インターミッション3  教導団


 秋子のもとを離れたシアンは小惑星基地ペズンに赴任してきていた。ここには設立されたばかりの連邦軍戦技教導団が置かれており、シアンはこの部隊で上級戦技官としてエリート部隊を指導していく事になる。
 着任したシアンを出迎えたのはいかにも実直で頑固な軍人という感じの中尉だった。移動用のシャトルから下りてきたシアンを出迎えた時の敬礼も実に見事なものだった。これに対してシアンはやや軽い感じの敬礼を返している。

「シアン・ビューフォート中佐だ。今日付けでここに配属になった。君は?」
「はっ、トッシュ・クレイ中尉であります!」
「ではクレイ中尉、司令官オフィスまで案内してくれるかな。着任の挨拶をしなくてはならない」
「はっ、こちらです」

 トッシュはシアンを先導して基地内部へと向って行く。シアンは荷物袋を担ぎなおすとその後を追って行った。
 司令官オフィスで司令官に着任の挨拶をしたシアンに、司令官は嬉しそうに手を握るまでして歓迎の意を表していた。

「名だたる中佐を教導団に迎えられた事は望外の喜びだよ。まだ出来たばかりの組織だからな。君の手腕には大いに期待しているぞ」
「期待に添えるよう努力します。ですが、事務仕事は苦手ですよ」
「そういう事は事務屋にでも任せれば良い。君の仕事は新型機のデータ採取だよ」

 シアンは想像もしていなかったこの出迎えに内心で首を捻っていたが、特にそれを表に出す事はなかった。とりあえずはやっておきたい事を口にする。

「司令、とりあえず基地の中を見て回りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、かまわんよ。中尉、中佐を案内してやってくれ」
「分かりました」
「それと、私のMSはあるのでしょうか?」
「ああ、格納庫にまだ搭乗員未定のMSが転がっている。好きに選んでくれて良い」

 とりあえず聞きたい事を聞いたシアンは敬礼をすると司令官オフィスを後にした。そこで疲れたように息を吐き出すと、傍らに立つトッシュを見る。

「俺はそんなに有名人かね?」
「機動艦隊の戦闘隊隊長を知らない者は宇宙軍にはいませんよ」
「だが、あの態度はどうかと思うね。なんであんなに上機嫌なんだか」

 シアンはぼやいたが、トッシュはそんなシアンに内心で呆れかえっていた。どうやらこの新しい上官は自分の立場というものがまるで理解できていないらしい。今や連邦宇宙軍内部における一大派閥であるリビックを筆頭とする中道派の最重要人物である水瀬秋子中将。その秋子の片腕とまで言われ、秋子に大きな影響力を持つとされるこの男の機嫌を損ねればどうなるか知れたものではない。司令官はシアンの機嫌をとって秋子へのパイプを確保しようと考えているのだ。
 この時、トッシュはシアンという男を自分と似たような愚直な軍人だと判断した。賢い生き方が出来ないタイプの男だと。

 トッシュの案内を受けてシアンは基地内を色々と見て回ったが、沸いてきた疑問をトッシュにぶつけてみた。

「中尉、ここはまるで研究所の様だな」
「それはそうです。ここは元々ジオンの研究施設であり、工場だったのですから」
「なるほどね。接収した施設をそのまま利用している訳か。という事は、新型MSでも開発してるのか?」
「ええ、ご覧になりますか?」

 トッシュの誘うような言葉にあがらう術を、シアンは持っていなかった。工場ブロックへと案内されたシアンが見たものは、MSベッドに横たえられたジオン系のフォルムを持つ無骨な機体だった。まだ装甲も一部しか施されてはおらず、明らかに開発中である事を伺わせる。

「これは?」
「RX−141「ゼク」です。このペズンで行なわれていたジオンのXナンバー機のデータをもとした機体でして。まだ開発途上の機体ですが、完成すればハイザックやジムUなど問題とはならない機体となるはずです」
「ゼク、ねえ。噂は聞いていたが、随分と開発が進んでるじゃないか。確か俺が火星に行く前はまだ計画段階だったはずだが?」
「ファマス戦役のおかげで開発が一気に加速されました。教導団の発足前から開発が進められていたのですが、例のシュツーカに対抗できそうな機体という事で開発を急がされたんです。残念ながら戦役には間に合いませんでしたが、おかげで試作機はここまで仕上がりましたよ」
「なるほど、シュツーカショックの産物か。たしか、あれのせいでジムUとハイザックの開発を超特急で進めたんだったな。特にジムUはありがたかった」
「こいつにはジム・FBなんかに使われているムーバブルフレームが採用されています。装甲は従来の物ですが、ファマス戦役で得られた資料から造られた新装甲材を使う予定もあるということです」
「新装甲材、ガンダリウムか、それともシュツーカD型に使われていたとかいう新型のチタン・セラミック材か」

