インターミッションW 蘇る惨劇


 宇宙世紀0083年7月31日、その日、サイド1、30バンチにおいて最大規模の反連邦集会が催された。集会参加者はさまざまな会派や一般大衆を含めれば2000万人にも達し、その数事態が連邦政府にとって恐怖の対象となるほどの集会だったのである。

 ファマス戦役以降、宇宙におけるジオン残党の活動はごく僅かなものであり、各サイド守備隊の仕事はこれらの暴動の鎮圧や重要施設の警備、デプリの除去などに限られている。この日もサイドT守備隊はデモ隊が順路を外れない様に見張る事を命じられていた。

 守備隊所属のMS隊にも異例の出動要請が出ており、パイロット達はノーマルスーツに着替えてMSデッキに集まっていた。彼等は顔を見合わせてこの出撃の理由を推測しあっている。

「たくっ、何で俺達が出動するんだ。デモ隊の監視なんかMPの仕事だろう?」
「数が多すぎるのさ。それでお偉方がビビッちまったんだろ」
「下手にMSなんか出したら、かえって暴動を煽るようなもんだろうに」
「お偉方にはそれくらいの事も分からんのさ。自分が矢面に立つ訳じゃないからな」
「俺達は恨まれ損かよ」

 口々に上層部への文句を立て並べるパイロット達に一人の女性パイロットが近づいて来た。それに気付いたパイロット達が一斉に姿勢を正す。

「何を愚痴ってるの?」
「いえ、今回の任務について、いろいろと」
「そう」

 女性パイロットはそれ以上聞く事もなく、自分の機体に向かおうとしたが、それを部下たちに止められた。

「川澄大尉、大尉は何か聞かされてないんですか?」
「・・・・・・街頭に立ってデモ隊を威嚇しろ。私が知ってるのはそれだけ」
「大尉も俺たちと同じって事ですか」

 やれやれと部下が肩を竦める。どうやら彼等は自分がより突っ込んだ事情を知っているのではないかと期待していたようだ。
 舞は少し考えた後、何も言わずに機体へと向けて通路の壁を蹴った。そのまま宙を漂って愛機であるジムUのコクピットに辿りつく。コクピット前には整備兵が待機しており、彼に押されて舞はコクピットシートに体を沈めた。コクピット内はファマス戦役の頃とは大きく様変わりしており、リニアシートと全天周スクリーンが正式採用されている。これらの装備はパイロットのストレスを著しく軽減してくれるので、パイロット達にとってはとてもありがたい装備だった。対G性能も大きく向上しており、まさにパイロットの夢をかなえる装備である。ジオンには存在しない、連邦独自の技術だった。
このリニアシートと全天周スクリーンの雛型は一年戦争の末期、曲りなりにも完成を見たNT専用MS、RX‐78NT1アレックスに装備されていたものである。その総力を正面戦力の充実に継ぎ込まなくてはならなかったジオンに対して、連邦は教育型コンピューターに代表される補助装備の開発にも力を入れていた。結果としてこのさまざまなオプションが連邦を勝利に導いた原動力である。新兵ではMSを歩かせることさえできなかったジオンに比べると、教育型コンピューターのサポートで新兵でもそれなりにMSを扱えるようになった連邦の差は、終戦が近づくにつれて広がっていったのである。
この思想は現在に至るも面々と受け継がれ、今に至るのである。


 舞はコクピット内の計器を起動させ、シールドと90mmマシンガンを装備すると通信を管制室に繋いだ。コロニーに備え付けられているMSカタパルトに機体を移動させていく。

「管制、出ても良い?」
「少し待って下さい。進路上に商船が居ます。くそっ、市民団体の連中だな!」

 管制官が口汚く罵るのを聞いて、舞は大体の事情を察した。どうやら外では商船がカタパルトの進路上を塞いでいるらしい。舞は暫く待っていたが、許可が出そうに無いのをみると、機体をカタパルト上から外した。

「管制、カタパルトは使わない。直接出て行く」
「川澄大尉、ですが・・・・・・」
「別に長距離攻撃する訳じゃない。30バンチに行って来るだけ。推進剤の心配は無い」
「そう、ですね。分かりました。気を付けて行って下さい」
「分かってる」

 舞は機体を射出機の端まで持って行くと、メインスラスターを吹かせて飛び出して行った。舞に続いて部下たちの機体も飛び出してくる。程無くして11機の部下が揃ったのを確認すると、舞は30バンチの宇宙港へと向かって行った。

 

 30バンチでは2000万人という途方も無い人数が集まっている。宇宙世紀史上でも類を見ない規模の反連邦集会だ。彼等はかつてのジオン公国的な考え方、ザビズムとは一線を画し、ジオン・ズム・ダイクンの提唱したコントリズムに啓蒙された、反ザビ・反連邦という考えで動いていたのである。彼等の武器は声であり、銃ではなかった。中にはテロに走る過激な集団も存在したものの、基本的に彼等の方針は非暴力である。武器を取れば、それは彼等が忌避しているザビズムの再来とみなされるからだ。あの一年戦争からまだ3年。ジオンへの憎悪が薄れるにはまだ時が必要であった。
 30バンチにはデモ隊が溢れ、広場という広場ではスペースノイドの主要各派が街頭演説を行なっている。これを威圧するべきMP達はその熱気に怯み、陸戦隊の出動を要請したほどである。
 だが、陸戦隊を持ってしてもその勢いは全く弱まる事が無く、仮に暴動に発展すれば500名程度の陸戦隊では歯が立つ訳が無かった。こうして、川澄大尉のMS中隊に出動要請が出されたのである。

