ。
「・・・うん、2人は逃げに入ったみたいだね、残りはまだいるよ。正門の右側50メートルに茂みに1人、桜通りの方に1人だ。みんな結構上手く気配を消してるから気をつけて」
「YES」
「大丈夫よ」
 リスティがフィンを展開してアヤウラ達の所在を突き止め、その情報を元に
「桜通りに1人、正門の前に1人か、正門のほうが近いし、そっちにいくか」
耕介が霊験「御架月」を手に屈みながら動き出す。その後ろをついてくるフィリスとセルフィは同じような表情で耕介に聞いてきた。
「所で耕介さん、薫さんもそうですけど、どうしてそんなに気配を殺すのが上手いんですか?」
 セルフィもうんうんと頷いている。フィリスやセルフィ、リスティは分かる。3人は高度な軍事訓練も積んでいるからだ。
 この疑問に耕介は苦笑いして答えた。
「まあ、俺たちの相手は人間とは限らないからね。自然と戦い方が奇襲、一撃必殺、かつ息をつかせない連激になるんだ」
「一撃必殺の連激ですか?」
 セルフィが驚く、まあ無理もない。
「まあね、特に妖怪なんかは人間よりも遥かに高い肉体能力と野生の感を併せ持ってるからね。先手を取れたらそのまま押し切らないとこっちが危ないんだよ」
 3人が緊張感に欠ける話をしていると、薫が3人を叱責した。
「もう3人とも、今はそんなこと言ってる場合じゃなかとでしょが」
「いやまあ、そうなんだけどさ・・・」
「まあまあ薫、2人も薫達の力が気になるのさ」
 リスティが薫を宥める。こんな事を言い合っていたら普通はばれそうなのだが、リスティが周囲の空気の振動を止めているので音はまったく伝わらない。さらには赤外線も警戒して熱放射までカットしている。加えて3人は殆どプロの特殊任務部隊並みの訓練を受けたエリートで、残る2人は人外戦の専門家である。こんな超一流のゲリラ戦の専門家みたいな連中を相手にする羽目になったアヤウラの部下の方がいい面の皮だろう。
アヤウラが重火器を持ち込む、あるいはリスティ達の能力を正しく把握していればこんな失態は侵さなかっただろう。だが、今回はいくつかの問題がアヤウラを縛っていた。まず時間がない。そして連邦軍の監視を潜り抜けての作戦行動、今は戦時なのだ。さらにはアヤウラの常識が泊龍から送られてきた情報を軽視させたこともある。いくらシェイドという化物や、神奈という翼人、要するに人外の存在と関わっているとはいっても、アヤウラは一応世間一般の常識というものに縛られた人間なのだ。いや、彼はその任務の性格上、世界には人間以外の化物がいることは知っている。実際、部下たちの何人かは地球で行動中、そのような化物と交戦している。特に泊龍は旧中国地域で2体の妖怪を葬り去ったという報告をよこしているくらいだ。それでも、まさかエスパーはないだろうという思いや、ましてや化物専門の殺し屋の存在など予想できるはずがない。
 これから数年後、彼は宇宙人の血を受け継ぐ一族や超能力者、果ては魔術師やロボット、電波使いといった連中と戦うことになるのだが、この時点ではそんな未来は想像もできなかった。
ぶつくさ言いながらも気配を完全に絶って歩き出す3人、ある意味化物なこの3人に薫は内心でビビりつつ後について歩き出した。
 正門前50メートルといっていたリスティだったが、実際に正門前が見えるところにきても人の気配はなかった。まあ、そんな事は先刻承知済みの5人はレーダーを展開した。
「十六夜、どげんか?」
「はい、あちらの茂みに1人、綺麗に隠してますがかなりの修練を積んでます。気をつけてください」
「僕も姉さまと同じです。ただ、この感じは物の怪というよりもむしろ暗殺者です。先の奴よりもかなり凄腕の戦闘要員だと思います」
 相手が実体を持つ奴だと御架月の方が正確な情報を教えてくれる。便利なのだが子供の容姿で言われると何だか場違いな気さえする。
「よし、それじゃあいくか、セルフィとフィリスは俺たちにシールドを張ってくれ」
「「分かりました」」