 火星会戦終結後のデータ収集にはシアンも関わっている。同行していた技師達の話からファマスの保有する技術力の凄まじさが伺えていた。後にそれらを纏めた報告書の写しを秋子から受け取っていたので、大まかな調査内容も知っている。これによると、シュツーカはジオンと連邦の技術が融合して生まれた機体で、ハイザックと極めて近いコンセプトを持っている。ただ、シュツーカのA型でもハイザックを上回る基本性能を持っており、ビームライフルとビームサーベルの標準装備を可能としていた。
それの発展型であるブレッタはシュツーカの性能を全般的に向上させたタイプで、余裕のある設計からさまざまな派生型が存在していた。
 一方、同じくシュツーカの発展型でありながら、ジャギュアーはふざけているとしか言い様が無いほどの高性能を持っていたが、これはブレッタが一般兵用の汎用量産機を目指していたのに対し、ジャギュアーはエース級に支給する高級量産機を目指していたからだ。結果としてその性能は一部の試作機を除き、ファマス戦役の全期間を通じて最強を誇りつづけた。絶え間無い開発競争が行なわれる戦時下のMSとしては信じ難い事だが、ジャギュアーは連邦が繰り出してきた新型機を遂に寄せ付けなかったのだ。
 他にもファマスにはさまざまな機体が存在した。デラーズ・フリートで開発されたエルメスの改良型であるディアブロがパイロットもろとも鹵獲されたのはその最も足る成果だっただろう。

 シアンはゼクを後にすると、そのまま格納庫へと移った。そこには新旧さまざまなMSがあり、さながらMSの見本市とでも言うべき様相を呈している。

「これらを使って機体のデータを作るのが我々の仕事です」
「それは分かっている。あとで部下となるパイロットを紹介してくれ」
「はい、午後には予定が入れてあります。所で中佐、MSはどれにしますか?」

 トッシュに問われてシアンは格納庫を見渡し、どれにしようかと考えこんだ。流石にボールは無い。テスト用と思われるMSは本当にいろんな機体があり、Rガンダムやジムカスタムといった見慣れた機体もあれば、見た事も無いガンダムタイプやジオン系MSまでがある。
 トッシュは当然シアンはガンダム系MSに乗るだろうと思っていたのだが、シアンが選んだMSは意外な機体だった。

「では、俺はこいつを専用機としてもらうか」
「こ、これを、で、ありますか?」

 トッシュはどう答えれば良いか悩んでしまった。それは、連邦軍の主力となっている汎用量産機、ジムUだったのだ。シアンは満足げにウンウンと頷いている。

「俺はガンダムよりもジムの方が使いやすいんだ。どうもガンダムってのは性に合わん」
「ですが、ジムUでは・・・・・・」
「中尉、本当に実力のあるパイロットというのは、どんな機体でも上手く使えるパイロットなのだよ」

 これはシアンの持論である。ガンダムタイプに乗っていい気になってるエースパイロットよりもジムに乗って戦果を上げるパイロットの方が実力はあるというのがシアン流である。もっとも、ガンダムの高性能を否定している訳ではない。それなり以上の腕があるパイロットならガンダムタイプを与えられる資格はあるだろう。
 ちなみに、シアンがジムを好むのは単に彼の趣味の問題である。シアンはあののっぺりしたゴーグル顔をいたく気に入っていたのだ。

 この後、シアンは幾つかの施設を見て回り、大まかな構造を教えてもらったのである。この後に教導団のパイロット達を紹介してもらったのだが、シアンはこの新しい部下達を見て早くもこんな所出て行きたいと思う様になってしまった。

 パイロット達を代表する形で前に出てきた大尉の階級章をつけた厳つい男は、その頑固者という印象にたがわない型通りの敬礼をしてくれた。

「ブレイブ・コット大尉であります」
「シアン・ビューフォートだ。宜しく頼む」

 どうやらこの男が教導団パイロットの纏め役らしいとシアンは考えたが、どうにもやり難い相手だ。シアンはこういう真面目一徹という相手はどうもそりがあわない。まあ、そうは言っても仕事なのだから仕方がない。それに、自分の方が上官なのだから表立って問題を起される事も無いだろう。
 だが、シアンは甘かった。コットは新たに赴任してきた若い上級戦技官にはっきりとした敵意を持っていたのである。理由は上げればキリが無いが、まだ23歳という若さで中佐という地位を手に入れていることへの反発と、シアンがスペースノイドであるという2点がその最もたるものであった。コット大尉は隠れも無い地球至上主義者であり、スペースノイドへの差別意識を隠そうともしない人物だったのである。

 この日から実に半年もの間、シアンは部下たちの協力をまともに得る事の出来ない日が続いたのである。僅かにシアンを出迎えてくれたトッシュ・クレイ中尉などの比較的真面目な者がシアンと教導団パイロット達の間を駆け回って何とか意思疎通を図っていたが、いいかげんその対立構造は深刻という言葉では言い表せないほどのものとなってきていたのである。加えて、シアンの後からやってきているパイロット達の中にはスペースノイドもおり、これが爪弾きにされているという事態も起こっていた。
 この一瞬即発の空気の中で、シアンを喜ばせる数少ないニュースがあった。シアンは地球からはるばる呼び寄せた新しい部下を出迎えにわざわざ宇宙港まで足を運んだのである。
 入航してきたシャトルから1人の若い女性士官が降りてくる。階級は少尉だろうか。シアンはその女性士官を見るなり嬉しそうに声をかけた。

「茜、こっちだ!」

 茜と呼ばれた女性士官はシアンを見つけると、近づいて来たが、その顔は真っ赤だった。

「兄さ・・・・・・いえ、中佐、出来れば人の名前を大声で呼ばないで欲しいのですが」
「む、そうか、すまん」
「いえ、分かってくれればいいです。里村茜少尉、ペズン教導団に着任しました」
「うむ、着任を許可する。以後、少尉は俺の副官となってもらう」

