舞さん、危機一発

 

 寒風吹きすさぶ中を舞はコート一枚で歩いていた。舞は佐祐理と同じく街から少し離れた所にある大学に通っている。意外かもしれないが舞はとても頭が良かったのだ。無口で無愛想な彼女だが、これで成績はトップランクだったのだから恐ろしい。才色兼備で運動神経抜群という反則な人なのだ。愛想が悪いのがせめてもの救いか。
 普段は佐祐理と一緒に歩いてるので何というか、人を寄せ付けないオーラを纏っている舞だが、一人でいるとますます人を寄せ付けないオーラを発してしまうのだ。佐祐理はお嬢様オーラなので欲望全開な男は近づけないのだが、普通に話しかける事は問題無い。だが舞は神秘的というか、何というか近づき難い雰囲気を纏っている為か、友達になろうと近づく奴は結構少ない。知らない人とは滅多に話さないという無口さがそれに拍車をかけているのだろう。これでも性格そのものは高校時代に較べれば随分丸くなって入るのである。後は雰囲気が丸くなれば完璧だろう。

 だが、大学にはすでに本人非公認の佐祐理ファン倶楽部と舞ファン倶楽部が存在し、彼女等に熱いラブコールを贈りつづけているのだ。
 今日も今日とて登校中の彼女を狙って飛び出してくる男どもが!

「「「「川澄さん!」」」」

 飛び出してきたのは4人。舞はもはや見慣れてしまった彼らに少し呆れ混じりの視線を向けていた。

「・・・・・・今日は何の用なの?」
「今日のご予定は?」
「できますなら今日こそ僕と一緒に」
「前のラブレターの返事を今日こそ」
「どうです、これから一緒に朝食など?」

 舞は正面を塞いでいる4人を見まわし、彼女にしては珍しく小さな溜息をついた。

「・・・・・・前から言ってるように、私には・・・・・・」
「「「「「「「「川澄さんっ!!」」」」」」」」

 先ほどに倍する人数で別の集団が襲いかかってきた。さっきまで自分を囲んでた4人を踏み潰して詰め寄ってくる8人に思わず後ずさってしまう。

「川澄さん、倉田さんは、倉田さんはどうしたんですか!?」
「今日は一緒じゃないんですか!?」

 真剣そのもの、というよりなにか切羽詰ってる表情で詰め寄ってくる8人に舞は少しビビリながらも早く切り上げたい一心で答えた。

「さ、佐祐理なら、今日は休み」
「「「「「「「「えええ―――――――っ!!」」」」」」」」

 まともにショックを受ける8人。膝をついて地面に両手をつくものもいればムンクのように頭を抱えて苦悩しているものもいる。

「うおおおおおおおおおっ!」
「俺はなんの為に学校まで来たんだ―――!?」

 こんなヤバイ所にこれ以上いるのは耐えられなかったのだろう。舞はそそくさとこの場を後にしてキャンパスへと踏み込んで行った。そう、今までの一連のことは全部キャンパス外の公道で行われていたのだ。こいつ等絶対そのうち通報されると思うのは私だけではあるまい。

 キャンパスに入った舞はとっとと自分の取っている科目の講堂でぼんやりと座っていた。信じがたい話しかもしれないが、舞が目指しているのは医者であった。佐祐理は自分が無目的に大学に通っていることと比較してよく舞のことを羨ましがっている。

「あはは〜、佐祐理にはやりたい事って無いんですよね〜。だからハッキリとした目標がある舞が羨ましいですよ」

 などという感じである。

 ただ、医者は医者でも舞が目指してるのは獣医であった。その為に舞は毎日毎日ちゃんと講義に出て真面目に勉強している。おかげで舞に対する教授達の評価は軒並み高かった。最大の問題は人付き合いの悪さだが、まあこれは慣れていくしかないだろう。
 一人でポツンと座ってる舞はやる事も無いので買ってきた小説を読んでいた。ほとんどの場合、舞はこうして時間を潰している。大学には佐祐理以外に友人らしい友人もいない舞には他に暇を潰す手段が無かったりする。寂しい大学ライフと言うなかれ。舞は学校が終わったら一目散に祐一の所に行ってしまうために友達を作ろうという努力していないだけなのだ。
 だが、今日の彼女はいつもと少し違っていた。それは、いつもよりも落ちこんで見えるのだ。

