残党狩り部隊


 宇宙のジオン残党は壊滅したとはいえ、地上のジオン残党軍の活動はまだまだ活発である。地上軍の主な仕事は戦災地域の復興と並んでこのジオン残党の掃討があった。各地にはジオン残党軍を追い詰める為に独立部隊が編成され、送り込まれている。
 これは、そんな独立部隊の中の1つが経験した、幾多の戦いの1つである。

 

 

 中央アジアの乾燥地帯に拠点を置き、周辺地域の残党部隊を制圧して回る独立機械化大隊がある。もっとも、この部隊は特定の基地を拠点としている訳ではない。1隻のビッグトレ−級大型陸戦艇、サンダーランドを移動拠点として使い、戦車や装甲車、MSで武装しているのだ。VTOL機能を持つSFSも装備しており、1個機械化大隊といいながらその戦力は戦車連隊に相当する物だった。
 たかだか独立部隊にこれほどの戦力が与えられている背景には、この地方の残党の活動が活発である事もあるが、最近になって奇妙な連中が動き出した事がある。今だハッキリしたことは分からないのだが、宇宙での反連邦活動と呼応するように地上でも反連邦活動を始めた組織があるのだ。組織名のみが判明しており、カラバというらしい。拠点や組織の規模は判明しないものの、新型の連邦系MSさえ調達できる力があることは確かだ。
 このカラバに対抗する為に、自然と戦力が増強されたのである。


 サンダーランドの艦橋で1人の男が渋い顔で地図を見ていた。1房だけ刎ねている金色の頭髪が特徴的な男で、瞳には理知的な光が宿っている。階級章は大尉だが、これほどの部隊を任せられている事がその優秀さを証明していると言えよう。いや、こんな田舎に飛ばされていることから上司に嫌われていると言うべきか。
 その傍らには准尉の階級章をつけた美貌の女性が立っている。緩やかなウェーブを描く長い髪を背中に長し、スタイルもなかなかのものだ。整った美しい表情は見る者を惹き付ける魅力に溢れている。
 2人の右腕には雪の結晶をあしらった部隊章が輝いている。本来なら付けていてはいけないのだが、この部隊にいた者はまるで勲章でも付けているかのようにこれを付けている。ファマス戦役における連邦最強部隊の証、クリスタル・スノーマークだ。
 それぞれ、北川潤大尉と、美坂香里准尉という名である。

「大尉、部隊の展開はほぼ完了しました。残党が拠点としている村の包囲は完了しました。命令あり次第攻撃できます」
「・・・・・・そうか、分かった」

 北川はモニターに映る村を見た。奴等の戦力は使い古されたザクUJ型が2機と、マゼラアタック4台に連邦から奪ったと思われる車両が少々だ。ゲリラとしてはなかなかの装備だが、所詮は旧型である。新型MS6機と戦車36両、火力支援部隊さえ擁する自分たちに対抗できる訳がない。加えて、すでに包囲は完了している。

「准尉、奴等は降伏勧告に応じないのか?」
「はい、2度使者を送りましたが、いずれも拒絶されました」
「・・・・・・馬鹿が。勝てない勝負をやって無駄死にしたいのか!」

 北川は無駄な足掻きをするゲリラどもを口汚く罵った。こういう事は過去に幾度も有り、隠れている村を焼き払ったことも2度や3度ではない。北川には理解できなかったが、ジオン残党にはこういった降伏より死を選ぶという輩がたまに居るのだ。

「とりあえず、何時も通りだ。明日の日の出までは待つ。日の出と同時に砲撃を開始しろ」
「・・・・・・了解しました、各部隊に伝えます」

 香里は一瞬だけ逡巡したが、敬礼を残して通信士の所に行ってしまった。


 部下に後を任せて自室に引き下がった北川は備え付けの椅子に腰掛けると、疲れた顔で天井を仰ぎ見た。この任務に回されてもう2年以上にもなる。いいかげん交代させてもらえないだろうかと考えているのだ。

「一年戦争の頃は楽だったな。ただ、パイロットとして命令に従ってりゃ良かったんだから」

 今は部下の命と、倒す敵の命の双方が自分の肩に圧し掛かってくる。戦争をやっていた頃は殺しても気にはしなかった。殺らなければ殺られる。それが戦争だ。だが、残党軍を狩り出す仕事は何故か人殺しという罪悪感があった。戦争中という異常事態が終わり、いわゆる狂気が去ったことで、正気に戻ってしまった為だろう。
 何時の間にか常用するようになってしまったブランデーをグラスに半分まで注ぐと、それを一気に飲み干す。酒に逃げるというよりも、辛い何かを一緒に流してしまおうとでもいうような飲み方だった。