 敬礼を交し合った2人は、真面目な表情を崩すと穏やかな笑顔を向け合った。

「よく来てくれたな、茜。ファマス戦役では敵同士だったが、これからは頼りにさせてもらうぞ」
「いえ、収容所暮らしはご免でしたから。それに元ジオンとはいえ、私がジオンに肩入れする理由は地平線の彼方まで探してもありはしません」
「なるほどな、茜らしい理由だ」

 シアンは小さな声で笑うと、茜の肩を右手で軽く叩いた。

「いずれ久瀬も釈放されたら部下に引き込むつもりだ。それまでは副官を任せるぞ」
「久瀬大尉を副官になさるのですか?」
「あいつは事務仕事が得意そうだからな」

 シアンの答えに茜は何とも言えない複雑な表情を浮かべた後、ボソリと呟いた。

「私に事務仕事を全部押し付けるつもりですね?」
「ギクッ!」
「まったく、兄さんの面倒くさがりは直ってないようですね。機動艦隊では戦闘隊隊長まで勤めていながら、どうせ郁未さんに全部押しつけてたんでしょう」
「俺はそんな外道な奴じゃないぞ。ちゃんと幾人かに分担させたって」
「自分ではやらなかったという点は否定しないんですね」

 茜の遠まわしとは言えないツッコミの数々に、シアンは久々に会った妹のような女性のきつい性格をはっきりと思い出していた。

 

 茜を迎えたシアンはいよいよ部隊の掌握にかかることにした。コット大尉を中心とするグループはようするにティターンズ派な訳で、中道派に属するシアンとしてはいつかは白黒付けなくてはいけない相手なのである。
 シアンは教導団の全員を集めると、ホワイトボードに自分の方針を書きこんだ。

「俺は機動艦隊の頃から一貫して採用し続けてきた事がある。それは、実力主義だ」
「・・・・・・小官らの腕を疑っているのですか?」

 少尉の階級章をつけた士官が椅子を蹴って立ちあがった。その顔には屈辱が見て取れる。教導団に配属されるだけの技量はあるのだろうが、それが増長に繋がっているらしい。そして、シアンはこの手の増長が大嫌いである。トルクにもかつてはこういう傾向があった。
 だから、シアンは彼らのプライドを粉々にしてやろうと考えていたのである。

「君達の実力を知るためにも、模擬戦闘を行ってみようと思う。俺が相手をするから、君達は戦う順番を決めてくれ。1日4人までだ」
「模擬戦闘、ですか?」
「そうだ、俺は新しい部下が来ると必ず自分で実力を試してきた。君達も俺に何か言いたければ実力で示して見せろ。なんなら俺ではなく里村少尉が相手でも良いぞ。彼女を梃子ずらせたなら実力を認めてやる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 この挑戦的な言葉にパイロット達ははっきりとした怒りを見せた。誰もがそれぞれの任地ではエースと呼ばれてきた身だ。ここまでコケにされて黙っている訳が無かった。茜が自分を引き合いに出すなと視線で訴えるがシアンは露骨に無視している。そして、全員を代表してコット大尉がシアンに挑戦してきた。

「良いでしょう、ではまず、小官から」
「大尉か、良いだろう」

 シアンは頷くと楽しそうに格納庫を見やった。

「さてと、久々のジムだな」

 そこには、胸部を漆黒に塗装されたジムUがあった。シアンが整備班長に頼み込んで調整と塗装を頼んでいたのだ。
 ノーマルスーツを着こんだシアンは待っていた整備班長の所で着地し、親しげに肩を叩いた。

「済まないな、無理を言って」
「まあ、構いませんがね。ですが、良いんですか。言われましたからその様に調整しましたが、こりゃ出鱈目ですよ」

 整備班長はどうした物かと言いたげな顔でジムUを見上げている。シアンに渡された調整データを施せば、こいつは普通の人間に操縦出来るような代物ではなくなってしまう。だが、シアンは気にしてはいなかった。

「大丈夫だ。それくらいが俺には丁度良い」
「言ってくれますね。さすが機動艦隊の戦闘隊隊長」
「元、だがね」

 シアンは口元に皮肉な笑みを浮かべると、床を蹴ってコクピットへと乗り込んだ。ベッドに固定されていた機体が置き上がり、カタパルトへと誘導されて行く。すると、すでに1機のジム・FBがカタパルト上に待機していた。

「大尉か?」
「はい、お先に行かせてもらいます」
「構わんよ。戦場はどうする?」
「要塞正面で良いでしょう。余計な障害物も無い」
「・・・・・・余裕だね、大尉」

 シアンはコット大尉の自信にあえて釘を刺したが、コット大尉はそれには答えなかった。その直後に機体がカタパルトで打ち出されて行く。シアンは肩を竦めると自分もカタパルト上に機体をもって行った。

 パイロットルームから2機のMSが打ち出されていくのを見ていたパイロット達は2人の戦いを予想しあっていた。

「どう思う、この模擬戦」
「大尉の勝ちに決まってるだろ。まあ、あの中佐も弱くは無いだろうけどな」
「そうだよな。クリスタル・スノーだかなんだか知らないが、ここではでかい顔は出来ねえよ」

 パイロット達の中に爆笑が轟いたが、幾人かは厳しい顔で2人の戦いを見守っていた。その中の一人、トッシュ中尉はシアンを馬鹿にしている連中に聞こえるように思っている事を口にした。

「だが、あの中佐、ルウムの生き残りらしいぞ」
「だからどうしたんだ。単に運が良かっただけだろ?」
「・・・・・・かもしれないが、運だけの男に、あの黒い雷、トルビアック・アルハンブルが付いて行くか?」