『・・・・・・今日は祐一の帰りが遅い・・・・・・佐祐理の帰りも遅い・・・・・・帰ってもご飯は無い・・・・・・祐一のご飯は美味しくない・・・・・・』

 それが理由かい。

 まあ、そんな訳で今日の舞さんは晩御飯という1日の楽しみの半分を失っている為か、気力を失っていたりするのである。普段ぼんやりとしていながらもしっかりと講義を受けており、教授達の受けも良い舞が珍しくぐったりとだれているので、講堂内には違和感が漂いまくっていた。
 ひそひそ声が学生間で囁かれつづけている。

「ちょ、ちょっと、どうしたのよ今日の川澄さん?」
「さあ、二日酔いとか?」
「あの川澄さんがそんなに飲むわけ無いでしょ」
「じゃあ、寝不足?」
「いいえ、私の読みじゃ彼氏に振られたのね」
「ええ、川澄さん彼氏いたの?」
「まっさかあ、あの川澄さんが男と付き合う訳無いわよ」
「・・・・・・それって、百合?」
「そういう噂もあるのよね〜」

 なにやら日頃のイメージばかりが先行してしまい、舞という人間像がかなり歪められてる気もするが、本人も恐らく気にしないだろうからまあ良いだろう。


 そんなこんなで今日の講義も3時には全て終わり、帰る支度を始めた舞に3人の女性が話しかけてきた。

「川澄さん、ちょっと良い?」
「・・・・・・何?」
「これから私達男の子達のグループと飲みに行くんだけどさ。よかったら川澄さんも一緒に行かない?」
「川澄さんって何時も倉田さんといるか1人じゃない。そういうのって良くないよ」
「ねー、一緒に行こうよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 舞は断わろうと思ったが、すんでの所でそれを押し止めた。祐一と佐祐理の言葉を思い出したのだ。

「舞はもう少し人と関わってみないと駄目だぞ」
「そうですねえ、大学でもお友達が少ないようですし、少しは舞も友達を増やす努力をしないといけませんよ」

 2人の言葉を思い出した舞は断わろうとする自分をあえて押さえ込んだのだ。

「・・・・・・うん」

 舞が頷いたのを見て誘った3人は喜ぶよりもむしろ驚いた。ほとんど駄目元で誘ってみたので、まさか本当に乗ってくるとは思っていなかったのだ。

「え、い、いいの?」
「うん、付き合う」
「ほんとに、今まで誘っても一度も来なかったのに?」
「今日は用事も無いから」

 嘘ではない。今日は本当に暇なのだ。暇だから、たまには自分を誘う言葉に応じても良いかもしれないと思っただけのことだ。もっとも、高校時代の彼女ならそんな事は絶対に思わなかっただろう。祐一を通じて知り合った友人達との関係が舞の狭く頑なだった心を少しづつ開いていった成果なのだろう。
 だが、舞は最大の問題を忘れていた。男の子達のグループとは一体何者なのか。それを聞いていなかったのだ。
 そのことを舞はすぐに後悔する事になる。

 

 デパートの屋上のビアガーデンまで連れてこられた舞は、そこに群れている男どもを見て眉を寄せた。どいつもこいつも見覚えが合ったからだ。

「やあ川澄さん、奇遇ですねえ」
「はっはっは、私達はあなたの行く所ならたとえ火の中水の中、何処へだろうとお供しますよ」
「あの、前に出したラブレターの返事を頂きたいのですが・・・・・・」

「・・・・・・・・・・なんで、こいつ等が来るって教えてくれなかったの?」
「あ、いや〜、川澄さんには言わないでくれって頼まれててさあ〜」

 頭を掻きつつ誤魔化すように小さく頭を下げるその女性に、舞は恨めしげな視線を向けつつも小さく溜息をついた。どうやら諦めるしか無いようだ。
 そうして、舞は生まれて初めてアルコールというものを口にする事になったのである。

 ドンッ!

