第9章  砂漠の死闘


 砂漠に降下してしまったアークエンジェル。回収されたストライクから連れ出されたキラは酷い高熱を発しており、急いで医務室に運び込まれている。友人達が看病しているようで、とりあえずこちらは任せていた。
 マリュ−とフラガ、ナタル、キースはこれからの事を決めなくてはならないのだ。彼らを含め、この艦のクルーは全員1階級昇進している。

「さてと、現在位置はここ」

 キースが北アフリカの一点を指差す。

「そして、目的地のアラスカがここ」

 指をつつっと動かして北アメリカの端を指す。

「随分遠いですな。とりあえず我々はどうやって味方の勢力圏に逃れるかが問題ですが」

 キースはチラリとマリュ−を見た。マリュ−の顔には後悔と苦悩の色が見て取れる。それを見てキースはマリュ−が可哀想になった。元々技術士官であり、戦艦の艦長になるなど考えた事も無いだろう。そんな彼女がこれほどの責任を負わされ、苦しんでいるのだ。
 キースは仕方なくフラガに目を向けた。

「大尉・・・・・・じゃなかった、少佐はどう思います?」
「そうだなあ」

 フラガはキースと並んでこの艦では経験豊富だ。艦のクルーは艦長や副長よりもこの2人を頼りにしているとさえ言われている。

「最短なら北上してユーラシア連邦に逃げ込むことだな。そこから陸伝いにアラスカを目指すってルートがある」
「ですが、地上は戦場が入り乱れてます。ザフトが何処に潜んでいるか分からない」
「まあ、そうだな。それが嫌なら海上に出るってルートもあるが、こっちだと遠回りな上に味方の援護が受けられない」

 フラガとキースの会話にマリュ−は入って行くことが出来ない。ナタルはまだ意見を出さず、じっと2人の会話を聞きいっている。2つのルートはそれぞれ一長一短だ。ヨーロッパに出れば確かに友軍に合流できるかもしれないが、強力な敵もいるのだ。下手をすれば敵に捕捉されて沈められかねない。だが、味方の援護は期待できる。
 対して海上ルートはほとんど孤立無援だが、敵の地上部隊の相手をしなくてもすむ。どちらが良いとは言いきれなかった。
 フラガが悩みこんでしまったのを見て、キースはナタルを見た。

「副長は、どう思う?」
「・・・・・・私なら海上に出て、東アジア共和国に救援を求めます。ヨーロッパに展開する敵軍は強力だと聞きますから」
「ふむ、海上ルートね。副長の判断だとこのまま東進し、インド洋を目指す事になる」
「はい、幸い、アフリカの敵軍はさほど多くありません。突破は可能だと思います」
「まあ、ジブラルタルに向うよりはマシか」

 フラガが指で地図を叩く。西に向えばアメリカ大陸があるが、ここに行くには強力なジブラルタル基地を突破しなくてはならないのだ。とてもではないがこのルートは使えない。
 キースはしばらく考えて、地図の一点を指した

「とりあえず、マドラスを目指そう。そこで補給を受けて、アラスカを目指す」
「マドラスか。確かにあそこなら完全な友軍の勢力圏下だな」
「私もそれが良いと思います」

 キースの意見にフラガとナタルが賛意を示す。そして、3人の視線がマリュ−に集まった。マリュ−は疲れた顔で俯いた。自分に作戦立案能力が無いことを改めて思い知らされているのだろう。
 ナタルはそんなマリュ−を軽蔑した目で見ている。無能な上司は彼女にとって侮蔑の対象でしかないのだろう。そんなマリュ−にキースが声をかける。

「艦長は、一刻も早く友軍の勢力下に入った方が良いと思いますか?」
「大尉!?」

 ナタルが驚いた声を出し、フラガが面白そうにキースを見ている。キースは地図をもう一度指差した。

「ヨーロッパでは旧ドイツ辺りで両軍が睨み合っています。ここを避けるようにして、そうですね。ブカレストを目指すという事になります」

 ブカレストは旧ルーマニア領にある都市で、ユーラシア連邦の西部方面軍の司令部が置かれている。ここに行けばとりあえず友軍の勢力下に逃げ込めたことにはなるだろう。
 だが、マリュ−は憔悴した顔でキースを不思議そうに見上げていた。

