名機、3度目の進化


 

 ティターンズで開発中のガンダムマークUのデータを利用した次期主力MSの開発が連邦軍の幾つかの開発拠点で進められていた。ニューギニア工廠のRX−154とキリマンジャロ工廠のRX−166、そして対抗機種とも言えるグリプス工廠のRX−272、いずれも各地の拠点で野心的に進められている計画で、それぞれがバックに連邦軍の大物を抱えている。
 そして今、ジャブロー工廠とサイド5工廠で共同開発で進められている新型機があった。いや、それは正確には新型機とは言い難い物で、旧式機のマイナーチェンジに過ぎない。だが、その性能向上ぶりは原型機とは比較にならないほどである。各地の開発拠点が可変機・大火力機の開発に力を入れている時に、あえて時代の流れに逆らうかのようにMSの基本原理とも言うべき<汎用性の高い機動歩兵>に拘りを見せたのが水瀬秋子であった。秋子は自らこう主張していている。

「艦隊戦力が充実している連邦宇宙軍にとって、MSの仕事は敵MSを撃墜し、自軍の艦隊を守る事です。各地に艦隊を配備し、戦場に迅速に艦隊を展開出来る我が宇宙軍が、わざわざ可変機を配備するメリットはほとんどありません」

 流石に宇宙軍の将官である秋子は地上軍の兵器開発にまでは口を出せなかったが、宇宙軍においては秋子はこの持論をあくまで推し進め、サイド5のオスローにあるサイド5工廠にて新型MSの開発を進めていたのである。これにはジャブロー側から協力の打診があり、共同開発が行なわれていたのだ。
 その新型機はRX−84という。正式に採用されればRGM−84となる予定だ。ムーバブルフレームはガンダムマークUを参考に、より簡易なものに変更することで生産性と信頼性を高めている。最初はデータだけを参考に進められていた計画だったのだが、ティターンズ専用といっていたマークUの一部を連邦軍に供給させる事で実機を参考にする事が可能となり、より安定した機体となっている。
 このマークUの供給を承諾した背景には、地上軍の対ジオンゲリラ部隊で運用されることで実戦運用データを取りたいという狙いがあるが、より大きな理由としてはファマス戦役で影響力を拡大した連邦軍中道派との軋轢の解消があった。失脚したとはいえ、一時は地上軍総司令官を務め、現在もオーストラリア方面軍司令官という要職にあるコーウェン大将を中心に、太平洋艦隊司令長官バルコム大将、宇宙艦隊司令長官のリビック大将、サイド5駐留軍司令官水瀬中将、宇宙軍第2艦隊司令官クライフ少将らを中心とする中道派は実戦部隊に強い影響力を持っている。彼等のティターンズへの反目はそのままティターンズの作戦行動に強い影響を与えているのだ。時としては明らかな妨害さえ受けているのである。
 この軋轢を最初はジャミトフも楽観視し、いずれ自分の圧力に屈服するだろうと考えていたのだが、中道派たちはジャミトフの想像以上に頑固で団結が強かった。加えて30バンチ事件がティターンズにとって予想外の逆風となり、遂には譲歩するしかない事態を招いたのである。30バンチ事件の狙いは連邦将校と連邦議会を震え上がらせ、自分達の意思に従わせやすくする狙いがあったのだが、議会の穏健派議員や軍中道派将官達は震え上がるどころか、内戦覚悟で自分達を糾弾してきたのである。今の時点で連邦軍と事を構えたくないジャミトフはこの勢いに屈したのだ。

 開発の進んだRX−84は、年が変わったことでRX−85となり、サイド5で進められて来た機体とジャブローで進められてきた機体をサイド5で顔合わせさせる事になった。開発部のコードではサイド5製がジムV1号機、ジャブロー製がジムV2号機と呼ばれている。このジムV2号機がジャブローからサイド5のオスロー工廠に運ばれてくるのだ。
 実はジャブロー製のほうが開発が進んでおり、RXナンバーが取れていても良い状態にまでなっていた。