 舞の席の前に置かれた生ビールの中ジョッキ。それは舞が初めて目にするビールジョッキであった。

「・・・・・・これがビール」

 ちょっと緊張しながらそれを手に取る舞の姿に、周囲の人たちは楽しそうな笑い声を上げていた。

「ちょっと川澄さん、そんな初めてビールを飲むみたいに緊張しなくても」
「私は初めて」
「そうそう初めてだからって・・・・・・初めて?」

 一瞬、場の空気が凍りついた。

「・・・・・・もしかして川澄さん、お酒、初めてなの?」
「・・・・・・うん」
「あ、そ、そうなの」

 この年になるまで酒を飲んだ事の無い日本人がよもや存在したとは。
 だが、同時に彼らの中で1つの興味がわいていた。あのストイックで神秘的な雰囲気を持ち、常に独特の空気を纏っている川澄舞が酒を飲んだら、どういう風に変わるのだろうか。
 この誘惑にあがらう気は、彼らにはさらさら無かった。

「じゃあ、飲むとしようか―!」
「「「「「おおー!!」」」」」」

 各自がジョッキを掲げる。それを見て舞も自分のジョッキを掲げた。

「それじゃあ、カンパーイ!」
「「「「「カンパーイ!!」」」」」

 ジョッキがぶつかり合う音が響き渡り、皆がビールを喉に流しこんだ。舞もそれに習ってビールを口につけている。その様子をみんなはじっと見ていた。さあ、川澄さんはどれだけ酒に強いのだろうか。中ジョッキをどれだけ飲めるかでそれが分かる。

 だが、この時誰が予想したであろうか。川澄舞が酒豪であるという事を。

 皆が少し呆然としている中であっさりと中ジョッキを飲み干した舞はジョッキをテーブルに置くと、自分に注がれている視線に気付いた。

「・・・・・・何?」
「あ、ううん、なんでも無い」

 問われた女性はパタパタと手を振って誤魔化したが、内心では驚愕していた。普通、初めてで中ジョッキを一息に飲み干せるかあ!? と。
 この後も舞は運ばれてきたジョッキを水でも飲むかのように次々に4杯も空けてしまい、場を唖然とさせることになる。


 しかし、真の恐怖はまさにここから始まったのだ。


 どれだけ飲んでもさっぱり酔う気配の無い舞の様子に参加者達は残念そうであった。どうやら舞は幾ら飲んでも乱れたりはしないタイプであるらしい。目論見が外れた事に少し失望しつつも参加者達はそれぞれに自分の楽しみ方で飲んでいた。
 だが、そこに突然変化が訪れた。

「ひっく!」

 舞がしゃっくりを始めた。どうやら舞も酒が回ってきたらしい。それと同時に聞こえ出した子供の笑い声。何事かと参加者達は辺りを見まわすがそれらしい子供の姿は何処にも見えない。

「・・・・・・俺も酒が回ってきたかな?」
「ああ、俺も酔ってきたらしい」
「はははは、子供の声が聞こえるぜ」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 3人は同時に黙りこんだ。本当に飲み過ぎなんだろうかという疑問が沸き起こってきたのだ。だが子供の笑い声は消えず、それどころか足音さえ聞こえ出している。

「・・・・・・な、なんなんだ、こいつは?」
「の、飲みすぎたんだよな、俺達」

 引き攣った笑いを浮べて現実から逃げて行く男たち。その回りではしゃぎまわるちびまいズ。じつに心温まる怪談現場ではないか。強いて問題があるとすれば、ちびまいズの姿が舞にしか見えていない事だろうか。
 舞は最初の内こそ徐々にボケてくる思考と制御が効かなくなってきている自分の力を何となく自覚していたが、何故かそれをどうにかしようとは思わなくなっていた。これが酒に飲まれるという事なのだが、この症状の厄介な点は本人の意思ではどうにもならないという事だろう。

「・・・・・・うう、グスッ」
「あれ、どうしたの川澄さん?」

 突然泣き出した舞にまだ酒が回っていないらしい女性が気付いて声をかけてきたが、それが彼女の運の尽きであった。舞はまるで獲物を見つけた猫科の猛獣のようにじろっとその女性を見ると、普段の寡黙さは何処にいったのかと思わせてくれるようなお喋りモードに突入して行った。

「ねえ、私って暗い?」
「え?」
「私って暗い? 私ってそんなに変わってる?」
「え、ええと・・・・・・それは」
「私だって分かってる。それは無愛想だと自分でも思う。少しは喋った方が良いとも思う。でも何を話したら良いかわかんないと気だってあるの。そもそも私が暗くなった原因は10年以上前に遡って・・・・・・」

 怒涛のトークに突入した舞にひたすら付き合わされる女性の顔には「助けて〜」と書いてあったが、すでに半ばを過ぎて泥濘状態の酒宴の席で困ってる人を助けようなどという殊勝なことを考える奴がいるはずも無い。皆に見捨てられた女性は舞の愚痴混じりトークに延々と突き合わされたのである。
 だが、その愚痴混じりトークに時折出てくる「祐一」という名前を舞ファン倶楽部の野郎どもは聞き逃さなかった。