 耕介と薫を不可視のバリアが被う。リスティは自分で展開できるからいいのだが、流石にバリアを展開しながらだと攻撃やテレポートを併用するのは大変らしく、耕介の後について歩いている。
 この後、残っていた2人が苦もなく打ち倒されたのは言うまでもない。結局のところ、どんなに時代が変わっても夜戦の要諦は奇襲と速攻にあるというのは昔からかわらないのである。


 一方、辛うじて町に出たアヤウラと泊龍だったが、結局の所、寿命が先に延びただけであった。2人が夜の町を駆け抜けていると、夜を切裂いて光る何かが飛んできた。咄嗟にそれをナイフできり払ったが、飛んできたものを確認してアヤウラは驚愕した。
「クナイだと!?」
 そう、アヤウラに投げつけられたのは東洋では比較的ポピュラーな武器の1つ、クナイだったのだ。ちょうどアヤウラが得意とする投げナイフに相当する武器といえる。だが、こんな物を使ってくるのはこの時代にあっては殆どいない。普通の任務つくものなら銃を使った方が遥かに便利だからだ。そう、普通なら。
 アヤウラは歯軋りをしてクナイが飛んできた方を見た。この世界にはアヤウラのように表に出ない仕事をする者がいる。そういった連中は銃や爆薬を使うこともあるが、基本的には隠密行動を最優先するために銃のような音を出す武器は困るのである。その為に彼らが操るのは昔から現代にまで伝わる古武術や、軍隊で洗練を重ねられてきた暗殺術である。これらに熟練したものは完璧な奇襲と組み合わせることで銃を持つ兵士をたやすく、しかも周囲に知られずに殺害することができる。そうやって彼らは前線深く浸透して情報収集や破壊活動を行うのだ。
 だが、要人襲撃はこのような凄腕の暗殺者やコマンドにとっても極めて困難な仕事である。何故なら、鉾には必ず盾が対となる。という法則の通り、彼らの襲撃を阻止し、要人や施設を守る人々もまた存在するからだ。
 アヤウラにクナイを投げてきたのは夜の闇に溶け込むような服装をした男と、少し背の低い女だった。
「貴様ら、ここのエージェントか?」
「まあ、似たようなもんね、今日は仕事じゃなくてプライベートだけど」
 女の方が肩を竦めてぼやく。どうやら組織立っての行動ではないらしい。アヤウラはしばし考え、両手に投げナイフを3本づつ構えた。
 だが、アヤウラが動く前に1つの影が踊り出て2人に攻撃を仕掛けた。その姿を見て敵味方が殆ど同時に声を上げる。
「「弓華!」」
「泊龍!」
 アヤウラと2人に間に割り込むように飛び出した泊龍は両手に隠し持っていた射撃系の暗器を投げつけて2人を下がらせる。
「大佐、ココワ私に任せてクだサイ!」
「しかし、泊龍1人では・・・」
「このママでは2人ともコムサイに乗りオクれてしまいマス!」
 泊龍に怒鳴りつけられてアヤウラは悩み、ややあって小さく頷くと再び駆け出した。2人はそれを追おうとしたが、泊龍の牽制に邪魔されて追撃ができないでいた。
 アヤウラが逃げ切ったことを確認した泊龍は改めて2人に向き直った。2人も静かにこちらを見ている。そのまま永遠とも思える沈黙の中で、男がゆっくりと口を開いた。
「・・・まさか、君が変質者の一味だとはな・・・まったく、だまされたよ」
「・・・・・・・・・」
 泊龍は心底すまなそうに俯いたが、女の方が口汚く罵ってきた。
「あんたね、私はともかく、兄上まで騙していたの。何て女よ!」
[もうよせ一角]
「でも、兄上!」
「黙ってろと言ってる!!」
 火影の怒鳴り声にいづみがビクッと震えて2歩下がる。火影はそんないづみには一瞥もくれず、泊龍に話し掛けた。
「今までがどうあれ、今は敵同士さ」
「・・・ハイ」
 火影が刀を抜き、泊龍がどこからともなくさまざまな暗器を取り出す。忍者と暗殺者、常に時代の陰で戦いつづけてきた者達の記録に、また新たな1ページが刻まれようとしていた。
「一角、ここは任せた。俺は変態の方を追う」
「・・・わかった、兄上」