 翌朝、艦橋に来た北川は当直の士官から敵に動きはない事を伝えられた。どうやら村全員で心中するつもりらしい。北川は苛立たしげに床を蹴ると、全軍に攻撃開始を命令した。攻撃開始と同時に彼らも反撃してきたが、その反撃が連邦部隊に損害を与える事は無かった。一発撃てばたちまち無数の砲撃が集中され、2発目を放つ事はついになかったのだ。圧倒的な火力差を戦意だけで跳ね返す事は出来ないのである。

 

 

 この日、地図にも載っていない1つの村が完全に破壊された。住人は40人ほどが生き残っており、その大半が子供と女性であった。彼女等は子供を抱きながら連邦兵士を必死に睨みつけている。残党兵士の家族というところだろう。3人だけいる壮年の男はこの女性や子供たちを抑えるために残されたのだろうか。

 村を視察に来た北川は、生き残りに銃を向けている歩兵部隊の隊長を捕まえると問い質した。

「生き残りの兵士は?」
「3人いました。これから尋問する所です。しかし・・・・・・」

 隊長は言い難そうに子供や女性たちを見た。どう扱えば良いかで戸惑っているのだろう。

「・・・・・・輸送部隊を回して貰うしかないだろうな。残党の兵士は裁判送りだが、彼女等は難民として扱われるだろう」
「そうですか」
「もう輸送部隊の手配は出してある。もう暫く見張っていてくれ。分かってると思うが、殺すなよ」
「大丈夫ですよ」

 自身を持って請け負った隊長に北川は小さく頷き、乗ってきたジープに戻ろうとしたが、いきなり背中に硬い物がぶつかり、痛みに僅かに顔を顰めた。そして背後を振り返ると、1人の男の子が母親らしき女性に抑えられていた。

「馬鹿野郎、連邦なんか出て行け−!」
「こら、止めなさい!」

 慌てる母親の制止も聞かず暴れる子供に兵士が無言で銃を向ける。それを見て母親は青ざめ、周りの人は息を飲んだ。

「お、お願いです。許してください」

 怯えながら懇願する母親にも動揺を見せない兵士たちだったが、背後からの制止の声に引き金に掛けた指を離した。

「止めろ、銃を下ろせ」
「ですが、大尉」
「戦いは終わったんだよ。彼女等は捕虜では無く難民だ。俺達には保護する義務がある。それに」
「それに?」
「投石くらいで銃を撃ってたら、キリが無いからな」

 寂しげな笑みを浮かべた北川に、兵士たちは何も言えなくなってしまった。北川は怯える母親の前で膝を折ると、穏やかな声で問いかけた。

「1つ、聞きたい事があるんだが?」
「な、なんですか?」
「何故、この村の残党軍は降伏しなかったんだ。勝てない事は分かっていたはずだが?」

 北川の問い掛けに、母親は顔を伏せた。

「今更連邦に降伏する気にはなれない。最後の誇りまで棄てる事は出来ない。夫はそう言ってました」
「・・・・・・そう、か。誇りか」

 北川は立ち上がると、初めて感情を露にした声を漏らした。

「誇りで死ぬのか。残される者のことをどうして考えない。そんな莫迦ばかりだから、戦いがいつまでたっても終わらないんだ!」

 北川の本音とも取れる言葉に、その場に居た全員が驚いた顔になった。北川は冷静沈着な指揮が出来る反面、激情家としても知られている。だが、こんな風に本音を爆発させる事は滅多に無い事だった。香里は見た事があるかもしれないが。
 北川のこの一言で場の荒れた空気は静まった。北川はもう村人への興味を失ったのか、振り返ることも無くジープに乗りこみ、サンダーランドの方へと走らせて行ってしまう。

 これが、北川たちが地上に降りてから、幾度と無く繰り返されてきた変わらぬ日常であった。

 

 


 作戦を終えた北川独立部隊は、一度纏まった補給を受けるために近くの盆地に移動していた。ここでミデア輸送機部隊と合流する手筈になっているのだ。盆地は防御には不向きだが、目印にしやすいという利点がある。
 ここに部隊を展開した北川は野営の準備を進めさせた。まだ戦う余力は残されているが、無理をして戦うつもりは全く無いのだ。
 サンダーランドの艦橋から外のウィングに出ると、乾いた荒々しい風が吹き付けてきた。今は昼間だが、季節の所為か少し肌寒い。だが、それが今は心地よかった。ポケットから安物の煙草を取り出し、ライタ−で火をつける。そして一度大きく吸いこむと、ゆっくりと吐き出した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 じっと手に持つタバコを見詰める。いつ頃からだったろうか、こんなものを吸うようになったのは。別に美味いとは思わない。ただ、これを吸っている間だけは何も考えずに済む。それが気に入った理由だった気がする。

