第3章  アルテミス


 アークエンジェルはアルテミスに入航した。ここは難攻不落の光波防御壁に守られる軍事要塞で、ユーラシアに所属している。識別コードを持たないアークエンジェルでは簡単には入航させては貰えないのではないかと思われたのだが、予想に反してアルテミス側はあっさりと入航許可を出してきた。
 だが、入航前にフラガがキラに1つの指示を出していた。

「ストライクの起動プログラムをロックしておくんだ。君以外の人間には、誰も動かす事が出来ないようにな」

 キラにはその言葉の意味が分からなかったが、程なくしてその意味を知る事になる。
 入航したアークエンジェルはいきなり武装した兵士やMAに囲まれたのである。エアロックが破られ、武装した兵士達がなだれこんでくる。クルー達はたちまち食堂に集められてしまった。
 マリュ―が気色ばんで抗議しているが、相手の士官はのらりくらりとかわすばかりだ。キースとフラガは案の定と言いたげに顔を見合わせて肩を竦める。

「まあ、予想通りの反応というところですか?」
「そうだな、とりあえず、俺たちは呼び出されてるみたいだけどな」

 キースとフラガを含む4人の士官は基地司令の元へと連れて行かれることとなった。後に残されたクルーたちは不安げに体を寄せ合い、ひそひそと話している。そんな中には当然キラ達の姿もあった。キラ、サイ、フレイ、トール、ミリィ、カズィが一纏めに座っている。

「なあ、何がどうなってるんだろうな?」
「さあなあ、艦長たちも連れて行かれちゃったし、色々問題があるんだろ」

 カズィの不安そうな問い掛けにサイがぶっきらぼうに返す。彼にだって答えが分かっている訳ではないのだ。そのサイに体を預けているフレイが心細げに呟いた。

「私たち、何時になったら安心出来るのかしら?」

 その質問には誰も答えられない。誰も明日の事さえ何とも言えないのが現状だ。フレイの不安はみんなの不安でもある。キラだってサイだってこんな状況からは一刻も早く抜け出したいのだ。そもそも、両親が無事でいてくれるかどうか。それさえも分からない。

 みんなが不安でいる所へ、ユーラシアの士官が入ってきた。禿頭の男が横柄な口調で尋ねる。

「私は当衛星基地司令官、ジェラード・ガルシアだ。この艦に積んであるMSのパイロットと技術者は何処だね?」
「あ・・・・・・」

 素直に手を上げて立ちあがろうとするキラをマードックが押し止めた。キラは訳が分からずキョトンとしていると、ノイマンがむっつりした声で問い質した。

「何故我々に聞くんです・艦長たちが言わなかったからですか?」

 キラはようやく理解した。フラガがストライクをロックしておけといった意味がようやく理解できたのだ。
 ガルシアは幾分気分を害したようだが、ふいに笑うとノイマンの近くまで歩いてきた。

「別にどうもせんよ。ただ、せっかく公式発表より先に見せていただく機会に恵まれたのだ。色々聞きたくてね。パイロットは?」
「フラガ大尉ですよ。お聞きになりたいことがあるんあら、大尉にどうぞ」

