第4章  ラクス


 プラント最高評議会。召集を受けて報告を行ったアスランは会場を出た所でどっと肩を落とした。やはり、こういう所は疲れるものなのだ。その背中に声がかけられる。振りかえったアスランはとっさに敬礼した。

「クライン議長閣下!」
「そう他人行儀な礼をしてくれるな、アスラン」
「いえ、これは・・・・・・その」

 苦笑混じりに言われてアスランはようやく自分が敬礼している事に気付いた。慌てて手を下ろし、シーゲルと顔を見合わせて笑いあう。

「やれやれ、せっかく君が帰ってきてくれたのに、いまは娘が仕事で出かけておる。擦れ違いが多いというのも困ったものだな」
「ラクスは、いないのですか?」

 残念そうなアスランに、シーゲルは済まなそうに答えた。

「ユニウス7の慰霊団代表になってしまってな。今は事前視察に出かけておる。あれも君に会いたがっておったよ」
「そう、ですか」

 アスランは懐に手を入れ、1つのロケットを取り出した。それを開くと、中にはラクスの写真が入っている。2人を繋いでいる絆の1つである。これと対になるロケットをラクスが持っている。
 ロケットを閉じたアスランはシーゲルを見た。

「また、休暇が取れたら会いに来ます。ラクスにもそうお伝え下さい」
「ああ、伝えておこう」

 アスランはシーゲルに軽く頭を下げ、その場を後にした。
 だが、このすぐ後に、彼を驚愕させるニュースが飛び込んでくる事になる。

 

 デプリベルトで拾った少女。彼女の尋問は士官室の空き部屋で行なわれていた。その扉の前に人垣が出来ており、キラやトール、サイ、カズィ、何故かトノムラはパルまでが加わっている。
 ふいにドアが開き、扉に寄りかかっていた連中は一斉に折り重なって倒れ伏した。それをなんとも言えない冷たい視線で見下ろすナタル。

「お前たちはまだ積み込み作業が残っているだろう。さっさと作業に戻れ!」

 ナタルの怒声に一同はいっそ見事とさえ言えるほどにその場から消え去った。それを見ていた少女は驚いていたが、すぐにクスクスと笑い声を立てる。その隣で立っていたキースも同じように笑っていた。
 扉が閉じると同時にマリュ−が軽く咳払いをした。

「失礼しました。それで・・・・・・」
「私はラクス・クラインですわ。これは友達のハロです」

 少女がピンク色のロボットを出して紹介する。ハロハロ・ラクスなどとほざいているロボットを見てフラガがガックリと頭を抱え、マリュ−とナタルが疲れた顔になる。ただ1人、キースだけは面白そうな顔でハロを突つき、ラクスに問いかけた。

「ラクス・クラインね。俺の記憶が確かなら、そいつはプラントの歌姫にして最高評議会議長のご令嬢の名前の筈だが」

 キースのそれは問い掛けでは無く、確認だった。ラクスが嬉しそうに頷く。

「その通りです。良くご存知ですのね」
「まあね。こう見えても社会情勢には詳しいのよ」

 なんだかネジが数本抜けてるんじゃないかと思えるような2人のやり取りに、3人は更にガックリと肩を落とした。どうやらこの少女の独特の空気について行けるのはキースだけらしい。

「そんな方が、どうしてこんな所に?」
「ええ、私、ユニウス7の追悼慰霊の事前調査に来ておりまして・・・・・・」

 ラクスの語った内容は、4人を驚愕させずにはおかなかった。民間船の臨検はともかく、その後いざこざを起して民間船を攻撃するとは。ラクスは船が沈められたとは言わなかったが。キラの報告でポッドの傍には砲撃で沈められた真新しい船があったという。まず間違いあるまい。
 監視に残ったキース以外の3人が去った後で、ラクスは壁にあるモニターを見た。そこにはユニウス7の残骸が映されている。ラクスはそれを見ると、ハロを膝の上に抱き上げ、ささやきかけた。