 実は、連邦軍内部ではシアンよりもトルクの方が有名であったりする。黒い雷の異名はなかなかに知れ渡っているのだ。そのトルクが上官と慕うほどの男だといわれれば、誰もが黙ってしまうほどの説得力を有してしまう。
 トッシュは茜に問いかけてみた。彼は教導団の中では比較的シアンと接点があるという関係から、茜の数少ない話相手である。

「里村、シアン中佐の実際の実力はどれくらいなんだ。お前なら知ってるだろう?」
「・・・・・・知ってはいますよ。普段はゆるい人ですから弱そうに見えますけどね」

 茜は一瞬だけだが、その小柄な体を震わせた。

「桁外れた強さの持ち主です。1対1であの人と戦って勝てると思える人を、私は1人しか知りません」

 茜の答えに教導団パイロット達は戸惑いを浮かべた顔を向け合った。幾らなんでもそれは大袈裟だろうと思う反面、戦場に良くある噂話のように伝わってくるシアンの強さを自分たちも聞いているのだ。
 そして、戦いは教導団パイロット達が予想もしなかった終わり方をしたのである。

 ジム・FBを駆るコット大尉はジムUで出てきたシアンに戸惑い、次いで怒りを露にした。

「ふざけやがって。俺などジムUで十分だとでも言うのか!?」

 ジム・FBとジムUでは性能に差がありすぎる。これはどう考えても舐められていた。コット大尉は開始の合図と同時にシアンに襲いかかった。

「直ぐに終わらせてやる!」

 ジム・FBを振り切る事はジムUには出来ない。絶対的な性能差が両者の間には横たわっているからだ。幾らパイロットが良くても機体の限界は超えられない。
 ただ、コットとシアンの間には埋めようも無いほどの技量差が横たわっていることを、コットは知らなかった。この時の彼の不幸は、彼の周りには火星侵攻作戦に加わっていた者がいなかった事だったろう。もし1人でもいれば、シアンに接近戦を挑むのを止めようとしただろうから。
 コットはペイントライフルとシールドを持つジム・FBを一気に加速させた。機動性を生かした一撃離脱戦を挑む為だ。一方、シアンはこの機体の特性を良く知っていたので、コットがその手を使うことを最初から予想していたりする。

「相沢もあの手で来てたからな。まあ、厄介には違いないんだが、考え無しに突っ込むのはどうかと思うぞ、大尉」

 シアンは小刻みな回避運動を取りながら距離を詰めてくるジム・FBの動きを冷静に見据えながら、ペイントライフルを放った。それは空しくシールドに弾かれるだけに終わったが、コットに与えた衝撃は大きかった。

「いきなり直撃だと。動きを読まれたとでも言うのか!?」

 通常、射撃というのは照準射撃を行ってある程度の照準を付けた所で辺り目を付けるものだ。それを初弾から当ててくるなど、もう運としか言えないだろう。そう、普通の相手ならこれは運としか良いようが無い。だが、シアンは普通の相手ではなかった。

「どうした、ジム・FBに乗っててジムU1機を押さえ込めんのか!?」
「馬鹿にするなあああ!」

 逆上したコットはペイントライフルを撃ちまくったが、シアンのジムUには掠りもしなかった。逆に銃火を避けながら距離を詰めてくるのを見てコットは焦った。

「そんな、弾幕を躱しただと!?」
「・・・・・・・・・・ふん、いい腕だがっ!」

 一気に距離を詰めてそのままジム・FBにシールドチャージを食らわせる。相手が吹き飛ばされた瞬間には既にシアンは次の行動に入っていた。
 シアンはコットの見ている前で機体を右に動かした。そのまま孤を描くようにジム・FBに向って行く。コットからはいきなり目の前からジムUが消えたように見えた。

「消えた、どこだっ?」

 その答えは左監視モニターの映像と、アラームがくれた。慌ててそちらに機体を向けたが、すでにジムUは至近距離にまで迫っている。その右手にはライフルが握られていた。コットが反応するよりも早くペイントライフルは弾を吐き出し、ジム・FBの機体を赤く染め上げてしまう。


 コットが全く歯が立たなかった事に教導団パイロット達は誰もが唖然としていた。コットが弱い訳ではない。その実力は教導団でも屈指のものだ。茜から見てもコットは弱くは無いと思える。だが、シアンの相手をするには役不足も甚だしいとしか言えなかった。

「・・・・・・勝負あり、ですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 トッシュも声が無かった。自分たちの常識を越えた強さを持つシアンに驚愕しているのだ。噂でしか聞いた事の無かった最強部隊、クリスタル・スノーを実力で纏め上げたという水瀬秋子の片腕、『絶対者』の異名を持つシアン・ビューフォートが、初めて実感を伴って彼らの前に現れた瞬間だった。
 
 結局、この後2人のパイロットがシアンに挑んだのが、結局相手にはならなかった。2人とも悔しいとかそういう感情さえ抱けず、まるでペテンにでもかけられたかのように呆然としていたのである。
 そして4人目というところで、それまで観戦に徹していた茜が動き出した。

「私が出ましょう」
「・・・・・・里村?」

 コットの次に相手をして、その実力をじかに味わったトッシュが驚いた顔をしている。あれを相手にまだ戦おうという気が起こるのかと言いたいのだろう。だが、茜はトッシュが知る限り初めての表情を浮かべていた。楽しげな笑顔を。