 オスローの宇宙港は軍港として機能しており、民間宇宙港とは別に専用ブロックが設けられている。そこに、1隻のペガサス級強襲揚陸艦が入航しようとしていた。ファマス戦役には参加していなかったが、デラーズ紛争では主力として活躍したアルビオンだ。デラーズ紛争後は暫くベルファースト基地にあったのだが、その後ジャブローに移されていたらしい。

「定刻通り到着、ですね。艦長」

 艦橋の窓からオスロー軍港を望みながら、大尉の階級章をつけた女性士官が艦長に語りかけた。その顔には朗らかな笑みが浮かんでおり、見る者を虜にするような美しさがある。

「宇宙ではジオン残党の活動も少ない。サイド5はデプリの除去も進められている。これで遅れる様では私の能力が問われるよ」
「元カノン艦長の腕を疑う人がいるとは思えませんけどね、デヴィソン大佐」

 元カノン艦長だったデヴィソン大佐は、ファマス戦役後は暫く艦長勤務から遠ざかっていたものの、秋子の尽力もあってこの度アルビオン艦長として地球軌道艦隊に復帰していたのだ。この地球軌道艦隊は後少しで改変され、第1から第8までの艦隊を纏めて本国艦隊と名称を変えることが決定している。

 アルビオンが軍港に入り、固定されたのを確認してようやくデヴィソンは安堵の吐息を漏らし、笑顔を見せた。

「ようし、係留作業に入れ。作業が終わり次第、手空きの者から上陸を許可する」

 デヴィソンの言葉に艦内は湧きかえった。艦船のクルーにとって上陸とは最も嬉しい事の1つであり、これが出来ないというだけでクルーの士気は低下する。
 デヴィソンは最後に女性士官の方に向き直り、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。

「これで私の仕事は半分は終わった。後は君の出番だな。倉田大尉」
「そうですね。頑張らないといけません。テストには大佐も同行してくださるのでしょう?」
「ああ、そのつもりだ。水瀬提督の許可を得なくてはいかんが、提督なら拒否はされんだろう」
「そうですね」

 くすっ、と佐祐理は小さな声を立てて笑った。2人とも秋子とはファマス戦役を戦いぬいた間柄であり、その人柄はよく知っていたのだ。



 アルビオンから降りた2人を出迎えたのは、秋子の元に残っていたかつての仲間達である。祐一が、名雪が、美汐が、七瀬が、栞が、あゆが、中崎が降りてくる佐祐理を待っていた。

「よお、久しぶりだな、佐祐理さん!」
「あははは〜、祐一さんもお変わりなく・・・・・・じゃないですね、少佐昇進、おめでとうございます」

 わざとらしく敬礼をして見せる佐祐理に、祐一は微妙に顔を顰めて見せた。それを見た名雪とあゆがくすくす笑いをしている。

「立場に階級を合わせただけだよ。それに、仕事が増えた」
「ふふふふふ、祐一さんもシアンさんみたいなこと言うようになりましたね」
「むっ、そう?」

 なんだか複雑そうな祐一の顔に、今度こそその場にいる全員が笑い出した。どうやらこういう連中を部下に持つと愚痴り癖がつくものらしい。



 宇宙港から祐一と名雪に連れられて秋子の執務室に入った佐祐理とデヴィソンは、昔と全く変わらぬ秋子の歓迎の言葉を受けた。

「お久しぶりですね、艦長、佐祐理さん」
「はい、秋子さんもお変わりなく」
「おかげで、また艦長職に復帰できましたよ」

 笑顔で敬礼を交し合う3人。ひとしきり再会を喜び合った後、秋子は仕事の話をし始めた。

「2号機はすでにアルビオンからオスロー工廠の試験場に移送しました。そこで最終チェックを行い、明後日からテストを開始する予定です。それまではゆっくり休んでくれて構わない、と言いたいところですが」
「はい、1号機の評価試験を急げと言うんですね」
「ええ、悪いけど、3時間後に試験場の方に来てくれるかしら。色々とお話ししたい事もあるし」

 ここで言う話とは、もちろん軍事関係である。もはやティターンズの諜報員を気にしなくてはならない中道派はこうやって信頼できる人間を往復させる事で重要な情報を受け渡す、という事もしているのだ。実際、連邦正規部隊はティターンズのMS開発計画や艦船調達計画を知らないのである。もともと各開発拠点間には情報を秘匿する性格があるのだが、ここまで来ると異常としか言い様が無かった。もっとも、自分達もジムVの仕上がりを秘匿しているので余り人のことは言えないのだが。


