第10章  勝利の女神



 アークエンジェルは最初の降下地点よりもかなり離れた所に案内された。岩山に囲まれた開けた場所だが、なんとかアークエンジェルを隠す事が出来る。
 そこでマリュ−とナタル、フラガ、キース、キラ、トノムラはサイーブの案内で岩山の中にあるアジトにやってきた。
 そこでキースは先のカガリと呼ばれた少女が早足にサイーブに駆け寄ってきて何事かを耳打ちして行った。フラガは去って行く彼女を見送り、サイーブに問い掛けた。

「彼女は?」
「俺達の勝利の女神だ」
「へぇ・・・・・・名前は?」

 返事は帰ってこない。フラガは僅かに肩を竦めて見せた。

「女神さまじゃ、名前を知らなきゃ悪いだろう」

 フラガの問いにサイーブはコーヒーを啜った後、むっつりした顔で答えた。

「・・・・・・カガリ・ユラだ」

 その名を聞いたとき、キースの目が一瞬驚きの形に見開かれた事に気付いた者はいなかった。
 サイーブは近況を教えてくれた。三日前にビクトリア宇宙港が陥落した事。徐々に連合側が追い込まれている事。アフリカの敵はさほど多くない事を教えてくれた。

「山脈を超えられないなら、紅海に出て海沿いに行くしかないんだが・・・・・・」
「いや、東地中海を突破して、東欧に出る」

 サイーブの話をフラガが遮った。サイーブの顔に意外さが出る。

「ほう、東欧にな。だが、あそこは最前戦だぞ?」
「分かってる。しかし、味方との合流を優先したいんだ」

 フラガの言葉にサイーブは渋面を作った。そしてヨーロッパの地図を指差し、なぞる。

「目的地はブレカスト、か?」

 サイーブの目にフラガだけでなく、ナタルも驚いた。これだけの話だけでこちらの目的地を読んだのだから。

「・・・・・・あんた、元は軍属か?」
「違うな。だが、その手の経験は豊富だぜ」

 サイーブは厳つい顔に笑いを浮かべ、フラガを見やった。どうやら気に入られたらしい。
 ヨーロッパルートをフラガとナタルが真剣に考え出した。サイーブの情報がそれを捕捉していく。それらを聞いていたナタルが疲れた顔で溜息を吐いた。

「戦況が酷いのは承知していたが、まさかここまで追い込まれているとは・・・・・・」

 ブカレストはまだ安全だと思っていたのだが、実際にはもう敵が200km辺りにまで迫っているらしい。激戦区に突っ込むのだと知り、キラとマリュ−の顔色が変わる。だが、サイーブの次の言葉が2人の顔色を更に悪くした。

「ザフトは徹底した攻撃をしてやがるからな。民間人を巻き込んだ無差別攻撃をしてやがるらしい」
「そんな事を・・・・・・」
「ああ、かなりの数の難民が出てるって話だが、連合軍はそいつ等を守り切れねえみたいだな。皆殺しにされた街もあるらしい。ザフトはナチュラルの捕虜を虐殺してるという噂もあるしな。実際、ヴィクトリアじゃ捕虜全員が銃殺されたそうだ」

 サイーブの言葉に一番衝撃を受けたのはキラだった。足元が覚束なくなり、よろけて壁に背を付ける。

「そんな・・・・・・嘘だ・・・・・・そんな事って・・・・・・」
「キラ君」

 同朋がそんな虐殺を行っていると聞かされ、キラは明らかに平静を失っている。そんなキラをマリュ−は痛ましげに見ていた。ナタルは顔を怒りに赤くしている。だが、フラガとキースは怒りを見せてはいるが、冷静さを失ってはいなかった。これが戦争なのだ。憎悪が増幅しあい、感情が理性を上回る。そんな事が当然という状況なのだ。攻守が逆だったら、連合だってコーディネイターを虐殺しただろうから。
 キラをマリュ−が宥めている間にキースとフラガとナタルはとりあえずの目的地を考えていた。

