第1章  ガンダムというMS


中立国家、オーブに所属するコロニー、ヘリオポリス。ここは今だ戦火に巻き込まれていない貴重なコロニーだ。ここには戦火を逃れて多くの人々が集まっている。誰が危険な戦闘地域になど住みたがるだろうか。だが、今このコロニーに1つの危険が迫ろうとしていた。

ヘリオポリスに入航しようとしている1隻の輸送船がある。いや、正確には連合の仮装巡洋艦だ。ヘリオポリスは戦闘艦の入航を認めていないので、このような処置をとっているのである。艦の中には戦闘用のメビウスが3機と、メビウス・ゼロが1機収められている。
 艦内でメビウス・ゼロの調整をしていたフラガは、通りかかった部下を見つけて声をかけた。

「おいキース、どうした、やけに嬉しそうじゃないか?」

 呼び止まられたのはキーエンス・バゥアー中尉。フラガの部下の1人で、フラガが最も信頼している仲間でもある。キースとは彼の愛称だ。
 キースはフラガの方を向くと、嬉しそうに相好を崩した。

「そりゃ嬉しいですよ。久しぶりの上陸ですからね。もうこんな狭い艦の中はコリゴリです」
「なるほどな、そりゃ言えてる」

 声を上げて笑うフラガ。彼は連合の中では屈指の実力を持つエースパイロットで、エンディミオンの鷹という2つ名を持っている。彼の専用MAとも言えるメビウス・ゼロは彼にしか扱えないという事で知られる特殊なMAだ。
 キースはスコアこそフラガに劣るものの、その実力はフラガに劣らないと言われている。何しろメビウスで多くのジンを叩き落しているのだ。彼はエメラルドグリーンに塗装された目立つメビウスを駆る事で知られている。その装備はとにかく重武装・高機動で、付けられるだけの火器とブースターを取り付けている。これでひたすら一撃離脱を繰り返すのが彼の戦法だ。
 これだけの実力を持つエースを2人も乗せている事を見れば、この艦がどれだけ重要な任務を与えられているかが分かるだろう。この艦には、開発中の連合のMSのパイロットが乗っているのだ。
 だが、まさに運が悪いと言うか、この艦がヘリオポリスに到着すると同時期に、2隻のザフト艦がヘリオポリスに迫っていたのである。


ザフト軍ナスカ級高速巡洋艦ヴェザリウス。ザフト軍のエース、ラウ・ル・クルーゼが率いるクルーゼ隊だ。ヘリオポリスを見つめるクルーゼの顔は半ば仮面で隠され、その表情を伺う事は出来ない
ヴェザリウスを預かる艦長、アデスは自分の懸念をクルーゼにぶつけた。

「評議会からの返答を待ってからでも遅くは無かったのでは・・・・・・隊長?」
「遅いな・・・・・・私の勘が告げている。ここで見過ごせば、その代価、いずれ我等の命で支払わなくてはならなくなるぞ」

 クルーゼはヘリオポリスを攻撃してでも連合の新型を奪取するつもりだった。その為なら多少の外交問題など考慮する必要は無いと考えているのだ。

 

 ヘリオポリスの中では多くの人々が平和に暮している。そんな中に、1人の少年がいた。コーディネイターであるがプラントに移り住む事は無く、両親と共にヘリオポリスにやってきた少年、キラ・ヤマトだ。
 彼は仲間達とエレカでモルゲンレーテの工場へと向っていた。自分たちの教諭であるカトウ教授に会うためだ。だが、そこに教授の姿は無く、代りに3人の同年輩の人物がいた。1人はサイ・アーガイル。ゼミの仲間で、仲間内ではリーダー格でもある。もう1人はカズィ・バスカーク。やはりゼミの仲間だ。あと1人帽子を被った人がいるが、こちらは見覚えが無い。
 この華奢な少年を放っておいてキラ達は和気藹々と話していたのだが、いきなり彼等は激しい振動に襲われ、慌てて近くの物に捕まる事になる。