 街頭を練り歩いていたデモ隊であったが、連邦がMSまで繰り出してきた事で流石に怯んだ様子を見せた。MSの持つ90mmマシンガンは人間など一撃でバラバラに打ち砕いてしまう。だが、怯んだデモ隊にリーダーらしき人物が拳を突き上げて大声で語り掛けた。

「みんな、立ち止まるな。連邦のパイロットどもに俺達の意地を見せてやるんだ!!」

 熱狂的な空気の中ではこういった扇動はかなりの効果をもたらす。この一声で立ち止まっていたデモ隊が再び動き出し、大声を上げながら街を歩いて行く。それを見ていた舞はそれ以上は何もする気が無いとでも言わんばかりにシートに腰を深く沈め、コントロールスティックから手を離してしまった。まさか、90mm弾をばら撒いてデモ隊を虐殺する訳にもいくまい。
 舞のジムUが突っ立ているだけなので、他の11機も何をするでもなく、要所要所に突っ立ているだけだった。その事に気を悪くしたのか、憲兵隊の指揮官が舞に通信を入れてきた。モニターには少佐の階級章をつけた憲兵が映っている。

「川澄大尉、何故何もしないのか!?」
「・・・・・・MSでデモ隊相手に何をしろと言うんです?」
「マシンガンを突き付けて脅すなり、やりようはあるだろう!?」
「デモ隊が予定ルートを外れたり、暴徒化するようならこちらも威嚇をしますが、今の所その様子はありません」

 いつの頃からか、舞も流暢に話せるようになっていた。指揮官となって部下を持つようになってから、舞も敬語を使えるようになったのだ。最近では普段の言葉遣いも柔らかいものへと変わってきている。
 憲兵少佐はまるでやる気を見せない舞に見切りを付けると、一方的に通信を切った。舞はそれを諸手を上げて歓迎したい気分だったが、後になってこの事を酷く後悔するようになる。何故なら、通信を切った憲兵少佐は駐留MS隊が頼りにならないと悟り、ティターンズの出動要請を求めたからである。

 

 サイド1からの出動要請をグリプスで受け取ったバスクは、喜んでこの要請を受け入れていた。ゴーグルを嵌めた厳つい顔に野太い笑みが浮かび、参謀に問い掛ける。

「第3任務部隊は、どの辺りか?」
「すでにサイドT近くまで進出しています。イオールとのランデブーにも成功したと報告が」
「そうか、では予定通りだ。ハリオに攻撃命令を出せ!」
「・・・・・・ですが、よろしいのですか。あれは一年戦争以来使用がタブーとされてきたものですが?」
「思い上がったスペースノイドどもには丁度良い見せしめだ。これで少しは身の程というものを理解するだろう」

 バスクの顔には肉食獣の笑みというよりも、ある種の狂気を感じさせる笑みが浮かんでいる。彼は一年戦争でジオン軍の拷問を受け、視力を低下させたというが、その時の屈辱をスペースノイドにぶつける事で晴らそうとしているのだろうか。


 攻撃命令を受け取った重巡洋艦ハリオでは、艦長が部下に命じて作戦を実行に移そうとしていた。

「イオールからボンベをこちらに移させろ。間違っても傷つけるなよ」
「分かってますよ。訓練で何度もやってます」

 部下のMSパイロットが自信ありげに親指を立ててみせるが、それが空元気である事は艦長にも見て取れた。無理もあるまい。今彼が取りついている輸送艦イオールは、ティターンズが通常の輸送艦の数倍のコストを使って建造したガス専用輸送艦なのだ。そしてそこから運び出されているのはG3ガス。あの一年戦争の緒戦でジオンが使ったものの改良型である。
 こんなものを使わなくてはならないという自分の立場を艦長は酷く恨めしく思っていた。そして、そんな艦長の神経を逆撫でする声が艦橋に響く。

「G3、ですか。こんな物を使うとは、バスク大佐も無茶をなさるものですな」
「・・・・・・大尉、艦橋に来る事を許可した覚えは無いが?」
「勝手に入った事は謝罪します。ですが、私としては大切な荷物を是非この目で見ておきたかったもので」
「・・・・・・大切な荷物、か」

 忌々しげな声で艦長は呟いた。

「ならば、もう良いだろう、出て行きたまえ」
「そうですな。私はMSデッキで待機するとしましょう。出撃命令はいつ頃になりそうですかな?」
「作戦開始予定は1時間後だ。それまでは好きにしていると良い」
「ではそうさせてもらいますよ。新型機の最終調整もありますからな。どうも試作機というものは故障が多くて困る」