「祈りましょうね、ハロ。どの人の魂も安らぐように」

 そんなラクスを見ていたキースは、うっかりラクスの目を見てしまった。たったそれだけなのに、キースは目の前にいる少女が先ほどとは別人のように映った。先ほどの何処か天然を感じさせる世間知らずのお嬢様と、僅かな間だけ表に出てきた深く透き通った、全てを睥睨するかのような眼差し。どちらが本当の彼女なのだろうか。
 この僅かな印象の変化で、キースはラクスへの警戒心を強めた。これまでの全てが擬態ではないのかという疑いと共に。

 

 プラントでは1つの騒ぎが起きていた。いや、ごく一部と言うべきか。プラント最高評議会議長の娘、ラクス・クラインが行方不明になったというのだ。ラクスの捜索に幾つもの部隊が派遣され、アスランの所属するヴェザリウスも当然ながら捜索の為出撃する事になっている。
 ラクスが行方不明といわれたアスランは動揺を隠しきれなかった。婚約者であり、2年の時を過ごしてきた少女が消息不明などと言われれば誰だって動揺する。 
 出撃したヴェザリウスの中でアスランはラクスの安否を気遣うと共に、あんな所で消息不明になったという事に疑問を感じていた。確かにデプリベルトは地球に近いが、あの辺りの制宙圏はどちらかと言えばこちらにある。そんな所に地球軍の哨戒部隊が来るだろうか。
 アスランはある疑惑を捨てきれなかった。ラクスを襲ったかもしれない地球軍と、自分たちが取り逃した敵の新型戦艦。もしかしたら、あの艦が襲ったのではないのか。だとしたら、あいつが・・・・・・・

「馬鹿な、そんな事するような奴じゃない!」

 アスランは否定したかった。まさか、キラがラクスを襲うんなんてことがあるわけが無いと。
 だが、一度噴出した疑念はなかなか消える事は無く、アスランは次々に沸き起こってくる不吉な想像に苛まれる事になる。

 

 食堂から少女の甲高い声が聞こえてきて、キラは立ち止まった。

「嫌ったら嫌、!」
「もう、フレイってば、なんでよお?」

 フレイとミリアリアが、食事のトレイを前に言い争っている。トールは仲裁には入れないようだ。キラは食堂に入り、カズィに事情を問いかけた。

「何があったの?」
「お前が拾ってきた女のこの食事だよ。ミリィがフレイに持ってくように言ったんだけど、フレイが嫌がってるんだ」

 フレイが叫んだ。

「嫌よ、コーディネイターの所に行くなんて、怖くって・・・・・・」
「フレイッ!」

 ミリアリアが慌ててたしなめた。フレイもキラに気付き、失言を悟る。

「も、もちろんキラは別よ。でも、あの子はザフトでしょ。コーディネイターって、反射神経とかも凄く良いんでしょう。なにかあったらどうするのよ!?」

 よりにもよってキラに問いかけるフレイ。キラはどう答えて良いか分からずに沈黙する。
 その時、新たな人影が食堂に入ってきた。

「まあ、誰が誰に飛びかかりますの?」

 おっとりした声が背後からかかって来て、キラたちは反射的に振りかえった。そこにいたのは例のラクス・クラインだった。隣にキースもいる。

「あら、驚かせてしまったのならすいません」
「い、いえ、別に・・・・・・」

 キラはしどろもどろになりながら答えた。そんなキラをキースが一瞥する。

「お前等、何を言い争ってたんだ。外にまで響いてたぞ?」
「いえ、大した事じゃないんです」

 カズィがフレイの顔を伺いながらキースに答えた。キースはフレイを見た後、テーブルに置かれている食事のトレイを見て、事情を察した。
 ラクスが複雑そうな顔をしているキースに問いかける。

「あの、私、喉が乾いているのですが・・・・・・それにお腹もすいてしまいまして」
「あ、ああ、そうだったな。丁度食事も用意されてるようだし、食べて行くと良い」
「まあ、そうでしたか。ありがとうございます」