 試験場で佐祐理を待っていたのは技師達と、パイロットスーツに実を包んだ中崎と名雪だった。

「やあ、今回は俺が相手をさせてもらうよ」
「中崎さんがですか。でも機体は?」
「ハイザックを使うよ。多少強化してあるから普通のハイザックと思わないほうが良いぜ」
「うふふ、お手柔らかに」

 今度は名雪に視線を転じる。

「名雪さんは?」
「私は別のテストだよ。新型スナイパーのテストがあるの」
「新型というと?」
「うん、ジムU強化型ベースの新型スナイパーだよ。狙撃銃にレールキャノンを採用するんで、色々と実用化に向けての課題が多くて」
「レ、レールキャノンですか」

 何とも物騒な武器を使うものだと佐祐理は思った。先の戦役で戦った緑色の悪魔、ノイエ・ジールにはビームが通用しなかったということから、実体弾の強化が求められていたのだが、恐らくはその一環だろう。だが、これまでレールキャノンを装備しているのは艦船だけで、MSサイズの砲が作られたとは聞いていない。いや、試作品では幾つかあるのだが、実用段階に漕ぎ付けたものは無いのだ。僅かに砂漠用のデザートジムなどがレールガンモドキを装備していたくらいである。
 冷や汗混じりの笑顔を浮かべていた佐祐理に技師らしい女性が近付いて来た。

「宜しく大尉、私はRX−85の開発主任をしている深山雪見少佐よ」
「あ、私はジャブロー基地所属の倉田大尉です。よろしくお願いします、少佐」

 佐祐理は雪見に敬礼しようとしたが、ふと名前に引っ掛かりを覚えてしばし考えこみ、ようやくその名に思い当たって驚きを浮かべた。

「深山雪見少佐って、まさかあのエターナル隊副長の?」
「雪見で良いわよ。そうね、ファマス軍中佐でもあったわ。貴方達カノン隊とは幾度となく戦ったわね」

 佐祐理に驚かれた雪見は、まあそうだろうと思い苦笑混じりの笑顔を浮かべた。実際、初めてここに来た時には祐一達から随分睨まれたものだ。まあ、多くの部下を失ったのだから無理も無い。

「今日は来てないけど、ここにはエターナル隊司令だった川名みさき元ファマス軍大佐もテストパイロットとして居るわ。今は少佐だけどね」
「な、なんで?」
「水瀬提督に誘われたのよ。行く所が無いなら、うちに再就職しませんかってね。少佐の階級もくれると言うし、悪い話じゃなかったわ」

 雪見の話に佐祐理はなるほどと頷いた。秋子はファマス戦役で活躍した元ファマスの将兵を積極的に登用し、自分の指揮下に組み込んでいる。彼女もその内の1人なのだろう。上層部はファマス帰りの将兵を田舎などに送る懲罰人事を実行しているので、彼等を集めるのは造作もないことだった。ティターンズには出来ない手法である。
 ファマスの将兵はファマス戦役や一年戦争で多くの実戦を経験している兵が多いので、深刻な熟練兵不足に悩む連邦軍にはありがたい存在なのである。

「それじゃあ倉田大尉、早速乗りこんでもらえるかしら。悪いけどコクピットシートは相沢少佐用だから、少し大きいわよ」
「分かりました。リニアシートですか?」
「ええ、今配備が進んでるアナハイムの新型よ。全天周スクリーンとセットで売り込んできたわ」