 大尉は敬礼をすると艦橋から出て行った。通路のシャッターが閉まるのを確認した艦長は苛立ちをこめて吐き捨てる。

「木星帰りが。ジャミトフ閣下の直属だからと思って好き勝手しやがる!」

 ジャミトフの指示で仕方なく乗せて来たが、艦長はあの木星帰りの男、パプティマス・シロッコ大尉が気に食わなかった。あの常に余裕を感じさせる態度といい、独断で動く所といい、目障りで仕方がない。もしかしたらこの作戦遂行を滞り無く行わせる為の監視役かとも思える。
 パプティマス・シロッコ大尉は木星師団に所属する若手のエリートで、ジャミトフがわざわざ呼び寄せた男である。それに伴ってジュピトリスが木星から地球に向っており、シロッコは一足早く地球に帰還していたのである。本来ならジュピトリスの帰還は数年後だったのだが、木星ヘリウムの確保を目論んだジャミトフが急がせたのだ。
 シロッコは格納庫に来ると、MSハンガーに固定されているガンダムタイプのMSに近寄り、整備兵に声をかけた。

「どうかね、ガンダムの調子は?」
「今の所問題は出ていません。やれると思います」
「そうか。だが、こんな試作品を実戦でテストする必要があるのか、私には疑問だな」

 シロッコは自分のMSを見上げた。ガンダムと呼んではいるが、実際にはガンダムという名ではない。いや、今だ正式な命名をされていない実験機なのだ。正式にはRX−177と言い、現在試作機が製作中のRX−178ガンダムマークUの為のデータ取り用のテストベッドでしかない。その為、外見はガンダムでも、実際にはジムクウェルをベースにマークU用のパーツを取りつけ、バランスを取った程度に過ぎないのだ。それでも装甲はシュツーカD型に使用されていたチタン・セラミック複合材を用いており、完全ではないとはいえムーバブルフレーム構造でもある。これまでのテストでは宇宙軍の主力となっている高級量産機のジム・FBを機動性と防御力以外の面で凌ぐ性能を示している。テストベッドでこれなのだから、完成したガンダムマークUはかなりの高性能機となる事が期待されていた。コスト的には当初の計画にあったルナチタニウムやその改良型であるガンダリウムα合金を採用したプランに較べれば遥かに安く、量産機として我慢できるレベルに収まる予定だ。
 RX−177に乗り込んだシロッコは整備兵が出ていったのを確認するとハッチを閉じた。全天周スクリーンが360度の視界を確保し、格納庫の中が見渡せるようになる。そのまま暫く待機していると、館内放送が響き渡った。

「これよりサイド1に向う。乗組員はノーマルスーツを着用。あと30分で作戦予定宙域に到達予定。MS隊発進準備。作戦開始5分前にはノーマルスーツの気密を確認せよ」

 輸送艦イオールから離れたハリオはサラミス2隻と駆逐艦4隻を伴ってサイド1へと向けて加速しだした。彼等がやろうとしていることをもし他の連邦部隊が気付けば、恐らく全力で阻止行動を取るであろう。だが、艦隊将兵の大半は作戦に使用されるのがG3とは聞かされておらず、暴徒制圧用の催眠ガスだと表向きには発表されている。もし真実を知れば部下達が作戦を止めようとする可能性があるからだ。この作戦はジオンのやり方を連想させるので、ティターンズ隊員の中には拒否反応を示すものが必ず出るだろう。

 そんなふざけた作戦が実行されるとも知らず、サイド1、ザーン政府は連邦軍部隊に引き上げを命じていた。
 引き上げ命令を受けた舞は訝しげに通信を送ってきた30バンチ管制室のオペレーターに問い掛けた。

「撤退、しろと?」
「はい、行政府からの命令です。後はティターンズがやるから、連邦部隊は撤退しろと」
「ティターンズを呼んだ・・・・・・か。信用されてないみたいで、気に入らない」
「我々もティターンズなんかにまかせたくは無いのですが」

 オペレーターがすなまそうに頭を下げる。舞は管制官を責めても仕方がないと思い、小さくため息をつくと部下たちに撤収を指示した。
 舞たちが街から去って行くのを見たデモ隊は歓声を上げ、自分達の勝利と高らかに謳いあげた。事実そうなのだから舞達には反論のしようもない。連邦軍がいなくなった事で、反連邦集会の盛りあがりを掣肘するものは居なくなり、集会の熱気は留まるところ無くひたすらに高まっていったのである。


 30バンチから撤退したMS隊は自分達の基地である1バンチに向っていたのだが、途中で近づいて来るティターンズの艦隊を発見して動きを止めた。

「アレキサンドリア級1隻に、サラミス級2隻、セプテネス級4隻。たかが反連邦集会を威圧するにしては随分と大袈裟ね?」
「隊長、MS隊が出てきましたよ」

 みればティターンズで使われている濃淡に分けられたグリーン塗装のハイザックが10機以上、3機のジムクウェルが加わっている。その先頭に居るのはガンダムタイプの新型だ。グリプスで開発が進んでいるというガンダムマークUなのだろうか。
 いずれにしても、ティターンズに任せるという方針を上が打ち出した以上、自分たちにはどうする事も出来ない。舞は部下を連れて帰還しようとしたが、不意に部下の1人が素っ頓狂な声を上げた。