「・・・・・・宇宙に居た頃は、こんなに悩むことは無かったのにな。まったく」

 指で火を握り潰し、自嘲を浮かべる。この任務に付いて以来、自分が荒んできているのが分かる。独立部隊の指揮官になどなるのではなかったと何度思ったことか。まったく、苦労ばかりが増えていく。
 北川がそんな事を考えてると、いきなりウィングに出る扉が開いた。

「やっぱりここだったのね、探したわよ」
「・・・・・・美坂か」

 入って来たのは副官の美坂香里准尉だった。機動艦隊時代からの友人で、一時期は部下だったこともある聡明な女性だ。
香里は北川の立っているウィングの囲いに前屈みに体を預けると、右手で風に流される髪を押さえた。

「どうしたのよ、また辛気臭い顔しちゃって?」
「・・・・・・そんなに辛気臭かったか?」
「ええ、眉間に皺なんか刻んで。らしくないわよ」
「俺だって悩むことくらいあるさ。特に、作戦の後なんかはな」

 背中を手摺に預け、空を見上げる。そこには途切れ途切れに断雲がかかっているだけで、後は青空が広がっている。だが、淀んだ今の心境では晴れやかな空も忌々しいだけだ。

「貴方は優しすぎるのよ。パイロットとしても指揮官としても超一流だけど、人を殺すことに悩むのは軍人としては不向きね。指揮官は兵を駒に、敵を数字で考えられないと」
「分かってるさ。いや、ようやく分かったと言うべきだな。一年戦争やファマス戦役では気付かなかった。」
「あの時は殺さなきゃ殺されてたもの。そんなことに気を回す余裕は無かったでしょう。相沢君も言ってたわよ。あいつは、死んだ奴のことを考えすぎるって」
「相沢らしいな」

 くくく、と小さく声に出して北川は笑った。香里はそんな皮肉げな笑みを浮かべる北川に痛ましげな視線を向けると、髪を押さえていた右手をそっと北川の左腕に添えた。

「指揮官だから、部下の前で弱さを見せられないのは分かる。でも、私の前くらいは良いんじゃない。今更カッコつけるような付き合いでもないでしょう」
「・・・・・・美坂」
「ファマス戦役も含めると、もう4年も一緒に戦ってるのよ。私たち」

 香里が優しげな微笑を浮かべて北川と視線を合わせる。こうやって何度彼と視線を合わせてきただろう。最初はこんなに弱い所がある人だとは思わなかった。ファマス戦役の頃の彼は、多くの部下を束ねる頼れる指揮官だった。挫けることなく、頼れる精神的支柱の筈だった。その彼が、目の前で今にも崩れそうなほど脆く、弱々しい存在になっている。
 私は彼の頭をそっと胸に抱き寄せた。彼はそれに逆らう事は無かった。僅かに肩が震えているが、涙は流していない。

『こんな男に惚れるなんて、私も因果な性格よね』

 自分も彼と同じ、器用には生きられない人間なのだろう。戦場に身を置くような人間だ。その手に染みこんだ血糊は今更拭いようもない。ただ、彼ほど気にしていないだけだ。血の臭いに神経が麻痺してしまったのだろう。生き残る為に殺したのだから死者に謝るつもりは無いし、後悔もしていない。だが、彼はまだそれを気にしてしまう神経が残っている
のだろう。どちらが正気の人間かと問われれば疑うことなく彼の方が正気だ。

 しかし、香里はこの関係に苦しんでもいた。男と女が良い関係のまま、何事も無いはずが無い。北川が香里の体を求めてきた事は幾度もあった。でも、それを香里は拒み続けている。北川が自分を美坂と呼んでいるのも、自分が一定の距離を置いている事への無意識の反発なのだろう。
 悪いとは思っている。だが、どうしても駄目なのだ。FARGOでの辛すぎる体験が今も自分を蝕んでいる。あそこで散々体を辱められ、幾度もの強化を受けた自分の体は極端に受精率が低くなっている。つまり、子供が出来る可能性が極端に低いのだ。更にFARGOで受けた暴行により、身体には今でも醜い痣が幾つも残っている。体を重ねる事へのトラウマ、そして子供の作れない体だと告白して北川に拒絶される事を恐れているのだ。こんな身体を愛する男に見えたくは無いという気持ちもある。
 香里がこの事に悩むようになってもう2年以上にもなる。苦しみもかなりの物だろうに、香里は今まで一度も転属願いを出してはいない。北川と傍に居たいというのもまた彼女の偽らざる気持ちなのだ。