 短く言葉を交わした兄弟は頷きあって分かれた。泊龍はそれを追うとしたのだが、いずみが巧みに進路を遮って通さないようにしている。泊龍は小さく舌打ちしていずみを睨みつけた。


 泊龍に任せて戦場を離れたアヤウラは、1人必死にコムサイの待つ山岳部を目指していた。ただ1人、まるで落ち武者のように。その背後から落ち武者狩りのごとく火影が追いついて来た。
「忍者から逃げきれると思うなよ」
「・・・ふん、時代遅れの化石がよく言う」
「変質者なんぞに言われたくはない!」
 火影の忍者刀が一閃し、アヤウラはそれを辛うじてナイフで受け止めた。そのまま暫しぎりぎりと押し合うが、これは獲物の差で完全にアヤウラが不利だった。
『ちっ、このままじゃ競負けるな』
 仕方なく、アヤウラは左腕に隠していた仕込み武器を使った。僅かな動作で左腕の袖から小さなナイフのような物が突き出す、アヤウラは右腕のナイフで火影と向かい合ったままで左腕をつきこんだ。
火影は咄嗟にアヤウラの動きに反応してその腕を押さえ込んだが、それはアヤウラの罠だった。腕を掴れたのを見たアヤウラはそのままもう1つのギミックを作動させた。すると、左腕から小さな音が鳴り、飛び出していた細身のナイフが飛び出した。あまりの至近距離での攻撃に流石の火影もこれを防ぐことはできず、腹部に深々と突き刺さったナイフはその勢いで火影の体を大きく弾き飛ばした。
 ナイフの刺さった位置を確認したアヤウラは僅かに顔を顰めた。
『ちっ、狙いがそれたな、あそこじゃたぶん助かっちまう』
 昔とは違う。アヤウラは自分の腕が確実に落ちていることを認めないわけにはいかなかった。まあ、最近は事務仕事が多いから無理もないのだが。
 とりあえず追撃は不可能と見て取ると、アヤウラはこの場を離れようとした。だが、神はまだ彼に試練を用意していた。
「そこまでだよ、変質者さん!!」
 山間に響く少女の声。その声にアヤウラは足を止めた。
「な、ど、どこだ、どこにいる!」
 僅かな狼狽を浮かべて辺りを見渡すが、それらしい人影は見当たらない。そうこうしていると、空から1人の天使が降りてきた。無数の羽を羽ばたかせて降りてくるその少女の姿はいっそ神々しいとでも表現しうるもので、神様なんてまったく信じていなかったアヤウラすら一瞬見惚れてしまった。
 一瞬呆けたアヤウラは慌てて頭を振って正気に戻ると、天から降りてきた少女を睨んだ。だが、少女は怯んだふうもなくアヤウラをキッと睨んでくる。
「リスティやフィリス、セルフィを誘拐しようなんて、確かに3人が可愛いのは認めるけど、そんなのは許せないよ!」
「ちょっと待たんかい、さっきから聞いてれば変質者だの誘拐魔だの極悪人だの好き放題言いやがって!」
「・・・わたし、極悪人とまでは言ってないよ?」
 無数の羽を纏った天使、仁村知佳は謂れのない冤罪にジト目で突っ込んだ。それを聞いたアヤウラはしばし考え、小さく咳払いすると、軽く首を捻った。
「・・・まあ、条件反射という奴だ」
「・・・そんなにしょっちゅう悪人呼ばわりされてるの?」
「・・・・・・」
 言い返せないアヤウラだった。


 アヤウラが知佳と出会う30分ほど前、泊龍たちのほうでは決着がつこうとしていた。夜の町に響き渡る幾多もの剣戟の音。泊龍と火影はすでに幾十も打ち合い、その都度距離をとっている。手数は泊龍の方が多いものの、全体の技量はいずみの方が勝っているらしく、2人の勝負はだんだんといずみ有利に傾いていった。
 だが、そんな2人に邪魔が入った。
「悪いんだけど、そこまでにしてくれるかな?」
「「っ!!」」
 いきなり割り込んできた穏やかな声に2人は咄嗟に距離をとった。そして、路地の闇から朗らかなアルカイックスマイルの少年が顔を出す。
「やあ、こんばんは」
 2人に戦いに割り込んできた男、氷上シュンはいずみをまったく気にすることなく泊龍に話し掛けた。
「速くアヤウラ君を追いかけた方がいいよ、どうやら向こうにはもっとやばい人たちがいるみたいだから」