「あいつ等、コロニーの外壁に何を付けてるんだ?」
「外壁?」

 部下の言葉が気になった舞は映像を拡大してそれを確かめた。確かにハイザックが3機ばかり外壁に取り付いて、何かを外壁に取り付けようとしている。かなり大きな円筒形のタンクが2つ見える。だが、あれはなんなのか。
 その疑問には、30バンチ管制室から発せられた通信が答えてくれた。

「貴様等、何をして居る、今すぐ止めろ!!」
「これは命令だ。文句があるならグリプスに言ってもらおう」
「ふざけるな、貴様等、それがなんなのか分かってるのか。コロニーの住民を虐殺するつもりなのか!?」
「分かってるさ。G3を使うのだからな」

 G3、その単語が舞の頭の中で響き渡り、暫くして1つの答えに辿りついた。G3ガス。コスト的には恐ろしく高価だが、ボンベ1つでコロニーシリンダー1基を全滅させられる最凶の科学兵器。一年戦争では南極条約で使用が禁止され、現在でも不文律と化している同条約によって使用が禁止されている科学兵器の最新型。

「いけないっ!」

 舞は機体を返すと30バンチに向った。

「隊長、何を!?」
「全機、ティターンズを攻撃して。あいつら、G3を30バンチに使うつもり!」
「じ、G3って、あの毒ガス・・・・・・」

 部下たちが驚き、動きを止めてしまう。その間にも舞だけが突っ込んでしまい、慌てて部下たちが追って行く。舞は1バンチの連邦軍基地に通信を繋ぐと、管制室に居る防御指揮官に切羽詰った声で援軍を要請した。

「大佐、すぐに全部隊を出撃させて。ティターンズが、30バンチにガスを使おうとしてる!」
「ガスって・・・・・・どういう事だ大尉、もっと詳しく報告しろ!」
「そんな余裕はありません。もうボンベが取りつけられてる!」

 舞は大混乱に陥ってる管制室との通信を打ち切ると、ボンベを破壊するべくマシンガンの安全装置を外した。だが、ティターンズの凶行を食い止めるには、彼女の部隊は余りにも30バンチから離れ過ぎていた。
 そして、30バンチ管制官の悲鳴が響き渡った。

「や、止めろおおおお!!」
「クッ!」

 間に合わなかった、という事がはっきりと分かり、舞は歯を噛み締めた。余りに強く噛み締めた為に口から出血さえしていたが、そんな事を気にしてはいられない。望遠映像が映されているサブカメラにはコロニーの河の部分から中を映した映像が表示されており、次々と倒れていく人々の姿がそこにはあった。苦しんでいる様子が無いことが、使用されたガスがG3であることを証明している。あるいは制圧用のガスかもしれないが、ティターンズの指揮官ははっきりとG3と明言している。
 舞は目の前に居るティターンズに、それでも僅かに抱いていた『友軍』というイメージを完全に捨て去り、倒すべき敵と認識していた。


 迫り来るサイドT守備隊をみてシロッコは苦笑を浮かべた。感じる気配から相手が相当怒っていることは分かるのだが、同時にそれが当然だとも理解できるのだ。

「ジムUが12機か、相手をしてやっても良いが・・・・・・」

 ここで戦っても意味は無いと思い、さっさと退こうとしたシロッコだったが、迫り来るジムUの中に1つだけ強烈なプレッシャーを発する者がいるのに気づき、興味を引かれた。

「誰だ、このプレッシャーは・・・・・・ニュータイプのそれではない。だが、この恐ろしささえ感じさせる気配はなんなのだ?」

 シロッコは戸惑い、どう対応したものかと迷った。そんな間にも隊長機らしきジムUが襲いかかってきてマシンガンを撃ってくる。それを小刻みに動きながらシロッコは悠々と回避していくが、異様としか表現できないプレッシャーに攻撃をするのを躊躇っていた。

「ええい、このパイロット、何者だ?」

 シロッコと舞がぶつかり合って僅かな間を置いて今度は部下のジムU隊も突入してきた。ティターンズのMS隊がこれを迎え撃ち、30バンチ周辺宙域を戦場とした連邦機同士の戦いが起こる。まるでファマス戦役の再現のようなその戦いは、ティターンズ側が優勢であった。この時期のティターンズパイロットは連邦各部隊から引き抜いたエースパイロットで編成されており、その技量は連邦通常部隊から数歩抜きん出たものがあるのだ。加えて数も多い。
 だが、後方で待機していた艦隊の方は気が気ではなかった。30バンチ周辺で交戦の光が見えるという報告を受けたハリオ艦長は顔色を変えてオペレーターに詰め寄った。

「馬鹿な、シロッコは連邦守備隊と戦っているのか!?」
「手を出してきたのは相手のようですが」
「そういう問題ではない。すぐに戻らせろ。守備隊が総力をあげて出てきたら揉み消す所では無くなるぞ!」

 艦長の焦りは最もだったが、すでに時遅かった。1バンチからは舞からの要請と30バンチからの悲鳴を聞きつけた連邦艦隊が出撃し、ティターンズ艦隊への報復を行おうとしていたのだから。