 アナハイムが影で色々と動いているという事は今や公然の秘密である。エゥーゴという組織の存在も浮かび上がってきており、ティターンズや連邦哨戒部隊と衝突する事もあるという。だが、その一方で連邦やティターンズに兵器を売り込んでもいる。まさに典型的な死の商人でもあるのだ。ハイザックの発展型という現在開発中のMSA−002「マラサイ」もティターンズへの供給が決定されている。その性能は定かではないが、アナハイムが開発した新技術が盛り込まれており、その性能は在来の量産機とは一線を画すものだと言う。
 サイド5工廠でもこのマラサイの噂は伝わってきている。すでに量産試作型がティターンズに納入されているという噂まである。
 そして、この噂は現実のものとなる。量産試作型の性能に満足したティターンズは0085年4月にアナハイム社に量産指示を出し、一定数を受け取っている。ティターンズはこの機体のライセンス生産の準備をグリプス工廠や来栖川重工の工場で行う準備を進めており、エゥーゴとの全面衝突に至ると同時に自分たちの手で生産を行っている。

 ジムV1号機に乗りこんだ佐祐理はさっそく基本的な操作を行っていた。操作系やOSは共通の物なので分からない事はないが、やはり微妙に動きに違いがあった。地上と宇宙という開発環境の差がある所為だろうが、どうしても違和感は消せない。

「ふええ、同じ設計でもこうも違う物ですか」
「どうかしら大尉、1号機は?」
「雪見少佐、やっぱり2号機とは操縦感が違いますね」
「そりゃ違うわよ。あっちはジャブローで開発された機体。こっちのはサイド5で開発された機体だもの。図面が一緒でも、造った工場が違えば違いが出るわ」
「そういうものですか」
「そういうものよ。まあ、今までのデータでは反応速度はうちの方が上の筈よ。代りにパワーは負けるわね。地上の方が冷却効率が良いせいだけど」
「まあ、同じ機体ですから、操縦できないという事もないですよ」

 佐祐理の答えに雪見は満足して頷いた。幾ら同じ機体とはいえ、別の開発拠点で作られた試作機だ。口で言うほど楽な仕事ではないだろうに、彼女は苦もなく操縦している。流石はクリスタル・スノーを率いた大隊長という所か。

「ふうん、彼女、なかなかやるじゃない」
「そりゃあ、俺達の仲間だからな」

 雪見の呟きに祐一が自慢げに答えた。雪見はくすぐったそうな顔で祐一を見る。

「楽しみなんじゃない、あの人と戦うのが?」
「まあね。佐祐理さん級のパイロットと戦うチャンスはなかなか無いからな」
「七瀬さんやあゆちゃんが居るじゃない」
「七瀬とは最近はいい勝負が出来るようになったが、あゆには勝てねえよ。あいつ、ファマス戦役で出鱈目に強くなりやがった」
「そうね、あゆちゃんはすでにみさきとさえ良い勝負をするくらいに実力をつけてる。今のあゆちゃんに勝てるのは連邦全体を探しても片手で数えるくらいしか居ないでしょうね」
「そうなんだよなあ。おかげで最近からかい難くなったというか」

 ぼやく祐一の横顔に、雪見は呆れた視線を投げかけた。自分の知る限り、この男のあゆをからかう姿勢に変化があるようには見えない。いや、それ以上に大きな問題は、この男がまるで浩平の魂の双子ではないのかと思えるほどにお莫迦だという事だ。

「・・・・・・考えると頭が痛くなってきたわ」

 エターナル隊時代に感じていた精神疲労からくる頭痛と胃痛がぶり返してきそうになり、雪見は慌てて考えを打ち消した。

「ひょっとして、私って職場運が悪いのかしら?」

 何でこう変な同僚にばかり恵まれるのだろう。雪見は生まれ持った星巡りというものを少し深刻に考え出してしまっていた。




 翌日、佐祐理のジムV2号機は試験場で中崎の乗るハイザックと向かい合っていた。今回の試験には秋子をはじめ、緊急展開軍だけではなく宇宙軍の主だった現場指揮官が集まっていてジムVへの期待の大きさを感じさせている。
 そのそうそうたる顔ぶれを見た祐一は試験場の発令所で困った顔で名雪を見ていた。

「おいおい、偉いさん勢揃いじゃないか。レイナルド少将やオーエンス少将なんて今日は居ないんじゃなかったのか?」
「予定を変更して駆けつけたみたいだよ。宇宙軍にはジムU以来主力MSといえるのが無いから、みんな期待してるんだよ」
「ハイザックはジムUがあれば特に必要じゃなかったからなあ。しかも大半はティターンズに配備だったし」
「あれはみんな怒ってたよねえ。ファマス戦役後の新規分は全部ティターンズが持っていっちゃったから」