「とりあえず、ここ、トリポリを目指しましょう」
「そうだな、問題は敵がいるかどうかだが・・・・・・」

 悩むフラガに、いささか呆れ顔でサイーブが突っ込んだ。

「おいおい、1つ忘れてねえか?」
「「・・・・・・?」」

 本当に分からないらしい2人にサイーブは呆れて頭を左右に振り、キースはそっと地図の一点を指差した。

「バナディーヤにはレセップスがいます。砂漠の虎をどうにかしないと、ここから逃げる事もできませんよ。少佐、副長」

 キースの言葉にサイーブが頷き、フラガとナタルはガックリと落ちこんでいた。この上皿に問題を積み重ねられて、気が重くなってしまったのだ。


 外でアークエンジェルに艤装を施していたカガリは、一緒に働いているアークエンジェルクルーの中に自分と同じくらいの年頃の少年少女が混じっているのを見て少し驚いた。その中の一人に声をかける。

「なんだ、この戦艦にはお前等みたいな子供も乗ってるのかよ?」
「子供って、あんただって子供だろう?」

 話し掛けられたサイは明らかに気分を害していた。いきなり見知らぬ相手に、それもかなり無礼な口調で話し掛けられたのだ。だが、相手は気にした風も無い。その挑発的な口調は変わらなかった。

「お前等よりはずっと大人だね」
「なんだとっ」

 サイの声を聞いてトールとフレイがそちらを見た。あの温厚なサイが珍しく感情を高ぶらせているように見えるからだ。最も、今のサイはかなり不安定でもある。ここ最近のフレイの態度のあからさまな変化に戸惑っているからだ。トールやミリアリアもそれには気付いていたが、今の所口を出してはいない。
 トールはサイに近づくとその肩を叩いた。

「サイ、なにを大声だしてるんだよ?」
「トールか、こいつが変な事言ってきたから、つい・・・・・・」
「変な事?」

 トールがカガリを見た。カガリはサイからトールに視線を移す。

「別に、本当の事を言っただけだぜ。お前等よりは現実を知ってるよってな」
「・・・・・・ふうん」

 トールは気にした様子も無く、背後のフレイを見た。

「フレイ、作業はこれで終わりだよね?」
「え、ええ。用意したネットは全部張り終えたから、終わりだと思うけど」
「そうか。じゃあもう用も無いし、仕事に戻ろうぜ」

 トールはカガリに背を向け、サイを引っ張った。サイはトールに文句を言っていたがトールは笑顔のまま取り合わない。フレイも2人の後に続こうとしたが、カガリに肩を捕まれた。

「おい、なんでお前等みたいなのが軍艦に乗ってるんだよ?」
「なんだって良いでしょう、手を離してよ」

 フレイは少し冷たい声でカガリに答えた。だが、カガリはそんな答えじゃ納得しない。

「お前等は良くても、私は納得できないんだよ」
「何でよ。私たちがどうしようと、あなたには関係無いでしょう?」
「そ、それは・・・・・・・」

 フレイの問い掛けにカガリは口篭もった。なにかを知っているが口にできない、そんな何かを感じさせる。フレイはカガリの態度を訝しげに見ていたが、いきなりカガリが顔を上げたので少し身を退いた。

「分かった。それは聞かない。だけど、1つだけ答えろ」
「な、何よ?」
「あいつの事だ。あのMSに乗ってた奴。なんであいつがあんな物に乗ってるんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 フレイは答えられなかった。まさか、自分が乗るように仕向けたなどと言えるわけもない。だから、あえて辺り触りのない内容を口にした。

「キラは、私達を守るためにMSに乗ってるのよ。ヘリオポリスを脱出した時から、ずっとね」
「ヘリオポリスからずっとって、なんであいつにあんな物が動かせるんだよ?」
「・・・・・・あの子は、コーディネイターだから」

 フレイの説明にカガリは納得したのか、詰め寄るのを止めた。

「あいつ、コーディネイターだったのかよ。じゃあ動かせるのも当然か」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 疑問が氷解したのが嬉しいのか、カガリはあっさりした口調で言う。そんなカガリにフレイは少し驚いた。