「な、なんだ!?」
「隕石でも当たったのか?」

 彼等が事実を知るのはすこし後のこととなる。それは、ザフトの攻撃だったのだ。平和な筈の世界、それは、ここに住んでいる人々の思惑を無視して壊されようとしていたのである。

 ヘリオポリスに入航していた仮装巡洋艦は慌てふためいて出向してきた。すでにコロニー防衛隊とザフト軍の戦闘は始まっている。仮装巡洋艦からも5機のMAが飛び出して来た。だが、ザフトの主力機であるMSジンとMAメビウスのキルレシオは1対5。とても勝負にはならないだろう。

「全機、ジンをコロニーに近づけるな。何としてでも粘れ!」

 フラガは指示を出したが、正直言ってどれだけ持ち応えられるか、という思いが強い。自分とキースを除けば残る2人は実戦経験が少ないのだ。
 そんな事を考えていると、すぐにジンが向かってきた。フラガは意識を切り替えるとそれに立ち向かっていく。1対1ならジンごときに遅れを取らない自信が彼にはあった。有線ガンバレルを展開し、四方八方から攻撃を加えて行く。フラガ自身はジンとのドッグファイトに入った。そのジンは予想外の所から砲撃を受け、左腕を失ってしまう。
 だが、フラガの奮戦も戦局には大した影響を与えてはいない。
 フラガの予想通り、メビウス隊は自分の身を守る事さえ出来ず、ヘリオポリスにMSの侵入を許してしまった。キースは舌打ちしながらも目の前のジンに向って行く。

「悪いけどな、堕とさせてもらう!」

 緑色のメビウスが一直線にジンに向っていく。ジンのパイロットは小癪なメビウスを撃とうとしたが、その機体を見て狼狽した声を上げた。

「緑のメビウス。まさかこいつ、噂の「緑玉(エメラルド)の死神」か!?」

 エメラルドの死神。そう呼ばれるメビウスパイロットがいる。フラガのエンディミオンの鷹ほど有名ではないが、シップエースとして名を馳せているのだ。当然MS撃墜数も多い。
 キースの前に出た事がこのジンパイロットの不運だった。積めるだけの武装を積みこんだキースのメビウスの正面火力は凄まじい。絶大な火力を叩き付けられたジンは回避運動に入ったものの、キースから見てその動きはいささか腰が退けたものに映る。どうやら自分を知っているらしい。キースは機体性能の限界まで加速させ、一直線にそのジンに迫った。下手な回避運動は一切しない。投影面積を最少に止め、すれ違いざまにありったけの武器を叩きこんでいく。これがキース流の一撃離脱戦法だった。
狙われたジンはたちまち攻撃を受け、機体をバラバラにされて破壊されてしまった。

「オロール機被弾! 緊急帰投!」
「オロールが被弾だと、こんな戦闘でか?」

 アデスが意外そうな口調で問いかけたが、次に来た報告には驚愕をしてしまった。

「クライム機反応消失、撃墜された模様!」
「馬鹿な、クライムまでだと!?」

 アデスは椅子を蹴って立ちあがった。クルーゼ隊のパイロットはエース級で揃えられている。それなのに、たった数機のMAにこうまで苦戦しているのだから。
 そして、何処かの宙域を見ていたクルーゼがふっと笑った。

「どうやら、いささか煩いハエが1匹、飛んでいるようだぞ」
「はぁ?」
 
 意味が分からず聞き返すアデスに、クルーゼは滑らかな動作で椅子から立ちあがり、告げた。

「私も出る」


 ヘリオポリスの中は大変な事になっていた。数機のジンが侵入して暴れまわり、施設を破壊して回っている。民間人の犠牲もかなりの数に上るだろう。そんな中で、モルゲンレーテの施設から2機のMSが飛び出してきた。連合の新型機動兵器、GAT X−303イージスと、GTA X−105ストライクだ。