 ティターンズはファマス戦役後、治安維持に新型MSが必要だと言って当時配備が進められていたハイザックを自分のところに優先配備したことで、連邦正規軍にはマイナーチェンジのジムUしか回ってこなかったのだ。まあジムUでも1年戦争の兵器しか持たないジオン残党ゲリラや海賊程度には十分だったのであるが、やはり新型を独占されるのは腹立たしいものなのだ。
 更にティターンズはグリーンノア1、2でMSや艦艇の建造や開発を行っていて、新型ガンダムの開発まで行っている。これはガンダムmk−Uと呼ばれる機体で、発覚後は連邦軍の圧力を受けて機体の一部が連邦軍に送られることになり、その基本構造を受け継ぐ形で完成したのがジムVだ。
 だからジムVはジムU野更なるマイナーチェンジでありながら、第2世代MSに分類しうる性能を獲得することに成功している。まあ装甲材がファマス戦役後にファマスから入手できたデータから再現されたチタン・セラミック複合材で、ムーバブルフレームも一部のみの物なので厳密には第2世代ではないのだが、第1世代でもないので便宜上第2世代に分類されている。
 これが制式化されれば改修キットの量産が始まり、各地のジムUを一気にジムVに置き換えることが可能となる。そうなれば旧式化が進んでいる連邦軍の装備を暫くは現役レベルに戻すことが出来るのだ。

 そんな宇宙軍の提督たちに混じって地上の将軍たちの姿もある。中にはティターンズの制服を着た将官の姿もあったが、まあ仕方が無いだろう。秋子も断ることが出来るわけではない。
 そして祐一は発令所のスタッフに観測用意を指示すると、マイクを取って佐祐理と中崎に繋いだ。

「ああ、テステスただいまマイクのテスト中……」
「祐一、仕事中は真面目にだよ〜」
「何、俺は2人の緊張を解きほぐそうと考えてだな」
「祐一がやると遊んでるようにしか見えないんだよ〜」
「いや名雪、それは俺という人間を激しく誤解しているぞ。俺はだな……」
「はいはい、2人ともそこまでにしときなさい。話が進まないわ」

 雪見が漫才を繰り返す2人の間に割って入って話を遮り、マイクを祐一から奪い取って佐祐理と中崎に話をし始めた。自分の仕事をとられた祐一は不貞腐れた顔で壁際まで下がったが、そこで相変わらずニコニコしているみさきに嗜められてしまった。

「駄目だよ祐一君、こういう時にふざけると雪ちゃん本気で怒るからね」
「そうだよ祐一、仕事中は真面目にだよ〜」
「わ、分かてるって。でも雪見さんって、まるで香里みたいな感じでどうにも言い返しにくいんだよなあ」
「あ、それは私も思うよ〜。委員長タイプって言うんだろうね」
「雪ちゃんは昔から優等生の仕切り屋って感じだからね〜」

 マイクを手に次々に指示を出している雪見の姿はなるほど、確かに香里と同じように見える。エターナル隊でもみさきに変わって隊を動かしていたというし、似たようなタイプなのだろう。
 雪見の指示でテスト開始を伝えられた佐祐理は笑顔を少し引きつらせてしまった。一体発令所で何があったのだ。

「何で深山少佐が指示してきたんでしょうねえ?」
「また相沢が馬鹿やってたんでしょ。雪見さんが怒ったんですよ」
「中崎さんは雪見さんを良くご存知なんですか?」
「まあ、1年戦争時代の仲間だったんで」
「ああ、なるほどですよ〜」

 朗らかな笑い声を聞いて中崎はどうにも戦いにくい相手だと思っていた。なんと言うか、戦う気が無くなってくるのだ。まるで長森瑞佳の相手をしているみたいに気が抜けてくる。
 そして、開始の合図と同時にジムV1号機とハイザックは動き出した。それはジムVが初めて戦闘を行う瞬間でもあったが、その結果は出席した関係者を驚かせるものとなった。



 