 


 このウィングには2人以外に入ってくる者はまずいない。ここは北川の専用席と化していることを皆が知っているからだ。北川を慕う部下たちはこの北川の場所に踏み込むことを避けているのだ。そこに自然と入っていけるのは香里ただ1人。
 普段は部隊の指揮官とその副官という態度を崩さない北川と香里だが、この場所でだけは昔のような言葉口調で話している。この延々と続く戦いの中で、2人が自然と身に付けた自己防衛と言えた。
 だが、今日は違った。いきなり警報が鳴り響き、放送で北川を呼び出し始めた。

「北川大尉、すぐに艦橋に来てください!」
「「!」」

 その瞬間、北川と香里は軍人の顔に戻った。それまで弱々しい印象があった北川は一瞬で指揮官の顔になり、香里もその忠実な部下になる。2人はウィングを駆け出すと艦橋に急いだ。


 艦橋に入った2人を当直士官が出迎えた。

「あ、大尉」
「何があった、モーガン少尉?」
「は、それが、輸送部隊がこちらに向う地上部隊の一団を確認したという報告を寄越してきたんです」
「輸送部隊がか。しかし、地上部隊の一団だと?」
「はい、編成は確認しただけでMS6機、戦車12両、装甲車、自走砲も含まれている様です」

 その報告に北川は愕然とした。ゲリラどころではない。火力支援部隊まで揃えた明らかな軍事行動だ。

「この近くで、我々以外で行動している部隊は?」
「ありません、この辺りには我々だけです」
「だが、これだけの装備をゲリラが揃えられる訳が無い。連邦部隊で無いとすると・・・・・・まさか!?」

 北川はある可能性に辿りつき、香里を振り返った。

「准尉、念の為だ。MS隊の準備を進めてくれ。とりあえず1個小隊を任せる」
「ですが、それだと艦の守りが1個小隊しか残りません。危険では?」
「その時はその時で対処する。それに、まだ敵と決まった訳じゃない」

 北川に言われて、香里は敬礼を残して艦橋から出ていった。それを見送った北川は通信士にその部隊に通信を繋ぐ様指示した。通信士は暫く通信機と格闘していたが、やがてそれが無駄であることを悟った。相手は答えるつもりが無いのだ。
 それを聞かされた北川はこの部隊を敵と断定した。すぐさま全軍に戦闘準備が命令され、兵員が慌しく配置に付いて行く。

「補給部隊はどれくらいでこちらに付く?」
「あと10分という所でしょうか」
「そうか、そういえば新型MSがテスト名目で送られてくる筈だな。テストパイロットも乗ってるのか?」
「その筈ですが、まさかあれを実戦に投入するつもりですか!?」
「どのみち実戦データは取らなくてはいかん。少し早いが、止むを得まい。こちらは6機、むこうは最低でも8機だ。苦しいだろう」

 輸送部隊が見たのが敵の全てとは限らない。もしドム級のMSが1機でも飛び込んできたら味方は大損害を受ける事になる。

「俺のジムUATも準備させておけ。いざとなったら俺も出る」
「分かりました」

 この部隊で出撃する北川の身を案じる者はいない。香里以外は歯が立たないほどの技量を持つエースパイロットだなのだ。だが、彼が出撃するのは本当に危ない時だけである。指揮官がそう軽々しく持ち場を離れることなど出来ない。
 そして、ようやくミデア輸送機部隊が到着したのだが、それにやや遅れて敵も突入してきてしまった。通信士が香里からの通信を北川の端末に繋ぐ。

「こちら迎撃隊、現在的と交戦中。敵のMSはザクタイプ5機、ジム改4機!」
「ちっ、見落としがいたか。それで、支えきれそうか?」
「3倍を食い止めるのは無理です。それと、別働隊がそちらに向ってる可能性もあります」
「・・・・・・分かった。こちらから援護射撃するから戻って来い・・・・・・死ぬなよ」
「・・・・・・ええ、分かってる」

 最後だけ友人に対する口調で語り、通信を切った。すぐにビッグ・トレーの主砲で香里から送られてくるデータを元に射撃準備を行う。もう少し近づけば自走砲部隊の砲撃も可能になるだろう。合わせて周囲に偵察部隊を放った。香里の言う別働隊を気にしたのだ。
 そして、その悪い予感は当たった。