 マードックが答えたが、ガルシアはそれを鼻で笑った。

「先の戦闘はこちらでもモニターしていた。ガンバレル付きのゼロを扱えるのはあの男だけだ。それくらい私でも知っている」

 ガルシアは辺りを見渡した。誰も答える様子がない所を見ると、近くにいるミリアリアの腕を掴んだ。

「きゃっ」
「まさか女性がパイロットとも思えないが、この艦の艦長も女性という事だしな・・・・・・」

 ガルシアの余りのやりようにトールが立ちあがる。

「ミリィを放して下さい!」
「威勢が良いな、坊主。なら誰がパイロットなのか、言ってもらおうか?」
「そ、それは・・・・・・」

 トールは俯き、黙り込んでしまった。友人を売る事など出来るはずも無い。トールの苦悩を察したキラは自分から立ちあがった。

「止めてください。僕がパイロットです」
「キラっ」

 トールが非難めいた声でキラの名を呼ぶ。だが、ガルシアはキラの体をねめつけるように見やると、鼻で笑った。

「ふん、あれは君のようなひよっこが扱える物じゃないだろう。ふざけた事を言うな!」

 ガルシアは突然殴りかかってきたが、コーディネイターであるキラにはその拳は全く脅威には感じられない。あっさりそれを躱すや、逆に腕を掴んでねじり上げた。

「僕は、あなたに殴られる筋合いは無いですよ!」
「なんだと!?」

 ガルシアの顔が怒りと屈辱でどす黒く染まる。周りの部下たちが慌ててキラを取り押さえようとするが、それをサイが邪魔した。

「止めてください!」

 だが、サイは殴られて床に転がされた。悲鳴を上げたフレイがサイの体に縋りつき、兵士達を見る。

「止めてよ。その子がパイロットよ。だってその子、コーディネイターだもの!」

 マードック達が痛恨の表情となり、兵士達の動きが止まる。そしてまるで敵を見るような目でキラを見た。キラはそんな彼らの視線を逆に睨み返している。
 連れて行かれたキラを見送った後、トールがフレイをなじった。

「何であんな事言うんだよ、お前は!」
「だって、本当の事じゃない!」

 フレイは詫びれずに言った。それがトールの癇に障る。

「キラがどうなるとか、全然考えない訳、お前って!」
「お前お前ってなによ。だってここ、地球軍の基地なんでしょ。パイロットが誰かぐらい言ったって良いじゃない。なんでいけないのよ!?」

 罪の意識が無いばかりか、状況が全く理解できてないフレイの物言いに、トールが激しい憤りを感じていた。

「・・・・・・地球軍が何と戦ってると思ってるんだよ!」

 問われたフレイは僅かに体を振るわせ、身を固くした。トールの言いたい事にようやく思い至ったのだ。地球軍の敵はザフト、コーディネイターなのだ。そしてキラはコーディネイター。フレイは、友人を売り渡すも同然の事をしてしまったのだ。


「OSのロックを外せは良いんですね」
「ふむ、それはもちろんやって貰うが、ね。君にはそう、もっといろんな事が出来るだろう。たとえばこいつを解析して同じ物を作るとか、逆にこういったMSに対抗できる兵器を作るとか」
「僕はただの民間陣です。軍人じゃないんです。そんな事をしなくちゃいけない理由はありませんよ」
「だが、君は裏切り者のコーディネイターだろう?」

 ガルシアの言葉に、キラは凍り付いたように動きを止めた。

「・・・・・・裏切り者?」
「どんな理由でかは知らないが、どうせ同朋を裏切った身だ。ならばユーラシアで戦っても同じだろう?」

 ガルシアは機嫌よさそうにキラに言った。キラはそんなガルシアの言葉に体を振るわせている。

「ち、違う・・・僕は・・・・・・」

 そうなのだ。今は戦時下であり、自分はコーディネイターなのだ。今までそれを余り意識した事は無かったが、今の自分の回りにある環境はそれを許してはくれない。自分はコーディネイターであり、友人達はナチュラルなのだ。彼らを守るためには自分はコ‐ディネイターを、同胞を殺さなくてはならない。両方を同時に満足させる事は出来ないのだ。

 OSのロックを外し、機体を起動させたキラだったが、いきなりの振動に愕きの表情を浮かべた。下にいるアルテミスの兵士達も驚愕している。ガルシアが管制室を呼び出した。

「なんだ、この振動は!?」
「不明です、周囲に機影無し」
「だが、これは爆発の振動だろうが!」

 続いて更なる振動が襲ってくる。間違い無い、攻撃を受けているのだ。

「ぼ、防御エリア内にMSが!?」
「なんだと、そんな馬鹿な!?」

 笠が破られた事に呆然とするガルシアたち。キラはその隙にハッチを閉じると機体を動かし、ソードストライカーパックを装着させる。
 僕は何をしているのだろう。その思いがキラの頭からはなれない。自分を利用する事しか考えないガルシアのようなナチュラルたち。あんな奴らの為に自分は同じコーディネイターを斬らなくてはならないのだろうか。
 だが、その時、ふとキースの言葉が蘇って来た。

「1番怖いのは、何かを失って、全てが手遅れになってから気付くことだ」

 その言葉を反芻したキラは、機体を動かした。何が正しいのかなんて、今は分からない。でも、自分は友達を守るために武器を取ると決めたのだ。今はそれが全てだった。


 振動で動揺した見張りの兵士達を制圧したアークエンジェルクルーたちは自力でアークエンジェルの発進準備を進めていた。艦長たちが戻らない事に不安を感じてはいたが、このままではただの的になってしまう。
 だが、彼らの心配は杞憂であった。程無くして自力で脱出したマリュ―たちが艦橋にやってきたのだ。

