第103章  灯火は炎となりて




 敗北は免れない情勢下で大急ぎで防衛体制を整えているオーブ軍。敵の上陸予想地点にはありったけの地雷が敷設され、護衛艦隊は埠頭を離れて外洋へと移動していく。空軍も出せるだけの機体を整備して完全武装となっていた。
 これらの防衛体制の整備の為にカガリは昨日から不眠不休で司令部から指示を出し続けており、補佐をしているユウナが休むように申し出てくる有様だったが、カガリはこれを受け入れずに仕事を続けていた。今も軌道上にあるアメノミハシラと回線を繋ぎ、ロンド・ミナ・サハクと会話をしている。

「ミナ、明日にもザフトの総攻撃が始まる事は知ってるな?」
「状況は理解しているが、私にどういう用があるのだ、カガリ?」

 ミナはカガリからの通信に最初怪訝そうな顔をしていた。まさかアメノミハシラの戦力を地上に下ろせとでも言うつもりなのかと思ったのだ。

「ミナ、今アメノミハシラにはどれくらいの艦隊戦力がある?」
「……イズモ級特務艦が2隻に、フブキ級駆逐艦が6隻、それに大西洋連邦から購入した駆逐艦が6隻だな。武装商船などは数には入れられん」

 合計14隻がアメノミハシラの宇宙艦隊だ。これは多いとは言えないが、アメノミハシラを守るには過剰とも言える数である。ミナの返答を聞いたカガリは頷くと、真剣な顔でミナに頼み事をしてきた。

「ザフトはアラスカでもパナマでも海上からの強襲に続いて軌道上からMS隊を降下させて来てる。多分オーブに侵攻する際にも同じ手を使うはずだ。悪いがミナにはこいつの迎撃を頼みたい」
「オーブの降下軌道に入る艦隊を、私の艦隊で迎え撃てと言うのか?」
「お父様は大西洋連邦の援軍の申し出を拒絶した。もう頼れるのはお前の艦隊しかないんだ、頼む!」

 アメノミハシラの戦力でザフトを迎え撃つなど出来る筈が無い。だが、無茶を承知でカガリも頼んでいるのだ。カガリに頭を下げられたミナは暫しの間目を閉じて考え込むと、小さく息を吐いてカガリに頷いて見せた。

「良かろう、私もオーブ首長家の人間だ。国と国民を守る義務がある」
「済まない、ミナ」
「だが、ウズミが大西洋連邦の申し出を断わったとはな。あの男は何を考えている?」
「お父様は、最後までオーブの理念を貫くつもりらしい」
「……馬鹿なことを」

 この期に及んでもまだそんな事を言っているのかとミナは言外に吐き捨てた。マキャベリストであるミナは元々オーブの理念などに価値を置いていないので、ウズミの行為は国を滅ぼすだけだと常々口にしてきたが、それが遂に現実の物となったのだ。

「こうなればウズミを拘束してでも援軍を求めるべきではないのか、カガリ?」
「そんな事できるわけが無いだろ!」
「……代表を退いた筈の男に、未だにオーブを牛耳られねばならんとはな」

 忌々しげに吐き捨ててミナは回線を切った。通信モニターが白濁し、カガリの顔を照らし出す。そのモニターを見ながら、カガリは誰にとも無く呟いた。

「現役を退いた男、か」

 現在の代表はホムラなのに、実際の決定権はウズミが握っている。これまでそれをおかしいと感じなかった自分が異常なのかも知れないが、考えて見ればその通りだ。首長会議に出席する権利さえない筈のウズミの決定に、どうして自分達は縛られているのだ。

「……後でもう一度、叔父貴と話してみるか」

 軍と政府が一体となって詰め寄れば、ウズミの意思を変えさせる事が出来るかもしれない。一縷の希望を胸に、カガリはウズミの説得工作が出来ないかと考えたが、もう時間が無いと直ぐに諦めてしまった。

 防衛の最前線ではフレイの指導の下、M1が巨大なシャベルを手にあっちこっちで穴を掘っていた。MS用の塹壕や防御施設、接岸防止用の障害物の設置など、MSはあちこちで便利な道具として重宝されている。
 だが、そんな中で1つ奇妙な事がおきていた。M1隊の中にエドワードの姿が無かったのだ。それを知らされたフレイは何処に行ったのか部下に探させたが、エドワードは何処にもおらず、フレイたちを困惑させる事になる。だが、今はそんな事を考えている暇は無いと直ぐに作業に戻ってしまったため、彼がスパイだったのではないかと考えた者はいなかった。誰もが一杯一杯の状況なのだ。






「貴方は、そうやって何時まで頑迷な態度を固辞し続けるのですか!?」

 通信室でアズラエルは怒りを交えて相手を罵っていた。通信モニターの先にいるのはウズミ・ナラ・アスハで、もう1時間近くも2人は話し合いを続けている。だが、それは悉く平行線に終わっていた。

「オーブを滅ぼしてまで理想を求めてどうする気なのだ、貴方は!?」
「理想を失くしては国を成す事はできん。オーブ国民はオーブの理念を信じて集ってくれた者たちの子孫だ。きっと分かってくれよう」
「自殺に付き合わされる者に、理解を求めるのか!?」
「貴殿のような死の商人には理解できぬ人間も居るのだという事を知ってもらいたいな、アズラエル」

 オーブを守る為には連合の援軍を受け入れるしかないと主張し、説得を続けるアズラエルに対して、ウズミは理想を曲げる事は出来ぬと断わり続けている。もう1時間もこんな交渉を続けていて、アズラエルはすっかり頭に血が上っていた。