「良くやった、アスラン!」
「・・・・・・ラスティは失敗だ、向こうの機体には地球軍の士官が乗っている!」
「なに、ラスティは!?」

 アスランは無言で頭を左右に振った。それを見たミゲルも辛そうに顔を顰める。

「なら、あの機体は俺が捕獲する。お前は先に離脱しろ!」

 アスランを下がらせてミゲルのジンがストライクに向って行く。ストライクを操るマリューは咄嗟にフェイズ・シフトのスイッチを入れた。機体の色調が変わり、振るわれたジンのサーベルが弾き返される。

「な、なんだ、こいつの装甲はどうなってるんだ!?」
「この機体はフェイズ・シフトを装備してるんだ。ジンのサーベルなど通用はしない」
「ちっ、厄介な」

 ミゲルはジンを僅かに下がらせたが、すぐにまた前に出た。このまま動きの鈍いストライクを殴りつづけ、バッテリー切れにさせようと考えたのだ。
 ストライクの中のキラはモニターで友人達が瓦礫の中を逃げ惑っているのを見つけ、思わず機体の操作に手を出してしまった。襲い来るジンのサーベルを機体を沈める事で躱し、体当たりでジンを吹き飛ばす。

「まだ人が残ってるんです、こんなものに乗ってるなら、何とかしてくださいよ!」
「君!」

 女性士官が咎めるように叫ぶが、キラは構わずに計器類をチェックしていく。

「無茶苦茶だ、こんな堕粗末なOSで、これだけの機体を動かそうなんて!」
「ま、まだ全て終わってないのよ。仕方ないでしょう!?」
「どいてください!」

 女性士官が慌ててシートを譲る。キラはシートに滑りこむと端末を引きだし、凄まじい速度で叩き始めた。戦場でOSを書換えようというのだ。その余りの速度に女性士官、マリューは驚きの目を向けていた。
 襲いかかるミゲルのジン、だが、ミゲルの予想に反してストライクの動きはいきなり良くなった。それまでぎこちなくしか動けなかったのに、突然変化したのである。そして、その変化に戸惑っている間に、ミゲルは機体を失ってしまったのである。


 キースは1機のジンを堕とし、更にローラシア級巡洋艦のガモフに手傷を負わせた辺りでようやく周囲に変化に気づいた。何時の間にか味方が1機も見当たらないのだ。

「おいおい、冗談だろ、まさかフラガ大尉まで殺られちまったってのか!?」

 あのフラガ大尉がそう簡単に殺られるとは思えないが、このまま孤立して袋叩きは嫌だったので、キースは機体を近くのデプリに飛び込ませ、ゴミに貼りつけた。これで発見される確立は激減するからだ。機体の動力も落として熱反応も押さえ込む。
 後はそのうち敵が立ち去って、ヘリオポリスにでも逃げ込めるのを期待するしかない。

「酸素が無くなるまでに終わってくれれば良いがなあ」

 暢気にそんな事を考えていると、いきなりヘリオポリスの外壁に大穴が開いた。内側から強力なビーム砲が放たれたのは分かるのだが、あれではまるで艦砲でも撃ったかのようだ。その穴から1機のシグーが出てくるのが見えたが、今は相手にするつもりは無い。
 この時、コロニーの中で起きている事件を知ったら、キースは驚愕しただろう。まさか、中で戦艦が暴れているなどとは普通は思わない。


「ラミアス大尉!」

 少年達にストライクの部品を載せたトレーラーを運転させ、アークエンジェルに帰ってきたマリューを出迎えたのは、ナタル・バジルール少尉だった。

「ご無事で何よりでした」
「あなたこそ、よくアークエンジェルを。おかげで助かったわ」

 その時、ストライクからキラが降りてきた。それを見た整備長のマードックらが驚いている。
 ナタルの隣から見た事の無いパイロットスーツ姿の男が現れた。端正な顔立ちに気さくそうな笑顔を浮かべている。

「地球軍第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉だ。宜しく」
「あ、地球軍第2宙域第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」