 試験は終わった。だがその内容に観戦していた一同は困惑を隠せない様子で、どういう事だと誰何する目で指揮を執っていた祐一を見ている。10人を超す将官に睨まれた祐一は脂汗をダラダラと流しながらまとめたレポートを読み上げていた。

「ええ、今回のテストの結果、ジムV2号機は重力下ではハイザックに3戦全勝、無重力下では1勝2敗という結果に終わりました」
「そんな事は分かっている、我々が知りたいのはどうして負けたのかだ?」
「それは……操縦していた倉田大尉の感想ですが無重力下ではジムVが上手く動かせなかったということです」

 クライフの責めるような視線に祐一はしどろもどろになりながら答えている。将官に睨まれるのは心臓に良いものではないのだ。
 そして佐祐理がジムV2号機で宇宙で上手く動けなかったという事が将官たちの間に小さな騒ぎを起こしてしまった。佐祐理がファマス戦役を生き抜いてきた熟練パイロットである事は誰もが知っている事なので佐祐理の腕に疑問が付く事はないのだが、では何故ジムVがハイザックに負け越したのかが分からない。
 それらの疑問に対して、答えに困っている祐一に代わって雪見が説明してくれた。

「実は、オスロー工廠製のジムV1号機のテストの結果はこれとは逆に宇宙では目標通りの性能を発揮していたのですが、コロニー内の重力下テストでは不満の出る結果を残しています」
「それは、どういう事なの?」

 エニーは訳が分からないという顔をしている。設計を共有し、同じコンセプトで作られたジムVの筈なのにどうして全く違う結果を残しているのだ。この問いに対して、雪見は工廠の性格の差が出てしまったのではないかという答えを返した。

「性格の差?」
「つまり、ジャブロー工廠は地上向きの機体を、オスロー工廠は宇宙向きの機体を作ってしまったということです。同じ設計図を用いているとはいっても細部は異なりますし、機体のバランスや重心、艤装など細かい違いは無数にあります。それらを調整していくうちに差別化がなされたのではないかと」
「つまり、2号機は地上向けの機体だったから宇宙では性能を発揮できなかったと?」
「その可能性が高いと思います。やはり地上の開発局は地上での運用を前提に考えますから。勿論宇宙の開発局は宇宙での運用を前提にします」

 元々、オスロー工廠製のジムVとジャブロー工廠製のジムVは細部が違う。ジャブロー製のほうが全体的に重装甲で被弾に強く、オスロー製はスラスターユニットの数が多くて宇宙での機動力に富んでいる。今回の試験では双方の機体を実際に比較してみて互いの長所を取り入れたXRGM−85の開発を行うためのものだったのだが、結果的に双方の機体の特徴を際立たせてしまう結果となった。
 片や宇宙用、片や地上用、これでは単一機でどこでも使える汎用機として仕上がるのか、説明を受けた将官たちは苦々しい表情で困り果ててしまっていたが。この問題に対して秋子は結論を急ぐ事もないだろうと皆に言い、このまま試験を継続する事を雪見に指示した。



 その夜、祐一は名雪と共に秋子の元を訪れていた。今回のテスト結果に対する今後の対応を協議する為だ。とはいっても3人は同じ家に住んでいるので単に秋子の自室に赴くだけなのだが。
 秋子は部屋にやってきた甥と娘を招き入れると、お茶を入れて一息ついている。そして、少し間をおいて2人に来訪の目的を尋ねた。

「それで、何の用でしょうか?」
「分かっているでしょ秋子さん」
「ジムVの事だよ、お母さん」
「うふふ、まあそろそろ来る頃だろうとは思っていましたよ。何故ジムVがここで作っていた1号機とは全く別物なのかという事ですね」
「ええ、ジャブローの物も同じ図面から作っているんじゃなかったんですか?」

 同じ図面を使っていて何故こんなに差が出てしまったのか、祐一にも名雪にも納得できないでいたのだ。雪見は工場の差だと言うが、そんなに決定的な違いが出るものなのだろうか。
 この疑問に対して、秋子は分からないと答えている。当初の計画ではほぼ同じ機体が仕上がる予定で、後は比較検証してより完成度を高めた上でRGMナンバーとして採用する計画であったのに、どうもそうはなりそうにもない。