「ア、 アナタは?」
「僕は氷上シュン、アヤウラ君の心の友さ」
「・・・ハ? ココロの友?」
「そう、さあ、早く行ったほうがいい。僕も彼女を説得したらすぐに追いかけるからさ」
 氷上は笑顔でそういいきった。泊龍は少し不安そうだったが、とりあえず無理やり自分を納得させると全力で駆け出した。
「あっ、逃げる!」
 咄嗟に追いかけようとしたいづみだったが、次の瞬間いずみは全身をガタガタ震わせていた。まるで、何かに怯えるように。
 実際、いずみは怯えていた。氷上から感じる圧倒的な存在感に。ここにいたのが薫か耕介ならもう少し冷静に相手ができただろうが、この状態ではどうしようもない。
 怯えるいづみに氷上は極上の笑顔を向けていた。


 知佳と向かい合うアヤウラ、ナイフを両手に構えた中年と無数の羽をはばたかせる少女がにらみ合う姿はなにやら怪しいを通り越して、もはや妖怪大決戦のような感じすら受ける。そしてそこに新たな妖怪が現れた。
「失礼ですね、私は妖怪ではありません」
「・・・? さくらちゃん、誰に向かって話してるの?」
「いえ、気にしないでください仁村先輩」
 訳がわからないという顔で聞いてくる知佳に、黒いコートを羽織った吸血鬼と人狼の血を持つ夜の一族の女性、綺堂さくらがその場を取り繕う。そして、アヤウラに視線を向けた。
 さくらに睨まれたアヤウラは心臓を鷲掴みされたかのような恐怖を覚えた。別になんて事のない、まだ高校生くらいの少女の視線に幾度も死線を潜ってきたアヤウラが怯えている。これはアヤウラにとって屈辱以外何者でもなかったが、だからといって恐怖が消えるわけでもない。
 さくらはアヤウラが自分の魔眼を受けてもまだ立っていることに正直驚いていた。普通、人間が魔眼を受けたらよほどの精神力がない限り抵抗などできない。さくらは強めに魔眼を使っているのに、この男はそれでもまだ両足で立っているのだ。
『どうやら、仁村先輩の言うようなただの変質者ではないようですね』
 さくらはコートをはだけ、右手を出した。どうやら真面目にやることにしたらしい。
「仁村先輩、火影さんのほうを頼みます」
「あ、う、うん」
 言われて知佳は出血が多い火影に駆け寄った。 
さくらは、空に輝く半月の光を背に受けてアヤウラに歩み寄ってくる。アヤウラはナイフを構えたが、今まで自分の命を守ってきた大型ナイフが竹ひごよりも頼りなく、長い修練で身につけた技は何の役にも立たない。その事を長い実戦経験でアヤウラは直感的に悟っていた。
 絶対に勝てない、この事実にアヤウラは恐怖した。今までにもこんな力の差を感じたことがない訳ではない。だが、ここまで自分が無力に思えたのは初めてだった。足が震え、喉がからからに渇いていく。助けを呼ぼうにも近くに味方はいない。今、まさにアヤウラは狩られる獲物になったのだ。
 だが、さくらは突然大きく後ろに飛んだ。次いで今までさくらがいた所に何本もの手槍が突き刺さる。そして1人の女性がアヤウラの隣りに立った。
「大佐、だいジョウブでしタカ?」
「・・・あ、あ、あ、あ、ああ・・・大丈夫、だ・・・」
 まだ助かったことが信じられないのか、アヤウラは何度も喉の辺りを撫で回し、切れ切れの荒い息をついて呼吸を整えようとする。膝が震えており、今にも力なく崩れ落ちそうだった。
 一方、泊龍はさくらと向かい合っていた。
「さくらサン、デキレばどいてホシイ」
「・・・弓華先輩、御剣先輩はどうされたんです?」
 さくらの目が細められる。そんなさくらに泊龍はふうっと小さく息をはいた。
「ソレガ、氷上さんってイウ人にマカセテきたね」
「氷上だとおおおおっ!!」
 氷上の名を聞いて突然復活するアヤウラ。あまりの勢いに泊龍だけでなく、知佳やさくらまでびっくりしている。そんな事はお構いなくアヤウラは泊龍の肩を掴む。
「おい泊龍、ほんとにあいつが、氷上が来てるのか!?」
「エ、エ、エ? あの、ナンテ言いますか、現れたヒトがそう言いまシタ」