「・・・・・・トッシュ中尉、私がファマスのパイロットだったのは知ってますよね?」
「ああ、知ってるが、それが?」
「・・・・・・私は、ファマス屈指のエースだったんですよ」

 それだけ言うと、茜はパイロットルームから出ていった。残されたトッシュは茜が何を言いたいのか分かってはいなかった。

 シアンは4人目のパイロットが乗ってきた機体を見て驚きの声を漏らした。

「シュツーカか。評価試験用の奴を出してきたのか。驚いたな、誰が乗ってる?」
「私ですよ、中佐」

 シュツーカから帰って来た答えにシアンは頬を引き攣らせた。

「・・・・・・里村少尉、君の実力はよ〜〜く知ってるんだがね?」
「久しぶりに1戦するのも良いかと思いまして。実戦ではありませんし」
「・・・・・・お前を相手に、手加減してやる余裕は無いんだけどなあ」

 シアンはやれやれと肩を竦めると、ペイントライフルに新しい弾装を込めた。そして、ほとんど同時に2機は動いた。シアンの動きはそれまでが本気では無かったとでも言うかのような鋭く、激しいものへと変わり、茜は逆に渓流魚のような緩やかな、流れるような動きを見せている。シアンが接近戦を好むのに対して、茜は射撃戦を好むという違いだろう。互いに乗っている機体はシェイドMSでは無いから、どんな無茶な機動をしても体への負担は小さくてすむ。むしろ反応が遅いと文句を付けたくなるくらいだ。

 細かい鋭角的な機動をしながらシアンは時折ライフルを牽制代わりに放ち、茜の逃げる方向を塞ごうとするが、基本性能に勝るシュツーカは右に左にと機体を振りながら射線を躱していく。その巧みな機動にシアンは苦笑混じりの賞賛を浴びせた。

「やるじゃないか、茜。舞より上手く動く」

 茜の巧妙な回避運動にシアンは無駄弾をばら撒く事になっていたが、茜にしてみれば堪ったものではなかった。シアンの射撃は自分の回避運動を読まれてるんじゃないかと思わせるほどに的確な射撃を加えてきている。反撃する間も無いほどに気の抜けない攻撃をされているのだ。

「何が近接戦が得意ですか。射撃だって上手いじゃないですか!」

 通信が繋がっているなら「大嘘吐き!」と怒鳴ってやりたくなった。しかしまあ、シアンが接近戦が得意だというのは間違ってはいない。近距離射撃戦では北川やアムロのが上手かったくらいだ。ただ、射撃戦が苦手という訳でもないだけだ。
 シアンと茜の勝負は結局決着が付かなかった。互いに弾と推進剤を使い果たし、もう帰還さえ危ぶまれた所でようやく戦闘を中止したのである。その強さは見ている者を震えあがらせるほどに凄まじく、シアンにたいする評価をこれまでとは大きく違う方向にもっていったのである。


 この日を境に教導団の士官達のシアンにたいする対応は大きな変化を見せた。その技量に敬服し、シアンを上官として尊敬するようになった者と、シアンの人外な戦闘力に恐怖した者に分かれたのである。ブレイブ・コット大尉はシアンの実力は認め、表面的には従うようになった。だが、その水面下ではシアンを危険視していたのである。つまり、ニュータイプではないかと。

 シアンがニュータイプではないかという疑惑は、実は機動艦隊発足前から噂程度には存在していた。一年戦争における活躍がアムロ・レイと比較された為だが、実際にそれを証明する手段は無く、あくまで噂というレベルに留まっていた。だが、コットはその噂が真実ではないのかと疑い、シアンをこのまま教導団のトップに据えておく事は許容できないと考えていたのである。
 コットのこの考えに同調したのが、ティターンズのバスク・オム大佐だった。彼はニュータイプの存在を知ってはいた。彼自身がドリル(旧ア・バオア・クー)でジオン残党を相手に試験的なニュータイプ部隊を率いていた事があり、ニュータイプの存在その物は認めている。だが、もしシアンがそうであったとしても、彼には直接手を出す事ができなかった。何といってもシアンの背後には秋子がおり、彼女と事を構えることは現段階ではジャミトフが許さない。
 それでも、バスクはシアンを教導団から追い払おうと考えていた。言ってしまうなら、自分達の有力な味方となるように準備を進めてきた教導団に、中道派の細胞が侵食するというのは我慢できなかったのである。事実、教導団パイロットやペズン基地関係者の中には地球主義的な思想を抱いていた者が大半だったのに、今では中立になったりシアン寄りになっている者がいるというのだから。


 それから暫くして、シアンは奇妙な噂を聞かされることになる。シアンがようやくRXナンバーからYRMSナンバーへと一歩前進し、名称もゼクからゼク・アインへと変えられたYRMS−154ゼク・アインのテストを行っている時、管制室にいささか表情を曇らせた茜とトッシュが入ってきたのである。2人を見た技術士官が不思議そうな顔をした。

「おや、どうした2人とも。今日は2人のテストの予定は無いはずだが?」
「いや、テストって訳じゃないんだ」
「中佐に、話がありまして」
「・・・・・・まあ良い。邪魔をしなければいても構わんよ」

 テスト機であるYRMS−154ゼク・アインは本来なら基地の人員であってもまだ公開できるものではないが、2人は関係者なので隠す必要も無いと判断したのだ。2人は技術士官の言葉に従い、素直に部屋の壁際においてある椅子に腰掛けて待っていた。
 暫くして技術士官がテストの終了を伝えた。機体がハンガーに固定され、シアンがコクピットから出てきて管制室に入ってくる。ヘルメットを脇に抱えたシアンはドリンクを手に管制室の技術士官に話しかけた。