「・・・・・・大尉は、どちらが良いと思うんですか?」
「俺は艦長の判断に従います。艦長がどちらに行くか決めてくれれば、後は俺と少佐とキラが頑張る。それだけのことです」

 キースは穏やかに、だがはっきりと言いきった。自分はマリュ−の判断を尊重すると。それはマリュ−に不思議な安心感を与えた。歴戦のパイロットが自分を信頼してくれるというのだから。そして、フラガもキースの言うことに頷いていた。ただ1人ナタルだけが不満そうな顔をしている。
 そして、マリュ−は決断した。

「ブカレストを目指しましょう。あそこがここから1番近い友軍の拠点です」
「ですが、それにはイタリアとギリシアの敵が問題となります!」

 ナタルが反対した。敵の最前線に自分から突っ込もうというのだから正気ではない。キースとフラガがマリュ−の側についた。

「俺は艦長に従うよ。敵は確かに強力だが、何処にでもいる訳じゃない。この艦のスピードを生かせばどにかなるだろ」
「それに、一度何処かで本格的な修理を受けないとな。この艦もあちこちガタが来てそうだし」

 ナタルはまだ不満そうだったが、上官が3人とも意見を一致させた事で自分の意見を引っ込めた。これで方針が決まる。フラガは自室に戻ると言って艦橋を後にし、マリュ−は疲れた顔のままやはり艦橋を後にする。後には当直のナタルと、まだ残っているキースがいた。

「・・・・・・大尉、1つお聞きしたいのですが?」
「なんだい、副長?」

 キースはナタルのキツイ視線を正面から受けとめて見せた。

「何故、あそこで海上ルートを変更なさったのです?」
「艦長が友軍との合流を優先したがってる様に思えたのでね」
「あなたは、ラミアス艦長をどう思っているのです?」

 その質問に、キースはジロリとナタルの顔を視線で一薙ぎした。その視線を受けてナタルの顔に僅かな怯みが出る。

「・・・・・・中尉、君が艦長を信頼していないのは知っている。だがな、まだ艦長は経験が浅いんだ。それを補佐するのが俺達の仕事だろう。技術士官なんだから無理も無い」
「ですが、ここは戦場です。経験が無いというのは言い訳にはなりません!」

 ナタルの言うことはキースにも分かる。確かに艦長が未熟だから、というのは逃げ口上にもなりはしない。だが、流石に今回はそれを口にするべきではないとキースは思っていた。マリュ−は技術畑上がりの士官なのだ。ナタルのような高度な戦術や指揮の教育を受けている訳ではない。
 経験が足りなければ、それを補佐するのが部下の務めだとキースは考えていた。マリュ−はいささか判断に情が混じるが、それは好感を持って迎えられる資質だ。ナタルの様な効率だけの指揮では部下は付いてこない。
 この2人がお互いの長所で短所を上手く補完し会えば理想的なのだが、とキースは思っていたが、それは遠い夢の様だった。

「俺からも、1つ聞いて良いかな?」
「なんでしょう?」
「なあ、バジルール中尉。お前さんは、なんで軍に入ったんだ?」

 キースの問い掛けに、ナタルは眉を潜め、そして答えた。

「私の家は代々軍人の家系でした。私もそれに習っただけのことです」
「なるほどね」

 自分とはまるで違う理由に、キースは苦笑を浮かべた。ナタルと自分、どちらが人として正しいのだろうか。少なくとも自分の軍への志願理由は誰にも褒められる類の物ではない。だが、ナタルの志願理由は誰もが頷くのかもしれない。
 キースはナタルの答えを聞くと、自分も席をたった。

「俺はキラの様子を見たら寝ることにするよ。後は頼む」
「お疲れでした」

 ナタルに見送られてキースは艦橋を後にした。残ったナタルは操縦員席に座りながらじっと砂漠の夜を眺めている。そこは目を奪われるほど美しい夜空が広がっているが、ナタルの目には映っていなかった。ナタルは、別のことを考えていたのだ。

『お前さんは、何で軍に入ったんだ?』

 キースの言葉が頭の中に引っかかっていた。これまでどうして軍に入ったかなど考えた事も無い。自分にはこの道しかないのだと考えていたのだ。だが、キースはどうして軍に入ったのだろう。マリュ−は、フラガは。彼らは何を考えて戦っているのだろう・・・・・・