「正直私も困っています。当初の計画とは違うものが出来てしまうと議会への説明が大変ですし、予算獲得の面でも不利になりますから。お役所は予定外の事態というのを嫌うんですよ」
「それはまあ、俺も今の仕事に付いてから嫌ってほど実感しましたけどね」
「でも、本当にどうするの。宇宙軍はジムU以来新型が無いんだよ?」
「まあ、それに関してはシアンさんのおかげでゼク・アインの開発計画をフォスターUに回せたから、こちらを主力にすれば良いのだけど」

 元々ゼク・アインはペズン基地で開発されていた機体だったのだが、その開発にかかわっていたシアンがティターンズとのトラブルが元で計画から外されてしまったのだ。だがその際にシアンはゼク・アインに関する情報を秋子に渡してきて、それを得た秋子はペズンがティターンズ細胞の侵食を許している事を知った。
 ゼク・アインが強力なMSである事はシアンもよく理解していたようで、秋子にこの機体の開発計画そのものを秋子の主導下に移してしまう事を薦めていた。その薦めに従って秋子はゼク・アイン開発計画に横槍を入れ、自分を強引に割り込ませたのである。当然これはティターンズの反発を招いたが、元々宇宙軍の独自計画であったゼク計画でティターンズは無関係だという建前を盾にこの講義を跳ね除けている。
 おかげでゼク・アインの開発にはフォスターUも関与することになり、フォスターUのMS工場には生産開始に向けてゼク・アイン用のラインの整備が進められていた。既にペズンから送られてきた試作機の1機がテストを繰り返していて、遠からず採用されるだろうと見られている。
 これがあるので別にジムVが失敗したとしても致命傷となる訳ではない。だがやはりジムUの代替とするには相当の時間がかかるわけであるし、安価に大量に数を揃えることが出来るジムVの開発は是が非でも成功させたいというのが連邦軍の偽らざる本音である。
 その意味では今回の試験結果は望ましいものではなく、秋子としては何とか調整をして地上宇宙兼用機として仕上げて欲しいのだ。

「連邦軍としてはジムUのアップデートで済むジムVは魅力なんですよ。ですから祐一さん、頑張ってくださいね」
「まあ、やってはみますけどね。でも俺なんかより、深山少佐たちに期待した方が良いですよ」

 秋子の期待を込めた視線に祐一は乾いた笑いを漏らした。頑張って下さいと言われても、自分に出来る事はMSのテストパイロットを務めることくらいなのだから。



 

 そして、まあ予想通りと言うか試験は難航した。上層部の意向を受けてどうにかオスロー製とジャブロー製の統合を図ろうと技術士官たちは努力を重ねたのだが、双方の特徴を同時に兼ね備えるにはジムVのペイロードは不足していたのだ。かといって双方の特徴を潰した機体では性能が不足してしまう。やはり全てを満たした傑作機という物は難しいのだろう。1年戦争のザクとジムはそういう要求に答えた名機であったが、あの頃はここまで要求性能が高くなかった。
 この後もジムVのテストは続けられ、祐一たちも一通り運用した後で結論を出したのだが、それは佐祐理が出したものと同じであった。同一フレームのMSではあるが、艤装の違いが全く別の機体にしてしまったのだ。
 最後には秋子までが搭乗して実際にテストを行い、困った顔で祐一たちの意見を入れることになる。このジムVは全く別の機体であり、1つにまとめる事は困難であるという結論を。秋子は自らの執務室で雪見らジムV開発スタッフからの報告書を受け取り、それに目を通して小さく溜息をついた。

「無理、ですか?」
「残念ながら、どちらかに専門化した方が良いMSに仕上がります」
「そうですか。ですが、そうなるとどちらを優先するべきでしょうね」

 秋子としては宇宙軍を優先したいが、それでは地上軍が黙っていまい。ジムVに期待しているのは地上軍も一緒なのだから。さてどうしたものだろうと悩む秋子に対して、雪見はみさきと目配せをした後、もう1つの書類を取り出して秋子のデスクにそっと置いた。