「大尉、新たなMS8機が東から来ました!」
「やっぱり、迎撃した方は囮か。艦砲は迎撃隊の援護を。新手はMSと戦車で対応する」

 直ちに残っていた2機のジムUと戦車隊が応戦するが、新たに現れたMS隊は香達の方に現れた部隊とは違っていた。現れた8機のうち、4機は見た事も無いMSだったのだ。新型機出現の報は直ちに北川の元にもたらされる。

「新型機だと?」
「はい、4機のMSはいずれも新型機です。緑色のジム系と思われる機体が3機に、黒いドム系の機体が1機です」
「残党の連合部隊かと思ってたが、新型機まで持ってるとなると、こいつはやはり・・・・・・」

 北川は何かを確信した顔になり、忌々しげに吐き棄てた。

「くそっ、噂に聞いてたカラバとかいう奴らか!」
「カラバ?」
「最近になって出来た反地球連邦組織、宇宙のエゥーゴに対して地球の連中はカラバって呼ばれてるんだ。聞いた話じゃ連邦正規部隊からもこれに合流する奴等が居るらしい」
「なんともまあ。ティターンズが幅を利かせるようになってからきな臭くなったとは思ってましたが」

 部下たちが呆れた顔になった。彼らにして見ればティターンズと他の連邦部隊の抗争など余所の世界の出来事なのだろう。
 だが、今はこいつ等に対処しなくてはならない。北川は身を翻した。

「後は任せる。俺もMSで出るぞ!」
「分かりました、気をつけてください」

 飛び出して行った北川。彼は気付かなかったが、その背後ではミデアから運び出された1機のジムタイプMSの姿があった。いまだMSキャリアーに寝かされていて動く様子は無く、周囲をせわしなく作業員たちが動き回っている。

 


 突入してきたMS部隊は連邦部隊の整然とした反撃にあって行き足を止められていた。本来なら戦車はMSの相手ではないのだが、この連邦部隊は戦車を並べて3つの砲列を作り、間隔をずらしながら射撃してくる為に近づけないでいる。加えて出てきた3機のジムUがやたらと強くて厄介な相手だった。うち1機は重装型であるアサルトタイプだ。
 不断に位置を変え、防御ラインに全く綻びを見せないその動きの巧みさと、的確に集中される火力の密度にカラバ部隊の指揮官は賞賛混じりの舌打ちをした。

「ちっ、ミデアに近づけんか」
「隊長、どうしますか。ここは無理にでも押し切った方が?」
「完成したばかりのリックディアスとネモを最優先で回してもらって、負けましたでは済まんだろうな。無理言ってこれだけの数のMSを集めた訳だし」
「では?」
「リックディアスとネモで敵MSと戦車隊を叩く。ザク部隊はその隙にミデアの積荷を奪え!」
「了解しました」

 ザク部隊の隊長が応じる。それを聞いてリックディアスとネモ3機ジムUと戦車隊に挑みかかった。戦車隊の集中砲撃が加えられるが、この4機は信じられないほどの装甲を持っているらしく、この攻撃を凌ぎきって見せた。4機ともジムUより速く動いているので照準も付けにくい。伊達に新型ではないという事だろう。
 北川は自分よりも高性能な敵MSに舌打ちしつつ部下に指示を飛ばす。

「全機、距離を詰められるなよ。向こうのほうが頑丈で速いぞ!」
「分かってます。自分より高性能機と戦うのはファマス戦役で散々やりましたから!」

 強気を失わない部下たちを北川は頼もしく思った。この部隊もMSパイロットは全て機動艦隊で自分の部下だった者だけで編成されている。その信頼度は疑いようもない事だった。今も数と性能で勝るカラバMS隊相手に互角に渡り合っているくらいだ。
 だが、北川たちを迂回したザク部隊に襲われた後方部隊は大苦戦を強いられていた。砲兵は距離を詰められた所為で無力化している。頼りは少数の戦車隊だが、ザクは戦車や自走砲を無視してミデアから降ろされたMSを目指していた。間違い無く、この新型機を狙っている。
 サンダーランドの艦橋で指揮をとっていたモーガン少尉は、この敵の動きに気付いて新型機に警告を発した。

「新型機のパイロット、機体を今すぐ起して退避させろ。ザクが来るぞ!」

 だが、パイロットから帰って来た答えはある意味、少尉の意表をつく物であった。

「大丈夫ですよ。僕はそんな簡単には殺られません」
「・・・・・・子供の声?」

 まさか、新型機のテストパイロットから子供の声がするとは思わなかったモーガン少尉は、マイクを掴んだまま唖然としてしまった。
 そして、新型機がゆっくりと動き出した時、遂にザクが新型機を射程に捕らえた。