「理解などしたくもありませんよ。守るべき人を切り捨てて何が理想だ!」
「コーディネイターを否定する君がそれを言うのか。そもそも、この戦争の引き金を引いたのは連合とプラントではないか」
「私はナチュラルを守る為に全力を尽くしてきたつもりだ。オーブのように世界の闇から目を背けたりはしていない!」
「全てを否定するよりはマシな選択であろう。ただ憎しみ合うだけで何が解決するのだ?」
「コーディネイターの存在が軋轢を生む。その軋轢が積み重なって今の戦争を呼んだという事は、貴方にも分かっている筈でしょうウズミ・ナラ・アスハ。オーブとてその軋轢をもう隠し切れなくなっている筈だ!」

 これにはウズミも反論できなかった。これまでマスコミや企業に圧力をかけて国内のコーディネイター問題を闇に葬り続けてきたウズミであったが、それももう限界に達してきている。少数のコーディネイターがその能力によって圧倒的多数のナチュラルを追い越して学校や企業、公務員として高い地位を得るに従い、ナチュラルの間に不公平感から来る不満が噴出し始めたのだ。同じ努力をしているのにどうしてあいつ等だけがと。
 この問題は周辺国がかつて歩んだ道だ。この不満と能力差から来る恐怖がコーディネイター排斥論を生み、彼等をプラントへと追いやった。それでもまだ恐怖は消えず、ブルーコスモスの過激化に伴うテロも黙認状態となっていた。戦争の原因はテロでもなければ連合諸国の圧力でもない。それより遙か以前から始まっていたコーディネイターに対するナチュラルの不満と恐れが積み重なって、遂に開戦に至ったのだ。
 戦争の理由とは遙か以前から追っていかないとその姿が見えてこない。第2次大戦を知るなら第1次大戦を学ぶ必要があり、第1次大戦を学べば欧州が勢力拡張に乗り出した大航海時代まで調べる必要が出て来る。戦争の原因とは単純なものではないのだ。

「オーブ単独ではザフトに抗しえない。それを分かっていながら、どうして貴方はそうまでして拒むのだ!?」
「理想は一度曲げれば2度と元には戻らぬ。それが困難な物であればあるほど、それを曲げるわけにはいかぬのだ。一度譲れば、理想はそこで潰えよう」

 あくまでも理想追求を語るウズミ。ウズミの言う事も間違っているわけではない。古来より大事業を成し遂げてきたのは不退転の決意を持って望んだ者たちだ。それがどれだけの犠牲を要求しようとも意志を曲げず、ひたすら目的に突き進んだからこそ偉業を達成された。
 ただ、こういう事を成し遂げた偉人というのは大抵人間としては碌でもなかったりするのだが。なにしろどんな犠牲を支払っても気にしないし、自分の考えが絶対に正しいと信じて他人の意見に耳を貸さないのだから。馬鹿と天才は紙一重、という諺はジョークではない。

 不退転の決意を持て理想を追求しているウズミも確かに偉人といえる人物かもしれないが、別にそんな理想など抱えていないアズラエルから見ればいい加減にしろよと言いたくなる。

「貴方はそれで良いでしょうが、国民が本当にそんな末路を望んでいると思うのですか。人間は理想だけでは生きていけないんですよ?」
「そんな事は分かっている」
「分かっているなら……」

 なおも説得を続けるアズラエルであったが、その言葉をウズミが右手をモニターに差し出して遮った。

「もう良いだろうアズラエル。オーブは大西洋連邦の提案を受け入れない」
「……こちらとしては、オーブがザフトに占領されるのは困るんですよ」
「それはそちらの都合だ、オーブには関係が無い」
「……こちらにもオーブ出身者が居ましてね。彼等は祖国の危機を救いたいと司令部に頼み込みに来ましたよ。彼等の思いはどうなりますか?」

 攻撃の切り口を変えてきたアズラエル。これはさすがのウズミにも動揺が走った。だが、それでもウズミは頷かなかった。

「なんと言われようと譲る事は出来ん」
「そうですか、分かりました。では、私は私で勝手にやらせて頂きますよ。私はあのブルーコスモスの総帥、ムルタ・アズラエルですから!」

 あの、という部分ことさら強調してアズラエルは通信を切り、自室で通信モニターが切れたのを確認したウズミは嘆息して窓から外を見た。

「私とて分かってはいる。だが、オーブが建国以来守り続けてきた理念をどうして私の代で捨てられようか」

 勝ち目が無い事は分かっているし、それがオーブに破局をもたらす事も分かっている。だが、ウズミにはそれを認めることは出来ても受け入れる事は出来なかった。それを受け入れる事は自分のこれまでとオーブの伝統を否定する事になるから。
 しかし、アズラエルは一体何をするつもりなのだろうか。元々強引な手腕と横紙破りで知られるブルーコスモスの総帥であるアズラエルが自分を指して“あの”などと言ったのだ。こちらの都合を無視するような強行手段である事は想像が付くのだが。


 ウズミとの通信を断ち切ったアズラエルは今度は大西洋連邦本土のササンドラ大統領に話をつけようと思ったが、自分だけではどうにも心許ないと考え、暫くの間じっと考え込む事になった。そして浮かんできた手を借りれそうな人物に、口元に会心の笑みを浮かべる。

「丁度いい、こういう時こそヘンリーに手伝わせましょうか」

 日頃は色々と迷惑をかけられている相手だが、こういう時は使い出がある。あの男も協力を拒む事は無いと考えたアズラエルは、内線を取って秘書にヘンリー・スチュワートに繋ぐように指示を出した。