「何者だ、祐一とは?」
「まてい、今資料を出す」

 舞ファン倶楽部の会員がさっそく鞄から「川澄さん極秘ファイル」なるものを取り出した・・・・・・こいつらストーカー容疑で捕まっても誰も弁護しそうも無いなあ。
 資料の中から目的のファイルをみつけだし、それを一同の前に置いた。そこにはかなり凶悪な人相の祐一の写真が貼られていたりする。

「こいつだ、相沢祐一18歳、華音高校3年生で、呼吸するトラブルと呼ばれる男だ」
「なんだそりゃ?」
「奇蹟を呼ぶ男とも呼ばれている」
「・・・・・・ますます訳分からんが、こいつが一体何なんだ?」
「この男、不逞にも川澄さんにちょっかいをかけておるのだ」
「「「な、な、な、なんだとおおおぉぉぉぉっ!!」」」

 本当は恋人なのだが、このファイルには川澄さんに纏わりつく害虫男。天誅ターゲットbPとされている辺り、祐一の未来は限りなく暗いかもしれない。もしそんな事をすれば舞に嫌われるどころかズンバラリンとやられかねないのだが、幸せな事に彼らは舞の恐ろしさを知らない。

「しかもだ、この男は多くの女子高生をはべらしているのだ!」
「な、なんと!?」
「見よ、この娘達だ!」

 取り出されたる名雪、あゆ、栞、真琴、美汐、香里、秋子さんの写真。どうやら佐祐理は外されているらしい。だが、この面子だけでも十分に5回は死刑にされるであろう顔ぶれだった。だが、女子高生に秋子さんが入ってるのは不味くないだろうか?
 
「・・・・・・ゆるせん、これほどの美少女を1人占めとは・・・・・・」
「川澄さんも入れれば8股か、人間の屑という言葉がこれほど似つかわしい男も珍しい」
「・・・・・・しかし、男としてこう、許せないと思わないか?」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 男たちは、いや、漢達は立ち上がった。瞳に決意を秘め、正義の怒りに燃えながら。

「殺るか」
「ああ、丁度体を動かさなくてはと思っていたところだ」
「我々はこの男に天誅を下さねばならん。漢として」
「別に決して羨ましいとか、そういうわけではないのだ」

 漢達は頷き合うと、ビアガーデンを後にした。

『舞−、舞ったら−、あの人たちなんか危ないよ−!』

 それに気付かない舞に必死で祐一の危機を伝えようとするちびまいズが舞の服をひっぱたりしてるのだが、残念ながら嫌な酔っ払いと化している舞にはそれに気付くことは無かった。


 漢達が去った後も宴会は続いていたが、それも終わる時が来た。ビアガーデンの閉店の時刻が来たのだ。飲んでいた学生達や社会人達は酒の手助けもあって陽気さを維持してる者が多かったが、舞に絡まれている女性は泣きそうであった。

「か、川澄さ〜ん、もう飲み会も終わりだから正気に戻って〜」
「明るい私ってそんなにおかしいの。そりゃ今までそういうキャラだったから当然明るくなったら違和感あるわよ。でも、私だって好きで暗くなった訳じゃないの。そもそも元はと言えば祐一が私を置いて帰っちゃったのがいけない。あそこであっさり帰ったりせず、私とちゃんと話してくれてたらこんな事にはならなかったと思うの」

 うっうっと泣きべそを見せながらヤバイ事を漏らしまくる舞。幸いにして周囲は酔っ払いの愚痴などまともに聞いてはいないので、その内容がいかに滑稽なものでも気にされることはなかった。もしちゃんと聞いている者がいたら舞はただの変人か、物凄い想像力の持ち主だと思われたことだろう。
 泣き上戸の愚痴上戸という手の付けられない酒癖を持っていた舞を抱えてデパートを出た彼女らは、ある問題に気付いた。誰も舞の部屋を知らないのだ。一体何処に送れば良いのか。タクシーを拾っても送る事は出来ない。

「どうするのよ〜」
「どうするって言われても、誰かが部屋に泊めるしかないんじゃないの」

 誘ったのは自分達の方、という問題が彼女等を縛っていた。だから自分達の部屋に泊めるのは仕方がないと誰もが思っていた。
 だが、そこに救いの神が現れた。

「あれ、舞さんだよ〜」
「「「え?」」」

 そこにいたのははっと目を見張るような美少女だった。ちょっと間延びした口調にぼんやりとした眼差し、腰まで伸びた蒼い髪を揺らしながら近づいて来たのは名雪であった。舞に近づいた名雪は舞が酒を飲んでいる事に過ぎに気付いたが、その様子がおかしい事に気付いて意外そうな顔になった。