「おい、どうするんだ、あいつ動いてるぞ!?」
「捕獲が無理なら破壊しろという命令が出ている。構わん、撃て!」
「了解!」

 ザクUJ型が旧式の90mmマシンガンや120mmマシンガンを構えて撃った。真っ赤な火線が次々にジムタイプの機体に吸いこまれていくが、驚いたことにそのジムは機体表面に火花を散らせながらゆっくりと起き上がってきたのである。
 マシンガンの弾丸を受け付けなかったジムに、ザク部隊のパイロットたちから動揺した声が上がっていた。

「な、何なんだこいつは!?」
「化け物かよ!?」
「怯むな、撃ちまくれ!」

 ザク部隊がマシンガンを集中して撃ってきたが、そのジムは一緒に持って来ていたシールドとマシンガンを掴むと素早くその場から移動した。ジムタイプにしては大きなバックパクを背負い、そのバックパックには2本のビームサーベルがついている。両肩は今は空だが、何かを取りつけるらしいハードポイントがある。
 そして、この新型機はザクでは到底対応できない機敏な動きで迫ってきたのである。

「は、速い!」

 最初に犠牲になったパイロットはそう叫ぶだけで精一杯だった。マシンガンの火線がザクの機体を容易く貫通し、完全破壊してしまう。他の3機はこれを見て動きを止めてしまった事が致命傷となった。2機のザクは背後から61式戦車の150mm砲を受けて胴体を撃ち抜かれてしまった。唯一生き残った1機は慌てて逃げようとスラスターを吹かせて飛びあがったが、背後から追い縋って来たジムタイプが抜いたビームサーベルに真っ二つにされてしまった。

 新型ジムがザク部隊を蹴散らした頃には香里達が帰還しており、味方の被害が思ったほどではない事に驚いていた。

「何よ、大した被害は出てないじゃない。あなたが守ってくれたの?」

 香里は新型ジムのパイロットに問い掛けたが、帰って来た声に驚いた。

「はい。でも、まさか着任早々実戦だなんて思いませんでしたけどね」
「・・・・・・あなた、何処かで会った事無い?」

 香里は新型ジムのパイロットが子供の声という事は余り気にしてはいなかった。一年戦争では珍しくも無かったし、機動艦隊パイロットには20歳未満の者など珍しくも無かったからだ。香里が気になったのは、その声が戦場で聞いた事がある気がした事だ。そう、あのファマス戦役で。
 問われたパイロットは少し恥ずかしげに自己紹介をしてくれた。

「会った事というか、戦った事がありますよ。僕は倉田一弥准尉です。よろしく、美坂准尉」
「倉田一弥って、じゃあ、あなたが倉田さんの弟!?」

 香里は驚いた。まさか、佐祐理が自分の弟を回して来るとは思っていなかったからだ。だが、弟と呼ばれた一弥は少し悲しそうであった。

「弟、ですか。僕にはまだ実感がありませんよ。僕にはFARGOに居た頃から昔の記憶がありませんから」
「・・・・・・まだ、お姉さんって呼べないのね」

 倉田一弥が佐祐理の弟である事は遺伝子的にも証明されている。だが、本人に記憶が無い為、頭では理解できていても受け入れる事が出来ないのだろう。そして、彼の中にもFARGOへの激しい怒りがあることが香里には良く理解できた。彼も自分と同じ、被害者なのだから。
 香里はこれ以上この事を話すのは止める事にし、話題を変えた。

「これがジャブローで開発されたっていうRGM−85GジムVね。なかなかの出来じゃないの」
「はい、倉田大尉からこれの実戦テストを任されましたから。よほど北川大尉を信頼してるんですね」
「・・・・・・そうね、大尉は機動艦隊の中でも最高の戦術家だったもの。そのパイロットとしての腕前もB級シェイドに見劣りしないほどのものがあるわ」
「でも、3機のジムUじゃ流石に苦しいでしょう。援護に行きましょう」
「そうね、私とあなたで行くわよ。2人はここで待機」
「「了解」」

 香里は部下の2機を残すと、一弥を連れて北川の援護に向った。

 

 

 北川達はかなりの苦戦を強いられていた。腕と経験は北川達の方が圧倒していたが、機体性能と数の差が物を言っていた。機体性能の差は技量だけでは埋め切れないものだ。どれほど腕が良くても機体性能の限界は超えられない。指揮官の戦術能力で補える事もあるが、相手の機体性能が勝っているというのは決定的な差なのである。まして、ネモは第二世代と呼ばれる新時代のMSなのだ。所詮はファマス戦役型のMSであるジムUでは、あらゆる面で劣っている。
 だが、カラバのMS隊には新たなる脅威が迫っていた。突然連邦MSが距離を取ったことを疑問に感じたのも束の間、いきなり空から雷のような音を立てて大質量弾が降り注いできたのである。
 次々に着弾する砲弾の衝撃波に揺さぶられるリックディアスやネモ。いくら機体が頑丈でもこれは堪ったものではなかった。