 敬礼を交し合った後、フラガが切り出した。

「乗艦許可が欲しいんだが。俺の乗ってきた船は落とされちまってね。この艦の責任者は?」
 
思い口調でそれに答えたのは、ナタルだった。

「艦長以下、主だった士官は全員戦死されました。よって、ラミアス大尉がその任にあると思いますが」
「え・・・・・・・・?」

 マリューが凍り付く。まさか、艦長達が戦死していたとは。
 フラガは疲れた顔で額を押さえる。そして、戦艦には似つかわしくない少年たちの方を見る。

「で、あれは?」
「ご覧の通り、民間人の少年です。襲撃の時、何故か工場ブロックにいて、私がGに乗せました。キラ・ヤマトと言います」
「ふーん」
「彼のおかげで、先も人1機を撃退し、あれだけは守る事が出来ました」
「ジンを撃退した。あんな子供が!?」
「俺は、例のXナンバーのパイロットになるひよっこ達の護衛できたんだがね。あいつらは・・・・・・?」

 ナタルはフラガの問いに沈痛な顔で頭を左右に振った。それを見たフラガの顔が辛そうに引き締められる。

「彼が、ストライクを操縦してくれたおかげで、あれだけは守ることが出来たんです」

 ナタルが驚いた声を上げる。フラガは面白そうにキラを見ると、近づいていった。キラは僅かに身を固くし、警戒した声を出す。

「な、なんですか?」
「・・・・・・君、コーディネイターだろ?」

 何気ない口調での問いかけ。だが、それのもつ意味は大きかった。コーディネイターという言葉に反応した兵士達が銃を向ける。その銃口の前にトール達が立ちはだかり、キツイ目で兵士達を睨みつける。

「キラはコーディネイターでも敵じゃねえよ。さっきのを見てなかったのか。どういう頭してるんだよ!」
「トール・・・・・・」

 緊迫した空気を吹き払ったのは、自分たちをここに連れてきたマリューだった。

「銃を降ろしなさい」
「ラミアス大尉、これは一体?」
「別に、おかしな事じゃないでしょう。ここは中立コロニーですもの。戦争に巻き込まれるのが嫌で、移り住んだコーディネイターがいても不思議じゃないわ。違う、キラ君?」
「ええ、僕は、1世代目のコーディネイターですから」

 キラの答えに誰もが顔を向き合わせている。そんな中からフラガが一歩前に出てきた。

「つまり、両親はナチュラルという事か」

 頭を掻きつつ振りかえり、気安い声で謝辞を口にする。

「いや、すまなかったな。こんな騒ぎを起すつもりは無かったんだが。俺は、こいつのパイロットになる連中のシュミレーションを見てきたんだが、あいつ等、のそくさ動かすのにも四苦八苦してたからな」

 それだけ言うと、フラガは艦内に向けて歩き出した。ナタルに呼び止められて一度足を止めるが、人を食ったような答えを返すだけでまた中へと歩いていってしまう。フラガは外にいいるのがクルーゼ隊だと言い、また仕掛けてくると言う。この少ないクルーで何処までやれるか、マリューもナタルも暗澹たる思いに囚われてしまった。
 そして、再びクルーゼ隊の攻撃は開始されたのである。

 

 1人戦闘から離れた所で漂っているキース。そのまま飄々としていたら、今度はコロニーが崩壊を始めたのだ。これには流石に驚愕を隠せなかった。

「おいおい、どうなってんだよ。何が起きてるんだ!?」

 コロニーが崩壊する。そんな事は通常では考えられない。D型装備のジンが数機コロニーに向っていくのが見えたが、まさか奴等はコロニーの破壊が目的だったのだろうか。
 そしてコロニーの残骸から1隻の戦艦が現れた。白い、見たことも無い戦艦。味方の識別表には載っていない艦だ。あれは敵だろうかとも思ったが、それにしては妙な気もする。   
何が起きているのか分からないのだが、ヘリオポリスが崩壊した以上はもう何処にも行くことが出来ない。ならば敵でも交渉して投降するのも手だろう。動力を入れ、機体を起動させる。