「あなた、キラがコーディネイターと聞いても平気なの?」
「ん、何が?」
「だって、あなた達が戦ってるのもコーディネイターなんでしょ?」
「ああ、そういう事か」
 
 フレイの疑問を理解してカガリは砂漠の方を見た。

「別に、コーディネイターが嫌いって訳じゃないんだ。ただ、攻めこまれたから戦う。それだけの事さ。この大地はここで生まれ育った奴らのもんだ。砂漠の虎とかいう余所者が大きな顔をして良い訳無いだろ?」

 カガリにはナチュラルのコーディネイターもないらしい。敵だから戦う。この故郷を守るために戦う。それはナチュラルだから、コーディネイターだからなどという理由よりもはるかに純粋で、周囲の理解を得られる理由だった。当然だろう。この土地はここで生まれ育った人達のものだ。
 フレイにはこの砂漠で生きていこうという考えが理解できない。おおよそここは住むには適さない所だ。だが、実際にここに根付く人たちがいて、自分たちの居場所を守るために戦っている。この髪にまとわりつく砂混じりの風も、彼らには心地良いものなのだろうか。

「・・・・・・自分の故郷を守りたいから、戦う・・・・・・・か」

 カガリの言葉を反芻し、フレイは考えた。私は父の復讐の為に軍に残り、キラという武器を使っている。私にとっては父こそが頼るべき存在であり、自分の全てだった。父の言うことになら何でも従ってきた。その父を失った時、自分には何も無くなってしまった。彼らにとって、この大地を奪われるというのは、同じような恐怖を与えるのだろうか・・・・・・・・・・


 ようやく方針が決まったのか、マリュ−達がアークエンジェルに戻ってきた。マリュ−とナタル、トノムラはグッタリとしている。キラはまだ何か悩んで居るようだ。キースとフラガはスカイグラスパーの運用法で話をしている。この2人は実戦経験が豊富なだけにいちいち不安になったりはしない。
 だが、帰ってきた彼らの耳に子供の争う声が聞こえてきた。

「ちょっと待ってくれ、フレイ。そんなんじゃ分からないよ!」
「うるさいわね。話しならもうしたでしょ!」
「サイ、フレイも、もう少し落ちつけってば!」

 どうやらサイとフレイが原因らしい。トールとミリアリアの必死に止める声が聞こえてくる。気になったキースはキラを伴ってそちらに歩いて行った。どうやら岩塊の影で言い争っている様だ。キラとキースがやってきても気づかずに言いあっている。どちらかと言うとサイがフレイを捕まえようとして、それからフレイが逃げ回っている様だが。

「・・・・・・さて、これはどういう事だと思う、キラ?」
「どうって言われても・・・・・・・・・・」

 キラは困惑した声を返す。それはそうだろう。なんでフレイとサイが言い争っているのか、キラにも理解できないのだ。ただ、1つだけ心当たりがあるキラは小さく俯いた。
 2人の声でフレイがキラに気づいた。

「キラ!」

 フレイはキラの腕に両手でしがみつき、その背後に隠れた。サイは気まずげに立ち止まり、ミリアリアとトールは困った顔でこちらを見ている。キースは様子見とばかりに一歩下がった。