「えっと、舞さん飲み過ぎ?」
「あっと、川澄さんの知り合いなの?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、川澄さんを送るのまかせて良い。タクシー代は出すからさ」
「え、ええと、良いですけど」
「そう、じゃあお願い!」

 3人に手を合わされた名雪は別段嫌な顔をするでもなく請け負ってくれた。

「あれ、どうした水瀬?」
「私の知り合いなんだよ〜、悪いけどタクシー掴まえて、斉藤君」
「わかった、ちょっと待ってろ」

 デパートから出てきた青年は青い髪の女性に頼まれるままに通りに出てタクシーを探し出した。


 こうして舞を受け取った名雪はタクシーを拾うとなんともボケた事をしてくれたのである。目的地を告げられた運ちゃんは言われた目的地、水瀬家へと2人を運んだのである。
 水瀬家に運ばれた舞は当然ながら爆睡しており、祐一が使っていた部屋に寝かされたのであった。
 そして翌朝・・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何処?」

 舞は見知らぬ部屋で目を覚ましていた。確か昨日は大学の人達とお酒を飲んでいたはず。なのにどうして見知らぬ部屋に居るのだろう。
 起きあがろうと上半身を起した時、頭の内側で鐘が鳴っているかのような凄まじいダメージを受け、再びベッドに倒れてしまう。

「・・・・・・何、この酷い頭痛は?」

 生まれて初めて二日酔いを経験した舞は例えようも無い不快感に顔を顰めていたが、扉が開く音にそちらを向くと、秋子さんがお盆に水の満たされたコップと、焼いた食パン、サラダを載せてやってきた。

「あら、目が醒めましたか?」
「・・・・・・秋子さん?」
「まだ起きない方が良いですよ。二日酔いでしょう?」
「・・・・・・二日酔い、分からない。頭は痛い」
「うふふ、それが二日酔いよ。水分を取れば少しは楽になるわ」

 そう言ってコップを渡してくれる秋子さん。舞はその水を慎重に口に運んだ。そのまま半分ほどを飲んでまたお盆に戻した。

「ああ、朝食としてパンとサラダを持ってきました。お口に合うかどうかは分かりませんけど」
「・・・・・・頂きます」

 舞は上半身を起した。不思議と先ほどまでの頭痛は和らいでおり、耐えられない程ではなくなっている。舞は秋子に感謝しながらパンを掴み、一緒に添えてあったオレンジのジャムを塗り、一口齧った。

「%$&#=?#$☆♪◆!!」

 口から襲ってきた悪意無き殺意に舞は目を白黒させた。

『こ、これは、オレンジじゃない。何、分からない、理解不能・・・・・・』

 口に食パンを咥えたまま舞は硬直していた。ニコニコと微笑んでいる秋子を見る限り悪意があったとは思えない。この人が悪意をもって何かをするとは思えない。となればこのジャムは秋子さんの気に入りという事になる。ならば残さず食わなくてはいけないだろう、と舞の律儀な部分が致命的な選択を選ばせてしまった。

 結果として、舞は午後までここで寝込む事になるのである。

 

 

 

 

 さて、皆さんが気になっているかもしれない彼、相沢祐一君は一体どうしたのでしょうか?

「死ねええええ、相沢祐一―――!!」
「貴様、川澄さんのみならずあんな可愛い女子高生を1人占めだと、許せん!」
「これは天誅だ!!」
「安心しろ、川澄さんは俺が責任を持って面倒見てやる!」
「うおおおおお、なんだお前等ああぁぁぁ!!」

 なんだか知らんが朝っぱらから凶器を持った4人組みに襲われていたりする。身に覚えの無い所で恨みを買ってるつもりはないのだがと過去を振りかえった祐一だったが、何となく心当たりがありすぎてそれ以上考えるのを止めてしまった。

「へっ、俺に付いて来れるもんなら付いて来てみろ!」

 祐一が更に加速した。とんでもない速さだ、流石は名雪と共に地獄のような朝を駆け抜けてきた男であった。
 だが、彼の悲劇はこれだけに留まらず、半ば恒常的なものとなっていたのである。