「さてさて、あれは味方かな、それとも敵なのかな」

 通信機を操作し、戦艦に通信を入れる。出来れば味方であってくれればと思いながら。

「こちら連合軍のMAだ。貴艦の所属を教えられたい」

 暫く待つ。そして、帰ってきた声にキースは驚愕した。

「キース、その声はキースか!?」
「へ、フラガ大尉。生きてたんですか?」
「当たり前だ。お前こそ、良く無事だったな!」
「まあ、俺はしぶといですから」

 機体をアークエンジェルに向ける。とりあえずこの場は生き残る事が出来そうだった。だが、近くに1機のMSを発見し、慌てて戦う態勢を取る。

「フラガ大尉、MS1機を発見、攻撃します!」
「ちょ、ちょっと待て、そいつは味方だ。撃つな!」

 慌ててフラガが止める。キースはトリガーにかけた指を寸での所で止めた。

「味方って、じゃあ、あれがXナンバーなんですか?」
「ああ、X−105ストライクだ」
「あいつがストライク」

 キースの見ている前でその鮮やかなカラーの機体はゆっくりと近づいてくる。手に抱えているのは脱出ポッドだろうか。コロニーの住人が入っているのだろう。乗ってるのが誰かは知らないが、軍人としては甘い奴だと思えた。
 機体をアークエンジェルの軸線に乗せ、ゆっくりと着艦していく。入ってきたMAを見て整備兵達が驚きの声を上げていた。

「おいおい、こりゃ随分重武装のメビウスだな。誰が乗ってるんだよ」

 整備班長のマードックが楽しそうに機体を見ている。そして降りてきたパイロットを見て今度は僅かに驚いた。

「こりゃまた、思ってたより若いパイロットさんだな」
「まだ22だよ。キーエンス・バゥアー中尉だ。よろしく」
「マードックです、宜しく」

 差し出された手を握り返し、マードックはニヤリと笑った。こいつは面白い奴だ、そう感じたのだ。
 キースは格納庫を見渡し、ストライクを見つけると、マードックに問い掛けた。

「ところで、あいつのパイロットは?」
「ああ、ヘリオポリスの子供が動かしてるんですよ」
「子供? 俺が護衛してきたパイロットはどうしたんだ?」
「全滅です。みんな艦長達と一緒に」
「・・・・・・そうか」

 キースはガックリと肩を落とした。結局、死なせる為にここに連れて来たようなものだったのだ。そしてストライクに乗っている少年とやらを探しに歩き出した。どんな奴が乗っているのか興味があったのだ。
 だが、いきなり格納庫に少女の声が響き渡ったのには流石に驚いてしまった。

「ねえ、一体何があったの。ヘリオポリスは? 私、1人で、とても心細かったのよ!」
「大丈夫だから、もう大丈夫だから、ね」

 黒い服を着た少年に赤い髪の少女が抱き付いている。何で軍艦の中でこんな光景を目にするのかと持ったが、民間人を保護したのだと考えれば納得もいく。自分たちの住んでいたコロニーがいきなり崩壊すればそりゃ混乱するだろう。
 キースはどうしたもんかと考えていたのだが、女の子が離れたのを見て少年に声をかけようと思った。だが、少女が別の少年に抱きついたのを見て少年の表情が一瞬曇ったのを見て口元を楽しげに歪める。床を蹴り、ゆっくりと少年、キラに近づいて行く。

「やあ、君がストライクを?」
「え、ええ。あなたは?」
「ああ、第7機動艦隊のMA乗りだよ。キーエンス・バゥアー中尉だ。キースで良い」
「僕はキラ・ヤマトです」

 キースはキラを掴んで床に降ろした。そして小声で問いかける。

「しっかし、なんで君がストライクを動かしてるんだ。あれは軍の重要機密なんだぞ?」
「・・・・・・乗りたくて乗ってるんじゃありません。ラミアス大尉に頼まれて仕方なく」