「艦長!」

 クルー達が喜びの声を上げる。フラガが労いの言葉をかけ、マリュ―とナタルが自分のシートに付く。

「アークエンジェル、発進します」

 すでに外の戦いにはバスターやデュエルも加わり、激しい戦いが繰り広げられている。アークエンジェルは反転して戦いから離れるように艦を移動させて行く。ストライクと戦っていたブリッツがそれを追おうとしたが、爆発に邪魔されて追撃を遮られてしまった。

 そして、アークエンジェルが離脱して数日後、アルテミスは陥落したのである。

 

辛くも脱出に成功したアークエンジェル。クルー達は何でこんな目にあわないといけないのかと愚痴をこぼしつつも任務を全うしている。幸いにして付近に敵影は無く、当面の襲撃の心配は無い。アルテミスがいいめくらましとなってくれたのだ。
 だが、マリュ―やナタルの表情は晴れない。結局の所、アルテミスへの寄港はなんの役にも立たなかったからだ。物資の欠乏は依然として解決せず、水も弾薬も不足している。月基地まではどんなに頑張ってもそれなりの時間を必要とし、ナタルを苛立たせている。間にデプリベルトがあるのが問題なのだ。
 だが、しばらく何事かを考えていたフラガがいきなり不敵な笑みを浮かべ、呟いた。

「不可能を可能にする男かな、俺は?」


 アルテミスを後にしたキラはストライクの整備をしていた。機体の整備を人任せにするなというフラガの助言に従ったのだが、その意味はキラにも分かる。やはり、自分の命がかかっているのだから。
 コクピットでOSの調整をしていたキラにコクピットハッチに手をかけたマードックが声をかけてくる。

「よお坊主、あんまり根を詰めすぎると、後で体に響くぜ」
「大丈夫ですよ、そんなに疲れてません」
「なら良いけどよ・・・・・・」

 マードックは少し逡巡した後、コクピットから離れた。そして小声で呟く。

「馬鹿野郎が、無理してるのが見え見えなんだよ」

 だが、今は好きにさせた方が良いと考えたマードックは、自分の仕事に戻って行った。他にもやらなくてはいけない事が沢山あるからだ。
 マードックと入れ替わるように今度はキースがキラの所にやってきた。

「おいキラ、そろそろ飯でも食べに行こう」
「キースさん、でもまだ調整が終わってません」
「近くに敵影は無い、そう急がなくても大丈夫だよ」

 キースはキラの手を掴むと強引に引っ張り出した。

「休むのもパイロットの仕事の内だぜ。アルテミスで何があったか知らないが、そう思い詰めるな」
「別に僕は、思い詰めてなんかいませんよ・・・・・・」

 そう言いながらも表情を曇らせ、うつ向いてしまうキラを見て、キースはやれやれと肩を竦めた。まったく、こいつはどうしてこう何でもかんでも自分で背負い込んでしまうのだろうか。人間1人が背負い込めるものなど、たかが知れているというのに。
 キラを引っ張って食堂へと向うキース。キラはその間一言も発しなかった。
 食堂に入ると、先に食事をしていたらしいトールとミリアリアが声をかけてきた。キラがそれに返事を返し、席に付く。その隣にキースが腰掛けた。

「おやおや、うちの食糧事情はかなり悪いらしな」

 キースが残念そうにぼやく。キラはそんなキースを見てようやく微笑を浮かべた。そして、自分も食事をしようとした時、意を決したようにフレイが声をかけてきた。

「あ、あの、キラ、この間はごめんなさい」
「え、な、なに?」

 突然頭を下げられてキラは動揺した。キースは事情が分からずにキョトンとしている。トールがそっと口を添えてくれた。

「ほら、アルテミスの時さ」

 あの時のフレイの言葉を、ガルシアの言葉を思い出してキラの体が強張る。だが、無理に笑顔を作ってフレイに答えた。

「いいよ、別に。気にして無いから・・・・・・本当のことだしね」

 許された事で、とたんにフレイは安堵した表情になった。

「ありがとう」

 そして傍らに立つサイを見てニッコリと微笑む。仲睦まじい2人の姿はキラの心に影を落してしまう。
 そんなキラの様子に、キースはトールを掴まえると小声で問いかけた。

「アルテミスで、何があったんだ?」
「・・・・・・いえ、ちょっと、キラのことで色々と」

 言い難そうにするトールを見て、キースはそれ以上の追求を断念した。何となく察する事は出来たし、無理に聞き出して良い内容でも無さそうだ。仕方なくまた食事を再開しようとして、ふとフレイの方を見た。2つの事が脳裏に引っかかる。あの赤い髪そして、アルスターという姓。
 キースの頭の中を辛い記憶と、自分たちの国家のお偉いさんの名前がよぎった。