 サイド1駐留艦隊出撃の報を受けたハリオ艦長は顔を青褪めさせた。これ以上留まれば艦隊戦になってしまう。

「シロッコはどうした!?」
「引き上げにかかってはいますが、敵部隊の執拗な追撃を受けています!」
「クソッ、連邦部隊の動きは!?」
「こちらに向ってきます。各コロニーからもMS隊と戦闘機隊が出てきました!」
「このままでは不利です。数が違いすぎます!」

 ティターンズ対連邦の本格戦闘、できれば避けたいと思っていた事態だが、シロッコの試作機をここで失うわけにもいかない。艦長は意を決すると命令を下した。

「全艦戦闘準備。MSを出して直援をさせろ。攻撃隊を収容後、全力でサイド1から離脱するぞ!」
「艦長、それは!」
「止むをえまい。RX−177を失う訳にはいかん。だが、こちらからの積極的攻撃は行なわない。あくまで防戦に徹するのだ。間違ってもコロニーには当てるなよ」

 ハリオ艦長の命令を受けて艦隊に残されていたMSが出撃して行く。そしてそれまで仰角をかけていた砲身が下げられ、主砲が発射態勢を取った。

「主砲、対空機銃発射準備完了!」
「ミノフスキー粒子、戦闘濃度散布!」
「対ビーム榴散弾、全弾装填!」
「防御スクリーン展開を確認!」

 連邦軍の艦艇は、巡洋艦以上の全てにカノンで使用されていた磁気シールドシステムの改良型が搭載されている。ファマス戦役でカノンに試験的に搭載された同システムの効果はかなり高く、戦闘中にカノンめがけて飛来したビームが磁気シールドに弾道を逸らされ、後方に抜けていった事が幾度も確認されている。磁気シールドはエネルギー兵器にしか効果が無く、また良く勘違いされることだが基本的に弾を受け止めることはしない。あくまで逸らすだけなのだ。
 防御スクリーンはこの磁気シールドをカノンで得られた運用データをもとに改良し、エネルギー消費量を大幅に押さえることに成功している。おかげで巡洋艦以上の艦に搭載が可能となったわけだが、実戦の洗礼を浴びるのはこれが始めてとなる。どうなるかは分からなかった。
 ちなみに、この防御スクリーンはアーセンがゴータ・インダストリーで開発したもので、これを売り込むことでゴータ・インダストリーはかなりの利益を上げていたりする。
 
 ティターンズ艦隊が戦闘準備を終えた頃にはサイド1駐留艦隊も戦闘態勢に入っていた。シロッコは事態が急激に動いていることを悟り、苛立ちを滲ませている。

「ええい、だからこのような作戦は気に入らんのだ!」

 続けてビームライフルを放つが、目の前のジムUには掠りもしない。ジムUとは思えないレベルの機動性を見せる相手に、感嘆と怒りの無い混ざった声を漏らした。

「良くやる。私を手をここまで煩わせるとはな。だがっ!」

 所詮、ジムUはジムUでしかない。本気で片付けにかかったシロッコのRX−177に舞はたちまち防戦一方に追い込まれた。

「くっ、この!」

 マシンガンを撃っても無駄だと悟った舞は、ビームサーベルを抜いて格闘戦にに持ちこもうとした。シロッコもそれに応じようとバックパックからサーベルを抜いたが、その途端に機体内にアラームが響き渡った。何事かと機体の状態を確かめたシロッコはアラームの原因を知り、顔色を変えた。

「右腕駆動系が停止しただと。馬鹿な!?」

 こんな最悪の状態で機体に異常が発生したのだ。試作機がゆえの悲しい所だが、とかくこのRX−177は機体の信頼性が低い。これまでの運用データからの改修に継ぐ改修でようやく実用性が出て来たというレベルに漕ぎ付けたと思っていたのだが、まだまだ無理があったらしい。
 とにかく、片腕が動かない状態で戦うのは危険である。シロッコは舞の一撃を避けると急いで機体をジムUから遠ざけた。

「逃げるのかっ!」

 舞は追撃しようと追いかけたが、加速性能が違いすぎて追い付くことはできなかった。舞は追いつけないことを悟り、その怒りを右拳に込めて思いっきりコンソールに叩きつけた。シェイドとしての力を押さえずに叩きつけた為にコンソールは一撃で完全に破壊され、漏電の火花を上げている。

「く、くくく、うぅぅああああぁあぁぁああ!!」

 舞は、初めての無力感に苛まれていた。かつて秋子が、シアンが味わったであろう何もできなかったことへの無力感。シアンの下で命令に従っていればいい身分だった頃には決して実感できなかったこの苦しさを、指揮官になって初めて舞は実感したのだった。守れなかった責任は他でもない、指揮官である自分の責任なのだ。だからこそ、舞は泣く事もできず、ただその苦悩を声に出して叫ぶ事しかできなかったのだ。

 