 ラミアス大尉が誰かは知らないが、キースは理由は分からないが、この少年が自分の意思で乗っているのではないという事は分かった。そして、改めてキラを見る。

「ところで、話は変わるが君、さっきの娘のこと、どう思ってるんだ?」
「えっ?」
「隠すんならもう少し上手く隠すんだな。彼女が離れた瞬間の寂しそうな顔、見ていて一発で分かったぞ」

 ニタニタと笑うキースにキラは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

「うーん、片思いのようだな。青春真っ盛りだね〜」
「キ、キースさん!」
「はっはっは、頑張れよ、キラ君」

 キラを冷やかすだけ冷やかしてキースは艦橋に行ってしまった。残されたキラはまだ顔を赤くしながらその後姿を見ていると、背後からトールのタックルを受けてしまった。

「よおキラ、どうしたんだよ?」
「ト、トール。何でも無いって!?」
「そうかあ、フレイに抱き付かれて顔が赤かったぞ?」
「トールまでそういう事言うのかよ!」

 顔を赤くして喚きたてるキラだったが、致命的な失言に彼は気付いていなかった。トールが不思議そうに問いかける。

「トールまでって、俺以外にも誰か言ったのか?」
「さ、さっきの中尉さんが、トールみたいな事言ってからかったんだよ」
「へー、まあ、キラは分かり易いからなあ」

 楽しそうなトール。その後ろからやってきたミリィとカズィ、サイと一緒にきたフレイ。ヘリオポリスから脱出した6人の少年少女達と、アークエンジェルに乗り込む数人の士官たち、マリュー、フラガ、ナタル、キース。
 物語は今、動き出した。待ち受けるのは悲劇か、それとも・・・・・・

 


登場オリキャラと機体解説

キーエンス・バゥアー 20歳 中尉
 愛称はキース。「緑玉(エメラルド)の死神」の2つ名で呼ばれる凄腕のMA乗り。孤児であったらしく、バゥアー家に引き取られて育てられた。戦争によって両親と妹を失ったことでザフトに復讐を誓い軍に志願。MA操縦に天賦の才能があり、MAを駆って数々の武勲を立てる。今でこそ明るく振舞っているが、昔は復讐だけが全ての危険な男で、死神というのはその頃のキースの異常な戦い振りから付けられた。
 その出生には何か秘密があるらしいが、それを誰かに語った事は無い。
 部下の面倒見がよく、多芸でいろんな技能を持つ、いささか調子に乗るところはあるが、頼れる男である。キラ達の事を気にかけ、なにかと世話を焼いてもいる。特にフレイには死んだ妹の面影を重ねているところがある。


エメラルドのメビウス
 超重武装、高機動の両立を追及し、徹底した一撃離脱思想を具現化したメビウス。機体はノーマルだが、機体バランスの限界までオプションを装備している。常人では扱い切れないほどの火器とブースターを取り付けてあり、その加速は並のナチュラルには殺人的でさえある。
 エメラルドグリーンの機体は戦場では非常に目立ち、この機体色を使うというだけでキースを狂っていると見る者もいる。実際、昔のキースはわざと目立つ事で敵を自分に引き寄せようとしていた事実があり、その頃は間違い無く狂っていたと言える。
 だが、戦場で武勲を重ねる内にこの機体はザフトから恐れられるようになり、ザフトからは緑玉の死神と呼ばれるようになる。遂にはそれが連合にも伝わり、キースの2つ名となったのだ。


後書き
さてさて、本編の余りの展開に我慢できなくなってとうとうこんな無茶な企画を立ち上げてしまいました
SEEDを1から再構成する完全アナザーストーリーです。AA視点で話が進み、オリキャラのキースと主役のキラの2人の視点で物語が進んで行きます。本編よりも戦争という危険な状況に巻き込まれていき、ストーリーは本編と違った展開を見せます。連合にもプラントにもそれぞれの正義があり、兵士達にも戦う理由が存在します。
キラ達だけが正義という事はありません。互いに譲れない何かがあるから戦ってしまう。守りたい何かがあるから武器を取った。私はそういう視点でこのストーリーを書いていきます。