「フレイ!」
「・・・・・・何?」

 苛立ったように叫ぶサイにキラが答える。その眼差しはキラとは思えないほどに冷たい。

「フレイに話があるんだ。キラには関係無い!」
「関係無くないわ!」

 キラの背中からフレイが叫ぶ。

「だって私、昨夜はキラの部屋にいたんだから!」

 フレイの言葉にトールとミリアミアは顔を赤くし、キースは空を仰ぎ見た。サイは事情が飲み込めないらしく、ポカンと突っ立っている。

「ど・・・・どういう事だよ・・・・・・フレイ・・・・・・きみ・・・」
「どうだって良いでしょ、サイには関係無いわ!」

 キラの腕を握る手に力がこもる。その感触はキラの中にある罪悪感を押し殺すのに十分な力があった。もう、官女は自分のものなのだ。

「関係無い、関係ないってどういう事だよ、フレイ・・・・・・」

 声を荒げるサイ。そろそろ止めるかとキースが動き出そうとしたが、それよりも早くキラが冷たい声を出した。

「もうよせよ、サイ」
「・・・・・・キラ?」
「どう見ても、君が嫌がるフレイを追いかけてる様にしか見えないよ」
「・・・・・・なんだと?」

 サイが今にも爆発しそうな危険な感情を宿す目でキラを見る。だが、キラはそんなサイから顔を逸らした。

「もう、みっともない真似は止めてよ。こっちは昨日の戦闘で疲れてるんだ・・・・・・」

 キラはサイに背を向けて歩き出した。そのキラにフレイが付いて行く。それを見守っていたトールとミリアミアは驚きの表情で固まってしまっている。今のキラは、自分たちの知るキラとは余りにもかけ離れていた。
 だが、そこで更に驚く事が起きた。

「キラァアアアアア!!」

 なんと、サイがキラに掴みかかったのだ。だが、その手はキラによって一瞬で逆手に捻り上げられてしまう。2人の突然の戦いにフレイは怯えて身を離す。

「止めてよね・・・本気でケンカしたら、サイが僕に敵う訳無いだろ!」

 そのまま突き放すと、キラはアークエンジェルに歩いて行ってしまった。これ以上サイを見ている事に耐えられなくなったのだ。フレイはしばしキラとサイの2人を見ていたが、僅かなためらいを見せた後にキラの後を追って行く。
 サイは自分に背を向けて去って行く2人を呆然と見送っていた。何もかもが信じられない。フレイが去っていったこと。キラが自分にこんな仕打ちをしたこと。全てが悪い夢の様にさえ思えてくる。だが、これは現実なのだ。

「・・・・・・なんで、だよ?」

 サイは悔しそうに拳を握り締め、小さく振るえている。トールとミリアリアはかける言葉も無く、ただじっとサイの背中を見ていることしか出来ない。キースはサイを避けて2人の所にやってきた。

「何となく事情は分かったが、確かフレイは彼の・・・・・・」
「はい、親同士が決めた婚約者、だったらしいです」

 トールの答えにキースは偏頭痛のしてきた頭を押さえた。こいつは、子供たちの痴話喧嘩で済むような問題では無いようだ。前に見たフレイの狂気に囚われた瞳。そして目の前で慟哭しているサイ。辛そうにしているトールとミリアリア。早めに手を打たないと厄介な問題を引き起こしかねないだろう。

 

 その夜、大変な事が起きた。サイーブ達の住むタッシルの街が攻撃を受けたのだ。慌ててゲリラがジープで飛び出して行き、フラガのスカイグラスパーも飛んでいく。それを見送ったマリュ−は艦長席に腰を下ろしてグッタリとしている。キースはキラを呼びつけてすでに艦橋にいた。

「やれやれ、砂漠の虎、か。やってくれますねえ」
「ええ、ゲリラの狩り出しに街を焼き払うなんて」
「別に珍しい手法じゃありませんよ。ゲリラ対策としてはむしろ常道です」

 キースのあっけらかんと言う。その裏にはこれが現実というものですという意味が込められている。キースはマリュ−に早く良い艦長になって欲しいという思いがあった。それが自分の生存率を上げることにも繋がるからだ。
 だが、暫くして送られてきたフラガからの報告には流石のキースも驚いた。

「住民は全員無事って、あいつ等は街だけ焼き払ったという事ですか?」
「ああ、俺にも良く分からんがね」

 フラガも困惑気味だ。だが、次の報告には流石に眉を顰めてしまう。マリュ−に至っては怒りに顔を赤くしている。

「こっちの方が問題だぞ。あいつ等、街の敵だとか言って追って行っちまった」
「追って行ったて、なんて馬鹿な事を・・・・・・どうして止めなかったんですか!?」
「いや、止めたらこっちと戦争になりそうだったの」

 どうやら向こうは相当殺気だっているらしい。だが、見捨てる訳にもいかない。マリュ−はキースとキラを見た。

「悪いけど、今から出て頂戴。急がないとゲリラは全滅するわ!」
「了解です」
「分かりました」

 2人は艦橋を飛び出し、格納庫に向った。すでにスカイグラスパー2号機の調整も完了している。取り付けられているのはランチャーパックの様だ。マッドックが駆け寄ってくる。