 オーブが攻撃されようとしているこの時になって、サザーランドは厄介な客を迎えていた。それは第8任務部隊の戦闘隊長を務めるアルフレット・リンクス少佐とドミニオンの戦闘班長を務めるキーエンス・バゥアー大尉だった。更にパナマ艦隊司令官のエディ・マクドナル少将も居る。
 彼等はオーブ海域への部隊の派遣を求めてきたのだ。すでにザフトの大部隊がトレス海峡を突破した事が伝えられており、事態は急を要している。だが、サザーランドは首を縦に振ろうとはしなかった。

「駄目な物は駄目だ。統合作戦本部からの命令はカーペンタリアの攻撃から変わっていない」
「そんな物、これまで何度も無視した実績があるでしょうが」

 型通りの回答を返すサザーランドにアルフレットが呆れた声をかけ、サザーランドのこめかみを一筋の汗がつたり落ちていく。ブルーコスモスの幹部として軍の作戦に色々と介入し、横紙破りをしてきた過去があるサザーランドである。今更そんな事言われても説得力が無い。

「頼みますよ大佐、あそこには俺の女房と娘が居るんですから」
「そんな私情で部隊が出せるか。それに、君の奥さん絡みで私が昔どれだけ迷惑を蒙ったと思ってる?」
「その分の借りはもう返したでしょうが」
「そうだったかな?」

 何だか苦々しい顔をするサザーランドと怯みをみせるアルフレット。どうやら2人には昔にクローカー絡みでイザコザがあったらしい。
 アルフレットが役に立たないと見てか、今度はマクドナル少将がサザーランドに文句を付け出した。

「サザーランド、俺はあの羽付きにパナマから脱出させてもらった借りがあるんだ。こいつを返させろ!」
「提督、借りを返させろと言われましても……」
「俺は貸すのは大好きだが借りるのは我慢ならんのだ!」

 海軍はスマートなイメージがあるが、意外と頑固一徹な組織である。特にこのマクドガルは剛毅な人物として知られており、サザーランドのような知将型の人物とは相性が悪い。サザーランドがこの使い難い上官を懸命に宥めていると、アズラエルの副官がキースにフラガから連絡が来ていると伝えてきた。何事かとサザーランドの部屋の端末を借りてフラガと話したキースは、少し顔色を変えてアルフレットの所まで戻ってきた。

「隊長、ステラとオルガが今朝から姿が見えないそうです」
「あいつ等がか?」
「サイとミリアリアもトールの部屋に集ってるそうですし、まさかあいつ等、また変な事考えてるんじゃ」
「ありえるな。オーブはあいつ等の故郷だ、こんな所で我慢してるってのは無理な話だろう」

 真剣な顔で答えてくれるアルフレット。それを聞いたキースは少し焦りを浮かべて部屋から出て行こうとした。

「どうするんだ?」
「ちょっと行って止めてきますよ。未遂で止めないと、大事になりますから」
「……そうだな、頼むわ」

 この事はキースに任せると決めたアルフレットはチラリとサザーランドを見る。事を荒立てたくないというアルフレットの意思を見抜いたサザーランドも頷く事で同意してみせ、アルフレットはキースを送り出した。




 オーブでじっと待機を言い渡されていたトールたちは焦燥感の中で身を焼かれるような想いを味わされていた。今この瞬間にもオーブは攻撃されるかも知れず、自分たちの家族や友人たちがどうなるかと考えると居ても立ってもいられない。
 だが、大西洋連邦は部隊を出してくれないという。オーブ本国が出せないと言うかららしいのだが、そんな国際事情はトールたちにはピンと来ない問題だ。だから何でマリューたちが動いてくれないのかも分からない。それがトールたちに苛立ちを呼び、それは徐々に我慢の限界を超えさせてしまっ
たのである。
 それが動いたのは翌日の朝日が少し高い所に来た頃だった。トールの部屋でじっと耐えていたミリアリアが立ち上がり、部屋の出口へと向かって歩き出す。

「ミリィ、何処に行くんだ?」

 それを見たサイが呼び止めると、ミリアリアはキッと振り返って叩き付けるような声でサイに答えた。

「決まってるでしょ、オーブに行くのよ!」
「どうやって。俺たちだけじゃ、アークエンジェルは動かないんだぞ」
「そんなの戦闘機でも何でも使って行けば良いじゃない!」
「ミリィ、少し落ち着けって!」
「こんな所に居て、何になるって言うのよ!?」

 サイはミリアリアが暴走していると気づいて止めようとしたが、今度はトールまでが立ち上がってしまった。

「そうだよな、こんな所に居てもオーブは助けられないよな」
「お、おいトール!?」
「だってそうだろ。オーブが危ないのに、何で俺たちはこんな所に居るんだ。オーブは俺たちの故郷なんだぜ?」
「それは、そうだけどさ……」

 オーブを助けに行きたいという気持ちはサイも同じなので反論に詰ってしまう。だが、飛行機を奪った所でオーブに辿り着く前に友軍に落とされてしまうのは確実だ。下手をしなくてもキースあたりが追撃してくるだろうから。
 だが、もう我慢できなくなったトールとミリアリアは止まることは無く、決意を秘めた表情で部屋の扉を開けて外に出て、そこで足を止めてしまった。何故か扉の前ではステラがしょんぼりした顔で廊下の壁に背を預けてもたれ掛かっていたからだ。