 アヤウラの勢いにうんうんと頷きながら答える泊龍。アヤウラは氷上がいることを知ると大声で氷上の名を呼んだ。
「氷上ぃぃぃぃっ!!!」
「呼んだかい、アヤウラ君?」
 呼びかけに応じて氷上が闇の中から現れる。その顔にはいつものさわやかな笑顔がある。
「氷上、あいつらを足止めしててくれ。その間に俺たちは逃げるから」
「それは酷いよ、僕はどうやって帰ったらいいんだい?」
 言葉とは裏腹に全然困ってそうもない氷上に、アヤウラはジト目を向けた。
「お前なら船なんぞなくても帰って来れるだろう。今までもそうだったんだからな」
「はっはっはっ、それを言われると弱いなあ」
 楽しそうに笑いながら右手で後頭部を掻く。そして、さくらの方を見た。
「まあ、いいよ、やってあげる」
 氷上の約束を聞いてアヤウラは一気に駆け出した。半歩送れて泊龍が続く。
 それを尻目に氷上はさくらと知佳の前に立ちはだかっていた。
「さてと、僕としてはあんまり夜の一族とは争いたくないんだけど、どうする?」
氷上に聞かれてさくらは少し腰を静めた。
「夜の一族を知っているあなたは、一体何者ですか?」
さくらの質問に氷上は笑顔を消し、真剣な顔で答えた。
「僕は・・・


海鳴を取り巻く山岳部にある盆地に着陸していたブースター付きのコムサイに飛び乗ったアヤウラはすぐに出発を命じた。すでに部下たちが追いついてくる可能性などないと確信している。
 緊急発進をかけるコムサイの中でアヤウラは自分の座席に腰掛け、右手で顔を掴んだ。落ち着いてくると改めて先ほどの恐怖がこみ上げて来る。アヤウラにとって久しぶりに感じた恐怖であった。
 一方、泊龍は窓からじっと地上を、海鳴の街を見ている。騙しつづけてきた友人の、恋人の顔が浮かんでは消え、その都度彼女の心を切り刻んでいく。
『あの町は、優しスキました。ワタシみたいな人間がいてイイ所では無かったんデス』
 だが、頬を伝う涙が消えることは無い。そんな泊龍の肩を氷上が軽く叩いた。
「氷上サン!!」
 泊龍が飛び上がらんばかりに驚く。コムサイに乗り遅れたはずの彼がどうしてここにいるのか。だが、氷上はそれには答えてくれなかった。
「泊龍さん、海鳴にいい思い出でもあったのかな?」
 氷上に聞かれて泊龍はしばし迷ったが、やがてコクリと頷いた。それを見て氷上が極上の笑みを浮かべる。
「忘れない方がいいよ。戦争が終わったら謝りにいけばいい、きっと許してくれるよ」
「ソウデしょうカ?」
 不安そうな泊龍の呟きに氷上は自信ありげに頷いて見せた。
「大丈夫だよ、彼を信じなって」
 そう言って氷上は泊龍に1本のクナイを手渡した。
「・・・コレワ?」
「火影さんからの預かり物。待ってるってさ」
 氷上からクナイを受け取った泊龍、いや、弓華はクナイを両手で握り締め、今度こそ声を上げて泣き出した。


 宇宙に向かっていくコムサイを見上げてさくらはじっと考え込んでいた。
「ねえさくらちゃん、ほんとに行かせて良かったの?」
 知佳の問いかけにさくらは「ええ」と頷いて見せた。
「氷上シュン、まさか、まだ純血種がいたなんて・・・」
「純血種?」
 可愛く首を捻る知佳には取り合わず、さくらは厳しい顔で空を見ていた。


後書き
ジム改 はっはっはっ、インターミッションその2公開
知佳  なんでこんな話を書いたの?
ジム改 いや、ちょっとした趣味だよ。なんとなくとらはキャラを出してみたかったんだ。後顔出しか
    な。
知佳  でも、ずいぶん強引だね。第1私たちでプロの工作員なんて相手にできるの?
ジム改 何を仰るやら、とらは2では君のルートだと耕介と薫はプロの工作員をしばき倒してたじゃない
    か。
知佳  うっ、それを言われると・・・
ジム改 まあ、この話はとらはキャラの顔見せのような話です。本格的に彼女たちが登場するのはもっと後になりますから、期待していてください。
知佳  期待しなくてもいいよ〜。
ジム改 うるしゃーい!