「くそ、ビッグ・トレーの砲撃か。こちらに撃ってきたという事は、ザク隊は失敗か!」
「隊長、新手です。数は2機!」
「ちっ、こんな時に!」

 この砲撃で仕切り直しということなのだろう。クレイバズーカを構え直し、新たな敵に対処しようとするが、現れた機体を見て歯軋りして悔しがった。

「RGM−85Gか!」
「隊長、あのジムUの肩を見てください!」

 部下のネモのパイロットが悲鳴のような声を上げた。ジムVの隣に居るジムUの機体を拡大し、肩のマーキングを見る。そして、隊長も青褪めた。

「突き上げる拳、だと。まさか、サイレンの美坂香里か・・・・・・」

 サイレンの名はジオンと連邦を問わず、クリスタル・スノーと並ぶ恐怖の代名詞だ。サイレンの美坂香里と聞けば大概の相手は逃げ腰になってしまう。そして、怯んだ相手に情けを掛けて見逃してやるほど、香里は甘い性格ではなかった。

「さてと、全部新型みたいね。大尉が梃子摺ってるという事は、それなりに強敵ということか」
「僕があの黒いのを仕留めます。美坂准尉は緑色のをお願いします」
「O・K。さっさと片付けましょう」

 マシンガンを構えて突入する2機のジムタイプ。両機から放たれた90mm弾がネモとリックディアスを直撃し、機体に火花を散らせる。

「隊長、どうしますか!?」
「くそっ、これでは勝てんか。仕方ない、逃げるぞ!」

 数で相手が上回ったことで、勝算がゼロになったことを隊長は悟っていた。加えて相手の1機はあの美坂香里なのだ。サイレンのメンバーと腕を競うような糞度胸はさすがにない。
 だが、新手の2機に気を取られたのは完全に失敗だった。北川のジムUATから注意が逸れるということは、彼の射撃に無防備になるということだ。彼の中距離以内における射撃のセンスはカノン隊でも群を抜く程のものがある。祐一をして「敵に回したくない」と言わせるほどの実力者だ。その彼の目前で一瞬でも無防備になるということは、確実な死を意味している。
北川は素早く火器をロックオンすると、トリガーを引いた。2基の多連装ミサイルランチャーから6発のミサイルが放たれ、ネモに向かってく。そのネモは慌てて回避運動に入ったが、それを見逃すような北川ではなかった。素早く相手の回避運動の動きを読み、4発のグレネードを放つ。1発のミサイルに捕まったネモは衝撃に姿勢を崩されてしまい、そこに更に続けてグレネードの直撃を受けて完全破壊されてしまった。

 この状況で1機を減らされたカラバのMS隊は、完全に戦意を喪失してしまった。慌てて逃げに入るが、退避に入る瞬間を香里に狙われて更に1機のネモを失ってしまう。そして、残る2機は機動性にものを言わせて逃げていってしまった。

「追います!」

 一弥がそれを追おうとしたが、北川がそれを止めた。

「いや、必要ない。あの逃げ足に追いつけるのは君の機体だけだ。単独での追撃は許可できない」
「ですが!」
「それに、その機体はまだテスト機だ。余り無理して壊したくは無い」

 上官に駄目押しをされてしまい、一弥は渋々従った。北川は部隊に撤退命令を出し、サンダーランドへと戻っていく。そして、サンダーランドで彼は一弥とミデア部隊の指揮官である斉藤少佐と向き合った。

「斉藤少佐、遠路ご苦労でした」
「いえ、これが任務ですから」

 型通りの挨拶を交わした後、北川は少しだけ気の毒そうに斉藤に話しかける。

「しかし、まさかファマス最高の戦術家との評価を受けた斉藤少佐が、輸送部隊の指揮官ですか」
「仕方ありませんな。私は敗軍の士官ですから」
「ですが、あなたの能力は死蔵するには惜しすぎる。どうです、水瀬提督の下で働く気はありませんか?」

 北川の提案は、彼が秋子とのパイプを維持していることを示している。だが、斉藤は首を縦に振らなかった。

「ご好意はありがたいのですが、私はまだ前線に戻る気にはなれません」
「踏ん切りがつきませんか」
「ええ。まだ暫くは、血生臭い世界から離れていたいのです」

 斉藤のどこか疲れた表情に、北川はこれ以上の勧誘を諦めた。彼もまた、多くのファマス士官と同様に覇気を失ってしまったのだろう。またいずれ立とうという気になるかもしれないが、それは今ではないようだった。
 仕方が無く、北川は視線を一弥に向ける。