「ステラ、どうしたんだ?」
「ムウも、ラミアス艦長もオーブには行けないって……」
「そっか」

 それで自分の所に来たというわけだ。トールは頷くと、笑顔をつくって右手の親指を立ててステラにビシッと突き出していた。

「行こうぜステラ、オーブに」
「えっ?」

 それを聞いたステラが驚いて顔を上げ、そして表情を輝かせた。

「うん、行こうよ!」

 そう言ってトールの右手を抱え込んで抱きつくステラ。それを見たミリアリアのこめかみが引き攣るが、まあ怒ったりはしなかった。そして 遅れてサイも部屋から出てくる。

「俺、こういう時は止めに入る役回りだと思ったんだけどさ」

 諦めた顔で苦笑を浮かべている友人にトールとミリアリアが頷き、4人は宿泊していた官舎から外に出て、そこで目を疑った。外に出たところに置かれているテーブルとチェアー。その中に1つだけ人が腰掛けている者が居る。それは文庫本を手にコーヒーを飲んでいるオルガだった。オルガは4人が出てきたのを見て口元を歪めている。

「よお、ずいぶん遅かったじゃねえか。行かねえのかと思ったぜ」
「オルガ、何でここに?」
「ああ、何言ってんだお前は。阿婆擦れや小僧や小娘を助けに行くんじゃねえのか?」

 余りにも予想外の事を当り前のように口にしたオルガ。それを聞いたトールたちは驚いていたが、直ぐにそれは笑いの衝動へと変わってしまった。自分達だけかと思っていたが、意外と同じ事を考えている馬鹿は多かったらしい。

「何だかなあ」

 オルガを加えたトールは、そう言って笑いを納めていた。そして外に出て港か空港のどちらに向おうかとオルガに相談を持ちかけると、オルガは港に行ってドミニオンに行くのが良いと答えた。

「ドミニオンには確か、MSを運べるくらいのVTOL輸送機があったな」
「何でそんな物が?」
「今日の朝、物資を搬入する為にドミニオンの傍に来たんだよ。こいつを奪ってMSを載せりゃ、オーブに行けるぜ」
「でも、MSを盗んだりして、あとで大変な事にならないかしら?」

 輸送機とMSを奪ってオーブに行くと言っているオルガとトールにミリアリアが少し不安そうに聞いたが、隣でそれを聞いてしまったサイが何を今更という顔でミリアリアの顔を見ていた。

「ミリィ、そんなの当り前だろ。脱走だけでも不味いのに、装備の強奪なんてやったら銃殺ものだよ」
「そ、そうなの!?」
「そうなの」

 勢いだけで動いているらしい友人にサイが右手で顔を押さえてしまう。もう少し考えて動いて欲しいものだ。


 こうして5人はコソコソとドミニオンに潜入を試みて、クルーゆえ疑われる事も無く、ここまでは問題なく成功してオルガとトールがMSを入手しようとMS格納庫へ向い、サイとミリアリア、ステラが輸送機を強奪しようとドミニオンの隣に駐機してある輸送機へと向かう。
 しかし、輸送機の傍に来た3人は困った顔で輸送機周辺で作業をしている兵士たちを見ている。彼等も素人ではないので自分達だけでどうにかするのは無理だろう。武装した警備の兵士もあちこちに居るし。

「参ったな、これじゃ近づく事は出来ても機内には入れないよ」

 困った顔でサイミリアリアを見る。

「でも、あの輸送機を手に入れないと、オーブにいけないんでしょ?」
「それはね。MSは飛べないし。飛べても遠くまではいけないし」
「じゃあどうするのよ。オルガさんたちに暴れてもらって輸送機まで行く?」
「その前にオルガたちが袋叩きにされると思う」

  どうしたものかと困っているサイとミリアリアだったが、ふと何も言わないステラをみると、何故かステラは自分たちの後ろを指差してアウアウと喘いでいた。それを見てどうしたのかと2人が背後を振り返ってみると、そこには額に青筋浮かべたキースが腕組みして引き攣った笑顔で仁王立ちしていたのである。




 一方、ドミニオンのMS格納庫に難なく潜入した2人は、そこでカラミティやら105ダガーやらを見つけることが出来た。

「俺ならカラミティで問題はねえが、トールは105ダガーだろうな」
「う〜ん、フォビドゥンとかは乗れないかな?」
「さあな、やってみるか?」

 一応説明された限りではこの手の機体は強化兵にしか扱えないのでトールたちには乗れないそうなのだが、実際にやったことは無いのだ。さあどうするかと悩んだトールだったが、まあ無理は止めようという事で105ダガーを狙う事にした。

「しっかし、誰も居ないな」
「ああ、俺もさっきからそれが気になってた。いつもなら整備兵が何人か居るんだが」

 静まり返るドミニオンのMS格納庫。その静寂が逆に不気味でしょうがないのだ。学校の体育館ではあるまいし、軍事基地で誰も居ないなどというような事があるはずが無い。
 だが、それでも早くMSをもって行かないとサイたちが大変な事になると考え、2人はコソコソとMSの足元へと近付いていった。だが、ある程度の所まで近づいた所で彼等はいきなりライトの光に照らし出される事になる。

「しまった!」

 自分達に向けられた光のまぶしさに手を翳して耐える2人。そんな2人に向けて聞き慣れた女性の誰何する声が投げ掛けられた。

「こんな所に何のようなのだ、サブナック少尉、ケーニッヒ中尉?」
「そ、その声は!?」
「バジルール艦長!?」

 見ればタラップの上に腕組みをして立つナタル・バジルールの姿がある。その顔は悪戯っ子を咎めるような表情で、怒っているのと呆れているが交じり合ったような感じになっている。