「実は、これは川名少佐からの提案なのですが、ご覧頂けますか?」
「川名少佐が?」

 秋子は1年戦争時代のライバルだった少女の顔を見やり、無言で意見書に目を通す。そして読み進むうちに、秋子の顔には驚きと困惑が浮かんできた。その内容は秋子の予想を超えたものであったのだ。
 そして秋子は、熟考の末に2人の提案を了承した。彼女も受け入れるしかなかったのだ。ただ秋子はこの提案を通すには自分だけでは力不足であると感じており、他の有力者を巻き込もうと考えていた。




 雪見とみさきからの提案を秋子から告げられた宇宙艦隊司令長官リビック大将は渋い顔をしていたが、言ってきたのが1年戦争ではMSパイロットとしても名を上げ、地球連邦軍でも最高のMS運用の権威である秋子が出した結論を無碍にする事も出来ず、上層部に報告を出す際には自分も意見を出す事を受け入れた。
 こうしてジムVはXRGM−85として時期主力量産MSとしての形を持つ事になるのだが、それは宇宙用のR型と地上用のG型の2種類が同時並行で開発されるという、連邦軍としては異例の形となった。従来であれば地上と宇宙兼用の汎用機をベースに派生型として専用機を作るのだが、今回は最初から専用機として仕上げようというのだ。
 ただ第2世代MSとしての特徴を持っているため、基本となるフレームは同一となっている。この基本フレームにオスローやジャブローが開発したパーツを組み込む事でR型とG型に簡単に切り替える事が可能というこれまでのMSには見られない特徴を獲得する事になる。
 だが、これは前例が無い訳ではない。すでにガンダム開発計画において開発されたGP−01が外装の換装だけで地上用のゼフィランサスから宇宙用のフルバーニアンに変更が可能となっており、ムーバブルフレーム採用機ならば可能な事なのだ。ただこれを最初から積極的に取り入れたのはジムVが初めてとなる。ティターンズのマラサイもこんな運用は考えられていないのだ。


 こうして開発されたXRGM−85Rと85Gは各地のジオン残党や海賊との戦いを行っている部隊へと送られ、実戦データを収集した上で更に改良が施され、Xが取れる事になる。
 ジムVが正式配備されだすのは85年暮れの事となるが、その頃にはすでにエゥーゴとの抗争が始まっており、ある程度数が揃うのはグリプス戦争開始後の事となる。その性能はネモやマラサイに勝り、せめて85年中盤に採用されていればティターンズのクーデター時には纏まった数が揃い、初期の大苦戦は無かったのではないかと言われているが、それは1年戦争のゲルググと同じく、意味の無い評価だったろう。
 
 そして85年後半、各地にジムVがテストの為に送られる事になるが、その中の1機のジムV先行生産機が正式採用を前にアジア戦線にデータ収集の為に送られる事になる。そう、佐祐理がかつての仲間である北川の元に弟、一弥と共に送った機体である。この機体が結果としてジムVの初の実戦経験機となり、ジムVの高性能をカラバに見せ付ける事となった。




後書き

ジム改 この頃は平和だなあ。
栞   まだバーク提督もエインウォース提督も生きてましたしねえ。
ジム改 この頃だとエゥーゴはリックディアスの量産を進めつつ、ネモをロールアウトさせた頃か。
栞   うらやましい速さですね。連邦はジムVしかないというのに。
ジム改 一応ゼク・アインもあるんだが、この頃だとまだ主力MSには位置づけられてなかったんだよな。
栞   ゼク・アインは本当なら準生産機で少数配備って流れでしたからね。
ジム改 グリプス戦争のせいで急遽宇宙軍の主力MSとして採用されてしまったけどな。
栞   でも、この時期の連邦軍って何だか暢気ですよねえ。ティターンズに叩きのめされたのも仕方ない気がします。
ジム改 ティターンズはやる気満々で準備してたからねえ。
栞   これでこの後北川さんのところに行く一弥君に繋がるんですね。
ジム改 これから更に半年くらいで、エゥーゴとティターンズの本格的な衝突が始まるのだ。
栞   何気にジムVって時期的に対エゥーゴ戦が主眼なんですよね。もっと早く完成してたらティターンズのマラサイにも勝てたのに、残念です。


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