 キラの部屋の近くまできたキースは、漏れてくる声に足を止め、耳を済ました。どうやら嗚咽のようだ。キラのものだろう。時折聞える女性の声はフレイだろうか。

『何があったんだ?』

 キースは暫くそこで話を聞く事にした。

「キラ・・・・・・どうしたの?」
「あの子・・・・・・ぼく・・・・・・・」

 キラはきしむような声で叫んだ

「守れなかった・・・・・・!」
「キラ・・・・・・」
「僕が・・・・・・キースさんが教えてくれたのに、ハルバートン提督が教えてくれたのに・・・・・・迷ってたりしたから・・・・・・守りきれなかったんだ!」

 まるで血を吐くかのような、懺悔のような叫びと慟哭。そして嗚咽。キラは戦うことの本当の辛さを初めて味わっているのだろう。
 だが、その後に聞こえてきたフレイの声にキースは眉を顰めた。

「キラ・・・・・・私がいるわ」
「大丈夫、私がいてあげるから」
「私の想いが・・・・・・あなたを守るから・・・・・・」

 フレイの優しい言葉にキラの泣き声がより激しくなる。どうやらフレイに縋りついて泣いているらしい。それは良い。自分を維持する為に何かに縋るのを悪いなどという奴はいない。
 だが、気になるのはフレイの態度だ。彼女はコーディネイター嫌いだった筈。それが何故キラの支えになっている? 悩むキースは、宇宙での戦いの時に見かけた、危険な雰囲気を纏ったフレイを思い出した。

『そうよ、みぃんなやっつけてもらわなくちゃ、せんそうはおわらないんだから・・・・・・』

 キースは自分の悪い予感が当たってたのかもしれないと考え、頭痛のしてきた頭を押さえた。キースはフレイの目を思い出したのだ。あの目に、自分はとても見覚えがあった。昔、鏡を見るたびに何時も見ていたのだから。

 

 寝静まるアークエンジェルをじっと観察する目があった。

「どうかな、噂の大天使の様子は?」
「はっ、依然、なんの動きもありません!」

 赤外線スコープを覗いていた副官のマーチン・ダコスタが上官に報告する。この面長の顔の男こそ、ザフト地上軍の名将アンドリュー・バルトフェルドだ。片手にはコーヒーの入ったカップを持っている。

「ふむ、暢気にもすやすやとお休みか・・・・・・」

 バルトフェルドは面白そうにコーヒーを口にし、満足そうに頷いている。この男の隠れた趣味はコーヒーのブレンドなのだ。

「どうします、軽く手を出してみますか?」
「敵はあのクルーゼ隊を幾度も退けた戦艦だよ。甘く見ちゃいけないな。ダコスタ君」

 バルトフェルドは軽い口調で返し、踵を返した。背後の砂丘の麓には巨大な機体が幾つも鎮座している。その周囲には急がしそうに動き回る人影が見られる。バルトフェルドが歩み寄っていくと、彼らは集まってきて敬礼をした。バルトフェルドはニヤリと笑い返す。

「さて諸君、我々の目的は敵の戦力評価だ」
「ということは、沈めてはいけないのでありますか?」

 意外そうな部下の声に、バルトフェルドはとぼけた返事を返した。

「まあ、何かの弾みという事はあるな」

 その返事に部下たちがどっと笑った。暗にやってしまえと言ってるも同じだからだ。バルトフェルドも口元を綻ばせ、アークエンジェルを振り返る。

「さあ、戦争だ。やるなら派手な方が良い」


 アークエンジェル内で突然の警報が鳴り響いた。アナウンスが第二級戦闘配備を継げている。乗組員達は慌てふためいて起きだし、自分の持ち場へと走って行った。そんな中でキラも慌てて自分の部屋から飛び出してきた。脱ぎ捨てた服を慌てて着こみながら。
 その部屋の中にフレイがいることを知る者はいない。その中でどういう行為が行なわれていたかを知る者もいない。まして、その少女がどういう考えでキラと一緒にいたかを知る者など、いる筈が無かった。