「全く、キース大尉が警戒してた方が良いと言うので張らせていたが、まさか本当に来るとはな。MSを使ってオーブに行く気だったのか?」

 見れば居るのはナタルと、ドミニオンの警備兵が数人のようだ。警備兵は銃を持っているので流石に素手では手が出せない。暫く悔しそうにナタルを睨んでいた2人だったが、遂に観念してお縄に付くこととなった。この後、2人はナタルに連行されてアークエンジェルのマリューの元に行き、そこでキースに捕まえられたサイたちと感動の再会を果す事になる。



 そして馬鹿5人を前にしたマリューは、キースから事情を聞かされてやってきたサザーランドと顔を見合わせてしまっていた。まさかトールたちだけでなく、強化兵2人までもが手を貸すとは思わなかったのだ。

「ラミアス艦長、本来なら軍法会議ものだぞ」
「申し訳ありません大佐。この件はこちらで処理しますから、外部には……」
「分かっている。全く、未遂の段階でキーエンスたちが捕まえてくれて幸いだった」

 もしキースたち以外の者がこの件に気付いていればトール達は全員軍法会議行きで、良くても暫くは牢獄の中だ。今回は身内だけで内々に処理できたから、サザーランドが黙ってくれるだけで終わらせる事が出来る。
 そしてサザーランドは、あの特徴的な鷹の様な視線でとんでもない事をしでかしてくれた馬鹿どもをジロリと見渡した。その視線を受けた全員が背筋に冷たいものを感じてしまっている。

「全く、君たちも無茶をしてくれる。キーエンスのお節介に感謝するのだな」

 キースは余人を持って代えられない連合最強のパイロットの1人なので、彼がトールたちを自分の職を賭して擁護してくれば無碍にも出来なかったのだ。もしキースが抜けたら、誰がその穴を埋めればいいというのだ。サザーランドはこれを受け入れ、トールたちを譴責処分で済ませる事にしたのである。だが、代わりにキースはサザーランドに大きな借りを作ることとなってしまったのだが。
 そしてサザーランドは疲れた顔で椅子に腰掛けると、右手の指で目頭を押さえて目の疲れを誤魔化している。

「全く、朝からリンクスが殴りこんで来るわマクドナル提督がが文句言ってくるわ、アズラエル様は通信室に篭もって何かをなさっておられるし、これ以上苦労の種を増やさんでくれんかね?」

 サザーランドに恨みがましい目で見られて、5人は引き攣りまくった愛想笑いを浮かべる事しか出来なかった。それを見てサザーランドはやれやれと呟いてコーヒーの入ったマグカップを手にとって口に運ぼうとしたのだが、その途端いきなり呼び出し音が鳴って内線のモニターにパルが出てきた。

「艦長、そちらにサザーランド大佐はおられますか?」
「ええ、来ているけど、何?」
「それが、アズラエル理事から通信が来ています。今そちらに回しますから」

 そう言って画面が切り替わり、何だか憔悴した様子のアズラエルが通信モニターに出てきた。

「やあラミアス艦長、そっちにサザーランド君います?」
「はあ、こちらに」

 マリューがサザーランドに場所を譲る。サザーランドは通信モニターの前に来ると、敬礼をしてどういう用なのかを問い掛けた。その問いに対して、アズラエルは驚くべき答えを返したのだ。

「サザーランド君、カーペンタリア攻撃部隊を出撃させてください。今ならカーペンタリアは空です」
「それはそうですが、本国の命令がまだ来ておりませんが?」
「先ほど話を付けてきました。ササンドラ大統領の了解も取り付けています」

 手薄になったカーペンタリアを攻撃し、基地施設を完膚なきまでに破壊すれば地上のザフトは断ち枯れる事になる。それにはオーブ攻撃に部隊が出払った今が最大の好機と言える。
 だが、アズラエルの話にはまだ続きがあった。

「なお、第8任務部隊はオーブに向ってもらいますよ」
「何ですと?」

 サザーランドの表情が強張った。それはオーブを救援しろという事なのか。

「ですがアズラエル様、オーブはこちらの介入を拒んでいるのでは?」
「オルファトの大使館に職員や大使がまだ残っています。彼等を救出しなくてはいけません」
「は?、ですが彼等には撤収の指示が出されている筈では……」

 そこまで言って、サザーランドは気付いた。アズラエルは脱出の確認が取れていないことを使って、大使の救出ミッションを押し通すつもりなのだと。

「宜しいのですかアズラエル様。そのような事をすれば、後々外交問題になりますぞ」
「オーブが戦後に残っていればね」

 アズラエルの何でもないような一言に、その場に居た全員が凍りついたように静まり返ってしまった。そうだ、たとえ援軍を派遣しても、オーブが残らなければ外交問題になりようもない。

「本国もこの件は了承しています。私はこれからオーブのカガリさんと話してみますから、貴方たちは今すぐ行動を起こしなさい。既に動くには遅すぎるくらいなのですから」
「……了解しました」

 サザーランドが敬礼してアズラエルの命令を受け取る。それに頷いたアズラエルは、真剣な顔のままマリューの方を見た。
 
「ラミアス艦長、そちらも急いで出航準備に入りなさい。以後の判断は貴女に任せます。カガリさんたちを頼みますよ」
「アズラエル理事、貴方は……」
「それと、ヤマト少尉ですが、彼は大西洋連邦軍から除籍してもらいます」

 いきなり妙な事を言い出すアズラエル。それにマリューが怪訝そうな顔をするが、その意味を理解したサザーランドがなるほどと感心して頷いた。

「ヤマト少尉を軍籍から外す事で、彼をオーブ軍に預けると言われるのですな?」
「そうです。ウズミ氏のあの頑迷振りではヤマト少尉も戦闘には参加できないでしょうから。ですが、フリーになれば彼も義勇兵なり傭兵なりの名目で加入できます」