「まだ反応が鈍いな。レスポンスに若干の遅れがある。特に右足の動きが左足についていけてない。バランス調整が足りないな」
「やはりそうですか。ソフトの改良が必要ですね。ムーバブルフレームは問題無さそうですが、やはりもう少し剛性が欲しいですね。ゼクではフレームをガンダリウムβで造ってましたが、アインはチタン・セラミック複合材ですから」
「ファマスから手に入れたあれだろ。アレでも脆いのか?」
「そういう事です。材料開発部の方から何とかできそうだという話は来てますから、それ待ちですね」
「そう願いたいね」

 シアンは肩を竦めてドリンクを口にし、そこでようやく2人に気付いた。

「んっ、なんでこんな所にいるんだ?」
「いえ、ちょっと中佐に聞きたいことがありまして」

 トッシュが周りを気にしているのを見て、シアンは表情を僅かに引き締めた。どうやらここでは話したくないことらしい。技術士官にはデータは後で俺の部屋に回してくれと言い、2人を見る。

「分かった。俺の部屋で聞こう」


 シアンの執務室に来た2人は勧められるままにソファ−に腰掛ける。シアンは自分の趣味で増設した食器棚からカップを取りだし、自分で淹れた紅茶を振舞ってくれた。

「あ、ありがとうございます」
「中佐のティーカップマニアぶりは相変わらず見たいですね」

 珍しく顔を綻ばせた茜に、シアンは昔を思い出すような顔で自分の持っているカップを見た。

「ああ、俺の数少ない趣味だからな」

 なにやら他人の入れない雰囲気を作り出す2人にトッシュは居心地悪そうだったが、シアンがカップを置いて自分を見たことでようやく話せると内心で喜んだ。

「それで、話とはなんだ。言っとくが給料はそう簡単に上げれんぞ」
「違います」
「じゃあ有給の申請か。それならまずきちんと書類手続きから・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」

 だんだん茜の自分を見る目に険しさが混じってきたのを感じ、シアンはコホンと小さく咳払いをした。

「ああ、まあ冗談は置いておいて、何の話なんだ?」
「実は、ティターンズがここの来るという話をご存知ですか?」
「ティターンズの視察の話か。ああ、聞いているぞ」
「何故ティターンズが視察なんかに来るんです。教導団は宇宙軍司令部直属の部隊です。ティターンズに視察される理由がありませんよ」

 トッシュの憤りを見たシアンは紅茶を一口啜り、自分でも忌々しいと思っていることを口にした。

「現在の宇宙軍総司令部は表向きにはコリニー総司令がTOPだが、実権はジャミトフが握っている。だからティターンズがやりたいと言えば宇宙軍は許可を出すのさ。それが事後承諾だったとしてもな」
「そんな馬鹿な話がありますか。それじゃあ、軍の統帥の問題が出てきますよ。たかが一治安維持部隊が上位機関である宇宙軍総司令部を牛耳っているなんて」
「・・・・・・まあ、尉官の君が知らんのも無理は無いが、俺くらいになると分かってしまうのさ。命令系統の節々にティターンズの影をな」

 誰が見ても秋子派であるシアンは、誰よりも敏感にティターンズの影響を感じていた。噂では穏健派と強硬派の対立はかなり深刻なもので、軍としての機能にさえ支障をきたしていると言うのだ。
 だが、シアンはそんな事まで2人に語る気は無かった。確かに深刻だが、今はまだ派閥争いでしかない。この問題で悩むのは自分のような立場の人間であるべきだ。もし2人がこの問題の本質を知る日が来たとすれば、それは踏み越えてはならないラインを超えてしまったという事を現すのだろう。

 

 83年5月6日、ペズン基地にティターンズの査察団がやってきた。一応連絡を受けていたペズン基地司令部は何でティターンズがと首を捻っていたものの、今や連邦内で最大の発言力を有するティターンズ士官の悪くしようなどと考える馬鹿はここにはいないはずだった。
 ペズン基地にやってきた重巡洋艦アレキサンドリアから降り立ったのは、バスクの腰巾着として有名なジャマイカン少佐だった。階級は少佐だが、ティターンズ内における実質的な権限は戦隊司令官、つまり大佐や准将クラスのものを有している。つまり、その権威はペズン基地司令官と肩を並べるのだ。
 ジャマイカンは出迎えてくれた司令官に表面上は敬意を払いつつも、目的の人物を見やっている。そして口元に嫌らしい笑みを浮かべると、シアンの前にまで来た。

「シアン・ビューフォート中佐ですな。ファマス戦役での活躍は聞き及んでいますよ」
「・・・・・・・・・・どうも」

 シアンはこの男にはっきりと嫌悪感を持った。第1印象でシアンはこの男が粘着質系で権威を笠に着るタイプだと判断したのだ。最も、ティターンズ結成時期からティターンズに参加しており、バスクの腹心として働いている以上、無能という事は有り得ないのだが。
 ジャマイカンはそれ以上シアンと話す事は無く、司令官と共に司令区画へと行ってしまった。
 後に残されたシアンはティターンズに媚を売る気も無く、さっさと自分の執務室に戻ろうと踵を返したのだが、背後から近づいて来る足音に気付いて振り返った。そこにはティターンズの制服を着た士官が4人いて、こちらを見ている。シアンは彼らに問い掛けた。