 キースに連れられてラクスが入って来る。それを見てフレイが怯えたように少し下がった。ラクスはニコニコとしながらフレイの前に歩み出る。

「あの、私はザフトではありませんのよ。ザフトは軍の呼称ですから」
「な、なんだって一緒よ。コーディネイターなんだから!」

 フレイはあくまでラクスを受け入れようとはしない。そんなフレイにラクスはあくまでやわらかな物腰で話を続けようとした。だが、ラクスをキースが遮った。

「ほらほら、あんまり外に出してると副長が煩いんだ。お前等もあんまり騒ぎを起すんじゃないの。さっさと座る」

 キースに促されてラクスは椅子に腰掛けた。その隣にキースも腰掛け、チラリと少年少女を見やる。キースに視線で促されたキラたちも渋々と腰を降ろした。
 そして、何処か異様な雰囲気の中で食事が始まった。あくまでもふんわりとした雰囲気を崩さないラクスと、そんなラクスに露骨な警戒心を隠さないフレイ。一緒にいるトールとカズィとキラはこの胃の痛くなるような緊張感に必死に堪えていた。
 そんな中で、ミリアリアがラクスに話し掛けた。

「ところで、あなた、名前は?」
「私はラクス・クラインと申します」
「そうなんだ、私はミリアリア・ハウ。よろしくね」

 ミリアリアの良い所が最大限に発揮されていた。この挨拶のおかげでようやく場の緊張が僅かにほぐれるのが感じられる。ミリアリアに続いてトールが、キラが、カズィが自己紹介をし、最後にフレイが残された。みんなの視線が集中する中でミリアリアがフレイを肘で突っつく。

「ほら、あんたも」
「・・・・・・わ、分かったわよ」

 フレイが渋々という感じでラクスを見る。

「フレイ・アルスターよ」
「ラクス・クラインです。よろしくお願いしますね」

 ようやく名前を聞かせてもらえたことで、ラクスは嬉しそうに微笑んだ。そのラクスの笑顔を見てキラとトールは心臓の鼓動が僅かに早くなるのを確かに感じた。
 トールの変化を敏感に察したミリアリアがジロリとトールを睨む。

「トールゥ?」
「な、何、ミリィ?」

 まるで浮気現場が発覚した瞬間を見られたかのようにトールは青褪めている。そのトールの反応を見てミリアリアの視線はますます厳しいものとなった。そんな2人を見て他のみんなが噴出すように笑い出した。
 これでギスギスした空気がなくなり、会話が弾むようになった。フレイだけはまだラクスへの不信感を持っているようだったが、とりあえず表立って酷い事を言うようなことはしていない。
 だが、そんなフレイも注目してしまうような内容に話が移って来た。

「私、プラントに婚約者がいますの」
「えー、婚約者って、その年で?」
「はい、2年前に紹介されまして」

 僅かに頬を染めて語るラクスに、ミリアリアが興味津々という感じで聞いている。フレイも女の子らしく、こういう話には加わってきた。

「どういう人なのよ。その相手って?」
「ええ、とっても優しい人ですわ。今は部屋に置いて来てますけど、ピンクちゃんを作ってくれたのもその人なんです」
「へー、いいなあ。私の彼氏なんてプレゼントなんて甲斐性ないのに」

 ミリアリアのさりげない一言にトールが息苦しそうになった。キラとカズィが含み笑いをしている。だが、すぐに2人も顔色を変える事になった。

「でも、なかなか会いに来てくださらないんですの。お仕事が忙しいのは分かりますが、少し寂しくもあるんです」
「まあ、男ってのはどいつもこいつも女心ってのが分かって無いからね」
「そういうものなの、ミリィ?」
「そうよ。フレイは付き合って無いから分かんないかもしれないけどね」
「うふふふ、フレイさんも好きな方が出来れば分かりますわよ」

 フレイにはサイという親同士が決めた婚約者がいるが、サイとはまだ恋人同士と言える関係ではない。だから2人の言葉はフレイには新鮮なものだった。
 逆にキラとトールとカズィは物凄く居心地が悪そうだった。キースだけは我関せずとばかりにコーヒーを口に含んでいるが、頬を流れる一筋の汗がその内心を示していた。