 オーブに未だに残っていたキラを使った、ある意味裏技のような支援の方法だが、キラが加わればオーブにとってはかなりありがたい援軍となる。アズラエルも色々と考えているようだ。

「それでは、後は頼みますよ、皆さん」

 そう言ってアズラエルは通信モニターから消えた。サザーランドはモニターにもう一度敬礼をした後、室内に居る全員の顔を見渡した。

「聞いての通りだ。第8任務部隊は急いで出港準備に入ってもらいたい」
「了解しましたが、まだ暫くかかります。オーブ攻撃開始には恐らく間に合わないかと」
「陥落するまでに到着すれば良い。上手くすればオーブを攻撃中のザフト部隊を、オーブ軍と挟撃する事ができる。出来れば潜水母艦を多く沈めてもらいたい」
「分かりました、全力を尽くします!」

 敬礼をしてマリューとナタルが部屋を飛び出していく。こうなった以上、時間は一秒でも惜しい。そして残されていたキースは、サザーランドに頼み事をしてきた。

「サザーランド大佐、すいませんが、空中給油機を集めてもらえませんか?」
「空中給油機を?」
「ここからオーブまで飛びます。艦隊と行くより遙かに速いはずですから」
「……オーブ領空に入った時点で迎撃を受ける恐れがあるが?」
「そんな余裕があるとは思えませんね。自分達が付いた頃には制空権を失っているでしょう」

 あっけらかんと言ってくれるキースに、サザーランドは苦笑した。そんな所に自分から行くと言い出すとは、この男も救い難い馬鹿だ。暫しの間肩を震わせていたサザーランドは、笑いを納めると軍帽を被りなおしてキースの要請を受け入れた。

「分かった、近隣からあるだけの機体を集めよう。それと、お前に同行させる部隊を集める。第8任務部隊も3隻ではキツイだろうから、近くの基地から洋上部隊を向わせよう」
「ありがとうございます、大佐」
「しかし、あのアズラエル様がオーブのためにあそこまでやるとはな。何があの方を変えられたのか」

 その事だけが分からないと呟きながら、サザーランドは部屋から出て行った。それを見送ったキースはトールたちを振り返り、早く仕事場に行けと言う。

「どうした、お前らの望みが叶ったんだ。早く自分の仕事に戻れ」
「キースさん、俺……」

 ただ闇雲に突っ走った挙句、騒動を引き起こしてしまったトールがキースに謝ろうとするが、キースはそれを右手で制した。

「まあ、俺やフラガ少佐の目の届かない所で悪さをするなよ。何時も俺がフォローできるとは限らないからな」
「キースさん」
「気持ちは分かる。だから、何も言うな。謝罪は戦果で返してくれりゃ良い」

 そう言って、キースも部屋から出て行った。それを見送ったトールは何だか気が抜けたかのようにドサリと手近な椅子に腰を降ろし、背凭れに背中を預けて天井を見上げて小さな声で笑い出した。

「は、ははははは、はははははは……」
「トール、どうしたの?」
「はははは、ミリィ、なんて言うかさ、俺ってやっぱ馬鹿なのかな?」

 なんだか自嘲気味に笑うトールにミリアリアが戸惑ったような顔をしている。だが、トールは自分がやってたことが何の意味もなかったことを思い知らされていたのだ。自分が何かしようと思っても、かえって何も出来ない事を思い知らされただけなのだから。




 この後、機体のチェックを行ったマードックたちは艦載機のうちでステラのマローダーだけが不具合が出ていると言っており、マリューはステラのマローダーを残して艦隊を出す決断をした。ステラのマローダーは基地の工廠で突貫で修理を行い、間に合えば輸送機でキースたちと一緒にオーブに送る事になったのだ。
 出撃は夜になるという報告を受け取ったマリューがアークエンジェルの艦橋から外を見ると、空母2隻を主力とするパナマ艦隊がラバウルから出撃しようとしていた。旗艦フォレスタルから儀礼的な通信を送ってきて、マリューがそれに返信を返そうとしたのだがそれより早く追伸が届けられた。

「艦長、追伸です。我々に代わって、あの羽付きに借りを返してくれ。以上です」
「羽付きって、キラ君に?」
「多分、パナマで助けられた借りを返してくれって事なんでしょう。海軍は借りを作るのが大嫌いだって話ですから」

 ノイマンがマリューの疑問に答える。恐らくパナマ艦隊は自分の手で借りを返したかったのだろうが、それをアークエンジェルに託してカーペンタリアに向うのは面白くないのだろう。この電文にはそれが滲み出ているように思えた。
 そして、その電文を握り締めたマリューは楽しそうに笑い、出航していく艦隊を見た。

「アズラエル理事に、パナマ艦隊、多分他にも色んな人たちが動いてる。カガリさんやキラ君はどれだけの人を動かせるのかしらね」

 トールたちは別として、みんなオーブのために動いてるわけではないだろう。カガリやキラのために動いているのだ。そして自分達も。


 



 オーブで必死に防衛体制の準備を急いでいたカガリの元にアズラエルからの通信がもたらされたのは、その日の夜遅くになってからのことであった。司令部でその報せを受けたカガリは迷惑そうな顔でそれを自分の端末に回させ、表示されたアズラエルの顔に開口一番で文句をぶつけてやった。