 ティターンズ艦隊とサイド1駐留艦隊が砲火を交えている中をシロッコたちは帰還してきた。ビームとミサイルが戦場を飛び交い、防御スクリーンに逸らされたビームが後方へ突つき抜けていく。対ビーム榴散弾は確実にビームを防いでくれるが、展開するタイミングが問題で、熟練者でなくては十分な防御が難しかったのだが、防御スクリーンは常に展開しているのでこの心配が無い。ただ、相手のビームの出力や着弾時の角度によっては貫かれてしまうという欠点を持っている。また、続けて着弾されるとジェネレーターに負担がかかり、スクリーンの強度自体が低下するという弱点も持っている。
ならばIフィールドバリアを積めという意見もあるのだが、Iフィールドバリアの稼動には強力なジェネレーターが必要であり、しかもメガ粒子砲しか弾けないという欠点がある。この点は防御スクリーンも同じなのだが、そのエネルギー消費の過大さから常時展開が極めて難しいというのも欠点だ。あのノイエ・ジールでさえ機体を覆うのに4基の専用Iフィールドジェネレーターを必要としたため、機体の交戦可能時間が極めて短いという欠点を抱えていたのだ。アキレウス級やリアンダー級はブラスターという対艦レーザー兵器を搭載しているので、Iフィールドバリアでは防げない。
結局、コストパフォーマンスから防御スクリーンが採用される事になり、連邦艦艇に順次搭載されていったのだ。流石に駆逐艦には搭載できなかったが、駆逐艦向けの防御スクリーンの開発も進んでいるので、いずれは搭載されるだろう。
ハリオに着艦したシロッコは艦橋に回線を繋いだ。

「艦長、送れて申し訳無い。猟犬がしつこかったものでして」
「良い訳はいい。全く、このような作戦で3機ものハイザックを落とされるとはな」
「向こうは5機失ってます」
「勝ち負けの問題ではない!」

 向こうから一方的に切られた通信にシロッコは僅かに顔を顰めたが、すぐにいつもの不敵な表情に戻り、端末から情報を引き出した。ディスプレイに表示されているのは先に自分を苦戦させたジムUのパイロット、舞のデータだった。

「ふむ、ファマス戦役には機動艦隊でサイレン隊に所属していた、か。なるほどな、あの強さも頷ける」

 シロッコもサイレン隊の活躍は耳にしていた。その圧倒的な強さで知られるクリスタル・スノー隊。その中でも旗艦カノンに乗る凄腕パイロットだけを集めたエース部隊、サイレン隊。その活躍は連邦のどの部隊にも知れ渡っているほどで、もっぱらファマスのエース級を相手取って戦っていたという。
 その戦暦をざっと確認したシロッコは感嘆の吐息を漏らした。自分に匹敵するのではと思わせる強さだ。

「ふむ、サイレンか。噂だけは聞いていたが、あれが真実だったというわけか。となると、シアン中佐や月宮少尉、七瀬大尉の超人的な強さも本当だと言うことになる」

 だが、川澄舞からはニュータイプ特有の共鳴を感じる事は無かった。ただ、余りにも巨大な存在感に圧倒されかけはしたが、あれはニュータイプではない。かといって強化人間というわけでもない。強化人間特有の不愉快な雑念を感じなかった。では川澄舞とは何者なのだ。あそこなで強烈なプレッシャーをオールドタイプが発せられるものなのか。
 グリプスに帰還後、適当な理由をつけて召還してみるか、それとも・・・・・・

「・・・・・・いや、急いても仕方があるまいな。後日の楽しみという言葉もある」

 シロッコはそう自分の中で決着を付けると、機体をMSハンガーへと移動させていった。

 この頃にはティターンズ艦隊と連邦艦隊の戦闘も終結しており、ティターンズ艦隊がサイド1宙域から遠ざかる事で自然と砲火も無くなっていったのだ。いくら怒りに我を忘れた感のある連邦駐留軍とは言えども、流石にサイド外にまで追って行く事はしなかった。この一連の戦闘でティターンズ側は巡洋艦1隻、駆逐艦2隻が中破、MSを3機失い、駐留軍は艦艇に目立った被害はないものの、5機のMSと3000万人の民間人の死者を出す事となった。
 流石に事態が連邦駐留軍との本格的な戦闘にまで及んではティターンズの揉み消しも功を奏さず、軍内部のリビックや秋子、コーウェンといった中道派の突き上げを受ける事になる。連邦議会でもティターンズ寄りの強硬派議員の勢いが失われ、穏健派議員たちがティターンズ糾弾の論陣を盛大に張る事になる。


 一時的とはいえ、ティターンズはその際限無い権勢に翳りを見せる事となった。これを気に勢力を拡大させたのは、やはり穏健政治家と関わりの強い秋子だった。秋子はスペースノイドに対して寛容的な人物として周囲に認識されており、連邦軍も連邦市民もそう考えている。ティターンズに至っては反ティターンズ運動の影には秋子の援助があるのではないかとさえ疑ってさえいる。その秋子が連邦統合作戦本部における会議で、自らサイド5守備隊の戦力強化と、サイド5駐留軍の拠点となっているコロニー、オスローとは別に資源衛星を利用した軍事拠点の建設を主張したのである。

「サイド5駐留軍は全てのサイド、月面、地球軌道に睨みを利かせるという性格上、サイド駐留軍としては最大規模の戦力を配備されています。これは徐々に拡大傾向にありますが、すでに現在の戦力を維持する拠点としてもオスローは役不足といわざるを得ません」
「その為の新拠点建設かね?」