「・・・・・・・参ったな、こいつは」

 やれやれと頭を掻きながらキースは食事を再開した。前者はともかく、後者は一介の中尉如きが思い悩むような問題ではないと思えたからだ。
 そして、暫くするとマードックがやってきてマリュ―が呼んでいる事を伝えた。怪訝に思いつつも艦橋にやってきた彼らに伝えられたのは、デプリベルトで物資を掻き集めるという、まるで墓泥棒でもするかのような行為であった。だが、それは少し語弊があるだろう。デプリから使える物の回収は、立派な商売として成り立つのだから。そういう仕事で生計を立てるものもいるのだ。
 デプリベルトにやってきた彼らは直ちに作業ポッドで船外活動を開始した。キースがリーダーとなって周囲を捜索していく。時折使えそうなものを見つけては回収し、艦に持って来て使える物と使えない物を分けていく。破壊されたメビウスや軍艦からは弾薬や推進剤、食料を手に入れるのに都合が良いから集中的に狙っていく。驚いた事に中破しているローラシア級巡洋艦の中からはほとんど無傷のシグーさえ出てきたのである。総員退艦する際に乗り手が無くて放棄されたのだろう。
 これらを回収しつつアークエンジェルはデプリの中を進んでいく。そんな彼らの前に、1つの巨大な大地が現れた。破壊され、申し訳程度に貼りついている自己修復ガラスや、さまざまな構造材。もっとも目立つのは沸騰したように荒れ狂いながら凍っている海だろうか。

「あ・・・ああ・・・・・・」
「な、なあ、これって・・・・・・」

 キラとトールは震える声を搾り出し、それが何なのかを言葉を介さずに確認する。ユニウス7.かつて、血のバレンタインと呼ばれた、核兵器で破壊されたプラントコロニ−の、現在の姿であった。
 ここには死しかない。虚空の宇宙よりも恐ろしいその場所は、かつては多くの人々が暮し、平和な生活が営まれていたのだろう。だが、その全てが、一瞬にして葬り去られたのだ。自分たちのヘリオポリスのように。

 そして、戻ってきた彼らにナタルは残酷ともとれる指示を出した。それを聞いた一同が驚愕する。

「あそこの水を・・・・・・本気なんですか!?」
「あそこには1億t近い水が凍り付いているんだ」

 ナタルは淡々と事実だけを口にしていく。それで納得するようなキラではないのだが。

「でも、見たでしょう。あのプラントは何十万人もの人が亡くなった場所で!」
「でも・・・・・・水は、あれしか見つかってないのよ」

 キラははっと息を飲んだ。トールが辛そうに顔を顰める。
 そんな子供たちにフラガが強い口調で語った。

「誰だって、あそこには踏みこみたくは無い。けど、しょうがねえだろ。俺達は生きてるんだ。ってことは、生きなきゃなんねえって事なんだよ!」

 フラガの言葉に誰も反論する事が出来ず、内側に不満を閉じ込めたまま艦橋から出ていった。残されたフラガとマリュ−は顔を見合わせ、同時に深い溜息をつく。

「また、嫌われたかな?」
「かもしれませんね」

 2人とも分かっているのだ。自分たちが子供たちにどれほどの無理を強いているのかくらい。
 そんな2人の内心など気にする風でもなく、ナタルが作業開始の指示を出している。だが、そんなナタルの肩をキースが掴んだ。ナタルが肩の痛みに僅かに顔を顰める。

「中尉、何をなさるんです!」
「・・・・・・バジルール少尉、君は正しい。だがな、もう少し部下への配慮が出来るようにならないと、下は付いて来ないぞ」
「何を馬鹿な事を、私が正しいのなら、問題はないでしょう!?」

 キースに反発するナタル。だが、キースの視線に射竦められ、ナタルは勢いを失った。優れた才能を持ち、高度な教育を受けたナタルだが、実戦経験は足りない。フラガと並ぶ戦場の勇者であるキースとではまだまだ役者が違っていた。