「倉田一弥准尉だったね」
「はい、北川大尉の事は倉田大尉より伺っております」
「倉田大尉は、元気かな?」
「元気ですよ。ジャブローで部下をしごきまくってます」

 一弥の答えに、北川はジャブローで部下を笑顔でしごきまくっている佐祐理の姿が思いうかんでしまい、表情を緩めてしまった。

「なるほど、それは、部下になった奴は災難だな」
「ですね。でも、倉田大尉は部下をクリスタル・スノー級にすると息巻いてました」
「シアン中佐の再現か。となると、過労死する奴が出るかもな」

 北川は機動艦隊時代にシアンが作成し、実行に移した地獄の訓練メニューを思い出し、胃が痛くなるのを感じた。あれは本当にいつか過労死する奴が出るのではと思わせるようなふざけたメニューだったからだ。その割には1人の死者も出さなかったのだから、シアンには教育者の才能があったということだろう。おかげで機動艦隊の初期からのパイロットたちはクリスタル・スノーの名で呼ばれる最強のパイロットとなったのだが。何しろ、構成員の全てが教官レベルの技量を持っていたのだ。
 あれの再現をしているとしたら、佐祐理もまたシアンのように笑顔の下に悪魔を住まわせているに違いないだろう。


 北川はとりあえず気持ちを切り替えると、一弥に敬礼をした。

「倉田一弥准尉、ジムVテストパイロットとして、当部隊への配属を許可する」
「はっ」

 一弥も敬礼を返す。こうして、倉田一弥は北川大隊の7人目のMSパイロットとなったのだ。
 これから半年ほどして、北川と香里、一弥は斉藤と共に戦う機会を得ることになる。それは、懐かしい親友たちとの再会の時でもあり、頼れる戦友たちとの再会であり、かつては敵であった者たちとの出会いであり、そして、かつての戦友と刃を交える戦いでもあった。



機体解説
RGM−85G ジムV
兵装 ビームライフル 又は ジムライフル 又は バズーカ
   ビームサーベル×2
   頭部60mmバルカン×2
<解説>
 ジムVの陸戦使用型。宇宙用のR型と基本的に同じフレームを使用しており、外装の違いで仕様を変えている。元々ジムVは地上・宇宙兼用のMSとして開発されており、サイド5でR型が、ジャブローでG型が開発されていた。外装を変えればR型とG型を自由に切り替えることが出来るため、汎用性はすこぶる高い。そのコストパフォーマンスは素晴らしいものがある。
 ネモやマラサイよりも性能的に勝っており、これらへの対抗馬として期待がかけられている。



後書き
ジム改 インターミッション・北川編です
香里  私、トラウマ持ちなの?
ジム改 まあね。何しろFARGOにいたんだし
香里  しかも、すでに経験済み。身体には痣がいっぱい・・・・・・
ジム改 あそこはそういう組織だからねえ
香里  うう、お嫁に行けない
ジム改 まあ、君は心配しなくても、相手がいるじゃない
香里  でも、なんか伝えられずに終わりそうなんだけど?
ジム改 まあ、その可能性もあるな
香里  あんたねえ!
ジム改 怒らないの。君は君で美味しい位置でしょう
香里  どこがよ!?
ジム改 暗い過去を背負い、愛する男にも素直になれない悲しい女だぞ
香里  栞じゃあるまいし、そんなの喜ばないわよ!
ジム改 名雪とは被らなくて良いだろ
香里  あの2人はもうあれが普通になってるからね
ジム改 まあ、これからどうなるかだね。戦死の可能性もあるし
香里  誰が?
ジム改 今のところは誰にでも。まだ誰が死ぬかはっきり決めてないから
香里  なんて杜撰な管理なのよ!
ジム改 仕方あるまい。みんな愛着はあるのだよ
香里  ・・・・・・まあ良いわ。もう1つ聞きたいんだけど
ジム改 何でしょう?
香里  何で私と北川君、あんなに口調が堅苦しいの。昔はもっと砕けてたでしょう?
ジム改 ああ、それはね。仮面を被ってるんだよ
香里  仮面?
ジム改 そう、この状況で自分を保つための、北川なりの自己防衛だな
香里  私はそれに付き合ってるわけね
ジム改 そういう事。祐一たちの所に戻れば、多分地が出ると思うけどねw

 

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