「どんな人なの?」
「ちょっとお待ち下さい」

 ラクスは首に下げているロケットを開き、中に収められている写真を見せた。中に映っているのは黒髪の、優しげな少年だった。

「へー、本当に優しそうな人ね」
「ねえねえ、その人、何て言う名前なの?」
「アスラン、アスラン・ザラですわ」

 ラクスの口から出てきた名前を聞いた時、キラは凍り付いたように固まってしまった。

「ア、 アスラン・・・・・・」

 キラが心ここにあらずという感じで呟く。それを聞いた全員が不思議そうな顔でキラを見た。

「キラ、知ってるのか?」

 トールの問い掛けに、キラは震えながら頷き、アスランの事を話し出した。

「アスランは、僕が月にいた頃の友達なんだ。3年前にアスランはプラントに行ってしまって、僕はヘリオポリスに移り住んだ」
「へえ、偶然ってあるもんなんだなあ」

 カズィが驚いて感想を口にし、フレイとミリアリアが頷いている。だが、次にキラが語った言葉にはさすがに驚きを隠せなかった。

「・・・・・・アスランは、ザフトにいたんだ。ヘリオポリスを攻撃した連中の中に、彼は居た。イージスのパイロットになって・・・・・・・僕と、戦ったんだ」

 キラの告白は、場の空気を一気に重くしてしまった。今の友人を守るために昔の友人と殺しあわなくてはならない。それが悲劇で無くて何だと言うのだろう。コーディネイターに強い偏見を持つフレイでさえこれにはキラを不憫だと感じると同時に、小さな驚きもあった。その内心が口から漏れてしまう。

「コーディネイターでも、そういう事で悩んだりするんだ」

 それを聞いたのは隣に居たミリアリアと、前に座っていたラクスとキースだけだった。ミリアリアはフレイが何を言いたいのか分からず、訝しげな顔をしていたが、ラクスはニッコリと微笑んだ。キースは口元を僅かに歪めてコーヒーを一口啜っている。
 また深刻になっているキラを見て、キースは心の底から心配しているような声をかけた。

「キラ、前に言っただろう。あんまり悩んでると禿げるぞ」
「だから、僕は禿げてません!」

 力一杯否定するキラだったが、友人たちは心配そうな声で訪ねてきた。

「何だキラ、お前、もう禿げてきてるのか?」
「言ってくれれば養毛剤を紹介してやったのに」
「あらあら、大変ですわね。若禿げですの?」
「禿げたキラって・・・・・・プッ」
「コーディネイターでも禿げは克服できなかったんだ」

 口々に勝手なことを言いたてる一同に、キラはガックリと頭を足れて項垂れた。何故だろう、これまでで1番傷付いた気がするのは。
 この日、キラの心に深いトラウマが刻まれたのである。

 キースはラクスの食事が終わったのを確認すると、空になったカップをソーサーに戻した。

「食事は終わったな。それじゃ帰るか、と言いたい所だが、幸いまだ時間がある。どうだ、一曲歌ってくれないか?」
「私がですか。構いませんが?」

 ラクスが不思議そうにキースを見る。他の者も不思議そうにキースを見ている。

「ラクス嬢はプラント1の歌手なんだ。その生の歌声を聞けるチャンスを逃す手は無いだろう」

 キースの説明にフレイ以外の全員が頷いた。フレイだけは抵抗があるのか顔を背けていたが、とりあえず反対はしていない。それを見て、キースはラクスに頷いた。ラクスは立ちあがると、透き通った声で歌を歌い始めた。美しい、胸に染み入るような歌声。その歌声は聞く者の心を癒し、立ち直らせる。キラはその歌声がささくれ立った心に染み渡るような感触を覚えていた。

 聞き終わったみんなは口々にラクスを賞賛した。フレイは複雑そうであったが、その歌を認めてはいた。だが、続く質問が空気を僅かに重くする。

「あなたの歌声って、やっぱり遺伝子を弄ったせいなの?」

 こういう無神経な所がフレイの悪い所である。それを聞いたキラがまた表情を曇らせた。だが、ラクスは気にした風も無く首を左右に振った。

「いいえ、確かに私はコーディネイターですが、第2世代ですから、調整はほとんど受けていません。喉を強化するなどという事はしてませんわ」
「コーディネイターって、みんな遺伝子を弄って生まれてくるんじゃないの?」
「第1世代はそうですが、第2世代は違います。出生率の問題で多少の調整は行なわれますが、第1世代のような改造は行なわれません」