 統合作戦本部長ユースフ・オンデンドルフ大将に確認され、秋子は頷いた。秋子はこれに具体的な数字を上げた資料を提出して統合作戦本部に根回しをしている。

「全くの新造拠点とまでは言いません。資源採掘後の廃棄小惑星で十分です。また、この小惑星基地はコロニー再建計画においても重要な資源衛星となるはずです。サイド5はコロニー再建計画の拠点の1つでありますし」
「ふむ、具体的には、ファマス戦役で制圧したフォスターT、ないしフォスターUか」
「そのうちの片方を運んで来て頂ければ、嬉しく思います」

 この提案に賛意を示しているのは各サイド宇宙艦隊司令官や宇宙艦隊司令部の面々である。現実的な問題としてサイド5に拠点が出来るなら、有事の際にも頼もしい後方拠点となるからだ。コロニー群の攻めるに易く守るに難いという性質は、すでに一年戦争で思い知らされている。
ならば強固な防御拠点を造ってしまえば良いという発想は、実は宇宙軍に戦前からあるにはあったのである。ただ、当時の連邦軍は艦隊の増強に熱心であり、金がかかる割に効果のはっきりしない宇宙要塞の建設には消極的だったのだ。一年戦争に連邦軍の難攻不落の拠点とされたルナツーも、開戦前は資源小惑星に毛の生えた程度であり、宇宙軍唯一の拠点となってから本格的な工事が行なわれたのである。それでもソロモンやア・バオア・クーに較べれば防御拠点としては貧弱であり、ジオン軍は戦前からのルナツーの誇大された宣伝放送に惑わされたと言える。
 だから、この秋子の提案は宇宙軍にとっては実に魅力的なものだったが、地上軍やティターンズからは否定的な意見が続出した。地上軍としては、すでにファマス戦役でほとんど壊滅したジオン残党に対処するのに何故そのような要塞が必要なのか。現在もジオン残党と戦い続けている地上軍にこそそんな予算は回されるべきである。という主張をしている。ティターンズもこれに同調しており、水瀬提督の提案は予算の無駄遣いでしかないとまで言っている。
 この地上軍の反対意見には秋子も頷かざるを得ない説得力があった。実際、秋子のかつての部下であり、現在も祐一経由で情報を送ってくれる北川潤大尉などは補給不足に苦しんでいると愚痴を寄越しているくらいだ。ジオン残党はゲリラ化しており、大した脅威は無いものの、掃討には手を焼いているというのだ。実戦慣れし、かつての北川大隊から人員を引き抜いて連れて行った北川でさえ梃子摺っているのだから、他の部隊では相当苦戦を強いられているのだろうぐらいの事は容易に想像出来る。
 だが、ティターンズの意見には秋子だけでなく、参列している地上、宇宙軍高官の多くが非難めいた視線を向けていた。現在の地上軍の苦戦の原因の一端はティターンズにあるからだ。ティターンズは結成と同時に各部隊から熟練兵を引き抜いて自らに組みこんだ為、引き抜かれた部隊が大幅に弱体化したのである。ティターンズはアースノイドだけで編成された為、アースノイドの多い地上軍から大量の人材が引き抜かれてしまい、結果として現在の地上軍は残党風情に手を焼いているのである。また、ティターンズが特権を駆使して軍事予算を食い潰す為、皺寄せが物資不足となって現れているのだ。ファマス戦役で受けた大損害を回復させる為に宇宙軍の整備が優先されている事も大きく響いている。

 だが、すでに根回しが済んでいる以上、ここでの発表はただの確認に過ぎない。秋子の提案した新たな要塞建設は正式に承認され、ファマス戦役で陥落させはしたものの、使いみちも無く放棄されていたフォスターUの地球軌道への移動が決定されたのである。

 

 この日を境に、地球連邦は確かに変わった。はっきりとした対立構造が生まれたのだ。これまでも強硬派対穏健派、地球と宇宙という対立はあったものの、それはあくまで身内の対立であった。だが、30バンチ事件を境に1つの新たな勢力が表面化し始めたのだ。反地球連邦組織、エゥーゴの誕生である。この母体はすでにファマス戦役前後から生まれていたのだが、この事件を機にいよいよ武力革命という姿勢を鮮明に打ち出したのである。ティターンズ対エゥーゴ、時代はこの2つの組織を中心に動き出している。今はまだエゥーゴの存在は公式に確認された訳ではないが、ティターンズに対する妨害活動が各地で頻発するようになり、連邦軍の新型MSで武装したゲリラにティターンズ輸送艦が襲撃されるなどといった信じ難い事件までが起こっているのだ。
 さらには、30バンチ事件を境に連邦正規部隊の中にエゥーゴに味方する気運が生じた事もある。民間人の中からもエゥーゴへと流れる物が続出しているという噂まであるのだ。

 そして、そんなエゥーゴの活動は舞にある決意をさせることになる。

 

 30バンチ事件を防げなかった事に舞は激しい自責の念に囚われていた。たった1日で3000万人が殺害されたのだ。それを防げる場所にいたのは自分達だけだったのだから弁解の余地は無い。舞は自己弁護することさえ出来ず、ただ自らを責め続けていたのである。
 そんな舞に1人の男が接触してきたのだ。今日の勤務を終え、帰宅しようとしていた舞の前に1人の中年士官が現れたのだ。階級章から中佐だという事が分かる。