「守って・・・・・・ね・・・・・・」

 ポツリと呟き、狂った様に小さな声で笑い声を漏らす。自分はもう戻れない一線を踏み越えてしまった。後は何処までも堕ちるだけ。でも、それがどうだというのだろう。

「そうよ・・・あの子は戦って、戦って、戦って、死ぬの。じゃなきゃ許さない・・・・・・」

 その瞳に宿るのは憎悪と復讐の炎。コーディネイターを憎み、同じ憎しみでキラを利用する。そしてコーディネイター同士で殺し合わせる。それが彼女の復讐だった。その為なら何でも犠牲にして見せる。そう、友人であろうと、自分自身であろうとも・・・・・・
 だが、また自分の中の何かがそれを否定している。自分を狂気の淵から引き戻そうとする。こんな事をしても意味がないと言う自分がいる。まだ全てを捨てるのは早いと言う。  
馬鹿馬鹿しい。父を失った自分に何が残っているというのだ。

 

 攻撃を開始したバルトフェルド隊。スカイグラスパーは出撃できず、マードックとフラガがやりあっている。キースは早々に出撃を諦めてスカイグラスパー2号機から下りた。

「やれやれ、このまま棺桶の中で御陀仏かもな」

 どうしたものかと格納庫を歩いていると、何やら凄い形相で歩いてくるキラを見つけた。最初は出撃で気が高ぶってるのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

「おいキラ、何を焦ってるんだ?」
「焦ってなんかいませんよ。今から出ていって敵を倒すだけですから」
「何を言ってるんだ。まだスカイグラスパーは出られないんだぞ。おまえ1人で戦うつもりか?」
「そうですよ。援護なんか必要ありません!」

 キラの言葉にキースは顔を顰めた。これは増長ではない。だが、似た危うさを持っている。瞳がまるで麻薬でも嗅がされたかのように危険な光を発しているのだ。

「・・・・・・キラ、何があった?」
「別に、何もありませんよ!」

 キースの問いに過剰に反応するキラ。だが、その態度事体が何かあったことを物語っている。キースはさらに問い詰めようとしたが、直撃の振動がその詰問を断念させた。今は迎撃が先だ。

「ちっ、仕方ない、話は後だ。生きて帰ってこいよ」
「当たり前です!」

 キラはそれ以上キースと語ろうとはせず、ストライクの方に行ってしまった。キースはその背中を見送ると、大きい溜息を吐いて歩き出した。ここにいても仕方ないし、艦橋にでも行こうと思ったのだ。あそこが1番情報が集まりやすい。


 外に出たキラはランチャーストライカーを装備して出ていたが、初めての地上戦という悪条件がキラに襲いかかってきた。砂に足を取られ、思うように動く事さえできないのだ。
 戸惑うキラに容赦なくバクゥが襲いかかってくる。動きの鈍いストライクの機体に容赦なくミサイルが叩き込まれる。キラは衝撃に顔を顰めながら端末を引き出した。

「接地圧が弱いなら、調整すれば良いんだろ!」

 右手が物凄い早さで動いている。それと共にストライクの動きは少しづつ良くなってきた。構えたアグニの照準が正確さを増していく。踏みつけたバクゥに容赦なくアグニを叩き込み、止めを刺す。そして残るバクゥに目を向けた時、遠くから艦砲射撃が飛んできだした。着弾の衝撃がストライクとアークエンジェルを激しく揺さぶる。

「くそぉ、どっからの砲撃だ!?」

 キラは周囲を見まわしたが、視界内に戦艦の姿はない。自由の利かないアークエンジェルは離床し、高度を取り始めた。その格納庫からスカイグラスパーが1機飛び出してくるのが見える。フラガが出てきたのだろう。

 キースは艦橋に来ると艦長に許可を求めた。

「艦長、砲撃管制をさせて頂けますか?」
「砲撃管制を?」
「はい、直接照準で敵を狙い撃ちます」

 ヘリオポリスでフラガがやった様に、レーダーに頼らずに攻撃しようと言うのだ。ニュートロンジャマーのせいでレーダー照準は甚だ心許ない。ならば直接照準で狙い撃とうとキースは言うのだ。だが、それをやるには相当の技量が要求される。

「できるのですか?」
「まあ、昔にいろいろ経験しまして」

 小さく笑うキースに、マリュ−とナタルは訝しげな視線を向けた。一体この男はどういう人生を過ごしてきたのだろうか?
 マリュ−の許可を受けたキースは直ちに砲撃管制を回してもらい、フラガの連絡を待つ。だが、その前にやる事があった。周囲をじっと観察し、小刻みに照準装置を動かしていく。