「とりあえず調整は終わりました。何時でも出られますぜ」
「そいつは助かるな。ちと無謀な事してる馬鹿どもの尻拭いに行ってくる」
「お気をつけて」

 マードックの言葉に感謝しつつ、キースはスカイグラスパーに乗りこんだ。そして機体をチェックしながらも、ストライクに通信を繋ぐ。

「キラ、先に出る。お前もなるべく早く追いついてくれ」
「分かりました・・・・・・キースさん、頼みます」

 キラがゲリラ達の事を気にしている事を察し、キースは力強く頷いた。そしてキースのスカイグラスパーがカタパルトから打ち出された。そのまま暫く飛行を続けると、すぐに目指すバギーとバクゥが見えてきた。ゲリラ達はどうやら手持ちのミサイルランチャーでバクゥを狙っているらしい。

「なんて馬鹿な事を。あんな武器でMSが倒せる訳無いだろうに!」

 キースは怒りも露に怒鳴ると、バギーに襲いかかろうとしているバクゥを狙ってアグニを撃ち込んだ。その一撃は外れたが、強力なビームの一撃にバクゥが慌てて下がる。キースは少し安堵したが、次の瞬間激怒に変わった。なんと、バギー達は後退するどころか更に前に出て攻撃を開始したからだ。

「ふざけるな。こいつら、自殺したいのか!?」

 目の前でまた一台のバギーが砲撃を受けて粉々にされてしまう。どうやら1機のバクゥでジープを掃討し、まだ動けるもう1機がこちらを狙っているらしい。地上からのMS1機の対空砲火など怖くも無いが、眼下でジープが破壊されていくのは見ていて気分が悪い。

「ええい、邪魔するんじゃないよ!」

 キースは急降下をかけると再びアグニを撃った。今度は狙い過たずバクゥを直撃し、それをスクラップへと変えてしまう。

「よし、あと2機だ!」

 その時、ようやくストライクがやってきた。ビームライフルでバクゥを牽制している。キースはそのバクゥをキラに任せると、まだ動けない様子のもう1機に目をつけた。こういう時に情は不要。相手が降伏しない以上、止めを刺せる時に刺しておくのが生き残る要点だ。動けないバクゥにキースのアグニを回避する術は無く、そのバクゥも爆散してしまった。それに少し遅れてキラも目の前のバクゥを仕留めていた。

 少し離れた所で戦況を見ていたバルトフェルドはストライクとスカイグラスパーの戦闘力に目を見張っていた。

「やるね。あのMSも、戦闘機も」
「・・・・・・3機のバクゥが、こうも簡単に殺られるなんて」

 バルトフェルドの隣でダコスタが呆然としている。これでバルトフェルドは手持ちのMSのほとんどを使い切ったことになるからだ。砂漠の虎、アンディ・バルトフェルドの部隊がだ。
 バルトフェルドは生き残った部下に撤退を命じた。このままではこちらが全滅させられてしまう。


 キラとキースは機体を地上で止めると、レジスタンスの方に歩いてきた。キラもそうだが、キースも何時になく怒りを露にしている。2人を前にしたレジスタンスのメンバー達は気まずそうに顔を逸らしていた。