 それを聞いたフレイは意外そうな顔をした。どうやら彼女の頭の中ではコーディネイターとは全て第1世代のような生まれ方をするのだとなっていたらしい。第2世代はそんな事をしなくてもコーディネイターとして生まれてくるのだ。

 キースがラクスを連れて士官室に戻った後、食堂に残ったキラたちはラクスの事で談笑していた。やはり、ラクスの歌が話の中心になっている。

「しっかし、あの歌は凄いよなあ。あんな綺麗な歌初めて聞いたよ」
「そうよねえ。私もあんな風に歌えたらなあ」
「ミリィじゃ無理だと思うけどね」

 トールとミリアリアとカズィが軽口を交している。余計な事を言ったカズィが頭を叩かれてるが。そんな友人たちの中で、キラは何か物思いに耽っているフレイに気付いた。

「どうかしたの、フレイ?」

 キラに問われてフレイははっと我にかえった。慌てて周りを見回す。するとキラだけでなく、トールもミリアリアもカズィも不思議そうな顔で自分を見ている事に気付いた。フレイは慌てて頭を左右に振る。

「な、なんでも無いわよ」
「そう、何か真剣に考えてるみたいだったからさ」

 キラはフレイの答えに納得はしていなかったが、それ以上の追求はしなかった。だが、この時のフレイの悩みは深刻であった。その内心を知るものが居ない事は、フレイにとって幸運であったといえた。


 不安な航海を続けるアークエンジェルに、1つの光明がさしたのはそれから暫くたっての事であった。第8艦隊のコールサインをキャッチしたのだ。それを見たパルが歓声を上げ、急いで解析に入る。マリュ−もナタルも期待を込めた目でそれを見ていた。
 そして、ようやくスピーカーから雑音混じりの音声が聞こえてきた。それは聞き取り難かったが、第8艦隊先遣・・・・・・という部分ははっきりと聞き取れた。

「ハルバートン提督の部隊だわ!」
「位置は!?」

 ナタルの問いにパルはまだ距離があって分からないと答えた。
 だが、希望が出てきたことは確かだ。このまま行けば遠からず友軍と合流出来る。その光明は艦内を隅々まで照らし出し、避難民とクルーの表情を明るくする。
 そんな中で、フレイにサイが良いニュースを持ってきた。

「パパが!」
「ああ、先遣隊と一緒にこっちに来てるって」

 ここにも間違い無く希望の光がさしていた。フレイの笑顔を見てサイも微笑む。フレイが片親である事を知るミリアリアもフレイの肩を叩いて「良かったね」と声をかけている。

 

 だが、実際には喜んでばかりもいられなかった。アークエンジェルよりも早くこの艦隊に気付いた部隊があったからだ。ザフトのナスカ級高速巡洋艦、ヴェザリウスである。

「ふむ、地球軍の艦隊が、こんな所で何を?」

 アデスが疑問を口にする。哨戒部隊にしては妙な位置である。それに答えるようにクルーゼが言った。

「足付きがアルテミスから月に向うとすれば、どうする?」
「では、足付きの出迎え部隊だと?」
「ラコーニとボルトの部隊の合流が遅れている。もしもあれが足付きに補給を持ってきたなら、このまま見過ごす訳にはいかん」

 クルーゼはラクスの捜索よりも敵撃滅を優先するというのだ。これには流石にアスランが大きな声で反論した。

「隊長、それではラクスはどうなるんですか!?」
「アスラン、我々は軍人なのだ。たった1人の少女の為にあれを見過ごす訳にも行くまい」
「ですが、我々の任務はラクスの捜索です。足付きの撃沈ではありません!」

 アスランは珍しく食い下がった。ラクスの身を案じる余り、つい焦りが出てしまったのだ。アデスもクルーゼもそれに気付いたのか、アスランの反論を咎めはしない。だが、クルーゼは自分の意見を取り下げるつもりは無かった。

「我々はこの艦隊を攻撃する。これは命令だぞ、アスラン」
「・・・・・・了解」

 アスランは俯き、血が滲むほど唇を噛み締めた。握る拳がぶるぶると震えている。

『ラクス、無事でいてくれよ・・・・・・』

 アスランは、この時ほど自分の行動を自分で決められない自分の立場を恨んだことは無かった。