「なにか用か?」
「いや、ファマス戦役で名を馳せた中佐と是非話がしてみたくて」
「小官らも火星侵攻作戦に参加していたんですよ」
「ほう、では我々は戦友という訳か」

 シアンは親しみを込めた笑みを浮かべて4人に向き直った。だが、4人の顔に浮かんでいるものは戦友に向けるような親しみでは無く、むしろ敵に対するそれであった。シアンと共にいた茜とトッシュが怪訝そうな表情を浮かべる。

「貴官等、中佐に何が言いたいんだ?」
「トッシュ中尉、相手はティターンズですよ」
「・・・・・・くっ」

 茜に窘められたトッシュは拳を握り締めて怒りを押さえこんだ。そんなトッシュを見てティターンズ士官たちが嘲笑を浮かべる。

「おやおや、エリートと名高い教導団にも、中尉のような礼儀知らずがいるんだな」
「まあ、今回は見逃してやるよ。次からは気をつけるんだな中尉。でないと、折角の教導団から追い出されるぜ」

 言いたい事を言って4人のティターンズ士官たちは基地内部へと行ってしまった。残されたトッシュはシアンにはっきりとその怒りをぶつけ出す。

「中佐、何なんですかあいつらは!」
「何だと言われても、ティターンズだろう」
「ティターンズってのは、あんな傲慢な輩なんですか」
「・・・・・・まあ、初めてにあれはキツイかもな。前からそういう傾向はあったんだが、ファマス戦役終結後はますます酷くなった。アースノイドの優越感とでもいうのかな」
「・・・・・・私とてアースノイド出身ですから、スペースノイドに対する差別意識が無いとは言いません。ジオン残党に容赦をするつもりもありません。ですが、あそこまで傲岸不遜では無いつもりです」
「まあ、ティターンズを見て、あれがおかしいと感じるのは良いことさ。あれが正しいと感じるようになったら、かなり危なくなってるという事だからな」
「分かります、今なら」

 トッシュはシアンの言葉に頷いた。茜はそんなトッシュに好意的な視線を向けたが、直ぐにシアンに向き直った。

「中佐、あのティターンズ士官たち、何をしにここに来たと思いますか?」
「視察、だろ」
「表向きはそうです」

 とぼけようとするシアンに茜は刺すような視線を向けてきた。シアンは暫くそれを無視していたのだが、遂に耐えられなくなって口を開いた。

「コット大尉の差し金、だろうな」
「やはりそう思いますか」
「いよいよ俺が邪魔になったんだろう。目の上の瘤だからな。加えて、コット大尉みたいなティターンズ寄りの男にはスペースノイドの部下になるというのが耐えられない」

 シアンはコット大尉がティターンズを招き入れたのだと読んでいた。恐らくは自分との間に問題を起こさせ、処分という形で教導団から追い出すつもりに違いないと。
 だが、トッシュだけは信じられないようで、顔がはっきりと引き攣っていた。

「そんな、コット大尉は確かに筋金入りのスペースノイド嫌いですが、幾らなんでも中佐を追い出そうとするなんて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 シアンはトッシュの肩に手を置き、一度だけ頷いた。

「中尉は、真っ直ぐな男だな」
「中佐?」

 シアンはそれ以上は何も言わず、1人で歩いて行ってしまった。後に残されたトッシュと茜は顔を見合わせて首を捻っていただけで、シアンの後を追うとはしなかった。もしシアンと付き合いの長い郁未がここにいればシアンの内心を察しただろう。今のシアンの顔は、とんでもない事をしでかす直前の人を食ったような笑顔だったのである。


 事件は、格納庫で起こった。まだ試験中のMSであるYRMS−154「ゼク・アイン」に乗らせろと押しかけてきたティターンズ士官が制止する整備兵達と揉みあいになったのだ。騒ぎを聞きつけたシアンが慌てて格納庫に来てみれば、ティターンズ士官の1人がゼク・アインのコクピットに乗り込もうとしている所だった。ゼク・アインの足元では殴り倒されたらしい整備兵数人が力無く漂っている。それを見たシアンは怒号とさえ思える声を放った。

「貴様等、ここで何をしているのか!!」

 格納庫に響き渡った大声にティターンズ士官たちが驚いた顔をこちらに向ける。

「な、なんだ、シアン中佐ですか」
「それはまだ試験中の機体だ。さっさと降りろ!」
「少し動かしてみるだけです。壊しゃしませんよ」
「俺達はティターンズなんですよ。そんなヘマはしません」

 ふざけた事を言っているティターンズ士官たちに、シアンの中で何かが切れてしまった。こいつ等が自分を道連れに処分されるであろう捨て駒である事は分かっていたが、我慢できるような相手ではなかった。こいつ等を五体満足で帰すくらいなら、半殺しにして処分された方が良い。
 シアンは床を蹴ってゼク・アインのコクピットに行くと、コクピットに座ってる士官の襟を掴んで引き摺り出した。そのままコクピットから外に向けて顔をおもいっきりぶん殴り、吹き飛ばしてやる。それを見た仲間達が激高して襲いかかってきたが、3人纏めて5秒とかからずに気絶させられてしまっている。実に情けない話ではある。

 このことを司令官オフィスで聞かされたジャマイカンは最初驚愕し、次いで苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。あの4人がシアンと揉め事を起した事は予定通りなのだが、4対1で喧嘩をして一方的に叩きのめされたという点が問題だった。こんな事が知られればティターンズはいい笑い者になってしまう。
 急いで司令官オフィスを出たジャマイカンは急いで格納庫に行き、憲兵に拘束されている部下4人と、拘束はされていないが左右を憲兵に固められているシアンを見つけると詰問口調で問いかけた。