「バジルール少尉、覚えておくんだな。兵士だって人間なんだってことを」

 それだけ言うと、キースはナタルの肩から手を放し、自分も作業に従事する為に艦橋を後にした。それを見送ったフラガじゃ苦笑してナタルを見やる。ナタルは不満そうではあったが、何かを考えているようだ。
 
 かつては砂浜であったろう凍てついた大地から、ミリアリアは両手一杯の花を投げた。勿論生け花などこの艦には無い。ミリアリアやトールたちが作った折り紙の花だ。それが荒れ狂う海に広がり、散っていく。
 凍った大地の上で、艦の中で、人々は黙祷を捧げた。ここは自分たちの、ナチュラルの罪の烙印。例え気休めでしかなくても、彼らには祈るしかなかったのだ。

 船外作業を開始したクルーたち。キースの指示のもとに必要な物資をあたりから掻き集めていく。凍りついた水を切り取り、アークエンジェルに運び込む作業も行なわれている。それを護衛するようにストライクが哨戒を続けていた。
 そのストライクのレーダーが接近する機影を捕らえた。ぼんやりとしていたキラはギクリとしてそれを確認する。デプリの残骸の中に1つだけ熱反応を持つ何かがいる。識別がそれを複座の強行偵察型ジンだと教えている。キラは狙撃用スコープを引き出し、そのジンに狙いを定めた。

「行け、行ってくれ・・・・・・」

 キラは必死に祈った。その祈りが通じたかのようにジンが去ろうとしたが、いきなりそのジンが向きを変えた。近付いて来た作業ポッドを発見したのだ。

「馬鹿野郎、なんで気付くんだよ!」

 ジンがライフルを放つのが見えた。銃弾がポッドを掠める。それを見たキラは思わずトリガーを引き絞った。ビームが放たれ、ジンに吸いこまれて行く。ビームに機体を貫かれたジンは仰け反り、そのまま爆発してしまった。
 通信機からカズィの感謝の声が聞こえてくる。狙われていたポッドにはカズィも乗っていたらしい。だが、キラはそれには答えない。不審に思った何人かが声をかけてくるが、それにも答えず、通信機のスイッチをOFFにする。
 自分は何をやっているのだろう。目の前に広がるユニウス7を破壊したのは地球軍だ。その地球軍に為に同じコーディネイターを殺して、こんな苦しみを味あわなくてはならない。
 そんな苦しみに耐えていると、またレーダーが別の移動物体を捕捉した。また別の敵かと緊張したが、レーダーに映るそれはMSではなかった。


「つくづく拾い物が好きなのだな、君は」

 ナタルの声には苦々しさと諦めが混じっている。キラは憮然として答えなかった。
アークエンジェルの格納庫にはキラが曳航してきた救命ポッドが横たわっている。マリュ−とフラガは視線を交して溜息を付いている。そんな3人とは異なり、キースだけは面白そうにポッドを見ていた。
 マードックがポッドを操作し、「開けますぜ」と言った。
 ハッチが音を立てて解放され、周囲に待機していた兵士が銃を構える。だが、中から飛び出してきたのは誰もが想像もしなかった物であった。

「ハロ・ハロ・・・・・・」

 間抜けな声を発しながら漂い出たのは、ピンク色をした球状の物体だった。パタパタと羽ばたくように動き、なんとも愛嬌のある顔つきをしている。どうやらペット用のロボットらしい。何者が出てくるかと警戒していた一同は完全に毒気を抜かれてしまった。

「ありがとう、ご苦労様です」

 ハッチの中から一人の少女が出てくる。やわらかなピンク色の髪と長いスカートの裾をなびかせ、ハッチから出てきたのはキラたちと同年代くらいの愛らしい少女だった。

「あら・・・・・・あらあら?」

 慣性のままに漂っている少女の体をキースが掴んだ。そして床にまで引っ張ってくる。

「ありがとうございます」
「・・・・・・あ、ああ」

 どう対応したものかと戸惑うキースだったが、ふいにその少女の顔が驚いたように変化した。その視線はキースの軍服に向けられている。

「あらあら・・・・・・まあ、これはザフトのお船ではありませんねの?」
「は・・・・・・はい」

 マリューが気の抜けた返事を返し、一拍おいてナタルが深々と溜息を付いた。キラは突然現れたこの不思議な少女に魅せられていた。
 これが、アークエンジェルと、プラントの歌姫、ラクス・クラインの出会いであった。