「何だよアズラエル。こっちは忙しいんだから、さっさと済ませてくれよ」
「は、ははははは、いきなりそれですかカガリさん?」
「んで、用件は何だ?」

 アズラエルの戯言に付き合う気は無いカガリは用件を早く言えと急かす。それを受けてアズラエルはコホンと咳払いをすると、カガリに奇妙な事を言ってきた。

「実はですねえ、そちらに取り残されている大西洋連邦の大使館員を救出するためにこちらから部隊を送りますんで、攻撃しないで下さいと言いに来たんですよ」
「はあ? 何のことだよ、大使館員は全員送り出した筈だぞ?」
「まあ、行ってみたら脱出してた、という事はあるかもしれませんねえ」

 何だか怪しい笑いを浮かべるアズラエルに、カガリもようやくこの男が何を言いたいのかを察した。

「良いのかよアズラエル。オーブは連合に協力しないと言ってるんだぜ?」
「ウズミ氏はそうですが、他の方はそうでもないようですから。ホムラ氏は今回の作戦を黙認してくれています」
「叔父貴が?」

 まさか、あのホムラがウズミの意思に背いたと言うのだろうか。

「こちらからはアークエンジェル級3隻を含む艦隊と、航空部隊を送ります。それにカーペンタリアに攻撃を加えて揺さぶりをかける予定です」
「何で、あんたがそこまでしてくれるんだ?」
「貸しですよ。戦後になったら倍返ししてもらいます」
「貸しって、お前な……」
「それに、こちらにもあなたたちを助けに行きたいって言う人は沢山居ましてね」

 アズラエルはトールたちが無断で飛び出そうとしたり、アルフレットたちが上層部にしつこいくらいに食い下がっていた事を教えてやり、カガリたちが見捨てられてるわけではないと伝えた。

「ザフトの攻撃開始には間に合わないかもしれませんが、頑張ってくださいね。こちらとしてはオーブが敵に回ると色々と困るんですから」
「あんたは何処までも金かよ?」
「いけませんか。カグヤやモルゲンレーテは私だって欲しいですし、オノゴロを使わせてもらえば大洋州連合の攻略が楽になるんですからね」

 まるで詫びる様子が無いアズラエルにカガリは呆れ果てていた。そしてアズラエルはついでとばかりにとんでもない事を告げてきた。

「あ、そうそう、まだそっちに居るキラ・ヤマト君なんですがね」
「キラがどうしたんだ?」
「これまで黙認してきた不祥事を使って大西洋連邦軍から懲戒解雇しましたんで、彼はもううちとは無関係です。後は好きに使ってください」
「…………は?」
「ああ、懲戒解雇なんで退職金は出ませんから、その事も伝えといてください」

 キラが懲戒解雇になったと言われて、カガリはなんとも間抜けな答えを返してしまった。そしてアズラエルの真意を悟り、まじまじとアズラエルを見る。アズラエルはキラにかかっていたオーブ戦に参加できない枷を外してくれたというのだ。これでキラに参加してもらう事が可能になる。

「アズラエル、あんた……」
「後は貴女の頑張り次第です。それでは、再会は勝利の後で」

 右手の人差指と中指をそろえて顔の前で軽く振って、アズラエルは画面から消えた。

「……アズラエル、ありがとう」

 そう呟いて、目尻に浮かんだ涙を拭うと、カガリはキサカを呼びつけた。

「キサカ、お前フリーダムとかいう、キラが乗ってきたMSが何処にあるか知ってるな!」
「それは知っていますが……まさかカガリ様、あれを!?」
「今使わずに何時使うんだ!?」
「いけません、あれはウズミ様の許可が無ければ!」
「キサカ、私はホムラ現代表からオーブ防衛に必要な全ての権限を与えられている。お父様に、先代代表には命令権は無い筈だ!」

 オーブを実質的に支配しているのはウズミだ。だが公式にはウズミは在野の人であって、現代表はホムラである。ウズミには実質的な権力は無い筈なのだ。たんに周囲の者が慣例的にウズミに従っていたに過ぎない。その事を突いてカガリはキサカにフリーダムを使わせるように命令している。これはウズミに対する反逆行為であったが、法的には問題の無い行為である。
 そしてキサカは迷っていた。ウズミに逆らうという事への恐れもあったが、カガリの命令に従うべきだという感情も働いているからだ。そして、今回に関してはカガリの言っている事の方が正論だった。オーブの事情がどうあれ、ウズミのやっていることは明白な越権行為に他ならず、カガリはそれをおかしいと糾弾しているのだから。
 
 カガリが正論を言ってキサカを追い詰めるという世にも珍しい光景は、効果的な反論の行えなかったキサカの敗北に終わり、カガリはフリーダムが収容されている施設に連絡を取ってフリーダムを出撃できるようにしておけと命令を出した。




 家族と一緒にシェルターに避難していたキラは、一緒のシェルターにやってきたカズィの一家と一緒に床に敷いたブルーシートの上に腰掛け、不安がる家族や周囲の人を他所に困ったもんだと話し合っていた。

「俺、オーブが攻められるなんて思わなかったよ」
「……多分、僕が持って来たMSが原因だと思う」
「キラが乗ってきたあの羽付きかい。確か、ザフトの新型だったよな」
「うん、ラクスがオーブのウズミ様の元へ届けてくれって言って、僕が運んできたんだ。多分ザフトはあれがオーブにあると知って攻めてきたんだと思う」

 それ以外にザフトがいきなり攻めてくる理由がキラには思い当たらない。ザフトが攻めて来ると聞かされたキラは直ぐにこの事に思い当たり、自分のせいだと激しく自分を責めたのだ。
 それで責任を取ろうとオーブ軍に加わろうとしたのだが、カガリにはお前は大西洋連邦軍の軍人だからと断わられてしまった。それでカズィとこんな所で愚痴を言い合っているのだ。
 しかし、この状況下でこんな事を暢気に話していられる2人は周囲からかなり浮いていた。周囲は何時ザフトが攻めてくるかと震えているのに、2人はそれをまるで気にしていないのだ。伊達に実戦の中を潜り抜けてきたわけではないようで、その辺りの神経は磨耗してしまったらしい。