「川澄舞大尉だな?」
「そうですが、中佐は?」
「俺はヘンケン・ベッケナー中佐だ。実はちょっと話たいことがあるんだが、時間を貰えるかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

 はっきり言って妖しい男としか思えなかったが、舞は頷いた。もう何もする気が無かったし、帰ってもただ寝るだけだからだ。
 ヘンケンという男は自分を喫茶店に連れこんだ。最初は何故こんな所にと思ったが、すぐにあることに気付いた。店の中の人間が皆自分たちに注意を払っているのだ。舞はおかしいと悟り、視線に僅かにシェイドの力を乗せた。その途端にシェイド独特の畏怖が辺りに満ち、室内の空気が怯んだものに変わった。前を歩くヘンケンも表情を凍り付かせながらこちらを振り向いている。

「た、大尉?」
「中佐、一体どのようなご用件で私をここに?」
「・・・あ・・・・・・いや、我々は・・・・・・」

 ヘンケンは自分が川澄舞を侮っていたことを悟った。このたかだか20歳の女性士官が、自分に震えることさえ出来ないほどの恐怖を与えている。この殺気を受けた瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えたほどだ。
 小細工をするのはかえって危険だと考えたヘンケンは、素直に事情を話すことにした。

「いや、すまなかった大尉。小細工をした事は謝罪する」
「・・・・・・何の用です?」
「その、大尉は、ティターンズを、30バンチ事件をどう思っているかね?」

 それを聞いた途端、舞の顔にはっきりとした嫌悪と罪悪感が浮かんだ。それを見たヘンケンははっきりと確信を持った。川澄舞は自分たちの戦いに協力してくれると。

「川澄大尉。俺は今ではエゥーゴに所属している。理由は言わずとも分かるだろう。ティターンズの奴等が気に食わないからだ」
「・・・・・・私に、エゥーゴに加われ、と?」
「そうだ。大尉は我々とともに戦ってくれると思ったからな」

 この誘いに、舞は誘惑を感じたものの、すぐに答えを出すことを躊躇ってしまった。ティターンズと戦うことは願っても無いことだが、もしそうなれば、自分はかつての仲間達と必ず戦う日がくるだろう。果たしてそれで良いのだろうか。

「・・・・・・答えは、今すぐ出さないと駄目?」
「いや、今日でなくとも構わない。ただ、それほど時間がある訳では無いという事も覚えておいて欲しい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 舞は小さく頷くと、喫茶店を後にした。残された者は顔を見合わせ、すぐにヘンケンに非難の視線を向ける。

「中佐、もし彼女が我々の事を密告したりしたら、どうするんです?」
「いや、彼女はそんな事はしないさ。それに、俺達には彼女がどうしても必要なんだよ。元サイレンの、エースパイロットがね」

 サイレン隊のエースパイロットである舞は、人材不足のエゥーゴからしてみればどんな宝石にも勝る価値を持っている。是が非でも味方にしたい人材であった。できうるなら彼女から更にカノン隊の面々にも話を付けていきたいとさえ思っている。特にシアン・ビューフォート中佐が欲しい。

 ヘンケンと分かれた舞は自室に戻り、ベッドに腰掛けてじっと考えていた。30バンチ事件の恨みを晴らせるならエゥーゴに手を貸すのもいいかもしれないとは思う。だが、そうすればかつての仲間達と戦う可能性は高い。心情的には彼等と敵対するのは辛いし、現実問題として彼等を敵に回して勝てるとは思えない。1対1なら勝てる自信もあるが、仲間達には勝てない勝負を会えて挑むなどという馬鹿はいない。自分と戦うとなったら、間違い無く複数で袋叩きにしようとするだろう。
 悩みに悩んだ舞はベッドに腰掛けていた体をベッドに横倒しにし、じっと天井を見上げた。

「・・・・・・自分の道は、自分で決める、か」

 今まで佐祐理と常に一緒に居た自分に対してのシアンの忠告だ。いつか必ず佐祐理と離れる日が来る。その時、お前はどうするんだ、と。
 今が、その時なのかもしれない。
 

結局舞はこの誘いに応じる事にした。やはり、30バンチ事件という負い目があり、ティターンズを倒して敵を討つという事が優先してしまったのだ。それは同時に、仲間との決別を意味してもいた。

 こうして、エゥーゴの歴史に燦然たる輝きを残すエースパイロット『剣姫』川澄舞が生まれたのである。


 


後書き
ジム改 いわゆる30バンチ事件です
舞   ぐしゅ、ぐしゅっ
ジム改 ほらほら泣かないで
舞   でも、守りきれなかった
ジム改 仕方ないよ。これは歴史なんだ
舞   ・・・・・・でも、なんでもうシロッコが来てるの?
ジム改 あいつは元々ジャミトフが呼び戻した男だからねえ。史実より早く戻ってるだけだよ
舞   それで、私はエゥーゴに行くの?
ジム改 行く。君はエゥーゴの貴重なエースだから。
舞   そう、それじゃあお兄ちゃんや佐祐理とも
ジム改 まあ、その辺は本編でね


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