「バリアント、1番2番装填・・・・・・」
「りょ、了解!」

 キースの指示でヴァリアントに砲弾が装填される。マリュ−とナタルはキースが何を狙っているのか分からなかった。レーダーではバクゥは捕らえ切れない。そもそもキースはレーダー照準に頼っていないのだ。熱源と光学照準スコープだけを頼りに狙ってるらしい。
 誰にも見えない何かを探す様に慎重にバリアントの照準を操作していたキースは、いきなり目を見開くとトリガーを引き絞った。二門のバリアントから加速された砲弾が撃ち出され、砂漠に着弾して周囲の物を吹き飛ばす。驚いた事に、着弾した砲弾は2機にかなりの重症を負わせていた。
 神業としか思えない砲撃を行ったキースに、環境にいる全員が驚いた顔を向けている。

「ど、どうして敵の動きが分かったんですか!?」

 ナタルの問い掛けに、キースはしかめっ面で答えた。

「熱源感知で敵の動きを見て、次の動きを推測したのさ。この辺りは実戦経験の積み重ねで得られるものだから、口じゃ説明しづらいな」
「大尉や少佐は、そうやって戦っているのですか?」
「まあ、歴戦のアーマー乗りなら大抵は身に付く能力だよ。というより、身に付けなければ生き残れない」

 MA乗りに限らず、機動兵器を扱うパイロットには脅威的な能力を持つ者が現れる事がある。まるで背後に目があるんじゃないかと錯覚させるような機動を行う者。出鱈目な機動を行いながら正確な照準で弾を撃ちこんでくる者。周囲の全てを肌で感じてるかのように把握している者。
 こういう能力を持つパイロットがエースと呼ばれるようになり、戦場を生き抜くことができるのだ。フラガやキースの様にこれらの全てを兼ね備える化け物も稀にだが存在する。イザークやディアッカがこの2人を相手に苦戦したのも仕方がないだろう。
 だが、キース達の見ている先で奇妙なことが起こった。アグニで砲弾を撃ち落とすという離れ業を演じていたキラだったが、時折自分たちのものではない攻撃が行なわれているのだ。勿論敵のものでもない。何が起きているのか。


 混乱していたのはキラも同じだ。自分を包囲していたヘリが次々に堕とされているのだから。

「何が?」

 問いに答える者はいない。ただ、通信機が発信者不明の通信をキャッチした。

「そこのモビルスーツのパイロット、死にたくなければこちらの指示に従え!」

 女の声だ。暫くして地図が転送されてくる。その一部が点滅している。

「そのポイントにトラップがある。バクゥをそこまでおびき寄せるんだ!」

 この少女は何者なのだろう。敵か味方か。ただ、ザフトと敵対する者であることだけは間違い無いようだ。キラは迷わなかった。迷っている時間などありはしない。逃げ出したストライクにまだ動ける2機のバクゥが追撃をかけて来る。キラは胃の痛くなるような焦燥感に囚われながら指定地点までやってきた。すでにフェイズシフトは落ちている。
 そして、まさにバクゥの爪が機体を抉ろうとした時、キラはストライクを大きくジャンプさせた。すると、それまでストライクがいた地点が爆発と共に陥没した。そこにいた2機のバクゥが爆発に飲まれながら穴に落ち、更に二度目の爆発で粉々になってしまう。
 飛び散る破片を、キラは無感情に眺めやっていた。そこに同朋を殺すことへの忌避感は微塵も感じられない。

 戦いを遠くから眺めていたバルトフェルドは難しい顔をして双眼鏡を降ろした。

「・・・・・・バクゥ5機がこうも簡単にな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ダコスタに至っては声も無い。確かに最後のは予定外の要素が入ったせいだが、それにしてもMS1機でこれだけの事ができるとは。バルトフェルドは敵を甘く見ていたことを悟ったが、同時に1つの疑問を感じていた。機体のバランスを戦闘中に変えたこと、レセップスの砲撃を撃ち落としたこと、あれをナチュラルがやったというのか?