「でも、キラは駄目でも、俺は参加できたんだ」
「カズィ?」
「フレイが言ってたよ。オーブ軍はオペレーターも不足してるって。だから、僕も志願すれば出来たんだ」

 キラとは別の意味でカズィも悩んでいたらしい。カズィもオーブにとっては実戦の中で技量を高めてきたオペレータという特別な存在なのだ。これから初めての戦争に臨むという時に、カズィのようなオペレーターは喉から手が出るほど欲しい筈である。だが、カガリは何も言ってこなかった。キラもカズィも巻き込む気は無いという事なのだろう。
 2人でどんよりと暗い空気を纏っていると、アナウンスがキラを呼び出し、近くのヴィジフォンに出てくれと言ってくる。何かと思ってカズィと一緒にヴィジフォンの所に行くと、少し興奮した様子のカガリが出てきた。

「キラ、悪いけどやっぱり参加してくれ。フリーダムを用意しておくから!」
「は、何でいきなり?」
「アズラエルが言ってきたんだ。キラは首にしたから好きに使ってくれって」
「く、首なの!?」

 いやまあ、アズラエルが緊急処置でそうしたのは分かるのだが、何か首になったと言われると何だか響きが悪い。

「しかも懲戒だから退職金ゼロだとよ」
「……あの、なんか僕、凄い悪者になってるような?」

 何が楽しくて16歳の身で懲戒解雇されなくてはいけないのだ。何というか響きが悪すぎる。
 そしてガックリと落ち込んでしまったキラを押し退けるようにして前に出たカズィが、カガリに自分も志願すると伝えてきた。それを聞いたカガリが吃驚している。

「い、良いのかよ、カズィ!?」
「オペレーターが足りないんでしょ。フレイが前に愚痴ってたよ」
「あいつ、軍事機密を何だと思ってやがる」
「アークエンジェルからは逃げたけど、結局何処に行っても一緒みたいだしね。なら僕もキラやフレイと一緒に戦うよ」

 どうやらアークエンジェルを降りた事を負い目に感じているらしいカズィに、カガリはそうかと言って頷いた。そしてキラとカズィに軍の車両を使って急いで司令部に来るように伝えた。
 カガリの許可を貰ったキラとカズィは両親のところに戻ってそれを伝えて、案の定猛烈な反対を受ける事になるが、最終的には折れてくれて2人はオーブ軍に参加する事になった。




 深夜になって、ようやく準備を整えた第8任務部隊も遂にラバウルを発つ事になった。ザフトの攻撃開始には間に合うまいが、オーブが陥落するまでには間に合うだろう。ラバウルの外には近隣の基地から集められた駆逐艦8隻がいて、これが第8任務部隊と共にオーブに向う事になる。
 この部隊を湾口管制室から見送りながら、サザーランドは口元に苦笑を浮かべていた。

「全く、どいつもこいつも、顔のわりにはロマンチックに出来ているようだ」

 オーブを助ける為にどれだけの人が動いた事か。これだけの人々を動かす事の出来る人間がオーブに居るというのか。アズラエルたちが気にしているカガリ・ユラ・アスハとはそういう人物なのだ。

「会ってみたいものだな、その姫君に、私も」






 そして、翌日の朝日が昇ると同時にオーブの領海の傍、西側に次々にザフトの潜水母艦が浮上してディンを発進させ始めた。南からは大洋州連合の艦隊が姿を現し、空母が艦上型のラプターを次々に発進させていく。命令があり次第、いつでもオーブに突入する態勢だ。これを迎え撃つオーブ軍はオノゴロ島に集結してじっと息を潜めている。

 そして朝日が少し昇った午前7時、攻撃開始時刻に達すると同時にクルーゼは口元に笑みを浮かべた。

「諸君、狩りの時間だぞ。プラントに歯向かった事が如何に高くついたか、奴等に思い知らせてやれ。攻撃開始だ!」

 クルーゼの命令と共に潜水母艦と大洋州連合艦隊から一斉に巡航ミサイルが発射される。これが、オーブ戦の始まりであった。



後書き

ジム改 次回はオーブの殲滅戦です。
カガリ やる前から負け確定!?
ジム改 大丈夫だ、まだ負けるとは決まってない。もしかしたら奇跡が起きるかも。
カガリ そ、そうだよな。戦いは戦ってみないと分からないよな。
栞   でも、起きないから奇跡って言うんですよね。
カガリ 余計なこと言うなあああ!
ジム改 まあ、オーブ軍兵士の敢闘に期待してくれたまえ。頑張れば援軍が来る。
カガリ ぶっちゃけ、オーブ軍って強いのか?
ジム改 自衛隊の訓練度と指揮の高さは世界的にも定評があるよ。
カガリ オーブ軍を聞いとんじゃ!
ジム改 ……キラよりは弱いです。
カガリ ようするに言うつもりはねえって事だな?
ジム改 当然だ。それでは次回、オノゴロに殺到するミサイルの雨。迎撃に出るオーブ軍と上陸してくるザフト部隊。歴戦のザフトを相手にこれが初陣のオーブ軍は苦戦を強いられるが、カガリが作り上げた防御システムはザフトを苦しめる事になる。そして、空から舞い降りる死神の翼が。次回「オーブ防衛戦」でお会いしましょう。

 

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