「死にたいんですか?」

 キラは頭にきていた。バギーとミサイルランチャー程度でMSに対抗できるとでも本気で考えていたのだろうか。

「こんな所で、こんな戦いを挑んで・・・・・なんの意味も無いじゃないですか?」
「なんだとっ!!」

 カガリが噛み付いてきた。彼女はキラに掴みかかると、片手を振って背後を指した。

「見ろ、こいつらを見てもそう言えるのか!?」

 そこには何人もの死体が横たえられている。カガリは涙を溜めてなおもキラに文句を言おうとしたが、それをキースがさえぎった。

「どうして、俺がバクゥの動きを止めた時に後退しなかった?」

 何時ものキースらしくない底冷えする、そして一切の反論を許さない威圧感を感じさせる声に、カガリはキラの胸から手を離した。

「・・・・・・だって、街の敵を討たないと・・・・・・」
「敵を取ろうとしてこの有様か。ゲリラならゲリラなりの戦い方があるだろうに、正面からMSに挑むとはな」

 キースは吐き捨てた。それがカガリの、ゲリラ達の怒りを誘う。

「ふざけるな、お前に、仲間を殺された私達の辛さが分かるものかよ!」

 掴みかかってくるカガリ。キースは背が足りないのに無理して自分の胸倉を掴み上げてくるカガリをじっと見ていたが、やはり感情の篭らない声でカガリに答えた。

「・・・・・・俺は、お前ら以上に多くの仲間を失ってるよ。一緒に出撃した部隊の仲間が、帰ってきてみたら俺しか残ってなかったなんてことも1度や2度じゃ無い。数千人の避難民が乗った輸送船を守り切れずに、目の前で沈められた事もある」

 キースの答えに、カガリは硬直してしまった。掴み上げた手もそのままに目を見開いている。それを聞いていたゲリラ達やキラも同様だった。
 カガリはキースの目を見てしまった。感情が篭ってない訳じゃない。だが、悲しみも見られない。もっと遠い、なにか達観しているような目をしている。

「帰ってきたら母艦が沈められてた。世話になったクルーやメカニックが纏めて死んじまったなんてこともあった。先輩も、同僚も、部下も次々に死んじまう。俺に出来る事は生き残れるように訓練をしてやって、手の届く範囲で守ってやって・・・・・・それくらいなんだよ」

 キースは自嘲気味に笑った。エメラルドの死神と呼ばれる男でも、他人を守りきるなんて出来はしないのだ。カガリは気まずそうに手を離し、一歩下がる。キースは諭すような声でカガリに語った。

「敵を討ちたいという気持ちは分かる。だがな、自分が生き残れないのに、どうして他人を守る事が、敵を討つことが出来る? お前等はまず自分が生き残る術を身につけるんだな」

 カガリには何も言い返せなかった。この男と自分ではあまりにも役者が違いすぎる。それが頭では無く、肌で実感できたからだ。カガリが黙ってしまった事でキースは口を閉ざした。少し顔を顰めているのは、喋りすぎたとでも思っているのだろうか。


 飛び出して行ったゲリラ達が帰ってきたが、帰って来た部下たちを見てサイーブは怪訝そうな顔になった。部下たちが余りにも元気がないのだ。誰もが叱られた子供のようにしょぼくれた顔をしている。あのカガリでさえガックリと頭を垂れているのだ。一体何があったのだろうか、とサイーブは首を捻っていた。
 そして、アークエンジェルに帰ってきたキラもやはり複雑な顔をしていた。自室に戻る途中でフレイに会ったが、そのフレイもキラの顔を見て怪訝そうな顔をする。

「キラ、何かあったの?」
「・・・・・・ちょっとね。キースさんは、どれだけのものを背負っているんだろうなあ。と思って」

 キラの言葉にフレイは首を捻り、どういう事かを問い質した。キラはキースが語った言葉をフレイに語り、それを聞いたフレイもキラと同じように複雑な表情になる。

「そうなんだ・・・・・・当然よね、キースさんは、私達よりずっと昔から戦ってるんだから」
「・・・・・・守れなかったんだ、あの人も。だからあんなに僕に色々言ってくれたんだ」

 キラはキースの飄々とした態度を思い出す。あの人を食った笑顔の裏には、どれだけの悲惨な現実を目の当たりした顔があるのだろうか。今日の感情を感じさせない、どこか透き通った目をしたキースがそうなのだろうか。
 フラガも同じような苦しみを耐えてきたのだろうか。
 自分の悩みなど、あの人にして見れば大した悩みではないのかもしれない。あの幼女の乗ったシャトルを堕とされたことで激しく落ちこんだ自分など、あの人からして見れば甘ったれた餓鬼でしかないのではないのか。そう思えてしまうのだ。
 辛そうなキラの顔を見て、フレイはかける言葉を浮べられなかった。ただ自分も俯いてしまい、肩を並べてキラの部屋に入って行く。昨晩は情事に浸った2人だが、今日はそんな気分になれるはずもなかった。