「・・・・・・そんな馬鹿げた話があるか」
「どうしましたか、隊長?」
「なんでもない、撤収する」

 バルトフェルドの命令で撤退を開始したザフト軍。その最後尾についていたバルトフェルドはもう一度アークエンジェルを見やり、口元を綻ばせた。久しぶりに会えた勇敵に、救い様の無い高揚感を覚えてしまっているのだ。これが戦場に立つ者の愚かさというものだろうか。


 アークエンジェルは戦場から少し離れた所に着陸した。その傍にバギーの集団が止まる。マリュ−は外に出るハッチまで来たところで部下たちを見た。拳銃のカートリッジを確認するフラガやアサルトライフルを持ち出してくる兵士達。それに混じってやはりアサルトライフルを手馴れた操作で扱うキースの姿があった。

「あら、バゥアー大尉は、銃が扱えるのですか?」
「こう見えても、地上戦の経験もあるんでね。機体を失った時に歩兵に真似事をやらされて、その時に覚えました」

 この男は本当にいろんな技術を持っている。艦砲を扱うことといい、MAの操縦といい、本当に何処でこんな技術を身につけているのだろうか。世間一般の広範な知識といい、ナタルと討論ができるほどの戦術や戦略知識まで持っている。フラガもキースが何処でこういう事を覚えたのかは知らないらしく、その多芸ぶりに驚く日々らしい。

 外に出たマリュ−達はアラブ系の男たちと対面した。先頭に立つ男がリーダーなのだろう。

「・・・・・・礼を言うべきなのかしらね。地球連合軍第八艦隊所属、マリュ−・ラミアス少佐です」

 マリュ−の挨拶に男はニコリともせずに答えた。

「俺達は「明けの砂漠」だ。俺の名はサイーブ・アシュマン。礼なんざいらねえ。分かってんだろ。別にあんた達を助けたわけじゃない」

 何処か探り合うような言葉の応酬が続く。そんな中でマリュ−の斜め後ろに立つキースに注がれる視線は一際キツイものだった。キースは彼等の前で露骨にアサルトライフルを担いでおり、しかも何時でも撃てる状態にしてあるのである。
 だが、結局はキースも銃を下ろす事になった。マリュ−に命令されては仕方ない。キラもストライクから降りてきた。キラを見てゲリラの男たちが驚いた声を上げるが、その中から一人の少女が踊り出てきた。

「お前・・・・・・!」

 飛び出した少女は、この探り合うような空気の中では明らかに異彩を放っていた。キラの前に立った少女はギッとキラを睨みつけると、いきなり殴りかかったのだ。

「お前が何故、あんな物に乗っている!?」

 キラは少女の言葉に怪訝そうな顔になった。見覚えの無いこの少女は自分を知っていると言うのだろうか。しばし記憶の糸を手繰り寄せていたキラは、ようやくその少女に思い当たった。

「君は、モルゲンレーテの工場にいた・・・・・・・」

 あの時、自分が緊急用シェルターに押しこんだ少女だ。何故彼女がこんな所にいる。
 キラが呆然としている間にも、少女はキラの手を振り解こうともがいていた。

「くそっ、離せよ、この馬鹿!」

 彼女のもう一方の拳がキラの頬を捉える。キラはその衝撃に思わず彼女の手を離してしまった。彼女は更に追い討ちをかけようとした。

「カガリ!」

 リーダーらしき男に咎められ、カガリと呼ばれた少女は渋々引き下がった。最後にあの印象的な眼差しでキラの顔を一薙ぎし、仲間達の所へ戻って行く。キラはぼんやりとした顔でそれを見送っていた。
 カガリが離れたところでキースがキラの所に歩み寄った。

「大丈夫か?」
「・・・・・・はい、何ともありませんよ」
「そうか、ならいいが、知り合いか?」

 キースがカガリを見やる。カガリはまだ怒ったような目でこちらを見ていたが、キースと視線があうと慌てて目を逸らした。

「・・・・・・ふむ、お友達って感じじゃ無さそうだな。昔に酷いことして恨まれてるとか?」
「そんなんじゃありませんよ!」

 とんでもない事を言い出すキースのキラが大声を上げて否定した。また馬鹿な事を言い出したキースにマリュ−が疲れた顔で肩を落とし、フラガが苦笑を顔に貼り付けている。まったく、こいつだけは常にマイペースを崩さない奴だ。
 だが、このキースの軽口は今回は良い方向に働いた。サイーブと名乗ったリーダーは面白そうにキースを見やり、マリュ−の隠れ場所を提供すると申し出たのだ。