「シアン中佐、これはどういう事だ!?」
「彼等が整備兵数人に暴行を加えた挙句、まだ試作中の新型機を勝手に動かそうとしていた。俺は教導団MS隊指揮官として彼等を機体から引き摺り下ろしただけだ」
「だが、何もここまでやる事は無いだろう」

 ジャマイカンでなくても顔を顰めたくなるほどに4人は情けない顔をしていた。うち1人は骨折をしているらしく、すぐに医務室に連れていかれてしまう。

「シアン中佐、覚悟は出来ているんだろうな?」
「ふんっ、あんな奴等に媚を売るくらいなら、俺は左遷を望むね」
「き、貴様、それが上官に対する口の聞き方か!」
「上官だと。たとえ1階級上になったとしても、貴官は俺と同格の筈だが?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それに、教導団にも通常部隊に対する1階級上位扱いの特権がある。貴官が俺より上位ということは無いはずだ。無礼だぞ少佐」

 ジャマイカンは怒りに顔を赤くしながらも押し黙った。実質的な権限はともかく、階級的にはシアンの言う通りだからだ。ジャマイカンは暫くシアンを睨みつけた後、身を翻すと大股で格納庫を出ていった。
 周囲ははらはらしながら事の成り行きを見ていたが、ジャマイカンが出て行った途端に歓声を上げてシアンに詰め寄った。誰がどう見てもシアンの貫禄勝ちで、部下たちには痛快な事この上ない事件だったからだ。
 整備兵や自分を慕っているパイロット達に揉みくちゃにされていたシアンは笑顔を浮かべながらも、次にやらねばならないことを頭の中で考えていた。ジャマイカンが動くよりも早く、自分1人の責任だと上層部に報告しなくてはなるまい。と。

 

 結局、この事件の責任を取らされる形でシアンは教導団を去ることになった。次の任務は地上軍、極東方面軍海鳴基地の司令官という閑職である。海鳴基地は一年戦争で秋子が基地司令を勤め、一年戦争のほぼ全期間を通じて極東方面軍唯一の拠点として活躍した場所ではあるが、戦後は広大な土地と過剰なまでの施設を生かして中国のタンユワン基地や太平洋のハワイ基地の代替基地とされている。その実体は物資集積・新兵訓練基地であった。教導団出身ということで訓練基地の司令官職を与えられた、と表向きには公表されているが、実際には中央から遠ざけ、辺境で飼い殺しにしてしまおうという狙いがある。
 結局、シアンは僅か1年で教導団上級戦技官というエリートコースから追い出されてしまったのである。

 出立当日、シアンと茜は見送りに来てくれた兵や士官たち1人1人と握手をかわし、見送りへの感謝を表した。

「すまん皆、できればザク・アイン完成まではここに居たかったんだが」
「いえ、あとは我々で仕上げて見せますよ」

 教導団パイロット達が自信を持って断言する。全員シアンと親しかった者達だ。その中のリーダー格であるトッシュが名残惜しそうに一歩前に出てきた。

「中佐、まさか、こんな理不尽な分かれ方をするとは思いませんでしたよ」
「仕方ないさ。軍規の解釈をする奴等に喧嘩を売ったんだ。正義はあいつらにあり、さ」
「ですが、こんな事が罷り通って良いと思いますか。私はこんな・・・・・・!」

 シアンは自分より年長の部下を頼もしげに見やると、満足そうに頷いた。

「その気持ちを忘れなければ、これからも正気を保って行けるだろう。恐らく、次に来る時代はティターンズに従う者と、逆らう者の抗争の時代だ。その時が来た時、どちらが正道を歩んでいるのかをきちんと見極めろ」

 トッシュに助言を残すと、シアンはシャトルへと歩いて行った。茜はトッシュの前に立つと敬礼をし、何時もの無表情で語り掛けた。

「トッシュ中尉、短い間ではありましたが、お世話になりました」
「ああ、これからも元気でな。里村程の腕があれば何処に行っても重宝される」
「・・・・・・微妙ですね」

 茜は一瞬だけ眉根を寄せ、すぐに何時ものポーカーフェイスに戻った。そしてシアンの後を追ってシャトルへと向って行く。見送りに出た者達は2人がシャトルの中に消えるまで敬礼で見送り続けていた。


 


後書き
ジム改:シアン君の教導団でのお話です。でも、実はゼク・アイン完成までの伏線だったりする。
茜  :何故私がこんな所に?
ジム改:栞が出て無いから。
茜  :彼女、暴れてましたよ。後書きは私の職場です−とか言って。
ジム改:・・・・・・何時の間にあいつの職場に?
茜  :さあ?
ジム改:まあ良かろう。では、これがファマス編終戦後のインターミッション第1段です。
茜  :コンセプトがなんだか安直なんですけど?
ジム改:気にするな。
茜  :私も折角のエリートコースから追い出されてしまいましたし。
ジム改:教導団に残りたかった?
茜  :・・・・・・給料は欲しいですけど、止めておきます。あそこは息が詰まりますから。
ジム改:じゃあ良いじゃん。次の任地は海の傍で気候も温暖だぞ。
茜  :・・・・・・リゾート地ですからね。
ジム改:では次回、「蘇る惨劇」。舞が主役のお話です。ご期待下さい〜。

 

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